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高校生活での大逆転は可能らしいですよ

作者: 会中 今

 私が乗ったのは快速列車だった。

 生きるか死ぬかの椅子取りゲームを制し、七人がけの最も端の席に座る私は、ぼんやりと窓の外を見つめる。快適だ。どうして電車は気温・湿度の管理がこんなにも完璧なのか。そんなことを考えながら、駅と景色をすごいスピードで通過していく。素晴らしい天気だ。空は不安になるくらい青い。

 しかし、こうも速いと、なんとなく自分が──自分の過去──がちっぽけに思えてくる。

 今日は県立A女子高校の入学式。私は今日から高校生なのだ。拳を軽く握る。そして決意する。中学時代と同じ轍を踏むまいと。

 中学時代の私の最大の失敗は、何もしなかったことである。自分の周りの少数の友達(彼女たちにとっては私など大勢の友達の一人に過ぎなかったに違いない)で満足し、交流関係を広げようとしなかった。そして部活は一番緩かった写真部に入部し、別に勉強や他の活動に熱中することもなく、ただ漫然と日々を過ごしていた。

 本当に仲の良い、信頼できる友達が欲しかった。夢中になれることを見つけたかった。何かやりたかった。

 あ。いま通過したあの白くて高い建物は私の中学校だ。

 ふふ、思わず微笑む。これは縁起が良い。変われる。高校に入れば、高校生になれば、私は変われる。



 と考えていた私はバカだった。

 いやあ、さっぱりだめだ。高校入学から早三週間。成果ゼロ。何もかも失敗した。いや違う。やはりまた何もしなかったのだ。自分から積極的に話しかけて、友達を獲得しようとしなければ、部活動見学に行ってやりたいこと見つけようともしなかった。同じじゃないか。

 その結果、こんな無気力ボッチ人間ができあったのだ。さてでは皆さんお待ちかねのボッチ昼飯エピソードを話そう。まず、私は昼飯は図書館かトイレで食べるようにしている。図書館に行けば、クラスを立ち去ることができる。そうすることで、クラスの子には「他クラスの子と食べてるのね〜」と思わせることができる。だがベストな場所はやはりトイレだ。しかし物音一つ立てずに、トイレを占領していると怪しまれる恐れがある。そのため、時々トイレットペーパーを回して音を立てることが大切だ。

 やはり悲しい。友と楽しいことをしたい。



「結ちゃん。大丈夫? ずっとトイレにいたみたいだけど」

 グサッ。昼休みに私に話しかけてきたのは、同じクラスの奏ちゃんだ。背が高く容姿端麗だが嫌な感じはせず、クラスの人気者の一人だ。だがこの人は嫌がらせで話しかけてきたのか、それとも私が便所飯を隠すのが上手だからなのか。

「う、うん。ちょっとお腹がね⋯⋯」

 私は精一杯の笑顔を作った。

「どうした、奏。その人と知り合いなのか?」

 奏の左に立つ女子が目を丸くした。

「おい心! 同じクラスの人くらい覚えろよな。結さん、田所結さんだよ」

 すいません、私も心さんのこと忘れていました。心ちゃんは背は低いけど、活発でクールな感じの見た目。ふと場が沈黙した。気まずい、私から何か言ったほうがいいのかな。でも何を? 話しかけてきた人なんて、高校入ってから初めてだよ⋯⋯。

 しかし、沈黙を破ったのはやはり奏ちゃん。

「ねぇねぇ結ちゃん、部活とか決めた?」 

 この人は本当に痛いところを突いてくるなぁ。

「いやまだ全くね。何か始めなきゃとは思っているんだけど⋯⋯」

「じゃあさ、このあと一緒に美術部の見学に行かない?」

 えっ、奏ちゃんの思いがけない提案に声が出そうになる。どうしようどうしようどうしよう。

 これまでのボッチエピソード、無気力ダメ人間エピソードが脳裏をめぐる。入学式直後の自己紹介で5.5秒しか話せなかったこと、あまりのボッチ具合に先生からも同情されたのか休み時間にスマホを使っても怒られなかったこと⋯⋯。

「美術部に興味あるの?」

 私は話をそらす。

「そうなの。私と心の2人で美術部に入ろうかなって」

 なるほど。

「いや〜すごいんだぞ、うちの奏は。なんたって小学校のときは、──分裂するゾウリムシ──のイラストで、中学校のときは時間と光を表現した彫刻で賞を取ってるかんな」

「心よ、嘘を付くな! 私がそんな作品を作るわけないだろう」

 心が笑った。両方とも気になる作品ではある。

 そして、心ちゃんってそんなにボケる感じなんだ。そして奏ちゃんはこうやってツッコむタイプなんだ。何かちょっとイメージと違った。

「で、結ちゃん、一緒に行ける?」

 どうしよう。この2人は仲が結構良さそうだ。私が入る余地なんてないよね。迷惑だよね。でも断ったら、折角話しかけてくれたのに。うーん⋯⋯。

「ごめん、ちょっと今日は用事が」

 奏は一瞬暗い顔し、その後顔を上げる。

「うんわかった、ごめんね」

「こっちこそごめん」

 チャイムが鳴る。──じゃあね──そう奏が言い残して、席の方へ行ってしまった。



 優しいな、奏ちゃんは。きっと私を気遣ってくれたんだ。誰とも話せていないから。部活見学にも行ってなさそうだったから。心ちゃんも自分から私に話しかけては、こなかったけど場を盛り上げてくれた。なのに私は何もしなかった。また、何もしなかったのだ。二人の(主に奏の)親切を無駄にしたのだ。ため息をつきたくなる。

 一人で強く生きる、これが私の生き方なのかもな。



 次の日。その日は重い腰を上げて、ついに部活動見学に行ったのだ。しかも2つ。

 まず最初に行った放送部。これはひどかった。新入生に来てほしいという熱意は伝わったのだが、部室でずっとしゃべってお菓子を食べていてだらしなかったし、誰のいつのかもわからない腐った和菓子もあった。とうてい入部する気にはなれない。

 次に行ったのは、柔道部。実は、礼儀が〜とか心を強くする〜みたいな、精神論的な話は嫌いじゃないのだ。しかし柔道部もひどかった。テーピングをぐるぐる巻にしている先輩ばっかりで恐怖だったし、タイマーの使い方がわからず説教された。

 勇気を出して見に行ったものの、大した成果は得られなかった。徒労感を感じ、下校のために廊下を歩いていたとき、彼女たちは居たのだ。


「ねぇ~奏、やっぱり俳句部にしようよ」

「入りたいなら入ればいいだろ、一人で」


「そんな事言わないでよ、奏。私がいないとあんたも寂しいくせに〜」

「別に寂しくない!」


「そんなこと言って、小学校の時には運動会の時に私がいなくて泣いてただろう」

 心がからかう。奏は困った顔を浮かべ、辺りを見回す。バレた? よく分からないが、また気まずい雰囲気になるのは嫌だった。そのまま帰宅した。



 その日の夜、布団にて。やはり入りたい部活は見つからなかった。そして二つのことに気づいた。まず、本当に私は一人で、高校生活を過ごしていくしかないということ。あの二人の親切は最終通告だったんだ。お前に友達を作る最後のチャンスを与えよう、みたいな。それを拒んだ今、もう機会はない。

 二つ目は、私は先輩と後輩という関係が苦手だったんだということ。中学生の時に入っていた写真部は、学年ごとにまとまって活動していたんだ。だから耐えられた。でもそんな都合の良い部活はこの高校にはない。同じクラスの人とも仲良くなれない人間が、先輩と仲良くなれるわけがない。余計な気を使って空回りするだけだ。もう私の高校生活は9割方詰んだかもしれない。よくアニメとかで、高校に入ったらすぐにやりたいことを見つけて青春をエンジョイする、みたいなのはよくあるけど、あんなのは嘘だったんだ。まあでも世の中そんなもんだ、しょうがないね。



 翌日。連日、クラスは部活動の話で持ちきりだ。何部の何先輩がかっこいいだの、何部の部室が汚かっただの、私にとってはやかましかった。しかし、昨日の布団で考えたことを思い出した。世の中そんなもんだということ。

「今日こそは奏も俳句部行こうぜ」

 またあの二人を見つけてしまった。もうこうして三回も目撃してしまった。さすがに、なんとなく二人がどういう人なのか、分かってきた。

 まず奏ちゃんは、可愛くてみんなから人気。私みたいな人にもすごい優しい。でも心ちゃんには意外と強気な感じ──深い仲だからなんだろうけど──。

 そして心ちゃんは、パット見はクールなんだけど、実はお調子もの。そして奏ちゃんほどではないんだけど親切な人。

 そして、二人と目が会う。

「あっ、結ちゃんだ。部活動決めた?」

 奏が微笑みながら近寄ってくる。それに心もついてくる。

「見学とか行ったんだけど、決まらなくてね。しかも私は先輩とコミュニケーションとかとるの苦手で」

 まあきっと奏ちゃんなら、そんなの楽勝だろうけど。

 すると突然、ハハハ、笑い声がクラスに響く。声の主は、心だ。その直後に心は私の机の上に座り、肩を組んできた。

「わかってるじゃん! 先輩とか嫌だよな、自分たちだけでやりたいよな」

 私は奏の方を見る。どうしたんだ心ちゃんは急に、私はそう尋ねたくなった。奏は何とも言えない表情をしていた。

「まあ、そうだね」

 私は顔をしかめた。

 教室に風が吹き込んでくる。カーテンが、心ちゃんの前髪が揺れる(そう、私の席はもれなく主人公席なのだ)。

「じゃあ、一緒に入ろう、俳句部に」

 心の大きな声が響く。

「でも私、俳句なんてまったく⋯⋯」

「あー違う違う。私も俳句なんてやるつもりないよ。ただ今の俳句部って、二年生も三年生もいないんだよね。だから私たちでやりたいこと好き勝手できるかなって」

「え、でも⋯⋯」

 私が発言しようとした瞬間、チャイムが鳴り響く。

「放課後、喫茶店行こうぜ、そこでまた話そう」

 心が自席に戻りながら言う。



 放課後。喫茶店。いい匂いがする。ケーキとお茶のいい匂い。結局来てしまった。奏ちゃん誘われたのに行かなくて前回は半ば後悔したからね。

「でさあ、結ちゃんもいやなんでしょう、先輩とか」

 心が尋ねる。さっきと同じ質問だ。

「そうだけど⋯⋯。あっ変な意味じゃないよ」

 私の脳裏に浮かんだのは、──私と心ちゃんが先輩を殴ってボコボコにする様子──を見てドン引きする奏ちゃんだ。

「心、あんまり誤解しないほうがいいよ。お前が言っている先輩が嫌いと結ちゃんのとは大違いだから」

 黙っていた奏ちゃんが口を開いた。私は大きく頷きたい気分だった。

「心は結構暴走しがちなんだ。例えば中学の時も、文化祭実行委員長になったら、あろうことか文化祭を中止にしてしまったんだよ。教師からは喜ばれたと思うけど。それからは全学年から忌避され軽く伝説になったんだ」

 まあ心ちゃんはそんな感じだよな〜。文化祭はトイレに篭って時間を潰す日だ、と思っているボッチからは歓迎されたと思うけれど。

「大丈夫だって。もうそんなことやんないから、安心してよ」

 心はミルクティーのカップを持ち上げた。しかしその顔が何とも嘘っぽい。

 何とも微妙な空気になってきた。どうしよう。こっちから何かいったほうが良いのかな⋯⋯。

 そうだ。なんであんなにしっかりしてる奏ちゃんが、こんな危なっかしい心ちゃんと仲良しなんだろう。

「お二人はどうやって知り合ったの?」

 心はニヒヒと笑みを浮かべる。

「そんなの幼馴染に決まっているじゃない! 幼稚園の頃から二人で遊んでいたわ。だから奏がここまで立派に育ったのは、もはや私のおかげっていうか」

「嘘を付くな嘘を。私たちが初めて会ったのは、中学の時だろ」

 奏が呆れた顔をした。

 そうなんだ、意外と最近だな⋯⋯。

「でもお二人、すごく仲いいよね」

 私は続ける。同級生に自分からこんなに話しかけるのはいつ以来だろうか。

「まあな、部活が一緒だったんだ。美術部で」

 奏が答える。顔が少し赤いように見えなくもなかった。なるほどなるほど。

「でな、会ったばっかりときの心はもっと」

「やめろやめろ」

 急いで心が言葉を遮る。

「なんですか?」

 聞きたい。

「諦めろ、心。中学で出会った直後の心はもっと、暗くて、やる気が無くて、なんとなくの惰性で美術部に入ったのがバレバレだったんだよ」

 信じられない。こんな生き生きとしていて、積極的な心ちゃんが今の私みたいだったなんて。

 

 今の私みたい?

 そうか。

「もしかしてだけど、違ったら凄い恥ずかしいんだけど、二人とも私に凄い優しくしてくれるのは、中学の時の心ちゃんに私が似ているから?」

 心が大きく笑い、カップを口に運んだ。

「まあ私もそんなだったっていうだけだよ。子供の性格なんてちょっとしたことですぐに崩れるもんさ」

「今でこそ、心は偉そうにこんなこと言ってるけど昔なんて面白かったんだよ。例えば、自己紹介なんてさ、──新井心です、よろしく──これだけだよ。驚異の三秒」

 うっ、久しぶりに奏ちゃんの何気ない一言に傷つけられた気がする。でも私の5.5秒より格上がいるとは。

 バンッ。心がカップを叩きつけた。

「この際正直に言おう。私は確かに、超恥ずかしがり屋で無気力な人間だったんだよ。ただ、奏に会ってからは変われた。二人で話して、作りたい作品を見つけたし、何より友達になれた」

 奏は誇らしげな顔をしていた。心は続ける。

「だから今度は私がしてあげる番だよ、結ちゃん、いや結。入ろう一緒に俳句部に、そして一緒にやりたいことを見つけよう」

 嬉しい。嬉しい。ん? つまり遠回しに私のことを超恥ずかしがり屋で無気力な人間って言ってない? さらに続ける。

「ところでこの感動的な私のスピーチを聞いてもなお、奏は美術部に入ろうというのかね?」

 奏は顔をしかめた。

「分かったよ。じゃあ結ちゃんが入るなら私も俳句部に入る」



 その日の晩。私は布団の中で再び悩んでいた。

 ていうか、奏ちゃんの部活選びも私にかかっているわけ? プレッシャーに耐えられないよ。

 どうしよう。確かに、心ちゃんが誘ってくれたのは凄いうれしいよ。でもさ俳句部で何をするの? 

 何をするかは上級生がいないから勝手に決めよう、みたいなことを言っていたけれど本当に大丈夫かな。心ちゃんってちょっと何するか分からない所があるよね。

 でもあの二人は親切だな。ふふふ、ひんやりとした枕に頬を押しつけながら微笑む。今日は楽しかったな。信じてみよう、一歩踏み出してみよう、心ちゃんの目からはそんな言葉が、自然と読み取れた。きっとそんな言葉を心ちゃんは、奏ちゃんから昔かけてもらってうれしかったんだろうな。




 翌日。一本早いのに乗ったから今日は席が空いている。やはり電車は快適だ。

 よし、早く来た甲斐があった。まだ2人は来てない。

 すると、心の大きな声が聞こえてきた。

「んでさ、妹が言ってきたの、私は⋯⋯、あ、もう来てたんだ結ちゃん」

 心と奏が教室に入ってくる。

 私は急いで二人のもとで駆け寄る。そして言う。

「私も俳句部に入るよ」




 このあとの私の高校生活がどうなるかは誰もわからない。私が本当に変われるのか(変われたのか)も誰もわからない。ただ、大事なのは勇気だって、ハッタリだってその時やっと学んだんだよ。



おしまい


 








 

 

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