#16 モテ期到来
(どどど、どーしよう‼)
目を覚ました瞬間、ウレルの目を閉じた端正な顔が目の前にあって、私は思考回路が停止した。
(頭の下にはウレルの膝、目の前にはウレルの顔が?
ウレル体祭りなんて、ウソでしょ・・・!)
顔が熱くなるのを感じながらも、身動きのできない私は次の瞬間、無我の境地に達した。
(私は石。
そう、道に落ちているただの石よ。
このマンガにとってはただの背景にしかすぎない存在。
引きのコマなら顔に表情も描かれない、石の中の石!)
だから平気よ、耐えられる!
後頭部に当たるこの温もりも、目の前の長くて麗しいまつ毛も、浅黒くてきめ細かい肌も、漆黒の闇を凝縮したようなゆるいウェーブがかった髪の毛も、私の鼻先にかかる吐息も・・・。
「フォォ!
石ころにも感情があるのよーーー‼」
仏の限界値を突破した私は、悪魔の誘惑から逃れようと反転した。
「ッ、寝相が悪すぎるぞ、公爵夫人!」
それに驚いて飛び起きたウレルが、私が床に転げ落ちる寸前で腕に抱き留めた。
ウレルの腕と胸板とのサンドイッチ‼
「キャー! キャー! キャー‼」
思わず叫声を発する私の口と鼻にウレルの大きな手が添えられて、私は目を白黒させた。
ムググ・・・。
「怖い夢でも見たのか?
静かに。御者たちが驚いて馬車を止めたら面倒だろう。」
息ができなくて、落ちる寸前の私に気づいたウレルが手を外した瞬間、私は口の横から白い泡を吹きながら勢いだけで口撃した。
「これもぜんぶ公爵さまのせいよ!
起きたら公爵さまの膝が私の枕になっていたから、私は石になって転がるつもりだったのよ!」
「もう少し理解できる言葉で話してもらえないか? 」
ウレルは私とは対照的に落ち着いた口調でため息を吐いた。
「そなたが頭を壁にガンガン打ちつけながら寝ているから、これ以上その頭がおかしくならないように、俺の膝に乗せてやっただけだ。
感謝されるならともかく、責められる筋合いはないと思うが?」
「そ、そうだったの?
いやいや、アンタみたいな美の化身が急に優しく膝枕してくれたら、ただのモブ令嬢はうっかり勘違いして命を落とすのよ!
むやみやたらと人をドキドキさせるのは、私のためにやめてちょうだい‼」
皮肉げな笑みを浮かべていたウレルが、急にキョトンとした真顔になった。
「公爵夫人が、俺に勘違いしてドキドキした・・・だと?」
「あ、いや、ちょこっとだけなんだけど・・・まあ。」
ウレルの浅黒い肌がみるみるうちに赤くなって、両手で顔を覆ったので、私も恥ずかしくなって向かいのシートの隅に移動して壁の方を向いた。
(この世界にサングラスとマスクはないの? もう、絶対にウレルの顔を直視できないよーーー‼)
※
マルガリテスはブリリアント王国のすぐ隣に位置し、肥沃で広大な土地を生かした農作物の輸出を主とした君主を持たない共和国だった。
長年に渡る周辺地域との抗争の末、ブリリアント王国からの庇護を条件に自ら植民地になることを陳情したのは近年のことだ。
ブリリアント王国に比べて主都の規模は小さいけれど、高層の建築物を作らず真っ白な土壁で統一された家が立ち並ぶ街並みはとても素敵で、私は心が躍った。
これが任務じゃなくてただの観光なら、本当に最高なんだけどね。
私たちを乗せた馬車は大きな宿の前で停車した。
すぐに御者がうやうやしく馬車のボディのドアを開いて、先にウレルが降り立った。
でも歩いて行こうとはせずに、振り返ってドアの前で仁王立ちしているので、私はウキウキしていた気持ちがスンと沈んでしまった。
(ハッキリ言って邪魔なんですけど!)
私は少し首をかしげてウレルに文句を言った。
「なんの嫌がらせ?
降りたらどいてくれないと私が降りられないじゃない。」
「実験だ。」
「実験?」
「俺が優しくしたらドキドキするんだろう?
エスコートしたらどれくらいドキドキするのか、あとで教えてくれ。」
ウレルはそう言うと、はにかみながら私に左手を差し出してきたのよ!
(ガッデム! これは完全にイジられてる!!)
からかわれているのは分かっているけど、ウレルがちっともそこから避けてくれないので、根負けした私はその手を取って馬車を降りた。
手が触れてドキドキしたかどうかは、ウレルには絶対に秘密にしよう!
※
「シャーリー、待っていたぞ!」
宿の一番大きな部屋のソファに腰掛けていたディアナが、私を見てにこやかに歩いてきた。
その後ろのテーブルにはリリィと宮廷魔導士のバッコスもいる。
「ダイ、お待たせしました。」
私がディアナに元気に挨拶すると、紫のローブを着たバッコスがフードの陰から私を睨んだ。
「やれやれ。若いもんがあとから来て年長者を待たせるなんて、無作法もいいところじゃ。」
私は肩をすくめた。
どうもこの爺さんとはウマが合わないわ。
「ダイ、これからどう動く予定ですか?」
私の横にいたウレルが急に口火を切った。
「日中は二手に分かれてマルスの情報を探そうと思う。
私とシャーリーとバッコスどの、ウレルとリリィで組むのはどうだ?」
「そんなのいやじゃ。
ワシは一人で行動させてもらうぞい。」
バッコスは苦々しい顔で私を見た。
「とくに壊れた蛇口とは一緒になりたくないのでな。」
そう言い放つと、スタスタと歩いて部屋を出て行ってしまったの。
こっちこそお断りよ! フン‼
場の雰囲気を取り持つように、ディアナが私の肩を叩いた。
「では、私とシャーリーは共に行動しよう。」
「そう・・・ですね。」
(どうしよう。ヘリオスにはリリィとウレルを監視しろと言われていたんだよね。
二手に別れたら、二人が何やってるかなんて全然分からないわ。)
そう思っていたら、なぜかリリィがふくれっ面で私とディアナの間に入ってきた。
「ディアナさま、私とシャーリーは親友なんです。だから、私とコンビを組ませてください。」
「聖女とシャーリーが? そんな話は初耳だが。」
リリィの態度にムッとした顔のディアナが、不機嫌そうな声を出した。
「それはディアナさまがシャーリーをよく知らないからですわ。」
「シャーリーは私の騎士団の団長だ。それに以前、シャーリーは私を慕っていると言ってくれた。
わたしたちは相思相愛なのだよ!」
(ダイ、それは誤解の種を生む発言です!)
ディアナは私を自分の側に引き寄せるように腕を組んだ。
この前は冗談だと言っていたけど、もしかして本当にディアナに惚れていると思われているの⁉
訂正しようと口を開きかけたとき、リリィも負けじと私の反対側の腕を組んできた。
「あら、聖女の力があれば、傷ついたシャーリーを助けることができますよ。
公爵夫人には私が必要です!」
な、なぜ⁉ シャーロットを巡る女の戦いが勃発!
イタタタ・・・左右から腕を引っ張られた私は、思わず蚊帳の外にいたウレルに、アイコンタクトをバシバシ送って助けを求めた。
(アンタしかいないの! お願いだからこの二人を何とかして‼)
ウレルは静かに頷くと、私の腰に両手を置いてこう言った。
「シャーロットは公爵家の妻です。
彼女は俺と行動したほうが良いでしょう。」
わーん、ウレルまでおかしくなった!
いったいみんな、どうしちゃったのよーーー⁉




