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赤い幻影 akaigenei ~陰陽師・十六天神将編~      赤繁栄 akahanei


   赤い幻影 akaigenei ~陰陽師・十六天神将編~



     赤繁栄 akahanei



待ちに待った学校の休日。


ついにこの日がやって来たのだ。


遊園地開園時間の学校標準時の午前十時三十分に近づいてきたのだが、思ったほどに列ができない。


何か不安でもあるのかと、園長である為長は少し心配したのだが、「始めは少しずつ回る子が多いようよ」と副園長のお志摩の情報により、為長は安堵の笑みを浮かべた。


「この人数だったら、第一の必須アトラクションの、

 遊園地の掟の館に全員入れそうだな」


「ええ、問題なさそうだわ」とお志摩は笑みを浮かべて答えた。


掟の館は収容人数千人なので、ほぼ満席の状態となるはずだ。


この館は、ある意味社会の勉強の一環で、月の始めには必ず一回は入る必要がある。


この遊園地の常識的な決め事などと、十五分間で説明することになっている。


よって月に一度は、この館での説明などが変わる場合もある。


本来の開園時間は午前十一時で、遊具が一斉に動き出す。


よってその三十分前を準備時間として、早い者勝ちで掟の館での説明を聞いてもらうように組み込んだのだ。


ちなみに学校の休日は、午前十一時から午後五時までの六時間の開園で、平日は午後三時から六時までの三時間の開園と決まっている。


そして、学校の休日に利用した者は、七日間は入園できないという掟を設けている。


しかし平日は、四日間だけ空ければ入園できるので、短い時間でも利用する日を増やす算段をした生徒が多いようだ。


そして土産物屋は閉園時間の三十分後まで空いているので、それほど急いで家路に着くこともない。


よって、月に一度ほどは、学校の休日に利用するような予定を立てるようだ。


さらに他校からの受け入れは来週からとなっているが、学校職員は今日から利用できるように決めていた。


よって他校の学校関係者などは固まっていて列に並び、百名ほどいる。


そして子供のような顔をしているので、視察ではなく、ほぼ遊びに来ていると為長は思って笑みを浮かべている。


そして遊園地に来ていないこの喜笑星分校の学生たちは、開放されている学校の校舎の屋上にいて、この遊園地を高い場所から見物している。


さらにいえば、閉園後は閉門せずに、一部の立ち入りは許可されているので、まったく立ち入れないわけではないし、正式な開園時間以外は自然公園として毎日入園することも可能だ。


見て回るだけでも楽しく過ごせるように、アトラクションブースなどの配置にもこだわったからだ。


待ち時間用の児童遊園地なども使えるようにしてあるので、それなり以上に有効活用できるように仕組まれている。


もっとも夜になれば、酒などを持参して、大人どもが宴会をするような約束も取り付けているようだ。


子供たちもそれに便乗して、弁当を広げて食ってもかまわない。


そして屈強な警備員もいるので、羽目は外せないようになっていて、女子供でも安心して過ごせるようになっている。


今日は琵琶家一同、および、竜神家一同も警備員として、視察の一環として陣取っている。


よって昼間も、それほど羽目を外すことはできなように仕組まれている。


そして正式な開園時間中は飲酒禁止としているので、この確認も行っている。


信長としては昼間から飲みたい気分のようだが、ここは大いに我慢している。



『さあ! まもなく開園だよぉ―――っ!!!』


威勢のいい声が、園内にこだました。


今日のスペシャルゲストの、アイドルグループのAFAアニマールフロムアニマール100《ワンハンドレッド》のリーダーの八丁畷優夏の声だ。


学校の屋上でも、この姿は確認できるので、特に女子学生は黄色い声を上げている。


AFA100は、昼餉の時間に、一時間ほどコンサートを開くことになっていて、それまではにぎやかしで、マイクを持つ者を変えて、遊具などの説明、実況などを行う。


開園初日は、来園者の半数ほどの関係者がいて、人が多いことでなかなかの盛況のように見えた。


ちなみに、この状況は各分校にもライブ中継されていて、どのようにこの遊園地を楽しむのか、計画を立てることができる。


しかし、この喜笑星分校の生徒にはそれを知る由がないように仕組まれているので、学校の屋上を開放しているのだ。


それぞれの分校の科学技術の差があるので、これは仕方のないことだ。


そして開園のカウントダウンが始まって、大音響での音楽の演奏が始まった。


ここで慣れている者とそうでない者の差がよくわかり、都会の分校に通っていた生徒たちは涼しい顔をしているが、この喜笑星分校の生徒たちは、一斉に耳をふさいだ。


初めての経験なので、こうなって当たり前だった。


そして本来の開園時間の午前十一時に、遊具などが一斉に動き出して、正式稼動の試運転が始まった。


やはりローラーコースターの人気が高いが八本もあるので、うまい具合に分散して、待ち時間はわずかに五分だ。


屋外の遊具は敷地内の半分を占めていて、六時間では回りきれない。


そして屋内のアトラクションも充実していて、ここでだけ許されている映像を使ったものや、演者が演技するものもある。


そして為長のいち推しは、『不思議な無限館』で、ちょっとした恐怖の館だが、様々な遊園地のビックリハウスなどを精査して、どこにもないものを企画した。


来場客は、まずは最大十名の協力者といえる隊員登録をする。


それほど難しくない問い答えて、様々な部屋を行きかうだけなのだが、まれに土産物をもらえる部屋がある。


そして終点に行き着いた時には、ちょっとした不幸から、かなりの幸運までの結果が待っている。


これだけでも楽しめるのだが、一番の目玉は、まれにもらえる土産物にある。


もちろんもらえればうれしいので、土産をもらいたいばかりに何度でも挑戦する。


この行為が、この館の名の由来となっている。


そしてみやげ物の人形の足の裏には、右足に番号があり、左足には何も書いていないものと、『全十種類』と書いてあるものもある。


よって土産ものは十種類あることがわかり、それを収集するための館だと、幸運な者は館を出てからようやく気づくことになる。


人形は非売品で、この喜笑星だけで極秘に作られているもので、実は人形だけではない。


この館でお土産をすべてを手に入れられた時に、ようやく攻略できたことになる。


一度で手に入れられるお土産はひとつだけなので、まさに何度もこの館を訪れないと攻略はできないので、繰り返し訪れることになるという、麻薬性の高い館だ。


しかし一日の入館制限があり、最大で五回なので、攻略にはなかなかの時間がかかることになる。


よって、仲間で結託して個人個人で手当たり次第に回れば、極力早くすべてを手に入れられるはずなのだが、そこはうまくできていて、最低でも三人いないと入れない部屋がある。


そこに高確立でみやげ物があるのだ。


さらには土産物すべてに仕掛けがあって、その謎を解けば、登録している隊員全員に、均一に最後の土産物が懸賞として提供されるという、かなり手の込んだもので、館を出ても謎解きがある、かなり楽しめるものだ。


特に科学技術を使っているものではないので、誰でも比較的無限に楽しむことができる。


さらには、隊員以外でのみやげ物の交換はできなくなっていて、誰がどの土産をもらったのかは、入園時に使うIDカードに書き込まれるようになっている、大勢で結託してのずるいことはできない。


「…ふっふっふ… 我ら仕掛け人一同の謎が解けるかな…」と為長はこの館の前に来るたびにこの言葉を言って、ご満悦の笑みを浮かべる。


ちなみに有効期間は一ヶ月なので、一ヵ月後は登録した隊員は解散して、新たに隊員登録をする必要がある。


そしてお土産の暗号も変わるので、以前もらったお土産は無効となり、ただの無料の土産物となる。


この企画の全貌はまったく知らされていないので、攻略までには最短でも半年ほどはかかると、企画軍団は全員がほくそ笑んで楽しみながら企画をたてたのだ。


作る側にもこのような楽しみがあったのだ。


様々なおもしろ企画があるのだが、一番のお楽しみは入退場門にある。


入り口側は、『いらっしゃーい! 楽しんでいってね!』とポップな文字で書かれている。


そして出口側だが、必ず門を見上げるように、様々な場所に矢印の看板がある。


そして誰もが門を見上げるのだが、そこには、『帰ってすぐにお勉強だ! 成績が落ちれば、出入り禁止! 織田信長』と気合の入っている文字で書かれているので、誰もが現実に引き戻される。


そして小さな文字でポップ調に、『また来てね!』と書いておくことも忘れてはいない。


学生であれば誰もが落ち込むのだろうが、外にも土産物屋があるので、ここで多少は楽しかった今日を振り返ることができるので、それほどの落ち込みはないだろうと、企画したのだ。


さらには閉園間際は、園内の飲食店が一斉に閉店する。


その売れ残りが、退場門の外で半値で売り出される。


もちろんこの場で食べて帰る必要があるので、腹をすかせていれば儲けものの企画だ。


それでも売れ残った場合は、従業員の腹に収まる仕組みとなっている。


そして長いような短いような楽しい時間は終わって、遊園地の第一日目の営業が終わった。



打ち上げの夕餉の席で、「…あのさ、聞きたいことがあるんだけど…」と、喜笑星に居座っている、アニマール校総学長の八丁畷春之介が為長をにらんで言った。


「怖いですね、一体なんです?」と為長は平常心で聞いた。


「文化祭、手加減したよね?」


「いえ、見事に第二位でした」と為長はすぐさま言って、笑みを浮かべて頭を下げた。


「園内のあの無限館の企画だけで、確実に第一位だったはずだ」


「あの時は、あのような壮大な企画が思い浮かばなかっただけです。

 文化祭と遊園地経営とはわけが違いますから」


「そんな文化祭のようなネタも披露していたじゃないか…

 しかも、幼児でもなんとなく理解できるような、

 かなり詳しいパネルを展示して。

 誰もが経済に明るくなったはずだ」


ものづくりには掟があり、最低でも作業に携わった者たちの賃金と、必要経費分は利益としてあげる必要がある。


その仕組みがどうなっていて、お土産のぬいぐるみの値段がつけられているのかを、わかりやすく解説しているのだ。


「遊園地は、社会勉強の一環という基本コンセプトとして

 企画したからに決まっているじゃないですか…

 その企画書は提出してあるはずですが?」


為長の言葉に、春之介はぐうの音も出ず、さらなる切り口を模索した。


信長は薄笑みを浮かべて、交互にふたりを見ているだけだ。


「そもそも、君のような積極性の塊が、

 勇健に引けを取るはずがない」


「では、正直に言いましょう。

 私の仕える主の最終試験のようなものだったのです」


為長の返答に、まずは信長が大いに笑って大いに膝を打った。


春之介は眉を下げているが、まだ納得いかないようで、為長を見たままだ。


「ですので、わが喜笑星分校の文化祭関係の取りまとめは、

 わが企画軍団が請け負いました。

 まさかまた集合できるとは思ってもいませんでしたが、

 短い時間でしたが一緒に仕事ができて、

 本当に楽しい時間を過ごせました」


為長の言葉に、高等部三年の企画軍団は一斉に笑みを浮かべた。


「企画書を出せと言うのはご遠慮願います」


まず為長は先手を打った。


さらに、「今後のこの喜笑星遊園地の増築に使う企画で必要になるはずですから」とさらに念押しした。


「…はあ… 親の顔を見てみたい…」と春之介が嘆くと、信長と濃姫がこれみよがしに、春之介に顔を突き出した。


「いい手ごたえだったし、大人の方が夢中だったな」と為長の参謀的存在の三角大悟朗が言うと、「ああ、かなりこっけいだった」と陽気に笑いながら、設計担当の大越典孝が言った。


「しばらくはネタをひねり出す必要がありますから、

 ひとりたりとも引き抜かれたくないですね」


さらに念押しすると、「…また振られた…」と春之介は言って苦笑いを浮かべた。


「春菜様は笑ってばかりいないで、さらなる援護をお願いしたい」


為長が眉を下げて言うと、「春君を言い負かす人なんて、ほとんど見たことないから!」と春菜は叫んで、愉快そうに腹を抱えて大声で笑った。


「…勇健か… なんだか懐かしいな…」と信長はいって幻影を見た。


「この先、何の障害もなく、

 為長殿が召抱えられると?」


幻影の言葉に、「ま、拒絶されて戸惑うかな?」と信長はにやりと笑って言って、為長に顔を向けた。


為長は一瞬とまどったったが、ー― やはり、綻んでいた… ―― と思ったが、「もうしわけありませんが、体験してまいります」と為長は堂々と言って、部屋を出た。



勇健は今日は家族水入らずと決め、遊園地で大いに遊び、現在は家族や家臣たちと夕餉中だった。


もちろん、勇健は手放しで喜んで為長に食事を勧めたが、「その前に」と為長がまず言った。


そして、手のひらを畳につけて、「ぜひとも家臣にしていただきたく」と心からの想いを言霊に込めて告げた。


「あのさ、僕を試してるの?」


勇健のそれほど感情のない言葉に、「いえ、そうではございません。できれば、殿の思いを正確にお聞きしとうございました。そうせねば、私自身、先に進めないと感じたのです」と為長は今回も想いの丈を言霊に乗せた。


「…はあー… それほどの想いがあるのに、迂闊だったね…」と勇健が言うと、「あんた、どーゆーことよ! 断る理由なんて何もないじゃない!」と美麗が声を荒げ、怒りをあらわにして勇健に向けて叫ぶと、「礼儀のなっていない者はいらない」と勇健は言い切った。


「はっ! ありがとうございました!

 その根本を突き止め、また登城しとうございます!」


「あ、うん、それでいいよ。

 あ、できればその時に、例のものを持ってきて欲しいんだ」


「はっ! 承知いたしました!」と為長は答えて、満面の笑みを浮かべていて、顔を上げた。


「では、お邪魔いたしました」と為長は暇の言葉を述べ、七名の竜神家家人と家臣たちに頭を下げてから退室した。


「…どこの誰よりも完璧な礼儀じゃない…」


「ただひとりだけどね、意味がわからない感情で責め立てるんだよ。

 それを僕自身から聞いて、

 さらに一層奮起したいと考えたようだよ」


「…ふーん… ま、この時点で合格だな…」と健吾がなんでもないことのように言うと、勇健は笑みを浮かべてうなづいた。


「…あんな装飾、どこにもないぃー…」と美麗は言って、夢見る乙女の顔をした。


「欲を出すものではありません」


菫の厳しい言葉に、美麗は首をすくめて眉を下げた。


「もっとも、今認めてもよかったんだけどね。

 今度は為長様が認めなかったはずだから。

 僕としても嫌われたくなかったし、

 もうひとりの人にも、わかっていただいて初めて、

 仕官の件は平和に正式に成立するんだよ」


「…わけわかんなぁーい…」と美麗は嘆いたが、健吾と菫は笑みを浮かべて何度もうなづいた。



為長は天草御殿に帰りつき、「…なぜだぁー…」と地獄の使者かといわんばかりにうなると、神たちの背筋が伸びていた。


「…はは… 大変なことになっちゃったね…」と四郎が大いに眉を下げて言うと、「…気に入らないものは気にいらなんだぁー…」とうなると、四郎は少し笑ったが、桔梗は悲しそうな顔をした。


「なんとなく気に入らないって、確かにあるだろうから。

 僕だって、お殿様はそれほど気に入っていない」


四郎の言葉に、為長は少し目を見開いて、ゆっくりと四郎に顔を向けた。


「きっとね、僕とよく似てるからじゃないかなぁー…

 話したくもないとか腹が立つとかっていう感情はないんだけどね。

 きっと話をしても会話が弾まないような…

 その前に、何を話そうかって戸惑ってしまうから、

 絶対に誰かがいないと会話ができないって思う。

 もしもお殿様が話しかけてきても、

 どう答えようかって考え込んでしまいそうだ」


「…四郎の思わぬ告白だったな…」と為長は言って何度もうなづいた。


「酒井寅三郎様を寅三郎って、呼び捨てにする件だよね?」


四郎の確信をついた言葉に、「…お、おうー…」と為長は戸惑いながら肯定した。


「呼び捨てはいいんだ。

 だけど、感情に問題ありなんだろうね。

 大いに気に入らない。

 腹が立つ。

 いらいらする。

 僕、そういう人知ってるよ」


四郎の言葉に、為長は藁をもつかむ気持ちで、「教えてくれ!」と為長は叫んで、四郎に頭を下げた。


「真田様と藤堂様」


四郎の回答に、為長は目を見開いて、「…お師様と同じ感情、だったのか…」と、為長は言ったが、まだ釈然としなかった。


「ううん、感情は違うよ。

 真田様は友人の親しみを込めているから。

 兄ちゃんはそれがないんだよ。

 本当は酒井様がすごく気になるのに、

 なんだか釈然としない。

 そしてその理由がわからないから、

 ただただ怒るように呼び捨てにする。

 兄ちゃんは酒井様に、何か歯がゆい想いがあるんじゃないの?」


四郎の言葉に、為長の目からうろこが半分ほど落ちていた。


そして為長はすぐに、寅三郎との出会いから今日までのことを思い出した。


「…あいつに、教わったことは何ひとつない…」


為長の言葉に、「それも、重要な原因のひとつだね」と四郎が笑みを浮かべて言うと、「…なるほど…」と為長は答えて、寅三郎から見ても、為長に苦手意識があると察した。


「…話しかけたことが一度しかない…

 そして、ほぼ無視されて、話す機会を逸した…」


「うん、それもあるんだろうけど、

 決定的に気に入らない何かがあるって思うんだ」


「…あ…」と為長がは言って、頭を抱え込んで、「…そういうことだったのかぁー…」とうなった。


「案外早かったね。

 原因ってなんだったの?」


「恥ずかしいから教えてやんない」と為長が言うと、四郎は少し笑った。


「…あのね…」と桔梗が言ってすぐに、四郎に耳打ちをしたので、為長は大いに眉を下げた。


「…一番大きいのは俺の妬みだ…

 父上と母上にちやほやされて、

 そして魔王へと覚醒した。

 そしてお師様との組み手で、

 あいつが勝ったのだが、

 俺としてはねたみ以外のことで釈然としなかった。

 …はあ… この件も思い出さないと…」


為長は言って、瞑想するために瞳を閉じた。


「…あいつ… 俺に向かって、どや顔をしやがった…」と為長がうなると、神たちが大いに震え上がっていた。


「…萬幻武流すべてを馬鹿にしたような笑み…

 …いや、これは俺がそう感じただけだ…

 そこから無性にあいつが気に入らなくなり、

 ついには、お師様が手加減していたことを知ると怒り始めた。

 そこからは、あいつの未熟さに過ぎん。

 どうやら、最後の俺の怒りが、

 すべての事実を隠していたように感じた。

 だが、真田師匠と藤堂様とはかなり違うと思うのだが…」


為長の言葉に、「相手の気持ちになって」と四郎が言うと、「…はあ… 俺の方がうらやましがられていたんだ…」と為長から力が抜けて、ようやくすべてを理解した。


「お互いが同じようにうらやましがっていたんだね。

 酒井様が魔王となって、それが決定的となった。

 それに、兄ちゃんは男悪魔といえども、

 魔王よりは格下。

 それも気に入らなかったんだろう。

 そして、その魔王に勝った兄ちゃん自身も気に入ってないんじゃない?」


為長は四郎の頭をなでて、「…気に入ってねえ… そこからは、真田師匠の気持ちと同じだ…」と為長は答えて、今度は乱暴に四郎の頭をなでた。


「こいつはほんと弱ええ魔王だ。

 こんなやつがにお師様が負けたわけがねえ。

 などと思いながら憤慨したな。

 まあ、この時はもう手抜きをしていたことを知っていたけど、

 更に確信したんだ…」


「うん、確認をするのは重要だと思う。

 今って案外、酒井様が弟に感じない?」


「ぜってえ言わんが、同意する」と為長は答えて、少し笑った。


「…ま、あとは…

 あいつのこれからの行動だが、

 今は蟄居の身で身動きが取れん…

 そしてナンシー様を失った今、

 あいつはナンシー様の代わりに、

 竜神家に仕官する意思を持っていると感じる。

 だがこれは、どう考えてもありえねえ…」


「…だよね…

 魔王はどう考えてもお殿様でしかないから。

 勇健様は確実にお断りすると思う。

 家老」


四郎はここまで言って、「…ああ、そういうこと…」と四郎は言って何度もうなづいて、「…ああ、俺も理解できた…」と為長は自信を持って言った。


「じゃ、本格的に嫌われてきてやる」と為長は言ってにやりと笑って外に出た。


「…一生懸命だわ…

 少し前まで自分のことだけだったのに、

 今は酒井様のことに…」


「その先には、兄上の仕官の件がありますからね。

 だけど、その件にはもうほとんど心が動いていないと思う」


四郎の言葉に、春駒は薄笑みを浮かべて何度もうなづいた。



為長は変身の人間の肉体から悪魔の姿に戻り空を飛んで、獣王城を目指した。


あっという間に獣王城に到着して、寅三郎の姿を確認してすぐに、「よう、馬鹿三郎」と悪態をつくと、寅三郎は魔王の姿となったが、眉を下げていた。


寅三郎がどうあがいても、今の為長に勝つ術がないからだ。


それは腕力でもあり、術でもそうだ。


そして口でも勝てるわけがないと、思い知っていた。


寅三郎は為長がここに来て悪態をつく理由が思い浮かばなかった。


「竜神勇健様に仕官するのか?」


為長が聞くと、ここでようやく、寅三郎はすべてを察した。


「…そのつもりだ…」と変身を解いた寅三郎が答えると、その取り巻きたちが目を見開いた。


「それが叶う道理はねえと思うが?」


「だが、お聞きせねば結果はわからん」


「いいぜ、ここから連れ出してやるから、

 はっきりさせよう。

 もちろん、御屋形様の命で蟄居しているんだから、

 立会人が必要だ。

 お師様をお呼びするが、それでいいか?」


為長の言葉に、寅三郎は大いに戸惑った。


「俺は玉砕した」


為長の言葉に、「…そんなはずは…」と寅三郎は様々な意味で言って、目を見開いた。


「粗暴な俺を勇健様は嫌われた。

 あんたを寅三郎と呼び捨てにしていた件だ」


「…そのようなことだけで…」と寅三郎が嘆くように言うと、「聖騎士様だぜ、嫌うに決まっている」と為長が言うと、「…うう…」と寅三郎はうなるしかなかった。


「俺もようやく思い至ったが、

 あんたも思い至ったようだ。

 自分は殿様の資質はなく、根っからの家老だってことをな。

 実は俺もそうだ。

 俺も、俺が慕う殿様を求めていた。

 そして勇健様がこの喜笑星に来てから、

 ずっとお慕いしていた。

 もちろん試しもした。

 そのすべてに納得して仕官したが、

 俺の態度が悪いせいですべておじゃんだ。

 始めは、あんたがいたせいだと大いに嘆いた。

 だが、それは逆恨みのようなもの。

 なせ俺があんたを嫌うのか。

 それを悟らなきゃ、あきらめきれるわけがねえ。

 ただ唯一と、お慕いした殿だからな。

 おかげさんで様々な謎が解けたから、

 こうやってここに来た。

 弟のおかげで、俺は生まれ変わった気分だ」


「…お前ほどの想いはない…」と寅三郎は言ってうなだれた。


「悪いがな、それも勇健様に伝えて欲しいんだ。

 そして駄目で元々で仕官して欲しい。

 俺も、粗暴な俺に気づいてから仕官して、見事に断られたんだ。

 殿様の言葉で、その現実をかみ締めたかったからだ。

 あんたもその気分を味わえば、

 何かが見えるかも知れねえぜ。

 まあ、無理はいわねえが、

 できれば、勇健様に仕官して欲しいかな?」


「…わかった… その話に乗る…」と寅三郎がつぶやくと、為長はすぐに幻影に念話をしたが、すぐさま為長から飛び出してきた。


「念話を待ってました?」と為長が眉を下げて聞くと、「…いや、そうでもないぞ…」と幻影は笑みを浮かべて言ってから、寅三郎を見た。


「…根っからの家老か…」と幻影が言うと、「…魔王など、後から沸いたもの…」と寅三郎は言って、幻影に頭を下げた。


「じゃ、行くぜ」と幻影が催促すると、「…いえ、為長殿もともに…」と寅三郎が言った。


「俺が行く理由があるのかい?

 何もねえと思うが?」


「お前が、勇健様に仕官できないようにするために決まっている」


寅三郎の言葉に、「ああ、馬鹿三郎の件か?」と為長が言うと、寅三郎は目を見開いて、幻影は大声で笑って、為長の背中を叩きまくった。


「寅三郎殿は、まだまだ未熟だ。

 今の勇健が気づかないわけがない。

 …まあいい、二人とも行くぜ」


幻影は言ってすぐに、寅三郎と勇健を拘束して、竜神城に飛んだ。



「お邪魔しますよ」と幻影は気さくに言って、天守にいた竜神一家に挨拶をした。


「予想よりも早かったですね」と勇健が為長に笑みを浮かべて言うと、「私は来る予定ではなかったのです」と答えて頭を下げた。


「ああ、そうですね。

 作品はまだのようですから」


「今すぐに、打ってきてもかまわないのです。

 ですが、この馬鹿三郎がお前も来いと言ったので仕方なく」


為長の言葉に、「ぷっ!」と勇健は噴出して、大声で笑い始め、「ごめんごめん!」と謝りながらもまだ笑っている。


「…じゃ、話を聞くよ…」と勇健がまだ笑いながら言うと、寅三郎は、「失礼いたす」と言ってから、廊下に座って頭を下げて、「竜神勇健様にお仕えいたしたく」と言った。


「雇うわけないじゃん」と勇健がフランクに言うと、寅三郎はすばやく頭を上げて、懇願の目を向けた。


「魔王を雇うなんてありえないよ。

 それに、寅三郎さんの家臣もついてくるわけでしょ?

 更にありえないから」


勇健の言葉に、「なに贅沢なこと言ってんのよ!」と美麗が怒り狂ったが、「この子も馬鹿だから」という菫の言葉に、美麗は眉を下げて黙り込んだ。


「僕があえて、比較的若年者を中心に雇ったことには理由があると、

 どうして察しなかったのです?」


勇健の言葉に、寅三郎はぐうの音も出なかった。


「その点、まだ未熟な為長様は合格です。

 最終試験はまだですが、

 合格を言い渡しておきます」


勇健の言葉に、為長はすぐに廊下に座って、何も言わずに頭を下げた。


「完成品がいらないと言う、贅沢な理由ではありません。

 そしてともに成長したいと言う、私の願いでもありません。

 強烈な家老が私と家臣の間に入った時、

 穏やかな成長が望めないからです」


勇健の説得力のある言葉に、寅三郎は力なくうなだれた。


「ですが、寅三郎様にお勧めしたい殿様はいます。

 では、為長様にお答えいただきましょう。

 私と気が合うのか、すっごく楽しみです」


勇健も言葉に、為長は頭を上げて、「畏れながら、かなり簡単な問題でございました」と答えてから、その名を告げた。


幻影が、「ほう」と感心するように言うと、「はい、僕も同じ意見です」と勇健が答えたので、為長は笑みを深めた。


しかし、寅三郎はわけがわからず、戸惑うばかりだった。


「殿様と意識する必要はないのです。

 彼女の思い通りに、それを叶えてあげればいいだけです。

 そういった、姫と家老の付き合いもいいと思うのですよ。

 きっとね、始めは姫も戸惑うでしょうが、

 思い出したようにいろいろと言ってくるはずですから。

 今の肉体を得て千年以上も経っているのです。

 気になることの百や二百はあるはずですから」


寅三郎はまだ戸惑いながらも、「…はっ ご助言、ありがたく…」と何とか答えた。


「…為長殿… 説明…」と寅三郎が小声で聞くと、「やなこった、と今は答えておきましょう」と為長が答えると、勇健と幻影が愉快そうに笑い転げた。


「急ぐことはありません。

 まずは、為長様の最終試験が終わって、

 この竜神城に登城するようになってからでもいいのです。

 その時にはできれば、酒井様のお力になっていただきたいのです」


勇健の丁寧な言葉に、「承知仕った」と為長は答えて頭を下げた。


「…わけが、わからんー…」と寅三郎がうなると、「馬鹿虎だ! 馬鹿虎!」と幻影が陽気に叫んで、寅三郎に指を差して大いに笑うと、為長と勇健も愉快そうに笑った。



この場は解散して、為長は天草御殿に戻ってすぐに納屋に行って、火を起こし、特殊合金の素材などを暖め始めた。


―ー 今が絶対、一番いいものができる! ―― と為長は信じて疑わなかった。


そして、春駒や、ほかの神たちの装飾品も考え始めていた。


長剣の鍔なので、少々大きいものだが、重さはそれほどでもない。


そして鍔ぜりあいがあったりしても、鍔には傷ひとつつかない。


為長は楽しみながら成型をしていると、もう出来上がってしまった。


そして上薬を塗りこんでから焼き付けると、「…あー… よかったぁー…」と為長は喜ぶよりも安堵した。


そして、贈答用の風呂敷と三方を持って、竜神城に飛び、美麗に鍔を献上した。


「…うっそぉー…」と真っ先に言葉を発したのは、鍔を目の前にした美麗で、まさかの出来上がりに、このあとの言葉が出なかった。


「織田為長。

 正式に仕官を認める」


勇健の堂々とした言葉に、「はっ! この上なき幸せ!」と為長は頭を下げることなく、涙を流しながら勇健に言った。


「…期待した数倍の出来上がりだよ…

 この短時間で、すべてを克服するとはね…

 次は僕が叱られそうだ…」


勇健がフランクに言うと、「遠慮なく、ご指導差し上げる場合もございましょう」と為長は答えた。


「まずは、庭掃除からでよろしいでしょうか?」


為長の本気の言葉に、「あ、明日から、思い通りにやってくれていいよ」と勇健は少し戸惑って言ってから、「それにもちろん、学業優先だから」と更に言った。


家臣たちも全員が学生なので、この竜神城の政よりも学業優先となっている。


政の一部はキャッシーと小恋子が担っている部分も助かっているといっていい。


「御意」と為長はすぐに答えて、満面の笑みを浮かべた。



翌日の早朝訓練の際、為長は訓練場で信長に朝の挨拶をした後、昨夜の顛末をすべて語った。


「…はあー… ついに、婿に行ってしまったか…」と信長は大いに嘆いたが、「いや、よくやった!」と機嫌よく言って、為長の肩を何度も叩いた。


「おはようございます!」と勇健が大勢の家臣を引き連れてやってきて挨拶を交わした。


そして美麗の様子が明らかにおかしい。


「まさか姫は体調がお悪いのか?」と為長が大いに心配して聞くと、「盗られないか心配なんだって」と勇健は機嫌よく言って笑った。


「あ、懐に鍔を」と為長が笑みを浮かべて言うと、「美麗、見せてくれ」と信長が言ったとたん、美麗は怪鳥に変身してまだ薄暗い空を飛んでいった。


「…よほどのものらしいな…」と信長が眉を下げて言うと、為長はすらすらと絵を書いて、広げて信長に見せた。


「…ふふふ… やりおるわい…」と信長は機嫌よく言いながら、あごをなでた。


「胡蝶蘭様のように、常に鍔をなでているでしょうね」


勇健の言葉に、信長たちは大いに笑った。



学校の授業が終わって、為長は昼餉を取ってから竜神城に行ったが、勇健は鍛冶工の修行のようでいなかった。


「あら、よかったわ」と菫が言って、溜まっている書類を見て眉を下げてた。


「初仕事、お引き受けいたします」と為長は堂々と言って、菫に指示を出して、朱印を押す仕事だけを任せた。


書類の不備を数件見つけたので、勇健の家臣たちに手分けして確認をさせ、書類の修正をさせた。


不備があったのは思っていたほどではなかったので、書類仕事は簡単に終わった。


「為長様、学校でのお仕事があるのでしたら、行って頂いてかまいませんよ」


菫の機嫌がいい言葉に、「はっ すばやく片付けて戻ってまいります」と為長は言って、書院の窓から飛び出して学校に向かって飛んだ。



―― あら? 昨日まではなかったのに… ―― と屋上にやってきた中等部三年のメイヤー・ミレイは怪訝そうな顔をして、大階段にしか見えないものを見上げた。


メイヤーは近くの弁当屋で簡単に食事を取ってから、図書館で勉強をした帰りだ。


「…机、と、階段は椅子…」とつぶやいて、衝立があることを確認して、『勉強もしろ』と書いてあったので少し笑った。


生徒たちの服装は私服の者が多く、昼餉を摂ってから、屋上にやってきたようだ。


もちろん、勉強をしている者は一人もいるわけもなく、遊園地を見入っているばかりだ。


しかも大階段のおかげで視線が上がったことで、更に見晴らしがよくなっている。


―― 勉強しろなんて無理な話だわ… ―― と、静かな環境の図書館で勉強してきたばかりのメイヤーは思って、一番高い場所から遊園地を見入った。


すると為長と企画軍団がメイヤーの左隣の椅子の中から出てきたので、メイヤーは腰を浮かすほど驚いた。


「あ、悪いね」と為長は言って、仲間たちとともに遊園地を見入った。


そして、誰に言うことなく、「勉強しろ」と為長がつぶやくと、「はい」とメイヤーは答えて、鞄から参考書とノートを出した。


「この和んでいる環境で、しかも誰もがおしゃべりに夢中だ。

 この状況で、勉強が捗ると思うかい?」


為長が今度はメイヤーを見て聞くと、「…いえ… 捗らないと思います…」と答えた。


「普通であればそうだろう。

 だがもし、この喧騒ともいっていい中で、

 心地よく勉強ができたとしたら、

 その時の君はどう思うだろうか?」


メイヤーはいきなり難題を投げつけられたが、本気で考えて、「きっと、素晴らしいことだと」と答えてから、為長が考えてることがようやく理解できていた。


「ここは勉強の気分転換にも、いい環境だと思う」


為長は言ってから、仲間たちと大階段を下りていった。


ー― ここに勉強に来て、気分転換もここで楽しむ ――


メイヤーは為長のたちの後姿に笑みを向けてから、少し気合を入れて参考書を開いた。


―― そして、勉強を本気で取り組むという集中力 ――


わずかな為長との会話で、メイヤーは集中力の極意を手に入れていた。


耳には喧騒が聞こえていたが、しばらくすると勉強に集中できていて、耳をふさいでいないのに何も聞こえていなかった。


もちろんこれを知ったのは、決めた場所まで勉強をした後だ。


―― うう… すっごくうるさかったんだ… ―― とメイヤーは思いながらも笑みを浮かべて、誰もが楽しそうな遊園地を見入った。


すると気配すらも封印していたのか、すぐ近くに幼年部の生徒が三人いた。


三人も集中しているのか、お絵かきに夢中だった。


そしてひとりの額を見て、―― 天草桔梗ちゃん ―― とメイヤーは思い、手を合わせたい気分になった。


すると桔梗が顔を上げて、「はい、どうそ!」と言って、メイヤーに画用紙を手渡した。


「え? あ、ありがとう」とメイヤーは戸惑いながらも礼を言ってから、画用紙を受け取って固まった。


―― 私じゃないけど、私… ――


その絵は確かにメイヤーにそっくりだが、集中している勉強中のメイヤーだった。


―― この姿は、自分で見ることはない ―― と思いながら、メイヤーそっくりの絵を見ほれた。


「…本気でお勉強した人のご褒美だって…」と桔梗が小声で言うと、「…あ、為長様のご指示?」とメイヤーが聞くと、「…うん、そう…」と桔梗は小声で答えた。


「…十枚描くとね、ご褒美がもらえるの…」


桔梗の言葉に、メイヤーは苦笑いを浮かべて、―ー 神様のバイトなのね… ―― と思い、少しだけ笑った。


「明日は遊園地行くの?」と吉乃が桔梗に聞くと、「…まだ、きちんとお勉強してる人、いないからなぁー…」と桔梗が眉をげて答えたので、メイヤーは辺りを見回した。


確かに勉強はしているが、この喧騒に悩ましげにしている。


きっと為長にひと言いわれた人だろうと思い、メイヤーは心の中で応援した。


「…お姉さん… メイヤーさんは遊園地行かないの?」と桔梗が聞くと、「明日に、普段のご褒美として行くことに決めてるの」とメイヤーは幸せそうな顔をして答えた。


「じゃ! 私たちも行く!」と桔梗が叫ぶと、吉乃と睡蓮が大いに喜んだ。


なぜだか一緒に行くことになってしまったが、メイヤーは悪い気はしなかった。


「…うふふ… コッケちゃん探しぃー…」と桔梗が楽しそうにつぶやくと、「あら、何かいいことでも?」とメイヤーが聞くと、「願いが叶うんだってぇー…」と桔梗は楽しそうに言った。


「だけど、羽を落としているの、見た人いないって言ってたよ?」と睡蓮が言うと、「地面に落ちちゃうと消えちゃうから」と桔梗が答えると、メイヤーは目を見開いて、―― 桜の花びら… ―― とメイヤーは思い、密封してあるハンカチに少し触れた。


十六天神将の社のご開帳初日に、境内で手に入れた桜の花びらだ。


「メイヤーさんも拾える権利があるから!」と桔梗がうれしそうに言うと、「…うん、今気づいたわ…」とメイヤーは言って、笑みを浮かべた。


「…きっとね、その資格がある人しか、

 ここではきちんとお勉強できないかなぁー…」


桔梗が悲しそうに言うと、「ひとりだけ知ってるわ」とメイヤーが言うと、「その人も明日遊園地に行ける?」と桔梗が小首を傾げて聞くと、「今日、行ってるはずだけど…」とメイヤーが答えると、「…あー… ざんねぇーん…」と大いに残念がった。


「お志摩お姉ちゃんが、今日は副園長さんだって言ってたよ?」と吉乃が言うと、「…家族特権、使っちゃうぅー…」と桔梗は言って、メイヤーに別れを告げて、三人して手をつないで、階段室に向かって走っていった。


―― メリーちゃん、ついてるわね… ―― とメイヤーは思って笑みを浮かべていた。



「ありゃ? もう合格者がひとり出たの?」


夕餉の席で、為長は目を丸くして、桔梗に聞いた。


「うん、メイヤー・ミレイさん!」と桔梗が機嫌よく叫ぶと、「ああ、最初に会った子だな」と為長は笑みを浮かべて言って、何度もうなづいた。


「明日ね、一緒に遊園地で遊ぶの!」と桔梗が機嫌よく言うと、「…今日いたのはなんの用だったんだ?」と為長が聞くと、「マリー・サカエさんと、コッケちゃんの羽探しだよ!」と桔梗は言ってから、その成果を為長に見せ付けた。


「…おいおい、取れるはずがないのに…」と為長は目を見開いて言った。


「桜の花びらと同じだよ」と桔梗が言うと、「…そういうことか…」と為長は言ってようやく理解できた。


「マリーさんもメイヤーさんも一緒だよ?」


「そうか… ようやく俺の仲間も見つけたってところだな」


為長は言って、桜の花びらを模った、桔梗専用のブレスレットを渡した。


「…ああ、もう、ごほうびぃー…」と桔梗は感動して言ってから、「お兄ちゃん、ありがとー…」と礼を言ってすかざず、「つけて?」とかわいらしく言った。


「はいはい」と為長は答えてから、桔梗の左手首にブレスレットをつけた。


「これはご褒美じゃないぞ。

 みんなの分もあるから、食後にな」


為長の言葉に、神たちは満面の笑みを浮かべていた。


「…兄さん、これって…」と四郎は目を見開いて桔梗のブレスレットを見た。


「なかなか使えるぞ」と為長は自信満々に言った。


食事を終えたあと、神たちは陽気になってブレスレットをつけてもらって、幸せそうな顔を一斉に為長に向けて満面の笑みを浮かべた。


「…ああ… 畏れ多い…」と為長は言って頭を垂れた。


神の祝福がその身を覆っていたからだ。


「我らがまだまだ未熟なのは変わりませんが、

 磐石となり、安心感を得られました」


四郎が言って頭を下げると、「気に入ってもらって何よりだよ」と為長は言って、少し照れて頭をかいた。


「どなたなのかはわからなかったが、

 火の神らしき思念が手助けをしてくださった。

 どうやらかなりの力を持っていてね。

 …だが、会ったことがある気だったから、

 ひょっとしたらサラマンダーの神だったかもしれない…

 なにかあって、俺のためにと奮起してくださったのかも…

 だから明日はお暇をいただいて、

 獣王星に行こうと思う」


為長の言葉に神たちは賛同した。


そして為長は竜神城に飛んで、勇健に事情を説明すると、「同行します」と勇健は笑みを浮かべて言ったので、「はっ ありがとうございます」と為長は心の底から言って、笑みを浮かべた。


明日の昼餉を竜神城で摂ったあとに行くことに決まった。


もちろん食事を作るのも、為長の奉公のひとつだ。


「神獣コッケ様になにかあったの?」


感受性の強い勇健なので、桔梗たちが少々騒がしくしたのだろうと為長は思い、事情を説明した。


「神たちのブレスレットの件とつながっているような気がします」


勇健の言葉に、「御意」と為長はすぐさま答えた。


まったく確証はないのだが、竜の鱗の逸話との関連があると感じたからだ。


為長が知っていた逸話の話をすると、「…幸運を招く…」と勇健は呟いて笑みを浮かべてうなづいた。


「もちろん誰にとって幸運なのかは、

 判断が難しいけど、

 家族の誰かの喜びは、家族全員が共有できるからね」


勇健は笑みを浮かべて言った。


為長は就寝の挨拶をしてから、この先は安寧に過ごして、願いの夢見に移行した。



「…幸運だったぁー…」と為長は言いながら、願いの夢見から目を覚ました。


「お話聞かせてえー」と皇陽が泣き出しそうな声で言ったので、「朝餉の時のお楽しみだ」と為長は答えて身支度を始めた。


この先は特に幸運を感じることはなかったが、平和な日常だったことを為長は幸運だったとして、自然界に感謝した。


為長は勇健たち一行も乗せた、ぎゅうぎゅう詰めの戦艦を楽々と操って竜神城に戻り、美麗、菫、吉乃、睡蓮とともに、大人数分の昼餉を作り上げた。


「ひとり見つけたの。

 中等部一年のミラー・コボルちゃん」


この話題は、神獣コッケの羽を手に入れた学生の件だ。


美麗のいきなりの言葉に、「また女子ですね… しかも、また留学組みですか…」と為長が言うと、「そうだったんだぁー…」と美麗は意外そうに言った。


留学組みとは、為長たちの同胞ではなく、喜笑星分校を気に入って、留学してきた学生のことだ。


名前を聞くだけで、判断は比較的容易だ。


「元いた星は、アニマールと右京和馬ですから、

 その関連性はなさそうです」


為長はたまたま知っていただけで、調べていたわけではない。


「あ、そうそう!

 まだお礼を言ってなかった。

 本当に素晴らしい作品をありがとう」


美麗が鍔の礼を言うと、「いえ、私としては十分に感じておりましたので」と為長は言って頭を下げた。


「悪魔は、感情を察するエキスパートだから。

 逆に口にしない方が、

 伝わりやすいこともあるようね」


菫の言葉に、「はい、大奥様」と為長は言って、菫にも頭を下げた。


「ですので、言葉での私への礼は不要です。

 意識をせずに、念じてくださった方がありがたく存じます」


「…勇健と父ちゃんがうるさいから…」と美麗が眉を下げて言うと、「使い分ければいいだけよ」という菫の厳しい言葉に、「…わかったわよぉー…」と美麗は唇を尖らせて答えた。



「さらには、ムングちゃんとハイネちゃんの神の件も残っているのです」


昼餉の席での為長の発言に、勇健は深くうなづいた。


為長が一度水の神を引き受けたことで、様々なことが見えてきた。


ムングについては、土の神を引き離せば勇者になることは確実で、ムングに不幸なことは起こらないと確信していた。


しかし問題は、身体的にまだ子供のハイネにあった。


神が憑いた時間がまだ浅いので、何も起こらないはずという、あいまいな結果しか出ないのだ。


これでは自信を持って、引き離すことができない。


「…憑かれちゃったら、ある意味不幸でもあるのね…」と美麗は眉を下げて言った。


「人間では、限界があるはずなのです。

 少数派だった、お凜ちゃんが正解だったと。

 動物は神をそれほどは意識しないのです。

 ナンシー様が変わってしまったのもそのせいかと」


為長の言葉に、「…急いだ方がいいかもしれない…」と勇健がつぶやくと、「御意」と為長はすばやく同意した。


「問題は、受け入れる動物だね」


勇健の言葉に、「ここでも少々不条理がありまして…」と為長は言って、その事情を話した。


「…火の神を受け入れる動物候補はいるのに、土がいない…

 まさに不条理だけど、火の候補がいるの?」


勇健が少し驚きながら言った。


「二頭もいるので驚きです」


為長の言葉に、「…火を気にしない動物もいるんだなぁー…」と勇健は関心するように言った。


「できれば、ふた手に分かれてことを進めるべきでしょうが、

 さすがに神には託せないのです。

 よって効率よく正すために、

 まずは土の神を憑かせる動物の選定が急務です」


「あ、これだけは聞いておきたいんだ。

 神に託せない事情」


「失敗を恐れません」


即答した為長の言葉に、「…あ、絶対だめ…」と勇健が言うと、「どうしてよぉー…」と美麗が聞くと、勇健は深いため息をついた。


「あなたは本当に馬鹿です」


菫が堂々と言うと、美麗はこれ見よがしに頬を膨らませた。


「失敗を恐れないは、自信があるってわけじゃないんだ。

 神は願いがあれば引き受けるが、

 安全に叶うとは限らない。

 そして不幸があっても、特に気にしない」


勇健の言葉に、「…うわぁー… 絶対だめだぁー…」と美麗はすぐさま納得して大いに嘆いた。


「それくらいじゃないと、本当の神は神でいられない。

 四天将はまだしも、十二神将はその意識が高いんだ。

 だからこそ、氏子である為長が寄り添っておく必要があるんだ。

 その管理者として、頭目である四郎様の存在も重要なんだ。

 悪い言い方をすれば、

 人間の都合がいいように願い事をする。

 氏子の意思としては、

 些細なことでも、人間が思う不幸を神に背負わせたくないからだ」


「…これからはもっとよく考えてから発言しますぅー…」と美麗は大いに反省して呟いた。



まずは信長に事情を話す必要があるので、為長たちは大人数で安土城に登城して、信長に長い話をした。


「仕官して早々の大仕事だな…

 しかも、琵琶家が手助けできることがなにもないことにも心が痛む…」


信長の言葉に、「いえ、長春様の同行をお願いに参ったのです」と勇健が答えると、「…役に立ったぁー… しかも長春だったぁー…」と、信長は感動して言った。


「更には、大きな神の力を持つ、萩千代様にもご同行願いたいのです」


勇健の更なる進言に、信長と濃姫はわが子かわいさに号泣していた。


「遠巻きに見ておきたいので、天使たちもどうかご同行の許可を」


阿国の進言に、「その件は同意しかねます」と為長はすぐさま厳しい口調で答えた。


そして、「願いが混在することを恐れてのことです」と為長がすぐさま言うと、「迂闊でした、申し訳ございません」と阿国は謝って頭を下げた。


「それを回避する方法を偶然にも得たのですが、

 まだ試していないのです。

 自信がついた時には、ご希望に添えると察します」


為長の丁寧な言葉に、阿国は薄笑みを浮かべてうなづいた。


「ほう、そのようなものがあるのか?」と信長が興味を持って聞くと、「こちらと似たようなものです」と為長は家族の絆のブレスレットを信長に向けた。


「…その神用というわけか…」と信長が言うと、神たちが一斉に信長にブレスレットを見せ付けた。


「…欲しいぃー…」と長春がうなると、「レプリカでしたら装飾品として配布してもかまいませんので」と為長は言った。


「ほう、配布か…」と信長は感心しながら言って、四郎のブレスレットを見入った。


「…ふふ… 根付と同様か…」と信長が愉快そうに言うと、「配布ですが手にできるとは限りません」と為長はにやりと笑って答えた。


「作り手がまだ私しかおりませんので、

 しばらくは神の意思に従っていただきたいものです」


為長の堂々とした言葉に、「…勇健君はぁー?」と長春が泣き出しそうな顔をして言うと、「いい加減にせぬか」とついに信長の雷が落ちたので、長春は落ち込んでからうなだれた。


「…ふむ… さて… どうすればいいのか…」と為長が考え始めると、「まずは任務を遂行せよ!」と信長は堂々と命令した。


「いえ、それができなくなってしまったのです」と為長が進言すると、「…また、長春かぁー…」と信長がうなると、長春は大いに頬を膨らませていた。


「…エッちゃんよりもわがままだった…」と幻影が大いに嘆くと、桜良は大いに頬を膨らませていた。


「俺が打ったものでは駄目なんだろ?」と幻影が譲歩して聞くと、長春はふくれっつらの顔のままうなづいた。


「今回はいつもに増して強情ですね… …長春んー…」と為長がいきなり豹変して名をうなると、長春は目を見開いて、「…叔父上様ぁー… …わがままを言って、ごめんなさいぃー…」と涙を流して謝った。


「あ、解決解決」と信長は陽気に言って、勇健の頭をなでた。


「使える息子じゃろ?」と信長が笑みを浮かべて言うと、「はい! それはもう!」と勇健は機嫌よく返事をした。


「…嫌われ役を引き受けたくはないのですけどね…

 それにすべてが終わってから、

 褒美を考えるという苦痛もございます…」


為長が嘆くと、「…悪いが踏ん張って欲しい…」と信長が穏やかに言ったので、為長はこの言葉を褒美として、堂々と胸を張った。



ひと悶着あったが、それほど時間をとられることなく、為長一行は獣王星に移動して、早速お凜たちと面会した。


ポピーは少々困惑げだが、水の神とは仲良くやっているようで、為長としてはまずはほっとしていた。


「今日来た理由だけど」と為長は言ってから、少々複雑な説明をした。


するとムングが、「…まだよくわかんないけど、ナンシーさんが変わって行ったことはよくわかってた…」とムングは悲しそうに言った。


「具体的にはどんな感じで?」


為長の問いに、「…なんだか、落ち着きすぎているような…」とムングは考え込みながら言った。


「だけど、粗暴な言葉は変わらなかった…

 寅三郎様が、絶好調だな、などとおっしゃって…」


「ナンシー様の姿を動物に変換したとすれば?」


為長の決定的な言葉に、「…あ… …あ… そういうことだったの…」とムングはようやく理解ができて、そして深くうなだれた。


「人間でありながらも、動物となっていったはずなんだ」と為長は言ってハイネを見た。


「…あ… ああ…」とハイネは呟いて、この呪われた運命のようなものから抜け出したいと考えた。


「ま、見ておけよ。

 まずは簡単なムングちゃんの方から解放するから」


為長の言葉に、「えっ?!」と誰もが驚きの言葉を上げたが、例外がひとりだけいて、睡蓮は笑みを浮かべて為長を見上げていた。


「何匹?」と為長が聞くと、「もう一匹」と睡蓮は言って、北を向いて遠い目をした。


すると、『…ドドドドドドドドド…』と何かの群れが走り去っていくような音と、微かな振動を感じた。


「水牛?」と為長が睡蓮に聞くと、「うん、多分」と睡蓮は答えた。



為長は水牛は後回しにして、まずは地面を見てからしゃがんで、両手のひらを地面につけた。


「…ん… 神の気配…」と為長は機嫌よく言ってから、十間ほど北西に移動してからまた手のひらをつけると、「…よっし! 気配を捕まえた!」と陽気に叫んでから、視界いっぱいに広がる森に向かって飛んだ。


そして、昼間でも薄暗い森のほぼ中央部まで飛んで、また手のひらを地面につけ、「…この辺り…」と言って、一間ほど先の地面を見ると、わずかに地面が盛り上がった。


そして、少し長い鼻先が見え、ほとんど目がない動物が頭だけを地面に出した。


「角土竜」と為長はにやりと笑って言って立ち上がると、角土竜は逃げることなく地面から出てきた。


お凜たちはようやくやってきて、角土竜を見つけて抱きしめた。


その爪は鋭いが、お凜を傷つけることなく、やけに大人しい。


「手助けの必要もなさそうだ」と為長が言うと、ようやく到着したムングが、「え―――っ?!」と叫んでから固まった。


そしてその姿はきらびやかだが、世にも恐ろしげな勇者となっていたので、誰もが大いに眉を下げた。


「地底人解除側だから。

 地底人としての姿は今まで通りだ」


為長の言葉に、ムングは我に返って変身を解いて、「…なんだか、自由になった感じ…」とムングは言って、為長に笑みを向けた。


「あわてて決めることはないけど、今後の身の振り方を考えておいてくれ」


為長の現実に引き戻す言葉に、ムングはようやくそれに気づいて、「…あ、う… うん…」と呟いて、眉を下げてお凜を見た。


「と、いったように、ハイネちゃんも開放したいのだが、

 ムングちゃんのようにうまくいくとは限らない。

 悪いことをしていないのに、

 何らかの罰を食らうことも考えられるんだ。

 だから手を出せないと、ついさっきまでは思っていた」


為長の言葉に、「大丈夫大丈夫!」とポピーが陽気に言ったが、誰もが不安そうな顔をしている。


「そう、それがな、大丈夫なんだよ」と為長が言うと、誰もが安堵の笑みを浮かべた。


もちろん、大勢のこの反応にポピーは大いに怒ったのだが、怒っているように感じずに、誰もが笑っていた。


「さて、新しい宿主なんだが、

 候補がふたりいるんだ」


為長の言葉に、誰もが大注目した。


「ひとりはここにいないが、

 真の姿が恐竜のギリアン・ギルバートさん」


為長の言葉に、「…普通に炎、吐いちゃいそー…」とお凜が眉を下げて言うと、為長は大いに笑った。


「そしてもうひとりが…」と為長は言って、お凜の隣にいるお杏を見た瞬間に、「出番! 来たぁ―――っ!!!」とポピーが陽気に叫ぶと、サラマンダーを持っている三匹が一斉に変身して、ハイネとお杏を囲んで、結界を張った。


しかしそれはすぐに収まって、ハイネとお杏はともに目を見開いていた。


「あ、まったく問題ないけど、

 ハイネちゃんに種が植わったようだ」


為長がハイネを見て言うと、特に神たちは笑みを浮かべて為長を見上げていた。


「じゃ、ハイネちゃんも、

 ムングちゃんと同じで、この先のことをきちんと考えておいてくれ」


為長の言葉に、「はい! 為長様!」とハイネは叫んで、お凜と、まだ呆然としているお杏に抱きついた。


「真珠様は、できれば、私の願いを叶えていただきたいですね」


為長の言葉に、真珠は大いに戸惑っていた。


「…私は、ここがいいんだけどぉー…」と真珠は大いに戸惑っていった。


「はい、ここに住むことは問題はないのです。

 ですが、サラマンダーを持つ四匹の動物の結束がさらに固まってしまったのです。

 人間社会で例えると、

 勇者四人の中に、人間がひとりいるようなものです」


誰にでもわかる言葉で為長が言うと、真珠は大いに眉を下げてお凜たちを見た。


「ちなみに、ファイガ様はここで暮らすのですか?」


為長が聞くとファイガは、「…喜笑星に戻りたい気分です…」と笑みを浮かべて答えた。


「気が向けば、

 四匹のサラマンダーを引き連れて、

 遊びにきていただいてもかまいませんから」


為長の丁寧な言葉に、「はい、そうします」とファイガは明るい笑みを浮かべて答えた。


為長は長春を見て、「出番がなかったね」と言うと、「…ご褒美もなしだぁー…」と長春は嘆いてからうなだれた。


「思っていたよりもポピーさんの威厳が上がっていた。

 ここに来てすぐに、今の結果が見えていたといっていい」



そして為長は空を飛んで、水牛の群れを発見して、その中にはぐれているように見える一頭の水牛を発見した。


「…あれだな…」と為長は思い、その水牛の左脇に、距離を置いて地面に降りた。


水牛は一度は身を低くしてから、『フーッ!』と鋭く鼻息を鳴らしながら為長のいる方に体を向けたが、今は徐々に警戒を解き始めている。


「一緒に遊ばないか?」という為長の言葉に、『フンッ!』と短く鼻を鳴らしたが、なぜだか機嫌がよくなっていた。


為長は躊躇なく近づいて、「失礼」と短く言って、水牛の少し撒いている角の内側にある、ほとんど見えない鬼の角に指先で触れ、頬に絵文字を描いて水牛となった。


今回は普通にそっくりさんだったので、水牛が怯えることはなく、二頭は体をぶつけ合いながら、大地を雄雄しく蹴り大いに走った。


そして為長が変身を解いても、水牛は大人しいままで、為長についてくる。


「では、帰りますか?」と為長が勇健に聞くと、「…あっという間の滞在だった…」と眉を下げて答えた。



喜笑星に戻り、勇健と為長だけが登城すると、「驚くほど早かったな」と信長は機嫌よく言った。


勇健が事の次第を一部始終報告すると、信長はご満悦の表情でうなづいた。


「ムング、ハイネ両名の身の振り方は本人たちに任せてきました。

 近いうちに登城するものかと」


勇健の言葉に、「ああ、その日が待ち遠しいな」と信長は機嫌よく言ったが、これから獣王星に行こうなどとも考えていた。


「さらには、真田真珠殿の件です」


勇健の言葉に、幻影と信長が少し身を乗り出した。


「彼女の高貴さは、城の姫にふさわしいものと」


「…ほう…」と信長は息を吐くように声を出し、為長を見た。


「ご本人には、私の想いを遠まわしに伝えておきましたので、

 真珠様も近いうちに登城されることでしょう」


「…どっちに決めるかなぁー…」と幻影がつぶやくと、「私と同じ道かと」と為長は答えた。


「その資質が十分にあったからなぁー…」と幻影は言って笑みを浮かべた。


もちろん、動物のままでいるか、人間として野生を捨てるかの選択だ。


「萩千代はどう思う?」と信長が聞くと、「うふふ、ちょっと怖いお姉ちゃん」と萩千代は機嫌よく言った。


「…幻影の娘のような存在じゃ…

 織田を名乗らせるか」


信長の言葉に、「ありがたき幸せ」と幻影は笑みを浮かべて言って、深々と頭を下げた。


「今回の件とは少々かけ離れるお話ですが」


為長の言葉に、信長は怪訝そうに思っていたが、「言ってみよ」と告げた。


「寅三郎殿の取り巻きが誰も離れる様子がありません」


為長の報告に、信長が幻影を見ると、「為長様のおっしゃった通りです」と答えた。


「よって、真珠様の想いは、

 ひょっとするとまだ寅三郎殿にあるやも知れないのです。

 となると、この話はなかったことになる可能性もありますので、

 すべてが丸く収まる結論には達しない可能性もございますので」


「…わかった、おかげで覚悟ができた…」と信長は真剣な目をしていった。


「為長殿は、なぜ取り巻きが解散しないのかわかるかい?」と幻影が困惑気味に聞くと、「皆目見当も…」と為長も眉を下げて言った。


「…ふふふ… 近くで見ておらんワシにはわかるぞ」


信長の言葉に、幻影も為長もそろって頭を下げ、「お見それしました!」と声を大にして叫んだ。


「実はな、離れかけてはおったんじゃ。

 それを結束を固めた者がおってな。

 せっかく、ギリアンを手にできたものを…」


信長が少し憤慨して言うと、幻影が為長に指をさして苦笑いを浮かべていた。


「…俺が、寅三郎を説教したせいかぁー…」と嘆くと、信長と勇健が大声で笑った。


「…余計なことでしょうが、

 酒井家の戦力はかなり使えますので、

 早々にでも蟄居の取り消しを進言いたします…」


為長が力なく言うと、「そうしよう」と信長は機嫌よく言った。



この会談のあと、勇健たちが竜神城に帰りついた同時時刻に、ハイネ、ムング、そして真珠の三人が安土城に登城した。


信長は三人をもろ手を上げるようにして歓迎した。


そしてまずは、ハイネが安土城に戻る意思を信長に告げると、信長も幻影も大いに喜んでいた。


そしてムングは、一度寅三郎の元に行きたいといってきた。


まさに、為長の杞憂が的中していた。


そして真珠だが、「…天草家の居候になろうかなぁー…」といい始めたので、信長と幻影は顔を見合わせた。


「…いや、予想外の回答に面食らった…

 為長はそんなことは一寸たりとも考えておらなんだし、

 ワシらもじゃ」


「…神を崇めるといいことがあるかも…」と真珠が言うと、信長と幻影は顔を見合わせて愉快そうに笑った。


「最終的には、為長の言った通りになりそうだ!」と信長は機嫌よく叫んだ。


「え? なんて言ったのですか?」と真珠が大いに気にして信長に聞くと、「別に知らんでもかまわんし、何も問題のないことじゃ」と信長は穏やかな感情を流して答えた。


「…は、はあ… それでしたら遠慮なく…」と真珠は言って、白い猫に変身して、天守の窓から飛び降りて、パラグライダーを開いて、竜神城めがけて飛んでいった。


「…おてんば姫じゃ…」と信長がつぶやくと、幻影は愉快そうに腹を抱えて笑った。


信長は蟄居を解く書を認め、ムングに渡して、獣王城に行かせた。


そしてハイネは、満面の笑みを浮かべて幻影を見て、「お魚を釣りに行きたいです!」と上機嫌で叫んだ。



桔梗が空に向けて指を差して、「なんか飛んでくるよ!」と叫ぶと、誰もが空を見上げた。


「…なぜここに…」と為長は少し嘆いた。


「神たちに興味津々?」と四郎が言うと、「はあ、そうきたか…」と為長は言って苦笑いを浮かべた。


そしてパラグライダーを担いだ猫は、緩やかに地面に下りて、人型の真珠に変身して為長を見た。


「御屋形様には説明してきたんだけど、

 住まわせてもらってもいい?」


真珠の言葉に、「断る理由はないからかまわんぞ」と答えた。


真珠は笑みを浮かべて喜んだが、「もちろん、仕事をしてもらうぞ」という為長の言葉に、「…そういった掟があったのね…」と真珠は苦笑いを浮かべて言った。


「基本的には使用人。

 屋敷の炊事洗濯掃除」


「…少しはできるので、どうか、よろしくお願いしますぅー…」と真珠はここは穏便に言った。


「今はいないが、お姫様も使用人をやっていたからな。

 花嫁修業にはちょうどいいと思う。

 真珠ちゃんは、学校は行ってなかったよな?」


「…一応… 中等部一年ですぅー…」と真珠はいやいやながらに答えた。


「じゃ、常に行動を共にすることになるから、面倒はないな。

 一応、神たちには丁寧に挨拶をしてくれ。

 気に入られなければ放り出されるかもしれんからな」


為長の言葉に、真珠は少し怯えながらも、神たちに丁寧に挨拶を始めた。


「あ、お姫様って、雅緒様?」と、神たちと挨拶を終えた真珠が為長に聞いた。


「ああ、知っていたんだな。

 面識はあるの?」


「…なんだか、すねてる私みたいで…」と真珠が言うと、為長は笑いをこらえたが、四郎は腹を抱えて笑っていた。


「戻ってくるようにいったんだがな、

 俺が春駒と婚姻したから、

 帰りづらくなったようだ」


[…あー… それでどうしようもなくなってすねてるんだぁー…]と真珠は理解していった。


「こればかりは無理強いはできんからな。

 お雅の心ひとつにかかっている。

 ずっとすねたままか、割り切って戻ってくるか、

 新たな自分の居場所を探すか。

 家のことは何でもできるし、

 城で女中もできるだろう。

 できれば早めに結論を出した方がいいと思ってる。

 一年もしないうちに、学校は卒業だからな」


「…きちんと心配してくれているのに、

 すねてちゃだめ…」


真珠がつぶやくと、為長は何も言わずにうなづいた。


「その任務、受け持っていい?」と真珠が為長に聞くと、「ああ、助かる」と答えてすぐに、白い猫に変身して山に向かって走っていった。


「なんだかんだで救世主… 適材適所といったところか…」と為長がつぶやくと、四郎は満面の笑みを浮かべて為長を見上げていた。



夕餉を摂っていると、いつものようにキャッシーと小恋子がやってきた。


そして今日は二人そろって食欲がないのか、顔色が優れない。


「何かあったの?」と為長が聞くと、「…聞かないでぇー…」と小恋子に間髪入れずに言い返されてしまった。


「…グミ?」と為長が感じ取れた単語をつぶやいてから、今度は為長の顔色が変わった。


「…あいつ… グミに操られていたのか…」と為長がつぶやくと、「あら? 知ってたの?」とキャッシーが聞くと、為長が無表情でうなづいた。


―― グミに操られていたから無感情… いや、違う ――


為長は思い直して、―― グミの脳が異常だった ―― という結論を出した。


「…そこまで探るべきだったか… 失敗したなぁー…」と為長は言ってから少しうなだれたが、小恋子を見た。


「ところで、その騒ぎはどうなったの?」


「…不思議なんだけど、宿主にされてた人から勝手に出てきて、いつの間にかあった檻に自ら入ったって…」と小恋子が呟いて、ひとつ身震いをした。


「ふーん… その救世主は、正体を知られたくなかったんだね。

 フリージアに、そんな正体不明の人はいないはずだ」


「…そうなのよねぇー…」とキャッシーは眉を下げて答えた。


「宿主にされた人は無事だったの?」


「あ、うん… だけどすごいショックでね…

 ロストソウル軍の軍医だったんだけど、

 取調べ中に取り付かれたたんだって…

 幸い武器を奪えなくて、

 周りにいた人は殴られただけで済んだようなの。

 尋問に当たったのが軍医だったから武器を携帯していなくて助かったって、

 爽太様が言ってたわ…」


「…そうか…

 ここは一応責任があるから、謝っておくか…」


為長はつぶやいてから箸を置いて、爽太に念話を送った。


『いえ、為長様の責任ではございませんから。

 まずはレントゲンを採らせるべきでしたが…

 その場合でも技師が脳を乗っ取られていたでしょうね…

 感情がないことも、僕も確認していました。

 僕だって、まさかグミに支配されているとは思いもしなかったのです』


『そのグミの脳に障害があるのですね?』


『…あ!

 …はい、そういうことになりますね…

 そこも迂闊でした…』


『ところで捕らえたのは、万有源一様ですか?』


為長の言葉に、爽太からの返答がない。


よって、幼児でしかないはずだが、もうすでに王として蘇っていると為長は確信した。


『…さすがです…

 源一様は、フリージアに不幸がある時だけ、

 行動に移されると説明してくださっていたのです…』


『そうですか、納得です。

 その件は、きっと、

 御屋形様と幻影様でしたら気づかれていると察します』


『はい、きっとそうでしょう。

 だましているわけではないので、

 お二人とも何も言われないだけかと想像しています』


為長は礼を言ってから、念話を切った。


「…なるほどね…

 ここは心を入れ替えて、一から出直しだ!」


為長は叫んで、夕餉をもりもりと食らい始めると、キャッシーと小恋子は狐に抓まれたような顔をして見つめあっていた。


「あの、異常者の件ですか?」と四郎が為長に聞くと、「ああ、きちんと確認してその通りだった」とすぐさま答えた。


「…為長君と四郎君が捕まえたのね…」と小恋子が眉を下げて言うと、「一応内緒で」という為長の言葉に、小恋子は口をふさいだ。


「お試しの冒険に行ったら、

 いきなり犯行現場に出くわしてね。

 ひと目で脳に異常があって、感情がわかないやつと理解した。

 だから会話は無駄だから、

 武器に関連するものはすべて破壊して、

 ロストソウル軍に来てもらって引き渡したんだよ」


「…今のお話だけでも、すっごく勉強になったわ…」と小恋子は言って頭を下げた。


「だけど反省したよ。

 魂が二つあることはわかったはずだった。

 場所は胸部と頭部。

 俺は胸しか確認していなかった。

 きちんと見ておけば、騒ぎになることはなかったはずだ。

 もっとも今回の件は特殊な例だが、

 それを見過ごしたせいで悲惨な大惨事になることも考えられるからね。

 これからは、少々慎重になった方がいいだろう」


「…話はよくわかったけど、気になったのはお試しの冒険旅行…」


キャッシーが懇願するような目をして言うと、「不幸を察知して飛べる」と為長が答えると、二人はもろ手を挙げて喜んだ。


「言っとくが、本来の十六天神将の宇宙の旅では、

 俺たちに出番はないから。

 俺たち限定の宇宙の旅だったら、

 修行としては可能だ。

 お試しは、二度三度と積んだ方がいいと思うからな。

 それに願いの夢見で、それなり以上に鍛えたからね。

 少々のことでは動揺することはなくなった」


為長の言葉に、二人は目を見開いた。


「…四郎君は、資格を得たのね?」と小恋子が聞くと、「…ええ、まあ…」と四郎は照れながら答えた。


「エッちゃん! 願いの夢見!」と小恋子が叫ぶと、「今は純粋な神だけしかもっておませんので、夢見には飛べませんの」と桜良がお淑やかに言うと、為長は桜良に指を差して笑った。


「…だったら、誰か紹介してよぉー…」とキャッシーが懇願すると、「女性はできないようですから男性で」とまた桜良はお淑やかに言った。


「へー… そんな縛りもあるんだ」と為長が言うと、「どうやら、条件があるようなんだよね」と四郎が言った。


「まず、状況的に、近くにいる人は想いが強い方しか夢見に飛べない。

 混信すると危険だからという理由らしいよ」


「ああ、それは大いにいえるな…

 その範囲内に二重に存在した場合、

 引き裂かれるようなことになってしまう…

 あ!」


為長はあることに気づいた。


「だから、偶然にも分魂ができたわけか…」と為長がつぶやくと、キャッシーと小恋子も気づいて、「源一君の過去の、三つに分魂しちゃった件…」と小恋子が嘆くように言った。


「…とんでもない修行だね…」と為長は言って眉を下げた。


「その時の母ちゃんは、気づかなかったの?」と為長は桜良に聞くと、「ギクッ!」と叫んでから、ごまかすように大声で笑った。


「…頼りない母ちゃんだ…」と為長が嘆くと、「…誰もいなかったはずなんだけどなぁー…」と呟いたが、とぼけていると為長は感じて、怪訝そうに桜良を見た。


「いつ規則が変わったの?」


「十年ほど前ぇー…」と桜がつぶやくと、「…随分と最近なんだね…」と為長は言って眉を下げた。


「分魂できた人があまりにもたくさん現れてね、

 絶対におかしいって思ってね、

 きちんと調べたらね、

 そんなことにね、

 なってたのぉー…」


桜良が幼児のように説明すると、桔梗がケラケラと愉快そうに笑い始めた。


「宇宙の三空間と関係あり?」


為長の言葉は決定的だったようで、桜良は眉を下げて、かなり詳しい話をした。


「…宇宙空間の裏の世界の異空間は、いいことは何もないんだね…」と為長は少しうんざり感をもって言った。


「…はっきりとしたことがいえないのは世の常なのぉー…」と桜良は眉を下げて言った。


「異空間から見て、その存在が異様に接近してくる、か…」と為長は呟いた。


「だからね、それが近い場合は、早い者勝ちで、

 願いの夢見を含めて、すべての夢見を発動できないようにしたのぉー…

 時間は限られているからね、それが解除できれば、

 その近隣での夢見は開放するの。

 それに想いの強さと質は重要で、

 一般的にいう、いい人の夢見が真っ先に実行されるようになってるの…

 四郎君は今のところ毎日だから、

 すっごくいい人と言ってもいいんだけど、

 それも度を過ぎると悪に簡単に転身しちゃうから気をつけてね?」


桜良の言葉に四郎は目を見開いてから、為長を見た。


「許容範囲で、少しいい加減なのが丁度いいんだよ」


為長が言って、四郎の頭をなでると、「わかったよ、兄ちゃん」と、四郎は朗らかに言った。


「お師様が夢見を発動できないないのは、

 やっぱり動物と関係があるの?」


「…うん…

 安全性を考えてね、

 基本認識が知的生命体と認めた人だけなのぉー…

 でもね、これは願いの夢見に関してだけで、

 ほかの夢見には出られるよ?」


「だけど、悪魔の夢見会議は悪魔のみ…」


「あ、それは許可制だから、

 誘われる人は、悪魔でなくてもいいの。

 きっとね、腹が立っちゃうって思うけどね…

 まともな情報が得られないんだけど、

 為長君だったら、色々と見抜けるって思うよ?

 それに唯一、会議に出た人同士が接触できない夢見だから、

 案外安全なのぉー…

 接触させるとね、確実に殴り合いの喧嘩が始まっちゃうからぁー…」


桜良の言葉に、為長は腹を抱えて笑って、何度もうなづいた。



夕餉が終わって、後片付けも終わったので、天草御殿では誰もが趣味に興じていた。


お志摩からは念話があり、お豊と家人になったばかりの真珠と一緒に外食をするといことで、御殿には戻っていない。


為長は喜怒哀楽用のそろいの毛糸の帽子を編んでいた。


すると、桜の香りがするように感じたが、春駒が花びらを噴出しているわけではなかった。


春駒は何とか話をしてもらおうと、皇陽と菩童に必死になって話しかけている。


そしてその原因がわかり、桜の香りは桔梗から出ている。


いつもであれば、必死になって絵を描いているはずなのだが、今は描いた絵を、少し頬を赤らめて見入るばかりだった。


為長は気になったので、こっそりと立ち上がって、桔梗の視界に入らないように、背後に回って画用紙を見たとたんに目が吊り上った。


だが、他人の空似だとわかり、絵をつぶさに観察していると、四郎もやってきてすぐに口をふさいだ。


絵は胸から上のもので、服装はロストソウル軍の軍服に似ていた。


似ているということは、軍人ではないはずだ。


年齢的には為長と同年代か、少し下だと感じた。


「桔梗の気になっている人かい?」


為長のいきなりの言葉に、桔梗は背筋を伸ばして振り返って、「…見ちゃだめぇー…」と言ったのだが、画用紙を隠そうともしない。


「どこで知り合ったんだい?」


「…会ってないよ?」


為長はこれがどういうことなのか、まったく理解できなかった。


「想像して描いたわけじゃないよね?」


「…あー… それが、よくわかんなくてぇー…」と桔梗が言うと、―― 本人にわからないことがわかるわけがない ―― と為長は思い、手がかりである服装について聞こうと思い、桜良に声をかけた。


「ああ、地球のミッテラン高校の制服よ?」と桜良が答えた。


地球というのは、フリージア星とは三つ子星のように寄り添っている人が住む惑星で、元はといえば、フリージア星のある太陽系にはこの地球だけしかなかった。


「会ったこともないこの寅三郎似の少年に興味があるそうなんだ」


為長の言葉に、「…見覚えがないということは、人間だと思うぅー…」と桜良が言うと、「はあ、それはよくわかる」と為長はすぐさま答えた。


今から十数年前までは、ロストソウル軍は地球に存在していたが、フリージア星を桜良が作り上げたことで、死後の世界の魂を持つ者がフリージアに引っ越してきたのだ。


桜良も死後の世界の住人だったので、人間との接触はあったものの、ほんの一部でしかない。


しかし死後の世界の住人の顔は、すべて覚えている。


「…まさか、写真?」と為長は言うと、桔梗は目を見開いて、画用紙をめくってから、まったく違う絵を描いた。


「…はあ… 脱帽だ…」と為長は嘆いてから、今回はロストソウル軍の軍人の制服を着た、最初に見た絵の少年と比較的似ている絵を見入った。


軍人は手に、写真のようなものを持っていた。


そして軍人の胸にはタグがあり、『グレン』とだけ読めた。


「ああ、グレン・マッケルト君!」と桜良が叫ぶと、桔梗は大いに喜んでから、頬を赤らめた。


「死神五年生でね、この喜笑星の警備に来ている守備隊専門の隊に所属している、

 とっても優秀な子よ!」


桜良はかなり饒舌だった。


「写真は、兄弟… 弟のようだね…

 一応、身元は判明したな。

 エッちゃん先生、詳しい事情を聞いてもらえないかな?

 できれば、桔梗の件は伏せておいて欲しい」


「あ、うん…」と桜良は言って大いに戸惑ったが、レスターがすぐにグレンに念話を送った。


桜良は神となったのだが、念話を使えるほどには、能力開花をしていないからだ。


レスターは念話を終えて、為長に笑みを向けた。


「この絵は、弟のミランに念話を送っていた時だそうです。

 喜怒哀楽のお姿を見て、実況中継でもしていたんでしょう」


レスターの少しユーモアがある話し方に、為長は愉快そうに笑ってから礼を言った。


「ミラン君は学生寮にいるそうですが、会いに行きますか?」


レスターが桔梗を見て言うと、「…会って、みたいかなぁー…」と答えると、「じゃ、行こうか」と為長が決断した。


「…う、うん… いくぅー…」と桔梗が答えると、「ほら、新作だ」と為長は言って、桔梗の額までニットの帽子を浅くかぶせた。


「どうしても、桜の文様に目が行ってしまうからな」


為長の言葉に、「…お兄ちゃん、ありがとー…」と桔梗は言って、鏡を見て、「あー… かわいいぃー…」とご満悦の声を上げた。


すると、喜怒哀楽仲間が一斉に為長を見たので、「現在鋭意製作中」と言うと、誰もが少し悲しそうな顔をした。


三人にはとりあえず、ニットで編んだヘアバンドを渡すと、気に入ったようで、四人そろって鏡を見ていた。


「ほら、行くぞ」と為長が言うと、神たちが全員立ち上がったが、「みんなは留守番」という為長の言葉に、神たちは一斉にうなだれた。



為長、桔梗、桜良、そしてレスターとともに、四人は地球のロストソウル軍の出張所に飛んできた。


そしてわずかに歩いてすぐに、「あの建物です」とレスターが指を差すと同時に、桔梗は胸に手を当てていた。


面会申請は滞りなく受理されて、四人は応接間に誘われた。


桔梗は落ち着かないようで、少し硬いが、座り心地のいいソファーに座って、ひっきりなしに足をぶらぶらとさせていた。


するとノックがして、「失礼します」と受付の女性の声がして、その後ろに、ミラン・マッケルトが、多少心配そうだが、ほぼ写真と同じ笑みを浮かべて立っていた。


為長たちは穏やかに挨拶をして、まずは身分を明かすと、ミランは目を見開いていた。


「…あの、喜笑星からですか…

 …理由がわからず、戸惑っています…」


ミランが呆然として言うと、「詳しいお話は俺がしてもいいのですが、桔梗、どうする?」と為長が聞くと、「…お話しますぅー…」と桔梗は言って、頬を赤らめてミランを見た。


そして正確にゆっくりと事情を話すと、「お気にかけていただいて本当に光栄です」とミランは人物通りのさわやかさをもって、穏やかに答えた。


「…寅三郎に少し似ていることだけが気に食わん…」と為長がつぶやくと、桜良とレスターは愉快そうに笑った。


「ちなみに、通われているこの高校は優秀な生徒ばかりと聞いています。

 一応は察していてわかってはいるのですが、

 アニマール校フリージア分校に通われなかった理由がおありですか?」


為長が聞くと、ミランは少し眉を下げて、「きっと、友人のことだと察しました」とミランが言うと、「ええ、きっとそうだと思っていたのです」と為長は答えた。


「…兄がフリージアにいますから、

 もちろんフリージア分校の受験を受けて、

 合格通知までもらっていたのです。

 ですが、友人の一人が不合格で…」


ミランの言葉に、為長は笑みを浮かべてうなづいた。


「いえ、ご友人思いのお仲間たちだと関心いたしました。

 もしよろしければ、喜笑星分校の編入試験でも受けてみませんか?

 ご友人たちとともに」


ミランは目を見開いて、「…いいの、でしょうか…」と為長に聞くと、「一応先に面接だけをしてしまいますので、ご友人たちを連れてきていただけませんか?」と為長は言った。


ミランはすぐさまたちあがって、「すぐに連れてきます!」と笑みを浮かべて言って、頭を下げてから部屋を出て行った。


「ミラン殿は合格」と為長が言うと、桔梗は満面の笑みを浮かべていた。


「問題は友人だな…

 試験ではなく、面接で落とされていたとしたら、

 結局は同じこと。

 ま、自然に合格できる手はあるけどな。

 よほどの悪人でない限り、合格は確実だ」



ミランは、三人の友人を連れてきて、マック・ダニエル、レーナ・フォルト、ワルク・シュナイツの三人を紹介した。


もちろん、桔梗は察して、少し眉を下げていた。


男女が二対二なので、考えることはひとつだった。


「はっきりと言おう。

 ワルク・シュナイツ殿だけ不合格」


為長の言葉に、ワルク以外の三人は驚くことなく眉を下げていた。


「事情も知った。

 耳にタコができるほどに聞いたと思うが、復讐は何も生まん。

 生まんどころか、君のせいで、仲間たちが足踏みをしている。

 どれほど仲間が慰めようが、君が変わらん限り何も変わらん。

 いくら成績が優秀であっても、

 ロストソウル軍には雇ってもらえないだろう。

 万有爽太様だって、すべてお見通しのはずだ」


ワルクは、呆然とした顔をして、為長を見ていた。


「…喜笑星の国民については、

 聞いていて知っていると思うが、

 俺たちは国と国との諍いの中、

 なんとか生を維持できた…

 その中で、大勢の仲間も家族も失った…

 もちろん、俺だって復讐心に燃えていたこともあった。

 だがな、相手だって黙っていないんだ。

 やったらやり返すの繰り返しだ。

 それが永遠にいつ終わるともしれない長い期間続くんだ…

 それをどこかで止めなくてはならない。

 だから俺は復讐心を押さえ込んで、俺たちの代で止めたんだ。

 そして、すべてを正す神を待った。

 願いが通じたのか、神がやってきてくださって、

 喜笑星に誘われた。

 今この時が、君が復讐心を捨てる、

 最後の機会だと俺は思っている。

 もっとも、今すぐには決めかねるだろう。

 また気が向いたらここに来ることに決めたから、

 その時にでも、君の気持ちを聞かせて欲しい」


為長の言葉に、ワルクは声を上げずに涙を流していた。


「ミラン殿の兄も、同じ戦いで?」と為長は落ち着いた口調で聞くと、「はい、そうです」と比較的堂々と答えた。


「様々な事情は察するよ。

 ワルク殿の姉だけが、死神になれなかったことは大きいな。

 だからこそ、君で止めなければ、

 不幸の連鎖は、君の子孫にまで及ぶだろう。

 君の姉が死神になれなかった理由は、

 君が一番よくわかっているはずだ」


為長は言って、四人に頭を下げてから、桔梗たちとともに部屋を出た。


「…自分の力で、断ち切ってもらいたい…」と桔梗が大人びた言葉で言うと、「ああ、そう願っておこう」と為長は穏やかに言った。


「…仕官しちゃったから、先生にはもうなれないね…」と桜良が悲しそうな顔をして言うと、「殿が学校に通っている間は可能です」と為長が明るく言うと、「あはは! そうだったそうだった!」と桜良は陽気に笑って言った。


「…うわぁー… お兄ちゃん、先生になるんだぁー…」と桔梗がかなり迷惑そうな顔をして嘆くと、「お勉強を好きになればいいだけさ」と為長はやさしく言って、桔梗の頭をなでた。


「気にかけておきますので、後のことはお任せを」とレスターが穏やかに言うと、「そうですね、ここはお言葉に甘えますが、最終判断の時はご一緒させてください」と為長は言った。


「はい、心得ました」とレスターは言って軽く頭を下げてから、笑みを浮かべた。



天草御殿の厳寒に入ると、なかなか姦しい声が響いていた。


何がうれしいのか、桔梗が満面の笑みを浮かべて、廊下を走って行った。


為長たちも続くと、姦しいのは三人ではなく四人の女子だった。


「やあ、お雅、お帰り」


為長はごく自然に挨拶をすると、お雅は涙を流して、畳に三つ指をついた。


「すぐに帰らず、もうしわけございませんでした」とお雅は比較的通る声で言ったが、その目には、涙を浮かべていた。


「何も謝ることはないさ。

 それに、お雅次第だが、

 俺の希望する家に養女としてに入ってもらうという話もあったんだ」


為長の言葉に、ここにいるほとんどが、「…えー…」と嘆いた。


「お雅は一度は考えたはずだ。

 自分は根っからの姫様だと」


為長の言葉に、「…大正解ですぅー…」と眉を下げて呟いた。


「入る家は安土城琵琶家。

 そして俺と真珠様と同じ、織田を名乗ってもらいたい」


「…織田様に…」とお雅は呟いて、真珠を見た。


「早速出奔してきたけどね」と真珠が気さくにいうと、「真似していい?」とお雅は聞いた。


「もちろん、何日かに一度は、お父様のご機嫌をとる必要があるわ」


真珠が真剣な目をして言うと、「…案外、慣れてるわ…」とお雅は言って、また為長に頭を下げた。


「だがここで、重大な話がある。

 これはお志摩とお豊にも関係のある話だ」


四人は一斉に姿勢を正して、為長を見た。


「神と氏子は気っても切れない間柄だ。

 氏子は神と信者の橋渡し役。

 そして敬虔な信者でなくてはならない。

 だが、それだけでは不十分。

 ある程度以上の敬虔な信者でもあり、

 神のお世話をする巫女という存在も重要なんだ。

 その大役を、四人に任せたいと思っているんだ。

 特にお豊は、なかなかに敬虔な信者のようだし」


為長の言葉に、「もちろんだよ! で、ございます!」とお豊が叫ぶと、誰もが大いに笑った。


「基本的には膳の上げ下げ。

 そしてお話し相手だ。

 更には社務所に入り、

 参拝客のお相手も頼みたい。

 この御殿の近くにも社務所を設けるから、

 交代で務めて欲しい。

 時間はそれほど長いものではないから、

 生活の負担にはならないと思う。

 もちろん、無料奉仕をしろなどとは言わない。

 これは手付けだ」


為長は言って、紅白柄のニットのガウンを、四人の肩に着せた。


「羽織るだけでもかまわない。

 汚れたら遠慮なく言ってくれ。

 洗濯をする権利は俺だけにあるからな。

 ただただすすぐだけではなく、

 神に差し上げる想いがある場合もあるんだ。

 できれば常に羽織っておいてもらいたい。

 もちろん学校でもだ。

 校則違反にあたるけど、俺から校長に話をして、

 特別に許可をもらう。

 ちなみに校長は閻魔の敬虔な信者だから、

 必ずや話は通るし、

 うらやましがることも考えられるな」


女子四人は為長の話は聞かず、「…素敵ぃー…」などと言って、姦しくなりかけていた。


「ふん!」と四郎がうなると、四人の背筋が伸びていて、四郎と為長に一斉に頭を下げた。


「気に入ってもらって何よりだが、

 そのガウンは少々特別製で、

 ニットだが、夏は涼しく感じると思う。

 赤の染めも、神に関する事象を利用させてもらった。

 それほど意識することはないが、

 できれば大切にしてもらいたい。

 それに、そのガウンは神の守りも発動するようになるはずだ。

 もちろん、今はただのガウンだが、

 お豊はもう効果が現れ始めた」


お豊はすばやく頭を下げて、牛の神富豊に寄り添って、話し相手になった。


「…神様の希望がわかっちゃうんだぁー…」と真珠はつぶやいてから笑みを浮かべて、お志摩とお雅とともに、神たちの輪の中に入っていった。


「…あら、心地よし…」と春駒は言って、為長に頭を下げてから、神の集まりに参加した。



願いの夢見で、為長と四郎は、多くの大砲をぶっ放すような争いを止め、すべての武器を溶かして巨大な丸い珠にした。


「平和記念のモニュメント」と為長が言うと、四郎は陽気に笑った。


すると願いの主の、この星の創造神が走ってやってきた。


「これでいい?」と為長が聞くと、「あ、その前に、まさかあんたがたは、き……のび……なのか?」と聞いた。


「き、の、び?」と為長が怪訝そうに復唱すると、「喜笑星の琵琶家」と四郎が眉を下げて言うと、「そうそう! それじゃ!」と創造神は陽気に叫んだ。


「大家琵琶家に迷惑をかけようとか?」と為長がにやりと笑って言うと、創造神は慌てて首を横に振った。


「…ワシの力のなさに呆れている…

 できれば、更に力を上げ、

 この程度の無法者たちなど、

 あんたらのように簡単にあしらいたいと常々思っていた。

 天使の夢見で、何とか手がかりだけを得たんじゃ…」


「天使たちが、き、の、びって教えてくれたわけだ。

 相当に何度も聞き伝えがあったようだな…」


為長が眉を下げて言うと、「どうされます?」と四郎が聞いた。


「ま、ここは良心的に、俺のマークをつけておくから、この星がどこにあろうとすぐにわかる」と為長が言うと、四郎は満面の笑みを浮かべて手を叩いた。


願いの夢見で出会った人には、精神間転送は使えない。


これは夢見での掟のようなもので、判明していなかった星を訪れることができないように仕組まれている決まりだ。


為長は、「はっ!」と気合を入れて、「これでよし」と為長が言うと、「ん? 兄者がふたり…」と四郎がつぶやくと、「俺の忘れ物」と答えた。


「新たな願いを聞き届ける準備はできた。

 ほかにはもうない?」


「…おお… おお… ありがたいぃー…」と創造神が言った瞬間に、為長と四郎は準備室に戻っていた。


この準備室と名を決めた場所で、願いの選定をする。


選定をしてもいいし、無意識に飛び込んでもかまわないのだ。


正面の壁一面に、その願いの場所の映像が出ているので、どういった状況なのは一目瞭然だ。


四郎は一番厳しいだろうと感じる映像に飛び込んで、すぐさま結界を張った。


そうしないと、流れ弾を食らうことがあるからだ。


二人は大暴れして、また丸いモニュメントを作って、願いの依頼主の願いは叶ったとして、準備室に戻った。


「あ、気になる」と為長が言って、ひとつの映像に指を差すと、「…これは…」と四郎は言って、大いに眉を下げた。


「どう考えても宇宙空間にいるな…

 どうあがいてもいけるわけがない…

 相手は創造神のようだし…

 ま、星作りの手伝いをしろなどと願っているようだけどな。

 だが、映像があるということは飛べるはずなんだろうけど…」


「賭けはできないと思っていたのですが、

 ご神託がありました。

 ここから、念話で聞けるようです」


四郎はいってから、映像にいる創造神と感じる幼児に念話を送った。


「…残念ですが、その願いは聞き届けられません…

 願いの夢見は、万能ではないのです。

 特に作り上げることは、願いの夢見では禁止されているのです。

 ですが、自然界があなたの願いを許可したことに意味があると思います。

 実は、現に戻ると、あなたの存在を確認できないので、

 その場所がどこにあるのか、

 手がかりだけでも知っておきたいのです。

 運がよければ夢ではなく、現に戻り、

 あなたの願いをかなえることは可能でしょう」


四郎は言葉にしてから少し黙り込んで、「…喜笑星のある宇宙…」と呟いて苦笑いを浮かべた。


「あ、あれじゃあねえの?

 夜空の流れ星」


為長の言葉に、「…まだ行っていませんでしたね…」と四郎は希望を持って答えた。


そして強制的に、現に戻された。



「と言うわけで、太陽系作りに協力するかもしれないという事態となっている」


為長が朝餉の席で言うと、四天将が涙を流して喜んでいる。


本物がいることで、それほど苦ない仕事になりそうだが、まだ詳しい事情を聞いていないので、もう一度創造神と話をする必要がある。


「殿もいくって言うだろうなぁー…」と為長が嘆くと、「必要な修行の一環ですわ」と春駒が穏やかに言った。


そして為長は春駒が抱いている赤子ふたりを見て、「特別幼年部にも慣れたようだな」と言うと、真っ先に皇陽が、「キャッキャッ!」と明るい声で笑った。


菩童はそれに賛同するように、笑みを浮かべている。


二人は託児所代わりの幼年部特別クラスに預けているので、為長としては安心して勉学に勤しめる。


担当は乳母としてはエキスパートのお香なので、まったく心配していないし、皇陽も菩童も気に入っているよだが、春駒だけが憂鬱そうな顔をしている。


「授業をサボって、幼年部に入り浸ってもいいんだぜ」


為長の言葉に、「色目を阻止せねばなりませんので」と春駒は言って薄笑みを浮かべた。


「そんなもん、俺の修行にしてくれない?」


「さすがに、同意しかねます」と春駒は言って、自分勝手にふたりの赤子に語りかけ始めた。


「…ま、春駒の思うままにしてもらっていいんだけどな…」と為長は渋々同意した。



大人数で学校に行くと、校門でレスターが待っていた。


その背後には、笑みを浮かべたミラン・マッケルトと友人の三人が笑みを浮かべて立っているのだが、寝不足なのか少し目が赤い。


「随分と早かったですね」と為長が挨拶代わりに言うと、「徹夜も苦にしない、素晴らしい若者たちですから」とレスターは笑みを浮かべて答えた。


「一夜にして思い直すとはね…

 で、どれほど時間がかかったの?」


為長がワルク・シュナイツに聞くと、「…百五十時間ほどで済みました…」と、頼りなげな笑みを浮かべて答えた。


「…ロストソウル王が直接、講義をしてくださいました…」


ミラン・マッケルトの言葉に、為長は笑みを浮かべてうなづいた。


「長老十人分以上の威厳はあるからね。

 にらまれたら反抗すらできないと思う。

 だけどその方法はとっていない。

 少しずつ、わだかまりを解いていって、

 多くの実例を語ったはずだ。

 そして意地になってではなく素直になって、

 もう聞きたくないと思ったはずだ。

 その時点で、ワルク殿は変わったと自分で察したはずなんだ。

 改めて言うまでもなく、ワルク殿も合格だ」


為長の言葉に、ミランたち四人は心の底から喜んで、為長に頭を下げた。


「まさか、今から筆記試験受けるの?」


為長の言葉に、「ついでに、試験用の勉強もしましたので」とミランはすぐさま答えた。


「優秀だったら、全員同じクラスのはずだ」


為長は言ってレスターを見ると、「ほぼ間違いなく、高等部二年かと」と笑みを浮かべて言った。


「あ、野暮なことを聞くけど、みんなは個人的な付き合いってしてるの?」


為長の言葉に、「え?」とミランは質問の意味がわからなかったようで、戸惑いながら言った。


「男女ふたりずつだから、

 恋人的付き合いもあるのかってもって思っただけだよ」


「いえ、それはありません」とミランが胸を張っていった。


まさに純粋に同士で、親友だといったに等しかった。


「同じような境遇だからこそ、

 今一歩踏み込めないことはあるだろうね。

 友人というよりも、兄弟のようになってしまった」


「あー…」とミランが言って三人を見ると、「…そうかもしれないって、ようやく気づいたかも…」とワルクが笑みを浮かべて答えた。


「試験のあとの楽しいことでも想像しておいてくれ」


為長が言って遊園地を見ると、「園長さんと、お聞きしました」とミランが為長に聞いた。


「公式の腰仕掛け園長だから」と為長は答えて少し笑った。


「優秀な副園長が大勢いるからね。

 園長の出番がそれほどないように仕組んだんだ。

 喜笑星防衛軍の基地にもなったから、

 隊長に園長を譲ったっていいと思ってるし、

 近いうちにそうなるかな?」


「あー…」とミランたちは言って友人同士顔を見合わせて笑いあった。


レスターがミランたちを引き連れて職員室に向かってて歩いていくと、「…よかったぁー…」と桔梗は言って、為長を見上げて手をつないだ。


「ああ、いろんな意味でよかったな」と為長が言うと、桔梗は大いに照れたようで、ニット帽を目の近くまで引き下げた。


「だが、失敗作の方が、いい連れ合いに巡り会えるようだぞ?」


為長の言葉に、春駒は桜の花びらを噴出させて照れている。


「…最低の条件なのに、生まれてきたことがすごいって思うぅー…」と桔梗が言うと、「そうかい」と為長は機嫌よく短く答えて、桔梗の頭をなでた。



「…むむむむ…」と、高等部三年一組の教室にやってきたナンシーは、信長のようにうなった。


もちろん、校長の許可を得ていることは聞いていたし、その事情の理解を終えている。


しかし、高級そうなニットガウン自体に問題ありなのではないかとナンシーは感じて、お志摩とお雅を見入っている。


ようは、ナンシーもこのロングニットガウンが欲しいのだ。


「…あら? 欲かしら…」と春駒がつぶやくと、ナンシーは聞こえていない振りをした。


「なんじゃと?! 欲じゃと?!」と叫んで、教室の前の扉から信長が入ってくると、濃姫、幻影、蘭丸も続き、ナンシーを囲んだ。


―― また… ―― 生徒たちは思い、大いに苦笑いを浮かべてる。


「…授業参観じゃぁー…」と信長がうなると、「…は、はいぃー…」とナンシーは答えて、すぐさま頭を下げた。


「ガウンが欲しいだけではなく、

 為長に難癖をつけて困らせようと考えたじゃろ?

 おお? どうなんじゃ?」


信長の言葉に、さすがにここは生徒がざわついた。


そして信長は生徒たちを見回して、「特別扱いを許してもいいのか、などと言って、為長を困らせようと画策したのじゃ」と説明すると、「…ああ…」と生徒たちは言ってすぐさま頭を下げた。


その間為長は、眉を下げている校長を見つけて、頭を下げていた。


もちろん校長も為長に気づいて、笑みを浮かべて頭を下げた。


「こやつは琵琶家の法に触れておる可能性があるから、連行する」


信長の言葉に、蘭丸がナンシーを拘束して教室を出て行った。


そして校長だけが取り残されると、為長を手招きした。


為長はすぐさま立ち上がって、後ろの出入り口から廊下に出た。


そして校長は、ショートホームルームで話す件と、今日の行動予定についてすばやく説明して、「じゃ、頼んだよ」と言って、職員室に向かって歩いていった。


為長は大いに眉を下げて、教室の前の扉から入って、教壇に立った。


「臨時教師の織田為長です」と為長が大いに苦笑いを浮かべて挨拶すると、大きな拍手が起こった。


「冷やかされなくて何よりでした。

 では、時間もありませんから、

 連絡事項を述べておきます。

 弥生の月の最終週ですが、

 アニマール総学長の命により、

 文化祭を執り行うことに決まったそうです。

 今回は全校一斉ではなく、一校ずつ文化祭を行い、

 アニマール全分校の生徒は強制的に観客として参加します。

 よって五日間をかけて、

 一日は文化祭を主催して、

 ほかの四日間は他校の文化祭を楽しむということになるようです。

 よって、明日のロングホームルームに、

 出し物などを決める会議を行いますので、

 希望がある企画などは考えておいてください。

 連絡事項は以上です。

 では、五分間ですが、休憩してください」


為長が言葉を発してすぐにチャイムが鳴った。


為長はすぐさま教卓を降りて廊下に出て、職員室に早足で歩いていった。


もちろん、校長に呼び出されていたからだ。


為長が、「失礼します」と言って職員室に入ると、ここでも拍手を受けて大歓迎されていた。


「悪いが、ナンシー先生の代役を頼む。

 次は、中等部三年一組の数学だ」


有無を言わさぬ校長の言葉に、「はい、了解しました」と為長は答えて、何も持たずに教室を出て行った。


「…ふふふ、さすがだ…」と校長がほくそ笑むと、「…教科書とか… 前回の続きとか…」とひとりの女性教員がつぶやくと、「教科書は丸暗記しておるし、今日教える場所は生徒に聞けばわかることだ」と校長が自信を持って言うと、誰もが自分の職に危機感を感じていた。


「こうやって使える生徒は使わせてもらう。

 織田為長君の仲のいい友人四名も同様に、

 教師としても使えるからな。

 家庭教師としての実力が高い生徒も、

 何らかの形で使わせてもらう」


―― 教師、いらないんじゃ… ―ー と、教師の誰もが本気で心配を始めた。



為長が中等部三年一組の教室に入ると、誰もがあっけに取られた顔をして為長を見ていた。


「知り合いが多いクラスで助かった…

 あ、教室を間違えたわけじゃないぞ」


為長のちょっとした冗談に、数名の生徒が愉快そうに笑った。


「それから、教科書も忘れたわけじゃない。

 全部暗記したから必要ないんだ。

 家庭教師制度のおかげで、俺たち高等部の生徒も、

 大いに勉強になっているんだよ。

 さあ、チャイムだ」


為長の言葉のあとにすぐにチャイムが鳴ったので、生徒たちは一斉に立ち上がって、一斉に為長に笑みを向けて、懇親の思いをもち、渾身の声で、「よろしくお願いします!」と、叫んだ。


「ああ、よろしく。

 今日は十八ページからでいいのか?」


為長が知り合いで同じ村に住む耕作に聞くと、「あ、はい、そうです」と不思議そうに答えた。


為長が耕作の教科書を見ていたことはわかったが、開いてはいなかった。


「教科書の折り目」と為長が言うと、「あ…」と耕作は言ってかなり開きやすい十八ページ目を開いた。


「ついさっき、いきなり教師をしてくれと校長に言われてしまってね。

 逆らえるわけがないから引き受けたんだが、

 決していやいやじゃないぞ。

 それに、このクラスには三名ほど俺の生徒がいるから更にやりやすい」


為長の言葉に、その三名が一斉に頭を下げた。



授業はつつがなく終了して、生徒の誰もが満面の笑みを浮かべて為長を見ていた。


為長は今日教えた場所までの報告とその他もろもろを書き終えて、「まだ時間がある。聞きたいことがあれば、何でも答えるぞ」という為長の言葉に、誰もが躊躇して、生徒同士が顔を見合わせた。


「早い者勝ちだぞ」と為長が催促すると、アニマールからの留学組みの、コウ・サクロが手をあげて、「はい! 先生!」と声を上げた。


「はい、サクロ君」と為長が差すと、「…名前まで覚えて…」とコウが感動してつぶやくと、「たまたまだ」とさも当然のように答えた。


「…あ… 文化祭の件ですけどぉ―…

 何か目立つ、すっごくいいアイデアはないですかぁー…」


コウは、悪いと思いながらも、アイデアマンの為長から、何とか有効な意見を聞きだしたかったのだ。


「この先の喜笑星、とかはどうだろうか?

 もちろん何年も先の話じゃあない。

 明日はこうあってくれたらいいとか、

 今あるこの施設は、こうした方がいいんじゃないだろうか。

 などと、漠然と疑問に思うことも多いはずなんだ。

 特に、喜笑星の外から来ている生徒は、

 そん気持ちを強く持っているような気がする。

 文明文化の差があるということは、

 便利な方にあわせたいという気持ちもあるはずだ。

 だがこの喜笑星では、大きな改革は最短でも十年後と、

 御屋形様が公言されている。

 よって、それまでに徐々にこの喜笑星を変えていかなきゃいけないんだ。

 だからこそ、このような手の届く直近未来の社会的問題は、

 たくさんの意見があった方がいいと俺は思っているんだよ。

 みんなで話し合って、できればある程度以上のデータも取り、

 いいものはいい、悪いものは悪いという、

 多くのお題を掲げ、パネルディスカッションをする、などは、

 俺としては高評価をあげたいね。

 もちろん、現実的な商売ネタでもいいんだが、

 …今いった件は、前回の文化祭で、どこも取り上げていなかったお題だから、

 貴重な提案だと思うぞ…」


為長が最後の方は小声で伝えると、誰もが小さな拍手をして、大いに喜んでいた。



為長が職員室に戻って報告書を提出すると、「三時間目は休息だが、教室に戻っても、ここにいてもいいぞ」と校長が早速言うと、「四時間目はどこです?」と為長が聞いた。


「少々よんどころのない事情があって、

 幼年部三年二組を頼む」


校長が大いに眉をしかめて言うと、「別にかまわないのですが、なにがあったんです?」と為長は大いに気にしながら聞くと、「…神たちが多いから… できれば、少しだけ息抜きをしたいってね… いろいろとゆずりあってずれた結果だ…」と校長はもうしわけなさそうに言った。


「…はあ… まあ…

 家にいることとそれほど変わらないのでまったくかまいません。

 もっとも、桔梗が大いに嫌がりそうですけどね」


「はっはっは! そうだったそうだった!」と校長は愉快そうに笑った。


為長は職員室には特に用がないので、教室に戻った。


すると、クラスメイトたちはすぐさま労いの言葉を投げかけ、「次はここなの?」とお志摩が聞くと、「いや、教室に戻ってもいいし、休憩してもいいと言われた」と答えると、「…教える方が大変だと思う…」とお志摩の後ろの席のお稲が言って眉を下げた。


「幸運だったのは、中等部の三年一組だったことかな?

 知り合いが多いし、

 三人ほど家庭教師をしていたからな。

 教科書も丸暗記していたから、

 非常にスムーズに授業ができた。

 俺としては、授業を受けるよりも、

 教えた方が性にあうのかもな。

 ま、今日の場合は、選択科目がない日だから、

 都合はよかったけど」


「…そうね…

 だけど今日は、一日が早く終わんない?」


お雅の言葉に、「…大いに感じるから、五時間だけでも家庭教師でもするかな…」と為長が言うと、誰もが大いに呆れていたが、苦笑いを浮かべるに留めた。



三時間目は難なく終わり、為長は教室を出てそのまま幼年部三年二組の教室に行って、前の扉を開けてから、「やあ、こんにちは」と明るく挨拶をした。


ポイントは、声のトーンを少し上げて挨拶をすることだ。


すると神たちが一斉にやってきて、為長を見上げた。


「四時間目の教師」と為長が堂々と言うと、誰もが一斉に苦笑いを浮かべ、桔梗においては世界が終わったと言わんばかりに驚きの眼をしていた。


「あ、初めての読み書き計算の授業だな。

 今日はいつもより、もっともっと楽しい授業にするぞ!」


為長の明るい言葉に、「…いつもと、違うぅー…」と桔梗が呆然とした顔をして言うと、「余所行きだ」と為長は言ってにやりと笑った。


授業は無事に終わり、為長が教室を出ると、「…今までで、一番やさしい先生だぁー…」と桔梗の前の席のお咲が笑みを浮かべて言うと、「…うん… 楽しかったぁー…」と桔梗も答えたのだが、すぐに悲壮感をあらわにした顔となり、「…教えてもらったこと、ぜんぜん覚えてないぃーっ!」と大いに嘆いた。



「…こんなに早く報告書を上げてくる教師は君だけだよ…」と校長は眉を下げて為長に言った。


「職員室に戻るまでに、十分に書き上げられますが?」


為長の言葉に、誰もが顔の前で平手を振ると、校長は愉快そうに笑った。


「酒井先生も同じようにしていたと思うのですが…」


「いや、戻ってきて落ち着いてから書き上げておった。

 もちろん、なかなかすばやく書き上げて、

 ワシは後ろで待っておったほどだ」


「…そうですか… ちょっとがっかりですね…」と為長が気落ちして言うと、「ま、要領と心がけだな」と校長は気さくに言ったが、報告書を読んで怪訝そうな顔をした。


「…天草桔梗君だけなら、なんとでもなったはずだが?」


為長の報告書には正直に、『天草桔梗以外は問題なく習得』と書かれていたからだ。


「それがある悪条件によりできなかったのです。

 桔梗の勉強方法はやさしさを向けてはならないので」


「あ、ああ、それは聞いておるが…」


「家での個人授業の時は、

 ずっと怒って教えています。

 もちろん、出来が悪いから怒っているわけではありません。

 怒っておかないと覚えられないからなのです。

 もちろん、いい出来だと褒めますが、

 怒りながら褒めなくてはならないのです」


校長は目を見開いて、「…なんとなく、理解できてきた…」と呟いた。


「よって、教室で怒りをあらわにして、

 桔梗に教えるわけにはいかないのです。

 ほかの生徒が萎縮しますので」


「…完全に理解できた…」と校長はつぶやいてから、大声で笑った。


「やはり、学生たちの家庭教師も必要だ!」と校長は機嫌よく言って、為長の背中をひとつ叩いた。


「叱られているというよりも、

 気合が入った教育方法でないと、

 頭に入らんわけだ。

 そして甘やかすわけではないが、

 やさしく褒めると、気が抜けるようになり忘れてしまう。

 よって常に気合を入れさせておかないと覚えることが不可能と言うわけか…

 …だったら、授業が終わって、

 気合を抜いたら忘れるんじゃないのか?」


「その点は大丈夫です。

 授業終わり!

 と気合を入れて言えば、

 その時点で日常に戻り、

 覚えさせたことも忘れていません。

 桔梗場合、メリハリが重要なのです。

 それに学校と同じく、三十分しか授業はしません。

 さすがにそこは子供で、

 時間が経つに連れ、気合も緩んできますので」


「…更に納得だ!!」と校長は機嫌よく叫んだ。



「…その怒りの件だが…」と校長が眉を下げて言うと、「ああ、総学長の件ですか?」と為長はすぐさま答えた。


「あれほどに怒る方ではないと誰もが言っていたんだ…

 確かに手を抜いていたと知れば怒っても当然だと思うが、

 あれほど怒ることでもないように思う。

 理由もはっきりしているし、

 賛同できることは多々あったし、

 次点の第二位だって、自慢できるほどだ」


「実は、総学長は芝居をしていたのです」


為長の回答に、校長は目を見開いた。


「しかも、なぜ芝居をしなければならないのか。

 そうしなければ、

 自分に足りないものが見えないなどと考えていたようなのです。

 よって、本気で怒っていたわけではなく、

 総学長には何らかのジレンマがあるのです。

 誰にでもある、自分のことが一番わからないといったようなものですね」


「…そうだったのか…

 で? その答えは出たのか?」


「わかったのですがお話できないのです。

 まずは御屋形様とお話をする必要がありますので。

 そうしないと、私は本気で御屋形様に叱られますし、

 私が教師をやったことで、

 校長とこの話をしていると察しておられるはずです。

 顔を合わせれば、真っ先に聞かれることでしょうね」


為長の回答に、「…迷惑をかけるところだった…」と校長は気さくに言って、「全員! 為長を見習え!」と校長は信長のように叫んだので、為長は愉快そうに笑った。



為長たちは今日は安土城で昼食を摂ることにして登城した。


案の定信長は、「校長と総学長の話しをしたよな?」と決め付けて聞いてきた。


「結論はお話していません」と為長が涼しい顔をして言うと、「…まいった…」と信長は言って、上機嫌で笑った。


「…そうね… 何をあんなに怒る必要があったのかしら…」


濃姫の言葉に、為長が信長に目配せをすると、信長は深くうなづいた。


「総学長はいなくなったボスを探しておられるのです」


為長の言葉に、うなづいたのは信長と幻影だけだった。


「…はあ… そういうこと…

 自分でもわからないから、それをまず知らなきゃ、

 もやもやが晴れない…

 だから変わったことをやって、

 誰かに気づいて欲しかった…」


濃姫がつぶやくと、「きっと、奥様の優夏様は察しておられたはずですが、夫の修行として見守られておられるのでしょう」と為長が言うと、「ワシにボスになれといったところかのぉー…」と信長が言うと、「御意」と為長は答えた。


「ですがそれは受け入れられぬ相談事です。

 話が決まれば、総学長は喜笑星に移住しますから。

 その足がかりが、獣王星の別荘」


「…そこまでわかっておったか…」と信長は言って、鼻で笑った。


「更には穏やかにですが、春菜様をアニマールに引き戻そうとしたり、

 わが主勇健様を弟子入りさせようなどと画策もされておられました。

 すべて同じ目的だったはずなのです」


「…あったな…」と信長は言って、春菜と勇健を見た。


「さらに困ったことに、

 わが喜笑星は科学技術の進化を否定しています。

 さらには、御屋形様はフリージアに参られることはございません。

 それでは、すべての星との均衡が保てないのです。

 よって、総学長がボスを求めていると気づいた時、

 やはり身動きができないことに気づくはずです。

 回答を知っても答えが出なくても何も変わらないことに、

 優夏様も悩んでおられるような気がするのです」


「…面倒なやつ…」と信長はひと言で済ませて鼻で笑った。


「…ペットにしちゃえばいいの…」と濃姫は言って、萩千代の頭を機嫌よくなでた。


「ゲイル殿では駄目なのか?」と信長が聞くと、「主従というよりも同胞なのでしょう」と為長は族座に答えた。


「…ふむ… 確かに由々しき問題じゃな…

 春菜は、余計なことを考えなくてもよい」


信長の言葉に、春菜は少し体を震わせてから頭を下げた。


もちろん、春菜がアニマールに戻れば丸く収まるからだ。


しかしそれは自己犠牲として、信長が諌めたのだ。


「一度、万有源一様に復活していただきますか…

 そうすれば、一時的にも何も変えずにすべてが丸く納まります」


「それが一番面倒はないが、そこまで復活しておるのか?」


「ここからは、お食事が終わってからにでも」


「ほう!」と信長は叫んで、機嫌よく大飯を食らい始めた。


「…今話せばいいじゃない…」と濃姫が言うと、「お前だけに、それを見せてもよいが?」と信長が言うと、濃姫は言い知れぬ恐怖にさいなまれていた。


それは信長にではなく、濃姫が見たいものが恐怖に打ち震えるものだとようやく察したからだ。



夕餉が終わり、口直しのお茶会が終わると、「咲笑」と幻影が言った。


すると、天井付近にグミに関する情報が映し出された。


誰もが始めは見ているだけだったが、「なっ?!」とお蘭が叫んですぐに、「…いやぁー…」と長春がまるで泣き出すように嘆いた。


「…これが人間だっていうの…」と濃姫が口を押さえながら呟いた。


グミとは、生物に寄生できる寄生虫のようなものだが、正確には人間だ。


しかしその姿は、大人の指の先ほどしかない、脳と心臓しか持っていない生物だ。


人間だとする理由は、道具を扱い、感情を持ち、表現もできる。


しかしそれは、宿主である生物の脳を操って表現する。


その肉体の形状はまるで白い芋虫で、手足の代わりに百以上ある突起物の出し入れで行われ、歩行の代行は可能だが、本来の用途は、脳神経に連結する触手だ。


「為長はこれと接触したわけか…

 宿主が一般的な生物であれば、

 きちんと探らんと判別はできんな」


信長の言葉に、「はい、ですので大失敗を犯してしまいました」と為長は言って、その失敗談を語った。


「いいえ、躊躇なくきちんと確保できただけで立派です」と濃姫は為長を援護した。


「為長の思いもよくわかる。

 そして、ロストソウル軍も知ってはいたが、

 不慣れだったことも不幸だった。

 そして大きな被害にならなかったことだけが、

 不幸中の幸いだ」


幻影も為長を擁護するように言った。


「…エキスパートが、あの皇源次郎とはな… 気に食わん…」と信長は言って鼻で笑った。


そして、このグミには、当然のように繁殖の能力はない。


だがその生が変わっていて、トカゲ型の人間の寄生虫として必ず生を受けるのだ。


よって、トカゲ人間の繁殖と同じくして、グミも増殖する仕組みだ。


トカゲ人間は脳を持つが、生まれながらにしてグミに操られる運命にある。


「…トカゲも異様じゃな…

 強靭、柔軟な肉体に加え、尾に毒針を持ち、

 脳が五つとはな…」


「生物的には、最強かと」と幻影は真顔で言った。


しかし、皇源次郎の尽力により、ほとんどを元いた星に返し、現在は警戒監視中だ。


そしてグミとしての知能はあるのだが、トカゲ人間の方が不器用なので、表現力が貧弱で、野生動物でしかないため、文明文化は進歩しなかった。


よって科学技術は持たないはずなのに、母星を出奔した。


それは、開拓にやってきた、青色の皮膚を持つ人間が、トカゲ人間に囚われ、そしてグミにより操られて、宇宙中に広がったのだ。


逃亡中の生き残りを、為長が捕らえたことになる。


「…約一割だが、平和なグミも確認…」と濃姫が情報を読んで身震いした。


「ま、気功術を使って魂を探れば、一目瞭然なのはよくわかった」


信長の言葉に、「為長には頭と胸に魂がひとつずつあるが?」と幻影が言うと、「え?!」と誰もが叫んだ。


そして為長も叫んでいたので、幻影は大いに笑いながら、「わりいわりい! 頭の方には小人がいた!」と幻影は笑いながら言った。


もちろん、四郎が蓮の花から生んだ、正体不明の小人の妙蓮だ。


「お前は俺の寄生虫のようなものだな」と為長が言うと、「毎日楽しいよ?」と妙蓮はピント外れの回答をした。



「さて本題じゃが、このややこしいやつを簡単に宿主から分離して、

 殺すことなく捕らえたやつがおる。

 もちろん、殺してしまうと宿主もどうなるかわからんから、

 丁寧に分離したはずだが、

 かなりの高能力者でしかない。

 それをやってのけたのが、万有源一。

 もしもほかの者がやったのなら、

 身を隠してする必要なない。

 グミは宿主からふわりと浮かんで体内から出てきて、

 いつの間にかあった檻に、自ら入ったそうじゃからな。

 その理由は、フリージアに危険な不純物が現れたからじゃ。

 その時のみ、万有源一は動くと言うておったそうじゃ。

 交流をとっておったのは幻影」


信長の言葉に、誰もが一斉に我が師匠に頭を下げた。


「…いやー、すっきりした…

 隠し事は疲れる…」


信長は言って、大声で笑った。


「…今回は我らとは無縁のことでしたから…」と濃姫は言って、信長をにらんだ。


「家族とはいえ、言えんことはできるものじゃ。

 今回の件がいい例じゃ。

 もちろん、万有源一に口止めを願われていたからという、

 正当な理由もある。

 もちろん、幻影はワシだけには報告義務があるからな。

 それも、万有源一に伝えて、承諾は得ておる」


「…わかったわよぉー…」と濃姫は少しふてくされながらいった。


「さて、あとは、この事実を八丁畷殿に伝えればいいだけじゃが?」


信長の言葉に、「優夏殿に説明して、話していただいていいと思われますが、直接でもいいかもしれません」と為長が答えた。


「ま、夫婦で話し合う方が、ごく自然じゃろうて」と信長は言って、優夏に念話を送った。


優夏はすべてを聞き、信長に大いに礼を言った。


「あとは、八丁畷殿次第じゃ」と信長は機嫌よく言った。



為長たちは食事の礼を信長に言って安土城を出て、一度竜神城に行ってから、キャッシーと小恋子と合流して、「さあ、宇宙に旅立ちますか」と為長が言うと、神たちは喜びをあらわにしたが、勇健の家臣達は緊張し始めたのか、顔がこわばっていた。


「では、ここにいる全員で行きます。

 手順は逐一説明しますので」


為菜が言うと、この場にいる全員が結界に包まれて、星を飛び出して宇宙空間に出た。


「では、不幸を探ります。

 よっし!」


為長の言葉に、一行は見知らぬ大地の上にいた。


そして早速神たちが一斉に動き始め、まずは戦場の武器などを無効化して、一箇所に集めた。


更にはお得意のアースシェイクを行って、大勢の兵士を黙らせた。


「復興も農地作りも必要ないよ!」と四郎が明るく言うと、「じゃ、一時帰還で」と為長が言うと、全員が天草御殿に庭にいた。


「…旅立った気がしないけど、経験は積めた…」と勇健は苦笑いを浮かべて言った。


「迅速で有意義だと感じました。

 早ければいいというものではありませんが、

 無駄な時間を使わなくて済むという理由もあります。

 もしも思い残しがあれば、また行くことも可能ですし」


為長の言葉に、春駒は薄笑みを浮かべてうなづいた。


「では、神たちは途中下車だ。

 今回は俺たちがたぶん戦ってくるから」


例外はあり、十二神将の竜の神である四郎は、神ではなく仲間として、少し嫌がっている春駒から皇陽と菩童を受け取った。


「…はあ… お手伝いができるんだね… すごいなぁー…」と勇健はふたりの赤子を見ていった。


「時々眠りますが」と為長が言うと、誰もが一斉に怯えていた。


皇陽は眠ることなく、比較的静かな星に誘った。


「平和そうに感じるのはここだけ。

 たまたま戦場が夜だから、

 いさかいがないように感じるだけ」


為長の言葉に、誰もが神妙になってうなづいた。


だが戦場はひとつで、火をくべているのか明かりが見え、空の上からだと戦場の様子がよくわかった。


「村人たちはいい迷惑だ…

 まあこうすれば、

 兵糧は常に確保できるからな」


各軍の本陣は、村のすぐ外にある。


よって、少し足を伸ばすだけで、食い物にはありつける。


農民たちはほぼ脅されて、食料を提供するわけで、奴隷と何も変わらない。


「では、作戦だが、

 俺たちは盗賊で、

 武器弾薬をすべて盗む」


為長が言ってにやりと笑うと、誰もが唇を痙攣させていた。


普段の忍びの修行の成果を大いに発揮して、騒ぎを起こすことなく安全にすべての武器をかき集めていた。


もちろん兵士が持っていた武器は、その兵士を眠らせて奪った。


「じゃ、武器は解体して、金属の塊にする」


為長は言って、悪魔に変身してから武器すべてを宙に浮かべて、悪魔のオーラを指先にともして、武器の塊に投げつけた。


そして必要以上に大きな結界を張った。


夜なので明るく輝き、まるで太陽ができたようで温かだった。


為長は徐々に狭まる結界を縮まらないように維持していたのだが、ついに一気に開放すると、『ドンッ!』という音とともに、火の塊が一気に半分になった。


「まさか、重力の術?」と勇健が聞くと、「いえ、自然の摂理の利用で、酸素がほとんどなくなったので、大きさを留めていた結界を一気に緩めただけです」と為長は答えた。


「自然界の法則に乗っ取った、重力魔法といっていいね」と勇健は愉快そうに言った。


双方の軍の農地を広げ、うまい実などをたんまりと育て、軍人たちは巨大な檻に閉じ込めてから、為長たちはこの星を去り、天草御殿の庭に戻った。


「みんな、いい顔をしている」と為長は言って、竜神家家臣全員を温泉に誘った。


派手な戦いはなかったが、第一回目にしては充実した作戦だった。


これを何度も繰り返せば、きっと素晴らしい成長を遂げると、為長は確信した。


「…あ、そういえば、二つほど願いの夢実を保留にしていたな…」


為長の言葉に、「どちらも時間がかかりそうなので、明日以降に」という四郎の言葉に、為長は同意した。


しかし神たちが同意せず、せっかく温泉に入ったのだが、まずは宇宙空間にいた創造神の願いをかなえることにした。


だがここは慌てずに腹ごしらえをした。


そしてまた大勢を抱え込んで、場所がわかっている、流れ星が飛び交っていた宇宙空間に出た。


そこには少し赤く見える星々が、少し早い速度で太陽を中心にして回転している。


そして、星の創造神の姿を確認すると、相手も気づいて、いきなり結界内に進入してきた。


今の創造神は幽霊のようなものなので、特別な結界でない限り、素通りは可能だ。


「…来てくれたぁー…」と創造神がかなり喜んで穏やかに言うと、「…あんたの作品はひでえな… ま、作り直しだろが、何とかしてくれる」と為長が言ったとたんに、宇宙の創造神たちと四天将が消え、瞬きする間に赤黒い星が完成していた。


そして最後の仕上げのようで、水の神と風の神が水と風を星に送り込むと、茶色の大地を持つ、冷えているように見える星と変化した。


ところどころには、ため池のようなものが点在している。


「さあ神様、今度は俺とあんたの出番だ」


為長の言葉に、「…緑のオーラも苦手だぁー…」と創造神が嘆くと、「じゃ、得意なものを言ってみな」という為長の言葉に、創造神は頬を膨らませて答えなかった。


ここは四郎と春駒とでしゃばってきた桜良が協力して、あっという間に濃い緑の星に変えて、まだ必要だった水を一気に水の妖精が噴出した。


まさに、作業に従事した者たちは、満足げな笑みを浮かべた。


すると十二神将が相談をはじめ、四郎の許可が出たので、広大な農地の基礎だけを作り上げて、誰もが満足げな笑みを浮かべた。


「植物は生まれたが、ある程度の植え替えは必要だからな。

 しばらくは大いに働けるからがんばってみな」


為長の言葉に、「また来てくれない?」と創造神が寂しそうに言うと、今度は十六天神将が相談を初め、「…ここに住みたいという結果が…」と四郎が眉を下げて為長に言うと、「ずっとじゃないが、住んでもいいか?」と為長が創造神に聞くと、涙を流して喜んだ。


「だが困ったことに、今のところは農作物しか食えんな…

 できれば、外来物は持ち込みたくはない…

 魚程度が食えるようになるのに、数万年ほどは必要だよな?」


為長の言葉に、「あはははは!」と創造神は空笑いをしたので、正解のようだ。


「ま、それを自然にやってしまうお方を知っているから、

 近いうちにまた来る」


為長の言葉に、「その日を楽しみにして待ってる」と創造神は笑みを浮かべて言った。



為長は勇健を城に送り届けてから、家族たちと夕食を摂り始めた。


あっという間に宇宙の旅は終わったのだが、キャッシーと小恋子は納得の笑みを浮かべていたので、為長としては安心してひと心地ついていた。


更にはまだ人間の吉乃たちも、能力者の仕事の理解ができたようで、いつもよりも機嫌よく働く。


「だけど、どうやって生物を生んでもらうの?

 バクテリア類だって、ポイポイと沸いてくるものじゃないだろうし」


お志摩のもっともな言葉に、「植物はもうあるから、かなり早いはずだ」と為長が言うと、「…そうだった… 植物はもうあるんだ…」とお雅は言って笑みを浮かべた。


「生物の進化としては、三十億年は短縮された。

 植物も基本的には種からではなく苗のようなものが土に混ざっていたようだ。

 そのあたりは、創造神に任せたから、

 何なりとするはずだ。

 だが、ここから昆虫の誕生まででも数億年は必要。

 哺乳類までとなると、さらに数億年だからな。

 しかし、

 それを一気に埋めてくれるお方が、酒井家にいる」


「…またけんかを売るのね…」とお志摩が眉を下げて言うと、「今回は穏やかに行こう」と、為長はわざとらしい笑みを浮かべて、お志摩に失笑されていた。



「…何をしに来た…」と寅三郎が目じりを上げて言うと、「酒井家の宝に相談があってやってきた」と為長が言うと、まったく関係がないはずの刀川美咲が、為長めがけて走ってやってきた。


そして、顔を真っ赤にして為長を見上げたが、何も言わない。


為長は春駒を見ると小さくうなづいたので、「このままでは意思疎通が図れないけど、どうすればいいのかはよくわかった」と為長が答える、美咲は胸の前で手を組んで笑みを浮かべた。


「できれば、思考などは探りたくないから、

 口頭で説明して欲しい。

 目を合わせると恥ずかしくて話せないのなら、

 あわせなくていい。

 話をする俺が言っているんだから、

 失礼なことなど何もない」


為長の言葉に、美咲は目を見開いて、「ファイガ君との仲を仲介して欲しい!」と美咲は空に向かって叫んだ。


「いや、あなたには仲間がいるでしょ?

 今のようにお願いすればいいだけだと思うけど?」


為長の言葉に、美咲は今度は目を合わせてきて手を組んで、懇願の目を為長に向けた。


「じゃ、俺が仲介をする理由を聞かせてくれない?」


「ファイガ君が、為長さんにすっごくあこがれていたから!」と美咲は空を見上げて叫んで、更に顔を赤らめた。


「そこまで知っている、

 というか見ていたんだったら話しかければいいじゃん。

 まあ、ファイガ様はすぐにお相手は決めないって、

 公言しているし、俺も聞いたけど…

 そもそも、神でもある竜が、

 悪魔にあこがれるってところがおかしいだろ…

 どう考えてもファイガ様はへたれじゃないけど、

 それだとへたれのように思わない?」


美咲は目を見開いて為長を見て、今度は下を向いて、「…少し思った…」と悲しそうな声で呟いた。


「そんな俺が橋渡ししたんじゃ、

 さらになえると思うんだけど…

 まあ、うまくいかないなんて公言はできないけどね…

 何でもかんでも、堂々と胸を張って答えてくださるお人だから。

 でも今だったら、一人で行って事情を話して、

 お話ができるんじゃない?」


為長の言葉に、美咲は顔を上げて目を見開いていた。


そして、ロボットのように、首を何度も横に振った。


「じゃあ、同伴者はエッちゃん先生で」と為長が進言すると、その速度が倍速になった。


「…まあ、受けてもいいけど、

 明日以降で頼むよ…

 こっちの用件がうまくいかないと、

 ほかをあたらなきゃいけないから」


為長の言葉に、寅三郎は大いに目を見開き、そしてお目当ての姫がすっとんでやってきた。


「…なんだか試されていたようだから、やっぱ他を当たるか…」


為長の言葉に、「ごめんなさい! 寅三郎に出てくるなっていわれてた!」と疾風のシロこと、狐のコロネは叫んですぐに頭を下げた。


「だが、寅三郎は反対してるんだろ?

 だったら連れて行けるわけがない」


「こんなとこ、出てもいい!」


コロネが断言すると、「…お前はやっぱ馬鹿三郎だ…」と為長はいって、苦虫をつぶしたような顔をしている寅三郎を見た。


「邪魔をした。他を当たるし、ついてくんな」という為長の厳しい言葉に、「馬鹿三郎!」と人型に姿を変えたコロネは、目を吊り上げて叫んだ。


「悪いが、問題児を抱えるつもりはねえから。

 まずは安土城に行って、御屋形様にお知恵を拝借してくれ。

 それから馬鹿三郎。

 お前との縁もこれ限りだ。

 理由も聞かずに話もしないとは、

 偉くなったもんだ。

 御屋形様がどうされるかはわからんが、

 今度は母星に強制送還かもな。

 なんなら、戦争をしてつぶしたってかまわねえんだ。

 母星では、日常茶飯事だったよな、

 馬鹿三郎…」


為長の言葉に、寅三郎はまったく態度を変えない。


「ふーん… 仲間を捨てるため、か…」と為長が言うと、寅三郎の右の眉がかすかに痙攣した。


「ひとりになって、本当の魔王になるそうだ。

 だが、それもいいのかもな。

 さらには、俺の言いなりになるようで、

 それも嫌がっている。

 だがな、すべてはお前が引き起こしたんだぜ、馬鹿三郎!」


何度か叫んだおかげで、為長の頭が冷えてきた。


「…おまえ、まさかだが…

 魔王が悪魔ごときに負けるわけがないとか考えてんじゃないのか?」


為長の言葉に、寅三郎は大いに反応して目を見開いた。


そして微動だにしなくなった。


「俺だって聞いたことがなかったな。

 組み手だとしても、魔王が悪魔に負けるわけがない。

 もともと持っている身体能力や、肉体の大きさ、移動性能、

 さらには精神面において、ふた回りほど魔王が上だからな」


「だったら俺はなぜお前に赤子扱いだったんだ!」


寅三郎が声を荒げて、そして肩で息を始めた。


「俺は、魔王を地面に埋めるためだけに、

 願いを受けて生まれてきた悪魔だからだ」


為長の言葉に、寅三郎はまた固まった。


「俺は、失敗作として生を受けたとばかり思っていた。

 実はな、俺の生みの母がそういっていたことも耳にしていたから、

 それに違いはない。

 さらにはお志摩も俺と同じで失敗作だと言われたそうだ。

 そして吉蔵と桔梗は成功したと喜んでいたらしい。

 弟と妹については知っての通り、

 俺なんかを凌駕するほどにとんでもない強さを持っていることは、

 家族という事実を取っ払っても認められることだ。

 だがな、失敗とはそういう意味じゃなかったはずだ。

 俺とお志摩が、吉蔵ではなかったという失敗だったんだ」


「…古い神の一族の魂を召喚できるほどのお方か…」と寅三郎は呆然とした顔をしていうと、「お志摩を生んで七年間、修行の日々だったんだろうな」と為長は言ってにやりと笑った。


「そして、成功した二人はこれでいいのだが、

 さらに保険として、俺とお志摩にも役目を与えたのが、

 魔王は地面に叩きつけて埋めてしまえ! だ。

 もちろん、これは術じゃないぜ。

 母は計算に計算を重ねて、今の思いの刷り込みと、

 あるひとつのことを吉蔵に託したんだ。

 わずかそれだけで、

 確実に魔王に地面に埋められるという自信が沸いたんだろう。

 しかし母は魔王の気配に怯えた。

 それはもちろん、吉蔵も桔梗も、

 今のように覚醒をしていなかったからだ。

 そして母は魔王から逃げたと思っていたのだが、

 そうではなく、子供たちが巻き込まれるかもしれないと思い、

 姿を消したんだ。

 きっとこれが、母の真実だったと感じた」


「…は… 話はわからないでもないが…

 お志摩は知らんが、お前は強すぎる…」


「俺もお志摩も、生まれてすぐに悪魔だった。

 そしてお志摩は、母の生まれ変わりの吉乃に出会って、

 悪魔に覚醒したいてように見えたが、

 実は呪いが解けただけで、すでに悪魔だった。

 だが俺はその前に、人間のまま納得して、

 悪魔として転生したと思っていたのだが、そうではない。

 俺は呪いによって、悪魔を封印されて人間として十八年間生きていて、

 すべてに納得して転生して、また悪魔となって蘇った。

 悪魔としての自覚のない十八年間だったが、

 俺はすでに悪魔だったんだよ。

 その積み重ねの分、しかも前世の体感した記憶にある分、

 俺はあんたよりも強いんだ」


為長の言葉に、寅三郎はある程度は納得していた。


特に悪魔の場合は、身体的な鍛錬では成長しない。


精神的修行においての成長が、悪魔には必要なのだ。


「そして転生してからは吉蔵の出番で、

 俺にもお志摩にも悪魔になるなといわんばかりに、

 封印のできる項目の、悪魔らしさを拘束した。

 だから俺もお志摩も、悪魔であっても人間だ。

 この差は実にでかくてな、

 人間が悪魔の肉体を持つと、手がつけられんという結果が、

 お前の知った通りだ。

 人間はかなり無謀で残忍だ。

 悪魔は人間の逆の性格といっていい。

 精神が人間で肉体が悪魔という存在は、

 術師の悪魔以外どこにもいないんだよ。

 この術師の悪魔は、肉弾が大いに苦手だし、まず肉弾では戦わない。

 そういう性格で生まれてきたからな」


「…だったら… 悪魔たちのその部分を封印すれば…」


「気が狂うかもな。

 俺もお志摩も直前まで人間だったという事実が重要だ。

 試すのもかわいそうだから、試そうとも思わないけどな。

 そしてもしも、俺が悪魔に変身したあとに、

 骨の髄まで悪魔になっていたら、

 きっと今の俺はここにいなかったはずだ」


為長の言葉に、寅三郎の目は泳いでいたが、為長の言った通りでしかなかったことで、何もいえなかった。


「俺かお志摩が、お前の師匠になってやってもいいぜ」


為長の言葉に、寅三郎はすぐさま顔を上げて、そして大いに戸惑った。


「…考えておく…」とつぶやいてから、わかりやすく頭を下げた。


「ま、お志摩は大いに嫌がるかもしれんけどな。

 俺の代わりに、時々交代してもらうかもしれん。

 先に言っておくが!

 お志摩をお前に嫁がせるつもりはさらさらないからな!」


すると寅三郎が大いに戸惑ったので、「てめえっ! その気満々か?!」と為長は大いに怒り狂っていた。


「…ああ、だから強いのね…

 全部きちんと見えてるから、

 説明を聞いてさらにすっごくよくわかった…」


人型の姿のコロネの言葉に、「…そりゃよかった… ひとりだけでも証人がいれば、俺としては納得だ」と為長は笑みを浮かべて言った。


「コロネを連れて行ってもかまわんが、俺も連れて行け」


寅三郎の言葉に、「やなこった」と為長が言うと、寅三郎の目が吊り上っていた。


「お前の側近の誰かにしな。

 あ、刀川美咲殿でもいいし、

 モルド殿でもいいし、ギリアン殿でもいいぞ」


「…三人とも…」と寅三郎が渋々つぶやくと、「ああ、それほどの護衛がいた方がいいはずだ」と為長は言ってから、コロネに向けて笑みを浮かべた。


明日の昼過ぎに迎えに来るという約束をしたのだが、コロネが今から行くといって聞かなかった。


現地には明日行くが、コロネは天草御殿預かりとして、お付の三人も連れて、為長と春駒は天草御殿に戻った。



「なんもいわんかったな」と為長が春駒に聞くと、「…また深く、為長様を知れた…」と言って、皇陽と菩童に報告していた。


コロネは、早速神たちに挨拶をして、そして桔梗に寄り添った。


そして絵を描いてもらって大いに喜んでいる。


「…はあ… 意味不明…」と四郎がつぶやくと、「悪魔の眷属だが、元はといえば、虫の神権動物の神、しかも、生物の繁殖、繁栄、調整が専門らしい」と為長が答えると、「…はあ、だったら納得だけど…」と四郎は戸惑いながら言った。


「それほどの存在が、悪魔の眷属になるわけがない」


為長の言葉に、四郎は深くうなづいた。


「宙にふわふわ浮かんでいるだけの生き方に飽きたそうだ」


為長の言葉に、四郎はすぐさま愉快そうに笑った。


美咲は姦しいお志摩たち四人にキャッシーと小恋子を加えた女子たちに合流して、一段と姦しくなっていた。


モルドとキリアンは、神たちを興味深く観察している。



すると、「こんばんはっ!」と陽気な叫び声が玄関から聞こえて、吉乃がお凜たちを連れて、寛ぎの間に入ってきた。


「来てたんだ!」とお凜は叫んで、為長、モルド、ギリアンに挨拶をした。


そしてなぜだか、お杏が為長に抱きついていたので、為長は大いに眉を下げている。


「なぜ?」と為長がお凜に聞くと、「お父さん?」とお凜に言われて、為長は大いに苦笑いを浮かべたが、そのお凜も為長を抱きしめた。


「お凜ちゃんはギリアンさんに抱きつきな」と為長が言うと、お凜は恥ずかしそうな顔をして、為長の側を離れなかった。


「ま、逃げる手はあるんだけどな」と為長は言ってから、角鼠に変身して、すばやく菩童の着物のすそに隠れた。


「すっごくはやい!」とお杏は叫んで、お凜とともに鼠探しに勤しみ始めた。


「あははははは!」と陽気な春駒の笑い声とともに、桜の花びらが噴出していた。



そして一番の問題は、固まってしまった美咲だ。


もちろん、ファイガも来ていたからだ。


ちなみに土竜もぐらの神獣は十六天神将にあいさつ回りをしている。


ファイガはポピーとともに四郎に寄り添った。


『あ、刀川美咲さんが、ファイガ様に興味があるそうだけど、知ってた?』と角鼠がファイガに念話を送ると、『ええ、なんとなくですけど』とファイガはすぐに答えた。


『仲介して欲しいとか言われてるんだ。

 こっちの仕事が一段落したら、

 正式に間に入ろうと思ってたんだけど…』


『いえ、付き合いにくい人のようで、

 お断りするつもりです』


『あ、本能と本質の件って知ってる?』


『え? いえ…』


為長が深い事情を話すと、『そっぽを向けば話せるけど、僕の場合は話せないかもしれないから、仲介が必要… はあ、納得です… でも、すっごくめんどくさいですね…』というファイガの言葉に、角鼠は愉快そうに笑ってから同意した。


『めんどくさいからいやと言う理由もありだよ』


『その方がいいかなぁ―…』とファイガは少し嘆くようにいった。


『もしよかったら、為長から事情を聞いたから

 話をしたいって聞いてみてくれない?

 その時に理由を言ってお断りしてもらってもいいと思う。

 案外、普通に話をしたりして。

 美咲ちゃんだって、嫌われたくないはずだし。

 千年以上も生きている死神だから、

 うまくいったら、ファイガ様にとって損はないって思うし』


『え? それほどだったのですか…』


やはり長生きをしていることは、竜にとってはかなり高得点の気に入るポイントでもある。


『それからね、必ず言ってはいけない失礼ないことを口走るはずだけど、

 精査してやって欲しいんだ。

 ああいうタイプって、思ったことをすぐに口に出すはずだから。

 だからそこには真実しかないから、信用できる人だと、僕は思うよ』


『あ… はい… なんだか少しうれしいです。

 生きる希望がないわけじゃなかったけど、

 別世界が広がりそうです』


ファイガは言って立ち上がって、美咲とは距離をとったが、まっすぐに見ていた。


すると美咲はファイガを見入って、「大好きです!」といきなり告白した。


誰もがふたりを見入っていたが、真っ先に桔梗が拍手をすると、誰もが追従した。


為長は菩童から離れて変身を解いて、春駒の隣に座って、「なぜが、第一関門クリア」と言うと、春駒は穏やかに笑って、桜の花びらを穏やかに舞い散らせた。


「…風使いの死神、刀川美咲ですぅー…」と美咲が挨拶を交わすと、「能力的には相性がいいね」とファイガは笑みを浮かべて言った。


「…ああ、もうお付き合いできる…」と美咲は自分勝手に言って、緊張の糸が切れたのか、ワンワンと泣き出し始めた。


―― 先に事情を聞いておいて正解だった… ―― とファイガは思って、美咲を諭すように、為長から聞いた話をした。


「…為長様は、私の恩人ですぅー…

 それに、お友達想いだしぃー…」


「僕だって、為長様に寄り添いたいほどさ。

 御屋形様のご子息だから、

 御屋形様は反対されないって思うし」


「…ああ、私もできればご一緒したい、かなぁー…」と美咲が大いに眉を下げて言うと、「急ぐことはないと思うから、まずはお互いをよく知る話をしよう」とファイガは前向きなお題を出した。


「…私の、初恋の人に、よく似てますぅー…」と美咲は言ってすぐに目を見開いて口をふさぐと、お志摩たちは、「…あーあ…」と嘆いてから肩と眉を下げた。


付き合い始めるにおいての禁句を美咲は早速言ってしまったのだ。


「へー、興味があるね、どんな人だったの?」


ファイガがまったく動じることがなかったので、美咲をはじめ、誰もが目が点になっていた。


「きっと失礼なことを口走るって、為長様にお聞きしていた。

 だからこそ正直で、信用できる人だって」


「…あー… 納得ぅー…」とお雅がうらやましそうに呟いた。


「…ああ、ごめんなさいぃー…

 あ、それでね…」


美咲は謝ってすぐに、初恋の人の話を具に始めた。


そして、現在はロストソウル軍の総参謀長の松崎カノンと殴り合って奪い合ったことまで正直にだ。


「ああ、カノンさんは知ってるよ。

 お会いしたことはないけど、

 かなりの武勇伝をお持ちだそうだ。

 だけど僕としては、

 魔術の相性がいい美咲さんに興味があるね。

 だからもし、ここにカノンさんが来て僕に告白しても、

 すぐに断るから、喧嘩にはならないよ」


「…あー…」と女性たちが言って、すぐさま拍手をした。


「あ、みんな聞いてるけどいいの?」とファイガが気を利かせて言うと、「…みんながいるから、お話できてるって思いますぅー…」と美咲が言うと、「じゃ、デートの時はしばらくは付き添いが必要だね」とファイガが言うと、美咲は顔を真っ赤にして、うなだれるようにして同意した。


「たまには、何も話さないデートもいいけどね。

 僕はすっごく気が長いから。

 とにかく近くにいて、お互いを知り合うことは重要だろうから。

 相手の気持ちを察することも必要だと思う」


「…お断りされなくてよかったぁ―――っ!!!」と美咲は叫んで、ワンワンと泣き出し始めたが、ファイガは笑みを浮かべて美咲を見ているだけだった。


そして男遍歴である、ロストソウル軍特別機動部隊隊長の黒田満についても告白した。


「普通の男子だったら腰が引けてるね。

 カノンさんといい、大物しか深い付き合いがないようだ」


ファイガの心地よい言葉に、「あ、エッちゃんもお友達…」と美咲が恥ずかしそうに言うと、ファイガは陽気な桜良を見た。


「千年も生きていれば、それも当然だよなぁー…」とファイガは笑みを浮かべて言った。


「だけど大勢のお仲間を含めて、

 美咲ちゃんも引けはとっていないって思うよ」


「…あ、ありがと…」と美咲は答えて、両手を合わせて太ももにはさんで、もじもじと腰を振って、ファイガを上目遣いで見た。


―― 男は全員落ちる! ―ー と女子たちは心をひとつにして思って、美咲をうらやましく思った。


ファイガは感情だけを察するので、しぐさにはそれほど影響されていないので、ごく自然な笑みを浮かべているだけだ。


「…何に転生した方がいいと思う?」


美咲が聞くと、ほとんどの者が目を見開いた。


美咲には、転生できる自分が何人もいるはずだと確信していた。


「溜めすぎて悩むことはよくわかるよ。

 一番幸せなのは、成長が遅い勇者だろうね。

 日々常に修行だろうけど、

 一番使い勝手がいいし、竜に寄り添うには適任だろうね。

 できれば天使と婚姻して欲しいって言われてるけど、

 かわいいだけでそんな感情はまず沸かないかなぁー…

 長生きすると、気の強さが大いに全面に出てくるし。

 見た目も心の中も穏やかな勇者は何も問題はないって思う。

 さらに言えば、種族的な弱点がほとんどないからね。

 さらには性格も、今とほとんど変わらないと思うから。

 コロネちゃんはどう思う?」


ファイガがいきなりコロネに聞くと、「…お付き合いできる人がいないから悲しいぃー…」とまったく関係ないことを言ったので、ファイガは大声で笑った。


「…誰よりも、私を知ってるから…

 コロネ、答えてくれない?」


美咲の言葉に、「…彼氏、紹介してぇー…」とコロネが駄々をこねると、「マリオン様とは接触していないの?」と為長が聞いた。


「…あー… 適任だけど、ごつごつしてない普通の人がいいかなぁー…」とコロネは考えることなく答えた。


「じゃ、俺の知りえた情報では皆無、だな…

 まだお会いしたことはないけど、

 乱暴だが凶暴ではないし、比較的穏やか…

 ああ、未知だけど、

 琵琶家の巌剛様や星の神の獅子丸様も許容範囲だと思うけど?」


「巌剛君は女の子だよ?」


コロネの言葉に誰もが目が点になっていた。


「男に見せかけてるだけだよ?」


更なるコロネの言葉に、「…あのヤロー…」と為長がうなると、春駒は愉快そうに笑って、桜の花びらを噴出させた。


「まさか、お師様もだまされてる?」


為長が聞くと、「疑ってる、って感じ? 純粋に動物の時に確認してなかったから」とコロネは答えた。


「さすが動物系の神…

 長春様はそのようなことは一切お話されないから、

 お聞きしないとわからない…」


「…長春さんとは、相性が悪いぃー…」とコロネは頭を抱えてうなだれた。


「女性だそうだ」と、長春に念話で確認をした為長が少し憤慨していった。


「堂々とした覗きだな」とモルドが愉快そうに言うと、「まったくです」と為長が鼻息荒く言った。


「…私の転生の話しぃー…」と美咲が大いに嘆いた。


この話は棚上げすることにして、陽気な集まりの会は終焉した。



翌日はコロネも学校に行くことになって、機嫌よく桔梗の側にいる。


お付の美咲、モルド、ギリアンは、学校の内外を警戒するが、まったく異常はない。


ナンシーは信長にお小言を受けただけでお咎めなしとして教師業に戻っているので、今日のところは為長に教師の仕事は回ってこなかった。


しかしその件について、幼年部の教師から、為長を幼年部の教師にと進言があった。


これは生徒たちの願いでもあったのだ。


さらには授業を受けていない一組の生徒からの要望でもある。


よって校長は平等にと思い、為長のクラスの時間割を見たが、「今日は選択授業だから明日以降だな」という言葉に、幼年部の教師たちは従わないわけにはいかなった。


その為長は数名の学生たちともに異空間部屋にいて、全宇宙の情報について情報を検索している。


検索する相手は、学校が雇っているヒューマノイド影二百三号だ。


ヘッドセットをしているので、誰もが口々に影と対話をしながら検索作業などをする。


この影が教師代わりで、それぞれの学生の評価も行う。


まだまだ先は長いが、為長は高等部では一番の高成績を収めている。


もちろん、予定にない検索作業も、ある程度以上の許可を得ることは可能だ。


特にこの異空間部屋に入ることを許されている生徒には特権が与えられているようなものだ。


喜笑星の将来を担う若者といっていい。


その中に、たまに顔を合わせる才英もいて、今日は勉学に勤しむようで、笑みを浮かべてこの先の喜笑星を見据えた研究開発に余念がない。


なお、影を通しての生徒同士の会話も可能となっている。


同時に話をしても、影が受けた順番にその声を対象者に送ることになっている。


才英も、為長引きいる企画軍団のひとりとなっている。


「為長様の企画は難問だぁー…」と才英が嘆くと、「その方がやりがいもあるってもんさ」と為長は気さくに答えた。


「うまくいけば、

 中等部の生徒からも企画が立ち上がるから、

 覚悟しておいた方がいいよ」


「…わかったよぉー…」と才英はしょうがないと言った感情をあらわにしてつぶやいた。


「それよりもさ、幼年部の教師にって、要望が出てるよ」


才英の言葉に、「言って来るって予想はしていたから驚くことはない。俺も嫌いじゃないし」と為長はごく自然に答えた。


「…それも、引き受けた方がいいかなぁー…

 教えることも、大いに勉強になることはわかっている…」


「今はまず、俺の企画を片付けてくれ。

 できないならできないでかまわないから、

 結果が欲しい」


「…了解…」と才英は渋々言った。


これ見よがしの科学技術をあらわにしないことが条件のような御屋形様の意向なので、それをクリアいにしたのが遊園地事業だ。


さらに愉快なものにするために、為長は数々の企画を出して、その設計を才英に依頼している。


才英としてはこの回りくどい企画も好意的に感じているので、断ることは今までに一度もなかった。


もちろん共感はするし、興味があることばかりだからだ。


企画が実現できなくても、その過程のすべてが糧となっていた。


「あっ! できるのかいっ?!」と為長はある情報の結果について、喜びの声を上げた。


すると学生たちが近づいてきて、「あー… 俺と為長の企画が実現できるぅー…」と三年二組の正岡巧が感動の声を上げた。


巧も才英と同じ道を歩んでいて、学校が終われば、才英の弟子として、研究開発に勤しんでいる。


「…だけどこっちの方、大丈夫なのか?」と為長と同じクラスのレイ・レイモンドが眉を下げて言った。


「箱に小人が入っていて、

 いろいろな芸を代わる代わるにする」


才英の言葉に、誰もが大いに笑った。


「もちろん、家庭の娯楽じゃなく、

 茶店など、寛ぐ場だけに設置する。

 そうすれば、店の売り上げも上がるからね。

 喜笑星の進化も、第二段階に入ったってところさ。

 最終段階で、このホログラムテレビシステムを全家庭に普及して、

 フリージア星に出入り自由となるわけ。

 それが十年後だ。

 冷蔵庫に関しても同時期だろうね。

 夏に向けて送風機も発売するけど、

 涼しいニットと競合になるから、

 大幅に数を減らすことにしたから、

 その代わりが何か欲しいね…」


才英の言葉に、数々の企画が口々に上がり、数件は企画として立ち上げるとに決まった。


ようは、為長の企画軍団は、非公認だが、信長の意思といっても過言ではなかった。



そんなある日、琵琶家はひとりの高能力者の悪魔の来訪を受けた。


顔つなぎは桜良なので、心配することは何もなかった。


そして何もないはずだったのだが、この悪魔が喜笑星を去ったあとに、琵琶家に大きな不幸が待っていたことは、今の琵琶家家人には、誰一人として知る由もなかった。



~~ 赤い幻影 おわり ~~




~~ この惑星の願い につづく… ~~


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