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赤い幻影 akaigenei ~修行の旅編~      赤旅路 akatabiji


   赤い幻影 akaigenei ~修行の旅編~



     赤旅路 akatabiji



家忠はまた豪華な朝餉を大いに食らってから、村人たちに惜しまれながら旅立った。


そして、昨夜の声だけ確認した子供はついてきていないと思ってほっとした気持ちもあったが、残念な気持ちも沸いた。


―― 今はひとり旅 ―― と思って、昨夜のことは忘れることにした。


行程を短縮するために、道なき道を走っていると、大名行列かと思わせる一団とすれ違った。


相手は街道を進んでいるので、鉢合わせることはなかったので、家忠は気にすることなく草原を走り、ついには街道に出た。


するともう石造りの城が見えた。


しかしそれは豆粒のようなもので、距離にして百里ほどはある。


少々小腹がすいたので、昨日仕入れておいた果物などを巨大なバックパックから出して、城を眺めながら大いに食った。


果物の芯や皮などは、地面を掘って埋めて、―― コーヒーも買っておけばよかった… ―― などと思いながらポットの水を飲んでから、急ぐことなく歩き始めた。


小さな村にたどり着いて、真っ先に茶屋に入ったのだが、コーヒーを扱っていなかったことに、家忠は大いにうなだれた。


しかし店主が気を利かせてくれて、個人持ちのコーヒーを立ててくれた。


この村ではコーヒーは不評だったそうで、メニューから外していたそうだ。


家忠はコーヒーを大いに堪能して、手持ちのポットにも入れ、支払いの段になって眉を下げさせた。


正規のメニューの代金しかとらなかったからだ。


よってここでも、材料費の話を持ち掛けると、店主は大いに礼を言って、追加のわずかな金を笑みを浮かべて受け取った。


店を出て、少し大きく見えるようになった城に向かって家忠は歩き始め、次の休憩を楽しみにした。


城に近づくにつれて森はなくなり、鳥獣保護区もほとんどなく、街道もさらに整備されていて、城までは一本道のようなものだった。


しかし人は多いので、街道脇の並走しているすいている道を選んで歩いた。


この道は商店街なのだが、比較的さびれていた。


その中にも何か気に入ったものがあるかもしれないと思い、横目で見ながら店先を見たが、家忠の眼鏡に叶うものは見つけられない。


しかし、果物屋は新鮮そうなものを置いていたので、店主のお勧めを数点買って、バックパックに入れ込んだ。


すると独特のにおいがするのか、店主が家忠のそばに来て、「そのミレニアを売ってくださらんか?!」と叫んだ。


家忠は、「ええ、いいですよ」と言って実をひとつ渡すと、店主はもらった代金の全てをい家忠に返した。


「…商売になっとらんでしょ…」と家忠が眉を下げていうと、「その程度では送料にもならんほどです!」と明るく言ったので、ミレニアの実をもうひとつ渡した。


「しっかりと堪能してください」という家忠の言葉に、店主は満面の笑みを浮かべて頭を下げた。


そして店主は今貰ったミレニアの実をセリにかけ始めたので、―― 逞しい… ―― と思って少し笑ってから、城に続く道を急いだ。



するとまた大名行列に出くわしたが、今度は背後から、かなりの勢いで追い抜いて行った。


道は別なので、家忠は本道の街道をただ眺めていただけだ。


「…なんだか、重鎮が来られたそうだ…」などと言う人のうわさが店先で聞こえてきたので、家忠はこの店で一番食えそうな乾物を買ってから、話を聞いた。


そして大いに苦笑いを浮かべていた。


どうやら王は家忠を探し求めて街道を行き来しているようだった。


―― では、捕まらぬように、城門まで出向くか… ―― と家忠は少し愉快な気分になって、少し休憩をすることにした。


村と村の間が自然公園になっている場所があったので、休憩を取るにはまさにおあつらえ向きの場所だった。


ベンチなども整備されていて、木や草花が美しい公園だった。


それほど人がいない場所を探していると、その場所にこの地では珍しい獣人がいた。


その顔は猫で、どこかで会ったことがあると、家忠は感じていた。


すると猫の獣人は読んでいた本から顔を上げて、家忠に笑みを向けたのだ。


―― セイラ・ランダ… フェイラ・イルニー… ――


家忠にはこの二つの名前が頭をよぎった。


家忠は猫の獣人に近づいて、「フェイラ・イルニー様でしょうか? 私、酒井家忠と申します」と言って頭を下げた。


「はい。

 前の王の、フェイラ・イルニーです」


獣人は言って頭を下げた。


「ご一緒してもよろしいでしょうか?」と家忠が言うと大歓迎されたので、早速座って、カップにコーヒーを注いで一気に飲んで、「イルニー様もいかがでしょう?」と聞いたが、眉をひそめたのでコーヒーは苦手のようだと察した。


しかし、テーブルの上に様々な果物を並べると、「んまっ!」と一気に陽気になった。


フェイラは家忠にお伺いを立ててから、実をひとつ手に取って、とんでもない素早さで皮をむいて、さもうまそうにして笑みを浮かべてほおばった。


―― …そうか、爪か… ―― と家忠は皮むきの道具はフェイラの爪だと見破った。


フェイラは今は自由の身で、昔にもやっていた旅に出ていると語った。


まさに家忠と同じだったので、大いに意気投合して大いに語った。


そして日が傾いてきたので、「そろそろ登城いたします」と家忠は言って立ち上がってから、頭を下げた。


「…またどこぞでお会いいたしましょう…」とフェイラは少し寂し気に言うと、「はい、その日を楽しみにしておきます」と家忠は笑みを浮かべて言って頭を下げてから、城に続く道を走った。


「…走るの、はやぁーいー…」とフェイラは言って、様々な希望を封印することに決めた。


そして旅は終わることにして、ふわりと宙に浮かんで、メリスン・ランダ町を目指して飛んだ。



家忠が城門で名と身分を名乗ると、門番は怪訝そうにそしてうんざりした顔を家忠に見せた。


「…王が俺の名を言いふらして騒ぎまくったからだろ…」と家忠が言うと、門番は大いに眉を下げて、「…その通りだよ…」と呆れた顔をして言った。


もちろん、偽物が大勢現れたのだ。


「縁があればまた来る」と家忠は言って踵を返して、「待たれよ! 待たれよ!」と門番は叫んだが、砂埃が舞っていただけで、そこにはもう誰もいなかった。


家忠は城下ではなく、少し北西に足を延ばして、それなり以上に宿屋がある町に来た。


どうやら観光客目的のような街で、ここに潜り込んでおけばまず知り合いに会わなと思いながら、中間層の宿を選んで早速部屋を取った。


受付の女性は愛想よく対応して大いに好感を持てた。


今まで通ってきた村や町と比べて、この町は文明文化の優位を感じた。


さらにはこの町には鉄道の駅があることで、大いに開けたようだ。


そして至る所に、遊園地の宣伝が貼られている。


『モルテ・イルニー遊園地』


全てはこの星の神である、火竜グレラス・ドラグニル16世が創り上げたそうだ。


ちなみに星中につなげた線路も、グレラスとその僕の数人で敷いたらしい。


もちろんこの名は予備知識として知っていて、できれば会いたくないひとりだった。


家忠はあてがわれた室内に入って、夕暮れ迫る城を見ていると、何と巨大な火竜が城に向かって飛んできてその姿が消えた。


もちろん家忠はいい予感がせず、大いに苦笑いを浮かべている。


ここは自由を得るために何とかせねばと思ったが、この日は何事もなく朝を迎えた。


そして朝餉の時は何の騒々しさも感じられなかった。


よって、メリスンかゼンドラドの口添えでもあったのだろうと安心していた。


「…あーあ、無駄になっちゃったぁー…」と近くの席で声が聞こえた。


それは女性の二人組で、手に広告のようなものを持っていたので盗み見ると、家忠の指名手配書だったので大いに苦笑いを浮かべた。


しかし無駄になったということは取り消されたようだったので、ほっと胸をなでおろした。


その内容をテレビでやっていて、『酒井家忠様を探すことは許されません!』と女性が叫んだ。


―― あれが、カレン・イルニーか… ―― と家忠は思って苦笑いを浮かべた。


旅に出て早々に有名人となったが、映像には顔写真が出ていなかったので、比較的安心して旅を続けることにした。


指名手配の写真もそれほど鮮明ではないので、家忠とは気づかれないし、大きなバックパックが写っていない。


どう見ても行商人としか思えないので、目立つのだが注目はされないだろうと、ここは少しいい加減さを出して考えた。


しかし、―― 何かがおかしい… ―― と家忠は考えた。


周りにいる者たちがあまりにも家忠に無関心だったからだ。


まるで家忠が見えていないような気がしていたので、―― 神の力… ―― と考えると何かが怯えた。


しかし気にすることはなく、支払いを済ませて宿を出た。


―― 俺から話しかける分には認識していた… ―― と家忠は考えて、少し道を外れて、鳥獣保護区と街道の狭間に出て立ち止まった。


「姿を見せよ」と家忠がうなるように言うと、大人しそうに見える女性が浮き出てきた。


「ラルラウラと申します」と女神が自己紹介すると、「すぐに術を解け」と家忠が怒り心頭で言うと、ラルラウラは悲しそうな顔をして術を解いた。


「あんたはいいことをしたと思っているだろうがそうではない。

 俺は幽霊ではないのだ。

 なんなら、ゼンドラド様にお願いして、

 神堕ちの刑に処してもらうぞ。

 ほかの神たちにも伝えておけ」


家忠の本気の言葉に、ラルラウラは頭を下げたまま消えた。


―― ま、懲りてないだろうな… ―― と家忠は思いながらも街道に戻って、この地で一番有名な遊園地には足を向けずに、ひたすら西に向かって歩いた。


すると偶然にもジゴクがあったので通り過ぎようとしたが、すぐに立ち止まって少し考えた。


そしてジゴクに入ってから、このジゴクにいた魔物たちをすべて退治したのだ。


問題は隧道内にあるメダルやコインだが、神に吸収させないと意味がない。


よって一時的な仲間になっている冒険者などに持てるだけ持たせて、両替商に行った。


家忠だけはカードを持っていたので、速やかに精算を終えたが、ほかの冒険者たちはカードづくりに四苦八苦していた。



家忠は儲けた金を湯水のように使った。


とはいっても、全て食べるだけなので、贅沢をしているわけではない。


本当に困っている者には、何とかしようとは考えていたが、それは甘やかしのようにも感じて、今は決めないことにした。


そして今日は嫌な予感が頭に過ったので、村を西に向かって歩き出したが、鳥獣保護区をぐるりと回るように歩いて、元いた村の真南に出た。


そして猛獣などがいないと感じられる森にやって来て、頃合のいい木々の根元に簡素な宿を作り上げた。


猛獣がいないと断定したのは、小動物や小鳥の巣が多いことから判断した。


まさに野宿も旅の醍醐味で、大いに自然に触れ回った。


すると地面に近い着物のすそに栗鼠のような動物がぶら下がっていたことに気付いた。


「なにをしている」と家忠が小動物を見て言うと、目があったが離れなかった。


「お前もひとりで生きていけ。

 それも、自然の厳しさだ」


栗鼠に言葉が通じたのか、手足を放して地面に降りたが、じっと家忠を見つめている。


「五体満足のようだから、ひとりで生きて行くには何の支障もない」


家忠は言ったのだが、栗鼠はまだ家忠を見上げたままだ。


「…まさか、この森が危険…」と家忠がつぶやくと、栗鼠はうなづくように何度も頭を上下した。


「それはそれでよい」と家忠が言うと、栗鼠はあ然としていて、歩き始めた家忠を追った。



栗鼠は家忠の寝所には入らなかった。


そして暗くなるとやはりフローラの群れがやってきたので、栗鼠は素早く木に昇って節穴にその身を隠した。


フローラは掘立小屋を囲んだが、用心深く行動する。


すると、一匹が何かを踏んだようで、いきなり後方に吹っ飛ばされた。


フローラたちは大いに戸惑って、『シャー! シャー!』と威嚇をするが、何も飛んでこないのですぐに静かになった。


近づくことは危険だが、また一匹が家に近づいてまた後方に飛ばされた。


夜目の利く猛獣すらも手が出ない罠に、数匹はこの場を去って行った。


諦めの悪い三匹は、三匹とも手ひどい罠を食らって、この場から立ち去った。


迂闊に怪我をすると、自然界では生きていけないからだ。


この近隣の鳥獣保護区の恐竜のようなボスが怪訝に思い、保護区の外に出てすぐに戻った。


変わったものは何もないと判断したのだ。


もちろん人間のにおいはしたのだが、その人間自体がいないと判断したのだ。


夜は比較的穏やかに過ぎていき、陽が昇った。



―― 棺桶に入ると、このような気分なのか… ―― と家忠は思って、真っ暗闇の朝を迎えた。


しかしぐっすりをよく眠れたので、背伸び代わりに目の前にある大きな扉を開いた。


家忠の寝所は、家屋の地面の下にあったのだ。


よって存在感は消せるので、猛獣が来ても安心してぐっすりと眠れたのだ。


しかも、それなり以上の獣でも、扉が開かないほど重いものだ。


これは忍びの知恵で、幻影から教わったことを懐かしく思い出した。


家忠は罠の残骸などを丁寧に処分して掘った穴に放り込んでしっかりと埋めた。


草がはげただけで、それ以外はここに来たままに戻して、ご満悦の笑みを浮かべて街道に戻ったが、栗鼠がついてくることに眉を下げた。


―― 琵琶家は動物とともに ―― という信長の言葉を思い出して栗鼠に向かって腕を延ばすと、栗鼠は必死になって走って腕を枝のようにして身軽に上って、肩の上で落ち着いた。


「…しょうのないやつだ…」と家忠が言ったが、栗鼠は無反応で、機嫌よく肩に座っているだけだ。


しかし歩を止めて、少し考えると、栗鼠に落ち着きがなくなっていた。


「…まさか、あの声…」と家忠がつぶやくと、『はぁー…』と深いため息が家忠の頭に響いた。


「一度は許可したからな。

 だが、俺が気に入らなかったら主を替えたっていい」


『うん、そうするぅー』とごくあっさりと答えられてしまったので、家忠は大いに苦笑いを浮かべた。


「男子?」


『女の子よ!』と栗鼠が怒って叫ぶと、家忠は愉快そうに笑って、「すまんすまん!」と謝ってまた笑った。


「まさか俺も、君のような動物と知り合いになれるとは思わなかった」


『…うう… 経験者だったんだぁー…』


「ああ、君のような子が十ほどいる。

 環境としてはここと似たようなもので、

 猛獣と怪獣も住んでいる星だ。

 しかも、動物の神がいるから、

 わがままは通用しないぞ」


栗鼠は大いに動揺して、肩の上を右往左往とし始めた。


「わがままを言わなきゃいいだけ」


『それもそうだった』と栗鼠は言って、まるで鼫の高願のように、家忠の首を小さな頭でなで回った。



朝餉を食べるため、少し西に行った村に立ち寄って、弁当など大量に買い、朝っぱらから店じまいに追い込んでから、近くにあった自然公園で、栗鼠とともに大いに食らった。


しっかりと食べてから、家忠は弁当箱などをかなり小さくして、公園内のゴミ箱に捨てた。


ゴミ箱から、『ドン、ドン』という少し重い音がしたが、それほど気にせずに公園を出てから村を出た。


峠を越えるとこの大陸の西の端に来たことがよくわかった。


目の前には大きな海を確認できたのだ。


しかし隣の大陸がよく見えているし、大きな橋が架かっているので移動できることを喜んだ。


しかし、街道を北に行ってから南に行こうと思い、整備された道を歩いていたのだが、徐々に狭くなっていく。


すると来村歓迎の大きな門があったのだが、村は悲しいほどにさびれていた。


荒む直前のような状態で、人はそれほど住んでいないように思えた。


何を武器にして歓迎しているのかを探っていると、どうやら温泉が沸いていたようだと感じた。


『枯れてないのに…』と栗鼠が言うと、「ああ、俺も同感だ」と家忠は胸を張って言った。


もう何カ所も温泉を見てきたので、家忠にもそれなりの知識があった。


家忠はこの村の村長に挨拶をして、枯れてしまった源泉を見せてもらうことになった。


村長としてはそれほど期待していなかったのだが、家忠があまりにも勇ましいので、ほんのわずかだが期待した。


小高い丘を登るとその原因がすぐにわかった。


「新しくできた川のせいで、温泉の水源に水が流れなくなっただけだ」


家忠は言って、簡素な堰を造ってしばらく待っていると、源泉から湯気が立ち上って来て、『ボンッ』という音とともに、温泉水が吹きあがった。


「大雨が降った時にだけ、この堰を開ければいい。

 そうすれば水害も防げるし、空き地があるんだから農地にでもすればいい」


村長はそうしたいのもやまやまだったのだが、なにしろ人手が足りない。


「使い捨てでもいいから、畑を作り上げてやるから、

 温泉に入れるようにしておいてくれ」


家忠の言葉に村長は大慌てで温泉場に走って行った。


家忠は農地から道具を借りようと思ったが、なかなか情けない道具だったので、木を圧縮して巨大な鍬を造って、早速大地をほぐし始めた。


そして岩や小石などを丁寧に選別して放り投げて、素晴らしい土が出来上がった。


ついでに岩や石などを並べて水路なども造り上げ、試作品の農地が一反出来上がった。


すると村長がやって来て、「…もうできた…」と言って目を見開いていた。


そして村長の要望で、ほかの場所にも農地の下ごしらえだけをやってから、温泉に浸った。


栗鼠も機嫌よく泳いでいる姿に、家忠はまさに心すらも洗われていた。


村を元に戻すにはそれなりに銭も必要だ。


家忠は質素な飯をありがたくいただいてから、有り金全てを村長に渡して旅を再開した。



次の村は比較的近くにあったので、カードから銭を引き出してから、近くを散策していると、妙に騒がしいと感じた。


ここは王の言葉をそのまま伝えるのみと思い、家忠は隠れないことに決めた。


すると案の定、馬のような生物に乗った、城の物らしき者たちが十名ほどやって来て、村長の家に下馬することなく駆けこんだ。


「礼儀がなっておらん」と家忠が憤慨すると、『…ごめんなさい…』と栗鼠が謝ったので、家忠は愉快そうに笑った。


笑ったら腹が減ったので、近くの茶屋に入ってコーヒーと軽食を注文して、至福の時間を過ごした。


「…騒々しいですね…」と店主が眉を下げて言うと、「極悪人でも探している勢いだね」と家忠が言うと、いきなり騒々しくなくなった。


すると、城の者と思しき者たちは馬に乗って来た道を戻って行った。


「…点数稼ぎか…」と家忠は苦笑いを浮かべてつぶやいた。


『噛みついちゃう!』という栗鼠の逞しい言葉に、家忠は控え目に笑った。


するとテレビにまた王が現れて、『家臣が勝手にやったことなのです!』とカレン王はいきなり必死の形相で訴えた。


「…なんのことだ…」と店主がわけがわからず言うと、家忠は王都近くであった人探しについて説明した。


「それほどの重鎮であれば、お付きの数十人は連れているはずだ」


まさに店主の言った通りで、家忠は都合よく賛同した。


しかも王が移動の際には、三百名ほど引き連れていたので間違いのない話だ。


よって家忠は解放感に包まれていて、コーヒーを三杯もお代わりして、ポットにも入れてもらって、支払いをして店を出た。



南にまっすぐに進んだが、この一帯は鳥獣保護区しかないようで、街道整備もぴたりと終わっていた。


そして看板が立っていて、この辺り一帯の、大きな縮尺の地図がある。


この南に海があるのだが、この半島の南半分は動物の楽園のようだった。


仕方がないので、家忠は舗装されている西の道を歩いていると、『歓迎! 最南端の村!』と気合が入っている看板があった。


北の地とは違って、人はそれなりにいるようで、なかなか活気があると感じた。


この地も売り物は温泉のようで、北の温泉地の客がこっちに来ているだけだと家忠は思って、今日はここで旅の疲れを癒すことにした。


しかし、源泉に近づくにつれてすぐにおかしいと感じた。


温泉地独特の硫黄のにおいがまるでしない。


もちろん、冷泉の沸かし湯かもしれないが、今は疑わないでおこうと思って、予定を変更して温泉場に行った。


温泉に入るだけであれば無料のようで、どうやらそれ以外で収益を上げているようだ。


この半島の中央の村からここまで来てしまうと、日帰りはほぼ無理だ。


よって、宿代はそれなり以上に高いのではないかと考えた。


そして湯に浸かったが、川の水を沸かしているだけだろうと家忠はすぐに察した。


そしてどこにでもあるはずのものがない。


温泉の効能などを記している看板や宣伝の類がまるでないのだ。


よって無料で入れる銭湯のようなものだと思い、家忠は早々に湯から上がった。


さらに、どこを探しても温泉の文字を確認できなかった。


この地の庄屋はなかなか頭が切れると思い、家忠は全く銭を使うことなく、この村を出た。


夕暮れが迫っていたので歩を早めると、誰かが追ってきていたので、家忠は軽く走り始めた。


―― また風呂に入らねば… ―― などと思いながら走っていると、もう村が見えて、追っ手はいなくなっていた。



この村では普通に宿を取って、真っ先に風呂に入ると、ここの湯は温泉だったことに家忠は愉快そうに笑った。


壁には効能なども書いてあり、走った疲れは十分に取れた気がした。


夕餉の際に女中に南の村のことについて聞くと、女中は眉をひそめた。


「…いや、話づらいのなら別にかまわない…」と家忠が小声で返すと、女中も小声で百ほど南の村の悪事を話した。


内容としては悪事ではないが、銭と色の歓楽街という場所に当たるという。


このサルサロスでは珍しく唯一という話だ。


「北の温泉地が寂れちまったから、

 この村はなかなか裕福になって助かっているんです」


女中の言葉に、家忠は大いに苦笑いを浮かべた。


しかし、いい目を見れば悪い目を見ることもある。


それが商売の宿命なのだ。


北の村の温泉がいつ再開するのかはまだ分からないが、その時はこの村も色々と考えていかなければならないだろうと、まさに他人事として考えるにとどめた。


すると、厨房の方で、少々ざわめきを感じた。


どうやらあまりいい話ではないようで、北の温泉場が早々に行動に移したのだろうと考えた。


人が確実に足りないので、手配をする必要がある。


よってこの話は南の村にも時間がかからず伝わることだろう。


家忠はあまりいい予感がしなかったので、明日の朝、北の村に引き返すことに決めた。



夕餉を終えて外に出て、城の出張所に足を向けた。


そして今日体験した話をすると、役人は大いにうなり始めた。


「話を聞いたからには警戒に当たることにする。

 最近の王は少々神経質になっておってな。

 ちょっとした不幸でも大いに嘆かれるほどだ。

 今の話を聞けば、

 北の温泉地を守れ!

 などと真っ先に言われるだろう」


役人は言ってから、電話のようなものを手に取って、どこかにかけ始めた。


どうやら城に直通の電話のようで、報告と指示を仰ぐようだ。


まさに役人が言った通り、北の村を警戒するように指示があったそうだ。


ひと通り手続きが終わって、「…あの温泉にも入ったんだ…」と役人は幸せそうな顔をして言うと、「ええ、素晴らしい湯でした」と家忠が答えると、「…先乗りするか…」などと言い始めたので、家忠は勧めておいた。


「話を聞いてくれてありがとう」と家忠が笑みを浮かべて言うと、「あ、旅のお方、お名前を教えて欲しい」と役人に聞かれたので、ここは包み隠さず、「家忠酒井という」と姓と苗字を逆に答えた。


この地の者たちは名が先の者が多いので、それを真似しただけだ。


「…イエタダ・サカイ… …ん? 聞き覚えがあるが…」と役人は言って考え始めたが、酒井家忠本人とは思わなかったようだ。


家忠は特に急ぐことなく役所を出ると、正面に茶屋があったので入った。


ここではコーヒーが主力商品のようで、いい香りが漂っていた。


家忠はカウンター席に座ってコーヒーを注文した。


栗鼠は店に入る前に、なぜか懐に入っていた。


都合の悪い何かがあるのだろうと感じて店内を見回したが、動物に関することを示唆したものは何もない。


―― なぜ隠れた? ―― と家忠が考えると、『店内動物禁止の店が多いから』とすぐさま答えた。


―― ほかの店でもそうしていたのか? ―― とさらに聞くと、『うん、そうだよ』と答えたので、家忠は大いに苦笑いを浮かべた。


コーヒーを飲むことと食べることに集中しすぎだと思って、反省した。


『都合が悪そうな時は隠れるから、

 気にしなくていいよ』


栗鼠の気さくな言葉に、家忠は声を出さずに少しうつむいて笑った。


ほどなくしてコーヒーが配膳され、今回は香りを大いに楽しんでから口に運ぶと、今までで最高にうまいものだった。


「…これは美味い…」と家忠がうなると、「ありがとうございます」と店主は笑みを浮かべて礼を言った。


すると、「…一波乱あるんじゃないの?」と、テーブル席の会話が聞こえた。


「あら? 役人たちが出てきたわ…

 夜に出るなんて珍しい…」


「北の村に行ったのかしら?」


「でも、人を雇うお金ってあるの?」


―― 渡したからある… ―― と家忠は思って少し笑った。


『ピーナッツ頂戴』と栗鼠が言ってきたので、付け合わせの豆を手に取って、ひとつ口に入れて、ひとつは懐に入れた。


『あー、塩分も摂れて美味しぃー…』と栗鼠はご満悦だった。


すると、店の扉が開いて、確実に能力者と思しき男女が、すぐに家忠を見つけて頭を下げた。


ふたりはミルクとオレンジジュースを注文して、家忠を挟むようにして座った。


「…ご忠告感謝します…」と男子が言うと、「杞憂に終わればそれでよし」と家忠が答えると、男子は笑みを浮かべてうなづいた。


「私はゼンドラドの部下で、サンドルフ・セイントと申します」と男子が自己紹介すると、「サンサン・セントですぅー…」と女子はホホを赤らめてあいさつをしてから頭を下げた。


「何か大きな問題でも?」と家忠が聞くと、「王が、南の村を廃村にせよ、と」とサンドルフが答えると、「頃合いを図っておったか」と家忠が言うと、サンドルフは同意するようにうなづいた。


「北の村に戻るつもりだったが、その必要はなさそうだ」


家忠の言葉に、サンドルフは笑みを浮かべて頭を下げた。


「先に北の村に行って事情だけを聴いてきました。

 随分と手助けをされたそうで、

 村長は大いに感謝されていました」


「せっかくの温泉がもったいないじゃないか…」と家忠が眉を下げて言うと、「ええ、この星で一番の温泉でしたから」とサンドルフが言うと、「ん?」と家忠はうなってから、怪訝そうな顔をしたが、すぐに思い直した。


「実質的には、メリスン・ランダ町の銭湯が一番だからな」


「はい、ただの沸かし湯ですがそうですね」とサンドルフは陽気に答えた。


「神以外に火竜がいるのか?」


「はい、つい最近、出戻ってきました」


「…あとで後悔するんだろうけどなぁー…」と家忠が言うと、サンドルフは大いに戸惑った。


「…万有源一様は様子を見ておられるはず…」というサンサンの言葉に、「その通り」と家忠が答えた。


「この件は他言無用だ。

 今は、幼児としての生活に専念されるそうだからな」


「…結局は、水竜部隊しか残らなかった…」とサンドルフは言って苦笑いを浮かべた。


「この先、楽に白竜部隊に召し抱えられることはないだろう。

 我が琵琶家と同じ道を行くはずだ」


家忠の言葉に、サンドルフもサンサンもすぐさまうなづいた。


家忠は店を出てからふたりと別れ、宿に戻る途中に、栗鼠が素早く懐から出てきて肩まで這い上がった。


『…妙な人たち…』と栗鼠が言うと、「…ふむ… 何と表現すればいいのか…」と家忠は言って考え込んで、似ている種族はいないと判断した。


サンドルフとサンサンが生を持たない物体であったことは、旅を終えてから知ることになる。



翌朝は清々しい目覚めで、何の杞憂もなく宿を立った。


そして目と鼻の先にある長い橋を渡り始めると、大いに揺れていることに気付いた。


「…船酔いをしそうだな…」と家忠は言ってから、軽く飛び跳ねるようにして歩くと、揺れが気にならなくなった。


長く巨大なつり橋なので、頑丈にしてしまうとぽっきりと折れてしまう。


よって柔軟性を持たせいる必要があるので、風がある日は大いに揺れる。


しかし難なく大陸にたどり着くと、この地は様子が違うと感じ、家忠は警戒態勢を取った。


そして看板を見つけた。


『山賊注意』と記していたことに、大いに眉を下げた。


しかし見つけたら、山賊をやめたくなるほどの折檻をしてやろうなとど、家忠は陽気に思っていただけだ。


橋を渡り切ると、列車の線路はすぐにトンネルに入るのだが、街道は山を迂回するようにうねっている。


山賊がいるということなので、逃げ場がなくなる隧道は、人道上よくないとして造らなかったようだ。


すると山賊のような者たちが、山道に差し掛かる手前にたむろしていた。


もちろん山賊ではなく、護衛を生業としている者たちだ。


しかし家忠には声をかけることはなく、視線を合わせなかった。


―― なかなか、実戦経験があるやつらだ ―― と家忠は思い、山道に入った。


もちろん相手も、家忠を同種だと思ったようだ。


家忠は木刀を肩から降ろして右腕だけで持って、軽く振る。


隧道ではないが、この街道は草木のトンネルのようになっていたので、つむじを起こして少しばかり視界をよくしただけだ。


するとわずかながらに何かが乱れた。


どうやら山賊は家忠を狙おうと画策を始めたようだ。


家忠は道の脇にあった岩を軽く投げると、「う!」という声がして、気配が遠のいて行った。


当ててはいないが、大きな岩が飛んでくれば、誰だって驚くだろう。


よって、殺気のようなものは去ったが、まだ様子をうかがっているようなので、かすかに見える太い木をめがけて、手ごろな石を投げつけると、『ガツッ!』という音とともに木が震え、鳥が鳴き喚きながら飛び立った。


すると完全に殺気が消えていたが、気配はまだある。


木が途切れた場所があったので街道を外れて草むらに立ち、木刀を縦横無尽に振ると、見える範囲の草刈りが終わった。


『…すっご…』という栗鼠の言葉に、家忠は陽気に笑った。


「今回は軽めで済ませてやろう」と家忠は言ってから、「はっ!!」と叫ぶと、少しざわついてから人の気配が消えた。


「なんともないようだな」と家忠が栗鼠に聞くと、『…悪者じゃないもーん…』と栗鼠が答えると家忠はまた陽気に笑ってから、街道を歩き始めた。


家忠は訓練の代わりに、所々で草刈りをして、視界をよくして街道を歩いて行った。


峠を越えると、眼下には大きな町が見えた。


すると、定期的な警備なのか、馬に乗っている十名ほどの役人とすれ違った。


特に急ぐ必要はないが、下り坂は軽く走った方が体に負担がかからない。


家忠は景色を堪能しながらあっという間に山の麓まで降りた。


目の前には町があり、急ぐことなく歩いて、警備がいる門をくぐった。


呼び止められることなく、家忠は少し脇に移動して、素晴らしい街並みを見まわした。


すると、馬に乗っていた役人たちが帰ってきたのだが、簡素ないかだに人を縛り付けて引きずっている。


「三人ほど手配書にある顔だ。

 ほかのやつらも仲間だろう」


―― 一応、山賊退治はしているんだな… ―― と家忠は思って、目の前の道を歩いた。


退治をしているのにまた増える。


何か根本的な理由でもあるのだろうかと考えた。


日ノ本に置き替えて考えれば、浪人となってしまった場合。


この町には厳しい掟でもあるのだろうかと考えた。


だとすれば、旅人はその掟は免除と言っていいはずだ。


その類の掲示などは一切ない。


家忠は気になったので、城の分室に行って、相談窓口の前に座って、話を聞いた。


まずは、銭で雇われる警護人だが、これは許可制だ。


免許を持っていないと警護の仕事はできないようになっていて、一歩間違えれば、この者たちも山賊に早変わりするそうだ。


さらに山賊だが、元はと言えば城で働いていた者ばかりらしい。


捕まえてみれば、顔見知りという確率が九割らしい。


城を首になっていきなり山賊は考えられなかった。


その理由を聞くと、「…人種差別…」と担当者は小声で言った。


「…ああ、あれか…

 進化の件だな?」


家忠の言葉に、担当者は無言でうなづいた


このセルラ星の進化は、恐竜、猿、犬のいずれかが人間に進化していた。


そして恐竜が八割で、猿と犬は一割ずつ。


猿からの進化した人間が特に忌み嫌われているそうだ。


「ずるがしこく忠誠心が薄い」と担当者が言うと、「様々な条件はあるだろ」と家忠が食い下がると、「接しにくい者は恐竜人ではないと思っていいた方が手っ取り早いかも」と答えた。


となると、今まで接してきた人間は、恐竜から進化したものが全てだろうと家忠は考えた。


違和感を感じるほどに妙な者は、セイラしかいない。


そのセイラが確実に恐竜人なのは動かない。


身体検査によってすべて判明するそうだ。


しかもなぜか、同じ祖先を持っている者同士がほぼ確実に夫婦となる事実もある。


混血はほんのわずかしか確認できていないようだ。


「あとは犬人だが、城の事務職ではその能力を大いに発揮するんだ。

 実業家向けだ」


「よって、特に猿人が忌み嫌われる、か…」


家忠は納得してから、席を立って礼を言ってから、役所を出た。


すると、馬上にいた数人の役人が役所に入る前に、「伝説のパンダ勇者か?!」と叫んだ。


―― パンダ勇者… ―― と家忠は大いに怪訝に思った。


パンダという言葉に全く思い当たる節がなかったからだ。


役所で聞くことはやめにして、図書館に行って書士に、「パンダ勇者のことについて調べたい」と聞くと、「まあ! それでしたら!」ととんでもなく陽気に対応されて、それなりの人物なのだろうと感じた。


そして、郷土の歴史の棚に案内されると、様々な研究本があったが、史実の本だけを手に取った。


そこに挿絵があったのだが、家忠はすぐに口をふさいだ。


救世主どころか、まるでピエロのように感じたからだ。


覆面のようなものを被っていて、その姿はツートンカラーの動物のパンダのようだったので、パンダ勇者と命名された。


家忠は笑い出すのを大いに我慢をして椅子に座ってから、本を読み始めた。


その内容は壮絶だった。


まさに、第六天魔王が術を構築し直したことがよく理解できた。


一瞬にして、このセルラ星の不幸を幸運に変えたらしく、戦禍の厳しい中、最低でも二十万の者たちの命を救ったそうだ。


もちろん、不死身ではないので、パンダ勇者は力尽きて意識を断たれ、その姿は人に戻った。


そしてその人物が、セイラ・ランダだったのだ。


「…いいやつじゃないか…」と家忠は笑みを浮かべてつぶやいた。



家忠が外に出ると、ばったりとガロンとその仲間に鉢合わせした。


「お前がパンダ勇者だったか」というガロンの言葉に、家忠は堰を切ったように大声で笑った。


家忠はひとしきり笑ってから、山道での行動を説明した。


「…ま、最後の気合はこの目で確認したから間違いないし、

 パンダ勇者の意識を断ったほどだったからな…

 しかも二回も…」


ガロンは大いに苦笑いを浮かべて言った。


「ここで助言です」と家忠が言うと、ガロンは大いに興味を持った。


「セルラ星は平和になった。

 ぶっ倒れるほど困っている人はそれほどいないと思うんです

 ですが、山賊のように悪いヤツは多少はいる」


「…セイラに、パンダ勇者に変身させて、強制的に人助け…」


ガロンは言って何度もうなづいて、笑みを浮かべた。


「もっとも、ぶっ倒れないと変身が解けないんだったら、

 色々と準備をしてからの方がいいでしょう」


「わかった!

 すぐに帰って娘の教育だ!」


ガイルは言って、家忠に素早く頭を下げて、南の空に向かってすっ飛んで行った。


部下たちは大いに戸惑ったが、笑みを浮かべて家忠に頭を下げてから、ガロンに続いた。



「申し訳ない!」と叫んだので、役所の階段の数段高いところにいる声の主を見上げると、馬に乗っていた隊長らしき役人だった。


「何か?」と家忠が聞くと、「ガロン様とお知り合いなのか?」と聞いてきたので、「ああ、メリスン・ランダ町で知り合った」と答えた。


男は素早く階段を降りて、「…まさか、酒井家忠様か?」と小声で聞いて来たので、「間違いない」とすぐさま答えた。


面倒なことになるかもしれないとは思ったが、その程度では嘘をつく理由にはならない。


「…もう、こんなところまで来られていたとは…」と男は驚くどころか呆れていた。


「急ぐ旅ではないが、時と場合によっては急ぐこともあるからな。

 さすがに、山賊に身ぐるみはがされるわけにはいかない」


すると男はいきなり頭を下げて上げなかった。


そして、「村を救ってくれて感謝いたします」と礼を言ったのだ。


「村とは、隣の大陸の北の温泉地だった村の件か?」


男は顔を上げて、「はっ そうです」とその顔には笑みが浮かんでいた。


「俺は、村長の息子です」という男の言葉に、確かに似ていると感じて何度もうなづいた。


「大したことはしていない。

 水脈が変わっただけだったから、それを復活させただけだ。

 温泉が湧かなくなったのはそれほど前ではないこともわかっていた。

 自然にあるものは何も変えないことが得策なんだ」


「…投資までしてくださったと…」と男は言ってまた頭を下げた。


「物のついでだ。

 確実に整備も必要だし、人手も必要だからな。

 ジゴクで、少々荒稼ぎをさせてもらったからな」


男は顔を上げて、「…まさか、ジゴクの魔物がいなくなった件は…」と情けない顔をして言うと、「別件で少々むしゃくしゃしていたから、八つ当たりだ」と家忠は答えて鼻で笑った。


「だが、どうせすぐに沸くさ。

 あれほどいたものがもう沸かないなんてことはありえない」


「…うう… 確かに…」と男は口をゆがめて言った。


「だが、今までよりもいい神になるかもな。

 この関係は、俺としては好きだが、

 確かにそれなり以上に強くないと、

 ジゴクには行けないこともうなづける」


「…真っ先に畏れを浴びたひとりです…」と男は大いに眉を下げて言った。


「あそこで楽々と稼いで出てこられたら一人前と思っておけばいいさ。

 …ほぼ竜人族だけか…」


家忠は何かが頭にひらめて考え込んだ。


「猿人や犬人でジゴクに入ったやつって知ってる?」


「いえ… 審査の段階で真っ先に省かれます」


家忠はうなづいて、「俺は猿人のはずだ」という言葉に、男は目を見開いて、「…い、いや… 違うと思う…」と男は大いに戸惑ったので、家忠は興味を持って、「検査をして欲しい」と言った。


早速医局に行って検査をすると、医師がうなった。


「明らかに猿人なのですが、潜在的検査結果は犬人に近いです。

 ですので、セルラ星の人間ではないようですね」


医師の言葉に、「相違ありません」と家忠が言うと、「…やはりそうだったか…」と男はうなった。


「…となると、この星の猿人に大いに興味が湧いてきた…」と家忠がうなってにやりと笑うと、医師も男も大いに苦笑いを浮かべていた。


「猿人の罰則に、ジゴク送致の刑を追加してくれんかな…

 いいやつになったりして…

 いや、まずはどれほどの恐れがあるのか体感してからだな…」


家忠がつぶやき始めると、男と医師は顔を見合わせて苦笑いを浮かべあった。


この地の近隣のジゴクは遥か南にあるので、今日行くことは断念して、家忠は男と別れて宿を取った。


この大陸はこのセルラ星で一番大きいらしく、ここまでやってきた行程の半分ほど歩まないと到着しないらしい。


さすがにここは書店に行って、製本されているセルラ星の地図を買った。


本などはほとんどが新刊で、整備されたのは最近のことらしい。


もっとも十数年前まですべての土地で戦争が行われていれば、本などを出版している暇などなかったはずだ。


この大陸は人が住んでいる場所はわずかで、大陸の中心部に集中しているので、海を持っている村などは北の方だけだ。


ジゴクまでは確かに遠いが、整備されている街道もあり、ほぼ一本道なので、迷うことはない。


このジゴクの近くにも村があるので、食うことも寝ることも困らないようだが、なかなかに物価が高い。


よって冒険者やハンターの高能力者だけが使う場所となっているようだ。


―― 素晴らしい冒険になってきた… ―― と家忠は思って、夕餉を取って早々に眠った。


家忠はまだ暗いうちに起き出して軽く鍛錬をしたのち、風呂に入ってから朝餉を摂って、早々に出立した。


今回は辺りに注意しながらだが、街道を全力で走った。


その成果が出て、太陽が真上に上がる前に、『プラチナラッシュ村』に到着した。


そして驚いたことに、軽飲料などは無料で飲み放題だったので、家忠は真っ先にコーヒーを飲んで落ち着いた。


全ては公園にある蛇口から出るようになっていて、この村の裕福さがうかがえた。


よって店も高級そうなものばかりで、確実に大枚叩くことになるはずだ。


しかし少し町を離れると、かなり良心的な青空市場もある。


確実に銭を持っている者が大勢いるので、近くの村から場所代だけを払って商売にやってくるのだ。


家忠は細々と作物などを出している店の商品をすべて買い取って、その場ですべてを食べた。


すべて売れると数日は食うには困らないようで、店番の少女と少年は笑みを浮かべあって、家忠に大いに礼を言って、自分たちの村に帰って行った。


「…食うことが人助けとは…」と家忠がつぶやくと、『頑張って食べるぅー…』と栗鼠が言ってきたので、家忠は大いに笑った。



腹も落ち着いたので、早速ジゴクのある場所に足を向けると、今まで以上に大勢の者たちが地面に寝転んでいた。


さすがに壮絶なのだろうと思っていたが、数枚のメダルをしっかりと握りしめていて笑みを浮かべていたので、―― なかなか現金だ… ―― と家忠は思って眉を下げた。


すると数名の団体が階段を昇って来て全員が地面に寝転んだ。


―― 仲間がいるせいではないのか? ―― と家忠は漠然と考えた。


前回、共闘した時は、このような目にあった者はひとりもいなかった。


家忠は怪訝に思いながらも、まずは畏れを浴びるとことから経験を積むことにした。


しかしここは完全防備の体制を取って、手甲と兜を装着した。


家忠の鎧も幻影の意思を継いで真っ赤に仕上げられている。


家忠は木刀は背中に担いだまま、無手で戦うことに決めた。


そうすれば、その畏れは多少は感じられると思ったからだ。


人がそれほどいそうにない隧道を進むと早速襲ってきたので、素早い平手ですべてを撃退した。


「…なんともない…」と家忠はつぶやいて手のひらを見た。


『…ピリピリ来たぁー…』と栗鼠が言い始めたので、家忠は広場に戻って、栗鼠の安全地帯を造って、「ここで待ってろ」と言うと、栗鼠は不安そうな目をしてから、小さな穴の奥に入った。


家忠はここはと決意して、右の手甲だけを外して覚悟を決めた。


そして、「おうっ!」と気合を入れた途端、『チンチンチンチン…』という音が無限に聞こえた。


「…弱いやつらめ…」と家忠は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


家忠の気合だけで、魔物は消えたのだ。


全部倒してしまったのかと思ったが、隧道の入り口辺りにいるものだけだったようで、隧道を抜けるとわんさかといた。


そしてさらに覚悟を決めて右の平手で攻撃すると、魔物は消えたが、家忠はすぐにしゃがんで右手を大地にかざした。


「おっ! 抜けた!」と家忠が大いに喜ぶと、またコインなどの音が無限に聞こえたので、もう声を発しないことにした。


ここからは苦痛をさらに倍にして、両手で攻撃をして、しばし休んでから多くのメダルだけを手に取って、安全地帯にばらまいた。


そしてコインなども丁寧に拾いまくってから、安全地帯に戻って全てをかき集めていると栗鼠が家忠の肩に戻っていたので地上に戻った。


早速両替商に行って換金すると、「世界一の資産家となられましたぁー…」と店員が大いに眉を下げて言ったので、「そういう宿命だ」と家忠は眉を下げて言った。


このようなことは琵琶家にいて経験してきたからだ。


しかし戦って銭を稼ぐのは、いくさとはまた違って新鮮だった。


両手だが、まだ多少神の畏れが残っているようなので、洗面所に行って蛇口に手を触れると瞬時に抜けた。


ジゴクの目の前にでも鉄柱でも突き刺そうかなどと考えたが、何も変えないことにした。



家忠が露店の出店で落ちついて食事をしていると、ゼンドラドが眉を下げて飛んできて、「やはり、家忠さんだったか」と言って空から降りてきた。


「現在は店を食い尽くす修行中です」


家忠の言葉に、「無駄がなくていい!」とゼンドラドは陽気に笑った。


「神たちからご注進でも?」


「姿を見せると叱られるので、礼を言ってきてくれとな。

 そういった使いだ」


ゼンドラドは言って、家忠に頭を下げた。


家忠はゼンドラドにも食う修行を与えて席を外し、ポットにコーヒーを汲んで戻ってきた。


「もっとも、礼を言われる筋合いはありません。

 その報酬として銭をもらえるのですから。

 それに今回は少々試しました」


家忠は言って、ゼンドラドに両手を見せると、「…神の畏れの痕跡…」と大いに嘆いて首を横に振った。


「当然判断できると思っていました。

 今度は猿人に同じ体験をさせようと思っているのです。

 ちょっとした精神改革ですね」


「…おいおい…」とゼンドラドは言ったが、それも一興、と思い直して笑みを浮かべてうなづいた。


「罪の深い、無期懲役の者を紹介してください。

 もっとも、多少は更生させてから挑ませますが」


「…ああ、この地の収監所に掛け合おう…」とゼンドラドはため息交じり言った。



腹ごなしのように、家忠とゼンドラドは走って収監所に向かった。


このへき地であれば、そのような場所は五万とあるので、都合はよかった。


まさに有名人がふたりも来たということになり、収監所は大いに活気だったが、早々に三人の無期懲役者がふたりの前に引っ立てられてきた。


「…竜人、犬人、猿人…」と家忠は言って笑みを浮かべてうなづいた。


「一目で見抜くとはな…」とゼンドラドは大いに眉を下げて言った。


「この際、色々と確認しておくことは重要でしょう」


罪人の三人は何をやらされるのかは聞いていないし、興味も沸かないので、悪態をつくこともない。


この先、牢に繋がれたままじっとしているのなら、こうやって牢から出ることは、多少の新鮮味があった。


しかし家忠から何をやるのかを聞かされると、三人ともが大いに戸惑って驚きの顔を家忠に向けた。


「無期懲役を二十年の禁固にしてもいい。

 さらに出来が良ければ、幸運であれば即恩赦も考えられる。

 どうだ?

 悪い話ではないぞ」


三人は平常心を取り戻したようで、そろって鼻で笑った。


その途端、「はっ!」と家忠が気合を入れて叫ぶと、三人と看守の三名も吹っ飛んだことに、「問題あり」と家忠は言って、看守の三人を見た。


ゼンドラドはすぐに所長を呼び出して、家忠に試させると結果は同じだったので大いに呆れていた。


しかし小悪党だったようで、目を覚ました署長と看守の三人は生まれ変わったように姿勢を正した。


そして肝心の罪人の方だが、一長一短はあるが、多少は素直になって会話程度はできるようになっていた。


「目には目をという罰だからな。

 罰を受けた時点で終身刑ではないことは確実だ。

 生きているうちにこの地を去ることも可能なはずだ。

 しかし今回の場合まさに異例だから、

 罪人であろうとも本人の許可を得た方がいいと判断した。

 はっきり言って、即命を取られることはないが、

 狂い死にするかもしれんからな」


経験者の家忠の言葉だからこそ説得力がある。


しかしまず腰を折ったのは猿人だった。


「あんたの種族が一番の目的だったんだが…

 まあいい…

 別の者を」


家忠がここまで言うと、「待ってくれ!」と猿人は叫んで大いに考え始めたところで、「はっ!」とまた家忠が気合を入れると、猿人はもうろうとして意識を断たれていた。


そして目覚めてしばらくしてから、「どうする?」と家忠が聞くと、「…罰を、受けますぅー…」とまさに女性らしさまで取り戻した猿人はつぶやいた。


「お前の罪だけを見ているわけではない。

 お前だって辛い目に遭ったことはわかっているんだ。

 だが強者となって、少々羽目を外しすぎたな。

 結局は、お前を辛い目にあわせていたやつらと同じだ」


家忠の言葉に、女性は心からの涙を流した。


―― もう、必要ないのではないか… ―― とゼンドラドは思ったが口にはしなかった。


時間が経てば、また元の木阿弥となるような気もしていたからだ。


「では、本題の猿人が手に入ったが、

 あんたらはどうする?」


家忠が言うと、竜人と犬人は大いに戸惑ったが、ジゴクでの罰を受けることに決めた。


「さらにここで言っていく。

 お前らが生きて収監所を出られたとしても、

 それはまた不幸の始まりだ。

 お前らが傷つけた家族などが黙っていないだろう」


家忠の言葉に、「それは受け持つ」とゼンドラドがすぐに口を挟んだので、家忠は笑みを浮かべて頭を下げた。


「別の星で生きて行ってもらう」というゼンドラドの言葉に、三人からは悲壮感が流れ出していた。



やることは簡単で、ジゴクに行って素手で魔物と戦わせた。


もちろん、三人とも一度の接触で地面に倒れたので、家忠がすぐに救い出して、外に出てから地面に鉄柱を立てて握らせた。


三人はすぐに目を覚まして朦朧としていたが、心静かに姿勢よく座った。


「…なんて効き目だ…」とゼンドラドが嘆くほどに効き目が顕著に現れた。


「数日は今の独房で過ごしてもらって、

 牢を変えて様子を見た方がいいでしょうが、

 問題はないでしょう。

 すぐ出してしまうと、

 様々な方向からの横やりがうるさいと推測しますので」


「厳重に管理させる。

 まずは、収監所の役人の総入れ替えからだ」


ゼンドラドの言葉に、家忠は笑みを浮かべてうなづいた。


「今は牢から出られないことが最後の罰のようなものだ。

 だが、確実に出られるはずだから、希望は捨てるな」


家忠の言葉に、三人は笑みを浮かべて頭を下げた。


「問題は、団体生活となれば、色々と言ってくる罪人もいる。

 口車に乗った時点で、逆戻りになると考えておいた方がいいぞ。

 その管理を、まっとうな看守にやらせるから、

 大いに我慢してみろ」


家忠がさらに言うと、もう覚悟はできていたようで、三人はすぐさま頭を下げた。


ゼンドラドは三人を拘束して、空を飛んで収監所に戻って行った。


『…人間って、面倒だね…』と栗鼠が言うと家忠は愉快そうに笑って、「やっていいことと悪いことが多いし、判断はまちまちだからな」と家忠は答えた。


『…僕らにはそれほどないかもぉー…』と栗鼠は答えてから、肩を降りて懐に潜り込んだ。


ここが一番の安全地帯で、眠くなれば必ずこうする。


家忠は重いバックパックを担いで、プラチナラッシュ村を出て、もといた村に戻った。



そして村がやけに騒がしいと感じ、街道を外れて木陰で様子を見ていると、大いに眉を下げているサンドルフとサンサンが、国王のカレン・イルニーの警護に当たっていて、村を出て南の街道に出た。


そして三人はすっ飛んでいって、すぐに見えなくなった。


―― …何をやってるんだか… ―― と家忠は大いに呆れて村に戻って、それなりにうまそうな匂いのする店に入って大いに食った。


この村の北にも山を越えると村があるようなので、興味を持って街道を北に歩き始めた。


少し歩くと季節が変わったのかと思うほど涼しくなる。


どうやらこの辺りも動物の天国のようだが、家忠は栗鼠が気になった。


今は眠っているようだが、バックパックを下ろして、柔らかくて暖かい手拭いを出して、それに包んで懐に入れた。


すると念話で寝言を言い始めたので、家忠は声を出さずに愉快そうに笑った。


ほどなく山間に村が見えてきた。


さらに北の山には万年雪なのか、景色が素晴らしいと感じた。


村人たちは幸せそうで、様々な家事仕事を笑みを浮かべえてやっていた。


裕福な何かがあるのかと思っていると、ここには鉱山があるようだと気づいた。


よって穏やかな時を過ごせるだろうと思って、家忠が村に足を一歩踏み入れた途端に一斉に警戒された。


「騒ぎを起こすつもりはないが?

 旅人が立ち寄ってはならぬ地なのか?」


家忠の言葉に、誰もがバツが悪そうな顔をして眉を下げた。


「…兄ちゃんって、怖そうだからだよぉー…」と少年が眉を下げて言うと、「人を見た目で判断するな」と家忠が言うと、誰もが言葉も出ないようで、ずんずんと歩いて行く家忠を見送った。


今食ったばかりだが、それなりに食えそうな店に入って、まさに体が温まる汁物を中心にして食した。


すると栗鼠が起きてあたふたとし始めたので、家忠は懐から手拭いだけを出した。


少々暑くなって目を覚ましたようだ。


そして飲食店だとすぐに感じたので、懐から出てこなかった。


腹ごしらえを終えて外に出ると、栗鼠も出てきて肩に登ったが、また降りてきて懐に収まった。


『…柔らかいの頂戴ぃー…』と言ってきたので、家忠はまた懐に手拭いを入れた。


家忠は鎧のおかげで薄着でもそれほど寒くはない。


そして簡素だが比較的豪華な商店街を冷やかしながら歩いて、おもちゃ屋の店先に着せ替え人形を発見して閃いたが、―― 邪魔か… ―― と考えると、『…動物らしく籠ってるぅー…』と栗鼠は答えた。


やはり時間が経つと少々冷えてくる。


家忠はすでに見つけていた茶店に歩を進めて、扉を開けた。


店主は愛想よく挨拶をしてから、「怒っていおられたそうで」と眉を下げて言った。


「噂が伝わるのが早いね」と家忠は苦笑いを浮かべて答えた。


コーヒーを注文して辺りを見回すと、客の身なりはかなりいいし、旅の者もいるようだが、少々違うようだ。


―― 商売人… ―― と家忠は思い、運ばれてきたコーヒーをうまそうにしてすすった。


前の村で買ったガイドブックには観光名所が数カ所あると載っていた。


陽が高いうちであれば、この村の西の端にある渓谷がお勧めらしいが、栗鼠が風邪を引きそうなのでどうするか迷った。


『あったかいから大丈夫。

 それに、邪魔はしたくないから』


栗鼠の言葉に家忠はうなづいて、支払いを済ませて店を出ると、店主が追いかけてきた。


「…この村に、何か悪いことでも…」といきなり言い始めたので、家忠は色々と思い出して、順序立てて説明した。


もちろん店主は、カードから家忠の名を知ったのだ。


そして逐一テレビで報道があるようで、テレビっ子は誰もが知っている名のようだ。


しかしそれも修行として、見るところを見たら早々に立ち去ることにしたと、店主に告げた。


「…先走らなきゃいいのですが…」と店主が言うと、「悪事はあるようだな」と家忠は確信して言った。


「目の当たりにしなければ手は出さん」と家忠は言って、第一の観光名所に向かった。



そして風光明媚な場所に出た途端、殺気を感じて鉄扇を広げてしゃがむと、頭上を矢が通り過ぎて行ったので、すぐさま石を拾ってその方向に投げつけると、「ギュヤ!」という妙な叫び声がしたので、すぐさま駆け寄った。


そこは少々高台なのだが、ひとりは倒れていて、ひとりは唇を震わせていた。


そしてふたりとも手に弓を携えていた。


家忠が容赦なくふたりを拘束して、城の出張所に行った。


「寝ているやつに矢を射られた」という言葉に、役人は、「気のせいでしょう」と何の確認もせずに言ったので、「…ゼンドラド様を呼んでやろうかぁー…」とうなると、手のひらを返したように、今度は拝んできた。


「王様は今頃はここを目指しているかもな。

 まあ、確たることはわからんが…」


家忠の言葉に、ついに所長が出てきてなだめ始めたが、「ま、あんたも多分クビ」と家忠が言うと、所長はその場に崩れ落ちた。


「呼んだよな?」と役所の入り口でゼンドラドが言った。


「こいつに矢を射られた」と家忠が寝ている男に指を差して言うと、ゼンドラドは男の頭に手を触れて、「その通り」と言ってから、所長をにらんだ。


「セイル、部隊を率いて至急きてくれ」というゼンドラドの言葉に、所長は世も末と思ったのか、全身の力が抜けていた。


「ここも、某らすれば潰す予定だった」


ゼンドラドの言葉に、家忠は大いに苦笑いを浮かべた。


すると表が騒がしくなり、援軍は間に合わないだろうと家忠は思って、同じ気持ちのゼンドラドとふたりして外に出た。


「…この、くそ神王がぁ…」とどうやら頭目と思しき恰幅のいい男がうなると、「今は俺ではない」とゼンドラドは言って鼻で笑った。


「どうやら、戦を起こすために銭を集めていたようですね。

 だが、あんたがどれほど金持ちでも、

 全てを敵に回すと勝ち目はないと思いますが?」


家忠がかなり穏やかに言うと、「ふん… そんなもの、金で何とでもなる」と男は言って鼻で笑った。


「あいにく俺も金持ちでね。

 きっとあんたよりも持っていると思う。

 ああ、両替商の方!

 俺の資産を公表してくれ!」


家忠が叫ぶと、従業員はすぐさま店に入って言った。


「ジゴクの魔物を丸々ふたつ成敗したもんでね。

 両替商の担当者に、この星一番の金持ちと言われたんだよ」


家忠の言葉に、「…ジゴクを二カ所も…」と男は言って目を見開いて瞳が躍り始めた。


もちろん相手が酒井家忠であることは知っている。


そしてジゴクの魔物を多く成敗している事実もつかんでいたので、暗殺を試みたほどなのだ。


そして両替商の従業員が家忠の資産を叫ぶと、男は頭を抱え込んでうなだれた。


「お? 戦わなくて済んだか?」と家忠が明るく言うと、ゼンドラドは愉快そうに笑った。


そうこうしているうちに援軍がやって来て、武器の破壊を始めた。


「…役人も総入れ替えだな…

 早々に取り調べをして、

 正常化させる必要がある」


ゼンドラドが大いに眉を下げて言った。


「鉱山はどうするんです?」


「戦争を起こそうとしてことは自白した。

 法に則って、すべての財産は国のものだ」


ゼンドラドの回答に、「なるほど…」と家忠は言って何度もうなづいた。


「資産比べが解決した特異な例だな」とゼンドラドは言って陽気に笑った。



騒動は終わったので、家忠は風呂に入った。


栗鼠は気持ちよさそうにして今日も湯船で泳いでいる。


風邪をひくことがなくてよかったと思い、何か温かくできる方法を考え始めた。


風呂から上がって夕餉を取ってから、土産物屋を散策していると、寒さ除けの商品が並んでいた。


『あっ! 欲しい欲しい!』と栗鼠が言い始めたので、「これだよな?」と家忠は言って、火をつける種類の小さな暖房機を手に取った。


燃料も買って早速火をつけて、やけど除けの布をかぶせるとすぐに暖かくなって、栗鼠はすぐさま家忠の懐にもぐりこんだ。


家忠がカイロを懐に入れると、『あー… 冬眠しちゃうぅー…』と栗鼠がつぶやいたので、家忠は大いに笑った。


家忠もあかぎれ除けに手袋を買った。


ちょっとした傷でも気になるので、皮膚を守ることも重要なのだ。



翌朝はしっかりと食事を摂って宿を出て、観光名所と言われる場所に行って堪能してから村に戻ると、少々騒々しい。


昨日の今日なので、人の入れ替えなどが忙しいのだろうなどと家忠は思いながら、予定通り南の街道を歩いた。


ほんのわずか歩いただけで、栗鼠はふとことから出てきて機嫌よく家忠の肩に座った。


真っすぐに南下すると元の村に戻るので、西に行く街道を進んだ。


この辺りは田畑が多く、手入れも行き届いているので、裕福なのだろうと思いながら街道を進んだ。


すると右手から甘い匂いがして、山の麓一面が果物畑だった。


産地直売の露店が出ていたので、家忠は数十人分ほどの果物を買って、店が用意してある椅子に座ってテーブルの上に果物を並べた。


栗鼠が食べたいものを指定してくるので、家忠が付き合うような様相となっている。


「…これだけ美味ければ裕福で当然だ…」と家忠は言いながらももりもりと食べ、山のようにあった果物を全部食べてしまった。


そして栗鼠の希望と、家忠が気に入った果物をまた適量買ってから、旅を続けることにした。


『だけど、全然戸惑わないよね?』と栗鼠が聞くと、「五年程一人旅の経験があるからな」という家忠の言葉に、『…僕の寿命ほど…』と栗鼠が嘆くと、家忠は大いに笑った。


「…そうか、わずか五年か…

 寂しくなるなぁー…」


家忠のこの言葉には、栗鼠は答えなかった。



平坦な道をずんずん進むと、なぜか家忠は村人たちに大歓迎された。


意味が解らなかったが言葉の端々に、果物を褒めた、という言葉が混ざっていたので、露店の店から村に連絡があったのだろうと察した。


何とか解放されて茶屋を見つけて入ると、村人たちもついてきた、


家忠はそれほど気にせずにコーヒーを注文した。


そしてメニューを見ると、「…やや… 具沢山パフェ…」と家忠はつぶやいて、ケーキのようなものだろうと思い、キングサイズを注文した。


店主は大いに喜んで、まずは香りのいいコーヒーを出した。


コーヒーを堪能して落ち着いていると、早速パフェが来て、家忠の座高よりも大きなものだったが、家忠は全く動じない。


そして時折栗鼠にも食わせながらも、大いに食らった。


店主は相当に腹が減っていたんだろうと思い眉を下げていたら、もう食い終わって、今度はサンドイッチ十人前の注文が入った。


「いや! ほんにうまい!」と家忠は叫びながらもサンドイッチを全て平らげ、栗鼠の希望で、またパフェを注文した。


家忠が精算を済ませて店を出ると、「…ひと月分の売り上げ…」と店主は言って大いに感動していた。


この村は美味い食い物ものはあるのだが、見て回るところがないことが残念だった。


食べたくなったらまた戻ってくればいいと思いながらこの村を出た。


西の街道を進むと、少々雲行きが怪しくなってきたので、家忠は全力で走ったのだが、もうとなりの村に着いてしまった。


腹は減っていないし、コーヒーはポットに入っているので、自然公園に行き、屋根付きの庵のようなベンチに座ったとたん、パラパラと雨が降り始めた。


それほどの量は降っていないのだが、屋根の反響音がなかなか騒々しい。


しかし風はないので、足元が濡れることもない。


「おっ もうやむな」と家忠が言ったとたんに少し風が吹いて、雨は小降りになった。


まだ降っているのだが、陽が差してきた。


家忠は美味いコーヒーをひと口だけ飲んでから、観光マップに従って名所を見て回った。



各地を堪能して、宿の部屋に入り、ガイドブックを広げて、「…次は島に行くか…」と家忠は考えながら言った。


大陸の南側の観光は後回しにして、何かと面白そうな島に渡ろうと思ったのだが、普通に船に乗るのでは面白くないので、船を造ろうと計画を始めたのだ。


とはいっても、家忠の知識では、いかだのようなものでしかない。


しかもそれほど沖合にあるわけでもないので、正規の船である必要もない。


多少のからくりの知識はあるので、原動力は足漕ぎとして、簡素な船を造ることに決めた。


翌朝は朝餉を摂ってから宿を出て、木材屋から大量の木を買って、砂浜に並べてまずは土台を作り上げた。


かなり重いものだが安定感はある。


そしてからくりを仕掛けてもう出来上がってしまったことに、家忠自身が驚いた。


早速海に浮かべていかだに乗ると、浸水してくることはなく、問題は何もないと感じた。


そして早速漕ぎ始めて舵を取ると、まさに快適な船旅を楽しめそうだったのだが、もう島についてしまった。


いかだを砂浜に上げていると、「見事なもんじゃ」と漁師らしき老人が言うと、家忠は大いに照れていた。


「力技で漕いできたとは思えんほど早かったわい!」と老人は叫んで陽気に笑った。


「いやぁー… お恥ずかしい…」と家忠は言って、いかだを大きな岩に立てかけると、「…よくも持ち上がったものじゃ…」と老人は今度は目を見開いて驚いていた。


そして家忠はただの観光客と聞いてまたさらに驚いている。


「観光客ならば雇ってくれんか?」


老人はこの島の漁師だが、現在は禁漁期間なので島の案内人をやっている。


禁漁期間を設けることはそれほど不思議なことではないので、家忠が何も疑問に思わなかった。


家忠は二日間の全工程の注文をすると、老人は大いに喜んで、まずは宿を決めることになった。


「高級ホテル、普通のホテル、そしてワシの家」


老人の言葉に、家忠は大いに笑って、老人の家に決めた。


「…いや… 最後のは冗談じゃったが、いや、それでいい…

 宿代はやっすいからな!」


老人は言って、愉快そうに笑った。


早速ガイドブックに載っていない観光地に行って、家忠は目を見開いた。


それはこの砂浜にある、いかだを立てかけた大きな岩の裏側にあった。


岩の上から海面を見ると、なんと沈没船が見えたのだ。


「…引き上げられそうですが…」と家忠が言うと、老人は笑みを浮かべて、「あんたならできるじゃろうて」と老人は穏やかに言った。


「小さい装飾船じゃが、かなりの重量があってな。

 何人がかりであっても持ち上げられんかった。

 だから、陸地から見るだけとなり、

 そして忘れ去られたんじゃ」


「…はあ、なるほど…」と家忠は言って何度もうなづいた。


家忠は着物を抜いて鎧姿になり、そのまま海に入った。


鎧の重さがいい塩梅で錘の代わりになって、簡単に海底にたどり着いた。


そして持ち上がらなかった理由がよくわかった。


家忠は船底を指で何度もはじいて、船が動くことを確認して、船をゆっくりと立てて、海底を思いっきり蹴った。


すると家忠は海底から飛び出してきたロケットのようになって宙に浮かんで、砂浜に着地した。


「…なんと…」と老人は目を見開いて、家忠と装飾船を見入っていた。


「船が持ち上がらなかったのは、意図的に海底に固定されていたからです」


家忠は言って、その証拠の、船底にいくつもあるくさびを見せると、「…上がるわけがない…」と老人は言って大声で笑った。


「小さいが、なかなか豪華な船です。

 忘れ去られているのなら、

 あなたのものでいいでしょう」


「ああ、ワシのものじゃからな」と老人は言ってにやりと笑った。


老人のこの島の王家のものだったが、イルニー国が統一したので、今は村長でしかなった。


そして王家の宝を船にして海底に沈めたのだ。


ほとぼりが冷めてから引き揚げればいいと誰もが思っていたのだが上がらなかった。


老人も固定されていたとは知らなかったようだ。


固定しておけば盗まれることもないし、海流に流されることもない。


よって、船を上げた者に進呈するという掟も語ったのだ。


「…いや、俺には必要ありません…

 どうか有効に使ってください。

 何だったら入場料を取って見世物にすればいいでしょう」


家忠の言葉に、老人は何度もうなづいて、「お言葉に甘えるよ」と言って頭を下げた。


家忠はまた木材を買ってきて、老人が見せてくれた王宮を模写して小屋を建てた。


その中央に船を鎮座させて固定して、王家の遺産の衣服や装飾品などを陳列して、『パドル国博物館』が完成した。


「…いや、これはいい…

 歴史を感じます…」



家忠は老人とともに食事に出かけた。


そして知り合いたちに装飾船を引き揚げたというと誰もが大いに驚いていた。


「ワシのお客さんが上げてくださったんじゃ!」と村長は装飾船よりも客の自慢を始めた。


「ついては店番と警備を頼みたい。

 始めは小遣い銭しか出せんが、

 人がくればそれなりに支払えるじゃろう」


村長はこう言ったが、すぐさま若い者たちが手を上げて、我先にと砂浜に向かって走って行った。


そしてガイドたちも観光客を連れて砂浜に向かって歩いて行った。


もちろん、ガイド料とは別に入館料を取ることは伝えてある。


「中のものはそこそこじゃが、建物の方が自慢じゃ」


村長の言葉に、誰もが勢い勇んで砂浜に向かって走って行った。


「…城に仕えていた者たちの子孫じゃからな…」と村長は感慨深げに言った。


「…もっと、立派にすればよかったか…」と家忠が嘆くと、「いや、少々小さいだけで、今建ててくださった方が立派じゃ」と村長は満足げに言った。


家忠たちは食事をしてから、村中に言いふらすと、入館料だけでひと月ほど暮らせる銭を手に入れた。


しかももうすでにこの情報は各地に伝えられていて、観光客の予約が一気に入ってきたそうだ。


さらには放送局までやって来て、村長と作業員の家忠は注目の的になった。


するとついにイルニー王までがやって来て、バドル島はお祭り騒ぎとなった。


放送局の中継は夜遅くまで行われて、全てを終えた時、イルニー王は王城に帰っていていなかった。


―― よほど縁がないんだな… ―― と家忠が考えると、『…その逆かもぉー…』と栗鼠が言ってきた。


「もし縁があったとしても、夫婦にはなれない。

 王をやめてもらう必要があるからな」


『…そうなんだぁー…』


「ひとつの星に縛られるのは、今の俺では窮屈なはずだからな」


『…巨大生物と同じ?』


「ああ、それは言えるな」と家忠がここまで言うと視線を感じた。


「…誰と話しておるのじゃ…」と村長が目を見開いて言うと、「栗鼠です」と家忠は言って、懐から栗鼠を出した。


栗鼠は挨拶をするように何度も頭を下げると、村長は大いに苦笑いを浮かべた。


「…この子も特別な子じゃな…」と村長は言ってため息をついた。


「何かご存じで?」と家忠は興味を持って聞いた。


「ほかの星と比べ、この星には勇者の資質を生まれもっておる子が大勢おる。

 それと同じで、動物が人間に変身できる子も稀におる。

 勇者はその動物と手を組んで、

 世の中を平和にするべきじゃとワシは思っておるんじゃ」


「我が主もその説を解いております」


家忠の言葉に、村長は満面の笑みを浮かべてうなづいた。


「…あ、だからこその鳥獣保護区…」と家忠がつぶやくと、「その意味もあるように思う」と村長は同意した。


鳥獣保護区を開拓することは許されていないし、害のある製造もできないようになっている。


この審査は逐次行われていて、特に匂いには敏感だ。


すぐさま王城に一報が入り、審査の上不合格の場合、全てを無に帰す法律を制定している。


さらには星の神の火竜グレラスも独自の判断をして、全てを焼き尽すこともある。


この星は、人間よりも動物の方が格上と言っても過言ではない。


そして天上の神の国はグレラスによって作られていた。


もっとも、この天上の国は、グレラスの欲の一部だ。



翌日、家忠はこの島の素晴らしさを大いに知った。


まさに自然の不思議を思い知るほどに素晴らしい島だ。


そして昼餉の時に、「…王は来られないようですな…」と村長がつぶやくと、「そういえばそうですね… すっかりと忘れていました」と家忠は答えて少し笑った。


「別の急務でも入ったのではないでしょうか?」


急務ではなく日々の仕事が溜まりまくったので、家臣たちに監禁の刑を食らっていたのだ。


カレン王も、―― …縁がないぃー… ―― と嘆いていた程だ。


そして食うものもうまく、海産物はこの近隣のものではないが、ほかの地と協力して輸出入をしているようで、料理は素晴らしいものばかりだった。


「ところで、ガイドブックには祭りの記載が全くありませんが」


家忠が聞くと、「…祭り禁止令…」と村長は言って、悲しそうな顔をした。


家忠はわずかに憤慨したが、はたと気づいた。


「…そうか… 諍いの原因にもなるという理由か…」と家忠が言うと、「…うう… 今納得いった…」と村長は目を見開いて言った。


「では、祭りがあったころ、ご神体は何でした?」


家忠が核心を突いた話をすると、「この島の神話に則って、天上の神のライディーヌ様じゃ」と村長が言ってから大いに戸惑った。


「意識はないでしょうが、神差別のようなものです。

 よってなぜだか簡単に諍いに発展してしまう。

 きっと天上界でも、神同士が諍いを起こしているものではないかと。

 一番いいのは、本来の神、火竜グレラスを崇めるべきなのです。

 そうすれば、もしも諍いが発生しても、

 神グレラスが止めなければならない。

 神グレラスを崇めているんですから、

 神が民を戒めることは当然のことですから。

 そうすれば、諍いは起こらないと思います。

 …カレン王がくれば、伝えてもよかったのですが…」


「いや、村の長として、役所から伝えてもらう」と村長は堂々と言って、目と鼻の先にある城の出張所に足を運んだ。


ほどなくして村長は軽く笑いながら役所から出てきて、「最優先で処理すると言いおった」と機嫌よく言った。


「架空の神ならいざ知らず、

 この星には確実に神がいますから。

 その神の心が、子でもある民に伝わってしまうのでしょう。

 我が琵琶家にも、生き神様がおられるので、

 大いに勉強になっています。

 そしてそれだけではないのです…」


家忠はここからは小声で話した。


すると村長は目を見開き、「…そのようなことまであったとは…」と言って目を見開いた。


「神の機嫌がいいと、全てがいい方向に転がるのですよ」


家忠の気さくな言葉に、村長は感慨深くうなづいて頭を下げた。


「…いやぁー… 目からうろこだった…」と言いながらゼンドラドが現れた。


「王の使者としてやってきた」とゼンドラドが村長に向けて言うと、さすがに顔は知っていたようで、村長はすぐさま頭を下げた。


「祭りを行う前に…」とゼンドラドは言って、真新しい本を出した。


「グレラスを要約した史実だ。

 まずはこれを読んで、

 神として崇めるというのなら祭りを認めるという話だ。

 そしてご神体である神グレラスも祭りの様子を見ることになる。

 よって諍いはすべて、神グレラスがその場で断罪する。

 こういう法を制定した。

 許可制で同じ日は選べないから、多少は時間がかかるはずだが、

 祭りは確実にできる」


ゼンドラドの力強い言葉に、村長は笑みを浮かべて頭を下げた。


「…こっちとしても、グレラスを働かせることができて喜んでいるほどだ…」


ゼンドラドは笑みを浮かべて家忠に言った。


「まさか、祭り禁止令があるとは思ってもいなかったのです」と家忠が眉を下げて言うと、「…その宣教師となって、星中を回ってくるよ…」とゼンドラドは眉を下げて言って消えた。


「…まずは、読まねばならぬぅー…」と村長は言って本をにらんだ。


「…この地にはまた来ます。

 まずは祭りの準備を最優先にした方がいいでしょう」


家忠は言って立ち上がって、有り金を全部テーブルの上に置くと、「まだ途中じゃから受け取れぬ」と村長は常識的に拒んだ。


「祭りをするには銭も必要です。

 ないよりもあった方がいい」


「…うう…」と村長はうなってから、家忠に頭を下げた。



家忠は村長に別れを告げて、両替商に行って金を下ろしてから、砂浜に行った。


大盛況な博物館を横目で見ながら、岩に立てかけてあるいかだを持ち上げて海面に浮かべた。


そして力強く漕ぎ始め、一気に南下した。


するといきなり日差しが熱く感じたので、幌を張ると一気に涼しくなった。


家忠は見ることができなかった大陸の南側を海から見ようとやってきたのだ。


もちろんそれほど面白いものではなく、海岸や岩場があるだけで、人の姿は皆無だ。


海の底には怪獣らしきものがいる気配はない。


そして木の影から時々見える猛獣に歓喜の声を上げた。


『…僕は嬉しくないぃー…』と栗鼠は言って、家忠の懐に潜り込んだ。


「観光旅行だからな。

 ちょっとした動物園のようなものだ」


すると東側に陸地がふたつ見えた。


ひとつは高い山があるので、火竜グレラスのおひざ元のイルニー城がある大陸で、もうひとつはまだ行っていない大陸だ。


―― …離れるか、近づくか… ―― と家忠が思案していると、『先に神に会いに行けば?』という栗鼠の進言に同意した家忠は、高い山を目指して漕ぎ始めた。



城の様子も確認できてくると、陸地は見えたが上陸する場所がない。


大陸の西側はほとんどが岩場で砂浜がないのだ。


よってまだ行っていない南側にいかだを操舵すると、内海があり、竜の城ともいえる邸宅を発見した。


そこでは数名の屈強な者たちが農作業をしていた。


家忠は砂浜に近づいて、「上陸してもよいか?!」と叫ぶと誰もが一斉に顔を上げて、特に女性は飛び上がって喜んでいるように見えた。


「良く来られた! 遠慮することはない!」という雄々しき男性の言葉に、家忠は力強くいかだを漕いで、砂浜に突っ込んでから、いかだを岩に立てかけると、「…おー…」と逞しい者たちがうなり声を上げた。


「酒井家忠と申す」とまずは挨拶をすると、もちろん知っていたようで、三人の男女もすぐさまあいさつをした。


「悪いがまずは腹ごしらえをさせてもらう」


家忠は言って、近くにあったテーブルの上に果物などを出すと、「食事も用意しよう」と屈強な男性のひとりのギリアンが言って、露店焼きの準備を早々に終えた。


あとは食材を焼いてタレに浸して食うだけだ。


四人はとめどない話をしながら大いに食った。


本題とは少々変わってきたのだが、仕事ではなく旅なので、寄り道はありなのだ。


すると城に雄々しき姿の火竜が現れ、ひと扇ぎでこの地まで飛んできてから人型を取った。


「まさかここにいらっしゃるとは…」とグレラスは目を見開いて言って、家忠とあいさつを交わしてから、バーベキューの仲間に加わった。


そして家忠はこの地の現状の様々な事実を知った。


「最強の動物、ダイゾ…

 話によれば、確実に会っているはずなのですが…」


家忠が大いに戸惑って言うと、「フリージア、アニマール、右京和馬には確実にいます」とグレラスは自信を持って行った。


「それほどに、人間に慣れ親しんでいるというわけか…」という家忠のつぶやきに、誰もが同意した。


「南の大陸に少々獰猛すぎる恐竜がいるので、

 その場は囲っています。

 そこでダイゾが生まれたのです。

 今は束縛せず、自由に過ごさせています。

 メリスンの店で会ったかもしれませんよ」


家忠は何度もうなづいて、店の様子をつぶさに思い浮かべたが、思い当たる節はなかった。


「…あ、この子は別でしょうが、

 籠を造っている子供が中央公園にいました…

 男子がひとり見ていたのですが、正面ではなく横にいた…」


「見ていた方がダイゾです」というゼンドラドの言葉に、家忠は大いに苦笑いを浮かべた。


「籠を造っていた方は動物としては犬です。

 まあ、少々獰猛ですが…」


「いや、見事だ…」と家忠は言って笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「その候補が、懐にいるようですが?」とグレラスが言うと、『…見破られたぁー…』と栗鼠は嘆いて懐から出て、家忠の肩の上に座って、何度も頭を縦に振った。


「…動物から獣人になった子は何人か知っていますから、

 それほど驚きもしません」


家忠のつれない言葉に、栗鼠は大いに媚びを売って、頭で首筋をなで捲った。


「ポピー殿の目が血走っておられるが?」と家忠が聞くと、「…かわいいもの好き…」とゼロスが言って眉を下げた。


「ほら、度胸付けに行け」と家忠が言うと、栗鼠は渋々だがテーブルに降りて、ポピーの目の前に移動して見上げると、「きゃーきゃー!」とポピーは叫んでその手につかんで大いに喜んでいる。


程よい常識は持っているので、栗鼠が苦しむことはなかった。



すると、「酒井様ぁ――!!!」と、空の上から大声が聞こえた。


眉を下げているフェイラ・イルニーに抱かれて空を飛んでいるカレン・イルニー王だった。


家忠はすぐに立ち上がって頭を下げると、フェイラとカレンは地に足をつけた。


「…ようやく、お会いできた…」とカレンは感慨深げに言ったが、「はい、終わりです」というフェイラの無碍な言葉に、カレンは目を見開いて、また宙に浮かんだ。


「家忠様、またお会いいたしましょう」というフェイラの穏やかな言葉に、家忠は笑みを浮かべて頭を下げた。


「…お忙しいようだ…」と家忠が言うと、「…それなり以上にね…」とグレラスは眉を下げて言った。


「先の王のフェイラの力も借りているほどだし、

 ゼンドラドも星中を回っているほどだからね…」


グレラスはまるで他人事のように言った。


「今のあなたでは何もわからないのでしょう。

 一番肝心な話を聞いていてもその反応。

 実際に身にならなことは信じていらっしゃらないようだ」


家忠の棘のある言葉に、「まさしくその通り」とグレラスは言って、燃えるような赤い目を家忠に向けた。


家忠は徐に立ち上がってから、背中から木刀を引き出して、右腕一本で海に向かって振りかぶった。


そして、「はっ!」と気合を入れて振り落とすと、一陣の風と共に海が切れた。


「…竜程度なら、斬って捨てられる…」と家忠は言ったが、グレラスは白目をむいて意識を断っていた。


「…またか…」と家忠は大いに眉を下げて言って、背中に木刀を戻した。


「…主、代えるかな…」とギリアンが大いに眉を下げて言った。


「…だから、会いたくなかったのです…」と家忠は言って眉を下げた。


「…またかと言われると、セイラ様も…」とギリアンが眉を下げて言うと、家忠は大いに苦笑いを浮かべて無言で問いに応えた。


「…恐ろしいのは剣筋ではなく気合いだ…」とゼロスは言って両腕をさすった。


「攻撃を仕掛けようとしたり、

 魔法を撃とうとしてもその前に防衛できますから。

 気合いは声とは別物ですので、

 耳をふさいでいても効果はあります」


「…一番効率的な防衛方法だ…」とギリアンは嘆くように言ってから、笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「気合の大きさにより様々なようですが、

 竜の威厳と同じく慣れはない場合もあるそうです。

 もちろん、精神修行を積めば対抗できるはずです。

 その精神修行のひとつが、

 今私がしている旅なのです」


「…よーく、理解できたよ…

 …楽な道ばかりではただ楽しいだけで何の収穫もない…

 …俺も、身の振り方を考えよう…

 …だが、源一のやつは何も言わなかった…」


ギリアンがつぶやくように言うと、「天使だからです」と家忠は自信を持って言い切った。


「相手の気持ちをまずは尊重する。

 それがよくても悪くてもです。

 まさに天使は、場合によれば残酷でしかないのです」


家忠の言葉に、ギリアン、ゼロス、ポピーはすぐさま頭を下げた。


家忠は出されたものはすべて食べ切ってから、いかだを海に浮かべて力強く漕いだ。


するといかだを巨大な魚影が追いかけてきたが、ゼロスとポピーの本当の姿だと家忠は見破った。


二頭はすぐさま速度を緩めて、大きいがつぶらな目を下げていかだを見送った。



しっかりと食べてきたのだが、元いた大陸の近隣に戻ると小腹がすいてきたので、果物がうまい村に行こうと思い、いかだを北に進めた。


するとおあつらえ向きの砂浜があり、地図で確認すると、村まではわずかな距離しかない。


鳥獣保護区がその狭間にあるが、多少は最短距離を走るので何も問題はない。


いかだはまだ使うので、少し整備をしてから、砂浜を離れ、太い木二本に立てかけた。


そしてバックパックを担いで、猛然たる勢いで村を目指して走った。


日が暮れる前に村に到着すると、思わぬ方角から家忠が現れたので、近くにいた者たちは大いに驚いたが、家忠を覚えていたので大いに歓迎した。


家忠は早速一度来た露店で果物を買い込んで、椅子に座って栗鼠とともに舌鼓を打ち始めた。


家忠が宿屋の話をすると、売り子の婆やが宿をやっているというので、すぐに予約を入れてもらった。


「…どのようなお部屋にします?」と一旦は女子は家忠に聞いたのだが、「え? あそこを使うの?!」と叫んだ。


それは驚きとともに喜びだったので、家忠は気にしなかった。


女子は電話を切って、「…有名人特権だそうですぅー…」と眉を下げて言うと、家忠は大いに笑って承諾した。


美味いとさらに感じた果物だけを買って、家忠は金庫を担いでいる女子の警備員のように寄り添って、宿屋に着いた。


ごく一般的な家屋なのだが、よくよく見れば間口も奥行きもかなりあることに気付いた。


そして、格子戸には細やかな彫刻が施されていたので、腰をかがめて見入った。


「…なぜだか懐かしい…」と家忠は言って、安土城や琵琶御殿を思い出していた。


「ずっと大昔の爺ちゃんの作品なんだって!」と女子は自慢げに言った。


「となれば、このような素晴らしい彫りものが多くある部屋なわけだ」


家忠の言葉に、女子は唇を尖らせて、「…つまんなぁーい…」と言って格子戸をくぐった。



家忠は女将に大いに歓迎されて、早速部屋に入った。


するとまさにここは琵琶御殿だったのだ。


「作られたお方は、どれほど前まで生きておられたのだ?」


家忠は室内を見回しながら確信を持って聞くと、「はい、もう百年ほど前でございます」と女将が答えたので、家忠はさらに確信して何度もうなづいた。


「そのお方の写真などはないか?」と家忠が聞くと、女将は笑みを浮かべてこの宿の宣伝用の冊子を渡した。


もちろん、写真の人物は知り合いではないが、その笑みは確実に幻影だと感じていた。


―― いい土産話ができた… ―― と家忠は大いに喜んでいた。


「しかし、十数年前まで、戦禍に巻かれていたはずだが」


家忠の素朴な疑問に、「村を守る程度の力はございました」と女将は胸を張って自慢げに言った。


防衛に徹するのであればできない話ではない。


何をしても打ち破れない村として、そのうち誰も襲ってこなくなるからだ。


「では今でも、それなり以上のお方が守っているのだろう」


「はい、現在はこの村では使えない者を真っ先に城に送っております」と女将は陽気に、そして上品に笑った。


「ところで、祭りの話は聞いたか?」


家忠の言葉に、女将は顔色を曇らせた。


それほど乗り気ではないようだが、グレラスを神とすれば祭りを行えるという葛藤があると感じた。


「ちなみに、この地での信仰はまだあるのか?」


家忠の言葉に女将は手のひらを合わせて喜んで、「ご先祖様ですわ!」と陽気に叫んだ。


家忠は視線を下げて、写真の中の人物の、トニオ・ドスデンを見入った。


「…ふむ…

 今は神だが、この星の神ではないな…

 口添えをすれば、祭りはできるだろう」


家忠は立ち上がって、「城の出張所に行ってくる」と堂々と言うと、女将はすぐに立ち上がって、家忠に同行した。



役所に行って事情を説明すると、役人は早速城に電話をしたのだが、電話に出たのはこの星の王だった。


役人は大いに戸惑って、早速家忠に受話器を渡した。


家忠は用件だけを話すと、『精査の上、早急に結論をお出しします』という回答があったので、ほっと胸をなでおろして、礼を言って早々に電話を切った。


「…祭りが、できるかもしれない…」と役人は大いに喜びながら言った。


「問題は、崇める対象にあるんだよ。

 この地の神と言われる天空の神は絶対にダメだが、

 その頂点の火竜グレラスであれば構わない。

 さらには、それ以外に崇める神がいるのであれば、

 条件によっては許可されるはずなんだ。

 この地の英雄を神と崇めても罰は下らんはずだ。

 この星の神との深い関わり合いの伝記などは?」


家忠の言葉に、「思い当たりません」と女将は答えて、「聞いたことはございません」と係員が言うと、電話が鳴った。


相手はまた王で、まずは祭りの許可を出すと告げられて、係員は大いに喜んだ。


この係員はこの村の生まれなので、喜んで当然だ。


祭りの管理は、城の出張所が行うことに決まったので、神グレラスが来ることはない。


―― …お師様に叱られそうだが、叱られよう… ―― と家忠は思って苦笑いを浮かべた。


するとまた電話が鳴ったのだが、すぐに切れた。


どうやら王は家忠と話をしたかったようだが、家臣たちにでも止められたのだろうと、家忠は思って苦笑いを浮かべた。


「…だけど、露店をどうしようかしら…

 お菓子作りができる人ってまだいるのかしら…」


女将の言葉に、家忠は手を上げそうになったがここは堪えた。


さらには琵琶家一同は確実に喜ぶとまで思ってしまったのだ。


「すぐに調査させますよ!

 詳しい話はそれからです!」


係員は大いにやる気を出して、部下たちに指示を与え始めた。


「…お菓子とは、どのようなものです?

 …あ、そういえば…

 どの村に行っても、菓子類はそれほど売っていなかったような…」


家忠は元々それほど菓子を食うわけではないので、失念していたのだ。


家忠は女将の案内で雑貨店に行った。


役所の隣にあったので、移動したのは十数歩だけだ。


店内は商品であふれかえっていたが、菓子類はわずかで、しかも妙に高い。


家忠は店内を見回して、―― 原材料費は賄える ―― と思い笑みを浮かべて、必要なものを買って、さらに一番甘い果物を大量に買った。


家忠は宿の庭を貸してもらって簡素な竈や簡単な機械を造って、早速飴を造りを始めた。


さらにはこの地では粟のようなものも主食のひとつのようなので、瞬時に膨らませる機械も作った。


構造はいたって簡単なので、不器用な家忠でも簡単にできた。


そして色とりどりの飴やおこしなどを完成させて味見をすると、「うおっ! うめえっ!」と家忠は叫んで、大いに陽気に笑った。


栗鼠はおこしを必死になってかじっていた。


女将は家忠を目を見開いて見ていたが、「女将もどうぞ」と言って家忠が手渡すと、おこしをかじって、「…おいしい…」と言って笑みを浮かべてから、小さな飴玉を口に入れて、まさに幼児返りするほどに喜んでいた。


そして肝心の売値だが、商品を買ったのでそれなりに高いものだが、店に出ている菓子よりは安いと感じた。


よって材料費をさらに安いものにすれば、手ごろな値段で売ることは可能だと、頭の中で計算した。


「懐かしい匂いをさせておるな」と老人がやって来て、女将と話を始めたが、家忠がなにも言わずに菓子を渡すと、老人も目を見開いて子供返りをしていた。


もちろん匂いはとめどなく流れるので、宿の回りは村人であふれかえっていた。


そしてついに、「祭りができるのか?!」と大いに騒ぎ始めたので、家忠は菓子作りに専念した。


家忠は子供から大人までを幸せにして、手早く片づけをして出来上がった菓子類は女将に進呈した。


―― 呼んだ方がいいのか… ―― と床に入って家忠は考えていたのだが、それはわずかな時間で、すやすやと眠ってしまった。



翌朝、家忠は日の出とともに起きて、誰もいない場所を探し出して木刀を振った。


昨日のお祭り騒ぎは、家忠にとってもう夢のようなものだったので、ほぼ忘れていたようなものだ。


しかし村人たちは忘れるわけがなく、女将が血相を変えて走ってやってきたので、家忠は木刀の構えを解いた。


「…いないから、夢だったのかって思っちゃいましたぁー…」と女将は妙齢で、家忠と同年代なのだが、まるで子供のように泣きじゃくった。


「まだ朝餉には早かったからな」と家忠が言うと、「張り切って作ってきます!」と女将は明るく言って、走って宿に戻った。


『…好敵手ぅー…』と栗鼠が嘆くと、「何の?」と家忠は聞いたが、栗鼠は答えなかった。



朝餉はまさに大いに気合が入っていて、家忠はもりもりと食った。


よく食らうことは女将は重々承知していたので、夕餉の倍ほど仕込んであったが、家忠の腹にほどんど収まっていた。


家忠は女将特製のコーヒーを飲んで、ポットにも入れてもらって宿を立つことにした。


しかし精算の段階で、女将に宿代の受け取りを拒否された。


昨晩渡した菓子がその料金ということだったので、―― 確かに材料費とほぼ同額… ―― と思ったが、「菓子を作ったのは俺が食いたかったからだ。先立つものは邪魔にはならん」と言って、大きめの額面の銭だけを置いて宿を出た。


すると宿の門の前に、この村の村長らしき身なりのいい老人がいた。


「あなたのことはよく存じております。

 そして旅をされておることも重々承知しております。

 ですが、しばらくはこの村に逗留してくださらんか?

 できれば、祭りが終わるまで」


老人の丁寧な言葉に、家忠は少し考えて、「俺は部外者だ」という家忠の言葉に、村長は二の句を失った。


「この村に住む者であれば、

 この村の英雄はよく知っているだろうし、まさに神。

 俺はただの旅人。

 もしも、何らかの係わりがあるのであれば、留まりもするだろう」


家忠がさらに言うと、村長を始め、取り巻きはうなだれてしまった。


「菓子作りを伝授してから旅出とう」


家忠の希望のある言葉に、村長は破顔して何度も礼を言った。


菓子類は保存食でもあるので、密閉しておけば日持ちはする。


そして原材料の仕入れは、売り物にならない食材だけをこの村や近隣の村から仕入れてきてもらった。


菓子作りの伝授は、この宿の関係者がほとんどで、英雄の妻が菓子作りをしていたそうだ。


老人たちでもできるのだが、少々工程が違うし、家忠が作ったものの方がはるかにうまかったので、高年齢でもあり、買って食べることだけに専念することにしたようだ。


この村は旅人も多いので、菓子作りのうわさは他方面に広がり、さらに販売を始めるとさらに広まった。


飴とおこしだけではなく、せんべいや羊羹なども作り始めると、村はさらに活気立った。


大人も子供も、買い食いに勤しみ始めたのだ。


指導の必要がなくなったと家忠は判断したが、せっかくなので、不得意を克服しようと思い、木を彫り始めた。


多少はやって来たものの、一向に上達しないのだ。


しかしいざ彫り始めると、面白いように思いのままに彫れることに、ついには笑みを浮かべて動物の根付を造り始めた。


女将に組紐屋を紹介してもらって、商品として販売すると、大いに売れて、土産物の一番人気となった。


これはただの過程で、家忠は飴造りに専念を始め、勇健が作り出した動物飴を作り上げた。


しかし量産するにはまだ修行が足りないとして、一日のほとんどを飴造りに勤しんだ。


そして納得した時、家忠は重かった腰を上げた。


「祭りはいつに決まったんだ?」と家忠が女将に聞くと、「…十五日後ですぅー…」と女将はすべてを察して眉を下げて答えた。


「では、その日は、この村の一員として、祭りに参加しよう」


家忠の言葉に、女将は涙を流して喜んで、家忠の背中を押すようにして旅立たせた。


女将は、家忠に拒絶があれば食い下がるつもりだった。


しかし、村人の一員と言われてしまうと、何も言えなくなってしまい、快く送り出すしかないと判断したのだ。


「…お婆ちゃんのお婿さんだったのに、いいの?」と孫の女子が残念そうに言うと、「酒井様は私の父のようなお方だわ」と女将は笑みを浮かべて言った。


「…それに…

 お相手はもっと若い子の方がいいと思うわ…」


「…うふふ… お婆ちゃんって、すっごく若くなったよ?」と女子は言って、逃げるようにして、産地直売店に向かって走って行った。


女将はまだ一度も婚姻をしていない。


まさに戦禍の中で、みなしごになった子たちを子として孫として抱え込んだからだ。


そして比較的裕福なこの村で、子供たちはまっすぐに育った。


しかし、家忠がこの地に初めて訪れた時、運命的な出会いを感じたが、通り過ぎただけだった。


しかし、まさかまた来てくれるとは思ってもいなかったので、大いに喜んだのだ。


長期の宿泊もまさに夢のような日々だった。


そして村人として、自他ともに認めた。


しかし、まだ何かが足りないと女将は思っていた。


宿はいつでも子供たちに任せることはできる。


よって、女将も旅立とうかと考えていた。


しかし、この村で唯一の勇者としては、それもできないと思い留まった。


この村に留まる強い力もまだまだ育てていきたいと思っていたのだ。


―― もっと、なにかがあれば… ―― と女将は家忠のことだけを思い起して、ハタと気づいたことがあった。


女将の先祖を聞いて写真を見た時の家忠の反応だ。


―― まさか、知り合い… 転生後のお爺様を知っている? ――


普段の女将であれば、今になって思い起すことなどない。


その時にすべてを察していたはずなのだ。


さすがに舞い上がってしまうと、人とは弱いものだと大いに思い知った。


よってこの件だけを頼みの綱として、女将は宿は子供たちに任せて、戦闘服に着替えた。


そして外に出ると、「行きなさるか」と村長が寂しそうに言った。


「まだわからないわ。

 だけど、最低でも一度は戻ってくるから。

 お祭り、楽しみにしてるから」


女将は言ってふわりと宙に浮かんで、家忠の存在を捉えてすっ飛んで行った。



家忠は海岸に到着していて、いかだを担いだ時、空飛ぶ人間を見入った。


「女将、お転婆だな」と家忠が気さくに言うと、女将は大いに笑いながら地面に足をつけた。


「少しは驚いて!」と女将は叫んでから愉快そうに笑った。


「この星の奇跡のようなもので、

 勇者は多いと聞いていたからな。

 誰が勇者でも驚きもしない」


家忠の言葉に、女将はその他大勢扱いをされたので、大いにふくれっ面をした。


「悪いがひとり旅だから、遠慮して欲しい」


家忠の現実的な言葉に、「そうね、邪魔をすると嫌われそうだから守るわ」と女将はなんでもないことのように言ったが、心の中では大いに落ち込んでいた。


「それよりも、聞きたいことができたの」


「ん? なんだ?」と家忠は言って、海岸にいかだを下ろした。


「お爺様の行く末を知っているんじゃないの?」


まさに核心を突いた言葉に、「確実ではないから答えられない。俺はただの人間で能力者ではないからな」という言葉に、女将は大いにうなだれた。


「だけど、心当たりはあったのよね?」


「ああ、そうだ。

 だからこそ、協力したようなものだ。

 我が主たちをこちらに呼んで、

 祭りをしてもらおうかとまで考えたほどだ。

 だが、英雄を探してどうするというのだ。

 もう新たな人生を歩まれておるのだぞ?」


家忠の言葉に、女将は目を見開いた。


間違いなく家忠の言った通りだったからだ。


よって、「…弟子入りするぅー…」と子供のように言ったので、家忠は大いに笑った。


「村を守る強い力なんだろ?」


「…うう…」と女将は二の句に困って、うなるしかできなかった。


「自分自身を開放する場合、

 代わりの者を二名用意しろと、

 我が師匠はおっしゃった」


「…厳しいぃー…」と女将は言って大いに頭を抱え込んだ。


「好き勝手するなということだ。

 安心して、自分の故郷を守るためだ。

 安心すれば、さらに自分自身を磨き上げればいい。

 勇者には永遠の時があるんだからな」


もう何も言えなくなった女将は、「いってらっしゃい… 大人しくして待ってるわ…」と言うと、「ああ、どれほどの祭りなのか楽しみだ」と家忠は言っていかだに乗り込んですぐに、とんでもない勢いでいかだを疾走させた。


「…あれのどこが人間なのよぉー…」と女将は嘆いたのだが、確かに人間でしかない。


そして女将に好意はあるが、特別な感情はない。


さらには特に気に入っている女性はいないが、好敵手は大勢いる。


「…やる気が湧いてきたぁー…」と女将はうなってから、とんでもない勢いで村に戻った。



『…ついに正体を見せたぁー…』と栗鼠が嘆くと、「なんとなくだか気づいていたけどな」と家忠は朗らかに答えた。


「意識はしていないだろうが、

 村を守る強い力は自分だと言っていたような気がしてな」


『…だから私も気づいてたぁー…』と栗鼠が言った。


「違いが判るのかい?」と家忠が興味を持って聞くと、『人間じゃないから』と答えなのかそうではないのかわからないようなことを栗鼠は言った。


「…あ、そうか…

 人間でなければ勇者か、

 人間に変身できる動物しか選択肢はないからか…」


『…うん、せいかいぃー…』


「人間ではないことは何がどう違うんだい?」


『…気配、かなぁー…

 ジゴクの前で大勢倒れてたでしょ?

 勇者と能力者と人間の違いがよく分かったの。

 勇者は能力が低くても、存在感が大きいの。

 動物が大きいほど獰猛なのと同じ、かなぁー…』


「大きくても獰猛ではない」と家忠は言って少し考えて、「いや、経験を積めば、自分の大きさや体重を武器にして、猛獣すら引かせることは可能だ」と言った。


『うん! そうそう!』と栗鼠は陽気に答えた。


「なるほどな、大いに勉強になった」と家忠が礼を言うと、栗鼠は大いに有頂天になった。


その途端、家忠の懐が膨らんだ。


「…産んだことはないが、子を産んだ気分だ…」と家忠は言って、懐から見上げている幼児に向けて笑みを浮かべた。


「…服、買わないとな…」と家忠は言って、バックパックから大きくて柔らかい手拭いを出して、まるで着物のようにして着せた。


「…これでいいぃー…」と女子が言うと、「俺は金持ちだ、任せろ」と家忠は陽気に言って、いかだを走らせ始めた。


海岸沿いにある村に上陸してから、まずは簡素な服と下着を買って女子に着せてから、少し大きな町に移動して、本格格的な服探しに勤しんだ。


「どこからどう見ても、いいところのお嬢様だ」と家忠が大いに褒めると、「えへへ…」と女子は恥ずかしそうに笑って、少しおどけてその場でくるりと回転して、愉快そうに笑った。


「ひとり旅だから、どこかに預けないと」


家忠の言葉に、女子はすぐさま栗鼠に変身して、家忠の懐に潜り込んだ。


「ああ、それならありだ。

 だが、飲食店では人間になっていいぞ」


『…捨てられなくてよかったぁー…』と栗鼠が感慨深げに言うと、「捨てるもんかい」と家忠は感情を込めて言った。


栗鼠は、―― 愛されてる… ―― と思ってうれしくなったが、「恋愛対象ではない」と家忠が答えると、栗鼠は後ろ足で家忠の鎧を蹴った。



「…ふむ… ここは、本当に動物がいないのか…」と家忠が言うと、『…すっごくくっさぁーいぃー…』と栗鼠が言ったので、家忠はすぐさま山すそから離れた。


『あ、大丈夫大丈夫!』と栗鼠が言ってから歩みを止めた。


「草木はある。

 よって害があるものではないが、

 動物が嫌がる匂いを含んでいるわけか…

 動物退避薬として使えそうだな。

 そして人間には匂いを感じない。

 それほどきつい匂いではなく、

 かすかなものだろうが、動物は感知してしまう、か…

 調査するから人間になれ」


家忠の言葉に、栗鼠は懐から出て、肩の上で人間に変身した。


そしてまた山裾に近づいたが、「…臭くない…」と女子はつぶやいた。


「肉体の構造が違うからな。

 言っておくが、基本的には動物でいて欲しい。

 そうすればこのような調査も楽にできそうだからな。

 我が琵琶家では、人慣れした動物にも修行を課して、

 野生を維持するような教育もしているんだ」


「…うん、わかったのぉー…」と女子は眉を下げて言って、家忠の頭を抱きしめた。


家忠は山に入って、見た目に怪しそうなものを採取して、匂いが流れ出ない袋に入れた。


そして山すそを離れて、女子を栗鼠に変身させた。


今は何も感じないようで、栗鼠は興味を持って袋を見ている。


家忠はひとつの袋を一瞬だけ開いた。


『…うっ におったけど、それほどきつくない…』と栗鼠が答えると家忠は笑みを浮かべてうなづいた。


そして、三つ目の袋の時に、『くっさぁーい!!』と叫んで栗鼠は逃げたが、もうにおわなくなったので家忠に寄り添って人間に変身した。


「間違いなくこれだな」と家忠は言って袋を開けた。


それは茸で、形は松茸に似ているが、香りがまるでないように感じた。


「ほかのものにも匂いが写るわけだ。

 となると、この茸は年中生えているのか…

 いや… 同じようなものが、数種類あるのかもしれないな…

 季節によって、この茸の代わりをするんだろう。

 だがなぜだ…」


家忠の言葉に、「…あー… そういえばそう…」と女子も言って考え込んだ。


「非科学的なことを言えば、山の神が動物嫌い」


家忠の言葉に、女子は眉をしかめた。


「もしくはその逆に、動物を殺してしまうようなものがあるから。

 だから近づけないようにした。

 結局は人間にもそれほどいいものではないような気がするな。

 この星にはないはずだったものがここにある。

 この山に、

 人体などに害がある空から降ってきた隕石が埋まっている、

 など…」


家忠は一番近い村に行って、城の出張所を訪ねた。


山の不思議は知っていただけで、調査はしていないそうだ。


「能力者を呼んで調査をした方がいいと進言する。

 ちなみに、妙な病などになった者はいないのか?」


家忠の言葉に、「…まさか、それが原因だったのか…」と係員は大いに嘆くように言った。


その被害者が数名いたという。


いずれも子供で、共通点は山に入ったことだけだった。


やけどなどした覚えはないのに、皮膚がただれて高熱を発したそうだ。


よって人間も、山には近づかないようになった。


「それは被爆だ。

 山には高エネルギー体があると推測できる。

 すぐに城に連絡して、調査をしてもらった方がいい」


係員はすぐさま城に連絡すると、すぐに調査に入ると通達を受けた。


家忠は解放されて外に出ると、「あ! いたいた!」と空を飛んでいる少年に見える者が陽気に叫んだ。


「温泉の村は問題なく営業を始めたよ!」と少年は宙に浮かんだまま穏やかに言った。


そして名乗りあって、少年はセイル・ランダと名乗った。


「機械の体の僕たちが一番問題がないからね」と、セイルは明るく言った。


セイルは逞しい男性も連れていて、家忠を大いに睨んでいた。


しかしふたりは目的の山に向かって飛んで行った。


「どう思う?」と家忠が誰に言うでもなく言葉を発すると、『…もちろん人間じゃないよ… …それに生物でもないよ…』と栗鼠は家忠の懐の中で言った。


調査結果を知りたかった家忠は、こじゃれた茶店に入って待つことにした。


ここでは栗鼠は女子に変身してもいいので、今までで一番陽気になっていて、好きな飲み物を飲んでデザートまで注文した。


「その肉体だが、形はどのようにして決めたのだ?」


家忠が素朴な疑問を口にすると、女子は少し考えてから眉を下げて、「…わかんなぁーい…」と答えた。


「ではお前が決めたわけではないわけか…

 今までに見た人間か、前世の昔返りのようなものだろう。

 我が琵琶家で変身が獣人ではない者は、

 火竜織田萩千代様しかおられぬ。

 だが、ほかの家ではいたか…

 デヴォラ殿が息子にした、熊の…

 名を何と言ったか…

 そのお子は、どこぞの星から飛ばされてきたそうだが、

 お前はどうなんだ?」


女子はまた考えてからすぐに、「気づいたら森にいたぁー…」と眉を下げて答えた。


「世話係がおったはずだけど?」


家忠の言葉に、女子は力ずよく首を横に振った。


「…ほかの星からと飛ばされてきたか、

 人間か動物がいきなり転生した可能性が高いな…

 もしもその事情を知りたければ、

 我がお師様が調べてくださる」


女子は今度は普通に首を横に振って、「…一緒にいられたらそれでいい…」とホホを赤らめて言ってから、メロンクリームパフェを勢いよく食べ始めた。


すると店のドアが開いて、「あ、いたいた」と今度は控え目に言ってセイルがやってきた。


「デート中、お邪魔するよ」とセイルは穏やかに言って、女子の隣の出来に座って、早速家忠に調査報告をした。


「半端ないエネルギーー体が…

 だが、植物は普通に生えていた。

 植物以外にだけ害があるとは…」


家忠は大いに動揺して言った。


「植物には耐性ができていて、

 山の植物は未知の植物に変えられていたんだよ。

 まさに自然の不思議さ。

 だから一見して、山はごく普通に穏やかなものでしかなかったってわけ。

 確かに動物にとっては、

 心にダメージを負うほどに臭いにおいが立ち上ってることはよく分かったよ」


セイルの言葉に、女子は何度もうなづいた。


「植物の強い部分が生かされたというわけか…

 人体には大いに害があるそうだ」


「丁寧に掘り出して密閉して持って帰った。

 処理できる子に知り合いがいるから」


セイルの言葉に、「…とんでもないな…」と家忠が眉を下げて言うと、「重力を操る術を持っているからね」とセイルは笑みを浮かべて言った。


「…押しつぶして、灰にしてしまうわけだ…」


「そう、ほとんどはそうなるんだけど、ある程度の副産物は出来上がるんだ。

 ほとんどの場合、無害の高エネルギー体の硬くて重い金属に変化する」


セイルの返答に、家忠は納得して何度もうなづいた。


「ところで、パンダ勇者の件はどうなったのだ?」と家忠が聞くと、セイルは一気に眉を下げた。


「…トラウマのようでね、やりたくないって…

 確かに、家忠さんの言った通りで、意識を断たれることはないだろう。

 だけど、意識を断たれないと変身が解けないかもしれないから、

 長い時間、パンダ勇者のままかもしれないんだ」


「…そうか…

 根本がわからねば、下手な手は打てんからな…

 頃合いを見て意識を断てばいいが、

 果たしてそれでうまくいくのかは疑問だし、

 変身しないと試しもできない」


「基本的には意識を断てば、

 術は消し飛ぶから問題はないと思う。

 術は呪いじゃないから」


家忠は少し落胆して、「…九死に一生を得る人助けが一番いい薬だと思ったんだが…」と家忠がつぶやくと、「…僕も、そう思う…」とセイルも落胆して言った。


「…何しろ、人助けだけに必死だったからなぁー…」とセイルがつぶやくと、家忠は怪訝そうに思った。


まるでセイルはセイラとともにいたように感じたからだ。


「…まさかだが、セイル殿はセイラ殿から分離したのか?」


家忠が大いに困惑して聞くと、「うん、そうだよ」とセイルは笑みを浮かべて答えた。


「僕の今の魂はセイラとは別物だ。

 僕は魂を持たずに、

 セイラの魂に寄生していた思念にしか過ぎなかった。

 元はメリスンの術だよ」


―― …ランダ家、恐るべし… ―― と家忠は思って、大いに苦笑いを浮かべた。


セイルは眉を下げて、「…戦争のせいだよ…」とつぶやいた。


神堕ちをしていたメリスンが戦禍に巻かれたイルニー国王女でもあったセイラを偶然助けた。


そして娘として育てようと思ったが、女子では何かと都合が悪い。


よってまだ使うことができた術を使って、セイルという人格を作り上げ、男子として育て上げた。


戦乱の世は終わりを告げ、ある程度平和になった時、セイルが独立を望んだので、松崎拓生にセイルの思念の部分だけを違う魂に埋め込み、そして機械の体を手に入れたという、生を持たず魂を持ったロボットとなった。


ここには問題があり、セイルだった時の記憶はセイルだけものだったので、その部分もセイラに複写していた。


よって能力者としては、ごく普通に問題なく生きて行くことは可能だ。


だが一番の問題はここではなかった。


「今のセイラになれたのは、僕の努力」


セイルの無感情な言葉に、家忠は大いに納得して何度もうなづいた。


「…その妬み、嫉妬心があるわけだ… なるほどな…

 婚姻による追い打ちもあり、大いに曲がった生物となってしまったか…

 力はあるのに、誰よりも不幸だな…

 セイラ殿のことは、不幸ちゃんとでも呼んでやるかぁー…」


家忠がにやりと笑って言うと、「…ん? なんだか、光明が見えてきたような気が…」とセイルはつぶやいて笑みを浮かべた。


「反骨精神」と家忠が言うと、「あ! そうだそれだ!」とセイルは立ち上がって大いに叫んで、「ごめんなさい!」とさらに叫んで、ほかの席に向けて何度も頭を下げた。


「もちろん甘えもあるのだが、

 その辺りは誰もが気づいて鍛えたはずだが治らない。

 だから本人からやる気にさせる必要がある。

 不名誉で、ある意味腫れ物に触るような意味の名を払拭するために、

 セイラ殿はいずれは奮起するはずだ。

 名の本当の使い方の逆をやってみる。

 誰もが認めれば、セイラという名を返せばいいだけだ。

 メリスン様は神でもあるし、ゼンドラド様もそうだ。

 名を取り上げ、縛り付けることはできると思う。

 思わぬ変化をした時に、肉体を縛り付ける術もきっと持っているだろう」


「…徹底してるけど、それほどしないとセイラは正常化しない…」


セイルは言って、家忠に頭を下げた。


「家族ぐるみで、考えてやらないとな」という家忠の穏やかな言葉に、セイルはまた頭を下げた。


「…源一君だって気づいていたはずなのに…」とセイルが眉を下げて言うと、「天使は後ろ向きな罰のようなものは与えない」という家忠の言葉に、「…そうだ、それだぁー…」とセイルは大いに納得して、笑みを浮かべてまた家忠に頭を下げた。


「…源一君に依存し過ぎていた…

 僕たちも、心を入れ変えて考えなきゃ…」


セイルは有意義な時間を過ごして、家忠にさらに丁寧に礼を言ってから店を出て、メリスン・ランダ村にすっ飛んで帰った。


「仏様?」と女子が小首をかしげて言うと、「仏などいないぞ」と家忠は明るく言って笑みを浮かべた。


しかし家忠は目を見開いて、「仏のことをなぜ知っている?」と聞くと、女子は大いに戸惑って、「…わかんなぁーい…」と答えてからうなだれた。


しかし家忠はある確信を得た。


人間に変身できる動物は、仏がいたころに構築されたものだろうと察したのだ。


「…まだ、仏がいるのか…

 …いや、自然界の代行なのか…

 …俺たち琵琶家に、さらなる秘密でも…

 …いや、魔王の力…」


家忠はここまで言って、大いに苦笑いを浮かべていた。


「君がこの星に飛ばされてきた。

 では、どこの星にいたのかをいずれ調べよう。

 そうすれば、君がどんな意思を持ってここにいるのか

 説明できるし納得もできるはずだ。

 君はそんなことは気にしないと思うだろうが、

 この先、重要なことになるかもしれない」


「…お名前、つけてぇー…」と女子が懇願すると、「…不幸ちゃん…」と家忠がにやりと笑っていうと、女子は大いにホホを膨らませた。


家忠は笑いながらも謝ってから、「古風な名しか付けられんぞ」と家忠は言って、和紙と筆を出してすらすらと書いた。


「…さかい、おりん…」と女子は仮名の方を読んで、漢字を見て笑みを浮かべた。


半紙には、『酒井於凛』と書かれていた。


「本当の名はこの凛だけだ。

 前につける於は我らが星の流行りのようなものだ。

 だが呼び名としては凛ではなく、お凛と呼ぶという、

 少々変わった風習がある。

 本当の名を隠す、守るという意味もあるそうだ」


「…あー… なんだか高貴ぃー…」とお凛は言って笑みを浮かべた。


「我らは表立っては娘をそれほどかわいがってやれん人種なのだ。

 よって特に女子の名には、親から向けた愛があるものだ」


するとお凛はまたふくれっ面を家忠に向けたが、これはわがままと思い、「…愛されてるぅー…」と笑みを浮かべてつぶやいた。


「…照れくさくて言えんがその通り…」と家忠がそっぽを向いてつぶやくと、お凛は満面の笑みを浮かべて家忠を見ていた。


「…やさしくて強くて逞しくて賢い、お父さんが好きぃー…」


お凛が少しためらいながら言うと、家忠は大いに照れていて、そっぽを向いたまま頭を下げた。


しかしここは父として威厳を持って、「お前が認める者でないと嫁にはせん」と断言すると、「だったらいないよ?」とお凛はすぐさま答えた。


「おまえ… 俺の人としての幸せを奪うつもりか?」


家忠の言葉に、お凛は大いに慌てふためいてから、「…きちんと精査しますぅー…」と眉を下げて言うと、家忠は笑みを浮かべてうなづいた。


「ま、それなり以上に厳しい方が俺としては楽だからな。

 お前が母としたいと思えば言ってくれたらいいし、

 たぶんわかる」


お凛はスプーンを受け皿において、「…きっとバレちゃうなぁー…」と言ってうなだれた。


「だが、今はまだ旅の途中だ。

 旅の間に決めることはない。

 どれほど俺が好きになろうともだ。

 その時の俺の気持ちは、お前だけがわかるはずだ」


「…たっくさん魅力的な人がいたのに、誰も好きになってないぃー…」


「抑え込んでいるつもりはないが、

 旅を終えて思い起せば、その感情が沸くと思う。

 そして俺はその時に、覚醒も果たそうと思っている。

 例え、相手に嫌われたとしてもだ」


「…お父さんって、ほんと、厳しいね…」とお凛は眉を下げて言ったが、今は誇らしく思って胸を張って、残りのパフェを陽気に食べた。



店を出てすぐに、『ちょいと行くぜ』という幻影の懐かしく思える声が頭の中に響いた。


「はっ いつでもどうぞ!」と家忠は叫んで直立不動の姿勢になった。


すると、幻影だけではなく蘭丸もやってきたのだが、辺りを見回し始めたので観光目的のようだ。


「セルラ星を変えていると聞いてな。

 かなり貢献しているそうじゃないか」


幻影の言葉に、「行く先々で気に止まることが多すぎまして…」と家忠は眉を下げて言った。


「しかも、セイラ殿への試練はまさに脱帽だ。

 俺の弟子だったことを誇りに思うよ」


「いえ、まだまだ弟子でございます」と家忠は笑みを浮かべて言った。


「家忠を褒めたいこともあったが、

 俺の過去も気になってな」


「はい、それでしたら…」と家忠は言って、ガイドブックの地図を見せて、村の場所を伝えた。


「あ、飛んですぐだな。

 祭りかぁー…

 その日にも物見遊山に来るか…」


「…神の威厳が上がることかと…」という家忠の言葉に、「…もう、腹をくくったよ…」と幻影は気さくにだが眉を下げて言って、機嫌のいい蘭丸とふわりと宙に浮かんで、東に向かって飛んで行った。


「…探られてたぁー…」とお凛が言うと、「栗鼠になっていないからだ」という家忠の言葉に、お凛はすぐさま栗鼠に変身して、家忠の肩の上まで駆け上った。


「幻影師匠は何も言われないだろうが、

 蘭丸師匠は、言いふらすだろうなぁー…

 祭りの日は、我が琵琶家一同が勢ぞろいするかもしれんな…

 動物の神が坐から、確実に僕になるから、

 その時は人間でいた方がいいぞ」


『…そうするぅー…』と栗鼠は答えて、その身を震わせた。



このセルラ星の人間たちは、避けて通れば問題ないことは放っておく体質なのか、危機感をあまり感じられない。


やはり恐竜から人間に進化した者たちはよく言えばおおらかで、悪く言えばいい加減だと家忠は思い知った。


そしていい加減さの延長線上に戦争があることもわかっている。


もちろん、宗教戦争に似たようなものだろうが、そればかりではないだろうと感じる。


やはり誰が一番強いのかを確かめたいのだろうと、今の家忠はなんとなく感じていた。


多くの国を村や町にしてしまったのだが、やはりイルニー国には逆らうわけにはいかないようだ。


やはり強い存在は大勢いるし、パンダ勇者の件もある。


戦争の大半をパンダ勇者が止めたのだから、認めないわけにはいかなかったのだろう。


しかし時間が経てばその記憶は薄れ、鉱山を持っていた村長のように造反する者もあらわれる。


「…ガス抜きも必要か…

 さらには強者を知らしめる個人戦、とか…」


家忠は草原の食堂で、雲を眺めながらつぶやいた。


「…戦わない方がいいよぉー…」とお凛は眉を下げて言った。


「どうあがいても逆らえないことをはっきりさせておかなきゃ

 落ち着かないのではないかと思ってな。

 動物でいうボス争いのようなものだ」


「…うう… それは絶対必要ぉー…」とお凛は眉を下げて嘆いた。


「このアニマールで誰が一番強いのか。

 血筋だけではなく、本当に強い者が王となるべき、とかな。

 定期的にそれを見せつけること。

 この星に限って必要なのではないかと俺は思った。

 そうすればしばらくは落ち着くのではないだろうか…

 そして定期的にまた一番の強者の戦いを行う。

 王城はその証人ということで、強者を王にすればいいように思う。

 もちろん、火竜グレラスもこの戦いに参加させるわけだ」


「…勝てる人いないかもぉー…」とさすがに実態を見ているだけに、お凛は眉を下げて言った。


「それがセイラ殿であればいいと思ったんだよ。

 もちろん、ゼンドラド様でもメリスン様でもいいだろう。

 その強さを目の当たりにさせることが本来の目的だからな。

 誰もが絶対に逆らえないと思わせるほどの戦いを見せる必要があると思う。

 よって、部外者の俺の出番はない」


「…果物がおいしい村の住人って言ったよ?」


お凛の言葉に、「…しまったぁー…」と家忠は大いに嘆いた。



村の観光名所を巡って、宿を選定していたことろに、大荷物を抱え込んでいる幻影と蘭丸がやってきた。


ほとんどは果物のようだが、村民たちが作ったお菓子なども買っていた。


「…いやぁー、お恥ずかしい…」と家忠は言って、見慣れた紙袋を見入った。


「残念なのは、動物飴がなかったことだ。

 悪いが作ってくれないか?」


幻影の言葉に、家忠は大いに苦笑いを浮かべたが、作るとなると道具をそろえる必要がある。


「お前の村に戻ればいいだけ」と幻影は言ってにやりと笑うと、家忠は腹をくくって、「行って参ります」と言って頭を下げてから、猛然たる速度で東に向かって走って行った。



女将が喜んでいたのは束の間で、家忠は早速飴造りの準備をして、幻影に渡すものと店で売るものを作り上げて、早々に村を出た。


幻影と蘭丸は茶屋で微笑ましそうに話をしていたので、家忠は動物飴を手渡した。


「同じようなものでも材料が違えば大違いだからな。

 勇健の悔しそうな顔が目に浮かぶようだ」


幻影は言ってにやりと笑った。


「勇健はそれほど心は狭くありませんから」と家忠は言って笑みを浮かべた


「いや、根付の出来には驚いた。

 しかもこの動物飴の箱を開けなくても出来栄えは大いにわかる」


だが蘭丸がもうすでに開けていて、「…香りが全然違うわ…」と笑みを浮かべて言った。


「…祭りまでに、大量に作ることにします…」と家忠は大いに眉を下げて言った。


「ああ、頼んだよ。

 それから、支払いも頼む」


幻影は言って蘭丸とともに消えた。


家忠はまずは幻影たちの飲食代を支払ってから、コーヒーを注文した。


お凛はミックスジュースがお気に入りのようで、アイスクリームとともに注文した。


「…ぜいたくは敵だぞ…」と家忠が言うと、「食べられる時に食べるのが、動物の性だもぉーん」という言葉に、―― まさしく野生! ―― と家忠は思って脱帽して頭を下げた。


「おいしいものがないところに行って駄々をこねても出てこないから」


「…おまえ、大人だな…」と家忠がつぶやくと、「…体は子供ぉー…」と答えて大いにうなだれた。


しかし注文の品が来ると陽気に喜んだので、まさに子供だった。


すると今度は信長から念話が入って、すぐさま濃姫とともに家忠の体から飛び出してきた。


「…あら? この短期間に随分と成長したものだわ…」と濃姫が明るく言うと、家忠は頭を下げまくった。


そして信長と濃姫は家忠のお勧めをしっかりと食べて飲んでから消えた。


すると今度は、弁慶から連絡があり、沙織とともに異世界の茶店を楽しんで帰って行った。


「…きょうみしんしんー…」とお凛は言って大いに眉を下げていた。


「お凛はもう、琵琶家の家人のようなものだ」と家忠は言って、お凛の頭をなでた。


「私を見に来たの?」とお凛が目を見開いて言うと、「それしかない」と家忠は胸を張って言った。


「その証拠に、ここかとなりの村にしか出向かれていない。

 目的はお凛だけにあったはずだよ。

 特に、お師匠様方は簡単にお凛の正体を見抜かれていたはずだから。

 おふたりとも、動物を持っておられるから」


「…すっごく優しそうだったけど、厳しそうにも思ってたぁー…」とお凛は大いに眉を下げて言った。


家忠は支払いを済ませてから店を出て、夕暮れ間近の村を散策しながら宿を取った。


そして夕餉を取っていると、祭り解禁の第一号が、果物の美味しい村のフリルに決まったと報道があった。


もちろん、祭りの神の報道もあって、問題点は何もないと報道官はごく自然に伝えた。


よって、ほかの村でも、その村が信じている神で、天界に無関係の場合は受け入れられると報道したが、これは稀だという話だ。


ほとんどの村が、天界の神を崇めている場合が多いからだ。


よって祀る対象は火竜グレラスになるだろうという予測も語った。


「なかなか調べ上げたもんだ」と家忠が言うと、「…この村はどうするのかしら…」と仲居が眉を下げて言った。


「この村も天界の神を崇めているのかい?」


家忠が気さくに聞くと、「…はい… 商売の神のダフテ様です…」と眉を下げて言った。


「その神を創られたのが火竜グレラス様なんだから、

 こだわることはないように思うんだけど」


「…はあ… 今回初めて知りましたぁー…

 だけど、色恋沙汰で色々あったって聞いているので…」


―― こりゃ最悪だな… ―― と家忠は思って、大いに苦笑いを浮かべた。


「…まあ… あとはパンダ勇者くらいかなぁー…」と家忠が言うと、「あっ! そうそう! そのお方がおられたわ!」と仲居は大いに陽気に叫んだ。


多くの戦争を止めて、この星を平和に導いた張本人なので、グレラスよりも印象はいい。


だが、グレラスの色恋沙汰の相手がパンダ勇者なので、これは話すべきではない。


よってまたパンダ勇者が現れると、生き神として崇められる対象になるはずなのだ。


しかしさすがに、『命をかけて変身しろ!』などとは、天使でなくても決して言えない。


「パンダ勇者を見たの?」


家忠が興味を持って聞くと、「村人の半数ほどは目撃していて知っています」と仲居は笑みを浮かべて答えた。


「今の平和は、そのパンダ勇者の働きがあってこそだ。

 神として崇めても罰は当たらないと思うんだけどなぁー…」


「そうですよね!」と仲居は大いに陽気に言った。


「まああとは賛否両論あるだろうが、

 動物の神として君臨しているダイゾ、かなぁー…

 この星は動物の方が大切に扱われているからなぁー…」


「…そういった一面もありますぅ―…」と仲居は大いに眉を下げて言った。


「動物が村に降りて来る事件とかはないの?」


「時々あります。

 その時は食べ物を与えて追い返します…」


仲居は眉を下げて言った。


「…保護区の実りが薄い時もあるだろうからなぁー…」


「味を占めて居座る時もあるのですが、

 城の勇者たちが強制送還しますぅー…」


仲居の言葉に、家忠は大いに眉を下げて何度もうなづいた。


「…強制送還されちゃうぅー…」とお凛が嘆くと、家忠は愉快そうに笑った。


「その時はダイゾに許可をと取れば丸く収まるさ」


家忠の明るい言葉に、「よかったぁー…」とお凛はほっと胸をなでおろしてから、うまい食事をもりもりと食らい始めた。



この翌日、家忠は南の大陸に行こうと思い、いかだを海に浮かべた。


少々興味が湧いたのは、この星最強の動物だ。


その地だけは囲いを設けているようなので、気づいたら食われていたということはないらしい。


その範囲は直径百キロで、わずか五頭の猛獣しか暮らしていないそうだ。


よってこの猛獣の楽園ともいえる。


大陸を南下すると、運河のような幅の狭い海を渡って、あっという間に大陸に渡った。


ここから東にまっすぐに向かえば、メリスン・ランダ町に戻ることになる。


一度戻ってから、今度は東側から大陸の旅を続けようと考えたのだ。


この大陸と王都のある大陸はわずかだが陸続きとなっているが、別の大陸として地図にある。


そして南の大陸の方が、さらに鳥獣保護区が多く存在している。


村はあるのだが、今まで回った村よりもかなり質素な生活をしているようだ。


人口は少ないが、みんな働き者のようで、この地からの農作物の輸出が主な資金源となっている。


戦争が激化していた頃も、この地ではそれほど酷い戦いはなかったようだ。


イルニー城以外の城はすべて廃城となっているのだが、解体工事は行われず、城跡は荒れ放題で、ある意味動物の住処となっている場所も多くある。


まさに昨日まで戦争をしていたと言ってもいいほどに、捨てられている家屋などが痛々しく見えた。


巨大な猛獣の檻は東側にあるのだが、まずは西の端から回ることにして、適度に整備されている街道を歩いた。


「…静かだな…」と家忠はつぶやいた。


街道の道幅はそれなりに広いのだが、人の行き来がない。


陽も高く上りかけていて天気もいいので、人がいないことの方が妙に思える。


ガイドブックを見たが、特に変わった記載はなく、ほかの村々と同じように観光名所などが載っている。


ほどなく、この大陸の西から二番目の村に到着した。


人の気配はあるのに、街道には誰もいない。


そして、家忠を監視している気配も感じない。


よって村人たちは家に引きこもっているようだと感じた。


家忠は商店街を歩き、茶店を見つけたので入った。


客は五人ほどいて、全員がひとり客のようだった。


「おや? 旅のお方とは珍しい」と店主は愛想よく言った。


ここは話を聞こうと思い、お凛とともにカウンター席に座った。


メニューを見たが、北側の大陸の物とそれほど変わらす、家忠はコーヒーを、お凛はミックスジュースとケーキを注文した。


「北と比べて、やけに静かに感じるのだが」


家忠の言葉に、「ああ、だったらこのせいだよ」と店主は言ってテレビに指を刺した。


「ようやくこっちの配布も終わってね。

 物珍しいから、仕事や学校以外の時間は外に出ることはそれほどないようだ。

 それほどテレビを好まない人は、客としてここにいる」


「…なるほどな…」と家忠は言って何度もうなづいた。


よって、この店には家忠を知る者はいないかもしれないと思い、気持ちが楽になった。


家忠はガイドブックを広げて、「…このくぼ地はすごいな…」というと、「地底人が住んでいた、などと噂されちまったよ」と店主は言って愉快そうに笑った。


普通は湖になるはずなのだが、そうなならずに、底には川まである。


よって少々高台にあるのだ。


調査によれば、大昔は高い火山だったのだろうと予測として書かれていた


「…阿蘇と同じで、水蒸気爆発で山ごと吹っ飛んだか…」


家忠は言って少し笑った。


すると、『ゴゴゴゴゴゴ…』とう低い音がしたと思いきや、いきなり店全体が揺れた。


それなり以上に大きな地震だった。


だが、何かがおかしいと家忠が思っていると、揺れは収まった。


そしてさらに異様だったのが、店内にいる者たちは全く慌てていなかったのだ。


まるでいつものことと言わんばかりだった。


そして、店内の被害は皆無だったことにも家忠は食器棚などを見入った。。


「今のような地震が多いわけだ」と家忠が言うと、「もう慣れっ子だよ」と店主はごく自然に言った。


「となると、家などは地震に強いようだな」


店主は何度もうなづいて、「そうじゃなきゃ、安心して暮らせないからね」と答えた。


「…お凛はなぜ気づかなかった?」と家忠が聞くと、「気配を何も感じなかったぁー…」とお凛は悲しそうな顔をして言った。


「…となると、自然現象の地震ではないのか…」


「…うん… 起こる少し前に気付くよ?」とお凛は今にも泣き出しそうな顔をして答えた。


「まさか、あの浮島がここに埋まっているのか…

 時折起動して、今のように揺れを起こす、人工的なもの…」


家忠は大いに興味を持って、支払いを済ませて外に出て、辺りを見回した。


今の地震での被害は皆無で、地割れや陥没や隆起なども起きていない。


「地震は上下に激しいものだった。

 浮島が勢いよく浮かび上がろうとした、とか…」


「…うきしまってなあに?」とお凛が聞くと、家忠が説明すると、大いに驚いていた。


「…だったら、きっと気づかないぃー… よかったぁー…」とお凛はようやく納得してほっと胸をなでおろした。


家忠は城の出張所に行って、ゼンドラドと連絡を取りたいというと、係員は大いに焦っていた。


しかし電話を貸してくれて、なんとメリスンの店の直通のボタンがあったことに、大いに苦笑いを浮かべた。


そして電話をして、メリスンに事情と予想した事実を話すと、『幻影さんの得意分野よね?』と言ってきた。


「いいんですか?

 この星、琵琶家に占領されますよ?」


家忠の忠告に、メリスンは大いに焦って、『…別の人がいて助かったわ…』とつぶやくように言った。


「星の修復ができる方ですよね?」


『ええ、そうよ。

 大山勇気君、勇者よ』


メリスンの返答に、家忠は笑みを浮かべてうなづいた。


「しかし、なぜ手付かずなのです?」


『何も言ってこないから。

 そこには行かないし』


まさに正当な理由に、家忠は大いに苦笑いを浮かべた。


家忠は電話を切ってから、係員に地震の件を城に伝えていないのかと聞くと、「被害がないので」とお気楽な解答が返ってきた。


人間の知恵で天災を防衛できているので、何も起こっていないことと変わらないと言ったところだ。



家忠は外に出て、海岸まで行って船に乗った。


そして少し沖合まで出ると、「あっ!」とお凛が叫んで指を差した。


「村外れがきれいな湾曲を描いてるな…

 あの地下に、何かが埋まっているようだ」


すると、眉を下げたゼンドラドとともに、もうひとり男性がいた。


「降りてきてください!」と家忠が叫ぶと、ふたりはすぐにいかだに足をつけて、お凛が指を差している方角を見て、「…よくも今まで放っておいたものだ…」とゼンドラドは言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「現場に行きます!」と男性は言ってから、すっ飛んで行った。


家忠は渾身の力でいかだを漕いで、砂浜にいかだを突っ込ませてからお凛を抱いて全力で走った。


すると、眉を下げて空から男性が降りてきた。


いかだを漕いで走った方が、空を飛ぶよりも到着が早かったからだ。


しかし男性はすぐさま地面に手のひらをつけて、「直径百メートルの宇宙船」と断定した。


「この西10キロのところにある大きなくぼ地も、

 宇宙船が埋まっていたのかもしれません」


家忠の言葉に、「…まさか、あれか…」とゼンドラドは悲壮感漂う顔になり、すぐさま全部隊集合の指示を出した。


「以前、この南東千キロのところにある山に、

 宇宙船が突き刺さっているのを発見した。

 どうやらそのくぼ地は、

 あの宇宙船が埋まっていたあとかもしれない…」


ゼンドラドが嘆くように言うと、「…私はみなさんの無関心さに呆れています…」という家忠の言葉に、ゼンドラドは大いに眉を下げて頭を下げた。



ほどなく、数百名の能力者たちが集結して、小高い丘を取り囲んで、まずはセイラが巨大な結界を張って地面ごと持ち上げた。


すると、空気のある分が黒い霧に包まれ始めた。


「…悪だ…」と家忠がつぶやくと、「…経験積みだったんだね…」とゼンドラドは眉を下げて言った。


「さすがに出番はありませんでしたが、

 巨大などす黒い陸鯨と遭遇しました。

 それが厄災だと聞きました」


「…そういうこと…」とゼンドラドはため息交じりに言った。


ここからは天使の出番で、黒い霧を徐々に消していき、最終的には男性のらしき白骨死体だけが残された。


ゼンドラドの部隊はあらかたの作業を終えて、「星全土の調査だ!」と檄を飛ばした。


それほどして当然だろうと家忠は思って、ゼンドラドに挨拶をしてから村に戻った。


さすがに村人たちは外に出ていて、何が起こっているのか心配そうにして見ている。


「テレビを観ていた方が、正確な情報が流れるかもな」


家忠の言葉に、外には誰もいなくなった。



家忠は興味が失せていたが、村を通り過ぎて、観光名所のくぼ地に行った。


もしも自然界が創り上げていたとすれば奇跡だろうと思ったが、宇宙船が埋まっていたと思うとかなり微妙な感情だった。


すると、「あっ!」とお凛が叫んで、また指を差した。


「おまえ、人間のままだがいいのか?」と家忠が眉を下げて言うと、「…緊急事態だからぁー…」とお凛が恥ずかしそうに言うと、家忠は大いに笑った。


お凛が指を差した場所には、確かに何かがある。


宇宙船の残骸だろうと思いながらも、家忠は綱を用意して、二本の木に結わえ付けてから、くぼみの底に難なく降りた。


遊歩道はあるのだが、綱を伝って降りる方が断然早いからだ。


辺りは不規則な隧道だらけで、火山はあったと見受けられる。


そして南側の端に、金属辺らしきものを発見した。


それほど大きくなく、人型のお凛の身長ほどだ。


それを慎重に動かすと、その下に人工物の箱を発見した。


家忠は金属片と箱を風呂敷に包んでから、厄災退治現場に戻って、ゼンドラドに説明してから成果物を手渡した。


「…なんだか情けなくなってきた…」とゼンドラドは言って、勇者の男性、大山勇気に箱の中を透視させた。


「装飾品と手紙のようですね。

 あ、金属片は宇宙船のボディーの一部でしょう。

 埋まっていたようなので、今まで見つけられなかったのでしょうね」


大山勇気の言葉を受けて、「…観光地の穴も調査…」とゼンドラドは眉を下げて言った。


「ではこれにて」ともう用はないとばかりに、家忠は言って頭を下げてから村に戻った。



「…一緒に冒険したいぃー…」と食事の席でお凛が駄々をこね始めた。


「お師様に連絡して迎え」


「それほどでもないよ?!」とお凛は慌てて家忠の言葉をさえぎって、黙々と食事をとり始めた。


家忠には天使のように冷たい一面もあった。


テレビを眺めていると早速一報があり、城の中なのか、王からの言葉を流すようだ。


『…まだご挨拶すらまともにしていないのに、

 色々とお気遣いくださってありがとうございますぅー…』


カレン王は家忠にしかわからないことを言って、家忠を笑わせた。


そして詳細に今回の事態の説明を始めると、数年前にもあったことにテレビの中にいる人たちは大いに驚いている。


よって徹底調査をするという王の言葉に、星全体が動揺した。


誰にでも痛い腹は多少なりともあるものなのだ。


しかも、元神王のゼンドラドが陣頭指揮を執ることに決まっているので、まずいものが見つかればただでは済まないことは子供でも分かることだった。



この村には巨大な縦穴以外にも見どころがあり、この星で一番秀でた画家が住んでいたということで、村が運営する美術館に行った。


外装はごく普通の家屋でしかなかったのだが、中の様子はまさに美術館で、すっきりとした高級感がある。


そして絵を見た途端、―― ここにもお師様… ―― と家忠は思って大いに眉を下げた。


絵の筆運びはまさにそのものだが、出来栄えは今の方が格段にいい。


武道よりも芸術の方に大いに力を入れていたようにしか思えなかった。


そしてパンフレットをもらって顔写真を探したが、残念ながら載っていない。


「…わずか二十年の短い生涯…」とパンフレットを読んだ家忠は言って苦笑いを浮かべ、それが約七十年前だと知った。


幻影はこのアニマールの戦禍の中にいて、色々と修行を積んでいたのではないかと考えた。


家忠は城の出張所に行って、メリスンの店に電話をかけて幻影にこの事実も伝えてもらうと、早速幻影は蘭丸とともに、家忠の体から飛んで出てきた。


「…面白い…」と幻影は言ってにやりと笑って、美術館の場所だけを確認して、蘭丸とともに歩き始めた。


家忠はまだほどんど見ていないので、お凛とともに幻影を追いかけた。


「…ああ、そういうことか…」と幻影は何かに納得しながら言って、大いに考え込んでいる。


幻影としては懐かしく思うよりも、直近の前世などの確認を始めたようだが、さすがに限界があって、このように偶然に見つけない限り、その場に行くことは不可能だと思って、さも残念そうに眉を下げた。


「また気になったことがあればいつでも来るから」と幻影は気さくに言って、穏やかな蘭丸とともに美術館を出て行った。


「…また探られたぁー…」とお凛は大いに眉を下げて言った。


「ふむ… 相当に見込みがあるようだな…

 二度も探られることの方がおかしい…」


よって、お凛は家忠とは離れることはないと大いに自信を持って、まるで父にするように家忠に抱きついて満面の笑みを浮かべた。


展示物は風景画と人物画が半々で、どのようなものも描いていたのだろうと想像できた。


今が完成品とすれば、大いに納得できる秀作ばかりだった。


その中で同じ人物の絵が、別の場所に飾られていたことが少々気になった。


しかも、同じ人物が出てくる絵はこの二作しかない。


思い入れがある人物なのだろうと感じ、絵の中の女性を見たが、それほどに魅力がある女性とは思えない。


よって恋愛関係ではないとすれば、母親か姉妹だろうかと考えた。


―― …まさか、蘭丸師匠? ―― と家忠は思い、二枚の絵を子細に確認を始めた。


「お凛は二枚の絵から何かを感じないか?」と家忠が小声で聞くと、「…すっごく好き…」とお凛は言って、また家忠に抱きついた。


―― 親族に向ける好き、か… ―― と家忠は判断した。


家忠はすべての絵を子細に見たが、ほかには何もわからなかった。


そして美術館の学芸員に、作家の家族の話を聞くと、親と兄弟は生きていると聞いて目を見開いた。


そして居場所を聞くと、この隣の茶屋だったことに家忠は大いに眉を下げた。


すぐさま茶屋に行くと、幻影と蘭丸がいて手招きをされたので、すぐさま席を同じにした。


そしてこの店にも絵が飾られている。


注文を聞きに来た女性がまさに絵の中の人で、もう老人と言ってもいいほどだったが、身のこなしがやけに鋭く感じた。


―― …そうか、そういった憧れか… ―― と家忠は大いに察しながらもコーヒーを注文した。


「…勇者になりたいものです…」と家忠が言うと、この店の店主は、「おほほほほ」と上品に笑って、お凛の頭をなでてからカウンターの奥に消えた。


「…探られたぁー…」とお凛が嘆くと、「人気者だとでも思っておけ」という家忠の言葉に、幻影と蘭丸は愉快そうに笑った。


ついに蘭丸は我慢できなくなったようで、お凛に具体的なことを聞いたり、栗鼠に変身させたりし始めた。


「…俺の弟子…」と蘭丸が言い始めると、「…遠慮しておきますぅー…」とお凛は眉を下げて答えた。


「…ですが、なぜ、年相応なのでしょうか?

 勇者になれば年は取らないはずです」


家忠の疑問に、「自然に溶け込みたいから、今の姿は変身だろう」と幻影が答えると、大いに説得力があり、家忠は大いに納得して、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。


「今の俺は、姉ちゃんがいたからこそだろう。

 現世だけの俺の努力や資質だけでは出来上がっていなかったと確信した」


「はい、私も同じように感じています」と家忠は笑みを浮かべて答えた。


そして店主は注文の品を宙に浮かべて持って来て、お凛を大いに陽気にさせ、店主は隣の席に座って、「ちょっと休憩」と言ってから、家忠を見入った。


「有名人に来ていただいて光栄ですわ」


「いえ、私はここにいられる幸せをかみしめております」


家忠の返答に、店主は変身を解いて、絵のままの女性になっていた。


「だからこそ疑問があるのです。

 なぜ地震を放っておいたのでしょうか?」


家忠の責めるような言葉に、「…そうね、少々薄情ね… …葛藤はあったとだけ言っておくわ…」と若返った店主は大いに困惑の動揺をして答えた。


「…手を出していいものと悪いものがある…

 手を出せば大惨事にならなかったとはいえない」


蘭丸の言葉に、「もちろんひとりではその通りでしょう。ですがこの星には強い力が」と家忠は言った途端に気付いた。


「…そうか、反抗心がある…」と家忠は言って、店主に頭を下げた。


「…私は程度のものです…

 勇者になったって、それほど大したことでもないわ…

 どうして強い力を持っている者が全てを止めないのか…

 …パンダ勇者が来た時も、どうして今なのかって憤慨したほどだったわ…

 …私は何もできなかったのに…」


店主は言って、大粒の涙を流した。


「ま、そういう運命だよ、姉貴」という幻影の言葉に、店主は大いに目を見開いて幻影を見た。


「…よかった、よかった…」とお凛は涙を流しながらつぶやいている。


そして幻影はこの星で何度も転生を繰り返していた事実を語ると、「…私だけの弟じゃないぃー…」と店主は大いに嘆き始めた。


「そこから諍いが起ることは避けたいからやめてくれよ」


幻影の言葉に、「…守ってやるわ!」と当時のミラン・ゼンダの姉に戻って叫んだ。


「…時には遊びに来るし…」と幻影は言いながら、今の店主を素早く描き始め、完成して何度もうなづいて、立派な額縁を出して収めてから、店主に手渡した。


「…もっと美人に描きやがれ!」と店主は大いに泣きながら叫ぶと、蘭丸とお凛も大いにもらい泣きしていた。


幻影は店内を見回して、「生活には困っていないようでよかった」と安堵の笑みを浮かべて言った。


「この酒井家忠を差し出しやがれ!」と店主が家忠に指を差して幻影に向けて叫ぶと、「本人に言って」と幻影が大いに眉を下げて言うと、店主は真っ赤な顔をして家忠を見てうつむいてしまった。


「すべては旅を終えてから決めることにしているのです」


家忠の実直な言葉に、「…ああ… 王にも気に入られているお方なのに私ったら…」と店主は大いに赤面してつぶやくと、幻影は腹を抱えて笑っていた。


「王を嫁に取ることはあり得ません。

 この星に必要なのであれば特に。

 私はこの星に住むことは望んでいませんから。

 この星は私にとって冒険の星でしかないのです」


家忠の言葉に、「…なんとか、面倒見やがれぇー…」と店主は幻影をにらんでうなった。


「這い上がってくれば?」と幻影が気さくに言うと、「…この、冷たいやつめぇー…」と店主は大いにうなった。


「…酒井様、私はこの先、どうすればいいのでしょう?」と感情をころりと変えた店主が聞くと、家忠は大いに眉を下げたが、順当な道筋を要領よく説明した。


「…できの悪い、すぐ死にやがった弟よりも素晴らしく優しいわぁー…」


店主の言葉に、幻影はまた愉快そうに笑い始めたが、家忠は大いに眉を下げていた。


「店主は、蘭丸様に似ておられるが?」と家忠は蘭丸を見てから店主を見ると、幻影は大いに照れながら、「…あはははは…」と空笑いした。


「…姉ちゃんと結婚するなどとふざけたことも言っていましたわ…」


店主は昔を懐かしみながら言った。


「…シスコンとか言うやつだな…」と蘭丸が最近知った言葉を使うと、「…かなりあることは認めるよぉー…」と幻影は大いに眉を下げて言った。


「じゃ、また来るから」と幻影が気さくに言って立ち上がると、「…またっていつよぉー…」と店主が駄々っ子のように聞くと、「この星で真っ先に祭りの許可が下りた土地の… あ、フリルだ、そのフリル村の祭りの日」と幻影は具体的に言ったので、店主は返す言葉がなくなっていた。


「…この村も、何とか祭りをやらなければ…」と店主はうなり始めた。


「その時ももちろん来るから。

 俺が描いた絵を守ってくれてありがとう、姉貴」


幻影は穏やかに言って、号泣している蘭丸とともに消えた。


「…今から、攻め込んでいってやろうかしらぁー…」と店主がうなると、家忠は大いに眉を下げていた。


「気功術も?」と家忠が聞くと、「その修行中に勇者に目覚めましたぁー…」と店主は言ってはにかんだ笑みを浮かべた。


「やはり、進化の段階である程度強さも決まってしまうと、

 この地に来て思い知りました。

 パンダ勇者も恐竜人らしいので」


「まさか、正体をご存じなのですか?」と店主が興味を持って聞くと、「特に秘密ではないと思うのですが、公表はしていないんだな…」と家忠は困惑の苦笑いを浮かべた。


「ですが、これは伝えてもいいでしょう。

 イルニー王家のひとりです」


家忠の言葉に、「…やはり、イルニー家はそれなり以上の実力者の家なのね…」と店主は嘆いた。


「元から神グレラスとも関係が深かったとか。

 大昔の伝記に、働きやがれと言って、

 神に巨大な矢を射った姫もいたそうですから」


「…とんでもないお転婆だわ…」と店主は言って愉快そうに笑った。


「テレビの普及もあり、

 そのような歴史的な過去の話なども耳に入ることも多くなるでしょう。

 できればさらに平和になってもらいたいものです」


家忠は言って立ち上がった。


そして、「精算をお願いします」と家忠が言うと、「あらいけない、私ったら…」と店主は言って急いで立ち上がって、精算機に向かって走った。


家忠はお凛とともに外に出て、「栗鼠」とつぶやくと、お凛はすぐさま目を見開いて、栗鼠に変身して、家忠の肩に勢いよく登った。


「あまり人型でいると、野生を失うぞ」


家忠の言葉に、栗鼠は家忠の首に頭をこすりつけ始めた。



「…よく考えると面妖な…」と宿を取って部屋に入った家忠は、テレビ装置を見ながら嘆いた。


テレビ装置の中に燃料が仕込まれているのか、電気供給用のコードがない。


湯沸かしポットも同じで、どのような仕組みなのか全く理解不能なものばかりだ。


よって、街道には電柱も地面埋め込み式のハンドホールも存在しない。


さらには電気を造っている場所を見たことがなかった。


この疑問を解決しようと土産物屋に言って聞くと、何と神の奇跡だと言ったのだ。


神たちが燃料を供給して、電化製品などを動かしているという話だ。


だがそれをすれば、星を汚すことはまず起こらない。


温暖化の問題も起こるはずがない。


全てはまさに動物のためだけにあると、家忠は大いに納得した。


厨房はどうなっているのだろうかと思い、興味を持って素早く覗くと、ここは薪などを燃料にして直火で調理をしていたことに、大いに苦笑いを浮かべた。


そして風呂も同じで、薪をくべて直火で沸かしていた。


よって、比較的エネルギー消費が少ないものに限って、神の力を使っているようだと結論付けて部屋に戻ろうと思ったのだが、宿屋の茶店に入ってコーヒーを飲むことにした。


テレビがまだ珍しい者はかじりついていたが、特に旅人はテレビではなく仲間などとの会話が忙しいようだ。


中には一人旅をしている者もいるらしく、話し相手がいないので、テレビを眺めている者がほとんどだったが、ひとりだけ考え事でもしているのか、つむいている女性がいた。


「…ふーん… この星の人じゃないみたい…」と大きなフルーツパフェを食べながらお凛が言った。


「…あっ あの服装は、ロストソウル軍の軍服だ…」と家忠はすぐに気づいた。


よって家忠と同じようにして、社か黒い扉からやってきたのだろうと感じた。


「…ここじゃない別の星ぃー…

 …お父さんも、そっちの世界から来たしぃー…」


お凛は少し悲しそうに言った。


「…何があっても連れて帰るから安心しろ…」と家忠は衛を浮かべていうと、お凛は満面の笑みを浮かべてから、パフェをもりもりと食べ始めた。


武者修行にしてはそれほど堂々としていないし、逃げてきたわけでもないと感じた。


さらには傷心旅行というわけでもなさそうだと判断した。


ひとりになって穏やかに考えたいことでもできたのだろうと思い、家忠は声をかけることはやめることにした。


お凛がパフェを食べ終わったので席を立つと、偶然だろうが女性も席を立った。


うつむき加減だったので家忠と目が合うことはなく、女性は軍人らしくまっすぐに前を見て歩き始め、すぐに精算をした。


家忠は急ぐことなく、テレビに目を向けながら、立ち去っていく女性の背中を見ながら精算を始めた。


すると女性は忘れものでもしたのか、血相を変えて店に駆け込んできて、元いた席の隣の椅子から鞄を持ち上げてほっと胸をなでおろすような顔をして立ち去った。


「…別の星の軍人のようだが、旅なのかい?」と家忠が聞くと、「いえ、今のお客さんは城の出張所で働いておられるのです」と係員が気さくに教えてくれた。


「そんな制度もあったんだな…」と家忠は言って、係員に礼を言った。


「ほかの村や町でも、最近始まったそうです。

 出張所の役人は、腕力はからっきしなので」


―― それはいえそうだ… ―― と家忠は思って苦笑いを浮かべて店を出た。



家忠は部屋に戻ってガイドブックを広げて明日の予定を立てた。


お凛は栗鼠に戻っていて、もうすやすやと眠っていた。


明日の予定としては、この大陸の西の端までいかだで行ってから、最西端の村とその南にある町を巡ることに決めた。


見て回る場所は野生の花畑で、まさに天国のような場所のようなので、お凛が喜ぶだろうと思いながら布団に潜り込んだ。


すると、体感では感じないのだが、地面に何かをしているような気配を感じた。


そして思い当たる場所に意識を集中すると、それは箱を見つけた巨大な穴の底だろうという結果に至った。


よって、ゼンドラドたちはまだ働いているようだと思いながら、家忠は眠りについた。


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