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#8 胸の痛みチクリ 

 燃える太陽が完全に昇りきった頃、全長4キロほどある城の外堀を騎士団が巡るパレードが始まった。


 ジッとしていると汗が止まらない暑さにも関わらず、沿道には王宮に入れない民衆が押し寄せている。娯楽が少ない時代だから、悪女が騎士団長になるという話はかなり刺激的なニュースだったのだろう。

 私は民衆が祝福のために投げた紙吹雪が舞う中を、ナイトの証である羽飾りのついた帽子とベルベットのローブを身につけ、光り輝く鞍と鐙で正装したブラックに跨っている。


 実は荒馬のブラックがいつ本性を出すのかと思って、手に汗をかきながら手綱を握っていたのだけど、事前にディアナが獣を従順にさせる魔法石をブラックのたてがみに結んでくれていたので、驚くほどスムーズにブラックに乗ることができた。


「魔法石ってスゴイのね! こんな便利なものがあるなら、ずっと貸してほしいわ。」


 無事に王宮の入り口に着いて思ったことを口にしたら、魔法石を回収に来ていた宮廷魔導士のお爺さんに思いっきり激怒されてしまった。


「たわけたことを!

 獣を操作する魔法石は、王家の宝。剣や防具のレベルアップに使うようなクズ石とは、訳が違うんじゃい‼」

「ごめんなさい。私、よく知らなくて。」


 宮廷魔導士はブラックのたてがみから魔法石を引き抜くと、よっぽど怒りが収まらないのか、ブツブツと呟きながら油紙に石をしまった。

 騎士団員の男性たちは私に気を使って「あの爺さん、気難しいんスよ」と慰めの言葉をかけてくれる。

 そんな私を横目に見ると、魔導士は大きな声で追い打ちをかけてきた。


「まったく、令嬢のネックレスに使うガラス玉と同じだと思われたらかなわん。

 【壊れた蛇口】に目をつけられたら、魔法石がいくつあっても足りないわい!」


 カッチーン。その嫌味、わざとですよね?

 まるっと聞こえてるわよ。


 しかも、騎士団員たちの目の前で言うなんて・・・。

 恥ずかしすぎて逃げたいと思った時、ブラックがブルッと唸り声をあげて魔導士の顔に特大のくしゃみをしたの!


 ブェェックショイ‼


「ヒエェッ⁉」


 魔導士は一瞬で頭の先から胸元まで、ベタベタの茶色い粘液で覆われて大きな悲鳴をあげた。


「な、なんじゃぁーこりゃあーーー‼」


 私はお腹からこみ上げる笑いを抑えて、ブラックのフサフサの耳にささやいた。


『ブラックのおりこうさん! いい仕事したわね。』


 ブラックはそ知らぬ顔で建物の横に生えている細い草を()んでいる。

 魔導士が粘液をハンカチーフでふき取りながらもまだ悪態をついている姿を見て、近くに居た騎士団員たちがお腹を抱えて笑い転げた。


「爺さん、馬にも善悪が分かるんだよ。」


「にゃにおぅ! 主人が悪いと馬も団員も性悪じゃなぁ‼」

「じゃあ、あなたの口が悪いのは、あなたの主人が悪いということですか?

 そろそろ口を慎んでください。」


 シャーロットの悪口だけでも腹が立つのに、ブラックと団員を悪く言われる筋合いはない。

 私がキツく言い返すと、魔導士は更に青筋を立てて激高した。


「無礼な! 私の直属の主人は陛下でおられるぞッ‼」

「罪もない女性に声を荒げるのが陛下のお考えだと言うつもりか?」


 不毛な言い争いの最中に凛とした声が通り抜けた。

 甲冑姿のディアナが黒いローブを翻して颯爽と現れて、驚いた魔導士は、慄いてその場にひれ伏した。


「これはディアナさま、お見苦しいところをお見せしました・・・。」

「いくら古参の宮廷魔導士・バッコスどのであろうと、これ以上、陛下の名に泥を塗るつもりなら許さんぞ。」

「めめ、滅相もございません・・・!

 そうだ、シャーロット新団長はこの魔法石を気に入っておられましたよね。

 お貸し・・・いえ、新団長さまへのお祝いにさしあげます!」


 魔導士が勢いよく差し出した手を私の隣にいたブラックが魔法石ごとかぶりつき、ゴリッと鈍い音がした。


「この・・・クソ馬がぁぁ。」


 魔導士は天高く悲鳴をあげた。


 ※


 多少のアクシデントはあったものの、大枠通りに城のテラスで授与式が執り行われた。

 私はディアナとお揃いの、龍のウロコの彫金が施されている黒い甲冑とアメジストの魔法石が入ったレイピアを授与されて舞い上がっていた。


 カッコイイ!その上、推しとお揃いのアイテムだなんて、オタク心に突き刺さる!

 私の異様な興奮ぶりに目を細めたディアナが、耳元で甘く囁いた。


「そなたの瞳に似合うと思って、石をアメジストにしたのだが、気に入ったかい?」 

「もちろんです、ダイ。一生大事にします!」


 観衆の声援に応えて軽く剣技の演武をすると、驚きの声とともに盛大な拍手が巻き起こった。

 これで少しはシャーロットの醜聞を減らすことができたかしら?


 悔しいけど、パウダールームの令嬢たちや宮廷魔導士もシャーロットのことを【壊れた蛇口】って言ってたもんね。せめて【壊れてたけど、今は直った蛇口】くらいには訂正してほしい!


 そう思いながら振り返ると、私たちの後ろに控えていたウレルの仏頂面が目に入った。

 セレモニー中、ディアナは私を常に横に侍らせてくれたから、ウレルは私の少し後ろをディアナの近衛兵と歩くことになり、少しきまずそうな顔をしている。


 そういえば、すっかりヘリオスの言葉を忘れていたわ。

 この夫との仲の良さもアピールしなければ、いつまでたってもシャーロットは【壊れた蛇口】から抜け出せないのよね。

 仲良くするどころか仮面夫婦のお手本みたいなこの状況、とてもヘリオスには見せられない。


 でも、しょうがない。

 私は左手の薬指につけている指輪を無意識に眺めた。

 どんなに愛し合っていても、一度気持ちが離れてしまえば他人に過ぎないということは、(わたし)の過去の恋愛から学んでいるし、そもそも恋愛関係もなく政略結婚で結ばれた夫婦が人目を気にして仲良くしようだなんて滑稽すぎる。


 私はあえて、終始ウレルには声をかけずにセレモニーを終えた。

 これは彼がシャーロットをないがしろにしている罰なのだと割り切ろう。


 そう思っていたはずなのに・・・胸の奥が少しだけチクリと痛んだのはどうして?

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