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#5 騎士団団長の手荒い歓迎

 ブリリアント王国の騎士団が修練を積む訓練場は、雑草も無くよく均された学校のグラウンドみたいだったけど、風が吹くと埃が立っておろしたての白いシャツがすぐに土まみれになった。

 こんな時、スプリンクラーがあればなぁ。つくづく文明って偉大だわ。


 訓練場はディアナが率いる姫騎士団の精鋭たちが、朝早くから馬の手入れをしたり実際に馬に鞍をつけて乗馬をしたりしている。騎士の訓練というと私のイメージでは常に剣の稽古をしているのかと思っていたのだけど、メインは乗馬なのね。


 遠くから見ていると、時折、馬を制御できなくて落馬する人も居るのが怖い。

 剣道には自信があるけど、私はこの華奢で小柄で筋肉量の少ないシャーロットが自分の3倍はある大きな馬を操る姿を想像できなかった。


 ある程度筋トレで体を作ってから入団すれば良かったかな。

 不安の種は胸の中で首をもたげると、舌をチロチロと出して蛇のように絡みついてくる。


(ダメよ!)


 私は不安を払拭するために両頬を平手でパチンと叩いた。


(頑張るのよ、結!

 今世では私だけじゃなく、ディアナを幸せにするのが目標よ‼)


 私は糊のきいた白シャツの襟をピンと正すと、訓練場に颯爽と姿を現した。


「頼もう!」


 大声を張りあげると、いっせいに騎士たちの視線が私に集中した。


「女の声か?」

「誰かに用でもあるのかな?」

「貴族の令嬢だろうか? 場違いな女だな。」 


 訝し気な視線とさざ波のような噂話に耳が痛くなる。

 マンガでは顔が省略されているモブキャラたちにはちゃんと目も鼻も口も心もあって、しっかりと私のメンタルを崩してくる。


(こんなことで、負けてられるか!)


 うわさ話に負けない大声で自己紹介をしようと口を開きかけた時、背後からスッとした威勢の良い声が響いた。


「本当に入団してみせるとは、大したものだ。」


 ディアナが現れるとみんなが視線を下げたので、私はハチの巣にならずに助かった。


「ディアナさま、よろしくお願いします。」

「敬称はいらない。私の騎士団ではみな平等だ。」


 確かに姫が現れたのに、ひれ伏す人は誰もいない。

 フランクな上司は大歓迎だわ!


「みなのもの、今日から我が騎士団に入団したシャーロット公爵夫人だ。

 その腕前は私と変わらないくらいの逸材だから、女だと言って過信しているとすぐに足元をすくわれるぞ。」


 わっ、ずいぶんひいき目の紹介ね。

 こういうのは妬まれるフラグなんだけど、騎士たちが薄ら笑いをして聞いているから、ディアナの言葉をまともに信じてはいなそう。


 様々な憶測を呼ぶ紹介を終わらせたディアナが、私の耳に口元を寄せた。


「敬愛をこめて騎士団の中ではシャーリーと呼んでもいいかい? 私のことはダイで良い。」

「素敵な申し出ありがとうございます。仰せのままに。」

「それでは、シャーリーの入団を祝って略式の紅白試合をしようではないか。」


 え、いきなり試合ですか?

 私はディアナに耳打ちした。


「あの、実は私、馬には慣れていなくて。普通に剣で戦うのでしょうか?」

「謙遜か? 魔物の討伐隊に参加した折に馬を乗り回しているのを見たぞ。」


 確かにマンガでもシャーロットが乗馬をするシーンがあったような。

 私は苦笑いして後ずさりした。


 どうなる、私⁉


 ※


 私に与えられたのは、重くて長い木剣と騎士たちの乗る馬よりひと回り小さな馬だった。

 黒くて艷やかなたてがみは三つ編みがされていて、ちょっと可愛いかもと思った。

 でも・・・。


「ブルルル・・・。」

「すまんな。シャーリーの背丈だとブラックが丁度いいのだが、あいにく気性が荒い馬で乗りこなすのが大変なんだ。」


 ですよね。

 だってこのブラック、耳は外向いてるし、目は充血しているし、後ろ脚で土蹴ってるし!


 気のせいかと思ったけど、私を乗せるのが不満なんじゃない?

 私は落馬した人がフラッシュバックして足がガタガタ震えた。


「し、失礼しまーす。ブラックさん、ご機嫌いかが? ちょっとだけ背中に乗せてもらいますね~。」


 ええい、ままよ!


 私はみんなのマネをして両手で手綱を引っ張って身体を支え、鐙にかけた片足にグッと力を入れてブラックの背に跨った。

 わあ、思ったよりも全然高い! 


 そう思った瞬間、ブラックが高く嘶いて突然後足でその場に立ちあがったのよ。


「キャッ!」


 体制を崩した私は、ブラックの背中から地面に投げ出され・・・なかった。

 アレ?


 吸いつくように鞍に身を寄せて手綱を短く持つと、私は「ドウドウ」と口にしながら馬の首を叩いていた。

 何よコレ。


「さすがだな、シャーリー。荒馬ブラックを犬のように躾けるとは。」


 私は内心驚きながら、ブラックを器用に乗りこなしていた。

 これは・・・シャーロットの技術力よね?


 私は意識の無いシャーロットに憑依しているから、乗馬はシャーロットが体で覚えているのかもしれない。

 ありがとう、シャーロット♡


「たまたまブラックを乗りこなせたくらいで天狗になるなよ。」


 ふいに冷たい声が背後から飛んできたので、私は慌ててブラックの手綱を操って後方に回転させた。

 誰よ、こんな古典的な嫌味を言うヤツは。


「ディアナ騎士団団長・疾風のアネモイ。」


 だ、団長?


「ずいぶんとダイに気に入られているみたいだな。入団試験代わりに私自らが相手になってやる!」


 大きな白馬に乗ったアネモイは、木剣を構えた瞬間、白馬を走らせた。

 それから、私にすれ違いざまに剣を繰り出してくる。


 この人、戦い慣れている!

 私はブラックの操作もあり、防戦一方になった。


 シャーロットは乗馬はできるけど、騎馬戦には慣れてない。

 マズイ、このままでは負けてしまう!


 私はいちかばちか、ブラックの長い耳にコッソリ耳打ちした。


(あなたを信じるわ!)


 アネモイが正面から突撃してきた瞬間、私はわざとブラックの耳元で大きな声を出した。


「今よ、立ち上がって!!」


 驚いたブラックは、興奮して突然後足で空高く立ちあがった。

 ブラックの行動に驚いたアネモイの白馬も急停止して後足で立ち上がり、突然のアクシデントにアネモイはなすすべもなく落馬した。


「勝者、シャーリー!」


 ディアナが高らかに宣言すると、興奮した騎士たちの拍手と足のスタンプで大地が揺れた。

 私はなんとか手綱を制して、興奮が冷めないブラックをなだめるのに必死で、勝利の余韻に浸るヒマなどない。

 でもまあ、ブラックの背中から見る景色が変わったのは嬉しいな!


「クソ・・・偶然だ。こんなの、この女の実力じゃない!」


 怒りと羞恥心で耳まで赤くなったアネモイが、甲高い声を放った。


「自分の愛馬を制御しきれなかったことが敗因なのに、それができているシャーリーを認められないなんて、男らしくないな。」

「・・・ッ、しかし、ダイよ!」

「醜い言い訳は聞きたくない。悔しければ精進せよ。」


 ディアナがアネモイに背を向けて私の方に駆け寄ってきた。

 私は馬上から見える、地面に四つん這いになったアネモイの形相が険しいのが気になって、ディアナの祝福がうわの空だった。


 確かに奇襲も乗馬の技術も私だけの実力じゃないから、アネモイに非難されても仕方がない。

 プライドが高い上司の鼻をへし折った代償・・・私は今後、どうなるの!?


「大体、女のくせに騎士なんて・・・神に対する冒涜だ・・・。」


 アネモイがブツブツ言いながら立ち上がり、近くに立てかけていた木剣を手にした。

 そのまま後ろを見せている無防備なディアナに剣を振り上げて襲いかかったの。


「ダイ! 危ない」


 私の悲鳴に反応したディアナが、素早く身をひるがえして籠手で木剣を防いだ。

 ガキン、という鈍い音とともに苦痛に顏を歪めたディアナが、木剣を振り払う。


「何のつもりだ、アネモイ!」

「女の騎士など認めない!

 私が神に代わって成敗する!!」


 怯まずに追撃する素振りを見せるアネモイを見た私は、ブラックを駆るとディアナとアネモイの間に割って入った。


「剣を持たない人を攻撃するなんて、卑怯よ!」


 私はブラックから飛び降りると木剣をつき出し、アネモイの前に立ちはだかった。


「俺は先祖代々王国に仕えている騎士団団長だぞ? そんな俺がこんな小娘たちに馬鹿にされるなんて、あり得ない!

 生意気な小娘、お前から叩き潰してやる‼」


 アネモイの狂剣が私に襲いかかり、私は振り下ろされ剣を鼻先で何とか受け止めた。団長であるアネモイの剣は力強くて、攻撃を受けた剣から伝わる衝撃が、手を痺れさせてしまうほどのスゴイ威力だ。

 単純に男の力が強いからと言われればそうなんだけど、相手を切るというよりも【剣で殴りかかる】という表現のほうが合っている。


 だけど、力に頼っている剣は大振りで隙も出来やすい。

 なら、私が勝機を見いだすとしたら・・・!


「柔よく剛を制す!」


 私はアネモイの一太刀を受け流しつつもクルリと木剣を反対側に回転させて、相手の柄の外側を叩いた。


「ウッ・・・。」


 急激に力の向きを逸らされたアネモイは姿勢が崩れて、半回転しながらよろめいた。


「今よ、ダイ!」


 私が叫んだ途端、後方に居たディアナが私と入れ替わるように木剣を振り上げ、アネモイの兜目がけて叩きつけた。


「グフ・・・。」


 アネモイの巨体がスローモーションのように崩れ落ちて、目の前に沈んだ。 


「やったぁ!」


 私とディアナはお互いに抱き合って相手を称えた。

 やっぱりディアナは素敵だわ!


「おめでとうシャーリー!そなたが今日から騎士団長だ!!」


 ん?


「皆のもの、新しい騎士団長に敬意と剣を捧げよ!」


 ん??


 その場にいた騎士たち全員が整列した。そして剣を逆さにして左胸に当て、次に天高く掲げた。

「新しい騎士団長、バンザイ!!」


 いやいや、ちょーっと待って!

 ち、違うの。私はディアナを陰で見守りたかっただけよ。


 姫殿下の騎士団を率いるつもりなんてなかったのにーーー‼

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