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#6 嵐を呼ぶ晩餐会

 アネモイと対決してからきっちり一週間後、新しい騎士団長の誕生を祝うセレモニーが王宮で執り行われることになり、私(あ、シャーロット)は奇しくもブリリアント王国で初めての公爵夫人兼騎士団長として名を轟かせることになった。


「公爵夫人ってまさか、悪女として名高いあのシャーロットのこと?」 

「名前が一緒なだけで違う令嬢なのでは?」


 この風変わりなニュースは国民の好奇心を刺激し、セレモニーの沿道観戦及びその夜に執り行われる王室主催のお披露目晩餐会は申し込み者が殺到して、整理券を配るまでになったそうだ。


 そんなことはブリリアント王国始まって以来の異例中の異例であり、ウレルとの不仲ゴシップも更に増長して、私は瞬く間に時の人になってしまった。


 (マンガにこんなイベントはなかったよね・・・。昔から熱中すると周りが見えないと言われていたけど、ちょっとやりすぎちゃったかな。)


 もし憑依している本物のシャーロットの意識が戻ることがあったら、卒倒して起き上がれないかもしれない。

 だからといって反省しているヒマもない。


 そんな私は今現在・・・晩餐会会場になる王宮別邸のパウダールームの個室でひとり、頭を抱えていた。

「どうしてこうなっちゃったの?」


 ※


 セレモニー当日、王室からのお迎えの馬車が公爵家の敷地に入ったのが、シャーロットの部屋のレースのカーテンごしに見えた。


「いざ征かん!」


 マホガニーの布張りの長椅子に置いていた白い手袋を履いてから黒い三日月帽を被ると、専属侍女のベッキーがおどおどしながら聞いてきた。


「シャーロットさま、本日はセレモニーの後に晩餐会もあるのに、本当にドレスを着て行かれないのですか?」


 私は夏の陽射しを反射する、大きな姿見鏡に自分を映してみた。


 白い大きな立襟のシャツにクラバット、レザーのブリーチパンツに編み上げブーツというメンズのような私のファッションが、今までのシャーロットからするとあり得ないことに映るのだろう。

 彼女とは朝から同じ内容の問答を繰り返しているのだけど、私は断固としてトルソーに着せられた深紫の豪華なドレスや煌びやかな宝飾品には手を通さなかった。


「だって、騎士団団長のセレモニーですもの。カッコよく行きたいわ。」

「カッコよく・・・旦那さまも一緒に王室に行かれますのに?」

「確かに。それが問題よね。」


 私は白い刺繍が施されたエンジ色のローブを羽織ると、もう一度窓の外の馬車を見て、小さくため息を吐いた。


 ※


 一週間前、ディアナから送られてきたロウの押印で封された書状で騎士団団長の件が伝わると、その日のうちに私はウレルに呼び出しを喰らった。


「また問題を起こしてくれたな。」


 ウレルは綺麗な額にシワを寄せてうんざりとした仏頂面で切り出した。


 普段はシャーロットなんか眼中にないくらいリリィの尻を追い回しているくせに、こういう時だけは忘れずに呼び出すのね。

 もしかしたら、怒るのが趣味なのかしら?


 でも、怒られ慣れている私は平気。すまして言い返したわ。


「公爵さま、ご意見があるならば私ではなくディアナさまに仰るべきでは?

 私には姫君の任命を辞退できるような身分にはございませんので。」


 ウレルの奥歯がギリギリと鳴り、私の発言が彼を苛つかせているのが分かる。

 最初はウレルの性格が分からなかったからこっちも傷ついたけど、いつまでもやられっぱなしにはならないわよ。 

 ディアナには文句を言うことができないのは分かってるから、わざと言ったんだもんね!


「そなたのセレモニーには私も同伴をせよと言われている。」


 ウレルは心底悔しそうに呻いた。


「公爵夫人が騎士になるというだけでもおかしな話なのに、団長だと?

 由緒正しき公爵家の長い歴史に私の代で泥を塗るなんて・・・!」


 アラアラ、呆れたモラハラ男ね! お巡りさ~ん、逮捕案件です!


「じゃあ、このまま出世し続けて公爵さまより上の地位になればよろしいのでは?

 むしろ長い公爵家の歴史に私という華を添えてみせます。」

「そなた、そんなことを口にする女だったのか・・・。」


 ウレルは口をあんぐり開けたまま言葉を失った。

 そりゃそうよね。今まではお互いに関心がなくて、自由きままに生きてきた夫婦なんだから。


 でもお生憎さま。私は元彼との口ゲンカに言い負けたことなんかないんだから。

 言われたら言い返す!倍返しよ!!


「夫人がこうなったのもアトラスの管理不足だな。」

「え?」

「あとでアトラスを叱っておく。夫人はもういい。下がりなさい。」


(うわ~! 私と対決しないの!?

 執事のアトラスに責任転嫁して事を収めるなんて、マヂ性格悪ッ!!)


 私は背中を見せたウレルに苛つきながら部屋のドアを乱暴に閉めると、その勢いのまま隣の執事詰所に行った。


「これはシャーロットさま。いったいどうされました?」


 ノックの返事も聞かずにズカズカと部屋に突入した私に、アトラスは書面を書いていた手を止め、驚いた顔をした。


「私のせいでごめんなさい・・・!

 これから 筋違いの件でアトラスを悩ませてしまうわ。

 今ね、ウレルが私の口が悪いのはアトラスのせいだと言ったの。

 私がお飾りの夫人だから、ウレルを止められなくて、本当に申し訳ないしすごく悔しいわ。」


 話しているうちに本当に悔しくて鼻が苦しくなって、涙がこぼれ落ちた。

 アトラスは黙って私の話を聞いてくれていたけど、全てを受け入れるように柔かく微笑んだ。


「・・・シャーロットさまは本当にお変わりになられましたね。」


 アトラスは執務机から立ち上がり、私の涙を自分のハンカチーフで拭ってくれた。

 近くでよく見たら、アトラスはモブキャラなのに本当にイケオジだわ。原作者のお気に入りなのかしら。


「しかし、主人である貴女さまが謝る必要はございません。公爵夫人兼騎士団団長、素敵ではありませんか。

 この由緒正しき家門は、いささか伝統に縛られ過ぎて退屈な面がありましてね。

 貪欲に変化を受け入れなければ、家というものは廃れていくものですよ。

 むしろ、あなたという石の一投で、公爵家にどんな波紋ができるのかアトラスは楽しみでしかたないのですよ。」


「私が石・・・?」


 私はアトラスにつられて曖昧に微笑んだ。

 頑固で石みたいと揶揄されたことはあるけれど、そういうことじゃないのかしら?


 そういえば、謝るくらいならありがとうって伝えなさいとディアナに言われたんだった。


「アトラス、私を楽しみにしてくれてありがとう! 大好きよ!」

「それは素敵なお言葉ですね。こちらこそ、ありがとうございます。」


 その日私は、アトラスがウインクすると目尻にクシャッとシワができて、可愛いということに気がついたの。

 ああ、私の夫がウレルじゃなくてアトラスだったら、この破天荒な異世界憑依も楽しめたのに。


 これからはアトラスも私の推しよ! 

 ディアナと一緒に推していこう!


 アトラスに渡されたハンカチーフの温もりが、優しく心に染み渡る。

 執事詰所を出た私は、穏やかな気持ちで長い廊下を静かに歩いた。


 ※


 王宮のセレモニーと晩餐会は一日を通して華やかに盛大に執り行われる予定だ。


 この会は私が騎士団長に就任したお披露目パーティーという名目だけれども、対外的には王室と公爵家との主従関係の強化と周囲の貴族たちへの威圧という目的もあるようだ。

 そのためにも、公爵と公爵夫人の仲の悪さがこれ以上広まらないように、わざとウレルに同伴しろと命令をしたのだろうけど・・・。


 一緒に公爵邸を出た私たちは、私が王室用、ウレルは公爵家という別々の馬車に乗って王宮に向かっていた。

 うーん。ここまで徹底した仮面夫婦を貫くのも清々しいわね。

 まあ、一緒の空間に居るのは気まずいから私はいいけどさ。


 しかも到着した途端、先に馬車を降りたウレルが、嬉しそうに後ろから来た馬車に駆け寄り、跪いてエスコートしようとしたのは、聖女・リリィだった。


「俺のリリィは今日も美しい!」


 リリィは前に会った時とは違い、淡い水色を基調としたバッフルドレスに煌びやかな宝飾品を身につけて正装をしている。

 髪もメイクもバッチリ決めて、平民出身の慎ましやかな聖女というよりは、どこぞの貴族令嬢に見える。


 きっと、カボチャの馬車とネズミに魔法使いが一夜限りの魔法をかけて・・・じゃなくて、間違いなく王太子ヘリオスの過保護な加護の恩恵でしょうね。

 まあ、男たちが手をかけたくなる気持ちも分からなくないわ。だって、リリィはため息が出るくらいカンペキな美少女なんだもの!


 リリィは怯えるように差し出されたウレルの手を拒否した。


「ウレルったら、今日はダメよ。公爵夫人をエスコートしなきゃ。」

「エスコートはドレスを着ている淑女を助けるためにするんだ。

 ご覧のとおり公爵夫人は淑女ではないので、俺の手は必要ない。」


 二対の視線が上から下まで私を見てきて、私は萎縮した。

 まあ、確かにね。公爵ともあろう人間が男装の女性をエスコートする必要はないかも。


 困惑したリリィが私に泣きついてきた。


「シャーロットさまも、ウレルに何か仰ってください。

 いけませんわ、こんなこと。」

「あー、私のことはお気にせず。この人が言うように、一人で歩けますから。」

「そんな・・・。」

「ほら、言っただろ?」


 ウレルは無理やりリリィの手を取ると、カーペットの上を悠然と歩いた。

 諦めた様子のリリィもウレルのエスコートに倣って歩き出した。


 ああ、悔しいけど、美男美女すぎて絵になるわ。ほら、周囲の人間も思わず2度見しているしね。

 でもさ・・・リリィ、あんたもずいぶんと都合良くそこに居たわね!


 王太子騎士団所属の騎士であるリリィがこのセレモニーに参加するのは自然なことだけど、私たちが到着したのを見計らったかのように目の前に現れるなんて、作者が意図して描かなきゃこうはならないわよ。


 ウレルもウレルよ。なんであんたは率先してリリィをエスコートするのよ!? 今日はシャーロットが主役のセレモニーの日なのに・・・。

 私はいいけど、今日くらいは、シャーロットの顔を立ててほしかったな。


 私は色んな感情にムシャクシャしながら、気分を落ちつけるために王宮には入らず、先に晩餐会会場になる別邸の、個室があるパウダールームに向かった。


 ※


「それにしても公爵夫人が騎士団団長だなんて、聖女さまに対抗してのことかしら?」

「絶対にそうよ。ほら、公爵さまが聖女にお熱だから悔しかったのでしょう。」 

「でも、あの壊れた蛇口が、宝石や服以外のことに関心を持つなんてね。」

「本当に実力で団長になったのかは疑わしいわよ。身分をお金で買う貴族だっているんだしね。・・・あら、噂をすれば。」


 私が個室に入った途端、併設されているパウダールームに数人の女性の声がガヤガヤと響いた。


 ヤバい、これじゃ外に出られないよ・・・!!

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