#15 聖女とモブ令嬢が友だち?
「こちらへどうぞ。」
リリィに別邸の一角にある部屋に案内された私は、入ってすぐにそこが聖女リリィに与えられた特別な部屋だと気づいた。
パステルカラーで統一された壁紙、繊細で華やかなロココ様式の家具、花の刺繍が美しいタペストリー・・・豪華な部屋の全てが王太子殿下の寵愛の深さを物語っているようだ。
「今、お茶を用意させますのでおかけになって。」
リリィは慣れた様子でチリンチリンとベルを鳴らすと、すぐに若い侍女が紅茶セットを持ってきた。
まさかの本日二度目のお茶会確定!
コルセットで締め上げられた私の胃が、切なくキュルキュルと鳴く声がする。あとでトイレとお友達になるのは時間の問題ね。
でも、あれ?
私は違和感を感じて首をひねった。
もともとは平民で孤児だったリリィは、騎士になってからもずっと神殿で暮らしていたはずでは?
しかも質素で倹約家の彼女は、神殿でも騎士の衣装に身を包んでいるというのがマンガの設定だったはずなんだけど、これじゃまるで正反対!
(なにかが変よ。もしかして、私がシャーロットに憑依していることで、原作に影響が出てしまったとか?)
考えすぎて思い切りしかめっ面をしていた私に、リリィは怯えながら切り出した。
「急にお呼びだてしてゴメンなさい。前から公爵夫人とはお話ししたいと思っていたのですが、なかなか機会がなくて。変に思わないで下さいね。」
主人公のリリィの側にはウレルかヘリオスのどちらかがいるから機会はなくて当然よね。
だってジャンルが恋愛マンガだもん。
「はい、大丈夫です。」
私は一瞬の全集中から解放されると、ぎこちない作り笑いをして曖昧に返事をした。
リリィは侍女に用意させた香り高い紅茶をひとくち口に含んで微笑んだ。
「この紅茶は私のお気に入りなの。お気に召すといいのだけど。」
(あれ、この紅茶の匂い・・・最近どこかで・・・。)
私が頭の隅の記憶を引っ張り出していると、紅茶のカップをソーサーに置いたリリィが不敵に微笑んだ。
「最近、公爵夫人のご活躍ぶりは飛ぶ鳥を落とす勢いですね。
まるで人が変わったみたい。
もしかしたら誰かと中身だけ入れ変わってしまったのかしら。」
「ブッ!」
私は、飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになるのをなんとかこらえて、カップの水面が手の震えで揺れるのをしばらく見つめた。
(もも、もしかしてバレちゃってる~⁉)
私は目の前が真っ暗になりながらも、震える声を絞り出した。
「まま、まさかそんなこと。ハハ~、おとぎ話じゃあるまいし。」
リリィはハッと気づいたように口に手を当てた。
「ごめんなさい軽率でしたわ。貴族の方は、こんな冗談は言わないものよね。」
「じ、冗談だったんですね。
ホホホ・・・驚きましたわ。」
( リリィって、わりと天然ちゃんなのかな?
でも、晩餐会の夜のウレルとのやりとりは、なかなかの強かさだったからな。
これも計算の演技だとしら、相当な二重人格ね!)
「ヘリオスに遠征のことは聞いたかしら?」
「はい、リリィさまも参加なされるそうですね。」
「少し不安だったのだけど、あなたもいるなら心強いわ。」
ウレルもいるのに?
どう反応したらいいか迷っていると、リリィがすぐ横に座って私の手を取った。
「私、公爵夫人とはお友達になりたいの。何でも話せる親友になれたら嬉しいわ。」
距離の詰め方早ッ!
でも、抗えない!
こんな可愛い娘に率直な気持ちを告白されたら、男じゃなくても前のめりでオッケーするに決まっているわ‼
「ありがとう。私で良ければ、お友だちになってください。」
「ふふ・・・不思議な気分。よろしくね、シャーリー!」
確かに。
絶対的最強主役キャラとモブ令嬢が友達になるなんて、斬新すぎるというか番外編みたいな展開ね。
【夫と友だちの浮気を公認する悪妻】なんてゴシップが、また流れそうで怖いけど。
でも、私の記憶が確かなら、こんな話は原作に無かったんだよね。聖女とモブ令嬢が仲良くなっても、ストーリーは破綻しないのかな?
それにウレルは・・・どう思うんだろう。
※
あっという間に遠征の日が来て、公爵邸の玄関に王宮から来た迎えの馬車が停車した。
ディアナやリリィは一足先に先にマルガリテスに移動していて、私たちがその後を追いかける形だ。
さあ、楽しもう!
張りきって屋根付き四人乗りのボディに乗り込むと、あとからウレルが入り口に美しい顔をのぞかせた。
「公爵夫人、邪魔だ。もっと奥に詰めなさい。」
って・・・え?
「あなたも同じ馬車に乗る気ですか?」
「王宮から送られてきた馬車が一台しかないからな。」
(以前は公爵家の馬車を使ってでも私と同乗しなかったくせに、何様のつもり?
しかも図々しく私の隣に座るなんて、百年早いのよッ。)
私は座った場所を動く気はなく、逆に腕を組んで足のスタンスを広げた。
「私がずれなくても、向かいのシートが空いているじゃない!」
「相変わらず、ああ言えばこう言う女だな。」
口を尖らせながらも素直に馬車に乗りこんだウレルは、向かいのシートに座るなり上から下まで私を見た。
「それに、信じられないくらい色気のない格好だ。」
「今回は騎士団団長として遠征に参加するの。戦場に向かうのに、色気はいらないわ。」
確かに私は刺繍がついたフロックコートを着たウレルよりも地味な格好だった。
遠征がどれくらいの期間がかかるのか分からないので、わざと必要最低限の動きやすいパンツスタイルに飾り気のない白シャツにしたのよ。
ウレルはさらにまじまじと私を見ると、腰の辺りで目を留めた。
「その剣はどうしたんだ?」
「サラキアから貰ったの。その・・・友だちの危機を助けたお礼にって。」
「女子が持ちやすそうな小ぶりの柄に細身の刀身・・・。
それに魔法石を併用することで攻撃力や防御力をアップするスロットルが組み込んである。
ずいぶんと武器の見る目がある友だちだな。それよりも公爵夫人に友だちがいたという事実のほうが気になるが。」
「失礼ね。一応いるのよ、一人くらいは。」
「やっぱり一人か・・・。」
笑いをこらえている様子のウレルにイラッとした私は、つい口を滑らせた。
「それに、この前はリリィからも友だちになりたいって言われて・・・。」
「リリィが?」
ヤバ!
私はリリィの名前に反応したウレルから目をそらした。
あの晩餐会の夜以来、ウレルはリリィと距離を置いているみたいなのよね。
地雷ふんじゃったかなぁ・・・。
目を離したところで、狭い馬車の中で逃げる場所はなく、すぐにウレルの追及が始まった。
「リリィと、どこで会ったんだ?」
「この前、ヘリオスに呼ばれて・・・。」
「ヘリオスに? それはいつのことだ⁉」
わっ、わっ、いつのまにかペラペラと喋らされた!
このままじゃ、ウレル刑事に自分の秘密を洗いざらい白状してしまいそう!
私は慌ててコホンと咳払いをして仕切り直した。
「公爵さまには関係ありません。私事ですから。
私たちは本当の夫婦じゃないんだから、話す義務はないですよね。」
そう言うと、ウレルが一瞬、傷ついたような顔をした。
えっ、どうして?
「・・・公爵夫人の言うとおりだ。」
それからはウレルが何も喋らなくなったので、ホッと胸をなでおろしたけどマルガリテスに着くまでの時間が気まずすぎて死にそうだった。
(ホント、私とウレルって相性最悪!)
馬車の外は森で景色も代り映えしないので、暇を持て余しちゃう。
左手薬指の金の指輪を見ながら、私はなんとなくウレルの左手も見てみた。
「あ・・・!」
「なんだ?」
「その、公爵さまもリングをしていたのが意外で。」
だって、契約婚だからしているとは思わなかったのよ。
「ああ、これか。」
ウレルはつまらなそうに左手の拳をグッと握った。
「このリングは魔法石でできていて、勝手には外せない。
外すときは私が所有する魔法紙で書かれた契約書を破棄してから外さないと、呪われるから気をつけてくれ。」
「呪われるって、どんな?」
「最悪、薬指が一本飛ぶ。」
ヒィ、古いヤクザの誓いみたいな儀式!
この世界の契約婚って、そういうことなの?
シャーロットのためにも、夜中に寝ぼけて外したりできないってことね。気をつけるわ。
ウレルは窓枠に肩肘を乗せて外の景色を見ながらひとり言のようにポツリとつぶやいた。
「まあ、契約書通りに行けば外す理由もないが。」
三年以内に後継者を産むってこと?
遠回しに愛されていない公爵夫人には無理ゲーだって言ってるのよね?
ウウ、嫌な奴~!
ウレルの言葉に苛立ちを覚えた私は、目を閉じて寝たフリをしているうちに、馬車の揺れが気持ちよくて本当に寝てしまった。だから馬車がガクンと大きく傾いでその振動で目を開けたとき、なぜ自分がウレルの膝枕で寝ているのか意味が分からなかった。
なっ、なにが起きたのーーー⁉




