#31 ウレルの告白
「ヒヒィィーンッ‼」
私は礼拝堂の床の隅に倒れていた、馬のブラックに憑依したのよ‼
ちょ・・・馬の身体、最強すぎなんですけど⁉
体じゅうに漲る力と筋肉の躍動にテンションが上がる‼
この身体なら、何でもできちゃいそう!
私は四肢に力を入れて立ち上がると、爆速ダッシュでタイル貼りの通路を駆け抜けた。
・・・めっちゃ速くて笑える!
一瞬でシャーロットの前まで来た私は、クルリと半回転しててお尻を向けた。
「エエッ・・・クソ馬ァ⁉」
ウレルに跨っていたシャーロットは後足を振りかぶった私に気がつくと、鬼の形相から失望に表情を変えて慄いた。
「ギャアアア‼」
力強い馬の後足で思い切り顏を蹴られたシャーロットは、鼻の骨が砕けるような音とともにウレルから引きはがされた。
ッシャ!
シャーロットにはホントにゴメンだけど、狙いどおりよ!!
「ウレルもブリリアント王国も、まとめてこの馬脚が守って見せる!!」
とカッコつけて言いたかったけど、涎が絶えない口から出るのは「ブルルル」という泡と飛沫だけ。
うーんイマイチ。
異世界転生や異世界憑依のマンガは数あれども、異世界のモブ馬に憑依した女は私くらいじゃないのかしら?
「ブラックがどうして・・・まさか、ユイがブラックに入っているのか!?」
わーん、リリィが気づいてくれた!
でも、待って。馬面で顏を合わせるのが、死ぬほど恥ずかしいんですけどッ!!
「ユイだとしたら、尻尾を振ってくれ!」
私は仕方なく、尻尾を力無く振ってみた。
リリィはホッとした顏で私に語りかけた。
「ユイ、君の中にまだ聖力は残っているだろうか?」
エッ、どうだろう。
ご覧のとおり馬だから、聖力はもう消えてるんじゃない?
戸惑って足踏みをして耳を下に向けていると、リリィが私のたてがみを優しく撫でた。
「聖力は神さまが与え賜るギフト。
そなたは、見えなくても神をより身近に感じただろう?
もう一度、聖女の祝福を使おう。上手くいけばシャーロットの中からバッコスを追い出せるはずだ‼」
アスク司教と正反対の言葉は、私の心を強く揺り動かした。
この世界に憑依した時に「神さまのバカ」って口走ってしまったけど、やっぱり私は神さまの力を信じている。
私の長い首に右手を回したリリィが、耳元で囁いた。
「ユイがいちばん愛している人を守るためだ。最大出力の聖力をシャーロットにぶつけよう。自分の力を信じて、力を解き放つんだ。
さあ、受け取って。」
私はリリィの右手から温かい力がなだれこんでくるのが分かった。
「これは聖力!?」
リリィの聖力は消えたと思っていたのに!
私は思わず苦笑いを浮かべるリリィの顏を覗き見た。
「ヘリオスさまの有事のために取っておいた、私のわずかな聖力さ。
聖女のくせに恋する一人のためにだけ聖力を使おうとしたから、神さまは君を選んだのだろう。
自業自得だよ。」
ディアナになってからも、リリィはずっとヘリオスのことを想って・・・。
私はリリィの不器用な愛に胸がキュッと苦しくなった。
自嘲しながらも、リリィは勝ち気に微笑んだ。
「さぁ、物語を終わらせよう。」
リリィの聖力を取り入れた私の身体は、膨大なまばゆい金色の光に包まれ発光している。
シャーロットに憑依したバッコスは、その光に目を焼かれながら呻いた。
「まさか・・・クソ馬が聖女の祝福を⁉
ヤメロ! そんな光を闇に身をゆだねたワシに、使うんじゃない!」
「元の身体に、帰りなさい。」
私は思い切り後足で立ち上がり、金色の光を解放した。
顔を抑えて呻くシャーロットに向けて放った一筋の金色の光は、慈愛に満ちていた。
「神よ!どうしてじゃ。どうしてワシには・・・。」
シャーロットの顏とバッコスの顏が交互に交錯し、バッコスの顏が消えていく。
金色の卵に包まれたシャーロットは安らかな表情になった。
良かった。
私が異世界マンガに憑依した結末が、ハッピーエンドで。
たとえ、夫に愛されない公爵令嬢から、気性の荒い黒馬としての人生を歩むことになるとしても。
金色の光が尽きてしまうと、私の体力も限界だった。
胸の辺りが軽くなって、体じゅうの力が抜けていくのを感じた。
※
「ユイ。」
夢の中で、ウレルがずっと私の手を握りしめていた。
しかも、公爵夫人でもシャーロットでもなく、私の名を呼んでくれている。
はぁ、何よこの夢。
めっちゃ幸せすぎて、このまま成仏したい。
「ユイ、俺はそなたがシャーロットじゃないと、前から分かっていたんだ。」
・・・へ?
「そなたの書いた羊皮紙がベットの下からはみ出していたのを、寝室で偶然見てしまったのだ。」
羊皮紙・・・メモ紙・・・ベットの下・・・寝室・・・。
あ―――‼ 私が作った人物相関図のことかッ!
ダラダラと止まらない汗を流した私は、危うく目を開けそうになるのを踏みとどまった。
「この矢印と人物の名前から、そなたがシャーロットと入れ替わっていることを理解するのにはそう長い時間はかからなかった。」
あ、詰んだ。
あんな黒歴史を図式にしたようなモンを好きな人に見られるのって、一瞬で死ねる。
やっぱり一生、目を開けないでおこうと誓った直後、柔かくて湿った感触が手の甲を覆った。
「だからユイ、私はようやく腑に落ちたんだ。
私が恋に落ちたのは、公爵夫人のシャーロットではなく、ユイという女性だということを。」
今、私の手の甲にウレルが口づけをしたよね?
もう・・・嬉しすぎて、涙が出ちゃう。
私は目から温かいものが流れ落ちて首筋にたどり着いた時、自分が馬の身体ではないことに気がついたの。だって、馬の首に涙は落ちないものね。
「私はいま・・・誰?」
目を開けた瞬間、私はウレルに抱きしめらていた。
ウレルの首から肩の辺りに鼻を押し付けられ、私はむせかえる花の香りを胸いっぱい吸い込んだ。
「ウレル、私・・・。」
「ユイ、おかえり。」
良かった。
ウレルが生きている世界を守ることができて。
社畜副店長でヲタクで、現実世界や神さまを呪って生きてきた私。
初めて自分で自分を褒めてあげられる日が来た。
「ただいま。」
私はウレルの腕の中で笑いながら泣いた。
神さま、もう少しだけこのままで。
私の魂がどこに収まったのかは分からないけど、今だけはこの甘い夢に溺れていたいの。




