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33話 新たなる始まり

「――おい、立ち止まるな!」


張りのある声が響く先には、堂々としたゲートがそびえ立っていた。


そこは学院本部の正門。第三試験を終えて正式に合格者となった受験生たちが、いよいよ入学手続きを行うために並んでいる。


ハルは、まだ痛みの残る身体を引きずりながらも、広大な石畳を踏みしめた。


周囲には、同じく合格通知を手にしたイオ、ルーク、アリアをはじめ、多くの受験生たちが列を作っている。王都から駆けつけたらしい親族や、式典を手伝う上級生の姿もあり、どこかお祭りのような雰囲気すら漂っていた。


「ふう……ほんとに、学院に入れちゃうんだな」


ハルは垂れ幕が翻る正門を見上げて、小さく息をつく。近くにいたイオが肩をすくめて笑う。


「少しは実感湧いてきた? 私もまだ不思議な感じ。だってあんな濃い試験を乗り越えたばっかりだもん」


ルークは短杖を肩に担ぎ、苦笑いを浮かべる。


「試験であんなにボロボロになるとは思わなかったぜ。ま、逆に言えば、どんな授業が始まろうと乗り越えられそうな気もしてくるけど」


アリアは「油断は禁物よ。正式に“生徒”になったからといって、ここからが本番なんだから」と、ピシッとした姿勢で言う。傷はまだ完全に癒えていないが、その瞳には新たな決意が宿っているようだった。


四人が門をくぐろうとしたとき、突如として背後から冷たい視線を感じた。


「ほう……お前たちか」


振り返れば、そこには青い髪をオールバックにまとめた少年、ヒュレグ・エルヴェインの姿があった。高級なローブと長いマントを纏い、片手に輝く光剣の装飾を携えている。


周囲の誰よりも堂々とした立ち姿――そして、その名を知らない者はいないほどの“主席合格者”だ。


「ヒュレグ……」


ハルは思わず声を呑む。こっちはまだ体に痛みが残り、地味な身なりのままだが、ヒュレグはまるで貴族の儀典にでも臨むかのように貫録を放っていた。


「粘土怪人を倒したのは、お前だとか? 冗談だろう。普通なら、俺様が倒すはずだった獲物だったというのに……」


ヒュレグは鼻を鳴らすようにして、ハルを睨みつける。その瞳には驚きよりも苛立ちが混じっているようだ。


イオが「なんなのよ」と口をとがらせるが、ヒュレグは気にも留めず、軽くマントを翻した。


「ま、いい。お前がどれほど運が良かったかは知らんが、その程度の能力で俺様のライバルを名乗ろうなど百年早い。……この学院で正真正銘、誰がトップか思い知らせてやるさ」


「ライバル……って、僕は別に――」


ハルが戸惑いながら言いかけると、ヒュレグは「黙れ」ときっぱり遮る。


「黙れ、地味能力。お前が俺の眼中に入っただけでも光栄に思うがいい。粘土怪人を倒したからには、その実力、学院で発揮してみせろ。さもなくば、雑魚のままだぞ」


一方的に言い放ち、ヒュレグは高らかに笑い声を響かせる。


そのまま門をくぐり、先頭集団の受付へと向かっていった。周囲には彼を称賛する声や、うんざりした溜息が入り混じる。


「はあ、相変わらず偉そうね……」


アリアは呆れたように眉をひそめつつも、ほんの少しだけ張り合いを感じているのか、槍のグリップを握る手に力がこもっている。


ルークとイオは顔を見合わせ、「まあ、変わんねえやつだな」と小声で茶化す。


ハルは苦笑しながらも、その背中を見つめた。


(ヒュレグ・エルヴェイン……学院の主席合格者。いつか、彼に本当に肩を並べられるようになるかな。いや、そんなことより――)


心の中で、ふと“粘土怪人”との死闘を思い返す。あれ以来、ほんの少しだけ“自分でもやれるかもしれない”という自信が生まれている。


「行こ、ハル。入学手続きしないと始まらないわ」

アリアに促され、ハルは顔を上げる。イオとルークも小声で「早く済ませて学食チェックしよう」「いきなり学食かよ」と和やかに笑っている。


***


荘厳なステンドグラスが施された回廊を、長い白髪を束ねた老紳士――グレゴリ・クラウディス校長がゆっくりと歩いていた。


隣には顎髭を撫でるマティアス・ラスコレインが、書類を抱えて小走りで追いつく。


「校長、本年度の最終合格者リストをご覧になりましたか?」


マティアスが問いかけると、グレゴリ校長は軽く頷く。


「ええ。まさか“地味テレポート”のあの少年が合格するとは、当初の予想を大きく覆されました。しかも“粘土怪人”まで退けるとは……」


校長の声は驚きと面白さが混じっているようだ。マティアスは苦い顔で書類をめくりながら、呟く。


「ヒュレグ・エルヴェインが主席になった点は順当ですが、次点クラスの者たちもこれまでの常識から外れている。イオ・トールノ、ルーク・バスティオン、アリア・シルヴァリーフなど、色の濃い生徒が揃いましたね……特にあのハル・アスターブリンク。冗談で受けに来たのかと思ってたんですがねぇ」


グレゴリ校長は回廊に差し込む朝日のもと、ステンドグラス越しにほんのり色づく床を踏みしめる。


「かつての勇者アシュレイをご存じでしょう? 彼もまた、特別な血筋でもなければ派手な魔法を持っていなかったと伝えられています。大切なのは、どれだけの“力”かではなく、どう使うか――それを体現できる人材かどうか、ということです」


「ふん……」


マティアスは鼻を鳴らしつつも、否定はしない。心の奥では、今回の試験で地味能力者がここまで戦ったことに、どこか感銘を覚えているようだ。


「校長、あのハル・アスターブリンクという少年、本当に大きく育つと思われますか? 粘土怪人を倒したのはたまたま運が良かっただけかもしれない……」


グレゴリ校長は、小さな笑みを浮かべて振り返る。


「さあ、どうでしょうね。彼らのような“若き芽”が、いずれ学院を支え、世界を導く存在になるかもしれません。かのアシュレイも最初は無名でした。……楽しみではありませんか?」


マティアスは肩をすくめ、誤魔化すように書類を軽く叩く。


「ま、特別扱いはしませんよ。学院は厳しい場です。ついてこられるかどうか、見ものですね……」


そう呟きながらも、その口調には先ほどより柔らかな色合いが混じっている。校長と視線を交わし、二人はゆっくりと回廊を歩き去っていく。


新たな学生たちが待つ講義室へは、まだ大掃除の最中だという。


***


正門の受付を済ませ、初日のオリエンテーションを受けたハルたちは、中庭に出てほっと一息ついていた。

広大な芝生や噴水が美しく整えられ、そこここに花壇が彩られている。まるでひとつの街のように活気があるのが、世界最高峰の魔法学院の特徴だ。


「すっごい……ね。ほんとに広くて……」


イオは呆然と噴水を見つめる。雷拳で何度も荒野を駆け抜けた少女とは思えないほど、その目に童心のような輝きが宿っていた。


ルークは「あちこちに購買部やグラウンドがあるらしいぜ。今度探検しようぜ」と口笛を吹く。


肩の包帯がまだ外れないアリアは、「シルヴァリーフ家の名に恥じぬよう、私も練習を頑張らないと」とつぶやき、槍を携えたまま静かに決意を新たにしている。


ハルはそんな仲間たちを見回し、ふと胸に温かいものを感じた。


自分は1メートルのテレポートしか持たない地味な能力者だが、ここに来られたのは決して奇跡でも偶然でもない――必死に戦い、仲間を信じ、諦めなかった結果だ。


(いつか、本当の意味で“誰かを守れる”勇者みたいな存在になりたい。アシュレイのように……)


心の奥でそう誓いながら、ハルは噴水のそばに腰を下ろし、仲間たちと視線を合わせる。まだ知らない授業や、待ち受ける新しい試練は多いだろう。しかし、少なくとも今は、四人揃って笑える幸せな時間がある。


「よし! また明日から色々あるけど、頑張ろうね、みんな」


ハルが声を掛け、イオは「当然でしょ」と笑う。ルークは「眠いけど……仕方ねえな、ちょっとはやる気出すか」と肩をすくめる。アリアは「ええ。誰よりも早く実力を伸ばすのは、私の目標でもあるし」と凛とした表情を返す。


金色に染まる夕陽の光が、中庭を包み込む。


こうして、ハルたちの“新しい学園生活”が幕を開けた――かつての勇者アシュレイもまた、こうして仲間と出会い、世界を変えていったのだろうか。


その答えは、まだ知らない。これからの授業と日々の鍛錬の先に、ハルの目指す“本当の強さ”が待っているはずだ。

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