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20話 黄昏の断崖

かすんだ夕陽が丘陵地を染め上げるころ、ハルとアリアの二人は、険しい山道をも越えた先の斜面を進んでいた。

すでに日差しは傾き、あたりの空が紫色を帯び始めている。


アリアはガロカリスの背にかろうじて身体を預けながら、右足と肩をさする。

包帯に血がにじんでおり、空気に触れるたびヒリヒリとした痛みが走るようだ。


ハルは「大丈夫?」と声をかけつつ、懐中時計にちらりと目を落とした。


(もう二時間もない……)


秒針の刻む音がやけに耳に残り、胸が焦りに締め付けられる。

だが、ガロカリスを無理に走らせれば、二人とも転落する危険がある。


「痛いときは言ってよ。無理しないでね」


「……言わなくても、痛みで呻き声が出そうだから、すぐ分かると思うわ」


アリアは自嘲気味に苦笑する。顔には汗が浮かび、息は浅い。

ときおりケガした肩に電流のような痛みが走るらしく、槍を握る手が震えていた。


ハルはそんな彼女を支え直しながら、ガロカリスの首をなでる。


「焦るけど、ここで崖を強行突破するのは危険だな……足場があまりに狭いし」


アリアはわずかに目を伏せ、肩を上下させながら静かに息を整える。


「……私の風魔法で、少しだけ足場を補助できるかもしれない。大規模な風の壁なんかは無理だけど……ガロカリスの足取りを軽くするくらいなら」


「そんなことができるの? ありがとう…でも、無理しない範囲でね」


ハルがそう言うと、アリアは痛む肩を堪えながら腕を振り、そっと魔力を練る。

途端に、ガロカリスの足元に柔らかな風が集まる。湿った岩肌や細かい砂利を吹き払うように空気が流れ、足取りがいくぶん安定した。


「すごい……! これなら少し速く行けるかもしれない」


「本来なら、もっと大規模に風を起こして速度を上げられるんだけど……。この怪我だと、大きい魔法は使えそうにないの」


「十分助かるよ。これなら少しペースを上げられそうだ」


夕陽が岩壁を照らす中、ガロカリスは少しずつ斜面を上りはじめる。

小さな蹄音が石とぶつかり、カン、カン、と不安定なリズムを刻んでいく。


***


しかし、しばらく進んだところで、谷側の崖下から不気味な声が響いてきた。


「ギシャアアッ……ギシャッ……」


耳障りな擦れるような音とともに、岩陰からゴツゴツした甲殻を背負う巨大なトカゲの群れが現れる。

三体、四体……さらに奥からも続々と湧き出してくるのが見える。


「うっ……嫌な予感はしてたけど、ここまで多いとは……」


ハルが思わず呻くようにつぶやく。


アリアはハッと目を見開き、身をこわばらせる。


「この斜面で戦うなんて無謀よ……逃げるしかないわ!」


だが、ガロカリスは狭い岩道で身動きがとりづらい。

複数の大トカゲが威嚇するように牙を剥き、すでに一体が崖をよじ登ってきている。

岩がポロポロと落ちる音が、やたら生々しく響く。


「くっ……頼む、相棒!」


ハルは手綱を引き、ガロカリスに後退を促そうとするが、恐怖を感じたのかガロカリスが足を滑らせそうになり、ヒヒィン! と悲鳴のような嘶きを上げる。


(こんな場所でうかつにテレポートを使ったら、崖下に落ちるかもしれない……)


迷いが脳裏をよぎったその瞬間、最前列の大トカゲが牙をむきながら飛びかかってきた。


「ぐっ……行くしかない!」


ハルは意を決して、魔物が爪を振り下ろすタイミングで一瞬だけ姿をかき消し、わずか1メートル先へ移動。


魔物の攻撃は空振りし、岩を砕く衝撃が足元に響く。


「っ……!」


アリアが短く息を呑む。今の一撃をまともに受けていたら、二人とも崖下に転落していたかもしれない。


そして、その隙を見逃さず、別の魔物が横合いから飛びかかってきた。


「うわっ……やばい!」


クールダウンの1秒がまだ終わっていない。次のテレポートは使えない。


それでもハルは手綱を目いっぱい引き、ガロカリスを横へ跳ねさせて回避を試みるが、崖道の幅が狭いせいで大きくは動けない。


「なら……私がやるわ!」


アリアが槍を前に突き出し、ギュッと歯を食いしばって風魔法の陣を発動。

バシュッと鋭い空気の斬撃が走り、魔物の足元を崩すように岩を削り落とす。


「ぐるるるっ……!」


魔物は足場を失い、ゴロゴロと岩下へ転がっていく。そのあとを追うように土埃が舞い、悲鳴が谷底へと消えていった。


(よし、少しは隙ができた……!)


アリアは無理に攻撃魔法を使ったことで体に負担がかかったのか、苦しそうな呻き声をあげる。


「アリア……大丈夫!?」


「いまは私の心配してる場合じゃないわよ……!」


次々と他の大トカゲが迫ってくる。一体ずつ相手にしていたらキリがない。


***


ハルは崖の対岸を見る。安全な足場がある。

距離にして3mといったところか……しかし、テレポートだけだと距離がたりない。


でも、ガロカロスの跳躍と、アリアの風魔法を合わせればーー


「アリア、あそこを越えるしかない! 一度だけでいいから、大きめの風をお願い! ガロカリスの跳躍力を底上げしてくれ!」


「わかった……でも、一度きりしか無理よ……!」


アリアは槍を握りしめ、震える腕に魔力を込める。肩や足首にビリビリと痛みが走るが、そんなことを言っている場合ではない。

同時にハルはガロカリスの首をトントンと叩き、テレポートの魔力を全身に回した。


「いまだ――!」


一瞬、ガロカリスの蹄が地面を蹴り、ふわりと浮くような感覚が走る。アリアの風が背中を押すように吹き上げ、さらにハルのテレポートで少し先を“補う”。

わずか3メートルの断崖とはいえ、高所での失敗は命取り。心臓が凍るような数秒だ。


ドンッ!


着地の衝撃で全身が揺れ、ハルは必死に手綱とアリアを支える。アリアも痛みを堪えながら歯を食いしばり、槍を握り締めたままガロカリスの背中にしがみつく。


足場に安定を取り戻したガロカリスは、そこから一気に駆けだす。後方では大トカゲたちが威嚇する声を上げているが、崖下に落ちたり足場を崩されたりで、すぐには追いつけないようだ。


「行ってぇぇっ!!」


ハルの声に呼応するように、ガロカリスが悲鳴じみた嘶きで猛ダッシュ。絶壁の隙間を抜け、崖道の出口へなだれ込むように駆けあがっていく。


***


急な斜面を駆け上がり、ようやく崖道を抜けたころには、ハルもアリアも完全に息が上がっていた。


ハルの額には大粒の汗がにじみ、アリアの腕も力が抜けかけてガロカリスにしがみついている状態だ。


「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……アリア、大丈夫……?」


ハルが荒い呼吸の合間にそう漏らすと、アリアは苦笑まじりに息を吐く。


「私に聞く前に、あなたが倒れそうになってるじゃない……でも何とか逃げられたわね」


「アリアと、このガロカリスのおかげだよ」


ハルは自分の胸の鼓動が激しく鳴り響いているのを感じつつ、ガロカリスの首筋をなでる。


***


二人はしばらく岩陰で休憩をとり、呼吸と体勢を整えた。


ハルは改めて懐中時計を取り出す。

「……日が沈むまで、あとわずか。正直、ギリギリかな」

時計の針が刻む音が、不気味なほど大きく感じられる。


「でも、崖道を越えられたなら、あとはこの丘陵地を進めば……“ルフェリア砦”が近いはずよ」


アリアは息を切らしながら、それでも前を向こうとする。

顔は青ざめているが、その瞳にはまだ力が宿っていた。


ハルは彼女の決意を感じ取り、力強くうなずく。


「行こう。まだ間に合うはずだよ。きっと……」


ガロカリスが再び蹄を鳴らす。

前足をたたき、まるで「また走れるぞ」と言わんばかりに気合いを示している。


「……わかった。じゃあ、もう少しだけ頑張ってもらおうか」


ハルはガロカリスの首を優しくなで、そしてアリアをもう一度支えて鞍に乗せる。

肩を痛めているアリアは小さな声で息を呑むが、さっきよりは落ち着いているようだ。


「ごめんね、ハル……こんな怪我人が足手まといで……」


「そんなことないって。アリアの風魔法がなかったら、ここまでスムーズに来れなかったんだから。じゃあ……出発するよ」


ハルが声をかけると、アリアはかすかに頷き、槍を抱え直して背筋を伸ばした。

ガロカリスのひずめが地面を蹴り、夕暮れの空に向かってまたひと走りを開始する――。


彼らの目指す先、“ルフェリア砦”が遥かに待ち受ける中、落日の色がゆっくりと山肌を染めていくのだった。

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