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赤い幻影 akaigenei ~修行の旅編~      赤混成 akakonsei


   赤い幻影 akaigenei ~修行の旅編~



     赤混成 akakonsei



「また、変わったものもいたもんじゃ…」と、信長は長春が機嫌よく抱いているキメラを怪訝そうに見入って言った。


「…今の状態では、

 この子にとってあの地は過酷でしかなかったようです…

 かなりの実力者なのですが、体力的に少々弱っていました。

 今回、思い立って旅立って本当によかったと思っています。

 もしも今回行かなければ、

 この子とは二度と出会えなかったかもしれません」


藤十郎の言葉に、信長は何度もうなづいた。


「何よりも、藤十郎様の実力の程を体験できたことをうれしく思っております」


勇健の誇らしげな言葉に、「…むむ… しまった…」と信長は言って幻影を見た。


「兄ですから」という幻影の朗らかな言葉に、信長は大いにうなだれた。


「それほど変わったことをしちゃいないが…」と藤十郎が眉を下げて言うと、「…狙い打ちだったもぉーん…」という美麗の羨望を込めた言葉に、この場にいるほとんどの者たちが一瞬目を見開き、すぐにうなだれた。


「…ま、まあ… ある程度は必死だったが…」と藤十郎は戸惑いながら言って、朗らかに藤十郎を見上げている長春に笑みを返した。


「…もうよいよい… 迂闊じゃった我らが悪い…」


「影達様と武蔵様が戻ってこられるかもしれません」


勇健の言葉に、「…それはお前と美麗を含めてのことじゃ…」と信長は言ってにやりと笑った。


「…ほかにはおらんかったか?」と信長が藤十郎に聞くと、「状況から察してですが、まだまだいるはずです」と答えると、「…また行くぅー…」と長春が駄々をこね始めた。


「いや、しばらく時間をあけた方がいいはずだよ。

 ノスビレの方々がさらに落ち込んでしまわれる」


藤十郎の言葉に、「…その兼ね合いもある…」と信長は残念そうにため息混じりに言った。


「…神には近寄りがたいか…

 神側にそのような意識はないのじゃが、

 神である以上仕方ない…」


信長がつぶやくと、藤十郎は笑みを浮かべて頭を下げた。


「欲張るわけではありませんが、

 ここはゲイル様たちと話し合って、

 早々に救出に向かった方がいいものと察します」


幻影の核心を突いた言葉に、長春は目を見開き、藤十郎は納得したのか何度もうなづいた。


―― お師匠様はさらに一歩踏み込まれた… ―― と勇健は思い、笑みを浮かべて我が師匠自慢のように胸を張った。


「最終的に決めるのはライジン殿じゃ!」と信長は言って勢いよく立ち上がって、勇健と美麗をさらうようにして肩に乗せて廊下に出た。


「…俺とお蘭は出番はあるだろうが…

 …ほかは…

 まあ、がんばれ…」


幻影は大いに苦笑いを浮かべて言ってから立ち上がり、門下生たちの先頭に立って歩いた。



社から信長を筆頭にして琵琶家一門が姿を見せると、ライジンとゲイルが素早く立ち上がって出迎えた。


信長は要領よく要件を告げると、「…そうですね… 命を落とさせることは不本意です…」とライジンは決断して、信長に頭を下げた。


ここからは幻影の班と勇健の班の二手に分かれて、高台を目指して飛んだ。


もちろん、大勢で行くことで様々な弊害があることは考えられた。


まずはやはり、ライジンやゲイルたちが近づけばすべて逃げて行くことがよくわかった。


そして信長も同じ結果だったことに、「…根性なしどもがぁー…」と地団太を踏んで大いに悔しがった。


火竜に覚醒したばかりのコロナも同じで、やはり竜に対しては神でしかないと判断をするようだ。


もちろん、人型になっても同じで、昆虫すらいなくなるので、コロナは今にも泣き出しそうな顔をしていたほどだ。


そしてそれ以外の者たちだが、恐竜も猛獣も大いに吠え捲って、探索どころではなくなるので、幻影、蘭丸、勇健、美麗の四人だけが探索に行くことになった。


まさかの事態に、誰もが高台で大いにうなだれた。


もちろん長春が高台を降りてもいいのだが、全ての動物が手下になってしまうので、今回は高台から降りずに、藤十郎とともに眉を下げて待機しておくことにした。


もちろん菫も受け入れられず、健吾は大いに苦笑いを浮かべていた。


『うまそうなやつだ!』などと猛獣たちが一斉に言ってくれば、誰だって危うきには近づかないだろう。



四人は日が暮れるまでに丁寧に探索をして、五匹の動物の救助を終えて、ほっと胸をなで下ろした。


ほとんどが小動物だったのだが、勇健が認めた恐竜が一頭だけいた。


この地の恐竜にしては小柄で、素早さに特化している。


しかし、足に怪我をしてしまっていたので、真っ先に勇健に泣きついたほどだ。


ほかの動物もほぼ同じで、何らかの傷や、長い期間の疲れの蓄積なども確認できた。


もちろん長春が手下にしたが、やはり自然に寄り添うのは発見した者たちだった。


長春としては少しだけ不本意だったが、役に立ちそうな子たちばかりだったので、比較的機嫌はいい。


今日のところは日没で時間切れと誰もが自分自身に言い聞かせて、捜索活動を終えた。



翌朝は朝早くから探索に出た。


長春と健吾が鎧犬の堅武丸、ゴリラの剛、そしてキメラを含め八匹と話をすると、やはり探索は今の四人以外では無理だという回答を得た。


よって、『動物という括りの、猛獣、恐竜の首領的存在』でないと、大地が狂乱状態になるようだ。


人間と同じで、いきなり強い力の神が現れると、戸惑う以上に逃げ惑うようになってしまうし、首領以下であれば食料としての狩りの体制か縄張り争いの体制に入ってしまう。


順序立てて考えれば、生物の住む世界は皆同じであることがよく理解できる。



昼過ぎに、高台のある巨大な大陸はすべて探り終え、新たに三匹の動物を仲間にした。


昨日と同様に、人型に変身できる動物は皆無だった。


人型になれるほどに極められれば、自力で助けを求め、人間たちの仲間として寄り添うことが可能だろうと、この地で見つかったゲイルの側近たちが語った。


明日は巨大な大陸以外の探索をすることに決め、琵琶家は昨日と同様に砂浜の村に留まった。


もちろん目的はあり、見つけ出した動物たちとノスビレ村の住人たちとコミュニケーションをとらせるためだ。


そして喜笑星と右京和馬星を自由に行き来できるように、社の存在も教え込ませた。


こうすることで、ライジンとエカテリーナが苦情を言うわけにもいかなくなった。


動物たちにももちろん意思はあり、見つけた者たちだけでなく、気に入った者に寄り添うことはある。


見つけた者は親、あとで気に入った者は友人といった関係となる。


しかしそのような条件はお構いなしで、勇健にだけはかなり気さくに接するようになって、誰もが大いに眉を下げている。


勇健も今のところは命令などはせずに、したいようにさせている。


今はこの地が安全だと教え込んでいるようなものという理由もある。


しかし、神である長春が穏やかなので、動物たちもかなり落ち着いてきたので、興味が沸くとすぐに行動を移すようになってきた。


そして現金なもので、食事を与えた者の顔や匂いをしっかりと覚えているので、無視するような無碍な行動は起こさなくなってきた。


その中で、剛は困惑顔で蘭丸とエカテリーナを交互に見ている。


どうやらどちらも親友扱いで、大いに困惑しているようだが、社を使えばいつでも会えることを勇健が改めて話すと、剛はようやく落ち着いた。


「…認めてもらえた…」とエカテリーナは感無量となっていた。


「…ここにきて、完膚なきまでにやり込められた気分だよ…」とゲイルは大いに眉を下げて言った。


「…寄り添ってくれない…」とゲッタも大いに嘆いている。


動物たちから見て神に迫られることは脅威でしかないので、自ら動物たちに近づくとさらに畏れられてしまうので得策ではないことはわかっている。


よって、動物たちから寄り添ってくれることを待つしかないのだ。


しかし、ある程度、『神慣れ』している犬の堅武丸だけは、神たちの機嫌を取るように近づいて、犬らしく大いにおどけることだけが、ゲイルたちにとって救いでもあった。


しかし触れることはままならないようなのだが、ゲッタの妻のメルティーには大いに甘えてその腕に抱かれて丸くなって眠り込む体制を取ったことで、メルティーは大いに感動して、堅武丸の体をやさしくなでた。


「…ある意味、一番畏れるはずなのにぃー…」とゲッタが少し悔しがって言うと、「…悪すぎた反動なんじゃないの?」とメルティーは明るく言った。


「…克服するには、メルティー自身も大いに戦ったからな…

 …その苦労も見えたんだろう…」


ゲイルはこう言いながらも、眉を下げていた。


そして春之介と優夏が現れると同時に、動物たちが一斉にふたりに挨拶に行ったことに、ノスビレ村の住人たちは大いに眉を下げていた。


「こんなにいたんだ!」と春之介は陽気に、いつもよりも高い声で叫んで、動物たちの体をなでる。


条件としては、春之介は幻影とほぼ同じ条件なので、ゲイルたちにも理解ができる範疇だった。


そして新たな興味も沸く。


それは勇健が杞憂に思っている件だ。


しかし今のところは新たな変化は感じられない。


それは、勇健が全く意識せず、まさに子供として過ごしていることにある。


勇健としては、それを追求しないと決めていたからだ。


そして堅武丸が優夏に寄り添ってしまったことを、メルティーは眉を下げて少し悲しんだ。


堅武丸はさらにその手を離れて、春奈に向かって小走りに近づき、懇願の目を向けた。


「…え? なに?」と春奈は大いに戸惑って、勇健に懇願の目を向けた。


「一緒に走ってくれと、頼んでいるのです」という回答に、「ええ、いいわよ」と春奈は快く答えて、秀忠の腕を取って立ち上がって、人間のジョギング程度の速さで、陽気になって飛び跳ねている堅武丸を追いかけるようにして走った。


「…私の唯一の希望が…」とメルティーは言って大いにうなだれると、「…犬の優先順位がよくわかっていい…」とゲッタは眉を下げて言った。


よって、動物たちには自由が与えられ、好きに過ごしても構わないと、ライジンはため息交じりに言った。


しかしできれば、ペットのようにしてかわいがりたかったようだ。


ゲイルが興味を持って、さらに好かれる打開策がないかと長春に相談すると、「…怪獣の子だったら、たぶんなんとか…」という無碍な解答に、さすがのゲイルも苦笑いを浮かべていた。



一番に異変に気付いたのは勇健で、ゆっくりと立ち上がって、高くそびえ立っている東の山並みを見入った。


「どうしたの?」と美麗が言って立ち上がると、「そっちには動物の楽園があるんだ」とゲッタが答えた。


「どうやら、この子たちの存在を察知した同種がいるようですね」


勇健の言葉に、「…つれてきてぇー…」と長春は眉を下げて懇願した。


「様子を見てきます」と勇健は言って美麗とともに走って高い山の頂上を目指した。


するとふたりはすぐに戻って来て、「チュロスって名前に心当たりはありませんか?」と勇健が村にいる全員に向けて聞くと、ライジンだけが目を見開いた。


「…お菓子なら知ってるぅー…」と優夏が言うと、「…冗談では済まないようだぞ…」と春之介が真剣な目をして諫めた。


「…もう、七百年も前の話で、私の第一子だった子の名です…」


ライジンが悲しそうにつぶやいた。


「自分から名乗ってきたので驚いたのです。

 今、待ってもらっているのですが、

 一緒に行きませんか?」


ライジンは大いに動揺したが、夫のダビデにやさしく背中を押されて決心して、「行きます」と言って立ち上がった。


雷竜に変身して飛んで行ってもいいのだが、いきなりだと大騒ぎになるので、今の姿のままゆっくりと近づくことにして、ライジン、勇健、美麗の三人だけで山に登って行った。


「…一番上の姉ちゃん、だろうなぁー…」とゲイルが感慨深げに言うと、「…随分と近くにいて、随分と遠回りしたのね…」とエカテリーナは悲しげな顔をして言った。



「…ああ、間違いありません…」とその動物が確認できる場所まで来て、ライジンは涙を流して言った。


その小動物は兎のようなのだが、一番の特徴は長すぎるほどの耳だ。


その耳に何かあると、勇健は感じていた。


兎は一瞬逃げようとしたのだが、何とか留まって、ライジンとの距離を保って、ゆっくりと右往左往している。


「なにも困ることはないさ。

 君には決して危害は加えない。

 それに、君にもその理由が少しはわかっているはずだ」


勇健の言葉に、兎は動きを止めた。


「君が真っ先に言った君の名前は、誰がつけたんだい?」


『…お母さん…』と兎がつぶやくと、「たぶん、こちらの方がお母さんのはずだ」と勇健はライジンを見て言った。


『…お母さんって、すっごい人だったんだぁー…』と兎は言って、地面を確認するように、ゆっくりと飛び跳ねてやってきた。


「…チュロス…」と号泣しているライジンがつぶやくと、兎は金縛りにあったように動かなくなった。


しかしそれは一瞬で、すぐにまた飛び跳ねて、ライジンの足元まで来て見上げた。


「問題なさそうです」と勇健が言葉でライジンの背中を押すと、ライジンはしゃがんでから、兎を抱きしめて、「…チュロス… …チュロス…」と何度もつぶやいた。


兎は大人しくしていて、感情的にも穏やかだと勇健は感じていた。


勇健と美麗が踵を返して歩き出すと、ライジンは立ち上がって、ふたりのあとを追って、ゆっくりと歩き始めた。



「…また探してきて?」と涙目の長春が言うと、勇健は大いに眉を下げていた。


「…父ちゃんに頼んでくるから…」と幻影が眉を下げて言うと、長春の機嫌は直っていた。


兎のチュロスは長春の僕となったのだが、ライジンから離れようとはしなかったので、どうしてももう一匹必要になってしまったのだ。


やはり長く垂れ下がった耳が現実離れしていて、見た目にもさらにかわいらしく見えるのだ。


「…まあ… あの耳が武器なんでしょうけどね…」と勇健が眉を下げてつぶやくと、「…そうなんだろうなぁー…」と幻影も同意した。


チュロスはゲイルとエカテリーナにも問題なく寄り添うので、琵琶家唯一の願いが叶ったと誰もが喜んでた。


幻影は勇健と美麗をお供にして、春之介と優夏とともに、アニマールに渡った。


そのついでに、阿国もついてきて、獣人の姿になっているヤマとあいさつを交わした。


幻影が耳の長い兎の話をすると、「ああ、デモンビッタだね」とヤマは気さくに答えた。


「…なんだか、あまりいい印象がない名前…」と勇健が言うと、咲笑がそのプロフィールを宙に浮かべた。


「…かわいくないぃー…」と美麗が嘆くと、「…それって人間的美的感覚だよ…」とヤマは眉を下げて言った。


本来の姿は、ゴリラの剛と変わらず上半身は逞しく、勇健の想像通り、武器は長い耳だった。


そして特例として、チュロスと同じ姿の白い兎に変身するとあった。


「…見た目だけのかわいいらしい子を産むことはできるけど、

 それって自然じゃないんだよねぇー…」


ヤマが眉を下げて言うと、「…多分、穏やかな方で過ごせると思うけどね…」と幻影は自信なさげに言った。



すると、いつの間にか真っ白で耳の長い兎がいて、勇健を見上げている。


「うん、こんにちは」と勇健が兎を見て言うと、「…穏やかでよかったぁー…」と美麗がほっと胸をなでおろした。


「今の姿って辛いんじゃないの?」と勇健が言ったとたんに、美麗と阿国が逃げた。


『ううん、それは感じないよ。

 できれば、脅威に感じるものがない方がいいから』


兎の言葉に勇健は笑みを浮かべてうなづいた。


「少々怖い人たちがたくさんいるところに行くけど、どうする?」


兎は勇健を見上げたまま固まったが、『…守ってくれない?』と言ったので、勇健は兎を抱き上げた。


「怖くても、できれば暴れないでくれよ。

 耳で殴られたら痛そうだから」


『…うん、じっとしてるから…』


兎は言ってから、わずかながらに体に力を入れた。


勇健はヤマに礼を言って、幻影に続いて美麗とともに社に入った。



砂浜の村に出ると兎は大いに慌てたが、それは感情だけで姿を変えることはなかった。


そして長春の術が通用しないことに、長春はうなだれたが、勇健が言い聞かせると、快く長春に抱かれた。


「…ああ、かわいいぃー…」と長春は笑みを浮かべて言って、兎と藤十郎を交互に見て喜んでいる。


『…あー… そういうこと…』と兎は言って何かに納得していた。


そして辺りを探るようにして首を振って、耳を何度も立てたり下ろしたり上下したりしてから、東の山を見入った。


「そっちは危険だが、脅威がここに来ることはないよ」


勇健の言葉に、兎は納得したようで、勇健を見た。


そして懇願の目を勇健に向けると、「…うう…」と長春は短くうなって、兎を地面に下ろした。


もちろん長春にも兎の心の声は聞こえるので、希望通りに自由の身にしたのだ。


すると鼫の高願が大いに興味を持って、勇健の肩から飛び降りて、今更ながらだが挨拶を交わし始めると、女性たちと子供たちがじりじりと二匹に近づいて行った。


「まだ慣れていないので、触れない方がいいと思います」という勇健の言葉に、誰もがその場で止まって動かなくなったので、幻影が愉快そうに笑った。


すると竜人の子供たちが細く切った人参を手に持って、兎にやり始めると、琵琶家の関係者は大いに眉を下げていた。


ここはハイネが全員に人参を配ると、長蛇の列になっていた。


体は小さいが、人間の大人以上に食うので、やり過ぎてもそれほど問題はない。


兎はハイネを気に入ったようで、ハイネに付きまとうようになっていた。


「体に染みついた食い物のにおい」と幻影が眉を下げてうと、誰もが納得して眉を下げた。


ハイネは動く食材庫のようなものなので、ついてい行けば餌にありつくことができるとでも思っているようで、ほかの動物たちもハイネにはご機嫌を取るように必ず寄り添う。


よってハイネだけは動物抱き放題だが、さすがに厨房に入ると、遠慮するように躾けられている。


衛生上というわけではなく、調理人たちの動きが早いので、普通の動物ではその身が危険だからだ。


しかし特例はあり、「あら?」とハイネは言って、肩に飛んできた兎に笑みを向けた。


すると兎は神妙になり、自然に揺れるはずの長い耳を揺らさなくなった。


―― だから鼫君たちは… ―― と兎は思って、今は気を抜かないようにした。


「…働かなきゃいけないぃー…」とハイネの姿を見て、長春がいの一番に嘆いた。



この翌日に、様々なへき地を巡ったのだが、新たに雇った動物はいなかった。


よって、多くの使える動物たちを救えたことを喜んで、琵琶家一同は機嫌よく喜笑星に戻った。


砂浜の村との兼ね合いがあるのだが、巖剛が定期的に連れて行くようなので、それほど問題は起こらなかった。


あとは、かなり使える動物たちの成長を待つだけだ。


しかし、働かないまでも経験は重要なので、この翌日の朝餉後に、信長は久しぶりに不幸探査の術を放った。


「…ここは、不幸すぎるかもしれませんー…」と咲笑は星の地表の状況から察してすぐにその映像を出した。


「…ふん… 人間が動物に狩られる星か…」と信長は鼻で笑って言った。


まさに今までの文明文化のしっぺ返しのように、動物たちが反乱を起こして凶暴化したようだ。


人間たちは長い戦いの中で対応策を失くし、逃げ惑うだけでしか抵抗できず、動物除けの塀を作って、狭いその中だけで生活をしている。


そういった集落が五万と確認できた。


「道を開いたから調査してくれ」と幻影が長春に言うと、「…う、うん…」と長春は眉を下げて答えて、「…ひどい…」と言って涙を流した。


「泣くよりも報告が先だ!」


信長の厳しい言葉に、長春は泣きながら訴えた。


「たわけの術が使えるはずじゃ!」


「はっ! お願いします!」


幻影の言葉に、「このたわけらがぁ―――っ!」と信長はかなり手加減して叫ぶと、多くの動物たちと多くの人間たちが吹っ飛んで、その間に空き地という大きな道が出来上がった。


すると動物たちは目が覚めたように、身を隠すために、一斉に森に向かって走って行った。


幻影たちはこの近隣の立ち木を引き抜いて、枝だけを落として、空き地となった場所に隙間を造ることなく、木を突き刺して回った。


小さかった安全地帯がその百倍ほどとなったが、琵琶一家はそれほど喜ぶことはなく、重病人たちの命だけは助けて別の地に飛んで、何度も同じことを繰り返した。


しかし一番の問題は、悪の元凶が見つけられないことにある。


幻影は一計を案じてこの近隣の魂を探り始め、「脅威を察知して逃げています!」と信長に報告した。


「…見つからんわけじゃぁー…」と信長は悔しそうにうなった。


ここは幻影と蘭丸のふたりだけでその魂を追って、発見したとたんに、信長のたわけの術を発動した。


動物を操っていたのは人間の女性で、今は仲間のはずの動物は一匹たりともいなくなっていた。


信長の指示で、女性に近づいたのは、魔王となっている信長と悪魔の姿の濃姫だけだ。


「お前の想いはわかるが、お前も悪じゃ」と魔王がうなると、女性は反抗することなくうなづいた。


「その切欠は、お前個人のことが発端となっておるはずじゃ。

 その事情を話せ」


信長の言葉に、女性は身なりを整えて、少しうなだれて事情を話し始めた。


よくある話で、人間よりも動物だけを愛していたこの女性は、政府の指示によって、危険な動物の駆除の依頼を持ち掛けられた。


もちろん、この女性に拒否権はなく、多くの動物を人質に取られていた。


この瞬間に、女性は動物を操って、悪の元凶の役人たちを襲わせた。


もう止められなくなった女性は、まずは武器などを真っ先に使えなくして、すべての人間を抹殺するように、動物たちを操った。


まさに力のない人間たちは、動物から身を守ることだけに専念して、このような戦いが十年ほど続いたそうだ。


話を聞くだけ聞いて、魔王は何も言わなかった。


事情さえ知れば、この星を極力正常な状態に誘うことができるからだ。


よって信長は、人間と動物を完全に等分に分断するように命じた。


人間は十億人ほどいたそうだが、今は二千万ほどしかいない。


その工事だけを行って、琵琶一家は喜笑星に戻った。



安土城のくつろぎの間で、「…相変わらず… 今回も空しかったのぅー…」と信長は誰に言うでもなく言った。


「ですが、何もしなかったと思えば、今の方が数十倍は心は軽くございます」


幻影の言葉に、「おう、そうじゃな」と信長は言って、久しぶりに笑みを浮かべた。


「飯じゃ飯!」と信長が陽気に叫ぶと、ハイネは笑みを浮かべて真っ先に信長に配膳して口上を述べた。


そして最後に、「今回も御屋形様が大活躍でございました!」というハイネの明るい言葉に、信長は大いに眉を下げて好々爺となった。


「…さらにじゃ…

 今回も天使たちが大いに働いてくれた。

 あとでしっかりと願いは聞くからな」


信長の言葉に、天使たちは飛び跳ねるようにして喜んだが、一斉に阿国を見てすぐにうなだれた。


阿国は朗らかだが、羽目を外すことはそれほど好意的ではないので、天使たちが恐れる唯一となっている。


「母ちゃんも少しは羽目を外した方が自然だと思うけど?」と幻影が気さくに言うと、「私自身に甘くなることを恐れているのです」と阿国は言って薄笑みを浮かべた。


「愛される上司は、時には失敗する人らしいよ。

 俺もできれば、そういった上司でありたいね」


幻影の言葉に、ここにいる家老たちは感慨深くうなづいていた。


「幻影様の失敗など見たことがございません」と阿国が食い下がると、「この先はあるのかもなぁー…」と幻影は朗らかに返した。


「失敗ではなくても、

 さらにいい方法で出し抜かれるという事態がきっとあると思う」


幻影は言って、勇健を見た。


「その事態は、遥か先のことでございましょう」と勇健は笑みを浮かべて言った。


「まあ、よいよい。

 ところで勇健は、どれほど貢献したんじゃ?」


信長の言葉に、その詳細を幻之丞が出すと、「えっ?!」と誰もが叫んで、目を疑うようにして映像を見入った。


「…ふふ… やりよるわい…」と信長は言って何度もうなづいている。


「少々在庫を抱えていたので助かりました」と勇健が明るく言うと、「それも、貢献する者の特権のようなものじゃからな。日ごろからの心がけは重要じゃ」と信長は満面の笑みを浮かべて、勇健を絶賛した。


「幻之丞はどちらに軍配を上げる?」と信長が聞くと、「…比較対象が異質過ぎますが…」と幻之丞は言ってから、幻之丞なりの採点方法で、僅差で幻影に軍配を上げたが、咲笑は大いに眉を下げて、その逆の結果を出した。


「一対一で引き分けじゃ!」と信長は機嫌よく言って、空になったどんぶりをハイネに差し出した。


「むむ、やるな」と幻影は勇健に向かって言ってから陽気に笑った。


勇健は平和にする足掛かりを現地の住人たちにしっかりと植え付けたのだ。


そして、動物には怖い目に遭ったのだが、動物のぬいぐるみがその気持ちを大いに払拭させていて、すべてではないが、ある程度以上に軟化させ、動物飴を食べることで、気持ちの上だけでは動物に負けないという気概も植え付けた。


決して、偏見だけは持たないようにと尽力した。


戦っていたのは操られていた動物ではなく、動物を操っていた人間だったとしっかりと伝えたことも大きい。


もちろん、その一部始終を確認していて、幻之丞と咲笑が精査に分析して採点をしたのだ。


阿国は咲笑に言いつけてその一部の映像を見せてもらってから、「…天使たちの先生として雇おうかしら…」と言い始めたが、「その映像を教本として、今回の騒ぎについての決着方法の一例として見せればよい」と信長が言うと、「あら残念」と阿国は言ってから頭を下げた。


「幻影もそうじゃが、

 勇健を外から変えることは許さん。

 よって、天使たちの学士には不向きじゃ。

 しかと心得よ」


信長の比較的厳しい言葉に、阿国は薄笑みを浮かべて頭を下げた。


「…天使たちを泣かせちゃうのは、

 心が痛むからなぁー…」


勇健が眉を下げて言うと、天使たちの背筋が伸びていた。


「ちなみに…」と信長は言ってから、鋭い視線を阿国に向けた。


「我に従うか、ここを出て行くか、今すぐに決めよ」


信長の厳しい言葉に、「…ついに言われちゃったわ…」と阿国は言って、信長に深々と頭を下げて、「忠誠を誓います」と言った。


「わかった、雇ってやろう」と信長は言ってにやりと笑った。


「…そういえばそうだったわね…

 まあ… 好き勝手しないようにしておくことは重要だわ…」


濃姫は大いに感心して信長に笑みを向けた。


「…ふん! お前が蹴り飛ばせばいいだけじゃったがな…」という信長の言葉に、濃姫は大いに苦笑いを浮かべていた。


「蹴りと拳はあんた専用だったんだけど」という濃姫の言葉に、琵琶一家は誰もが戦慄が走っていた。


この先はそうではないと言ったに等しいからだ。


「…母がようやく落ち着きました…」と幻影は笑みを浮かべて言って信長に頭を下げた。


「上杉家も、我が琵琶家の旗本となった。

 阿国の手下は天使たちだけじゃがな」


信長の言葉に、天使たちはきちんと意味が解っていて、全員そろって頭を下げた。


「信幻はどうする?」と信長が聞くと、「まずは家老を探さねばなりません」と信幻が言うと、酒井家忠が大いに戸惑った。


「家忠はまずは自分の修行のために旅立て」と信幻が堂々と言い放つと、「…ほう、ようやくか…」と信長は言ってにやりと笑った。


家忠はこの日が来てしまったと思い腹をくくって、信幻と信長に頭を下げた。


「よって、臨時に姉を家老といたします。

 学校の仕事が手を離れ次第、

 どうか存分に使っていただきたく」


「おう、よう言うた。

 …ま、お志乃は少々戸惑っておるが別によい…

 最大級の杞憂はもうないからな」


信長の言葉に、志乃は眉を下げて源次を見た。


「胸を張って自慢できる妻だよ」と源次が言うと、志乃はホホを赤らめて信長に頭を下げた。


「…となれば、沙織はどうする?」と信長が沙織を見て言うと、「もちろん、お城のお仕事にも携わりましょうぞ」と、堂々と言った。


「…ですが、学校の副校長の話もあるではないですか…」と弁慶が眉を下げて沙織に言うと、「両方満遍なく携わります」と沙織は堂々と言って、穏やかな笑みを浮かべて信長に頭を下げた。


「…下についた者が少々かわいそうじゃわい…」と信長は機嫌よく言った。


「サルサロスの安土城ですが、

 仕官の頭数の手配はほぼ完了いたしました」


勝虎の言葉に、信長は笑みを浮かべてうなづいて、「さらに使えると判断すれば、城に仕えている全ての者を対象にして、選抜してこちらに連れてくればよい」という信長の言葉に、家老たちは大いに目を見開いた。


その中で幻影だけは笑みを浮かべてうなづいている。


「ワシが招聘した者よりも優秀と判断できる者もいるはずじゃからな。

 ここにいる者たちも、油断は禁物じゃぞ」


信長の言葉に、誰もが真剣な目をして頭を下げた。


そして信長は健吾を見て、「サルサロスでの木工細工はどのような反応があった?」と聞くと、健吾は大いに眉を下げて、「…趣味が合う顧客も多いようでございます…」と答えた。


信長は機嫌よくうなづいて、「急がずともよい。まずは松山の三号店を急がず開店させよ」と信長は穏やかに言いつけた。


「…動物の根付だけは、すぐにでも売ってあげて欲しいなぁー…」と美麗が眉を下げて言うと、信長は勇健を見て、「無理のない範囲で、法源院屋に卸せ」と命令すると、「はい、仰せつかりました」と勇健は笑みを浮かべて答えて頭を下げた。


「…まさか、もうすでに、市場調査をしておるとは思わんかった…」と聞いた信長が言ったので、幻影は愉快そうに笑った。


「後手に回るのも問題ですので、

 カタログだけ渡してあったのです。

 どのようなことが商売のネタになるのか、

 文明文化が違えていると想像がつきませんので」


幻影の回答に、「そうか」と信長は機嫌よく言って何度もうなづいた。


「…幻影から仕事を奪うのは、

 さて、誰になるのじゃろうかのぉー…」


信長の言葉に、誰もが大いに緊張していた。


―― 余計なこと言うなよぉー… ―― と勇健は笑みを浮かべている美麗を横目で見て考えていた。


すると美麗が姫に変身してすかさず、「近い将来、勇健様がそのお役目を賜ることになるでしょう」と予言するように言った。


すると信長はにやりと笑って、「いや、そなたがやれ」と命令すると、姫が大いに戸惑い、勇健は愉快そうに腹を抱えて笑った。


そして、「そこまで余計なことをやるとは思わなかった!」と勇健が叫んで大いに笑うと、幻影も信長もすぐに追従した。


「…ふふ… 美麗のままじゃったら、

 ただの子供の主張で済んだのにな…」


信長の言葉に、姫は大いに眉を下げてまだ笑っている勇健を見た。


「何も難しいことではない。

 勇健が製造に携われるものを

 どのように扱うのかを考えれば自ずと答えは出るし、

 勇健が売り歩く必要はない。

 そなたが貿易商として動けばよいだけじゃ。

 勇健は自分で製造の制限をかけたわけじゃが、

 その心持ちも尊重して、

 そなたは情報収集を進め、

 円滑に社会貢献に励め」


断わるわけにはいかなくなった姫は、大いに眉を下げて頭を下げた。


しかも、商売ではなく社会貢献という名目なので、拒絶の道はなくなったと言っていい。


姫は美麗に戻って、「…カタログ描いてぇ―…」と勇健に懇願した。


「…あ… うん、わかった…」と勇健は何かを確信したように答えて、この場で描き始めた。


しかもなかなかの詳細な絵で、四方八方から見ているように描かれているので、購入意欲をさらに上げるものになっていた。


「…今のところはこれだけ…」と勇健は言って絵に向かって笑みを浮かべた。


大分類は三種類で、動物の根付、整理箱、初歩的なからくり箱のみっつだけだが、種類数は百ほどあるので、商売として十分に成り立つ。


「…この絵のお盆を造ってくださいぃー…」とハイネから早速注文が入った。


その絵は、店で根付を入れる、美術品ともいえる彫刻が美しい箱だ。


「ああ、そうじゃ、膳もこれで揃えてくれ。

 漆は完成してから塗るが、どうする?」


信長の言葉に、「はい、分業していただくとありがたいです!」と勇健は笑みを浮かべて答えた。


漆職人の弁慶や源次は大いにやる気になっていた。


「もう商売ができそうじゃが、程々が重要じゃ」


信長の言葉に、勇健は笑みを浮かべて頭を下げた。


皿鉢料理用の大きな桶なども、同じ模様で揃えることになった。


「できる範囲で商品の希望も必要じゃが、

 ものによるから要注意じゃ。

 貿易商の都合がいいように仕向けることも覚えた方がよい。

 心根の悪い客には売る必要はないから、

 しかと心得よ」


信長の言葉に、美麗は大いに眉を下げて頭を下げた。


勇健は素材用として、盆や膳、重箱などの絵も追加して描いた。


さらに完成予想として、漆を塗ったと思わせる絵に、誰もがうなった。


そして漆職人たちの顔が歪んでいた。


今使っている膳などよりも、さらに高級感あふれるものになっていたからだ。


「…ふふふ… よいよい…」と信長はこの場の雰囲気を大いに感じで、機嫌よくつぶやいた。


「…お菓子箱もそろえで欲しいわぁー…」と濃姫が言うと、勇健は早速絵を描いて、女性たちを大いに陽気にさせた。


それは正立方体で、彫刻は美しいのだが、肝心の蓋の部分が見当たらない。


「からくり箱、じゃな?」と信長がにやりと笑うと、女性たちは大いに苦笑いを浮かべて眉を下げた。


「二手で開く簡単なものです」と勇健は言って、その説明も絵で表すと、誰もが大いに感心していた。


「いや、つまんで開けるだけではないところがよいのじゃ。

 開けている最中に思い留まることもあるじゃろうて」


まさに図星で、女性たちはさらに眉を下げていた。


ここはハイネが、考えられる食器などをすべて述べると、その種類が三十ほど増えていた。


そして茶道具に関しては大いに気合を入れて描き、まさに芸術品だと誰もが認めた。


「絵には表したが、これそのものを造れるのか?」と弁慶が大いに心配して勇健に聞いた。


「はい、自信のあるものだけを絵として表現して描いていますから」


勇健の言葉に、幻影が一番にうなづき始めた。


「例えば、私としてはまだまだ課題の欄間を描きます」と勇健は言って、新しい紙を出して、今までとは違い、かなり慎重に描き始めると、この時点で誰もが理解していた。


彫れる自信があるものは、絵を描く速度が数倍速い。


今描いている欄間は素晴らしいものだが、やはり所々に戸惑いが見える。


よって、まだまだ修行不足と言わんばかりだったのだ。


「彫っている感情そのままに絵を描いていると言っていいわけだ。

 自信がある作品だったら、

 目をつぶってでも同じものを描ける程だろうな」


幻影の言葉に、―― それは… ―― と誰もが思って眉を下げたが、「はい、間違いなく描けるでしょう」と勇健は胸を張って言って、源次に目隠しをしてもらって、熊の根付の絵をすらすらと描き始めた。


全く同じ絵が五つも並べば疑いようがない。


しかも、描いた位置も均等で、等間隔に正確に並んでいて、上下のぶれもない。


さらには下段にも書き始め、同じ熊の絵が二十並んだので、誰もが、「…はぁー…」とため息をついた。


そして新たな紙を出して、今度は美麗の似顔絵だけを二十並べると、子供たちと天使たちは大いに陽気になって拍手を送るほどだった。


「…たまには、大道芸もよい…」と信長が機嫌よく言うと、「あ、それは思い至りませんでした」と勇健は言って目隠しをしたまま頭を下げた。


まさに比較的気軽にできる大道芸で、特に落ち込んでいる子供たちをすぐさま陽気にできるだろうと幻影は考えて笑みを浮かべたのだが、「…弟子だと胸を張れん…」と大いに嘆いた。


「…あははは…」と勇健が空笑いすると、「すべて、この母に任せなさい」と菫は覚悟をもって勇健に告げると、勇健は目隠しを外して、真剣な目を菫に向けて頭を下げてから幻影に頭を下げた。


「どうか、また弟子にしてください」


勇健の言葉に、「もちろんだ!」と幻影は陽気に答えて、勇健の肩を何度も叩いた。


信長は笑みを浮かべて機嫌よくうなづいていただけだった。


「この母にも任せなさい」と濃姫が言うと、「この母にも任せろ!」と蘭丸は大いに慌てて叫んだ。


勇健はふたりにも満面の笑みを向けて、「どうか、よろしくお願いいたします」と丁寧に言ってから頭を下げた。


「萬幻武流については、免許皆伝を言い渡す」という幻影の言葉に、勇健は大いに戸惑ったがすぐさま頭を下げた。


「すでに美麗が弟子のようなものだし、何も問題はないからな。

 もちろん、この程度で勇健が納得しないことはわかっているから、

 師匠からの最大の試練が免許皆伝だ」


幻影の説明に、勇健は感慨深く思い、「萬幻武流の名を汚さぬように、日々邁進する所存でございます」と口上を述べた。


「じゃ、これ」と幻影は気さくに言って、勇健に片手剣と盾を差し出した。


勇健は大いに喜んで、美術品でしかない剣と盾を手に取って、涙を流すほどに感動した。


「剣は茜姫、盾は菫姫だ」


幻影の名づけの妙に、勇健は剣と盾を丁寧に畳に置いて、両手をついて頭を下げた。


「…物理的には守らなくてもよさそうね…」と菫は盾を見て言って笑みを浮かべた。


「…いいなぁー…」と美麗は大いにうらやましそうにつぶやいた。


「美麗の武器はこの先、勇健に打ってもらった方がいいだろう。

 勇健は今後、刀鍛冶の弟子にもなってもらうからな」


幻影の言葉に、「はい! 光栄に思います!」と勇健は満面の笑みを浮かべて答えた。


「鍛冶仕事の免許皆伝者はまだいないし、

 弟子も一握りだから、もうしばらくしてから、

 大いに奮起して欲しい」


幻影は言って弁慶たち兄弟を見た。


もちろん、勇健は無理なことは考えず、笑みを浮かべて幻影に頭を下げた。


「…ワシも弟子に試練… 何か簡単なことでも…」と信長は大いに慌てて考え始めた。



勇健は生活をそれほど変えなかった。


学校には行くし、友人たちとも大いに遊んだが、わずかばかりに木彫だけ携わる時間を増やした程度だ。


そして幻影から授かった剣と盾を持っての素振りも忘れてはいない。


幻影から授かった武器は誰もが敬意を表して、『魔剣』と呼んでいる。


まさに言葉通りでしかなく、人間でしかない弁慶と源次は、とんでもない剣風をぶっ飛ばすので、冗談でも魔剣を携えて相対することはないし、それぞれの修練場を持っているほどだ。


勇健もその広場を幻影に与えられて、その場所で剣と盾を振るっている。


そして急ぐことなく、阿国連撃を出した瞬間に考え込んだ。


そして地面を見ると、妙な紋様が浮かんでいたことに苦笑いを浮かべたが、木彫として彫ろうなどと考えたようだ。


それよりも着物が裂けると思って、脱いでから常に身につけている鎧姿となった。


勇健はひと抱え程ある立方体の岩を縦横に三つ積んで、その前に立って苦笑いを浮かべたが、真剣な目になって、半分程度の力で阿国連撃を繰り出した。


それと同時に岩から離れ、盾を身構えると、岩が、『ガラガラガラ…』と積み木のように崩れ落ちた。


そして勇健は工房から岩の圧縮装置を持って来て、まるでパズルのようにして組み上げて、装置に入れた。


そして隙間に土を埋め込み、気功術で体を大きくして力を込めて、岩圧縮装置の取っ手を力強く引いた。


すると内部は一瞬にして高温となり、岩は真っ赤になって、元通りの形になっていた。


この方法であれば、剣術を鍛えるついでに、体力的なものと気功術も鍛え上げられて、一石三鳥ほどの効果があるし、それほど肉体が悲鳴を上げることはない。


「…根付、作ってぇー…」とかなり離れている場所から美麗がつぶやくと、「お願いが多すぎるって思うんだけど?」と声が聞こえていた勇健が言うと、美麗は聞こえていないと思っていたのか、大いにあたふたとした。


「そういえば、特別な存在は現れてないよね?」と勇健が着物を着ながら言うと、「…努力は一日にして成らずぅー…」と美麗はつぶやいた。


勇健は笑いながらも修練場の整地をして、道具などを手早く工房に運んで、美麗とともに木材加工店に行った。



勇健と美麗は居場所を確保するために、木くずなどを手早く片付けてから、作業用の椅子に座って、笑みを浮かべて動物の根付を彫り始めた。


そして、根付を収める陳列箱も、地面に剣風でできた模様を刻み込んだ。


実際に木に彫ると、なかなか出来栄えがよく、勇健は笑みを深めて何度もうなづいて、根付を手早く収めると、「変わった模様だな」と健吾が言った。


その弟子たちも師匠とともに見ていて、羨望の眼差しで勇健を見ている。


「剣風でできた地面の模様だよ。

 いい作品になったと思う」


「琵琶様用に、何か作った方がいいかもしれねえなぁー…」と健吾は言って自分の作業に戻った。


勇健は箱をみっつ造って、全てに根付を収めてから考え込んだ。


美麗が箱を見て、「卸してきていい?」と聞いてきたので、勇健は快く肯定した。


―― 常に身につけているもの… ―― と考えたのだが、女子に関しては思い浮かんだが、男子用には思い浮かばない。


よってまずは試しに、女子用に櫛を作り上げると、「…強くなるんじゃないかな…」と苦笑いを浮かべて言った。


―― 琵琶様用… ―― と勇健はまた新たに考えて、懐に手を入れて大きさを計った。


そして小さな木片に、模様を刻み込み始めた。


それが百ほどできてから店を出て、阿国を探すと、寺でのお勤めの最中だったので、まっすぐに寺に向けて歩を進めた。


本堂には、もちろん大勢の天使たちもいて、今は手を組んで祈りを捧げている。


勇健は最後列に座って、瞳を閉じて手を合わせた。


しばらくして阿国の経が終わり、「勇健様、どうされたのでしょう?」と阿国が聞いてきたので、勇健は彫り終えたばかりの小さな木札をひとつとって阿国に渡した。


「…面妖な…」と阿国は言って眉を下げたが、「わかりました、御祈祷いたしましょう」と言ってから、整理箪笥からお守り袋を持ってきた。


阿国は木札を一枚一枚手に取って、入念に祈祷を施して、天使たちが木札をお守り袋に収めていく。


阿国がお守りの箱を勇健に差し出すと、「琵琶様の関係者用です」という勇健の言葉に、「…そういうことでしたの…」と阿国は笑みを浮かべて言って、天使たちに配ってから、自分も手に取って懐に収め、勇健にも渡した。


「皆様に配ってまいります」と阿国が言うと、「はい、ありがとうございます」と勇健は満面の笑み浮かべて言って頭を下げた。


勇健は阿国たちを見送ってから、お守りを懐に入れると、「…ん? 温かい…」とつぶやいて笑みを浮かべた。


―― あ、渡すの忘れた… ―― と思って、櫛をひとつ出した。


―― 天使たち用にも… ―― と考えて、勇健は立ち上がって、とんでもない速度で走って木材加工店に戻って、様々な種類の櫛を作り上げた。


そして動物たち用にも装飾品のようなものを作り上げると、「…鬼気迫るものがある…」と健吾が真剣な顔をして言った。


決して悪い意味で言ったわけではなく、大いに感心していたのだ。


「ちょっとあってね」と勇健は意味ありげに言って、作り出した櫛などを異空間ポケットに入れ込んだ。



勇健はまずはお守りを造ってもらった礼として、くつろぎの間にいた阿国と天使たちに櫛を渡すと大いに喜ばれた。


そしてまずは勇健の母である菫、濃姫、蘭丸の三人に櫛を渡して、女性と女の子たち、そして動物たちの首に小さな絵馬のような魔除けのような装飾品をぶら下げると、真っ先に反応が出たのが動物たちだった。


どの子も背筋を伸ばしたようになり、動きがやけに機敏になったことがありありとわかる。


しかし無理をしているわけではなく、今も自然だと勇健に言ってきた。


よって、勇健が装飾品を外すと、大いに嫌がった。


そして返してくれとせがむのだ。


「…何の効果なんだろ…」と鼫の高願に装飾品をつけながら言うと、『わかんないけど、これがいい』と機嫌よく言った。


すると、健吾たちがやってきたと同時に空気が変わった。


「…む?! そういうことかっ!」と信長は言って、懐に手を当てた。


明らかに、動物たちが健吾たちから距離を取ったのだ。


阿国が健吾たちにもお守りを渡すと、緊張した空気が解け、今まで通りの空気に戻った。


「…これは面白い…

 勇健は家族の絆を作り出したと言っていいようじゃ」


信長が笑みを浮かべて言うと、「…はい、それは感じました…」と勇健はつぶやいてから、小さく頭を下げた。


「…ですが、問題が大いにあります…」と勇健が眉を下げて言うと、「…まずはあっちの安土城とノスビレ村じゃな…」と信長も眉を下げて言った。


動物たちがノスビレ村に行った場合、今までとは違って、一般的な動物の距離を取ろうとするはずなのだ。


よってお守りを渡す必要があるが、その事態に直面してからでもいいと、信長は機嫌よく言った。


そしてお守りを持っている者が、お守りを持っていない者を察することができたのだ。


よって誰もが、ちょっとした能力者のようなものになっていたことを、まだ覚醒していない者たちは特に大いに喜んだのだ。


「…覚醒後の世界を、わずかだが体験できる優れものだなぁー…」と幻影が機嫌よく言ったので、勇健はほっと胸をなでおろして、笑みを浮かべて頭を下げた。


「お食事の後に、お守りを五百ほど作っておきます」


勇健の言葉に、信長も阿国もすぐさま賛同した。


阿国は、わずかでも勇健とともに仕事ができることを喜んでいたのだが、「…うう…」と美麗がバツが悪そうにして小声でうなった。


勇健はすぐに気づいて、「…まさか、全部売り切れた?」と美麗に聞くと、「…お金持ちぃー…」と言って、美麗は根付を売った稼ぎを勇健に渡した。


勇健は受け取った卸した代金を菫に渡して、美麗を見ると、「…まずは、法源院屋さんの関係者だけで半分売れちゃったのぉー…」と美麗は眉を下げて言った。


「…商売人としては問題だけど、僕だって同じことをしそうだ…」と勇健が言うと、美麗はほっと胸をなでおろしていた。


「だからね、約束なしの予約を取ってきたんだけど…」と美麗は言って、個人別に記載のある予約用紙を出した。


勇健がパラパラとめくると、「…二百ずつ程度で助かった…」と勇健は明るい笑みを浮かべて言った。


「…あ、あとね、収めていた箱が大問題になっちゃって…」と美麗は言って、その事情を話した。


法源院屋の店主は初めから眼をつけていたので売るつもりはさらさらなかったが、妙に高値で売ってくれと言った客が大勢いたので、「今は売りません」とだけはっきりと答えた。


そして知らない客のために、竜神木材加工店のすでにもらっていたカタログと今回美麗にもらったカタログを見せた。


そして、サルサロスの安土城下にこの店ができた時に売るかもしれないと言ったのだ。


問い合わせてきた客の半数は、ほぼ理解していたので話は早かった。


そして店主は、美麗から聞いた勇健の思惑も話した。


「…まずは、子供たちから…」と客たちは誰もが大いにうなだれたが、もちろん悪態をつく客はいなかった。


話を聞き終えた信長は顔を上げ、「まずは店だけを構えよ」と言って、その詳細を語ると、健吾も勇健もほっと胸をなでおろした。


その方法は、近日開店として、一品ずつ商品を並べる手段をとる案を述べたのだ。


よって販売はせずに、木材加工博物館を建てるようなものだ。


そして準備ができ次第、販売を解禁する二段構えを取った。


すると勇健は紙を出して、すらすらと絵を描き始めて、誰もをもうならせた。


竜神木材加工店の各職人の作業風景を切り取った絵だ。


ちなみに、勇健の姿の絵は、文化祭での人気投票第二位の写真をそのまま紙に描き写した。


「…これもなかなか…

 特にマリアと勇健…」


真っ先に名を呼ばれたマリアは大いに赤面していた。


「できれば、志を同じにする子供たちを勧誘できればと考えました」


「よい宣伝じゃ!」と信長は叫んで、手放しで勇健を褒めた。


「…絵も、お勉強しなきゃ…」とマリアは眉を下げて言った。


「やり残しがよくわかっていいです!」と勇健が明るく言うと、「…お、おう…」と信長は大いにバツが悪そうに答えた。


もちろん、竜神城の建設と同様に、誰にでも目がつくようにしておけば忘れることはないし、誰かしらが催促してくるはずだからだ。


ここはまずは食事を摂ることにして、穏やかな時間が流れた。



食事のあと、正式には三軒目となる竜神木材加工店がサルサロス星の安土城城下町に出現すると、誰もがこぞって入店してくる。


そして、『約束できない予約表』があることを知って、誰もが眉を下げながらも書き込んだ。


ここは能力者である信長たちが、その用紙から想いを知ることができるので、大いに役に立つのだ。


最低でも書き込まなければ手に入れたいという想いは届かないので、全く思惑のない低年齢層が中心に書き込んでいく。


記載方法は商品名と予約者の氏名や年齢、そして商品に対する想いを書く欄もある。


勇健は回収してきた予約表を見て、笑みを浮かべながら選別をする。


その動きを美麗が目で追っていて、「どうしてそれがダメな方なの?!」と叫んだ。


すると勇健は美麗が指を差した用紙を信長に渡すと、「転売」とひと言で言って、美麗を撃沈させた。


「言葉に惑わされるなって、前に言っておいたじゃん」と勇健が言うと、信長と幻影は腹を抱えて笑った。


「…言葉じゃなくてこれは文字ですぅー…」と美麗は歯を剥いて大いに悪態をついた。


「…さすがに、表面に出さんやつはまだまだいるようじゃな…」と信長は言って眉をひそめた。


「ですが、その用紙に限っては、

 どうやら本人の意思ではないように感じます」


幻影の言葉に、「…そうか、親兄弟の想いも流れておるか…」と信長は言って憤慨した。


「…家族全員が平和というのも案外ありえない…」と勇健は眉を下げて言った。


「…私が言われているようで、なんだか嫌だわぁー…」と美麗が嘆くと、勇健は愉快そうにけらけらと笑った。



「…それ、よく読めたわね…」と美麗は言って、落書きでしかない予約表を見て言った。


商品名と氏名などは親が書いたようだが、記載欄に絵のようなものが描かれている。


「熊だよ」という勇健のさも当然のような言葉に、「…絶対に子供たちに好かれるわぁー…」と美麗は眉を下げて言った。


そして菫を見るとすぐに視線を外されたが、「熊に見えたの?」と美麗が催促するように聞くと、「…そうとしか思えないじゃない…」と菫は比較的堂々と小声でつぶやいた。


信長たちは、小声で腹を抱えて笑っていた。


「それにこの子は商品じゃない別の熊を描いているんだ」と幻影は言って、マックラ国王の肖像画を描いて、誰をもうならせた。


「…絵の方が立派じゃ…」と信長がつぶやくと、幻影は我慢しきれずに大声で笑った。


「本物に会ったから間違いないよ」という勇健の言葉に、「…さっぱりわからないぃー…」と美麗は大いに嘆いた。


「じゃ、この子のは商売抜きで作ろう」という勇健の言葉に、信長は笑みを浮かべてうなづいた。


そして勇健はすらすらと絵を描いて、「こう描きたかったようです」と言って、マックラ自身ではなく、さも獰猛そうな羆の絵が描かれていた。


「どうやら国王が怒っていた姿を見て、

 動物の方を連想したのでしょう。

 この子にはなんらかの見込みがあるように思うのです。

 …ひょっとしたら、王国の関係者かなぁー…」


勇健の言葉に、「商品名と名を書いたのはお菊じゃ」と信長は断言した。


「…ああ、店番をお願いした方におられました。

 …すごい方もおられるようですね…」


勇健は言ってベティーを見ると、「正解じゃ」と信長は機嫌よく言った。


それほどでないと琵琶家だけでは平和を維持できるのは無理と、勇健はこの喜笑星に来た当時からを振り返って懐かしく思い起した。


最終的には勇健の好意で作り出すのは商品が三十とそれ以外がひとつだけだった。


まずは、正規商品の根付を百ずつ造り上げて、進呈物を作り上げると、「…色々と負けてきたなぁー…」と健吾は言って眉を下げた。


「僕なりの修行だよ」と勇健は明るく言って、今作り上げたものを抱えて、美麗とともにサルサロス星に渡った。


予約表の商品とは別に卸してから、三十の予約表と商品を法源院屋に預けた。


店先に、『竜神木材加工店予約入荷』の看板が上がって、予約表にある名前だけが書かれている。


購入する意思があれば、法源院屋に申し出ればいいだけだ。


ひと仕事終えた勇健と美麗は木材加工博物館に行って、お菊を発見した。


「これって、お菊さんが書いた予約表ですよね?」と勇健は表を見せてお菊に聞くと、「…さすがです…」とお菊は眉を下げて言った。


「いえいえ、素晴らしいのは御屋形様です」という勇健の言葉に、「…悪いことはしてないに、悪いことをした気分…」とお菊は少し嘆いたが、勇健が予約表の商品を見せると、目を見開いて固まった。


そして、「…こっちの方が男前ぇー…」とお菊が惚れ直したように言うと、勇健と美麗は愉快そうに笑った。


「学校が終わって、こちらに向かっている最中ですわ」とお菊が言うと、美麗は外に飛び出した。


そして犬の獣人の男子を見つけて、「ケン君ね?」と美麗が聞くと、「あっ! お店のお姉ちゃん!」とケンは満面の笑みを浮かべて言ってから、丁寧にあいさつをした。


美麗はケンと手を繋いで店に駆け込んだ。


ケンは、「お母さんただいま!」とまず言ってから、勇健を見て満面の笑みを浮かべた。


「これでいいかな?」と勇健が言うと、「…ダメだったら私がもらっちゃうからいいぃー…」とお菊は言ってホホを赤らめた。


「…うわぁー…」とケンは言ってから、勇健の作品をまじまじと見入って、満面の笑みを浮かべて、その顔のまま勇健を見て、大いに礼を言った。


透明のケースの中には、木彫が二作あり、雄々しき羆と、相対するような優しそうな獣人のマックラがいる。


そしてこの作品も、博物館の展示物となっていた。


ケンは嫌がることなく、「お父さんだよ!」と自慢するように明るく言う。


そんなケンをお菊は優しく抱きしめた。


すると、城下町が騒がしいと思っていたマックラが視察にやって来て、木材加工博物館に入って来て、その中心にケンがいたことに大いに驚いている。


勇健は朗らかにマックラとあいさつを交わして事情を説明すると、「…お恥ずかしい…」とマックラは大いに照れていた。


「この城下町が今のように安定するまでは、怒ってばかりでしたからなぁー…」


マックラの言葉に、勇健は笑みを浮かべてうなづいた。


「ケン! よかったな!」とマックラが叫ぶように言うと、「うん! お父さん!」とケンは満面の笑みを浮かべて答えた。


しかしほかの客たちは、つまらない欲を出すとマックラに怒られると思い、拝むようにしてマックラの木彫に手を合わせた。



すると、少し憤慨している雰囲気を醸し出している少女が店先に現れた。


「…あいつ、何を怒ってるんだ?」とマックラがすぐに気づくと、「…お嬢さんの希望は保留にしたからです…」と勇健は眉を下げて言った。


「…相変わらず素直じゃないヤツ…」とマックラは呆れるように言った。


「…素直じゃない…」と勇健は復唱するようにつぶやいて、「…わかりづらい感情だ…」とようやく理解して何度もうなづいた。


「…まあ… 生い立ちのせいですな…」とマックラは眉を下げて言った。


「…説明はいらないようですね?」とお菊が勇健に聞くと、「気持ちは痛いほどわかるので」と笑みを浮かべて答えた。


「僕も美麗も、

 お嬢様のようにひねくれても当然のような星で暮らしていましたから。

 もし僕たちが御屋形様たちに喜笑星に誘われなければ、

 今の僕ではなかったと思いますから。

 平和ではない辛い日々を長く送れば、

 ひねくれるくらい当り前ですから。

 お嬢様は一番ひどい目に遭っていた美麗が更生してくれるはずです」


勇健の言葉に、美麗は大いに戸惑って、姿を姫と美麗に何度も切り替えるほど戸惑っていた。


勇健が腹を抱えて笑うと、そのお嬢様が憤慨した様子で店に入ってきた。


「…何をそんなにひねくれているのかしらぁー…」と姫が言うと、お嬢様は半歩下がって恐れおののいている。


「…あなたと、不幸合戦でもしようかしらぁー…」と姫が言うと、勇健は大いに眉を下げていた。


姫は美麗に戻って、「私はちっとも不幸じゃなかったんだけど? もっとも、死にかけていて、幻影様にこっぴどく叱られちゃったけど…」と勇健に言いつけるように言うと、勇健は腹を抱えて笑っていた。


「…あの、幻影様に叱られた…」とお嬢様は言って体を震わせた。


「自分のことは顧みず、こいつと私の両親の世話を焼き過ぎたせいで、

 あと数日遅かったら、ばったりと倒れて死んでいたそうだわ。

 だから勇健には悪いけど、不幸合戦はできないわ。

 それよりも、あんたは私以上に辛かったはずなのに、

 どんな体の構造してんのよぉー…」


美麗が眉を下げて言うと、「いやぁー… あはははは!」と勇健は陽気に笑ってごまかした。


勇健にも答えられないので、ここははぐらかすしかなかったのだ。


「…家族の愛が、僕を強くしてくれたんだぁー…」と勇健は適当に言葉を並べて言うと、「…あの時のあんたは天涯孤独だったじゃない…」と美麗は眉を下げて言った。


「孤独感なんてないさ。

 どんな状況でも、茜の家族がいたからこそ、

 僕は普通に生きて行けただけさ」


「…茜じゃなくて、今は美麗よ…」と美麗は言って勇健をにらんだ。


「いや、今の美麗と当時の茜は全くの別人だ。

 真田師匠に叱られて、性格まで変わったんじゃないの?」


勇健の言葉に、美麗は大いに苦笑いを浮かべていた。


「…そうね… 叱って、頂こうかしらぁー…」と美麗はお嬢様を見て言った。


「よう! 大盛況だな!」とその幻影がやってくると、お嬢様はその場で腰を落として、大声で泣きだし始めた。


「…何と絶妙なタイミング…」と勇健は眉を下げて言った。


「…俺が、泣かせたのか…」とさすがの幻影も全く知らなかったことだったので、わずかに冷静さを欠いた。


勇健が事情を説明すると、「…ああ、あの予約表の子か…」と幻影は眉を下げて言った。


「人を更生させるのはそれほど簡単なことではない。

 さらに言えば、俺では恐怖ばかりで更生は無理だろう。

 適材適所。

 これはどんなことでも言えるものだ。

 そして、今の父でもあるマックラ国王でも、

 母のお菊さんでもできないと思う。

 この子の場合、親身になってくれる友人の方がいいような気がするね。

 特に、不幸などまったく抱えていない阿利渚が適任だろう。

 幼少だが、知識はあるぜ。

 勇健や美麗も、阿利渚の教本だったからな」


「はっ! 勉強になります!」と勇健は言って、素早く頭を下げた。


「最近は、俺の方が勉強になってるけどな!」と幻影は陽気に言って、勇健の頭を乱暴になでた。


「クレアちゃん、喜笑星に来るかい?」と幻影が聞くと、お嬢様のクレアは泣き顔を上げて首を横に振った。


「今すぐに決めなくていいさ。

 気が向いたら、社に入って喜笑星に連れてきてもらえばいい。

 もっともその前に、案内人に叱られるかもしれないけどな」


幻影の言葉に、「…天照様が叱る…」とマックラはつぶやいて眉を下げている。


「天照大神様は国の神だけど、人にも精通してるからね。

 最近の割合は、国の神よりも人の神と言っていいほどだから、

 それほど優しくないよ」


「…やはり、あの存在感…

 それほどのお方でしたか…」


マックラは言って、幻影に頭を下げた。


「さらにいえば、クレアちゃんは年齢的には人間で言う

 反抗期にも入っているから、

 さらにひねくれているように見えるんだ。

 同年代のうちの子にはいないんだけどなぁー…

 …まあ、甘えるようなやわな子はいないだけかもしれないが…

 大人にいいようにあしらわれて、

 命の危険にさらされていたことが幼いながらにわかっていたから、

 子供に見えても大人でしかないんだよ。

 だから、反抗することはないのかもしれないなぁー…

 やはり、どのようなことでも知識は重要なんだよ。

 その知識を得れば、反抗期から簡単に抜け出せることもあったりするもんだ。

 もちろん、学校の勉強ではなく、

 人間社会での勉強だ。

 わからない、理解できないことを放っておくのが子供だが、

 それを放っておかずに理解しようと努力する意思さえ得れば、

 反抗する気持ちなど沸かないはずだからね。

 となると、俺の母ちゃんでもいいかな…

 様々な事例は俺よりもよく知っているから、

 どんなことでも反抗できないように話してくるからな」


幻影が語ると、クレアは何とか立ち上がった。


できればこの場を逃げ出したいほどだったが、それをすれば今と何も変わらないと決めつけた。


「…ああ、女性にとって、一番つらい件か…」と幻影がつぶやくと、クレアは目を見開いた。


そして幻影の指示で、3D映像の真田信繁の映像を咲笑が出した。


「この俺の師匠は男子だが、

 殿様に犯され、その相手を切って捨てるためだけに生きていたんだ」


幻影の言葉に、クレアはさらに目を見開いた。


「もちろん、そう簡単には相手に手は届かない。

 だから自分の命を懸けて斬り込んだんだ。

 師匠は本懐を遂げることは叶わなかったが、

 俺がその相手の首を斬り捨てた。

 それが信繁師匠の弟子としての最後の仕事だったなぁー…

 師匠の最後の顔が笑みだったことだけが、

 俺にとっても救いだったかもしれないなぁー…」


クレアは困惑の目を幻影に向けた。


「師匠としては恩義もあり好きだったが、

 人間としては大嫌いだった。

 復讐を遂げたとしても、そのあとに何が残るのか。

 その行為自体は、ただの憂さ晴らしに近いものだ。

 一度負った傷は、消えるものと消えいないものがある。

 ある程度は妥協しないと、この先、生きていけない。

 しかし俺はクレアの気持ちはある程度はわかるつもりだ」


「…はい… はい…」とクレアは涙ながらに言って、幻影に笑みを向けた。


「言っておくが、ここにいる者以外に今の話は聞こえちゃいない」


幻影の言葉に、「…あ、結界…」と勇健は言って怪訝そうな顔をしている客たちを見た。


「…はい… ありがとうございます…」とクレアは言って幻影に頭を下げた。


「ここで暮らすのもいいが、

 自分に自信が持てたら喜笑星にくればいい。

 楽しく、厳しい人生を歩めるだろうからな」


幻影の言葉に、クレアはひとつ身震いをした。


「…厳しい?」と勇健が美麗に聞くとすぐにうなづいたが、慌てて首を横に振ると、幻影は愉快そうに笑って、勇健と美麗の頭をなでた。


「勇健はまだ十一才なのに、

 御屋形様に叱られるどころが、詰まらんやつと必ず言われるほどに大人だ。

 それほどに、わずかな期間で大いに人生経験を積んできたんだ。

 竜神城の詳細図面の冊子を出した時は俺も驚いたぞ」


幻影の誉め言葉に、勇健は照れくさそうにして頭を下げた。


「やり残しを考える時間をしっかりとって、

 御屋形様のお言葉を聞き逃していなかった自分自身を褒めたほどでした」


勇健が恥ずかしそうに言うと、「確かに、おっしゃってたな」と幻影は苦笑いを浮かべて言った。


「経験として、家老職もお勧めだ。

 この先の自分自身のことも考えておいてくれ」


「姫のためには必要でしょう」と勇健が言って美麗を見ると、大いに眉を下げていた。


「…姫って、まさか…

 プリンセス・ナイトの…」


クレアが目を見開いて美麗に聞くと、「ごっこ、ですぅー…」と答えると、勇健と幻影は大いに笑った。


「そのごっこが、本来の話を超えていて、

 別のお話のようなものだから。

 フィクションの映画の方に近い姫と騎士だぞ」


幻影が自慢するように言うと、クレアはすぐさまうなだれた。


「…映画の姫は、怪鳥に変身できませんから、

 軽く超えているものと…」


勇健の言葉に、「そうだったそうだった!」と幻影は陽気に叫んで大いに笑った。


「あのでっかいくちばしで軽く押されただけで吹っ飛んだからね。

 乱暴な姫だ」


「…むやみに触れるからよぉー…」と美麗はホホを赤らめて言った。


そして咲笑がその映像を出すと、クレアが陽気に笑ったので、幻影は結界を解いた。


「じゃ、そろそろ帰るか」と幻影は言って、マックラとお菊に頭を下げて店を出て行った。


勇健と美麗も幻影に倣って、ふたりに頭を下げてから幻影を追った。


クレアは、マックラとお菊を見て頭を下げて、「…甘えん坊でごめんなさい…」と言うと、お菊がやさしくクレアを抱きしめた。


「父ちゃんも強いぞ!」とケンが木彫を見て叫ぶと、「…ええ、一番強いわ…」とクレアは穏やかに言った。


マックラとお菊は顔を見合わせて笑みを浮かべあった。



しばらくは平穏な日々が続いたのだが、朝餉中に幻影が立ち上がって、そのまま外に飛んで出た。


「航海記録を白紙にして、自動運転で元いた星に戻せ!」


幻影が命令すると、「了解です!」と咲笑がすぐに答えると、ロストソウル軍の常駐部隊がすっ飛んでやってきた。


「タクナリ・ゴールドですよ」と幻影は空を見上げたまま言った。


フリージアのお家騒動は周知の事実なので、武人たちは一斉に眉を下げた。


「喜笑星に潜り込む道は、ひとつしかないことを伝えてやろうかなぁー…」と幻影が言うと武人たちは困惑の表情を浮かべ、咲笑は苦笑いを浮かべた。


幻影がくつろぎの間に戻ると、「よくぞきおったな! などという言葉を期待しておったんじゃろうか?」と信長は鼻で笑って言うと、咲笑が宇宙船の中の映像を出すと、タクナリ・ゴールドは大いに憤慨していた。


宇宙船の外にはフリージア星を確認できた。


「監視カメラの映像では、楽しそうでしたぁー… もう消しちゃいましたけど…」と咲笑が言うと、信長は愉快そうに笑った。


「…ワシの術が効かんとはちょこざいな…」と信長がうなると、「目的を果たすための意志だと感じます」と幻影が言った。


「…なるほど…

 術は効いておるが、

 その意志が悪い方に働く、か…

 …筋金入りじゃが、それなりの苦難の道を歩んできよったか…」


「…異空間のひずみを利用した、エネルギーの確保。

 それによる人体の改造。

 そして魔法使いとなりました。

 タクナリ・ゴールドに限らず、

 素質のある者すべてに施され、

 寿命は三分の一に削られます」


「…ふむ… 自然ではないな…

 …異空間のひずみは?」


「元凶は人間たちの無謀な行為により生じたものらしいです。

 現在は万有源一によって修復されて、

 魔法使いはひとりもいません。

 ですので、万有源一によって、

 数百万の人間の正常化を施しました。

 よって、ごく一般的な人間と、

 妖術使いは残りました」


「…ふむ…」と信長は言って考え込んでから、「…妖術使いはそれほど使えん、か…」と信長は言った。


もしも使えるのなら、うわさ程度は耳に入ってきていたはずだからだ。


「はい。

 どうやら、星の創造神の力を借りて起こす術のようで、

 術の発動は許可制で、詠唱を使います。

 念を込めた言霊によって発動するそうです。

 よって、かなり大勢いないと、実戦には不向きですし、

 弓の鍛錬を積ませた方が手っ取り早いです。

 よって、近くに創造神がいない星だと、

 術は発動しません」


「…いらんな…」と信長は言って鼻で笑った。


「超常現象を起こすために、詠唱を使うこと自体がおかしいのです。

 ですが、これが一般的なところが不思議なのですが、

 この楽な道が罠だと気づかないので使ってしまうのでしょう。

 そして本物の能力者を確認したとたんに自分自身に失望して、

 人生の終わりを告げるのでしょう」


「…ほんと、うまくいかないものだわぁー…」と宇宙の創造神のセイレーヌが言って、幻影と信長を見た。


「…ふふふ… 楽な道も修行のひとつとしてみるか…」と信長が笑みを浮かべて言うと、「…弱い子は認めない…」というセイレーヌの言葉に、「…うまくいきませんでした…」と幻影は眉を下げて言うと、信長は大いに眉を下げてから大声で笑った。


セイレーヌの場合は、幻影たちのような能力者しか認めていない。


しかしその能力者たちは、自分自身以外の力を使おうとはしないので、セイレーヌと幻影はうまくいかないと言ったのだ。


「気功術師は?」と幻影がセイレーヌに聞くと、「…まあ、それなりに…」と譲歩した。


「弁慶! 認めてもらったから、特別授業だ!」と幻影が陽気に叫ぶと、「おうっ!」と弁慶は威勢良く叫んだ。


「…伴侶候補だったら、もっと頑張れるのにぃー…」とセイレーヌは眉を下げて言った。


「あまり妙なことを言ってると」と幻影がここまで言うと、「修行が楽しみだわ!」とセイレーヌは慌てて陽気に叫んだ。


もちろん、『八丁畷様に言いつける』と幻影が言おうとしたから言葉を遮ったのだ。


「…あのぉー… 参加させてもらってもいいですか?」と勇健が控えめに言うと、「あんたはほかの修行でもやってなさい!」とセイレーヌは大いに憤慨して叫んでから、美麗をにらんでからそっぽを向いた。


「…ちっさい神…」と美麗が悪態をつくと、「…なんだとぉー…」とセイレーヌは怒り心頭になったが、菫たち母親が怖かったようで怒りを収めた。


「時には、本当のことは言ってはダメよ」と菫がやさしく辛らつに美麗に言うと、「はい、お母様」と美麗は礼儀正しく言って、セイレーヌに満面の笑みで返した。


「あまり言ってると、星を放り出されるぞ」と信長が言うと、「あ、はい、そうでした」と美麗は言ってから、「…決闘でもして、この星の神にでもなろうかしら…」と美麗が言い始めるとセイレーヌは幻影の影に隠れようとした。


「…ちっさい神…」と今度は幻影が言うと、「…お好きに使ってやってくださいぃー…」とセイレーヌはついに折れた。


セイレーヌとしては、今の勇健もだが、未来の勇健はさらに使えると考えていた。


まずは、幻影よりも気に入ったものを作り出す力を放り出すことはさすがに拒んだのだ。


さらには琵琶家を敵に回すことだけはどうしてもできないし、住んでもらってありがたいと常に思っている。


美味いものをすべて取り上げられることは、耐えがたいことでもあったので、神の自尊心を捨ててでも、今の生活を死守する必要がセイレーヌにはあったのだ。


「皆の者、今まで我慢した甲斐があったというものじゃな」


信長のやさしいことばに、家人一同は大いに感動して一斉に頭を下げた。


「…丁重に扱って下さってありがとうございますぅー…」とセイレーヌは眉を下げて信長に頭を下げた。


「我らには一長一短が多い。

 敵対するよりも協力し合った方が平和なんじゃ。

 それに、神と言って一方的に崇めるのもどうかと思う」


「…お仲間の方が居心地はいいですぅー…」


「さらにわかりあえて大いに結構結構!」と信長は機嫌よく言って何度もうなづいた。


「ですが、僕のことを使える駒と考えておられることは納得できません」


勇健の言葉に、「なんとっ!」と信長は知っていて驚いたふりをしてセイレーヌを見入った。


「まあ! なんてひどい神様なのかしらっ!」と美麗は芝居っぽく言ったのだが、セイレーヌは今にも泣き出しそうな顔をした。


「…竜神城は別の宇宙に…」などと勇健が言い始めると、セイレーヌは大いに慌てて、「私はあなた方の友人です!」と声を張って叫んだ。


「さらに結構結構」と信長が笑みを浮かべてうなづくと、勇健と美麗は笑みを浮かべて信長に頭を下げた。


「…なんなら、もう、僕でも構いませんー…」とセイレーヌはついに泣き出し始めて言った。


「さすがにそれは平和ではないから友人でよいよい」と信長は機嫌よく言った。


「俺、使える駒二号だそうだ」と幻影が言うと、「…もう改めたからぁー…」とセイレーヌはワンワンと泣いて訴えた。


「ですが、さすがに友人は考えられないので、

 セイレーヌ様に弟子入りをしたいのです」


勇健の言葉に、「うん、いいんじゃない?」と幻影はすぐさま認めた。


「…ふむ… それはなかなか厳しいな…」と信長はうなったが、反論はないようで、笑みを浮かべてうなづいている。


「…認めますぅー…」とセイレーヌはころりと感情を変えて、うれし泣きを始めたので、高能力者たちは大いに眉を下げていた。


「…絶対楽だしぃー…」とセイレーヌが喜びながら言ったので、誰もが大いに眉を下げていた。



勇健はその筋のエキスパートを師匠にし始めたが、生活は何も変えない。


その点は師匠たちも認めているので、適材適所の指導をすることになる。


凝り固まった騎士だとこうはうまくいかなかったはずなので、勇健はある意味解放感に満ち溢れていた。


もちろん自分勝手なことはせず、琵琶家の方針に則った作業に従事するし、竜神家の一員でもあることを忘れてはいない。


城にいる時は基本的には大いに暇な信長とセイレーヌが常に勇健に付きまとい、木材加工店では何かにつけて健吾が世話を焼く。


学校では校長の立場を利用して大吉が必ずひと言ふた言話しかける。


そして早朝の訓練では幻影が大いに口を出す。


まさに英才教育と言っていいほどの勇健の鍛え上げ方だった。


勇健は王室で言うところの王子様のような存在となっていた。


年齢的にはまだ早いはずだが、本来の成長期がやって来て、クラスでも背の高い方となっていた。


そして詳細な咲笑の身体検査を受け、成人の八割方の訓練でも差し支えなしという判断が出た。


「…力加減が難しいです…」と勇健が眉を下げて言うと、咲笑は様々な機器を持ち出して来て、その都度細やかに指導を行う。


この件は勇健だけの特権ではなく、信幻たちもこの指導を受けてきたので怪我をしないのだ。


実績のあることなので、勇健としても安心する。


そして成長の度合いにもよるが、一年以内に思い描いた力で修練を積めるかもしれないと咲笑が笑みを浮かべて言った。


しかし油断は禁物なので、意識的に抑えることも重要という、厳しい指導も入る。



そんな中、信長の気まぐれで、宇宙の旅に出ることになった。


すると、やってきた星は、まさに厳戒態勢にあったので、宇宙戦艦は超高速で後退して様子を見ることにした。


「…妙なことをやっておるな…」と信長がうなると、「ロストソウル軍に確認を取った方がよさそうです」と幻影が進言すると、信長はすぐさま万有爽太に念話を送った。


幻之丞が詳しい情報を入手して、その画像を宙に浮かべた。


「…ヤドカリ軍じゃ…」と信長は鼻で笑って言った。


「必死なのはわかりますが、迷惑な話です…

 宇宙開発のしっぺ返しと言っていいでしょう。

 他人の迷惑を全く考えていない。

 同情の余地はありません」


「大まかな作戦は、

 星を占拠したやつらをふんじばってロストソウル軍の牢獄星に送り込む。

 そのあとにいつも通りの復興じゃ。

 …じゃが、その第一歩じゃが…」


「宇宙の創造神は動かないと決めたようです」とセイレーヌが真剣な目をして言った。


「…そこには何らかの思惑があるようじゃが、まあよい…」と信長も真剣な目をして言った。


「道はできましたが、どうされますか?」と幻影が進言すると、「危機を察知せん限り、ワシの術は使わん」という信長の言葉に誰もが驚き、そして誰もが大いに緊張した。


「慎重になっておるだけじゃ。

 タクナリ・ゴールドのようなヤツもおりそうじゃからな」


そのタクナリ・ゴールドは、今は消息不明となっているが、居場所はわかっている。


どこにいても居所は察知されることはわかっているので、生まれ育った母星に戻っているのだ。


「となれば、少々荒事となります。

 星の外に浮かんでいる戦闘衛星を破壊か星に落とすことになり、

 死傷者が多数出ます」


「ロストソウル軍が手を出しかねている理由じゃからな…

 幻之丞、できるか?」


「一機だけ、ようやく乗っ取れました!」と幻之丞が明るく叫ぶと、「やれ!」と信長が指示を出した。


すると咲笑が別の衛星を乗っ取って、強制的に星に帰還させた。


それを百ほど繰り返し、レーダーにかかりにくい場所から、宇宙戦艦は星に侵入した。


宇宙戦艦は超低空を飛び、中央の軍事施設を幻影の結界で囲み、身動きできない状態にして、半人質状態だった現地住人たちを安全地帯まで運んだ。


もちろんわずかには敵軍の部隊もいるので、逐次応戦と怪鳥美麗率いる動物軍団が畏れを垂れ流して敵軍を引かせた。


占拠している施設は五カ所もあったが、中央よりも規模が小さかったこともあり、すぐさま住人たちを立ち退かせて、敵軍すべてをひっとらえた。


さすがに移住してきただけあって、占拠していた軍は百万を超えていた。


しかし空にはロストソウル軍の宇宙船が多数浮かんでいて、収監施設に全員を連れて行った。


ここからは主導権をロストソウル軍に移し、琵琶軍はひと心地着いた。


戦闘開始から、わずか二時間の早業だった。


よって信長が怪訝に思い、この地に留まった万有爽太と話を始めた。


「同じことができたはずじゃが?」と信長がさも当然のように言うと、「…できたことが不思議なのです…」と爽太は言って、幻之丞と咲笑を見た。


「そうか、そこからじゃったか。

 疑ってすまん」


信長は陽気に草太に詫びを言って、幻之丞と咲笑を大いに褒めた。


「…いえ、この件は伝えておくべきでしたが、

 その時にはもう衛星が一機、消えていましたので…」


爽太が眉を下げて言うと、「それなり以上に厳しかったようじゃ」と信長は言って、幻之丞の頭をなでた。


「…小さな宇宙船を三十機ほど灰にしてしまいました…」と幻之丞は悲しそうに言ってうなだれた。


「…戦っておったんじゃな…」と信長は誇らしく言って、幻之丞と咲笑を力強く抱きしめた。


「…それで、行動不能にならなかったんだ…」と爽太は呆れるように言うと、「電気的疾病の件じゃな?」と信長が言うと、「はい、そうです」と爽太はすぐに答えた。


防衛システムには、攻撃に対するそれなり以上の仕掛けが施してあり、攻撃に対して相手側の機器を狂わせるウィルスが使われていた。


よって反撃を受ける前に、繋がっている宇宙船を強制破壊して、まるで詰将棋のようにして衛星を乗っ取ったのだ。


同じ手は何度も使えたので、咲笑がすぐに真似をして、あっという間に星の防衛ラインを駆逐できたのだ。


「今回は、機械の歩兵たちの大活躍で解決したようなものじゃ。

 さて、我らも歩兵となりて、復興に従事しようぞ」


信長の言葉に、「あ、いえ、申し訳ないのですが…」と爽太は言って、現状の報告をすると、「…ほぼ、終わっておったか…」と信長は少し悔しそうに言った。


「しかし、食材が少々足りないと報告を受けています」


爽太の言葉に信長は早速指示を出して、この地の農産物全てを大量に作り出す命令を出した。


よって誰もが大いに働き、食糧難は去り、琵琶家はお役御免となって、夕暮れ迫る喜笑星に帰還した。



今回も麺屋から食事を運んでもらい、くつろぎの間で大いに食った。


「…使えるヒューマノイドが必要不可欠…」と勇健が苦笑いを浮かべて言うと、「…宇宙の創造神がいけないんだよぉー…」と竜神家の一員となっているセイレーヌが眉を下げて言った。


「師匠でもなんとかなったの?」と勇健が気さくに聞くと、「できないわけないわよ」とセイレーヌは少し憤慨して答えた。


しかしすぐに眉を下げて、「…別の宇宙の創造神が手出しをするとね、宇宙大戦争になっちゃうから…」とセイレーヌが眉を下げて言うと、「…平和じゃないね…」と勇健は大いに眉を下げて言った。


「絶対見てたわよ。

 だから、悔しがってるんじゃないのかしら…

 だから私だけ、一切手を出さなかったの。

 …だから、ご褒美もなし…」


セイレーヌが大いに意気消沈して言うと、「おこがましいですが、僕がご褒美を差し上げますから!」という勇健の明るい言葉に、「…ああ、うれしいわぁー… 何かしらぁー…」とセイレーヌは涙を流しながら言った。


「ではまずは、新作のお菓子でもどうぞ」と勇健は言って、それなり以上に食える新商品をセイレーヌに献上した。


「…ああ、これだけだったら怒っちゃってたけど…」とセイレーヌはぶつぶつと言いながらも箱を開けて菓子をほおばって、満面の笑みを浮かべた。


「ところで、欲しいけれど手に入らないものって何ですか?」


「…人の心だけは、ままならないわぁー…」とセイレーヌは言って、勇健を見入った。


「はい、自己犠牲は流派によって禁止されていますし、

 禁止されていなくても、やりたくありません」


勇健がはっきりと発言すると、セイレーヌは海よりも深くうなだれた。


「しかし、宇宙の創造神様の伴侶となると、

 相当に苦労しそうですね…

 相手側も、領地を離れるわけにはいかないでしょうから。

 土地に縛られていない、それなり以上の人を探さなきゃいけない…」


「…そうね…

 全ての創造神の一番の苦労がそれなの…」


セイレーヌが嘆くように言うと、「普通の人間ではダメなのですか?」と勇健が聞くと、「…幸せな期間があっという間だもの…」と答えてうなだれた。


「…そうですね…

 生きている時間の差もありますが、

 それほどとっかえひっかえしたくないでしょうし…

 さらにハードルが高くなっていきます…」


「…そうなのよねぇー…」とセイレーヌは言って肩を落とした。


「もちろん、勇健が言ったことも考えたわ。

 だけどね、人間を見ていると、時間の長さの差はあっても、

 去って行けば、悲しいものってわかっているからなぁー…

 私だって、人間だったし…」


「学校にでも行きませんか?」


勇健の言葉に、竜神一家は大いに目を見開いた。


セイレーヌは鼻で笑うと誰もが思ったが、それとは逆に大いに考え込み始めたのだ。


「相手を探すというよりも、

 恋をした方がいいんじゃないかなぁーって思って…

 人間だったことがあったのなら、

 まずはもう一度でも二度でも、

 学校に行った方がいいと思ったのです」


「…学校、初体験ー…」とセイレーヌが言うと、竜神一家は大いに眉をひそめた。


「あ! もちろんシステムはわかってるわ!」とセイレーヌは慌てて言い訳がましく言った。


「あとで、校長先生に会いに行きましょう」と勇健が朗らかに言うと、「…よろしくお願いしますぅー…」とセイレーヌは心細げに言って頭を下げた。


「…セイレーヌ殿をどうしようかと悩んでおった…」と信長は言って、勇健に頭を下げた。


「いえ、これもご褒美のひとつですので」という勇健の言葉に、信長は愉快そうに穏やかに笑った。


「…まだご褒美が残っててよかったぁー…」とセイレーヌが言ってほっと胸をなでおろすと、誰もが大いに眉を下げていた。


「いえ、できることであれば、

 全てのことを叶えて差し上げたいと決めましたので」


「…いい弟子を持ったわぁー…」とセイレーヌは言って、近くにいた猫をやさしく抱きしめた。


「…勇健の身代わり…」と美麗が冷静に言うと、「言葉にしなくてもいいのです」と菫は眉を下げて言った。



校長は大いに渋ったが、宇宙の創造神であるセイレーヌの登校は認められた。


扱いは才英と同じで、クラスは一応決め、さらには教師としても教壇に立ってもらうということで落ち着いた。


セイレーヌにとって、見知らぬ宇宙を見て回るよりも、学校生活の方が遥かに興味があるようで、支給された学校生活での必需品などを並べて喜んでいる。


神の機嫌がいいからなのか、農地でも海でも素晴らしい収穫があり、法源院屋も大いに陽気になっていた。


「農地は不明だが、海の方は、魚が増えすぎているのかもしれないな」


幻影の言葉に、咲笑がすぐに調査をすると、偶然という結果が出て、増え過ぎているという事態にまでは至っていなかった。


よって、セイレーヌの機嫌がいいので、良質の収穫ができたことにしておいた。


勇健は、まるでセイレーヌの兄のように大いに面倒をみる。


セイレーヌは嬉しいようで、ほぼ勇健の言いなりだが、無理なことを言っているわけではない。


勇健が思う常識として、セイレーヌに話して提案しているだけだ。


ちなみに創造神の修行だが、初歩的な部分はすべて免除なので、その時々に修行をつけることになっている。


基本的には師匠と弟子は寝食を共にするので、セイレーヌが竜神家に養女に来たような状態となっている。


セイレーヌが宇宙の創造神であることは公表していないので、才英と同じく、『優秀な学生』で通っている。


苗字を、『琵琶』と名乗っておけば、全く問題なはい。



その数日後、喜笑星の安土城に、十名の即戦力の補填が入った。


その中にはキャッシー・ゴールドと才神小恋子もいる。


この時点で、志乃は学校を退職することとなり、この安土城での生活は家老として生活することになり、酒井家忠は早々に旅に出ることになった。


家忠は大いに気合が入っていて、大勢の家人たちに見送られて旅立った。


家忠がまず目指したのは右京和馬星の高台だ。


そして、広場の食堂で待っていたかのようなデヴィラに会釈だけをして、大屋京馬とあいさつを交わした。


そしてその妻の楓とも挨拶を交わしてから、デヴィラに向かって歩いて行った。


まず第一声は、「こんにちは」という朗らかなデヴィラの言葉だった。


「始めまして、私、酒井家忠と申します。

 どうか、お見知りおきの程を」


「どうしてそれほど我慢できるのかしら?」とデヴィラが聞くと、「順番というものもございましょうぞ」と家忠が気後れすることなく答えた。


「今時、年功序列など、ほとんど無意味だわ。

 強い力を手に入れて、さらに高度な修行を積むべきよ」


「精査いたします」と家忠は朗らかに答えて頭を下げて踵を返すと、デヴィラは大いに戸惑った。


感情的には、家忠は怒ってなどいない。


よって、ほかに先に行くべき場所があるのかと考えていると、家忠は社に入ってすぐに、砂浜の村に現れたことを知った。


そしてデヴィラが苦笑いを浮かべていると、楓がデヴィラの顔を覗き込むと、デヴィラはかすかに腰を浮かせてしまった。


「ついて行けばいいじゃない」と楓が眉を下げて言うと、「誘われてないもん」とデヴィラは少し不貞腐れたように答えた。


「ひとり旅だからそれはないはずだ」と京馬が言うと、「…旅が終わってからのようね…」とデヴィラは肩の力を抜いて、小さくため息をついた。


「しかし…

 剣術は相当な腕前だ…

 俺の付け焼刃とはまるで違う…

 できれば、手合わせ願いたいほどだ…」


京馬の言葉に、「相手にもならないわ」とデヴィラは機嫌よく、どちらとも取れるような言い方をした。


楓が眉を下げて、「…ゲイル様が海を斬ったって本当なの?」と聞くと、京馬は何度もうなづきながら、「…そうらしい…」と、まるで内緒話のような声で答えた。


「海を斬ったとしても、表面的なものでしょ?」とデヴィラが言うと、「…その三十分後に、こっちの大陸で十メートルほどの津波が起こったそうだ…」と京馬が言うと、楓とデヴィラが目を見開いた。


「…普通じゃないわね…

 それほどに重い一撃は、

 巨大な術でない限りありえない…」


「まだ拝見していないが、

 魔剣という種類の武器を、

 真田幻影様から拝領されたそうだ。

 幻影様のとんでもない槍は見ただろ?

 あれと同等のものだろう」


デヴィラは何度もうなづきながら、「…魔法よりも質が悪いわね…」とつぶやいてにやりと笑った。


「…武器は手の延長ではなく相棒…

 …萬幻武流、恐るべし、だな…」


京馬が嘆くように言うと、「弟子入りすればいいじゃない」とデヴィラが言うと、京馬は楓を見た。


「二刀流の松山楓様と言われる、幻影様の側近がおられる。

 楓と同じお名前なので、気が引ける」


京馬の言葉に、「どーゆー意味よぉー…」と楓は言ってホホを膨らませた。


「流派の半数の方は、酒井様と同レベルだと聞く。

 しかもまだ人間であって覚醒もしていないのに、

 能力者以上の実力を持っている。

 サイコキネッシスは通用しないかもな」


デヴィラは何度もうなづいて、「…あの電光石火の動き… 無限組み手の映像を観る限り、間違いないわ…」とため息交じりに言った。


「さらには万全の鎧をつけておられる。

 エネルギー弾も、ハイビームですらも通さない鎧だ」


「…反則だわ…」とデヴィラは大いに嘆いた。


「さすがにビームよりも早くは移動できないが、

 一瞬だが狙いを定める必要がある。

 その直前に素早く動かれると、

 まず当たらないだろうな。

 実戦として戦ったとしても、

 勝てる要素は何もない」


「…嫌なことを思い出しちゃったわ…」とデヴィラは言って苦笑いを浮かべた。


「半人前だった花蓮ちゃんに油断して負けた」


楓の言葉に、デヴィラは苦笑いを浮かべて楓を見ただけだ。


「もう油断しないもぉーん!」とデヴィラは言って、「散歩に行ってきていい?」と京馬に聞くと、「好きに過ごせばいいと常に言っているが?」と京馬が言うと、デヴィラは笑みを浮かべてふわりと宙に浮かんで、ノスビレ村に向かって飛んだ。


「…もう、お相手が見つかってたりして…」と楓がつぶやくと、「どなたも潜在能力は天下一品だからね」と京馬は朗らかに言った。



その頃、家忠はライジンに接待を受けていた。


家忠の意思としては、今日は内地の方で過ごしたかったようだが、まずは腹ごしらえということになって、竜人の子供たちが準備を始めたのだ。


「うちの関係者のふたりに元気がありませんが?」と家忠が聞くと、「…ホームシック…」というライジンの言葉に、家忠は愉快そうに笑った。


「…冗談はさておき、少し前の動物探しの件と、

 勇健君と美麗ちゃんがらみですよ…」


ゲイルの言葉に、「…気持ちはよくわかる…」と家忠は言って何度もうなづいた。


そしてその身を固めた。


「監視され始めました」と家忠が言うと、「デヴィラさんだよ…」とゲイルが眉を下げて言った。


「肉眼では確認できない場所から見ているね。

 ここから見える水平線の辺り」


家忠は少し振り返って見て、「いたとしてもわかるわけがありません」と眉を下げて言った。


「だが、監視され始めたと言ったけど?」


ゲイルの言葉に、「背中に刺すような痛みが走ったので」と家忠が答えると、「随分とご執心のようだ」とゲイルは言って少し笑った。


「すべては、旅を終えてからだと」と家忠が言って小さく頭を下げると、「…邪魔しそうだよなぁー…」とゲイルは言って、薄水色の鞘の長刀、海皇姫を出した。


「あ、解けました」と家忠が言うと、「あんたって、本当に人間かい?」とゲイルは海皇姫を異空間ポケットに収めながら陽気に言った。


「最近は、抑え込むことで精いっぱいです」


家忠の言葉に、ゲイルは笑みを浮かべて何度もうなづいた。



デヴィラは大いに慌てて素早く後退した。


確認できた範囲で、デヴィラの視線を家忠は感じていた。


そのあとすぐに、ゲイルが魔剣を出したのだ。


家忠の危機管理能力はかなりのものだと思い、この先どうするか大いに思案した。



家忠はありがたく食事をいただいて、食後は数名の子供たちとともに内地に移動した。


内地と砂浜の村は交代制なので、そのお供として便乗したのだ。


ゆっくりと歩きたいところだったが、内地の村に着く前に日が暮れるので、子供たちに付き合って走った。


荷物がなければ翼装置を担いで飛ぶそうだが、今回は大荷物があるのでそれは叶わなかった。


まさに修行のようなものだが、家忠としては全く気にしなかった。


ほどなく村に到着して、家忠は子供たちの案内で村長とあいさつを交わした。


村長とは数回会っているので、戸惑うことは何もなく、朗らかに挨拶をした。


家忠がここに来た理由は子供たちがすべて話したので、家忠が説明することは何もなかった。


この内地の村も穏やかなのだが、時には猛獣が村に降りてくることがあるそうで、監視は怠っていない。



その監視の目を盗むように、黒い物体が木陰伝いに移動している。


それは紋様が赤い黒い虎で、影に入るとその姿は確認できない。


もちろんこのトラはデヴィラで、極力意識せずに家忠を見ていようという気軽な想いでいるだけだ。


よって家忠がこの黒い虎に気付くことはなかった。


―― とっても逞しい… まるで、功太郎や陽鋳郎のよう… ――


黒い虎は昔を懐かしむように考えた。


その懐かしいふたりはもうすでに転生を終えていて、伴侶すらいる。


しかしデヴィラはそれほど気に入らない。


デヴィラは自分でも戸惑うほどの大きな力を手に入れてしまったからだ。


デヴィラはその力をどう使えばいいのか見当もつかず、まずはデヴィラの近い家族との共同生活を始めると、さらなる成長を遂げ、心まで穏やかになった。


しかしその穏やかさが、人にはよるが、腹に一物持っているのかと考えさせるようなのだが、そんな考えは何もない。


デヴィラは家族を手に入れたのだが、あとは伴侶が必要なだけなのだ。


まさしく家忠はデヴィラを動かすほどに魅力がある男子だった。


時代錯誤な服装や、腰に差した刀も、まさに自然だった。


デヴィラにとって、家忠は芸術品だったのだ。


しかし今の大問題はこの大きな体にあるので、黒い虎は黒猫レベルまでその体を小さくした。


基本暇だったので、心穏やかなうちに変身能力まで手に入れるほどの、高能力者でもあった。


猫はまんまと村に侵入して、木陰や建物の影伝いに家忠に迫った。



家忠は大いに苦笑いを浮かべて、心安らぐ村の中央にいる。


そこにはどういった思惑があるのか、この村にはそぐわない人工物がある。


―― これは、この星の模型か… ―― と家忠は大いに苦笑いを浮かべて、巨大な球体を見上げた。


その直径は五十メートルほどあり、どうやって作ったのか大いに疑問だった。


そして近づいて球体に手を触れようとすると、「おっ」と小さく声を上げた。


球体から映像が飛び出してきたので、多少は驚いて当然だ。


映像は、手をかざした場所に住んでいる動物のようで、雄々しき怪獣などがわんさかといたので、家忠は苦笑いを浮かべた。


大きなものなので、もちろん、昇っていく階段がある。


中央まで登ると、大きな大陸の北側に、ひときわ高い山のようなものがある。


そこに手をかざすと、京馬たち家族の映像が飛び出してきた。


家忠は笑みを浮かべてうなづいて、今度はこの地の大陸を見つけて砂浜の村に触れると、ゲイルたち家族の映像が飛び出してきた。


家忠は大いに考え込んだ。


―― 何の目的でこれがここにあるんだ? ――


「よう! 酒井さん!」と地上から声が聞こえたので、家忠は眼下を見ると、ゲイルの兄のガイルがいた。


「お邪魔しております」と家忠はお堅く言って頭を下げると、ガイルが逞しい体を揺らして昇ってきた。


「この村は、不思議がいっぱいです」という家忠の子供のような言葉に、ガイルは陽気に笑った。


「…いや… 一杯というほどにないと思うが…」とガイルが言うと、「この人工物は別にして、ガイル殿の年齢はおいくつなのですか?」と家忠は早速疑問を口にした。


「…二百を超えた…」と苦笑いを浮かべて言うと、家忠は笑みを浮かべて頭を下げた。


まさに、年長者に対する敬意の礼だった。


「それほどに生きてようやく、大人の体になれるんだよ…

 少女や少年に見える子たちで、

 家忠さんと同じ程度の年齢のはずだ」


家忠は働いている少年たちを見て、「…同年代…」とつぶやいて眉を下げた。


「大いに経験を積んだ少年少女さ。

 しかし態度も言葉遣いも性格も見た目の年相応。

 俺たちの時間は母たちのおかげてゆっくりと流れるようになっている。

 寿命は三百年と聞く。

 村長は竜になれずにこの世を去りそうだ…」


ガイルが眉を下げて言うと、「さて、それはどうでしょうか」という家忠の言葉に、ガイルは目を見開いた。


「竜とは共同生活をしていますので、

 確信はありませんが覚醒を終えていると推測します」


すると眼下で、「何者じゃ!」とその村長が叫んだ。


村長はこの中央公園にある高い木を見上げていた。


「…侵入者とは… 初めてのことだ…」とガイルはやけに楽しそうに言った。


「たぶん、デヴィラ殿です」と家忠が言うと、「ほう」とガイルは言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「鬼ごっこ?」とそのガイルが聞くと、家忠は愉快そうに笑った。


すると、比較的屈強な若者たちがわらわらと木の回りにやって来て包囲して、背中から弓を下ろして身構えた。


中には腕に取り付けたボウガンを構えている少年もいる。


「降参よ!」と人型に戻ったデヴィラが言って、木から飛び降りてゆっくりと地面に足をつけた。


「…戯れが過ぎまする…」と村長が目を吊り上げて言うと、「…ごめんなさい…」とデヴィラはすぐに謝った。


「招いてはいませんが、私の客のようです!」と家忠が叫ぶと、ガイルが腹を抱えて笑った。


「…そういうことであれば…」と村長は言って、手で合図をして、村人たちに武器などを納めさせた。


「デヴィラ殿!

 旅を終えた時、付き合っていただきたく!」


家忠が叫ぶと、デヴィラは不満そうな顔をしたが、「…わかったわ…」と渋々言って、体を宙に浮かせて、高台に向かってすっ飛んで行った。


「…基本的には暇なようですね…」と家忠が眉を下げて言うと、ガイルはうなづきながら笑っていた。


すると、村長と話をしていた子供たち数名が、翼装置を背負って村を飛び立った。


砂浜の村への交代要員と、今あった件についての報告だろうと家忠は漠然と思っていた。


「村長! 知り合いが粗相をして申し訳ない!」と家忠が叫ぶと、「いやいや! よい刺激となった!」と村長は気さくに叫んだ。


「じゃが、知り合いという感じではなかったが?!」と村長が叫ぶと、「今日初めてお会いしました!」と家忠は叫び返した。


「そうでしたか!」と村長は気さくに言って、意味ありげな笑みを浮かべて何度もうなづいていた。



砂浜の村は何度も滞在したが、この内地の村は初めてやってきた。


しかし、雰囲気は砂浜の村と同様に穏やかだ。


基本的には農作業とものづくりをして一日を終えるような、ほぼ原始的な生活だ。


家忠が子供たちに混ざって軽作業をしていると、誰もが立ち上がって素早く頭を下げた。


―― ん? なぜここに… ―― と家忠は思ってから振り返って、子供でしかないスイジンを見て頭を下げた。


「お世話になっております」と家忠が言って頭を下げると、「いいのいいの!」とスイジンは気さくに言って、村長の家に駆け込んで行った。


「…婆ちゃんも色気づいてきた…」とガイルは言って家忠を見てにやりと笑った。


「…ダビデ様の心境がわかるような気がした…」と家忠がつぶやくと、「…ま、同じようなものだよな…」とガイルは眉を下げて言った。


「ダビデさんは特殊な能力者だからこそ、

 母と釣り合いが取れていると言っていいから。

 身体能力はそこそこだが、特出しているわけではないからな。

 しかし、能力で作った武器では、

 幻影様が打った魔剣には遠く及ばない…」


「だが、普通以上に使えれば問題はないでしょう。

 ですが、お身内としては少々悔しいことはよく理解できます」


家忠は言ってから勇健を思い浮かべた。


今の能力に加えて鍛冶師の修行までするという。


不器用な家忠にはまるで無理な話だった。


「…幻影様はまさに畏れ多いが…

 どの部分に一番大きな魅力があるの?」


ガイルの問いかけに、「気さくな性格」と家忠がすぐに答えると、ガイルは大いに苦笑いを浮かべた。


「構え過ぎるからです。

 あなたが壁を作るから、幻影様もそれに倣うのです。

 それが一番、心に負担をかけない方法ですから」


「…うう… 言われた通りだった…」とガイルは大いに反省した。


「その点私は幸運だった。

 まだ琵琶家が有名になる前に出会えてよかったと、

 今だからこそ言えますね。

 有名になったあとでは、お声掛けもなかったかもしれません。

 さらには、我が主の才能も見抜き、

 天上人の近くまで引き上げられた、

 とんでもない師匠です」


「…まだ若いのにとんでもないな…」とガイルは信幻のその風貌を思い出して言って眉を下げた。


「殿には武士としての気概をあまり感じなかった。

 だけど、覚悟はあったんだよなぁー…」


家忠は笑みを浮かべて、昔を少し懐かしんで言った。


「おや?」とガイルが言って目を凝らすと、家忠はその視線を追って振り返った。


そこには誰もいなかったが、空を飛んでいるスイジンの後ろ姿を確認できた。


「…村長に叱られた…」とガイルが苦笑いを浮かべて言うと、「…ありがたいことです…」と家忠は笑みを浮かべて言った。


「ほんの少し前まで、婆ちゃんは年相応に婆ちゃんだったからね…

 今の姿の方が戸惑うよ…」


―― …竜の生まれ変わり… ――


家忠にもその知識はあったので、長年老婆の姿を見ていた同一人物が幼児になれば誰だって戸惑うだろうと理解した。


「ここのあとはどこに行くんだい?」


ガイルが気さくに聞くと、「まずはアニマールに行って挨拶だけをしてから、フリージアでも挨拶だけを済ませて、本題はセルラ星です」と家忠は答えた。


「…俺も、時期をずらして進言した方がよさそうだ…」とガイルは眉を下げて言った。


「同時期に旅に出ても、

 行動をともにしなければ一人旅として成立します。

 思い立ったが吉日ですよ」


「…それはそうだ…

 …それに、ひとり旅であることは重要だ…」


ガイルは様々なことを考えてから、一念発起して、村長の家に駆けこんだ。


「…おっちゃん、また旅に出るんだぁー…」と家忠の近くにいた男子が眉を下げてつぶやいた。


「ガイル殿は一度旅に出たのかい?」と家忠が聞くと、男子は小さくうなずいて、南にある高い山並みを見入った。


「…おっちゃんは、掟を破って、竜になれなくされちゃったんだ…」と男子は悲しそうに言った。


「…ふむ…」と家忠はうなった。


この話は初耳で、その掟を聞きだして、家忠は何度もうなづいた。


「だが、ガイル殿は気功術師ではあるようだね?」


「あ! うん! そうなんだ!」と男子は自慢するように明るく答えた。


「もう反省は終わっているようだから、

 竜になれる日もきっと来るはずだ」


家忠の希望がある言葉に、「ゲイル兄ちゃんもそう言ってた!」と男子はさらに明るく叫んだ。



細々とした作業が多いので、家忠ですら額に汗して働いていたのだが、竜人たちは常に楽しそうに作業をしていて、汗すらかいていないことに大いに驚いた。


―― とんでもない地力だ… ―― と、家忠は旅に出てもう身になったことができたと喜んでいた。


「あ! 忘れてた!」とひとりの少年が叫んですぐに、「休憩休憩!」と叫んだ。


そして、「…掟、破ってないかなぁー…」と大いに心配を始めた。


しかし誰もが、「破ってないよ!」と明るく答えるので、少年はほっと胸をなでおろしていた。


―― …いい家族だ… ―― と家忠は微笑ましく思っていた。


ガイルの件がどうなったのか少々気になったのだが、この辺りにいないことを察して遠くを見ると、ガイルの気配を感じられた。


今は砂浜の村にいるようだ。


すると、雄々しき姿の二柱の竜が飛んできて、地面に足をつけてすぐに変身を解いた。


ひとりは金竜のレイズで、もうひとりは無属性竜で妻のあさひだ。


家忠が挨拶をする前に、「いらっしゃい!」とレイズが気さくにあいさつをしてきた。


「やはり郷に入らなければ何もわからないものです」


家忠の言葉に、レイズもあさひも笑みを浮かべてうなづいた。


「おっ! がんばったなぁー…」とレイズが言うと、「張り切り過ぎちゃった!」と少年が明るく言って家忠を見て笑みを浮かべた。


―― …俺のせいだったかぁー… ―― と家忠は大いに嘆いていたが、顔には笑みを浮かべていた。


ここからは穏やかにお茶の時間に移行した。



「…ああ、この星の立体地図ですか」とレイズが家忠の疑問の復唱して、模型がここにある理由を話した。


「…ほう… 大家殿の作品でしたか…」と家忠は言って何度もうなづいた。


強い力が生活していることを京馬が察して、さらにはこの大陸から出ていないことにも気づいて、まずは今いる場所の認識をさせたそうだ。


そして様々な方法を用いてゲイルとエカテリーナは竜として覚醒して、仲間も手に入れた。


さらには、このノスビレ村がある大陸は、竜の力によって隠されていたので、元の持ち主の万有源一は気付いてなかったようだ。


そして本来のこの星の住人は竜人たちとなったのだが、実はそうではない。


ライジンとスイジンは、この条件のいい星に立ち寄って、この場所に自分たちの家を設けることにしたのだ。


それが今から約八百年前の話だ。


その八百年間の長い期間で初めて、ゲイルとエカテリーナが竜として覚醒を果たした。


ゲイルを生んだのはスイジンで、エカテリーナはライジンの子だ。


よってふたりとも小躍りするほど大いに喜んだ。


ちなみにレイズはライジンの子で、あさひは別の地から嫁として迎えた。


まさに生半可ではない竜の家族だった。


ふたりの子の見分けは比較的簡単で、水色の瞳を持っているのがスイジンの子で、金色の瞳を持っているのがライジンの子だ。


しかし竜になると一変するようで、レイズは金色の瞳だが、エカテリーナは緑、コロナは赤で、竜の属性によって瞳の色が変わるようだ。


あさひとゲイルは無属性のせいなのか、灰色の瞳をしている。


ちなみに勇健と美麗は黒い瞳をしていて、今のところは竜とはあまり関係はなさそうだ。


知っていることと知らなかったことが混在していた家忠としては、頭の中の整理がついたようで、レイズに大いに礼を言った。



「…そうですか… 旅、ですか…」とレイズは家忠の話を聞いて眉を下げた。


「ガイル殿の件はお聞きしました。

 迂闊なことを言うかもしれませんが、

 それほど問題はないように思うのです。

 逆に、もしも術で竜になる資格を抑え込んでいた場合、

 術を解いた時、普通ではなことが起こりそうです。

 彼の心は大いに澄んでいると感じましたから」


そして家忠は砂浜の村の方角を見て、「何かが生まれました」というと、レイズとあさひは家忠に頭を下げてすぐに竜に変身して、とんでもない速度で飛んで行った。


「今日はお祝いじゃないかな?」と家忠が明るく言うと、辺りにいた竜人たちは、まるで自分のことのように飛び跳ねて喜んだ。


すると村長も家から出てきてすぐに砂浜の村の方角を見て笑みを浮かべて何度もうなづいていた。


ちなみに、村長の瞳は赤いので、ほぼ確実に火竜だった。


不思議なことだが、竜人たちにとってこの事実は一般的ではなく、指摘されて気づくようだと家忠は察し、口外しないことに決めた。


―― やはり、年功序列もあるが、想いの深さや大きさもあるはずだ… ―― と家忠は思いながら、村長を見て笑みを浮かべていた。


よって家忠は、信幻が何かに覚醒するまで今を維持するように心に決めた。



家忠はまた砂浜の村に戻ることになった。


やはりガイルは火竜として覚醒して、これから祝いの席を設けるそうだ。


よって貴重な客人にも出席してもらって祝ってもらいたいと、母であるスイジン自らが伝えに来たのだ。


もちろん家忠は快く招きに答えて、丁寧に祝辞を述べた。


「…きっと… 琵琶家と接するようになったから…」とスイジンは笑みを浮かべているが、涙を流しながら言った。


やはり母としては、息子の出世はうれしいものなのだ。


家忠は翼装置を借りてふわりと宙に浮かぶと、「…じょうずぅー…」とスイジンは笑みを浮かべて言って、家忠に寄り添うようにして、竜に変身することなく空を飛んだ。



家忠が旅に出て第一日目なのだが、琵琶家一同と合流することになって、大いに眉を下げていたが、明日の朝には琵琶家一同は修練のために別荘に来る予定だったので、少々早くなっただけだ。


琵琶家の重鎮たちは全員ガイルを囲んで大いに祝いの言葉を述べた。


すると、目に鮮やかな青い竜が飛んできて、人型に変身してすぐにガイルに祝いの言葉を述べた。


この女性はメロティーで、ゲッタの母親だ。


そして現在の万有源一の後ろ盾のひとりでもある。


家忠は初見だったようで、その美しさに魅了されてしまった。


もちろん、竜の姿もそうだし、人型も大いに気に入っていた。


メロディーの挨拶が終わってすぐに、信長がすぐに寄り添ってくると、メロディーは信長にも祝いの言葉を述べた。


太陽の神竜に乗ることができる唯一となったからだ。


メロディーの青竜も、実は信長と無関係ではないのだ。


魂の中にある青い球。


これは猜疑心の球とも言い、これを持っている者はすべてを疑ってかかる。


この広い宇宙でただ二人だけが持っている球なのだ。


その試練を克服したふたりが、同じ戦友として挨拶を交わしてもおかしくはない。


そして京馬と楓、さらには家忠がいることでデヴィラまでもがやってきた。


―― 平常心平常心… ―― と家忠はできる限り心を落ち着かせることにしたが、もうデヴィラが見破ったようで、家忠をにらみつけていた。


まだ旅に出ていないも同然なのだが、早速試練がやってきた。


しかしここは初志貫徹で、旅が終わるまでは決めないことにした。


だが、今の家忠には安全地帯がない。


暇を出されたわけではないのだが、信幻の今の家老は志乃だ。


ここは仕方なく、武蔵と影達に寄り添うことに決めた。


「家忠! お前はこっちだ!」と信長に呼ばれて、家忠はすっ飛んで行って、ほぼ上座のガイルの隣の席に座らされてしまったのだ。


もちろんガイルの希望で、さらには心の友としていたからだ。


もしも、家忠の助言がなければ今日のこの日はないと、ライジンが言ったほどだった。


すると家忠の席に近いスイジンが、「…む…」と小声で言って、メロディーとデヴィラをにらんだ。


―― …女難の相でも出ているのか… ―― と家忠が考えると、無性に愉快な気持ちになって来て、平常心を保てるようになった。


「…あら面白い…」とライジンはつぶやいて、家忠に笑みを向けた。


「…擁護する側だぞ…」とダビデが眉を下げて小声で言うと、ライジンは薄笑みを浮かべたまま小さく頭を下げた。


「…お祝いの席のはずなのに、修羅場になりそうだわぁー…」と呼んでもいないのに必ずやってくる桜良が面白がるように言った。


桜良はこういった修羅場も大好物なのだ。


そしてこの三人だと、―― またデヴィちゃんは振られる… ―― と予想していた。


まずはガイルは覚醒したその体を晒してから、万雷の拍手を浴びて祝いの宴が始まった。


ガイルは男泣きに泣いていた。


気功術を会得できただけでも儲けものと思う日がずっと続いていた。


そしてまさかの救世主の家忠と話をしただけで、覚醒できたのだ。


ガイルは何度も何度も語って、家忠の眉を下げさせた。


―― …まさか、これも、あれか… ―― と家忠は思って、巖剛と雪美、そして秀忠と久松を見た。


まさに常軌を逸した人間の生体エネルギーを吸収して、動物から獣人へ、人間からの動物への昔返りができたのではないのか。


多少なりとも関係があればいいとだけ、家忠は思っておくことにした。



そしてついに、戦いの火ぶたは切って落とされた。


「…家忠さんは、好きな人っているのかなぁー…」とスイジンが聞くと、誰もが一斉に家忠を見た。


しかもこういった話は誰もが飢えているのか、辺りは静まり返っていた。


「ひとりやふたりはおりまする」と家忠が平常心で答えると、「おー…」と誰もがうなったので、家忠は大いに苦笑いを浮かべた。


「ですが今は、有意義な旅にしようとだけ心がけております」と家忠が言うと、スイジンは夢中になって拍手をした。


すると竜人たちと琵琶家の子供たち、天使たちも一斉に拍手をした。


―― …なんだか気まずいな… ―― と家忠は思ってさらに苦笑いを深めた。


「俺も、そうしよう」とガイルが力強く言った。


「策略なしに、旅先で出会うというのも悪くない」


家忠がまさに釘をさすと、家忠狙いだった者たちが一斉にうなだれ、それがかなり多かったことに、家忠が心の中だけで苦笑いを浮かべていた。


「そうだよな、それが理想だよ。

 運命の出会いもあったそうだし」


ガイルは言って、春菜と秀忠を見た。


「出会うことは必然だったが、

 それよりも先に、春菜殿が見つけたことは喜ばしいことでもあった」


家忠の言葉に、春菜は大いに照れていた。


「家忠接近禁止令を出してもいいぜ」と幻影がにやりと笑って言うと、多くの女性は、一旦は家忠を諦めることにした。


出てきてもらいたくない人が出てきたという感情だった。


「はっ! 本当にうれしく思います!」と家忠が声を張って答えたことで、この件は決まったようなものだった。


「だがな、本当にそれでいいのだろうか?

 あとで後悔しないのだろうか?

 今、伝えておいた方がいいのではないのか?

 もちろん、旅先でさらに気に入った人が現れるかもしれないが、

 その時は自分の気持ちに素直になるだけでいいように俺は思う」


「心の内に秘めておくことに決めました」


家忠の寸分もぶれがない回答に、幻影は笑みを浮かべて何度もうなづいた、


「スイジンちゃん、今は諦めな」と幻影が気さくに言うと、「…はぁーい…」とスイジンは眉を下げて言った。


「…しかし…

 この宇宙で何もかも一番の女性を保留にするとはね…」


幻影の言葉に、「…認めて、もらえた…」とスイジンはつぶやいてワンワンと泣きだし始めた。


「スイジン様は、神でしかありません」と家忠が言うと、スイジンは泣き止んだが大いにうなだれた。


「ま、俺から見てもその通り。

 お蘭がいなくても絶対に断わる」


幻影の力強い言葉に、蘭丸は何度もうなづいていた。


「やはりな、肩を並べられる相手の方がいいと俺は思うぜ」


「はい、まさにおっしゃった通りです」と家忠は笑みを浮かべて言った。


「…母さんが不憫だ…」とガイルは眉を下げて言った。


「…さすがに、スイジン様のご亭主はなり手がないかもな…」と家忠はつぶやくように言った。


「統括地の創造神の、それなり以上にすごい人で釣り合うかな?」


ゲイルの言葉に、スイジンは机を叩きながら、「連れてきて!」と叫んだ。


「春之介君は知り合い、いないの?!」とスイジンは八つ当たり気味に叫んだ。


「それなり以上は心当たりはないね」と春之介は眉を下げて言った。


「それなり以上に、辛抱強い子はいるぜ」と幻影が言うと、スイジンは大いに身を乗り出した。


「喜笑星防衛隊隊長のトータス」という幻影の言葉に、「…務まるかも…」と春之介は言って苦笑いを浮かべた。


「…まだ会ってないぃー…」とスイジンが眉を下げて言うと、「今頃は、安土城の近くの海の上にでも浮かんでるかもな」と幻影が言うと、スイジンは消えた。


「…断ることを知らんのか?」と信長が眉を下げて聞くと、「一度引き受けると腰を折らないでしょう」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


信長は何度もうなづいて、「…気に入らなければ受けない…」とつぶやくと、「御意」と幻影は答えて少し笑った。


「どのようなお方なんだ?

 海に浮かんでいると言ってたが…」


ガイルが眉を下げて家忠に聞くと、「森を担いだ巨大な亀のお方」と眉を下げて答えると、「…お相手、見つかったのかも…」とガイルは笑みを浮かべて言った。


「しかも、幻影様と同じ種類の神獣と聞いた。

 さらには人型は、スイジン様とそれほど変わらず幼児にしか見えないから、

 最低でも友人にはなれるかもしれん」


家忠の明るい情報に、ガイルは笑みを浮かべてうなづいた。



翌朝、家忠は信長たちに挨拶だけをして、まずはアニマールに行った。


春之介と優夏とあいさつをしたのち、ふたりは仕事のためノスビレ村に移動した。


この地はそれほど見て回っていないのだが、喜笑星と同じで、人はそれほど住んでいないことは知っていたが、まさに喜笑星とこれほど似ているとは思わなかった。


人口は喜笑星の方が多いほどだった。


そして家忠は興味を示してきた白い動物たちに囲まれたが、それほど気にせずに、人がいる辺りだけを観察するように回った。


人の質はアニマールの方が断然素晴らしいと思わせることが多々あった。


家忠はそれほど有名人ではないのだが、誰もが朗らかにあいさつをしてきて、怪訝に思う者が誰ひとりとしていない。


それもそのはずで、家忠に気付かれないように黒い蝙蝠のゼルダが背中にしがみついていたからだ。


よって、このアニマール星の神の知り合いだと誰もが思っても当たり前だった。


現在は学校で授業中なので、大半の人の気配は学校側に偏っているが、人がいないわけではない。


この地の警備の者や小店舗の主など、それなりに人はいる。


しかし学校の校門に差しかかった時、大勢の人の気配を感じた。


そこには工場があったのだ。


学校の生徒職員と工場で働く者たちで、ほぼすべての人口だと家忠は察した。


しかしそうではないと家忠は思って、南に広がる舗装した広大な土地を見入った。


そこは宇宙船の発着場だった。


ここにも警備員がいて、辺りを見渡すよりも空を見ている時間の方が長い。


何かの映像がその視線の隣に出ているので、宇宙の監視だろうと家忠は考えていた。


よって、働いていないのは家忠だけだと思って、大いに苦笑いを浮かべて踵を返した。



異文化に触れるのも面白いと思い、こじゃれた商店街にある茶店に足を運んだ。


しかし銭を持っていないことに気付いて、オープンカフェのような八丁畷家の巨大な食堂の近くにある両替商に足を運んだ。


すぐさま店の者がやって来て、家忠が身分を口頭で説明すると、カードを渡された。


―― そういえば… ―― と思い、この先にある、立体集合商店で幻影が使っていたと思い出した。


そして家忠は喜笑星で使っている金貨を見せると、さらに細かい銭で構わないと言われたので、約三分の一の価値の銀貨を渡すと、「これほどあれば、百度ほどお食事ができます」と店の者に言われた。


そしてこのアニマールでの基本的な物価などを聞き、確かにその通りだったことに納得した。


もっとも、家忠もそれなり以上に食うので、十回ほどであれば食事は苦も無く摂れると想い、両替商を出て茶店に行った。


やはり文明文化が違うことで、店内の様子も違う。


―― むっ?! この香ばしい香りが、コーヒーという苦いとうわさされていものか… ―― と家忠は大いに興味を持って、店主のお勧めのコーヒーを注文した。


家忠は比較的刺激があるものを好むので、このアニマールでも生活はできるのではないかと考えていた。


家忠は興味を持ってカウンター席に座って、店主の行動を見入った。


まさに熟練の技のような動きに、―― なかなかやるな… ―― などと考えていた。


ほどなく皿に乗せた変わった湯飲みを差し出された。


「…おー… これは美味そうじゃ…」と家忠はうなって、取っ手を手に持って、カップを唇に近づけ少し飲むと目を見開いた。


「…おお… これは、感動した…」と家忠が感無量となって笑みを浮かべると、「ありがとうございます」と店主が落ち着いた雰囲気で礼を知った。


家忠はコーヒーのとりこになっていた。


しかし喜笑星には持ち込めないだろうと思い、またこの店に足を運ぶことに決めた。


そしてお品書きが目の前にあったことに気付いて冊子を開くと、半分ほどは知っているものがあった。


洋菓子類はハイネが作ってくれていたので知っていた。


さらには軽食の揚げ物などのフライやハンバーグなどもだ。


知らないのはパンにはさんだ食事の類と、洋風の混ぜ飯だった。


お品書きを見ているだけで腹が減ってきた家忠は、サンドイッチと焼きめしを注文した。


店主は笑みを浮かべて調理に取り掛かり、それほど待たされることなく、うまそうなミックスサンドと具沢山ピラフを大いに堪能しながら何度もうなづいている。


「弁当として、このミックスサンドを十人前ほど頼みたい」


店主は大いに喜んで、早速調理に取り掛かった。


家忠はコーヒーのお代わりを頼んで、大いに堪能して、弁当のサンドイッチをもらってから席を立って、店主にカードを渡した。


「…喜笑星のお方でしたか…」と店主は言って家忠に頭を下げた。


「昨日から一人旅をしておる。

 まさに、幸先のいい旅の始まりじゃ」


家忠の陽気な言葉に、店主は大いに礼を言って、精算を済ませて家忠にカードを返して、丁寧に礼を言った。


「必ずやまた来る!」と家忠が言い切ると、「お待ちしております」と店主は丁寧に頭を下げて、「ありがとうございました」という声を背中で聞いて、清々しい思いで店の外に出た。


「…全然困らなかったから詰まんないよ…」という声で耳元で聞こえた。


家忠はようやく、この星の神であるゼルダが憑依していたことに気付いて、「…お人が悪い…」と眉を下げて言った。


「多少なりとも旅の予備知識は頭に入れておりました」


「…それは当然だよね…」とゼルダは言って、家忠の肩まで這い上がってきた。


「たくさん食べるようだから、

 カードにお金を入れていいてもいいかもね。

 目的地のセルラ星でも使えるから」


家忠はゼルダの言葉通りにして、ゼルダに別れを告げて社に入った。



家忠はフリージアの王家の母屋から外に出て、まずは門番でもあるフィルとあいさつを交わした。


そして都合よく、現在のフリージア王のマサカリ・ウェポンと面会することが叶った。


家忠は王であるマサカリと王妃で妻のロロカとあいさつを交わした。


そしてマサカリがタクナリの無礼を詫びたが返答に困ったので、主に伝えておくとだけ言って、信長が許している範囲内だけの散策に出た。


この地は観光地なので、人は多いのだが、純粋なフリージア王国の住人は学生が大半で、二万人弱ほどしかいない。


そしてこの地にも工場があることを知った。


この地も学生の親たちが働いているのだろうと察して、天にそびえるような巨大な円錐形の建物を見上げた。


前回は視界に入っていなかったのか、かなり新鮮な想いだった。


近くまで歩いて行くと、ホテルの説明書きがあり、木造百階建てとあったので、家忠は大いに苦笑いを浮かべた。


確かによく見ると木造で、壁はきれいに磨かれていた。


学校は石造りの城で、家屋はほとんどが木造。


よって文明文化は違っても、フリージアにも好感を持てた。


しかし観光地域は文明の利器を多用しているので、信長が嫌うこともうなづけた。


城は巨大な公園でもあるので、空いているベンチに座って早速サンドイッチの包みを開いた。


やはり風光明媚なこの場所で食うサンドイッチも大いにうまかった


そして保温用のポットに入れてもらったコーヒーも本当にうまかった。


しかし、十人前とは言えども、家忠にとってはまさに軽食だったが、素晴らしい時間を堪能した気分になって、巨大食堂に戻った。


そしてマサカリに別れの挨拶をしてから、母屋にある社に入って、本題でもあるセルラ星にたどり着いた。


まずはこのセルラ星の実質的な王に会うために、素晴らしい景色の中央公園を抜けて、『メリスンの平和を願う店』にたどり着いた。


ここに来るまでに、なかなかの猛者たちがいたが、家忠は目を合わせなかった。


そして店の中にはさらに強い者がいると思い、大きな扉を軽々と開けた。


「いらっしゃいませ!」と数名の女性店員たちの声が聞こえて、家忠は素早く辺りを見回して、カウンター席に座った。


「店主のメリスン・ランダ様にご挨拶に参った」と家忠がそばにやってきたウェイトレスに言うと、「…喜笑星の方ね…」とセイラ・ランダが、それなりの威厳を発して言った。


「いかにも。

 酒井家忠と申す」


家忠はセイラとそれほど目を合わせずに名を名乗った。


「お母さん、お客様ぁー…」とセイラは家忠に興味が失せたような口調で言った。


すると、奥の小部屋からメリスンが出てきて、「あら、いらっしゃい!」とセイラとは真逆の明るい口調で叫んだ、


家忠はまた名を名乗って、穏やかにメリスンとあいさつを交わした。


「幻影君に聞いてるわ。

 ひとり旅はいいんだけど、

 どうしてここに決まったの?」


家忠は予習していた通りに口上を述べると、メリスンは大いに納得していた。


「我が母星でもよかったのですが、

 多少は見たのでそれほど興味がわかなかったのです。

 ですがこのセルラ星は、

 少々気合いが入ると聞いておりましたので。

 人はそれなりにいて、動物王国でもあると」


「そうね、比較的田舎で、

 電気は一部でしか使っていないの。

 文明文化を停滞させた星よ」


メリスンの言葉に、家忠は笑みを浮かべてうなづいた。


そして家忠はお勧めのコーヒーを頼むと、メリスンは満面の笑みを浮かべて、コーヒーを立て始めた。


そしてメリスンはカップをふたつとポットをトレイに乗せてやってきて、家忠に配膳してから、隣に腰かけて、カップとポットを目の前に置いてトレイを一段高いカウンターに乗せた。


「…はぁ… 旦那がいなかったら…」とメリスンがつぶやくと、家忠は愉快そうに笑ってから、コーヒーをすすって、「うまい!」と一声うなった。


「私は能力者ではありません」と家忠が言うと、「…能力者以上なのはわかっているわ…」とメリスンは小声で言った。


「今、この星で一番強いのは酒井さんのはずよ。

 能力者の術なんて弾き飛ばせそうだもの」


「その鍛錬も積ませていただきました」と家忠は言って頭を下げた。


「…はあ… 弱っちい術なんて解いちゃうわけね…」


「そうでないと、能力者がいる星の旅の許可が下りませんでした。

 この星は、旅に出るにはそれなり以上の修行を積まねばなりませんでした。

 それほどでないと、旅に出る意味がないと、お師様がおっしゃいました。

 むろん、私もそう思っています」


「…昔ほど、けんかっ早いやつはいないけどね…」とメリスンは言って、店の奥の一角に目配せした。


「…まあ… 一番の跳ねっかえりが私の娘…」とメリスンが言うと、家忠は少し笑った。


「第一の要注意人物として聞いております」という家忠の言葉に、メリスンは愉快そうに笑った。


「さらには、術除けも持っておりますので、

 むざむざかかることはございませんし、

 常に鎧を着ておりますので、

 今であれば、頭と手にしか術はかかりません」


「…えっ?」とメリスンは少し目を見開いて、「…ほんとだわ…」と言って眉を下げた。


「術は衣服程度は透過するそうですが、

 この特製の鎧には通用しないようです。

 お師様の強烈な術でもかかりづらいことは確認を終えています」


「盾を、携行しているのね?」


「はい。

 鉄扇という、折り畳み式の盾でもあり武器でもあるものです。

 それをどれほど早く出すかに、明暗が分かれるそうです。

 あとは気合だけです」


「…そうね…

 術者の意識をそらすか意識を断てば、

 術は解けるわ…

 だけど、声帯が動かなくなるのよ?」


「それ以外から気合を放つ訓練を積みました。

 術は、内臓までには届かないそうですので。

 その強さは、表面に別の鎧を着せられるようなものと理解できています。

 その鎧を着せてもらって、少々厳しい修行も終えています」


メリスンはついには大いに呆れていた。


そしてさすが幻影だと思って笑みを浮かべて何度もうなづいた。


話が止まったので、家忠はメニューを手に取った。


「おお… こちらにもピザがあるのですね…

 初めて食べた時は、チーズのにおいと味が苦手でしたが、

 骨によいと聞いて好物となりました」


「…そうね…

 そういったなんでもない弱点を克服するだけで、

 何十倍も強くなれるものなの。

 それを誰もわかっていないわ…」


メリスンは遠い目をして頭を振ってから、「食べたいものってある?」と気さくに聞いた。


「せっかくなので、お勧めピザを」と家忠が笑みを浮かべて答えると、「作ってくるわ」とメリスンは少し気合を入れて言ってから立ち上がった。


そしてメリスンの見せる調理に舌を巻いた。


―― 次は苦手な調理の克服… ―― と家忠は思い、苦笑いを浮かべた。


するとセイラがやって来て、「あとで相手になって」と目を吊り上げて言ってきた。


「この場合、お断り申し上げろと申し付けられておる」と家忠は言って、少しだけ頭を下げた。


セイラがさらに目を吊り上げると、「ノスビレ村に行けばいいではないか」という家忠の言葉に、今度は大いに苦笑いを浮かべた。


「午前中であれば、急用がない限り我が門下生が大勢おる。

 その場合は、師匠か総代がおられるので、

 受けて立つと言われるだろう。

 本来の使い方ではないが、

 砂浜の村の地面は本来の十倍ほどになっておるから、

 心おきなく戦えるぞ。

 さらには、御屋形様にもう一度吹っ飛ばしてもらった方がよさそうだ」


家忠が真剣な目をして言うと、セイラは大いに気後れして、「…もういい…」と言って、仕事に戻って行った。


入れ替わるようにメリスンがうまそうなピザを持ってやってきた。


「この地はそれほど平和ではなさそうです」


家忠の言葉に、「…大きな争いがないだけの、ごく普通の星よ…」とメリスンは眉を下げて言った。


「人が多くなればなるほど平和ではなくなる」


「…特に、肉親以外が増えるとそうなるわ…」とメリスンはあきれ返ったような顔をして言った。


「だからこそ、今話題の喜笑星から人がくれば、

 誰だって興味を持つわ。

 それに、自分自身を試してみたいという欲が沸くのよ。

 願望程度に収めておけばいいのに…」


メリスンが眉を下げて言うと、「同感です」と家忠は言ってから、「いただきます」と言ってピザに手を伸ばし、さも幸せそうな顔をして口に運んで、笑みを浮かべて何度もうなづいた。


そして、飲み込んでから、「うまいっ!」と叫ぶと、店内は平和になっていた。


「…やっぱり、とんでもなかったわ…」とメリスンは辺りを見回して陽気に言って、白目をむいて床に倒れているセイラを術で浮かべてカウンター席に座らせた。


「…弱すぎる…」と家忠が眉を下げて言うと、「…この子、また落ち込んじゃうわね…」とメリスンは眉を下げて言った。


「家忠さんに対して反抗心があったから余計だわ…

 受けて立って、簡単にのされちゃった…」


「面倒な輩はこの手で倒そうと思いましたが…」と家忠は言って、店の隅にいる半数の者たちが意識を断たれ、半数は怯えている姿を見て、「それほど必要がなくなったようです」と言うと、メリスンは陽気に笑った。


「能力者がただの人間に怯えないでいただきたいものです」


「本人のせいだからいいの」とメリスンは明るく答えた。


家忠の食欲に拍車がかかり、メリスンは自慢の料理を次々と出して、家忠を満腹にさせた。


そしてメリスンは支払いを受け取らなかったので、家忠は大いに困惑して眉を下げた。


しかし材料費だけでもという家忠の言葉に、メリスンは快く従った。


その材料費だけも、軽く十人前を超える金額だった。


今日のところはこの近隣を散策して、メリスンの紹介で宿を取った。


このメリスン・ランダ村はまさに田舎で、見て回る場所もそれなりにある。


来る途中に視界に入っていた石造りの恐竜に大いに興味が沸いて、その前に立つと、説明書きの看板が立っていた。


「…石化の術で固められた恐竜…」と家忠はつぶやいて、大いに苦笑いを浮かべ、さらに術を放ったのがメリスンだと知って大いに苦笑いを浮かべた。


さらにはこの恐竜の魂までも石化していたので、中身を取り出して解放したそうだ。


ここまで書いてあると、嘘を語っているとは思えなかった。


しかもメリスンは影の王であって、表立ってはほとんどの者は知らない。


さらにはその王が飲食店で働いているなどありえなことだ。


家忠はメリスンの夫に大いに興味が沸いていた。


それなり以上の存在でないと、メリスンの伴侶は務まらないだろうと感じたからだ。


「おや?」と通りすがりの逞しい男性が声を出して家忠を見た。


家忠はすぐに男性に気付いて、「メリスンさんのご亭主でしょうか?」と挨拶なしにいきなり言った。


「…え… ええ… そういった職も兼任しています…」と男性は言ってから、ガロン・イルニーと自己紹介をすると、家忠も身分と名を名乗った。


「…さすが… 普通ではありませんね…」とガロンは納得したように言って何度もうなづいた。


「ついつい、お嬢様を吹っ飛ばしてしまいました」と家忠が眉を下げて言って頭を下げると、「…いえ、構わんのです…」とガロンは眉を下げて言った。


「確かに娘のようなものですが、養女ということになるかな?

 知っているとは思いますが、セイラはこの星の正統な女王です」


「…はあ、そっちの方の威厳でしたか… なるほど…」と家忠は言ってさらに納得した。


「さらには師匠が同じなので、兄弟弟子でもある腐れ縁です。

 子供の時から活発で、名実ともに女王の威厳を持っている子でした。

 ですが婚姻してから一変したのです」


ガロンが眉を下げて言うと、「公園の長椅子にでも座りませんか?」と家忠が言うと、ガロンは素早く頭を下げて、家忠について歩いた。



家忠は長い話を聞き終えて、「…なかなか、虚しくなるお話でした…」と言ったが、精神的修行としては大いに積めていたと感じ、心の中では喜んでいた。


「やはり、それなり以上となれば、

 なかなか素直になれなようですね。

 肉体的強さと心の均衡が取れていないような…

 頭では重々承知していても、

 自分自身の強さも維持していかないと、

 この先の人生、生きていけないという考えはあるように思います。

 万有源一様のように、転生する必要があるのかもしれませんね…

 あとは、タクナリ・ゴールドも同じでしょう」


もちろんガロンもタクナリの件は知っていて、「…今現在はただの通過点…」とつぶやいた。


「楽しいことは、ケンカを売ることでしょうか?」と家忠が聞くと、ガロンは愉快そうに笑ってから何度もうなづいた。


「旅を終えたら、ケンカを買うことにします」と家忠が言うと、ガロンは大いに戸惑ったが、出てきた言葉は、「…お願いします…」だった。


まさにわらをもつかむ感情でもあったからだ。


どれほどの偉人が係わっても、セイラは変わらなかった。


この家忠が変えられるはずもないと感じてはいたのだが、ただの人間ではないとガロンは家忠の雰囲気から感じ取っていた。


「修行もいいのですが、やはり幼少期にはそれ以外で、

 同年代と遊ぶことは重要でしょう。

 その中に、今を乗り越えることにつながる手掛かりがあるように思うのです。

 子供なので、無垢に楽しことなどを話していたはずですし、

 戦い以外の夢もあったはずだ。

 …そうか… その夢すらも壊されてしまったか…

 …まさに不憫としか言いようがない…

 …だが、同情だけでは前には進めない…

 …ここは、掟を破るか…」


家忠の箍が外れかけると、「…そこまで考えてくださって、本当にありがとうございます…」とガロンは言って頭を下げた。


「…あ、いやぁー… あはははは…」と家忠は力なく笑って大いに後悔した。


するととんでもない勢いでセイラがまっすぐに家忠に向かって走ってきた。


家忠は立ち上がって、「戦おう」というと、セイラは恍惚とした表情をした。


「だが相手はガロン様」という家忠の言葉に、ガロンは大いに目を見開いた。


「まさにお手合わせですので、掟を破ってはいません」


「…戦う意思など全くありませんからね…

 そうですね、ここは私の修行としてお願いしましょう」


ガロンは言って立ち上がってから、家忠に頭を下げた。


「申し訳ありませんが、戦った後、意識を断たれないでください。

 セイラ殿以外にメリスン様まで前に出られそうですので」


家忠の言葉に、「…能力者に言える言葉じゃないよ…」とガロンは大いに眉を下げて言った。


しかし皮肉ではなく、それなりの威厳が備わっているとガロンは判断していた。


よって、意味不明なほどにタフだと感じた。


「今日は大いに食っているので、

 いつもの数倍の力が出せそうです」


陽気な家忠の言葉に、ガロンはもう勝てる気がしなかった。



三人は店の近くにある整備された室内の組み手場に移動して、その中央に立って頭を下げあった。


家忠は武士の命ともいえる太刀は喜笑星に置いてきた。


やはり武器を携行していることは、場所によってはそれなり以上に脅威となるからだ。


もちろん萬幻武流は無手の技もあるので、腕を太刀に置き換えることも可能だ。


そして家忠は前に出る前に、「はっ!」と腹の底から叫ぶと、ガロンの様相が一変した。


まるで服を脱ぐように、男悪魔に変身していたのだ。


「…吹っ飛ばなくて助かった…」とガロンは言ってにやりと笑った。


「ですが、お嬢様がまた吹っ飛びました」と家忠が言うと、「なっ!」とガロンは叫んで、白目をむいて意識を断たれているセイラを見て眉を下げた。


ガロンは無言で首を横に振った。


相対する意味がなくなってしまったからだ。


「目が覚めるか慣れるまで、何度でも繰り返しましょう」


家忠の言葉に、「ありがとう」とガロンは笑みを浮かべて言って頭を下げた。


セイラの扱いがようやく固まったので、家忠としてはほっと胸をなでおろした。


セイラはメリスンに任せて、ふたりは肩を組んで銭湯に行った。



翌朝、家忠はメリスンの店に行って朝食を食べてから本格的に旅立つことにした。


そして一番重要な食べることだが、場所によってはカードが使えないので、ある程度は現金と食べ物を持っておく必要がある。


非常食は持っているので、家忠はそれほど気にしていなかったのだが、空腹感も修行とする意思を持った。


動物が多くいる場所は食べるものには困らないのだが、自分自身が餌となる場合があるので要注意だとメリスンに言われて、家忠は大いに眉を下げていた。


その見極めもこの旅のひとつの目的として、気を抜かないこと決めた。


まずは大まかな目標として、この町から二百里ほど離れている城を目指すことに決めた。


整備されていない道には必ずといって鳥獣保護区があるので、これを突っ切ることはお勧めではないそうだ。


よって、獣がそれほど出ない場所を選んで進むと、百里ほど増えることになるが、これも旅の醍醐味とした。


家忠が選んだ道筋だと、二カ所ほどカードを使える村があるので、食い物には困らないようだ。


しかし念のために、カードから現金を引き出して、家忠は少し気合を入れて旅の第一歩を踏みしめた。



町を出るとあっという間に田舎で、辺りには田園風景か森しかなくなっていた。


振り返ると、少し大きめの城下町という様相がよくわかる。


背の高い建物がほとんどないのでまさに田舎だが、鉄道は走っているので、これだけがそれほどの田舎ではないと言っているようなものだ。


しかも動物を気遣って、線路はすべて高架で、防音もされているようで、列車が走っていても音はほとんど聞こえないことに、ここで初めて気づいた。


しかも、この鉄道も足漕ぎで走っていると聞いて、家忠としては自分たちとそれほど変わらないと好感を持てた。



太陽がてっぺんに昇ったころ、それほど急いだわけではなのだが、もうこじゃれた村に到着した。


人の行き来はあったのだが、家忠は恐れられていたようで、声をかけることはなかった。


そして村でも恐れられたのだが、金払いが異様にいいので、この店主からうわさが広がって手のひらを返したようにいい人のうわさが流れた。


味はともかく、腹は膨れたので、一番うまかった農作物を買ってから、村を出た。


そしてご丁寧に、この村を出て城に向かうとなると、次の集落までには日が暮れると丁寧に教えてくれたので、「そうならないように気を付ける」とだけ言って、家忠は旅立った。


できれば宿泊してもらいたかったようだが、無理に止めることはなかった。


山道に差し掛かると、辺りの様子が一変した。


この近隣は東西が鳥獣保護区なので、動物しかいないと錯覚するほどだ。


もちろん、街道に動物が出ることもあるようなので、旅をする者は必ずといっていいほど武器のようなものを携行しているようだ。


家忠は少し考えて、大嵐でもやって来て折れたのか、太い枝を使って木刀のようなこん棒のようなものを作り上げると、いつの間にか人だかりができていた。


「見世物ではござらんが?」と家忠が言うと、人々は眉を下げて旅の道に戻った。


人かいなくなったところで木刀を振ると、『ブンッ!!』という音とともに、辺りの気配が一新した。


どうやら動物にも監視されていたようだと家忠は思って、食べかけの果物をその方角に向けて力いっぱい投げつけた。


どこから飛んできた木の実なのかわからないので、特に問題はないだろうと家忠は思って、木刀を背中に担いで歩き始めた。


峠に差し掛かって、今夜の宿のある村が見えたが、確かに常人の足では日が暮れると思い、鳥獣保護区を気にしながら、極力道なき道を走ると、わずか一時で村に到着してしまった。


太陽はわずかに傾いている程度で、腹もそれほど減っていない。


しかし軽く食事をして、そしてうまそうに見えた果物を買って、次の村に向かうことにした。


盆地の村なので、また山道に差し掛かったが、峠はすぐの場所にあり、進行方向の山麓には住居も見える。


今回は多少気を抜きながらも時折急いで、夕暮れ時には村に到着した。


まずは宿屋を見つけて手続きをして先に銭を支払った。


銭を見せて、しかも支払ったことで、店主は一気に愛想がよくなった。


もちろんこの村も店主に言わせると、「なにもないところ」なのだが、大自然が格別のごちそうだった。


そしてこの宿専用の割符のようなものをもらってから宿を出て、露店の商店などで買い食いをして空腹を満たした。


『金払いのいい強そうな上客が来た』という噂は一瞬で広がっていた。


家忠ひとりだけで、数十名分の銭を支払えば、そう思われても当然だった。


しかし、『国の監査』といううわさも広がったので、うかつな真似はできなかった。


強そうな者がひとり旅となれば、そう思われても当然だろう。


それを直接伝えてくれた子供たちがいたので、家忠は笑みを浮かべて話し相手になった。


「ほう、城からの監査か…

 なるほどな…」


家忠が言うと、「兄ちゃんはお役人なの?」とひとりの子が聞くと、「いや、違うぞ」と言葉少なに答えた。


「じゃ、まさかだけど、別の星から来たの?」


また別の子の言葉に、家忠は周知の事実があると理解して、「ああ、大当たりだ」とだけ答えた。


「…まさかフリージアとか、アニマールとか…」とまた別の子が言うと、「そこにも寄ってきたぞ」と答えると、家忠はもうすでに英雄になっていた。


「この星で旅をして、強くなろうと思ってな。

 君たちは、今言った星に住む子供たちよりは強そうだ」


家忠の誉め言葉に、子供たちは大いに照れていた。


「城に雇ってもらえた人だっているんだろ?」


家忠の質問に、数名の個人名が出た。


そして出戻りもいるようだ。


「別の星から来た有名人って知ってる?」と家忠が興味を持って聞くと、「…あー… メリスン村にいた悪魔の人…」とひとりが言うと、誰もが大いに苦笑いを浮かべていた。


「名前はデヴィラと言うんじゃないのかい?」と家忠が言うと、子供たちは腰を浮かせるほど驚いていた。


「今は別の星にいて、昨日までは目の届く場所にいた。

 右京和馬星って知ってるかい?」


「…うわぁー… 竜様たちの王国にいるんだぁー…」と子供たちはなかなかの情報通だった。


「この星にも、そして友好に付き合ってる星々にも希望がある。

 君たちは真面目に働いて、行きたい場所を選ぶ権利もあるんだ。

 勉強も大いにすれば、その道は必ず開ける」


「…うわぁー… 勉強かぁー…」と子供たちは一斉に嘆いた。


やはりどこの星に行っても、勉強が大好きな子はそれほどいないものだと、家忠は思って苦笑いを浮かべた。


「もしや! 喜笑星のお方でしょうか?!」とひとりの老人がいつの間にか家忠の近くにいて叫んだ。


「…喜笑星…」と子供たちはつぶやいてから羨望の眼差しを家忠に向けた。


「その質問には返答しかねます。

 まずは事情をお聞かせください」


家忠の言葉に、「…あ、いや… ぶしつけで済まんかった…」と老人は謝ってから、まずはこの村の村長のソルデと名乗ると、家忠も名前だけは名乗った。


すると村長は何度もうなづいた。


尋ね人の名前はもう聞いていて知っていたのだろう。


「実は城から連絡があり、できればお立ち寄り願いたいと、

 王直々に連絡があったんじゃ…」


ソルデが汗をふきふき言うと、「元々城には出向く予定にしていました」という家忠の言葉に、ソルデは大いに喜んでから、城に連絡をするためにこじゃれた屋敷に入っていった。


「…村長の家だったんだな…」とそれなりに立派な門構えを持つ平屋の家を見入った。


家忠は子供たちの視線を感じ、「目的は特にない、気ままな旅だからね」と言うと、真っ先に、「王様とお知り合いなの?!」と真っ先に紅一点の女子が聞いてきた。


「いや、初見だ。

 だけど、メリスン・ランダ町には、

 元王がふたりもおられるよな?」


「…そうだった…

 メリスン町から来たんだった…」


子供たちはさらに家忠を羨望の眼差しで見た。


「城には兵が大勢いるそうだが、

 その中でも優秀な者だけがメリスン町の配属になることは聞いた」


家忠の言葉に子供たちは首が千切れるほど元気よくうなづいている。


「君たちも城で働いて、

 メリスン町の配属になればいいな」


家忠の言葉に、子供たちは、「はい! 先生!」と叫んでから陽気に笑った。



「ちなみに、この辺りの名所などはないかい?

 まだまだ陽が高いから、少し見て回りたい」


「あ、すぐ近くに、ジゴクがあるよ!」と少年が明るく言うと、「…地獄があるんだ…」と家忠は大いに眉を下げて復唱した。


子供たちから予備知識を入れてから、さらに子供たちの案内でジゴクの入り口までやってくると、大勢の能力者が倒れていたので、家忠は大いに眉を下げていた。


子供たちに話を聞いていなければ、何があったのか問い正していたことだろう。


「…免許をもらっておけばよかった…」と家忠がつぶやくと、「呼ばれましたわね?!」といきなり薄い衣をまとった女性が姿を見せた。


あまりのことに、子供たちは数歩下がっていざまついて頭を下げた。


それなり以上に偉い人だろうと家忠は感じ、天照大神と雰囲気がよく似ていると感じた。


「この星の神のひとり、女神ビューリーと申します」と自己紹介をして頭を下げた。


「…ここは、神が支配している星だったのですか…

 この件は、予備知識としてなかったので、驚いてしまいました…」


「おほほほほ!

 下界に降りてくるのも本当に久しぶりですわ!」


ビューリーは言って、ジゴクに入る通行証を家忠に渡して、簡単に注意事項を述べた。


「…それで、倒れ込んでおられるのか…

 よく理解でき申した」


ジゴクの中には黒い魔物がいて、壁抜けなどをしていきなり襲ってくる。


死に至ることはないのだが、神の恐れが体内に蓄積すると、身動きが取れなくなる。


そうなってしまった場合、ジゴクの外に出て地面に寝転がっておけば、神の畏れはいずれ抜ける。


ダメージが大きいほど、そして相手が強いほど、神の畏れは抜けにくい。


そして、魔物を見事に撃退した場合、その姿は消えコインやメダルに変わるので、両替商に持って行けば、人間の使う通貨に交換してもらえる。


もしも許可がない者が入った場合、それは死を意味するので、通常は神の代行者が許可証を配布することに決まっている。


この村にもあるのだが、メリスンもそのひとりだ。


家忠は許可証を受け取って、「知らない方が驚きもあっていい経験になり申す」と笑みを浮かべて言って、ビューリーに頭を下げた。


「だが、悪い気持ちが沸かなければいいんですよね?」と家忠が言うと、「おほほほほ!」と笑ってからビューリーは消えた。


まさに、痛いところを突かれたと言わんばかりだった。


この星の神に悪意が沸かない第一の理由はジゴクがあるおかげた。


悪い気持ちはこのジゴクに飛ばされ、魔物化する。


それを人間が倒すことで、悪い心の浄化をする糧を得る。


それがメダルやコインで、それを神が体内に取り込めば、ある程度の浄化を終えることになる。


「では行ってくる」と家忠は言って子供たちに見送られてから洞窟の中に入った。


建物はなく、地下に続く階段を下る。


すると広い場所に出て、辺りを見回すと、十ほどの隧道がある。


家忠は気配を感じ、人間がいないと確信を得た隧道に入った。


するといきなり隧道の天井から魔物の頭が見えたので、こん棒のような木刀で強か打った。


霧のような物体だったのだが、手ごたえは大いにあった。


その魔物の姿は消えて、『チーン!』と軽い音がした。


家忠は油断しないように辺りの雰囲気を察知しながら、コインを拾った。


コインには絵のようなものがあり、どうやら神の肖像のようだった。


家忠は懐にコインを入れて、警戒しながらゆっくりと隧道を進み、いとも簡単に何体もの魔物を成敗した。


中には大物もいたようで、懐が大いに重くなったので、警戒しながら後ずさりして、地上に戻った。


「おかえりなさい!」と子供たちが満面の笑みで言うと、「両替商に連れて行ってくれ」と家忠が言うと、子供たちは家忠の手を取って急かせた。



両替商でもいいのだが、認められた店舗でも換金してくれるのだが、あまりのも多いので、子供たちは両替商に連れて行った。


すると、家忠の懐からわらわらと出てくるメダルやコインに、係り員たちは大いに目を見開いた。


もちろん、真否の鑑定も行い、全て本物だと認定された。


「…あいにく、これほどの現金が…」と店員が言うと、家忠はカードを差し出した。


店員はほっと胸をなでおろして、家忠はカードと明細を受け取って目を見開いた。


そして必要な金額だけを下ろして、子供たちに案内などの手間賃を支払うと、涙を流して喜んだ。


「…お金持ちはみんなケチなのにぃー…」と言った子がいたので、家忠は大いに笑った。



家忠たちが外に出ると、苦笑いを浮かべている男性がいた。


「ゼンドラド・セイントという」と男性は言って頭を下げた。


「酒井家忠です」と答えて、頭を下げた。


「メリスンの店であいさつができなかったことが本当に悔しいよ。

 俺もメリスンも元は天界にいた。

 この星の神をやっていたんだよ」


「道理で…

 メリスン様が誰よりも秀でていたはずです」


家忠は納得して言った。


そしていきなり現れたビューリーという神について話すと、「常に監視をしていて、強い者がやってきたと、我先にと飛び出したんだろう」とゼンドラドは言って苦笑いを浮かべた。


立ち話も何なので、家忠は子供たちに礼と別れを告げて、ゼンドラドとともに近くにあった茶店に入った。


席について注文をしてから落ち着くと、「どれほど儲かりました?」とゼンドラドが興味を持って聞くと、「この星だと、一生働く必要がないでしょう」と経済状況から判断して答えた。


「では、遠慮なくごちそうになろう」とゼンドラドは言って笑みを浮かべた。


「実は、真田幻影様にも挨拶できなくてね…

 本当についてない…」


この話は家忠も知っていた。


「鼫とフローラの件ですね?」と家忠が言うと、ゼンドラドは何度もうなづいて、苦虫を潰した様な顔をした。


「あなたに似た人を知っているのですが…

 松崎拓生殿…」


「…腐れ縁でね…

 古い神の一族の俺よりも力をつけた一般人…

 今となっては、神の威厳など、あってないようなものさ…」


「我が師匠の幻影様も神の子ではあっても、

 一般の動物として生を受けたそうです」


家忠の言葉に、ゼンドラドは目を見開いて、「…ヤマのやつ… そんなことはひと言も…」と言って、大いに悔しがった。


「優秀な動物は竜となる。

 だが、それは鳥に限ったこと。

 それ以外の動物は、大きく成長しても、

 今のところは神獣相当らしいです」


「…先はあると俺は思うね…」とゼンドラドはすぐさま言った。


「悲壮なことを言うかもしれんが、

 人間が増え過ぎないように調整を施していることがひとつある」


「野良悪魔が沸く件、ですね?

 すでに経験を終えています」


家忠の言葉に、「…優秀なはずだ…」とゼンドラドは笑みを浮かべて言って何度もうなづいた。


「それに似たことを、その動物たちがするのではないかという想いもある。

 人間さえいなければ、誰も無謀なことはしないからな。

 悪意が沸くこともない。

 もちろん今の話は憶測で、確信などは何もない。

 俺のただの勘だ」


師匠に対しての冒涜のような発言だったが、家忠は冷静に考えて、―― それは考えられる… ―― と肯定していた。


「そうなった時は覚悟を決めましょう。

 俺の信念に則って、這ってでも生をつかみます」


「俺もそう決めた。

 色々と考えたが、策を持っていると、大いに疑われるからな。

 お師匠様にも伝えておいて欲しい」


ゼンドラドが頭を下げると、「…言っても気まずい、言わずとも気まずい…」と家忠は常識的に考えて言った。


「琵琶家を離れたらいい」とゼンドラドはにやりと笑った。


「その時は、ひとりで生きて行きますよ」と家忠が気さくに言うと、ゼンドラドは大いに苦笑いを浮かべて、苦いコーヒーを飲んでさらに苦い顔になっていた。


「もしくは、御屋形様以上の主を見つけます。

 しかし、どこにもいるとは思えない…」


「あんたがそうなるんじゃないの?」というゼンドラドの言葉に、家忠は目を見開いた。


「俺なんて、あんたと比べると大いに格下だ。

 織田信長様と同じ魔王だと感じる。

 わかっているだけで現在は五名しか確認できていない。

 よって、あと四人もいるんだよ」


「…そうなった時にも、覚悟を決めましょう…」と家忠は言って瞳を閉じた。


家忠には複雑な感情が沸いただけで、それに輪をかけて冷静になってしまった。


今言った自分の言葉が現実になるような予感すらした。


信じる主を離れ、ひとりで暮らすのかと思うと、今の家忠には考えられないことだった。


「…よき主には、縁がないように生まれてきたのかなぁー…」と家忠が嘆くと、ゼンドラドが大いに興味を持った。


もちろん、信幻もよき主なのだが、家忠にとっては子供としか言いようがない。


そして戦場での数々の主の話をゼンドラドにすると、「…壮絶だな…」と感慨深く言って何度もうなづいた。


「ですが、その度に俺は強くなって行ったような気がしているのです。

 まさに、主たちの悲願が、俺に宿ったような…」


「俺はその種族を知っている」とゼンドラドが言うと、「はい、神、ですね?」と家忠が答えると、ゼンドラドは大いに苦笑いを浮かべて頭をかいた。


「信者の願いなどを受け、神は大きな力を得る。

 ここにきて、わずかですがそれが上がったように思っています。

 先ほどまで一緒にいた、子供たちがそうです。

 …旅は、神修行でもあるのか…」


家忠は言って大いに考え込んだ。


ゼンドラドは家忠はいなかったとして、ここからは友人として大いに話をした。



店を出るともうすっかり夜になっていた。


店先でゼンドラドと別れ、宿に行くと食事の準備が整っていた。


妙に気合が入っている豪勢な食事だと思っていると、村長が全て話したようだった。


やはり気合いが入っている料理もうまかった。


そして大いに食らうので、家忠が追加の銭を支払って材料を買ってきてもらって食べ続けた。


食事を終えてから、家忠は外に出て、人も動物もいない空き地に出て、こん棒のような木刀を振った。


辺りには、『ブンッ! ブンッ!』という木刀のうなりしか聞こえない。


虫たちすらも退散したのか、生命力は草や木からしか感じられなくなっていた。


―― そう、これが孤独だ… ――


家忠はこの感覚も楽しむように、木刀を振った。



すると、人の気配がしたので、家忠は手を止めた。


「近づくと危険だ」と家忠が正面を向いて言うと、『弟子にしてください』と頭の中に響いてきた。


「今は旅の途中だ。

 旅を終えてからすべてを決める」


『はい、邪魔をしてごめんなさい』


まだ姿すら確認していない者が言って、その気配が消えた。


―― 気功術師? いや、能力に覚醒した子供だ… ―― と家忠は考えて苦笑いを浮かべて、また木刀を振り始めた。


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