#13 とうもろこしのスープの味
結局、急いでとうもろこしのスープを作った私は、ドキドキしながらウレルの寝室のドアをノックした。
でも、扉の外でいくら待てども返事は返ってこなかった。
寝ていてノックに気づかないのかな。
諦めて踵を返そうとしたその時、『ドスン』という鈍い落下音が部屋の中から響いたの。
(何の音?)
私はビビリながらも、そっとドアを押し開けてみた。
部屋の床には赤い顔をしたウレルが仰向けに倒れていて、驚いた私は彼に駆け寄ってしゃがみ込んだ。
「こ、公爵さま! 大丈夫ですか⁉」
(アッ・・・!)
ウレルが血の泡を吹いて白目をむいている。体は痙攣して全身がビクビクと脈打つように震えていた。
(なにこれ・・・? まさか、毒を飲んだわけじゃないでしょうね⁉)
それにしては嘔吐した跡もない。
それにこの光景には見覚えがある。
私は必死に記憶の糸を手繰り寄せた。
(もしかして、これてんかんじゃないの?)
私の店舗のスタッフでこの持病があるコがいて、緊張が極度に高まったり風邪で調子が悪いとこうなったのよね。
最初は驚いて救急車を呼んだけど、二回目は救急隊員の人から習ったやり方で処置できたんだ。
私はウレルの頭の下にベットから持ってきたシーツを敷いて、胸元のクラバットを外して襟元を緩め、舌が落ち込んで窒息しないように身体を横に向けた。
(ただのてんかんなら、この発作はしばらくすると治まるはずだ。)
そう思いながらも、私は胸がドキドキして冷静ではいられなかった。
もし、私の判断が間違っていたら、ウレルは・・・。
頭の中で自問自答を繰り返していた私には、痙攣が収まるまでがすごく長い時間に感じた。
「ウレル、聞こえる? ウレル⁉」
私はウレルの痙攣が収まるのを見計らって、血の泡がついた頬をシーツの端でぬぐいながら耳元で呼びかけ続けたの。
しばらくするとウレルの喉の奥から、小さく絞り出す声が聞こえた。
「あ・・・る。」
「聞こえる? 私よ。」
「ああ・・・うるさいくらい・・・聞こえている。」
良かった!
念のために脈をはかろうとウレルの手首をつかんだ時、その手が異常に冷たくて紫色になっていることに気がついた。
「もしかして、いま寒い?」
「ああ、寒い。」
温めなきゃ!
でも、ここにカイロとかストーブなんてないしお湯だってすぐには用意できない。
私はシーツをウレルと自分の身体を覆うようにスッポリと巻き付けて、ウレルの手を私の両手で包むように握った。
「あったかい・・・。」
眉根を寄せて苦しそうに呻いていたウレルの顔が、スッと和らいだ。
それは本当に不思議な体験だった。
自分の身体の中にある熱が、手を通じてウレルに吸い取られていくような、そんな感覚。
しかもこの感覚を確か、どこかで体験したことがあるような・・・?
そう思っていると、ウレルの両腕が伸びてきて、私を胸に抱きしめたの。
「フウンッ!」
不意打ちのハグに、焦って鼻から変な声が出てしまう。
こんな展開アリ? どど、どうしよう!
ドキドキが止まらなくて、私はウレルの胸の中で目をギュッと固く閉じた。
「ありがとうリリィ・・・。」
ハアッ? リリィですって⁉
夢の中までリリィとシャーロットを間違うなんて、失礼も良いところでしょ!
私はムッとしてウレルを突き放そうとしたけど、力が強すぎて1ミリたりとも微動だにしなかった。
いくら細くても男性ってことね。私はウレルの耳元で力いっぱい叫んだ。
「私はリリィじゃないわよ! シャーロットよ‼」
「公爵夫人⁉」
ウレルがバッと目を大きく見開いて、すぐ間近で私の顔を穴のあくほど見つめた。
ウッ、美形が近すぎると動悸がして心臓によくないと思う。
「すっ、すまん。でも、確かにリリィの治癒の波動を感じたんだ。
それに、まさかそなたが俺のことを名前で呼ぶなんて・・・。」
「そ、そうよね。緊急事態だったから・・・。」
そう、原作でシャーロットはウレルのことを公爵様と呼んでいたから、名を呼ぶのは初めてなのかもしれないわ。
危ない危ない。気をつけよう!
ウレルは私を解放すると、こめかみを抑えながらヨロヨロと立ちあがり、壁際のソファに座った。
「もしかして・・・俺はまた発作を起こしていたのか?」
「ええ。部屋の中からすごい音がしてドアを開けたら公爵さまが倒れていたの。
血の泡まで吹いていたけど・・・覚えていないの?」
「幼いころからの持病なんだ。
乳母から聞かされているからどういう状態になるかはわかっているが、痙攣を起こしている時の記憶はない。」
そうなんだ。じゃあ、私を抱きしめたことも不可抗力で覚えていない?
それっていいんだか悪いんだか。
ウレルは手の甲で血のついた口を拭うと、真面目な顏で私に言った。
「いいか、この発作のことは乳母とアトラスしか知らないことだ。
公爵家の当主に発作癖があるなど、由々しき問題。決して他言はしないでくれ。」
「はい、わかりました。」
マンガにこんな裏事情は書かれてなかったけど、ウレルも色々と大変なのね。
それにしても倒れていたときよりも、なんだか顔に生気が戻って元気になったように見える。
私は持ってきたスープをおずおずとウレルに差し出してみた。
「えっと・・・風邪を引いたと聞いたので、とうもろこしのスープを作ったの。
具合が良くなったら飲んでみて。」
「また、そなたが?」
そのまま回れ右してスープを持って帰ろうとした私の腕をウレルが掴んで引き留めた。
「とうもろこしのスープなら、すぐに飲める。」
可愛くないなぁ。最初から素直にそう言えばいいのに。
すぐに目の前でスープをすすったウレルは、大きく目を見開いた。
「・・・!」
ウレルが黙ってスープを飲み続けているので、ホッとした私は感想が聞きたくなった。
「おいしい?」
「甘い。」
「エッ、そんなはず・・・。」
慌てて私もスープにスプーンを入れて味見すると、妙に砂糖甘い味のするスープだった。
「もしかして、塩と砂糖をまちがえた⁉」
「こんな簡単なレシピを、どうやったら台無しにできるんだ。」
「公爵さまが熱が出たって聞いたから、慌てて作って・・・。」
「フッ・・・。」
怒るかと思ったウレルが腹を抱えて笑い始めたので、私は恥ずかしくて耳まで真っ赤になった。
「ごめんなさい。すぐ料理長に言って、新しいものを持ってきます。」
「いや、飲めないわけじゃない。それに今は甘いスープが飲みたい気分なんだ。」
私からスプーンを取り上げて甘いスープを飲み続けるウレルに、私はまたもやキュンとしてしまった。
もしかして、ウレルの風邪が感染したわけじゃないよね・・・?




