#19 バッコスの秘密
前に魔物に襲われた後、執事のアトラスにこの世界の魔物との関わりについての知識を得るために聞いたことがある。はるか神話の時代から魔物は動物や昆虫などと同じように人間と共生するのが当たり前だということを。
ただ、知能はあるけど生存本能が高すぎて、魔物以外は捕食するモノだとDNAに刻まれている厄介な設定の種族なのだ。
人間が生計を営む都の周辺には、特に巨大な魔法石とそれを操る宮廷魔導士たちの尽力があり、魔物を忌避する防御壁が張られているので、王都の安全は高いレベルで保証されている。
つまり、辺境の地や自然が豊かな森林のある山以外に魔物は存在しないということだ。
ブリリアント王国ではね。
では、植民地・マルガリテスでの安全レベルはどうなのかしら?
カジノに魔物が出たということは、魔法石や魔導士の力が及んでいない可能性も?
私はディアナを追いかけるよりも先に、ウレルとお揃いの通信機能があるイヤリングに手をかけていた。
だって、あとから来るはずのウレルとリリィが一角オオカミと鉢合わせをするかもしれないじゃない?
その前に知らせることができたら、最悪の展開は回避できるはず!
「もしもーし!
ウレ・・・公爵さま、私よ。 聞こえますか?」
魔法石がキィィンという金属音とともに淡い紫色に光り、私の耳には明らかにここで拾うことのできない違う場所の音が聞こえた。
「リリィ、俺に構わず逃げろ‼」
「ああッ、公爵さま・・・!」
最初に耳に届いたのは、切羽詰まったウレルとリリィの悲痛な声。
私の心臓がドクンと大きく揺れる。
(え、なによコレ⁉)
「ウ、ウレル、大丈夫なの⁉」
気がつくと私は歩きずらい草履を脱ぎ捨て、入り口に向かって走っていた。
必死にウレルに向けてイヤリングに話しかけるけど、応答はない。
入り口周辺は裏口に逃げようとする大勢の人たちの波であふれかえっていて、それをかいくぐって前に進むことはひどく困難で、私は逃げようとする人々に囲まれてギュウギュウに押しつぶされた。
「ごめんなさい、入り口に行きたいんです! ここを通してください‼」
「無理だろ、この状況で!」
「魔物がいるのに正気か⁉」
「邪魔だ!」
パニックになった人たちは逃げるのに精いっぱいで、誰も私を気にしない。
むしろ邪魔だと押しのけられてしまい、私は入り口に近寄ることもできなかった。
嫌な予感がするけど、ここを通ってウレルを探すのは無理だ・・・!
一旦、ディアナを呼んでこようと思ったその時、
「グガァァァーーー‼」
獣の咆哮と打撃音が激しく交差して、イヤリングの通信は完全に途絶えた。
※
「シャーリー、どうしてあとについて来ないんだ? ・・・何があった?」
引き返してきたディアナが、震えて呆然と立ち尽くしていた私を揺さぶった。
「ウレルとリリィが・・・この建物の入り口で魔物に襲われています!
でも、人が多すぎて移動できません‼」
「魔物ッ⁉」
赤い目をギラリと光らせたディアナが緊張した様子で人波の奥を見据えた。
そして、何もない空間に語りかけたの。
「近くにいるのか?」
「お側に。」
ディアナの横の空間がペロンと剥がれて、一人の青年が姿を現した。
白銀の短髪に青白い三日月のような横顔。
澄んだスカイブルーの瞳の奥は昏く沈んでいて、海の深淵のように謎に満ちて映る。
私は首をかしげた。
ディアナの従者に、こんな美青年キャラいたっけ?
「今の状況を知らせよ。」
「マルガリテスの東側に位置する防御壁の弱体化によるユニウルフの侵入です。
マルスによる反乱勢力の攻撃で、四方の防御を固める魔導士の一人に不具合が生じているのでしょう。
まぁ、この国土ていどの広さの防御壁なら、私一人でも十分に補強可能ですがね。」
「では、私とシャーリーをカジノの入り口に転送魔法で移送後、弱体化した防御壁の補強に向かってくれ。ちなみにマルガリテスに侵入したユニウルフの個体数は把握できるか?」
「私を誰だと・・・いえ、把握しております。ユニウルフは群れで40匹ていどです。
そのうち10匹はウレル公爵が倒しましたが、聖女リリィと市民を守りながら戦う最中、背後からユニウルフに襲われたウレル公爵が瀕死の重体です。」
「何ですって⁉」
私は思わず声を荒げ、ディアナは顏を曇らせて言葉に詰まった。
「リリィが側にいるのに・・・なぜリリィは・・・。」
「その情報は本当なの?」
私は鼻息を荒くして美青年に食ってかかった。
だって、私、こんなキャラはマンガで見たことがないんだもの!
知らない人の話を、全部を鵜呑みにはできないわ!
「あなたはいったい何者なの? 」
美青年は鼻の頭にしわを寄せ、この世でいちばん苦い顔をした。
「相変わらず、壊れた蛇口は礼儀がなっとらんな!」
んん? よく聞いたら知っているわ、この声。
もしかしてこの美青年は・・・。
ディアナが私と美青年の間を取りなした。
「シャーリーは見たことがなかったんだね。この姿はバッコスどのの真の姿だ。」
「えええーーー! だって、バッコスはお爺さんじゃないの⁉」
「宮廷魔導士はその業を成すために普通の人間よりもずっと長生きなんだ。ただ、いつまでも若いと人間社会にはなじまないから、あえて老人に見える魔法を使っている。
透明マントを使う時にはその魔法が使えないから、真の姿を見せるんだよ。」
そうなんだ。
バッコスはシャーロットと同じモブキャラだと思っていたのに、そんなに立派な隠れ設定があったなんて・・・! しかもどう見ても主役級の顔面偏差値なのに、透明マントを使うときにしか顔出ししないなんて、イケメンの無駄遣いだわ‼
バッコスが魔法石を出して移送魔法を私たちにかけ、光に包まれたディアナが私に確認した。
「とりあえず、マルスの捜索作戦は中止だ。私たちはこれからウレルとリリィを救援に向かう。
移送後はユニウルフの群れを倒す任務から始まるから、心の準備をしてくれ。」
私も光に包まれながら強く頷いた。
一角オオカミはあと30匹はいるだろう。トラウマレベルの大きさと怖さは今でも忘れられない。
でも戦場に向かう怖さより瀕死の重体だというウレルのことがいちばん心配だった。
主人公の側にいれば死なないという定説は間違いなの?
そもそも、リリィは騎士としても最強なはずなのに、いったいどうしてこうなっちゃったの⁉
私たちを包む光は一瞬、目が眩むほどの爆発力で会場を包み、次に目を開けたときに私とディアナはカジノの入り口に位置する外に移送されていた。
「ああッ!」
私の目には血を流して伏しているウレルとその側に寄りそい怯えた表情のリリィ、そして今まさに二人に飛びかからんとしている一角オオカミたちが見えたの。




