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22話 波乱の幕開け

朝日のオレンジ色が消え去り、ルフェリア砦の広場に強い陽光が差し込むころ――

いよいよ三日目、"メイリー砦"への最終レースが始まろうとしていた。


砦の門前には、まだ疲労の色を隠せない受験生たちが集まり、重い空気を共有している。

今日を乗り切れば試験は終わり――だが、日没までにメイリー砦へ着けなければ即失格。

そして“粘土怪人”の噂もあって、誰もが内心穏やかでいられない様子だ。


広場の掲示板には、これまでの到着順位が貼り出されていた。


最上位に刻まれているのはヒュレグ・エルヴェインの名だ。

中盤にはルーク・バスティオン、イオ・トールノが並び、 そしてその少し後ろにはヴェルン・ヴェルプレイン。

下位グループにはハル・アスターブリンクとアリア・シルヴァリーフの名前が見える。


本来ならアリアはトップ争いをしていてもおかしくない実力者。

しかし、昨日の負傷によりかなり順位を下げてしまった。


ハルもアリアも、今日の最終レースでは遅めのスタートとなる。

苦戦を強いられることは間違いないだろう。


とはいえ、三日目に進めただけでも幸運だと考えている受験生は多い。

すでに脱落者やリタイア組が続出し、現在残っているのは数十名程度と聞く。


***


「出発第一陣、ヒュレグ・エルヴェイン!」


試験官の兵士が声を張り上げると、門前の人々がざわめき、一瞬で道が開かれる。

青い髪をなびかせ、ガロカリスにまたがったヒュレグが悠々と姿を見せた。


「ククッ……当然だ。俺様が首位を独走するのは当たり前。粘土怪人? 馬鹿馬鹿しい。俺様のレースを邪魔できるはずがない。出てくるなら出てこい――返り討ちだ!」


傲慢な笑みを浮かべ、光の剣を腰に揺らしながら、ヒュレグは勢いよくゲートを抜けていく。


周囲からは「さすが……」「やっぱり貴族の名門……」と半ばあきれた声が上がるが、ヒュレグはすべてを意に介さず、森の奥へと姿を消した。


***


続いて、2番手以降の受験生が順次呼ばれていく。

しばらくして、イオ・トールノとルーク・バスティオンが乗騎のガロカリスを整えながら合流し、互いに声を掛け合っていた。


「よーし、ついに最終日! ここで合格を掴まなきゃ、今までの苦労が水の泡だしね」


イオはボブカットの髪を弾ませながら、乗騎ガロカリスの首をポンポンと叩く。

雷を纏う拳を軽くきしませつつ、「粘土怪人が来たら一発でブッ飛ばす!」と豪語した。


「おいおい、気合いはいいけど、相手がどんな奴か分かんねーんだぞ? 俺は命が大事だからな、ヤバそうなら全力で逃げるからな?」


軽口を叩きつつも、ルークはしっかり鞍を締め直し、水の魔力を少しだけ指先に宿している。

逃げるとは言いつつも、内心は「次こそ華麗に立ち回ってやる」と思っているのだろう。


そんな二人に合流したのは、ヴェルン・ヴェルプレイン。


控えめに眼鏡を押し上げ、「おはよう。二人とも、順番はもうすぐ?」と声をかける。


「おう、もうちょいでオレらの番だよ。ヴェルンはその次くらいか?」


「うん、僕はもうちょっと後かな……でも、メイリー砦まで行くには森を抜けて湿地を渡らないといけないから、焦るよね。日没までに間に合わなきゃ失格だし」


ヴェルンは“粘土怪人”の噂が頭を離れないようで、時折不安げに森の入り口を見やる。


イオが「大丈夫だってば! 粘土野郎が来たら、私たちが今度こそやっつけるから!」と無邪気に言うと、ヴェルンは苦笑しながらも「うん、そうだね」と頷く。


「それじゃ、先行ってるぜ。お前も絶対来いよ、ゴールで待ってるからな!」

「うん、ありがとう。みんなで合格しようね!」


やがて兵士が「ルーク・バスティオン、イオ・トールノ、出発準備を!」と呼ぶと、二人はガロカリスを急ぎ門の方へ向ける。ヴェルンはその背を見送りながら、眼鏡の奥で静かに決意を固める。


***


一方、広場の端では、ハルとアリアが順番待ちの列に並んでいた。

アリアは昨日の粘土怪人との戦闘で大怪我を負ったが、どうにか応急処置と簡易回復で動ける程度になっている。ただ、鞍にまたがるときも、時折苦しげに顔をしかめる。肩を触れただけで電流のような痛みが走るようだ。


「大丈夫……?」


ハルが心配そうに声を掛けるが、アリアはわずかにうつむきながら、唇を結ぶ。


「……ありがとう。だけど、最終日くらい自分の脚で走らないと、シルヴァリーフの名が聞いて呆れるわ。あなたの世話になってばかりじゃ、悔しすぎるもの」


シルヴァリーフ家の名を背負うアリアは、頬にうっすら赤みを帯びながらも、槍を腰に固定し、鎧をキュッと締め直す。どこかで痛みを堪えているのだろう。それでも二日目の無念を晴らすかのように、目を強く光らせていた。


ハルはそんな彼女に押されるように、改めて頷く。


「……わかった。でも、何かあったら言ってよ。いざってときは手伝うから」


するとアリアは短く鼻を鳴らしつつ、少しだけ視線を逸らして「……分かってるわよ」と呟いた。その頬はほんのり赤いままだ。


ちょうどそのとき、門番の兵士が呼ぶ声が響いた。


「次――アリア・シルヴァリーフ、ハル・アスターブリンク。出発の用意を!」


「行こう、アリアさん。日没まで、あんまり時間ないし……」


「ええ。メイリー砦には“聖なる調停者”メイリー・グリッドバードの名が刻まれてるの。回復魔法の研究が盛んだったって聞くし……そこに着けば、私もちゃんと治療できるかもしれないわ」


アリアは鞍をよじ登る時に、ぐっと息を呑んだ。肩に激痛が走ったのだろう。

それでも彼女は歯を食いしばり、震える手で槍の柄を握り直す。

ハルが思わず手を貸そうとすると、アリアは少し迷い、顔を伏せたままその手を取った。


「……ありがと。でも、ここからは本当に自分で走るから。あなたも自分のガロカリスで急いで。日が沈むまで、そう猶予はないわよ」


「うん。絶対ゴールしよう」


***


同じころ、すでに森の奥へ突入していたヒュレグ・エルヴェインは、光剣を抜きかけたままガロカリスを疾走させていた。


木漏れ日が差す斑な道には湿気が漂い、小動物の気配があちこちから感じられる。しかしヒュレグはまったく動じない。


「ククッ……噂の粘土怪人とやら、どこに隠れている? 俺様の前に姿を見せる度胸があるなら、さっさと出てこい!」


その瞬間――


「……ぬるり」


森の奥から、不自然に蠢く粘土の塊がせり出してきた。人型をかろうじて保ちながら、腕や脚にあたる部分が触手のように伸びていく。


灰色がかった泥の表面がチラつく光を反射し、低く湿った音を立てるたびに嫌な寒気を放っている。


ガロカリスが警戒の嘶きを上げたが、ヒュレグは余裕の表情で鼻を鳴らす。


「ほう……貴様がその粘土野郎か。アリア・シルヴァリーフを倒したとか言うが、俺様を相手にするのは百年早いわ!」


粘土人形はぐにゃりと腕を振り上げ、じくじくと滴るように地面を削る。その触手からは明らかに“人間離れ”した魔力が渦巻いている。


(こいつ、野生のモンスターなどではないな……人為的な魔法攻撃か。ふざけた真似をしやがって……どこの誰かは知らんが、化けの皮を剥がしてくれるわ!)


「さあ、どれほど持ちこたえられるか見ものだな。 輝け――光の剣よッ!」


ズシャァッ――


閃光が森の中を切り裂き、粘土人形の表面がざわざわと震える。木々の枝が吹き飛び、舞い散る葉が回転しながら地面へと落ちていく。


粘土人形は言葉にならない低い声を発し、腕を再びぐにゃりと振り下ろす。


ヒュレグは「フン!」と鼻を鳴らし、剣をさらに振り抜く。


試験最終日、決戦の火ぶたが切って落とされようとしていた。

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