海ぶどうの森
魚のゆららは、海の中をのんびりと泳いでいた。そこへ、友だちのふるるがやってきて、はりきってこう言った。
「海で一番おいしいごちそうを、食べに行こう!」
ゆららはぽかんとした。
「何だい、それ。どこにあるの?」
「海ぶどうの森の森の中に、光り輝く玉があるんだって。それが、ほんっっとーにすっごくおいしくて、ほっぺが落ちそうで、うろこも輝いちゃうんだって」
「ぼく、いそがしいから……」
そう言ってゆららが断ろうとすると、ふるるはゆららの前にさっと出てきて、泳ぎはだかった。
「おなかすいてないの?」
「すいてないよ」
だけどそのとき、ゆららの口から小さなあわがいくつも出た。
「ほら、おなかすいてるんだ!」
こうしてゆららは、ひっぱられるみたいにして、ふるるにお供することになった。
「海ぶどうの森って、どこにあるの?」
「ウツボの家の向こうにあるんだ」
それを聞いたゆららは、逃げ出したくなった。
「ウツボだって!?」
「うん。だから、海ぶどうの森の中のごちそうは、誰も食べたことがないんだって」
「あたりまえだよ! ねえ、やめようよ。ぼくらも食べられちゃうよ」
「大丈夫だって。ゆららもおれも、泳ぐのがとっても早いんだから」
ふるるとゆららは、しっぽをふりふり、泳いでいった。
ウツボの家は、ごつごつとした岩穴だった。周りはとても暗く、ゆららのひれがぞくぞくと震えた。ゆららは体をちぢめで、こそこそと泳いだ。さっきまでのんきにしていたふるるも、静かだった。
ゆららは兄弟をウツボに食べられたことがある。あれは本当に恐ろしい出来事だった。
ウツボの穴の前に来た。真っ暗な穴から、あわが1つ出てきた。誰かが、中にいるのだ。
突然、フルルが尾ひれを動かし、すごい速さで泳ぎだした。ゆららもあわてて追いかけた。
穴から遠ざかったころ、ゆららはふるるにやっと追いついた。
「どうしたの、あんなにいきなり泳ぎだして」
「いや、怖かったから……」
「ぼくだって、怖かったけどさ」
ふるるはちょっぴり照れてるようだった。
「でもまあ、ウツボに見つからなくてよかったよな」
「うん」
しゃべっているうちに、海ぶどうの森が見えてきた。
数え切れないほどの連なった緑の玉が揺れていた。ゆららとふるるは海ぶどうの中でかくれんぼをして遊んだ。森の中には誰もいない。けれど、玉は静かに揺れていた。海ぶどうの間をすりぬけると、うろこがくすぐったくなった。
「そろそろ、光る玉を探そうか」
「うん!」
ゆららとふるるははしゃぎながら、森の中をプランクトンつぶしに探し回った。そしてとうとう、ゆららは光る玉をみつけた。近くで見てやっと分かるくらいの、小さな光だったけど。ちょんと口先でつつくと、なんともいえない良い匂いがした。
「ふるる、見つけたよ!」
「おおー! でかした!」
ふるるもやってきて、大喜びした。
「半分こしよう」
「うん」
玉は甘くて、口の中でとろけていった。いつまでも味が心に残るのに、後味はさわやかだった。
「おいしかったな」
「うん。……もっと、あるのかな?」
「あるかも!」
2匹が森の奥に進んでいこうとした時だ。不気味な含み笑いが聞こえてきて、大きなウツボが目の前に姿を現した。
「こんにちは、今日の昼ご飯ちゃんたち」
ウツボは鋭い歯がびっしり生えた大きな口を開けて、にんまりと笑った。
「うわああああ!」
海ぶどうの森の中を、2匹は逃げ回った。ウツボの泳ぐスピードはとても速い。ゆららはウツボの口の中にのみこまれそうになって、あわててかわした。ふるるは、ウツボの強いしっぽにはたかれそうになった。
次第に、ゆららは疲れてきた。
「おい、ゆらら! もっと早く泳がなきゃ、食べられちまうぞ!」
「もう無理だよ……」
ゆららに向かって、ふるるが言った。
「よし、おれがおとりになる」
「そんなのダメだよ!」
「だって、ゆららを誘ったのはおれだし。その間に逃げるんだ」
「ふるる!」
ふるるはウツボの近くに泳いでいった。けれど、ゆららは、ふるるを置いていくのはどうしてもイヤだった。
ゆららは海ぶどうのかげから、ウツボとふるるの追いかけっこをみつめた。だんだんゆららのいるところから遠ざかっていく。
ゆららも森から抜け出そうとした時__ふと、小さく光る玉が、目に入った。あのおいしい玉だ。今となっては、味わう余裕もないけど。
「そうだ!」
ふるるは光る玉をくきからとり、ウツボに向かって泳いだ。そして、ふるるをおしのけ、ウツボの口に、光る玉を放り込んだ。ウツボはおどろいて口を閉じた。
「うーん……おいしい!」
「今だ!」
ゆららとふるるは必死に逃げた。家に帰ってこれてひと安心。
「あー、びっくりした」
「一生分泳いだ気分だな」
「でも、あの玉はおいしかったね……」
ゆららはうっとりとつぶやいた。
「また行こうね、ふるる」
「うん」
ふるるはにやりと笑った。ふるるの冒険野郎が、ゆららにもうつったようだった。