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赤い幻影 akaigenei ~安住の地編~      赤旋風 akasenpu


   赤い幻影 akaigenei ~安住の地編~



     赤旋風 akasenpu



ほどなく日ノ本一喧嘩決定戦が安土で始まり、まずは予選が乱暴な方法で始まった。


広い土俵に五十人ほどを一斉に上げて、その中の一番を決める方法だ。


もちろん幻影は辞退しているが、戦わないわけではない。


優勝者は幻影と戦う権利を得て、もし勝てば金の延べ板をいただけるという魅力あるものだ。


その幻影と信長が審査員兼審判で、もしも反則があろうものなら即座に止めることになっている。


もちろん飛び道具と、木製武器以外は反則となっているからだ。


そして早速違反者を見つけて、幻影が土俵から放り出した。


まさに電光石火の動きに、出場者は一気にやる気が失せていた。


もちろんその中にも光るものを持っている者がいる。


よって、ひとつの土俵にそういった者がふたりいた場合、試合を止めて、その両名を決定戦へと誘う。


このようにしてあっという間に五百名がわずか八名に絞られた。


その中には弁慶と源次の姿もある。


まさに大人げないのだが、残った八名の実力は切迫していると、幻影は見抜いていた。


よって勝つ者はどれほどの幸運を持っているかにかかっている。


無手は弁慶と源次だけで、五名は木刀、残るひとりは杖を持っている。


その杖使いが、加藤沙織だった。


まさに滑り込みで応募して、順調に勝ち上がったのだ。


さらには柳生三厳と宮本武蔵もいるので、ここからは体力勝負の戦いとなることは必至だ。


そしてこれまた締め切り間際に出場を決めた楓と悟道もいるので、ほぼ知り合いだけの決勝となる。


残るひとりは妙に朗らかな少年で、確実に忍びだろうと幻影も信長も感じていた。


しかし沼田悟朗と名乗っている少年は木刀を持っている。


この八名の総当たり戦が行われるので、まさに一戦一戦から目を放せなくなるはずだ。


まずは沙織と武蔵が土俵に上がり、お互いの目から火花が散っていた。


「始め!」と信長の気合が入った開始の合図に、「イヤァ―――ッ!!」とまずは沙織が一声気合いを入れた。


「…あ、武蔵やばい…」と幻影がつぶやいた瞬間に、沙織の異様に長い杖が、武蔵の左斜め上から武蔵の肩口を狙って襲い掛かった。


武蔵は下がらず前に出て、杖を滑らせるようにして間合いを詰めた。


杖ははじかれたように見え、沙織の右腕は伸び切っている。


武蔵の右の木刀が沙織を襲った。


しかし沙織の左足が的確に武蔵の木刀の握り手を襲って、さらに沙織は身を翻して右の背面の蹴りを放った。


武蔵は下がらずかがみこんで、まさに飛びかからんとばかりに地面に体重を預けた。


しかし、大きく振り上げられていた杖が、また的確に武蔵の右肩を襲った。


武蔵は前に出ようとしたが、それは叶わなかった。


なんと、沙織は武蔵の額を右のつま先で抑え込んでいたのだ。


これだと前に出るどころか立ち上がることもできない。


『バンッ!!』というとんでもない音が響き、「それまで!」という、信長の非情な声が辺りに響いた。


武蔵は杖を木刀で受けることができず、右の背筋を打たれてしまったのだ。


「…うわぁー… 強ええなぁー…」と幻影は大いに嘆いて眉をひそめた。


長春がすぐに武蔵を診察をして、「大丈夫大丈夫!」と陽気に言って、武蔵の背中を冷やし始めた。


「…恐れ入った…」と信長はあまりの熱戦に思わず立ち上がっていて、椅子に座りながらつぶやいた。


「お蘭が乱入しそうです」と幻影が愉快そうに言うと、「まあ、お蘭が勝つとは思うけどな…」と信長は眉をひそめて言った。


「だが、勝負あったかもな」と信長が言うと、「体力が尽きそうですね」と幻影は沙織を見て言った。


沙織は一戦一戦全力で戦うと決めていた。


だがさすがに、日ノ本一とうたわれる武芸者に対して手を抜くことはできなかった。


勝ったのは沙織だが、残りの六試合は前途多難だと感じていた。


「じゃがやはり沙織はなかなかの手練れじゃ」


「はい、一撃目は見せ技でしたから」


右の杖の振り下ろしは足腰に力を入れていなかった。


よって激しく跳ね返されたように見えたのだが、それは沙織の思うつぼだった。


本来ならば武蔵は下がればいいのだが、下がる隙すら与えない、沙織の攻めが大いに光った一戦だった。



そして第二戦目は源次と実力をほとんど見せていない悟朗少年だ。


まさに持っているものは同じと感じさせるほどふたりはよく似ていた。


そして悟朗は木刀を構えることなく脇に差したままだ。


「源次の実力を見抜いてますね。

 木刀は使いませんが、出番はあるようです」


幻影の言葉に信長は素早くうなづいてから立ち上がって、「始め!」と叫んだ。


すると源次が目に見えない速さで悟朗に突っ込んで、悟朗は何もできずに土俵の外に飛ばされた。


「それまで!」と信長は試合を止めたが、釈然としない思いだった。


「物言いだ!」と幻影が大いに怒りを込めて悟朗に向けて叫んだ。


「勝敗は変わらないが、沼田悟朗はなぜ源次の技を避けなかったんだ?!」


幻影の本気の怒りに、悟朗は大いに戸惑った。


源次ももちろんそれを感じていて、受け身に専念していたはずだと思っていた。


「おまえ… この中の誰かに復讐するつもりなんじゃないのか?!」


幻影の怒りに震えている声に、誰もが悟朗少年を見入った。


悟朗少年が素早く立ち上がったが、「逃げるなっ!」と幻影が叫んだと同時に、悟朗少年は体が硬直した。


「まあいい、沼田悟朗は失格だ。

 弁慶、源次、悟朗を縛り付けてここに。

 さあ、続きを始めよう」


幻影の言葉に、三厳と悟道が駆け足で土俵に上がった。



全ての戦いが終わり、ここは総合力に長けた弁慶が無敗の強さで日ノ本一と決まった。


しかし興味はすぐさま悟朗に向けられた。


「…みんな、素晴らしいほどいい切り替えだよ…」と幻影は眉を下げながらも、全員を褒めた。


「この催しは喧嘩の天下一を決めるもので、

 果し合いの場ではない」


幻影の言葉に、悟朗は大いにうなだれた。


「あとあと面倒だからすべてを語れ。

 そこには何か勘違いがある可能性もあるからな。

 まずは悟朗、言ってみろ」


幻影の言葉を聞いてすぐに悟朗は武蔵を見入って、「あいつはずるいことをして兄ちゃんに勝ったんだ!」と叫んだ。


「そのずるいことの説明」と幻影が早口で言うと、悟朗は口を真一文字に閉じて言葉を発さない。


「見てもいないのに決めつけるな!

 この愚か者!!」


幻影の本気の怒りの怒号に、悟朗は堰が切れたように泣き出し始めた。


「本名を言え」と幻影が言うと、「…佐々木、小太郎…」と悟朗は言ってうなだれた。


「佐々木小次郎は弱っちい奴と聞いていたけど?」という幻影の言葉に、「…試合を全部見て、よくわかった…」と悟朗はうなだれたまま言った。


「…まあいい…

 お蘭、武蔵と戦ってやれ」


幻影の言葉に、「…お、おう…」と蘭丸は答えてから、急いで長い木刀を持って戻ってきた。


「…兄ちゃん…」と悟朗がつぶやくと、「俺は男じゃあねえ!!」と蘭丸が叫ぶと、幻影と信長は大いに笑った。


「しっかりと見ておけ。

 お前の兄ちゃんがどれほど弱かったのかよくわかるはずだ」


幻影の厳しい言葉に、悟朗は心底うなだれていた。



「…武蔵ぃー… 疲れているところ申し訳ねえなぁー…」と蘭丸が笑みを浮かべてうなると、武蔵は何も言えずに大いに苦笑いを浮かべていた。


「あ、そうだった!

 待った待った!!」


幻影は叫んですぐに武蔵に走り寄って、体の痛みや疲労などを吹き飛ばして、気功を詰め込んだ水を飲ませた。


「…ああ、なんだ… この高揚感…」と武蔵は言って大いに気合が入っていた。


「一時的なもので、多分後で辛いから、覚悟しておけよ」という幻影の言葉に、武蔵は大いに眉を下げた。


しかも今回はいいところなしで、八人中五番目の成績だった。


そして同じ二刀の楓に負けたことで、さらに落ち込んでいたのだ。


「…俺の幻武丸の恐ろしさを思い知れぇー…」と蘭丸は言ってから、「今は木刀だがなぁー…」とさらに言って、幻影を大いに笑わせた。


信長も少し笑いながら、「始め!」と叫んだと同時に、長い木刀には似合わないほどの猛攻が武蔵を襲った。


まさに二刀以上の素早さに、武蔵は受けに回るしか手がない。


しかも下がっても下がっても間合いから抜けられない。


真剣の相手と数知れず戦ったが、今の蘭丸以上に恐れる者は誰もいなかった。


蘭丸は無表情で武蔵に襲い掛かる。


まさに本物の猛者中の猛者だった。


―― 一瞬でも止めなければ!! ―― と武蔵は思い、二刀を交差させて長い木刀を受け止めた。


だが、受けた場所が悪かった。


長い木刀に先に触れた右の木刀が折れ、その切っ先が、『コン』と武蔵の頭を軽く叩いた。


「まだまだだ愚かもの…

 俺は子を産んだばかりなんだぞ」


蘭丸の言葉に、―― そうだった… ―― と武蔵は思って、大いにうなだれた。


「…化け物の女房をもらっちまったな…」と信長が言うと、「その程度がちょうどいいのかと」と幻影は言って笑みを浮かべていた。


「…無敗の武蔵が負けた…」と小太郎がつぶやくと、「それはただの噂話だ、愚か者」という幻影の言葉に、小太郎はさらにうなだれた。


「だが、なぜおまえが小太郎で、兄が小次郎なんだ?」


幻影の素朴な質問に、「…忍びの資質です…」と小太郎は小声で言った。


「佐々木という忍びは思い当たらないな…

 まあ、全てを知ってるわけじゃないけど…」


「佐田与助は関係者のようだぞ」と信長が言うと、「…はあ、なるほど…」と幻影が答えた。


「…佐田家が本家ですぅー…」と小太郎は申し訳なさそうに言った。


幻影は小太郎を自由の身として、今すぐにここを去るように言って、大会に出場した最低賃金を渡した。


小太郎はカネにも少々困っていたようで、丁寧に礼を言ってからその姿を消した。


「…使えそうだったが?」と信長が言うと、「そういった者は意地でもここに残ろうとします」という幻影の言葉に、「…さもありなん…」と信長は言って何度もうなづいた。



幻影は出場した猛者たちを大いに労ったが、「…身内ばかりだから、褒美はいらんな…」という言葉に、誰もが頭を下げて、大いに残念そうにしていた。


そして試合に出た誰もが最終試合をした七人と蘭丸に大いに怯えるようにして、給金だけをもらってこの安土を去っていった。


客の中には強い力を求めて試合見物に来ていたのだが、ひとりも引き抜けないと思い、輝いているように見える八人と、信長、幻影をうらやましく思いながら帰路に付き始めた。


「…花火大会ぃー…」と長春がまさに子供のように言うと、「ほら…」と幻影が眉を下げて、大きな麻袋を長春に渡した。


「夕食が終わって暗くなってから、

 子供たちを誘って西の海のほとりですればいい。

 今のうちに予告しておいた方がいいぞ」


幻影の言葉に長春は大いに喜んで、「暗くなったら手持ち花火大会やるよ!」と陽気に触れ回った。


このような花火の販売も、一般的にはまだ行われていない。


それなり以上に高いものだし、珍しいものとして献上品として贈られることが多い。


よって城の焼失の原因が手持ち花火によるものが比較的あったりする。


火災の原因で多いものは厨房からの火で、その原因はてんぷらなどを好む屋敷に多く発生している。


家康がまだ健在の時に、一気にてんぷらが有名になったことがその原因だ。


幻影はそのてんぷら料理とうどんなどを出して、七人を労った。


沙織がひと口うどんをすすって、「…あら、懐かしい…」と朗らかに言った。


「なかなかの重労働ですね、讃岐のうどんというやつは」


幻影の言葉に、「…お取り寄せではないんですね…」と沙織は言ってうなだれた。


落ち込んだのは、できれば沙織がこのような料理を振舞いたいほどだったからだ。


そして幻影の妻はというと、大いに陽気になって天ぷらとうどんを食いながら、阿利渚をあやしている。


「お香は手伝ってばかりじゃなくて席にお座りなさい」と蘭丸は大いに淑やかに言って、阿利渚の乳母として雇ったお香を呼んだ。


「…あ、はい、奥様…」とお香は申し訳なさそうにして席に着いた。


「いい人に来てもらえて助かりました」と幻影は言って、うどんと天ぷらをお香に配膳した。


お香は丁重に礼を言って、うどんと天ぷらを拝むようにして食した。


そしてなぜだか、涙を流し始めたのだ。


蘭丸はどうやらうどんに原因があると感じ、「お香は讃岐の出なの?」とやさしく聞くと、お香は何度もうなづいた。


お香は流れ者で、宿屋や料理屋で働きながら、定住できる場所を探していた。


そしてこの安土に定住できるようになり、さらには琵琶家の家族の一員として迎えられた。


もちろん、阿利渚の乳母役というだけでなく、家事全般の手伝いもする。


そしてなかなかの働き者だ。


だが年齢はまだ若く、二十にまだ手が届いていない。


「もしよかったら話を聞きたいんだ。

 讃岐の萎びたうどん屋と、何か関係があるんじゃないかと思ってね」


幻影の言葉に、「…ご主人様が会われたのは、兄かもしれません…」とお香は言って兄の名を公太と告げたが、幻影は名前までは聞いていなかったので、似顔絵を描いた。


絵を見せると、「…間違いなく兄です…」と言ってうなだれた。


「今頃は御殿のような店になっているかもね」と幻影が言うと、「えっ?」とお香はつぶやいて目を見開いた。


「俺があまりにも食べるもんだから、見世物のようになってね。

 俺が推薦したら長蛇の列になっていた。

 旅の場所で同じような店が数多くあれば、

 どの店に入ろうか悩んで当然だから。

 もちろんこの出汁も、

 兄さんの店と同じように再現したつもりだ。

 だからこそ、涙を流して喜んでくれたと思う。

 そして懐かしくも思い、申し訳なくも思ったはずだ」


「…伊予のお話…

 断わりしようかと思っておりました…」


お香は言ってから、阿利渚を見て笑みを浮かべて、「ですが、それはできないと…」とつぶやいた。


「いてもらわないと困ります」という、堂々とした蘭丸の言葉に、「…はい、ありがとうございます、奥様…」とお香は言って頭を下げた。


「お兄ちゃんと喧嘩しちゃったのね…」と蘭丸が言うと、お香は、「…私のわがままです…」と言ってうなだれた。


「家出したのに、

 やっていることといえば、

 店でやっていたことと同じことだけしかできないことに気付いたのです…

 ですが、帰りたいけど、帰れなくなってしまって…」


「お兄さんは実直な方だった。

 小間使いの子の過ちを穏やかに正していた。

 今はあの子を弟として面倒を見ているんじゃないのかなぁー…」


幻影の言葉に、「…よかった…」とお香はつぶやいて笑みを浮かべた。


兄がひとりではないと思って喜んだのだ。


「けん坊って呼ばれてたけど、心当たりってある?」


「…いえ、覚えはございません…」とお香は答えた。


「俺はね、あのけん坊は武士の子だと思っているんだ。

 もちろん家出じゃなくて、

 お取りつぶしになった家から逃がされた男子、

 などとね」


幻影は言って、甚兵衛を見た。


「私は幸せでしかありませんでした」と甚兵衛は胸を張って言った。


「…讃岐辺りでけん坊か… …ケン…」と信長がつぶやき始めた。


そしてハタと気づいて、「…お家騒動に巻き込まれたかもな…」と信長は言ってにやりと笑った。


「ワシらは幼少のころは、みなもとの源の字を充てられた。

 池田家はその血筋から、健康の健を充てられておる。

 健太、健太郎、健次郎、などとな」


「…備前の大御所じゃないですか…」と幻影は言って、珍しく戸惑った。


「その証拠の品でも持っていれば殿様候補だ」と信長は言ってにやりと笑った。


「まだ日は高い。

 一気に解決してまいります」


幻影の言葉に、「よきに計らえ」と信長は陽気に言った。


そして幻影はお香を縛り付けて空を飛んで讃岐を目指した。


「さすが行動が早い。

 誰よりもな」


信長は笑みを浮かべて言って、うまいうどんをすすって、さらに笑みを深めた。



幻影とお香は、まだ扉が開け放たれている店に入った。


待っている者はいなかったが、店内は満員御礼状態だった。


「お香さん、手伝って」と幻影が言うと、お香は大いに戸惑ったが、店主がすぐに気づいて目を見開いたが、まずは幻影に頭を下げて、「恩人様がさらに恩人様になられました」と朗らかに言った。


ここは幻影も手伝って、さらには幻影は店主に許可を取ってうどんを打った。


店主は大いに目を見開いて、「雇ってもいいでしょうか?」と言って眉を下げると、幻影は大いに陽気に笑った。


「…高願様ぁー…」とまた法源院屋の丁稚がやってきた。


「店主に面会するかもしれない。

 イジメられなかったかい?」


幻影がやさしく聞くと、「…はい、逆に、お優しくなられましたぁー…」と丁稚は笑みを浮かべて言った。


「俺の願いだ。

 店を手伝ってくれ」


幻影の申し出を断ることなく、どんぶりなどを丁寧に運んで、大いに役に立っていた。


「…けん坊は見習わないとな…」と店主は笑みを浮かべて言った。


「けん坊とはどういったお知り合いで?」


店の忙しさが去ったので幻影が聞くと、「…満濃池のほとりにおったのです…」と店主は苦笑いを浮かべて言った。


「…武士の子だと気づいていたはずです…」と幻影が小声で言うと、店主はすぐさま頭を下げた。


幻影は店主に許可を取って、けん坊を店の外に連れ出して、人気のない場所から一気に空に向かって飛んだ。


けん坊は大いに目を見開いていたが、怯えることはなかった。


「本当の名前を教えてぼしい」と幻影が聞くと、「…兄ちゃんは信用できる…」とけん坊は自分に言い聞かせるように言ってから、「池田健五郎です」とはっきりと言った。


「証拠の品を持たされたはずだ」と幻影が聞くと、健五郎は懐から小刀を出した。


その包みには、池田家の家紋が施してあり、どう見ても本物でしかなかった。


「書などはなかったかい?」と幻影が聞くと、「はい、中に… 松太郎さんにも見せました」と健五郎は言って、幻影はここでようやく店主の本当の名を知った。


「店主も侍の出のような気がするけど、どう思う?」


「…達人だと思います…」と健五郎は言って、ひとつ身震いをした。


「細かい話を色々と決める必要がある。

 だがな、この琵琶高願にできないことは何もない。

 だが、今の生活がいいのなら、何も変えずに見守ろう」


「…空を飛べる人って知らない…」と健五郎は言って、幻影を力強く抱きしめた。



幻影は閉店した店で様々なことを語り合った。


店主の松太郎は武士ではあるが藩がお取りつぶしになって、浪人として生きていたが、この店の店主に雇われてうどん屋となった。


そしてお香は、松太郎の妹ではなく、先代店主の孫娘だった。


お香はそのようなことは露知らず、大いに戸惑った。


しかし松太郎にとって、お香は妹でしかなかった。


「問題はこの健五郎。

 いきなりの不幸に見舞われる可能性もあるけど、

 松太郎さんが守りますか?」


幻影の言葉に、「いえ、守り切れないと察しています」と松太郎はお堅く言って頭を下げた。


「では、高野山の大天狗となって、

 池田邸を訪問しますよ。

 まさに脅しですが、

 乱暴な真似はしないでしょう。

 岡山城下にも、法源院屋はありますからね。

 色々といい目を見ているはずですから」


幻影は言って、その法源院屋の丁稚の頭をなでた。


「…うちの店主… 出番ない…」と丁稚が言うと、「ああ、ないな!」と幻影は陽気に言って大いに笑った。


幻影はお香にここに残るように言いつけて、丁稚を店に連れていってから店主と面会してすぐに、「忙しいから挨拶は後日」とだけ言って店を出て、備前に向かって飛んだ。


「…ああ… 天狗様が立ち寄られた…」と店主は大いに感動していたが、「頭をなでていただきました!」と丁稚が自慢げに言うと、店主は丁稚をに、「でかした!」と叫んで大いに労ぎらった。



幻影は内海を渡り、夕暮れ迫る岡山城天守閣を見入っていた。


殿様は都合よく天守にいたので、幻影は遠慮なく廊下に降りた。


「琵琶高願だ」というと、誰もが大いに驚いて、立ち上がることができなかった。


「池田長政様、お人払いを」と幻影が言うと、長政は目を見開いてから、「いや、構わない」とすぐに答えた。


「池田健五郎と運よく接触した。

 家紋付きの立派な包みの中に短刀と書を発見した。

 お家騒動の一端であると思って、話に来てやった」


「…わざわざ申し訳ない…」と長政は言って幻影に頭を下げた。


「引き渡すのは簡単だが、健五郎に危害があると目も当てられん。

 健五郎が安全であるという確証をいただきたい。

 ちなみに琵琶一族は伊予に住まうことに決まった。

 こことは近いから手を貸すことは可能だ」


幻影は言ってから指笛を鳴らすと、鳩がすっ飛んできた。


すっ飛んできた理由は、鷹に追われただけという単純な理由だ。


「連絡係」と幻影が言うと、「さすがだ」と長政は言って、大いに感動していた。


長政は動物好きでも知られていて、多くの珍しい動物を城の外で飼っている。


「今日は顔見世ということで。

 あとは書簡のやり取りだけでも構わないだろう」


「…ふふふ… 上様に自慢話ができる…」と長政は陽気につぶやいた。


「その上様のおひざ元での大花火大会を請け負った。

 世話になる城の城主がらみで少々あってな」


「…うう… 一歩前に出られていたか…」と長政は大いに悔しがった。


「徳川とは長い付き合いだからな。

 秀忠とは友人のようなものだから。

 俺が天狗だと初めてあいつの前で披露した。

 あんたらもその生き証人だ」


幻影は言って、この場でふわりと浮かんだ。


「…ふふふ… 追いついたからよい…」と長政は含み笑いをもって言った。


「だが、健五郎の件、決して間違いが起こらないようにな。

 もしも不幸があれば、五尺玉をこの天守に打ち込んでやるからそのつもりで」


幻影の脅しに、「何をされても文句は言わぬ。できれば、ワシとも友人となってもらいたいところじゃ」と長政がいうと、「あんたの仕事次第だ」と幻影は言って、宙に浮かんだまま外に出て、讃岐に向かってたんだ。


「…伝説に出会えた…」と長政は感慨深げに言った。


「…ですが、お若すぎると…」と家老がいうと、「仙人でもある天狗だぞ? そのようなことくらい朝飯前じゃろうて」と長政は機嫌よく言って、ここだけの話を全員に始めた。



幻影はうどん屋に戻り、この先の話を始めた。


琵琶一族が間に入ることで、健五郎に危害が及ぶことはないと力説した。


そしてお香は、幻影とともに安土に戻ることに決めていた。


その理由は、「…阿利渚様のために…」と恥ずかしそうに言った。


松太郎は止めることはなく、終始穏やかだった。


「松太郎さんも伊予の国に来ませんか?」と幻影が提案したのだ。


そしてこれからに予定を語ると、「どうか! 同行させていただきたく!」と松太郎はまさに武士として幻影に懇願した。


もちろんお香は喜んだが、健五郎は元気がなくなった。


「正当な理由でお前も伊予の国に来ればいい。

 一旦は鵜城に顔を出して、

 殿様に許可を得て、

 琵琶家で剣術と学問を習うとでも言っておけば止めやしないさ。

 逆に褒められるかもしれん。

 もちろん、本当に言葉通りにやってもらうんだけどな」


幻影の甘いのか厳しいのかわからない言葉に、健五郎は大いに苦笑いを浮かべた。


「それにだ。

 琵琶家は剣術の部門で大いに有名になる予定だ。

 松太郎さんはご存じだと思うけど、

 日ノ本一喧嘩決定戦を大人数を呼んで開催したから。

 多くの武家も来ていたから盛会だったよ。

 もちろん、琵琶家の息のかかった者だけが上位を独占したので、

 声掛けは誰もしなかったよ」


幻影の陽気な言葉に、「…あの宮本武蔵も出ていたとか…」と松太郎が神妙そうな顔をして聞くと、「あいつは第五位」と答えると、松太郎は目を見開いた。


その経緯を語ると、「…世間は広い…」と松太郎は真剣な目をしてつぶやいた。


「これからは侍はいらない。

 身を守り、誰かを守る剣術家として生きていってもらいたいんだ。

 殿様のお抱えの指南役のように、

 町道場でも開いてその神髄を叩き込む指導をしてもいいと思う。

 余裕ができれば、琵琶家も手を貸して、

 道場も作っていいと思っているんだ」


「ぜひ、お供いたしたく」と松太郎は言って頭を下げた。



今日のところは幻影とお香は安土に戻り、全てを信長に報告した。


「すっきりした」と信長は機嫌よく言った。


「はい、私も落ち着きました。

 あとは一度江戸に出て、

 ちょっとした祭りをやってから、

 日を見て伊予に渡りましょう」


「…ああ、それでよい…」と信長は言って、薄暗くなっている辺りの景色を見まわして笑みを浮かべた。


「お腹、すいたよ?」と長春が幻影に言うと、「…自分で作れよ…」と大いに眉を下げて答えた。


「…だぁーってぇー… お兄ちゃんのお食事が一番おいしいんだもぉーん…」と琵琶家の姫は大いに駄々をこねた。


「こんな娘で本当にいいの?」と幻影が眉を下げて藤十郎に聞くと、「かわいいです」と藤十郎は恥ずかしげもなく言い放った。


「…ダメだ… 穏やかに尻に敷かれてる…」と幻影が嘆くと、信長が幻影の背中を叩きながら陽気に笑った。


「…幻影の作ったお料理が一番おいしいんだもぉーん…」と今度は濃姫に言われてしまったので、幻影は調理班を呼んで、豪華な食事を作り上げた。



「…贅沢になって当然でございます…」と幻影はお香にまで言われてしまった。


「みんなは努力が足りないと思う…」と幻影は言ったが、耳をふさがずに耳をふさいでいると思い、「はあ…」と小さくため息をついた。


「ちなみに、鵜城城主と顔合わせができたのはいいんだけど、

 問題は讃岐藩主…」


幻影の言葉に、「よいよい、あの近隣は似たようなものじゃ」と信長は機嫌よく言った。


「しかも、法源院屋の支店争いも多少あって…

 まあ、足止めを食らわないように速やかに行動したので、

 日が暮れなくて済んだんですが…」


「あまり愚痴るな。

 愚痴るとはげるぞ」


信長は言って大いに笑うと、幻影と光秀が大いに苦笑いを浮かべていた。



花火大会の準備はもう終わっているのだが、肝心の期日が決まらない。


現在は天候が不安定で、雨の後に風が吹き、落ち着くのは五日後だろうと幻影は踏んで、江戸城に対して、『六日後から八日後に執り行う』という大雑把な開催期日を指定した。


もちろんその理由も書いて送ったが、幻影の言葉通りに江戸中に触れ回ったようだ。


『天狗様は天気も予測できる』といううわさがすぐに流れてきたが、天気を変えられるわけではないのでそれほど偉いわけでもない。


「多少は変えられるんじゃないのか?」と信長は言って、両手のひらを湯飲みを中心にして回す仕草をした。


「…はあ、まあ、一時的であれば、なんとか…

 ですがかなり疲れると思うので、

 そのあとに使い物にならなくなると思いますので、

 できればやりたくないのです」


幻影の言葉に、「隙を生むことにもなるからな」と信長は言ってから、「指定した期日内がすべて中止の場合は、無期限延期で構わない」という鶴の一声に、幻影は恭しく頭を下げた。


「やらないと言っているわけではない。

 それに、こちらとしても新天地への引っ越しもあるし、

 早々に引っ越してしまいたいからな」


信長の言葉に、「…はい、後ろ髪惹かれる今の状態が長く続くのも問題ですから」と幻影は信長の意見に賛成した。



しかし幻影の予想通り、指定した日の先日から数日間は確実に凪が来ると自信を持てた。


今回は江戸まで船だけを使って移動した。


よって、琵琶湖から河を下って内海に出て、大灘を北上するように移動している最中だ。


「琵琶湖から内海に出られるとは…」と信長は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「もちろん、河川工事を三十カ所ほどで行いました。

 この程度の船であれば、

 雨さえ降っていれば、航行可能だと思っていましたので」


「だからこそ、雨の後の晴れる日が必要だったわけか…」と信長は言ってご満悦の様相だ。



航海は順調に進み、日が暮れる前に台場に到着した。


台場にはもうすでに役人が詰めていたのだが、まさか海から来るとは思わなかったようで大いに驚いている。


そして、早速打ち上げ花火の準備をして、百発ほどの仕打ちをしてから予行演習を終えた。


「…ちょっと得した…」と担当の役員が機嫌よくつぶやいた。


接待などの席を用意していたようだが、幻影たちは丁重に断って、勝手知ったる江戸の城下を戦車で走って、法源院屋の広大な庭に、戦車と戦艦を運び入れた。


そして、商売用の駄菓子などを下ろして、江戸の法源院屋の店主の要望で、さらに追加して駄菓子やおもちゃを作り上げて、ようやく食事にありついた。


食事中に、「ですが、見事に晴れそうですなぁー…」と店主の権蔵が機嫌よく言った。


「何度も長い船旅を経験してね。

 できれば嵐に巻き込まれたくないから、

 必死になって勉強したんだよ」


幻影の言葉に、「…大いに見習わなければ…」と権蔵は言ったが、「だけど、それだけでは不十分なんだ」と言って、縁側でうろうろしている伝書鳩を見た。


「実際は海鳥たちに空の状態を見てきてもらって予想するんだよ。

 十日以内なら比較的当たる可能性は上がるんだ。

 だから俺と、長春様の手柄だから」


幻影の言葉に長春は、「えっへん!」と言って胸を張って陽気に笑った。



翌日は昼まで十分に英気を養ってから台場に出向いた。


まるでこれから戦でもするのかというほどの警備に、幻影たちは眉を下げてから、打ち上げ台の再確認を始めた。


「江戸城からの眺めも最高によかったぜ」と当然のように現場に配属になった守山が気さくに言った。


「おまえの代わりに俺がほめられたから頭をなでてやる」と守山は言って言葉通りに幻影の頭をなでた。


そして守山は一気に顔色を曇らせて、「…来年もやれって言うぞ…」と小声で言った。


「その時はその時だから。

 都合が良ければそうするさ。

 もっとも、北ノ庄や米沢や会津でもまたやりたいから、

 俺の希望を通してもらうことになるかもな。

 安土も入れると、五年に一回の行事、とか…」


「ああ、理解した」と守山は言って、幻影に頭を下げた。


「それでよい」と信長は言って早速鳩を飛ばしていたので、幻影は少し笑った。


「だが、移転先では花火も入れて祭りを三回もやるんだろ?」


守山が幻影を少しにらんで言うと、「俺たちが住む土地の活性化は大いに必要で重要だ」とさも当然のように言った。


「…まあ、そりゃそうだ…」と守山は言って、どのような内容の報告にしようかと大いに考え込んだ。


「だから安土では、

 今とほとんど何も変えないで祭りを続けることに決まっているんだ。

 そのようにして、俺たちがいなくてもできるようにと、

 きちんと考えているんだよ。

 政宗のヤツも、年一回だがやっているそうだぞ」


「…ああ、それは先日行って見てきた…」と守山は言ってうなだれた。


「殿様の政宗が陣頭指揮を執って指示してるんだ。

 江戸も同じようにやればいい。

 それを秀忠に進言すればいいだけさ」


「…はあ、気が重いけど、その通り…」と守山は考えることなく同意した。



ようやく辺りが暗くなり始めたので、呼び水の花火を間隔をあけて打ち上げ始めると、台場近辺に続々と人が集まり始めた。


しかも相模や房総からも観覧はできるので、とんでもない程の大人数の観覧者がいることになる。


そして、「琵琶屋!」「異形菱!」の威勢のいい声も上がり始め、信長の機嫌がかなり良くなっていた。


だが家族総出の打ち上げに、警備の侍たちは遠巻きで見ているしかなかった。


しかし打ちあがった花火を十分に堪能することも忘れない。


さらには幻影が予測しておいた通り、強盗などの犯罪が横行しようとしていたが、ことごとく捕らえていた。


まさに効果てきめんだったようだが、町回り衆もできれば花火見物としゃれこみたかったようだ。


そしてあまりにも打ち上げている時間が長いので、見ている者の二割ほどは、心配になってきたようだ。


これに乗じて年貢などを大いに徴収されるのか、などと疑い始めたが、大店や役所にはもうすでに伝えられていて、江戸城からは一銭の支出もない。


これはすべて琵琶一家と法源院屋の善意の催しなのだ。


よって次回開催を強要された場合、その金額を提示することにしている。


しかしその金額は、幕府が転覆するほどのものなので、確実に強制はしないと、幻影は踏んでいた。


もちろん、今回の経費書類を守山に託してあるので一目瞭然だ。


そしてついに、五尺玉が今までよりもはるか上空に飛んで、『ドォ―――ンッ!!』というとんでもない音と花火の巨大さに、観覧者から鳴りやまぬ拍手が起った。


幻影たちも大いに納得して、後片付けをしてから法源院屋に戻った。


食事は先に準備しておいたので、冷えてもうまい弁当を全員で大いに食らった。


「労働の後の食事はほんにおいしいわぁー…」とほとんど空ばかり見ていた濃姫が言ったが、誰も何も言わなかった。


「…この弁当、本当にうまいな…」と信長がうなるように言った。


「味付けが少々濃いので、

 いつもの食事とは違ってまた格別だと思います」


幻影の言葉に、誰もが大いにうなづいた。


「お代わり、いくらでもあるよ!」といったが、ご相伴に預かろうとしていた店の者たちは大いに眉を下げていた。


しかし幻影は店の人数分だけ弁当を渡して、残ったものはすべて幻影たちで平らげた。


まさに食うことで、失った燃料の補充をしたことに等しかった。


この日は早々に就寝することにして、かなり楽しめた一日を終えた。



翌日は江戸見物をすることなく朝食を摂ってすぐに安土に帰ることになった。


「予想外に雨が早まった」という天候上の理由だ。


今出れば、雨に当たることなく安土に帰り着くが、船を一旦伊勢に上げて陸路を進む。


安土から信楽までの街道は十分に整備してあったからだ。


さすがに淀川の流れに逆らって琵琶湖まで出るのもはばかられたので、行きと帰りの行程は、始めからの予定にあったことだ。


しかし当然のように法源院屋は見張られていたが、何も言ってこないので、店を出てから、相模まで突っ走った。


「…はは、慌ててる慌ててる…」と幻影が言うと、「…なかなか意地悪な手だが、これでよい…」と信長は機嫌よさそうに言って笑った。


来た道を帰るはずと踏んでいたようで、戦車は台場に進むと踏んでいたようだ。


よって、「待たれよ! 待たれよ!」と早馬で追ってきたが、戦車の方がさらに早い。


そして江戸城下を抜けると、さらに走りやすくなり、さすがの脚自慢の馬たちも一息つきたくなるので歩を緩めた。


ここからはそれほど急ぐことなく、車内から鎌倉辺りを散策して、相模の海に出た。


大灘は大いに凪で、琵琶湖のように漣を打っているだけだ。


しかし夕刻になると少々荒れてくると、幻影は予想していた。


海に出て大急ぎで漕ぎ、心配は杞憂だったかのように、いい天気のまま伊勢にたどり着いた。


「…懐かしい…」と蘭丸は笑みを浮かべて言った。


幻影たち男手は何回もここまで来ていたので、それほどの懐かしさはない。


ここでも邪魔されることなく、戦車はそれほど急がずに信楽を目指した。


やはり予想していたよりも早く天候が悪化してきて、信楽に着いた頃にはポツリポツリと雨が降り始めた。


しかし安土までの街道はさらに整備されていて道が硬いのでそれほど急ぐことはない。


何事もなく安土に帰り着いたが、来客があった。


傘に蓑姿の侍と思しき三名が、戦車を見つけてすぐに頭を下げた。


戦車は屋根付きの車庫に横付けしてから、幻影はあとのことは弁慶たちに託して、大きな番傘を開いて、信長とともに母屋に向かって歩いて行った。


「何者じゃ」と信長が一声聞くと、「我ら筑前からまいった細川忠興様の配下でござる」と少々威厳を持って言った。


「ほう、そうかい。

 だが九州であれば別府だけにしか興味はない」


信長の言葉に、侍たちは大いに眉を下げた。


「まあ上がれ。

 じっくりと話を聞いてやろう」


信長は言ってすたすたと歩いてすぐに階段を上った。


あとは幻影が引き受けて、三人を丁重に扱って、謁見の間まで来た。


「…むぅー…」と侍たちは大いにうなり、室内を見まわした。


「ここはもう使わんからな。

 ここを引き払って別の地に行くことはもう決まっておる」


三人が坐する前に信長は言った。


すると三人はすぐさま座って、「どうかそれを押してご協力願いたく!」と一番威厳がありそうな侍が言って頭を下げると、ほかの二名も頭を下げた。


「幕府が転覆するほどのカネが必要だぞ?

 それをタダ同然でやれとは、虫のいい話じゃ」


まさに信長の言葉は的を得ていて、かなり無理な話をするためにここまでやってきたのだ。


「斬り捨てても構いません」と幻影が言うと、「興味が沸くかもしれんぞ?」と信長が言うと、幻影は一瞬頭を下げてから三人をにらみ見つけた。


「…我らが事情もよくご存じのようだ…」と責任者ではない幻影に近い男が言うと、「まずそこから誤りがある」と幻影が指摘すると、「恐れ入った」と男は言って座る位置を正した。


「帰ってからもう一度こい」と信長が言うと、三人は大いに眉をひそめた。


「非礼の数々、まさに斬って捨ててもよいほどじゃ。

 話は聞かぬ、早々に立ち去れ」


信長の言葉に、はいそうですかと言って帰るはずもない。


幻影は立ち上がって手のひらを男に向けると、「なに?!」と叫んだだけで全く抵抗できない。


「では、弁慶にでも託して手打ちにしてもらってまいります」


幻影の言葉に、「よきに計らえ」と信長は厳しい言葉で言って、ごろりと寝転んだ。


幻影が三人を引き連れて廊下に出ると、もうすでに弁慶と源次が縄を持ってひざまついていた。


「町から追放だ」と幻影は言って、弁慶に三人を託した。


弁慶と源次はすぐに縄を打って、階段を降りて行った。


幻影は室内に戻り、「呆れたやつらです…」と大いに嘆いてから座った。


「昔ながらの侍癖が治っておらん、

 ある意味、幕府よりも質が悪い。

 作業を受けるのなら、

 先にカネをぶんどっておく必要があるヤツらじゃ」


「この地で騒ぎを起こされるのも困るので、

 博多城に送り届けましょう」


幻影の言葉に、信長は膝を打って喜び、「…松平の城に放り込むのも一興じゃ…」と言って笑った。


幻影はこの場を楓に託して外に出ると、もうすでに馬に縛り付けられている三人の侍のそばにいた。


そして彦根城の監視役人もいて、大いに眉を下げている。


「商人風情は、侍の言いなりになってなっておけばよい。

 だそうです」


弁慶が真顔で報告すると、「こいつらは、博多城に放り込む刑に処するからいい」という幻影の言葉に、弁慶も源次も大いに苦笑いを浮かべていた。


「雨がひどくなる前に行ってくるよ。

 ひとりだけでというのも心細いが、

 さすがに乗り物を使うと時間がかかるからね。

 もっとも、九州までもつかどうか…

 力尽きそうになる前に、内海にでも放り込めばいいか…」


幻影の言葉は聞こえているのだが、三人とも悪態をつくような顔をしている。


しかし、猿轡を噛まされているので悪態はつけない。


そして幻影が馬ごと三人を宙に浮かべると、この事態に大いに暴れようとしたが、縛り上げられているのでそれはできない。


「侍はな、商人のいうことはきちんと聞いておくべきなんだよ」という幻影の言葉に、三人は大いに怯えた。


そして移動を始めたと同時に、三人とも失禁したようだが、幻影はお構いなしに、超高速で空を飛んだ。


幻影は馬には優しく、暴れないように体に触れて落ち着かせながら、博多城上空にやって来て、まずは天守閣に近づいた。


「誰かいますかぁー!」と幻影が声を張り上げると、すぐに障子が開いて、「うお!」と叫んで、家老らしき者が尻もちをついた。


「なんじゃそうぞうしい…」といった殿様は口をあんぐりと開けて固まって、「…まさか、幻影か…」と言ったが、目は大いに踊っていた。


「あ、知り合いがいてよかった」と幻影は言って、挨拶は横に置いて、この三人の悪行の説明をした。


「ひとりは家老だ。

 あとは知らんがな。

 ま、お取りつぶしの上、普請してから、

 また徳川の領地が増えるだけじゃろうて」


この博多城の殿様の、松平康友が言うと、「どこに置いとけばいい?」と幻影が聞いた。


幻影は康友の指示に従って、口を開けて見上げている衛兵たちに引き渡して、また天守まで浮かんだ。


「近々伊予に引っ越すから。

 近いからまた来るよ。

 今日江戸から帰って来たばかりで、

 少々疲れてるから急いで風呂に入りたい」


「…そうだった…

 琵琶高願でもあったな…」


康友は言って大いに苦笑いを浮かべた。


「康友さんが将軍をやればいいのに…

 まあ、直系がいるから、無理は言わないでおくけどね…」


「…あれから三十年かぁー…

 だがいいなお前だけ若くて…」


康友は昔に戻った口調で言った。


「となると…

 あ、いい。

 引き留めて悪かった」


康友は色々と察してから気さくに言って、幻影を開放した。


幻影は気さくにあいさつをしてから、急いで安土に戻った。



幻影は真っ先に信長に報告を行い、先客だった巖剛とともに風呂を楽しんでから、厨房に行って食事を作り始めた。


「…あー… 九州の味…」と幻影は言いながらも料理を楽しんだ。


だが、放っておくわけにもいかず、伊予の生活が落ち着けば、細々と手伝ってやることに決めた。


徳川幕府はそれほど甘くなく、各藩の監視を怠っていない。


そして領土については整備をするように言いつけられているが、九州は荒れ地が多く、まさに湯水のようにカネが必要となる。


これから引っ越す松山の城下町は、戦乱の世から素早く整備されていて、現在はそれ以外の整備を行っているほど余裕がある。


だが九州は統一された時期が遅く、そう簡単には領地整備など無理な話だ。


さらにはそのしわ寄せを受けるのは、農民や商人たちになる。


よってカネを生んでから作業を開始する必要がある。


博多近隣には昔ながらの祭りもあるが、その現状を見ていないので、一度程度の祭りで潤うとは考えづらい。


よってまた別の方法で、カネを生む必要がある。


やはり基本は農作物で、早急に事を起こすのであれば今から着手する必要がある。


やはり圧巻は薩摩の芋で、甘くてうまい。


よって、その農作物を集めてから考えることにして、書を認めて飛脚屋に持って行った。


幻影が作業場に行くと信長は暇だったようでここにいた。


「薩摩の芋で商売をしようと思います」と幻影が言うと、「おい、甘露煮」と信長がすぐさま言った。


「はい、手に入れば早速」と笑みを浮かべて言った。


幻影も大いに食いたいからだ。


「…お芋の甘露煮、食べたぁーい…」と早速長春が言ってきたが、「たぶん、伊予についてからだから」と幻影が言うと、誰もが大いにうなだれていた。


「少量で構わんから都合しろ!」と信長が命令すると、「私も食べたいので雨が上がれば行ってまいります」と幻影が笑みを浮かべて答えた。


「…止める人、誰もいないのね…」と食いしん坊ではない蘭丸が言うと、誰もが大いに苦笑いを浮かべていた。



その翌日、朝食を終えると、法源院屋からもう荷が届いた。


どうやら京で薩摩芋を仕入れていたようだが、使い道に難儀していた品のようだ。


大きな箱を開けると、「なるほどね、くず芋だ」と幻影が言うと、一旦喜んだ家族たちは大いに肩を落としていた。


「気落ちする必要がどこにあるの?

 小さかったり形が悪いだけだ。

 甘露煮だったら小さい方が食べやすいし、

 菓子にするんだったら元の形などどうでもいい」


幻影の言葉に、「…お芋の羊羹ー…」と長春が大いにねだると、「ああ、うまいよな」と幻影はすぐに賛同した。


よって駄菓子の種類が大いに増え、早速販売すると飛ぶように売れ、少量作っただけで、もう仕入れ値の元が取れた。


もちろん薩摩芋の甘露煮も作り、家族とともに大いに楽しんだ。


さらには天ぷらにもして、おやつ代わりにしたり、さらに駄菓子を作ってようやく底が見えた。


「おいも飴、おいち!」と長春は陽気に言った。


芋の飴は三種類あり、固いものと柔らかいもの、そして小麦を混ぜたものも大いに好まれる駄菓子だ。


この日の夕刻にはこの近隣で噂になっていて、芋を使い切った時、儲けは原材料費の約百倍となっていた。


「…予想以上に儲かった…」と幻影が眉を下げて言うと、「資金はできたも同然だが、ただでやるわけにはいかんからな」と信長は威厳を持って言った。


「強制的に武士に働かせますから問題ありません」と幻影がなんでもないことのように言うと、「…ま、妥当な罰だ…」と信長は大いに眉を下げて言った。


米もくず米を仕入れて、全てをせんべいにして、多額の資金を手にしていた。


まさに今までの経験と知識が大いに生かされていた。



幻影はまた文を出し、『九州特産で日持ちがして余って困っている食材』と細かく指定して飛脚を走らせた。


すると翌日の昼に、また大量に芋が送られてきた。


よって昨日と同じように調理したが、店に出しても出しても売り切れてしまう。


どうやら約束なしの予約があったようで、すぐに売れてしまっていたようだ。


よってわずか二日で、ひとつの藩であれば、素晴らしい改革ができるほどの資金を手にした。


「目途が立って何より」と信長は言って、芋の天ぷらをうまそうにして食べた。


さらには皮に厚みのある果実もあり、『萬胡』と書かれている。


切って実をほぐして食べると、「うん、うまいけど… どうして売れなかったんだろ?」と幻影が言うと、誰もが鼻をつまんでいた。


「ああ、腐ってるって思ったのか…

 説明しても理解できないだろうね…

 これは甘さが高い果実の特色だよ。

 食ったことがない種類のものだから、

 大いに気に入る人もいるだろう」


幻影はきれいに切って皮を捨てると、匂いがないことに気付いて、誰もが手を出して、「…なんだか贅沢なような…」と弁慶が言って手を合わせた。


「もっと手に入ったら、菓子にしてもいな。

 これはこのまま食う」


さらには一般的な調理食材も多くあり、これらはいつもの食事の料理と化した。


そして皮が異様に硬い南京も、煮つけにして食べ、さらには菓子にもした。


「九州はうまいもんだらけだ!」と幻影は大いに陽気になっていた。


「これらをどう調理するかにかかっている。

 この辺りのヤツらはそれほど知らないんだろう。

 甘いのにおかずにも菓子にもなる」


信長は機嫌よく言って、南京の煮物を頬張った。



好天が続くと感じた日、ついに伊予に旅立つことにした。


信長と濃姫は少々感慨深げだが、この安土がなくなるわけではない。


少々長めの旅に出るだけと思いながらも、淀川に続く川下りを楽しんで、内海に出た。


「おい、なんだありゃ?」と監視をしていた蘭丸が指をさして言った。


その場所は所々に白波が立っている。


「うず潮だよ。

 前回ここに出た時は潮が満ちていたから発生していなかった。

 今は潮が引く時間で、この内海から大量に潮が流れ出してうず潮になるんだ。

 近づきすぎると巻き込まれて目が回るぞ」


幻影の言葉に、信長は大いに笑った。


「…お勉強になるぅー…」と長春は大いに感心しながら言った。


「この日の国だけでも、見て回る場所は山とある」と信長は機嫌よく言った。


戦艦はまるで観光船のようにゆっくりと伊予を目指す。


「安土のにおいがする場所じゃ」と信長は機嫌よく言った。


まさに京や江戸と比べれば田舎で、それほど人は住んでいないので、比較的落ち着けるのだ。


船は伊予の国に入り、さらに西に進んでいくと、松山城が見えてきた。


近場の砂浜に停泊させて、戦車に乗り換えて城を目指していると、「待たれよ! 待たれよ!」と叫びながら戦車に近づいてきた。


「あ、旗旗!」と幻影が言うと、源次がすぐさま戦車に旗を掲げた。


役人は目を見開いて、馬を止めて戦車を見送った。


「…やっぱり、大店だったんだぁー…」と道行く者たちは戦車を見入って言う。


まずは城に向かって走り、ここでは門番に止められることなく、速やかに城内に入ると、「みなさま! ようこそいらっしゃいました!」とかなり元気な沙織に歓迎された。


「殿に挨拶してすぐに讃岐に行くから。

 申し訳ないけど、部屋を準備してくれないかな?」


幻影の言葉に、沙織はすぐさま貴賓室に琵琶一族を誘った。


そして城主とあいさつを終えて、幻影はひとり讃岐目指して空を飛んだ。


ここからは流れ作業のように、まずは健五郎の衣を着替えさせて岡山城に連れて行き、後見人として話をしてから、あとは健五郎の意思に任せた。


すると健五郎は城に留まることなく、武者修行に出たいと長政に堂々と言い放った。


長政は大いに感心して、健五郎を琵琶家預かりとした。


歓迎の食事なども準備中だと言ったが、「他にも連れがおりますので」と幻影は丁重に断ってから、健五郎とともに讃岐に戻った。



「店はどうするんです?」と幻影が松太郎に聞くと、「土地は処分しました」と言ったので、幻影は家の解体を始め、そして廃材を使って大きな箱を作り上げた。


「じゃ、空を飛んで運ぶから」と幻影が言うと、松太郎だけは大いに眉をひそめていた。


お香と健五郎は経験者なので恐れることはない。


三人は速やかに箱に乗り込んで、幻影とともに松山城に飛んだ。


城に行く前に、住処となる場所をもう一度観察してから、城の門に降り立った。


門番は大いに驚いていたが、幻影がいることですぐさま頭を下げた。


幻影は大きな箱を厩の横に伏せて置いてから、城に入って貴賓室に入った。


「…今回も早かったな…」と信長がにやりと笑って言うと、「筋書き通りにうまく事が運びましたので」と幻影は言って頭を下げた。


「住居を建てる下ごしらえだけでもしたいのですが、

 どうされますか?」


幻影の言葉に、「休憩は終わりだ」と信長は言って立ち上がった。


「…積もる話もございますのに…」と沙織が眉を下げて言うと、「早々に、我が家に姫をご招待差し上げたいので急ぎます」という幻影の言葉に、沙織は手のひらを合わせて喜んだ。


蘭丸は苦笑い気味だが、阿利渚を見て笑みを浮かべた。


「道すがら、街道の整地でもしながらのんびりと行きますよ」


幻影の言葉に、城主の加藤嘉明は大いに目を見開いた。


「ほんの些細なことですがお礼の気持ちです」と幻影が言うと、「いや、この地に住まわれることだけでも、ワシとしては満足なんじゃ」と嘉明は笑みを浮かべて言った。



幻影たちは城の大門の外に戦車を出してから、整地用の機材を取り付けて、この城の堀の回りだけを速やかに整地した。


護衛を大勢連れた嘉明が、「みごとじゃ!」と叫んで、さらに上機嫌になった。


「お父様、一緒に行きたいわぁー…」と沙織がねだると、「…うう… まあ… 行ってくればいい…」と嘉明は渋々言った。


沙織はひとりだけお付きを連れて行く許可を信長にもらってから、陽気に戦車に乗り込んだ。


「あら、なんだかいつもと違う景色のように見えるわ」と沙織は大いに陽気に言った。


そして背後を見て、「ああ、素晴らしくきれいになってる…」と言って感動している。


温泉郷までは登り道なのだが緩やかだ。


戦車が入れる街道はすべて回って整地をして回り、時間をかけて道後温泉郷に到着した。


建物はあるのだが、申し訳なさそうなお飾り程度で、まだまだ手を入れる余地があることだけを確認して、戦車は北西の和気温泉郷に向かった。


道中も入念に整地をしながら走り、それほど時間はかからず和気温泉郷に到着した。


こちらの方はさらに手の入れようがあると思い、戦車を旋回させて、住居建設予定地に戻った。


「…歩くとそれなりに距離があるから、

 道中で何か楽しいことでも…

 大八車で温泉郷をつなぐ脚とする…」


幻影は言って少し考えたが、まずは住居の基礎工事を始めた。


今回建てる住居は、信長と濃姫の希望を叶えることにした。


もちろん、安土城モドキのような、派手なものは建てない。


住居自体は平屋なのだが、庭に重きを置いたものだ。


まさに京の御所がお望みだったようで、縁側の外は庭園が広がることになる。


よって専属の庭師が必要だが、しばらくは幻影たちが受け持つことになる。


幻影たちに庭師の経験はないものの、様々な土地の立派な庭園を多く見ているからだ。


ちなみに岡山城の庭園は後楽園と呼ばれていて、今回空から観察して、地上から見た時と印象が大いに変わっていた。


しかし今は、住居の基礎と、法源院屋の出張所、そして松太郎のうどん屋の基礎工事だけを行い、用意されていた岩を敷き詰めて地盤固めを行った。


更に井戸を掘っていると、「…ぬめりがある水…」と幻影が言ったと同時に、もうすでに巖剛がそばにいた。


「…おまえ、温泉の達人だな…」と幻影が行って巖剛の背中を軽く叩くと、『…グァーオウ…』と小声で鳴き声を上げた。


温泉水が滾々とあふれ始めたので、少し掘って岩で固め、排水処理の溝を小川につないでから、温泉水を注ぎ込んだ。


弁慶の指摘で少し離れた場所に井戸を掘ると、今回はごく自然な水だった。


温泉水と飲料水の確保が終わったので、この場で食事休憩をすることにした。



するとどこからやって来たのか、数名のやじ馬と城の役人、そして法源院屋の丁稚などが入り乱れて建設現場を見入っている。


おふれはもう出ているので、なにが建つのかは知っているはずだが、やじ馬たちは何かの目的があってここに来たはずだ。


幻影たちは子細に探り、「…数名は働き口を探しているようだな…」と幻影が言うと、弁慶と源次、そして長春が同意した。


「しかも、役人の中にもいる」と幻影が言うと、「あ、私もぉー…」と申し訳なさそうな顔をした沙織が手を上げて言った。


そして沙織がこの先のことを語ると、「…ああ、寺子屋… それはいい」と幻影は言って、建設計画の地図を出して書き加えた。


「…武術道場…」と沙織が読むと、「うどん屋と道場主の二刀流だよ」と幻影は松太郎を見て言った。


沙織は今初めて会ったかのようにホホを赤らめた。


「紹介してなかったっけ?」と幻影が聞くと、沙織も松太郎もすぐさま頭を下げた。


幻影は改めて、松太郎、沙織、健五郎の紹介をした。


「…ああ、おうどん様だったのね…」と長春は大いに感動して言って、松太郎を拝み始めた。


「…おうどん様…」と幻影はつぶやいて少し笑った。


うどんを打ったのは幻影だが、その切欠が松太郎だったので、敬うのはあながち間違いではない。


「…ああそうだ…」と幻影は握り飯を口にくわえて、廃寺があったことを思い出し、街道から少し離れた場所に走った。


辺りは木が多くうっそうとしていて、廃寺になって数十年では済まないほど前に放置されたようだった。


「…罰が下りませんように…」と幻影は言って手のひらを合わせて、荒れ尽している本堂に向けて拝んだ。


すると、何か光っているものがあるように思い、本堂の廊下を履きながら入ると、それほど大きくない仏像が横たわっていた。


「…これ、スダラダッタじゃないか…」と幻影は目を見開いて言った。


この仏像は倒れていたわけではなく、右手に頭を乗せて大地に寝転ぶように彫られているもので、仏の中での最高位の仏陀を表現したものだ。


よってスダラダッタは仏の世界の始祖ということになる。


観音などは、このスダラダッタの弟子ということになっている。


しかし、諸国漫遊して勉強したものでは、上向きでの死を迎えた仏陀の像しか、幻影は確認できていなかった。


「…この日の国でも、諸外国でも確認できていなかった寝仏像が…」と幻影が言ったとたんにひらめいた。


この寺は、仏教の本場の大国清、もしくはその源流の印度の僧侶が来て建てたのではないかと考えた。



よってまずは、この地の老人から話を聞いた方がいいと思い、本堂内の清掃を行って、一段高い場所に寝仏像をおいて手のひらを合わせた。


―― 御屋形様のようだ… ―― と幻影は思い少し陽気な気分になって本堂を出た。


そして辺りを見回したが、建っているのはこの本堂しかいないように感じたが、右の奥に簡素な住居跡らしきものがある。


この辺りの探検は家族全員でやろうと思い、幻影は家族のもとに戻って、早速話をした。


「あ! うちのじっちゃが詳しいです!」と話を聞いていた法源院屋の丁稚が手を上げて言った。


「それは助かる」と幻影は言って、丁稚を抱え上げて宙を飛び、丁稚の実家を訪れて、そのじっちゃの作兵衛を連れてきた。


そして家族たちとともに荒れ寺に手を合わせてから、作兵衛に話を聞いた。


もちろん、何代にも引き継がれた話なので、正確なことはわからないが、約二百年ほど前の話だと察することができた。


言葉を交わせない穏やかな僧侶がこの地に来て、その者ひとりの力でこの寺を建てたそうだ。


その後、また別の地に行くと言って、この寺は放置されたままとなり、現在のこの状況だということらしい。


そして誰もが見たことのない、ごろ寝姿の仏像に手のひらを合わせていた。


「ここを祭りのご神体としようか。

 いや、ご神仏、だな…

 あ、そうそう、寺の名前を知りませんか?」


幻影が作兵衛に聞くと、「…涅槃と言ったか… うつつだったか…」と全く逆のふたつの言葉を告げた。


「涅槃と現に関連するような手掛かりでも…

 寺の名が書かれた看板程度はあったはず…」


ここは手分けをして、本堂の回りを片付けるようにして捜索していると、枯れ木や枯葉に埋もれている板を発見した。


横に長い、長さ八尺ほどのものだ。


弁慶が丁寧に扱って裏返すと、都合よく看板には彫が入っていて、読む事ができた。


「…現楽涅槃寺…」と幻影は大いに苦笑いを浮かべて言った。


そして子細に看板を探り、その裏に梵字列が彫られていることに気付いた。


「ニダエッレルベラソワカ」と幻影がつぶやくと、「…どういう意味?」と信長が眉を下げて聞くと、「…好きに読めばいい…」と幻影は大いに苦笑いを浮かべて言った。


すると誰もが大いに苦笑いを浮かべたが、幻影だけは違った。


「漢字は清のもの。

 梵字はさらに西の地の印度から伝えられたと言われているから、

 長い旅をしてこの地を訪れた印度の僧侶が彫ったのでしょう。

 だから漢字を読むことができないから、

 好きに読めばいいという言葉になるわけです」


「あ、なるほどな!」と信長は機嫌よく言って大いに笑った。


「ちなみに現楽涅槃寺を梵字にあてはめて読むと、

 ユーバスタイタ・サララム・ニルバーナム・マンジラ

 となるはずですが、

 現楽の部分が何を現しているのかよくわかりません」


「ほんと、勉強家だな…」と信長は大いに呆れて言った。


「さらに梵字で、アーカーサメガと彫られています。

 これは名前だと。

 この日の国の言葉に当てはめると、

 漢字二文字で、空と雲に当てはまります。

 この寺を建てたのは空雲和尚」


幻影の言葉に、信長は何度もうなづいた。


「さらに…」と幻影は言って、気が多少腐っている場所の泥などを丁寧に拭って、「シダーサ」と読んだ。


「…シダーサ…」と信長がつぶやくと、「シッダルタ、すなわちこの寺は仏の始祖のシッダルータの寺だと主張しているものだと思います」と幻影はかなり重要なことを言った。


「まずは寺を修復… いや、建立するつもりで建て直す!」という信長の鶴の一声で、早速作業が開始された。


工法などは、残った残骸から判断して、幻影と信長で相談してから図面を引いていた。


建築はそれほど面倒なことはなく、材料があったことでそれほど時間をかけずに完成した。


そして極め付けに、寝仏像の人間大のものを幻影が彫って、本殿の上座に祀った。


この寺の本堂の特徴は小さな仏像以外何もないのに異様に大きいことだ。


「…この日の国にはない寺だな…」と信長は大いに眉を下げて言ってから、手のひらを合わせた。


これで祭りを行う理由ができたので、住居づくりなどに大いに拍車がかかった。


今日の仕事は終わりにしようと幻影が考えていると、巖剛が体当たりしてきた。


「わかったわかった」と幻影は言って、温泉が沸いた方の井戸に行くと、いい塩梅で岩の湯船に温泉水がたまっていた。


そして簡素な湯沸かし装置を作り出して、源泉の一部を引き込んで沸かすと、巖剛は前足で湯加減を確かめながら湯に浸かって、心地良さそうな顔をした。


「…困った奴じゃ…」と信長が言うと、巖剛は薄目をあけて信長をにらんでから、また目を閉じた。


「空雲和尚の生まれ代わりが巖剛かもしれませんよ」


幻影の言葉に、「…賢いことはよく知っておるし…」と信長は眉を下げて言って、巖剛に向かって手のひらを合わせた。



すると、殿様が馬に乗ってやってきて、辺りを見回して、「…仕事が早いのはわかるが、寺まである…」と言って、緑濃い一角を見入った。


そして湯につかっている巖剛を見て、「…琵琶一族の主のようじゃ…」と眉を下げてつぶやいた。


巖剛は堪能したようで湯から上がり、一瞬身震いしてすべての水分を弾き飛ばし、素晴らしい毛艶を披露した。


「…芸術品のようじゃ…」と嘉明がうなるように言うと、幻影は創作意欲をあらわにして、三体の木彫りの熊を彫った。


まさに巖剛の姿の魅力あふれる作品に、「…お土産候補で… 温泉熊…」と幻影がにやりと笑って言うと、誰もが控えめに笑った。


「あ、あ、お店に飾りますぅー…」と丁稚が言ってきたので、幻影は三体を箱に収めて、琵琶家の家紋が入った風呂敷に包んで丁稚に背負わせた。


「あ、軽かった…」と丁稚は喜んで言ってから、幻影に礼を言って、城下町に向かって走って行った。


箱は桐製なので、見た目よりもかなり軽い。


「…お役に立ったようでほっとしとります…」と作兵衛は言って幻影たちに頭を下げたので、幻影たちも丁寧に礼を言ってから、作兵衛は丁稚を追いかけて行った。



今日の作業はこの程度にして、幻影たちは今日の寝床の松山城に戻った。


嘉明はお付きの者たちを引き連れて寺の参拝をすることにして、素晴らしい境内と本殿を見渡した。


「…飾りっ気のない寺じゃが、だからこそよいなぁー…」と嘉明は笑みを浮かべて言って、本堂に続く石畳を歩いた。


そして目の前に寝仏像があり、「誰じゃ!」と思わず叫んでしまい、罰が悪そうな顔をした。


もちろん木彫りのものだとすぐに気づいたからだ。


「いえ、私も叫びそうになりました。

 ほんにすばらしい…」


お付きのひとりが言うと、嘉明は笑みを浮かべてうなづいて、「…高願殿が息子となっていた未来もあった…」と言ってうなだれた。


「この地に留まっていただけるだけでもありがたいことかと」


「…ああ、そうじゃな…

 あまり欲張るとろくなことにはならん…」


嘉明は今までの人生を振り返って、確信するようにつぶやいた。



夕食の支度は幻影が大いに手を出して、この城の厨房で働く料理人たちをうならせた。


もちろんこうしないと、信長と濃姫が納得せず、また新たに幻影が作る羽目になるからだ。


わかっていることは先に済ませてしまった方が、無駄な時間ができなくて都合がいい。


「食事の後は、この城の世継たちを連れて、花火でもすればいい」と幻影が長春に言うと、「うん! そうするの!」と明るく答えると、「…もう、大花火大会…」と嘉明が感動して言ったが、「いえ、簡素な手持ち花火です」と幻影が言ったが、「…それはどのようなものなのじゃ?!」と嘉明が立ち上がって叫ぶと、「…お父様が恥ずかしい…」と沙織は眉を下げてつぶやいた。


もちろん、打ち上げ花火もそうだが、手持ち花火も一般的ではないものだ。


どの藩に行っても、世継たちが花火で遊んでいる姿など、それほど見たことがないはずだ。


「…あとで堪能しようかぁー…」と嘉明は言ってから、礼を尽くすように、信長と幻影に頭を下げた。


そして嘉明は幻影を見て、「…妾でもよいのじゃぞ…」と小声で言ったが、この場にいる全員に聞こえていた。


「商人ですので。

 お侍のような側室制度はございません。

 それに、本物はひとりでいいのです」


幻影は言って、蘭丸を見てから今はお香に抱かれている阿利渚に笑みを向けた。


「…むう… 蘭丸殿に真っ二つにされかねん…」と嘉明は大いにうなった。


「世継もひとりで十分なのです」と蘭丸は言って阿利渚に笑みを向けた。


「…いやぁー… 男子も欲しいんだけどなぁー…」と幻影が大いに眉を下げて言うと、「私は世継製造者ではございませぬ」と蘭丸は言ってそっぽを向いた。


「あ、そりゃそうだ。

 それは俺の欲だ」


幻影はすぐさま認めて、運ばれてきた食事を大いに楽しみ始めた。



翌日から三日間、じっくりと時間をかけて建物づくりに従事して、そのついでに温泉郷をつなぐ街道の道路整備を入念に行った。


新しい試みとして、土と枯葉を混ぜた柔軟性の高い路面を敷き詰めてから、巨大な圧縮車をゆっくりと走らせて路面に押さえつけた。


よってかなり歩きやすく撥水効果もあり、雨が降ってもぬかるまないことを確認できて、幻影たちは大いに喜んだ。


さらには街道沿いに、これもまた幻影考案の溝堀機を使って側溝を掘って、水はけがさらに良くなる工夫をした。


この工事事業に嘉明が大いに着目して、この街道と城に続く道と松山湾から城に続く道の工事を正式に依頼してきた。


琵琶家がこの伊予に引っ越してきてわずか四日で、琵琶家の名を知らない者は誰もいなくなっていた。


悪い噂はすぐに伝わるが、いい噂はそれほど伝わらない。


だがこの件だけは別で、多くの藩の特使が松山城を訪れ、街道を歩いてすぐにこの技術に舌を巻いていた。


だがその工費を知った時さらに舌を巻いて、―― 手が出ない… ―― という事実も認知した。


これは間違いのない話なのだが、もちろんからくりはある。


その裏には、『琵琶の家が松山にある限り税を免除』という事実があるからだ。


よって嘉明の懐が痛むことなく、街道工事を終えたのだ。


もちろん江戸からも視察がやって来て、大いに眉を下げている守山が自然に足が弾むような道を歩いて城に近づいた。


「やあ、いらっしゃい」と細かい作業中の幻影が守山に声をかけた。


「…小出しにしやがってぇー…」と守山が大いにうなると、「ふと思いついて実現化しただけさ」と幻影は気さくに言った。


「溝の蓋か…」と守山は言って、幻影が持ってる、長い穴に格子を張ってある黒い板をまじまじと見入った。


「木だとすぐに腐るからな。

 腐りにくくなるうわぐすりを塗ったんだよ」


幻影は言って溝に蓋を置いた。


そして守山は城に続く素晴らしい街道を見入って、「ここもいいなぁー…」とまさにうらやまし気に言った。


「またでござるか」と馬に乗った厳しい顔をしている武士が、守山をにらんで言った。


「あ、堂島さん、こいつは俺の友人です」と幻影が言うと、「やや! そうでござったか!」と堂島は叫んですぐに下馬して、「堂島左衛門でござる」とお堅く挨拶をした。


「守山兵衛です。

 江戸城の老中の末端を仰せつかっております」


守山の自己紹介に、「…さすがは高願殿…」と堂島は守山ではなく幻影を大いに褒めていた。


「あはは! かなりの腐れ縁ですよ!」と幻影は気さくに言って笑った。


「ぜひとも、我とも親密になっていただきたいものでござる」と親密のほぼ逆のお堅い言葉で言って、幻影に頭を下げた。


「堂島さんはこの城下の警備組組長で、

 その実績から家老職の一端を担っている素晴らしいお方だよ」


幻影の紹介に、「…それほどおほめ頂きますな!」と堂島は大いに陽気に言った。


「まさに、加藤様の懐刀であらせられるようですね」と守山が言うと、「その昔は槍持ちをいたしておった!」と堂島は胸を張って言った。


守山が幻影を見て堂島に、「こいつが槍の達人って知ってるの?」と聞くと、「やや! それは初耳!」と大いに興味を持った。


「こらこら、ばらすなばらすな!」と幻影は陽気に言った。


この好感が持てるふたりとの会話を幻影は大いに楽しんでいた。


「兄者、滞りなくすべて終了しました」とこちらも少々お堅い弁慶が言ってきた。


「じゃ、今日は俺たちの町に戻って食事にしよう」と幻影が言うと、「…それはないでござる…」と堂島は大いにうなだれて言った。


「殿には俺が言っておくから、代わりの手配を」と幻影が眉を下げて言うと、「あいわかった!」と堂島は堂々と言って、ひらりと馬にまたがって、飛ぶようにして街道を走って行った。


「…馬が楽しそう…」と守山がつぶやくと、「一番喜んでると思う」と幻影は言って宙に浮かんでから、「弁慶、守山さんをお連れしておいて」と気さくに言って、天守に向かって飛んだ。


「…もう普通に天狗になっちまってる…」と守山が嘆いて辺りを見回すと、町人たちは笑みを浮かべて幻影に向けて手を振っている。


「兄者はこの城下になくてはならない唯一となりました」


弁慶が自慢げに言うと、「…ここに移住しようかなぁー…」と守山はまた言って、弁慶とともに戦車に向かって歩いて行った。



もちろん、今の話を別の藩の使者たちが聞いていて、―― さすが、江戸からの使者… ―― と思い、大いにうなだれていた。


街道整備などは幕府からの通達なので、江戸城の使者と懇意なのは当然のことだ。


よって松山城下は素晴らしい街道整備をしたと将軍に報告することになる。


しかし、大いにカネがかかることはもうわかっているので、それらが絡み合い堂々めぐりとなるのだ。


しかも今までここにいた堂島が邪魔者を排除するので、琵琶家と話をすることもままならない。


よって琵琶家のつながりを知っている使者は、法源院屋に駆け込むことになる。


「そのお話は知っておりますが、

 事業自体は琵琶家の独自のものです。

 そして、ご紹介、お目通り要請をお受けするわけにも参らないのです。

 琵琶家の方々の怒りに触れ、縁を切られることは、

 この法源院屋の命を絶つことと同等。

 そういった事情もございますので、

 街道工事については、お話しできることはなにもございません」


店主にあっさりとこう言われてしまうと、使者は二の句を告げられなかった。



その中で、知略に長けた者がいて、様々な状況を鑑みて、法源院屋の店先に出している露店を見入って笑みを浮かべた。


まさにすべてが琵琶家の仕事として知っている使者は、「こちらのおもちゃを作っておられる工房の視察をしたいのだが」と店番の女人に聞いた。


「お侍さんは、街道工事の使者の方では?」と店番にいきなり言われて、茶崎斗真は大いに驚いてしまった。


店員はくすくすと笑って、「当たったわ!」と陽気に叫んで飛び跳ねるようにして喜んだ。


「…こりゃ、やられたね…」と斗真は言って、興味を持ったおもちゃをみっつ買った。


女人は料金を受け取るついでに、「…こちらも高願様のご指示でございます…」と言って、紙の包みを手渡した。


斗真は、―― 誘われたぁー… ―― と内心少々喜んでから、子供たちが遊んでいる整備されている広場の腰掛に座って、包みを開けた。


そこには短い文と木片が入っていた。


―― 割符… やはり忍びだった… ―― と斗真は思ってすぐに木片を何度も表裏逆にして笑みを浮かべ、懐に仕舞い込んでから、文の指示通りに全力で走って目的地に向かった。



ほどなく、素晴らしいほどの建築物を確認できて、その中央に琵琶一族がいると察して、まだ距離はあるのだが立ち止まり、「胡蝶蘭殿はおられるか?!」と斗真は叫んだ。


蘭丸は少し幻影をにらんでから立ちあがり、背に背負っていた長太刀をわざわざ右手に持って、堂々と斗真に歩み寄った。


―― うっそぉー… ―― と小柄の斗真は、巨大な女と異様に長い太刀に大いに怯えた。


「割符」と蘭丸がぶっきら棒に言うと、斗真は慌てて懐から出した。


そして蘭丸が持っていた割符と合わせて裏表を確認してから、「ようこそいらっしゃいました」といきなり穏やかに言われて、斗真は腰が砕ける思いとなった。


「面倒なお方と、下調べ不足や知識不足のお馬鹿なお方は通さないことにしておりますの」という蘭丸の淑やかな言葉に、「…よーく、理解できていたと思っています…」と斗真はかなり控えめに言った。


蘭丸が連れてきた斗真を見て、「…おー… 新しい獲物だぁー…」と幻影が脅すようにいうと、「…威嚇してやるなよ…」と守山が眉を下げて言った。


「…こやつ、様子を見ておるだけかと思いきや、

 ここに通されるとはなかなかの手練れ…」


堂島の重厚な言葉に、「あははは…」と斗真は笑っておくしかなかった。


しかしここは姿勢を正した。


「讃岐藩、高松城城主の命をもって参上しました、

 山河開墾係筆頭、茶崎斗真です!」


斗真は大いに緊張して名乗り、腰を直角にして頭を下げた。


「…うわぁー… 讃岐藩、来たぁー…」と幻影が大いに嘆くと、「やや! 敵かっ?!」と堂島が叫んですぐに立ち上がった。


「堂島さん、違うから」と幻影が穏やかに言うと、「…申し訳なく御座った…」と堂島は言って椅子に腰かけた。


「実はそのお役目よりも先に申したいことがございまして…

 殿としては大いに悔しがられておられるそうなのです」


斗真の言葉に、「うどん屋だよね?」と幻影が言うと、「…はあ、ご察しの通りかと…」と斗真は言って、琵琶一族を見まわした。


「讃岐一の店が、その痕跡すらなくなったことを、

 殿は大いに嘆いておられるのです」


「まあ、俺が解体したからなぁー…

 乗り物を持って行かなかったから…」


幻影の言葉に、この場にいる者たちは目を見開いて驚いているか、笑っているかのどちらかだった。


「讃岐を訪れるお遍路さんたちには申し訳なかったけどね。

 だけどここに店を構えたから、

 正確には店はなくなってないよ。

 それに、この松山にも巡礼の寺があるようだし、

 ある意味ほっとしているんだ」


幻影の言葉に、「半分喜び、半分嘆いております」と斗真は今の心中を正確に語った。


「店主にも人生を選ぶ道というものがあるし、

 本来は町人ではなく武士だから。

 その点は理解してもらいたいね」


様々な事情があるとようやく斗真は知って、頭を下げた。



「今も讃岐は生駒一族が牛耳ておるのか?」


信長が少々威厳をもって斗真に聞くと、「はい、左様でございます」と斗真は恭し気に頭を下げたが、なぜか自然に頭が下がったことを不思議に思っていた。


この琵琶一族で一番怖いと思っていたのは、正面にいる幻影だからだ。


「備前に池田家、今治に藤堂家。

 さらには松山には加藤家。

 この近隣はいろんな意味で安泰で、

 我らも過ごしやすいことでしょう」


幻影の言葉に、信長は何度も深くうなづいた。


「じゃが、高松城辺りは、それほど整地する必要はないと思っておるのだが?

 しいて言えば大河がないことだけが杞憂だと思う。

 だが高松は歴史のある古い町じゃ。

 一体なにをどうしたいと、

 お前の殿様は言っておるのじゃ?」


信長の比較的穏やかな言葉に、斗真は大いに苦笑いを浮かべていた。


やはり、『隣の芝生は蒼く見える』を地で行っていて、素晴らしい街道を所望しているだけなのだ。


お遍路さんも多いことで、なおさらこの思いが強く湧き出ているようだと斗真は思っている。


「説明しないと、何も始まらないよ?」という、かなり落ち着いている幻影の言葉に、ほとんどの者が背筋を震わせた。


守山に至っては鳥肌が立ったようで、両腕をさすっている。


斗真は、―― やっぱ、一番怖かった! ―― と思ったがさすがに言えない。


「茶崎とやら、高願を怒らせるではない。

 何やら戸惑いがあるようだが、

 腹を割って話さないと、

 次に発する高願の言葉は、

 帰れ、だぞ」


信長の言葉に、斗真は大いに慌てて、順序立ててすべてを説明した。


もちろん、城主に直接聞いたことではないので、半分以上は斗真の予測でしかない。


「…ふむ…」と幻影は言って少し考え込んで、「うまくいくかどうかは未知だけど、俺たちと同じ作業を自分たちでもやってみない?」と幻影が提案した。


「…は、はあ…

 申し訳ないのですが、その行程をどうか拝見させていただきたく」


斗真の言葉に、「まあそりゃそうだろうね。だけど、茶崎さんはたぶん絶望すると思う」という幻影の言葉に、誰もが大いに眉を下げていた。


「もしも俺たちが行って作業をした場合、

 讃岐一国をいただくほどの賃金を要求するから。

 その話は、もう聞いていると思う」


「…は、はい…

 これほどに素晴らしい街道は、どこに行ってもないものかと…

 その出来栄えに見合う、ある意味贅沢」


斗真はここまで言って言葉を止めた。


「そう、贅沢なんだよ。

 この松山の地に俺たちは住まわせてもらう代わりに、

 加藤様の願いを叶えたに過ぎないんだ。

 贅沢だと言ったけど、

 俺たち琵琶一族の想いが、誰が見ても贅沢だっただけのこと。

 それを真似する必要なんて何もないんだ」


斗真は幻影の言葉を大いにかみしめて、「…そのように報告することに決めました…」と言って頭を下げた。


しかし斗真はその作業の見学を願い出ると、「ああ、いいよ」と幻影が気さくに答えたので、斗真は大いに胸をなでおろした。


そして幻影が言った通り、斗真は絶望していた。


どう考えても人間業ではないと感じ、それなり以上に時間もかかり、人足も大いに必要となり、さらには危険だ。


その危険だと思うことを、幻影たちはわずか十人ほどで楽々とこなしてしまう。


とんでもない賃金を要求されても文句を言えないとさらに理解した。


だが、第一の行程の、枯葉を細かく裁断して土と混ぜる工程と別の圧縮の行程を経験して、「…板状にするだけなら…」と斗真は言って、幻影に笑みを向けた。


「工夫をすれば、何とかなるかもね。

 栗林公園の遊歩道程度だったら、

 徐々に変えて行ってもいいと思う。

 物見遊山の人たちも感動するんじゃないのかなぁー…」


「…あのぉー…

 ですが裁断機と圧縮機械がお高いのでは…」


斗真の言葉に、「無料で作って持って行くよ」という幻影の気さくな言葉に、斗真は大いに喜んだが、家族たちは大いに眉を下げていた。


「…極端だな…」と信長は言ってから、大いに笑った。


「…ですが、あの車がとんでもない…」と斗真は言って、路面用の圧縮装置に大きさと重さに、大いに眉を下げて見上げていた。


「この街道工事に欠かせない車だからね。

 あれを引けないと何も始まらないから。

 それに人が多ければ多いほど、事故にもつながるはずだ。

 だからどれほどカネを積まれても、

 あの車だけは売るわけにはいかないんだ」


「…はい、十分に理解できたと思っています…」と斗真は言って頭を下げた。


そして幻影がその一部始終を認めて冊子にすると、斗真は大いに喜んで、そして申し訳なさそうにもう一冊書いてもらえるよう願い出た。


提出したが最後、もう二度と斗真が目を通すことができないからだ。


「…ここで写して帰って?」と幻影が言うと、「…厳しいな…」と信長が大いに眉を下げて言ってから、「友好の証しとしてもう一冊書いてやれ」と言った。


「はい、そういたします」と幻影はすぐに答えて、あっという間に分量がある冊子を書き終えた。


「また別の事業に使えることも多いはずだから。

 茶崎さんの名声が轟いて耳に入る日を楽しみにしてるから」


幻影の厳しいが優しい言葉に、「はっ 日々精進いたします」と斗真はようやく胸を張って答えられたことを喜んだ。


「俺のこの知識のほとんどは、

 長門近辺で得たものなんだ。

 君が本気で学びたいのであれば、

 萩文化館がお勧めだよ。

 だけど城に仕えている場合、

 はっきり言ってそんな暇はないと思うから、

 暇をもらって勉強してから、

 どこかの藩に仕官した方がいいね。

 まあ、君の人生だから、無理にとは言わないけどね」


斗真は頭を振って、「まずは知識を蓄えないと、前に進めないと感じました」と堂々と言い放った。


幻影は笑みを浮かべて何度もうなづいてから、大いに眉を下げた。


「また生駒のヤツが使者を送ってくるぞ」と信長がにやりと笑って言うと、幻影は姿勢を正して瞳を閉じて、「ここは茶崎さんの意志を尊重すべきと」と言って頭を下げた。


斗真は大いに感動して、―― ここに来られてよかった… ―― と心の底から思って、幻影たちに礼を言って、和気温泉郷に向かって、意気揚々と歩いて行った。



幻影は早速、落ち葉の裁断機と小型の圧縮機械を作り上げて、入念に確認してから空を飛んで高松城の門の前に来た。


今回は翼装置を使って飛んできた源次もともにいる。


もっとも、地力で飛ぶことができないので、翼を広げて幻影に引っ張ってもらったのだ。


幻影は門番に名前と事情を説明すると、琵琶高願の名前は轟き渡っていたので、「し! しばしお待ちをっ!」と叫んで門をくぐって行った。


そしてもうひとりいる門番に、「俺たちって暇じゃないんだけど」と苦情を言うと、「…えー…」と門番は大いに困惑していた。


「へそを曲げた時、もう二度とここには来ないと思うよ?」と幻影が言うと、源次は後ろを向いて大いに笑った。


「…私では判断が出来かねますぅー…」と大いに困惑して言った。


幻影は文を書いて、門番に渡した。


「これで叱られないから。

 茶崎斗真さんが戻ってきたら、

 この機械を渡して欲しいんだ。

 あ、それも書いておくから」


幻影は言って、短い文を書いてから、文を細い荒縄で機械に縛り付けた。


「重いから気を付けて運んでよ」と幻影は気さくに言ってから、源次とともに宙に浮かんで、松山に向かって飛んだ。


門番はぼう然とした顔をして立ちすくむしか術がなかった。



「栗林公園が素晴らしくきれいでした!」


源次の現地視察の言葉に、誰もがうらやましく思って、「私も行くの?」とまた長春が今にも泣きそうな顔をして言った。


「…まあ、いいけど…」と幻影が答えると、信長が大いに笑った。


幻影たちは分解しておいた空に浮かぶ機械を組み立てて、入念に安全確認をしてから、「大声で話すのは厳禁だ」と注意事項を述べると、長春だけが両手のひらで口を押えた。


「かわいいからいいんだよね?」と幻影が眉を下げて藤十郎に聞くと、「はい、その通りです」と笑みを浮かべて言って頭を下げた。


この浮遊装置も足漕ぎ式で、空を自在に飛ぶことができるのだが、少々速度が頼りないので、幻影が飛んで引っ張る方が都合がいい。


もちろん擬態機能も備えているので、少々空高く飛んでおけば、地上から指を差されることはない。


守山と堂島が幻影を拝んでいたが、「家族の旅」という無碍な言葉に意気消沈した。


早速息抜きができると特に濃姫は思っていたようで、何も言わずに眼下を見て笑みを浮かべている。


長春は、「うわぁー… うわぁー…」と小声で感動しながら、藤十郎に笑みを向ける。


「あら? 阿利渚ちゃんは寝ちゃったわ…」と蘭丸は大いに残念がって眉を下げた。


「…あー… きれー…」と長春は眼下に広がる高松城と栗林公園を見て笑みを浮かべて言った。


「せっかくここまで来たから、

 ここは帰りにじっくりと。

 海を渡って、岡山城の後楽園を見に行くよ」


幻影の明るい言葉に誰もが大いに喜んでから、口を手のひらで押さえつけた。


まさに内海の素晴らしい景色を堪能してから、岡山城と後楽園を見入ってさらに感動している。


「次の機会は地上から見て感動しよう」と幻影は言って、讃岐に引き返して、また高松城と栗林公園を十分に堪能してから、新築した我が家に戻った。



それほど時間は経っていなかったので、守山と堂島はまだ屋敷にいて、ふたりして茶をすすっていた。


幻影たちは片付けを済ませてから、「ところで、守山さんは何の用?」と幻影は今更ながらに聞くと、「息抜き」とだけ答えた。


「息抜きにしては長旅だよね?」


「…お前が小出しにするからだ…

 まあ、そのおかげで色々と知って、

 きちんと報告ができる」


守山は言って、その報告書をこれ見よがしに幻影に見せた。


「今までにないものや解明できないことの考察をする職は、

 なかなかなり手がいないんじゃないの?

 今回はついにひとり旅だし…」


「本来なら公の斥候として、

 俺をここに置いておきたいそうだ。

 もっとも、さすがに露骨な真似はできないし、

 あまりにも図々しいからな。

 今回ひとりだったのは、ひと言余計なことを言う者が多いからだ。

 友人の俺であれば、まだ許されるけど、

 俺の部下に怒りが向いた時、

 俺では言い訳できねえから、

 俺ひとりで行くと進言して簡単に承諾された。

 もちろん、旅費が安くつくから」


守山の順序立てた言葉に、幻影は愉快そうに笑った。


「さらには道後温泉にはまだ来てなかったもんでな。

 返す刀で視察も兼ねて、といったところだ」


「だったら、玄人の目から見てもらいたいことがある。

 道後は問題ないけど、

 もうひとつの和気温泉がどうやら源泉が止まるように思うんだ。

 元々低温の温泉だから沸かし湯だけど、

 沸きだす水量が減っているようだ。

 それを判断するいい方法ってない?」


幻影の言葉に守山は少し考えて、「二三やって湧いて出なかったら枯れたも同然だろう」というと、「やっぱそうかぁー…」と幻影は言ってうなだれた。


「だが問題がもうひとつあってな。

 それは雨量。

 地下水脈の空洞が小さい場合、

 枯れたように思うだけなのかもしれないんだ。

 雨が降って湯量が戻れば、

 今まで通りで構わないと思うけど、

 二三日待って確認しないと、沸きださねえかもしれねえな」


幻影は少し考えて、「…雨量調査は藩によってさまざまなだからな…」と幻影は言って堂島を見た。


「すぐさま調べてまいる!」と堂島は堂々と言って、馬に乗って駆け出した。


「地面は過ごしやすいほど乾いているから、

 江戸では降ったが、ここではしばらく降ってねえと思う。

 だが田畑は枯れてねえから、

 地下水量は減っているはずだ」


「…あ、なるほどな…

 やっぱ、聞かなきゃわからないことも多いな…」


幻影の言葉に、「すべてを子細に知るのは至難の業だと思う」と守山は自分自身に対しても言った。


「…だがな…」と守山は言って、ここから少し離れている入浴中の巖剛を見た。


「贅沢だろ…」と守山が言うと、「あはははは!」と幻影は笑ってごまかした。


「熊の湯と命名した」という幻影の言葉に、「…さぞや人気になるか、誰も来なくなるな…」という守山の常識的見解に、誰もが大いに苦笑いを浮かべた。


『熊居住するも安泰也』という立札を幻影が立てた。


「…普通、誰も信じねえ…」と守山は言って、大いに眉を下げた。



堂島が戻って来て、『自然対策組』という部署から書簡を借りてきた。


この近隣の雨量を記しているもので、ほんの目と鼻の先にある和気には五月雨程度の雨しか降っていないことがわかった。


これはそれぞれの担当部署の日誌の天候だけを抜き取った書物だ。


「雨が降るまで沸かせないが…」と言って幻影は熊の湯を見た。


「捨てるのなら流用した方がいいが、

 なかなかの距離があるが、

 なんとでもするんだろ?」


守山があきれ返って言うと、「その方面は任せろ!」と幻影は大いに張り切って言った。


測量は終えていて、和気とこの地はほぼ平坦で、こちら側の水路を持ち上げれば湯を運ぶことは可能だ。


だがその方法はとらずに、和気側の水路を下げて、それほど深くない貯水用の井戸を設けることに決めた。


一番容易なのは竹で水路を作ることだが、ここはあえて石組みの水路にすることに決めた。


平たい石や岩が大量に必要だが、城の石垣を建設した時の採石場は放置されたままだ。


そこから岩を切り出して、水路を作ることに決まった。


「ここの水質はかなりいいから、

 和気の方も人気が出るかもな。

 もっともここは、

 道後の支流かもしれねえけど、実はここが本流かもしれねえな。

 道後の北にも温泉があるようだから、明日にでも調べに行く」


守山の言葉に、「あ、それは」と幻影は言って道後方面を見ると、白い筋がふたつ見えた。


「よくわかったよ」と幻影は言って守山に頭を下げた。



幻影たちが作業の休憩中に、「守山さんはひとり身なのですか?」とお香が茶を配りながら聞いた。


「貧乏暇なしで貧乏だから、嫁の来手がないんだ」と守山は眉をしかめて答えた。


「…へー…」とだけお香は言って、次々と茶を配る。


「…お香は守山さんにほの字…」と幻影がにやりと笑って言うと、「乳母を奪っていけねえだろ?」と大いに駄洒落を言って大いに笑った。


「ここにいれば、さらにいろんなお仕事ができるわ」という蘭丸の言葉に、「…頼られているもんでね…」と守山は申し訳なさそうに言って、頭を下げた。


「うまくいかないもんだなぁー…」と幻影が言って守山を横目で見ると、「…ここに住みてえに決まってる…」と小声で言った。


「殿様の進言通り、ここを出張所にして、ここから移動すればいいじゃん」


幻影の気さくな言葉に、「…あ…」と守山は言ってかなり考え込んでから、「東海道から西がほとんど」と言って笑みを浮かべた。


「だったらこの伊予は大いに都合がいいと思うけど?

 江戸近辺の調査はほぼ終わったんだろ?

 近いから先にやって当然だからな」


幻影の言葉に、守山は書簡を書き始めた。


「…あ、だが、江戸に戻らねえと…」と守山は言ってまた考え込み始めた。


「知ってることだったら協力するぞ」と幻影がまた気さくに言うと、「大店や城の原因不明の出火原因」と守山が言うと幻影は満面の笑みを浮かべてから、「山火事は?」と聞いた。


「…山火事って…

 …あ、いや、山火事も原因不明が多い」


守山は言ってまた考え込み始めた。


「理由はわからねえが、共通する何かがあるのか?」


守山の言葉に、「…お前ら、すごいな…」と信長が大いに感心しながら言った。


「どちらも腐ることが原因のはずなんだ」


幻影が自信満々に言うと、「…腐ること…」と守山はつぶやくように言ってから頭を振って、「いや、俺には知識のねえことだ」と断定した。


「大店や城、料理屋は?」と幻影が聞くと、「ああ、それも多いな」とすぐさま答えた。


「その原因不明の出火場所で、好んで天ぷらを揚げてなかったかい?

 あ、もちろん、油からの出火じゃないぞ」


「…資料を見るまでもねえ、その事実はあった」と守山は自信を持って行った。


「油粕を積んだまま置いておくと自然発火する」


幻影の言葉に、守山は目を見開いた。


「…だ、だが… 腐ることと、どう関係するんだ…」と守山は目を躍らせて言った。


「油が空気に触れると、酸化現象を起こす。

 これが腐るという現象だ。

 そして燃えやすい油を含んだ小麦の塊があることで、

 腐って熱を発して発火するんだよ」


「…おおー… そうなのかぁー…」と守山は言って頭を抱え込んで大いに揺さぶった。


「試すことは簡単だが、

 それで火事を起こさないようにな」


幻影の言葉に、「…はは、よーくわかった…」と守山は言って、心が晴れた思いになった。


「いや、だが、山火事に油は関係ねえだろ?

 …ん? 腐る? なにが?」


「落ち葉」


幻影の言葉に、「…そうなのかぁー… 大風の日に枝同士がこすりあった摩擦で自然発火する以外の原因があったのかぁー…」と言って、興奮しすぎてうなだれた。


「水分を含んだ枯葉を大量に積んでおけば、

 そのうち腐って熱をもって、

 外側の乾いている枯葉に火が付くはずさ。

 だがこれは時間がかかることだから、

 試すことは困難だろう」


「…うう… なんとなく理解できたぁー…」


「自然現象でも付け火でも、その場に大きなくぼみが確認できた、とか…」


幻影の言葉に、守山は肯定するようにうなづいた。


「見事じゃ!」と信長は大いに叫んでから、大いに笑った。


「…山林担当者は大変だな…」と守山は同情するように言った。


「ま、人間が常に携わっている方は、

 おふれを出すだけでいいからな」


幻影の言葉に、守山は何度もうなづいてから、「どうして俺が解けなかったんだぁー!!」と大声で叫ぶと、幻影と信長は大いに笑った。



守山は立ち上がって、「道後に行ってくる」と言って、まずは熊の湯の湯船に手を入れて、湯の確認をした。


そして手持ちの小さなギヤマンに湯を入れてふたをした。


「…濃いな…」とつぶやいてから笑みを浮かべて、道後温泉を目指してまっすぐな道を南に向かって歩いて行った。


なにに興味を持ったのか、巖剛が湯から出て守山を追いかけようとしたが、「こらこら、お前が行くと騒ぎになる」と幻影が戒めると、巖剛はうなだれて悲しそうな顔をして、巖剛用の家の前まで歩いて行ってからごろんと寝転んだ。


「…もう人間と変わらんな…」と信長は言って、巖剛に笑みを向けた。


「…仕方ない…」と幻影は言って、巖剛を連れて山に山菜摘みに行くことにした。


長春と藤十郎が興味を持ってついてきた。


現楽涅槃寺を突っ切って山に入り、まさに大自然を体感しながらも、蒼く芽吹いているうまそうな山菜や茸を収穫していく。


巖剛がいることで、害を伴う動物はまず近づいてこない。


特に怖いのは爬虫類で、蛇などは毒などを持っているので注意が必要だ。


しかし巖剛がいる周りには、生物の気配が感じられなくなっていくことがよくわかる。


すると巖剛が木の実を見つけて、口にくわえて長春に持ってきた。


「うわぁー… ありがとー…」と長春は大いに喜んで、巖剛に抱きついた。


幻影のいる場所からは確認できなかったので半歩引くと、「ああ、あれか」と言って笑みを浮かべた。


数は少ないが馬酔木の実が実っていた。


幻影は動物たちのために採らないことにした。


そして少し山の奥に踏み込むと比較的影が多い場所に赤松林を発見して、「…松茸があるかもぉー…」と幻影は大いに期待をして見回ると、それなり以上に生えていて、「今日は松茸尽くしだ!」と叫ぶと、巖剛はもう食っていた。


「丸かじりも、ある意味贅沢だな」と幻影は言って、逞しい巖剛の肉体をなでた。


幻影たちは寺に戻って来て、松茸を数本お供えして御殿に戻った。


本来ならば調理したものをお供えしたいところだが、動物が味をしめて屋敷に近づいてくることを避けるために迂闊なことはしないだけだ。


この近隣の農家の人たちに聞くと、猿がいるという話だ。


しかし巖剛がいる限り、屋敷に近づく無謀な猿は現れないだろうし、もし姿を見せても恐れおののくことになるはずだ。



まさに今夜は松茸づくしで、松茸ご飯に、土瓶蒸し、松茸の天ぷらに松茸の海賊焼きなど、考えられる調理法をすべて試みたが、やはり香りが高い松茸ご飯と土瓶蒸しに勝てる調理方法はなかった。


視察から戻ってきた守山も大いに喜んで、大いに食った。


すると蘭丸がお香から阿利渚を受け取ってお香を開放すると、お香は笑みを浮かべて頭を下げて、守山の面倒を大いに見始めた。


松太郎はお香に笑みを向けて喜んでいる。


そして松太郎特製の松茸入りうどんも好評だった。


「…ダメだ、贅沢過ぎるぅー…」と幻影は大いに陽気になって言った。


第一回目の観光旅行ができたこの日は、誰もが早々に就寝した。



この日以降、各地からの松山城下日参の武士の姿が増えてきた。


堂島はまさに陽気になって悪者退治をするように、様々な者に声をかけては現状説明をする。


聞かれるよりも先に話しておいた方が面倒はないからだ。


熊の湯から和気温泉に築いた側溝は問題なく繋がり、めでたく、『美人の湯』の看板を掲げることになった。


この温泉は基本的には現地の住人たちが大いに使うことになる。


内海に近いこともあり、農民よりも漁師やその家族が大いに活用することになった。


元から料金を取らない自然温泉として存在していたので、その部分の変更はなく無料開放のままだったが、まさか大工事をして和気温泉を改修したと知った嘉明が琵琶家の屋敷に自らやって来て、信長に大いに礼を言った。


まさに美人の湯で、和気近隣では大いに話題となっていたのだ。


皮膚病にも効くようで、そのうわさも広がりかけていた。


元々は村を上げての善意の沸かし湯だったのだが、嘉明としては銭湯として料金を徴収してもいいと通達したのだが、琵琶家が何も言わないので今までと何も変えないという返答をもらっていた。


「しかし距離があるのに恐れ入った」と嘉明が言うと、「この技術はもうすでに琵琶湖で使われていたのです」という幻影の言葉に嘉明は大いに驚いていた。


「琵琶湖から京までつないだ、琵琶湖疎水という水路があるのです。

 水不足を懸念したもので、

 それに比べればそれほどの苦労はありませんでした」


「…大いに勉強になった…」と嘉明は大いに感動して、鼻を引く付かせた。


「なにやらよい香りがするが…」


「昨晩は松茸尽くしでしたし、

 朝餉にも残りを使い切りましたが、

 お城に献上するものはとってあります」


幻影は言って、まさに献上品とばかりの黒塗りの重箱に入っている松茸を見せると、「…ああ、よい香りじゃ…」と言ってから笑みを浮かべた。


「山をそれほど利用している形跡がありませんが、

 何か理由でもあるのでしょうか?」


幻影の言葉に、「噂だがな、狐か狸に化かされたことがある者がいたんじゃよ」と嘉明が眉をひそめて言った。


「超常現象を疑わないことは平和です。

 ですが故意にそのうわさを流して

 ちゃっかりと私腹を肥やしている者がいるかもしれません。

 その事実が明るみになると、

 少々平和ではなくなると思います」


「…内偵を進めよう…」と嘉明はため息混じりに言って、重箱を受け取ってから意気揚々と城に帰って行った。


幻影たちが住まう屋敷から山までは近いのだが、この屋敷までが相当の距離があるという理由から山には入らないだけなのかもしれない。


この街道はほぼ南北に繋がっていて、東側は山麓が広がり、西側は広大な空き地と農家の畑や田が点在する、まさに未開拓地のようなものだ。


特に琵琶家がとんでもない工事をしたので、さらに近づきにくくなったのかもしれない。


さらには農家が連なる広い道も柔らかい路面に代わっていたので、苦情を言ってくる者は誰もいなかった。


姿を見つけて話しかければ物おじせずに話をするので、嫌われているわけでもない。


すると嘉明と入れ替わるように沙織がやって来て、「美人の湯の源泉がここだって聞いて…」と恥ずかしそうに言ってきたので、幻影が指を差すと巖剛が入っていたので、沙織は眉を下げた。


まさに露店風呂で、囲いがないので、さすがにここでは入浴できないと、ホホを赤らめていた。


「あ、もちろん、この屋敷の風呂も、

 あの温泉水を引いていますから」


幻影の言葉に、「…ああ、図々しいわ…」と沙織は言いながらも蘭丸を見ていた。


ここは蘭丸とお香が快く沙織を屋敷に誘った。


「今のところは平和でよいが、

 少々変わっていくやもしれぬな」


信長の杞憂に幻影も同意した。


よって本来の予定を急がないことにして、この街道に住む者の募集は後ろ倒しにした。


しかし城の重鎮たちが馬に乗ってやってきて、「うまいうどんを食いに来た!」などと言って日参してくるので、うどん屋だけは時間限定で開店を果たした。


そして土産の駄菓子や玩具などを買って帰っていくので、まさに上客だった。


乗り物に乗らないとそれなりに距離があるので、この情報を知っていても町人たちはここにまで足を延ばすことはない。


時折子供たちが探検のようにやって来ては、まだ何もない開けた街道を見て、巖剛を見て怯えて帰る程度のものだ。


もちろん琵琶家が熊を飼っていることは大人たちは知っているので、騒ぎになることはないし、それを確認に来る者もいない。


もちろん堂島がことあるごとに言いふらしているからだ。


よって出入りは自由なのだが、見て回るものは何もない。


しかし、古寺を新しく建立したという話を聞いて、わずかだが詣でる者も現れてきた。


そして寺の名を読めなかったのだが、境内の看板に子細に書いてあったので、誰もが納得して帰っていく。


賽銭箱を設けていなかったので、本堂の格子戸の隙間から小銭を投げ入れていたことを掃除に来た幻影たちが気づいて、細工を凝らした賽銭箱を作り上げた。


賽銭箱は外にはなく、受け皿のようになっていて、本殿内の床下に溜まるようになっているので、盗み出すことはできない。


もちろんこの賽銭は、一度は城に収められて、寺改修の際に引き出すことになっている。


これがこの松山城下での常識だ。


よってお守りなど費用が掛かる場合や僧の日々の食費や必需品購入も、城に願い出てその資金をもらうことになる。


やはり生ぐさ坊主やなまぐさ神主もいたことで、この方法をとっているのだ。


よって神や仏に仕えるものは、私腹を肥やせなくなっているのだ。


「寺や神社で働く者は、

 一般庶民にあらず。

 仏や神を崇めるために生きていく者たちのはずだ」


これが嘉明の言い分だった。


しかしちょろまかすことは容易にできるのだが、それほど細かいことは言わない。


しばらくして現楽涅槃寺の日参者がなぜだか増えてきた。


何やら御利益があったようで、そのうわさが広がったのだ。


よって城からも侍たちが寺に大勢やって来て、うどんを食って帰っていく。


まだ何も機能していないのだが、松太郎と数人だけで琵琶家を支えるような事態になってきた。


しかし信長がまだ様子を見ることにしているので、駄菓子や玩具を作る程度の仕事しかせず、今はこの大自然を大いに満喫していた。


よって様々な調査も進み、まずは道後温泉郷の細やかな整備に従事すると城主に宣言した。


もちろん嘉明はカネを出そうとするのだが、許可を得た場所で木材の伐採をして補修材料の準備ができていたことでカネは全く必要ない。


よって、道後を訪れる者が増えた時に、分配金として支払われることに決まった。



まずは道後の奥の湯に続く道の整備に手を付けた。


道幅が狭いので、ここは小型の街道圧縮車を入れて、さらに側溝と簡素な低い柵を設けて、事故防止に備えた。


よって温泉好きは穏やかに散策をしながら奥の湯にも足を運ぶようになった。


もちろん嘉明も視察に来て、「みごとじゃ!」と大いに琵琶一族を褒めて、これ見よがしに公衆の面前で褒美というカネを渡した。


こういったことも、殿様の役目でもあるのだ。


さらに道後温泉の集客を上げるために、湯殿の増設と同時に改修工事も行い、見違えるほどにきれいに広く生まれかわった。


やはり歴史のある温泉なので、大きく手を入れることはなかった。


小型の圧縮車が大いに役に立って、温泉郷回りは見違えるようにすっきりとして、うわさを聞き付けたお遍路さんたちが足を運び始めた。


そして奥の湯も湯殿を改修して、温泉周りの全ての工事を終えた。


その頃には大いに話題となっていて、また殿様が大いに褒めて、また褒美を信長に渡した。


そしてお遍路さんたちが城下ではない北に向かう整備された街道を大いに気にし始めた。


通行禁止ではないが、何もないことで遠慮してこの街道を使うことはなかった。


よって、ここぞとばかりに、和気温泉郷の看板を上げ、その距離を示すと、興味がある者と、和気近辺を訪れる者、今治や讃岐に物見遊山に出る者たちが使い始めた。


一部では寺巡りの順路のように、この整備された街道を使うように変わった。


そして琵琶一族がこの地に来てひと月となった時、街道はひっきりなしの往来と変わっていた。


もちろん、『お熊様が坐し、守られている街道』という、ほぼ間違いないうわさ話にも拍車をかけた。


よって現楽涅槃寺も、お遍路の経路ではないのだが、参拝客が大いに増えた。


城下でも願いが叶うといううわさがあふれていたからだ。


そして寺のありがたいお守りをいただきたいという要望が大いに増えた。


よって幻影がいまだ付き合いのある高野山金剛峯寺に現楽涅槃寺の件について子細に文を書いて送りつけると、寺の高僧たちがやって来て、まずは大いに物議をかもし始めた。


そのついでに、しっかりと祈りを込められたお守りの配布を始めた。


配布なので無料なのだが、当然のようにお布施箱を置いてあるので収めていくので、値段のないお守りとなっている。


お守りの材料などはもうすでに幻影たちが作り上げていたので、何の戸惑いもなく配布を始めたのだ。


よって今度は大勢の僧侶たちも現楽涅槃寺を訪れ始めた。


まさに松山城下と同じほどに栄える街道となっていた。


そしてついに、街道限定の大八車での運搬も開始され、多くの利用者が現れ、まずは運送業で琵琶家は名を上げることとなった。


そのあとについて回って、『三つの温泉郷をつないで、全てを栄えさせた名士』として琵琶一族はさらにその名を上げた。


そして関係の深い法源院屋から、様々な情報を発信して、ご利益のあるという、現楽涅槃寺のお守りも代理として、ここでは定額で販売されるようになった。



「…幕府から何か言ってきそうじゃ…」と栄えれば栄えただけ、嘉明のまだ見えぬ苦悩が増えてきたようだ。


「相談役としてすべてを任せろ」と信長が堂々と言い放つと、嘉明は平静を保つように胸を張っていた。


まさに今の信長は、生まれ変わった温厚な武将の織田信長となっていた。


そして琵琶御殿の街道回りの店が次々と開店を始めた。


もちろん人を見て優秀な商人などを大勢雇ったので、雇われ店長ということになる。


そしてここでは娯楽施設も忘れていない。


江戸の大人の間では人気の的屋を筆頭に、娯楽性のある店を開いた。


企画、設計、製造はすべてを幻影が行い、あとは店主たちに丸投げした。


この店主たちはものづくりにも長けているので、基本的なものを提供しただけで、修理や新しいものの製造全てを託したのだ。


物珍しさに、この店は大いに繁盛した。


計画通りにすべての事業を成し遂げた期間はわずかふた月で、実質の労働期間はわずか二十日だった。


今回は時機を見るという、今までになかったことをやったので、時間がかかっただけだ。



よって琵琶一族は大いに暇になり、「…庭園、いくぅー…」とついに長春が言い始めた。


「健五郎の顔見世も兼ねて、備前から行こう」という幻影の言葉に、誰もが大いに喜んだ。


健五郎は学問と剣術を大いに学び、まだ若干八才だが、大人顔負けに急成長した。


やはり資質と好奇心がないと、わずか二カ月でここまで成長するわけがないのだ。


その師匠はもちろん松太郎と沙織で、さらに蘭丸にも、「先生」と呼ぶようになっていた。


幻影にはほとんど何も教わっていないのだが、源次の言葉を採用して、「お師様」と呼ぶ。


まさに万能のお師様でしかないので、店子たちも名前ではなく、「お師様」と呼ぶようになっていた。


今回は街道長制度を設けた。


もちろん、琵琶家の一員として雇い入れた者だ。


松山城の任を解かれた隠居した武士が一番いいと、信長と幻影の合意した意見で、幻影たち自らが足を運んで見極めたのだ。


さらには城からの警備隊も配属されているので、琵琶家がいなくてもこの街道は守られる。


そして飛脚屋は、信長の忍びの手のもので固めたので、何も心配はない。


だが一番困ったのは、長春が飼ってる鳥たちだ。


烏、雀、鳩、犬、猫、鼠、兎は当たり前で、目白、鶺鴒、雛鳥など、大いに増えた。


その長が巖剛なので、巖剛が動けばすべてが動くようになってしまったのだ。


よって熊ではあるのだが、巖剛を恐れる人間は誰もいなくなった。


旅に出る場合巖剛も連れて行くので、動物たちも引き連れて旅をすることになる。


「…ま、いいかぁー…」と幻影は大いにいい加減さを放出して、今の生活と何も変えずに旅に出ることにした。


そして今回はほぼ船だけを使って岡山城にたどり着く工程にした。


城を守るのは堀だけではなく、旭川という大きな川がある。


確認はもう終えていて、水量が少なくても船を航行できる。


もちろんその許可を取っていたので、道中はかなり楽になる。


さらには内海の備後辺りの島々の景色が美しいことも、この旅の目玉になっている。



だが一番恐れていた事態がやってきた。


幻影たちが松山の港で船を出していると、嘉明自らがやって来て、「まさか引っ越すのではあるまいな!」と豪語してきた。


「それを進言した者は拘束でもしておいてください」


幻影の何気ない言葉に、堂島がすぐさま家老のひとりを縛り上げた。


「幕府と関係がないか調べた方がよさそうです。

 ですが本当にお家のためと気を吐いたのかもしれませんから穏便に」


幻影の落ち着いた言葉に、「…取り乱して悪かった…」と嘉明は言って頭を下げると、沙織が大いに笑っていた。


「私の言ったことなんて耳を貸しませんの」と沙織は陽気に言ったが、船を見て眉を下げた。


「沙織様も行きたいそうです。

 なんでしたら、松山城からの使者として、

 鵜城城主にご挨拶でも」


幻影の言葉に、「…うー…」と嘉明は大いにうなって我が娘を見ている。


もちろん沙織も仲間として家族としての付き合いがある。


特に計画的ではないが、理由はもうすでに考えていたことだ。


「それに健五郎の先生でもありますから。

 お話にも花が咲くことでしょう」


「…あい、わかった…」と嘉明は渋々言って、沙織のお付きの二名を人選してから眉を下げて送り出した。


「健五郎、もうここには帰ってこられなくなることも覚悟しておけよ」


幻影の厳しい言葉に、「はい、お師様」と健五郎は穏やかに答えて、決意の目を幻影に向けた。


誰もが口を挟みたいのだがそれはできない。


この先は健五郎が決めることなのだ。


「…旅行、やめるぅー…」と長春が言い始めたが、ここは幻影が説得した。


「…おまえ、ほんと姫様だな…」と信長があきれ返って言うと、さすがの長春もすぐさま謝って、すぐさま陽気になって海を見入り始めた。


「…切り替えが早いのも人一倍か…」と信長は眉を下げて言ってから大いに笑った。



まさに備後の景色は素晴らしく、船をゆっくりと航行させたり留めたりして大いに楽しんだ。


そして船はほどなく備前に入り、児島という地の湾に入ってから、旭川を北上した。


しばらくは大自然と田園風景を満喫していたが、ついに岡山城が見えてきた。


川の船着き場には、監視の者以外に出迎えも来ていて、一斉に頭を下げた。


もちろん、健五郎に向けて頭を下げたのだ。


よって第一に幻影が船を降りて、健五郎を丘に上げてから、沙織を続けて丘に上げた。


その警護には沙織のお付きと弁慶が任に就いた。


船は船着き場に置いたまま、徒歩で城に向かって歩いた。


まず第一に、池田健五郎として池田長政と謁見するためだ。


よって今の幻影たちは健五郎の護衛でしかない。


今は健五郎のそばに沙織がいることで落ち着いてはいるが、この先は未知だ。


健五郎は様々な話を聞いてここにいるのだが、大いに緊張していた。


城内に入ると、当然のように健五郎たちと幻影たちは引き離された。


しかし幻影に抜かりはなく、与えられた部屋を簡単に抜け出して、今は天守の屋根の上にいて、擬態を施して息をひそめている。


すると、擬態を施した藤十郎もやってきた。


ほぼ確実に、信長に言われてきたはずだ。


「…いきなりここでは襲わないだろうけどね…

 沙織姫がどんな裁定を下すのかが見ものだよ…」


幻影の言葉に、「…これが武家の定めか…」と藤十郎は大いに嘆いた。


「せっかく育てた優秀な者を簡単に壊されたんじゃたまったものじゃないからね」


穏やかだが厳しい言葉に、藤十郎は頭を下げた。



健五郎の長政との謁見が始まり、身分を明かした沙織は健五郎の斜め後ろで、何食わぬ顔をして長政を見ている。


「…姫が戻っておるとは知らなんだ…」という長政の第一声で謁見は始まった。


「私に夢を見せてくださった恩人が、

 ある意味私を解き放ってくださったのです。

 その見返りが、お江戸大花火大会」


沙織の穏やかな言葉に、長政は目を見開いた。


「幕府は一銭も支払わずに、花火大会を開催できたのです。

 それほどまでに、私の恩人様は威厳がございます。

 まさに上様以上に」


この将軍批判の言葉に、家老たちが一斉に面を上げた。


すると、「お上の御前である! 慎まんかっ!!」と健五郎が吼えると、長政は穴が開くほどに健五郎を見入った。


そして吠えられた方は頭を下げるしかなかった。


「反抗的な者が約三名。

 このような者たちがいるこの城に、

 私の生徒を戻すわけには参りません」


沙織の厳しい言葉に、長政は大いに眉を下げていた。


まさに琵琶一族を大いに畏れた瞬間だった。


「このような下賤どもがいる場所は私の居場所ではございません。

 ここは出家して、どこぞの仕官をして生きていきましょうぞ」


健五郎の八才とは思えない言葉に、長政はようやく、「…すべてを精査して正したと思った時にまた呼ぶ。それまで、引き続き琵琶家と松山藩の世話になれ」と告げた。


そして長政は家老たちに燃える目を向けた。


「…我は甘かった…

 …だが、今後は容赦せぬ!」


長政はここは威厳を放って言ったが、沙織は眉を下げていた。


―― 威厳なし… ―― と大いに呆れていたのだ。


「…はは、やるぅー…」と幻影は陽気につぶやくと、「…いつ練習を?」と藤十郎は多いに眉を下げて聞いた。


「食後の腹ごなしに山に行って発声練習」と幻影が言うと、「…納得です…」と答えてから、幻影と藤十郎は消えた。



ここからが本番だった。


わずか八才の者に顔に泥を塗られた者たちが黙っているわけがない。


「弁慶、源次、小鳥たちの指示に従え」と言って幻影が消えると、弁慶と源次も消えた。


今は後楽園に移動していて、長春を中心にして園内を陽気に散策中だ。


この絶好の暗殺の機会を逃すはずがない。


もちろんこの集団の中に健五郎がいるからだ。


健五郎ももう察していて、極力気にしないようにして長春に付き合った。


藤十郎は一番重要な任に就いていて、健五郎のそばにいる。


蘭丸はお香に阿利渚を託して、眼光鋭く辺りを見回している。


―― 静かだからこそ、ここは戦場だな… ―― と信長は陽気に考えていた。


幻影たちは敵味方関係なく、小鳥たちが指示した者すべてを眠らせ、弓を引いて待機していた者は腕を折って意識を断たせた。


結局暗殺者は三人で、観察者は十五人もいた。


幻影たちは最終確認として園の外側を大回りして警戒をしながら信長のもとに戻った。


「隠密行動も素晴らしい。

 戦闘があったとは思わなんだ」


信長の言葉に、「…うう…」とまず蘭丸がうなった。


今回も出番がなかったと思ってうなだれた。


「さすがに種子島は出しませんね。

 音がすれば丸わかりなので」


「相手は弓兵か…

 何人いたんだ?」


信長の言葉に、幻影と弁慶は指で示して、源次だけが落ち込んだ。


「三名か…

 あとは、園内にいる客だが、

 小鳥たちはもう戻ってるな…

 こっちも素早い…」


信長は言って、小鳥の楽園になっている巖剛を見て眉を下げた。


すると園の外で少々騒ぎがあったがすぐに収まった。



「暗殺者を放置している後楽園にはもう来ませんわ」と沙織は捨て台詞を見送りの者たちに残して、そそくさと船に乗り込んだ。


さすがに言いふらされるのはまずいので、「お待ち下され!」と役人が言って引き留めたのだが、船は無情にも出航した。


その時、報告を聞いていた長政は大いに頭を抱えていた。


私闘禁止令が出ているので、さすがにほかの藩にちょっかいを出したことがお上の耳に入れば、大君と大いに関係が深い池田家であってもただでは済まされない。


ここはすぐさま頭を下げてと思ったが、もうすでに船は旭川を下っていたので、長政は力を失くして廊下に座り込んだ。



船は川を抜け、湾内を周遊してからまっすぐに讃岐を目指した。


この辺りも絶景で、長春たちは大いにはしゃいでいた。


備後ほどではないが、島が点在していて、大きな島もある。


そしてあっという間に港が見え、砂浜がある場所に船を留めた。


驚いたのは漁師たちで、そこそこの船を台車に乗せて戦車が引っ張り始めたからだ。


しかし、『法源院屋』の旗が上がったのでほっと胸をなでおろしたのだが、乗っている者たちに大いに興味が沸いた。


しかし戦車の外にいた弁慶と源次しか確認できず、車内は光が反射していてよく見えなかった。


「…姫様が乗っとったぁー…」と漁師のひとりが言うと、「何と豪気な」と別の漁師が言って頭を振った。



戦車は一路高松城を目指して走り、あっという間に到着した。


「あ、今日も担当なんだね」と幻影は少々前に話をした門番に気さくに言った。


「今日は逃しませんぞ!」と大いに気合を入れて言うと、「あ、栗林公園を見たいから、預かっておいてくれない?」と幻影は言って、戦車を指さした。


「…おー… それは好都合…」とうなって、大門を全開して、戦車を招き入れた。


門番の案内で城の塀沿いに、少し離れている庭園園内に入ると、長春がまた陽気に散策を始めた。


そしてなかなかの警備の中、ちょっとした宴が行われていたのだが、信長一行を見入って警備の者が、「何者だ?!」といきなり怒鳴った。


しかし沙織の着飾った姫の姿を見入って、叫んだ者は大いに後悔した。


「…相変わらず気の抜けた顔じゃ…」と信長は言って、高松城城主の生駒正俊を見て言った。


「勝手に入ってきて悪かった!」と信長が叫ぶと、正俊はまずは幻影を見つけて、一目散に走ってやってきた。


そしてこの会の主催者の茶崎斗真もすっ飛んできた。


幻影はこの城の殿様は無視して、「やあ、行動を開始したようだね」と気さくに斗真に言った。


「はい! 最後のお勤めの最中です!」と斗真はかなり陽気に叫んだが、無視されて、しかも城を去ることを陽気に言われた正俊は大いにうなだれた。


「俺たちは散策させてもらうから、

 しっかりと頑張って!」


幻影の言葉に、斗真は素早く頭を下げた。


「…どこぞの姫じゃ…」と正俊がつぶやくと、「松山藩主、加藤嘉明様のご息女の沙織様でございます」と面識がある斗真が言った。


「…ああ… 琵琶家が身請けをしたという姫か…」と正俊はいろんな意味をもって大いに嘆いた。


「…できれば、松山藩に仕官したいのです…」と斗真が笑みを浮かべて言うと、「ならんならんならん!」と正俊は大いに喚き始めた。


もちろん、琵琶家と関係を持った斗真を手放したくなくなったからだ。


「別にかまいません。

 この催しが終われば消えますので」


斗真の言葉に、「…カネなら出すから、給金付きで勉強してきてくれぇー…」と正俊はいきなり下手になって言ってきた。


「それだと、ほかの方々に示しがつかないと思いますし、

 私は敵視されてしまいます」


斗真の言葉に、「そのような者は手打ちじゃ!」と正俊は叫んで家老たちを大いに睨んだ。


「ですがさすがに罪悪感が沸きますので、

 お暇をください…」


斗真の言葉に、「だめっ!」と正俊は駄々っ子のように言った。


斗真の第一弾の製品は、気軽にはけて軽くて丈夫な、今まさに正俊が履いている雪駄だ。


土と枯葉の配合を考えて混ぜて圧縮することで、柔らかく丈夫な木のようになって、草鞋よりも履き心地がかなりいいものとなったのだ。


重量は桐と同程度で、摩耗がほとんど確認できなかった。


さらには水もはじくので、雨の日も足袋の底は濡らさなくても済む。


その先も斗真は考えていて、まさにこの日の国にではあまり考えられていなかった靴を考案しかけていた。


しかも、身長が低い正俊は、かなり厚底の雪駄にしてもらって喜んでいる最中だったのだ。


もちろん、斗真も低い身長を気にしていたので、同じ雪駄を履いていた。


「…気づきましたか?」と幻影が小声で信長に聞くと、「…ああ、そうじゃ… 何か違和感があるように思ったが…」と答えると、幻影が種明かしをした。


「…なかなかやりおるわい…」と信長はうなって斗真を認めていた。



栗林公園を満喫してから、今更ながらだが、高松城城主と挨拶を交わした。


もちろん、沙織姫とも挨拶を交わし、琵琶家が護衛役に任命されていたことにも驚いている。


しかし蘭丸の存在を確認してすぐに、―― なにも問題なし… ―― と正俊は勝手に納得した。


「…うどん、食わせてぇー…」という正俊の願いだけは叶えることにして、幻影は松太郎とふたりして厨房に入ってから麺を打ち、総勢約百名の者たちの腹を満たした。


「この讃岐で店を出していた時よりも、

 今は自信を持ってお出ししております。

 機会があればぜひとも、

 道後温泉郷街道の店にもお越しいただけますよう」


まさに店主らしい言葉に、幻影たちは笑みを浮かべて見ていたのだが、「…ここにも店を構えてぇー…」と正俊はまた駄々をこねてきた。


「残念ながら店を任せられる者を育成できておりません。

 今回は涙をのんで店を閉めて、

 琵琶様方の旅の同行をさせていただいているほどですので」


松太郎の言葉に、正俊は何も答えずにうなだれた。



幻影たちは何とか解放されて、今度は陸路で琴平まで行って、天まで続くような階段を上って、金毘羅宮詣でをした。


階段を降り切ると、当然のように戦車が囲まれていたが、勇ましい男が仁王立ちしていた。


この琴平に入ってすぐに、妙に勇ましく心根がまっすぐに見えた武士がいたので、幻影が声をかけてカネを渡して見張り番を頼んだのだ。


それを忠実に守っての仁王立ちだった。


「主よ、よう戻られた」と男は言って頭を下げた。


「ほんとに助かったよ。

 ところでこれからどこかに行くの?」


幻影が気さくに聞くと、「今話題の松山城下にでもと」とお堅く言って頭を下げた。


「そっち方面に行くから乗ってく?」という幻影の気さくな言葉に、「おお… 何と豪気な…」などと言いながらも礼を言って戦車に乗り込んだ。


そしてどうやって動かしているのか黙って見入って理解を終えていた。


「わしを試してくださらんか?」と酒井寅三郎と名乗った男が幻影に聞くと、「うん、いいよ」と気さくに言って弁慶と引手を交代した。


弁慶の指示を受けながらも、戦車は緩やかに走り出し、速やかに和気の町まで戻って来てすぐに舗装した街道に入った。


寅三郎はまさに力も体力もあり、それほど疲れることなく御殿までやってきた。


信長が何度もうなづいたので、「よかったらここで働く?」と幻影が寅三郎に聞くと、「いや、主に迷惑がかかるかもしれんので」と言って辞退したのだ。


「それは残念だなぁー…」と幻影は本気で言ったのだが、無理には引き止めなかった。


松山城まではまだ遠いが、寅三郎は、「世話になった」と言って頭を下げてから、城を目指して歩いて行った。


「…仇討ち?」と幻影がつぶやくと、「…さもありなん…」と信長は嘆くように言った。


「でもね、復讐だけってわけじゃないって思うの…

 けじめ?」


長春の言葉に、「なかなかいるものじゃないね」と幻影は大いに感動していた。


「…嫌な風習だけど、仇を討ちたい気持ちはわからなくもないわ…

 だけど悲壮感が全くなくて真っすぐ。

 高い壁を乗り越えないと先に進めないという決意、かなぁー…」


沙織の言葉に、誰もが理解してうなづいた。


仇討の場合は藩にもよるが、認めている場合が多い。


だが武家諸法度により私闘は許されないので、その藩の藩主に申し出てから、正式な書状をもらって決闘をする必要がある。


もちろん相手に身に覚えがない場合もあるのだが、ほとんどの場合受けて立つ。


武士にとって逃げは許されないことでもあるからだ。


さらには役人も立ち会って、場所を決めての一騎打ちとなる。


戦乱の世が開けたばかりなので、仇討はいまだに多くあるものなのだ。


こういったことも、戦乱の世の被害者といってもいいのだ。


よってほとんどの場合は卑怯な手を使っての闇討ちが多いので、決闘を認められない場合もある。


始めに手を下した者がその意思がなかったこともあるからだ。


「…城に、その該当者っているのかなぁー…」と幻影がつぶやくと、「最近、数名仕官してきて雇ったようです」と沙織が真剣な目をして言った。


「…大いに目立つ、堂島さんじゃなきゃいいけど…」と幻影が言うと、誰もが不安になっていた。



「そなた、なに用じゃ?」とその堂島が馬上から寅三郎に声をかけた。


寅三郎は慌てることなく懐から仇討赦免状を出して堂島に渡した。


「ややっ! 桐生松助!」と堂島は叫んで、大いに心当たりがあった。


堂島は赦免状を寅三郎に返して馬を降りてから、「参られよ」と言って、寅三郎を城に案内した。


「この城下には親切な方が多い」と寅三郎が笑みを浮かべて言うと、「そうじゃろうそうじゃろう」と機嫌よく言った。


「金毘羅で出会った豪族のお方もこの地にお住まいで、

 開けた街道まで送ってくださった」


寅三郎の言葉に、「あの法源院屋と関係の深い、琵琶一族の方々じゃ」と堂島がその店を見て答えると、「…やはりそうであったか…」と寅三郎は笑みを浮かべて言った。


「…断るんじゃなかったなぁー…」と寅三郎はつぶやいて大いに後悔していた。


「主! まさか! お声掛けいただいたのか?!」と堂島はまるで叱るように叫んだ。


声掛けとは、もちろん仕えないかという声掛けのことだ。


「…その感情は大いに正しいと納得できたよ…」と寅三郎は答えて大いに眉を下げた。


「…ワシじゃって、声掛け願いたいほどなのにぃー…」と堂島はうなって、大いに寅三郎をにらんだ。


「だけど、やらなきゃな…

 若様を何とか返り咲かせたいから…」


もちろんこの件も赦免状に書かれてあり、真相を究明した暁には、お家断絶を取り消すと書かれてあった。


本来であれば、血族が無念を晴らし討ち取るものなのだが、次期当主がまだ元服していないので、代理として家老だった寅三郎が任命されたのだ。



寅三郎は堂島に言われて厩のそばに立っていると、大きな箱が立てかけてある。


―― なんだこれは… ―― と寅三郎は不思議に思い、何の変哲もない頑丈な箱を見入った。


もちろんこれは幻影が讃岐のうどん屋の家屋の木の部分だけで作った、人間を運んだ籠だ。


―― 鎖の取っ手… 鬼の買い物籠か… ―― などと思っていると、寅三郎はついつい笑ってしまった。


すると堂島が走ってやってきて、「まだ暫し待っておれ!」と叫んで馬に飛び乗ってとんでもない速さで城を出て行った。


―― 熟練の戦経験者… ―― と寅三郎は考えて、自分自身もそうだったと、ほんの五年前のことを思い出していた。



最後の大きな戦いだった。


寅三郎は真田信繁と同じ場所の配備を命じられた、大谷吉治の配下の山田新三郎とともに最終決戦まで生き残っていた。


信繁はまさに勇ましく、その鎧から焔が沸きだしているように見えていた。


そして、「家康の首を取る!」と叫んだと同時に、騎乗の武士たちが一斉に駆け出し始めた。


それと同時に、寅三郎の主の佐竹新三郎の首が落ちていた。


寅三郎は何が起こったのか全く理解できず、「殿ぉ―――っ!!」と叫んで馬を降りて駆け寄った。


そして、なんと味方のはずだった、見知っていた武将伊木遠雄の配下の手の者で、その配下の桐生松助が鬼の形相で血に濡れた太刀を振り切っていたのだ。


寅三郎はすぐに追ったが、桐生は戦乱に乗じて走り去った。


この件は大問題となった。


知らなかったのは上層部だけで、下層部で様々な取引があったのだ。


まさに徳川側の策略のようなものだった。


それを擁護するために、数名に対しては仇討赦免状を徳川秀忠が与えていた。


特に寅三郎はその現場を見ていたことと、生き残った数名の証言もあったことから、桐生松助の足取りを追う旅に出たのだ。


そしてついに、寅三郎の絵心が日の目を見ることになり、つい最近、備前から讃岐に渡っていた情報を得たのだ。


さらには船の船頭に、「今話題の松山に行く」という情報も得ていた。


寅三郎は心を静めるように金毘羅宮に参ってから、長い石段を下りてきた時に、幻影と出会ったのだ。



その幻影が厩に現れた。


「とんでもない事実があったもんだね」と幻影は言って眉を下げると、寅三郎は無表情で頭を下げた。


「俺もあの場にいたけど、

 寅三郎さんが経験した事態の一時ほど後の真田信繁を見て、会ったよ」


幻影の言葉に、寅三郎は大いに驚いて目を見開いた。


「真田信繁は俺のお師様なんだ。

 だけど、俺は正式には武士としては参加していなかった。

 どうしてもお師様の最後の願いを見届け聞き入れるために、

 家康の首を打ち取った」


寅三郎は幻影の言葉を大いに疑った。


だが、疑いきれない事実もある。


戦場での裏切りの場合、仇討赦免状が出ないのではないかという杞憂もあったのだ。


しかし、数名の者には出したという。


できれば騒ぎにしたくない何かを隠すために、申請者の言いなりになったのではないかと考えたのだ。


「もっとも、お師様はその二十五年ほど前に、

 一度家康の首を落としているんだよ。

 その時俺も長篠にいて連絡係をしていたんだ。

 家康は俺が知っているだけで九人も代替わりをして、

 今の安寧の世界を手にしたんだよ。

 寅三郎さんはその亡霊に、

 ご主人の命を絶たれてしまった。

 きっと、寅三郎さんが目立って強かったからだと思う。

 きっとほかにもいるんだろうね。

 だからお師様は最後は単身だった。

 家康の亡霊の松平元康は、お師様が相当に怖かったようだよ」


寅三郎は泣いていた。


琵琶高願を信用しなかった自分自身を許せなかった。


そして、同じ戦場にいたことを誇りに思っていた。


「決闘でも構わないのですが、捕らえて証言させるだけでも良いのです」と涙声で言った。


「そうだね、その方が今の風潮にあっていて平和だから。

 寅三郎さんの年齢だったら、織田信長様を知っていると思う」


幻影の言葉に、「…はい… 荒ぶる猛将だと…」と言って頭を下げた。


「琵琶信影様が織田信長様だ」


幻影の言葉に、寅三郎は疑うことなく頭を下げた。


「…だからこその、今の平和がある…」と笑みを浮かべてまた新たな涙を流した。


「荒ぶる猛将のままだったら、俺が斬り捨てていた。

 御屋形様と出会った頃は大いに揺れておられたんだよ。

 俺としては家康は生かして、今の平和を考えていたからね。

 御屋形様が将軍様だったら、

 まだ戦いは終わっていなかったと思う。

 戦乱の世には荒ぶる猛将、

 穏やかな平和には、穏やかな指導者が必要なものなんだ。

 だからこそ奮起して、

 琵琶と姓を変えて、様々な場所をさらに平和にしようと、

 俺たち家族は万人に協力しているんだ」


「…どうか、おそばにいさせていただきたい…」と寅三郎がうなだれて言うと、「もちろんだよ」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


「俺は少々冷酷だから、俺も天下は望んでいなかった。

 それは誰かにやらせて、影から支えた方が楽しいからね」


「…はい、皆様は本当に楽しそうでしたから…」と寅三郎は笑みを浮かべて答えた。


「だからこそ、これから戦場に行くほどに鍛えているから。

 あ、日ノ本一喧嘩決定戦って知ってる?」


「はい! もちろんでごさいます!

 法源院屋の店先に、結果が張り出してありました!

 …あ…」


その天下一の名前が、琵琶弁慶だとここで思い出した。


「…天下一と、一緒に走っていた…」と寅三郎は満面の笑みを浮かべて言うと、幻影は愉快そうに笑った。


「その天下一は本当に強いから。

 まあ、今日からそれを思い知ると思うよ」


幻影の言葉に、寅三郎は大いに身震いした。


やはり琵琶高願の神髄は冷酷さなのだろうと、ここで大いに思い知っていた。


だが、その顔は一瞬だけで、それ以外の高願は穏やかでしかないと感じてもいた。


「琵琶高願様が冷酷であることを大いに思い知りました」と寅三郎は言って頭を下げた。


「あ、これ、ここに置きっぱなしだった」と幻影は言って、軽々と鬼の買い物籠を持ち上げた。


「…はあ… 人間の天下一が、弁慶様なのですね…」という寅三郎の言葉に、幻影は大いに、「あははははは!」と空笑いをした。



桐生松助の処遇だが、幻影の提案で、赦免状を出した徳川家に直接送り届けることに決まった。


もし話を聞いてしまうと、色々と面倒ごとに巻きもまれてしまうのだが、さすがに冷酷過ぎると思い、嘉明立会いのもと、幻影が話を聞くことにした。


「余計な感情は出さなくていいから、

 実際にあったことだけを語って欲しい。

 大坂の最後の戦いの前に、

 どういう経緯で味方側の武将を殺害したのか」


幻影の淡々とした言葉に、桐生は少し怯えているようにも見えたが、それはおかしな話だ。


桐生は本当の名前を用いて、この松山藩に仕官にやってきている。


何かに怯えるのであれば、偽名を使って当然なのだ。


しかも、仕官などせずに、商人などの警護の方が確実に安全だ。


幻影が見た桐生の第一印象は、小心者だけだった。


よって、うかつな真似はせず、比較的冷静に行動する性格だと感じた。


さらには、殺害をしたことに正当な理由があったのではないのかと考えた。


「声をかけられたのは、大野や長曾我部をうろうろしていた、

 それほど腕の立たないやつで、名前を吉岡大全というやつだ。

 前の冬の戦いでもやる予定だったと聞いたが、

 真田軍の防御力に、最後の最後は勝ったようなものだった。

 その真田が裏切るから阻止せねばならないと、力説していたことが、

 底辺で話題になっていたんだ。

 そのお頭たちも同じように言っていたからな。

 だが最後の戦いの時に、手のひらを返したように、

 真田は英雄扱いだった。

 吉岡はどうつながっていたのか知らないのだが、

 真田の命で目立つ達人の主の首をはねろという提案があったと言ったんだ。

 これは俺の予想だが、真田は味方の軍を信用していなかった。

 あとで聞いたが、まさに決死の覚悟で、

 徳川家康の陣を一気に攻め落とす勢いで馬を乗り換えながら迫ったらしい…

 最後の戦いは、それが最後の目的だったんだろうと、

 なんとなく感じた。

 真田も、俺たちのような者がいることをすでに知っていたと思うんだ」


桐生は比較的冷静に語った。


幻影としては確実にそれはあると感じていた。


そして、直接吉岡に声をかけたのは、与助ではないかとも考えた。


全ては真田信繁の本懐を遂げさせるために、決して邪魔をさせないように、念蜜に練られた作戦だったのだろうと。


「戦場にいたのなら知っていると思うが、

 真田が抱えている忍びの隊を聞いたことがあるか?」


幻影はできるだけ感情を殺して聞いた。


すると桐生は大いに怯えて目を躍らせた。


この反応は、質問の内容ではなく、ただただ幻影に怯えていたと、幻影は正しく理解した。


しかし桐生はすぐに平静を取り戻して、「…噂を聞いたことがあるだけで、実際に会ったことはない…」と言ってからうなだれた。


「…真田信繁は、誰も信用していなかったようだ…

 ただただ、自分の武功を上げる邪魔をされたくなかった…

 猛者のいる隊の親方の首をはねさせて、

 保身第一で戦場に出た。

 真田隊単独で家康に迫りたかった。

 なかなかの執念だったと思う…」


話は終わったはずだが、桐生は何かを話したがるような顔をしていた。


「気になることはすべてを語っておいた方がいいぞ」という幻影の言葉に、桐生は息をのんでうなづいた。


「最後の陣形を整えて、ほんの一刻だったが、

 天狗が出るといううわさが立ったんだ。

 誰も信じちゃいなかったんだろうけど、

 真田信繁が天狗と会ったことがあるという噂を知っていたから、

 援軍に来るのだろうかと漠然と考えていた」


幻影は笑みを浮かべて何度もうなづいていた。


その天狗の姿を見たのは、敵側の徳川の軍だけだったはずだからだ。


幻影の笑みが相当に怖かったようで、ここにいる誰もが大いに震えていた。


幻影は桐生を見て、「俺が直接秀忠に話すから、今度はあんたが証人になって欲しい」という幻影の言葉に、桐生は大いに驚いたが、すぐさま頭を下げた。


「先に言っておくが、俺は空を飛べる天狗と言われていたことがある」


嘉明だけはそれを見ているので驚くことはなかったが、桐生と寅三郎は眼を見開いていた。


「その天狗は籠の中に桐生松助を入れて、江戸城に向かって飛んでいくんだよ」


幻影の予告の言葉に、「…本当に、いたのか…」と桐生はつぶやいて目を見開いた。


「その証明がてら江戸に行こう」と幻影は言って嘉明に向き直った。


「嘉明様が桐生を追放することも抱え続けることも自由です。

 更に知りえたことは私から助言いたしますので、

 ある程度だけ考慮願いたいのです。

 桐生松助を抱えた理由があると感じましたので」


「…高虎のやつの推薦じゃ…」と嘉明は吐き出すように言った。


「ほう… 藤堂様は推薦はしたのに抱えなかった」と幻影は言って桐生を見た。


「…うう、そういわれると、不自然じゃったか…」と嘉明はつぶやいた。


「仕官の口はないと、まずは門前払いだったはずだった。

 だが、城内に誘われて、

 今以外の話をした。

 藤堂様も、最後の戦いの前哨戦で、

 家臣からの裏切り行為のようなの憂き目にあったと嘆かれていた。

 しかも、お身内を大勢失くされたとも」


「…ほんと、統率の取れていない戦いだったようだね…

 そんなの戦でも何でもないね…」


いきなりの幻影の気さくな言葉にも誰もが大いに困惑していた。


「藤堂様はそのようなお話をして、

 桐生さんの神髄を感じたんだと思う。

 だから他意あって推薦状を書いたのではないと思う。

 仕官の募集をしていなかった、

 昔話を聞きたかっただけだったと思う。

 話の中で、重点的に聞いてきたことってある?」


いきなり親身になってしまった幻影に戸惑いながらも、桐生は少し考えた。


「仕えられるのであればどの武将が好みだ?

 と、かなり興味を持って聞いてこられた。

 きっと、出会う武士には聞いているんじゃないかと。

 聞き慣れているようで、この時だけは笑みを浮かべられておった。

 …あ、その時は正直に、柴田勝家様とお答えした」


すると幻影は大いに笑った。


年齢的にも、桐生は勝家どころか信長も知っていたはずだからだ。


「織田信長じゃないの?」と幻影が聞くと、「…藤堂様にも聞かれ申した…」と桐生は眉をひそめて答えた。


「本能寺炎上の一件のあと、

 うかつものだと知って、すごく残念に思ったからという理由…」


「ま、ほぼ単身で、堂々と寺で就寝するのはうかつものでしかないよね。

 それは全く間違いのない判断だよ。

 だけど、迂闊じゃないとすればどうだろうか?」


桐生は目を見開いた。


「…まさか… やはり、生きておられるのか…

 あ、この件も藤堂様は語られた。

 そして、姿を変えて織田様は生きておられるとまで…」


「ああ、生きてるぞ」とだけ幻影は言ってから立ち上がって、廊下に置いている大きく重い箱に指を差した。


「さあ! 江戸まで飛ぶから入って!」と幻影は気さくに、かなり怯えている桐生に言った。



ふたりっきりになった嘉明と寅三郎は、まさに居心地が悪くなったようだが、ここは嘉明が声を発した。


「今後、どうするのだ?」


「はい、幸運なことに、琵琶家に仕えることが叶いました」と寅三郎は笑みを浮かべて言って頭を下げた。


「…まさかだが、全部聞かされた?」と嘉明が眉を下げて聞くと、「私の独断ではお話しできかねます」と寅三郎はお堅く答えた。


「…いや、だからこそ雇われた。

 高願殿の眼力はまさに恐ろしい…」


「はい、全ては事実だと疑うことを捨てました。

 天狗については疑う余地がありませんし、

 その天狗が嘘を言いふらす必要はないからです」


嘉明は何度もうなづいて、「もといたお家のことはどうするのじゃ?」と話題を変えた。


「実は、お家再興は私だけの願いであって…

 お世継ぎ様の姉上が、今は奮起されて一家を支えておられるはずです。

 私としては、礼を重んじで、

 できることはしてから辞去しようと考えておりましたので」


嘉明は何度もうなづいた。


「帰ってくるまでに高願殿が全てを丸く収めていると思う」


嘉明の言葉に、寅三郎は笑みを浮かべてうなづいた。



「やあ、秀忠、暇そうだな」と幻影は江戸城の天守の外から言った。


「高願!!」と秀忠は目を見開いて言って、大きな箱に入っている男を見た。


幻影は来場した理由を簡素に述べると、「…そんな話もあったな…」と言って、お付きの者に目配せをした。


もちろん、その資料を取りに行かせたのだ。


ここからは話は早く、桐生は質問に答えただけで解放となった。


「駿河に行くのは久しぶりだね。

 さすがに桐生さんは気まずいから、

 一旦松山に戻る?」


幻影の言葉に、桐生は大いに戸惑った。


「まだ何の沙汰も出てないから。

 もし追放されたら、新しい職場の紹介くらいはするよ」


「…かたじけない…」と桐生は大いに困惑して礼を言った。


「茶ぐらい飲んでいけよぉー…」と秀忠が懇願したが、「突発的な仕事だったから、早々に済ませたいし、駿河にも行きたいから」という幻影の陽気な言葉には、秀忠は反抗できなかった。


「では、早々に解放する代わりに、また花火大会を」


「やなこった」と幻影は答えてから、「正式な書状だけは送っておいてくれよ」とさらに念押しして、箱を抱え上げて松山目指して一直線に飛んだ。



「おとがめなしで解放です」と幻影は言って天守に桐生を下ろしてから、「あ、今度は寅三郎さんも飛んで駿河に行く?」と幻影が聞いた。


「喜んで!」と寅三郎は言って、すぐさま箱に乗り込んだが、やはり怖いものは怖いので、下を見ようとはしなかった。


「では嘉明様」と幻影は言って頭を下げて、駿河に向かってすっ飛んで行った。


「高願殿が急ぐ理由があるのじゃ、わかるか?」と嘉明が桐生に聞くと、「…わかりかねます…」と桐生は大いに困惑して答えた。


「のんびり構えているとな、

 家族が察知して連れて行けとせがむからじゃ!」


嘉明は愉快そうに叫んで大いに笑った。



幻影は寅三郎の案内で、駿河湾にほど近いさびれた剣術道場の前に降り立った。


そして、「たのもうーっ!!」と幻影は叫んでから、「一度叫んでみたかった」と言って大いに笑った。


すると、勇ましい鉢巻き姿の女人がすぐさま走って来て、「立ち退かんといったはず!」と叫んでから、ようやく寅三郎がいることに気付いた。


「…姫、返り咲き叶い申した…」と寅三郎は笑みを浮かべて言って頭を下げた。


「…おお… おお…」と姫と呼ばれた女人は喜びの涙を流していると、「…姉ちゃん、誰だい?」と言って元服に近い少年が歩いてやってきた。


―― おっ なかなかなかなか… ―― と幻影はこの少年は認めた。


気が抜けた話し方だが、脚運びが慎重そのものだった。


よって姫は、教育者としては長けているのだろうと感じた。


「寅さん、どうして箱の中?」と少年が気さくに聞くと、「空を飛んで参った」と言ってから頭を下げた。


「…そんなこと、天狗様しか…」と少年は言って、幻影を見上げた。


「様はいらない、天狗でいいさ」と幻影が気さくに言うと、少年も姫も目を見開いていた。


門前での立ち話も気が引けたようで、姫は幻影と寅三郎を道場に誘った。


母屋よりも道場の方が立派に見えたので、幻影は察した。



落ち着いたところで幻影たちは穏やかに挨拶を交わした。


そして返り咲きの話を聞いて、姫である佐竹志乃は涙を流して喜んだ。


「もう武士はいいかなぁー…」と少年佐竹竹ノ丞はため息交じりに言った。


「何を言うか! この戯けが!」とまさに志乃は勇ましい。


そして幻影は寅三郎を召し抱えたというと、志乃は大いに目を見開き、「…あー… いいなぁー…」と竹ノ丞は大いにうらやましがった。


「武士は続けますが、もう拘りませぬ。

 どうかお暇をいただきたく」


寅三郎の言葉に、「うん、いいよ。今まで本当にありがとう」と竹ノ丞は心を込めて言って、頭を下げた。


志乃は顔を真っ赤にして今にも爆発しそうだった。


念願叶ったのに志乃の思い通りにならなかったことに、ここは幻影をにらみつけた。


「立ち退きってどういうことです?」と幻影が気さくに聞くと、「…うう…」と志乃は言って一気にその怒りが抜けていた。


「この地は、この辺りでは一等地ですね。

 夏は水遊び、それに山河も素晴らしい。

 宿でも建てれば儲かることでしょう」


「…我が父が残してくださった唯一…」と志乃はうなるように言った。


「それにこだわっていると、幸せはやってこないと思います。

 戦乱の世は終わりました。

 この先、大きな戦いはないと思います。

 もしあるとすれば、平和を維持したり、

 欲を持っての小競り合い程度でしょう。

 近い将来、現在の士農工商の体系は崩れ去るはずです」


幻影の言葉に、「琵琶様?」と竹ノ丞が思い出したように幻影に言った。


「俺は現在、主に商人と工員をやって生業を立てているんだ。

 ちなみに家族もいて、熊も飼っている」


「おっ! すげっ! すっげ!」と竹ノ丞は大いに喜んだ。


「ちなみにお弟子さんは?」と幻影が志乃に聞くと、憤慨してそっぽを向いた。


「…脅されてみんな逃げた…」と竹ノ丞が小声で言った。


「よくある話です。

 だったら面倒なところからは去ればいい。

 もちろん、多額の金をふんだくってやればいい。

 その方が楽しく生活ができるというものだ。

 どちらの商人が優れているか、

 試してもいいんだ」


幻影の言葉に、志乃はまだ怒っているが、「姉ちゃん、その方がいいって」と竹ノ丞は幻影に意見に賛成した。


「姉上と呼びなさい!」と志乃は大いに頭から角を出して怒った。


「返り咲きも果たせそうだし、新天地で頑張ればいいじゃん」


「その手助けもするよ。

 もちろん、カネなんていらない。

 俺たちは金持ちだからな!」


幻影の言葉に、「…ふーん…」と竹ノ丞は言って幻影を見てから笑みを浮かべている寅三郎を見た。


「返り咲きを確認してから、

 琵琶さんの話に乗るよ」


竹ノ丞が言うと、「じゃ、飛んで江戸城に行こうか」と幻影は言って立ち上がった。


「…うわぁー… マジかぁー…」と竹ノ丞は大いに嘆いたが、すぐに立ち上がった。


「寅三郎さんは、姫様の護衛を」と幻影が言うと、寅三郎は笑みを浮かべて頭を下げた。


志乃は言いたいことが大いにあったのだが、空を飛んでいる姿を見てみたいと思い、「しかと見せていただきます」と威厳を持って行って立ち上がった。



そして目を見開いた。


まさに幻影と籠に入っている竹ノ丞は宙に浮かんでいたからだ。


「では失礼」と幻影は言ってから、江戸に向かってすっ飛んで行った。


「琵琶高鴈様の言葉はすべて真実となります」


寅三郎の言葉に、志乃は大いにうなだれた。


「…お嫁に、行きそびれたんだけど…」と志乃がつぶやくと、「琵琶様のご家族には単身の方もおられます」と寅三郎は言って頭を下げた。


「予測でしかありませんが、琵琶様は若を気に入ったご様子。

 私の願いでしかございませんが、

 琵琶様とともに生きていくことも可能かと存じます。

 そしてご家族に、日ノ本一の琵琶弁慶様もおられます。

 まさに穏やかで勇ましいお方です」


「琵琶って、その琵琶家?!」と志乃は大いに叫んで、ここからは少々距離がある法源院屋の張り紙を思い出した。


「…あとは琵琶源次、さらにはあの宮本武蔵の名も…」


「負け知らずと言われていた宮本武蔵ですら五番手です。

 しかも三番手は松山楓様。

 穏やかでさわやかな女人です。

 そして武蔵と同じくして二刀の使い手です。

 関係はよくわかりませんが、

 商人であって武家の家と何ら変わりなく高水準かと」


「…私の居場所、あるのかしら…」と志乃は言ってうなだれた。


「姫の想いひとつで明るい道も見えてくることでしょう」


志乃は寅三郎の言葉を信じることにした。


するともう幻影と竹ノ丞が戻ってきた。


「姉ちゃん! ほらほら! お家再興が叶ったよ!」と竹ノ丞は陽気に叫んで書状を志乃に渡した。


志乃は震える手で書状を受け取って開き、そして、「寅三郎、長い間ありがとう」と言って頭を下げた。


「決めたんなら、道場を売っぱらうよ。

 放置して、入り込まれると面倒だから、

 早々に話をした方がいい。

 俺の見立てで金十貫。

 それ以下では売らないね。

 売らずに俺たちが宿屋を建てる!

 法源寺屋の支店も出していいだろう。

 基本は自然を満喫できる、休養地となりそうだね。

 あ、温泉とかないかな?」


幻影の陽気な言葉に、「うちの土地ではありませんが、山の川沿いに…」と志乃は言って指を差した。


「管理はその地の庄屋だね。

 そっちも話をつけようか。

 湯量によっては旅館にもそこから温泉を引くから。

 もう成り立ったも同然だよ。

 さらに神社仏閣は?」


話は大いに盛り上がって、幻影はこの地の法源院屋に話をして、道場の警備なども受け持ってもらって、籠に三人を乗せて、まずは松山城に飛んだ。



志乃は城主との謁見に大いに緊張していたが、竹ノ丞がなんでもはきはきと答えることに、嘉明は幻影をにらみつけていた。


「今回も、素晴らしい偶然の出会いでした」という幻影の言葉に、嘉明は大いにうなだれた。


元服前だが、まさに素晴らしい人材発掘能力だと大いに思い知っていた。


志乃と竹ノ丞は今回は謁見だけで何も決めていない。


ここからは徒歩で琵琶家の御殿に三人を誘った。


まさに大金持ちとしか思えない御殿に、志乃だけは有頂天になっていた。


そして湯上りの巖剛を目を見開いて見入っている。


「ある意味、根性試し」という幻影の言葉に、「だからこそだよなぁー…」と竹ノ丞は言って、一点の曇りも見えない琵琶家の面々を見まわした。


「坊主はここに住むのか?」と信長が聞くと、「今はお世話になりたいです!」と元気よく叫んだ。


「ああ、好きなだけいればいい」と信長は陽気に言った。


「嘉明様が悔しがっておられましたから、

 隙を見せるわけには参りません」


幻影の言葉に、「心得た」と信長はすぐに答えた。


「この地に越してきたばかりだが、

 温泉の整備が終わって、備前と讃岐の遠出の旅にも行ったぞ」


信長の魅力的な言葉に、「…はあ… とても体験できることではありません…」と竹ノ丞は笑みを浮かべて答えた。


「私よりもまだお若い、好敵手を発見しました」と竹ノ丞は言って健五郎を見た。


「ああ、ともに成長すればよい」と信長は機嫌よく言った。


「…絶対、商人じゃないぃー…」と志乃がついに言い始めた。


「いや、銭を稼いでいるのは商人の方だから。

 太刀がカネを生んでいるわけじゃない」


幻影の言葉に、「…それもわかっております…」と志乃は居所を失くしたように小さくなっていた。


「まずは、乳母体験でもどうかしら?」と蘭丸が淑やかに言って、阿利渚を差し出した。


「あら、かわいい…

 奥様にそっくり…」


志乃の言葉に蘭丸は自慢げに胸を張って、幻影をにらみつけた。


「まさか、奥様のご主人が、高願様…」と志乃が聞くと、「ええ、そうですよ」と蘭丸は感情をころりと変えて穏やかに言った。


「三十年もかけてようやく夫婦になれたの」という蘭丸の言葉に、「えっ? えっ?」と言って、琵琶一族を見まわした。


「みんなの年齢を聞くと驚くだけだから、

 聞かない方がいい場合もあるかもしれないね」


幻影の言葉に、「…聞かぬが花としておきます…」と志乃は言って、陽気に笑い始めた阿利渚に笑みを向けた。


「…こちらの温泉で若返る…」と志乃が言うと、誰もがくすくすと笑った。


「志乃さんは二十程度だよね?」と幻影が聞くと、「はい、二十一になったところです」と答えて頭を下げた。


「年齢や見た目や言葉遣いとは違って勇ましいから。

 大いに印象が変わるよ」


幻影は弁慶と源次を見て言った。


そしてふたりが譲り合いを始めたので、幻影は大いに笑った。



幻影が佐竹家の混み入った話をしていると、「駿河、行くの?」とまた長春が言ってきた。


「今行ったって道場と大自然があるだけだ。

 今回は早急に片をつけたいから観光じゃないぞ…」


幻影の言葉に、「出来上がったら連れてって?」と長春は譲歩してきたので、「それで頼むよ…」と幻影はため息交じりに言った。


「今回は土地の誘致と温泉の確認だけで、

 それほど手は入れない予定だ」


幻影の言葉に、「このようなお宿…」と志乃が言って御殿を見まわし始めたので、「…出張って建てるか…」と幻影は数手先を読んで言った。


「その方が誰もが納得するはずだからな。

 この地もある程度は落ち着いたから、

 出張っても構わないだろう。

 だが、材木の準備もあるだろうから、

 うまくいったとしても着工は最短でも十日後じゃ」


信長の鶴の一声ですべてが動き始め、幻影は志乃と源次を連れて、駿河に飛んだ。



すると、街道の往来の中央で、法源院屋の雇った警備の者とやさぐれている侍がにらみ合っていた。


そしてその中間に幻影たちが降り立つと、誰もが大いに目を見開いていた。


「何の騒ぎだ」と幻影が冷酷さ満載で言葉を放つと、詰め寄ろうとしてた荒くれ侍たちはこの場を立ち去ろうとしたが、幻影が縄を投げて縛り上げた。


「今ここで事情を話せ」とさらに畳みかけると、「先に目をつけたのは丸河屋だ!」と叫んだ。


「そんなものが言い訳になるか。

 しかもこの屋敷と道場は売らずに旅の宿に代わる。

 建築は琵琶一族が担うから、帰って丸河屋の店主に伝えろ。

 そして、お前らのような者たちを雇っている丸河屋をつぶすとも言っておけ」


幻影は言いたいことをすべて言って、侍たちを開放した。


「…お気がお強いこと…」と志乃が言うと、「お志乃さんほどじゃないさ!」と幻影は機嫌よく叫んだ。


「次の機会があれば源次がやれよ」と幻影が言うと、「いつもそう思っております」と源次は大いに眉を下げて答えた。


「あはは! 先にやってしまって悪かった!」と幻影は陽気に叫んで、警護の者たちに労いの言葉を言った。


そしてその足で山に向かって歩きながら道など地面の確認をしながら、川にやってきた。


何人かは温泉を楽しんでいるようで、男性女性の声が入り乱れて聞こえてくる。


「ここの湯量は素晴らしいね…

 川が自然な温泉になっている…」


源泉は川から少し離れていて、水蒸気を上げて滾々と湯が沸きだしている。


そこから溝を掘って、川の一部を堰き止めて湯船にしているのだ。


よって源泉の温度はかなりの高温だ。


そして看板などを見て、庄屋の名前は治平と知った。


施設から出てきた男に、治平の家を聞くと、「ああ、あれだよ」と言って指を差した場所に、古いが立派な屋敷があった。


まさに農家のもので、この近隣は治平のものだろうと確信した。


幻影は男に礼を言って解放してから、「だけど、お志乃さんは知り合いじゃないの?」と幻影が聞くと、「…もちろん、知り合いでございます…」と全く読めない感情で言った。


「…できれば湯を引くことははばかられるわけだ…」と幻影が言うと、志乃は無言で頭を下げた。


しかし後ろめたさはないようで、―― 敬遠の仲… ―― とだけ考えた。


「あ、やっぱり…」と言って建物から出てきたのは、湯上りの守山兵衛だった。


「都合よく現れたね」と幻影が言うと、「この辺りではここが最後さ」と守山は気さくに言って、志乃と挨拶を交わした。


志乃は、「…江戸城の家老様…」と守山の正体を知って目を見開いた。


「すべては高願のおかげだから、それほど偉いものじゃない」と守山は照れくさそうに言った。


「…ああ、なんて控え目な…」と志乃は言って、守山を見上げた。


「好敵手はいるよ?」と幻影が意味ありげに言うと、「…やはり…」と志乃はつぶやいてうなだれた。


「…モテ気、きたぁー…」と守山はつぶやくと、幻影と源次は愉快そうに笑った。



「ほう、楽しそうですな」と好々爺とした老人が建物から出てきた。


「この地を管理する治平さんだ」と守山が紹介すると、幻影と源次はすぐさま自己紹介をした。


「佐竹の娘もおる…

 一体、どういったことなのじゃ?」


治平の疑問には幻影が全てを語った。


治平には反対意見はないようだが、特に琵琶家の名前を大いに気にしている。


そしてついに、「法源院屋と関わりの多い、琵琶家の方でしょうか?」と治平は少し構えて聞くと、「はい、大番頭をさせていただいております」と幻影が言うと、源次が腹を抱えて笑い始めた。


そして伊予の話をすると、まさに土産話という勢いで治平は大いに興味を持っていた。


「ですが、一番の問題は、この地の治安です。

 先ほど少々出くわしたのです」


幻影の言葉に、治平の顔色が大いに曇った。


「はあ、なるほど…

 なんとなくですが、わかったような気がします」


幻影は言って志乃を見た。


「治平さんのご家族に問題ありのようだ。

 曲がっていると判断したら叩きのめすだけだから」


すると治平が急いで土下座をして、「それだけはご勘弁を!」と言って頭を下げた。


源次がすぐさま立たせて、「無慈悲なことは致しません」と穏やかに言った。


「裕福な家にはありがちだ。

 だったら貧乏でも笑いあえる家族の方がよっぽどいい」


幻影の言葉に、「…両方あればさらにいい…」と志乃が言うと、「俺たちは元々裕福なんかじゃなかったんだぞ」と幻影が戒めるように言った。


「すべては兄者の力で生み出したものです。

 ですので、そのような目で見ないでいただきたい」


源次のかなり珍しい厳しい言葉に、「粗相をいたしました」と志乃は言って、深々と頭を下げた。


「俺たちは家族で力を合わせてすべての財を成した。

 引き継いだものなんて何もない。

 だからこそ、誰もが胸を張って生きて行っているんだ」


幻影の力強い言葉に、治平も志乃も大いに反省していた。


「あ、興奮しちまった!」と幻影は陽気に言って大いに笑った。


「じゃ、丸河屋をつぶしに行こう」という幻影の言葉に、誰も何も言えずに眉をひそめた。



幻影たちは一旦治平たちと別れを告げて、源次と志乃を連れ立って、丸河屋の店先に降りた。


するとその正面に法源院屋があったので、大いに眉を下げた。


「さすがに先に顔を出すか…」と言って、幻影たちは法源院屋の暖簾をくぐった。


「琵琶高願だ!

 店主はおられるか!」


幻影の言葉に、丁稚たちは大いに慌てて、「しばしお待ちを!」とひとりの丁稚が叫んでから、「ご主人! ご主人!」と叫びながら奥に向かって走って行った。


「…高願様の威厳、思い知りました…」と志乃は笑みを浮かべて言って静々と頭を下げた。


「あはははは… 気合い入れたままだった…」と幻影はバツが悪そうに言った。


頭を下げたままの店主から様々な事情を聞いてから、幻影たちは向いの丸河屋に足を運んだ。


「琵琶高願だ!

 店主はおられるか!」


幻影はまた気合を入れて叫んだ。


そしてここでも丁稚たちが大いに慌てふためいたので、幻影は愉快そうに笑った。


そして丁稚が戻って来て、「…病にかかったようです…」と言ってきたのでさらに笑った。


「店主とは店を守る殿様だ。

 その店主がおらん店は店ではない!

 この店、解体してしまうぞ!」


すると、ぞろぞろと、佐竹の道場の前で会った武士たちが出てきたが、大いに及び腰だった。


「おまえら知ってるか。

 日ノ本一喧嘩決定戦の二番手が、

 この琵琶源次だ」


幻影の言葉に、源次は大いに苦笑いを浮かべ、侍たちはさらに腰が引けていた。


「どうでもいいから店主を連れて来い!」と幻影が叫ぶと、「…調子に乗りやがってぇー…」と言って、及び腰だが威勢のいい男が前に出てきた。


「治平さんの子かい?」という幻影の言葉に、男は大いに戸惑った。


「農家の子が太刀を持っちゃあいけねえな。

 お役人に捕まるぜ」


「俺は、侍になると決めたんだ!」と男は叫んで太刀を抜こうとしたがそれは叶わなかった。


源次がすでに手のひらで柄を抑え込んでいたからだ。


「太刀の意味がない」という源次の言葉に、男は無理やり太刀を抜こうとしたが、まるで歯が立たない岩に押さえつけられていると感じ、太刀を抜くのは諦めて、拳を握って源次の顔をめがけて放ったはずだが、肩が外れていた。


「弱い、弱すぎる」という源次の言葉に、男は床に倒れて喚き散らし始めた。


「何を言ってるのかよくわからん。

 先に役人でも呼んでおいた方がよかったな…

 まあ、一蓮托生の仲なんだろうけど…」


幻影の言葉に、「きっとそうかと」と志乃は認めて頭を下げた。


「駿河だから、徳川の力も使えそうだ」


幻影の言葉に、武士たちはこの店から走って出て行った。


「この近くの城にでも行くか…」と幻影は言って店を出て、宙に浮かんでから城を発見した。


そしていつものように天守からその姿を見せて、「ここの殿さん、いるかい?」と中にいる者に聞くと、目を見入らいて固まった。


「琵琶高願だ」と名乗ると同時に、「琵琶高願様がお越しになられました!」と、お付きらしき侍がまずは叫んでから目を見開いた。


すると殿様らしきものがかなり遠くから幻影たちを見ている。


「話ができそうだからそこでもいいさ」と言ってから、今までにあった全てを話した。


「平和な世だし、できれば穏便に済ませてもらいたいし、

 駿河に住んでいるということは、

 悪さをすれば徳川に唾履く行為につながると思うぜ。

 そこんところ、よく考えておいた方がいい」


幻影の言葉に、「すぐさま正しましょうぞ!」とお付きの家老が叫んで、部下たちに指示を与え始めた。


「…その通りだわ…」と志乃は嘆くように言った。


「ここの殿様、使えねえ…」と幻影は言ってから、商店の連なる街道に戻った。



法源院屋で茶をもらっていると、丸河屋に大勢の役人がやってきた。


まさかの事態に、「カネで雇っていたではないか!」という店主の先び声が聞こえた瞬間に静かになった。


「カネでは何も解決できないといういい例だ」


幻影の言葉に、「勉強になりました」と店主が言って頭を下げると、笑みを浮かべている丁稚たちも頭を下げた。



幻影たちは治平の家に行って全てを話すと、治平は大いにうなだれていた。


しかし、幻影の商売の話はきちんと聞き入れ、湯を分けるという意味合いの契約を交わした。


守山がいることで、常識的範疇の契約金で湯をもらい受ける算段が付いた。


幻影が半紙を出して書を認めて、これからの予定をすべて書き出した。


「…わかりやすくて素晴らしい…」と治平は大いに感動して、幻影に願い出て書をもらった。


幻影はもう一枚書いて、志乃に渡した。


「できなことはございませんの?」と志乃が聞くと、「子は産めないね」と言うと、源次が笑い転げて、守山は大いに眉を下げた。


「無碍なことかもしれないけど、

 できないことがひとつ程あればそれでいいんだ。

 俺は完璧ではないと、

 自分自身を戒められるから」


「だが、上様のお名前まで出したか…

 駿河城主、首が飛ぶな…」


守山の言葉に、「あんな城主ならいない方がましだ」と幻影は冷たく言うと、「あれでも松平だ…」と守山は大いに嘆いた。


「ま、松平でも色々あるからな」と幻影は嘆くように言った。


幻影は治平に礼を言ってから、また空を飛んで松山に戻った。


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