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赤い幻影 akaigenei ~陰陽師・十六天神将編~      赤伝授 akadenjyu


   赤い幻影 akaigenei ~陰陽師・十六天神将編~



     赤伝授 akadenjyu



「…あら、きれい…」と春駒は言って、完成間近の遊園地のほぼ中央にある巨大な桜の木を見上げた。


「きれいだが作り物だよ」と為長は言って、気の幹に触れ、仕掛けを外して釦を操作すると、葉のない大木になった。


「でも、子供たちに夢を与えるわ」と春駒は言って、リモコンの釦を入れ替えて、桜の大木となったホログラム映像を見入り始めた。


「ここからが本来の俺の計画だ。

 さらに優秀な者を琵琶家に抱え込む。

 普段の生活では見えない何かを持った子も大勢いるはずだからな」


「その点は任せてくださいますよう」と春駒は桜を見上げながら穏やかに言った。


「ですが、遠足は最短でも三ヶ月に一度でしょ?」


「それ以外にも特例を設けてある。

 この喜笑星の学生と同じ扱いの特待生というやつだ。

 社を使えば、移動時間はないに等しいからね。

 その分、その精査と仕分けが大変だし、

 その生徒の思考の程の問題がある。

 俺たちの常識にあった程が、なかなか難しいからな」


「…その特権を生かした積極性…」と春駒が言うと、為長はすばやくうなづいた。


「平和だからこそ、でしゃばるような積極性を出すことがない。

 だがそれでは、いざという時に動けない子もいるはずなんだ。

 それを開発するという意味もあるし、

 引っ込み思案の性格を更正するという意味もある。

 この程も、かなり難しいんだ」


「為長様は、教育者向きですわ」


「…それは、桔梗の先生となって、嫌というほど思い知ったさ…」と為長は言ってから春駒に寄り添って、肩を抱いて桜の木を見上げた。


「おうおう! 昼真っからお暑いことだなぁー!」とお蘭が叫びながらやってきた。


「幻影師匠をお誘いすればいいのです」という為長の言葉に、お蘭はその場に留まってからすぐさまきびすを返して走り去ると、春駒は愉快そうに大笑いした。


「こりゃ、お暑くもなるさ」ともうすでに志乃の肩を抱いて歩いてきている源次が言った。


そして、「御屋形様が為長を抱え込まないことが不思議だ」という源次の言葉に、「学生でなくなった時は危ういですね」という為長の回答に、「そうか、それか…」と源次は納得して何度もうなづいた。


「ですが、俺は今の生活が充実しています。

 だけど、そうも言っていられない事態もあるやもしれないので、

 あまり能天気に考えていてはいけないと、覚悟もしています。

 俺と春駒の居場所を放しても特に問題がないことは、

 御屋形様も気づいておられるはずですから」


「…駄々をこねます…」と春駒が頬を膨らませて言うと、「神の駄々はまさに脅威だからやめてくれ」と為長は言って眉を下げた。


「…だけど、神たちがもう少し成長しないと厳しいだろうなぁー…

 まだ子供でしかないようだし…」


源次の言葉に、「心配はないのですが、万全でもないでしょう」と為長はどっちつかずの回答をしたが、源次は笑みを浮かべてうなづいた。


「しかも、敬虔な信者を増やさない手に出ましたので。

 急激な成長は、不幸しか呼ばないと感じています」


「過去の例からも、それは大いにあるよ」と源次はすぐさま賛同した。



その急激な変化を手に入れようと、欲を持った者が一名、妖精の幸運の地に走ってやってきた。


もう何をやっても転生も覚醒もないと、自暴自棄となっている源弁慶だ。


もう日も暮れそうなので、動物たちは巣に帰ったようでどこにもいない。


―― 我に巨大なる雄雄しき力をよこしやがれ! ―ー と弁慶が心の中で叫んだとたんに、白目をむいて胸を押さえて、前のめりに地面に倒れた。


もちろん、命を絶たれるなどという自信はなかった。


自信はなかったのだが、弁慶は命を絶たれてしまった。


まず異変に気づいたのは、城代のメルシー・ガッツで、この事態をすぐに察知して、天守から飛び降りてすぐに、変わり果てた姿の弁慶に駆け寄って、渾身の力をこめて蹴り飛ばし、妖精の幸運の地の範囲内から外に出した。


「酒井様! 申し訳ございません!」とメルシーは叫びながら、寅三郎に念話をした。


そして妖精の幸運の地にわずかだが変化があった。


幸運に包まれていた範囲が狭まったのだ。


だが幸いなことに、これ以上は狭まることはないとメルシーは直感で確信した。


メルシーはこの変化に気づいて城を飛び出したのだ。


話を聞き終えた寅三郎は、すべての顛末を信長に報告した。


もちろん幻影も知ることになり、「弁慶は破門です」と無表情で言った。


信長は何も言わずにうなづいただけだ。


「兄弟の縁も切ります」


更なる幻影の言葉に、「それも当たり前じゃろうて」と信長は同意した。


「沙織も身の振り方を考えろ」


幻影の厳しい言葉に、嫌な予感がしていた沙織は、戸惑いながらも頭を下げた。



為長と源次がこの話を知ったのは、遊園地の作業が終わって街道に出た直後だった。


「あら、大変なことがあったようだわ」と春駒が眉をしかめて言った。


「弁慶様… いえ、源弁慶が、妖精の幸運の地で無謀なことをやって死んだって…

 だけど、鬼に転生したそうですの。

 だけど被害はあって、妖精の幸運の地が、わずかだけど狭まったそうなの」


「弁慶様は追放だな…」という為長の言葉に、「…追放と言うか、蟄居だろうね…」と源次は眉を下げて言った。


「…外に出すわけには行かないと?」


「本来ならば、消し去ってしまいたいんじゃないかなぁー…」


源次の言葉に、「いえ、幻影様も信長様もなぜか怒っておられないのです」という春駒の言葉に、「…え?」と源次も為長も同時に言って眉を下げた。


しかし為長は考えを変えて何度もうなづいて、「怒ってはいないが、けじめをつける必要はある」というと、「それはあるなぁー…」と源次は感慨深げに言った。


「もう、限界だったんだろうなぁー…

 だけど、いくつも道はあったのに…

 誰にも頼らないなんて決めてしまうからだ」


為長の少し怒っているような言葉に、「…はあ… その理由だと、破門と縁切りは当然の沙汰だ…」と源次は悲しそうにつぶやいた。


「だけど、その手段があったって言うの?」とお志乃が為長に詰め寄るように言うと、「学校の教師はお勧めです」という回答に、「…私としては、理解に苦しむわ…」と元教師のお志乃は困惑するように言った。


「今回のこの遊園地の件ではかなりの達成感があり、

 一発合格で高揚感が大いに沸きましたが?」


為長の言葉に、「…私って、子供たちに親身じゃなかったのね…」とお志乃は少し悔しそうに言って、大いに後悔していた。


「沙織様がこの程度のことに気づいておられないはずがないのですが…

 口を出さないと決めていたのでしょうか?」


「…やさしそうに見えて厳しいからね…

 だけど、その茨の道もともに、だろうなぁー…」


源次は言って、ようやく笑みを浮かべた。



「…せっかく鬼になったのに、蟄居だって…」


沙織の言葉に、「…そうか…」と鬼は言って、信長と幻影に頭を下げた。


「…俺は結果を見たかった…

 …どんなことがあろうとも…」


鬼の言葉に、「お前らしくて普通だよ」と幻影は言ってあきれた顔をしていた。


「言っとくが、お前はもう琵琶家の家人でも俺の弟でもないからな。

 できれば喜笑星から放り出したいが、

 それでは他の星に迷惑がかかる。

 よってしばらくは、この地で暮らせ。

 それから、妖精の幸運の地の範囲に入んな。

 お前が転生したせいで、幸運の範囲が狭まったんだ。

 この損害をどうやって補うつもりだ?」


幻影の厳しい言葉に、「しらん」と答えた。


鬼はついに面倒になったようで、ぞんざいな態度に変わった。


「仕方ない…

 ここは、鬼になってしまったことを後悔してもらうか…

 もちろん、俺は戦ってやらん。

 お前なんぞ、時間をかけずに倒せるからな」


幻影の威厳がある言葉に、鬼は立ち上がろうとしたが、幻影に頭を押さえつけられて、頭から地面に埋まった。


「弱すぎる」という幻影の言葉に、鬼は手足をじたばたとさせた。


そして何とか沙織によって救出されたが、また幻影に立ち向かおうとしたので、今度は完全に体ごと地面に埋められて踏み固められてしまった。


さすがに沙織でも固い地面を掘り起こすことができず、途方にくれて、鬼の顔を抱きしめた。


「息の根を止められんのが口惜しい」と幻影は大いに怒り狂っていて、その顔は真顔だった。


「…俺って、転生しても弱いんだ…」と鬼は言って涙を流した。


「…ふたりっきりで暮らせるところに行きたいなぁー…」


沙織の言葉に、鬼は大いに後悔した。


裏切り者でしかない自分自身を選んでくれた沙織に、心の底から感謝した。


「幻影はどうカタをつけるつもりじゃ?」


無表情の信長の言葉に、「まずは次の師範代総代を決定します」と幻影も無表情で言った。


「源次を呼べ」


信長の重厚な言葉に、幻影はすばやく頭を下げて、源次に念話を送った。



「…兄ちゃん、めっちゃ怒ってんじゃん…」と源次がいきなり言うと、春駒は愉快そうに笑った。


「うん、一緒にいるけど、走るの面倒だから連れて行ってもらうけどいい?」


「…ま、いい予感はしないね…

 できれば、春駒にお願いしたいところだよ」


為長の言葉に、「…父上に叱られちゃうわよ?」という春駒の言葉に、「…頭、上がんないからなぁー…」と為長は渋々言って、念話中の源次と志乃と春駒を抱え込んで猛然たる速度で飛んだ。


「…早かったな、為長…」と真顔の信長が言うと、―― 笑ったら絶対折檻だな… ―― と為長は想い、何も言わずに頭を下げた。


「…おー… 鬼だぁー…」と源次はかなり陽気に言って沙織の前に座った。


「そのうちこうなるって思っていたけどね。

 俺は幻影兄ちゃんの本気の怒りだけは食らいたくなかったから。

 兄ちゃんが寅三郎さんに負けたって本気で思ってるの?」


源次の言葉に、為長は瞳を閉じて、幻影はそっぽを向いてから苦笑いを浮かべた。


「源次。

 幻影がどう本気ではなかったのかを教えてくれ」


信長の言葉に、源次はすばやく立ち上がって、「魔王の畏れを受けたと仮定して戦っていたのです」と源次は堂々と答えた。


「だが、負けは負けだ」と幻影はそっぽを向いたまま言った。


「ハンデ、与えすぎだって思ったよ?

 まるで飛車角落ちの戦いだった。

 もしくは本気で体調が悪いのかと思ったけど、

 それがなくてほっとしたくらいだから」


「…はぁー… 相変わらずよく見ているな…」と幻影は言って今度は源次を見て苦笑いを浮かべた。


「弁慶兄ちゃんがこうなったのも、

 幻影兄ちゃんのせいだと思うけど?

 それほど強くない兄ちゃんに愛想を尽かした。

 だから、素直になって覚醒の方法は聞きたくなかった。

 意地になっているのとは違って、

 師匠として信じられなくなっていた。

 …ま、どっちもどっちだね…」


源次の言葉に、「…くっそ…」と信長は悔しそうに小さくつぶやいたが、誰もが聞こえなかった振りをしていた。


「だけど、よく殺さずにこんなことできたよね…

 信じられないほどだ…」


源次は言って、つま先で地面を何度も突いた。


「それにさ、御屋形様が本気で怒っておられるから、

 この先は為長に託したいんだけど?」


いきなりやってきた最大の危機に、為長は大きく目を見開いて、―― 源次様も、やはり普通ではなかった… ―― と思い、さらに思い知って苦笑いを浮かべた。


「…ふふ… 源次が総代でもよいが、まずは為長の今の実力を知りたいもんじゃ」


信長がかなり機嫌よく言うと、「お任せを」とまったく策はないが、為長は堂々と言って頭を下げた。


「私も源次様と同様に論破をするタイプですが、

 今回は戦いにおいて結論を出そうと思っております」


為長は言ってすたすたと歩いて、悪魔の姿に変わり、術で沙織を遠ざけてから、鬼の頭をわしづかみにして一気に引き抜いた。


「では場所を代えますが、

 できれば弁慶様と二人っきりの方がいいですね」


為長は言ってから、鬼の頭を握ったまま、西に向かってとんでもない速度で飛んだ。


「…兄ちゃん、あとで、為長とやるんだよね?」


源次の言葉に、「…本気で戦っても勝てないかなぁー…」と幻影は言って苦笑いを浮かべた。



為長は森と森の間の草原に足をつけて、鬼を静かに下ろした。


「もう復活できていますよね?」と為長が聞くと、鬼は目を見開いて、身体の確認を始めた。


「…あの短時間で復活できたというのか…」と鬼は目を見開いて言った。


「体が地面に埋まっていたのですぐに気づきました。

 地面に寝転ぶだけでも、鬼は簡単に復活しますから。

 鬼も神なので、神通力の濃度に左右されますから。

 弁慶様はそういったお勉強不足です」


「…はあ… 参ったなぁー…」と鬼は嘆きながらも、勇ましく右前にして構えを取った。


「言っておきますが、俺は源次様よりも早いですよ」


為長が言ってすぐに、その姿が消えて、鬼は頭を地面に埋められていた。


為長は背後からのえびぞり投げを決めていたのだ。


「はい、一勝」と為長は言って、鬼の頭を引き抜いて、少し離れて構えを取った。


鬼はすばやく首を横に振って、すばやく構えを取って身構えた。


為長は鬼の真正面にいた。


鬼は前に出している右腕をすぐに伸ばしたのだが、為長の姿はなく、その瞬間に、鬼の頭はまた地面に埋まっていた。


為長は差し出してきた腕を取って、鋭角で低い投げを放ったのだ。


「はい、二勝」と為長は言ってまた鬼の頭を引き抜いて、構えを取った。


このような戦いが何度も続き、鬼はどうあがいても為長に勝てず、ついには立ち上がれなくなっていた。


しかし怪我がないので、戦う闘志はまだ十分にある。


だが、「参りました」と鬼は言って、ひざから崩れ落ちて四つんばいになった。


「…今回は、なかなか復活できそうにない…

 だが、怪我がまったくない…」


鬼の言葉に、「うらやましい限りですよ、俺の息子も鬼ですし」と為長は明るく行って、力をなくした鬼を抱えて素早く飛んだ。



「…はあ… 鬼の体力を奪うことに専念したか…」と幻影が苦笑いを浮かべて言うと、「五十五回負けました」と鬼は言って、その場に寝転んで深呼吸を始めた。


「…それだけよく戦えたもんだ…

 為長は涼しい顔してるし…」


源次が大いに嘆くと、「為長、師範代総代を頼めるか?」という幻影の言葉に、「はっ 光栄の至り」と為長は快く答えたが、―― 断れるわけないぃー… ―― と心の中では大いに嘆いていた。


「…おうー… そうかぁー… 為長が、総代かぁー…」と信長は尋常ではない表情でうなった。


―― 魔王でもねえのに、今の御屋形様が一番怖ええ… ―― と為長は思いながらも頭を下げた。


そして、「父上! どうか父上の息子を褒めてやってください!」という為長の誠実な言葉に、信長は号泣しながら、「…よくやった、為長ぁー…」とうなった。


春駒はこの茶番劇に乗って、号泣しながら手を叩いた。


だが為長はこの暑苦しい信長を父としてさらに好きになっていた。


そして男悪魔の身体能力の素晴らしさを始めて知って笑みを浮かべた。



弁慶は寅三郎預かりとして、獣王城で働くことに決まった。


もちろん、沙織も同行している。


晴れて萬幻武流師範代総代となった為長は安土城で祝いの席を設けられ、大いに恐縮しているが、決して嫌な顔はできなかった。


だが、静寂はすぐにやってきた。


信長は飲みすぎて、目を回して眠ってしまったのだ。


「本気で、為長が好きなんだなぁー…」と幻影が言って、酒抜きの術を放つと、「お師様あってこそだと思っております」と為長は言って頭を下げた。


「…そうなるか… 大いに妬いてやろうと思ったが、さすがにそれはできんな」


幻影は機嫌よく言った。


「源次様には、何か特別な役職が欲しいですね…

 はっきり言って、腰が引けるほどの、穏やかな猛者ですし…」


為長の言葉に、「最後まで言わないところがまた素晴らしい」と幻影は言って、為長の肩を軽く叩いた。


そして幻影は源次の前に立って、「何に覚醒したんだ?」と幻影が聞くと、源次は大いに頭をかいて、「…兄ちゃんと同じで勇者だ…」と照れくさそうに答えて、その姿を披露した。


「…なぜだか、歴史を感じさせる姿だな…」と幻影は感心しながら言った。


「だけどね、なかなか重いよ」と源次は言って人間に戻った。


源次はもちろん、弁慶を気遣って、覚醒したことを黙っていたのだ。


ここからは源次が主役になって、宴会を再開した。


「さらに兄ちゃんは、勇者の姿で戦っていなかった。

 どっちも同じ服装だよね?」


この話は、寅三郎との組み手の話で、「ああ、見た目では判断できんだろうな」と幻影は答えて大いに苦笑いを浮かべた。


「…はあ… 人間の姿で魔王とまともに戦えたことが素晴らしい…」と為長は言って、幻影に頭を下げた。


「あははは、そう?」と幻影は大いに陽気に言って、為長の背中を何度も叩いた。


そして信長は、がばっと体を起こしてから、毛糸のガウンを翻して厠に走っていった。


そしてほっとした表情をして戻ってきて、「次は源次か」と言ってにやりと笑って、源次の頭をなでた。


「黙っていて申し訳ございません」と源次はすぐさま謝った。


「いいや、気にすることなど何もない。

 お前もワシのかわいい息子じゃ。

 それに、あの悪たれもな」


信長は鼻で笑いながらにやりと笑って言うと、幻影は満面の笑みを浮かべて頭を下げた。


「悪たれだからこそ見込みあり。

 じゃが、少々怪訝に思ってな…

 弁慶のやつの能力が消されず放置された件じゃ。

 確かに、それほど悪い心は持ってはおらんかったから、

 自然界も躊躇したように思うのじゃが…」


信長が不思議そうに言うと、「あ、その件は、私の願いが聞き入れられたのかと」と為長は言って、マリーンとの謁見の際に上申した話をした。


「…そうか、なるほどな…

 喜笑星には手を出すな、か…」


信長は言って何度もうなづいてから、「たまには今回のような催し事も必要じゃろうて」と機嫌よく言った。


「…あの重厚な鬼を五十五回もあの短時間で投げおったのか…」と信長はにやりと笑って言った。


「迫ってきてくれる相手ほど、たやすいものはございませんし、

 いろんなものに怒っていて、冷静さを欠いておりました。

 ですので私にとって、それほどの修行にはなりませんでした。

 それに、五回や十回では終わらないと、

 覚悟もしておりましたので」


「うむ… あいわかった」と信長は機嫌よく言って、何度もうなづいて姿勢を正した。


「反抗的な者は、次はワシが完膚なきまで叩きのめしてやろう」


信長の本気の言葉に、誰もが一斉に頭を下げた。


「ま、今回の弁慶もそうしようかと思っておったくらいじゃけどな。

 まずは転生を果たした為長の肉体的な実力も知りたかった。

 しかも我らから離れることで、

 弁慶の本音も聞けたことじゃろうし。

 まだまだ付き合いの浅い為長に戦わせることが、

 一番いい結果を生んだと思うのじゃ」


「はっ 適材適所かと」という幻影の言葉に、信長は機嫌よく何度もなづいた。


「じゃが残念なのは、為長がまだ天草家を離れられんという件だけじゃ。

 神の成長もおっとり刀で見守ることが確かに最善じゃからな。

 今まで通り、ワシが天草家に訪問することにした」


「はっ ありがたき幸せ」と為長が言って頭を下げると、春駒も続いて頭を下げ、桜吹雪が舞い散った。


「…ま、これも、不思議な物質じゃ…」と信長は言って花びらを手に取った。


「妖精の衣です」という幻影の言葉に、春駒は幻影に恭しく頭を下げた。


「はあ、そういう物質か…

 拾い主のその心の奥底までよく判るというものじゃが…」


「そういた者は、まず誰にも話しませんので、

 命令することなく対象者を見つけ出すことはかなり困難でしょう」


幻影の言葉に、信長は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「その代表格が桔梗じゃが…

 三位一体の先の四位一体のもうひとりは誰なのじゃ?

 残るは、喜怒哀楽の楽のようじゃが」


信長の素朴な疑問に、「実は言葉通り、羊の神の楽だと思っておりました」という為長の言葉に、信長は機嫌よくうなづいて、ガウンの裾を撫でた。


「ですが、考え直して、

 それ以上に人生を楽しそうに生きている人だと思い直しました。

 さらにはここに、桔梗の心遣いもあるような気がしているのです。

 その楽しそうな振る舞いも紙一重。

 よってさらに仲間として抱えこんで、

 一石二鳥を狙ったものかと。

 もちろん、今の桔梗に、このような大人の考えはないでしょう。

 なんとなく感じたという線が順調かと。

 よくわからないことは、結果しかいいませんので。

 その途中を知ることが、

 今の私にとって大いなる精神修行にもなっております」


「…家におっても常に修行か…」と信長は言って何度もうなづいた。


「はい、まさに、長春様と同等かと」


為長の言葉に、信長と幻影が大いに笑った。


「ここにもおったわい!」と信長が膝を打って大いに笑うと、長春は苦笑いを浮かべていた。


「…確かに、わかりづらいこともあるからな…」と幻影は言って長春を見ると、頬を膨らませて、「…桔梗ちゃんよりは大人だもぉーん…」と苦情があるようにいった。


「当たり前じゃ」という信長のひと言に、幻影がさらに笑い転げた。



「話は少々変わるがな」と信長は言って幻影を見た。


「今のところは残念ながら」と幻影は言って苦笑いを浮かべて頭を下げた。


―― はあ… 究極の謎賭けだが、察しはついた… ―― と為長が感じたとたん、手の甲に桜の花びらが舞い落ちてきた。


ー― 正解だった… ―― と為長は思って、桜の花びらを懐にしまいこんだ。


―― 吉乃や睡蓮のような子で、お師様を好む子… ―― と為長は考え、今までの出会いや別れを具に思い起こし始めた。


「…はぁー… 喜笑星にいた…」と為長は安堵しすぎていたので、ついつい言葉にしてしまって、それに気づき、すぐに口を閉ざした。


「…ふふふ、まさに師匠譲りで、わかりやすい反応じゃ…」と信長は大いに褒めていた。


為長は観念して、「お師様、どうされますか?」と幻影に聞くと、「今回は世話になりたい」と幻影は言って、為長に頭を下げた。


「私はなぜかこの子に嫌われているようですので、

 顔つなぎはできかねますが、

 阿利渚様とはお友達のようですね。

 安土城下第一の庄屋、大樹殿の養女のお宮です」


すると阿利渚がすぐさま眉を下げた。


もちろん、幻影が見過ごすはずはなく、「…ふふふ、手ごわそうだ…」と幻影は心の底から喜んで言葉にした。


「深い悲しみを解きほぐすには、今の私には困難かと。

 もちろん私の修行としてもよかったのですが、

 やはり適材適所でしょう」


「いや、恩に着る!」と幻影は言って、信長に頭を下げた。


「宴は終わった!

 皆の者! 思うが侭に過ごせよ!」


信長の鶴の一声に、幻影はお蘭を連れて真っ先に部屋を出た。


「…はぁ… ここにいて助かった…」と信長は言って、為長に頭を下げた。


「ですが、御屋形様にも接触はあったはずです」と為長が肝心なことを言うと、「作り物の笑顔を使える者はお宮だけではないのでな… 少々判断に困っておったし、ワシが個人的に世話を妬くわけにもいかんのでな… さらに心の傷を広げることも多々あるはずじゃ…」と信長は心情を語った。


「やはりおやさしい…

 ですがそろそろ、この喜笑星を真の平和に導きたいところでしょうが、

 その程も難しい…」


「監視程度しかできておらん」と信長は悔しそうに言った。


「ここは、神の出番はないはずですが、

 四位一体であれば、案外簡単に解決するかもしれません。

 もちろん、ほとんど手は出さず、城下を練り歩くだけです。

 救いがあると判断すれば、

 相手から率先してやってくることもあろうかと」


「…ふふふ、面白い…

 そして最後の一人にも大いに興味がある…」


信長は大いに好奇心を出して言うと、「早速帰って、桔梗にお伺いを立てましょう」と為長が言うと、「…大人から見れば、気まぐれな判断を下すことがあるからな…」と信長は眉を下げて言った。


「大人は無理強いはせず、桔梗の心ひとつに任せます」


為長は言って、春駒とともに立ち上がって、祝宴の間を出た。



「…私だけが幸せなのはだめだぁー…」と桔梗は言った。


もちろん為長はかなり遠まわしに事情を語ったのだが、桔梗が為長の思いを察してしまったのだ。


「桔梗は悲しい顔をできればして欲しくないな」


為長の希望を乗せた言葉に、「うん! よーくわかったの!」と桔梗は明るく言って、いきなり三位一体となった。


「…お呼び下さってありがとう…」と泣き面の天照大神がいい、「…暇してた…」と怒り面の天照大神が言った。


「じゃ、もうひとり呼ぶからね!」と喜び面が叫ぶと、かなり能天気そうに見える楽面が現れて、「どーしてこうなっちゃったの?!」と三位一体に組み込まれた万有桜良が陽気に叫ぶと、為長は、「こうなったか!」と叫んで、腹を抱えて笑った。


「じゃ、今日はお散歩に行くよ!」と喜び面が明るく言って、御殿を出て街道に出てから、その体を十倍程にした。


「面白そうだから…」と春駒がねだると、「俺もそう思っていた」と為長は言って立ち上がった。


もちろん神たちも興味を持ったので、穏形してふたりについていくことにした。



喜怒哀楽の歩は早く、為長が走らないと追いつかないほどだったので、ここは春駒を抱いて空を飛んで、巨人を追いかけた。


その巨人は道行く人たちに、「こんにちは!」と明るく挨拶をして手を振っているだけだ。


そして安土城にたどり着いて、天守から見ていた信長にも挨拶だけをした。


誰もが一瞬驚くのだが、怯えたり泣いたりはせず、誰もが挨拶をして手を振り返す。


ついには子供たちがあとをつけるのだが、さすがに足が速いので追いつかないのであきらめた。


そして城下町の外れの村にたどり着いて、ここでも挨拶と手を振るだけで、喜怒哀楽はきびすを返して宙に浮かんで西に向かってすっ飛んでいった。


「…エッちゃんを取り込んだか…」と幻影が嘆くように言うと、「はまり役ですね」と為長が答えた。


幻影は大いに笑ってから、もうほとんど見えなくなった喜怒哀楽のうしろ姿を目で追った。


「…私だけじゃない…」とお宮は、うつむいたまま悲しそうに言った。


今の今まで、幻影にもお蘭にも口を利かなかったのだが、喜怒哀楽の出現で、その気持ちに変化が訪れていた。


「ひとそれぞれ、悲しく思う気持ちの重荷は違うものだからな。

 だがら普段は明るく見せかけている者も少なくないはずだ。

 この国には、悲しみを我慢している者たちが大勢いるが、

 妙な神がやってきて、その箍が緩んだように感じる」


「…きちんと、今を生きなきゃいけないって…」とお宮はつぶやいたが、幻影が問い詰めることはしなかった。


その代わりに、「どうだい? 海に出て釣りにでも行かないか?」と幻影がお宮に聞くと、「…あー… 行きたいんだけどぉー…」とお宮が言うと、「大樹! お宮を借り受けるぞ!」とお蘭は半強制的に言った。


「連れて行っていいって」と蘭丸が笑みを浮かべて言うと、為長と春駒は声を出さずに笑っていた。


幻影とお蘭とお宮の三人は、仲のいい親子のようにして、街道をゆっくりと歩いていった。



為長は春駒を抱え込んで、かなり上空まで飛んで、「…ふーん… あんなことまで出来るわけだ… あ、そうか、桜の花びらを使ったか…」という為長の言葉に、「修復のようなものですので簡単です」と春駒は答えて、為長を強く抱きしめた。


「もちろん、私には扱えません」


春駒は少し唇を尖らせて言うと、「持ち主と使い手が違うことも、よくある世の常さ」と為長は慰めを言ってから、天草御殿に向かって飛んだ。


「魔法は自分自身にはかけられないからな」


為長の言葉に、「…あら、その理屈だとよくわかるわ…」と春駒は言って笑みを浮かべた。


「魔法をかけ、放つ瞬間には、からだが出力装置になっていて、

 術を受け付けないようになっている。

 だから、敵がいて、相手の術がからだに接近した瞬間に

 魔法を放とうとすれば相殺されるんだ。

 ちょっとしたバリアだよ。

 だけど狙ってもできるもんじゃないからね。

 だけど、攻撃系の術は、放った直後に出力は止まるから、

 運が悪けりゃ自滅する。

 だが、追尾系の攻撃魔法は、まだからだから術を出力中だから、

 偶然自滅してもなんの被害もないから、

 攻撃魔法は追尾をつけておくことはお得でもあるね。

 だけど欠点があって、

 そういった魔法は、エネルギーの消費が激しいから、

 それほど有効というわけでもない。

 自然の摂理として、うまくできているものなんだ」


「…そうなの…

 攻撃系の術は持っていないから、私にはよくわからないけど、

 納得はできたわ」


春駒の言葉に、為長は高度を落とそうとしたが、「ねえ、魔法をかけて… 恋の、魔法…」という春駒の言葉に為長は大いに戸惑ったが、ここは男らしく堂々と、春駒に口づけをした。



「…絶対できた… …絶対できた…」


春駒は天草御殿に戻るまでずっとつぶやいていたが、いくら能力者でもくちづけだけでは子供は宿らない。


まさに春駒は純情初心だった。


部屋に入ると、「できたできた!」と桔梗が叫んで為長を見て喜ぶと、「絶対できた!」と春駒が叫んだので、為長は腹を抱えて大いに笑った。


「ああ、きちんと見てたぞ」という為長の言葉に、「うふふ」と桔梗は言って、満面の笑みを浮かべた。


「エッちゃん先生、天照大神様方、御疲れ様でした」


為長の言葉に、くつろいでいた神たちは笑みを浮かべて頭を下げた。


「随分と得が上がりましたぁー…」と高身長の方の天照大神が言うと、「…私もー…」と小さい方の天照大神が賛同した。


「…役に立ててうれしいー…」と桜良がは心の底から喜んでいる。


「何かおいしいものでも作りましょう」


為長の言葉に、神たちは遠慮することなく礼を言った。


この喜笑星ではそれほど誰も食べたことがない菓子のレシピを為長は仕入れていたので、玉子をふんだんに使って、甘い冷製菓子を作り上げた。


「…うわぁー… プルプルしてるぅー…」と桔梗が言って、小さな木匙で突いて喜んでいる。


「プリンというお菓子だ。

 お三方はご存知でしょうが」


為長の言葉に、「…心していただくわぁー…」と桜良はうなってからひと口食べて、天にも昇るような顔をして号泣した。


「さあ、みんなも」と為長は言って、神たちにも配膳した。


「コケェ―――ッ!!」と人型の鶏の神の雅がひと声鳴いたが、かなりうまかったようで、感嘆の声を上げただけだ。


加工した玉子は産み立て玉子とは別物で、食することを嫌うことはないようだ。


よって玉子焼きなども普通に食べる。


「…はあ… 兄ちゃんって、ほんと、すごいなぁー…」と四郎はうらやましそうに言ったが、プリンをひと口食べて幸せそうな顔をした。


「できれば、俺が納得したいからだ。

 これは俺の願いのようなものだから。

 そして喜んでもらえることが、俺への報酬でもあるんだ。

 そしてねたまれ恨まれ羨ましがられても、

 悪魔としての副食として、

 その感情をおいしくいただける」


為長の言葉に、誰もがひとつ背筋を震わせて、大いに苦笑いを浮かべた。


「あら? だからあれだけ戦っても平気だったの?」


春駒の言葉に、「羨ましさ満杯だった」と為長は言って、座ってから、膳に乗ったプリンを食べた。


「…あー…」と桔梗は何かに気づいてから少し考え、プリンを食べ切ってから、「妖精さんの幸運の地に行くぅー…」と為長に言った。


「ん? ああ、別にいいが…」と為長は言って、皿などの後片付けをしてから、家族総出で竜王城に近づいたとたん、「…なぜ桜の木があって花が咲いているんだ?」と為長は目を見開いて言った。


もちろん、獣王城からも調査に出ていて、為長は戦車を停車させて、メルシーと挨拶を交わした。


「幸運の範囲が元に戻ったの!」


メルシーの明るい言葉に、「ええ、たぶんそうではないかと思っていました。喜怒哀楽の神のおかげでしょう」という為長の言葉に、「ああ… あの、異様な巨人…」とメルシーは言って笑みを浮かべた。


為長が話しをしているうちに、神たちは笑みを浮かべて桜の木を見上げていた。


「桜の花びらも撒いていたのです。

 それは春駒から出ているものです。

 今も、少し出ていますね」


為長の言葉に、メルシーは春駒を見入ってすぐにうなづいた。


為長は桔梗に近づいて、「花見見物ってことでいいのかい?」と聞くと、「さくらんぼができてるの!」と桔梗は陽気に言って、桜の幹にゆびを差した。


もしも実がなるとすれば、花がすべて散って葉が出てからのはずだが、確かにわずかにさくらんぼの存在を確認できた。


「…なんだか高尚な食べ物のようで、口にはできんだろうなぁー…」と為長は眉を下げて言った。


「春駒様は食べられるよ!」と桔梗が明るく言うと、「あら、うれしいけど、皆さんにも食べていただきたいわ」と春駒が言うと、「…それは、まだだめなんだってぇー…」と桔梗は悲しそうに言った。


「え? 食べてもいいの?!」と桔梗は言ってから、満面の笑みを浮かべた。


―― 誰と話して… ―― と為長は考えてからすぐに、―― 愚問だった… ―― と言って、桔梗が話している相手を特定した。


為長は桜の木に集中して何度もうなづいて、『花を愛でさせていただいています』と念話で丁寧に言った。


『いえいえ、元はといえば、私はあなた方のものですから』


桜の木も、丁寧に念話を返してきた。


「さくらんぼを食べると何か起こるのですか?」と為長が声に出して言うと、桔梗以外は目を見開いていた。


『普通に食べる分にはおいしい果実です。

 ですが、特別な方法で食べると、

 子ができます』


「…は? はあ…」と為長は言って、大いに戸惑った。


「なにか、まじないをかけながら食べるのでしょうが、

 子はひとりいるので、今は辞退しようと思っているのですが…」


『鬼のお子さんね。

 きっと、仲のいいご兄弟になると思うのですが…』


桜の木の言葉に、為長は春駒と相談を始めた。


「あなたはどう思う?」と春駒は鬼っ子の菩童に聞くと、「ダー!」と叫んで、両腕を高く上げた。


「…兄弟、欲しいって…」と春駒が照れながら言うと、「…ああ、俺にも聞こえた…」と為長は言って苦笑いを浮かべた。


為長と春駒は、子を産む儀式を始めたが、呪文はなく、桜の木に言われた通りにするだけだった。


まずは男親がさくらんぼを取る。


実はひと房にふたつ成っている。


そのうちのひとつの尻の方を女親がかじり、もうひとつも同じようにして男親がかじる。


そして実と枝が切れないように丁寧に絡めて、土に植える。


まさに何かに儀式のようなこの手順通りに為長と春駒は行い、ひと房の実を丁寧に地面に植えた。


「養分などは…」と為長が戸惑いながら桜の木に聞くと、『特に必要はありませんが、舞っている桜の花びらを埋めた場所に敷いていただけますよう』と答えたので、為長は術を使って、桜の花びらを集めて、埋めた場所に敷き詰めた。


『いい子ができたも同然ですわ』


桜の木の言葉に、為長は満面の笑みを浮かべた。


春駒はすべてを察して、為長に満面の笑みを浮かべて、寄り添った。


すると、地面が少し隆起して、ぼんっと音がするように双葉が開いたと思った瞬間に、早送りするように、ずんすんと成長したが、桔梗の身長ほどで止まった。


しかし今度は、地面に近い部分の幹にこぶができて、どんどん大きくなる。


「…魂が宿った…」と為長がつぶやくと、春駒は感激したのか涙を流し始めた。


しかしそれも終わって、一瞬にして葉が落ち、桜の花が咲いた。


『おふたり同時に、こぶに手を差し伸べてくださいませ』


桜の木の言葉通りに、為長と春駒は手のひらでこぶに触れると、まばゆい桜色の光にさらされたとたん、春駒は人間らしき赤ん坊を抱いていた。


「…はは、吉乃と同じはずだ…」と為長が言うと、『吉乃様ですか?!』と桜の木は驚いたように言った。


「ええ、ここにいます」と為長は言って、吉乃に寄り添って、桜の木に紹介した。


『…ああ、お母さん…』と桜の木が感激したように言うと、為長は一瞬目を見開いたが、納得の笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「この桜の木は吉乃の子のようだぞ」


為長の言葉に、「…そう、なんだぁー…」と吉乃は不思議に思うことなく言って、桜の木に抱きついた。


しかし今のところは何も変わらなかった。


だが、桜の木は大いに泣いていたが、感情は喜びだった。


「…あ…

 ここは妖精の幸運の地ですが…」


為長が申し訳なさそうに言うと、『はい、もちろん、ここでしかできないことですわ』という桜の木の言葉に、為長はさらに納得して礼を言った。


「ほかの連れ合いのいる方たちには、

 資格がないのですか?」


『吉乃様が、大人になられた時にでも』


桜の木の言葉に、「はい、わかりました」と為長は礼を言ってから、すっかり二児の母の顔になっている春駒に寄り添った。


「あ、この子が生まれた桜の木」と為長が言うと、そこには小さな桜の木はなかった。


「…手品、だな…」と為長は言って、桜の花びらが盛ってある地面に向かって拍手を打ってから頭を下げた。


すると何かがあると思い、為長が手を差し伸べると、何かが手のひらに吸い付いてきた。


それは桜色の木札だった。


そしてそこに浮かんでいる文字のようなものを見て、「…読めん…」と言って苦笑いを浮かべて、徐に四郎に差し出した。


「…さくら、おうひ…」と四郎は呟いて、半紙と筆を出してさらさらと書いた。


そこには、『桜皇陽』と書いてある。


「姓は桜で名が皇陽だと思う」と城が言うと、「…そう… よかったわ、皇陽…」と春駒は笑みを浮かべて、生まれたばかりの女児に言った。


為長は子供用の白いガウンを出して、皇陽を包んで春駒に返した。


皇陽はまだ目を開けていないが、きちんと呼吸をしていた。


そしてまぶたが動き始め、パッチリと目を開くと、瞳はやはり桜色だった。


そして皇陽が少し口を開いて、「ほ?」と言うと、為長は無性におかしくて大いに笑った。


この笑いは伝染して、誰もが大いに笑った。


「…ほの次はなんだ?」と為長が言うと、また一斉に笑い声が起こった。


今度は、「…だー…」とかわいらしい声を出して、皇陽は春駒に抱かれている菩童の手を握っていた。


「…手の早いやつめ…」という為長の言葉に、春駒は愉快そうに笑って、桜の花びらが噴出した。


そして為長は、―ー 確認しておくべきだろう ―― と思い、メルシーに別れの挨拶してから、戦車に乗り込んで天草御殿に戻った。



為長は部屋には言って早々に、又蔵とひざを付き合わせた。


「父さんの妻だった、吉乃さんの出生について教えてください」


為長の言葉に、また赤子が増えたと思い春駒を見ていた又蔵は、「…桜の木から生まれたと聞いているんだ…」と又蔵は苦笑いを浮かべて言った。


「今生まれた皇陽も桜の木から生まれました」と為長は言って、詳しい話をした。


「…で… では… 資格のある場所で、資格のある神が産んだ子…」と又蔵が嘆くように言うと、「そうなります」と為長は言った。


「その桜の木はまだあるのでしょうか?」


「…為長様もご存知の通り、原城の庭園跡の桜です…」


又蔵の言葉に、「…あの桜の木から生まれたのか…」と為長は言って何度もうなづいた。


「…だが、妖精の幸運の地ではなくなったな…

 しかし、まだ桜の木は生きているはずだ…

 できれば、こちらに植樹したいが…」


為長は言ってから、桜の木に念話を送って、詳しい事情を話して、その回答も得た。


「春駒、ともに安土城に登城するぞ」


為長の言葉に、「はい、為長様」と春駒は言って、ふたりのわが子を抱いて立ち上がった。


「どちらかくれ」と為長が眉を下げて言うと、「だめです」と春駒はすぐさま断りを入れたので、為長は少し笑ってから、春駒とともに部屋を出た。



信長は為長の少々長い話を聞き終えて、「…面妖な…」と呟いて何度もうなづいて、皇陽を見入っている。


「実は、まだお話があるのです」と為長は言って、母星の島原原城の庭にある桜の木をこちらに持ってきたいと進言した。


もちろん、その事情も話した。


「…そうか… あの地にも、妖精の幸運の地があったか…

 しかも、見知らぬ男女の神がおったわけか…

 獅子丸、何か知らんか?」


「…今から五十年ほど前ですね…

 いえ、心当たりはございません…」


獅子丸が答えると、「…本能寺の大火の前後か…」と信長が言った。


「もう、わが母星にはおらぬやもしれません。

 そしてもうひとつ。

 阿蘇の火口にあった十字架」


幻影の言葉に、「うむ、それもある」と信長はうなって、「母星に帰る!」と信長は宣言した。


「…とって、あるだろうなぁー…」と秀忠は眉を下げてつぶやいた。


「面白そう!

 詳しいお話を聞かせて欲しいわ!」


春菜の陽気な言葉に、秀忠は少し照れてから、移動しながらすべてを話した。



「…十字架を出せぇー…」と信長は家光との謁見早々にうなった。


「阿蘇の火口に刺さっていた、大きな十字架の件でございます」


信幻の落ち着いた言葉に、「…あ、うん、わかった…」と家光は言って、この謁見の間のたんすの最上段にある引き出しを開けて、底のふたを外して、大人ひと抱えもある十字架を出した。


「…あー… 間に合うか…」と幻影がすぐさま嘆くと、「詳しい座標を割り出せ!」と信長が叫ぶと、咲笑がすぐさま回答を出した。


「皆の者、行くぞ!」と信長は言って、幻影が出した足こぎ宇宙船に乗り込んだ。



程なくして、五十年前に緊急事態を知らせてきた星に飛ぶと、「…ぬぬぬぬ…」と信長はうなったが、「地下に、一億ほどの人間が住んでいるようです」という幻影の言葉に、信長は深くうなづいた。


「御屋形様! お任せあれ!」と春駒が叫ぶと、「あいわかった! 大気圏に突入し、高高度を保てよ!」と信長が叫んだ。


大気圏突入後に、為長と春駒は外に飛び出し、「四郎様! 桔梗様!」と春駒が叫ぶと、十六天神将が勢ぞろいして、喜怒哀楽もその姿を現した。


『ん―――――!!!』と閻魔が全身に力を込め、腹に響く唸り声を発すると、四天将が一斉に術を放った。


すると、星全体に暗雲が立ち込めていた大気が一気に晴れ、白い大地が姿を現した。


ここは火の神と火の妖精が一念発起するように、大量の炎を吹き出し、風の神と風の妖精が大風を吹かせた。


「よっし! 我ら能力者の出番じゃ!」


信長は叫んで、強烈な緑のオーラを流した。


「地底人たちが気づきました」と幻影が安堵の笑みを浮かべて言うと、「早々に農地を作り上げよ!」と信長が命令すると、十二神将が一斉に作業に取り掛かり、数え切れないほどの農地を作り上げた。


そして、地下から人の姿が見えてすぐに、喜怒哀楽が、「こんにちは!」と声を上げながら、人々を癒していった。


最後に農地全体に満遍なく緑のオーラを流して、作物が実ったことを確認して、「よっし! 終わりじゃ! 帰るぞ!」と信長が命令すると、速やかに宇宙戦艦に乗り込んで、消えた。


大惨事の原因は、巨大隕石の衝突で、ある程度以上の科学技術の恩恵もあって、大勢の人間たちが生き残った。


そしてひたすら救助を待っていたのだ。


復活を遂げた大地には、至る所に桜の木が、桜の花びらをなびかせてた。


まさに神がやってきたと、人々は疑わなかった。


そして天に向かって、感謝の祈りをささげた。


足こぎ宇宙戦艦がこの不幸だった星に到着して立ち去るまで、一時間しか要さなかった。



「…出番、ほとんどなかったぁー…」と幻影が嘆くと、「よいよい!」と信長は機嫌よく叫んだ。


そして十六天神将を、誰もが大いに崇めた。


まさに、十六天神将の得意分野だったので、早急な異常事態の回復を成し遂げられたのだ。


「いやぁー… なーんにもできなかったな!」と為長は叫んで、大いに笑った。


「…早々に帰る必要でもあったの?」と春駒が意味ありげに聞くと、「温泉仲間たちと風呂に入りたかったから」という為長の理由に、春駒は陽気に笑って、花びらを撒き散らした。


「早々に休息に入るがよい!

 今日は、大儀であった!」


上機嫌の信長の言葉に、誰もが一斉に頭を下げて、それぞれの日常に戻っていった。


そして温泉に浸かったのはいいのだが、「あ、桜の木、忘れた!」と為長が叫んで立ち上がると、「幻影様が引き受けてくださいました」と四郎が笑みを浮かべて言った。


「…お礼、何か考えよ…」と為長は大いに反省して、また湯船に浸かった。


すると、温泉仲間のひとりの熊の願剛がやってきて、いつものように無愛想に湯船に浸った。


「出番なかった同士だな」と為長は言って、願剛と肩を組んだ。


すると願剛が獣人に変わって、「お前は司令官の役をしておったではないか」と大いに苦情を言った。


「俺の思考を、四郎と春駒が正確に読み取ってくれたおかげさ。

 俺はなーんもやってねえ」


為長の言葉に、「命令は的確でした」と四郎は笑みを浮かべて言って、頭を下げた。


「だがな、多少は手伝いたいんだよ…

 ま、仲間になっても邪魔だとわかっていたから、

 手は出さんかったけど…

 ま、今回の件は、十六天神将の得意分野だったからな。

 最低でも、緑のオーラはさらに磨きをかけねえとなぁー…

 悪魔にとっては苦手な術のようだ…」


為長は言ってうなだれた。


「幻影様が、俺への褒美は、阿利渚様にと」と四郎が言うと、「あ、かなり助かった」と為長は言って、早々に湯船から出て母屋に戻った。


そして、書画をしたためて、入念に確認して、「これでよし」と自信を持って言って、何度もうなづいた。


続々と神たちが戻ってきたので、「桔梗、悪いけど、これを桜の花びらで頼みたい」と為長は言って、半紙を渡すと、「…あー… いいなぁー… 阿利渚ちゃん…」と桔梗が大いにうらやましがったので、為長はまた書を書き上げて、「ほら、桔梗の分」と言って半紙を渡すと、桔梗は満面の笑みを浮かべていた。


「だが、まずは食事だ」と為長は言って、吉乃たちと厨房に入った。



神たちとともに大飯を食らっていると、獣人の姿の巌剛が部屋に入って来た。


「やあいらっしゃい、待ってろ」と為長が言うと、今回もまた吉乃と睡蓮に出番を取られたので、為長は席に戻った。


「正式に、為長の弟子に入ることに決まった」


巌剛の言葉に、「断る権利はあるよな?」と為長が言うと、「…うう…」と巌剛はうなった。


そして食事を配膳されたので、巌剛は八つ当たり気味に食らい始めた。


「弟子入りを許可してもいいのだが、

 まず命令するのは、幻影師匠に弟子入りしろ、だ」


為長の言葉に、巌剛は目を見開いてから、すぐに懇願の目に変わった。


「俺がこう言うのは、幻影師匠はわかってらしたはずだ。

 お前は一番厳しい師匠につけばいいんだよ。

 誰よりも資質は高いんだから、贅沢この上ないぞ」


巌剛は大いにうなだれた。


もちろん、巌剛が幻影を嫌う理由はある。


為長はそれを告白させようとしているのだ。


これも、師匠から弟子への試練だった。


「…俺は、生き残ったことで、幻影が怖いんだ…」


「ああ、熊鍋の件かい?」と為長がさらりと言うと、願剛の頭部の毛が一気に逆立った。


「…熊鍋?」と春駒が聞くと、願剛は今度は耳をふさいだ。


為長が幻影に聞いた昔話をすると、「腕に噛み付かれてすぐに、よっし! 熊鍋! と考えた… ねえ…」と春駒は眉を下げて言った。


「そりゃ、生きるのがつらいほどの恐怖だな。

 出来が悪かったら熊鍋とか言われそうだ」


為長の言葉に、「…もう、やめてくれ…」と願剛は頭を抱え込んで大いに嘆いた。


「だが、このトラウマが治らなかったのか…

 喜怒哀楽の姿を見ただろ?」


為長の言葉に、「…なんだそれは…」と巌剛は不思議そうな顔をしていった。


「温泉ばっか入ってるから、幸運を逃がすんだ」


為長の言葉に、「…すまん…」と巌剛は素直に謝った。


そして桔梗が気を利かせて喜怒哀楽に変身すると、「…おお…」と巌剛はうなってから、笑みを浮かべた。


「熊鍋」と為長が言うと、「…はぁー…」と願剛はため息をついただけで、もう恐怖はなかった。


「俺が総代だが、ずっとは面倒を見られん。

 だから率先して、師範代を捕まえては修行をつけてもらえ。

 お前だったらすぐにでも、能力者の道は開けるはずだからな。

 その一部に温泉に入ることもあるのだが、

 これからは何事も程ほどだ」


「…わかった…」と巌剛は言って、素直に為長に頭を下げた。


「…まだ覚醒していない頃の話なのに、

 やっぱ真田師匠はすげえな…」


為長は尊敬の念を込め、大いに感心して言った。


「どれほど前なの?」と春駒が聞くと、「師匠が十三の時だったそうだ」と為長が答えると、「…普通じゃないはずだわ…」と春駒は言って眉を下げた。


為長は巌剛を見入った。


「そもそも、相手の強さを判断できなかったお前も悪い。

 野性の本能で、強者か弱者はわかっていたはずだ」


「…あいつは、いないはずだった…

 いきなり、間に入ってこられたんだ…」


巌剛の嘆くような言葉に、「…はあ、そういうこと…」と為長は言って納得した。


「山がやせていたのかい?」と為長が矛を収めて聞くと、「夏の日照り続きのせいでな」と巌剛が答えた。


「そういうの、何回もあったからなぁー…

 逆に水害で、全部流されたこともあった…

 農家にとっては、つらい思い出でしかないなぁー…」


為長が感慨深げに言うと、又蔵は瞳を閉じてうなづいた。


「ま、どっちにしてもだ。

 トラウマがなくなったのなら、

 幻影師匠の弟子となれ」


為長の言葉に、巌剛が、「…うう…」とうなると、春駒が、「あははは!」と愉快そうに笑った。


「俺は特別授業に重ねて特別享受をするほど暇じゃねえ。

 飯食ったら寝る前までに、幻影師匠の弟子になれ」


巌剛は深いため息をついて、「…わかった…」と言ってから、ぼそぼそと食い始めたので、「いやなことは早々に済ませっちまえ!」と為長は叫んだ。


すると、「おう」という巌剛の覇気のない声と、「はいっ!」という元気な桔梗の声が聞こえたので、為長は眉を下げて桔梗を見て、「…お前には言ってないから…」と言った。


「…お勉強の日々、つらかったぁー…」と桔梗が嘆くと、「まだ始まったばかり」という為長の教師の言葉に、桔梗は大いにうなだれた。



そのころ安土城では、今後の様々なことについて会議が行われていた。


もちろん、現在大注目の為長の周りについてのことだ。


まずは為長にすべてを託すのか、琵琶家も口を挟むのかという基本的なところからだ。


信長としては常に天草家に寄り添いたいところなのだが、さすがにそうもいかない。


とはいえ、見ておかないわけにも行かない。


為長は優秀とはいえ、まだ十八の若年でもある。


信長たちが思いもつかない、突拍子もないことをしでかすかもしれないのだ。


この件については、幻影の数々の自己犠牲を例に上げたので、説得力は高まった。


「師匠から見て、為長殿は私よりも卓越しているものと。

 できないことはできないと、手を出さず見ているだけでございます。

 しかし、手を出したいという気概も感じますが、

 まだまだ足手まといという想いが強いように感じます。

 よって、誰よりも現実を知っているといっていいかと」


幻影の言葉に、「積極性が足りぬというわけでもないのじゃな?」と信長が聞くと、「実戦での手助け以外については、積極性の塊です」と幻影が眉を下げて言うと、信長は外に見える完成間近の遊園地を見て、「…そうだった…」と呟いて眉を下げた。


「それほどに、十六天神将が優秀なのでしょう。

 しかもその指導者は為長様ですから」


「…はあ… 悔しいなぁー…」と信長は少し気弱に言った。


「特に十二神将は動物ですが人の神。

 ただの能力者が専門家の団体にはどうしても勝れないでしょう。

 まさに一致団結を念頭において指導し、

 指示を与えているようですので。

 そこに輪をかけて、小規模から中規模の事態に対応できる四天将がいます。

 どうあがいても、ただの能力者集団では太刀打ちできません」


「…多少の応用が利く専門家か…」と信長は大いに嘆いた。


「それよりも心配なのは、

 為長殿の更なる能力の開花を果たすことです。

 もちろんこの件も、積極性の高い件でございます」


「くっ!」と信長はうなって、悔しそうな顔をした。


そして、「…不幸を、察知できるやも知れぬ…」と信長がうなると、「御意」と幻影はすぐさま同意した。


「そうなれば、独自にと行動することでしょう。

 我ら琵琶家は、為長殿にお伺いを立て、

 予約をしておく必要がございます。

 もっとも、学生のうちは、それほど無謀な真似はしないでしょうが」


幻影が言い終わると、廊下に巌剛の気配を感じた。


幻影は振り返ることなく、「どうした、巌剛」と言うと、「…為長に、お前の弟子となれといわれた…」と少し小さな声だったが、はっきりと聞こえた。


幻影は大いに怪訝そうな顔をして、「…まったく事情がつかめん…」と腕組みをして考え込んだ。


「巌剛! 近こうよって、一から事情を説明せよ!」と信長が叫ぶと、障子が開いて、大いに眉を下げている獣人の巌剛がいた。


そしてすばやく部屋の中央に歩き、信長の正面に座って頭を下げた。


「…始めは、俺をさらに高めるのは、

 為長しかいないと思って、ずっと狙っていた…

 もちろん、俺の師匠としてだ…」


そして今までの想いも語り、そしてトラウマの件も話すと、「…迂闊だった…」と幻影は言って反省した。


「…出会いは人間と熊だったからな…

 …熊にとって、意味がわかれば熊鍋は禁句じゃわい…」


信長が半分ほど笑いながら言うと、動物の気持ちがわかる長春と桃源だけは、眉を下げていて意見があるようだった。


「近い仲間のことがわかっていなかったなんて俺もまだまだだが、

 お前もお前だと俺は思うが?」


幻影の言葉に巌剛は、「…反抗すれば、手のひらを返して去勢して熊鍋…」とつぶやいたので、「人間が正しく察してやるべきじゃったという結果じゃ」とここは信長がすべてを収めた。


幻影は小さく頭を下げて、「今でも、為長に師匠でいてもらいたいのか?」と幻影が一番肝心なことを聞くと、「学校を卒業すれば、できればそうしたい」と願剛が言うと、幻影は少しため息をついてから、「為長には、教師になる道もある」という言葉に、誰もが目を見開いた。


「…今と、生活を変えんつもりか…」と信長はうなって、わなわなと震えた。


「いまさらながらに教師として頭角を現した、

 寅三郎殿と志は同じです」


幻影の少し厳しい言葉に、寅三郎は無表情で頭を下げた。


「孤独で無愛想。

 だが、二度目の長い旅に出て、

 見える世界が変わってしまった。

 まずはお凜の出現。

 そして、琵琶家以外の大勢の仲間。

 さらには、ナンシー殿の教師としての実力。

 大きな家となった酒井家は、

 まずは真の殿様が再修行を始めた。

 それほどに、安心できる家族を手に入れたからだ。

 さらに都合がいいことに、魔王に覚醒した。

 よって、特に琵琶家に寄り添う必要はないのだが、

 義理を通してくれている」


幻影は言って寅三郎にゆっくりと頭を下げた。


「だがそれと同時に、

 寅三郎殿がここにいる理由もある。

 それは、御屋形様のような、不幸を察知する術を持っていないこと。

 これさえあれば、寅三郎殿にここにいる必要などはないと俺は思っている」


幻影のさらに厳しい言葉に、「その通り」と寅三郎は短い言葉で堂々と言った。


もちろん、理由はひとつではないが、細かい事情など必要ではない。


大まかに言えば、幻影の言葉が一番正しいのだ。


「利用されるのならば、利用しましょうぞ」と寅三郎が燃える目を持って言霊を放つと、「いつぞやは失礼した」と幻影はここは素直に謝った。


結局は、寅三郎との組み手で、幻影が手を抜いていたことが発覚していたからだ。


「なんなら、織田信長を瞬殺してもよい」


寅三郎の言葉に、真っ先に蘭丸が動こうとしたが、「幻武丸を折る!」と寅三郎が叫んだ瞬間に、蘭丸は力をなくしていた。


「あんたはついに、失敗した歴戦の猛者たちと同じになった。

 この先は転生して、すべてを悔い改めよ。

 なんなら、魔王との絆を解いてやってもいい。

 今すぐに決めろ!」


寅三郎の厳しい言葉に、幻影は真顔になっていた。


「父上! はせ参じました!」


廊下から為長の声がすると、「入るがよい!」と信長はすぐさま答えた。


「酒井寅三郎、お前を断罪する」


為長の穏やかだが気合の入った言葉に、寅三郎は大いに戸惑った。


その瞬間に、為長がさらに大きくなったように思えた。


「…お師様もお師様です…

 手抜きは言語道断です…」


為長が眉を下げて言うと、「…大失敗だったな…」と幻影は素直に言って、為長に頭を下げた。


「たとえお師様に落ち度があろうとも、

 今の暴言は聞き捨てならぬ。

 寅三郎の家族の前で、完膚なきまで叩きのめしてやる」


為長に躊躇はない。


さらには、鬼となったあの弁慶を、汗ひとつかくことなく打ち破り、萬幻武流師範代総代の地位を、実力で手にした。


さらに、今の寅三郎には、為長に勝てる自信はなかった。


「先ほどの威勢のいい言葉はどうした。

 酒井寅三郎」


「…どのような罰でもお受けします、為長様…」と寅三郎は自分自身を恥じて頭を下げた。


「…幻武丸って折れるのですか?」と為長が蘭丸に穏やかに聞くと、「…俺の心が折れておった…」と蘭丸は言って、大いに後悔してから反省した。


「しかも、御屋形様を瞬殺するとは…

 できるわけないのに…」


為長の言葉に、「みなまで言うなよ」と信長は真剣な目をして言ってから、にやりと笑った。


「その前に、私が手を出し、

 殺さぬように、達磨にしていましたから。

 そして家族に、寅三郎はこれほど愚かだったと具に説明します。

 もちろん、寅三郎がお家転覆とばかり、

 御屋形様の地位を狙ったわけではないのでしょうが、

 お師様の手抜きには怒り心頭となったのでしょう。

 だが、そんなものは逆恨みのようなもの。

 その時にひとりを除いては、誰も気づいていなかったはずですから。

 よって、すべてにおいて、お師様が一枚上手だったのです。

 そしてそれが発覚してすぐにこの騒ぎ。

 酒井寅三郎、恥を知れ!」


ついには、為長が声を荒げた。


寅三郎は為長この言葉を聞いて、ようやく目が覚め、「もうしわけござらんかった!」とひたすら畳に額をつけていた。


「結局、統率力のあるナンシー殿にも白旗を揚げ、

 さらには人間でしかないお師様に何とか勝てた。

 その屈辱が、寅三郎を包み込んでいたのでしょう。

 でも、人間臭くて、悪い気はしません」


為長の言葉に、「よーく、理解した」と信長は言って頭を下げてから、満面の笑みを為長に向けた。


「為長、今後すぐに行うお前の行動を教えてくれ」


信長の懇願の言葉に、「不幸を察知する能力を手に入れます」という返答に、「…やはりそうか…」と信長は言って眉を下げて肩を落とした。


「その手がかりはもうあって、

 春駒とともにであればできるでしょう」


「…すぐにでもできそうだ…」と幻影は言って苦笑いを浮かべた。


「いかんせん、相手は全員神なので、

 人間の窮地を救うなどという、

 正義の味方のような考えなどありません。

 ですが、目の前にある不幸は、何とかしたいとは思うでしょう。

 よって、春駒以外に頼む相手はいないのです。

 あとは、桔梗でしょうか…

 喜怒哀楽は、私の案に必ずや乗ってくれるでしょうし、

 エッちゃんは、人間からついに神にでもなりそうですけどね。

 そうなってもいいと、エッちゃん先生は考えていると思うのです」


「随分と、楽しそうじゃったからな」と信長は言って何度もうなづいた。


「酒井寅三郎の処分はお任せいたします。

 いきなり家を飛び出したので。

 家族のみんなが心配していると思いますので帰ります」


為長が言って頭を下げると、「おう! 大儀であった!」と信長は満面の笑みを浮かべて叫び、為長を見送った。


「…何度も地面に埋められるのは、さすがに嫌だなぁー…」


源次が少し震えながら言うと、「…経験は重要だぞ?」という幻影の明るい言葉に、源次は大いに眉をしかめた。


「ま、いずれは幻影とも相対することじゃろう」


信長の言葉に、幻影は大いに眉を下げて、頭を下げた。


「ナンシーを呼べ」という信長の言葉に、寅三郎は体を震わせ、幻影はすぐさまナンシーに念話を送った。



「…はあ… やっちゃったのね…」とナンシーは眉を下げて言った。


「…お父さんがだめな人になっちゃった…」とお凜が泣き顔を浮かべて言うと、寅三郎は大きなショックを受け、胸を押さえつけた。


「魔王といっても能力者としてはまだほとんど何も見えていないはずなのに、

 迂闊で無謀すぎるわ。

 私が寅三郎様のようになると初めは思っていたのに、

 逆になっちゃったわね。

 それに、側近として大勢ついているのに、誰も止めなかったのね…

 その点も大問題だわ…」


ナンシーの言葉に、マッドスタックを筆頭にして、すぐさまうなだれた。


「ナンシーが罰を決めてくれ。

 ワシとしては決めかねておってな。

 もっとも、酒井家と縁を切ることなど考えてもおらん。

 根底は、萬幻武流への反抗心じゃ。

 もっとも、門下生を外れたはずなんじゃが、

 今頃になって騒ぎを起こすとは」


まさしく正論の信長の言葉に、寅三郎は一時期の感情の乱れに従ってしまった自分自身を責めた。


「酒井寅三郎一味は喜笑星獣王城に蟄居。

 メルシー・ガッツ、源弁慶、加藤沙織を獣王星獣王城に移ってもらいます」


ナンシーの言葉に、「あ」と信長は言って、ナンシーに向けてにやりと笑った。


「…為長様と戦う準備をいたしますので…」というナンシーの言葉に、「ふん、よう言うた」と信長は鼻で笑って言った。


「ついさっき、為長は言葉だけでお蘭を負かしおったのじゃぞ?」


信長の言葉はまさに衝撃的で、ナンシーは寅三郎を見て、「本当なの?」と聞いた。


「…あの洞察力と、幾重にもある探知能力は普通ではない…」


寅三郎の言葉に、「…転生したばかりなのに、人それぞれで様々なのね…」とナンシーは眉を下げて言った。


「…まさか、神の力の関与や守護は?」


「まったくなく、守られておらん」


寅三郎の言葉に、ナンシーは絶望感を味わった。


だが、萬幻武流師範代総代とは戦う必要があると感じていた。


「そんなもの、為長が許すもんか。

 それに、十六天神将はそれ以外の者たちに仲間意識はなく、

 同じ家に住んでいるだけという一線引いた考えを持っている。

 為長は、神たちの信者のひとりにしか過ぎん。

 本来ならば、神の守護はあるのじゃろうが、

 為長が望まん限り、神は勝手なことはせん」


「…はあ… その通りですわ…」とナンシーは納得してうなだれた。


「…天草御殿に住もうかなぁー…」とお凜がいい始めたので、ナンシーも寅三郎も目を見開いた。


「あ、いいね、一緒に行くよ」とファイガが明るく言ったので、「行こう行こう!」とお杏が陽気に叫んでファイガに寄り添って、ナンシーの子供たちは部屋を出て行った。


「…捨てられた気分…」というナンシーの言葉に、誰もが大いに苦笑いを浮かべていた。



「こんばんは―――っ!」と、天草家の玄関で陽気な声が聞こえた。


「お凜ちゃんだ!」と桔梗は満面の笑みを浮かべて部屋を出て廊下を走って、お凜たちを歓迎した。


「やあ、いらっしゃい」と為長が歓迎して挨拶をすると、「お世話になりますぅー…」とお凜が照れながらいったので、「え? どういうこと?」と為長は大いに戸惑って聞いた。


「うふふ… ここに住みたいって!」と桔梗が明るく言うと、「…なんだか、面倒なことになってきたな…」と為長は眉を下げて嘆いた。


「…それに…」と為長は呟いて、人型のファイガとハイネに、しっかりと頭を下げた。


「だけど、ナンシー様がいなくて大丈夫なの?

 まだ修行中のようだけど…」


するとお凜は、神たちに向けて拍手を打って、頭を下げて、心の中で願いを言った。


「うん、いいよ」と四郎が言ったので、為長が大いに目を見開いた。


すると、水の神と水の妖精が飛んできて、お凜の肩に止まった。


「…お母さんよりもすっごぉーいぃー…」とお凜は言って、「ありがと!」とお凜は四郎に向けて礼を言った。


そしてムングが、「…ここにいるだけで、すっごくご利益がありそう…」と呟いて、土の神の五芒と土の妖精に頭を下げた。


「お料理、上手なんだって?」とハイネが為長に聞くと、「家庭料理でしかないから」と為長が言うと、「…食べたいなぁー…」とハイネがねだったので、吉乃と睡蓮がすぐさま立ち上がって厨房に走った。


「…俺の出番って、もうほとんどなくてね…」と為長が眉を下げて言うと、「もう、そんなにすごいんだ!」とハイネは明るく言った。


吉乃と睡蓮がお凜たちにすぐに配膳すると、大いに礼を言って、「あー… おいしいー…」と真っ先にハイネが言って、満面の笑みを浮かべた。


そしてプリンのデザートに、誰もが大いに陽気になった。


腹ごしらえが終わった後は、生まれたばかりの菩童と皇陽に大いに興味を持って、赤ん坊観察を始めた。


「…あれ? 桜の文様?」とお凜が言うと、「あら、ほんと」と春駒が穏やかに言って、皇陽の額を優しくなでた。


すると、「…おいおい…」と為長は不思議な感覚にさいなまれ、まずは桔梗の額を見た。


そこには笑っているように見える桜の文様があり、天照大神たちと桜良にも、それぞれの感情の桜の文様が浮かび上がっていた。


「…なんと高貴な…」と為長は言って、拍手を打って、四人に頭を下げた。


「完全になった、といったところのようですわ」と春駒が笑みを浮かべて言った。


「皇陽が、ペットとしてお凜ちゃんを望んだようです」


春駒の言葉に、「…もうやめて…」と為長は大いに眉を下げて弱音を吐いた。


そして四郎が、「運命だよ、兄ちゃん!」と陽気にいったので、為長はさらに頭を抱え込んだ。


「まあいい… 父ちゃんに言いつける…

 なんなら、母ちゃんの方がいいか…」


為長がうなると、「今日はやっぱり帰るね!」とお凜は慌てて言って、桔梗と皇陽に丁寧に別れの言葉を述べて、そそくさと帰って言った。


「水っ子たちもついていったけど、いいのか?」と為長が言うと、「はい、罰です」と四郎が言ったので、「…ひでえな、お前…」と為長が嘆くと、春駒は、「あははは!」と陽気に笑って、桜の花びらを噴出させた。


「…ナンシー様の心が折れなきゃいいが…」と為長は眉を下げて言った。


「ま、力関係は大いにわかった。

 それに、母上にかなり恐怖していることもよくわかったし。

 まあ、苦手と言った方がいいか…」


「ええ、素晴らしい威厳をお持ちですわ」と春駒が穏やかに言った。


「それに、悪魔の母に子も悪魔。

 しかも子は男悪魔なので、

 その絆はさらに深いものだと察します」


「…それ、忘れてた…」と為長は呟いてから少し笑った。


そして、「母ちゃんも、父ちゃんみたいに怖くなるんだろうなぁー…」と為長はうんざり感をあらわにして嘆いた。


「為長様が平然としておられても、

 ほかの方はそうは行きませんからね。

 それほどに、家族の絆が深いのです。

 ですが、もうそれほど小さい子と言うわけではないので、

 一緒に住む必要はないものと。

 家を出て、独立したということでよろしいでしょう」


「ああ、大いに賛成する」と為長は言って、ようやく笑みを浮かべた。


「さらに追い風が吹いたのは、

 遊園地建設という一大事業に対する様々な良き思惑と積極性です。

 それにすべてが従ったのです。

 もちろん、喜怒哀楽も為長様の想いに協力したのです。

 残念なことに、神の出番はありませんでした…」


春駒が少し嘆くと、「いいや、隣にいてくれて心強いさ」と為長は言って、春駒の肩を抱いた。



程なくして就寝することになったが、春駒はふたりの子をずっと抱いて見守ると言うので、為長は大いに反対した。


もちろん、四郎も為長の味方についたので、春駒は渋々自分の社に行って穏形した。


「やっと、思う存分に抱けるが、寝ちまったな」


為長は残念そうに言うと、まずは皇陽がパッチリと目を開けて、「うれしいよ、とと様」とはっきりと声に出して言った。


為長は夢でも見ているのかと思ったが、確実に現だと確信して、「…俺にだけ話すんじゃない…」と眉を下げて皇陽に言った。


「はは様、駄々こねるもーん」


皇陽の言葉に、為長は声を殺して笑った。


「姉ちゃんに賛成」と今度は菩童までも話し始めたので、為長は大いに苦笑いを浮かべていた。


「…ばれたら離縁、かな?」と為長が眉を下げて言うと、「ううん、大丈夫だよ、とと様」と菩童は穏やかに言った。


「お兄ちゃんとばかりお話しちゃやだぁー」


皇陽の言葉に、「いや、待て。どっちもがお兄ちゃんにお姉ちゃんか?」と為長が皇陽に聞くと、「うん、あだ名」と即答した。


「わかった、しっかりと覚えておこう」


為長の言葉に、二人は笑みを浮かべて、手をつないだ。


「四郎と桔梗の兄妹とよく似ていると感じた」


「うん、真似っこだったけど、

 今は心から」


皇陽の言葉に、為長は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「やはり、穏やかで仲のいい家族が一番だなぁー」と為長が感慨深く言うと、二人とも眠っていたので、為長は笑みを浮かべて、背の低い赤子用の寝台にふたりを寝かせて、為長も眠った。



為長が夢から現実に移行すると、寝台から赤子たちを抱き上げる気配を感じた。


まだ姿を確認していないが、「…おはよう、春駒…」と為長は挨拶をした。


「おはようございます」と春駒は笑みを浮かべて答えて、赤子ふたりの顔を見て笑みを浮かべた。


「今朝はどこに行っておられたのかしら?」


「今回は星の名前があった。

 この喜笑星と似たような文明文化の、

 ミッテランテという星だった。

 多くの国があって、まさに戦国時代そのものだった。

 どこに行こうが、我が母星の日の国と変わらんようで、

 強さを競い合い、領地を奪い合うものなんだなぁー…」


「四郎様は随分と怒ってらしたのでは?」


「最近はそうでもないけど、ため息はついてるな。

 どこに行っても戦い戦いで、

 こちらが強いと媚を売ってくるところまで同じだ。

 …つぶしてやろうかぁー…

 とうなることが、最近の四郎の口癖のようなものだ」


古い神の一族だけに許されている願いの夢見に、為長は四郎に導かれてほとんど毎晩戦っている。


夢とはいえ、相手側は現実なので、殺さずは必ず守る。


為長の急成長は、この願いの夢見に参加することで得られたものだ。


もっとも、対する相手を萬幻武流の門下生のようには扱えないので、かなりの手加減を要求されるが、普段は使わない術を多用する。


願いの夢見は願いあってこそのもので、四郎は意図的に戦場を選んでいる。


今は極力、多くの命を救うことに専念しているからだ。


そしてよく聞く言葉があり、『万有源一様はお元気ですか?』だ。


一時期は、この窮地に立たされた願いが枯渇したこともあったようだが、わずかに放置するだけで元の木阿弥となっていたが、四郎の話によれば、かなり少なくなっていると言った。


「覚醒してから今日まで、

 随分と強くなったと感じているよ。

 四郎に関しては、怒ることに磨きがかかって来た」


「あら、怖いわ」と春駒は言って穏やかに笑った。


「…ねえ… 隠していること、あるわよね?」と春駒は為長を見て聞いた。


「昨日体験して話していないことはあるから、

 意図して隠しているわけではないけど?

 知りたければ言ってもいいぞ」


「…あら… 何かしら?

 それを知ることが楽しみになってきたわ…」


―― ほう、こういうことかい… ―― と為長は考えてほくそ笑んで、身支度を整えてから厨房に行って、ふたり分の朝餉の弁当を作り上げた。


寝ぼけ眼の吉乃と睡蓮がやってきて、三人は挨拶を交わした。


二人は大いに気が引けていたが、朝餉がわずかしかないので不思議に思ったようだ。


「今日から朝餉は安土城で摂ることに決めた」


為長の言葉に、吉乃と睡蓮は顔を見合わせて笑みを浮かべた。


憩いの部屋に行くと、神たちは軍人のようにして社から姿を見せた。


為長たちは二つ拍手を打って頭を下げて、「おはようございます」と挨拶をすると、「おはよー!」と陽気な神の声がすぐさま返ってきた。


「…為長様、たまには遊んでぇー…」と人型の鼠の神のまん丸がねだってきたので、「均等に付き合うことが難しいから、もう少し待って欲しい」と為長は眉を下げて答えた。


「まん丸ちゃんだったらいいよ!」と蛇の神のレミーが言ったが、ほかの神は意見があるようだ。


「満場一致ではないので、

 レミーの意見は却下」


「君たちはあまり兄様に甘えない」と四郎が言うと、「…四郎様は毎晩、為長様とお出かけしてるじゃなーい…」と兎の神のチャッピーが苦情があるように言った。


「仕事だよ」と四郎が堂々と言うと、「…眠ってても、お仕事してた…」と神たちは呟いて、四郎に一斉に頭を下げた。


ここは余計なことは言うべきではないと思って、為長は黙っていた。


もちろん、仕事は間違いではないが、四郎にとっては半分以上、大好きな為長と一緒にいることが、ある意味遊んでいるようなものだった。


「…戦いの場所じゃなかったら一緒に行きたい…」と桔梗が悲しげに言うと、「じゃ、今夜は戦うことがない場所に、みんなを誘うから」と四郎は少し頬を赤らめていった。


―― 悩み事相談だけに乗るわけだ… ―ー と為長は察した。


「…ああ、願いの夢見は何年ぶり…

 それも、戦場じゃないところばかり…」


桜良は笑みを浮かべて明るく言った。


なぜだか夫の万有レスターもここにいて、為長と丁寧に挨拶を交わした。


レスターは神という種族なので、十六天神将たちとの相性はいいので、ほぼ仲間扱いだ。


為長たちは早速戦艦に乗り込んで、まるで移動を楽しむように、神たちは外の景色を見入っている。


だが、訓練場についたとたん、為長の様子が変わったので、神たちは誰も話しかけなくなった。


為長は門下生に会うたびに、挨拶を交わしていく。


まさに、師匠である幻影のまねをしているのだ。


幻影は必ず日に一度は、すべての門下生と話をしてスキンシップを図る。


磐石な師匠の大切な行動でもあるのだ。


「父上、もうしわけありませんが、

 今日から朝餉は安土城でいただきたいのです」


為長の言葉に信長は目を見開いて、「…ついにこの日が来たかぁー…」とうなってから号泣を始めた。


「…朝っぱらから暑苦しい…」と濃姫は涼やかに言って、為長と挨拶を交わして、お志摩をさらっていった。


為長は総代でもあるので、気になったものに張り付いて、個人的な享受をする。


今日は、やけにやる気を出している池田健五郎に寄り添って、まるで兄と弟のようにして、朗らかに修行を積む。


そして剣術などが得意ではない、才英にも寄り添って、手取り足取り指導をする。


信長は今日の訓練は、為長を見ることだけで終わっていた。


そして朝餉の席では、料理長のハイネが作ったうまい料理をご馳走になった。


そしてそのハイネが眉を下げて信長に頭を下げて、「ナンシーお母さんがどうしても為長様に一手ご指南をと言っているのです」と告げると、信長はまさに好々爺となって、「どうする? 為長」と隣に座らせている為長に聞いた。


「はい、一向に構いません。

 昼餉のあとにでもお付き合いしましょう。

 場所は、安土城の訓練場でかまわないでしょう。

 正確な時間は、学校標準時の午後二時とします」


為長の言葉に、信長は何度もうなづいたが、ハイネは心配そうな顔色を変えなかった。


「何回も埋めちゃうぞ?」と為長が言うと、ハイネは今にも泣きそうな顔になった。


「でも死ぬことも怪我をすることもないから。

 弁慶様よりもさらに安全に埋まるからね」


「埋めるのが前提か?!」と信長は叫んで、大いに笑った。


「埋めるのは、安全に拘束するためと、

 わかりやすい勝敗の区別ですから」


「…なるほどのぉー…」と信長は右手であごをなでて何度もうなづいた。


「できれば、寅三郎も連れてきてください。

 門下生ではありませんが、門下生であった事実はあります。

 なんならもう一度、

 門下生として鍛え上げてもいいのです。

 そうすれば自分が今いる位置を正確に知ることができるはずです」


「おう! わかった! 源次! お志乃! 任せたぞ!」と信長は機嫌よく言って、話は終わりとして、大いに陽気に飯を食らい始めた。


ハイネは最後には笑みを浮かべていて、為長に丁寧に礼を言って厨房に消えた。


「…寅三郎は、怪我をするかなぁー…」と為長が小声で言うと、「死なねばよい」と信長は真剣な目をして言って、幻影に笑みを向けると、「もう萬幻武流の師匠でもいい」と幻影は為長に言った。


「いえ、それは時期尚早でございます。

 さらに言えば、私は魔具をいただいておらぬ半端者でしかございません」


「あ、為長は自分で作ってくれ。

 それも修行で」


幻影の気さくな言葉に、「心得ました」と為長は涼しい顔をしていったが、―― こりゃかなり厳しいが… ―― と心の中ではあせっていた。


だが、為長にふさわしい魔具はあると思って、心の底から笑みを浮かべた。



「学校に大いに関係する、

 隣にある遊園地の件でお話があります」


教師に返り咲いた志乃が真剣な目をして、教室にいる生徒たちを見回して言った。


「従業員を募った結果、

 多くの学生が手を上げてくれました。

 よって、今すぐにでも遊園地は開園できます」


志乃の言葉に、静かに高揚感が湧き上がった。


「ですが、今日の午後からは勉強会を三日間執り行ってからの、

 学校の休日から開園する予定です。

 広い施設ですが、第三者の専門家も雇いました。

 現在は審査と検査中ですが、

 その専門家が感嘆していたほどなので問題はないでしょう」


生徒たちは満面の笑みを浮かべていた。


「この遊園地を利用して、

 学生同士のコミュニケーション能力も上げていってください」


「はい! 先生!」と生徒たちは息もぴったりに高揚感を上げて返事をした。


そして発案者である為長を見て、全員が拍手をした。


「なお、大人の事情の件もお話しておきます。

 遊園地の所有は安土城と竜神城となります。

 よって収益は二つの城で折半です。

 そして遊園地の代表者で園長は、

 発案者でもある織田為長君の声が、

 両方の城で多く上がっています。

 もちろんまだ学生ですし、教師からは躊躇する声もありますが、

 織田君に意見はあるかしら?」


為長は考えながらゆっくりと立ち上がり、「もしも、お飾りの園長であればお受けできます」と為長が堂々と言うと、「逆のことを言うって思ってたわ」と志乃は言って少し笑った。


「もしも引き受けるのなら、

 信頼できる三名ほどを副園長として指名します。

 もちろん、私も園長として、

 時間があれば園内の見回り程度はすることになるでしょう。

 この件は少々時間がかかりそうですので、

 まずは代理の園長を置いていただきたいのです。

 御屋形様に奥様の濃姫様、真田幻影様と奥様の胡蝶蘭様であれば、

 腰掛でも同意してくださると思います」


志乃は首を横に振って、「…どちらも断るわけないわ…」とフランクに言うと、為長は笑みを浮かべて席に着いた。


「ところで、卒業したら学校の教師になるの?」


「今はそのつもりです」と為長は即答した。


「うふふ、大歓迎だわ」と志乃は言って、ショートホームルームを終えて教室を出て行った。


「…言い切れることがすごいわ…」とお志摩が眉を下げて言うと、「信頼できる副園長のひとり目の候補」という為長の言葉に、「…私は遊びたい方なんですけどぉー…」とお志摩は唇を尖らせて言った。


「…濃姫様のお言葉としたら?」


「…涙を流してお受けするしかないですぅー…」とお志摩はまさに涙を流して呟いた。


「副園長が遊園地で遊んではならないという規則はないし、

 従業員が客として入園できないなどという無体な規則は作らない。

 だが、混んでいる時は避けるべきだろうし、

 運営者側としては、それほど羽目は外せない、

 ある程度は妥協して、モラルをもった行動が必要だろうな」


「…それで、十分だわ…」とお志摩は今度は笑みを浮かべて呟いた。


「それから遊ぶ場合、

 運営者側としての安心感を得るための確認と

 堂々と言っておくのもひとつの手だろう。

 そしてどれほど楽しいのかを、

 身を呈して嘘偽りなく表現すれば、

 少々怖がっている小さな子たちも安心できるはずだ」


「…おー…」と生徒たちは一斉にうなって、為長に拍手を送った。


「…言われる前に、副園長受けるぅー…」とお志摩は満面の笑みを浮かべて言った。


「ま、あとふたりだが、

 ひとりはお雅に決めたいんだけど、

 能力が戻ってからだな」


お雅も当然、登校はしているが、以前の明るさはもうない。


為長の言葉に少しだけ反応したが、それほど興味が沸いていないようだ。


「能力が戻ったら、アトラクションで大いに使えるのだが…」


為長の言葉に、お雅は勢いよく立ち上がって、「私は見世物なんかじゃない!」と、大いに憤慨して叫んだ。


「お師様だったら、道化師に扮して園内を見回ると思うぜ。

 なんだったら園長は、真田師匠にお任せしてもいいほどだ」


為長の言葉に、お雅は力をなくして椅子に座った。


「俺も師匠の真似して、ピエロ修行でもしようかなぁー…」と為長がつぶやくと、春駒がくすくすと笑ってから、「よろしいかも」と同意した。


―― 私は道化師なんかじゃない、私は… ―― とお雅はここまで思って、お姫様気質が沸いていたことにようやく気づいた。


―ー 私を守る城などもうない… ―― とお雅はようやく再認識した。


―― だったら、道化師でも農業従事者でも、何でもこなさないと、

   生きていく価値はない! ――


お雅が心に強く念じたとたん、次元解となっていた。


「…おー… 戻ったぁー…」と為長が拍手をすると、誰もが追従したが、まさに次元解に怯えていた。


そして次元解は八つある目から涙を噴出して、「私も教師になる!」と叫んで、変身を解いて席に着いた。


「言っとくが、今回の遊園地がらみの家庭教師の件で、

 教師のなり手は案外多いはずだぜ。

 だけど、この分校だけではなく、

 ほかの分校からもお呼びはかかると思うから、

 職にあぶれることはないかもな」


「…うう… …あと一年弱で、なんとか生き残らないと…」とお雅は言って、一時間目の準備をして、予習を始めた。


「さらに極めるのなら、教科書は正確に丸暗記だな」


為長の厳しい言葉に、「…できるもーん…」とお雅は陽気に言って、教科書をとんでもない速さで読んでから、机の下の棚に戻した。


「ま、それができたら、次は応用力の問題だ」


為長の言葉に、融通の利かないお雅は大いに焦っていた。


「どうするんだい?

 ほぼ新築改装した天草御殿に戻ってくるかい?」


為長の言葉に、お志摩は大いに喜んだ。


だが肝心のお雅の様子がおかしい。


もちろん、為長が春駒と婚姻をしてしまったからで、住みづらいと思っても当然だろう。


「…戻らない、と思う…」とお雅は呟いた。


「まだなんともいえないんだが、

 酒井寅三郎様とナンシー様は離縁されると思う。

 お雅が寅三郎様のすべてを気に入れば、

 嫁に行ってもいいと思うな。

 身分的にも申し分ないし。

 ま、こういうこともあるのだろうとだけ覚えておいて」


為長の比較的いい加減な情報に、お雅は何も言わなかった。


だが相手が魔王であれば、確かに納得できる相手でもある。


しかし、婚姻をしたばかりで離縁などありえるのだろうかと思いきや、それがあった。


ナンシーが穏やかに寅三郎に三行半を突きつけたのだ。


あれほど好きだった寅三郎に、ついに魅力を感じなくなっていた。


ナンシーとしては、お凜たちがいればそれでよかったのだ。


だがナンシーは、その最後の砦も失うことになる。



この日の昼餉後の時間通りに、為長とナンシーは安土城の訓練場の組み手場に立っていた。


もちろん城内なので、一般の国民などは入ることはできず、城の関係者で埋め尽くされている。


「実は、あることをすれば、ナンシー様は半身を失います」


薄笑みを浮かべた為長の先制攻撃に、ナンシーは何も言わずに、いつも通りに左前に構えて拳を握った。


為長は表情も感情も変えないまま、拍手を二回打って、ナンシーに向けて頭を下げた。


ナンシーはなんのこけおどしかと思ったのだが、すぐさま顔色が変わり、自分のおろかさにようやく気づいた。


「今は俺が、水のサラマンダー」


為長の言葉に、「…おー…」と小さな唸り声が多く聞こえた。


「マロ様は居心地がお悪くなったそうだ。

 だがマロ様の力では、宿主から抜け出られない。

 よって、強烈な呪縛を解くために、

 十六天神将の氏子が願をかけた。

 できれば、マロ様がお楽になられるようにと。

 もっとも、今のようにうまくいくとは限らなかった。

 術でもなんでもないのでね。

 自分で言うのもなんだが、敬虔な信仰心だけ。

 だが、これは神と人との接し方であって普通のことだ。

 人間と人間の間にも、信頼関係という、

 信仰心のようなものは必要なんだ。

 あ! 俺って、人間じゃなくて悪魔だけどな!」


為長は叫んで、高笑いをした。


ナンシーは呆然としていたが、その肉体はわずかに隆起して、勇者として覚醒していた。


「悪魔ごときに、俺は負けん!」と勇者ナンシーは叫んで、右拳とともに左の前蹴りを出した。


だがもうすでにそこに為長は存在せず、背後からナンシーの腹を抱え込んで、地面に叩き付けた。


そしてナンシーの姿は消えていた。


「…おー… やっぱ、すっげえ埋まったぁー…」と為長は言って、大穴を覗き込んだが、すぐさま一間ほどすばやく下がった。


ナンシーは一瞬意識を断たれていたが、すぐさま目覚めて穴から飛び出してきたのだ。


腕と足の自由が利いたので、比較的簡単に抜け出せたのだ。


「さっすがー… ダメージはまったくなし」と為長は陽気に言った。


「…くっそ… くっそ… くっそ…」とナンシーは小声でつぶやいている。


そしてナンシーは深呼吸をするように、両腕を広げて胸を張り、多くの空気を吸い込んだ。


しかし、その瞬間に為長が目の前から消えていた。


ナンシーは緊急事態に、誰もいない前方に全力で走ったのだが、何かの力によって、きりもみをするように回転を始めてしまったのだ。


為長はもうすでに背後にいて、ナンシーが走り出したと同時に、ナンシーの右足を取って、横に回転させてから、少し上方に向けて投げ、さらには地面に向けてまっさかさまに叩き付けた。


為長は地面に足をつけて、「さて、次はどれほどで出てくるかなぁー…」と為長は言って、今度は少し狭い穴を覗き込んだ。


数秒が過ぎたあと、為長は一気に二間ほど下がった。


それと同時に、ナンシーが飛び出してきたのだが、すぐさま腰を落とした。


目が回っていて立ち上がれないのだ。


「まだまだ!」と為長が叫ぶと、ナンシーは悔しそうな顔をして、何とか立ち上がろうとしたが、また腰を落とした。


「未熟な勇者だ。

 三半規管くらいコントロールしろ」


為長の言葉に、「…できる?」と信長が幻影に聞くと、「…わずかばかりですが…」と幻影は答えて大いに苦笑いを浮かべた。


「さらに目を回してもいいのだが、

 早々に決着をつけたいからな。

 それに、お凜ちゃんたちの顔を見てみな」


為長の言葉に、ナンシーはなんとか顔を、子供たちに向けたのだが、なんと為長に向けて笑みを浮かべていたのだ。


「母親ごっこは終わりだ」


為長の言葉に、ナンシーはその場に崩れ落ちた。


「勝負あり!」と幻影は言って、ナンシーの腕をつかんで組み手場から投げ捨てた。


「…お師様…」と為長が眉を下げて言うと、「あの程度など、痛くもかゆくもないはずなのは、お前が一番よく知っているはずだ」という幻影の言葉に、「…いえ… あまりにも粗暴ではないかと…」と為長が控えめに意見をすると、「俺の気持ちの表れ?」と言ってにやりと笑って組み場から出た。



寅三郎は大いに動揺していた。


ナンシーはサラマンダーを解かれて勇者となり、身体的には実力がさらに上がっていたはずだ。


しかし結果は、為長に赤子扱いだった。


そして寅三郎は何を間違えていたのか、大いに思い起こし始めた。


「神の力で一時的に力を上げた人間に負けていたことを、

 素直に認めなかったからだ」


為長の言葉に、寅三郎はまさに正解を告げられ、「恩に着る」と言ってから、足を肩幅に広げて仁王立ちとなり、魔王に変身した。


だがその瞬間に、為長は空高く飛び上がっていて、魔王の肩にひざから降り立って、魔王を組み手場から消してしまった。


「…また埋めたが…」と信長が眉をしかめて言うと、「さすがに、いろいろと折れましたか…」と幻影は言って信長と同じ顔をしていた。


為長は地面からすばやく出て、魔王の頭をつかんで、復活の術をかけた。


「ほら、寝てないで起きろ」と為長が言うと、魔王はまだ朦朧としていた。


「…怪我がない?」と信長が怪訝そうにつぶやくと、「為長が修復したと推測します」と幻影が答えると、「…地獄じゃな…」と信長は言って、苦笑いを浮かべた。


魔王は朦朧とした中で、何とか為長を確認できたので、すぐさま右足で前蹴りを放ち、為長はまともに食らった。


だが、為長は倒れなかった。


しかも、微動だにしていない。


「なんだそれ?」と為長が鼻で笑いながら言うと、魔王は大いに目を見開いて、何度も蹴り、ついにはこぶしを握って殴り始めたが、壊れていったのは魔王の拳と足の爪先だった。


為長はまた復活の術をかけた。


「ほら、今度は腰を入れて来い」


為長は言って、魔王を地面に向けて放り投げた。


魔王は大きく足を広げて渾身の拳を向け、『ガンッ!!』という重厚な音とともに砕けたのは魔王の拳だった。


「まだまだ」と為長は言って、魔王の拳をまた修復した。


「…どれほどの気を練っておるのだ…」と信長が嘆くと、「いえ、元はといえばすべては寅三郎の気です」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「…はあ… 悪魔の副食か…」と信長は呆れるように言った。


「為長はここにいるだけで、寅三郎はひとり相撲を取っているだけと

 いっても過言ではないでしょう」


「…そうなるな…

 門下生にあれを体験させるの?」


信長が眉を下げて聞くと、「折檻用、でしょうね。折檻される方が手を出す限り続くのでしょう」と幻影は答えた。


「…参ったと思えば、手を出さなきゃいい…」と信長は呟いて、笑みを浮かべて何度もうなづいた。


寅三郎は何度も同じことを繰り返し、しかも為長が攻撃をだすことは一度もなかった。


ついには罪悪感にさいなまれ、為長が寅三郎の拳を修復した直後に、「参りました」と寅三郎は負けを認めてから、地面に座って頭を下げた。


「手打ちの拳などまったく響かない。

 お前は萬幻武流で何を習ってきたんだ?

 お前も、転生した方がいい組のようだな」


為長は言って、組み手場を出て、春駒に腕をつかまれて大いに照れていた。


「…どんな面の皮をしているのでしょう…」と春駒が不思議そうに言うと、「当たってなかっただけ」と為長が答えると、春駒は不思議そうな顔をした。


「寅三郎は、自分の負の感情を殴っていた。

 それにようやく気づいて、降参したんだよ。

 これも悪魔の術といえばその通りだが、

 魔力はまったく使わず、呼吸をしているようなものだからね。

 組み手としては反則ではないと思う。

 相手の負の感情を盾にしたといったところだろうね」


「…神でしかありませんわ…」と春駒は笑みを浮かべていって、褒美なのか、菩童と皇陽を機嫌よく抱かせた。


「あの大きな音の中でよく寝てられるな…

 まあ赤子は、安心できていれば、音は気にせんそうだが…

 俺も時々、それができていて気づくことがあるし…」


「…夢現の時ね…」


「そうだ。

 寝ていてもいいのだが、

 なぜかはっとして目覚めると、

 いきなり音が聞こえてくることがある」


為長の言葉に、春駒は笑みを浮かべて何度もうなづいた。



「さて、問題はこのマロマロ様だ」と為長が言うと、「あら、忘れちゃってたわ!」と春駒は言って愉快そうに笑った。


「父上! 所要で、獣王星に行って参ります!」と為長が叫ぶと、「おう! 行って来い!」と信長は機嫌よく叫んだ。


そして為長はお凜たちの案内で、社をくぐって獣王星の獣王城下に出た。


「あ、いたいた!」と為長は笑みを浮かべて、海の沖合いを見ている。


「ゼロス様! ポピー様!」と為長が叫ぶと、二頭のシャチは勢いよく砂浜にやってきて、変身して人型になってから、走ってやってきた。


『好機!』とマロは叫んで、ポピーを宿主としていた。


「やだ! なんか来たよ!」とポピーが騒ぎ出すと、「ポピー様にとって有効な神ですので、仲良くしてあげてください」と為長がすぐに言った。


「…あー… そうなの…

 為長がそう言うのなら…」


ポピーはまったく疑うことなく、為長の言葉を信じた。



簡単にひと仕事終えて為長は天草御殿に帰ろうとしたが、「夕餉を食っていけ」と信長が為長を誘った。


「父とお種さんの夕餉の準備をしてこなかったのです」


「…二人で何なりと食いよるわい…」と信長は言って、本丸に向かって歩いていった。


為長は又蔵に聞きたいこともあったので夕餉の件を伝えると、又蔵の大いに困った声がしたが、信長の誘いの断りを入れるわけにもいかないので、『…何なりと食っておく…』と、又蔵は仕方なく言った。


「それとはまったくの別件ですが、

 俺の生みの母親って知ってますか?」


為長の言葉に、又蔵の返答がない。


少々時間が空いた後に、『…吉乃です…』と又蔵が答えた。


「…はあ、なるほど…

 多少は予想していました。

 それから、お志摩が生まれた時ですが、

 また失敗したとか言いませんでした?」


為長の言葉に、また又蔵の返答がない。


しばらくしてから、「…そうです… また失敗したと言ったのです…」と又蔵が答えた。


「儀式の件ですが…」と為長は言ってさくらんぼの願掛け件を話すと、吉蔵と桔梗はさくらんぼだったのだが、お志摩は、「…芋、ですか?」と為長は聞き直したほどだった。


どうやら必要である子を産む方法は知っていたのだが、肝心の作物については記憶があいまいだったのだろうと為長は思った。


お志摩と吉蔵の年齢差は七才で、その間に子は生んでいないので、その間に思い出したのだろうと為長は察した。


為長は又蔵に礼を言って念話を切ろうとしたが、『…お種を後妻に取ろうと思っています…』と心の内を述べると、「はい、賛成です」と為長は間髪入れずに答えた。


また沈黙があったが、『…自信を持てました…』と又蔵は言って、為長に礼を言った。



為長の心は晴れていた。


わからなかったことをすべて知って、ほっとしたといったところだ。


夕餉の件だが、信長からの特別な用事があったわけではなく、ごく普通に食事を摂っただけだ。


「ハイネ、プリンとやらを」という信長の言葉に、人型の雅がいきなり玉子を差し出したので、ハイネは大いに眉を下げて玉子を受け取って、為長に懇願の目を向けた。


為長は吉乃と睡蓮を連れて、ハイネとともに厨房に入って、四人で楽しみながらプリンを作り上げた。


「…外には漏れていないはずだが…」と為長がつぶやくと、「…夕餉にご招待差し上げた目的ですぅ…」とハイネが申し訳なさそうに言うと、「俺に直接言えばいいのに…」と為長は言って少し笑った。


「…情報漏えいは、きっと、エッちゃん先生ですぅー…」というハイネの言葉にも、為長は大いに笑った。


四人はプリンを作りすぎるほど作り上げて、「お代わりはいくらでもありますよ!」というハイネの明るい声に誰もが喜び、そして食べ始めると無口になった。


誰もが大切そうに、ちびちびりと木匙ですくっている姿を見て、為長は声を上げずに笑った。


「玉子本舗では出しておらんようじゃが?」


信長が為長に聞くと、「まだ試作段階でしたが、どうやら商品化しても問題なさそうです」と為長は笑みを浮かべて答えた。


「今は涼しいので問題はないのですが、

 暖かいと傷みが早いので、

 しばらくは店舗で召し上がってもらおうと考えております」


為長の言葉に、「それはよくわかる」と信長は言ってうなづいてから、「代わりを」とハイネに穏やかに言った。


店舗には冷蔵庫を完備しているが、一般家庭には冷蔵装置を置いていない。


外の世界で冷蔵庫なるものがあることはほとんどの国民は知っているが、それを琵琶家が嫌っていることもよく知っているので、大きな生活の変化をさせない国政であることも理解できている。


よって、特殊な食べ物は店舗で食べることが常識となっている。


ひとつを便利にすると、二つ三つと増えていくことは、火を見るよりも明らかだ。


よって、生活様式としては、母星にいたころと何も変わっていない。


特別なものは特別な場所で消費することになっている。


「あとは、玉子と牛乳の柔らかい氷菓子です。

 これは、遊園地で売り出すことに決めています」


「…むむむ…」と信長がうなると、蘭丸が立ち上がって、為長の首根っこを捕まえて厨房に走った。


そして肝心の玉子と牛乳は、吉乃と睡蓮が雅と富豊に玉子と牛乳をもらって、ハイネとともに厨房に走った。


「うおおおおおお!」と蘭丸は大いに気合を入れて、手回し製氷機を回す。


為長は玉子と牛乳と砂糖を入れて、ゆっくりとかき混ぜ、均等に攪拌できてから手を止めた。


そして時折様子を見てから、粘りがなくなった時点で、桶を外に出して、皿に盛り付ける。


ハイネが手早く配膳をすると、また誰もが無口になって、木匙を動かすばかりだ。


「砂糖は少なめで十分だ」と為長は言って、今回の出来は最高だと、ようやく納得のいったものができたことに喜んだ。


「あとは人気がある、カカオの実ですが、

 現在貿易の商談中です。

 できれば、少し暖かい場所で、栽培をしたいと思っているのです。

 高温地での収穫物は、栄養価が高いものが多いのです。

 国民もなかなか増えてきましたので、

 暖かい場所の特産農家も必要になってくるように思っているのです」


「それは琵琶家が受け持つ。

 幻影、調べ上げて早急に生産せよ」


信長の言葉に、「御意」と幻影は答えて、この場で咲笑が人気のある温暖地の作物について説明を始めた。


農園の場所の選定も終わったので、明日から生産に踏み切るようだ。


「これで、子供たちの多くの笑みを見ることができるでしょう。

 チョコレートに関しては栄養価も高く、

 本当にうまいもだと聞いておりますので」


為長の言葉に、「…法源院屋が喜びよるわい…」と信長は言って、にやりと笑った。


「いえ、できれば、遊園地だけで販売したいのです。

 独占販売ということで。

 もちろん保存が利くことで、土産としてはありです」


「…ふふふ… それもよかろう…」と信長は機嫌よく言った。


「まずは学生だけとはいえ、

 五万ものお客が出入りしますので。

 遊園地に関しては、

 少々売り上げを上げてもいいと判断いたしました。

 それは、常に改装をするための資金が必要になると思っているからです

 よって増築と修繕に関しては、大勢の人を雇って、

 おっとり刀で安全で安心できる遊具を作り上げていった方が、

 経済面で、

 有益に銭を回わせるだろうと考えている次第です」


「…ふふふ… さすが園長だ…」と信長は機嫌よく言った。


「あとは、特別参加型アトラクションとして、

 宇宙一格闘技選手主権でも催そうかと考えています。

 萬幻武流の門下生を倒せば、特別奨励金を支払う、など…

 もちろん、隠れている逸材発掘の意味も大きいのです」


「…ぽんぽんとよく出てくるものだ…」と信長は機嫌よく言った。


「飽きることがない遊園地を目指しますので。

 ですが、学生たちの学力が落ちれば閉園もやむなしです」


為長の言葉に、学校に通っている者たちが大いに眉を下げると、信長は愉快そうに大いに笑った。


「いつもよりも輪をかけて饒舌じゃな?」と信長が怪訝そうな顔をして為長に聞くと、「ええ、それはもう!」と為長は答えて、笑みを浮かべた。


「なんじゃ? 種明かしはなしか?」と信長がにやりと笑って言うと、「少々気恥ずかしい部分もあるので…」と為長は言ってまさに照れるように頭をかいた。


「私もお聞きしたいわ」と春駒がここにいる全員を気遣って聞いた。


盗み聞きをしたわけではないが、春駒には為長の気持ちが手に取るようにわかっていた。


「実は…

 不明だった、私の生みの母親が誰なのか判明いたしたのです。

 確証も証拠もなにもないのですが…

 ですが、状況から間違いないものと判断しています。

 さらに、それ以上にうれしいことも、

 かなりの利益としてあったのです」


信長は何度もうなづいて、「…ほう… なるほどのぉー…」と言ってあごをなでながら、視線だけを食事に興じている吉乃に向けた。


「ですので、天草家を大切にしたいと思っているのです」


為長の言葉に、「…そうきたか…」と信長は言って、大いに眉を下げた。


「私とお志摩は失敗作で、悪魔を封印されていました。

 そして吉蔵と桔梗は大成功だったそうで、

 父又蔵の妻の吉乃は、

 村中を駆け回って、吉蔵と桔梗を披露して回ったそうです」


為長の言葉に、お志摩だけの時間が止まって、目を見開いていた。


「…本当の、兄ちゃんだった…」と四郎は呟いて、為長に満面の笑みを向けた。


「私とお志摩が失敗したのは。

 まじないに使った作物に原因があったようで、

 さくらんぼではなく、芋づるの芋を使ったそうです」


「不正解じゃったから悪魔となっていたかっ!!」と信長は愉快そうに大いに笑った。


「…お兄ちゃんに、いっぱいおねだりできるぅー…」と桔梗がうれしそうに言うと、「ああ、そうだな… 遠慮することなく、お勉強に打ち込めるな…」という為長の言葉に、「…はぁーい… お兄ちゃぁーん…」と眉を下げて桔梗は答えた。


「じゃがある意味、為長もお志摩も成功していたとワシは思う。

 生んだ母親の好き嫌いに過ぎんのではないかとな。

 本来ならば、お志摩にいたっては虐げられていて当然じゃと思ったが、

 それはまったくなく、誰にでも愛想はいい。

 まさに母の愛を一身に受けていた証拠でもあろう。

 状況からして、為長は母に育てられておらんのに、曲がっておらん。

 さらには指導者、先導者としてはかなり優秀じゃ。

 お前らを助けられたことを、ワシは誇りに思う」


信長の重厚な言葉に、誰もが一斉に頭を下げた。



「…今回、罰を受けて教師となった、ナンシー・ガッツですぅー…」


ナンシーは頼りなげに言って、このクラスにいる為長を見てさらに眉を下げた。


「…どのようなことでもすべて満遍なく享受することはできるはずですが、

 おごることなく、教育に専念いたしますので、

 どうか、よろしくお願いいたしますぅー…」


ナンシーはある意味性格が変わってしまっていた。


しかし、生きる希望は失っておらず、お凜を筆頭にした子供たちと離れても、自暴自棄になることはなかった。


しかも本来望んでいた勇者となったので、ナンシーとしては本望でもあったのだ。


「わけあって、

 望んでいた婚姻をしたばかりなのに、

 離縁もしたので、現在恋人募集中です。

 皆さんのご家族に素晴らしいお兄さんがいれば紹介してね?」


ナンシーの言葉に、為長は大いに笑ってから盛大に拍手をすると、誰もが一斉に追従して、ナンシーを快く歓迎した。


「巌剛様か、獅子丸様でいいと思いますよ?」と為長が発言すると、「真田様と一緒のこと言わないで!」とナンシーは叫んで、耳をふさいだ。


「…見た目だけでも、人間の方がいいのですぅー…」とナンシーは眉を下げて言った。


「だったら、萬幻武流の独身の師範代だったら、

 誰だっていいじゃありませんか」


為長の発言に、「…おー…」と生徒たちはうなってから、ナンシーに祝福の拍手を送った。


「…あ、あら… そうかしら…」とナンシーが喜んで言うと、「選び放題です」という為長の言葉に、「さらに希望がわいたぁ!」とまさに男言葉で叫ぶと、ほとんどの生徒の目が点になっていた。


もちろん、この豹変する姿を知っている生徒もいたので、苦笑いを浮かべただけだ。


「…うふふ… 織田為長君は、教師志望だと聞いたわぁー…

 残りの約一年で、じっくりと仕込んであげちゃうぅー…」


ナンシーの悪魔のような言葉に、「いえ、もう終わっています」と為長はごく普通に言うと、賢いナンシーは即座に反応して、「…ドロボー…」と気弱に言ったので、為長は大いに笑った。


ナンシーから水の神のマロを引き継いだ時に、ナンシーの持つ知識のすべてを吸収していたからだ。


よって、今までに知らなかったことすべてを為長は容易に知って、さらに知識量を上げていた。


為長がさらに饒舌になったのは、この件も大きい。


「この学校にないのは音楽の授業です。

 ナンシー先生を中心にして、いろいろと試すこともいいことではないかと。

 あ、遊園地にも流用することはもう決まっていまので、

 少々急いでいただきたいのです。

 現在は神たちの好む音楽を真っ先に取り入れていますので、

 二番手となりますが、

 ここは職員として奮起していただきたいのです」


「…逆に生徒に課題を与えられちゃったわ…」とナンシーは嘆いたが、さらに希望がわいてきて、ナンシーの生きがいとなっていた。


「…知り合いに心当たりがあるので、特別講師も用意しますぅー…」


ナンシーの言葉に、生徒たちは一斉に拍手をした。



教師を免除された志乃は、源次とともに、琵琶家とは別行動を取って、遊園地開園に向けて余念がない。


もちろん信長の命令なので、広い目で見て落ち度がないか、最終的な確認をしている。


「まだ何も始まっていないのに、散歩するだけでも楽しいわ」


園内をくまなく見回している志乃の明るくかわいらしい笑顔に、源次は志乃に惚れ直していて、大いに照れて頬を赤くしていた。


「…本当にその通りだって、感心するよ…」と源次は照れくさそうに言って、辺りを見回した。


「…為長様が、すべてを継いじゃうのかなぁー…」と志乃が少し気落ちして言うと、「ひとりじゃ抱えきれないから、適材適所だろうね」と源次は明るく答えた。


「それに、今の為長には野望もあるから。

 もちろん、何かに敵対するわけじゃない。

 十六天神将を有効に使う件だ。

 為長自身が、不幸のある星を探査して現地に飛び正すこと」


「…できちゃうのね…」と志乃は眉を下げて言った。


「十二神将は動物の神軍団。

 為長は悪魔の副食として、悲壮感などを食らうし、

 もちろん察知も可能。

 神獣でもある春駒様を使えば、比較的容易なんじゃないかなぁー…

 確実に、この喜笑星周りの不幸は察知できると思うんだ。

 まずはこの喜笑星周りを磐石にして、

 様々な経験をして知識を得る。

 毎日じゃないだろうけど、

 徐々にやっていくと思う」


「…何とか雇ってくれないかしら…」と志乃が望むと、「今のところは、入り込む余地がない」と源次は断言した。


「攻撃も防御も手助けも、神たちだけで簡単に可能だから。

 為長ですら手を出せないと、悩んでいるほどだからね。

 しかも、四柱も本物の妖精がいるから、

 ほぼ怖いものなしだよ。

 大いに使ってくれるので、妖精としても満足らしい」


「…真っ先に四天将の伴侶に組み入れちゃうとはね…」と志乃は嘆くように言った。


「神たちの安寧のためだよ。

 そしてその親は、為長と春駒様というところも大きいね。

 しかも、神たちが率先して何かをやろうと奮起している神もいる。

 特に生産の神」


「玉子、毛糸、牛乳、皮…」と志乃は言ってから少し笑った。


「本来は自由なのが神だけど、

 物を作り出すことも自由。

 四郎が何度言っても聞かないそうだけど、

 それほど強くは禁止していないところもいいね。

 神の気持ちが折れることがないから。

 まさにうまく操っていると思う。

 さすが、古い神の一族で、成功例だよ」


「…それに、喜怒哀楽もいて、人の心の中まで修復しちゃう…

 だけど、手助けの範疇を逸脱してない?」


「早急で確実な平和を勝ち取れた方がいい。

 それに、喜怒哀楽は御屋形様のたわけの術と同等と考える。

 だから今の段階でもうすでに、

 転写した琵琶家そのものといっていいんだよ」


「…大いにいえるわ…」と志乃は眉を下げて言った。


「だけど別のところで、僕は楽しみにしていることがあるんだ。

 それは為長の魔具。

 自分で打ち上げるようにと、

 兄ちゃんから指示があったそうだよ」


「…そう… 勇健様と同じなのね…」と志乃は縋る目を源次に向けた。


「僕は、のんびりとやるさ」と源次はお気楽に言って、志乃の腰を穏やかに抱いた。



まさに源次はマイペースで、誰が見ていても安心できるのだが、お堅い巌剛は一筋縄ではいかない。


やはり、剣術、槍術、忍術の半分はまったくなじむことがなく、すぐに放り出そうとする。


現在は、動物よりも獣人が勝っている部分もあるので、不器用な人間といっていい。


「…師匠も適材適所ってわけ?

 だけど、為長は忙しすぎるから、

 ひとりのために無理は言えないぞ」


幻影の言葉に、巌剛は大いに肩と目じりを下げた。


「さらにかわいい弟子もいて、

 家族だが家庭教師も受け持っている。

 俺だって、投げ出したく思うほどに動いてるからな。

 さらには気を使って、

 基本的には食事はすべて安土城で摂ることにしたようだ。

 為長としては、かなり譲歩しているようだぞ。

 だがさすがに天草村の村長でもあるし、

 昼餉と夕餉は辞退する日を設けるようだ。

 さらには、住んでいる城下の竜神家への義理もある。

 誰にもできないことを為長はやっている。

 その為長に甘えるのは、どうだろうなぁー…」


巌剛は反抗する言葉が浮かぶことなく、「…うう…」とうなるしかなかった。


しかし巌剛はある考えが頭に浮かんだ。


もちろん、為長とともにありたいのだが、あえて別行動を取り、穏便に恩を売ることは可能なのだ。


よってその行動を、午後から取ることに決めた。



為長は昼餉を取ったあと、遊園地の最終確認に行き、すべてをすばやく読み解いて、ひとつため息をついた。


「…完璧すぎて面白くない…」という為長の言葉に、管理事務局の誰もが苦笑いを浮かべていたが、褒め言葉として喜んでもいる。


大問題は副園長の件で、まだお志摩しか決まっていない。


全国民を対象にして、その候補を考えてはいるのだが、頭に浮かんでも、さすがに無理があると打ち消すばかりだ。


よって、比較的時間の融通が利く萬幻武流の門下生から選ぼうと思い、夕餉前の自主訓練中の訓練場に足を運んだ。


―― やはり学生でもある門下生が適任か… ―― と為長は思い、ふと訓練場の隅でうとうととしている、神獣コッケに目が行って、春駒とふたりして大いに笑った。


「…神獣トータス様にもお願いするか…」


為長の言葉に、「あら、それは妙案かもしれませんわ」と春駒は手のひらを合わせて陽気にいった。


だがまずは神獣コッケと話をしようと近づき、「コッケ様」と為長が穏やかな声で言うと、コッケは、『コケッ!』と大きな声で鳴いて翼を広げてから、「寝てない寝てない!」と叫んだので、為長も春駒も大いに笑った。


「…確実に適任だ…」と為長は確信して呟いて、コッケに仕事を受け取ってもらうように話をした。


「あ、うん、それだったらぜんぜんいいよ。

 寝る場所が変わるだけ」


コッケはここまで言って、大きな翼で慌てて嘴をふさいだ。


「それでもかまわないのです。

 コッケ様がいるだけで、遊園地も大いに和みますし、

 わかりづらい場所で眠っていていただくと、

 子供たちも捜しに回るでしょうから。

 なんでしたら、今からコッケ様のお屋敷を建ててもいいのです」


「あ! そうなのっ?!

 じゃあ、悪いけどお願いしちゃおうかなぁー…

 まあ、寝るのはどこでもいいんだけどね。

 雨が降っても濡れない体だし…」


まさにのんびりとしていて穏やかな神獣に、春駒はずっと笑っている。


為長は数名の門下生を雇って、早速遊園地に行って、コッケ用の妙にポップでカラフルな屋敷を建てると、コッケは飛び上がって喜んでから、早速屋敷に入ってすぐに、こくりこくりと舟をこぎ始めた。


外からはその様子が見られるので、この場所も遊園地の見所になると確信した。



ひとつ難問をクリアして、次は神獣トータスに会うために、安土城の南の海に行った。


為長と春駒はふわりと浮かんでトータスに挨拶すると、「…暇してたからちょうどよかったよ…」とのんびりと言った。


為長は早速話を持ちかけると、「あ、遊園地って、池ってある?」と早速聞いてきた。


「トータス様のこのお体では少々小さいのですが…」と為長が眉を下げて言うと、「あ、それは大丈夫大丈夫」とトータスは機嫌よく言って、大人の人間ほどの大きさまで体を縮めた。


「ああ、これは最適」と為長は言って、早速トータスを抱え上げて、遊園地の中央にある澄んだ水の池にトータスを運び入れた。


「…いやー… 新鮮新鮮…」とトータスは上機嫌で言って、すいすいと池を泳いだ。


「遊園地兼喜笑星防衛本部」


為長の言葉に、春駒は愉快そうに笑って、桜の花びらを舞い散らせた。


為長と春駒を見つけた源次と志乃が走ってくると、「副園長をふたりも確保しました」と為長が言うと、「…適才適所だね…」と源次は感心しながら言って、泳いでいるトータスと新築された派手な家で寝ているコッケを見て少し笑った。


「ほかには、獅子丸様などいかがでしょうか?

 平日の開園時間は短いので、日を決めて入ってもらってもいいのです。

 きっとお気に召すと思うのですが…」


「うん、仕事として請け負うから」と源次は明るく言って、志乃とともにエントランスに向かって歩いていった。


「監視員としても大いに使えるからね。

 もちろん、コッケ様もトータス様も同じだから。

 危機回避能力に特に長けておられるので」


「…誰もが安心して楽しんで、そして心が癒される桃源郷…」と春駒は言って素晴らしい笑みを浮かべて桜の花びらを穏やかになびかせた。


「…あ、桃の木とか、何か面白い効果はない?」


為長の言葉に、「…ライバルですぅー…」と春駒は言って唇を尖らせたが、怒っているわけではなかった。


しかしまずは、造園が終わっている、園の端々に、金木犀を植えた。


そして為長が穏やかに緑のオーラを放ち、十年分ほど成長させると、素晴らしい香りが辺りを包み込んだ。


そして肝心の桃だが、春駒はひとりの人間型の生物を生んだ。


「…なによぉー…」と大いに目つきの悪い桃の妖精のような小人に、為長は少し笑った。


「ここすべてが、あなたの家。

 どこに住んでもかまいません。

 悪い話じゃないでしょ?」


春駒の穏やかな言葉に、「…ま、まあ… それなりにいいところね…」と桃の妖精は躊躇しながらも言って、芝生の中央に立って、その姿を桃の木に変えた。


「…甘い香り…」と為長は言って瞳を閉じて深呼吸をした。


「…もう… 妬けちゃうわ…」と春駒は言ったが、為長の力になれたことを喜んだ。


「これで、名目だけの園長の義理は立ったはずだ」


為長は言って、ここまでの顛末を報告書として書いて、遊園地管理事務室に持っていった。


「…さすが園長…」と事務員たちは大いにうなって、為長に頭を下げた。


為長と春駒は、素晴らしい香りのする園内を、逢引をするようにして散策した。



安土城での夕餉の席で、春駒が為長の今日の活動について話をすると、「…花見酒…」と真っ先に信長が言った。


「閉園後は、大人の寛ぎの場としても流用してもいいと思っています。

 国民の大人たちも喜ぶように思うのです。

 安土城の庭園として、公認を受けるように、

 さらに造園を進めてもいいのです」


「いや、ここからはワシがすべてを請け負う」と信長は機嫌よく言った。


分業が叶ったことで、為長は心からの笑みを浮かべた。


みやげ物に関しては、非食物の半分ほどは、フリージアとアニマールの工場と契約を交わした。


よって喜笑星もあわせ三箇所でみやげ物を作るので、商品としては多少はお高いものになるが、それなり以上に経済が回ることは確約された。


ちなみに、ほかの分校では、遊園地建設の行動は起こしていない。


マンモス校のフリージアが一番に反応したのだが、まずは喜笑星の遊園地の視察を行ってからと会議で決まった。


喜笑星の遊園地の件は、各分校に知れ渡っていて、生徒たちは遠足の日を心待ちにしていた。


「飴と鞭と酒の憩いの場に、乾杯!」と信長は多くの国民の前で音頭を取って、陽気に酒を飲み干した。


「…桃源郷だぁー…」と誰もが言って、酒を汲み交わして、うまい肴を食らう。


これも、大人の娯楽のひとつなので、園長の為長は笑みを浮かべていた。


そして、「飲みすぎ!」という威厳のある声が至る所で聞こえて、強制退場となる。


その中に信長もいるので、誰もが大いに眉を下げていた。


もちろん監視員は神獣たちなので、誰もが素直に従わざるを得ない。


こうやって、大人たちも程を知っていくのだ。



為長は翌日から春駒とふたりっきりの修行に余念がない。


さすがに正確に不幸を知る術が容易ではないと思い知っていた。


だが最後の最後の為長の妙案で、「…はあ、見えた…」と為長が言うと、為長と春駒はその不幸に直面していた。


「閻魔様! 桔梗様!」と春駒が叫ぶと、十六天神将と喜怒哀楽が姿を見せた。


ビーム兵器を使った異星人たちの攻撃力を難なく粉砕したが、大きな近代的な街は燃え上がり、破滅の一途をたどっていた。


ここは生物をすべて助け出してから、水の神と風の神が協力して、すべてを凍らせた。


「…何とか一時的に終了…」と為長は呟いて、安堵の笑みを浮かべた。


そして拘束した異星人たちだが、春駒がロストソウル軍に通報したので、すぐさま宇宙船三隻がやってきて、無法者たちの宇宙船をビームアンカーで拘束して、星を飛び立った。


破壊は大都市だけに留まったようだが、復興の手助けはせず、空き地に巨大な農地を作り上げ、原材料だけを大地から掘り出して、製鉄所などの敷地内に配った。


手助けはここまでとして、春駒の術で、為長たちは喜笑星に戻った。


そして信長たちが待ち構えていたので、為長はこの場ですべての報告を行った。


「…ひと通りのことは、すべて終えたようじゃな…」と信長は寂しそうに言った。


「はい! 父上!」と信長とは正反対に、為長は堂々と明るい声で返事をした。


そして、「これでようやく、我が家を中心とした生活に戻れます」という為長の言葉に、「…あいわかった…」とほんの数日間の天国だった日々を懐かしんでしまうように信長は思ってしまっていた。


これ以上は欲でしかないので、無理強いすることは許されず、為長の希望を叶えるしかなかった。



夜は必ず戻ってきていたのだが、陽の高いうちから天草御殿にいることは久しぶりなので、神たちも大いに気を抜いて、それぞれの趣味趣向で、余暇を貪っている。


為長はまん丸とその相棒が、無限車で遊んでいる姿を見て、「…まだあったか…」と苦笑いを浮かべて呟いた。


「想いのままでいいはずです」


春駒の堂々とした言葉に、四郎も笑みを浮かべてうなづいた。


「…だがな… さすがに十二神将を解かれてしまうのもかわいそうだろ…」


為長の言葉に、神たちの動きが止まって目を見開いたので、為長は愉快そうに笑った。


「それ相応の自然の摂理です」


四郎が堂々と発言すると、「もちろん、それは重々承知しての上だ」と為長は言って、笑みを浮かべて四郎の頭をなでた。


「特にまん丸などは、もうすでに神ではなくなっていたはずだが、

 そうなっていない。

 何かが狂ってしまったのか、規則が変わったのか…」


為長の言葉に、人型のまん丸は泣きだしそうな顔をして、為長を見上げた。


「…まさか、ずっと兄さんに癒しを…」と四郎が目を見開いて言うと、「たぶんな… 始めのころは気づいていたが、最近は巧妙になっていて、まったく気づいていなかった」と為長は言って苦笑いを浮かべた。


「…あ、まさかの件か…

 喜笑星だけは、自然界は手を出すな」


為長の言葉に、「お兄様が蹴散らす件ですね」と四郎が苦笑いを浮かべて言った。


「蹴散らす側は俺だけじゃないけどな。

 ま、悪さをしない神は自然界の考えが甘くなったと思っておけばいいさ。

 だが、この命令のような件を解除した場合、

 今まで通りだと確実に消えるからな。

 指示のないことで術を使うのは、もうやめておいた方がいい」


為長の言葉に、「…うん、わかった…」とまん丸は寂しそうに言って、涙をこぼした。


「…まん丸ちゃんと遊んであげてほしいぃー…」とレミーが心の底から涙を流して

訴えると、今回はすべての神たちが賛同した。


「全員一致で、特例で遊ぶことを許します」と四郎がお堅く言うと、「ああ、ありがとう」と為長は言って、角鼠に変身した。


遊ぶといっても、交代で無限車に乗るだけなのだが、待っている角兎は首をぐるぐる回して、愛らしい姿を見せる。


どうやらこれも楽しいようだが、交代をする時に、手や口が接触するので、春駒が大いにうるさくなった。


「…目を話すと皇陽がとんでもないことをやらかすかもしれないぞ…」


一匹の角鼠の言葉に、今度は春駒が泣き出しそうな顔をして、皇陽と菩童、そして角鼠たちの監視をする。


無限車に飽きたら、今度は外に出て追いかけっこが始まる。


これはどちらかといえば訓練に近い遊びだ。


そして三匹が入り乱れたので、「どれが為長さんなのぉ―――っ!!!」と春駒が発狂するように叫んだ。


「うるさくて落ち着いて遊べないじゃないか!」と一匹の角鼠が後ろ足だけで立って叫ぶと、「…ああ、ごめんなさい…」と春駒は涙を流しながら謝った。


「え? もういいの?」と角鼠が言うと、まん丸は機嫌よく何度も頭を上げ下げしている。


「もっと遊んでもいいんだよ」


「…もう、終わりにしてぇー…」と春駒に嘆願されたので、一匹の角鼠は為長に戻った。


「とんだ弱点な」と為長は鼻で笑って言うと、「…わかってても妬いちゃうんだもーん…」と子供のように言って、為長を大いに笑わせた。


「こんなんだと、ほかの神たちと遊べないじゃないか…

 俺にとって、ある程度の修行でもあるんだぞ」


「邪魔をしてごめんなさい…

 それにこれからも邪魔をします…」


春駒の平然とした言葉に、為長は逆におかしくなって大いに笑った。


「桔梗はどう思う?」と為長が聞くと、喜怒哀楽の四人は額をつき合わせて相談して、「すべてに満足感が起きるように」と桔梗が代表してまさに神の予言のように言うと、「…めんどくせ…」と為長は悪態をついた。


「そうです、神とはめんどくさいものなのです。

 ですので、すべてにおいて無視をしてもかまわないのです。

 それも、神の掟」


桔梗の堂々とした言葉に、「じゃ、桔梗とはもう遊ばない」と為長が言うと、桔梗は大いに眉を下げ、「…遊んでぇー…」と涙を流して懇願した。


「ま、めんどくさいのはよくわかったから、

 その場その場で考えることにするさ」


為長の言葉に、神たちが真剣なまなざしをして為長に頭を下げた。



「ところで、阿利渚様に献上する貼り絵は、もうできたのかい?」


為長が聞くと、「あ、うん、これぇー…」と桔梗は言って、少し小さめの立派な額に収まっている、貼り絵を見入った。


「…ん? 目が、おかしい…」と為長は言って、絵から顔を近づけたり遠ざけたりすると、「え?!」と叫んで、目を見開いた。


どう考えても、立体的な阿利渚の上半身が浮き上がっているのだ。


そして、つかもうとするがもちろんつかめない。


「…なんてこった…」と為長が嘆くと、「ホログラム効果なんだってぇ―…」と桔梗は桜良を見ていった。


「…またかなりの高等技術を…

 しかも手作りではありえんだろ…」


「だからすっごく喜んでくれるよ?」


桔梗の明るい言葉に、為長は大いに苦笑いを浮かべていた。


「注文が殺到しそうだから、

 覚悟しておけよ…」


為長があきれ返ったように言うと、「桜の花びらがすっごくいるから、そう簡単には作れないよ?」と桔梗は言って、桔梗の肖像画が入っているホログラムを見入った。


「…これこそ、特別なわけだ…」と為長は言って、額を桔梗に返した。


そして額を見入って、「勇健様の作品だな」と為長が言うと、「…御殿様認定品ー…」と桔梗は言って満面の笑みを浮かべた。


「なるほどな…

 御屋形様もそう簡単には口を挟めなくなるわけだ。

 御屋形様も、勇健様には甘いからな」


「あっ! それでねっ!」と桔梗は陽気に叫んで、額を丁寧にしまってから、スケッチブックを為長に見せた。


「…おっ、剣の鍔…」と為長は言って絵を見入った。


「美麗様の長剣の鍔を打って欲しいんだってぇー…」と桔梗が眉を下げて言うと、「…こりゃ、責任重大だが…」と為長は言って、春駒の腕にある蹄鉄を見た。


「お二人とも、すっごく気に入っちゃったんだってぇー…」


「ああ、よーくわかった」と為長は自信を持って答えた。



寛ぎの間で寛いでいる最中に、「…黒い馬…」と為長がいきなり呟いた。


ナンシーが持っていた知識を、水の神のマロが受け継いで、その詳細を為長が知った事実の一部だ。


「…体中にイカヅチを帯びた麒麟ね…」と春駒はため息混じりに言った。


「気に入らないようだな」


「かなり粗暴だから」と春駒はすぐさま答えた。


「翼を持っていれば、そうでもないんじゃないのか?

 その翼が体を守る」


為長がここまで言って怪訝に思った。


そのような情報など、どこにもないのだ。


「…時間はかかるが…」と為長は言って瞑想に入り、直近で一種類の神獣と一種類の動物に行き当たった。


そしてマロの知識に、その獣の知識もある。


「ダイゾって知ってるか?」


為長の言葉に、十六神将全員が為長を見て笑みを浮かべた。


「…なるほどな…

 獣でしかないようだが、神獣でも安心できる存在か…

 だったら、みんなで一斉に遊べそうだな」


「だけど、それほどいないのではないのですか?」


春駒が心配するように聞くと、「それほどいないが、居場所がはっきりしているダイゾが数頭いる」と為長が堂々と言うと、「…すぐに行くぅー…」とまん丸がやけに積極性を出してきた。


「…わかったわかった…

 一番いいのは、それほど気兼ねが要らない右京和馬星だな。

 フリージアは少々面倒だから、それほど行きたくない。

 ま、あとは、寅三郎が旅をしたセルラ星。

 できれば行ったことのない地の方がいいが、

 そこはそのうち行くことにして、

 今から右京和馬星に行こうか」


為長が言って立ち上がると、十六天神将全員が一斉に立ち上がって、満面の笑みを浮かべていた。



もちろん信長に話を通して、その信長とともに右京和馬星の高台にやってきた。


そして大家京馬にダイゾを紹介してもらって、その角に指を押し当て、ほほに血文字を書いた。


『むおぉー!! なんかすげぇー!!』と、ダイゾに化した為長はくぐもった声で陽気に叫び、やけに機械的な翼を広げて空を飛んだ。


そしてもののついでに高台を降りて、神たち全員と大いに遊んだ。


近くにいた恐竜や怪獣たちは、安全地帯になる場所まですぐに引いていった。


本来ならば大いに騒ぐのだが、畏れ多い存在のようで、鳴き声ひとつ上げない。


そのおかげで神たちは満喫するように、ダイゾと動物的コミュニケーションをとってから、高台に戻った。


「翼が妙に機械的じゃが、

 固い皮膚の延長には違いなさそうじゃな」


信長が翼に触れて言うと、『この翼も武器になるようです』とダイゾは言って、為長に戻った。


「いやー… やっと、神たちに納得してもらえました」


為長の安心しきった言葉に、「じゃが、また行くんじゃろ?」と信長が眉を下げて言うと、「そうですねぇー…」と為長は少し考えてから、「決めないでおきます」と答えた。


「この先、少々空き時間ができやすくなりそうなので、

 神たちの状態を確認してからにします。

 今は、過保護の方がいいようですので。

 一緒に遊んでいてよくわかったのです、

 特に製造系の神は、働き過ぎで弱っている面もあるのです」


為長の言葉に、製造系の神たちが目を見開いた。


「自分のことは、あまりよくわからないものなんだよ。

 だが、病気になるというような、

 重大なものではない。

 しかし、休養は必要だと感じたな。

 術で治すと、その次にやってくる疲れの間隔が短くなるようだから、

 あまり使わない方がいい。

 最低でもあと三日間ほどは、

 術などは使わない方がいいだろう。

 だが遊ぶのはありだから、暇があればいつでも付き合ってやる」


為長の言葉に、十六天神将は満面の笑みを浮かべていた。



右京和馬星に別れを告げて、眉を下げている信長とも別れの挨拶を交わして、為長たちは天草御殿に戻った。


すると神たちはすぐさま穏形して、自分たちの寝所で眠り始めた。


春駒は眉を下げていたが、為長に二人の赤子を託して穏形した。


「…やっと、しゃべれるぅー…」と皇陽の言葉に、神として眠る必要がない四郎は目を見開いた。


「なかなかおしゃべりだぞ。

 春駒には話しかけない方がいいらしいから黙っているんだ」


為長の言葉に、「…うん、わかったよ、兄ちゃん…」と四郎は言って、満面の笑みを浮かべた。


「…はは様、ほんと面倒…」


もちろん皇陽はまだ赤子だが、かなり大人びた言葉に、為長は愉快そうに笑った。


神たちは、誰かが起こす意思を向けないと起きてこないし、今の場合は、四郎か氏子である為長にその権利がある。


よって食事の時にでも起こせばいいだけだ。


そして桔梗だが、神たちと遊びすぎたようで、すやすやと眠っていた。


喜怒哀楽のその他三名も仲間になって眠っている。


よって、皇陽は安心しておしゃべりを満喫しているのだ。



「神たちが寝ている隙にお出かけしない?」と皇陽が言うと、「春駒にばれるとうるさいから行かない」と為長が言うと、皇陽は大いに眉を下げていて、四郎は声を殺して笑った。


「お前の性格って、俺にも春駒にも似てないな…」


為長が眉を下げて言うと、「…子供の無謀さ…」と皇陽がつぶやくと、「わかってるのなら無謀さを出すな」と為長が戒めると、四郎は腹を抱えて笑った。


「…願いの夢見の現実版だよ?」と皇陽は言って、為長から四郎に視線を移した。


「お前らの安全第一だから、

 どれほどの不幸があっても行くことはない」


「…うふふ…」と皇陽は意味ありげに笑って、皇陽と菩童を包み込む結界を張った。


「…やれやれ…」と為長は言って眉を下げ、四郎と相談した。


そして結果として、「…行くか…」と為長が渋々言って立ち上がると、四郎も立ち上がってから、結界を張って、とんでもない速度で飛んで、星を飛び出した。


「見つけた」と為長が言ったとたんに、四人は星の大地に立っていた。


そして目の前には無残にも射抜かれた人々が大勢いた。


辺りの町の様子は、多少文明文化が発達しかけているように感じるが、ビルなどは確認できず、木造と石造りのものが多い。


その不幸の先には、不幸を引き起こした犯人と思しき宇宙服のようなものを着込んだ者がいる。


その人物はわずかに驚いたようだが、すぐさま武器に手をかけた。


しかし、その武器が半分ほど存在をなくしている。


もちろん、為長が即座に破壊したからだ。


『弁償しろ』と宇宙服を着た男らしき声に、為長は鼻で笑った。


この男に言葉が通用しないことは、為長はすでに気づいていたのだ。


そして為長は武器と連動しているものをすべて粉砕すると、男は堂々と小さな宇宙船に向かって歩いていった。


そして為長は宇宙船に術で細工を施し、危険になると判断したものはすべて破壊した。


為長はロストソウル軍に通報してすぐに、四郎とともに、生を得る可能性がある者たちの蘇生を試みた。


虫の息ではあったが、五十名ほどのうち半数ほどは生を得ることができ、為長と四郎は安堵の笑みを浮かべた。


この街の警備隊のようなものが駆けつけてきて、宇宙船を囲んだが、「手を出さない方がいい」と為長が言うと、誰もが一斉に頭を下げた。


為長と四郎の行動などは、監視カメラなどの映像で確認できていたようだ。


するとロストソウル軍の宇宙船がやってきて、小さな宇宙船をビームアンカーで拘束して、そのまま消えた。


警備隊員たちは夢でも見ているのかといった顔となり、目を見開いていた。


為長と四郎は、生を得られなかった者たちに手を合わせてから、二人は名も知らぬこの星から消えた。



「…後味の悪い出来事だった…」と、天草御殿に戻ってきた為長はため息混じりに言った。


「かなりおかしなやつでした」と四郎は少し憤慨しながら言った。


「脳の疾病で、善悪の区別なく、感情もわかない面倒なやつだ。

 見てすぐに感情がまるきりないことに気づいたからな。

 言葉を交わすだけ無駄だったから、何も言わなかった」


「…あの一瞬で…」と四郎は言って、為長に頭を下げた。


「今回は後味が悪かったが、この方法で人助けをするのもいいな」


為長が笑みを浮かべて言うと、「はい、僕もうれしいです」と四郎も笑みを浮かべて答えた。


そして為長たちを誘った皇陽は満足したような笑みを浮かべて、すやすやと眠っていた。



この顛末は、為長によって極秘とされたが、そうならないことは世の常だ。


しかし、秘匿されていることで、不完全な状態で、この情報が信長の耳に入った。


「…ふむ… どこのどいつじゃ…」と信長が言うと、「また新しい善の正義の味方のようですね」と幻影もこう判断するしかなかった。


何しろ何をしたのかだけが伝わってきたので、悪人の情報しか手に入らず、その悪人を拘束したのはふたりの男としか伝わってこなかったからだ。


この喜笑星のある宇宙の隣の宇宙の出来事だったので、近場という意味もあり、ペガサスフィルから悪魔マテリアルへの内緒話での情報だったのだ。


「万有爽太様に直接お聞きになりますか?」


幻影の言葉に、「それも考えたのだが、口止めをされているから不完全な情報しか手に入らなかったと感じる」と信長は常識的見解で述べた。


「…そうなりますね…

 となれば、できれば、公にしたくない、

 なかなか見どころがあるやつらのようです。

 普通は自慢して言いふらすでしょうから」


「似たような件があっても、

 それほど気にせず、見逃しておけばよい。

 おいおい、その正体もわかるじゃろうて」


信長の言葉に、「御意」と幻影はすぐさま同意した。


「あら? 為長なんじゃないの?」という濃姫の言葉に、「…溺愛にもほどがある…」と信長は鼻で笑って言ったが、何かの理由があってこうなったのではないかと、信長は考えてもいた。


「どちらにしても探るな。

 もしも為長だとしても、

 隠すことには理由があるはずじゃ。

 できれば、為長の邪魔にだけはなりとうないからな。

 ま、気になるのは男がふたりか…」


信長の言葉に、誰もが一斉に頭を下げたが、信長のようにかなり怪訝にも思っていた。


「…為長の相棒になるような男には心当たりはありませんわ…」


濃姫がつぶやくと、同意するように信長はうなづいた。



そしてこの琵琶家の雰囲気だけを、春駒が察知していた。


能力の高い神だけあって、この程度のことは、呼吸をするよりも簡単だった。


「…為長様が疑われております…」


昼餉の席で春駒がいきなり言うと、「あ、探られる前に白状する」と為長は言って、すべての事実を天草家の家人全員に語った。


話を聞き終えて、「…うう…」と春駒はうなって、そっぽを向いている皇陽を見入った。


ここまで判明しても、皇陽は語らずを貫くようだ。


「春駒が嫌いなわけではなさそうだぞ。

 ただただ、お前の発言と態度がわずらわしいのだろうな。

 あまりにも過保護にしすぎるから、反抗もするのだろう。

 かなり早いが、反抗期といったところだな」


すると皇陽が為長を見て、「キャッキャッ!」と満面の笑みを浮かべて喜んだ。


「正解らしい」という為長の言葉に、春駒は大いに落ち込んでいた。



為長と神たち一同は安土城に登城して、信長が不穏に思っているすべてを説明した。


「…いや、解決して心が晴れた気分じゃ…」と信長は機嫌よく言って、為長に満面の笑みを向けた。


「ほら、やっぱり、為長でしたわ」と濃姫が機嫌よく言うと、「…ただのあてずっぽうのようなものではないか…」と信長は鼻で笑って言った。


「じゃが、もう一人の男というのは?」と信長が怪訝そうにして聞くと、四郎が漆黒の竜神に変身した。


身長が四郎の倍以上に高いので、子供ではないし、その姿から妙な鎧を着た男だと認識されてもおかしくはない。


「…納得した…」と信長は目を見開いて言ってから、愉快そうに大声で笑った。


「まだ赤子でしかない皇陽にそそのかされて、

 四郎とともに名も知らぬ星に行ったのです。

 皇陽はまだ赤子とはいえ、

 春駒と同じように、

 私が認識した不幸がある場所に飛ぶとができます。

 しかも、赤子にしては流暢に話しますが、

 私と四郎以外には話す気はないようです」


為長の言葉に、「…何か複雑な理由でもありそうじゃな…」と信長は言って、春駒が抱いている皇陽を見入った。


「ちなみに、菩童も同じです」


為長の言葉に、この件を知らなかった春駒は一気に悲しそうな顔をした。


「事情は知らんが、はは様にきちんと挨拶をしろ」


為長の威厳がある言葉に、「…はは様、こんばんはぁー…」と皇陽が挨拶をしたので、為長は腹を抱えて笑った。


「始めまして、菩童です!」と菩童が春駒に挨拶をすると、為長はさらに笑い転げた。


春駒は微妙なようで、笑みを浮かべているが、両方の唇の先が震えていた。


「…失礼しちゃうわ…

 挨拶したのに返さないなんて…」


皇陽が苦情を言うと、「…ああ、かわいい…」と春駒は言って、ふたりの赤子を抱きしめた。


「…あたい、神なんて嫌いなんだよねぇー…」と皇陽が言うと、神と呼ばれているものたちは大いに眉を下げた。


「言っとくが、お前だって種族的に言えば神だぞ」


為長の言葉に、皇陽は目を見開いて、「…お兄ちゃんと同じで、鬼だもぉーんー…」と悲しそうに言った。


「…ああ、そうかい…

 ま、俺が持つ動物には鬼の気質が大いにあるから、

 そのうち角が生えてくるかもな」


為長の言葉に、「…よかったぁー…」と皇陽は安心して言って、菩童とともに、すやすやと眠り始めた。


「鬼が好きなようです」と為長が信長に言うと、信長は腹を抱えて笑った。


「じゃが、悪魔も本来の姿は鬼のようなものじゃが?」


信長の問いかけに、為長はけしていた角を出すと、誰もが、「…おお…」と言ってから身震いをした。


「…なぜ、幾重にも枝分かれしておる…」と信長が呆然として言うと、悪魔を持つ者たちが為長の角を拝み始めた。


「私の種族は間違いなく悪魔なのですが、

 どうやら動物の気質と鬼の気質も強く兼ねそろえているようなのです。

 ですので特に、鬼の気質を持っている十二神将は、

 私になついてしまうようで」


為長の言葉に反論があるように、四天将が為長に寄り添ってきた。


為長は苦笑いを浮かべながら角を消した。


「わかったから普通にしてくれ」と為長が言うと、四天将は笑みを浮かべて為長を見上げた。


「ダイゾもある意味鬼のようなものじゃからな…

 だがそれは見た目だけで、動物であることは確か…」


「ある意味、大いに助かりました。

 神たちと均等に付き合えるようになりましたから」


為長の言葉に、信長は納得したようで何度もうなづいた。



「ここでお暇しようと思っていたのですが、

 せっかくですので、今後の私の身の振り方と、

 そもそもの想いを、父上に語っておきます」


為長の決意がある言葉に、「…なんじゃ、怖いな…」と信長は言って、座り直して背筋を伸ばした。


「私もお師様と同様に、仕えたい主を見つけたのです」


為長の言葉に、信長は目を見開いてすぐさま幻影を見た。


「竜神勇健様でしょう」


幻影の言葉に、「…ようやく、納得いった…」と信長は言って、頭を垂れた。


「かの昔、私が下男として騎士様に仕えていたように、

 今世も騎士様に仕えたいのです。

 ですので、父に無理を言って、

 竜神城下に引越しをしてもらったのです。

 もちろん父はいい顔はしませんでした。

 さらには、広大な農地を作り上げるのは、

 三度目となります。

 農民であれば、一度で十分でしょう。

 うんざりする気持ちもわかりましたが、

 父は一旦は私に家長を譲る決心をしてくださったようで、

 私の無理を聞いてくださいました。

 勇健様はそれほどに、私にとって魅力のある主なのです」


信長は聞き終えて、さらに納得したようで何度もうなづいた。


「ですが、大恩ある御屋形様への義理も大きなものです。

 ですので姓は、この命尽きるまで織田でいようと心に決めたのです」


「…そうかそうか…」と信長は薄笑みを浮かべて号泣していた。


その涙が、濃姫にも写ってしまったようで、袂を目に寄せた。


「お師様はご存知でしょうが、

 美麗様の長剣の唾は、勇健様からの依頼で、

 私が打つことになったのです。

 まさに私にとっては、天にも昇るほどにうれしいことだったのです。

 春駒のために打った蹄鉄が、

 私にとってもうれしいことに繋がったのです」


「…いいなぁー… 勇健…」と信長が少年のようにうらやましがると、「もちろん、御屋形様にも特製の何かを考えておりますので」と為長は即座に言うと、「おう! 礼を言う!」と信長は堂々と言って、為長の頭をなでた。


「ちなみにまずは、冬の皿などが完成いたしましたので、

 明日にでもお持ちします。

 春の皿も、近日中に出来上がる予定ですので」


「…その四季の皿だけでも十分じゃ…」と信長は笑みを浮かべて言った。


為長は語りたいことはすべて語ったので、信長に挨拶をしてから、天草御殿に戻った。


又蔵が心配そうな顔をして待っていたが、為長の顔色を見て、父の笑みを為長に向けた。


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