#22 溺愛無双モードに突入しました
「私がアトラスに夫人と寝室を一緒にしたいと言ったのは確かだ。 だが、それは夫婦なのだから当たり前だろう。
何か問題でも?」
アトラスからの驚きの報告を受けて、勢いをつけて飛びこんだウレルの執務室。
書類から目を離さないウレルの事務的な口調に、私は喉の先まで出かかっていた言葉をゴクリと飲み込んで、パクパクと空気を噛んだ。
こんなに目の前でハッキリと開き直られたら、気まずい以外の何者でもないし「私たちは契約婚のハズでは?」なんて言えない。
そして今朝、部屋に来たときは感じなかったけど、今日のウレルの仕上がり具合の良さよ。
浅黒い胸をはだけた白シャツに丈の短いベストを合わせ、黒い髪を無造作にハーフアップにしているウレルは、背後の日の光まで味方につけて輝いている。
しかも片眼鏡をかけて書類に目を通している姿にはまったくもって恐れ入ったわ。全面降伏よ。
条件が整いすぎていて、どう見ても胸キュンしない理由がないじゃない‼
(クゥ~ッ、どうなっているの、このマンガの原作者の美意識は⁉ 控えめに言って最&高よ‼)
「問題がなければ、そこのソファに座ってお茶でも飲みなさい。」
私が原作者に感謝して心でむせび泣いていると、ウレルが呼び鈴を鳴らしてベッキーに私のためのお茶とお菓子をオーダーした。
テーブルセットに並べられた、色とりどりの美味しそうなお菓子に飛びつきそうになった私は、はたとウレルの様子をうかがった。
「私が居座っているとお仕事の邪魔では?」
ようやく書類から目を離したウレルは、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
「むしろ、効率が良い。こんな仕事は早く終わらせて夫人と話がしたいと思っていたから。」
思わず持っていたクッキーを握りつぶしてしまった私は、心の中で全力で叫んだ。
(なんなの、この変わりようはーーー⁉)
これが、あのシャーロットと契約婚したウレルと同一人物だというの?
マルガリテスから戻ってきてから、ウレルの様子がおかしいことには気づいてはいたけれど、ここ最近は特に変。
朝は必ず私の部屋を訪ねて起こしに来るし、仕事のとき以外は私のあとをワンコみたいについて回るようになったのよね!
体型的には 小型犬というよりは大型犬だから、その存在感の強さが番犬なみの迫力で、周囲の人たちが一歩や二歩は後退りするほどなの。
まさか・・・ウレルもリリィみたいに中身が違う人なんじゃないでしょうね?
それともまた風邪でもひいて熱があるの?
手の中で砕けてボロボロになったクッキーを食べることを諦めて、ウレルの様子をうかがいながらティーカップに口をつけた私は、まだ熱いお茶を大量に口に含んでしまい「アチッ!」と口から火を吐いた。
「大丈夫か⁉」
ウレルが青ざめて椅子から立ちあがって駆け寄り、私の顎に手をかけた。
「だ、だいじょぶ。舌を火傷しただけだから。」
「見せてみろ。」
私が赤い舌先を見せるために口を半開きにすると、ウレルがキャビネットの箱から出した薬草を口に含んで咀嚼し、吐き出したモノを指で私の舌の上に乗せたの。
「⁉」
薬草は氷みたいに冷たかった。
すぐに口いっぱいに少し苦くて爽やかなペパーミントみたいな後味の薬の香りがパーッと広がって、舌の焼けつくような尖った痛みが少し改善された。
「昔、乳母がよくやってくれた方法だ。
すぐに治るから、その薬草は飲み込まないでしばらく口の中に入れているといい。そのまま喋らないで大人しくしていなさい。」
ウレルは私の顎から手を離すと、何ごともなかったかのように書机に戻って仕事を始めた。
あぁ・・・乳母が子供のウレルにしてくれた方法で、私の口に薬草を・・・って、私は立派な恥じらいのある成人女性なんですけど!?
いや、このマンガの設定だと、シャーロットがまだ18才だとしてウレルは22才くらいだから、子ども扱いされているだけなのかな?
でも、よく考えたらマンガの中のウレルって、リリィに対してこういうことをするキャラだったわ〜!
うん、してたしてた。
ちょっと気障だったり、やり過ぎなストーカーみたいな感じが私の好みに合わなくて、結局正統派ヒーローのヘリオスが推しだったのよね。
(だとすると、溺愛の対象が、今やリリィじゃなくてシャーロットに変わったというわけ?)
今のこの状況を第三者の視点から冷静に分析してみると、頭の中が噴火するくらい恥ずかしくなった。
まさかのウレル・溺愛無双モードなのでは⁉
しばらく頭の妄想を展開していた私は、口の中で温まった薬草をゴクンと飲みこんだ。
「あの、公爵さま・・・。」
私の呼びかけに書類から顔をあげたウレルが、少し眉を寄せた。
「そなたはいつまでも他人行儀だな。
私のことは名前で呼びなさい。私もこれからはそなたを名前で呼ぶから。」
「でも・・・いきなりはその、変わりすぎでは? 名前も、寝室の引っ越しもですけど・・・。」
手に持っていたペンを机に置くと、片眼鏡を取り机に肩肘をついて私を見つめるウレルの黒い瞳は、今までになく優しかった。
「俺に変わらないものなんてないと言ったのは、そなただよシャーロット。
そして、それを受け入れることができるかどうかで、人生が変わるんだろう?
そなたが受け入れてくれたら、難しいことは何もないんだよ。」
その言葉は、以前リリィに翻弄されるウレルを励ますために、私が口にしたことだ。
「私が言ったことを覚えていてくれたんですね。」
「覚えているとも。そなたが、私が死にかけた時に『愛している』と口にしたこともな。」
「エエッ⁉ ちっ、違います! 私はあなたが『好き』と言ったんです‼」
「好きと愛しているの違いは?」
「えっと【好き】はその人が気になったり恋焦がれることで、【愛してる】は好きがたくさん積み重なって、人生をかけて大事にしたいと思うことかな?」
「だとしたら、私はそなたを愛しているよ。」
ウレルは長椅子に座る私の隣に片膝をついて近づくと、私の銀髪を手に取りすくい上げた。
「け、契約婚ではないですか?私たち。」
色気たっぷりのウレルにタジタジになって固まっていると、ウレルが悪戯な顔で手に取った私の髪にキスをした。
「だから、寝室を一緒にしよう。三年以内に後継者を作るためにな。」
そそそ、そういうことか!
今までは契約書の内容が無理ゲーだったから、離縁ルートにしか進めていなかったけど、溺愛ルートが解放されたから、新たなミッションが爆誕したのね!
だけど待って。
マンガなら大興奮で大好物の場面だけど、いざ自分となると心の準備が出来ていないわ。
だって言える? つき合ってもいない相手に「じゃあ、今日から寝室を一緒にしてください」なんて。
なんせ私は、今まで一人の男性としかお付き合いしたことのない女なんですもの。
しかも振られた経験しかないのに、こんな上級者レべルのミッションは魔物退治よりもしんどいわ‼
「あのッ、提案があります!」
花のようなウレルの香りが鼻先まで漂う距離に来たとき、私はウレルの肩をつかんで必死に押し戻した。
「何だ?」
「私たちは夫婦でしたけど、今までそれらしいことを何一つしてこなかったじゃないですか。
だから、お互いのことをもっと知ってから寝室を一つにまとめた方が、効率がいいと思うんです。
いきなりだと、イビキがすごくて寝られないとか、寝相が悪くて幻滅するとか、悲しい結末があるかもしれないですし!」
ウレルは少し考えてから、私をしっかりと凝視して宣言した。
「俺はしばらくはシャーロットを寝かせる気はないんだが。
朝までな!」




