#28 闇から生まれし黒幕は
サラキアのレイピアは私の呼吸に呼応するように、凄まじいエネルギーの稲妻を魔物に落とした。
「ッ!」
一瞬、天井が高い廊下が紫の光で包まれて完全に視界がゼロになる。
やがて目が利くようになったときには、グロテスクな魔物はほぼ肉の塊と化して一掃されていた。
いや、他人ごとみたいだけど、私がやったことなんだよね、コレ・・・。
聖女の祝福もだけど、加減が分からないのがコワイのよ!
「お見事です、シャーロットさま!」
興奮して拍手するアトラスの声に押されるように、私は司教の部屋の扉のノブに手をかけた。
グッと指先に力を入れたけど、中から鍵がかかっているみたいで微動だにしない。
「開かないわ!」
「シャーロット、どいてくれ。」
私が扉から離れた途端、ウレルとアトラスが息を合わせて扉に思い切り体当たりをした。体格の良い男二人に激しく当たられた木の扉は、悲鳴をあげて真ん中から割れた。
その割れ目にウレルが剣で扉を派手に壊して部屋に侵入したの。
「アスク司教‼」
今にも消えそうな結界を張った司教が、部屋から溢れんばかりの魔物たちに取り囲まれている。
祈りを捧げてはいるけど、司教に異能はないからその結界の源はその手に握られた魔法石だ。
司教は私とウレルの顔を見ると、引きつった笑顔で祈るのを止めた。
「ああ、やはり頼れるのは、神より公爵さまなのですね!」
嗄れ果てた司教の声が、魔物との攻防のあとを物語っている。
ウレルと私が魔物を蹴散らして司教の側まで行くと、ガックリと膝を折った司教がその場に倒れ込んだ。
「情けない・・・鉄壁の要塞と謳われた、ブリリアント王国の守りの要が・・・。」
「いったい、何があったのですか? 」
ウレルが司教の傍らに屈み、肩を貸して立ちあがらせた。
「俺は神殿を覆う結界が弾けたのをこの目で見たんです。
そのあとすぐに頭上に暗雲が立ちこめて、その雲からおびただしい数の魔物が出現して、黒い龍のように礼拝堂の上から神殿に侵入していったのです。
まるで、この世の終わりのような光景でした。」
ノウェムバットが礼拝堂のステンドグラスを割った時のことね。
神殿は外敵には強いけど、内部では武器を持つ人間を制限しているから、一度内部に入られたらお終いだ。
アスク司教は目を細めて遠くを見つめた。
「おそらく、この神殿の地下深くに埋蔵されている要の巨大魔法石に、なにかがあったのだと思います。」
「司教、何か思い当たることは? これまで、魔法石にはおかしな点はなかったんですか?」
「巨大魔法石は指定特殊鉱物で、魔導士でないと管理ができません。」
ウレルに肩を支えられてようやく数歩を踏み出したアスク司教が、足を止めてこめかみを指の腹で押した。
「先日も、宮廷魔導士さまが点検のため神殿に連泊されましたが、とくに異変はないとの報告が・・・。」
「宮廷魔導士って・・・?」
私はそこが妙に引っかかってアスク司教にツッコんだ。
「バッコスさまです。」
「そっか、分かったわ!」
私は大きな声で宣言した。
「黒幕はバッコスよ!」
一瞬の静寂のあと、その場に居た三人ともが信じられないという顔で私の意見を批判した。
「いや、まさか。それはないかと思います。」
「シャーロット、バッコスどのは私たちか産まれる前からブリリアント王国に貢献されているお方だぞ。」
「奥さまとバッコスさまは犬猿の仲だから、そう思われるのでは?」
ウッ、あんなに嫌味で腹の立つジジィなのに、信頼感はバツグンなのね!
「私は彼と相性は良くないけど、それだけじゃないわ!」
「なぜそう思うんだい?」
眉をひそめるウレルに、私は高らかに宣言した。
「だって、バッコスがメインキャラと張れるくらいの隠れイケメンだからよ‼」
ん・・・?
みんなの視線が、冷たいのはなぜ?
※
「さぁ、姫殿下を助けに行こう。」
神殿の出口までアスク司教を連れ出した私たちは、彼のことをアトラスに託して来た道を引き返した。
礼拝堂に残したディアナを置いて立ち去ることはできない。私とウレルは、馬を駆って礼拝堂への道程を急いだ。
結局、バッコス黒幕説は誰も真剣に聞いてくれなかったのだけど、私の中のヲタク理論は1ミリも揺らいではいないわ。
あの目の醒めるような銀髪と陶器のような白い肌、おまけに9等身はありそうな完璧なスタイルは間違いなく原作者に愛されている証拠!
おまけに宮廷魔導士という肩書や、普段は年老いた姿なのに実は青年という付随スキルもモブにはありえない設定よ!
限界ヲタクの妄想考察をナメないで!
って、声を大にして言いたいところだけど、さすがにそれはグッと喉の奥に飲み込んだ。
同じ境遇のディアナにこのことを相談すれば、何か良いアドバイスがもらえるかもしれない。
そう思いながら礼拝堂への廊下を突っ切ると、突然ブラックが嘶いて、走る脚を止めた。
「ブラック、どうしちゃったの?」
クルクルとその場で旋回する様子に、先を急いでいる私は困惑の色を隠せなかった。
「こっちもだ。」
ウレルの馬も、二の足を踏んで礼拝堂に入るのを嫌がるそぶりを見せている。
「馬を降りて行くしかないな。」
仕方なく馬を残して礼拝堂の入り口に立った私たちは、部屋の中が暗すぎて驚いたの。
暗くて黒い、深淵の底。
伸ばした自分の手が見えないくらい、闇が深い。
「ダイ⁉」
返事がない。
ディアナは無事なの? それとも・・・。
「行くしかない。シャーロット、私と手を繋ごう。」
ウレルと手を繋いだ私は、折れかけた心が復活した。
この人と一緒なら、大丈夫。
でも少しずつ歩いていくと、上から押し付けられるような圧力を感じて歩みを止めた。
「ウレル、足が重く感じない?」
「ああ、闇に足を捕られるようだ。」
「それに、何だか息苦しい。」
咳込む私に、ウレルがハンカチーフを差し出した。
「布で口を塞ぐんだ。魔物の瘴気に神経がやられているのかもしれない。
しかし、これほど物理的に影響を与えるような瘴気を出せる魔物となると・・・。」
ウレルの浅黒い顔に緊張の色が走り、突然、私を強く横に突き飛ばす。
「キャッ!」
その瞬間、私たちを引き裂くように、黒い闇が二人の間を貫いた。
「気をつけろ、シャーロット! 俺たちはもう魔物の射程内にいるぞ‼」
よろける身体の体勢を立て直すと、闇の向こうに目を凝らす。
ゆっくりと闇が動いて、やがてそれが人の形になった時、私はレイピアの柄を握りしめた。
「ウレル公爵にシャーロット公爵夫人・・・本当に本当に目障りなんだよ。」
渦を巻く闇の中、銀髪を振り乱したバッコスが狂気に満ちた瞳で笑っていた。
「あとお前もだよ、聖女リリィ。」
その腕に抱えているのは、意識を失ったディアナだった。




