兄は弟のためなら頑張れる(後編)
カーノセイとジャンヌの死闘を【ホーク】(鷹の目)で見つめるアナホルトと、白い梟を使役するニーベルングが、エルフの郷から見守っていた。
倒れ込んだジャンヌに駆け寄ったカーノセイが「かすかだが…息はしている」と呟くのを聞いたアナホルトがニーベルングに「2人は試練を乗り越えたのですね!」と勢い込んで尋ねる。
その問いかけにニーベルングが冷たく首を振り「試練を受ける資格を得ただけのことです」と告げた。
「厳しいようじゃが、魔神と闘う『使徒』が、たかがダークエルフの戦士や魔物と死闘をしているようでは話にならぬのじゃ」とヨルも続く。
「そ、そんな?私が死に物狂いで闘うので、2人にこれ以上の試練は…」とアナホルトが言いかけたその時…
「「もう手遅れです(なのじゃ)」」とニーベルングとヨルの声が揃った。
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「あれ、殺られちゃったんだ。情けないな〜」
美少年と言う、ありふれた言葉では形容し尽くすせないほど整ったその口元から声が溢れた。
その声は高く澄んだオカリナの音を思わせ、だが、聴くものを絶望に追い込むような無邪気さを秘めていた。
「何だ貴様は?」と怒鳴るカーノセイと、その腕に抱えられたジャンヌを興味なさそうに見ながら、「『使徒』にも成りきれてない半端な相手に負けるなんて、お仕置きが必要かな?」と、感情のない瞳を向け、ニグルとサーペントに手を伸ばした。
すると、そのニグルとサーペントの身体が闇に呑み込まれ…再び闇が晴れた時、そこには頭が八つに分かれたサーペント(八岐大蛇)が牙を剥いていた。
しかも、その頭の一つはニグルの成れの果てだった。
八岐大蛇がその八つの頭を傅かせながら「必ずや魔神ベルゼブブ様より承ったこの身体を持って、あの者達を排除いたしましょう」とニグルの顔が嫌らしく笑った。
カーノセイが静かに佇む少年を見て「貴様が魔神か!!」と叫ぶ。
まるで蟻を見るかのようにカーノセイを見た魔神ベルゼブブが、「僕はアナホルトとか言う神子を探すから、こいつらは始末しといてねー」と八岐大蛇と一体となったニグルに指示を出した。
「さて…覗き見はエチケット違反だよ」と魔神ベルゼブブが手を振ると、小高い木の上から見ていた鷹と白い梟が追い払われた。
それを確認した魔神ベルゼブブが「じゃあ後はよろしくね〜」と闇の中に消えていった。
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「神子様、申し訳ございません」とニーベルングがアナホルトに土下座をして謝罪する。
「この段階で魔神ベルゼブブの分体が現れるとは、想定していませんでした」とニーベルングが歯噛みする。
「え、兄さん達は大丈夫だよね?」と尋ねるアナホルトに、「分体とは言え、魔神ベルゼブブが現れたからには…あの2人では」と悲痛な声でアナホルトに告げる。
「そんな…兄さん、兄さ〜ん!!」とアナホルトの声が虚しく響き渡った。
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「貴様がアナホルトと思っていたが…騙したな」とニグルがカーノセイに罵声を浴びせる。
『お前が勝手に勘違いしただけだろうが』と内心で呆れながら、魔神ベルゼブブが消えた痕を睨む。
『サッサとこいつを倒して、あの魔神を追わねば…』とどこまでもアナホルトを気遣う。
「バカめ。我にも敵わぬお前らがベルゼバブ様に対峙してどうなる」とその口から毒液を吹きかける。
ジャンヌを巻き込まない様に距離を取りながら、カーノセイは八岐大蛇に斬りかかる。
だが、サーペントと違い八つの頭が邪魔をして攻撃が通らない。
その上に、「ウィンド カッター」とニグルが闇の精霊魔法を使い攻撃してくる。
遠距離からも近距離にも隙がない八岐大蛇にカーノセイが段々と劣勢になっていった。
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ニグルを生命魔法で倒したジャンヌの魂は、精霊の国を彷徨っていた。
その周りをニグルにより痛めつけられ、ジャンヌが救った精霊が取り囲む。
「お姉ちゃんありがとう」「お姉ちゃんの魂に救われたよ〜」と光がジャンヌの魂の周りを飛び回っていた。
そこに「ジャンヌよ我が元に来なさい」と声が聞こえてきた。
その声に導かれ、一際大きく輝く光の前に着くと、その光がジャンヌに語りかけた。
「ジャンヌよ、其方に一つの問いを出します」と光が告げた。
「其方は今回、生命魔法を使いニグルを退けました。しかし、其方が死ねば魔神ベルゼブブを止めることができなくなります。では、次に同じような状態になった時、其方はどうしますか?」と問いかける。
すると、何の迷いも見せずに「また、同じようなことがあれば、私は迷いなく生命魔法を使います」と答えた。
「それでは、魔神ベルゼブブを止められなくなりますよ」と光が尋ねる。
「その時には…」と、共に魔の森に分け入った青年の顔を思い出しながら、「私の想いを…友に、仲間に、神子様に託します」
「わかりました。貴方に足りなかったのは、仲間を信じる心。人に頼る気持ちでした。今、試練を乗り越えたと認め、正式に『使徒』として『精霊王』たる私が其方を加護しましょう」と告げ、「目覚めなさい。其方の仲間がピンチです」と光がジャンヌの身体に吸い込まれた。
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突然ジャンヌの身体から虹色の光が溢れ出したかと思うと、すっくと立ち上がり、精霊魔法で八岐大蛇を攻撃した。
劣勢に立たされていたカーノセイは、その隙に体制を立て直し「気がついたか」とジャンヌの方を見て微笑んだ。
「戦闘中にニヤニヤしてんじゃないわよ」と頬を染めながらジャンヌが叱責する。
「すまない。何故かジャンヌとなら、こんな奴に負ける気がしなくてな」と改めて前を見た。
「さっきの魔神がアナホルトの敵ならば、お前如きに足止めされてる場合ではない。たとえこの身が引き裂かれようとも、アナホルトにはかすり傷の一つも負わせぬ」と剣を構えた。
すると『ピコン』と通知音がカーノセイの脳内に響き、カーノセイの身体からも虹色の光が溢れ出した。
『その変わらぬ心根から『使徒』と認め、ギフトが【剣神】※(明鏡止水)注)兄バカ に昇華します』とアナウンスが流れた。
『注)兄バカってなんだ!注)兄バカって!!』と些か納得出来ないが、これで戦える…と気合いを入れ直す。
再び八岐大蛇に対峙する2人。
ジャンヌが『精霊魔法』と唱えた時、『ジャンヌよ、其方はどうやって試練を乗り越えましたか?』と精霊王の声が脳内に響いた。
『そうか…魔の森の精霊達よ、少しだけ皆んなの魔力を私に預けて』と(髪の毛が逆立ち、金色に変わりそうなセリフを吐き)精霊達の魔力を集めた。
『この魔法なら、精霊の負担が少ないから何回でも使えるわ!』とジャンヌが考えると、『その通りです。1人の頑張りも大切ですが、仲間を頼ってもっと楽に大きな力を得ることが精霊魔法の真髄なのですよ』と精霊王の優しい声が聞こえた。
それは、これまでに見たこともない程の魔力となり、『精霊魔法 エターナル パワー』と魔法を繰り出した。
この魔法で、八岐大蛇の八つの頭の内、3つが吹き飛んだ。
それにも怯まずに、カーノセイに襲いかかる姿は一筋の滝のように蠢いた。
その時、「明鏡止水」とカーノセイが呟くと、その蠢きは動きを止めた。
「剣神の太刀 『建御雷神』」と、カーノセイが刀を振るうと、ニグルの身体ごと八岐大蛇は切り裂かれた。
すると、八岐大蛇の身体が地面に吸い込まれる様に消え…後には一振りの太刀が残っていた。
すると『その太刀は魔を斬る斬魔の剣クサナギです』とアナウンスが流れた。
勝利を喜び合い、世界樹に急ぐカーノセイとジャンヌだったが、ふと思い出した様にジャンヌがカーノセイに尋ねる。
「そう言えば、ギフトが昇華した時何か呟いてたわよね?どんなギフトだったの?」
『• • • •』
「教えなさいよ〜」
と騒がしい2人の距離は、これまでになく近づいていた。




