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23話 光戦士の屈辱

森の奥深く――湿気を孕んだ空気が肌にまとわりつき、太古の樹木が生い茂る薄暗い小道。

木漏れ日がほとんど差し込まないため、地面はしっとりと湿り気を帯びており、時折腐葉土が踏みつぶされる生臭い匂いが鼻をつく。


鬱蒼とした木立のなか、ヒュレグ・エルヴェインは光剣を携え、目の前に立ちはだかる“粘土の塊”を睨んでいた。


「貴様が噂に聞いていた“粘土怪人”というわけか。聞いていた通り、ただの魔物とは違う禍々しさだな」


粘土怪人はどろりと流動的な質感を湛えながら人型を保っている。灰褐色の泥が混ざったような胴体と、幾筋にも分かれた触手めいた腕。


それらが森の地面を這うように蠢くたび、べちゃり……という湿った音が、湿地の匂いと相まって不快感を増幅させる。


ヒュレグのガロカリスは鼻を鳴らし、警戒して後ずさろうとする。


大抵の野生のモンスターは、光剣をちらつかせただけで逃げ出す。しかし、この“粘土怪人”は臆する素振りを見せない。むしろ、腕――いや、触手を持ち上げてヒュレグを挑発するかのように構えている。


「ふん、出てくるなら出てこいと言ってはいたが……勇気だけは認めてやろう。もっとも、俺様の前に立ちふさがる愚行に変わりはないがな」


ヒュレグは唇の端をゆがめつつ、ガロカリスの首を軽く叩いて一歩前へ進んだ。


太陽はすでに高い位置にあるはずだが、森の陰に阻まれて日光が届かない。


(ここで時間を食うわけにはいかんが……粘土ごときに道を譲るなど、俺様の誇りが許さん!)


「貴様が俺様のレースを邪魔する気なら、粛清あるのみ!」


光剣を両手に構え、魔力のオーラを一気に高めていく。剣先が高熱を帯び、周囲の湿った空気がメラメラとゆがむほどの熱量を放ち始めた。


すると粘土怪人も、ぐにゃりとした体の表面に波紋を走らせ、何本もの腕をいっせいに持ち上げる。その動きは、まるで自分の意思でヒュレグをあざ笑っているかのようにさえ見えた。


「ふん、いい度胸だ――!」


ヒュレグはガロカリスを横に回しつつ、光剣を斜めに振り下ろす。


ビシュッ!


鋭い音を伴い、魔力を帯びた斬撃が林間を切り裂き、樹木を何本か薙ぎ倒して粘土の上半身を狙った。


しかし――


「何……!?」


粘土の体は寸前でドロリと変形し、剣線をずらすように体をめり込ませる。

わずかに深い切れ目が入ったものの、すぐに再生を始めたのか、裂傷がみるみる塞がっていく。


「くっ……ただの泥なら、一太刀で消し飛ぶと思ったが、なかなかやるな」


ヒュレグは鼻を鳴らしつつも、その額にはうっすら汗が浮かんでいる。ここ数日のレースの疲労がまったくないわけではなく、そのうえ粘土怪人の妙な不快感と再生能力が集中力を削ぐ。


だが、この程度で引き下がるヒュレグではない。


「ならば貴様を跡形もなく焼き尽くしてくれるわ――!」


光剣に魔力をさらに籠め、今度は突きの形で粘土怪人の頭部を狙う。ガロカリスが湿った地面を蹴り、瞬時に距離を詰めた。


「《シャイン・スラスト》!」


間近で放つ必殺の突き――だが、触手の複数本が剣先を絡め取り、ぐじゅりと剣に粘着してくる。

“シュルシュル……”と嫌な音を立て、粘土がヒュレグの腕にまで巻きつき始めた。


「がっ……ば、馬鹿な! この俺様から剣を奪うつもりか!?」


剣を引き抜こうとするが、粘土の粘着力が想像以上に強い。腕にまでべったり張り付き、じわじわと締め付けてくる。

ヒュレグは奥歯を噛み締め、腕に魔力をみなぎらせる。


「ふざけるなよ……!」


ヒュレグの剣の根本から小規模な爆発が起こり、粘土の腕ごと吹き飛ばす。

ドンッ! と衝撃が走り、泥の塊が森の地面に散らばる。

何とか剣を取り戻したヒュレグは、荒い呼吸を整えつつ、腕についた泥を振り払った。


(ぐっ……この粘土野郎、しぶといだけじゃなく、こちらの攻撃をいなしやがる。少しばかり手間取ったが、まだ余裕で勝てるはずだ……ただ、時間がかかりすぎれば……!)


思考の片隅に、試験の時間制限がちらつく。


第三試験は日没までにメイリー砦へ到達できなければ失格――つまり、ここで粘土怪人に構いすぎると、自分の首を絞めることにもなりかねない。


それでもヒュレグは目の前の化け物を倒さずに放置するのは、プライドが許さなかった。


「ではこれでどうだ――《ソード・フラッシュ》!」


距離を取るようにガロカリスを後退させながら、光剣の先端からビーム状の光弾を連続で発射する。

ズガンッ、ズガンッ!――と爆音が森を揺さぶり、粘土怪人の足元が大きく抉れる。

土と腐葉土が舞い上がり、湿った木の根が引きちぎられるなか、粘土の塊もいくらか削れた。


(よし……動きが鈍ったか?)


しかしその安堵も束の間。今度は背面側の地面に落ちていた粘土片がシュルシュルと集まり、一部の触手を背後から伸ばしてきた。


「っ……! 貴様、その破片を操っていたのか……!」


ヒュレグはとっさにガードを固めるが、触手が胸元に叩きつけられ、その衝撃で少し鞍からズレかける。

(くそ……思ったよりもパワーがある……!)


光剣で触手を振りほどきながら、ヒュレグはわずかに歯を食いしばった。

振り下ろされた一撃が腕に鈍い痛みを残し、汗がさらに滲む。ちょっとした揺さぶりでも、心臓がドキリと鳴るほど疲労が増している自分に気づき、苛立ちを感じずにはいられない。


「こんな泥ごときに……この俺様が時間を浪費するなど、あってはならん! くっ……」


粘土怪人は動きが完全に止まったわけではないが、再び体を分散させるように泥を広げ、今度は地面に溶け込もうとしているかのように見える。

ぐじゅり……と森の地面へ沈むその姿は、まるで嘲笑しているかのようだ。


「逃げるのか!? 卑怯者め! ここで終わらせてやる……!」


ヒュレグが追いすがろうと光剣を振り回すが、すでに本体は地中へ溶け込むように姿を消しつつある。

斬り払った先にはべちゃりとした泥の残骸が散らばるが、“倒した”手応えは一切ない。


「くっ……せめてトドメを……!」


地面を薙ぎ払っても、泥や根が吹き飛ぶだけで、怪人らしき塊はどこにも見当たらない。

数秒後には粘土の一部もすでに沈み込み、森は静寂を取り戻そうとしていた。


(ちっ、逃げやがったか。……あそこまで再生できる相手を、本気で仕留めるにはもう少し時間が必要だが、そんな悠長にやっていられん!)


ヒュレグは光剣を握りしめたまま、憤りを露わにした。

思わず隣の立木を横薙ぎに斬り倒し、草木がドサリと音を立てて倒れる。

むせるような土埃と樹液の生臭さが漂うが、怒りのやり場はどこにもない。


「ふざけやがって……! 粘土ごときで俺様をここまで翻弄するとは……!」


汗ばんだ掌を拭い、呼吸を整えると、ヒュレグはひときわ強くガロカリスの手綱を引いた。

ガロカリスも粘土怪人との戦闘で怯え、呼吸が荒いが、主人の命令には逆らえない。重い足取りを引きずるように、再び森の奥へ向かう。


(まだ朝とはいえ、この森を抜けて湿地を越えねばならん。日没までにメイリー砦に着かなければ……他の連中に先を越されるなど、断じて許せん……!)


怒りを力に変えようとするかのように、ヒュレグは剣を鞘に収め、前方へと加速する。

樹木や茂みをなぎ払いつつ、ガロカリスの速度は衰えない。いや、むしろ今の苛立ちが燃料となって、さらに速さを増しているようにすら見える。


「チッ……! 俺様は必ずメイリー砦をトップで駆け抜けてやる。もしまた貴様が姿を現すなら、次こそは完膚なきまでに叩き潰すのみ……!」


その叫びは、静まり返った森に空しくこだまする。

地面に飛び散った粘土片はじわりじわりと地中へ溶け込み、不気味な波紋を残していた。

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