#11 嚙み合わない歯車
晩餐会の件以来、シャーロットに対するウレルの態度は以前よりも柔らかくなった。
といっても、廊下ですれ違う時に目線が合うようになったり、食事のときに二言三言くらいの日常会話を交わす程度なんだけど。
どうせウレルとは、三年以内にシャーロットが公爵家の跡取りになる子どもを産まないと破綻の【契約結婚】
だから無理して仲良くする必要はないと思っていた。
でも同じ屋根の下で暮らしているのに年中いがみ合ってギスギスしているよりは、適度な距離を保ちつつ暮らしたほうが、心穏やかに過ごせるかも。
老夫婦みたいにね。
そう思っていたはずなのに・・・。
「公爵夫人、これはいったいどういうことだーーー⁉」
ウレルの叫び声が公爵邸の食堂に雷のように轟いて、私は肩をすくめて持っていたスプーンを落としそうになった。
待って、私の心の平和はどこに行ったの⁉
「朝から大声を出すのはやめてください!」
あからさまにムッとした顔のウレルが、私の目の前にある朝食を指さした。
「今朝の料理は、全て公爵夫人が作ったと聞いたが、正気か?
この、パンに草や肉を挟んだこの奇妙なモノや、土中の根をつぶしたモノを。」
どういう意味?
正直腹が立つけど、ウレルを本屋のクレーム客と思うことにして、冷静な対応を心がけた。
「筋肉の疲労回復にはビタミンCが有効ですからね。
サンドイッチなら、効率よくバランスの良い栄養が摂れますよ。
サンドイッチもポテトサラダも久しぶりに作ったので、お口に合うかわかりませんけど。」
ウレルは苛立ちを隠さずに上目遣いに私をにらんだ。
「夫人の家門では、この食事が普通だというのか?」
「肉ばかりだと栄養バランスが偏りますからね。公爵様も顔が青白いのは栄養不足かもしれませんよ。」
涼しい顔の私にもっと神経を逆立てられたウレルは、今度は白いティーカップに注がれた茶色の液体を指さした。
「しかも、この珍奇な茶色い水は何だ! どう見たって泥水だろう‼」
「生水の飲料がよくないと聞いたので、ろ過して煮沸した水でコーヒーを入れました。
ほろ苦い味わいが特徴の飲料です。少しミルクを入れるとまろやかでとても美味しいですよ。」
「悪びれもせずにツラツラと・・・私をバカにしているのか?
これではまるで、平民の食事ではないかッ!」
「あら、それでは貴族より平民のほうが栄養の質が高くて豊かな食生活を送っているのですね。
ぜひ見習わなくちゃ。」
「あーーー!」
ウレルはその場で頭を抱えた。
「話にならん! 公爵夫人と話をしていると、私まで頭がおかしくなる!
アトラス、食器を片付けろ‼」
ウレルはわざとドンドンと大きな足音を立てて歩き、乱暴にドアを開けて食堂を出ていった。
はぁ、やっぱり嫌なヤツ!
晩餐会でこの世界の食文化に衝撃を受けて以来、せめてお世話になっている公爵家の健康維持に努めようと思って作ってみたんだけど、うまくいかないなぁ。
黙ってウレルの食器を下げようとしていたアトラスに、私は聞いてみた。
「この料理、アトラスから見ても怒るくらいまずそうに見える?」
「いいえ・・・見た目や味がというよりも、ウレルさまは平民の食事のようだと思われたのではないでしょうか。」
「平民って、それの何が悪いのよ。」
「実は、ウレルさまのお母さまは平民出身なのです。」
アッ! その話、知ってるわ。
ウレルのお父さんのウィンザー公爵は、家長の反対を押し切って平民出身のルースを妻にした。
でもウレルを産んだあと、貴族の慣習になじめなかったルースは公爵家を出ていき、後妻の夫人にウレルは育てられたのよ。
ウレルが異常なまでにリリィに執着するのは、無意識に平民のお母さんと重ねて見ているのじゃないかという説が原作ファンの間では考察されていた。
「つまり私が作る朝食が庶民すぎて、ウレルがお母さんを思い出してしまったということ?」
「人の胸の内は目に見えないので断定はできませんが、長年ウレルさまを見てきた私に言わせると、おそらくそのせいで気分を害されたのではないかと思います。」
ウレルの深層心理にある地雷を踏んでしまったのね。
って、そんなのわかるかーい!
私だって、わざとじゃないし早起きして作ったのにな・・・。
「よろしければ、こちらの料理はあとで私がいただきます。」
がっかりした私の顔を見て、アトラスが気を使ってくれたようだ。
私はアトラスの腕を引き留めた。
「でも元々はアトラスも貴族の家門でしょう? 野菜やイモを食べるのに抵抗はないの?」
「こんなに珍奇な料理を食すのは初めての経験なので、少々勇気がいりますが、シャーロットさまが一生懸命作ったものに違いはないので、喜んでいただきます!」
やっぱり珍奇なんだ・・・!
でも、時代が私に追いついていないだけよね。
私は、コーヒーの水面に映る歪んだシャーロットの顔をスプーンでかき混ぜた。
※
ひとり朝食を済ませると、私は自分の分の空の食器をワゴンに乗せて調理場に行った。
片づけはアトラスに任せてもいいんだけど、朝から何もしない自分が嫌だったの。
三食昼寝付きの公爵夫人とはいえ、飼われた豚にはなりたくないからね。
調理場のドアの前に立つと、女中たちが大きな声で話していた会話の内容が耳に入った。
「最近、あの子暗いわね。」
「そうそう。いつも暇そうにしているわよ。」
「ベッキーのこと?」
私はドアの前で耳が大きくなったように感じてつばを飲み込んだ。
ベッキーは、シャーロットの専属侍女のことだ。
女のうわさ話や悪口は怖いから聞きたくない。
でも、つい耳を澄ませてしまう。
「なんでも、奥さまが着替えや身の回りの世話を拒否しているんだって!
何も仕事をさせてもらえないみたいよ。」
「ベッキーはどうして奥さまの機嫌を損ねてしまったのかしら?」
「さあね。きっと、大きな失敗でもして信用をなくしたんじゃない?
今日なんて、奥さま自ら朝食を作ったのよ。信じられない。あの、壊れた蛇口が!」
「ここまでやられると、意地悪を通り越して憎まれているのかと思うわね。」
「公爵家を追い出されるも時間の問題でしょう。」
「ああ、朝から荷造りしていたのはそのせいね。」
私は一気に全身の血の気が引くのを感じた。
私が着替えの手伝いや生活の世話を彼女に任せなかったことで、ベッキーは立場を失くしてしまったということ?
そんなつもりは1ミリもなかったのに・・・!
私は食器を乗せたワゴンを調理場の横の壁に置いて、急いでベッキーの部屋に向かった。




