全ての始まり
時は近未来。
VR技術から発展した仮想現実没入型のゲームが主流となり既に数十年が経っていた。
様々なジャンルのゲームが仮想現実空間で遊べるように作られ、世界中で数えきれない程の人々を魅了してきた。RTS(リアルタイムストラテジー)ゲームにも当然その波の影響を受けて様々な作品が生み出されている。
RTSゲームとは、主に俯瞰視点でマップを見ながらユニットに様々な指示を出して、ゲーム毎に設定された勝利条件を達成していくものだと考えていただければ幸いである。メジャーなゲームとなると、世界中でプレイヤー同士が戦うマルチプレイヤー大会が開かれるほどになる。
その中の一つである『Medieval:Conquest of the World Ⅱ』は中世から近世初期にかけての時代を舞台にしたRTSゲームだ。ゲームは内政パート、外交パート、そして戦術パートに分かれて遊ぶ事が出来る。内政パートでは領地の管理や交易、技術開発などを行う。外交パートでは外交画面を開き、交流のある各勢力と様々な駆け引きを行う。戦術パートでは様々なユニットを操作して敵軍と交戦して勝利を目指す。
ゲーム中では様々な勢力を選べてかつユニットの種類も豊富で、内政でも細かい指示を出す事が出来る等評価ポイントも多いのが特徴だ。これらの操作は通常俯瞰視点で行われ、常時画面内を動くユニットにプレイヤーが指示を出して動かす流れとなっている。
しかし、これでは現在我々が遊ぶ事が出来る一般的なRTSゲームと変わらないと思うかもしれない。そこでゲーム制作会社がぶち上げたのが『1ユニット視点でのRTS』という謳い文句だ。
つまり、ゲームをプレイしている最中、任意のタイミングで任意のユニットに入り込み、主観視点でゲームを楽しむ事が出来るようになっている。
また、主観視点で遊んでいる最中でも任意に俯瞰視点ウィンドウを表示させることによって、ユニットに様々な指示を出す事が出来るように作られており、プレイヤーはゲーム世界に自分が実在しているかのような感情を抱きながらゲームを楽しめるのだ。
『Medieval:Conquest of the World Ⅱ』は発売と同時に世界中でかなりの販売数を記録し、多くのユーザーにメディコン2の愛称で呼ばれ、愛されてきた。
特に、ゲーム開発会社自体が様々なMOD開発も推奨したデータ構造でゲームを作成した結果、公式・非公式問わず様々なMODが誕生した点も注記すべきだろう。MODの内容はユニットの外見を変更したり、BGMを追加する等の比較的簡易な物から、マップを大規模改造したり勢力を追加したりする等、かなり大掛かりな物まで多岐に渡る。
「さて、あとはゲームにダイブしてスクリプトを実行すれば準備は完了だな…」
アパートの一室でゲーミング量子コンピュータに表示されたメディコン2の設定ファイルと睨めっこをする事数十分。私はなんとも言えない感慨が湧き上がってくるのを感じる。
メディコン2は確かに大人気だったが、発売から17年近く経った今では流石に古いゲームとして時々名前が挙がるという感じだ。
メディコン2と出会ったのは学生時代の頃で、それこそ寝る時間を惜しんで遊び倒したのを思い出す。そしてゲーム内のデータを改変するMODの存在を知り、様々なMODを導入して遊びながら、いつしか自分なりのMODを作りたいという欲求に駆られた。最初は見様見真似で、ある程度慣れてきたら自分でゲーム内の各種パラメータを弄ったり、ユニットの追加やマップの改変など大掛かりな変更もこなせるようになっていった。そこから更に10年以上の歳月が経っている。
今作成しているのは、大規模改変MOD…通称『Another World』と仲間内で呼称しているものだ。元のゲーム性を維持しつつ超大規模なマップの自動生成、人間以外も含めた多種多様な種族・組織の追加とそれに伴うユニットグラフィックの一新などが目玉となっているポイントだろう。
「本当にここまで長かったなぁ…」
大規模改変MODというだけあって製作期間も数年単位で掛かっており、国を問わず何人か親しいメディコン2ユーザーにテストプレイや環境構築の手伝いなどをしてもらっている。
今回、最後の仕上げとして実行するスクリプトも仲の良い「しゅーる・れでぃんがー」さんから頂いたもので、ゲーム内ユニットのAIを微調整する内容との事だ。
「よし、とっととスクリプトの起動とテストプレイを終わらせてしまおう!」
ヘッドマウントディスプレイ装置を付け、量子コンピュータ上で起動しているメディコン2と同期が正常に行われているか確認する。『異常無し』の表示を確認するとそのままヘッドマウントディスプレイのダイブボタンをONにする。すると脳内に埋め込んだチップに情報が送信され、仮想現実世界へのダイブが行われる。
(えーと、起動画面でスクリプトを実行する…だったよな)
現在はデバッグ画面となっているので、視界は真っ暗なままだ。そのまま腕をかざすとコンソールウィンドウが開く。そこに「しゅーる・れでぃんがー」さんからもらったスクリプト実行ファイルを指定して実行する。
>start AW_kamigami_no_asobi.batch
(なんか、壮大なファイル名だよな…まあ、しゅーるさん含めて私達製作者はある意味神様みたいなもの…かな?)
実行と同時に様々な関連ファイルが起動し、コンソール画面に無数の表示が流れていく。
しかし、数十秒経った辺りでコンソール画面の流れが止まった。
そこには次のような表示があった。
>********書記官1と書記官2に名前を付けてください********
>書記官1-->
>書記官2-->
(書記官に名前…?どういう事だろう)
書記官とはメディコン2において、ゲームの概要や戦術・外交・内政など様々な内容をアドバイスしてくれるAIユニットである。名前も無く、専ら書記官としかユーザーからは呼ばれていない筈だ。
なお、名前が2人分あるという事は想像が付く。現在デバッグモードでゲームを起動している為、ゲームがスタートするとデバッグ用に作られたテスト用勢力で始まるようになっている。テスト用勢力では、書記官ユニットを2人作成した場合にゲームの挙動がおかしくならないか、過去にテストを行った経緯があり書記官ユニットは特別に2人用意されているのだ。
(面倒だな…でもテストプレイに影響はなさそうだし思い付いたのを適当に……)
>書記官1-->キーシュ
>書記官2-->ローゼ
名前を入力して、リターンキーを空間表示型キーボードで押す。
すると再び、各種表示がコンソール画面に流れていく。
その最中、新たな画面が表示される。いわゆるゲームプレイ設定を行う画面だ。これは、普段のテストプレイ時でもお馴染みだったので迷い無く設定を選んでいく。
(マップの広さは…超巨大。難易度は…ナイトメアっと…)
ゲーム設定を選択し、最後にOKボタンを押すとゲームプレイ設定画面は消える。
その間もコンソール画面には様々な情報が流れていた。やがて最後に一文が表示され、コンソール画面が消える。
>******** Hello, world! ********
そして、新しい世界が始まった。
視界が一気に明るくなる。どうやら新しくマップが生成されたようだ。
視界にはそこそこの調度品やベッドなどが置かれた部屋が映し出される。
(無事、領主の館の居室にスポーンしたな…)
テストプレイのスタート時に生成される建物である領主の館は、建造物としてはそこまで耐久力も無く、あくまで城塞などを建造するまでの仮の拠点である。ただ、城のように広範囲に建造可能かどうかの判定が必要な上位建築物に比べれば建て易いので、テストプレイ時に様々な地形効果を確認する際には逆に重宝するのが特徴なのだ。
幸い、マップの生成テストは成功と言った所だろうか。
窓からは朝日が入り込んでくるのが確認出来る事から、時刻も初期設定通りの1日目の午前6時であろう。
(窓の外からは環境音である鳥の鳴き声が聞こえてくる…という事は、森林地帯の近くにスポーンした感じかな…室内は小さいけど暖炉がある分暖かいと…)
そこで私は違和感を感じる。
(暖かい…?どういう事だ…?)
仮想現実没入型ゲームとは言え、メディコン2は幾らか古いゲームだ。
寒暖差を感じる肌の感覚にまでは対応していない。あくまでゲーム内のユニット視点でゲームを楽しむ事と、高解像度のグラフィックによる戦闘などの描写で精神的なダメージを負うのを避ける観点からそう言った感覚機能はオミットされている。そもそも、今回テストプレイしているMODにそのような機能は追加されていない。
(しゅーるさんが勝手に機能を追加していた…?いや、それも無理だ。そもそもメディコン2のゲームエンジン的にそのような感覚の追加なんて出来る訳が無い!)
何よりしゅーるさんが作ってくれたスクリプトのデータは、事前に確認していたではないか…。
一体何が起きているのだ…。
そして、私は頭を抱える動作をして愕然とした。
(手が自由に動く…そもそも身体が独立して動くだと!?)
視界を上下左右に動かすと、そこには本来主観視点『ゲーム』では『絶対に』映らない筈の自信の身体が視界に入る。もう居ても立っても居られない。傍の壁に掛けてある姿見の前に足早に移動する。
(外見は…マルチプレイで遊んだ時に作った青年領主のグラフィックか…)
それは自分でも見覚えのある姿だった為、少しだけ安堵を覚える。
しかし、疑問と混乱の感情は渦巻いたままだ。
(一旦ゲームから離脱をした方が良い…いや、絶対に想定外の事態が起きているから離脱しないと不味いぞこれ…)
急いで空間表示型キーボードを出してメニュー画面から「ゲームの終了」を選択しようとする。
だが、一定の動作で表示される筈のキーボードは表示されない。それどころかコンソール画面や視界の隅に表示されていた、ゲームの動作設定を示すパラメータすら消えてしまって居るでは無いか!
背中に冷や汗が流れるのを感じる。暖かい室内と違い、どこまでも絶望感を感じてしまう。
(そうだ…!ヘッドマウントディスプレイ自体を強制終了すれば…ゲームから強制的に離れれば少なくとも後でこの異常事態を解析出来る!)
慌てて…それでも慎重に、チップの埋め込まれている頭部を規定の数指先で軽く叩く。これが強制終了の起動に必要な操作なのだ。
(頼む…頼むよ……)
そのまま、強制終了するまで数秒のタイムラグが有る筈なので、目を瞑り呼吸を整えながら数を数えていく。下手に混乱したまま強制終了した場合、脳波に悪影響が出て体調を崩す場合もある為だ。
数字を数えてから数分が経過していた。
私は再び目を開ける。
そこには数分前、目を瞑る前と全く変わらない景色が広がっていた。
「何故だ…一体、何が起きているんだ…」
今、私は酷い顔をしているだろう。
そのまま、頭の中で解決策を色々思案して数分だったか数十分だったか分からないが時間が経過した時だ。
トントンッ!
何者かに部屋のドアがノックされたのだ。
心臓が口から出そうになる感覚とはこういうものなのだろう。
仮に近くにユニットが居たとしても、ドアをノックするという動作など作り込まれていないのだから。
そもそもプレイヤーが選択して指示を出さないと、ユニットは動かない。自動的に動くコマンドもあるにはあるが、今回のテストプレイでは邪魔となる為、設定はOFFにしている。
何か…意思を持った何かがドア一枚を隔てて存在する。
そう考えるだけで、心臓の鼓動が速くなる。孤独感と絶望感が凄まじい。
「だ…誰かっ!」
ドアの向こうに居る存在が何かは分からない。それでも…それでも最後の一線を踏み留めながら絞り出すように声を出す。声が震えて無いと良いなと思いながら。
「キーシュです。失礼します!」
ドアの向こうから返ってきたのは女性の声だった。
予想外の声に再び混乱の極にある中、ドアが静かに開かれる。
そこに居たのは。
「おはようございます、閣下!」
胸元に書物を抱えた、銀髪の一人の少女だった。