#20 聖女の祝福
レッドカーペットが敷かれた階段にもたれかかるウレルを見たときは、あまりにも状況を受け入れがたくて、それがウレルの顔をした人形だとさえ思った。
目を閉じた顔は青紫色に変化していて、黒くこびりついた血が全身を覆っている。無惨に破れたコートやパンツは辛うじて原型を留めているけど、複数の獣に噛みちぎられた腕や脚が痛々しい。
転送の光の眩しさが徐々に薄れていくと、より鮮明な映像が目に焼き付いて、私はリアルな戦場に心臓が破裂しそうなほどの衝撃を受けたの。
「ウレルーーー‼」
私が動くよりも先に飛び出したディアナが、ウレルとリリィに襲いかかる寸前の一角オオカミに、電光石火のごとく斬りかかった。
急所の脇腹目がけて確実に繰り出す太刀筋は、驚くほど速くて鋭い。
「どけぇッ!!」
次々に飛びかかってくるオオカミたちを、怒りにまかせて斬り捨てていくディアナ。返り血を浴びながらも攻撃の手を緩めない激しさは、月の女神というよりも鬼神に近い迫力だ。
のたうち回るオオカミの首にトドメをさして私を振り返ったディアナは、後方にある建物の陰を指さした。
「シャーリーは逃げたユニウルフを仕留めてくれ!」
「ハ、ハイ!」
ディアナの剣から辛うじて生き延びたあと、パニックになりながらも逃げ遅れた子どもを襲おうとしているオオカミたちに狙いを定めた私は、思い切りその脳天目がけて剣を打ち下ろした。
「ギャッ!!」
その時、私のレイピアの刃から紫色の稲妻が、凄まじいエネルギーとともに四方に飛び散った。
「エエッ⁉」
視界が激しい光の点滅に焼かれ、思わず顔をそむける。
周囲にいた一角オオカミたちは、一斉に悲鳴をあげてバタバタとその場に倒れた。四肢が痙攣して動けなくなったようだ。
怖っ!
これがサラキアにもらった魔法石付きレイピアのサブ効果なのかしら⁉
自分にも微量の電気が走るようで、ジンジンする手の感触にはまだ馴染めないけど、効果はバツグンだわ! 私は確かな手ごたえに夢中で剣を振るい、ディアナも手当たり次第にオオカミたちに突撃した。
気がつくと、私とディアナの二人で一角オオカミの群れをせん滅させていた。
やがて辺りを静寂が包みこみ、私たちの激しい吐息だけが戦場に残った。
※
「リリィ、何をしている!」
息をつく暇もなく、ディアナは泣きじゃくるリリィを叱責している。
正確には、ウレルの側から離れようとしているリリィをディアナが引き留めているようだ。
「君は聖女だろう? 今すぐに【聖女の祝福】でウレルを癒してくれ!」
「無理よ。こうしゃ・・・ウレルは、血を流し過ぎているわ!」
「だから何だ? 今までだって、君は奇跡を起こしてきたじゃないか!」
ディアナの言うとおりだ。
神に愛され神の奇跡を人々にもたらすことのできる、唯一無二の聖女・リリィ。
いついかなる時にも清貧で美しく、どんな逆境にも耐え忍び、最悪な展開にも大逆転を起こす絶対的主人公にして最強の女騎士。
それなのに今の彼女は、ウレルから流れる大量の血に怯えてパニックを起こし、無様に泣き叫んで聖女の仕事を放棄しようとしている。
「うう・・・神よ、お許しください。私にはどうすることもできません!」
明らかに様子のおかしいリリィは、歪んだ唇を震わせてジリジリと後ずさりをしだした。
(リリィにいったい、何があったの⁉)
ディアナが冷ややかに軽蔑の色を浮かべて、リリィの細い手首をグイとひねりあげた。
「リリィ、まさか君・・・ニセモノじゃないよな?」
「それは・・・。どのみち、ウレルは手遅れかもしれませんわ。」
ディアナがすごい剣幕でリリィを責めた。
「手遅れにしたいのは君だろう? なぜ全力を尽くさない⁉」
「 二人とも、言い争いはもう止めて! 今は、そんなことはどうでもいいわ‼」
私は金切り声を上げてウレルに駆け寄った。
「ウレル、ウレル!」
ウレルの血だらけの手首をギュッと握ると、微かに脈打つ命を感じる。
まだ、ウレルは生きているわ!
私はすがるようにディアナを見た。
「聖女の力に頼らなくても、薬草とか魔法石で傷を癒すことはできないの⁉」
「薬草で外傷なら癒すことはできるが、即効性がない。しかも内臓の損傷までは無理だ。
ウレルの場合は聖女の祝福以外に、助かる道はない・・・!」
ディアナは悔しそうに剣を地面にガキンと突き立てた。
「リリィが力を使えなければ、なすすべがない!」
「そんな・・・!」
「無理なの、私には無理・・・‼」
リリィが地面に突っ伏して泣き続ける姿を、私たちは苦い思いで見守るしかなかった。
(これが、リアルなの・・・⁉)
私はいつのまにか嗚咽を漏らしていた。
目の前の人を助けられないのが現実だなんて、悲しすぎる。
騎士団団長とか、遠征とかを軽く考えていた過去の自分に嫌気がさす。
ここにいるのが私じゃなくてヘリオスだったら・・・マンガのストーリー通りだったら・・・!
その時、ウレルの手がピクリと動いた。
「シャ、ロッ、ト・・・。」
たどたどしく発する声。
「シャ・・・ット、ここ・・に・・て。」
息も絶え絶えに言葉を発しようとするウレルに、私は涙が止まらなかった。
「私はここよ。」
血塗れの冷たい手を握るとかすかにウレルの喉仏が動く。
私の目にはウレルの顔が滲んで、よく見えなくなった。
「お願いよ。もう、喋らないで。」
ウレルは瞼を少し上げると、私の肩に弱々しく腕を回した。
「泣・・な。お・・れ・・た・・めに・・・。」
「喋らないでってば!」
私は号泣しながら、ウレルを壊れ物のように抱きしめた。
こんなの、間違ってる。
心のどこかでこの非現実な世界をバカにしていた。
いつか醒める夢のように、幻想の登場人物たちは自分とは無関係なのだと。
でも、後悔してる。
嫌われても、怒られても、けなされても
ただ隣に立っているだけで良かったのに。
「死なないで、ウレル! 私・・・私ね、あなたのこと・・・好きなの。
だから、一緒にいてほしいの・・・!」
ウレルの耳元で本当の想いを囁いた瞬間、私の薬指の金の指輪がまばゆい光を放った。
それは温かくて心地よい真綿のように、私とウレルを包んだ。
私は気がついた。
この光は、幾度となく私を包んでいた。
私がこの世界で目が覚めた時。
ウレルがてんかんを起こしたとき。
そして、今。
自分の中の熱が増幅して、ウレルの身体に勢いよく流れ込む。
自分の熱が吸い取られるように何かを急激に失う怖さを感じる。
怖い・・・でも、不思議と高揚感を感じる。
みるみるうちにウレルの顔が穏やかになり、頬に赤みがさした。
やがて呼吸も落ち着き始めると、嚙みちぎられて白くなっていたはずの肉が、徐々に盛り上がっていき再生したの。
「これは・・・。」
絶句したディアナが金の光から目を守るために顔の前に手を出し、目を細めて呟いた。
「シャーリー、君が聖女だったのか。」




