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#7 羊の皮を被った狐と壊れた蛇口

 ピーチクパーチクと煩い小鳥のさえずりのような令嬢たちの噂話がピタリとやんで、誰かがパウダールームに入って来たヒール靴の音がした。私は個室に居るから見えないけど、誰が来たのかしら?


「あら、王室の晩餐会に羊の皮を被った狐が入り込んでいるわ。」

「どうりで獣臭いと思ったのよ。」

 その声を皮切りに、いっせいに令嬢たちの意地悪な忍び笑いが部屋を包んだ。


 ああ、これなら私にも誰が来たのか見なくても分かる。

 私は頭の中に入っているマンガの登場人物の姿を思い浮かべた。


 このブリリアント王国では、植民地を巡って長引いた抗争の軍事関連需要で、一部の武器職人のギルドの長が富裕層に成り上がるという現象が起きていた。そのギルドの長・グリーンウェイは落ちぶれた貴族の階級を買い取り、政治にまで関わろうとしている野心家だ。


 令嬢たちの話から推理して、今このパウダールームに入って来たのは、そのグリーンウェイの娘であるサラキアだろう。

 のちにリリィの親友になるというイベントがあるから、彼女の経歴は一コマだけ、字だけでのみ説明されていた記憶がある。


 自分の知識が限界ヲタクすぎてしんどいけど、ここでは何かと役に立つ。私、エライ!

 私は予想の答え合わせをするために、そっと個室のドアを細く開けて隙間から部屋を覗き見た。


 そこには煌びやかで色とりどりのドレスを着飾った貴族令嬢たちのグループと、シンプルで品のある紺色のドレスに身を包んだひとりの令嬢が対面していた。

 うん、シンプルなドレスに濡れたように黒い髪の令嬢が、陰口を言われているサラキアね。

 

「先ほどから黙って聞いていれば・・・人を獣臭いだなんて、あんまりです!」


 こらえていたものを吐き出すように、顔を赤くしたサラキアが先に非難の声をあげた。

 

「あらぁ、()()()()()の話ですわよねぇ、みなさん。」

「ええ、そうですわ。誰もサラキア様のことなんて話していないわよ。」

「サラキア様は自意識過剰みたいですわね。」

 

 うわー! 女子の対決が陰湿すぎる‼

 マンガだからこういう場面はとくに誇張されているとは思うけど、やっぱりイジメは気分がよくない。

 

 私も鬼上司の攻撃(イヤミ)に耐えていたから、胸が痛むわ。

 それにしても・・・なんだか変ね。


 目の前で繰り広げられるこの場面に、私は既視感を覚えていた。

 これは【騎士で聖女は最強でして】の聖女・リリィが後に親友となる伯爵令嬢・サラキアと初対面するシーンだ。


 この言い争いのときにリリィが間に入って助けるはずなんだけど、聖女はいつ現れるの?

 このままじゃ、サラキアがただ令嬢たちと喧嘩するだけのイベントになるんだけど・・・。

 だからって、私がリリィを探してくるのも違うしなぁ。


「ほら、お家が普通じゃないからやっぱり娘もオカシイのよ。」


 バシャン!


「キャーッ!」


 派手な水の音が響いて、一瞬にして狭い部屋が令嬢たちの悲鳴で騒然とした。令嬢たちの嫌味に耐えかねたサラキアが、甕の中の手洗い水を柄杓ですくって令嬢たちにぶちまけたの。


「何するのよ! この元平民め‼」

「私のことは良いけど、家をバカにするのはやめてください!」


 おおっ。ザマァな展開だけど、ヤバイでしょ。

 案の上、サラキアは怒った令嬢たちに取り囲まれた。


 ねえ、まだ?


 主人公(リリィ)は、まだなのーーー⁉

 イライラがピークに達した私の脳裏に、ウレルとイチャイチャするリリィの愛らしい笑顔が浮かんだ。


 もう・・・待てないんだから!


「こんなところでケンカはやめてください!」

「公爵夫人⁉」


 その場にいる全員分の視線が、個室から飛び出てきた私にいっせいに注がれた。

 かなり気まずい状況だけど、やりきるわ!


「ここは国王陛下のお膝元です。みなさん、理性をもってセレモニーに参加しませんか?」

「別に、私たちは・・・サラキア様が一方的に水をかけてきたんですもの。被害者は私たちの方です。」

 

「喧嘩両成敗ってご存知?」


 私は腕を組んで令嬢たちを見下すようにジロリとにらんだ。


「理由はともあれ、喧嘩をするほうも受けるほうも両方に責任があるということです。

 もしこの提案に不服があるようでしたら、ご一緒にディアナ様に謁見して判断してもらいましょうか。

 【壊れた蛇口】にケンカの仲裁をしてもらうなんて、貴族のご令嬢たちには不名誉なことですものねぇ。」


 令嬢たちは青い顔をして背中を向けた。


「クッ・・・あなたたち、行くわよ。」


 ざまぁ!

 私は大きく息を吐くと、髪やドレスを引っ張られてうずくまっていたサラキアに手を貸して立ちあがらせた。


「大丈夫そ?」

「シャーロットさま・・・ありがとうございます。」


 サラキアは気丈に微笑むと、私の手を取り立ちあがった。

 しっとりとした清楚な顏だけど、瞳の奥には頑固そうな炎が燃えている。

 イジメられて凹むタイプではなさそう。


「あの、どうして私を助けてくださったのですか?」

「多勢に無勢は卑怯よ。武士道に反するわ。」

「ブシドー・・・って何ですか?」

「えっと、まあ私の座右の銘で、何事にもカッコよく生きるということよ。」

「素敵。シャーロットさまって、世間の噂とは全然違うんですね。

 驚きました。」


 怯えていたサラキアの瞳に、少し柔らかさが戻って私はホッとした。

 おそらく今までのシャーロット本人なら、あの令嬢たちと一緒になってサラキアをイジメていたかもしれない。


「今日のことは忘れません。どうか、私と友だちになっていただけませんか?」


 マンガの展開を知っている私は、ためらいながら苦笑いした。


「友だち? それは聖女のリリィにお願いしたら?」

「リリィさま?

 いいえ。私はシャーロット様のことがもっと知りたいのです。それとも、やはり成り上がりの家門の娘と親しくなるのは、あなたもご面倒ですか?」

 

 そこまで言われちゃうとね・・・。

 私は泣きそうな顔のサラキアの、乱れた黒い髪をそっと直してあげながら微笑んだ。


「こちらこそ、こんな【壊れた蛇口】で良かったら、どうぞ仲良くしてください。」


 こうして、私に異世界で初の友人ができた。

 けどこれって、大丈夫? モブキャラが原作を改変するってアリなのかな?

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