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赤い幻影 akaigenei ~新天地編~      赤婚儀 akakongi


   赤い幻影 akaigenei ~陰陽師・十六天将編~



     赤婚儀 akakongi



寅三郎はナンシーとの婚儀の件をまず信長に話した。


それぞれの殿様によってその想いはまちまちで、信長の判断は、寅三郎は安土城を離れ城持ちとなったので、どこで婚儀をしても問題なしとしている。


しかも獣王城城下にまだ民がいないことで、獣王城での婚姻の儀はすぐに執り行う必要なしとも告げた。


もちろん、ナンシーが寅三郎にガッツ村で結婚式をしたいと強請ったはずだと信長は察していて、ずっとニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。


濃姫としてはいろいろと言いたいようだったが、ここは我慢してあきれた顔をして、信長と寅三郎を見ているだけだ。


そしてナンシーには、特に女性は誰もが祝福の雰囲気をかもし出して好意的な眼で見ていた。



こんな時期に、基本的には猛獣という動物のギリアン、ゼロス、ポピーの三人が、天照大神の案内で安土城にやってきた。


外からの初見の面会の場合、相手が誰であろうと、まずは信長に話を通す必要があるので、天照大神は三人を安土城の謁見の間に連れてきた。


ギリアンは落ち着いたものだが、ゼロスとポピーは少し怯えているように見える。


「…む?! どういうことだぁー…」と信長が大いに怒って、天照大神を見た。


「酒井寅三郎様のお客様ですよ?」と天照大神が笑みを浮かべて答えると、「…ぬぬぬぬぬ…」と信長が大いにうなると、濃姫はあきれ返った顔をした。


「グレラス様のお付をされていたんですよね?」と幻影が気さくにギリアンに聞くと、「はい、その通りです」と答えてから、ここ二ヶ月間であったことを説明した。


「…なるほどな… 確認は重要じゃ…」と話を聞き終えた信長は言って何度も頷いた。


「次は普通の者では訪れられない、この喜笑星で力試しをと思いました。

 できれば、面識もあり、

 気さくに付き合える酒井様…

 酒井寅三郎様とともに仕事をしたいと思いまして」


ギリアンが言って少し頭を下げると、信長が肝心なことを言わないので静寂が訪れた。


その中で、「…奈落の術…」と濃姫がつぶやくと、「…はあ…」と信長は大きなため息をついて、「寅三郎に伝えよ」と幻影に言ってから、信長は真顔で退席した。


「不愉快な思いをさせるところでしたわ。

 許してたもれ」


濃姫は言って頭を下げてから退席した。


幻影から念話を受けた寅三郎はすっ飛んでやってきたのだが、謁見の間に信長がいないので、何も言わずにすぐに退席した。


「御屋形様への義理です」という幻影の言葉に、「…気を使わせてしまった…」とギリアンはバツが悪そうな顔をして言った。


「あなた方がなかなかいない逸材だからです。

 寅三郎殿に正体を晒したのですか?」


「私はまだですが、

 ふたりは見せています」


ギリアンは言って、ゼロスとポピーを見た。


「…驚くって思ったのに、ごく普通に気さくに挨拶されたぁー…」とポピーが嘆くように言うと、幻影は愉快そうに笑った。


すると大いに眉を下げた寅三郎が戻ってきた。


そしてギリアンたちに顔を向けて、「よくぞ参られた」と笑みを浮かべて言うと、三人は笑みを浮かべて寅三郎を見て頭を下げた。


寅三郎は幻影を見て、「お師様、審査の末、色々とお願いに上がるやもしれません」という言葉に、「ああ、大歓迎だよ」と幻影は気さくに言ってから退席した。


「…さあ、行こう…」と寅三郎が眉を下げて三人に言ってから、天照大神を先頭にして社をくぐった。


そして、早速ギリアンを見つけたミスティンは、「…あー… 惚れたぁー…」とすぐに言った。


「どっち?」とマデリーンがいろんな意味を込めて聞くと、「…おほほほほ… 両方、でもいいかなぁー…」とミスティンは大いに照れながら答えた。


お凜が大いに興味を持ってギリアンたちを見上げて、「ここで働くの?!」と聞くと、「…御屋形様がご機嫌斜めだ…」と寅三郎が眉を下げて言った。


「…あー… お兄さんたち、すっごく強いもんなぁー…」とお凜が眉を下げて言うと、何を思ったのかお杏が獅子に変身して、ゼロスとポピーを大いに驚かせた。


ギリアンはまるで知っていたかのように、雄雄しき雌獅子に笑みを向けている。


「…ふむ… どうするか…」と寅三郎がつぶやくと、「まずは真田様にお世話になった方がよさそうです」というギリアンの言葉に、「いや、ありがたい」と寅三郎は言って、ギリアンに頭を下げた。


しかしすぐというわけではなく、ここは三人を接待することにして、寅三郎自らが厨房に立った。


食事の席で、「怖いお嬢ちゃんだ」とギリアンが笑みを浮かべてお杏に言うと、「…ギリアンさんの方が怖いよ?」と言い返されてしまったので、ギリアンは大いに眉を下げていた。


「お杏ちゃんはあんまり乱暴になっちゃダメだよ?」とお凜が釘をさすように言うと、お杏は大いに眉を下げ、体を震わせ、今にも泣きそうな顔をして、「…ごめんなさい、お姉ちゃん…」とすぐに謝った。


この様子を見ていたゼロスとポピーは顔を見合わせていた。


「お凜ちゃんはね、ある意味お杏ちゃんの母親なの。

 育ての母だから、その存在感は大きいわ」


ナンシーの言葉に、ギリアンは笑みを浮かべて何度もうなづいて、ゼロスとポピーは深く頭を下げた。


「動物の姿は知っていたのね?」とナンシーが聞くと、「…あまりにもかわいいので、抱きしめちゃいましたぁー…」とポピーは眉を下げて答えた。


「ふん! そんなもの当たり前だ!」とナンシーは機嫌よく男らしく叫んで、大声で笑った。


ナンシーの豹変振りに、さすがのギリアンも今回は大いに苦笑いを浮かべていた。


「せっかくこっちにきてくれたんだけど、

 一度セルラ星に戻るの。

 私、ガッツ村に住んでいたから」


体裁を繕い終えたナンシーが穏やかにかなり中途半端に言うと、「ああ、そのガッツでしたか」とギリアンは言って、勇者モルド・ガッツの顔を思い出していた。


「モルドは弟よ。

 …結婚式を、村ですることになったから…」


ナンシーが恥ずかしそうに本筋の話をして寅三郎を見つめると、「それはおめでとうございます。まさにいいタイミングでこちらに伺えたことは幸運でした」とギリアンが頭を下げると、ゼロスとポピーも姿勢を正してから倣った。


「ギリアンさんは、私の親友が興味津々だけど?」というナンシーの言葉に、「できれば、動物の方がいいですね」とギリアンは言ってお凜を見て笑みを浮かべた。


「あははは! 振られた振られた!」とマデリーンがミスティンに指を差して大声で笑うと、ミスティンはこれ以上ないほどにうなだれた。


「お凜はもう嫁入りか…」と寅三郎が言ってお凜を見ると、「お婿に来てもらうよ?」と明るく言った。


お凜としてはギリアンはいいひととしか認識していないので、恋愛などの意識を全くしていなかった。


しかし、『…ピー…』とヒバリが小声で鳴くと、「…あー…」とお凜は言ってギリアンを見て頬を赤らめた。


「…変わった神を持ってるんだね…」とギリアンが宙に視線を躍らせると、「すごいすごい!」とお凜は大いに喜んでギリアンに拍手を送った。


よって酒井四姉妹とハイネもすぐに拍手をした。


「…御屋形様が憤慨されるはずだ…」と寅三郎は大いに嘆いた。


「初めて逢った時にもいたようだけど、

 まだ戸惑っていたと今ようやく判断できた…

 だけど覚醒まで、ずいぶんと早かったね」


ギリアンの穏やかな言葉に、「…お父さんとお母さんのおかげ…」とお凜は言って、寅三郎とナンシーに笑みを向けた。


「それにね、願えば叶うんだよ!」とお凜は言って栗鼠に変身した。


ポピーは栗鼠の愛らしい見た目に大いに反応したが、ギリアンは見た目の一部分だけに反応して、「…信じられんほどだ…」とつぶやいて、栗鼠に頭を下げた。


「…うふふ…」と栗鼠は小さく笑ってからお凜に戻った。


「…ん? いつもの栗鼠だったが…」と寅三郎が大いに戸惑うと、ナンシーもわけがわからず眉を下げていた。


「まだ、話してないの?」とギリアンがお凜に聞くと、「…ないしょぉー…」と小声で答えた。


「マロ! 白状しろっ!!」とナンシーが眼を吊り上げて叫ぶと、誰もが金縛りにあっていた。


ナンシーは大いに悔しがって、「くっそっ! 結束が固い神たちめっ!!」と叫んでから、「…あら、ごめんなさい…」ところりと感情を改めて謝ると、金縛りは解けていた。


「絶好調だな!」と寅三郎は愉快そうに叫んで大声で笑った。


ここからは穏やかに、誰もがギリアンたちの歓迎会を楽しんだ。



ギリアンたちは今のところは酒井家の客人として、セルラ星のガッツ村に移動した。


もちろん、琵琶家も同行していて、今は物見遊山気分で村の散策をしている。


寅三郎がナンシーの両親に婚姻の挨拶をすると、父母ともに大いに喜んで、寅三郎に礼を言ったほどだ。


そしてもうすでに子供が六人もいることに、父母ともに大いに眉を下げていた。


その父母よりも弟のモルドが大いに喜んで、寅三郎を兄と呼ぶようになった。


式場などは寅三郎自らが建てたことで、村人の誰もがさらに寅三郎に好感をもった。


この情報はテレビを通じてセルラ星中に報道され、寅三郎と懇意にしている村からは祝辞が届いた。


しかし、誰もが歓迎しているわけではない。


特に寅三郎に想いを寄せていた者たちがこぞって寝込むほどに衝撃的な出来事となった。


その中で唯一、勇者ミサだけは空を飛んでやってきて、「…うちの村でも結婚式をしなさい…」とまさに姉として言い始めたが、ここは幻影と蘭丸が穏やかに控えさせた。


そしてモルドが大いにウズウズしていたのだが、『勇者は必要としていない』件についてはナンシーから聞いていたので、酒井家に士官することはままならなかった。



すると、旅の途中の松山楓が少女を連れてやってくると、寅三郎は破顔した。


「なんだ、簡単だったようだな」という寅三郎の言葉に、楓は大いに眉を下げ、少女は無愛想に小さく頭を下げただけだ。


少女とはもちろん、寅三郎が命を救った能力者だ。


「ほら、言いたいことがあるんでしょ?」と楓が少女に言うと、少女は大いに眉を下げて楓を見た。


今は楓がこの少女の師匠のような存在となっていた。


「言える時が来れば言えばいいさ」と寅三郎が言うと、少女はまた小さく頭を下げただけだ。


「…逆に、聞きたいほどですぅー…」と少女が眉を下げてお凛たちを見ると、「…そういえば、更に子が増えたわね…」と楓は大いに眉を下げて言った。


「ファイガまで子供になっちゃったの?」と楓が眉を下げてファイガに聞くと、「ええ、存分に使ってくださるので。それに、ナンシーさんには母になっていただきました」という明るい言葉に、楓は大いに眉を下げていた。


「…真珠ちゃんに聞くとひっかかれそうだからやめておくわ…」という楓の言葉に、真珠は、「…うふふ…」と意味ありげに笑っただけだ。


「…それにハイネちゃんまで…」と楓がさらに眉を下げてあきれ返って嘆くと、「…あははは…」とハイネはバツが悪そうに笑った。


「…大丈夫なの?」と楓が色々と言葉を省略して寅三郎に聞くと、「…それ以外で少々…」と眉を下げてつぶやいて、ギリアンたちを見た。


もちろん楓はその視線を追って、「…あら? 私としたことが見落としていたわ…」と楓は言って少女を連れて、ギリアンたちに挨拶に行った。


そして自己紹介を交わしてから、「…経験だけは積んだ方がいいと思うんだけど…」と楓は眉を下げて言った。


もちろん信長も幻影も楓を見ていて笑みを浮かべている。


「もちろん、ギリアンさん自身が強くなるためじゃないわよ」


楓の言葉に、信長は大いに眉を下げ、幻影は愉快そうに笑った。


そして言われたギリアンは答えが見つからず眼を見開いている。


「人間の文明文化に触れて、

 人間の行動に綻びが見える部分がきっとあると思うの。

 その綻びだけを知ることに集中するわけ。

 そうすれば、心の底から人間になることはないはずよ」


ギリアンにとってまさに眼からうろこで、すぐさま楓に頭を下げた。


「それに、萬幻武流には、動物の門下生もいるから、

 お師様からの特別なお言葉があるはずなの。

 まさに、私が言ったことを言われていると思うわ。

 だけどあなたが心の底から人間になりたいのなら、

 心底流派に触れることをお勧めしておくわ」


「いえ、俺はこの先も動物でありたい」というギリアンの気持ちがいいほどの回答に、信長は大いに落ち込んだ。


「動物から見ればね、私たちの欲なんて、

 何の得にもならないものって思われているわよ」


楓が少女に言うと、少女は大いに苦笑いを浮かべていた。


もちろん、半分以上は楓の言ったことを信用してはいない。


信用してはいないが、師匠としては大いに信用できる。


ここ数ヶ月間、寅三郎の無理難題の宿題に、ずっと苦悩していただけなのに、楓が現れてすぐに能力者としての力が蘇ったからだ。


見た目の年齢的に少女とそれほど変わらない楓に、少女ミツ・ムタは大いに興味がわいていて、正式に弟子として行動を共にすることにしたのだ。


「欲を持てば怪我の元」とギリアンが言うと、「そうね、動物にとって死活問題だわ」と楓はすぐに言葉を返した。


「自信があることですら慎重になる。

 そして、安住の地を得たと思っていたのだが、

 それにも落とし穴があった。

 平和だけの生涯ほどつまらないものはないと思い知って、

 誰かの下につくことはやめたんだ」


「…くっ!」とここで信長が声をあげ、悔しそうな顔をした。


こういう理由がありギリアンは寅三郎に寄り添うのだが、それは主従ではなく、友としてともにいることになる。


「だが、お殿様の様子から、

 俺の居場所はここにはないと思った」


ギリアンの言葉に、寅三郎は大いに眉を下げ、「心を改めな」と濃姫が乱暴に信長に言った。


「欲を持って悪かったな!」と信長は大いに悪態をついた。


すると、「ふんっ!」と濃姫がうなると、信長が消えた。


「追いかけたら死ぬわよ」という濃姫の言葉に、幻影も蘭丸も身動きできなかった。


「…だが… だが…」と蘭丸は涙を流しながらつぶやいていると、その蘭丸から信長が飛び出してきた。


「…貴重な体験をさせてもらった…」と信長は濃姫に言ってにやりと笑った。


「くっそっ! 気功術を使えたかっ?!」と濃姫は大いに悔しがって叫び、地団太を踏んだ。


「裏の世界は寒いし詰まらん」と信長が鼻で笑って言うと、「…どこまで本気なんだか…」と濃姫は大いにあきれながら言った。


「本気を見せぬと、術を放たんだろ?」


信長の言葉に、「あ」と幻影が言ってから、愉快そうに笑った。


「…ちょっとでも腹が立ったら、いつでも飛ばしてやるわよぉー…」と濃姫は大いに悔しそうにうなった。


「ま、それでもよいが、

 高水準の気功術師以外には使うなよ。

 戻ってこられぬだろうからな」


信長の言葉に、濃姫は大いに悔しがりながらも降参して頭を下げた。


信長としては、濃姫の奈落の術がどれほどのものか知りたかったので、本気にさせる必要があった。


よって、誰がどう見ても優秀でしかないギリアンを欲することで、濃姫を本気にさせたわけだ。



どうやら一難去ったようだが、寅三郎は大いに苦笑いを浮かべていた。


しかしお凜だけは何かを知っているようで、ごく自然な笑みを浮かべている。


そしてギリアンに寄り添って、小声でとんでもないことを言ったのだが、よく考えればそれもありとして、話が聞こえていた寅三郎はカトレアに情報収集を依頼した。


そのカトレアは大いに手間を省いて、フリージアで働いている幼児をひとりを抱えて戻ってきた。


カトレアは一時的にだが、影を雇ってきたのだ。


これには咲笑と幻之丞が大いに眉を下げたが、ふたりは琵琶家の影なので、基本的には寅三郎に仕えることはできない。


カトレアの相談役は天照大神、そして交渉相手は、何かと良心的なペガサスフィルで、カトレアの心強いお得意さんだった。


よって利害関係はあり、フィルに対しての袖の下程度の裏工作は普通にある。


ちなみにフィルの要望は、フリージアにとって有益な情報なのだが、カトレア自身が語っても問題がないと判断した情報だけだ。


ごく一般的な世間話程度でも、言葉を重ねると、問い詰めなくても、さまざまなものが見えてくるものだ。


フィルはカトレアと多くの言葉を交わすことで、カトレアが語らない真実を知ることができるわけだ。



二百十号と名乗った影は、寅三郎の要望通り、万有源一がギリアンとポピーを発見した星の情報を映像として出した。


ちなみにゼロスは、万有源一たちが住んでいた母星で発見されていた。


元々の依頼主のお凜は陽気になって飛び上がって喜んでいる。


「管理はフリージア星で行っています。

 人間で生息している者はいませんが、

 万有家の許可を得て、勇者がひとり住んでいます」


その理由を影が語ると、「…動物と婚姻した勇者…」と寅三郎はつぶやいて苦笑いを浮かべ、その動物の映像が出ると、「…勇者の中の勇者だ…」とつぶやいて大いに苦笑いを浮かべた。


「…セルラ星の首長竜…」と、事情を知っているギリアンですら大いに眉を下げてつぶやいた。


「色々と問題はあるが、まずは物見遊山として行くか…

 …いや…

 新婚旅行の一環として…」


寅三郎が大いに眉を下げて照れながら言うと、ナンシーも大いに照れて頭を下げた。



寅三郎とナンシーの婚姻の儀は高貴に、そして穏やかにつつがなく終了した。


誰もが着飾っているナンシーが泣きじゃくるのではと思っていたのだが、予想に反して堂々としたものだったので、誰もが怪訝に思うほどだった。


ナンシーとしては、妻の座よりもお凜たちの母であることの方が大きいので、感動はあっても我を見失うほどのものでもなかった。


魔王の妻だからこそ、堂々としていることが当然だと思うナンシーもいたのだ。


しかも、大きな存在の能力者なのだが、これで終わりではないことはよく理解できている。


この先は統括地の創造神や宇宙の妖精の道も開かれているからだ。


誰もがそれほどマネのできない道なので、多少の緊張感もある。


よって勇者であるミスティンがナンシーの家臣としてつくことも当然のことでもあった。


そのミスティンは泣かないナンシーの代わりに大いに泣いていた。


まさに、自分のことのように想い喜んでいるのだ。


ナンシーはいい友を持ったと、心の底から感謝して喜んでいた。


ガッツ村はまさにお祭り騒ぎだったが、最後の花火大会は花嫁のナンシー自らが打ち上げているため、誰よりも一番働いていた。


酒井家の祝いの席は、酒井家自らが働くものだと、誰もが大いに眉を下げて、改めて寅三郎とナンシーにお祝いを言って、長い一日を終えた。



この日の酒井家は、もののついでに増築したナンシーの実家の世話になり、翌日は再び琵琶家と合流して、名のない動物の星に旅立った。


もちろん、ギリアンとポピーのふるさとの星に出向いたのだ。


しかし肝心のギリアンとポピーのふたりにはそれほど懐かしさはないようで、どちらかといえば、『…置き去りにされないだろうか…』などと考えていた。


影二百十号は宇宙空間から星の状態を探り、様々な情報を映像として出した。


「…まずは、肥えた土地作りからだろうな…

 あえて肥えていない土地を残して、

 ちゃっかりとそこに住み着くことは可能だろう」


寅三郎の言葉に、誰もが愉快そうに笑った。


「…人間は住んでいたようですけど、

 絶滅したようですぅー…」


影二百十号の言葉に、誰もが大いに眼を見開いて、出した映像を見て、誰もがうなった。


まさに近代的なビルの残骸があり、動物の住処となっていた。


推定で三千年ほど前のことで、その原因は不明だ。


もちろん、わずか数年前までここに住んでいたギリアンとポピーには想像もつかないことだった。


そして唯一住んでいるはずの勇者を探すと、空に向けて手を振っていたのでわかりやすかった。


ここは信長の指示で、宇宙戦艦は星の大気圏に突入した。



勇者マルロ・モッタとは穏やかに挨拶を交わしたが、人間の女性に見える高身長の者は落ち着かないようで、マルロの影に隠れるようにして佇んでいる。


女性はただの凶暴な動物でしかないので、信長が興味を示すことはなかった。


「…ここがいいぃー…」とお凜が言って、栗鼠に変身していきなり宙を舞ったことに、誰もが眼を見開いた。


この小動物に、女性は頭を抱えてうずくまってしまったことに、マルロは、「穏やかだ、何も問題はない」と告げた。


女性は何度もうなづいて、マルロに懇願の目を向けて、何とか立ち上がった。


戻ってきた栗鼠を抱きしめたのはお杏で、「お姉ちゃん、いいなぁー…」と言って、自力で空を飛べることを大いにうらやましがった。


栗鼠はひょいと飛び降りてお凜に変身して、「ここで暮らしたら、もっと強くなれるよ?」と小首をかしげて寅三郎に進言した。


「…ふむ…」と寅三郎は言って、大いに苦笑いを浮かべているギリアンを見て、「それほど賛成ではないようだな」と聞くと、「いえ、お凜様のお言葉通りに」と告げて頭を下げた。


「…うふふ…」とお凜は意味ありげに笑って、ギリアンを見上げて満面の笑みを浮かべた。


「お前! その神が怖くないのか?!」と女性が叫ぶと、「お前が妙なことを考えているから怖いんだ」とギリアンに返されると、マルロは、「その通りだ!」と叫んでから、愉快そうに笑った。



まずはこの星の地表の現状を探って、もし住むのならば、動物のために肥えた土地に変える必要がある。


楽園とは言いがたいのだが、マルロが管理している農地は唯一の楽園ともいえた。


万有源一の置き土産のようで、広大なドドンガ畑があるからだ。


この星で一番凶暴な生物は、人間に変身できる首長竜なので、ほぼ問題はなかった。


試しに、原生している実のなる植物を丁寧に成長させると、半数以上がかなりうまい実となって、誰をもうならせて、早速食い倒れ祭りが始まった。


特に火竜たちが大いに働いたので、ご神体として崇められた。


そして都合のいいことに、動物たちは人間が怖いようで、人間のいる場所には近づいてこない。


さらには、動物がいる森などに寅三郎が緑のオーラを流すと、大地が一変したので、食うことに夢中になり始めた。


「…何人か仲間がいそうだ…」と寅三郎が笑みを浮かべてつぶやくと、お凛とお杏はすぐさま陽気に同意した。


そして寅三郎は春之介に念話をして星に招待すると、優夏とともにくつろぎ始めたので誰もがこっそりと笑っていた。


動物にとっては、アニマールよりも好条件のようで、動物の人間への進化には程遠いらしい。


アニマールにはもうすでにその兆候があるのだ。


そして春之介は別荘としてこの地に屋敷を建てたいと言ってきたので、寅三郎は快く承諾した。


本当は移住したいそうだが、星の持ち主の蝙蝠のゼルダとの兼ね合いもあって、それは困難だ。


寅三郎はこの地のどこかに木造の獣王城を建てることに決めて、今日のところは勇者マルロに別れの挨拶をしてから、琵琶家一同は喜笑星に帰還した。



「…寂しくなるな…」と欲などまるでない信長がつぶやくと、「いつでも呼び出してください」と寅三郎は笑みを浮かべて答えた。


「早朝の訓練は来るよ?」とお凜が小首を傾げて言うと、「そうかそうか」と信長は機嫌よく答えた。


「我が家の行く末が見えてきましたので、

 別働隊として部隊をひとつ抱えようと思っています」


寅三郎の言葉に、「ここでそうきたか」と信長は言って何度もうなづいた。


「まさかこれほど早くなるとは思ってもいなかったのです。

 もっとも、小恋子殿の賛同を得られるのかは未知ですが」


「肝心のお前が婚姻したからな」と信長は言ってにやりと笑った。


「勇者にはあと二名ほど心当たりもございますれば」


寅三郎の言葉に、「雇う方が上手じゃな」と信長は笑みを浮かべてうなづいた。


「キャッシー殿も同格以上ですので、

 我が酒井家とは別に家を抱えてもらってもいいのです」


「…む! そうきたか!」と信長は機嫌よく叫んだ。


その家は琵琶家の旗本扱いとなるので、信長には何の杞憂もなくなる。


「ですがまずは、国民を雇い入れることが先決でしょう。

 守るものなく、軍を大きくしてもやりがいにはつながりません」


寅三郎の進言に、「…それは縁じゃからなぁー…」と信長は言って、少ししかめっ面をして何度もうなづいた。


すると、まだ雇ったままの影二百十号があたふたとして、宙に表を映し出した。


そこには写真と名前、そして住んでいる星と住居が記されていた。


星の名前のほとんどには聞き覚えがなく、知っている場所の住人ではないことは確かだった。


だがその中に、『キャッシー・ゴールド』『才神小恋子』のふたりの名前があった。


表にある名前は三千名を超えていて、百名を集めるだけでもひと苦労だろう。


寅三郎はナンシーや神を持つ者たちを見回すと、誰もが少し自慢げな同じ顔をしていたことで、大体の察しはついた。


「…またお凜の仕業か…」と寅三郎が嘆くと、「ヤマ様が協力してくれたよ?」と笑みを浮かべて答えられてしまったので、寅三郎はさらに大きなため息をついた。


「…面倒ついでに雇ってくださいぃー…」と影二百十号が懇願の眼をして言うと、お凜とお杏が真っ先に拍手をしたので、「…カトレア、手続きを頼む…」という寅三郎の言葉に、「好きにしていいらしい」とカトレアはにやりと笑って答えた。


寅三郎は信長の許可を取ってフリージア星に行き、フィルに丁寧に礼を言った。


そして現在のフリージア王との再会を果たして、今回は腰を据えて話をした。


マサカリ・ウェポンも現在は新たな修行中として、それほど表立った仕事は控えているそうだが、毎日のように救済の宇宙の旅には出ているそうだ。


話しついでに、寅三郎が国民を抱える話をすると、マサカリは笑みを浮かべて何度もうなづいた。


詳しい話は流れていなかったようで、影二百十号経由でマサカリの影にその情報が送られてくると、さらに詳細な情報が添付されたものが戻ってきた。


その星々の現在の状況下だ。


半分ほどはロストソウル軍の管理下にあるが、もう半数はまだ未開拓の宇宙のようで、どのような状況なのか全くわからない。


すると、万有爽太が興味を持ってやってきて、管理されている星に関しては、問題のない者だけをフリージアで一旦預かってもらえるように話がついた。


よって酒井家は、今日から未開拓の宇宙に飛ぶことに決めた。


未開拓の宇宙にある星は五十ほどあり、総勢二千名もいる。


管理下にある星で使える者は、もうすでにフリージアなどで保護されているのだろうと、寅三郎は察していた。


寅三郎はマサカリと爽太に別れを告げて、まずは喜笑星に戻って信長と話しをしてから、早速宇宙の旅に出ることにした。


と言っても、今日のところはこの喜笑星の宇宙にある、モリステンという星に飛ぶので、お隣さんを訪問するようなものだ。


モリステンには候補者が五人もいるので、幸先のいい出だしを期待した。


もちろん信長は大いに興味を持っているが、さすがに寅三郎の邪魔をするわけにはいかない。


よってここは、琵琶家と竜神家から同行者を出すことに決めた。


もちろん寅三郎に断る理由はなく、弁慶と沙織、勇健と美麗と朗らかに挨拶を交わして、早速旅に出ることになった。


「…しばらくは宇宙の旅だけでもいいんだけど…」という沙織の言葉に、誰もが大いに眉を下げていた。


もちろんそれはないだろうと、最低でも、次回の琵琶家からは源次と志乃だろうと誰もが思い浮かべていた。


「次回は、松太郎さんと竜胆らしいぞ」


弁慶の言葉に、沙織は大いに眉を下げてため息をついた。


「新婚旅行ということでもよろしいでしょう」


寅三郎の陽気な言葉に、弁慶と沙織は笑みを浮かべて頭を下げた。


酒井家は全軍で出ているので、もちろん油断はしていない。


だが、モリステンについては全く危険はないという調査報告があった。


もちろん、虎姫と名付けた影が小さな宇宙船を飛ばして先行調査をしたからだ。


酒井家の宇宙戦艦は難なくモリステンにたどり着き、安全確認をして大気圏に飛び込んだ。


ここからはお凜の案内で、難なく五人を発見した。


調査をしただけあって、その居場所をきちんと把握していたことに寅三郎は驚き、お凜を大いにほめた。


現地住人の四人までは酒井家の民として抱えることができたのだが、最後の一人に拒絶されてしまった。


「言うべきではないだろうが、面倒な女を好きになったものだ」


寅三郎の辛らつとも取れる言葉に、マール・トッテンは大いに眉を下げて、「…できれば、変わって欲しいのです…」と小声だが希望を持って言って、寅三郎に頭を下げた。


酒井家がどういった存在なのかは、このマールには、なんとなくだが察しがついていて、語っていることにうそ偽りはないと信じていた。


「時折連絡を入れさせてもらう。

 それに、我らの星はこの近くにあるからな」


この寅三郎の言葉にもマールは希望を持って、笑みを浮かべて頭を下げた。



寅三郎はまずは喜笑星に行って、信長に成果報告をしてから、国民となった四人を連れて獣王城に案内すると、四人とも城を見上げて夢見るような顔をしていた。


しかし、四人で暮らすにはあまりにも広く寂しいので、しばらくはモルト星の酒井御殿で、家臣たちとともに暮らしてもらうことにした。


そして最終的にはまた別の星で腰をすえることになると聞いて、四人はこの先の人生に大いに期待をした。


もちろん、住むことができる星が四箇所もできたことで、今回、一番優秀なまだ少女と言っていい、ルビー・ニッパーは満面の笑みを浮かべている。


さらに話を聞くと、懇意にしている星はまだまだあり、一生涯では足りないほどに時間が必要だと、ルビーは大いにやりがいを上げていた。


そして近場の候補者二名のキャッシー・ゴールドと才神小恋子が、天照大神に連れられてやってきた。


まさか雇ってもらえるとは思ってもいなかったのだが、二人にはそれほどいい予感はない。


その予感は的中して、しばらくは酒井家に同行するが、人が増えればキャッシーを城代として、酒井家とは離れて過ごすことになると聞かされた。


さらには、基本的にはキャッシーと小恋子は地上組として宇宙の旅への同行はないと聞かされたことに、キャッシーは今回の寅三郎の依頼を白紙に戻して、眉を下げている小恋子を連れて、怒ってサルサロスに戻ってしまった。


「…気の短いヤツめ…

 まだ先があったんだがな…」


寅三郎が言ってミスティンを見ると、ミスティンはすぐさま視線を外した。


「お付きにはいてもらわないと困るわ…」とナンシーが眉を下げていうと、「姫として、ナンシーが城代どころか殿様だ」というと寅三郎の言葉に、「…確かに… それならありだわ…」とナンシーは眉を下げて答えた。


「この先、様々な状況が考えられるからな。

 家族だからと言って、常に同じ星にいることが、

 すべてにおいて安全とは限らん」


寅三郎の言葉に、「…初先の戦いで思い知ったわ…」とミスティンは言って眉を下げた。


長い時間モルト星で過ごしていた場合、宇宙海賊とは必ず遭遇していたはずだ。


先手を打って撃退したからよかったものの、気づかなかった場合、ただでは済んでいなかったはずだ。


「…伏兵として、有利になることもあるぅー…」とマデリーンが言うと、寅三郎は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「もちろん、ずっと離れていることもないから、

 様々なことを考慮して決めることにした。

 まず第一は、国民がさらに増えてから、細かい決め事をする」


寅三郎の言葉に、家臣たちは一斉に頭を下げた。


そして寅三郎は移住者リストには載っていない、勇者ミサ・ハウトに影の虎姫の通訳付きで念話をすると、こちらもそれほど色よい返事はなかった。


やはりそう簡単には、勇者の代わりはいないようだ。


そしてそのついでに、半分以上あきらめ気分でモルド・ガッツに念話をすると、『考えさせてくれ!』と気合の入った返答を聞けたので、寅三郎は上機嫌になった。


「…どうなってるのかしら…」とナンシーが眉を下げていうと、「村ごと誰かに託す」という寅三郎の言葉に、「あら、まあ…」とナンシーは驚きと困惑と喜びに百面相を始めた。


よって、父母もこちらに呼ぶことになるわけだ。


「母上は体力的にかなり使えるし、父上は家老向きだ」


寅三郎の希望がある言葉に、ナンシーは手のひらを合わせて喜んだ。


「だが、家族全員にこちらに来てもらうとなると、

 外野が騒がしくなりそうだがな」


寅三郎の杞憂に、「問題ございません」とナンシーは真剣な眼をしていって頭を下げると、ミスティンとマデリーンも追従した。


「…となれば、やはりナンシーを殿様として、

 俺が離れることが最善か…」


寅三郎がとんでもないことをいい始めると、誰もが大いに眼を見開いた。


「国はナンシーに任せ、俺は琵琶家に奉公に上がる。

 もちろん、常にというわけではないし、

 居場所は喜笑星でしかない」


寅三郎の言葉に、「…この先、きっと、必要だと感じました…」とナンシーは真剣な眼をして言って頭を下げた。


「それに、すぐのことではないし、ともにいる日ももちろん設ける。

 さらには、マッドスタック以外にもお付きが欲しいからな。

 後は実戦以外での、それぞれの役職を持たせたい」


寅三郎は言って、五十名の家臣たちを見回すと、ほとんどの者が笑みを浮かべて頭を下げた。


「倍ほどは必要かと」というナンシーのつぶやきに、「国民とあわせて、さらに抱え込もう」と寅三郎は機嫌よく答えた。



寅三郎は虎姫にすべての星を調べさせ、不幸がある順に琵琶家、竜神家とともに星の開放を行った。


人材はより取り見取りで、初めに表にあった者以外にも多くの国民や軍人を採用した。


特に琵琶家はついに飽和状態となり、国民が増えない限り、家族を増やさないことに決まった。


そして竜神家も、比較的低年齢層の軍人が勇健を殿様と認め、清々しいほどの部隊が完成した。


そして国民だが、勇健はものづくりに長けた者を多く採用して、竜神城下に健吾とともに住まわせた。


勇健は、小さいながらも一国一城の主となった。


そして酒井家は、ガッツ家を喜笑星の獣王城の管理を託し、国民は千人。


ナンシーには獣王星と名づけた動物の星の殿として据え、国民二千人を抱えさせた。


この二つの城から選抜して、モルト星の酒井御殿に派遣して、三つの星を維持することに決まった。



「…人質?」と信長が寅三郎に向けて眉を下げて聞くと、「そのようなことなど一切ございません」と寅三郎は言ってすばやく頭を下げた。


「宇宙での、手助けの件がございますれば」


寅三郎の言葉に、「…助かる…」と信長は言って頭を下げた。


もしも不意に信長が旅に出ると決めれば、寅三郎がすぐさま家臣たちを呼び寄せれば、琵琶家に迷惑がかからない。


そういった意味で、寅三郎は喜笑星の安土城に残るのだ。


その寅三郎の側付はマッドスタック、ギリアン、カトレアに加え、勇者モルド・ガッツ、そして天使の天城さつきという、魔王、鬼、恐竜、悪魔、勇者、天使で構成されたわずか六人の小隊なのだが、超強力部隊なので、信長も幻影も大いに納得していた。


喜笑星の平和は、宇宙の創造神とでかい亀に加えて濃姫がいるので、それ以外のことに対応することになる。


「一般人と死神がおらんが?」と信長が聞くと、「いずれは側に置こうと」と寅三郎が即答したので、信長は満面の笑みを浮かべてうなづいた。



喜笑星の琵琶家と酒井家は磐石となった。


そして残るは竜神家だが、こちらはのんびりとしたものだ。


しかし、琵琶城下の国民の中からひとつの村を抱えることになった。


この村はかなり重要で、天草四郎がこの庄屋の養子に入った。


庄屋の養子なのだが、織田為長と名乗るように信長に命令されている。


よって本来はまだ武士で、信長が養子にとったことになる。


国民の近くに琵琶家の家族を置くことで、すべてにおいて平和にしようという信長の考えだ。


だが、為長に特命などはまったくなく、ごく普通に庄屋の息子として生活をしているが、萬幻武流の門下生ではある。


為長は納品と買い物を終え、足こぎ人力車をこいで、安土城下から竜神城下に戻ってきた。


やはり城が違えば気持ちもすぐに切り替えられるようで、「ふー…」と軽く息を吐いて笑みを浮かべて城を見上げてから、大荷物を降ろし始めた。



「…ああ、四郎様…」


お志摩は言って、少年のほほに口付けをしてから、ゆっくりと唇にふれ、貪るように唇に吸い付いた。


「…あんた… 弟だからって何をやっても許されるってわけじゃないのよ」


かなり眉を下げて使用人のお雅が言うと、「…ああ、吉蔵が四郎様だったら…」とお志摩はくちづけをやめて、恥ずかしげもなく言った。


「吉蔵が変な子になっても知らないわよ」


お雅のあきれ返って言うと、「なんないよ?」と庄屋の末娘の桔梗が絵を描きながら言った。


お雅が、「どうしてわかるの?」と怪訝そうに桔梗に聞くと、「なんないから」と桔梗は満面の笑みを浮かべて答えた。


そして安土城下で買ったスケッチブックのページをめくって、白紙のページにまた絵を描き始めた。


「…あははは…」と吉蔵が照れくさそうに笑うと、「…ああ、そういうこと…」とお雅は納得したがあきれ返った目をした。


「だけど桔梗ちゃん…

 異様に上手になっちゃったのね…」


お雅が桔梗のスケッチブックを見下ろして言うと、「先生に教えていただいたから!」と桔梗は満面のみを浮かべて叫んでから、またスケッチブックに目を落として、すらすらと描き始めた。


「…あら、やだ…」とお雅が言った。


どこからどう見ても、被写体はお雅だったからだ。


しかもモデルのお雅を見ることなく忠実に描き上げているのだ。


「…幻影様のお弟子さんになれちゃうわ…」とお志摩が眉を下げて言うと、桔梗は眉を下げてスケッチブックから顔を上げた。


「いやだったら行かなくていいんだ!」と吉蔵が兄の威厳を持って叫ぶと、「はい! お兄ちゃん!」と桔梗は満面の笑みを浮かべて吉蔵に礼を言ってから、ほんの一瞬、吉蔵に抱きついた。


吉蔵はお志摩にくちづけをされるよりも桔梗に抱きつかれる方が照れくさいようで、顔を真っ赤にしていた。


「こら、大きいやつらは働け」と部屋を覗いてきた為長は言って部屋に入ってきた。


「ごめんなさい、四郎様」とお雅は言って、すぐさま廊下に出て行った。


お志摩は大いに顔を赤らめて、為長に一礼して廊下に出た。


「お雅が仕事をサボるはずはないのだが…」と為長が首をかしげながら言うと、ここは照れくさそうにして吉蔵が説明した。


為長は少し笑いながら、その時の状況が目に浮かんだ。


「姉ではなく、母、か…」という為長の言葉に、「…はいぃー…」と吉蔵は言って肯定した。


「四郎様! これこれ!」と桔梗は陽気に叫んで、精魂こめて描いた為長の肖像画を見せると、為長は大いに目を見開いた。


「…昨日と、ぜんぜん違うじゃないか…」と為長は言って、スケッチブックを手にとって、まじまじと見入った。


「先生に教えていただいたのです!」と桔梗が陽気に叫ぶと、為長は昨日のことを思い出し、確かにその事実はあったのだが、楽しそうに話をしているだけだと思っていた。


もちろん、幻影の子供好きは有名で、幻影を悪く言う子供はいないといっていいほどだ。


「幻影様に弟子入り、するかい?」


為長が桔梗にスケッチブックを返しながら言うと、桔梗はスケッチブックを受け取って吉蔵を見た。


「そうだよな…

 まだまだ家族とともに過ごすべきだ…

 だが、学校の帰りにでも、

 幻影様にお時間があればお話をしてもかまわないだろう」


為長の希望ある言葉に、「はい! 四郎様!」と桔梗は大きな希望を持って叫んだ。


今日は休日なので学校は休みだ。


よって、「三人で出かけるかい?」という為長の甘い言葉に、吉蔵と桔梗は顔を見合わせて笑みを浮かべて立ち上がった。



もちろん、琵琶家家人の中で為長は有名人なので、誰かに出会うたびに声をかけられる。


よって幻影の居場所は簡単に判明して、為長は二人を連れて工房に行った。


現在は鍛冶工の鍛錬中で、生徒は為長たちの殿様である竜神勇健だった。


「吉蔵も、何かに興味がわいたらいつでも言ってくれ」


幻影がいきなり言うと、「はい! 幻影様!」と吉蔵は素晴らしい返事を返した。


―― 姉以外は問題ないな… ―― と為長は思って笑みを浮かべた。


そして桔梗は今までに何があってここに来たのかを幻影に流暢に話すと、「この先の桔梗の進路については、為長が決めてもいいだろう」と幻影が答えたので、桔梗は満面の笑みを浮かべて為長を見上げた。


「もちろん、家族全員に話しますから。

 一番大きな娘が、すぐにふくれっつらを見せるのでね」


「お香さんに頼んでもいいんだ、花嫁修業としてね」


「…脅し文句として使える…」という為長の言葉に、幻影は腹を抱えて笑った。


為長が桔梗の背中を軽く押すと、桔梗は戸惑いながらもスケッチブックを幻影に渡した。


「…さぁーて、どれほど…」と幻影は言ってページを開いた瞬間に言葉をとめて、絵を見入り始め、そして描きかけのお雅の絵を見入ってから何度もうなづいた。


「桔梗、悪いが勇健を描いてみてくれ」という幻影の言葉に、「はい! 先生!」と桔梗は元気に答えて、勇健の観察を始めてほほを赤らめた。


そして書き始めたのだが、筆の速度が異様に遅い。


しかし絵の出来栄えは素晴らしいと為長は思ったが、―― 拘束されてる? ―― となぜか考えた。


為長とお雅の似顔絵は、まさに自由に見えた。


―― そうだ、線が太いんだ… ―― と為長はようやく絵の違いに気づいて、納得して何度もうなづいた。


幻影は笑みを浮かべて何度もうなづいている。


「よっし、そこまで。

 次は吉蔵を描いてくれ」


幻影の言葉に、桔梗は満面の笑みを浮かべてから、ページをめくって、とんでもない速度で描き始めた。


「ああ、僕と同じだね」という勇健の言葉に、桔梗はスケッチブックから顔を上げて勇健を見た。


勇健は専用の画本を桔梗に渡して、ページをめくってその違いの説明を始めた。


「桔梗は絵のほかに何か好きなものがあれば挑戦してもいいと思う。

 勇健は木彫だが、桔梗はまた別の作品制作が得意かもしれないな」


幻影の希望ある言葉に桔梗はさらに希望を胸に抱いて、「はい! 先生方、ありがとうございます!」と礼儀正しく礼を言った。


「…勇健様の絵もすごいな…」と為長は大いに感心していた。


「…いやぁー… あはははは…」と勇健が照れると、桔梗も大いに照れている。


しかし勇健にはもう言い名づけがいることは桔梗も知っている。


若き殿様でもあることで、憧れ程度は誰にでもあるものだ。


為長は工房を出ようと思ったのだが、この場の雰囲気に、なぜか室内中を見入り始めた。


「…火の妖精…」と為長がつぶやくと、「ああ、いるぞ」と幻影がつぶやくと、為長は目を見開いて幻影を見た。


「もう、五十年程の付き合いだ。

 きっと、御屋形様のお力だろう。

 何かにつけて手を貸してくれるんだ。

 そして貸し過ぎないから、

 対象物に魔力が帯びることはないんだ」


「…その集大成が、皆さんの魔剣ですか…」


為長の言葉に、幻影は笑みを浮かべてうなづいた。


「…ついてきちゃだめなんじゃないの?」と吉蔵が言い始めると、幻影と為長が大いに目を見開いた。


すぐに我を取り戻したのは幻影で、「吉蔵がいろいろと言い聞かせて、何かができるように指導していいぞ」という幻影の言葉に、吉蔵は満面の笑みを浮かべて、「はい! 幻影様!」と機嫌よく答えた。


すると吉蔵が、「ここではダメ」と即座にダメだしをすると、幻影は大いに笑い転げた。


「四郎様、帰ってから畑に行く」と吉蔵が言うと、「…お、おう、わかった…」と為長は答えて、異論のない桔梗は吉蔵に寄り添って、幻影に頭を下げた。


―― 俺にも、何かの能力があるのか… ―ー と為長は思ったが、吉蔵に何かが憑いているとは思えなかった。



そして吉蔵の希望通りに、まだ耕していない拡張する農地予定地にやってきた。


「ちょっとだけやってみて」と吉蔵が言った途端に目の前に十間ほどの高さの小山ができていたことに、為長は目を見開き、桔梗は、「すごいすごい!」と叫んで手を叩いた。


すると近くで働いていた農夫たちが近づいてこようとしたが、「危険だからくるな!」と為長が叫んで制止した。


為長の言葉は絶対なので、何が起こっているのかだけ、遠くから確認することにした。


「だめだめ! 岩みたいにカチカチじゃないか…」と吉蔵が言うと、小山は消えていて、舗装した道路のようにまっ平らで硬い地面になっていた。


「中間が無理なのはわかってるさ。

 だけどそれができないと君は使えないんだ」


吉蔵の厳しい言葉に、―― 指導者向きか… 幼いのに素晴らしい… ―― と為長は大いに感心していた。


しかし、岩、石、植物の選別はうまいようで簡単にやってのけた。


見えない最新鋭の機械のように、簡単に選別を終えてしまった。


「いいぞ! 君は本当に素晴らしいよ!」と吉蔵はほめちぎることも忘れない。


小高く詰まれた岩と石を見て、―― これだけでもすごい ―― と為長は考えて笑みを浮かべた。


今日のところはこの選別作業だけをして、新たな畑を耕す準備はできた。


「じゃ、最初に戻って、少しだけ耕して」


吉蔵の言葉に、地面の変化はない。


作業者は大いに考え込んでいるようだ。


すると、「…がんばれ… …がんばれ…」と吉蔵が小声で言ったとたんに、音もなく直径一間ほどが耕されたように見える。


吉蔵が軽く踏むと、「うん、これでいいけど、全部できる?」と吉蔵が聞いた。


―― たぶん無理… ―― と為長が考えると、吉蔵は少し肩を落としたが、「今日はこれでいいさ!」と陽気に言った。


母屋に帰るついでに、農道の舗装をやっていると、農夫たちがもの珍しそうにぞろぞろとついてきて、硬い地面に感心していた。



「…さっきのってなに?」と吉蔵たちの父である庄屋の又蔵が為長に聞くと、「吉蔵が妖怪使いとなったようです」と笑みを浮かべて答えた。


「…ほ、ほう…」と又蔵は答えて大いに眉を下げた。


「吉蔵は神に選ばれたようです。

 よっていずれは、琵琶家に養子に出すべきでしょう」


「…うう… うれしいことではあるが…」と又蔵は言って大いに眉を下げた。


できれば吉蔵に家の跡目を継いでもらいたいようだが、琵琶家と天秤にかける意味はない。


もちろん、琵琶家の一員の方が重いからだ。


「さらには、桔梗も絵で頭角を表しました。

 できれば二人は、勇健様たちと同じように、

 琵琶家の一員として、経験を積んだ方がいいと思っているのです」


すると桔梗と吉蔵はすぐさまお志摩を見た。


「姉ちゃんには能力は何もなさそうだ」


為長の言葉に、兄弟三人は大いに眉を下げた。


「だからこそ、さらに学校でいろいろと試してみる価値はあるんだ。

 学校で自分の行く末も大いに考える必要がある」


「四郎様は、見えないはずの火の妖精を感じたよ?」と吉蔵が言うと、又蔵とお志摩はさらに眉を下げた。


「ああそうだ。

 吉蔵に憑いた子は、土の妖精かい?」


為長の言葉に、吉蔵は黙り込んでから、「ゴーレム?」とつぶやくと、為長は大いに眉を下げて、学校で習ったことを話した。


「どうやら未熟なゴーレムで、まだ自分の肉体を形成できないんだね。

 ここで暮らしていれば、その雄雄しき肉体をいずれは披露できるだろう。

 まさにこの村の守り神となるはずだ」


為長は言って、吉蔵に向かって大きな音で拍手を打つと、誰もがすぐさま倣った。


為長はお雅に言いつけ、極力豪華な膳を用意してもらった。


そして吉蔵の膳の隣に並べた。


「神様のお食事だ」という為長の言葉に、「…ごちそうだぁー…」と吉蔵が言うと、皿の上のものが順番に消えていって、あっという間にすっからかんになったので、誰もが大いに苦笑いを浮かべた。


「おかわりは?」と為長が聞くと、「あっ」と吉蔵は我に返ってゴーレムに聞くと、「今と同じだけ食べたいですぅー… って言った」と眉を下げて答えて、吉蔵はほほを赤らめた。


「ゴーレムは女性のようだ」という為長の言葉に、吉蔵はすぐに頭を下げて肯定した。


「吉蔵たちの母ちゃんかもな」


為長の言葉に、庄屋一家は固まっていた。


「だったらいいなという程度の話だ」


さらに為長が言うと、誰もが認めてすぐさま頭を下げた。


やはり天草四郎もこの庄屋家族の中にあって神でしかないので、少々浮いた存在ではあった。


よって為長ではなく、四郎様と呼ぶ習慣は変わっていない。


だが唯一為長と呼ぶお雅が、「お代わりを」と言って、為長の隣に膝をつけて手を伸ばすと、「ああ、ありがとう」と為長は笑みを浮かべて答え、茶碗をお雅に渡した。


為長はお雅から茶碗を受け取ってから、少し考え込んで、「…あとで幻影様に聞いてみるか…」とつぶやいた。


「能力者が早々に肉体を得る方法」


為長の言葉に、吉蔵が大いに陽気になって、ゴーレムの通訳を始めた。



食事が終わって、為長のお付き争いがあったが、ここは為長が一人で安土城下出向くことになったので、庄屋一同は大いにうなだれた。


為長はまずは幻影にしっかりと話を聞いて、少々カネは使ったが、様々なものを買い込んだ。


もちろんすべては食べ物なのだが、そう簡単に手に入らないものがある。


ここは琵琶家特権で簡単に手に入れて、為長は意気揚々と家に戻って、「まずはこれだ」と一番手に入りづらい菓子折りを膳の上に置いた。


「小さな菓子だが、腹の中で百倍ほどになる危険な菓子だ」


為長の言葉に、特に子供たちは大いに眉を下げた。


「この中の成分に、特に能力者にはなくてはならないものが入っている。

 今日食べたものとあわせて、

 ひょっとすれば、肉体形成程度はできるかもしれないという話しだ」


為長は包みを開いて、個包装になっている一個の包みを開いて膳に置いた。


丸い桃色の菓子が消えたとたん、「えっ! どこいくのっ?!」と吉蔵が叫んで縁側を見た。


すると庭先で砂埃が舞っていて、しばらくすると、砂の女性が立っていた。


「桔梗、お前の着物を持ってきてくれ」という為長の言葉に、桔梗はすぐさま部屋を出て行って、あっという間に戻ってきた。


「あの女性が正体を晒すから、

 着物の着付けをしてやってくれ」


桔梗がすぐに縁側に行くと、砂人形は消えていた。


今は桔梗の陰に隠れて着替えの最中だ。


すると、着物違いで桔梗がふたりになっていた。


「ここにいた時は素っ裸だったから恥ずかしかったんだろう」


為長の言葉に、「…四郎様は見えてたんだぁー…」と吉蔵は大いに感心して言った。


「一瞬だが目があってな。

 そのとたん、風になって飛んで行ったんだ。

 きっとな、空を飛ぶこともできそうだぞ」


為長の言葉に、吉蔵は子供らしく喜んだ。


すると、双子になった桔梗が手をつないで戻ってきた。


「普段の生活は桔梗とともにいればいい。

 もちろん、仕事の時は吉蔵に聞かなきゃわかんないんだろ?」


為長の言葉に、「…はい、そうですぅー…」と桔梗のそっくりさんは眉を下げて答えた。


「それに、ほかの方のお言葉には従えません。

 そういう決まりになっているみたいですし、

 私が勝手に何かをやることは許されていません」


「それは、術に関してのことだね?」と為長が一番肝心なことを聞くと、「…あー、よかったぁー…」と桔梗のそっくりさんは安堵の言葉を言ってから笑みを浮かべた。


ゴーレム自身がまだわかっていないことも多いようだと、為長は思って、笑みを浮かべて何度もうなづいて、桔梗と吉蔵に一般生活の先生になるように言いつけた。


もちろん、お志摩は面白くないのだが、為長が言ったことに意見をすることはそれほど得策ではない。


「名は決めたか?」と為長が吉蔵に聞くと、「…うん、ゴボウ…」という言葉に、為長は耳を疑った。


もちろん牛蒡ではなく、『五芒』だと思ったからだ。


「五芒星のことを知っていたのか?」という為長の言葉に、「…あー、だからかぁー…」と吉蔵は何かに納得したように言った。


「吉蔵は陰陽師かもしれない」


為長の言葉に、誰もが目が点になっていた。


為長は少しため息をついてから、「今から、六百年ほど前の話だ…」とつぶやいてから、鎌倉幕府があったころの話の中で、陰陽道について説明をしてから、桔梗と五芒の関係性も絵に描いて表した。


「きっとな、吉蔵から見れば、

 花の桔梗も五芒星も同じと解釈したからじゃないの?」


為長の言葉に、「…あはははは…」と吉蔵は照れくさそうに笑って頭をかいた。


「…主様… 宙に五芒星を…」と五芒が言うと、「まだやってやんないよ?」という吉蔵の無碍な言葉に、五芒は大いに肩を落とした。


「五芒が消えちゃうかもしれないからだよ?」


「…まさかでしたぁー…」と五芒は言ってすぐさま吉蔵に頭を下げた。


「…ふむ…

 妖怪のような五芒を安定させるため、かな?」


為長の言葉に、「うん! そうそう!」と吉蔵は陽気に答えた。


「とりあえずは好き嫌いなく、

 よく食べてよく寝れば、困ったことは起こらんはずだ」


為長の言葉に、「…はいぃー…」と五芒は眉を下げて答えた。


「…土、水、風、火の四天将…

 …子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二神将…」


吉蔵がいきなりつぶやいた。


「自然界四属性と十二支、全十六名の中のひとりの土が、五芒なわけだ」


「…大丈夫かなぁー…」と吉蔵が眉を下げて為長に聞くと、「寅が、胡蝶蘭様や藤堂様でないことだけを祈っておこうか」という言葉に、吉蔵は泣き出しそうになっていた。


「そう簡単には全員見つからん。

 吉蔵が宇宙に旅立てるようになってからのことさ。

 今は勉強重視でかまわんと思うけど?」


「はい! 四郎様!」と吉蔵は笑みを浮かべて答えた。


「では、わかったところまで、御屋形様にご説明に上がるから。

 その前に、着物の余所行きを買うかぁー…」


為長は言って、頭の中で懐具合の勘定をした。


決してカネを持っていないわけではなく、余所行きとなると破格の値がつくものが多いからだ。


もちろん、装飾品を身につけないと、いでたちの均衡が保てなくなることもあるので、それなりの覚悟が必要になる。


―― …宝探し、がんばろ… ―― と為長は思い、吉蔵たちを足こぎ大八車に乗せて、安土城下に向かった。



余所行きは程よいものが見つかって、桔梗も五芒も満面の笑みを浮かべた。


吉蔵は肩がこるような着物に眉を下げているが、桔梗と五芒が大いにほめるので、満更でもなくなったようだ。


安土城で、信長に謁見したいと申し出てすぐに、「呼んだか? おうっ?!」と為長の背後から信長が叫んで、桔梗と五芒を交互に見ている。


「こちらの件についてご説明に上がりました」


為長の言葉に、「…お、おう… わかったぁー…」と言って、信長は吉蔵たちを抱き上げて、機嫌よく廊下を歩いた。


「…何が起こったというのだぁー…」と蘭丸がうなると、「その説明に来たって言ったじゃん」とほとんどを察している幻影は言って、為長と肩を組んで廊下を歩いた。


謁見の間で為長はこれまでのことを仔細に話すと、信長は機嫌よく何度もうなづいた。


「まずは修行がてら、この喜笑星の防衛に当たってほしい。

 五芒はその程度の力は持っておるようじゃからな」


機嫌がいい信長の言葉に、「ありがとうございます!」と吉蔵はすばらしい返事をして頭を下げた。


「残り十五柱か…

 ほかに心当たりはないのか?」


信長が吉蔵に聞くと、「今までの記憶だけでは心もとないので、城下中を歩いて探す必要があると思います!」と吉蔵は元気よく答えた。


「今日はよいから、明日の学校終わりにでも捜して回ってみよ。

 じゃが、それほど急がずともよいぞ」


「はい! 承知しました!」


あまりにもてきぱきと答える吉蔵を見て、「礼儀作法などは為長が教えたのか?」と信長が眉を下げて聞くと、「はっ 誠心誠意お答えするようにとだけ」と為長は答えた。


「いや、武家の子よりも立派じゃ!」と信長は機嫌よく言って、膝を打って笑った。


「お雅… 雅緒姫の教育もあったようにも思うのです」


「少々居場所に困る者は、又蔵に託したからな…」と信長は眉を下げて言った。


「為長自身はどうする?」


信長の言葉に為長は姿勢を正して、「流派の免許皆伝をいただいてから、お雅に告白いたします」と堂々と言った。


「そうか! お雅かっ!」と信長は機嫌よく言って膝を打って大いに笑った。


吉蔵たちは少し控えめに拍手をしていた。


よって吉蔵と桔梗はこの縁組については賛成なのだ。


「いや、めでたい!」と信長は言って幻影を見ると、「目と鼻の先でございます」と答えたので、信長の機嫌がさらによくなった。


「さらには、特殊能力の探知にも目覚めかけています。

 よってその前に、何かに覚醒するやもしれません」


「おう! よいよいっ!」と信長は叫んで、「皆の者、精進を怠るな!」とかなり明るく言って、信長は席を立った。


「…今までにないほどご機嫌だよ…」と幻影は言って信長を追った。


「…あー、やっぱりまだまだ緊張する…」と為長は言って、吉蔵たちとともに謁見の間を出た。



城を出てすぐに、吉蔵は西の空を見上げた。


方角としては竜神城の方面だが、それよりもわずかに北側だ。


「獣王城?」と為長が吉蔵に聞くと、「うん、たぶん… たくさんいるような… 悲しい?」とつぶやくと、「だったら…」と為長は言って、妖精の幸運の地について説明をした。


「妖精さんは死んじゃって悲しいけど、その土地は繁栄する」


吉蔵は言って、満面の笑みを浮かべた。


「遠足代わりに、獣王城に行こうか」と為長は言って、工房で作業中の寅三郎に話しかけた。


「おっ! なんと! そのような幸運がもう起こったか!」と寅三郎は大いに喜んで、五芒を見て笑みを浮かべた。


「大勢の仲間が見つかりそうだな」という寅三郎のやさしい言葉に、「…はいぃー…」と五芒は腰をくねらせながら、照れくさそうに答えた。


「モルド! 為長に同行してしてくれ!」


寅三郎の言葉に、笑みを浮かべてモルド・ガッツがやってきた。


もちろん、ことあるごとの詳細報告という任務も帯びている。


「…あー… 勇者の人だぁー…」と吉蔵は言って羨望のまなざしでモルドを見ると、「お前だって能力者じゃねえか!」とモルドは機嫌よく叫んで、吉蔵の頭を乱暴になでた。


「お兄ちゃんって能力者! すごい!」


桔梗のほめ言葉に、吉蔵は大いに照れていた。



思い立ったが吉日、善は急げ、ということで、為長の操る足こぎ人力車は竜神城を通り過ぎて、獣王城城下町までやってきた。


そしてすぐに、「山の方!」と吉蔵が叫んだので、人力車は速度を緩めて、北側の細い道に入った。


まさに動物たちは無警戒で、人間が来ても逃げもしない。


よって桔梗と五芒は、かわいい小動物抱き放題だった。


吉蔵は笑みを浮かべて振り返って、為長を見上げた。


「…まさか、もう終わり?」と為長が聞くと、「五人いたよ!」と吉蔵は機嫌よく言った。


「…そうか… それはなにより…」と、その存在感をつかめない為長は苦笑いを浮かべて答えた。


「…ふーん… まったくわからん…

 だが、神として五芒が生まれたことは確か…」


モルドは感慨深げにうなづきながら言って、五芒を見た。


「五芒は見えるのかい?」とモルドが振り返って聞くと、五芒は桔梗とともに走ってやってきて、「え? なあに?」と言ってから吉蔵を見た。


「五芒もわからないようだし、

 この子たち同士もわかってなさそう」


吉蔵の言葉に、「…魂はない… 思念体というべきだが…」とモルドは言って五芒をみると、魂はある。


「そんなに悲しむことはないよ。

 妖精さんはもう生まれ変わって、

 この星で穏やかに暮らしているから」


吉蔵がいきなり言うと、誰もがうなづきながらも苦笑いを浮かべた。


「じゃ、帰って五芒ちゃんの仕事を見てもらうから。

 できることがあったら、みんなにもやってもらうよ」


吉蔵の言葉を切欠にして、今日のところは竜神城下に戻ることにした。


しかし、「モルドッ!!!」と獣王城の天守から、この城代でモルドの母親のメルシーが叫んだ。


「…よく見えたもんだ…」と為長は言って手のひらをかざしてから、小さく見える天守最上階に向けて頭を下げた。


「…たぶんな、暇なんだ…」とモルドは言ってふわりと宙に浮かんで、天守に向かってすっ飛んでいった。


「…勇者様、すっごぉーい…」と桔梗が放心したように言うと、「…僕も、飛べないかなぁー…」と、吉蔵はちょっぴりモルドに嫉妬して言った。


「できますっ!」と五芒が勢い勇んでいうと、「それって君の力でだろ?」と吉蔵がすぐさま答えると、「われらの力は主様の力!」と五芒があまりにも堂々と主張するので、「…僕も飛べるそうだよ…」と、吉蔵は苦笑いを浮かべて桔梗に告げた。


「お兄ちゃんもすごい!」と飛んでいるところをまだ見ていないが、桔梗は高揚感をあげて叫んだ。


桔梗にとって、兄の吉蔵の言葉は絶対なので、疑うことなどまったくないからだ。


吉蔵は少し反省して、できれば競わないようにしようと心がけた。


するとなぜだが五芒が抱きついてきて、吉蔵に縋る目を向けた。


「…なに?」と吉蔵が少々困って眉を下げて聞くと、「…主様と結婚しますぅー…」と告白した。


「全員見つかってから決めるよ」


吉蔵の無碍な言葉に、為長だけが笑い転げていた。


「それからこの先、

 抱きつくのは禁止になるかもしれないから。

 みんなに抱きつれたらきっと動きづらいと思うから。

 だから、今から一応禁止で」


吉蔵の言葉は絶対のようで、五芒は苦情を言うことなくすぐさま吉蔵から離れた。


「…んー… 学んだ内容と少々違うなぁー…」という為長の言葉に、吉蔵は大いに興味を持った。


「昨日からの五芒の様子を察して、

 どう考えても手下なのだが、

 学んだ内容は使役と言って、

 最大でも同格のはずなんだ。

 さすがに相手がいくらかわいらしくても、

 超常現象を起こす神だからね。

 だから吉蔵が陰陽師だとしても、

 今までにいなかったとんでもない能力を持った者、

 と言っていいと思うんだ。

 五芒はこの件について、

 何か知らないか?」


「知ってるけど言いません」と五芒はすぐに答えてそっぽを向いた。


「…五芒… 縛りを解いてもいいんだよ?」と吉蔵が落ち着いた声で言うと、五芒は大いに震えて、吉蔵に頭を下げっぱなしになった。


「四郎様は、僕たちにとって神様以上なんだ。

 この件は、もう伝えておいたはずだ」


穏やかな吉蔵の言葉に、「…ごめんなさいごめんなさい…」と五芒は涙をぽろぽろとこぼして泣いて謝った。


「…ふむ…

 聞く順番を間違えた俺のせいだ。

 次から疑問に思ったことは吉蔵に聞くから」


為長の言葉に、「いえ、四郎様は何も変える必要はないのです」と吉蔵は一度言ったら利かない、少々頑固な面も持っている。


「わかった。

 今までの俺と変わらず、

 話し方や考え方は変えない」


為長の言葉に、吉蔵が満面の笑みを浮かべると、為長は大いに苦笑いを浮かべていた。


「…今のは五芒ちゃんが悪いぃー…」という桔梗の言葉にも、五芒は衝撃を受けてうなだれた。


「五人とも、背筋に戦慄が走ったって言ったよ?」


吉蔵の言葉に、「…あはははは…」と為長は空笑いをした。


するとモルドが戻ってきて、「今日のところは竜神城に戻ると言って来たが、次は城にも出向いてやって欲しいんだ」とモルドが大いに眉を下げて為長に言うと、「ええ、そうします」と為長は言って、獣王城に向かって頭を下げてから、足こぎ人力車に乗り込んで、一路、竜神城を目指した。



しかし、神に供える食べ物が心細いことに気づき、安土城下まで足を伸ばして、ここは気が引けたが、五芒に隕石をひとつ解体してもらった。


ツキもあったのか、過分なほどの銭が手に入ったので、まずは高級食材や一般の作物などを買いあさって、人力車を満杯にした。


銭はまだまだあるのだが、この先のことを考えて、今は持っておくことにした。


「…きれいに解体したもんだ…」と幻影ですら呆れていて、のろのろと走っていく人力車を見送った。


鉱物の原石などが輝いていれば、幻影のように思って当然だろう。



為長たちは竜神城下に帰り着いてすぐに食事にした。


神だけではなく人間たちもご馳走にありついて、みんなすばらしい笑みを浮かべているが、新しく雇った五柱の神の膳は手付かずでそのままだ。


「働かざるもの食うべからず」


吉蔵の言葉に、「ああ、なるほどな」と為長は納得して、もりもりと食事を摂った。


神たちの膳はそのままにして、為長たちは農地予定地に行った。



「まずは君」と吉蔵が言って地面を見た。


―― 今回は小動物か… ―― と為長は思い見ていると、吉蔵が眉を下げて為長を見上げてきた。


「得意そうなのはどんな力だい?」


「…ちから…」と吉蔵が自信なさげに言うと、「待ってろ」と為長は言って納屋に入って、開墾用の動物引きの大きな鋤を持ってくると、吉蔵は大いに喜んだ。


そして為長が鋤の上に乗ると、「さあ! がんばって!」と吉蔵が言ったとたんに、鋤は勢いよく土を耕し始めた。


「土がいいせいもあって、なかなか順調だな…」と為長は大いに感心していた。


奥行きのある畑を行って戻ってきて、かなり効率的に耕せることに為長は納得していたし、力加減は牛や馬以上と判断すると、吉蔵が大いに喜んで、「君はすごいよ!」と地面に向かって上機嫌となってほめた。


すると、為長の目にもなんとなくその姿が見え、「…猪?」とつぶやいた。


すると、うっすらと確認できる何かが為長に突進してきて、足に絡み付いていた。


「…何を望んでいるんだろ…」と為長は言って、かがんでから猪に触れると、きちんと存在を確認できた。


「モルドさん、魂、ありますよね?」


「ああ、今沸いたみてえだ」とモルドは即答した。


「小さいのに、硬くて重いな!」と為長が機嫌よく言うと、桔梗が大いに興味を持った。


しかし桔梗にはまったく何も見えていないのだが、詳細はもうすでに吉蔵に聞いていたので、満面の笑みを浮かべて、為長から何らかの物体を渡されて、抱きしめてから喜んでいる。



「じゃ、次は君だ」と吉蔵は言ってかなり見上げたので、―― 牛か馬… ―― と為長は常識的に判断した。


能力判定は猪と同じで、為長はまた鋤の上に乗った。


出だしはよかったのだが、行って帰ってくるころには、かなり速度が落ちていた。


「荒地は嫌いらしい」という為長の言葉に、今度は舗装された農道で走らせることにして、為長たちを乗せた大八車を引かせると、とんでもない速度で走って、とんでもない速度で戻った。


「急ぎの時はかなり使える!」と為長は言って、大いに笑った。


今回はその存在が見えることはなかったが、「馬ということでいいの?」と為長が聞くと、「うん! そう!」と吉蔵は機嫌よく答えた。


「…ふーん、変わったことができるんだね…」と吉蔵は地面に向けて言った。


視線的にはそれほど下ではないので、―― 犬、だろうか? ―― と為長は考えた。


すると吉蔵がまた懇願の目を為長に向けてきたので、「宝探しとかできないか?」と聞くと、吉蔵は目を光らせて、「役に立つものを探してきて!」と機嫌よく叫ぶと、モルドが一歩前に出た。


「おいおい! 俺かっ?!」とモルドが叫ぶと、誰もが笑い転げた。


勇者であれば確かに役に立つし、星ひとつ程度なら楽々と救ってしまうかもしれないほどに役に立つはずだ。


今度は森の中と限定して、吉蔵が指示を出すと、何かが走っていった感覚を覚えた。


「吉蔵、今の犬の絵を桔梗に描いてもらってくれ」


為長の言葉に、吉蔵は大いに喜んで、桔梗に話し始めると、「かわいすぎるぅ―――っ!!!」と桔梗は叫びながらも、茶色い柔らかそうな毛並みで足が短く胴の長い犬を描き上げた。


「確かに、走っていった雰囲気はそんな感じだった。

 重心が低いから、少々違和感があったわけだ」


「ミニチュアダックスフンドという犬種だ。

 主に穴倉を探索させるために改良された犬だ」


モルドの言葉に、誰もが納得できたようで何度もうなづいた。



すると、『ワン』と『キャン』の間のような声で、犬の連呼する鳴き声が聞こえたので、為長たちは声に向かって走った。


そこは山の中腹で、多くの落ち葉が散乱していて、姿のない犬はその枯葉などに埋まっているようだった。


人間たちは犬を救助するように枯葉をかき上げると、「おっ 岩だ」とモルドが言って、くぼみにある巨大な岩ごと持ち上げて、枯葉の上においた。


「五芒! 解体!」という吉蔵の言葉に、あっという間に岩の解体作業が終わって、多くの貴重品を手に入れた。


「いい流れの仕事ができたよな」


為長の明るい言葉に、誰もが機嫌よく笑った。


あと二柱いるのだが、吉蔵の眉を曇らせた。


どうやらどちらとも肉体がないと能力を発揮できないようで、今回のところは調査はやめにして、夕暮れ迫る中、為長たちは陽気に農道を歩いた。



五芒が優秀だったのか、五柱のうち人型を取れたのは皆無だった。


だが猪と犬は、その動物の姿を形成していた。


もちろん五柱全員がお供えを食らうことはできていたので、この先の楽しみにすることにした。


しかし、「…いや、待てよ…」と為長は言って少し考え、桔梗に六柱の絵を描いてもらった。


そして為長が作り上げた額に入れて、それぞれに向かって大きな拍手を打つと、それに導かれたように、姿がなかった三柱の姿が浮き出てきた。


さらには姿があった猪と犬は男子と女子の子供の姿に変わっていた。


「着物、貸してやった方がいいぞ」


為長は言って、羽織を脱いで、犬だった女子の肩にかけた。


「神は信仰されないと、本来の実力を発揮できない」


為長の言葉に、吉蔵以外の家人たちが、一斉に拍手を打つと、まだ動物だった三柱も人型を取った。


為長はすぐに廊下に出て、この家の女性が特に愛用している、新品のタオル地のガウンを持ってきて、ただひとり大人の姿の女性に羽織らせた。


「恥ずかしくもなんともないが、礼を言う」


女性の言葉に、「俺たちが恥ずかしいからだ」という為長の言葉に、モルドは愉快そうに笑った。


「だが、あんただけどうして大人なんだ?

 みんな幼児なのに」


「…ふん、さあな…」と女性が答えると、吉蔵が女性をにらみつけていた。


「吉蔵、いいんだ。

 今の場合、人間の会話として成立しているからな。

 上下のない心地よい話し方に過ぎなかった。

 だからお前は、さらに勉強して、

 大人の社会の常識も知った方がいいかもしれん」


為長の言葉に、吉蔵は大いに眉を下げて、「…うん… 馬の神の感情は好意だった…」と言ってから、吉蔵は為長に頭を下げた。


「…やっとしゃべれるぅー…」と犬の神がかわいらしい声で言ってすぐに、「温泉、沸いてるよ?」と小首を傾げて言うと、誰もが目を見開いた。



食事を終えて後片付けをしてから、まだ明るいうちに犬の神が示唆した沸いている温泉場に行くと、湧き出ていたのはほぼ山頂付近で、肝心の湯は、村とは逆側の谷に流れ落ちていた。


「…もったいないことをしていたが、動物たちにとって必要だったのではないか…」


為長の言葉に、「いえ、湿っているところをなめる程度でいいようです」と五芒が答えると、為長は笑みを浮かべて、この先の温泉工事の計画を述べた。


さすがに日暮れも近いので、今日のところは小さなため池のようなものを石を積んで作り上げた。


温泉はなかなかの高温だが、何とか触れることは可能だ。


あとはこの囲いから村の方に水路を引いて、温泉場を作れば完成だ。


すると、薄暗くなった山頂の藪から黒い影が飛び出してきたので、誰もが一斉に身構えたと同時に、モルドが前に出て防御体制をとった。


だがそれは知り合いで、熊の巌剛だった。


そして堂々と石囲いの湯殿の中に手を入れてすぐに出して、目じりを下げて為長を見上げて、『…ウーオ…』と悲しげに小さく鳴いた。


「今日はもう遅いので明日にでも」と為長が言って頭を下げると、巌剛は獣人となって、「幻影を呼べ」とモルドに向けてうなった。


モルドは大いに眉を下げて幻影に念話で事の次第を話すと、幻影がすぐさまモルドから飛び出してきて、熊の獣人の首根っこを捕まえて、「気にしなくていいから! 迷惑をかけたね!」と気さくに言ってから消えた。


「…叱られたかったのか…」と為長がつぶやくと、誰もが大いに愉快そうに笑った。


「急ぐことなんて何もねえんだよ」というモルドの気さくな言葉に、吉蔵が一番に反応して満面の笑みを浮かべた。



面白くないのは長女のお志摩で、兄弟からつまはじきにあっているように思ってしまっていた。


しかしお雅も同じ扱いではあるので、何とか我慢していた。


お雅はお姫様ではあるのだが、この喜笑星では存在の威厳は何もないことは重々承知している。


よって、普通のお姫様とは違い、庄屋の家の使用人としてその日から働けたのだ。


さらにはまだ母星に住んでいたころ、お志摩はお雅を姫様とは知らずに、商店で出会い、気さくに茶店に行く間柄となっていた。


よってお志摩とお雅には主従関係はなく、友人だった。


もちろん、又蔵が意見することなく、子供たちの思い通りにさせている。


だが、どこから流れてきたのか、又蔵はあるうわさを聞きつけていた。


『織田為長は三条雅緒姫を嫁にする』


実はふたを開けてみれば、他愛のないただのうわさで、為長やお雅が言った証拠など何もなかった。


農民たちも、二人の雰囲気からそう察していてもおかしくないほど、仲むつまじくお似合いなのだ。


為長たちが帰ってきたので、家族団らんの時間が始まってすぐに、「四郎様は雅緒様を嫁になさるか?」と又蔵が聞いた。


「いえ、まだ決めてはおりません」と為長は何事もなかったように答えたのだが、―― どこから漏れたぁー… ―― と心の中では嘆いた。


もちろん、琵琶家を大いに疑うことになるが、面と向かって聞くわけにもいかない。


「為長よ、そうではない」と馬の神の女性が言うと、為長は落ち着きを取り戻した。


「誰かの憶測のただの噂話、だな」と為長は言って鼻で笑った。


「やっぱりかっ!

 どうしようもないやつらだ…」


又蔵は大いに嘆いていた。


―― いやぁー… 危ない危ない… ―― と思ったが、隠しておくことにも限界があると重い、為長は一念発起して、「萬幻武流の免許皆伝を受けたら、お雅を嫁にもらいたいんだ」と堂々といった。


もちろん、こうなることはわかっていたのか、お志摩はたいそううなだれた。


そして肝心のお雅だが、「お断りいたします」と穏やかに言ったので、誰もが大いに眉を下げていた。


「雅緒姫… いや、お雅。

 お志摩に対しての遠慮は無用だ」


又蔵の言葉に、お雅は少し気後れしたが、表情には出さなかった。


まさにその通りで、お志摩とは快い友人でずっといたいと願っていたからだ。


もちろん、お志摩が為長を好いていることは重々承知していることもある。


「為長様、私に決めていただいた根拠をお聞かせ願いたいのです」


「ずっと好きだたことがまずひとつ」


お雅と為長は、母星にいたころは、まさに主従関係だった。


そして為長にとって、手の届かない姫様だった。


だが幸運にも二人ともこの喜笑星に誘われて、ともに生活ができるようになり、さらには階級差が取り払われた。


よって、免許皆伝を待つことなく、付き合っても構わないのだが、これは為長のけじめだった。


「次には、底が見えないこと」という言葉に、意味がわからず誰もが戸惑った。


「お雅は、能力者の資質があるように思う」


為長の言葉に、まだここにいるモルドは何度もうなづいたが、発言はしない。


「底が見えないのは、吉蔵と五芒たちも同じで、もちろんモルド様も」


為長の言葉に、「寿命の器といったところか」と言ってにやりと笑った。


「免許皆伝をいただいた時、

 俺はきっと有頂天になる。

 そして何かに目覚めるはずなんだ。

 だからそのあとに、お雅と夫婦にと思って…」


為長は最後の方は照れくさそうに言った。


「その時が来るまで決めません」


お雅の厳しい言葉に、「ああ、わかった、ありがとう」と為長は言って頭を下げた。


「能力者には能力者の伴侶が適任だ」とモルドが語り始めた。


「もちろん、始めはどのような組み合わせでもいいさ。

 だが年を重ねるにつれ、

 一方は何も変わらず、一方は年老いる。

 その悲しみは、死を迎えた時よりも辛いものがあると俺は思っている。

 逆にそれができる者は、魂の呪縛の免許皆伝者だろうな。

 だが、普通の人間の方は、

 大いに後ろめたさが沸くだろう」


モルドの言葉は重いものがあり、誰もが大いに考えを新たにしたし、反論もできなかった。。


「…四郎様とは縁がなかったぁー…」とお志摩は嘆いたが、「だけどそろそろ、止めた方がいいんじゃない?」と言って振り返ると、とんでもない量の毛糸ととんでもない量の卵が散乱していた。


桔梗と五芒がせっせと整理整頓をしていたので、それほど散らかっているわけではない。


「二人ともよくわかったからもういいよ」と吉蔵が言うと、女子二人は笑みを浮かべて座り直して、吉蔵に頭を下げた。


ひとりは羊の神で、ひとりは鶏の神だ。


だが、人型の姿で毛糸を生み、玉子を産んでいた。


もちろんそれには理由がある。


「玉子は輸入だし、毛糸は輸入すらしていないから貴重だよなぁー…」


為長の言葉に、二柱の神は大いに喜んだ。


「…私にもできること…」と人型の馬の神が言うと、「おいおい知っていくから焦らない」と吉蔵に言われて、馬の神はすぐさま頭を下げた。


そしてまずは神たちの名前をつけることになり、猪はたける、犬はゆう、羊はらく、鶏はみやびと、四柱は決まった。


残るは馬の神だが、「お駒ちゃん!」と桔梗が叫んだ言葉が頭から離れない。


「…お駒は厩に二頭もいるぞ…」という為長の言葉に、誰もが肩を落とした。


雌馬といえば、お駒かお花という名に相場は決まっているからだ。


為長は大いに考え込み、桜柄の着物の馬の神を見て、「…ハルコマ…」とつぶやいた。


馬の神は目を見開いて、「それは、どのような字だ!」と叫ぶと、為長はすぐに書を書いた。


『春駒』という書に、「…おお… …おお…」と馬の神は体を震わせていた。


「予想外に気に入ってくれたようだ」と為長は言って楽な姿勢をとってほっとしていた。


「少々乱暴なのに、名がついたとたんに落ち着いたようだ」


モルドの言葉に、誰もが笑みを浮かべてうなづいた。



「玉子はまずは検査してもらうことにして、

 毛糸で何かを作って、御屋形様に献上したいんだが…」


為長の言葉に、「編み物は学校で習いました」とお雅が笑みを浮かべて言うと、「…不得意ぃー…」とお志摩は大いに嘆いた。


お雅が教本と編み棒を持ってきて、さくさくと編み始めると、誰もが興味津々となって見入り始めた。


為長は席を外して外に出て、作業小屋で竹を割って、多くの編み棒を作り上げて部屋に戻って、膳の上に編み棒を置いた。


「みんなでやるぞ」という為長の言葉に、誰もが大いに眉を下げていたが、為長が編み始めたので、何もしないわけにはいかなくなった。


ここは桔梗が教本を模写して、作りたい完成品の絵を描き始め、そして編み棒を持って、とんでもない速度で編み始めた。


「桔梗は先生役で」という為長の言葉に、「はい! 四郎様!」と桔梗は機嫌よく叫んで、不器用なものたちの面倒を見ながらも作品を作り上げて行った。


毛糸を生んだ羊の神の楽までも作業をしている。


吉蔵は特に命令はしていないのだが、主でもある吉蔵が働いているところを見ているだけというのも気が引けたからだ。


しばらく沈黙の時間が続き、「よっし! 今日は終わりだ!」と為長は言って、完成している幅はあるが短い襟巻三本と手袋三足を手に取った。


そして出来がいいものなどとつぶさにすばやく判断して、別口として収納した。


どう見ても失敗している作品は解いてもう一度編むことになる。


「まずは御屋形様のご家族に献上」と為長が言うと、誰もが安堵の笑みを浮かべた。



翌朝の早朝訓練の際に、為長は信長たちに成果物を献上して、玉子の件も報告した。


玉子は咲笑が解析して、『何も問題なく鶏の玉子』と診断された。


信長、濃姫、長春は大いに感動して、為長に礼を言った。


「…おう… よきかなよきかな…」と信長は大いに好々爺となっていた。


そして濃姫のものと長春のものと比べ始め、満面の笑みを浮かべた。


「…なぜ笑ったのです?」と濃姫がいきなり信長に聞くと、「…誰の作品なのか気にならんのか?」と逆に信長が聞いた。


「…それを極力を探られないために、

 為長は多くある作品からまったく問題がないものを選んだのです…

 …ほんに気の利かないことを…」


最終的には濃姫に叱られて、信長は肩をすぼめた。


「…為長ぁー… 俺たち師匠のものはぁー…」と案の定蘭丸がうなった。


「出来損ないの私の作品であればお渡しできます」という為長の明るい言葉に、「なんだ、あるんならくれ」と幻影が割り込んできて言った。


為長は恥ずかしそうに襟巻きと手袋を渡すと、「…この近隣では経験のない手触りだぁー…」とご満悦の表情で手袋に触れ回った。


「まったく出来損ないではないではないかっ?!」と蘭丸が吼えると、為長はまたひと組の毛糸作品を出して、阿利渚に渡した。


「…あ、違う!」と幻影はすぐに気づいて高笑いをした。


「工員の腕の違いです」という言葉に、幻影は礼を言って、阿利渚とともに機嫌よく見回りに行った。


「…うーん…

 まあ、どーでもいいからくれ…」


めんどくさくなった蘭丸が投げやりに言うと、「こちらの作品もすばらしいと思っています」と為長は言って蘭丸に作品を献上すると、受け取る前から、「あら、すばらしい… 為長様、ありがとうございます」と蘭丸はころりと感情を変えて言って、スキップを踏んで幻影たちを追いかけた。


「…面倒な神…」と春駒が悪態をつくと、「…そうだよなぁ―… 神でしかないよなぁー…」と為長は言って春駒を見入った。


「私は! 面倒なことなんか…」と春駒は尻すぼみに言って、為長を上目遣いで見た。


「…歴史は繰り返されるわ…」と政江がいい、「…今回も春駒ちゃんかなぁー…」と長春が言った。


「…だけど、為長はお雅だって明言したわよ?」


「そのあとに、春駒ちゃんが生まれたもぉーん」


二人の内緒話は、為長と春駒の目の前で繰り広げられていて、「…よろしければ詳しいお話を…」と為長は眉を下げて、長春に聞いた。


「…あのね…」と長春はいって、幻影の女遍歴を語り始めた。


「…なるほど…

 勝者は胡蝶蘭師匠だった。

 師匠と似た存在感と性格の春駒に軍配が上がると…」


「…お蘭ちゃんよりもずいぶんと穏やかよぉー…」と長春が眉を下げて答えると、春駒の顔は真っ赤になっていた。


「本命だったはずの明智静香様がお雅…

 まだ子供だった長春様がお志摩…

 といったところでしょうか…」


「…うんうん、そうそう…」と長春は答えて、政江とともに何度もうなづいた。


「ほら、来る必要がないのに来たわ」と政江が言うと、顔を上気させたお雅が走ってやってきた。


「…ずいぶんと鍛えていたようですね…」と為長が言うと、「普通の人間なら、夜中から走ってないと辿りつけないわね」と政江は言った。


為長たちは人力車でやってきたので、それほど時間はかかっていなかった。


もちろん、お雅とは出会っていないので、為長たちが家を出てから走ってきたことになるが、為長は少し考えた。


「夜中に移動して、この近隣で宿泊した」


為長の言葉に、「…あー…」と長春が言って、政江とともに拍手をした。


「友人は多いので。

 もろ手を広げて迎える家は多いはずですから。

 ですが家の朝餉はどうしたんだろ…」


為長の疑問に、「又蔵たちもこの辺りで寝てるんじゃないの?」という政江の言葉に、それもあると思った為長は大いに笑った。


何か面倒なことになっているようだし、辻褄があわないことが多いので、為長は興味が沸いたら聞くことにした。



為長がお雅に笑みを向けて、「おはよう」まで言うと、「お前、馬術が不得意だってなぁー…」と春駒に言われて頭をつかまれ、強引に為長との視線を合わせた。


「やっぱりお蘭ちゃんといっしょだったぁ―――っ!!!」と長春と政江は抱腹絶倒しながら叫んで、大いに笑った。


どちらかと言うと、春駒の方が少々積極的過ぎて乱暴だ。


しかし吉蔵は笑みを浮かべて見ているだけで、―― 仲、いいなぁー… ―― と、うらやましく思っていたほどだ。


「…神様、お手柔らかに…」と為長が大いに恐縮して言うと、「…おまえは、いろいろと見込みがあるからいいんだぁー…」と春駒は自分勝手に言って、為長の首根っこを押さえつけて軽々と持ち上げてから馬場に行った。


春駒は馬場の柵を軽々と飛び越えてから、為長を放して馬に変身した。


その毛並みは素晴らしく、黒に近い赤で、日の本にはいない種類の馬だった。


さらには毛艶も素晴らしく、まさに神であるかのように、神々しく光り輝いている。


そして何も言うことなく、春駒は首を背中に向けて振った。


―ー 鞍とかはいらないはず… ―― と為長は思い右足を上げた瞬間にするりと春駒の背に乗っていた。


何らかの力によって、為長の右足左足の順に、足の裏に力が加わって、速やかに春駒の背に収まったのだ。


しかも、もちろん手綱がないのだが、なぜかあるように感じる。


それは見えないだけで存在していると思っていると、鞍も鐙もあるように感じた。


為長は歩き始めた春駒の動きに合わせて、体重移動を繰り返すだけだ。


だが春駒の方が気合が入ってきて、馬場の外周をとんでもない速度で走り、さらには体を真横にして柵を蹴って重力に反するように、地面に対して水平になってまで走り続けた。


しかし為長が落馬することはなく、春駒が転倒することもなかった。


とんでもない乗馬訓練に、特に馬の扱いがうまい者たちが、春駒にも為長にも大いにあこがれていた。


そしてついにはそのまま空を蹴り始め、春駒は旋回しながら体制を整えて、安土城下を素早く一周した。


「馬場で、吉蔵と桔梗を拾うよ」と為長がさも当然のように言うと、春駒は一気に高度を下げて、馬場の地面ぎりぎりの空を蹴った。


為長は右腕だけで、待ち構えていた二人を拾ってから、吉蔵を背後に、桔梗は肩車をして体勢を整えた。


「準備万端だ!」と為長が叫ぶと、春駒は一気に加速して空を舞い上がり、まるでローラーコースターのように、とんでもない速度で柱を駆け、何度も小さく旋回し、宙返りなども披露した。


吉蔵も桔梗もただただ楽しいようなのだが、特に桔梗は少々興奮の度が過ぎていた。



楽しい時間を終えて、春駒が馬場に足をつけると、「朝練終わりだ!」という幻影の声とともに、為長は弟たち二人を抱きしめたままふわりと地面に降りた。


そして春駒を馬場の外に出して、体中をブラッシングした。


まさに春駒のご褒美はこれだったようで、まったく体を動かすことなく瞳を閉じている。


入念過ぎるブラッシングに、春駒は眠りそうになったが、ふと我に戻って人型を取った。


そして、「…ありがと…」と照れくさそうに言って、為長から視線を外した。


「…為長、落ちたぁー…」と政江がうなると、「こらこら食事だ」と幻影に言われて首根っこをつかまれて安土城に向けて歩いていった。


「為長たちも朝餉に付き合え」という信長の言葉に為長は逆らうことができず、為長と桔梗は天使たちに衣服をきれいにしてもらってから信長を追った。


これから学校なのだが、ご馳走になるのは今日が初めてではないので、学校での勉強道具は持ってきてある。


「あれ? 怪我でもしたの?」と吉蔵が為長と桔梗を交互に見て言うと、「…もらしちゃった…」と桔梗が小声で答えたので、吉蔵は顔を真っ赤にして、今の会話はなかったことにした。


「恐怖ではなくはしゃぎ過ぎたんだよ」という為長の言葉に、「…えへへ…」と桔梗はばつが悪そうに笑った。


「くっそっ! マーキングかっ?!」と春駒が悔しそうにうなると、「…春駒は小さい子を泣かす趣味でもあるのか?」という為長の軽蔑した言葉に、春駒は、「…すまん…」とだけ答えて大いにうなだれた。


「…言葉選びの難しさはよくわかってるから…」と吉蔵は言って、春駒を慰めた。


しかし、為長にとって、春駒の乗馬はすばらしい経験となった。


空を飛べる馬はいないが、ほかの馬でも楽に乗りこなせる自信がついたのだ。


それは春駒の優しさの結晶でしかないことばかりだったのだ。



結局はお雅は又蔵とお志摩をつれてきたので、庄屋一家全員参加の食事会となった。


もちろん春駒だけでなく、吉蔵の手下たちも全員いて、少々緊張の面持ちで座っている。


よって庄屋一家は、家人倍増となっていた。


さらには遠慮することなくよく食うので、厨房担当者は大いに働き甲斐が沸いていた。


信長は顔を上げて吉蔵を見て、「この辺りにまだいそうか?」と聞くと、吉蔵は眉を下げて、「いえ、いないと判断しました」と答えて頭を下げた。


「だが、この辺りだとわずか一部でしかない。

 それを判断した根拠は何じゃ?」


「はい、五芒を使って、星中を探索しました」


吉蔵の言葉に、「…おー…」と誰もがうなって、特に女官たちは五芒に向けて拍手を送った。


「だったら間違いのないことだが…」と信長は言って渋い顔をした。


「ほかの星を回る時ですが、御屋形様もご一緒していただけませんか?」


吉蔵の提案に、「なんとっ?!」と信長は叫んで中腰となった。


幻影だけが声に出さずに腹を抱えて笑っていた。


「うむ、行ってやろう」と信長は真剣な目をして答えて、何かにつけて吉蔵の世話を始めた。


「…お前の知恵か?」と信長は隣にいる為長に聞くと、「いえ、まったくそのような話はございませんでした」とすぐさま答えた。


「…あんたがめんどくさいことをよく知ってるからじゃないの?」と濃姫が信長を示唆して嘆くと、誰もが大いに眉を下げていた。


「もしも、十六天神将の中でその助言をしたとすれば、

 春駒しかいないでしょう。

 彼女はいろんなものをよく見ていますし、

 人間の生活に精通しているようです。

 もしくは純粋に御屋形様とともにありたいと思っているのかもしれません。

 昨日は勇者ガッツ様が半日ほどついておられたので。

 …実は、失礼ですが、もうひとつあるのです…」


為長が眉を下げて言って、信長の肩を見ると、「…そうか、こやつか…」と信長は言って大いに苦笑いを浮かべたが、信長の肩にいる栗鼠の体を優しくなでた。


もちろん、妖精から転生した栗鼠だ。


「何の力も感じないのですが、

 吉蔵には漠然と何かを感じているのかもしれないのです。

 それに、御屋形様は栗鼠のついでではないと判断いたします。

 吉蔵にそのような考えは毛頭ございませんから」


「いや、よくわかった」と信長は機嫌よく答えて、今度は為長の世話を焼き始めた。



「…うっ! アニマールには踏み入れられぬ…」と話の流れで、吉蔵との訪問する星の選定中に、信長がうなった。


吉蔵は不思議そうな顔をしていたが、「あ、それは一大事」とすぐにつぶやいてから、何度もうなづいて信長に笑みを向けた。


「獣王城城主の酒井ナンシー様ご家族にご同行願えれば、

 何も問題は起きないように感じます。

 純粋な動物の保身から、

 危うきには近づかない効果が現れるものと」


「…ほ… ほう…」と信長は呆けたように言った。


物は試しとして、今日の午後に琵琶家傘下の家が大集合することに決まった。



為長たちは学校が終わってから、安土城本丸の脇にある移動用の社に集合した。


為長たちはまだ許可をもらっていないので、社に入っても何も起こらない。


「だがおかしいな…

 通れないにしても、

 案内人の天照大神様たちが出てこられるはずなのだが…」


すると社から信長が姿を見せ、隣にいる天照大神を見降ろした。


「…なぜ案内せぬ…」と信長が少し怒ったように不機嫌そうに言うと、「…好きだから…」と答えにならない回答を言って、信長を大いに笑わせた。


「アニマール星の件だが、吉蔵の言った通り問題はなかなった。

 だが問題なのは、

 ナンシーたちに常についてもらわないとならないという件だけじゃ。

 よってアニマールの調査は、早々に済ませたい」


「…誰もいないと確信できたのですが…」と吉蔵は大いに困惑の眼をして考え込んだ。


「…そうか… 生物として覚醒している…

 目指すは、蛇女…」


吉蔵の言葉に、「…本当に見えちゃってるのね…」と天照大神が眉を下げて言うと、信長と為長は困惑の眼をして顔を見合わせた。


よって、もうすでに蛇の神はいるといっていいわけだ。


「まあいい、行けばすべてに納得する」


信長の言葉に、吉蔵たちは社の中に吸い込まれた。


そして吉蔵がきびすを返して南側を見ていると、「敵襲っ!」と幻影がすぐさま叫んだ。


「…いえ、蛇女です…」と吉蔵が眉を下げて言うと、「…へ?」と誰もが素っ頓狂な顔をしてつぶやいた。


すると、「…あー…」という小さな叫び声がどんどん大きくなって、「あ―――っ!!! ぐえっ!!!」とうなって、ひとりの女が転倒して転がって、吉蔵の足元で止まった。


「…いやぁー、まさかたっだ…」と春之介は言って大いに眉を下げた。


「何者?」と幻影が春之介に聞くと、「このアニマール星生まれの初の人間認定した、レミー」と春之介は眉を下げて答えた。


「蛇女と、吉蔵が言ったが」


「大正解過ぎて怖いほどです」と春之介は言って、吉蔵たちと挨拶を交わした。


すると少年二人が走ってやってきて、吉蔵を見て立ち止まり、すぐに頭を下げた。


「もしも、レミーさんがそれほど必要じゃないのなら、

 僕に預けていただきたいのです」


吉蔵の言葉に、「すっごくありがたいです!」と、少し厳しい顔をした少年が眉を下げて叫ぶと、春之介だけが大爆笑していた。


「妙なことをしないか監視してもらっていたんだ。

 なにしろ、この星の原生動物で、

 真の意味で人間になったのは彼女だけなんでね。

 そして彼女の仲間の監視もしてもらっている、

 タレントと利家」


春之介の言葉に、「なにっ?! 利家?!」と信長が大いに反応したが、春之介に説明を聞いて、「…くっそ… 名付け親は皇源次郎だったか…」と信長は悔しそうに言った。


源次郎も信長と同じような体験をしていて、歴史上の人物も重複が多い。


よって犬のように賢いという意味で、源次郎が利家と名づけたのだ。


さらには、二人は人間に見えるが動物だ。


「おふたりとも、できれば僕たちと仲良くしていただきたいのです」という吉蔵の言葉に、タレントも利家も大いに眉を下げた。


だがいきなり表情が激変して穏やかとなり、「うん! わかったよ! ありがと!」とタレントが機嫌よく言った。


誰かが何かをしたような動きはまるでない。


だが為長は春駒を見ていて、にやりと笑っていた。


「…春駒のようじゃが…」という信長の言葉に、「…はい、念話のような何かか、それ以上に正確で有意義な接触方法があるように感じます…」と為長は答えた。


「…ふふ… なかなか奥ゆかしい…」と信長は機嫌よくつぶやいた。


「いやー… だけど驚いちゃったよ」とタレントは春駒に近づきながら言うと、春駒はなぜか眉を下げて為長の背後に回って、左手で肩口あたりの着物に触れてきた。


すると為長は一瞬にしてどういうことだったのかすべてを理解できていて、「関わったひとりとしても鼻が高いです」という為長の言葉に、タレントも利家も満面の笑みを浮かべた。


「…声と話し方を利用されちゃったんだね…」という利家の言葉に、「ええ、私はまだ、能力者ではありませんので」と為長が言うと、「…わかりづらいよね?」とタレントは言って、確実に春駒を見ている。


「吉蔵様の教育方針?」と利家が吉蔵に聞くと、「はい、その通りです」と吉蔵は穏やかに答えた。


「神であるからこそ、礼儀を重んじろ」


吉蔵の言葉に、誰もが一斉に頭を下げた。


「反した神は、うまい飯抜き」


さらに吉蔵が言うと、誰もが大いに笑っていた。


「…うまい飯抜き…」と濃姫が言って信長を見てにっこりと笑うと、「…教えられたな…」と信長はつぶやいて、大いに眉を下げた。



春之介に別れを告げて喜笑星に戻ってきたのだが、先ほどまでいた場所にいた者全員がついてきた。


もちろん、十六天神将に興味深々となったからだ。


ナンシーたちも獣王星に戻ることなく、末席に居座っている。


するといきなり、「あー!」と叫んでレミーが頭を抱え込んだ。


「…なにがあったの?」と為長が眉を下げて吉蔵に聞くと、「人間の姿では何もできません」と吉蔵はすぐさま答えた。


「じゃあ、蛇に」と為長が言ってすぐに、「…いや、蛇に変身できない…」と言うと、「うん、そうなんだよねぇー」と吉蔵は楽しそうに言った。


「それはね、支配者が離れていたからなんだ。

 だから今は変身できるよ?」


吉蔵の言葉に、レミーは泣き濡れた顔を上げて、短いが妙に幅がある、人間の大人よりも大きな蛇に変身した。


そして鶏の神の雅に向かって頭を下げている。


雅がすぐに卵を出すと、蛇は長い舌で卵を絡め取って食った瞬間に、なんときれいに脱皮した。


誰もが何も言えずに、ただただ立ちすくんでいる。


一番に動いたのは為長で、蛇が脱皮した皮をつかむと、「やけにしっかりしている」と言うと、幻影が大いに興味を持った。


「こりゃ、鞄とか作れそうなほどしっかりしてるし、

 多少の伸縮性はあるな…

 防水加工も必要なさそうだ…

 高級な革製品に加工できそうだ。

 喜笑星では似たものを輸入していないから、

 それ以外でもかなり役立つかも」


幻影の言葉に、吉蔵は満面の笑みを浮かべていた。


幻影は吉蔵にあと十回だけ脱皮するように頼んで、かなり重い皮十一枚を担いで工房に行った。


あっという間に蛇女のレミーが役に立ったことで、目にも鮮やかな豪華な食事を与えた。


言い聞かせてあったようで、食っても脱皮することはなかった。


そして人型になったレミーは、「…役に立ったぁー…」と感極まるように言って、ワンワンと泣き出し始めた。



まだ日も高いので、吉蔵は右京和馬星に行くことを懇願すると、もちろん信長は賛成して、吉蔵を肩に乗せて社をくぐった。


今回も右京和馬星の高台に全員集合していた。


そして灰色の竜が飛んできて、変身を解いてから、ゲイルは信長と挨拶を交わした。


すると続々と竜たちが飛んできて、為長たちとも挨拶を交わした。


「どうじゃ、見えるか?」


信長の言葉に、「はい、全部で三柱です」と吉蔵ははっきりと答えた。


そしてなぜだか長春を見て笑みを浮かべた。


「…ほう、おもしろい…」とすべてを察した信長は機嫌よく言って、高台を駆け下りて行った。


下界では猛獣たちが大狂乱したが、災いが通り過ぎたところから静かになっていった。


そして吉蔵が、「そこの森の入り口です」と言って指を指すと、信長は走行速度を緩めて、ゆっくりと森に近づいた。


そして吉蔵は地面に降りて、木で作られた小さな首飾りを手に取った。


「この子には、これが必要です」と吉蔵が言って信長に首飾りを見せると、「…我らが同胞の魂…」と信長は言って、手のひらを合わせた。


「動物たち用の家族の絆。

 この子は兎です」


「そうか、そうか」と信長は感慨深げに言って、何度もうなづいた。


そして場所を変えると、また小さな家族の絆の首飾りが落ちていた。


「この子は鼠です」


吉蔵の言葉に、信長は薄笑みを浮かべて何度もうなづいている。


「もう一柱はもうやってきました。

 これで終わりです」


吉蔵の言葉に、「よし、帰るか」と信長は言って、吉蔵を肩に乗せて、猛然たる速度で陸地を走って、一気に高台を登った、


吉蔵が二本の家族の絆を長春に見せると、「…チャッピーとまん丸が神になって戻ってきた…」とつぶやいて満面の笑みを浮かべながら、ワンワンと号泣した。


「…愛されてるなぁー…

 神となって当たり前だったのかもしれない…」


為長は笑みを浮かべてつぶやいた。



日も傾いたので、喜笑星に戻ってから解散となったが、吉蔵に長春と政江が寄り添って離れない。


どうやら神となった鼠と兎を見てみたいと思ったようだ。


為長は幻影に十人乗りの戦車をもらって、庄屋一家を乗せて家に戻った。


まずは腹ごしらえを終えてから、為長と吉蔵は別行動をとった。


吉蔵は、新しい神たちの指導で、為長は温泉場作りだ。


為長は村の若い力を十人ほど雇って山に登り、用意してあった石版をきっちりと並べて、水路を確保した。


そして山の中腹ほどに動物用、ふもとに近い場所に人間用の石を組み上げた浴槽を作り上げた。


簡素な脱衣所と、男女の浴室の壁、ちょっとした屋根などを作り上げて、一時的な完成とした。


もしも要望があれば、いろいろと追加することに決めた。


外気はそれほど冷たくないので、元湯を沸かす必要はない。


ひと仕事終えた為長たちは、早速温泉を満喫した。


女風呂にも人の気配がして、お志摩とお雅の陽気な声が聞こえた。


すると塀をやすやすと乗り越えて、素っ裸の春駒が姿を見せたが、何かの力によって女風呂に引き戻された。


「…お蘭ちゃんと同じことしてんじゃないわよっ!…」と政江の雄雄しき叫び声が聞こえた。


「…同じことを言い返してんじゃないわよ!…」


また政江の声が聞こえて、―― 胡蝶蘭師匠の武勇伝を知っていた? ―― と為長は考えたが、「違うようだよ」と吉蔵は笑みを浮かべて言った。


「…本能と本質がそっくりさん、とか…」という為長の言葉に、吉蔵は小首をかしげていたので、魂の中身の話をした。


「…あー… 勉強になったぁー…」と吉蔵は感慨深げに言って、為長に頭を下げた。


「それが同じだと同じ行動をするのは突拍子もないことかもしれないが、

 常識外れのことに関しては、自然と同じ行動を取るのかもしれない。

 それに、婚姻していることや、

 子を産んでいることも大いに関係するだろうけど、

 当時の胡蝶蘭師匠は独身だったから、

 本能と本質が似ていれば、

 同じ行動をとることもうなづけるような気もする」


「…阿修羅にはなってないけど、春駒に乗って空を駆けた…」


吉蔵の言葉に、「…駆けたな…」と為長は大いに眉を下げて答えた。


「そもそも、背を預けるようには構築していなかったはずなんだ。

 普通、馬だったら、嫌がる行為なんだよ」


「春駒の想いとしては、俺への調教だったと思う」


為長の言葉に、「…あー、そうかぁー…」と吉蔵は言って納得していた。


「しかも流派の課題で俺の杞憂は、唯一馬術だった。

 春駒のやつは、それもわかっていて俺を乗せたんだ。

 そして、馬のことが随分と詳しくなったからな。

 たぶん、流派の項目で、馬術が一番の得意となったはずだ」


為長の明るい言葉に、「四郎様のお役に立ててよかった!」と吉蔵は子供らしい笑みを浮かべて叫んだ。



そして今度は馬ではなく、熊が乱入してきたが、「巌剛様!」と誰もが叫んで頭を下げた。


もちろん有名人で、琵琶家の一員なので、怯える者は誰ひとりとしていない。


村人たちとも気さくに接して、さらには井戸や温泉も掘り当てているので、村人たちはまさに神として崇めている。


「山の中腹の湯船は気に入りませんでしたか?」


為長が恐縮して言うと、巌剛は何の反応も見せずに湯船に入ってきて瞳を閉じた。


すると、茹で上がったような小動物たちが床の上で寝転び始めたので、どうやら上の温泉からここに移動してきたようだ。


「満足だって」と吉蔵が言うと、為長は笑みを浮かべて胸をなでおろしていた。


『…ウーオ…』と巌剛が小声でうなると、「守ってやる?」と吉蔵が怪訝そうな顔をして通訳をした。


「特に危機は感じてはおりません」


為長の言葉に、巌剛は目を見開いて為長を見た。


そして獣人に変身して、「…襲われそうになったではないか…」とつぶやくと、「ああ、春駒ですか」と為長は言って愉快そうに笑った。


「ただの神の戯れでしょう。

 私が能力者となれば、話は変わってまいりますが。

 もっとも、春駒に対しては好感はありますが、

 畏れはまったく感じないのです。

 もしも私が覚醒した時、

 おのずとその回答が見えるものと」


為長の言葉に、「…わかった…」と巌剛は答えて、また熊の姿に戻って、ゆっくりと湯船を出て、少し離れた場所で身震いをして水分を弾き飛ばしてから、小動物たちを背に乗せて風呂から出て行った。


「おやさしい」と為長が言うと、吉蔵も同意するように満面の笑みを浮かべていた。



「残りの一柱はなんだったの?」と為長が吉蔵に聞くと、「猿だけど… 女湯かなぁー…」と吉蔵は言った。


神でここにいるのは唯一猪の神の猛で、大きな湯船を悠々と泳いでいる。


「…かなりの女性上位のようだね…」


「男神の方が珍しいのかも」と吉蔵は言って、こっけいな泳ぎの猛に向けて笑みを浮かべた。


すると、女湯の方で少し騒がしくなり、どうやらナンシーたちもやってきたようだ。


為長と吉蔵は風呂から上がって外に出た。


もうすっかりと夜で、あふれんばかりの満天の星空だ。


「花火もいいが、星空もいい」と為長は言って、南西の空を見上げて動きを止めた。


小さな光が、いくつも小さな帯を引いている。


「流星群?」と為長が言うと、「新しい太陽系の誕生だろうね」と吉蔵は言って笑みを浮かべた。


「距離は、光の速度で十五万年」


吉蔵の言葉に、「…十五万年前の流星か…」と為長は感慨深げに言った。


「物見遊山に連れて行け」といつの間にか背後にいた春駒が言うと、「あと四日間ほど学校だし、まだまだ安定していないから危険だと思う」と為長が言うと、「今日で終わりらしいぞ」と春駒が自信満々に言った。


「場所は覚えたから、宇宙戦艦に乗ればいけるよ?」


吉蔵の懇願するような言葉に、「…御屋形様に話す…」と答えて眉を下げた。



翌日の早朝朝稽古で、為長は幻影に誘われて馬場に行き、普通の馬に乗って馬上弓の試験を受けた。


為長は昨日とは違い、「ハッ! ハッ!」と気合をいれ、馬をせきたてる。


為長は鞭は使わず、手綱も強く引くことはない。


よって馬は、自分が走りたいように走っているに過ぎない。


馬場を大きく回って、的が見える前に為長は弓を引いていた。


この場所だと一番遠いのだが、もう矢を放ち、とんでもない速度で的がある弓道場を風のように駆け抜けた。


そして矢を三本射った後、「申し分ない!」と幻影の明るい声が聞こえた。


為長はそれほど喜ぶことはなく、馬にクールダウンをさせてから馬場から出て、馬のブラッシングを始めた。


「覚醒しなかったな」と幻影が残念そうに言うと、「昨日の乗馬で今が見えてしまったので」と為長は笑みを浮かべて答え、馬を厩に連れて行った。


「覚醒の機会はお預けか。

 いや、急ぐ必要など何もない」


幻影は明るく言って、為長の肩をやさしく叩いた。


「免許皆伝、おめでとう」という幻影の師匠の優しい言葉に、為長は感動に打ち震えて、深々と頭を下げた。



異変は為長が登校してから起こった。


昨日もそうだが、春駒は監視なのか、校長から許可を得て、為長と同じ教室で授業を受けている。


クラスメイトには、お雅とお志摩もいる。


一時間目の挨拶の際、頭を下げて顔を上げるまではよかったのだが、為長の目はうつろとなり、立ち尽くした。


「あ、為長が死んだ」と春駒が言うと、誰もが何も言えずに立ち尽くしている為長を見入った。


そして為長の眼光が鋭く光り始め、「誰が死んだって?」と黒装束となった為長はにやりと笑いながら言った。


「春駒、授業ダリイからバックレねえか?」


為長の言葉に、「今までと間逆じゃねえか?!」と春駒は叫んで愉快そうに笑った。


「ワリイやつにはワリイやつの勉強方法がある。

 だが、さすがに親父とお師様は怖ええから、

 きちんと言ってからいかねえとな」


「…そこんところは真面目だな…」と春駒は大いに苦笑いを浮かべてつぶやいた。


「まあ、追放になってもかまわんのだが、

 お前とも付き合えなくなるし、

 吉蔵と桔梗の行く末も心配だからな。

 安心できるまで見守りてえ」


「わかった、まずはノスビレにいくか」と春駒が言うと、「そうするか」と為長は言って、「学校は休学で」と為長は教師に言ってにやりと笑って、春駒とともに窓から外に飛び出して行った。



「こうなったかっ?!」と男悪魔の為長を見つけた信長は上機嫌で為長の背中を叩いた。


「学校は休学する」と為長が言うと、「そうだ、授業は始まったばかりか…」と信長は言ってから、「休学という所が中途半端」という信長の指摘に、幻影は笑い転げた。


「やめるか続けるかきちんと決めろ。

 それが悪魔の正しい道だ」


「…勝っ手な真似するとあんたらが怖ええだろ…」


為長の言葉に、「一理あるな」と幻影は言って、腹を抱えて笑い転げた。


「だが、春駒を連れまわしていいのか?」


信長が聞くと、「休憩時間に吉蔵に会ってくる」と少しふてぶてしい顔をして答えた。


「もう気づかれていて、少し驚いてたわ。

 あんたが死んだ件」


春駒の言葉に、「…吉蔵に嫌われるかもしれない… 桔梗にも…」と為長が嘆くと、「ま、悪魔とは孤独な種族だ」と信長は言ってにやりと笑った。


「そもそも、どうして死んだの?」と幻影が不思議そうに聞くと、「馬が苦手だった理由と、春駒とお雅の関係について頭に浮かんできて納得したら、昇天していた」と為長が唇を尖らせて言うと、「…そうか… 前世が見えたとたんに納得して、今世を終えたわけか…」と幻影は言って何度もうなづいた。


「珍しいケースだな、まだ十八だったのに納得して昇天とは」


信長の言葉に、「まあ、今の俺から見て、俺の十八年間は、ただのお遊びでしかなかった」と為長は言ってにやりと笑った。


「じゃ、まずは、訓練という遊びをするか」と幻影が言うと、為長は大いに苦笑いを浮かべたが、逆らうことなく幻影を追った。



「そうなったか?!」と弁慶が叫んで為長を追ったが、さすがに相手は悪魔なので、その移動速度は異様だった。


「ダメダメ! 能力者でも追いつけない!」と源次ですら嘆いた。


ひと通り訓練を終えて、「真面目な悪魔だ!」と幻影は上機嫌に叫んで、乱暴に為長の肩を叩いた。


「親父はいいが、お師様には叱られたくねえぇー…」


為長が嘆くと、「魔王様はお優しいからな」と幻影が笑みを浮かべて言うと、「…お、おう…」と為長は戸惑いながらもすぐに答えた。


「じゃ、吉蔵に会ってくる」と為長が言うと、「わかった、行って来い」と幻影は言って為長の背中を押した。


「…うふふ… 男悪魔…」と濃姫が言って舌なめずりをした。


「なんじゃ? 為長を食らおうとでも?」という信長の言葉に、濃姫は知らん振りを決め込んだ。


「…外に出さねばならぬか…」と信長が悔しそうに言うと、「御意」と幻影は答えたが、大いに眉を下げてから濃姫を見た。


「奥様が慎まねばなりますまい」という蘭丸の厳しい言葉に、「…あんたが平気なのが不思議…」と濃姫が言った。


「私の悪魔は仮の姿でございますれば」


蘭丸の的を得た回答に、「本体はトラ」と濃姫は言って納得していた。


「…濃姫のために為長を手放さざるをえんとは…」と信長が大いに嘆くと、さすがの濃姫も罪悪感が沸いたようだ。



「よう! 吉蔵!」と為長が気さくに教室の外の窓から吉蔵に挨拶をすると、「…そうなっちゃったんだ…」と吉蔵は眉を下げて言った。


吉蔵の反応が微妙なので、為長は大いに苦笑いを浮かべた。


「学校、お休みするって?」


「…お、おう…

 勉強はきちんと外でする…

 社会勉強というやつだ」


「…四郎様は秀才だったからなぁー…

 普通だったら、ただの不良だよ…」


吉蔵の言葉に、「あはははは!」と為長は大いに空笑いをした。


「悪いが、学校の時間だけ春駒を貸してもらいてえんだ。

 本来ならば俺ひとりで勉強する必要があるんだろうか、

 食い止め役もいると思ったから…」


為長の少し戸惑いがある言葉に、「五芒でもいいよ?」と吉蔵が言うと、「お前の参謀じゃあねえか…」と為長は大いに気を使って答えた。


「うん、それでいいんだけどね、

 四郎様はこの喜笑星から出奔させられるんだ…」


吉蔵が悲しそうにつぶやくと、「…え? 不良になったから?」と為長が目を点にして言うと、吉蔵と春駒が愉快そうに笑った。


「男悪魔の特殊特性を思い出してよ」


吉蔵の言葉に、「あっ!」と為長はすぐに気づいて頭を抱え込んだ。


「…こっちにその気がなくても、

 女悪魔が迫ってくる…」


為長が嘆くと、「何か効果的な方法はないのでしょうか?」と春駒が落ち着き払った声で吉蔵に聞くと、「持続時間は短いよ、もって丸一日」と吉蔵は言って、宙に五芒星を描くと、その軌跡が大きくなって、為長を包み込んで消えた。


「…何も変わってねえし、術もかかってねえ…」と為長は眉を下げて吉蔵に言うと、「効果は発揮されてるよ」と吉蔵は答えた。


そして予鈴が鳴ったので、吉蔵は為長に明るく手を振って席に戻っていった。


「…だけど、よく耐えられたわね…」と、戸惑いのある春駒の言葉に、「え? なにが?」と為長が言ったとたんに為長は目が覚めたように目を見開いた。


「…授業をサボってしまった…」という為長の言葉に、春駒は一瞬目を見開いてから愉快そうに笑った。



為長はまたノスビレ村に行き、「学校に戻ります」と信長に言って頭を下げると、信長は幻影と顔を見合わせた。


そして幻影は理解不能として首を横に振った。


「悪魔に違いないが、今までの為長に戻っておるようじゃが?」


「はい、実は…」と為長は言って、その事情を話した。


「…陰陽師の術を、か…」と信長は言って何度もうなづいた。


「それが、春駒によると、かなり厳しい術だったそうなのですが、

 まったく何も感じなかったので少々不思議に思っているのです」


「まああれじゃ、一点の曇りもなければ、

 簡単にきれいに染まるというやつじゃろう」


「…ああ、なるほど… そういうことですか…」と為長は言って春駒に顔を向けると、移動した分だけ春駒は顔を背けた。


「誰にだって、ちょっとした染み程度はあるものじゃ。

 為長はそういった染みをきれいに濯いでやればよい」


信長の優しい言葉に、「はっ! 父上!」と為長は答えて満面の笑みを浮かべた。


「では、学校に戻ります」と為長は言って、信長と幻影に頭を下げた。


そして、「母上、萩千代もまた」という為長の言葉に、濃姫は大いに動揺したが、「…うん、ばいばい、またね…」と萩千代は小さく手を振って、為長を見送った。


信長と幻影はまた顔を見合わせてから濃姫を見た。


「…お兄ちゃん、前よりもかっこよくなったよ?」という萩千代の明るい言葉に、「…そうね…」と濃姫はつぶやいて、母の優しい笑みを浮かべて萩千代を抱きしめた。


「…お前も、男悪魔になれぇー…」と蘭丸がうなったので、幻影と信長は腹を抱えて大いに笑った。



為長は三時間目の途中から教室に戻って授業を受け始めた。


もうすでに為長が悪魔になってぐれた件は学校中に知れ渡っていたが、今までの為長に戻っているとしか思えなかった。


唯一違うのは、黒装束ではなくなったことと、今までよりも精悍になった彫りの深い顔だが、十分に為長だとわかる。


三時間目が終わった休憩時間に、眉を下げたお志摩とお雅がやってきたが、「悪いが吉蔵に会ってくる」と言って、教室の窓から飛び出して、吉蔵の教室の窓から入った。


教師は廊下に出ようとしていて背中が見えていたのでほっとして、吉蔵に近づくと、「素早いね」と吉蔵は笑みを浮かべて為長を見上げた。


「授業参観だ」と為長は言って愉快そうに笑った。


「女悪魔の件は問題はなくなった」という為長の言葉に、吉蔵はほっと胸をなでおろしていた。


「だが、本当に丸一日しか効果がないのか?

 そうは思えないんだが…」


「そうなんだ! よかったぁー…」と吉蔵は言って、為長に抱きついた。


「あ、トイレ、付き合うぜ」と為長が言うと、吉蔵は勢いよく席を立って為長とともに歩いた。



為長はトイレから出て吉蔵と別れ、今度は正規の手順で教室に戻った。


ちょうど予鈴が鳴ったので、為長と春駒は音を立てることなく席に着いた。


そして教師が入ってきて、為長に笑みを向けた。


「織田。

 御屋形様も真田様もお喜びになられただろ?」


「…あはは… いえ、戸惑っておられました…」と為長が答えると、教師は笑みを浮かべてうなづいた。


「織田自身が一番戸惑ったはずだからな。

 だが、元に戻ったとしか思えんな。

 顔は少々変わったが」


「ええ、トイレに行って鏡を見て、自分ではないようにも思ってしまいました」


「詳しい話はまた聞こう」と寅三郎が言うと、本鈴が鳴り響いた。



授業は終わり、校門にはなんと琵琶一族が待ち構えていて、「祝いじゃ!」と信長は叫んで、関係者全員を抱え込んで安土城に飛んだ。


祝宴の席に行くと、又蔵がもうきていて、「ご出世、おめでとうございます」と涙を流して頭を下げた。


「父さん、ありがとう」と為長は言って、上座の中央に立って、頭を下げてから座った。


為長の右隣には信長が好々爺として笑みを浮かべている。


宴も酣になりかけた時、「次は祝言じゃな?」という信長の言葉に、為長は大いに困惑して箸を置いた。


「気になる女子が二人おります」


「正室と側室」という信長の言葉に、濃姫が大いににらんだ。


「今世を取るか、前世の続きを取るかで迷っております」


まさに興味深い言葉に、誰もが為長を見入った。


「前世ではお互いの不慮の死で、

 添い遂げることはできませんでした。

 そして今世も、同じような運命を進んでいたのですが、

 運よく喜笑星に移住することに決まり、

 すべての箍が外れたのです。

 ですが今世は、

 当時の姫にそっくりな神が寄り添ってくれるようになったのです。

 できればこの身を二つに裂いて、お互いと婚姻したいほどなのです」


「…幸運といいたいところじゃが、そうもいかんようになったわけか…」と信長は言って何度もうなづいた。


「ですがおひとりは友人のために、私との婚姻を躊躇されています。

 その意を汲んで、今世に出会った神との婚姻が最適かと考えているところです」


「三人と誠実に付き合え」という信長の言葉に、為長は目を見開いた。


「そして決断しろ。

 選ばれる方は、

 些細な落ち度も許されんと思っておけ」


「はっ 父上、ありがとうございます。

 胸の支えが降りた気分です」


為長は言って箸を取ってから、もりもりと豪華な料理と格闘を開始した。


「…あら、口出しできなかったわ…」と濃姫は言って、逞しくなった為長に母の笑みを向けた。


「…三人目ってだれぇー…」と長春が大いに気にし始めた。


「うふふ、もちろん私でっす!」と五芒が胸を張って言うと、「しつこいやつは嫌われる」という為長の言葉に、五芒は立ち直れないほどうなだれた。


「春駒は、どこか行きたいところはないか?」と為長が聞くと、「お前を背に乗せて走れるところ」とすぐさま答えた。


「吉蔵に聞いたが、馬の神は背に何かを乗せたがらないと聞いたが?」


「…お前はその範疇にない、別物だ…」と春駒は恥ずかしそうに言った。


「ああ、あれか…

 竜のドラゴンライダーのような…」


するとここにいる五柱の竜が背筋を振るわせた。


為長はそれに気づいて、萩千代を見て、「俺って資格者ですか?」と聞くと、「あははは!」と空笑いをした。


「そうかそれでかっ!」と春駒は言って納得していた。


「俺なんて、竜様たちよりもかなり格下だからな。

 従わざるをえんだろう」


春駒は言って、何度もうなづいている。


「でも乗せてもらうのなら、ファイガ様がいいなぁー…」


為長の言葉に、竜たちは一斉に眉を下げた。


ここにいる竜はすべて女竜だからだ。


「ドラゴンライダー」と幻影が言ったが、竜たちは無反応だったので、幻影は大いに苦笑いを浮かべた。


「ふむ… 一部であっても幻影を越えよるとは…」と信長は機嫌よく言った。


そしてドラゴンライダーの大合唱が始まったが、該当者は為長しかいなかった。



ちょっとした騒動が終わると、為長の、『第三の女』がかなり気になってきたようだが、まずは五芒を先頭にして、神のかわいい女子たちが大集合してきて、為長に媚を売るような目をする。


ちなみに春駒は仲間に入らないようで、吉蔵の隣で眉を下げて笑っていた。


「私に一目惚れ?」と大人のレミーが言うと、「なんのこと?」と為長に無碍にあしらわれて肩を落とした。


大波が引くと、今度はお雅とお志摩がやってきて、大いに眉を下げていた。


「ふたりとも、行きたいところを決めておいてくれよ」


為長の穏やかな言葉に、「…あー… 私だったぁー…」とお志摩は言って中途半端な笑みを浮かべていた。


「二人っきりで付き合わないと、

 見えていないものがあるかもしれないからね。

 だが、前にも言った通り、

 お志摩は普通に人間だ。

 だが、お雅は着実に能力者の道を歩んでいる。

 いつ、どこで訓練してるのやら」


誰にも見つからずに訓練する場所は二箇所ほどある。


だが、隠す必要があることなのだろうかと、為長は怪訝に思っていた。


「なかなか優柔不断ですわ」というお雅の厳しい言葉に、「それは悪かった」と為長は言って眉を下げた。


「…お雅ちゃんのキャラがばば様になったぁー…」と長春がつぶやくと、為長は膝を打って大いに笑うと、信長も為長に追従した。


「嫌われようと虚勢を張っていても別にいい。

 今の俺にはすべてが見えているから」


為長の言葉に、「…能力者ってめんどくさい…」とお雅が言ってすぐに、「驚いちゃった! さすが、四郎様だわ!」と咲笑が陽気に明るく叫ぶと、「心の声を勝手に通訳するでない!」と信長が叫ぶと、「わりいわりい」と幻影がいいながらやってきて、咲笑を抱えて席に戻った。


「…咲笑ちゃんって、あんなこともできちゃうのね…

 声までそっくり…」


お志摩は目を見開いて咲笑を見ながら言った。


「…ふむ… 表面的に為長と呼んでいるだけ…」


為長の指摘に、お雅は苦笑いを浮かべていた。


「夢の世界には誰に誘ってもらってるの?」という為長の言葉に、お雅の表情は固まった。


「それができるのは、高水準の天使、悪魔。

 最近判明したのがサラマンダーの神たち。

 もちろんそれ以上の存在の、宇宙の妖精や、

 統括地の創造神でもできるだろうし、

 竜様や魔王様でもできると思っている。

 付きっ切りで見ているわけじゃないけど、

 お雅が師匠と思う方と接触はしていないと思うんだけど…

 …ああ、もうおひとりいた…」


為長が確信して言うと、「…たぶん、それで間違いないわ…」とお雅はため息混じりに答えた。


「最近になっておひとり鍛え終わったところだから、

 次の標的はお雅になったわけだ。

 だからこそ、覚醒が早まっているようだ」


「なかなかよい仕事をしておる」と信長が機嫌よく言うと、お雅は信長に笑みを向けて頭を下げた。


「自分ひとりで覚醒するのは困難だから。

 転生となれば尚更だったと、今になって震えがくるほどだ」


為長が心情を吐露すると、「…年下なのに生意気だわ…」とお雅が言った。


「ま、生まれ変わったからね。

 姿はそれほど変わらないが、年齢はゼロ才」


「ワシは三才のひよっこじゃ」と信長は言って、為長と肩を組んだ。


「お雅はほかにも知られたくないことがあるようだから、

 それは探らないでおこう。

 予測としてはそれは見た目だろう。

 お雅としては、それほど気に入っていない、とか…」


「ああ、なるほどな…

 為長に対する妙に反抗的な態度はそれが原因か…」


信長の言葉に、「能力者の場合、それも力なんですけどね」と為長は笑みを浮かべて言った。


「…まさか… …まさか…」とお雅は目を見開いて、大いに動揺した。


まさに、師匠の言ったことが現実だったと、大いに喜んだ。


お雅は、顔にある四つの目を見開いて、「…こんな俺でもいいと言うのかぁー…」とうなった。


「…予想外に、次元解だったぁー…」と為長がつぶやくと、「…春駒ちゃんとお雅ちゃんが入れ替わっちゃったっ!!」と長春は機嫌よく言った。


「高水準の男子からは引く手数多さ」という為長の優しい言葉に、お雅はその姿を人間に戻して、「…う、うん…」と小さくつぶやいてほほを赤らめた。


「まずは、寝た者の気付けじゃ」と信長が言うと、幻影とお蘭が機嫌よく請け負った。


かろうじて起きていたモルドは両腕をさすりながら、「…なんてこった…」とつぶやくと、「ここにもいたんだな」と寅三郎は笑みを浮かべて言って、デヴィラの真の姿を思い出していた。


「四郎様が知ったお話には続きがあるの。

 私が死んで、四郎様も死んだ…

 そして私は転生して、四郎様が頭を割られて死んでいて絶望したわ…」


お雅がつぶやくように当時の話をすると、「…ツキがまったくないね…」と為長は眉を下げて嘆いた。


「…偶然だったのか必然だったのか…

 四郎様は頭を割られた原因が、私が乗っていた馬のひづめ…」


お雅の言葉に、為長は瞳を綴じで過去を探り、「…銃のような破裂音がしてすぐに俺は馬の後ろ足に蹴られた…」とつぶやいてから目を開いた。


「銃を持った者は馬を驚かせて、手を汚すことなく四郎様を葬ったのね…

 …だけど、それが誰なのか、見当もつかないの…」


「…狂った、俺の妹だろう…」という為長の言葉に、お雅は目を見開いた。


「妹と言っても、母の連れ子の子だから、

 婚姻は許されていた。

 俺が姫に好意を寄せるたびに、

 妹は優しくなっていったが、

 心は裏腹だったようなんだ。

 まずは飼っていた小動物が虐待され、

 使用人たちが不幸に見舞われていった。

 そうやって心の闇を暗闇の中で発揮して、

 明るい場所では平静以上に自我を保っていたんだろう。

 俺が妹に指摘したその日に、俺たちは殺された」


「…そう…

 城が燃えたのも彼女のせいね…

 消息は不明だったけど、

 四郎様の父も城とともに燃えたそうだわ…

 私はその後、四郎様を弔って、

 何年もしないうちに呆けて死んだわ…

 …せっかく能力者として転生できたのに…」


「だけど、当時の俺は普通に人間だった。

 生き残っていたとしても、

 お雅を不幸な目にあわせていたことは変わらなかったと思う」


「…鍛え上げて、覚醒でも転生でもさせるつもりだったもん…」


「…それも地獄だな…」と為長は言って、愉快そうに大いに笑った。


「…私、辞退しますぅー…」とお志摩は眉を下げて言った。


「俺たちの昔話を聞いてびびった?」と為長が聞くと、「あはははは!」とお志摩は空笑いをした。


「いや、顛末を聞けて納得した。

 だがな、当時の思いは、人間の時の方が強かったと思う。

 今の想いは、ただの昔話」


為長の言葉を聴いて、「くっ!」とお雅は鋭くうなってから次元解に変身して、「やっと夫婦になれるんだぞっ?!」と四つの目で為長をにらんで叫んだ。


「だから逢引をして決めるって言っただろ…」と為長の言葉に、「…ま、まあいい…」と次元解は穏やかに言って変身を解いた。


幻影とお蘭が笑いながら、倒れた者たちの気付けをして回った。


「…そうか… 当時の為長の妹だったのか…」と春駒がつぶやくと、「なに役だったの?」と吉蔵が興味を持って聞いた。


「…為長の愛馬役…」と春駒が答えると、吉蔵は笑みを浮かべてうなづいた。


「城はにおいがくさくて近寄れなかったが、

 為長の妹の姿は見ていないから、

 城とともに自害したように思う…

 きっと、為長の父にも悟られていたはずだろうから…」


「…うん…

 予測でしかないけど、そういった顛末だったんだろうね…」


吉蔵は穏やかに言った。


「…今の悲劇を本にしたいって、エッちゃんが言ってきたんだけど…」と咲笑がこっそりと吉蔵に耳打ちをすると、「四郎様とお雅姉ちゃんに聞いて」と吉蔵は眉を下げて答えた。



喜びも悲しみも分かち合うということで、三人視線の絵本を幻影が描き上げた。


特に女性には大人気となって、涙を流さない日はなくなっていた。


しかし物語の最後には、後世で二人の人間と一頭の馬が再会を果たして、婿取り合戦を繰り広げている場面で終わっているので、完全なる悲劇ではないことだけが救いだった。


『また琵琶家か?!』


全宇宙中でこの言葉が繰り返された。


数年前は、『またフリージアか?!』が、琵琶家に代わっただけに過ぎないので、それほど問題ではない。


為長の嫁取りについては、お志摩だけでなくお雅も辞退し、公言は避けたが、春駒も辞退している。


辞退してはいるものの、いつも側にいるので、なんらかの大きな切欠を待っているといったところだろう。


春駒にとっては、為長の隣が非常に居心地がいいのだ。


よって、異性での友人関係といった方が正しい。


特に体を触れ合うこともないし、乗馬をするわけでもないので、これが一番当てはまる。


さらにいえば、お志摩とお雅にとって、為長は家族であっても近寄りがたい仲となってしまっていた。



そんなある日、為長たち高学年が低学年の吉蔵たちの下校を校門で待っていた。


通学用の十人乗りの戦艦を校門内に入れさせてもらっている。


まず盗難は起こらないとして、学校側も許可をしていた。


今までは、乗り合いの人力車に乗っていたが、それも必要なくなるような気がしていたし、連絡すれば来てくれることも使い勝手はいい。


すると、安土城方面から信長と天照大神がやってきたので、為長たちはすぐさま頭を下げた。


「おや? 吉蔵と桔梗たち、低学年がまだか?」


信長の言葉に、「ええ、一番早く終わるのですが、大勢いるので、話に花が咲いて歩みが遅くなるのです」という為長の返答に、「さもありなん!」と信長は叫んで機嫌よく笑った。


「そして校舎の外に出たとたんに、

 俺たちが待っていることに気づいて走ってやってきます」


「それが繰り返されるわけじゃな」と信長が言って、穏やかに愉快そうに笑った。


すると為長の言葉通りに、小さな子たちが校舎を出てすぐに一団となって走ってやってきた。


そしてもう信長にも気づいていたので、すぐさま挨拶をした。


「今日は昼餉を馳走してくれ」という信長の言葉に、「はっ 喜んで」と為長は答えて、まずは戦艦に信長を乗せた。



今日の昼餉は為長も手伝って、いつもに増してのご馳走となっていて、誰もが満面の笑みとなって食している。


「天照大神様のご所望ですか?」と為長が信長に聞くと、「…ああそうなのじゃがな…」と信長は眉を下げて天照大神を見た。


「てっきり、私かと思っておりました」


「…そう、正解じゃ…

 神は神を好むのでな…

 しかも吉蔵はどこにもいない神のようなものじゃ。

 女神であれば、誰でも興味がわくじゃろうて」


すると、「…あー…」といきなり天照大神は嘆いてうなだれた。


「…また俺を使ったな…」と為長は言って春駒を見ると、「今のは命令」と答えてにやりと笑った。


「やんわりと断りを入れたか…

 神とは少々回りくどい種族じゃが、意見をすることはない。

 それが神の習性のようなものじゃからな」


信長の言葉に、吉蔵は眉を下げて頭を下げた。


しかし天照大神は帰ることなく、十六天神将の存在感を探って肩を落とした。


同じ神たちや巫女たちよりも輪をかけて高水準の神といっていい、超専門家の神のようなものだった。


さらにはその伸びしりが計り知れなかったことにもうなだれている。


「今日はどこに行くんだい?」と為長が吉蔵に聞くと、「…大物の気配がする獣王星に…」と吉蔵はうれしそうにつぶやいた。


「…そうだよなぁー…

 四属性は土の五芒だけだからなぁー…

 農地のことを考えれば、

 水か火がいいなぁー…」


為長の農民優先の言葉に、信長は愉快そうに笑った。


「今回耕した区画だが、半分は水田にしていいか?」と又蔵が聞いてきたので、「…あ…」と為長はつぶやいて辺りを見回して、「…米、足りないよね?」と眉を下げて言った。


「来年以降を考えるとな。

 今年の分は問題はない」


又蔵の言葉に、「そうか、よかった」と為長は言って安堵の笑みを浮かべた。


もう寒くなりかけているので、さすがに田植えをするわけにはいかない。


よって半数の畑は、冬野菜を植えることになる。


「帰ったら、早速田植えをする」と為長が宣言すると、誰もが目を見開いたが、「そうか、できるか」と信長は機嫌よく言った。



まずは大人数で寅三郎に会いに行って、獣王星の立ち入りの許可を得た。


すると熊の巌剛が小動物とともに為長に寄り添ってきた。


今回は特別なお付は必要ないようだが、寅三郎の家臣たちは同行を望んだものが多いようだ。


「今回はギリアンに頼むか」と寅三郎が言うと、「わかった」とギリアンは言って、為長と吉蔵に挨拶をした。


早速社に入って獣王城が聳え立つ広場に出ると、「…はは、ここにいた…」と吉蔵は少し視線を下げて言った。


そして黙り込んでから瞳を閉じて、すぐに瞳を開いた。


「終わったよ」と吉蔵は為長を見上げていった。


「…わずか数秒の滞在だったな…」と為長は言って、吉蔵の頭をなでた。


もちろんナンシーが引きとめようとしたが、これから田植えをすると言うことを聞いて、納得してから開放されて、喜笑星に戻った。


「…早いにもほどがあるな…」と寅三郎が眉を下げて言うと、「天神将とは別に、やりたいことがあるので」と為長は言って、寅三郎と信長に別れをつれて、一路竜神城を目指して戦艦を走らせた。



休憩することなく水田予定地に行き、「俺に近寄るな」と為長は言って、農地の中央辺りに陣取った。


「はっ!」と軽く気合を入れたとたん、辺りに熱風が巻き上がったが、すぐにその熱は去った。


そして黒くなった土を見て、そして手にとってから、為長は満面の笑みを浮かべてから、「水を入れてくれ!」と叫んだ。


植える苗は二種類で、ひとつは一般的な稲で、もうひとつは巨大な実となる稲だ。


後者の方は養分大喰らいなので、通常の水田よりも離して植える。


田植えは難なく終了して、為長はひとつ拍手を打って、「はっ!」と叫ぶと、稲が一気に生長して、黄金色となって頭を垂れた。


「よっし! 刈り時狩り時!」と為長は陽気に言って、とんでもなくすばやく稲を刈って、逆さにしてつるした。


あとは乾燥させて精米するだけだ。


「…はあ… 見事だ…」と又蔵は感心するよりも呆れていた。


「数日後にはまた新米が食える」という為長の明るい言葉に、誰もが大いに賛同した。



為長たちは別の農地予定地に行って、今回は神たちに働いてもらって、耕すところまで終えた。


「大物はどんなやつ?」と為長が吉蔵に聞くと、「…自信喪失したって…」と眉を下げて答えた。


「高能力者の俺と比較すんな」と為長は鼻で笑って言った。


そして吉蔵の命令で、五芒が農地の中央に重厚な砦のようなものを建てた。


正面には丸い穴が開いている。


「的?」と為長は言ってから、愉快そうに笑うと、『ドカッ ボ―――ッ!!!』ととんでもない音とともに、炎がその穴に吸い込まれていく。


「あっ! だめだ! 止めろ!」と為長が叫ぶと炎は消えたが、砦が音もなく大爆発を起こしたが、振動は伝わってきた。


「あー… 危なかったぁー…」と為長は言って、砦に張っていた結界を解いた。


「水蒸気爆発だ。

 今のように土の囲いに炎を投入する場合、

 土の水分を抜いておく必要がある」


為長の言葉に、五芒は大いにうなだれた。


「…次からは、十分に注意するよ…」と吉蔵は言って、神でしかない為長に頭を下げた。


「でも今のは面白い」と為長は言ってにやりと笑って、山に入って粘土を掘ってきた。


そして器などを作り始めると、神たちもすぐさま仲間に加わった。


ある程度できたところで、「さあ、ここからは非情だぜ」という為長の言葉に、誰もが背筋を凍らせた。


「五芒、作品の水分を抜いてくれ。

 どれほど生き残るか楽しみだ」


誰もがきょとんとしていたが、いざ水分を抜くと、生き残った作品は十分の一にも満たなかったことで、多くの神たちがうなだれた。


「桔梗、絵付け用の絵を」と為長が言うと、「はい! 四郎様!」と桔梗は朗らかに答えて、春夏秋冬の花などをデザインした絵を描いてから、為長が用意した染料で絵を描いて、五芒がまた水分を抜いてから、透明になる上薬につけてから、また水分を抜いた。


そして焼き釜に作品を並べて、火の神は遠慮しながら炎を入れ始め、程なくして為長の指示で炎は止まった。


「冷えれば完成だ。

 さすがに今回はいきなり冷やすと割れるだろうから、

 自然に任せよう」


「…ああ、素晴らしい…」と五芒は言ってすぐに口を閉ざした。


「素晴らしいものができているようだぞ」という為長の言葉に、誰もが笑みを浮かべていた。


炎の神には農地を焼いてもらってから為長が確認をして、今日の作業を終えた。



「…今日は楽しそうだったぁー…」とお志摩がうらやましそうに為長に言うと、「そうでもなかったんだぜ」と為長は答えた。


「ああ、そういえば、すごい振動があったけど…」とお雅が躊躇しながら言うと、「まさに神の修行のようなものさ」と答えた。


「土で作った巨大な砦が、

 爆薬なしで大爆発した」


為長がにやりと笑って言うと、お志摩とお雅の目が点になっていた。


「お雅は簡単に真相を知ると思ったが?」


為長の言葉に、お雅は次元解に変身して、「…状況から察するに、水蒸気爆発…」と言ってから変身を解いて目を見開いた。


「…今回は火の神だったのね…」とお雅は言って、もりもりと飯を食らっている幼児を見入った。


「今回も女子だね…」と為長が眉を下げて言うと、「…男子の方が、お風呂が楽しい…」と吉蔵は為長が言いたいことを言った。


「時には人間の秩序を取っ払ってみろ」と春駒が堂々と言うと、「…おいおい考える…」と為長はため息混じりに言った。


「…混浴、作るか…」と為長が言うと、「…言ってみるものだ…」と春駒は言って感動していた。



夕餉後に、為長たち男子は早速新しい温泉作りに従事して、『男湯』『女湯』『混浴』の三つの入り口を作った。


混浴に入る前に、浴衣のような衣を着衣する必要ありとした。


まさに、気さくに男女がコミュニケーションを取れる憩いの場と化した。


さすがに、若年の男子には多少目の毒だが、あまりにも純情少年でも弊害はあるという、為長の思惑もあったのだ。


「…くっそ… まったく透けて見えねえじゃねえか…」と春駒だけが苦情を言ってきた。


「お前は露出狂か!」と為長は叫んで、愉快そうに笑った。


着衣は毛糸を混ぜた布で作られていて、撥水力があり、体にまとわりつかないので、ボディーラインの確認も困難だ。


よって男子も女子も、それほど欲情することはない。


今回の着衣は、為長の術で作り上げていたが、これも商品として作ることに決まっていた。


「それに、俺は三人に振られたからな。

 少しでも女性との接触を増やそうと考えただけだ」


為長の言葉に、幼児でしかない神たちが為長を囲んだので、誰もが大いに眉を下げていた。


「キャー! 四郎様がいらっしゃるわ―――っ!」と、村娘たちが黄色い声を上げて混浴場に入ってきた。


「やあ、いらっしゃい!」と為長が気さくに挨拶をすると、生娘たちは黄色い声を上げるだけで近づいてこない。


「…ミーハーというやつだな…」と春駒は言って、ここぞとばかりに、為長の隣に座った。


「護衛はいらんけど?」という為長の無碍な言葉に、春駒は腰を浮かせてこれ見よがしに距離をとって座りなおした。


この行為にご利益があったのか、若い女子たちが静々と為長に近づいてきたが、早足で巌剛がやってきて、為長の目の前にある湯船に浸かった。


そして巌剛は振り返って、『ウーオ』や『オー』などとうなり始めた。


「…何をおしゃっているのかわかりません…」と為長は言って眉を下げた。


巌剛は、『仕方ない…』といったような顔をして、獣人に変身した。


道徳は弁えているようで、温泉着は着込んでいる。


「春駒に命令された」


巌剛の言葉に、為長は一瞬目を見開いて春駒を見てから巌剛を見て、腹を抱えて笑った。


「巌剛様の妻にどうです?」


「断る!!!」


為長の気を利かせた言葉は、巌剛にとっては迷惑だったようだ。


「巌剛様がこのままで終わるとは思えません。

 春駒はわかっているような気がします。

 もちろん私にもある程度は想像がつきます」


「…中途半端な位置にいる春駒たちは面倒なんだよ…」


巌剛が本当の想いを吐露すると、「…まあ、神としては初歩編…」という為長の言葉に、春駒は眉を曇らせた。


「ですが、人間たちにとっては、一番使える神です。

 …はは、便利屋のように言ってしまいましたが、

 だからこそ、大きな神となる資格も得たことになるのです」


「…信仰心…」と巌剛がつぶやくと、為長は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「なぜか春駒が大人気なんです。

 どうやら馬場で盛大に走ったことが知れ渡ったようで」


「…幻影が一万と言っていた…」という巌剛の言葉に、為長は笑みを浮かべてうなづいた。


「お師様はさらに増えたのでしょうね。

 もう大神を名乗ってもいいほどに」


「天照大神は一千万。

 幻影は、五千万」


巌剛の言葉に、為長は一瞬目を見開いたが、笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「余計なことを言えば叱られそうですので、何も言わないことに決めました」


「それが最善だ」と巌剛は言って、その姿を熊に変えた。


「…信者、五千万…」と春駒はつぶやいて呆然としたが、ここは気を取り直すように首を何度も横に振って、「ひとりいれば十分だ!」と叫んで為長を見た。


「俺だけだったら、姿を形成できるかは微妙だぞ?」


為長が言って少し笑うと、「…庄屋一家だけでもいいぃー…」と眉を下げて言った。


「…ふむ… やってもいいのだろうか…」と為長はつぶやいて、今思い浮かんだことを幻影に聞いてみることにした。


そしてその先の具体的なことは、何とか桔梗に頼もうと思ったが、かなり厳しいだろうと感じた。


もちろん、為長もその可能性を見出すことに決めた。


為長は考え事をしながら温泉を出て、焼き窯に行ったが、まだほんのりと暖かいので、陶器類は明日取り出すことにして、家に戻ろうときびすを返すと、目の前にお志摩とお雅がいた。


「まだ中は熱いようだから、取り出しは明日だ」


為長の明るい言葉に、「為長様、逢引のお願いに参りました」とお雅が言うと、お志摩もすぐに追従した。


「そうか! それはうれしいな!」と為長が声を張って喜ぶと、暴れ馬がやってきたので、為長は二人を術で浮かべて、馬の突進をかわした。


馬は地団太を踏むように飛び跳ねて、今度は宙を走り出したが、為長は春駒の背後をつけるようにして飛んだ。


「…あいつ、吉蔵に叱られないのだろうか…」


為長が心配そうに言うと、お雅もお志摩も、自然に胸を押さえていた。


「…いや、その前に、何かあったはず…」


為長は考えながらも、春駒の背後につきまとう。


そしてようやく気づいて、「春駒! 明日の午後にでも渡したいものがある!」と為長が叫ぶと、春駒はすぐさま地面に降りてから人型を取って、為長たちを見ることなく、母屋に向かって走っていった。


「…春駒は神だからこそ、いろいろと複雑だ…」と為長が言うと、お雅とお志摩は顔を見合わせて眉を下げた。


しかし、ほんのわずかだが為長に抱かれたような気分を味わった二人は、―― 得した! ―― と想い、上機嫌になって、為長とともに母屋に向かって歩いた。



翌日の昼餉後に、為長はひとりで安土城下の工房に行って、幻影に鍛冶用の窯を使わせてもらうことになった。


これは初めてのことではなく、もう何度も使わせてもらっているが、転生してからは初めてだったので、多少気合が入っていた。


しかも、神への献上品なので、気を抜けないと思ったが、今までも気は抜いていなかったと思い直して、気持ちを平静に戻した。


為長が金属を鍛えるための鍛冶仕事としては、すべてが農機具関係だ。


しかも使う金属は一種類と決まっていて、為長たちが着込んでいる鎧と同じ合金だ。


軽くて丈夫なので、大きな道具でも、少々力持ちの子供ですら扱えるので、重宝しているのだ。


しかし今回はそれほど大きくないもののようで、側で見ている幻影は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


しかし、贈り物なので、その装飾は繊細を極め、「…十分に飾りにもなる…」と幻影は手放しでほめた。


「…あれ? 穴はいらないのかい?」と幻影が不思議そうに聞くと、「吸着させるはずです」と為長は笑みを浮かべて答えた。


「…そりゃそうか… 打ち付けるわけにはいかんよな…」と幻影は言って少し笑った。


そして最後に、透明の上薬を塗ってから焼き付けた。


そして十分に冷ましてから、琵琶家のきらびやかな献上用の風呂敷に包んだ。


すると為長は何かを思い立ったのか、「…あ…」と小さく言って、作品を見てから少し考え、納得できたのか笑みを浮かべて、風呂敷を懐に忍ばせた。



為長は幻影に礼を言って工房を出ると、春駒だけではなくお雅とお志摩がいた。


「待たせたね」と為長は言って、贈答品としては少し大きい風呂敷を春駒に差し出した。


「…うわぁー… なんだろぉー…」 


春駒が今までで一番うれしそうな顔をして言うと、「…催促してきたからだろ?」と為長が言った。


すると春駒は気分を損ねたようで、憤慨して風呂敷をぶんどった。


「神はな、欲しいものを欲しいと言えないんだ」


為長の言葉に、お雅もお志摩も目を見開いた。


「もしそんな神がいたら、そのうち愛想をつかされて、

 いつの間にか消えているだろうな。

 もちろん真の神が、

 俺を崇めろ!

 なんて言うはずがない。

 そんな神は神にあらずだ」


為長の言葉に、お雅もお志摩もようやく納得してうなづいた。


「だからこそ、氏子や信者は、

 神の想いを悟らねばならない。

 欲しいものを察して準備しなければならない。

 春駒の場合、空を飛ぶ必要がないのに、

 馬の姿の時はほとんど宙に浮かんでいた。

 地面を走る時、蹄が気になっていたはずなんだ」


春駒は風呂敷を解いて満面の笑みを浮かべて、丁寧に蹄鉄を地面において、じっくりと眺めたあと、馬に変身して蹄の裏に蹄鉄を引き寄せてから、地団太を踏むように足踏みをして、納得した。


そして小走りで街道を横断して馬場の柵を軽々と飛び越えて、速度を上げて疾走を楽しんだ。


為長は馬場に行って、「先に帰ってるぞ!」と叫ぶと、春駒は慌てて馬場を横切って、柵を軽々と飛び越えて、人型を取った。


「…いい出来だ…」と春駒がそっぽを向いて言うと、「それは何より」と為長は機嫌よく言って頭を下げてから柏手を打った。


すると蹄鉄が地面から浮き上がって、春駒の手首足首の装飾品に変わっていた。


「…ありゃ? どういうこと?」と為長は思い、春駒の手首の蹄鉄を見入った。


「…うふふ… 婚約蹄鉄…」と春駒が恥ずかしそうに言って、左腕の蹄鉄をうっとりとした目で見入った。


「聞いたことねえぇ―――っ!!!」と為長は叫んでから愉快そうに大いに笑った。


「…兄者、魔具、と呼んでよろしいのでしょうか?」とこの様子を見ていた弁慶が聞くと、「まさに神のために作り上げる真摯な心を、火の神が認めたようだな」と幻影は機嫌よく言った。


「よって、恋愛感情なく作り上げたから、

 婚約蹄鉄などではない」


幻影の言葉に、弁慶は愉快そうに笑った。



為長たちはこのまま家に戻って、神へのご機嫌伺いに励んだ。


春駒にだけ蹄鉄を作り上げたのでは申し訳が立たないからだ。


しかしほとんどの神はのんびりと昼下がりを楽しんでいたので、欲しいものはまったくないように感じる。


しかしそう感じるだけで、言いたいのに言えないのかもしれないし、悟られまいとしているのかもしれない。


「…あ…」


為長はあることに気づいて、猛を見た。


「春駒に蹄鉄を打ったんだが、

 猛も必要かい?」


「ううん、僕はいらないよ」と猛は笑みを浮かべて答えた。


この回答はわかっていたのであえて聞いたのだ。


よって、ほかのわかりづらい神たちの行動から察しようと為長は考えたが、さすが神でそれを悟らせようとはしない。


よって、今この時は必要ないのかもしれないと思い、「…農地にでも行くか…」と為長が言うと、全員が一斉に立ち上がったので、為長は一瞬大いに戸惑ったが、腹を抱えて笑い転げた。


「…あ、そうだ、焼き窯…」と為長がつぶやくと、誰もが一斉に新しい農地に向かって走っていった。


―― そうか… 陶器の出来上がりが気になっていたのか… ―ー と為長は考えて、くすくすと笑いながら神たちを追った。



焼き上がりは失敗することなく、すべての作品には素晴らしい光沢がかかっていた。


割れや欠けも十分に確認して、主に桔梗の作品を中心にして、ずらりと並べた。


「この十枚を、御屋形様に献上しようと思うのだが、

 どうする?」


為長が桔梗に向けて聞くと、「…使いたいなぁー…」と桔梗は眉を下げていった。


―― ん? 何か、理由が… ―― と為長は一瞬考え、その回答が見えて笑みを浮かべた。


「わかった、献上品は次の機会にしよう」と為長はすぐに決断した。


「あと、五柱か…」と為長が吉蔵に向けて言うと、「今日は休息することに決めてるよ」と答えた。


「琵琶家管轄で、自然が多い星はあとふたつしかないな…

 いや、出入りはできないだろうが、ゴールド星も入れてみっつか…」


「あとはね、五大神の母星とかは期待できるって思うんだ」


「…なるほどな… まだまだ望みはあるし、急ぐ必要はない…」


為長の言葉に、吉蔵は満面の笑みを浮かべていた。



為長たちは慎重に出来上がった陶器を持って母屋に戻ると、信長が訪問していた。


「御屋形様いらっしゃい!

 父様父様!」


桔梗は一番大きな絵皿を持って走り、又蔵に皿を差し出した。


「…ほう、染井吉野か…」と信長は言って、一瞬固まって、又蔵を見た。


又蔵は満面の笑みを浮かべて皿を見入って涙を流していた。


「非常に出来がいい陶器ですので、

 春になるまでに御屋形様に献上いたそうと計画をしております」


為長の言葉に、「おう! すまんな!」と信長は機嫌よく叫んだ。


―― こりゃ、後添えは無理だ… ―― と為長は又蔵を見て少し嘆いたが、心からの笑みを浮かべた。


「…だから、桔梗ちゃんは嫌がったのね…」とお志摩は眉を下げて言った。


「…母様、すっごくなって帰ってこないかなぁー…」と桔梗が言ったとたん、吉蔵の体が震えた。


そして立ち上がって、「これからサルサロス星に行きます!」と叫んだ。


「ああ、行こう!」と為長が叫んでから立ち上がると、神たちも一斉に立ち上がった。


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