#24 アスク司教の仰天発言
ブリリアント王国の北側に配置された神域にあり、常時、霧が立ち込める敷地に悠然と佇む白亜の神殿は、訪れる者が思わず頭を垂れるほどの神聖なる趣がある建築物だった。美しい柱の一つ一つには手練れの職人による太陽と月をモチーフとした緻密な彫刻が施されていて、より神殿の荘厳さを際立たせている。
しかしそれとは対照的に、ものものしい警備が敷かれた要塞としての顔もあるのがこの神殿の特色だ。
一説によるとその地下深くには献金で集められた沢山の魔法石が保管されていて、宮廷魔導士の防御壁とは別にブリリアント王国の治安を維持するために一役買っているという。
周辺の国々には、神殿の鉄壁の守りがそのまま王国の脅威であるという認識があるようだ。
私とウレルは神殿の敷地内に入る門の前で馬車を降りた。
神域に訪れる人間は剣や弓などの武器は厳禁だし御法度なの。
ウレルに別れを告げようとした私は、急に彼に耳たぶを触れられて「ヒャッ」と驚いた。
「忘れ物だ。ベッキーにそなたの部屋から持ってきてもらった。」
「忘れ物なんて・・・あッ!」
手触りで気づいたけど、これはマルガリテスでウレルに貰った通信用魔法石のイヤリングね!
こんなに厳重な警備の神殿で使うことはないと思うけど・・・私は、ウレルの心遣いにシンプルに喜んだ。
「嬉しいわ。ありがとう。」
「帰る前のひと言に使うだけでも構わない。」
浅黒い顔を赤くして背中を向けたウレル。
私は口の端のニヤニヤが止まらなくて、両手でギュッと頬を押さえた。
(スパダリな上に急にデレるとか、もうッ・・・大好物なんだけど!)
※
私が神殿内の召使に案内された司教の部屋は、天井までびっしりと本が積み上げられた書庫みたいな場所だったの。つい条件反射で床に無造作に散らばる数冊の本を手に取り本棚に収めた私は、整頓欲に掻き立てられて鼻の穴を広げた。
「あああーーー! 何よこの部屋はぁ⁉ 書店員の血が騒ぐじゃない‼」
司教さまは本がお好きなようだけど、整理術には興味がないようね。
背表紙を一冊ずつ眺めて待っていると、ジュル・・・だんだん涎が垂れてきた。
読みたい・・・ でも、初めて会う人の部屋の本を勝手に読みあさるのは、さすがに【壊れた蛇口】でも礼儀が無さすぎるのよ!
嘲るバッコスの顔を思い出しながら、自分の欲求に耐えていると「おや、教典に興味がおありですか?」という声とともに穏やかな笑みを湛えた中年男性が部屋に入ってきた。
「はじめまして公爵夫人、私がアスクです。
本日はようこそおいで下さいました。」
丈の長い白いワンピースにゆったりとした袖のチュニックを羽織り、肩に司教の証である太陽と月の紋章が入ったストールと緑の石のペンダント、頭には長くて尖った帽子を着けている。
年齢はアトラスと同じくらい? やせ形な体型のせいか司教さまは年齢不詳だ。
まあ、この世界はモブには厳しい恋愛マンガだから、主要キャラ以外の顔は期待できないのよ。
でも、同じモブだから親近感を覚えるし、司教さまとはぜひ仲良くしたいわ!
「はじめましてアスク司教。シャーロット・ラルンダ・ウィンザーです。
この度は急な面会のお願いにも関わらず、受け入れてくれたことに感謝いたします。」
「公爵夫人がたいへん熱心な神教徒だと最近になって知りまして、一分単位の多忙なスケジュールに風穴を開けて参りました。」
うん、多忙なスケジュールに風穴を開けられる公爵家の金の力って恐ろしい!
私がよそ行きの笑顔を顔に貼り付けてニコニコしていると、アクス司教はクスリと微笑んだ。
「と、いうのは冗談です。
実は陛下からも公爵夫人が聖女の力を発現したというお話は承っていたので、近々お会いする機会を設けるつもりだったのですよ。スケジュールの調整をしている間に公爵家からのアポイントを貰ったので、すぐに予定を開けられました。」
「エッ? それなら献金は関係ないということ!?」
「公爵家からの神殿への信仰心は、間違いなく神に届きました!」
笑顔を絶やさないアスク司教が、なぜか悪代官とかラスボスに見えてしまったのですが?
「それはそうと、公爵夫人が聞きたいは、聖女の祝福についてですよね?」
話が早い! 私はコクコクと高速で頷いた。
「遠路はるばる来ていただいたのに残念ですが・・・そのことについて私がお教えすることは何もありません。」
「エエッ⁉」
私は目玉が飛び出す勢いで司教を見つめた。
「だって、司教さまは聖女リリィの育ての親じゃありませんか!
リリィが初めて聖女の力を発動したときに親身に指導したり、相談に乗ったりしてましたよね?」
「どこでそんな話を聞いたのか知りませんが、誤解です。
そもそも、私は司教ですが聖力を扱う人間ではないので、聖女の祝福についての知識はありません。
あなたも自分ができないことを、人に教えることはできませんよね?
確かにリリィは孤児だったので神殿で保護して私と司祭たちが育てましたが、指導したとしても他の一般の方と同じように教典の読み解き方を教えただけで、聖女の力を使うためのアドバイスをしたわけではありませんよ。」
(こ・こんなはずじゃなかったのに!)
私は、完全に肩透かしを食らったこの状況に青ざめた。
それじゃあこの私の身の上に起きたことを、どうしたら打開できるの?
「じ、じゃあ、どうやってリリィは聖力を操れるようになったんですか?
何か、助言したことは? 少しでもヒントになることがあれば知りたいんです‼」
「リリィのことならお答えできます。
彼女は幼少時からここで暮らしていたので、ここにある全ての教典を全て読み漁り、自分で力を試しながら力のコントロールを覚えたと言っていました。」
じゃあ本物のリリィを探しだして聞くか、自分でコントロールする方法を見つけ出さないと、聖力は使えないということよね。
ハァ・・・せっかく神殿に来たのに、ムダ足だったのかな。
私が分かりやすく肩を落としていると、司教が私の背中を軽く叩いた。
「そんなに気落ちすることはないでしょう。自分に自信を持ってください。」
「だって、なぜ私が神さまに選ばれたのか分からなくて・・・正直、どうしたら聖女の祝福を発現できるのか分からないし、そんな資格が自分にあるのかと戸惑っているんです。」
「それなら私にも助言できます。いいですか、この世に神さまなんていないんです。」
アスク司教の仰天発言に、私は目が点になった。
「え、そんなこと言ってもいいんですか⁉ 司教さまは神のしもべですよね⁉」
「あなたは神さまに会ったことがありますか?」
私はフルフルと首を振った。
「私もです。人は目に見えないものを信じるのが得意ですが、それは盲目の愛と同じです。
何かが起こったときに、人はすぐに神さまに頼ろうとします。
でも、もし実在するなら関わりのないことにばかり頼られても、神さまもいい迷惑です。」
「じゃあ、私はどうしたらいいんですか?」
「もし、神さまや悪魔がいるとすれば、それはあなたの心の中にです。だから、自分を信じてみてください。私にはあなたはすでにそれができる力をお持ちなのに、できないフリをしているように見えます。」
私が、自分を信じる?
思わず自分はシャーロットではないという言葉が喉から出かかった私は、急いでそれを飲み込んだ。
「とりあえず、教典を読み解くことから始めませんか? 悩むのはここにある教典を読み終えてからでも遅くはないと思います。
本を読むのがお嫌いでなければ、ですが。」
「それならできそうです。私、昔から本が大好きなんです。」
「それは良かった。ここにある教典はほんの一部で、地下の書庫には3倍ほどの教典が眠っていますから、何かしらのヒントになれば幸いです。」
ウッ、三倍⁉
さすがの私も、片づけながらここの三倍もの本を読むのは今日一日じゃ無理に決まってるわ。
「えっと、その教典はちゃんと順番に書庫に並んでいますか?」
アスク司教は申し訳なさそうに背中を丸めて舌ペロした。
「うーん。リリィが王宮に行ってからは、本の整理をしていないので何とも・・・ごらんの通り、私は整理整頓に疎くて、いつもリリィに叱られていたんです。」
※
結局、書庫になら顔パスで神殿に通っても良いという約束を取り付けた私は、暗くなって蝋燭の灯りが灯された神殿の廊下を早足で歩いていた。
なんだかんだ言っても、今日は司教さまに相談して良かったと思っている。
やっぱり、一人で思い悩むよりも相談できる人がいると心強いわ。
いつか、私が異世界の人間だと相談したら、司教さまはどんな言葉をかけてくださるのかな?
柱の向こうに薄っすらと夜のとばりが見えて、私はイヤリングに手をかけようとした。
その時、礼拝堂の扉の隙間からチラリと見えた、祭壇に祈りを捧げている女性を見て驚いた。
「ディアナ?」




