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赤い幻影 akaigenei ~プリンセス・ナイト編~      赤見切 akamkiri


   赤い幻影 akaigenei ~プリンセス・ナイト編~



     赤見切 akamkiri



大作は予定を立てていた。


とはいっても、今は早朝の稽古中で、型通りに順番に木刀を振っている。


最近は一日の杞憂に思ったことは先延ばしにせず、できる限りその日のうちに整理をつけるようになり、正確に木刀を振りながらも別のことを考える余裕ができてきた。


さらにはその冷静さは研ぎ澄まされていて、一喝を入れようとした幻影が立ち止まったほどだ。


もちろん、師匠の指導として、『余計なことを考えるな!』と叱るつもりだったが、すべてを修行にしていて、背後にいる幻影の存在も見抜いていたと察したのだ。


「…兄者、いいのでしょうか?」と弁慶が大いに心配しながらやって来て小声で聞いた。


「…弁慶も来たときちんと把握しているからな…」と幻影も小声で言うと、―― とんでもないな… ―― と弁慶は思いながら苦笑いを浮かべて首を横に振った。


もちろん、師範代級の者たちも大いに怪訝に思って、幻影に寄り添いたいところだった。


「…俺たちが試されていると言っていいが、

 大作にそんなつもりはない…

 頭の中はたぶん三つのことが渦巻いているようだが、

 全てが円滑に見えているようだ…

 ここで喝を落としたら俺が恥ずかしいことになる…」


幻影が苦笑いを浮かべて語ると、弁慶は小さくうなづいてから、全神経を大作に集中して、幻影から半歩下がり、右に二歩動くと、大いに苦笑いを浮かべた。


大作の意識が、弁慶を正確に認識していると感じたのだ。


そして今日のところは邪魔をしないことにして、大作の真似を始めようと弁慶は心に決めた。


「黙ってても暇だろ?」と大作は少し離れて見ている茜にも声をかけるほどの余裕があった。


しかしこれは、今日の予定をすべて決めたので、頭の中は三つのことで渦巻いている。


大作はこれが限界だと察していたからだ。


茜は話しづらそうにしていたが近くに幻影がいたので顔を向けると、笑みを浮かべてうなづいたので、「…全然暇じゃないよ…」と少しだけ神妙に言った。


「茜も木刀程度は振った方がいいと思うんだけど?

 別に流派の門下生になる必要はないと思うし。

 今の僕の動きはそれほど早くないから、

 少しはマネができると思うけど?」


大作の言葉に、「…う… うん… そうするぅー…」と茜は言って、物置小屋に向かって走って、今の茜でも十分に触れる、少し短い木刀を持ってきた。


そして大作の動きをじっくりと観察してから木刀を振って、足さばきと身のこなしの真似をした。


すると、ゆっくりと踊っているような感覚になって、茜は少し陽気になってきた。


そして大作が少し複雑で軽快な動きを見せると、茜はさらに陽気になって、踊るように木刀を振った。


―― 見ることも修行! ―― と言わんばかりに、大勢の門下生たちが、ふたりの動きに酔いしれていた。



大作は学校が終わってから昼餉を摂って、茜とともにアニマール星に渡った。


もちろん信長に事情を話して許可を得ている。


信長としては注意事項として、ひと言ふた言言いたいところだったが、濃姫があまりにもにらむので何も言わずに許可を出していた。


『わかり切ったことを言ってんじゃないわよ』と確実に言われると察していたからだ。


大作は早速春之介と優夏に挨拶をして、アニマールを訪れた事情を話し始めた。


「来てくれたのはうれしいんだけど、

 喜笑星にもその候補はいるよね?」


春之介の素朴な疑問に、「積極性を試しています」と大作が即座に答えると、「…それはその通り…」と春之介は言って何度もうなづいた。



ふたりは春之介と優夏の案内で、学校が終わった学生たちが集まる場所に姿を見せると、誰もが大いにうわさ話を始めたのだが、春之介がいるのでそれほど声を張らないし近づかない。


「…うふふ… 今もさらに試練だわ…」と優夏は陽気に言った。


様々な場所を四人で歩いたのだが、全てはあいさつで終わり、話をした生徒はひとりもいなかった。


「じゃ、最後に有望株がいるところ。

 小人数だが、まさしく、ものづくりに励んでいるはずだ」


春之介の言葉に、大作は大いに期待をした。


だがここでもごく普通に挨拶だけで終わったのだが、大作は上機嫌だった。


「…雇ってもいい方は十名ほどおられました…

 ですが、その情熱を持っておられるのは、わずか一名です…」


「…なかなか厳しくていい…」と春之介は小声で返した。


「…残念ながら女子なので、

 茜が捕まえてきて欲しい…

 これも修行だから、奥の手を使ったって構わないから」


大作の陽気な言葉に、「…わかったわ…」と茜は答えて、今の姿のまま後ろ向きに走って素早く振り返って、目的の者の前に立った。


身長は茜と同じほどで、年齢も似たようなものだったが、茜よりも苦労をしたのか、その顔は大いに大人びていた。


「…その手で来たか…」と春之介は言ってから、陽気に笑った。


「振り返ったとたんに逃げると思っていました。

 ですので振り返らずに走れば、

 相手にはよくわからないまま距離を縮められるので、

 茜の実力でも問題ないと思ったのです。

 そして驚いてしまって金縛り状態になる。

 あとは…」


大作は言って見つめあっているふたりを見た。


そして女子学生の金縛りが解けた途端に走り出そうとしたのだが、茜が姫に変身したのでまた固まった。


ここで大作たちは徐に茜に寄り添って、女子に自己紹介を始めた。


少女は春之介と優夏もいることで、今回は逃げずに、「…マリア・コーチャーです…」と小声で自己紹介をした。


「捕まったら話したってことでいいの?」と大作が気さくに言うと、「…あー…」とマリアは大いに眉を下げて言って、「…最終的にはそうなりましたぁー…」と答えると、春之介と優夏は愉快そうに笑った。


「初めからずっと僕たちをつけていたよね?

 目的を聞かせて欲しいんだ」


するとマリアは大いに慌てて、ポケットがやけに多い服に手を突っ込み始め、そして財布を地面に落としそうになったので、茜がすぐに手に取った。


「…重い…」と茜が言うものもっともで、財布には大作が作った根付が、『これでもかっ!』と言わんばかりにぶら下がっていたからだ。


「たくさん買ってくれてありがとう」と大作が礼を言うと、「…すっごく好き…」とマリアが言うと、茜は大いにホホを膨らませた。


「その好きなものを作ってくれる人材を探しに来たんだけど、

 手伝ってくれないかな?」


大作がさっそく勧誘を始めると、茜は、―― 根付が好きだった! ―― と思い直して大いに恥ずかしくなってホホを赤らめた。


「特に住む場所は指定しないから、ここから通ってもいいし、

 喜笑星に移住してもらってもいいんだ。

 気持ちが決まったら、総学長に伝えて欲しい。

 僕の父が木工細工の店をやってるんだけど、

 大盛況でね。

 どうしても弟子が欲しいから勧誘に来たんだよ」


「…後になると、お話しできないかもしれないから…」とマリアは言って春之介を見て、「今までの御恩は絶対に忘れません!」と初めて声を張って言った。


「いや、最後の最後に心の声を聞けて良かった」と春之介が言うと、優夏は号泣していた。


「だが、マリアが彫刻をしてるってどうしてわかったの?

 …あ、聞くだけ野暮だった…」


春之介が言うと、また茜のホホが膨らんだ。


「この根付以外に、別注文の彫り物を売ったのです。

 その時に、マリアさんも彫刻をしていて、

 それなりの腕だということもわかっていました」


大作の自信がある言葉に、「そうか、手のひらだね?」と春之介が聞くと、「はい、そうです」と大作が答えると、マリアはすぐさま両手を背後に隠した。


「彫刻刀らしきタコが数カ所にあって、

 手の手入れが行き届いていて、怪我をしていませんから。

 それなりに経験はあると、すでに見抜いていました。

 もちろん、今回のようにうまくいくとは思っていませんでしたが、

 最悪、総学長にお願いしようと考えていたのです」


春之介は大いに納得して何度もうなづいた。


「だが、美術の成績はそれほどではない。

 どうやら籠ることで実力を発揮できる性格のようだね」


春之介の言葉に、「…授業中はどうしても、怪我をしそうで…」とマリアは言ってうなだれた。


「だけど、僕の師匠の前では披露する必要があるけど、

 大丈夫かなぁー…」


大作の言葉に、マリアは目を見開いて、「頑張ります!」と大いに気合を入れて叫んだ。


「いや、冷静になった方が、さらに認められるって思うよ…」と大作が眉を下げて言うと、「…いろいろと、がんばりますぅー…」とマリアは何とか言ってうなだれた。


マリアは一旦部屋に戻って、彫刻の道具だけを持って戻ってきた。


大作はすべての道具を見せてもらって、「…手入れはいまいちだけど、まあ、及第点かなぁー…」という厳しい言葉に、マリアは少しだけ喜んだ。


「でも、師匠は問題なしって言うと思う」という大作の言葉に、マリアは大いに戸惑っていたが、「…大作君は師匠を超えたのね…」と優夏は眉を下げて言った。


「その判断は難しいのですが、

 僕はまだまだ修行が足りませんから。

 もっともっと作って、

 時間をかけて自信を持つことに決めています」


「…私も、そうしますぅー…」とマリアは心細げに言った。



大作と茜は早速マリアを喜笑星に連れて行った。


春之介と優夏も興味を持ってついてきて、五人で木材加工店に行った。


「師匠! 弟子候補を一名連れて来ました!」という大作の陽気な叫び声に、「おっ! そうなのかっ?!」と健吾は陽気に叫んで、振り向いてから固まった。


そして、「…真理愛まりあ…」とつぶやいたのだ。


春之介と優夏は笑みを浮かべてうなづいた。


ふたりは、多少のことでは驚かないように鍛え上げられている。


「…はは、またうまく見つけてきたもんだよ…」と幻影は作業の手を止めて笑みを浮かべて言った。


「…い、いや… 真理愛は死んだんだ…」と健吾は言って、マリアに頭を下げた。


「…マリア、って… まさか、俺の母ちゃん?」と大作が聞くと、「ああ、そうだ… この子に生き写しだった…」と健吾は言って笑みを浮かべた。


「元はと言えば、彫り物が好きなのは真理愛だ。

 俺は不器用ながらも真似をしていたにすぎない。

 お前を生んでしばらくしてから、

 彫り物を再開してすぐに、

 指に怪我をしたんだが、よくないものが入っちまって、

 謝りながら死んでいきやがったんだ…」


健吾は泣きたいところを我慢して話し終えた。


「…死んじゃって、ごめんなさい…」とマリアが謝ると、「あんたが謝らなくていいんだ」と健吾は言って、早速マリアの腕前を見ることになった。


マリアは多くある素材から、一番堅い木を選んでから、「…研いで、くださいぃー…」と大作に願い出た。


大作は笑みを浮かべて彫刻刀などをすべて研いで、真理愛に返した。


「…うっ 新品…」とマリアは言ったが笑みを浮かべて大作に礼を言って、早速彫刻刀を木に当て、さらに笑みを浮かべて、サクサクと固い木を彫り始めた。


「繊細だな… 動物?」と大作は言って、完成予想を頭に浮かべたが、見たことのない動物だった。


彫り進めると、それは鳥だとようやくわかった時に、ほぼ掘り終えていた。


「…怪鳥…」と春之介がつぶやくと、優夏も賛同して何度もうなづいた。


「…かわいいですぅー…」と茜が言うと、誰もが茜を見入っていた。


どう考えても獰猛そうで、かわいらしさはひと欠片もないが、作品は素晴らしいものだった。


「弟子どころか、一緒に働いてください!」と健吾が頭を下げて言うと、マリアはすぐに立ち上がって、「よろしくお願いします!」と声を張って言った。


「…ほかの人は雇わない方がいいかなぁー…」と大作が眉を下げて言うと、「手伝えるところまで手伝うから、それでいい」と幻影が言うと、大作は笑みを浮かべて頭を下げた。


もちろん大作も働くので、今までよりも大いに効率が上がることはわかっていた。



「…それほど良くないと思うが?」と謁見に来たマリアに向けて信長が言うと、「…過去のことですわ…」と濃姫はなんでもなことのように言った。


「私としては別にかまいませんの」と菫は笑みを浮かべて言った。


「茜の母でしたが、健吾さんとは夫婦ではありません」


菫の言葉に、「…手を出すわけがねえ…」と健吾は言って菫をにらんだ。


「…そういえばそうじゃった…

 正体を知っておったんじゃからな…」


信長がさも当然のように言うと、菫が大いに睨んでいた。


「…ほんに男どもは…」と濃姫は言って、これ見よがしに首を横に振ると、信長と健吾は大いに首をすくめていた。



「ところで文化祭の褒美だけど、何かいい案ない?」と春之介が大作に聞くと、「…そうですねぇー…」と言って考え込み始めた。


「…何年経っても色あせなくて、ずっと形が変わらず残っているもの…」


大作がつぶやくように言うと、「じゃ、こういうのはどうだい?」と春之介は言って、透明のケースを出した。


「…うう… すごい…」と大作は言って、ケースの中身を見入った。


「最低でも千年程は色あせずにこのまま残る」と春之介は自信を持って言った。


ケースの中には、春之介たち学生と文化祭の時に出店していた店の模型が入っていたのだ。


それは写真以上に鮮明で、まさに色あせない記憶だと大作は思って、無心で見入った。


「よかった、決まった」と春之介が言うと、「…あたし、先生だからぁー…」と桜良がねだってきたが、「生徒専用」という春之介の厳しい言葉に、桜良は大いにうなだれた。


大作は模型から眼を離して、春之介の素材の話を持ち掛けた。


春之介は数種類の密閉ケースに入った粘土のようなものを出した。


そして大作に取り扱いの説明をしてから、大作は早速試しに、茜の詳細な人形を作り始めると、「…むむ、やるな…」と春之介がうなった。


「…あ、本人よりも美人にできた…」と大作が言うと、茜は大いにホホを膨らませたが、人形を見入った。


「じゃ、この光を当てると、完全に固まるから」と春之介は言って、人形をケースに入れてから黒いフードをかぶせた。


そしてフードにあるボタンを押すと、「終わりだ」と言ってフードを外した。


大作が人形の足先に触れると、「…おー… 固まってるぅー…」と言って大いに感動していた。


そして大作は今度は姫様を造って大いに喜んだが、この人形も茜に取られてしまった。


「あ、あ」とマリアが言って茜を見ると、「人気投票第一位」と茜は自慢げに言った。


「…幻覚を見せられてたんじゃなかったんだぁー…」とマリアは言って、茜に笑みを向けた。


「粘土ですけど、もっとたくさん頂けませんか?」と大作が聞くと、「別にかまわないけど…」と春之介は答えたが、その理由を聞いて眉を下げた。


「…友人想いで何よりだよ…」と春之介は言って、快く大量の粘土と道具一式を大作に進呈した。


クラスの人数は三十名で、関わりのある教師は三名。


よって三十三個の模型を造ればいいだけなのだが、相当に時間がかかる。


だがここは気合を入れて、幻影に異空間部屋を使わせてもらうように進言した。


一日につき五時間という制限は受けたが、大作はしっかりと礼を言って、早速異空間部屋に入って、模型を五つ完成させた。


そのうちのみっつを桜良、沙織、志乃に渡すと、三人は涙目になりながらも、詳細な教え子たちの模型を見入った。


「…先生方に恩返しができた…」と大作は言いながらも、ハイネに用意してもらった食事をもりもりと食った。



この日の翌日に、総学長から文化祭での褒美が、大作のグループの一名ずつに進呈された。


そして沙織は、昨日大作に作ってもらった模型を教卓に置いた。


「現在、この模型を作ってもらっているところです」と沙織が言うと、生徒たちは目を見開いて大いに喜んだ。


「少し時間がかかるので、

 皆さんは楽しみにして待っていてください。

 ちなみにこの作品は私が頂いたものです」


沙織の言葉に、生徒たちは少し白い目で沙織を見た。


「見本は必要でしょ?」という沙織のもっともな話に、誰もがうなづくしかなかった。


「ちなみに、万有先生が自慢をされると思いますが、

 我慢してあげてくださいね」


沙織の言葉に、生徒たちは大いに不満そうだったが、何とか返事をした。


しかし、もらえることはわかっているので、その日を楽しみにして笑みを浮かべた。


「…写真よりもすごいぃー…」と最前列の生徒たちが言い始めると、一人五秒として展覧会が始まった。


そして大作は、総学長の作品をその隣に置いた。


「え? 違う人が作ったの?」ともう目ざとく知られてしまったので、大作は大いに眉を下げた。


「色々と想いはあるでしょうが、

 このクラス全員の模型の方は善意で作っていただいている最中ですから」


沙織の言葉に、生徒は一斉に黙り込んだ。


もちろん、批判まがいのことは言えないと思って口をつぐんだのだ。


しかしこのクラスの生徒たちの心はひとつだった。


量産品と手作りでは、その出来栄えも想いも全く別物なのだ。



大作はこの日から基本的には木材加工店の職人として働くようになった。


しかし夕餉のあとは自由時間なので、流派の修行をすることもあるし、茜の希望を聞いて遊ぶこともある。


クラス全員の模型は三日間十五時間で作り上げたので、多少の解放感を感じていた。


よって、―― 甘やかしだったかも… ―― と爽快感とは逆のような気持ちも沸いていた。


もしも全校生徒となると、それほど簡単なことではない。


もちろん、誰もが大いに協力的だったことがいいわけにもなるので、間違ってはいないと思ったが、やはり釈然としないものがある。


よってこの先、依頼があっても作らないと一旦は決めたのだが、商売をしている限りは偏見を持ってはいけない。


―― お金で中和させるしかないかなぁー… ―― と大作はまた悩み事ができていた。


大作は茜に聞くと、「…作って欲しいんだけどぉー…」と言われてしまったので、―― やぶへび… ―― と思って大いにうなだれた。


全く知らないクラスであれば断わることもできたが、短い期間とはいえ、大作もそのクラスにいて、ひとりひとりしっかりと覚えている。


―― 修行とするか、非情になるか… ―― とまた悩み始めた。


「…ここで冷酷さを発動することもできる…」と大作が言うと、「…諦める必要もあるのね…」と茜は眉を下げて言った。


「関係のある人全員が欲しがったら?」


大作の言葉に、「…罪悪感が…」と茜は言ってうなだれた。


姫の意見を聞かせて欲しいと大作は言ったのだが、茜は首を縦に振らなかった。


よって、大作のように非情になるべきと答えたのではないかと大作は考えた。


「…総学長のように能力者だったら…

 いや、できないことを言っても仕方ない。

 ここは鬼になって、ほかは断る!」


大作の言葉に、「あーあ…」と茜は言ってうなだれた。


大作は画用紙など、絵描き道具を工房から持って来て、手早く描いて着色してから、「ほらこれ」と言って茜に見せた。


「…早いし、すごぉーい…」と茜は笑みを浮かべて言った。


大作の身長が茜と同等だったころの大作もいることで、茜は大いに喜んでいた。


「茜が人気投票第一位になったお祝いだ!」と大作は叫んで、クラスの人数分と同じ絵を描き上げた。


「俺の名を出さずに渡して欲しい」と大作が言うと、「…う、うん… その方がいいみたい…」と茜は言って、乾いていることを確認して画用紙専用箱に入れた。


「…ま、俺が描いたと察する人はいるだろうけどね…

 できれば言わせないで欲しい…」


「…難しいぃー…」と茜は言って頭を抱え込んだ。



翌日、茜は大いに練習した口上を述べてから、クラス全員に、『三年一組のある日の風景』と題名がついている絵を渡すと、誰もが目を見開いた。


口上の効果があったようで、茜に礼だけ言って、全員が笑みを浮かべて絵を見入っている。


「ほう、どこの画伯に書いてもらったんだい?」と後ろの扉から入ってきた担任教師の赤坂拓郎が言うと、声が聞こえた生徒たちは腰を浮かせて驚いている。


「人気投票一位になったお祝いです!」と茜が咄嗟に叫ぶと、「…そうだよなぁー… 文化祭のご褒美をもらったのは竜神君だけだからなぁー…」と赤坂は言って、ゆっくりと歩いて教壇に立った。


「誰もができることじゃない。

 だからしっかりと、心の中でお礼を言っておいた方がいいだろう。

 もちろん、強請ってくれた竜神君にもだ」


赤坂の言葉に、茜は大いに眉を下げたが、ここは大いに大作に感謝した。


「非常に素晴らしことだと先生は思った。

 だけど、あまり自慢して回らないように。

 いろいろと、困ったことも起こりそうだけど、

 最終的には琵琶様からのお叱りがあることで決着しそうだけどね」


生徒たちは一斉に絵を隠すように、もらった箱に入れて机の中に入れた。


「すべてのことを平等にできないことが世の常だ。

 よって、何かを得た者が特別となってしまうのだが、

 特別となった者はまた誰かに特別を与えればいい。

 その特別が大いに広がれば、

 特別が特別ではなくなることもあるだろう。

 強制ではなく、やさしい心だけをもって、

 実践してもらいたいね」



「…って、赤坂先生が言ってた…」と茜が学校からの帰り道に大作に語ると、「すごい真理だ」と大作は笑みを浮かべて言って、さらに心がすっきりとした。


ある程度の心構えができた大作は、幻影に今回のことをすべて話した。


幻影は笑みを浮かべて何度もうなづいてから、「何かをした者に迫るのではなく、その相手を慮ることが先だろう」という回答にも、大作の道がまた開けた。


「少し考えれば、

 与えてくれた人がどれほど大変なのかはすぐにわかることだ。

 子供であればさらによく理解できるだろう。

 やれと言われてできる子なんてほとんどいないんだから。

 …あ、偉そうなことを言ったな!」


幻影は笑ってごまかしたが、大作だけではなく、萬幻武流の師匠として、誰もが頭を下げた。


「だが、大作は校長に言ってないだろ…」と幻影が眉を下げて言うと、「…あとで、学校に行ってきます…」と大作も眉を下げて答えて、頭を下げた。


「この場合、学校の教育の一環だから、

 校長が発言するだけで方針が決まる。

 そのための校長でもあるからな。

 それに、時間は限られてはいるが、

 校長にも教えを請え」


「はい、ありがとうございます」と大作は笑みを浮かべて礼を言った。


「…ふん… ワシが叱れば、すべてが解決するか…

 うまいことを言いよる…」


信長は赤坂教諭の言葉を気に入ったようだ。


「優秀な教師がいることがわかって、胸をなでおろしています」と幻影が言うと、信長も大いに賛同してうなづいた。


「問題は、赤坂拓郎が校長に報告したかにかかっています」


幻影は言って沙織を見ると、「何も聞いてないわ」と答えて志乃を見ると、首を横に振った。


「校長はここに来るかな?」と幻影は言って少し笑った。



大作は食事を早々に済ませて学校に戻り、校長室に行くと食事中だった。


しかし大作は校長室に通され、要件を話し始め、しばらくすると、「あ、そこからは聞いた」と大吉は言って止めた。


「琵琶様も色々と語られたことじゃろうから聞かんでおく。

 それに、この件では述べることは何もない」


大吉の言葉に、大作は少し目を見開いた。


きっと、有益な何かがあると感じたからだ。


しかし大吉はまだ語り終えてはいなかった。


「どのようなことでも、様々な事情があるものだ。

 その時々にどうすればいいのか考えることが得策だと思った。

 あまり規則で縛ってしまうと、

 子供たちは身動きができなくなってしまう。

 よって、規則を決めるのは大人になってからでもいいとワシは考えた。

 基本的には、この学校には穏やかで平和の象徴のような子供しかおらん。

 その範疇で、子供たちは考えるはずなんだ。

 わからなければ教師や上級生、親などにに聞くこともあるだろう。

 そうやって話を広げることも、

 悪いことではないとワシは考えている。

 もちろん、悪気なく窮地に立たされる場合もあるだろうが、

 その時が教師たち大人の出番だ。

 その時々の事情によっては、無理を言うこともあるだろう。

 しかしそれを極力抑え込むことが教師の務めだ。

 今回の大作と茜の件はうわさがうわさを呼ぶかもしれんが、

 教師に任せればいいとワシは思うのじゃが、

 大作はどう思う?」


「はい! お任せしようと思いました!」と大作は笑みを浮かべて答えた。


大作は深く考えすぎていた。


学校というシステムの中にいる以上、そこでの師匠に頼って当たり前なのだ。


大作が答えを得ようとしていたのは、大人の領分だと思い直して、清々しい気持ちで、師匠に頭を下げた。


「ま、進級した時に、少々騒ぎになりそうだから、

 多少は考えておいた方がいいかもな」


大吉の言葉に、「あはは、できれば騒ぎにならないように気をつけます」と大作は言って頭を下げた。


「…しかし…

 数日、目を離した隙に成長したもんじゃ…

 ゆっくりと肩の力を抜いてみろ」


大吉の言葉に、大作は言った通りにすると、「えっ!」と叫んだ。


「…気功術が、発動していた…

 …どうして… …あ…」


「働き過ぎ」という大吉の言葉に、大作はまた納得していた。


「働くのも程々だ。

 では、右腕だけに神経を集中して逞しくしてみろ」


大吉の言葉に、大作が少し気合を入れて考えただけで、右腕だけが筋肉隆々の逞しさとなった。


そして大作は目を見開いたまま気合を抜くと、元に戻った。


「真田様は気付いていたはずなんじゃがなぁー…

 ワシに、花を持たせてくれたのかなぁー…」


「…あはははは…」と大作は答えられる適当な言葉が見当たらなかったので、空笑いをした。


「背伸びをしていたといったところだな。

 わずか十才で…

 と言いたいところだが、

 これは一種の運命かもしれん…

 まずはこのまま、最終形態に入ってもいいのかをきちんと考えた方がいい。

 早ければいいというものではないからな。

 ちなみに、本来ならば喜ぶべきなのだが、

 様々な研究をして、覚醒を拒む者もいるらしい。

 その方が、さらに大成する可能性が上がるそうだから。

 無理のない程度で、抗ってみるのも一興だと思う」


「はい! ご指導、ありがとうございます!」


大作は大いに喜んで、大吉に礼を言ってから、手土産を置いて行った。


「おっ! 干し肉に干物!」と大吉は陽気に叫んで、大作に礼を言って、陽気に食らい始めた。



大作が安土城のくつろぎの間に戻ると、誰もが目を見開いていた。


ほとんど大人だった大作が子供に戻っていれば、誰だって驚くだろう。


「…大吉のやつぅー…」と信長は大いに悔しがった。


「経験を積み過ぎるのもよくないと思いました」


「…気功術かけっ放しは考えられないが…」と幻影すら困惑していた。


「…だけど、模型、いいの?」と茜が心配して言うと、「あの時の真実だからいいんだ」と大作は陽気に答えた。


「…それで、本題の件は何と言いおった?」


信長が大いに気になって聞くと、大作は一部始終を語った。


「…校長も立派だった…」と幻影は言って笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「…琵琶家から見ると、学校は余計なものじゃが…

 ないと生き急ぐ原因ともなるか…」


信長は言って、大いにうなだれた。


「着物を着替えてまいります」と大作は言って部屋を出た。



大作は寝所に行って、廿楽に入っている前の着物に着替えていると、着物に挟むようにして紙があった。


四つ折りにしているだけで、墨で文字が書いてあることがわかる。


大作が紙を開いてみると、『大作十才』と菫だとわかる文字が書かれていた。


大作は心が温かくなって、紙に向かって頭を下げた。


―― 子供らしく親孝行… ―― と思ったが、それをして大人としてさらに成長してしまったと考え、また悩み始めたが、―― 不可抗力! ―― と適当に考えてから、廿楽の蓋を閉めて押し入れに戻した。


―― 仕事よりも遊びだけど… ―― などとまた考え始めたので、ここは健吾に謝ろうと決めた。


子供らしく、友人たちと遊ぶことに決めたのだ。


大作は健吾に仕事を離れると言ってから、さらに弟子候補を見つけてくると言った。


健吾は少し寂しそうだったが、大作の意思を尊重して、感謝もした。



茜は年相応に戻った大作を歓迎していた。


今回は右京和馬星分校に行くことにして、アニマールに移動すると、「…おいおい…」と春之介が眉を下げて大作たちを出迎えた。


大作は詳しく話をして、「気功術は判断が難しいからね」と春之介は眉を下げて言った。


「だけど、ごく普通の対応だけど、

 気功術に覚醒しただけでもすごいことだと思うんだけど、

 お祝いとかしてもらったのかい?」


春之介の言葉に、「…そう言えばそうでした…」と大作は今更ながらに目を見開いた。


「いや、だからこその琵琶家だと思う。

 しかしその優秀な君を使えないのは痛手だけど、

 君の信じた道を行ってもいいさ。

 師匠が三人もいるんだから、

 何も問題はないさ」


大作たちは春之介に見送られて、右京和馬星の高台に出た。


「…不思議なところ…」と茜は言って、周囲をぐるりと見渡した。


そしてこの星の門番の大屋京馬に挨拶をして、まるで高台巡りをするようにして、学生たちの午後のひと時の邪魔をした。


ここの分校は住める土地が狭いだけに、生徒数は三千人だが、喜笑星の約倍の生徒がいるので、若者が大いに目立つ。


挨拶はするのだが、今回も付き添いがいることで、それ以外の接触はない。


この高台にも、様々な工房があるのだが、アニマール本校よりも利用者は少ない。


どちらかと言えば大勢での遊びが目立つ。


しかし今回は少々違って、大作も覚えていた二人がすぐに寄り添ってきて、朗らかに挨拶をして、自分たちが作り上げている作品を鑑定してもらうことになった。


ふたりとも体つきはもう大人で、高等部の二年と三年だった。


―― 商品には無理かなぁー… ―― と茜は考えていたが、大作はふたりをこの場で、健吾の弟子候補にすると決断すると、寝耳に水だった二名はすぐさま京馬を見た。


「ここにいたって、君たちの腕はそれほど変わらないように思うのだが?」


京屋の言葉に背中を押されて、ふたりは右京和馬星を出奔することに決めた。


「君をスカウトしたいほどなのに」とツインテールを揺らしながら、校長のパティーがやってきた。


「校長先生は今日もかわいいです」という大作の言葉に、「…人妻を褒めたってなにも出ないわよぉー…」とパティーは言って大いに照れていた。


茜としては微妙なようで、苦笑いを浮かべていた。


「事情は確認したわ。

 転校は一週間後。

 今までに積み重ねたものはすべてリセットして、

 喜笑星分校の校長が学年とクラスを決めるから。

 今のうちに、さらにお勉強しておいた方がいいわよ」


パティーの言葉に、ふたりは大いに焦って、今日のところはものづくりはほどほどにして、丁寧に片づけをして学校に向かって走って行った。


「…現状は維持できるって思うけどね…」とパティーは笑みを浮かべて言った。


すると薄い灰色の竜と真っ赤な竜が飛来してきて、高台に降りる前にゲイルとゲッタに変わって地面に向かって降りてきた。


あまりにも素早い行動に、茜は目を見開いていたが、大作は手を振る余裕があった。


茜はここは姫の姿に代わって、大作の真似をして手を振った。


ふたりはすぐさま姫と大作に挨拶をして、来星を歓迎した。


そして京馬がその事情を話すと、「親孝行で何より!」とゲイルは言って大作を褒めた。


姫は茜に戻り、褒められている大作に笑みを向けた。


「俺たちも琵琶家にはまだまだ世話になっているほどだからね。

 無理は言わないが、休みの日には、

 信長様にお願いして同行してもいいんじゃなのかな?」


琵琶家家人は、午前中はこの星のノスビレ村で修行を積んでいる事実は、大作も茜も知っている。


「できればしばらくは年相応でいたいので、

 あまり鍛え上げずに、

 友人たちと過ごすことにしたんです」


大作の言葉に、「僕もそうする!」とゲッタが言い始めたので、ゲイルは大いに眉を下げた。


「九才とはいえ、もう凝り固まった大人じゃないか…

 婚姻も済ませてるし…」


ゲイルの言葉に、「幻影さんにも言われたじゃん」とゲッタが言うと、ゲイルには返す言葉がなかった。


「…学力試験で、卒業相当って言い渡されるかも…」と大作が眉を下げて言うと、「…才英君がそんなこと言ってたな…」とゲッタは大いに苦笑いを浮かべて言った。


「ですが学校には出入り自由で、

 どのクラスで授業を受けてもいいそうで、

 授業をすることもあるそうです」


「そういう子が、どの学校もひとりは欲しいところだよね」とゲイルは言って少し笑った。


「じゃ、それをすることにした」とゲッタが陽気に言うと、「…休みを増やそう…」とゲイルはここは渋々決めた。


文化祭の件もゲッタは知っていて、「…経験したかったなぁー…」とうらやまし気に言った。


「姫の姿を拝謁できたことだけで我慢しろ」とゲイルが言うと、「はは、そうしとくよ」とゲッタは気さくに言って、茜に笑みを向けた。


「我が母星の分校はどうされますか?」と京馬が大作に聞くと、「あ、マテリアル分校ですよね?!」と大作は大いに興味を持って聞いた。


マテリアル星の分校は、フリージア分校以上のマンモス校で、こちらの世界に来るまでの修行の場のような学校だ。


よって全校合同の催し物は毎回気合いが入っている。


その割には成果が出せず、学生の渡星は行事と、転校候補でもある留学以外ではほとんどない。


「杞憂は、フリージア校よりも文明文化を重んじている部分です。

 喜笑星は時代を逆行している分校ですので、

 きっと物足りないと思うのです。

 外から見れば人間に動物に戻れというような校風ですから」


「それが一番いいんだよ」とゲイルが言うと、京馬は大いに眉を下げていた。


「…文化祭で披露してしまっていたか…」と京馬は大いに眉を下げて言った。


「ここだって田舎だから、喜笑星分校寄りよ」とパティーは自慢げに言ったが、本人がアーマノイドなので、説得力はない。


「動物の存在感がすごいのでここも好きです!」と大作が叫ぶと、「あら? やだ…」とパティーはホホを赤らめてつぶやくと、誰もが眉を下げてパティーを見ていた。


「…ま、動物の前に、かなり危険な、がつくけどね…」とゲイルは眉を下げて言った。


「…体験したいところでしたが、

 さすがに命を賭けるわけにもいかないので…」


大作が眉を下げて言うと、「遊覧飛行で体験するかい?」というゲッタの進言に、大作と茜はすぐさまこの話に乗った。


大作と茜はゲッタとゲイルに術で宙に浮かべられて、高台を飛び立って、ゆっくりと高度を下げていく。


すると怪鳥たちが見上げてすぐに迫ってきたが、ゲイルとゲッタに追いつくはずがない。


「…おかしい… 今日はしつこすぎる…」とゲイルがうなった。


「茜ちゃんに興味津々だよ!」というゲッタの言葉に、「…今は我慢、我慢…」と言って、茜は自分自身を抑え込んだ。


あまりにもしつこいので、遊覧飛行を打ち切って高台に戻ると、「おおっ! でけえっ!」と大作が陽気に叫んで、ひときわ目立つカラフルで巨大な怪鳥を抱きしめた。


「…さらに覚醒した…」とゲイルと京馬がぼう然として言った。


怪鳥は頭で大作を乱暴にあしらってから茜に戻って、「あー… すっきりしたぁー…」と茜は言って満面の笑みを浮かべた。


「…第九段階ってところかなぁー…」とゲッタが言うと、「…友梨香の一歩前を行ってるな…」とゲイルは眉を下げて言った。


地面に転がっていた大作は素早く立ち上がって、「星に帰ってやっちゃだめだよ」と茜に言うと、「…さらに姫様扱い…」と茜は言ってうなだれた。


変身したい時はここかアニマール星ですることに決め、有意義な時間を過ごしたふたりは、京馬たちに礼を言って、喜笑星に戻った。



大作と茜は木材加工店に駆け込んで、健吾に今日の成果を報告すると、健吾は大いに喜んだ。


そして一週間後を楽しみにした。


「ふたりとも高等部でもう大人だから、

 厳しくてもいいと思う」


「そりゃ助かった!」と健吾は気合を入れて、大いに陽気になって木を削り始めた。


「その時までに手を引けそうだ」と幻影が笑みを浮かべて言った。


そして、「茜は特に、御屋形様への報告は怠るなよ」と幻影が厳しい目をして言うと、「はい! 真田様!」と茜は明るく叫んで、大作の手を取って、店の外に出て、城に向かって走った。



「…む… ノスビレ村に行くぞ」と信長は威厳を持って言い放ち、茜と大作を肩に乗せて、高笑いをしながら廊下を歩いた。


社をくぐって、砂浜の村に出ると、「ありゃ、もう来た」とゲイルは言って、信長とあいさつを交わすと同時に、茜は怪鳥に変身してから空を飛び回って、その喜びを体中で表現した。


「…おー… 楽しそうだなぁー…」と大作は笑みを浮かべて言って、怪鳥を見上げた。


「ほら、これこれ」とゲッタは大作に大きな飛行装置を渡した。


まさにシンプルで、原動力はその腕で、大きな羽で作られている翼装置だ。


大作はゲッタに教鞭を受けて、両腕をゆっくりと上げて降ろした瞬間に、体重がなくなったと感じ、満面の笑みを浮かべて、わずかに力を加えると、ふわりと宙に浮いた。


「天狗の再来じゃ!」と信長は大いに叫んで、大いに喜んだ。


大作は気を抜かず、―― まだしばらくは余裕がある! ―― と確信して、怪鳥を追った。


そして、不安を感じてすぐに、気功術を使って、腕と胸、背中を大きくして、さらに余裕を得ると、怪鳥は気に入らないようで、砂浜目指して降下して、茜に戻った。


大作は満足したようで、風に逆らわず滑空して、ゆっくりと砂浜に足を降ろした。


「それ貸して!」と茜は大いに憤慨して大作に言うと、大作は装置を外して茜に担がせた。


しかし茜では無理と判断して、姫に変身すると、今回はふわりと宙に浮かんだ。


「…おー… 天女… 天使、だなぁー…」と信長はまぶしそうな目をして、翼がある姫を見上げた。


姫は満足したようですぐに降りてきて、装置を外してゲッタに返した。


信長は大いに興味を持って翼装置を見入って、すぐに気づき、「…天狗のものよりも羽が異様にでかい…」とつぶやいた。


「怪鳥の羽を使っていますから、

 それなり以上だと、人間でも飛べます」


ゲッタの解説に信長はすぐさま納得した。


そして信長も天狗を体験して、満面の笑みを浮かべてゲッタとゲイルに礼を言ってから、また茜と大作を肩に担いで、上機嫌で社をくぐった。



「…今は飛行装置はそれほど必要はないか…」と信長は夕餉中のくつろぎの間から外の景色を眺めながら言った。


「訓練には最適でしょうが、

 その場合、けが人が続出する杞憂はあります。

 ですがそれも修行かと」


幻影の厳しい言葉に、誰もが眉を下げたが、信長は満足そうにうなづいた。


「…明日の朝、注文しておくか…」と信長はつぶやいて、美味い料理に舌鼓を打った。


すると光秀が眉を下げて、「御屋形様、中間管理職の件ですが…」と言いづらそうに言うと、「大作は三人も調達したが?」と信長がすぐさま答えると、光秀はさらに眉を下げた。


「ここは社交性が高く人を見る目がある勝虎夫婦にでも頼むがよい。

 物見遊山気分でぞろぞろと連れてくることじゃろうて」


「はっ すぐさま」と光秀は言って、大急ぎで廊下に出た。


「我が琵琶家はほんの数日で、さらに安泰となるでしょう」


幻影の明るい言葉に、「…ようやくじゃ…」と信長は笑みを浮かべて言って、小さい重箱に入っている鰻重を半分ほど箸で掬って、うまそうにして笑みを浮かべて食った。


「…鰻もたくさん食べたぁーい…」と長春がお姫様を大いに噴出させて言うと、「獲れんものは仕方ない」と信長は言って、残りの鰻重を平らげた。


「姫様! ではこちらを!」とハイネが厨房から出てきて、通常の重箱に入っている鰻重らしきものを配膳した。


「…ん?」と信長はすぐさま怪訝そうに思った。


もちろん見た目も香りも鰻重に変わりないのだが、その場合、真っ先に信長に配膳するはずだ。


ハイネはその気はないようで長春を見入っている。


―― まがいものじゃが、さて… ―― と信長は考えてにやりと笑った。


「あっ! すっごくおいしいっ!!

 すっごく歯ごたえもあって好きぃ!」


長春が大いに陽気に叫んで、鰻重に見えるものをもりもりと食った。


「…うまく作ったものじゃ…」と信長が言うと、「食べ応えはございますが、いかがなされますか?」とまずは今までにないお伺いを立てると、信長は小さい重箱を指さして、「頂こう」と機嫌よく言った。


ハイネは早速厨房に行って、小さな重箱を持ってきた。


そして信長は箸を差して、納得してからうまそうにして食って、何度もうなづいている。


「まずは安価で麺屋で試せ。

 ちょっとした高級感を味わえて、

 満腹になるであろう」


「はい、明日から量産をいたします」とハイネが機嫌よく言うと、「…量産… ハイネちゃん、これって生んだの?」と長春がとんでもないことを言い始めると、「原材料は白身魚と魚の皮でございます」とここで種明かしをした。


白身魚をすりつぶして、さつま揚げの要領で練る。


そして型に入れて押し付けて成形をして、鰻のように見せかける。


つなぎを塗った魚の皮を貼りつけてから、かば焼きにしたものだ。


よってその触感は、しっかりと食べられる鰻のように感じるのだ。


もちろん、本来の鰻は比較的柔らかい方が好まれるが、庶民にとってはこの方がありがたいはずだし、加工品であろうとも、本物とそれほど味は変わらない。


信長は満足のようで、「すまんが大きい方」とハイネに笑みを向けて言った。


ハイネは気に入ってもらったことがかなりうれしかったようで、「はい! 御屋形様!」と高揚感を上げて答えた。


幻影は早々に夕餉を済ませて厨房に行くと、大作もかなり急いで食事を平らげて厨房に走った。


大作はハイネから様々な指示をもらって、鰻モドキを作り上げていく。


「…とっても上手ぅー…」とハイネが眉を下げて嘆くほど大作は役に立っていた。


これも大作が得意なものづくりと何ら変わらなかったので、今回は大作を中心にして厨房が動いた。


次々と厨房担当者がやって来て、家族の分と自分の分の鰻重モドキを作り上げて、誰もが陽気に舌鼓を打った。


「価格にして、十分の一以下だって」と大作が家族たちに現実的なことを話すと、「…申し訳ないが、食べ応えのあるこれで構わん…」と健吾は言って笑みを浮かべて大いに食らった。


そして茜は箸をつけた途端目を見開いた。


「…まさか、大作が作ったの?」と聞くと、「…あははは… 成り行き上そうなったし、褒められたよ…」と大作が大いに照れて言うと、「よくやった!」と健吾は大いに陽気に叫んで、大作をほめちぎった。


「…ああ、ほんに、おいしいわぁー…」と菫に至っては感動して泣いていたが、―― それはどうだろう… ―― と大作は一旦は思ったが、廿楽の中の書付を思い出して、「…ちょっとだけ親孝行だよ…」という大作の言葉に、菫はさらに感動して、「お前は騎士にでもなっちまえ!」と大いに叫んで号泣して、大いに食らった。


もちろん、大作が騎士になることはなく、大いに苦笑いを浮かべていた。


そしてしっかりと食べ終えた菫は重箱に手を合わせて、「…術が跳ね返されたわ…」と今更ながらに言うと、信長たちは目を見開いていた。


「今の大作が騎士を超えていると言っていいようですね」と幻影が言うと、「…ええ、多分そうなのでしょう…」と菫は答えて大いに眉を下げていた。


しかし大作に何の変化もないことを杞憂に思ったが、―― 焦ることはない… ―― と自分に言い聞かせた。


―― でも… 自力で空を飛びたいなぁー… ―― と大作は考えてすぐに茜を見た。


「まさかだけど、姫は自力で空を飛べるの?」と聞くと、「…まだ飛べないぃー…」と茜は大いに嘆いてからうなだれた。


「…ふーん…

 今のいい方だと、いずれは飛べるってわかってるの?」


大作の新たな問いかけに、茜は真剣な目をしてうなづいてから、「えっ? えっ?」と大いに戸惑い始めた。


「…頼りない子だわ…」と菫は茜を見て眉を下げて言った。


「…別に構わないさ、母ちゃん…」と大作がつぶやくと、菫は満面の笑みを浮かべてから、また号泣した。


「…幻影を一から育てたかったぁー…」と信長が大いにうなると、幻影とその兄弟たちは大いに苦笑いを浮かべていた。



夕餉のあとの自由時間は、大作は子供らしく遊ぼうと思って、かなり機嫌がいい長春の仲間になって、街道で出会った知り合いたちを誘って、手持ち花火大会を始めた。


一番の子供は長春だったが、大作たちも大いに花火を満喫してから、友人たちと気さくに就寝の挨拶を交わして別れた。


いつもの就寝の時間まではまだあるので、大作は何をしようかと考えて、ずっとそばにいる茜を見て、「子供らしい遊びってどんなことが好き?」と聞いた。


「あ、あのね」と茜は言って、大作を工房に連れて行った。


家人たちが修行やものづくりをしているので、この辺りはかなり明るい。


すると花火を終えてすぐにここに来たようで、人型を取っているベティーたち女子がいた。


「ああ、おはじき…

 力なんてまるで関係ないからなぁー…

 これは子供らしいいい遊びだなぁー…」


しかし大人がひとりいて、濃姫は子供相手に本気で戦っている。


「…はは様、つよぉーい…」とベティーが眉を下げて言うと、濃姫は自慢げに満面の笑みを浮かべた。


空き台が一台あったので、さっそく大作と茜は左右に分かれて、所定の場所におはじきをおいた。


台に備え付けてある簡素なくじ引き装置で、先行は大作に決まった。


どう考えてもかなり滑ると大作は考え、慎重におはじきをはじいた。


おはじきは音もなく台の上を滑って、茜のおはじきに綺麗に当てて、ひとつ溝に落とした。


茜は大いに悔しそうな顔をしているが、おはじきを落とされたのでまた大作の番だ。


大作はまた慎重にはじいたのだが、今度は中心より少しずれていて、茜のおはじきも落としたが、自分のおはじきも落ちてしまった。


この場合は茜のおはじきは元の場所に戻して、大作のおはじきは茜に落とされたことになる。


よって得点は一対一の同点だ。


ここからは茜の独壇場で、全く失敗をすることなく、茜が勝利して飛び跳ねて喜んだ。


そして次は茜が先攻で、今回も茜の独壇場だったのだが、五つ目を落として手痛い失敗をしてしまった。


はじいた指がかすかに台に触れてしまって、あらぬところに飛んで行ってしまったのだ。


「…あー… やり直したい…」と茜は大いに嘆いたが、「…ふふふふふ…」と大作は不敵に笑った。


そして慎重に狙ってはじいてから、「どうだっ?!」と叫ぶと、茜のおはじきが二個溝に落ちたので、大作は大いに喜んだ。


しかし次の一打は惜しいところで自滅して、この試合も平常心を取り戻した茜が勝った。


「…ふふふ… 茜はなかなかやるわね…」と濃姫が言いながらやってくると、大作は場所をすぐに譲った。


濃姫は笑みを浮かべてから、濃姫専用のおはじきを並べた。


「…最高実力者の称号のおはじきよ…」と濃姫は大いに自慢をしたが、大作と茜は大いに眉を下げていた。


茜は相当に気合が入っていたようで、第一戦は濃姫におはじきをはじかせず、失敗なしで勝ったが、第二戦は同じことを濃姫がやってきた。


こうなると、先攻有利なのだが、先に三勝しないと勝ちにならない。


よって茜は子供らしくついに手酷い失敗をしてしまったが、安心した濃姫も失敗して大いに悔しがる。


台の上のおはじきが少なくなれば、命中率も大いに下がる。


しかしここは茜がふんばって、二勝一敗とした。


「…失敗は許されないわぁー…」と濃姫がうなると、―― どうして失敗するんだろ… ―― と大作は真剣に考え始めた。


同じようにはじいているはずだが、思った場所に飛ばない場合もある。


そして強さも思い描いていたことと違うことがある。


―― あ、そうだ、きっとそうだ… ―― と大作は思って、茜に耳打ちをした。


すると茜は、「え?」とつぶやいてから深呼吸を始めた。


「…私にも指導しなさいぃー…」と濃姫はうなったが、「茜を勝たせたいので」という大作の言葉に、「…それもそうね…」と濃姫は諦めたように言った。


そして先攻の濃姫は失敗なしで二勝二敗とした。


そのあとの茜も失敗なしで、三対二で茜が勝利した。


大作と茜は両手を取り合って大いに喜ぶと、「…どんな指導をしたのよぉー…」と濃姫は大いに悔しがって言った。


「奥様の真似をしただけなのです」と大作が答えると、「え?」と濃姫はつぶやいて、怪訝そうな顔をした。


「茜に資質があるだけで、

 私が真似をしてもうまくいく保障はありませんが、

 やらないよりもやった方が成果は上がると思うのです。

 ですが、みんなが興味津々なので話さないことにします」


大作の言葉に、「…うう… それもそうね…」と濃姫が言うと、この様子を見入っている長春たちは大いに眉を下げていた。


「…ついにこの日が来たようだ…」と通りすがりの幻影が言って、ここでおはじきの規則の改定があった。


二勝二敗となった時は、別の方法で決着を決めることになった。


それは台の上に縦と横に規則正しくおはじきを十個ずつ並べて、手持ちのおはじきを一度だけで、敵陣のものを何個落とせるのかというものだ。


その時に防御側は百個のうちのひとつを抜くことができる。


これをすることで、攻撃方法を大いに考えないと、落とせる数が変わってくる場合がある。


早速茜と濃姫が対戦を始めた。


大作は茜と作戦会議をしてただ一撃のために多くを語った。


茜はその中のひとつを選んで、はじいた場所も強さも思い描いた通りにはじき、なんと十個もおはじきを溝に落として大いに喜んだ。


「…ふたりがかりなんてずるいわぁー…」などと濃姫は嘆きながらも、茜の真似をしたが、わずかに強すぎたのか、手持ちのおはじきも溝に落ちて自滅して、茜が勝った。


しかも狙いがわずかにずれていて、敵陣のおはじきを落としたのは六個だったので、さらにうなだれた。


「また大会をしよう」と通りすがりの幻影は笑みを浮かべて言って去って行くと、濃姫に戦慄が走って、濃姫専用のおはじきを守るようにして手早く片付けた。


ここからは暫定王者の茜は引っ張りだこになって、素晴らしく楽しい時間を満喫してから就寝した。



「…これは、どういうことだ…」と大作は目覚めてから気づいた。


空を飛んでいるような夢を見ていたのだが、今は横になってはいるが、体に負担がない。


まだ夢の中なのかと思ったのだが、健吾も菫も茜もいて眠っている。


大作はあわてず騒がず、その体を布団に沈めてから、意識的に浮かぶように意識すると、ゆっくりと上昇を始め、天井が目の前にあった。


―― これは、気功術の飛行術だ… ―― と大作は喜び、鎧戸を開けて窓から飛び出して、薄明るい空を大いに飛んで、小鳥たちに朝の挨拶をした。


しかしそれはほんの束の間で、大作は家族を起こしてから身支度をしてから外に出て、さらに朝の早い門下生たちに挨拶をした。


「…早かったね…」と弁慶が眉を下げて意味ありげに言うと、「…あははは…」と大作は空笑いをしてから、今日は杖を持って型の訓練を始めた。


師匠譲りなのか、大作は木刀よりも杖の方が好きだ。


剣術よりも変幻自在の槍術の魅力というものがある。


しかも全く違う扱いなので、忍びの鍛錬と同じで、総合的才能を必要とするこの流派が好きだ。


「頭でわかっていても、その動きはない…」と健五郎が眉を下げて言うと、「あははは」と大作は流れるような型を披露しながら空笑いをした。


茜は二度寝でもしたのか、ようやくやって来て、―― 今日は槍術?! ―― と大いに嘆いて、物置から杖を持ってきたが、ここは少し考えて姫に変身して、一番長い杖を手に取った。


そして大作に向き合うようにして、鏡写しの型を披露すると、「…あー…」と健五郎たち大作の同年代は、嘆くように声を出した。


そして姫は茜に戻って、頭ではなく体が覚えた型を繰り出して、満足の笑みを浮かべた。


「剛力姫って言われるぞ」と肩を披露したまま大作が言うと、「…それほど重くない…」と言って、異様に長く見える杖を見上げた。


「お前にはこれも授けてやろう」とようやく手を出せるようになって喜んでいる蘭丸が長木刀を持ってきた。


長木刀には蘭丸専用の型もあるので、茜は決意の目をして姫に変身してから、蘭丸に追従して型を繰り出す。


そして茜に戻っての復習も忘れない。


茜の性格上、長木刀の扱いが一番好きになっていた。


蘭丸はようやく本物の弟子ができたと感じて大いに喜んでいる。


「今日は学校が休みだが、遊びの予定があるのか?」と蘭丸が茜に聞くと、「まだ決めていません!」と茜は少し緊張して答えた。


「今日は遊び感覚で、我らに同行することもいいことだ」


蘭丸の比較的やさしい言葉に、茜は型を繰り出しながらも大作と相談を始めた。


「そうだね、午前中は琵琶様の別荘に行こう!」という大作の明るい言葉に、蘭丸が一番喜んでいて、幻影に自慢げな顔を見せた。


「…まだ木材加工店の奴隷なもので、頑張って来て…」と幻影は残念そうに言って眉を下げた。


「それほど急がずともよいではないか」と蘭丸が眉を下げて言うと、「…三号店の声も上がってるんだよ…」と幻影は眉を下げて言った。


「…信右衛門のやつを斬り捨ててやってもいいぞ?」と蘭丸がにやりと笑うと、「四号店などと言ってきたら、そうしてもらうか」と幻影は言って少し笑った。


「…御屋形様が修行と言われておったが、

 その通りだったんだな…」


蘭丸は言って大いに幻影に同情した。


「寄り道だとしても、俺にとっては好きな道でもあるからな」と幻影は機嫌よく言った。


「毎日毎日あれほど作って嫌にならぬものなのか?」


「ああ、楽しいぞ」と笑顔で返されてしまうと、蘭丸には返す言葉がないので、苦笑いを浮かべた。


―― そうだ、僕はまだ楽しんでいない… ―― と大作は型を止めて、一番楽しいことは何だろうと思って杖を見つめた。


空を飛ぶことは楽しことだが、ずっと続けられるだろうかと考えると、それは否という回答が頭に浮かんだ。


空を飛ぶことは一部に過ぎないと考えたのだ。


大作はしゃがんでから杖を脇に置いて、背筋を伸ばして座って瞳を閉じた。


あっちの星にいて何か諦めたことはなかっただろうか。


この星にいて、忙しさにかまけて置き去りにしたものはないだろうか。


色々と考えたが、それはないという結果に至った。


しかしそれでは子供らしさがまるでない。


生きているだけで精いっぱいだと言わんばかりで悲しくなってしまう。


しかし運命によってそのような道を歩まされたので、仕方のないことと諦めるしかなかった。


大作は立ち上がって、まだそばにいた幻影に思いのままに質問をぶつけた。


「実はな、俺も大作とそれほど変わらんから、助言ができないことが悔しいね」


幻影の幼少の頃は、今の幻影になるためだけの人生だったと言っていいものだった。


しいて言えば、今は釣りに出ることが一番楽しいと言った。


「助言のようなものだが、このようにしてみんなに聞いてみれば?

 誰かの生い立ちを聞くことも、いい修行だと思うからな」


「ああっ! はいっ! ありがとうございます!」と大作は大いに喜んで、まずは茜から話を聞くことにした。


大作はノスビレ村に移動してからも、ずっと誰かの話を聞いていた。


心に響くものはまだ見つからないが、話を聞くことがいつもよりも楽しく感じた。


「俺が成し遂げられなかったのは、こいつの嫁さんになること」とエカテリーナがゲイルに親指を立てて指を差すと、「…あはははは…」と大作は空笑いをした。


「…諦めなきゃいけないこともある…

 何でもかんでも叶うわけがない…

 だけど、つかみ損ねたくないから、

 日々を真剣に生きる…」


「…真剣に生きた結果、

 超生意気な旦那を手に入れた」


エカテリーナはにやりと笑って、影達を見てから、少し腰が引けてきて、「…生意気なことを言っちゃったわ…」と眉を下げて言うと、影達は大声で笑った。


「俺の修行として、大作について回るかな」と影達が言うと、「ええ、どうぞどうぞ」と大作は気さくに言った。


「…わたしもぉー…」とエカテリーナがかなり控えめに言うと、「前のめりになるなよ…」と影達が眉を下げて言うと、エカテリーナは機嫌よく何度もうなづいた。


影達とエカテリーナは大作から少し離れて、様々な人々の意見を聞いて回った。


特にエカテリーナとしては目からうろこで、幼少の頃ゲイルとともに修行をしてよかったとさらに感慨深く感じていた。


昼餉を摂ってからも大作はノスビレ村に残り、新たに茜も仲間に加えて四人で村人全員の話を聞いた。


そして足を延ばして高台に行くと、また違った意見を多く聞けたことを喜んだ。


やはり文明文化が違うと考え方が変わってくる。


特に大屋京馬の家族の話は大いに興味深かった。


そして聞いた相手も、自分の人生を振り返って様々なことを思い起し始めた。


さらには様々な職業についても大いに勉強になった。


「…死んだ人の魂を食べる仕事…」と大作はつぶやいて、大いに苦笑いを浮かべた。


この右京和馬星の門番のひとりであるデヴィラの話だ。


魂の循環システムに組み込まれたひとりという、常識では考えられない仕事もあったんだと、まさに目からうろこだった。


「だけど私としては、あなた方に興味津々だわ。

 あの万有源一の決めたレールに乗らなかったただ唯一」


デヴィラの言葉に、「いやぁー… この先どうなるんだろうかって、大いに不安です!」と大作は悲壮感漂うはずの言葉を陽気に言って笑い飛ばした。


「ところで、デヴィラさんは酒井家忠さんって知ってます?」と大作が聞くと、「存在感は知っているけど、目の当たりにしたことはないわ」とデヴィラは笑みを浮かべて言った。


「そろそろ、こちらに来られるかもしれません。

 そうしないと成長はないなどと考え始めているように思います。

 やはり…」


大作は言って、振り返って、影達とエカテリーナを見た。


「うふふ、その日が楽しみだわ」とデヴィラは明るい声で言った。



さらに変わり種が、犯罪を生業にしていた右京和馬分校の校長のパティーだ。


犯罪については、最終目的は母星であるマテリアル星の征服だったのだが、やっていたのは万引き、置き引きだったことに、大作は大いに眉を下げていたが、ロボット軍団だったのでできない話ではない。


しかし、悪役に徹し切れなかったようで、現在は大屋京馬の家族として、星の平和や、アニマール星の戦士として戦いの中に身を置いている。


それに対する正義の味方が大屋京馬で、当時の名前が、この星の名前の右京和馬だった。


大屋京馬は王家の出だったのだが、陰謀によって脳と心臓の一部だけを組み込まれたユニットとして生きていた。


そしてその小さな体で機械の体を四十年以上も操って生きていた。


この不幸を万有源一が正常化の棺を使って、人間として大屋京馬をよみがえらせたのだ。


だがその不幸自体が甘えだと、幻影にこっぴどくやり込められて、ゲイルの判断で一度は右京和馬星を去った経緯を聞いて、―― 事実は小説よりも奇なり… ―― と大作は感慨深く思った。



大作は一日を終えて就寝前に姿勢を正して座って、また整理を始めて、―― 僕のやりたいことが見つからなかった… ―― という結果が出たことだけを喜んだ。


よって、何でもしようという志を得たのだ。


「いい一日だったようだな」


健吾の言葉に、大作は目を開いて健吾を見てから、「興味が沸いたことはなんでもしようという結果が出たんだ」と笑みを浮かべて答えた。


「だったら、フリージア星のお子様元老院という集まりがあるそうだが、

 大家桃花様とは会わなかったのかい?」


「…あははは… 置き引きをやっていたことだけは聞いた…」


大作の言葉に、「…人生、様々だな…」と健吾は首を横に振って嘆いた。


「もちろん、学生としては優秀なのは知ってるし、文化祭では会ったよ。

 まさに、人生を大いに楽しんでいる数少ないひとりだと思った。

 学校生活だって、楽しいことばかりじゃないからね。

 だからその学校生活で、

 悪い子になっていった人も何人かいたそうなんだ。

 だけどエッちゃん先生が更生したそうだよ。

 真面目な子ほど、悪い道を歩もうとするんだって。

 何事も程々は、いい加減な言葉だけど、

 そうでないと息が詰まっちゃうって、さらに思い知ったんだ」


「…そうかい… 俺も決めた」と健吾は言って、ごろんと布団に寝転んで、もう眠ってしまった。


「…幻影様のお手伝いを断るって…」と菫が笑みを浮かべて言うと、「急がないことにしたんだね」と大作も笑みを浮かべて言った。


「…母ちゃん、ありがと…」と大作は大いに照れて言ってから、「おやすみ」と言ってねころんだ。


そして大作は母にやさしく抱きしめられたが、すぐに眠ってしまっていた。


ちなみに茜は、もうすでに夢の中だった。



翌朝は宙に浮かんでいることはなく、大作は目覚めた。


そして家族を起こしてから身支度を整えて外に出た。


―― 流派の修行もいいが… ―― と考え、いつもはしない行動に出ると、門下生たちは大いに戸惑った。


大作はまさに子供らしく、門下生たちの見学を始めたのだ。


「なにを戸惑うことがあるんだ?」と幻影は言って、大作の頭を少し乱暴になでた。


もちろん、見ることも修行なので、見られている者はいつも通りに平常心で修行を積む必要がある。


特に付き合いの深い門下生たちとは、話をしなくても通じ合えることも多い。


さらには免許皆伝者は、わざわざ場所を移動してきて、大作の目の前でその技を披露する。


さすがに免許皆伝者の動きには切れがあり、さすがの大作も大いに舌を巻く。


しかも阿国連撃はあっかんで、十ある打ち込みを一瞬でやってのけるほどの早業だ。


まさに、萬幻武流の奥義のひとつと言っていい素晴らしい動きだ。


そして師匠である幻影が、何と桜姫を出して、まずは軽運動とばかり振り回し始めると、神器と言っていい武器を託されている免許皆伝者もその素晴らしさを大作に見せつけた。


―― 僕はやっぱり槍かなぁー… ―― と大作は漠然と考えていた。


しかし、姫と騎士という存在感で考えると、どちらも剣の方がいいのではないのか、などと考え始めた。


そして盾も必要なのだろうが、鉄扇を持っているので、特別には必要ないと考えた。


よって剣は少し軽い片手剣が理想だ。


その姫様は蘭丸に誘われたようで、長木刀の打ち込みに余念がない。


―― 姫は両手長剣、騎士は重装備で片手剣… ―― と大作は考えて笑みを浮かべた。


片手剣という意味合いで言えば、まさに二刀流もその範疇に入る。


大作は楓を見入って、その素晴らしい動きに釘付けとなった。


攻撃ばかりに見えるがそうではなく、独自の型も構築していて、攻撃と防御に分散した型となっていて、まるで隙がない。


よって、隙を作り上げる必要があると感じ、大作は少し考え込んだ。


隙を生じさせる攻撃としては、音は大いに有効だろう。


思わぬ大きな音には、誰もが耳をふさぎたくなるものだ。


そして予期せぬ攻撃。


空気砲などはそのひとつに値する。


もしも両方を同時にできる時、どれほどの猛者でもその衝撃に、防御に頼るか素早く引くことに専念するように、萬幻武流では教え込まれている。


―― 気功術で大きな音… ―― と大作は考えたが、思い当たることはない。


空気砲は、小さなものならできる自信があるが、その射程は剣よりも短い。


あとは、鼻が曲がるほどの臭いにおい。


これは仕掛ける方も、何らかの準備をしておく必要がある。


さらには閃光。


明るい場所でも、さらに明るい光を浴びせられたら、防御態勢を取り、動きを止められる可能性はある。


―― …神官からの騎士への転生の術を拒否した… ―― と大作は考えを変えた。


よって、今考えたことは実現できるのだろうかと考えたのだ。


そして、―― これなんかどうだろうか… ―― と楓を見ながら考えた途端に、楓はその場にいなくなって、数メートル素早く下がり、腕で顔の下半分を押さえていた。


距離があることで楓の姿は簡単に目で追えたし、楓にも気づかれていないと自信を持った。


―― まさか、できちゃった? ―― と大作は考えて、辺りを見回している楓に注目した。


―― では、これはどうだろうか… ―― と思い、大作は風の戦士を楓の目の前に出現させると、「敵襲!!」と楓がすぐさま叫んだ。


もちろん、楓が叫ぶ前にほとんどの者が気づいていて、取り囲むと、風の戦士は素早く動いて、その姿は消えた。


「術の気配はない!

 皆のもの、用心せよ!」


信長の本気の言葉に、「御屋形様、僕の仕業です!」と大作はすぐさま叫んだ。


「…この、いたずら坊主め…」と信長は苦笑いを浮かべて言って、大作の頭を乱暴になでた。


「じゃが、どうやってあれを出したのじゃ?」と信長が不思議そうに聞くと、「実は、考えただけなんです」と大作が答えると、信長は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「皆がさらに強くなりそうじゃから別によい」と信長は機嫌よく言って、巨大な岩を持ち上げる修練に戻った。


―― 子供のいたずらは気にしないんだね… ―― と大作は眉を下げていたが、それ以外の者たちは大作に興味津々だった。


「大作! 今のやつを出せ!」と蘭丸が叫ぶと、大作は風の戦士を頭に思い描いた。


すると、多くのつむじがまとまって風の戦士として蘭丸の前に立った。


「キエェ―――ッ!!!」という蘭丸のとんでもない気合に、さすがの大作も一瞬体が震えて、風の戦士の姿が一瞬乱れたが、元に戻った。


そして蘭丸が長木刀を上段から振り落とす手前で、風の戦士はつむじの剣を長木刀の側面にぶつけると、木刀の軌道が右にずれた。


「考えられねえ動きをさせるなぁ!」と叫んだが、蘭丸の顔は高揚感に満ちていた。


考えるだけで風の戦士は動くので、どれほどの実力者でも勝ることは困難だ。


蘭丸はすぐさま引いて、腕一本で突きを放ち、風の戦士を貫いたが、全く効果はない。


そして風の戦士は長木刀に絡みついて、蘭丸の両腕の動きを鈍くした。


「参った!」という蘭丸の叫びに、誰もが目を見開いた。


「まだまだ戦わせやがれ!」と蘭丸は機嫌よく叫んだが、「朝餉だ!」とこちらも機嫌がいい幻影が笑みを浮かべて叫んだ。


「明日の朝までお預けか?!」


「大作の気分次第さ」と幻影は言って、大作に笑みを向けた。



「…騎士以上と言ってよいのか?」と朝餉の席で信長が菫に聞くと、「…本来の術なんて、体力、精神力を削るだけの、おもちゃのようなものだわ…」と菫は嘆いてから、満面の笑みを大作に向けた。


「しかも騎士はまるで戦っていないし、

 肉体的な疲労も精神的な苦痛もない。

 だけど、弱点はあったけど、

 誰でも持っていることだから、

 普通は弱点とは言わない」


「ああ、一瞬乱れた。

 俺の気合…」


蘭丸の言葉に、「そう」と菫は短く答えた。


「だけど、次は覚悟があるから、

 もう乱れないかも」


菫の言葉に、蘭丸は大いに悔しがった。


「その前に、とんでもない匂いがしたのです」と楓が眉をひそめて言うと、「あはははは」と大作は空笑いをした。


「…騎士の術のようなもののようね…」と菫は眉を下げて大作を見て言った。


「…大いに妨害ができる…

 その間に、姫が切り込めばいいだけ…

 しかも蘭丸の動き以上に素早いから、

 防御にも使える…

 まさに、素晴らしい相棒じゃ」


機嫌のいい信長の言葉に、茜は手のひらを合わせて大いに喜んだ。


「…生物の弱点に特化した戦い方か…

 知らなければ敵はいないだろうなぁー…」


「もしもマスクのようなものをしていても、その中に送り込めます」


大作の自信に満ちた言葉に、「…自然体でいた方がマシ…」と幻影は言って大いに眉を下げた。


「じゃが、念じるだけでできるとは信じられん。

 基本は何なのじゃ?」


信長興味を持って聞くと、「気功術の応用だと思います」と大作は答えた。


「…その場合、術の痕跡はまるで感じないし、理解できないだろうな…」と幻影が眉をしかめて言った。


「ワシも大いに引っかかったからな」と信長は言って大作を鋭い視線で見てからすぐに好々爺となった。


「風の剣士は、復興にも使えそうだけど、どうなの?」と幻影が大作に聞くと、「見える範囲であれば、天候は自由自在だと」と笑みを浮かべて答えた。


「雲が多い日だったら、

 全てを集めて風を送れば、

 すぐにでも嵐を起こせそうだな…」


「はい、できると思います」と大作は自身を持って行った。


「…それが、大人を拒み、子供に戻った最大の理由じゃろうて…」


信長の言葉に、「…はい、きっと、そうだと思いましたぁー…」と大作は言ってから、確信したように笑みを浮かべた。


「…子供の発想力は無限大…

 それを表現しようと試みてできてしまったか…」


「始めは、見ているだけだったのです。

 ですが、様々なことを考えていると、

 いろいろとできそうな気がして…

 攻防一体の二刀に大いに興味が沸いて、

 考えたことが現実になったんです」


大作が申し訳なさそうにして楓を見て言うと、「実験台にしてもらって光栄だわ」と答えると、誰もが大いにうらやましがっていた。



琵琶一家は、子供らしいとんでもないいたずらをする大作を大いに歓迎した。


よって今日は学校に行ったので、誰もが物足りなさそうな顔をする。


その学校では進級試験が行われていて、これがあと二日間続く。


全学年同じ日程で、幼等部でも同じように試験を受ける。


アニマール校はそれほどに厳しい校則をもって運営されている。


この一年でどれほどの理解を深めたのか、これを一番に見るところで、試験中も教師は目を光らせて確認をしては、小さめの画板に挟んでいる用紙に書き込む。


大作はすらすらと問題を解き、試験開始の十分後にはもうすべてを終えていた。


解答用紙の全ての確認を終えてから、机の上を整理して、姿勢を正して目を閉じてから、頭の中で次の試験の予習を始めた。


すると人の気配がした。


もちろん、監視係の教師の志乃だ。


そしてなんとこの場で採点が始まって、「全問正解」というと、生徒たちの心が一斉に乱れた。


「…二学年特進も覚悟しておいた方がいいわ…」と志乃は言って、目を開いていた大作を見た。


「採点は終わったから、外に出て予習してもいいわよ。

 これが、完璧にできた人の特権だから」


大作はすぐさま頭を下げて、鞄を持ってから、音もたてずに廊下に出た。


そして中庭のベンチに座って、今度は教本を開いて予習を始めた。


試験終了の十分前に、茜が大作を見つけてやってきた。


「完璧だったから追い出された?」と大作が聞くと、「…あの場で採点されるって思わなかった…」と茜が眉を下げて言うと、大作も同意した。


「…完璧にできた人って、いないんだね…」と大作は辺りを見まわしたが、教室の外にいる生徒は見当たらなかった。


しかし顔見知りが次々とやって来て、全員が小声であいさつを交わした。


その全員が琵琶家の子供たちだった。


そして誰もが満点で、教室を追い出されたと言って、小声で笑いあった。


そして全員が、次の試験の予習を始めた。


大作たちはこれをあと三回繰り返して、翌日の試験要綱を聞いてから安土城に登城した。



大作と茜は厨房に入って愕然とした。


とんでもないごちそうが、厨房内にひしめき合っていたからだ。


その中に幻影がいることで、大作はなんとなく理解した。


さらにはハイネがいつもよりも陽気で、料理の師匠といい時間を過ごせたのだろうと考えた。


ハイネの編入試験はもう終わっているのだが、ハイネの要望で新学期から学校に行くことに決めたようだ。


学力的には優秀で、もうすぐ十一才だが、中等部二年一組に組み込まれることに決まっていた。


どの学年も一組は有望株と認められているクラスで、その人数は最大でも三十名となっている。


よって午前中に幻影とともに漁に出たのだろうと、大作は察した。


大作と茜は配膳だけを手伝って、豪華な膳を目の前にして、大いに喉を鳴らした。


「食う前に聞いてくれ」と信長が威厳をあらわにして言うと、誰もが背筋を伸ばした。


「昼餉を豪華にしてもらったのは祝いじゃからじゃ。

 兼ねてからワシが熱望しておった、

 大作と茜の元服に関してじゃ」


信長は言って、大作と茜に笑みを向けて見入った。


健吾は感慨深く思い頭を下げて、菫は声を上げずに号泣していた。


「さらには元服後の名も、健吾と菫と相談の上もう決めた。

 今の名前は普段は幼名、愛称として使っても構わん。

 じゃが名は力だ。

 我らが決めた名が、さらにそなたらを後押しすることを望んでおる」


すると笑みを浮かべている幻影と号泣している蘭丸が、大きな巻いた紙を持っていて、一斉に広げた。


そこには、『竜神勇健』『竜神美麗』と書かれていて、誰もが、「…おー…」とうなって一斉に拍手をした。


「…りゅうじん、ゆうけん…」と大作はつぶやき、「…りゅうじん、びれい…」と茜はホホを赤らめてつぶやいた。


そしてふたりは信長と父母に向けて頭を下げた。


この宴の主役のふたりは信長に誘われて上座に座った。


元服の儀なのだが、まるでふたりの祝言でもあるようにも見えた。


「勇健、挨拶を」と幻影が威厳を持って言うと、「はい!」と勇健は声を張って答えて、背筋を延ばして素早く頭を下げた。


「この度は大人として認めていただいて本当にありがとうございます。

 ですが、僕としてはまだまだ子供でいます。

 一度は大人の世界に足を踏み込んだのですが、

 やり残したことがある、さらには後悔すると思っての行動です。

 まだまだ考えは甘いかもしれませんので、

 どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


勇健は言い切って笑みを浮かべて、ほっと胸をなでおろした。


このような教育も、萬幻武流で受けているので、まるで戸惑うことはなかった。


師匠の幻影は満足のようで、薄笑みを浮かべて何度もうなづいていて、健吾と菫は、大いに感動して号泣していた。


美麗は真っ先にこの指導を蘭丸から受けていた。


もちろん、今日のこの日が近いと思っていたからこその指導だった。


その美麗は薄笑みを浮かべて落ち着いていた。


そして背筋を伸ばしてゆっくりと頭を下げてから、ゆっくりと頭を上げた。


その表情は満面の笑みだ。


「先生が急がれておられたので、

 今、この瞬間が間近に迫っているのだろうと察しておりました。

 私は一足先に勇健様よりも大人になっておりました。

 ですが、今のこの私はまだまだ子供です。

 もうひとりの私と相談しながら、

 一日でも早く、多くの人々の手助けができるよう、

 邁進してまいります。

 どうかこの先も、よろしくお願いいたします」


美麗の挨拶に、母でもある三人、菫、濃姫、蘭丸が号泣していて、そして菫が、「立派だったぁ―――っ!!」と号泣しながら大いに叫ぶと、信長と幻影が大いに笑い転げた。


ふたりの決意を聞き終えた信長は、「さあ宴じゃ!」と叫んでから、湯飲み酒を勢いよくあおった。


宴の料理はまさに豪華で、別の大きな膳に皿鉢料理も用意され、誰もが大いに食い、大いに飲んだ。


「ついでに祝言も挙げてもよいのじゃぞ!」ともうすでに酔っ払い親父の信長が叫ぶと、勇健と美麗は顔を見合わせて大いに照れた。


もう長い間共同生活を続けているので、それほどの実感はないのだが、改めて言われるとやはり照れてしまうのだ。


勇健は、今日のこの日も絶対に忘れないと心に誓った。



元服の儀は終えたのだが、大作から勇健と名が変わっただけで何も変えなかった。


学校を離れると、友人たちと遊び、時には家業を手伝い、友人たちと臨時雇いの仕事をしたりと、この近隣に住む子供たちと同じ生活をした。


そして進級したのだが、勇健にあてがわれたのは中等部二年で、有名人の勇健を同級生たちは歓迎した。


そして唯一の知り合いのハイネと同じクラスで助かった、などと考えていた。


しかし、こんな気持ちでは人助けなどできないと考えただけで、わずか一日で同級生たちとも旧知の仲だったように仲良くなっていた。


さらには勇健は勉強家でもあったので、図書館に行ったとすれば誰も邪魔はしない。


もちろん、話し合いが必要な学習であれば勇健が呼ぶのだが、そうではない場合は付きまとうことはしない。


よってそれ以外の日は、現在の同級生と前のクラスの友人たちの大勢で遊ぶことが多くなった。


さらには勇健は様々な事情はあるのだろうが、付き合いの悪い学友たちと一対一で付き合ったりもする。


大勢が苦手な学生もそれなりにいると感じていたからだ。


ある意味特出した八方美人なのだが、その人柄がそう思わせない。


よって回りが大いに勇健のために気を使って、率先して遊びに誘うことはしなくなった。


まさに、相手の気持ちを慮って、を発動し始めていた。


よって、遊びに関しては全く予定を立てない。


その日の放課後に思いついたことをすることにしていた。



そんな中、健吾の仕事がようやく一段落ついて、本店と支店の在庫量もそれなり以上に抱えられたのだで、一息つくことにして、家族旅行の話が出た。


もちろん、健吾が抱えた弟子のふたりと共同制作者のひとりも家族の一員なので、竜神家は七人家族となっていた。


この喜笑星では旅行については一般的ではない。


しかし、それを経験した学生が五人もいることで、この話が出たのだ。


もちろん、琵琶家の旗本である竜神家は勝手な真似はできないので、信長に話を通す必要がある。


夕餉時に健吾が進言すると、琵琶家も同行するようなことになりかけたが、もちろん濃姫が反対した。


ここは竜神家だけでその絆をさらに深めてもらいたいという理由もつけたのだ。


そこまで言われると信長に返す言葉はなく、苦汁を飲んで許可を出した。


「…姓は琵琶でよかったかぁー…」などとまだ信長は言っているので、濃姫は大いに睨んだ。


しかしどこに行くかで大いに悩んだのだが、勇健が幻影に、琵琶家の母星の話を始めると、「一番のお勧めかもな」と幻影に快い言葉をもらった。


「七人だが、五人乗りの戦艦でも問題ないはずだ」と幻影は言って、工房の広場に戦艦を出した。


早速竜神家は戦艦に乗り込んで、漕ぎ始めると難なく浮かんだ。


漕ぎ手のひとり兼舵取りは勇健が行い、空を飛んで伴走している幻影から及第点をもらった。


そして幻影は冊子を出して、お勧めの観光地を示唆した。


その絵は素晴らしく、行ってみたいと思わせる場所がわんさかとある。


そして宿は琵琶御殿を使用する許可を得て、幻影は通達のために単身母星に戻った。


帰ってきた幻影は、観光場所のひとつである会津を除外するように勇健に伝えた。


その理由はお家騒動だ。


もちろん嘉明がここにいることがわかっていて伝えたことでもある。


「初代が優秀だと、次代は動きづらいようです」という幻影の言葉に、「ワシはもう死んでおる」と嘉明は瞳を閉じて言った。


「ですが、大きな戦いはないのですね?」と勇健が真剣な顔をして言うと、「ふふ… やはり好きにしていいが、同行者のことをまず気遣えよ」と幻影が言うと、「問題ございません」と菫は胸を張って言った。


「…きっと、困っておられる方も…」と美麗が眉を下げて言うと、「琵琶御殿と法源院屋は安泰だよ」と幻影が笑みを受けベて言ったので、竜神一家はほっと胸をなでおろした。


「まず、大きな諍いや戦はないじゃろう。

 徳川幕府に封じられて、それほどの力はもうない。

 じゃが、小競り合いに巻き込まれることもあるが、

 その程度で倒れるようなやわな鍛え方はしておらぬ。

 じゃが、油断は禁物じゃ。

 どこの地に行っても、

 その程度の諍いに巻き込まれることはあると思っておいた方がよい。

 まだまだ力が正義という想いと、

 階級差別がある以上、完全に落ち着くことはないじゃろう。

 大きな不幸がない代わりに、

 この喜笑星のような完全なる平和もない。

 しかし、琵琶御殿は守られておるから、

 安心して眠ることはできるはずじゃ。

 もっとも、主らが過ごしていた星よりも、

 厳しさは感じられぬじゃろうて」


信長が語ると、「はい、何も問題はないと」と健吾は笑みを浮かべて言った。


「…気が引き締まる旅行だわぁー…」という美麗の中途半端な感情に、竜神家は誰もが眉を下げていた。



アニマール校の全校統一の規則で、年四回、『家族期間』という休暇を設けている。


新年度の第一回目として、新学期早々に家族期間が設定されている。


その休暇期間を利用して、健吾は旅行に行きたいと言い始めたのだ。


幻影と長い間職をともにして、様々な話をした中で、『人生での精神修行』として勧められたことも大きい。


もっとも、この話を健吾がしなかったのは、幻影からの願いだった。


どこに行くにしても、勇健は幻影にお伺いを立てると踏んでいたからだ。


このようなちょっとしたことでも、師匠と弟子の修行として成立するものなのだ。



竜神一家は幻影に生実の法源院屋に連れてきてもらうと、幻影は早々に喜笑星に戻った。


竜神家は琵琶御殿の管理人であるお梅とあいさつを交わして、まずはこの界隈を散策することにした。


御殿を出ると、早速法源院屋の店主が現れたが、全く知らない顔ばかりだったので大いに驚いている。


ここは健吾が話をして、「…あなた様が…」と店主は言って健吾に頭を下げた。


竜神木材加工店の支店が、この生実にあるからだ。


店主の案内で店に行ったが、何もかも安土城の城下町にある店と同じなので、特に見る必要もないほどだった。


すると、「おや?」と勇健が言って、陳列している飾り箱を見た。


「ほう… 熊だけ人気があるようだな」と健吾は笑みを浮かべて言った。


店番の責任者とも初対面で、ここで初めて挨拶をした。


「注文を入れようと考えておりました」と店番が言うと、「いや、今日のうちに作るからいいよ」と健吾は気さくに言って勇健を見た。


「…はは… あとで作るよ…」と勇健は苦笑いを浮かべて答えた。


そして、低年齢層用のものはすべて、健吾の息子である勇健の作品だということも初めて知って驚いている。


どう考えても、年相応の十才程度にしか見えないからだ。


よって、師匠でもあり店主でもある健吾を大いに敬った。



街道筋の店の数は、さすがに喜笑星の方が安土城下ということもあり、かなり多い。


その理由は簡単で、この地の文明文化では、それほどの商品数は必要がないし、文明文化にそぐわない店を構えるわけにはいかないからだ。


このことは、別の星に住んでいたことと、様々な文明文化に触れた健吾たちだからこそ理解できることでもある。


さらには、各国の王たちが同盟を組んでいない地なので、騒ぎになるようなことはしないだけだ。


しかも日の国は完全な鎖国政策に入っていて、幕府が目を光らせている。


竜神家を琵琶家の旗本にしていることはもう伝わっているので、名乗ればお咎めを受けることはない。


しかもお梅が証人なので、この城下町の役人も低姿勢になるはずだ。


「…おはじきの店もあるぅー…」と美麗は笑みを浮かべて言った。


「試合をしたら騒ぎになるぞ」と勇健がにやりと笑って言うと、「…残念だわ…」と美麗は眉を下げて言った。


そして遥か彼方に立派な城が見えるが、現在工事中のようだ。


それは江戸城の本丸だ。


つい先日、火災によって一部損壊してしまったので、その修復工事中だ。


火元は厨房で、気を抜いた調理人が掟を守らなかったせいだ。


原因は、油粕の自然発火の可能性が高かった。


守山が通達を出していたのだが、やはり守られないことも世の常だ。


最後に法源院屋を訪れて、喜笑星の法源院屋と比べて商品数が半分ほどしかないことにすぐに気づいた。


美麗は駄菓子を見ていて、「…動物飴、置いてないね?」と眉を下げてうと、「…頼まれてないから造ってない…」と勇健が眉を下げて答えると、「…じゃ、お願い… 作ってあげて欲しい…」と美麗は手を合わせて願ったが、「旅行中だ」と健吾は言って、美麗の頭をなでた。


「ところで、飴細工用の道具はあるのですか?」と勇健がお梅に聞くと、「はい、私も作っておりますので」と答えると、「お疲れ様です」と勇健は言って頭を下げた。


美麗の瞳がきらりと光って、「今日のお仕事は終わったのですか?」とお梅に聞くと、「いえ、今日の注文分は、昼餉の後に作ります」と答えた。


「…お手伝いしたいなぁー…」と美麗が言い始めると、「…わかったわかった…」と勇健は言って、幻影に念話を送って、快く許可をもらった。


「…ダメだって言われずに、喜ばれてしまった…」と勇健は言って眉を下げたが、美麗は大いに喜んでいた。



お梅の料理人としての腕も一級品だったが、勇健と美麗も大いに手伝った。


その他の竜神家の家人は、大いに恐縮していた。


やはり食っても一級品で、健吾はいつも通り、もりもりと食った。


まさに琵琶家の味を受け継いでいるので、何の違和感もない。


食材が多少違うのもいい刺激となっているので、旅にやってきた気分にさせていた。


御殿内に温泉があるということで、勇健と美麗以外は素晴らしい湯を体験した。


お梅と勇健と美麗は、早速飴造りに取り掛かって、勇健は注文の商品を作るついでに、動物飴も作った。


注文の商品は作り終えたが、勇健はまだまだ動物飴の生産を止めない。


もしも売れ残りが出たら、友人や幼等部の子供たちに配るつもりでいたからだ。


美麗は勇健が設計した紙の箱を組み立てて、楽しそうにして敷居の間に飴を詰めていく。


そして自分用をこっそりと抜いておくことも忘れない。


完成した二百箱を法源院屋に持ち込むと、店主は新商品を見て大いに喜んだ。


卸値は幻影と念話で直接交渉してもらって、代金はお梅が受け取った。


お梅が目を見開くほどなので、相当にいい値で売れたようだ。


そして丁稚たちがうらやましそうな顔をしていたので、勇健が懐から箱を出して、丁稚の人数を聞いて渡した。


「…もう、使えるのね…」と美麗が眉を下げて勇健に言うと、「便利でいいぞ」と自慢げに言った。


勇健が出した箱の数は、懐に収め切れる程度のものではなかったからだ。


もちろん、特別な高能力者特権の異空間ポケットも使えるようになっていたのだ。


早速ほほを飴で膨らませている丁稚たちが、「新商品入荷だよ!」と陽気な声で呼び込みをする。


その声はいつもの倍ほど陽気だった。


三人は琵琶御殿に戻って、早速飴の試食会を始めて、「…うまいなぁー…」と湯上りの健吾は陽気に言った。


「だけどやけに強請ったよね?」と勇健が美麗に聞くと、「…きっとね、素敵な出会いもあるはずだからぁー…」と恥ずかしそうに言った。


もちろん、恋をする相手などではなく、有益な誰かという意味だ。


「…ふーん… おっちゃんの弟子候補かな?」


「…もう、おっちゃんじゃなくていいぃー…」と美麗はホホを赤らめて恥ずかしそうに言うと、「ああ、そうするよ」と勇健は陽気に答えて健吾に笑みを向けた。


「…でもね、ここじゃないのかもぉー…」と美麗が眉を下げて言うと、―― かなり作る必要がある… ―― と勇健は思って苦笑いを浮かべた。


この日は近くの神社仏閣などを巡り、大いに感心して武蔵の国にも訪れたが、幻影が作った冊子の通り、見て回る場所はそれほどないし、この江戸での象徴の江戸城が改装工事中だったので、竜神家一行は近場と琵琶御殿でのんびりと過ごした。



翌朝、朝餉を摂った竜神家一行は、お梅に別れを告げて、今回の旅での一番の目玉である九州薩摩に向かって、空飛ぶ戦艦を一気に南西に向かわせた。


上昇と滑空を繰り返せば、休憩しながら飛べるので、かなり楽な工程となった。


そして眼下に見える様々な山々と桜島、そして少し遠くに見える阿蘇の壮大なる景色に、誰もが酔いしれた。


戦艦は指宿の琵琶御殿の向かいにある工房の広場に降り立って、誰もが一斉に背伸びをしてから、勇壮な桜島を見入りながら、指宿温泉の素晴らしい硫黄の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


この指宿の琵琶御殿は管理されているだけで、住んでいる者はいないが、お世話係は数名いる。


幻影が独自に雇った者や忍び、法源院屋の番頭や丁稚などがそれにあたる。


よって琵琶御殿は最高の状態で管理されていて、この街道筋の麺屋から調理人がやって来て、早速昼餉の準備を始めた。


「こっちは逆に、見て回るところが多すぎて困るほどだな」と健吾が陽気に言うと、誰もが同意した。


この薩摩に加えて阿蘇と別府にも足を延ばすことにしているからだ。


法源院屋の店主がやってきたので、勇健はまた仕事をすることにして、必要な原材料の調達を頼むと、美麗が大いに喜んだ。


工房から飴細工用の機械を引き出して点検をしていると早速材料が届いたので、美麗とふたりして飴玉づくりに集中した。


今回はそれほど時間をかけることなく、二百箱を法源院屋に卸した。


ここでも丁稚たちは大いに喜んで、早速呼び込みを始めた。


長旅だったので、竜神一家は指宿の湯に浸って英気を養っていると昼餉の時間となり、ここでもご当地のごちそうを大いに食らった。



昼餉が終わってから、まずは勇健が一番興味を持っていた霊峰高千穂岳に戦艦を飛ばし、頂上の広場に降り立った。


勇健は地面を見て、「…ここにある…」と言って苦笑いを浮かべた。


すると獣人の獅子丸が浮き出るようにして姿を見せたので、健吾と弟子たちは大いに驚いている。


「たまには戻らねばと思ってね」と獅子丸は勇健に気さくに言った。


「どう? 変わったことってなさそう?」


勇健が気さくに聞くと、獅子丸は胸を張って、「この地も穏やかに時間が流れておる」と獅子丸は笑みを浮かべて答えた。


「では戻る」と獅子丸は言って瞬時に消えた。


「…せっかちな神様だ…」と勇健が呆れたように言うと、「…罰が当たるぞ…」と健吾は大いに眉を下げて言った。


「神様ってそれほど暇じゃないよ」と勇健は陽気に言った。


「悪口を言った程度で怒る神なんて神じゃないわ」と菫が言うと、大いに説得力があったようで、「…そういうものか…」と健吾はつぶやいてある程度は納得していた。


「怒るのは神を信じて信仰している人間だから。

 この場合は、神は信者に対して怒るのが普通だろうけど、

 その程度だと多分動じない。

 特に獅子丸様は人の神ではなくて国の神だから、

 大地を荒らすと怒るのかもね。

 一方、真田師匠は人の神だから、

 命を粗末にすると大いに怒られるんだ」


勇健の言葉に、真っ先に美麗が首をすくめた。


「なんだ、叱られたの?」と勇健が聞くと、「…あはははは…」と美麗は力なく笑った。


このまま阿蘇に飛んでいくこともできたが、それは明日の楽しみにして、指宿の琵琶御殿に戻った。



夕餉の前に、勇健が明日以降の予定を話し始めた。


「…幻影様の絵画の原動力…」と健吾は神妙に言った。


「松山の琵琶御殿には立ち寄るけど、目的は琵琶高願美術館だけだよ」と勇健は陽気に言った。


「真田師匠にとっては、一番の心落ち着く地だったそうなんだ。

 琵琶様の発祥は、近江の国の安土だけど、

 今の真田師匠があるのは松山の地で、美術館にある絵なんだ。

 僕としてはその絵に大いに興味があるんだよ。

 それに、加藤様が収めていた地でもあって、

 沙織先生の生まれ育った地だからね」


「…きちんと見ていくぅー…」と美麗は沙織も苦手なようで、眉を下げて言った。


「少し足を延ばした宇和島の地は、

 北条様のご子息が収めておられているそうだよ」


勇健の言葉に、美麗はさらに頭を抱え込んだ。


「松山の北の地の今治は藤堂様が収められていた地。

 四国という土地は、真田師匠と琵琶様にとって、

 もっとも愛するべき土地だったんだろうって思う。

 ああ、そうだ。

 松平松太郎様とお香様、それに、健五郎君の育った場所が讃岐だった。

 始めは僕たちのように小さな家族だったのに、

 そこからさらに大きくなった琵琶様の歴史がよくわかるよ」


「…何とかご利益を授からねば…」と健吾は真剣な目をして言った。


「さらには、阿国様とも合流を果たされた地だからね。

 今の阿国様になられた切欠の地でもあるから、

 きちんと見て回った方がいいのかなぁー…」


「明後日! しっかりと見て回ります!」と菫が叫んだ。


菫は阿国が苦手なようだと勇健は思って、苦笑いを浮かべた。


よって明日は、阿蘇と別府に行くことにして、明後日は四国を漫遊することに決まった。


「だが、それほど話をしていたとは思わんかったが…」と健吾が戸惑いながら勇健を見て言うと、「もちろん、情報源の大半は兄弟子たちだから」とごく普通に言った。


「…幻影様は、それは自慢話として、それほど話されなかったか…」と健吾が少し嘆くと、勇健は笑みを浮かべて肯定した。


「基本聞かなきゃ、誰も教えてくれないから」


―― もっともなことだ… ―― と誰もが一斉に思っていた。


「…話しかけるの、やっぱり苦手ぇー…」と美麗は言って眉を下げると、「それも、これからの修行にすればいいさ」と勇健は気さくに言った。


切羽詰まった時はそうでもないのだが、基本的に美麗は変化がないことを望んでいる。


しかし、そういった時間が必要なのは、勇健が一番よく知っているので、指導をするようなことはほとんど言わない。


「…どうすればいいと思う?」と美麗が眉を下げて勇健に聞いてきたので、「無理さえしなきゃいいと思う」と答えると、美麗は満面の笑みを浮かべてうなづいた。


「…それほど急ぐこともないし…」と菫が言ったので、ある程度は譲歩するようだ。


この日は美味い夕餉をごちそうになって、翌日は頼んでおいた弁当をもらって、阿蘇山に向かって飛んだ。



上空から阿蘇を眺めると、どれほどに大きかった山だったのかがよくわかる。


竜神一家は草千里に戦艦を置いて、幻影に渡された幌をかけた。


そして鍵のようなものをして幌を引っ張ったがびくともしない。


「すごいね…」と勇健は眉を下げて言った。


幌はいたずら除けで、盗難除けではない。


盗もうとしても、力持ちが五十人ほどいないと動かすことは叶わないからだ。


阿蘇と別府では大地の神秘を大いに思い知って、何事もなく松山に飛んだ。


別府上空に浮き上がってすぐに松山の城下町が見えたので、あっという間に琵琶御殿に到着すると、土佐から逃避行しているお園が竜神家を出迎えた。


すると、空飛ぶ戦艦を見つけたのか、松山城主が馬に乗ってすっ飛んでやってきたが、様子が妙だと思ったのか、馬の歩みを弱めた。


しかし、琵琶家でしか飛ばせない戦艦を飛ばしていたので、ただ者ではないと、松平定行は思って、鋭い視線を逞しい健吾に向けた。


そして戦艦の、『竜神家』の幟を見つけて、―― むむむ… ―― と心の中でうなって、七人いる家人たちを見まわした。


松山城主だった蒲生家はもうすでに断絶していて、その間にひと悶着あったのち、数年前に定行が城主に落ち着いていた。


この地は幕府にとっても特別なので、それなり以上の者でないと家光が認めないようだ。


しかも今治城主も松平定房が城主として収めているので、この近隣は天領と言ってもいいほどだった。


ちなみに宇和島は、伊達秀宗が安定して城を守っている。



健吾は鋭い視線を感じ、馬上の、どう考えても偉いさんの馬上の人を見つけて頭を下げると、定行も頭を下げて下馬した。


「琵琶様は来ておられんのか?!」と定行が叫ぶと、「へえ、御覧の通りで、我が家族のみでございます」と健吾が答えると、その存在感から、―― 町人ではないか! ―― と定行は思い目を吊り上げた。


「家は元服した息子が継いでおりやす」


定行の雰囲気を察した健吾の言葉に、―― あ、この地の表向きはそうなっているわけだ… ―― と勇健は納得して、健吾に笑みを向けてから、一気に目を吊り上げ、定行を見て、「竜神勇健である!」と叫ぶと、街道を歩いていた者たちが一斉に地面にひれ伏した。


定行はへなへなと地面に腰を落として、くすれ落ちるようにしてひれ伏した。


「…気合、入ったぁー…」と健吾が眉を下げて言うと、「…あはははは…」と勇健は小声で陽気に笑った。


「…堂々としてるわぁー…」と菫が勇健を絶賛した。


美麗はこれ見よがしに勇健に寄り添って、満面の笑みを浮かべて勇健を見ている。


「…御屋形様の修行が役に立った…」と勇健がつぶやくと、美麗は取ってつけたように、「おほほほ」とおちょぼ口で笑った。


ここからは定行は子供でしかない勇健の家臣のようになって、現在の松山城下の現状の説明をした。


「…お聞きしたいのですが…

 竜神様はこの地に住まわれるのでしょうか?」


定行が控えめに聞くと、「いえ、旅行… 物見遊山に参っただけです」と勇健が答えると、「…それは非常に残念…」と定行は心の底の想いを口にして、本気で残念がっている。


「私の予想でしかありませんが、

 琵琶様も近々お越しになられるように思います。

 ただの旗本にでかい顔をさせてはおられん!

 などと、御屋形様は感じておられることでしょう」


詳しいお家事情は話聞き終えていたので、定行は大いに納得していた。


お茶休憩はこの程度にして、竜神一家は、まずは現楽涅槃寺を訪れて、すべてを子細に観察した。


特に菫は目が血走っているほどだった。


しかも阿国が書いた看板を食い入るように視線を向け、何度もうなづいている。


―― …まあ、怖い人なのはわかるけど… ―― と勇健は眉を下げて我が母を見上げた。


そして街道を歩き、道後温泉郷まで行って、ゆっくりと温泉に浸って、一日の疲れを癒した。



琵琶御殿に戻ると、いいにおいが辺りに充満していて、夕餉の準備は終わっていると思い、竜神家一同はくつろぎの間に入ると、来客があった。


「…むむ… 秀宗…」と定行がうなると、勇健はすぐさま伊達秀宗とあいさつを交わして、母である政江を大いに褒め称えた。


「お役に立っているようで、息子としても鼻が高い」と秀宗は笑みを浮かべて言って、勇健に頭を下げた。


ここは穏便に、ふたりの殿様の家臣たちも交えて大勢で食事を摂り、様々な話をした。


「…信影様に弟子入り…」と秀宗は嘆いて、箸を落としたことにも気づいていなかった。


「ええ、初めての弟子だったそうで、

 大いに歓迎されてしまいました」


「…当然だよ…」ともうすでにその威厳の体験を終えていた定行が眉を下げてつぶやいた。


しかも幻影と、気功術師の酒天大吉に弟子入りしていることも話すと、秀宗は大いにあきれ返っていた。


「…竜神家…

 まさかだが、最近できた京と生実にある、

 竜神木材加工店は…」


「父が親方です」と勇健が誇らしげに答えると、秀宗と定行は、城下に店を構えるように進言を始めた。


「…松山は受けてぇー…」と菫が嘆くように言うと、「…旅を終えてから準備するから…」と健吾は眉を下げて言った。


「では、お子様方にどうぞ」と勇健は言って、木彫りの動物の根付と動物飴を三方に乗せて、秀宗と定行の膳の前に置いた。


「…売れるはずじゃ…」と秀宗はつぶやいて、根付を見入った。


「最近作ったものですから、

 そちらの方が出来栄えはいいはずです」


勇健の言葉に、秀宗と定行はそろって、恭し気に頭を下げた。


「…根付に関しては負けだ…」と健吾は大いに苦笑いを浮かべて言った。


夕餉の席は大いに盛り上がり、そしてお開きとなって、定行と秀宗は揃って城に帰って行った。



翌日は馬に乗って、伊予の国の物見遊山に興じて、この地のほぼすべてを知った。


何もかもが喜笑星の安土城下に生かされていると思い、竜神一家は琵琶御殿で遅い昼餉を取った。


このあとにようやく勇健の願いが叶い、琵琶高願美術館に足を踏み入れた途端、固まった。


迫力のある真田信繁の横顔の絵に、勇健は大いに感動していた。


幻影の絵心の神髄はここにあると、勇健は信じて疑わなかった。


「…なんだかヤダ…」と美麗が眉を下げて言うと、「ああ、戦の真っただ中の絵だからな…」と勇健は笑みを浮かべて言った。


「この地でも、庶民たちは虐げられていた。

 戦禍に巻かれることもあれば、

 食料の強奪や、重い税金にも命を奪われるほどだった。

 …色々と考えることは多いよ…」


「…今は平和になってる…」と美麗は笑みを浮かべて言った。


「琵琶様の尽力の賜物だと思う。

 自信を持って栄える町を作って、日々の生活を向上させ、

 高い税であっても対抗できる生活力を植え付けられたんだ。

 ここにも、臨時雇いの軽作業場もあるし」


「…宝探しもあったらいいのにぃー…」と美麗が言うと、「始めのうちはそれでいいんだけどね…」と勇健は眉を下げて言った。


そしてあまりよくないその理由を述べると、「…お金を持ち過ぎちゃったら、価値が下がっちゃうから意味がなくなるぅー…」と美麗は理解して言ってうなだれた。


「お金を配るよりも先に、生産力を上げる必要があるんだ。

 そうすれば自然にものの値段は下がるから、

 お金が溜まらなくても、食べるものには困らない。

 そのあとに、ぜいたく品などの商売をすれば、

 円滑に経済は回るはずなんだ」


「贅沢品、作るぅー…」と美麗は言い始めたが、まずはこの美術館の全てを見た後に、駄菓子の製造をすることになった。



琵琶御殿の工房周りは大騒ぎとなり、法源院屋に長蛇の列ができている。


勇健と美例は、大いに額に汗して、健吾たちの手助けも快く受けて、特に子供たちを笑みにした。


比較的客足が落ち着いてから、勇健を筆頭にして、彫刻刀を手に持って、子供用の動物の根付を中心に大量に作り上げた。


今日はひとり三個までとして販売をして、ほぼすべてを売り切った。


まさに祭りの後のように、大騒ぎのあとの静寂が訪れた。


法源院屋の店主は、「琵琶様の再来!」と叫び、竜神一家を大いに崇め号泣した。



翌日は竜神一家は惜しまれながらも見送られて、空を飛べばすぐのところにある近江安土に飛んだ。


琵琶御殿ではなく唯一の屋敷前に、現在の主である、真田将代に出迎えられて、竜神家は早速寛いだ。


将代は幻影が子にした草太について大いに聞きたがったので、勇健と美麗が知っている限りの一部始終を語ると、将代は涙を流すほど喜んでいる。


しかし幻影は将代を認めているからこそ、将代に真田性を与えているはずだと勇健が語ると、将代は涙を拭いて満面の笑みを浮かべた。


ここは何と言っても巨大な湖であるにおの湖が自慢できる観光地で、竜神家は将代とともに戦艦を湖に浮かべて周遊した。


そのついでに京の琵琶御殿に飛んで、昼餉を満喫してから、京の御所や奈良の寺などを空の上から巡って安土に戻って就寝した。



翌日は前橋、会津、米沢経由で関の琵琶御殿で寛ぎ始めた。


そして関にたどり着くと、「…ここ、好きぃー…」と美麗は勇健に告白するように笑みを浮かべて言って、河原と街道筋を見入った。


「この地での大きな収穫は、

 武芸者だった千葉重胤様と出会ったことだったそうだよ。

 さらには普通に動物の兎だった雪美様」


「…初めは獣人じゃなかったのね…」と美麗は大いに眉を下げて言うと、「巖剛様もそうだし、獅子丸様だって似たようなものだよ」と勇健も眉を下げて言った。


この関の地では麺屋に行くと、すぐさま特別室に通されて、美味い食事をたらふく食った。


やはり土地が違えば、農作物や海の幸も山の幸も大いに違い、誰もが陽気に舌鼓を打つ。


この地でも、近隣の琵琶家と懇意にしている藩主たちが集まって、琵琶御殿で宴会が行われた。


そんな中、「…焦げ臭い…」と勇健はつぶやいて外に出た。


「風向きからして、米沢城下から火が出ているかもしれません!」


勇健が叫ぶと、そこの殿様の上杉定勝が大いに慌てて馬に飛び乗って、米沢に向けて走り去った。


竜神一家は手助けとばかり戦艦に乗り込んで一気に飛び、勇健は雲を呼び大雨を降らせて火は収まった。


ここからは美麗が姫に変身して、多くの人々を癒し、多くの人々の命を救った。


菫もポポロンに変身しながら大いに手伝って、死人をひとりも出さなかった奇跡を大いに喜んだ。


焼け跡の瓦礫を片付け、半焼した家などは家財道具を丁寧に運び出してから、家を壊して、きれいに整地をしてから、すぐにでも住める家に建て替えた。


焼け落ちてしまった家の跡地に大きな長屋を作り出して、焼き出された人々の一時しのぎの家とした。


そして法源院屋の非常品の配布と麺屋の炊き出しも始まって、ようやく誰もが一段落ついた。


そして定勝は竜神家に深く頭を下げて礼を言った。


この事実を幻影が知り、琵琶一家がついにその姿を現し、「健吾、よくやった!」と信長が竜神家の家長として認めている健吾を褒めた。


幻影は、町再建の木材だけを定勝に提供してから、勇健と美麗を大いに褒めた。


この日からは琵琶家は竜神家の行程を逆になぞって、大量の物品の販売と祭りを開催して回った。


信長の命によって、ここ数日間はこの準備だけをしていたそうだ。


どの地でも大いに歓迎されて、最後の生実では考えられないほどの物見遊山の人であふれ返った。


「…たわけの術を使いたいぃー…」と信長は大いにうなったが、戦場ではないので何とか我慢した。


琵琶家は祭りのためだけに来たわけではなく、琵琶御殿を移動するたびに琵琶家の家人を増やしていった、


将代を筆頭にして、お園、お梅、そして才英の母であるお竹も、琵琶家に召し抱えたのだ。


将代を除いた三人は乳母という大役と琵琶家の雑用係だが、将代は城の中間管理職として採用した。


扱いづらいが、心強い存在でもあるので、家老たちは快く将代を受け入れた。


一方の将代としては、息子にした草太とともに過ごせることを喜んでいただけだ。


この四人の穴埋めは、現地の法源院院屋店主と幻影が話しあって決め、また次の琵琶家家人候補とした。


さらにはこまごまと幻影に存在感をあらわにしていた松山の手伝いのお勢も家人として加えたが、本人にとっては寝耳に水で、大いに戸惑っている。


「…能力を隠していても無駄だぁー…」と幻影がすごむと、「…何も隠してませんー…」とお勢は涙目になって答え、蘭丸はお勢の肩をもって、「…どこが能力者なのよぉー…」と眉を下げて言った。


はっきりと否定されたことはお勢にとってある程度はありがたいことでもあったのだが、琵琶家家人の資格がないと言われたようで、大いに眉を下げた。


「確実に必要な普通の人間。

 お勢さんには、教師見習いとして奮起してもらいたいんだ」


幻影の言葉に、「…そこまでは見抜けなかったわ…」と蘭丸は眉を下げて言った。


お勢はお勢なりに様々な学問に触れていて、積極性はそれほど変わらないが知識量は大いに上がっていた。


しかも、最高学年の生徒たちとも年齢が近いこともあり、教師でありながらも姉としての親しさを持ってもらおうと、幻影は考えていたのだ。


「…お仕事でしたら…」とお勢はほぼ渋々だが幻影の依頼を受け、琵琶家の一員となった。


「…男子がひとりもいなかったことが嘆かわしい…」と幻影がうなだれて言うと、「忍びを昇格させたからよい」と信長は胸を張って言った。



すると、ぼろ布のようになっている青年が琵琶御殿を訪れてきて、そのままばったりと倒れ込んだと、信長に報告が入った。


「貴重な男子がやってきおったぞ」と信長がにやりと笑って言うと、「懐かしかった」と幻影は感慨深く言って、眠ってしまっている茶崎斗真技師を見て笑みを浮かべた。


相変わらず身長は低く、逞しさはそれほどないが、仕官していた宇和島から出奔して陸路を使って生実まで琵琶家を追いかけてきたのだ。


よって、体力がないわけではなく、常人よりは大いにある。


「茶崎殿のけじめとして、

 自分自身を試したのでしょう。

 ですのであえて松山で再会した時は何も言わなかった。

 もし失敗していても、

 この生実藩藩主が放っておかないと思いますので」


幻影の言葉に、「…まずは、嫁候補がその志を揺らすじゃろうて…」と信長が言うと、目を光らせている女子たちが一斉に知らん顔を決めこんだ。


まさに、斗真程度の卓越した人間を好む女子が多いからだ。


斗真はまずは琵琶家でその洗礼を受けることになる。


「…別にかまわないわ…

 私の弟にしたから」


蘭丸の言葉に、幻影が笑みを浮かべてうなづくと、女子たちは大いに眉をひそめた。


「…弟子にしちゃうぅー…」と政江がうなると、「そうね、その道も大いにありね」と蘭丸は明るく言った。


「…不憫なヤツ…」と信長は眉を下げて言ってから、鼻で笑った。


琵琶家と竜神家は人々に惜しまれながらも喜笑星に戻った。



予想外の長旅になったことで、勇健と美麗は大いに目立った。


もちろん美麗は、「新婚旅行?」などと友人たちに言われて、大いにホホを赤らめている。


全校集会で、校長の大吉が新しい教師を二名紹介した。


ひとりは真田於勢として姓を得たお勢で、もうひとりは茶崎斗真だった。


ふたりとも教えることを修行として、お勢は渋々、斗真は懇願して教師となっていた。


教師として束縛されるのは午前中だけなので、斗真の研究する時間は大いに取れることが大きな理由だ。


その代わりに、沙織と志乃が、教師業から徐々に手を引いていくことになる。



「…風光明媚な景色…」と昼餉を終えた勇健は、くつろぎの間から外の景色を眺めて言った。


「この星の探検にはまだ行っていない」と幻影が言うと、「行って来てもよろしいでしょうか?」と勇健は廊下に座りながら聞いた、


「西に飛ぶのなら、明るいうちに帰って来いよ。

 あっという間に暗闇になるからな」


「はい、太陽の角度を考えて行動いたします」と勇健は言って頭を下げた。


勇健は工房に行って、二人乗りの戦艦を出していると、穏やかな同行者争いが始まっていたが、ここは勇健が順当に美麗を指名した。


「…新婚旅行ぉー…」と美麗がホホを赤らめて言うと、「それでもいいさ」と勇健は笑みを浮かべて言って戦艦に乗り込んだ。


美麗は慌てて乗り込んで、眉を下げて見送っている家人たちに陽気に手を振った。


戦艦が安定すると、「釣りには出てるのに、陸地はそれほど見てなかったんだ」と勇健が言うと、「あ、そういえばそう…」と美麗もそれに気づいた、


その理由はあって、釣りに出るのは辺りが暗くなってからか早朝が大半となっていたからだ。


昼に釣りに行ってもそれなりの収穫はあるのだが、夜の方が質のいい魚がかかることがことが多いという結果を咲笑がはじき出していたことによる。


陸地は自然な起伏があり、川や池もあるのだが、基本的にはすべてが濃い緑だ。


よってふたりは目立つ場所を探していると、「あ、木のない草原を発見!」と美麗が陽気に言うと、戦艦はゆっくりと速度を弱めて、ゆっくりと降下して、入念に安全確認をして旋回しながら、草原に戦艦を降ろした。


「鳥はいたけど、動物の気配すらないな…

 食べられる実が少ないんだろうか…」


そして勇健は足元を見て、「…西瓜だぁー…」と言って大いに陽気になって、大きな西瓜を軽く叩いておどけた。


そして気づいた。


「ちょっと固いか…」と言うと、「…動物たちでは歯が立たないぃー…」と美麗は言って悲しそうな顔をした。


「完全に熟すまで、ここには来ないんだろうね…

 どこか別の食べられる作物が実っている場所にいるんだろう」


勇健は言って、動物たちの魂を探ると、ここを中心にして十里以内には、動物がいないことに眉を下げた。


勇健は成果物として、西瓜とその弦を根から引き抜いて戦艦に乗せた。


ここで割ってしまうと、動物たちが来てしまうと感じたからだ。


さらには南瓜のようなものもあり、これも西瓜と同じようにして戦艦に乗せた。


「検査もあるから、今日は帰ろう」と勇健が言うと、美麗は素直に従って、ふたりして大急ぎで安土城に戻った。


工房にいた幻影に話をすると、早速咲笑が検査をして、「…問題なくおいしいですぅー…」とまず言ってから、成分表を出し、まるで問題がないことを説明した。


しかし問題は普通よりも皮がかなり固いことで、大きいにもかかわらず、食べられる部分は普通の大きさのものとそれほど変わらないそうだ。


早速幻影が切って、「…はは、なんだこれは…」と言って呆れていた。


皮は通常の三倍ほどあって、おいそれとは切ることもままならないと言った。


しかし実は美味そうで、ここにいる全員に振舞うと、「…甘いぃー…」と真っ先に咲笑が笑みを浮かべて言った。


幻影は早速集めた種を大きな鉢に入れて成長させると、花は咲いたが実がならない。


「何か条件でもあるのか…」と幻影が考えていると、「あ、たぶん、こっちこっち!」と咲笑は笑みを浮かべて、南瓜を叩いた。


「交換受粉か、なるほどな…」と幻影は言って、南瓜も切って種を取り、成長させてから、花粉を入れ枯れて受粉させて成長させると巨大な実ができたことに、誰もが大いに喜んだ。


しかもどちらも養分が大いに必要なようで、ベティーが火竜となり土を焼いて、たくさんの黒い土を作り上げて、幻影が狭い試験農場を作り上げた。


狭いと言っても一辺が十間ほどあるのだが、それぞれの種を五個ずつしか撒いていない。


緑のオーラで花が咲くまで成長させ、花粉を交換して受粉をさせ、十分に実るまで成長させた。


土の状態は良好で、あと三度ほどなら肥料いらずだ。


しかし問題が発生して、西瓜の方はいいのだが、南瓜の方は包丁の刃が入らない。


よって幻影は少し大きめの鉈を手にして、軽く落として刃が入ることを確認して、一気に振り落とした。


「おっ! 嫌な臭いはしないが、これはかなり甘いんじゃないのか?」と幻影が言うと、咲笑は大いに陽気になっていて、「砂糖の塊だよ!」と叫んだ。


「…実は料理には適さないな…

 砂糖を抽出して、搾りかすは羊羹だ」


そして女性たちは皿と竹細工の幅広楊枝を持って、幻影の後ろに並んだ。


早速砂糖を抽出すると、唐黍よりも効率がよく、南瓜のにおいもない。


しかし搾りかすの方は南瓜の味に加え、十分に甘い。


わずかに塩を加えてから粉寒天を入れて攪拌すると、異様に艶のある南京羊羹が完成した。


女性たちの評判は上々で、大量に作って法源院屋に卸した。


西瓜の方は切れなくはないのだが一般的ではないので、よく冷やして切り売りすることにした。


まさにこの喜笑星の並外れた恵みで、宇宙の創造神のセイレーヌはまさに神扱いを受けた。


「また儲かったのだが、

 今回は少々気が引けるな…

 だが、ほかの菓子との兼ね合い鑑みると、

 安く売るわけにはいかない」


どう考えても、ほかの菓子よりもかなりうまいのだ。


原材料が砂糖を抽出したあとのゴミのようなもので、ほかの材料としては寒天しか使っていない。


ほかの菓子との兼ね合いを考えても、満足できるほどの量で、売値がわずか五銭で大いに儲かる。


現在の最安値で、飴玉が十個で五銭なので、それと同じ値段は避けた方がいいと、法源院屋と幻影の間で話し合いをして、涙をのんで、売値を十銭にしたほどだ。


羊羹はやはり子供よりも女性が大いに好んで買っていく。


しかし琵琶家の女子たちがまだ工房前の広場で食っている姿を見て、男どもは土産として買って帰る。


しかし法源院屋が店じまいを始めたと同時に、怒涛のように大勢の客がやって来て、南瓜羊羹は売り切れた。


幻影たちは明日の納品分の羊羹を作り上げて、夕餉を摂ることにした。



「本日のお料理は、南瓜砂糖を使用しましたぁー!」とハイネの声が明るい。


特に大名煮は南瓜の砂糖がよくあっていて、今までよりも一段うまくなっていた。


さらには食後の口直しの西瓜も大いに好評で、誰もが大いに食らった。


さらには凍らせて氷菓子にしても十分に甘く食いごたえがある。


信長は勇健と美麗を手放しでほめ、また星の散策に出向くように言いつけた。


さらには喜笑星の特産物もできたことで、貿易にも拍車がかかることは、もう決まったようなものだった。


勇健と美麗は陽気に語り合って、動物がいない場所にだけ飛んで調査することにした。



翌日学校に行くと、同級生たちの血色がいつも以上にいいことに勇健は気付いた。


どうやら体にもいいようだと感じて、今回の成果を大いに喜んだ。


「…お店、閉まってたぁー…」とこの時間の担当教員の桜良がこれ見よがしに勇健の目の前で嘆いた。


「悪いけど、取り置きしておくのを忘れたけど、

 もう今日の分は、法源院屋さんで売ってるはずだよ」


勇健が眉を下げて言うと、「…買いに行きたいのに、どーして授業中なのぉ――っ!!」と桜良は大いに嘆いた。


「レスター様は?」と勇健が桜良に言うと、またたどたどしい幼児のような言葉でレスターに念話を送った。


するともう買っていたことに、桜良は大いに喜んで、授業はいつもの倍ほど力が入っていて、暑苦しかったようで、生徒たちは大いに苦笑いを浮かべていた。



学校を終えて、勇健と美麗が登城すると、妙に家人たちの表情が暗い。


もちろん、南瓜と西瓜の件だろうと、勇健は察した。


「勇健、フリージアとは、国交断絶じゃ」と信長は真剣な顔をして言うと、「はい、承知いたしました」と勇健はすぐさま答えて頭を下げた。


「…お前も幻影と同じで動じぬな…」と信長は言って鼻で笑うと、「欲にまみれた者でも現れたのでしょう」と勇健はごく自然に言ってのけた。


「ああ、その通り。

 新しい代表はお前を差し出せと言ってきおったんじゃ」


信長の怒りの言葉に、「根性が座ったお方のようですね、もしくはただの世間知らずのようです」と勇健がさも当然のように言うと、信長は愉快そうに笑った。


「万有爽太が話を聞きつけて、詫びを言ってきおった。

 ロストソウル軍は無関係じゃから、責めてはならぬ」


「はっ 承知いたしました」


勇健は何かの目的があって喧嘩を売ったんだろうとすぐに考えついた。


よって、勇健を欲したのはただの餌のような気がしていた。


「詳しい事情を聞きに来るとでも思っているのでしょうか?」


「普通であればそうするじゃろうが、

 ワシは怪しきは近寄らず、じゃ」


信長の堂々とした言葉に、「はい、大いに勉強になります」と勇健は笑みを浮かべて言って頭を下げた。


「私の弱みでも知っているのでしょうか?」という勇健の言葉に、「…なるほどな… 大昔の関係者か…」と信長は言って何度もうなづいた。


「現在の私の件で、わかっていることでまだ達成していない件がございます」


「おう、その件じゃろうて…」と信長は言ってにやりと笑った。


「達成していないこと?」と濃姫が勇健に聞くと、「はい、私も動物を持っているようなのです」という言葉に、誰もが大いにうなづいた。


「しかし、よく考えれば、

 過去には誰もが何度も、動物として過ごしていると思うのですが…」


勇健の言葉に、幻影が愉快そうに笑って、「その通りだ!」と叫んだ。


「御屋形様は真の狙いが真田師匠と思っておられますか?」


勇健の言葉に誰もが目を見開いた。


「そんなもの当り前じゃ」と信長が堂々と答えると、勇健は笑みを浮かべて頭を下げた。


「となれば、師匠と弟子の絆を解けばいいだけですか…

 できれば拒絶したいところですが、

 お師匠様にご迷惑をおかけるわけには参りませんので、

 破門にしてください」


勇健の言葉に、「…お前、本当に師匠譲りの冷淡さじゃな…」と信長は眉を下げて言った。


「わかった、竜神勇健を破門とする。

 ありがとう」


幻影は笑みを浮かべて言って、勇健に頭を下げた。


「破門となっても、独自の修行は積みますので。

 お相手は、御屋形様を甘く見ておられるようです」


「…ふふふ… まあよい…

 さあ! 昼餉じゃ!」


信長はいつもに増して陽気に叫んだ。



「…大昔に、何か悪いことしちゃった?」と美麗が大いに眉を下げて聞くと、「いや、その逆だと思ってるんだ」と勇健が言うと、「…切っても切れない、家族や兄弟の契り、とかな…」と健吾が言った。


「きっとね、その相手は関係ないんじゃないのかなぁー…

 関係があるのは万有源一」


勇健の言葉に、誰もが目を見開いた。


「話は飛ぶけど、相手としては僕の師匠だった

 真田幻影様でも僕でもどっちでもいいから、

 手に入れたいと考えていると思うんだ。

 そしてフリージアの王にする、とか…」


健吾は何度もうなづいて、「結果はよくわかったからその間」と催促すると、「きっとね、一対一の絆じゃないと思ってる、まさに家族の絆」と勇健は自信を持って言った。


「…ふん、なかなかツボをついてきよる…」と信長は鼻で笑って言った。


「それを僕が思い出した時、

 僕がどうするのか、大いに楽しみなんだ」


勇健の陽気な言葉に誰もが眉を下げたが、信長と幻影は愉快そうに笑った。


「…まあ、過去のこととして突っぱねるかもしれないけど、

 断わりづらい理由がさらに何かあるのかなぁー…

 …とっても楽しかった、今のような食事、とか…」


「…うう… だとすれば、悪意などみじんもない…」と信長は大いに眉を下げて言った。


「そういった知略に長けているんでしょうね。

 もちろん、今の王もそれなり以上にいい人だと思っています。

 ですが、そのお方自身に何か理由があって、

 王を降りたいのかなぁー…

 …できれば、僕と入れ替わって琵琶家に仕官する、とか…」


「…ふん… そんなやつは常に門番じゃ…」と信長が言うと、勇健は愉快そうに笑った。


「…あ! 食事会!」と勝虎が叫んで、純葉を見た。


「…速やかに白状せよぉー…」と信長が大いにすごむと、誰もが涙目になっていた。


純葉は知りえたことすべてを話すと、「…それだろうなぁー…」と勇健は眉を下げてい言った。


「…今となっては理性ある獣の宴と言ったところか…」と信長はすべてに納得してつぶやいた。


「肝心の万有源一が転生したことで、

 その行事自体がなくなった…

 さらには、勇健の過去を見抜けるほどの高能力者…

 …そうか、文化祭の時にでも、じっくりと腰を据えて探りを入れたか…」


幻影がつぶやくと、「一番怪しいのは警備陣だと推測します」と勇健が言うと、「その候補でぇーす!」と咲笑が明るく言って、ただひとりだけその画像と情報を出した。


「現在のフリージア王じゃ」と信長はまるで映像に噛みつくように口を動かした。


「…タクナリ・ゴールド…

 元、宇宙の父…」


勇健は言って大いに眉を下げた。


「その気になれば何でもできるほどの術師でしょうね」


幻影の言葉に、「向上心は高いです!」と咲笑は追加情報を報告した。


「…となると、このお方が持っていないものが、この安土城にあると…」


勇健が言うと、「萬幻武流そのものだろう」と幻影は断定して言った。


「特に、武器は使わないという風習がいつの間にかできたそうだ。

 萬幻武流を知って、武器は手の延長ではなく、

 相棒だと知ってなおさらだったのだろう。

 しかしフリージア王である以上、

 ここに出張ってきて修行を受けるわけにはいかないはずだ。

 もちろん、大勢いる万有源一の取り巻きがうるさいだろうからな。

 よって自由の身となって堂々と流派に入門しようと考えた。

 理屈はわかったし、それほど悪いヤツではないようだが、

 俺から見れば悪だ」


幻影の言葉に、勇健が真っ先に頭を下げた。


「ほう、悪か」と信長は言って、首を左右に曲げて派手に、『バキッ! バキッ!』と鳴らして、「道を拓け」と言うと、幻影はすぐさま精神空間をタクナリにつなげた。


「この、大たわけがぁ―――っ!!!」と信長は最大級の声で叫んだ。


家人たちにも多少の被害が出たが、何とか踏みとどまっていた。


「…吹っ飛んで、美術館に突っ込みました…」と幻影は笑いをこらえて言うと、咲笑がその映像を出して大いに笑った。


そして誰もが映像を観ないようにして笑っていた。


まるで漫画のように、上半身が壁に埋まっていれば、同情などよりも笑えてしまうだろう。


「…なかなか頑丈な美術館じゃな…」と信長は少し悔しそうに言った。


信長の予想としては、美術館の壁を撃ち抜くつもりで放ったようだ。


よってタクナリ・ゴールドは死の淵にいたが、大勢の天使たちによって、この世に引き戻された。


「…鍛え方も中途半端でなっとらんな…」と信長が言うと、「…この世界は大丈夫なのかと不安になります…」と幻影は眉を下げて言った。


「そこまではひどくないわい」と信長は言って鼻で笑い、箸を取って食事を再開した。


「して、ワシのいたずらはバレたか?」と信長が幻之丞に聞くと、「いえ、周りにいた人々は戸惑っているだけでしたが、万有爽太様が予測として御屋形様の怒りだろうと推測されただけです」と報告した。


「まあ、六百万ほど吹っ飛ばしたから、

 察して当然か」


信長は言って鼻で笑った。


「もっとも、ワシひとりではその場に行かねば何もできぬ。

 優秀な家臣がおってこそのワシじゃからな」


信長は機嫌よく言って、幻影の頭をなでた。


「万有源一は動きよるか?」と信長が幻影に聞くと、「この程度であれば目をつぶるでしょう」とすぐさま答えた。


「…ふむ… まあ、手を出さぬことも一興じゃが、

 タクナリ・ゴールドをそそのかしたやつもおるはずじゃが?」


「妻の万有向日葵でしょう。

 先の宇宙の母でした」


幻影の言葉に、咲笑が万有向日葵の情報を出した。


「…ふむ… 自然界の申し子…

 自然界の僕といったところか…

 ワシに加えて、マリーン殿からの怒りを買わねばよいのじゃが…」


「どうやら早速、その罰が下ったようです」と幻之丞が言って眉を下げた。


「普通の人間として生きていくのも、

 大いなる修行じゃわい」


信長は機嫌よく言って、うまい魚に箸を延ばした。


ゲッタとメルティーの成長の際にも、ふたりは何かを企んでいたようで、この程度の罰は当たり前のようなものだった。



この日を境にして、徐々に万有源一帝国は崩壊の一途をたどったが、全く動じない家族がひとつだけ残った。


それはペガサスフィルの過去でもあり現世でもあるその弟の、マサカリ・ウェポンの家族だ。


万有源一の旗本のような存在で、鍛え上げられた肉体もそうだが、術師としても長けている。


万有向日葵の後ろ盾もあって、タクナリ・ゴールドが先頭に立っていたが、ここは満を持して、マサカリがフリージアの代表者として政治を行うことになった。


その後ろ盾として、白竜フォーサが迷惑そうな顔をして何とか支えた。


万有源一としてはこのフリージアに来た当時とそれほど変わっていないので、全く今の生活を変えなかった。


その頑固さだけは、信長に匹敵していた。


というよりも、フリージアに危機が迫っているわけではないので、動かないことも当然だった。


大勢いた万有源一の手下たちは、一旦はロストソウル軍に身を置いていたのだが、好条件でほかの星に雇われていった。


もちろん、右京和馬星やアニマールに仕官に行こうとしたのだが、天照大神に門前払いを食らっていたので、最終的にはフリージアを離れることになったのだ。


もちろん、ロストソウル軍に居残った部隊もいて、元はと言えば、万有源一に請われて家族になっていたこともあり、万有爽太はもろ手を上げて、黒田満の部隊を抱え込んでいた。


満は根っからの保守派で、比較的時代に流されてこの千年間を生きていた。


よって、前に出て自分が王だなどというあつかましい性格は持ち合わせていない。


ほかの部隊であった内輪もめも全くなく、部隊は現状を維持していた。


全てにおいて、満の人となりが、居場所のいい部隊となっていたからだ。


この噂が信長の耳に入るまで、それほど時間はかからなかった。


フリージアのアニマール学院の分校がきちんと維持できていることで、筒抜けのようなものだった。



「…黒田満は真面目じゃな…」と信長は幻之丞が出している映像を見入ってつぶやいた。


「…興味を持たれると思っておりましたが…」と幻影が眉を下げて言うと、「…ふむ… 幻影は大いに気に入っておるようじゃが?」と信長が切り返すと、「…内勤に大いに使えるものと…」という言葉に、「そっちの興味じゃったかっ!」と信長は叫んで、愉快そうにして大いに笑った。


「万有源一のように、部隊を分ける構想はまだございません。

 現行では我ら家族は不変でございますれば」


幻影の自信満々の言葉に、誰もが一斉に胸を張って笑みを浮かべた。


「それよりも」と信長は言って健吾を見て、「城はどうするのじゃ?」と聞くと、「時期尚早でございます」と答えて頭を下げた。


信長は勇健に顔を向けて手を出して、「城の構想図面」というと、勇健は笑みを浮かべて、厚みのある冊子を信長に渡した。


「…う… 初めて見た…」と健吾がつぶやくと、「時期というものがあるんだよ」と勇健に言われてしまった健吾が大いに苦笑いを浮かべると、信長は愉快そうに大いに笑った。


信長は冊子を開いて、「…こう来たか…」とうなって、感慨深げにうなづいた。


「我が竜神家の好みを聞いているとまとまりがつきません。

 よって城は理想とかけ離れたものでいいと思い、

 個人的な部屋にその想いを込めようと思って設計いたしました」


そして信長はいきなり笑い出して、「…何が悪いのよぉー…」と菫が唇を尖らせて言った。


「見た目とは随分とかけ離れた部屋じゃと思ってな」と信長は何とか笑いをこらえて言った。


「私の一番のお気に入りの主の想いよ…

 私も居心地がよかったから…」


菫が答えると、信長はその完成予想図を健吾に見せた。


健吾は目を見開いて見入って、その表情のまま菫を見た。


「…なによぉー…」と菫が言うと、「…いや… 俺は見る目がないと思ってな…」と健吾は言って、照れくさそうにして頭をかいた。


「…偽りの夫婦が、本当の夫婦になるやもしれぬな…」と信長は機嫌よく言った。


「…勇健、この部屋の詳細な工法の図面だけをくれ。

 装飾品も含めて」


健吾の決意の言葉に、勇健は満面の笑みを浮かべて、数冊の重版本を出すと、さすがの健吾も大いに眉をひそめた。


工法がまるで異なるものばかりなので、基礎からの教本にもなっている。


「僕も、二つ三つしかできないっていう自信があるんだ」


勇健の妙な自信に健吾は笑い、真剣な目をして本をめくり始めた。


しかしその内容は星に毒を流すような工法だったが、そうならない互換性のある工法も記されていて、こっちの方はかなり面倒な内容となっているが、新たな挑戦として苦難の道を行くことに決めた。


もちろん、副産物も十分に見込まれるので、有益なことでもあるのだ。



「ところで、万有源一の最大の不運は、

 やはり天使ということでよいのか?」


信長の問いかけに幻影は、「御意」と短く答えた。


「…基本、甘やかしでしかないか…」と信長は感慨深げに言って何度もうなづいた。


「天使たちはそういう種族だから仕方ないじゃない」と濃姫は言って、たくさんの天使たちの母として抱きしめている。


「その天使でも、殿となれんものかと考えておるのじゃ…」と信長が眉を下げて言うと、「結局は同じことの繰り返しだわ」と濃姫は断言した。


「天使は殿様になれる資質なしとしておいた方がよろしいかと。

 ですが唯一のその道はございます」


幻影の言葉に、「…天使だけが住まう国…」と信長が言うと、幻影は笑みを浮かべてうなづいた。


「もしも星ひとつを天使が占領した場合、

 悪魔が住むことができませんので、

 崩壊も早いのでしょう」


「結局は、うまくいかんわけか…」と信長は言って、何度もうなづいた。


「実は勇者も、それほどいい結果を生まないようで、

 旗本として雇われることが最善のようです。

 殿としての適正種族としては、

 魔王と悪魔が筆頭で、

 比較的長続きするようです」


「笑わん勇者は魔王と同じ」と信長は言い切ると、幻影は大いに口を歪めて笑みを浮かべた。


「それではできの悪い魔王となるだけでございます」


「いや、幻影ならばできると思うぞ。

 ワシは一歩引いて見て楽しんでおくこともよいかと思うのじゃが?」


「あんたがさらに楽をしたいだけじゃない…」という濃姫の言葉に、図星だったようで、信長は首をすくめた。


「今以上の幻影を見てみたいと思っただけじゃ。

 この世界がどうなろうともな」


まさに信長の言葉は魔王の言葉で、誰をも震撼させた。


「真の平和が訪れた時にでも、

 試してみたいと思います。

 その新たな魔王を止める強い力もいることでしょうから」


「…ま、悠久のそのまた先の話じゃ…」と信長が言うと、誰もがほっと胸をなでおろしていた。


「…その時の俺についてくるかなぁー…」と幻影が眉を下げて蘭丸を見て言うと、「更生するからよい」と堂々と言われてしまったので、幻影は大いに苦笑いを浮かべた。



いい機会だったので、勇健は信長の許可を得て、新しい城下町を作り上げた。


と言っても、それは模型で、物見遊山のひとつの出し物のようなものだった。


健吾は子細に模型の城下町を見入って、すでに建てるつもり満々になっていた。


『竜神城(仮称)完成予想模型』という看板を上げると、「もう出来上がったも同然じゃ!」と信長は機嫌よく叫んだ。


基本的には安土城と同じ、半水城半平城で、背面には山がある地を理想としているような模型だった。


もちろん町人たちも集まって来て、模型を見入って感心している。


こういう志を見せておくことで、信長がせっかちに無理なことを言わなくなると勇健は考えて作っただけのことだ。


こうして志を示しておくことが、竜神家にとっても居心地のいい日々となるからだ。



そんな中、ロストソウル軍が新たに宇宙を開拓して、なかなかの実力を持っている宇宙を発見した。


手助けをする必要などは皆無だが、相手側は同盟を組むことを拒絶した。


今までに相当に手ひどい目に遭っていたのだろうと万有爽太は察して、快くその進言に従い、その宇宙には近づかないように配下に通達した。


するとしばらくしてから、宇宙の代表者であるエンダ・アッポンから高飛車に、『武闘会を取り行うから来ればよい』と言ってきたのだ。


「いや、あんたらとは係わりを持たんことに決めている。

 そうすれば、どう転んでも未来永劫、

 お互い戦うことはなさそうだからな」


爽太もそれなりに威厳を上げて言うと、エンダは大いに苦汁を飲んだような顔をした。


「さらに言えばだ、

 そちらの宇宙内の全てを合わせても、

 我が星を含め、同盟を組んでいる星々はすべてにおいて上手だ。

 そっちの話に乗る意味は何もない。

 もっとも、天使たちにそそのかされていることは

 手に取るようにわかっているんだ」


爽太の言葉に、『もうよい!』とエンダは叫んで通信を切った。


「どうやって通信して来たの?」と爽太が一番の疑問を情報管理官に聞くと、「神獣経由だと確認できました」と答えて、その候補の映像を出した。


「…かわいいね…」と爽太は言って、翼を四つ持っている鶏を見て苦笑いを浮かべた。


「同種のものはそれなりにいますが、

 四枚翼は、ほんの一度しか接触がありません。

 ほとんどの星で、鶏は家畜扱いをされていますので。

 波長が同じでしたので、確認できて幸いでした」


情報管理官の報告に、爽太は笑みを浮かべてうなづいた。


「さらにはお相手の感情から、

 天使と、この神獣コッケの意思も探知しています。

 できれば、宇宙を飛び出して目的を果たしたいようですが、

 宇宙船が第三世代ですので、

 星を飛び立っても路頭に迷うだけでしょう」


「ま、目的が判明すれば、話だけでも聞いてやるよ…」と爽太はため息交じりに言った。


とは言ったのだが、どう考えても琵琶家に関係していると爽太はほぼ断定して、この話を全て信長に報告した。


信長は礼を言っただけで行動は起こさないと断言した。


しかし、それなり以上の事実が発覚した場合は、まずは爽太に報告すると断言したことで、爽太はほっと胸をなでおろした。



「…鶏の神獣…」と幻影は眉を下げて言った。


「…私たちはその神獣の餌…」と蘭丸がかなり先読みをして言うと、「ま、仕返しはされそうじゃな」と信長は言って鼻で笑った。


鶏は今でこそ食することはないが、母星にいたころは毎日のように口にしていた家畜だ。


「爽太様に、ヤマに話を聞くように進言された方がよろしいかと」という幻影の言葉に、「そうしておこう」と信長は答えてから爽太に念話を送った。


その回答はすぐにあって、種類としては幻影の鼫と同じように修行をした結果らしい。


そしてヤマの予測だが、目的は幻影にあるのではないかと答えたそうだ。


「どうあっても阻止する!」と蘭丸は幻武丸を持ち立てて叫んだ。


「…その想いは興味がある程度のものだと思うよ…」と幻影は眉を下げて言った。


「…ふむ… ほかの神獣とは少々違うからな…

 爆発的な変化のない動物だが、

 術を使えることで、分類すれば神獣といえるもの…」


信長の言葉に、「それほど人に嫌われなくてついていました」と幻影が言うと、同種の秀忠と久松、そして蘭丸と巖剛もうなづいた。 


「…私だけ異質だと思われてるぅー…」と菫が大いに嘆くと、「気のせいじゃ」と信長は否定してにやりと笑った。


「始祖が何だったのか知っているのですか?」と幻影は菫に聞くと、「…始祖…」とつぶやいてから少し考えて、絵を描き始めたので、幻影だけが大いに笑い始めた。


そして早速幻影が清書をすると、「…やはりオカメインコか…」と信長は口をゆがめて言った。


「どうやら、動物の細かい種類によって神獣の種類は決まるようですね。

 しかも竜になれた動物は、

 知っている限りで、始祖は鳥だけです」


「…かわいい…」と菫は全く話を聞くことなく、幻影が描いた絵を見て自分の始祖を褒めていた。


「あの、麒麟とかいう馬のようなヤツもか?」


信長は怪訝そうな顔をして幻影に聞くと、「鷹のような猛禽類だったそうです」と答えると、「…本来の性格は獰猛なんだな…」と信長は言って口をゆがめた。


「フィル様はフクロウだったそうです。

 一般的にみみずくという、

 見た目かわいい種類のものですが、

 こちらも本当の顔は獰猛です」


「…ペガサスはほぼ天使だと聞いていたが…」と信長は言って苦笑いを浮かべた。


「…ひょっとすると、俺たちは竜になれない?」と幻影が考え込みながら言うと、「…それはあるのかもしれんな…」と信長は同意した。


「その鶏は竜になりたいと思っておるのやもしれぬ…

 現状に満足しておらんから、

 さらなる成長を望んでおるのか…

 周りにせっつかれておるのか…」


「…それはまた不幸ですね…

 もっとも、予測に輪をかけた予測のようなものですから、

 正解は皆目見当もつきませんが…」


「…調査させるのは気が引けるな…

 それをするくらいなら我らが行った方が早い…

 じゃが、爽太殿は反対するか…」


信長が大いに興味を持ち始めたので、幻影は笑みを浮かべていたが、その幻影の感情を悟って、蘭丸は苦笑いを浮かべていた。


「妖精でも使ってみますか?」という幻影の言葉に、「そうじゃ! それがおった!」と信長は明るく叫んで、懐からスーサラーを出して、「…調査に行って来いぃー…」とうなった。


「…ご命令、ありがとうございますぅー…」とスーサラーは泣き出しそうな顔をして答えてからすぐさま消えた。


「妖精スーサラーの姿が見えていた者」と幻影が言うと、この場にいる全員が手を上げた。


「…御屋形様から無意識に何かが出ていたのか…」と幻影がつぶやくと、信長はよくわからなかったのか苦笑いを浮かべた。


すると早速、咲笑が映像を出した。


「…さすが宇宙の妖精… 素早いですね…」と幻影は少し感動して言うと、「…御屋形様が本当に怖かったそうですぅー…」と咲笑が内情を暴露したが、信長は笑みを浮かべてうなづいているだけだ。


映像には女性と、その女性と同等程度の大きさの白い鶏がいる。


『…どうするんだよ…』と鶏が子供のような声で言うと、女性は、『考えてるところ!』と少し投げやり気味に叫んだ。


『お世話になったけど、借りはお返ししたはずだから、

 そろそろ出て行っていい?』


鶏の言葉に、「…律儀なやつじゃ…」と信長は小声で言った。


女性は一瞬眉を上げて怒りをあらわにしたが、言い返す言葉は見つからなかったようだ。


そして出て行けとも言わない。


「スーサラー、その鶏は器用だと思うか?」と信長が聞くと、『いえ、きっと慌てますから、今は手出ししない方がいいと』というスーサラーの言葉が映像に出た。


『…しばらく、考えさせてくれ…』と女性は言って、ソファーに深く座って顔を伏せた。


鶏は扉を器用に開けて廊下に出てふわりと飛んでから、ゆっくりと地面に降りた。


「スーサラー、話しかけろ」と信長がすかさず言うと、早速スーサラーは鶏と会話を始めた。


想像通り鶏は大いに慌てたが、すぐに落ち着いてスーサラーの話を聞き始め、そして鶏の欲するものが判明した。


『鼫の神獣を探しているそうですぅー…

 兎でも栗鼠でもいいそうですぅー…』


「…俺たち目当てだった…」と幻影が眉を下げて言うと、「鶏をここの庭園に」と信長は言ってにやりと笑った。


すると下階から、『コケッ! コケッ!』という大きな鳴き声が聞こえたので、幻影たちはひとしきり笑ってから神獣に変身して下階に飛び降りた。


鶏は踊るようにして騒いでいたが、鼫たちを見て、翼を広げたまま固まった。


そして動物同士の話し合いが始まって、鶏は深くうなだれた。


「スーサラー、元いた星に戻せ」という信長の非情な言葉に、『コケェ―――ッ?!』と鶏は叫んで消えた。


人型に戻った幻影たちは、腹を抱え込んで大いに笑い転げた。


スーサラーが姿を見せて任務完了を告げると、幻影がわんさかと褒美を出した。


「…甘やかしすぎだが… まあよい…」と信長が言うと、スーサラーは大いに喜んで、ドドンガの実の干し物をうまそうにして食べ始めた。


「神獣や竜経由で、私たちの冒険譚を聞いていたそうです。

 我らを探す旅に出たかったそうですが、

 飛行速度がまままらないようで、

 宇宙に飛び出しても、

 また助けられて借りを返すを繰り返していたそうです」


幻影の報告に、「誠実で不憫じゃが、まあそれも修行のひとつじゃろうて」と信長は眉を下げて言った。


信長は今あった一部始終を爽太に説明して、迷惑をかけるかもしれないと伝えた。


もちろん爽太もその可能性はあると同意したが、相手にしないことに決めていたので問題はなかった。


「…とと様ぁー…」と阿利渚が懇願の目を幻影に向けると、幻影は大いに眉を下げた。


「…とと様ぁー…」と今度はベティーが信長に懇願の目を向けてつぶやくと、「…うう…」とさすがの信長も大いに戸惑い始めた。


「神獣コッケちゃんを盾にしてるだけですぅー…」とスーサラーが言うと、「…王にとっては、神獣がいなくなられては都合が悪いわけか…」と信長は言った。


「スーサラー、妖精で使えるやつだけを雇ってこい。

 そいつらに監視をさせる」


信長の言葉に、スーサラーは食べ物を手早く片付けて、「行ってきます!」と機嫌よく叫んで消えた。


「…隠密としては大いに使えますが、

 忍びたちに震撼が走ったと思います…」


幻影が眉を下げて言うと、「できることは忍びにやらせるからよい」という信長の言葉に、幻影は笑みを浮かべて頭を下げた。


スーサラーが雇った妖精たちはすぐさま調査をして、神獣コッケを雇っている王は、小悪党だという結果を得た。


まずはどこにでもある奴隷制度を利用し、さらには重税を課していて、王家だけはきらびやかな生活をしている。


さらにはスーサラーの言った通り、神獣を前に立たせてほかの国からの攻撃の盾にしている。


もっとも、ほかの国もそれなり以上の欲があり、神獣コッケに接触しようと企んではいるものの、うまくいった例はない。


神獣コッケとしては、助けてもらった恩義があるので、盾になっているだけのことで、情などはまるで持ち合わせていない。


信長は妖精たちにある指示をして、身構えろとだけ言った。


信長は胸いっぱいに空気を吸い込んで、「このたわけらめがぁ―――っ!!!」と叫んだ。


「二千万人ほどが吹っ飛びました!」とスーサラーが明るく言うと、「しばし待機じゃ」と信長は指示を出した。


幻影たちは信長に盛大な拍手を贈っている。


神獣コッケは様子が妙だと思い、もう一度王に願い出ると、やけに丁寧に礼を言われたので自由の身となった。


そして妖精経由で、スーサラーがまた神獣コッケを喜笑星に呼び寄せた。


今回は驚くことなく、『…楽ができた…』と神獣コッケがつぶやくと、動物に接していて声が聞こえた者たちは大いに笑った。


「おまえ、まさかだが人型にはなれんのか?」と信長が聞くと、『…うう…』と神獣コッケは痛いところを突かれたといわんばかりにうなった。


「まあいい…

 だがここに来た以上は、

 なんでもよいから働いてもらうからな。

 まずは、子供たちの遊び相手となれ」


信長の命令に、阿利渚たちは大いに喜んで、神獣コッケを児童公園に連れて行った。


「性格から察して、防衛隊の一員で構わないでしょう」


幻影の言葉に、「それでよいよい」と信長は穏やかに言った。



「…まだ未熟な神獣もいいなぁー…

 まあ… あの神獣に限ってだろうけど…」


勇健が眉を下げて言うと、「…使い勝手が悪すぎるわ…」と菫は眉を下げて言った。


「美麗は仲間にする動物の心当たりってない?」と勇健が聞くと、「…右京和馬星にもう一度行こうかなぁー…」と美麗は思案顔をしてつぶやいた。


「兄弟子たちに頼んでみようかなぁー…

 さすがに僕と美麗だけでは許可は出ないだろうから…」


「その方が安心だからそうして」


勇健は菫の言葉を採用して、幻影に話すと、「別にお付きはいらなんじゃないの?」と言われて大いに戸惑った。


「美麗が勇健を守ればそれでいいじゃないか」


幻影の言葉に、「…は、はあ…」と勇健は生返事を返したが、―― これは何かの試練か… ―― と考えてしまった。


美麗も大いに戸惑っている。


巨大な怪鳥に変身できることを忘れてはいないが、まだ何も確認をしていない。


「ま、冒険旅行としてふたりで行ってきな」と幻影が気さくに言うと、勇健と美麗は戸惑いながらも頭を下げた。


ふたりは兄弟子たちに見送られて、社をくぐった。



右京和馬星に渡って京馬に挨拶をしてから事情を説明すると、「いい出会いがあればいいですね」と朗らかに返されてしまった。


ここで美麗が怪鳥に変身して、くちばしで勇健の襟首をつかんで背中に乗せて、雄々しく羽ばたいた。


京馬は朗らかに笑みを浮かべて手を振っている。


怪鳥が早速滑空を始めると、全ての動物たちが慌ててその身を隠し始めた。


「…気づかなかったけど、とんでもない威厳が出ているんだ…」と勇健はようやく納得した。


何も言わない怪鳥の今の気分は、人間に置きかえると、鼻歌交じりと言えばわかりやすいだろう。


何の杞憂もなく、我が物顔で空を飛んでいるだけだ。


野生の怪鳥たちは木陰に隠れていて、『ギャァ! ギャア!』と怯えているような声で鳴いている。


「おっ! なんと、一匹だけ待ち構えてるぞ!」と勇健が陽気に言うと、怪鳥はその動物目指して飛んで、数回羽ばたいてから、草が目立つ地面に足をつけた。


それほど大きい動物ではなく、犬で言えば中型犬程度で、二本足で立ってる。


そして上半身は逞しく、黒く太い毛でおおわれている。


「…小さいのに強いんだ…」と勇健がつぶやくと、類人猿は拳で胸を叩いてドラミングをした。


その音はまさに空気を揺らしていて、まるで勇健の気合が入っている声のようだった。


よって、「うぉお―――っ!!」と勇健はドラミングの代わりに叫ぶと、類人猿は大いに怯えた。


「…君、大丈夫かい…

 …まあ、ここに住んでるほどだから大丈夫だとは思うけど…」


『美麗ちゃんも怯えたから問題ないさ!』と勇健の肩にいる高願が言ってきた。


そしてさらに、この辺りの動物の気配がさらに消え、一番近い魂は三里ほど離れていたことに、勇健は眉を下げた。


勇健は怪鳥からひらりと降りて、類人猿の頭をなでてから抱き上げた。


異様に大人しいし、今は怯えていない。


『…鳥の方が怖いって思ったのに、違った…』と子供のような声で類人猿が言ってくると、「ここにきて、僕もそれなりに強いんだって、ようやく気付いたよ」と勇健が答えると、類人猿は勇健の子供のように勇健を抱きしめた。


「…抱きたいけど重そー…」と変身を解いた美麗が言うと、「まあ、それなり以上に重いぞ」と勇健が言って美麗に抱かせようとしたが、『怖い怖い怖い!』と類人猿は少しパニックになって叫んだ。


「怖いって…」と勇健が眉を下げて言うと、「…嫌われてるわけじゃなくてよかったわ…」と美麗は眉を下げて言った。


高台まではそれほど距離はないので、勇健は猛獣よけのために大声で叫びながら美麗とともに走って、高台に戻った。


「…早かったですね…」と京馬は大いに眉を下げて言って、類人猿を見入って笑みを浮かべた。


『弱い人っていないの?!』と類人猿が叫ぶと、「いちいち驚かない」と勇健は諫めた。


『…うん、悪かった…』と類人猿は言ったが、勇健から離れるつもりはないようだ。


「そろそろ自分の足で立って」と勇健が言うと、類人猿は渋々だが地面に足をつけて、勇健の背後に回った。


「弟がいれば、こんな感じなんだろうなぁー…」と勇健は言って、類人猿の頭をなでた。


「言っとくが、怖くても勝手に戦うな。

 俺の影に隠れておけばいいから」


『…そうするぅー…』


「さらに、戦えと言わない限り戦うな、いいな?」


『…うん、わかった…』


勇健は類人猿の体毛を少し逆なでして、傷を負っていないことが確認できた。


「…そうか、ドラミングで威嚇して、

 恐竜たちを寄せ付けないわけか…

 なかなかすごいな…」


『痛いから、できるだけ戦わない』


類人猿の言葉に、「痛い目に遭ったことがあったわけだ」と勇健は言って、また類人猿の頭をなでた。


『ちっこいけど、固いやつ』と類人猿が答えると、「そいつはもう俺たちの仲間になってるはずだ」と勇健が答えると、『…最近、見かけないと思ってた…』と類人猿は言った。


「…ああ、あのかわいいワンちゃん…

 鎧犬って言ってた…」


美麗の言葉に、「その姿は見たことないけどな」と勇健は言って少し笑った。



勇健と美麗は京馬に帰還の挨拶をしてから、ノスビレ村に飛んだ。


ふたりはゲイルに歓迎されたのだが、類人猿を誰もが見入った。


「…こんな子もいたんだな…」とゲイルは眉を下げて言った。


「まだまだいるんじゃないんでしょうか?

 ゲイル様たちは存在感が半端ないので、

 早々に安全地帯に逃げるようですから」


「…その中で気の強いやつが仲間になってくれたよ…」とゲイルは眉を下げて言って側近の三人を見た。


「…姫と騎士だぁー…」と子供たちが小声で言い始めると、勇健と美麗は眉を下げていた。


「ごっこらしいぞ」とゲイルが言うと、ふたりは愉快そうに笑ってから別れを告げて社に入った。



「…うふふ…」と長春の機嫌がいい。


類人猿は早々に神の僕になって、今は身動きできない状態で長春に抱かれている。


「…この子を子供にするわぁー…」と政江も類人猿に興味津々だ。


この事態に勇健と美麗は眉を下げていたが、「私の友人を自由にしてくださいませんか?」と勇健が言うと、長春が目を見開いた。


「…すっごく、喜んでるぅー…」と長春は眉を下げて言って、類人猿を開放すると、女性たちが代わる代わるひとしきり抱いてから、ようやく勇健にたどり着いて落ち着いた。


「…困ったやつらじゃ…」と信長は言って、女子たちを見まわした。


「動物の資質としては、最高に恵まれているようです」


幻影の言葉に、誰もが深くうなづいた。


「僕たちに興味を持ってくれたようで助かりました。

 この子以外の動物は怪鳥が怖かったようで姿を消したので。

 …あ、安全なのはわかったいたそうですが、

 美麗が人型に戻っても怖がってましたから、

 美麗だけはまだこの子に触れていません」


勇健の言葉に、美麗は大いに眉を下げていた。


「…大丈夫よ、食べられないから…」と長春が言うと、類人猿は興味を持って美麗の手に触れた。


「あはは! よかったぁー…」と美麗は感慨深く言って、類人猿の手を取って、握手のようなしぐさをしてから、笑みを浮かべて類人猿を抱きしめた。


「もう怖くないってさ」と勇健が言うと、「うん、感じるわ」と美麗は機嫌よく言って、類人猿を放して頭をなでた。


「小春が興味津々だ。

 遊んでもらってこい」


勇健の言葉に、類人猿は嫌々だが眉を下げて小春に近づいて、早速相撲を取り始めたので、誰もが逞しくかわいらしい二頭を見入った。


「そういえば、小春でもいいなぁー…

 あの子と仲良くなったようだし」


勇健の言葉に、「あら、よかったわ」と美麗が答えると、長春が大いに眉を下げていた。


今の小春には任務はなく、普通に動物として過ごしているだけだ。


勇健と美麗につくことで、仕事を与えられたことになる。


「そうそう、名前名前」と美麗が言うと、「一般的にはゴリラというらしいね」と勇健が言うと、美麗は考え込んだ。


「あだ名はゴリちゃんがいいわ!」と美麗は明るく言った。


すると阿利渚たちがすぐに、「ゴリちゃん!」と陽気にあだ名を呼び始めた。


あだ名は幼名のようなものなので、誰にでも受け入れられやすい。


「見たまんまでいいだろう」と勇健は言って、半紙を出してすらすらと名を書いた。


「…竜神、剛…」と美麗はつぶやいて笑みを浮かべた。


「…我が家で一番強くなりそうだわ…」と菫は笑みを浮かべて言った。


「…学校、どうしようか…」と勇健が言い始めると、誰もが目を見開いたが、信長と幻影は大声で笑い始めた。


もちろん、勇健は剛に学校に通わせようと考えていたのだ。


「と言うことは、動物を捨てよるのか?」と信長が聞くと、「はい、その意思は別の言葉で三度ほど確認しました」と勇健は笑みを浮かべて答えた。


「…ほぼ、二足歩行じゃからな…

 なかなか素直そうじゃし…

 じゃが、言葉はどうするのじゃ?」


信長の問いかけに、勇健は鼫の高願の体をなでた。


「…なんじゃ、もう話せるのか…」と信長がつまらなさそうに言うと、「いえ、剛に筆談を覚えさせます」と勇健が答えると、「…すごいことになってきたな…」と幻影ですら眉を下げて言った。


「すぐには無理ですが、

 遊びながらも言葉とその意味と文字を覚えさせます。

 その程度の意思は感じましたので」


勇健の言葉に、信長は健吾を見ると、笑みを浮かべてうなづいた。


「…私にも相談してぇー…」と長春が駄々をこね始めたので、「あ、そうじゃったな」と信長は軽い口調で言った。


「意見を言ってみろ」と信長は改めて長春に言うと、「すっごく賢いよ?」と今までの話を要約して言っただけだった。


「それに痛みを知っていて、

 争いに発展しないように回避することもできます。

 さらに強い敵には胸を叩いて、

 その威厳を発揮して撃退できます」


「なんと!」と信長は叫んで、剛を見入った。


「それは心強い」と幻影は笑みを浮かべて言って何度もうなづいた。


「…悪いヤツが来ぬものか…」と信長にやりと笑って言うと、誰もが大いに苦笑いを浮かべていた。


「ある意味、能力者でもあるはずです」と勇健が言うと、信長も幻影も納得してうなづいた。


「さらに確信したのはこの地に戻る前で、

 ゲイル様たち竜族には怯えて姿を見せなかった部分です。

 卓越した動物はもうすでに人として働いていますが、

 そこまで達していない動物はまだまだいるようです」


「煌殿が一匹、我らが二匹、か…」と信長はご満悦の表情で言った。


「…もっと、見つけて来てぇー…」と長春が勇健に懇願すると、「それはどうでしょうか?」と答えると、「…私が見つけなきゃダメ…」と長春は言って剛を見た。


「勇健と美麗を気に入って姿を見せたのじゃからな」と信長はさも当然のように言った。


「…ふたりにお願いしたら、またふたりの家族になっちゃうぅー…」と長春は悲しそうに言った。


「鎧犬の堅武丸は…」と勇健が聞くと、「…幻影様とお蘭ちゃんの手下ぁー…」と長春は更に悲しそうに言った。


「…ここは仕方ない…」と藤十郎は言って勇健に笑みを向けた。


「私たちが前に出るから、後ろで見ていてくれないかな?」


藤十郎の言葉に、「はい! 喜んで!」と勇健は明るく答えた。



四人は早速右京和馬星に移動して、藤十郎が前に出て京馬とあいさつを交わした。


そして藤十郎は高台の限界位置まで移動して、胸いっぱいに空気を吸い込んで、「ハッ!!!」と短く気合を込めて叫んだ。


その威厳は幻影と何も変わらず、勇健を嬉々とさせた。


「おっ いたいた」と藤十郎は明るく言って、長春を抱きかかえて高台を降りてすぐに、勇健と美麗も後に続いた。


勇健は広範囲ではなく近場に威厳を垂れ流しながら走ったので、狭い範囲だが、猛獣たちは恐れおののき道を譲った。


立木がわずかにあるだけの開けた場所に出て、藤十郎が一本の木を見上げると、「おいで!」と長春が明るく叫んだ。


すると長春めがけて黒い影が飛んできて長春に抱かれた。


「…ああ… この感覚は初めてかもしれないぃー…」と長春は大いに感動していた。


「…混成動物キメラ…」と勇健はつぶやいて苦笑いを浮かべた。


一体だが、最低でも二匹の動物がその意思表示をしている。


頭部は穏やかそうな鸚哥なのだが、銅と手足は獅子のようで、尾は頭部が末端にある蛇だ。


しかも尾はむき出しの皮膚ではなく、羽毛のような毛が生えていて、愛嬌があるように見える。


「…こりゃ、考えられない術を持っているはずだ…」と藤十郎は眉を下げて言って辺りを見まわしたが、特に変わったものはないので、この辺りでは有名な動物なのだろうと察した。


「…少し弱っているから、術禁止にしたぁー…」と長春は笑みを浮かべて勇健を見た。


勇健は数種類の非常食を出して藤十郎に渡した。


藤十郎は勇健に礼を言ってから、「…まだまだ未熟なようだ…」と藤十郎が言うと、長春はひょいひょいと二種類の非常食を取って、鳥と蛇に別の種類の非常食を食わせると、一気に回復したように背筋を伸ばして、安心したのか丸くなって眠ってしまった。


「…うふふ… 変わってるぅー…」と長春は満面の笑みを浮かべて陽気に言った。


美麗は怪鳥に変身して、三人を背に乗せて高く舞い上がって高台に戻った。



「…また変わった動物ですね…」と京馬は大いに苦笑いを浮かべてキメラを見た。


「思想動物だってぇー…

 動物たちの意思が創り上げたってぇー…」


長春の言葉に、京馬は目を見開いた。


「…この地に必要なのではないのでしょうか?」


まさに常識的見解だ。


「…ううん、逆に迷惑だったようなの…

 ここにいる動物たちにも、

 この子にも…」


長春の穏やかな言葉に、「…それは大いに考えられそうですね…」と京馬は眉を下げて答えた。


長春の意思でノスビレ村に移動すると、「…お前らだけ…」とエカテリーナは眉を下げてキメラを見入った。


「…うふふ… 変わっててかわいいよ?

 多分ね、翼が生えてくるのぉー…」


長春の言葉に、エカテリーナは大いに悔しがった。


「…威厳を抑え込む修行が先だ…

 さらには猛獣や怪獣に付きまとわれないように移動する工夫も必要だ」


ゲイルの言葉に、「…難しいことを言うなぁー…」とエカテリーナはうなってゲイルをにらんだ。


「…きちんと、戦場に出なきゃいけないわ…」と長春がつぶやいて藤十郎を見上げると、「この先はそうしよう」と明るく答えた。


藤十郎はゲイルたちと別れのあいさつを交わすと、「…おや? どういうことです?」とゲイルは言って、長春たち四人を見まわした。


「絆の家族となりました」と藤十郎は言って頭を下げてから、四人そろって笑みを向けあってから社に入って行った。


「…これは戻らねば…」と影達と武蔵が言い始めたので、エカテリーナは大いに慌てふためいた。


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