第9話 『研究者の覚悟』
その夜、事務所の明かりは消えていなかった。
「フィリアさん、まだ続けるんですか?」
翔太が心配そうに声をかける。フィリアは実験データと向き合ったまま、小さく頷いた。
「さっきのスライムたちの魔力共鳴、あれは今までの魔法理論では説明できない現象なんです」
「でも、無理は禁物だよ!」ポップが心配そうに。「僕たちのせいで、フィリアさんが...」
「理論的に分析させていただきますと」リーフが慎重に。「連続研究による効率低下は27.3%で...」
「うるさいわね」ルナが溜め息。「でも、今夜は特別ね。話したいことがあるんでしょう?」
「私がお茶を入れます」ミストが静かに準備を始める。
フィリアは杖を置き、ふと窓の外を見つめた。
「私ね、魔法研究所に入る前は、辺境の村にいたんです」
スライムたちも静かに耳を傾ける。
「10年前...私の村を襲った飢饉のこと、まだ覚えています。作物は不作で、街からの支援物資も...保存がきかずに腐ってしまって。妹は、薬が届かなくて...」
ポップたちは、これまで見たことのない真剣な表情で聞いている。
「だから決めたんです。保存魔法を極めて、二度とあんな思いを誰にもさせないって」
「それで研究所に...」ミストが静かに言う。
「はい。でも研究所では、戦闘魔法や派手な魔法ばかりが重視される。『実用性がない』って...」
その時、思いがけない出来事が起きた。
五匹のスライムの体が、自然と淡く光り始める。朝とは違う、穏やかな輝き。
「これは...」
フィリアの杖が、共鳴するように応える。
「僕たちには分かるんだ」ポップが静かに、しかし力強く言う。「フィリアさんの魔法に込められた想い」
「人を救いてぇって気持ち」フレアが熱を帯びた声で。「それより熱いものはねぇぜ」
「理論を超えた、魂の共鳴です」リーフが珍しく詩的な言葉で。
「感情が、力になるのね」ルナも柔らかな表情。
「私たちも、同じ想いです」ミストが優しく。
スライムたちの魔力が溶け合い、研究室内に美しい光の輪を描き出す。
「まるで...」翔太が言葉を探す。「まるで本当の絆が、目に見える形になったみたい」
フィリアの目に、涙が光る。
「これが、私の求めていた魔法の形」
その時、事務所のドアがノックされた。
「お客様? こんな遅くに」
開けてみると、昨日薬を届けた老婆が立っていた。
「すみません、こんな時間に...でも、お礼を言いたくて」
老婆は涙を浮かべながら続ける。
「薬が時間通りに届いて、娘の容態が良くなって...本当に、ありがとう」
差し出された包みには、まだ温かいパンが入っていた。スライムたちの保存魔法と共に。
「これが」フィリアが静かに呟く。「私たちの、本当の力」
研究室は、魔法の光と想いに満ちていた。
(続く)




