#23 矢印の行方は
「わ、わかりました。寝室は一つにするにしてもベットは二つです! そして、その間にパーテーションを挟みましょう!」
沸点まで沸いた脳ミソをギュッと絞って、私は鼻先まで迫ったウレルに早口でまくしたてた。
ひっさぁーつ・早口で思考能力を奪うの術!
プラス、相手に寄り添うと見せかけて自分の主張をさり気なく入れる言い回しも、社畜副店長という中間管理職ならではのスキルよ!!
「それは回りくどいな。」
ムッとしながら長椅子に背を預けたウレルの反応は、明らかに良くはない。
それでも、私はめげずに最後のひと押しをした。
「それが叶うなら、今夜にでも寝室の引っ越しを承諾しますッ!」
「よし、それならその案を採用しよう。」
こうして、機嫌を直したウレルから合意を得ることに成功した私は、逃げるように執務室の外に出た。
ふぅ・・・危なかった!
このマンガは全年齢層対応のレーティングだったはず。いつの間にか18禁になってないよね?
ウレルの憂いを含んだ瞳を思いだしただけで、ドキドキするし手汗がヤバいのよ!
(しっかりして結! 私にはまだ、やらなければいけないことが沢山あるんだから!!)
私はパチンと両手で頬を叩き、爆ダッシュで自分の部屋に戻った。
※
(まずは一度、こんがらがった頭の中を整理しないとね!)
私は羊皮紙とペンを用意して、この世界の簡単な人物相関図を作ることにした。
まずは、主要キャラ三人を中心に、彼らを取り巻くモブキャラの名前を周りにザッと書き出してみる。
それから、矢印でキャラ同士の関わり合いについて図式で表していくの。
例えば、ウレルとヘリオスはリリィに片矢印を向けている。
ディアナはヘリオスに向けて片矢印ね。
それから私はシャーロットと入れ替わっていて、シャーロットはリリィと入れ替わっているから、相互の矢印を描いて【替】という文字を入れた。
リリィに入ってるシャーロットは、結のことは知らないけど私がニセモノだとは分かっているから、【はてな】マークを付け加える。
それからリリィの中身は・・・。
私はふと、ペンを走らせる手を止めた。
そういえば、リリィの魂ってどこに行ったのかしら。
・・・ まさか、結に憑依してる?
私は【騎士で聖女は最強でして】の限界ヲタクだったから、この異世界にも柔軟に対応できた。
でも逆パターンだとしたら、パニックになるだろうし普通には生活ができないだろうな。
結のスマホには汗と涙で課金した【騎士で聖女は最強でして】のマンガが150話まで入っているから、異世界のヒントになるはずだけど、使い方が分からないと開くことすらできないかもしれない。
(ハァ、だからあのバイブルは紙媒体でも発売してほしいと、出版社のお客様ページにもメールしたのに・・・!)
リリィの安否を気にかけながら、相関図のウレルとシャーロットの間に矢印を描こうとした私は、ふと思った。
(ウレルは、リリィが本物のシャーロットだと言っていることについては、どう思っているんだろう。
例えシャーロットのことを妻として意識し始めたとしても、いきなり溺愛していたリリィを嫌いにはならなれないわよね。
でも、リリィの中身はシャーロットで・・・?
うーん、複雑ッ!)
ウレルとシャーロットの矢印をグチャグチャにして黒くした私は、ゴロンとベットに寝転がった。
だいたい、私がこの世界に憑依したことといい、どうしてキャラ同士の中身が入れ替わるなんて事件が起こったの? シャーロットに突然聖女の力が発生したことも含めて、きっと何か理由があるはずよ。
いつかリリィとも話をしなきゃいけないけど、別邸に軟禁されていて簡単に会うことができないから、話をするのは後。
まずは聖女について調べよう!
とりあえず、ゴミ屋敷みたいだった頭の中が少しスッキリした私は、聖女リリィが幼少期から騎士になるまで育てられていた神殿に行くことに決めた。
神殿のトップである司教・アスクさまはリリィの育ての親。
彼に会えば、聖女と神聖力の使い方について教えてくれると思うの。
力の使い方を知っておくと、万が一のときに役立つかもしれないからね!
私は完成した相関図を自分のベットのマットレスの下に差し込んで隠して、騎士団の訓練に出かけることにした。
そのベッドが今夜からウレルの寝室に運ばれることは、すっかり忘れていたのだけど。
※
二週間後、アトラスに司教と面会するアポイントが取れたと告げられた私は、思わずガッツポーズをした。
ブリリアント王国のユピテル陛下は太陽神と月神を祀る密儀宗教の熱心な信者で、神殿とは濃い関係を保っている。
当然、国民も神殿に訪問する機会が多く、司教クラスの人物とアポイントを取るのは、貴族でも半年以上も先になることがあるという情報を事前に聞いていたからだ。
「私の日頃の行いが良いせいかしら?」
もちろんアトラスの根回しのおかげだとは思いつつ、私はふざけてそう言ったつもりだった。
「その通りです。そして、もし感謝をするなら神さまではなく旦那さまに言ってくださいね。」
「ウレルに?」
「今回は奥さまのために、旦那さまが神殿へ法外な額の献金をしたのです。
司教は、その見返りに奥さまのアポイントを喜んで受け付けてくれたのです。」
「ほ、法外なっておいくらなの?」
私は怖くなって、恐るおそるアトラスに聞いた。
「それは言えません。」
アトラスが口にチャックをするマネをした。
恐るべし公爵家!
恐るべし溺愛無双モードのウレル‼
シャーロットの中身が社畜副店長の結だなんて、口が裂けても言えないわね!
※
当日、黒いツヤ無しのコルセット無しワンピースにナチュラルメイク、髪は編み込んだお団子頭で公爵家の玄関に立った私は、キラキラに正装したウレルと鉢合わせた。
朝から目の保養をありがとう・・・じゃなくて、今日はウレルもどこかに行く予定があるのかしら?
ウレルは私の頭からつま先までジロリと眺めてから、機嫌が悪そうに腕を組んだ。
「シャーロット、そんな格好でどこに行く気だ?」
ウッ、目が冷たい。溺愛モードはもう終了?
久しぶりにウレルの冷ややかな視線を浴びた私は、戸惑いながら素直に答えた。
「私は今日、アスク司教さまにお会いする予定です。
神殿に訪問するので、華美な服装は避けたのですが・・・変ですか?」
「あれほど言ったのに分からぬとは・・・困ったものだな!」
ウレルは私の隣に控えていたベッキーをカッとにらんだ。
「黒の生地に銀髪が映えすぎている!これでは、シャーロットがますます輝いて見えるじゃないか!!
ベッキー、男性が同席する場所に出かけるときは、シャーロットの美貌がなるべく目立たないような服装にしろと言っただろう!」
( 怒るポイントがそこかーーーい!?)
あまりにも理不尽なウレルの怒りを真正面で受けたベッキーは、低姿勢を保ちながらも、挑戦的なまなざしを主人に向けた。
「失礼ながら旦那さま。これ以上服飾のレベルを落とすと公爵夫人としての品位を損ないますし、何を着せても奥さまの美貌は隠せません。
以前も議論をさせていただきましたが、これは美しい奥さまを持つ旦那さまの苦行なのです!」
「この溢れる嫉妬心を、俺は甘んじて受け入れなくてはならないのか・・・?」
(怖いって、この二人! 私のことでそんな恥ずかしい議論をしてたの!?)
二人の不毛な会話に顔から火が出そうで頬に両手を当てていると、急にウレルが腕を組んできた。
「俺も神殿に行く。」
「えっ、でも司教さまには一人で行くと言ってあるのですが。」
「それなら大丈夫だ。神殿の外で待ってるから」
「どれくらい時間がかかるか、分かりませんよ。」
「俺のことは気にするな。シャーロットの気が済むまで神殿で過ごすといい。」
アカン。ウレルが大型の忠犬にしか見えなくなってきた。
朝からこんなに着飾っているのに、やんごとなき公爵という立場なのに、妻の用事が終わるまで大人しく外で待ってるとか、健気すぎてむしろ萌えるのだが!
あれ・・・いま私、ウレルに沼ってる?




