#8
─ 7月6日 OYAJI OBSERVE ─
「──それでまあ、オイラが黄金の勇者として黒の勇者カインドさんに召喚されちゃいまして」
「なるほど。で、魔王と壮大なバトルでもして来ちゃった?」
「いや、魔王さんを論破したら戦わずに秒殺でした」
「マジか。それで、天使を助け出したってことな?」
「それが天使も論破しちゃったら異世界ごと崩壊しちゃって」
「天使も論破したんかーい」
「なんだろう、天使を助け出して、世界を救っちゃいました」
「でも、異世界、ぶっ壊してんじゃん」
「まあ、結果として、天使は現実世界に帰って来れたんで良かったんじゃないすか?」
「結果論な、絶対嫌われる勇者でしょ、それ。異世界ぶっ壊してんだもん」
◆・◆・◆
「ひげさん、今日もなんか残業すか」
「いや、ちょっと調べものがあってね」
「へー、まいいや。じゃ、オイラはお先に」
◆・◆・◆
あれから、どうにも心が引っかかっていた。
俺は仕事の合間に――いや、合間というよりも、隙あらばって感じで、あの子のことを調べていた。
別に、誰かに頼まれたわけじゃない。
義務感でもない。
ただ、あの晩、交番の前で、背中に赤ん坊を背負って立ってたあの子の目が、ずっと脳裏に焼き付いて離れなかった。
子どもがあんな目をするもんじゃない。
諦めでも悲しみでもない。
もっと冷静で、もっと深くて、まるで全部を受け入れて、それでも立ってるみたいな目だった。
……だから、調べ始めたんだ。
最初に突き止めたのは、『自殺志願者の約束の地』っていう胡散臭いWEBサイトだった。
もう削除されていて、検索しても見つからなかった。
でも、ネットの海ってのは案外親切でね、過去のログを保存してる“魚拓”ってやつがあって、そこから断片的に見つけることができた
7月1日、深夜2時過ぎ。
“Haru”“Lian”“Raara”――三つのハンドルネームが、その掲示板で会話してるログが残ってた。
恐らく、Haruは江瑠戸遥香、Lianが相舞巳莉杏。
捜索願いが出されていたって少女たちだ。
そして、Raaraが、俺が出会ったあの小さな女の子――ラァラだろう。
会話の内容は、思ってたよりも率直で、重たかった。
莉杏って子が「一緒に死にませんか」って切り出して、遥香とラァラがそれに応じている。
なんというか、絶望を共有することって、ある意味、共感以上に強い繋がりになるらしい。
7月2日。
近郊の街で集合した彼女たちは、SNSの目撃情報によると、トラックの荷台に乗って、旧蠚破甦郷――今はもう廃村になったあの場所へ向かったようだ。
目的はひとつだったろうな。
「夕日を見ながら決行で」ってログにもあったし。
でも、莉杏が赤ちゃんを産んでしまって、その日は決行できなかったらしい。
一晩を越えて、仕切り直して、次の日の夕方に延期。
たったそれだけのズレが、命を残した。
7月3日 未明から日中。
公開された供述によると、遥香が赤ちゃんのミルクを買うように、ラァラを村に向かわせた。
それが、すべての分岐点だったのかもしれない。
ラァラはおばあさんの家でお茶を飲み、クッキーか何かを食べたそうだ。
そのおばあさん本人とも話して来たんだけど、とてもラァラの事を心配していた。
そして、ラァラが夕方に戻ろうとしたら――山火事になったらしい。
あてもなく彷徨っているところを、俺が声をかけて、警察まで連れていった。
最初は事件性とかないと思ってたんだけど、面を食らったなぁ。
7月4日、早朝4時20分には山火事は鎮火。
警察がすぐに捜索したけど、遥香と莉杏の姿は、どこにもなかった。
大規模な火事だったのは事実だけど、死んでいたとしても骨の一つや二つは残るだろう。
何も見つからないのはおかしい――彼女たちは、どこへ消えたんだ?
ネットでは、色んな憶測が飛び交ってる。
遥香と莉杏の間で何かがあって、どちらかが相手を手にかけて、それを隠すために山に火を放った説。
あるいは、ゲームのホーンオブリベリオンを模して、魔王軍の天使狩りイベントを再現した説。
ただ、どれもパッとしなかった。
何か、欠けてる。
気になる点はいくつもある。
旧蠚破甦郷は、今は誰も住んでいない無人の廃村だ。
井戸水くらいは使えるかもしれないが、電気やガスは使えない。
なのに、火の手があんなに広がる原因が見当たらない。
放火しか考えにくい。
にもかかわらず、未だに出火原因は不明とされてる。
しかも、あの三人が乗ってたトラックは“蠚破甦造園”のものだった。
会社の名前が地名と同じって時点で怪しいだろ?
蠚破甦ってこの保隠市一体を牛耳ってる蠚破甦権蔵の家系なんだぜ?
調べてみたら、放火が起きる前日にも、そのトラックが旧蠚破甦郷に入ってた記録があるらしい。
さらに驚くべき話があった。
遥香、莉杏、ラァラ――その全員の母親がシングルマザーで……
三人の父親が、なんと蠚破甦権蔵の息子、“蠚破甦誠”だって噂。
ただのネットの噂かと思ったら、いくつかの記録と照らし合わせると一致する。
もともと、女遊びがお盛んな男だったらしい。
火のないところに煙は立たぬ、って言うが、これは煙どころか、もうモクモク立っちゃってる。
それだけじゃない。
莉杏て子が産んだ子供も、その蠚破甦誠の子供なんじゃないかって――そんな話まで出てる。
じゃあ、あのときラァラが背負っていた赤ん坊は……?
莉杏の娘で、孫であり、ラァラの姪にあたる関係性を背負ってたってことになる。
意味わからんくらいに、……重すぎる。
それが真実なら、エロゲでも、さすがにそんなのねえよ。
誠氏ねって言われるわ。
それでも、ラァラは何も言わなかった。
誰を責めることもなく、ただ「ラァラは残されました」って、あの澄んだ声で言ってのけた。
俺は、その声を今も時々思い出す。
リベリオ児童養護施設――あの子たちが今、そこにいると知った。
元気にしているだろうか。
眠るとき、怖い夢を見たりしていないだろうか。
あの赤ん坊は、ちゃんとミルクを飲んでいるだろうか。
俺にできることなんて、ほとんどない。
けど、何も知らなかった大人として、何もしないままにはしておけないと思った。
……本当に、あの子が守ろうとしたものが、暗闇の中に消えてしまわないように。
せめて、誰かが記憶していなきゃいけない。
そうだ。
明日、施設の先生にでも挨拶に行ってみようかな。
あの子たちは元気にしているだろうか。