表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/33

24話 霧の中の怪物

「よし、ここをまっすぐ……の、はず……」


ルーク・バスティオンは地図とにらめっこしながら、足元の泥を何とか払いのける。

細かい雨粒こそ降っていないものの、湿地特有の霧がゆらゆらと立ちこめ、空気はべったりと肌にまとわりつくように湿っぽい。


彼の相棒であるガロカリスも、ぬかるみに脚を取られるたび、不安そうに短い(いなな)きを上げていた。


「うええ……もう靴がべちゃべちゃだよ」


イオ・トールノは、半ば泣きそうな顔で頬をふくらませる。髪が湿気に逆らうようにふわふわ広がり、彼女が得意とする雷の火花も、どこか不安定に見える。


「仕方ねーだろ。道間違えるわけにもいかないし。ここ、 地図だと最短ルートって書いてあるんだけどな……ああ、くそっ、足元が最悪だ」


ルークが苛立ち紛れに舌打ちする。少し進むたびに泥がへばりついて、ガロカリスの脚が沈み込みそうになる。


野営地で仕入れた地図には「湿地帯を抜ける道」だと記載されていたが、実際に来てみると想像以上にぬかるんでいて、とてもスピードを出せる状況ではない。


***


あたりを見回せば、長い草が腰のあたりまで生い茂り、その奥に水たまりや小さな沼が点在している。

腐葉土が混じった泥水のにおいが鼻をつき、ときおり 大きなヒルや虫が蠢いているのが視界の片隅に見え隠れする。


「はあ……まさか、こんな気味悪い場所を通ることになるなんて……」


イオが拳にほんの少し雷のオーラをまとわせ、近くの水面をバチバチッと照らしてみる。

しかし、霧のせいで光が拡散し、奥の状況がほとんど分からない。逆に白いモヤだけが広がり、見通しはむしろ悪くなってしまった。


「うわ、ダメだダメだ。むしろこっちが目くらましだよ。雷光が霧に散って見えにくい……」


イオは慌てて魔力を引っこめ、うんざりした表情を浮かべる。


「まだ正午前後くらいだけど、ここでモタモタしてたら日没までにメイリー砦行けなくなるぞ」


ルークは自分の懐中時計を確認しながら小声でつぶやく。


湿地を抜けた先に待ち受けるのは広大な沼地かもしれないし、もし道を間違えたらやり直す時間すらないのだ。


「わかってるって。でも、思ったよりここ道が枝分かれしてない? さっきの分岐、あれ本当に合ってたのかな……」


イオは不安げに振り返る。今はしんと静まり返った霧の中、誰もいない。試験官どころか他の受験生の姿すら見当たらない。


「それが一番こえーんだよな……。もし道を違えたら終わり。引き返す時間もないし」


ルークが苦い顔で肩をすくめる。雨こそ降っていないが、気温は高めでジメジメとしている。背中にじっとりと汗が張りつき、体力をじわじわ奪っていく。


***


「ね、ルーク。ちょっと一休みしようよ。ガロカリスも足を引きずってるみたいで、痛そうなんだよ」


イオがガロカリスの脚を心配そうに見つめる。沼地のぬかるみで何度かバランスを崩しかけており、乗騎自身がかなりのストレスを感じているのが伝わる。


「はぁ……まあ、ムリに突っ込んで怪我させたら大損だからな。わかった。ちょっと固めの地面探そう」


二人は泥の中を慎重に進み、わずかに高い丘のようになった場所を見つけると、そこへガロカリスを休ませた。

ガロカリスは 安心したように大きく鼻を鳴らし、イオは「よしよし」と頭をなでてやる。


「はあ……もうお昼っぽいし、ここで食料補給でもするか。味わう余裕もないけどな」


ルークは持参していた 干し肉を取り出して軽くかじる。疲れで味覚が鈍っているのか、ほとんど感動がない。

イオも「おいしいご飯食べたいなあ……」とため息をつきながら、水筒に口をつける。


***


休憩を始めた途端、霧がさらに濃くなった。

遠くの草むらが白くかすみ、木立のシルエットがぼんやり揺れる。

微かに風が吹くたび、モワッとした湿気がまとわりついてくるようで、イオは思わず肩をすくめた。


「やだね、この感じ……視界がこのままだと、粘土怪人だって簡単に近づけるじゃん。おまけに足場はドロドロ……雷も水魔法も思うように使えなくて最悪……」


彼女の言葉に、ルークも緊張した面持ちでうなずく。

“粘土怪人”は各地で受験生を襲っているらしく、レースが進むほど被害者が増えているという噂だ。

二人はまだ直接対面したことはないが、その不気味さは何度も耳にしている。


「……まあ、ここで立ち止まってても仕方ねぇ。ガロカリスがちょっと休んだら先を急ごう。霧がもっと濃くなる前にな」


「だね。今のうちに、距離を稼がないと。いざ粘土怪人が出ても、あまり長期戦はしたくないし……」


そう言いながら、二人は目を合わせて軽くうなずき合う。

湿地を出たあとの道のりがどれだけハードか分からない以上、ここで遅れるのは致命的だ。


***


食料を少し補給し、気力を取り戻したころには、霧はさらに濃くなっていた。

それでも彼らは意を決して乗騎を進める。


地面が少し堅そうなところを探しながら歩を進めるものの、視界はわずか数メートル。

誤って穴や沼に落ちる可能性を考え、ガロカリスの速度も上げられない。


そのとき、白いモヤの向こうから突然「ぎゃあああっ!」という凄まじい悲鳴が響き渡った。


「な、なんだ!?」

「今の、受験生の声……!?」


イオとルークは同時に声を上げる。ほかにも複数人が騒いでいるのか、「助けてくれ!」「化け物だ!」という断片的な叫びが混じって聞こえてくる。


二人の心拍数が急激に高まり、湿った空気がさらに重苦しく感じられる。


「化け物……やっぱ粘土怪人か!?」


イオは拳に雷の電流をまとおうとするが、まるで湿気が磁場を狂わせるかのように火花が散り散りに広がり、バチバチと音だけが虚しく響く。


ルークは短杖を握りしめながら「ちくしょう、水魔法も泥だらけの水じゃきれいに操作しづれぇし……」と苛立ちを口にする。


しかし、悲鳴は切羽詰まったものが多く、もはや聞き流せる状況ではない。


「……行くか、イオ? このまま知らんぷりはできねぇよな」


「そうだね……正直怖いし、こっちも危ないかもしれない。でも……放っておけないよ!」


二人は意を決してガロカリスの向きを変える。

極力静かに、けれど急いで霧の中を進むと、まもなく悲鳴が途切れ、妙な沈黙が広がった。


「おい……嘘だろ……もう全滅とか、そんなのナシだろ……」


ルークは背筋を寒くしながら、声を上げて呼びかけるが反応はない。

やがてぬかるみに ぐったりと倒れ込んだ受験生たちの姿が目に入る。二人ほどは意識を失っているようで、もう一人がなんとか上体を支え、ゼーゼーと苦しげに息をしていた。

服には粘土のようなものがべっとりとこびりつき、酷い悪臭を放っている。


「く、くそっ……! あんたたち大丈夫か!? 粘土怪人に襲われたのか?」


イオが駆け寄ると、その受験生は荒い息の合間に「や、奴は……あっちへ……消え……た……」と霧の中を指さして崩れ落ちる。

見れば 何かが引きずられたような痕が湿地の先へ続いているが、視界は真っ白で先が見えない。


「まじかよ……どこに潜んでんだ、この化け物……」


ルークの声が震える。すると、霧の向こうで べちゃり…という粘着音が響き、重たい水音が近づいてくるのが分かった。

二人が思わず振り向くと、霧のカーテンを割るように、ヌラリと灰褐色の塊が姿を現す――。


***


「…出た……!」


イオは拳に雷の火花を宿そうと必死になるが、湿度に負けて思うように力がこもらない。

ルークも短杖を構え、水の玉を作り出そうとするが、混じり合った泥が邪魔をして形がブレる。


粘土怪人は、ぼこぼこと膨らむ粘土質の体をくねらせながら 上半身だけ人の形を模すようにうごめいている。

足元は泥と同化しているようで、何本もの触手状の腕が絡まり合いつつ、じゅるり……と湿った音を立てていた。


「やばいやばい……あからさまにこっち狙ってるじゃん……! イオ、どうする!?」


ルークが焦り混じりに言うと、イオはグッと歯を食いしばり、何とか拳をバチリと光らせる。


「どうするって……決まってるでしょ……! ぶっ飛ばす!!」


震える脚をこらえながら、イオは前へ一歩踏み出す。

ルークも「逃げても追いつかれるなら、やるっきゃねえか……!」と覚悟を決めるように短杖を握り直した。


湿地に立ち込める霧の中で、二人と粘土怪人の対峙が始まろうとしていた――。

【作者からのお願い】

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも感じていただけたなら、

ブックマーク と 評価(☆☆☆☆☆) を押してもらえますと大変励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ