赤い幻影 akaigenei ~プリンセス・ナイト編~ 赤神話 akasinwa
赤い幻影 akaigenei ~プリンセス・ナイト編~
赤神話 akasinwa
幻影たちが書室に移動してから、幻影はふと気づき、「切欠が騎士のようだから、騎士だけの覚醒はわかるが、姫だけの覚醒ってどういうことだい?」と咲笑に聞くと、「お姫様が強すぎて、騎士の術や能力を全部吸い込んじゃったんですぅー…」と咲笑が眉を下げて言った。
幻影が愉快そうに笑うと、「…もっとお淑やかに、お淑やかに…」と茜は呪文のようにつぶやき始めると、今度は大作が愉快そうに笑い始めた。
「…その騎士、悲惨だな…
もっとも、いい修行にはなっただろうし、
肉体も鍛えていたはずだから、
ある程度は働けたかもな」
「…そのあたりは色々ですぅー…」と咲笑は眉を下げて言った。
誰もがその色々に大いに興味を持った。
よって似たような話なのだろうが、結末がまるで違う物語が最低でもいくつかはあるわけだ。
「まずは、図書館用に」と幻影は言ってから咲笑を抱きしめて、絵本をわらわらと噴出させた。
大作たちは背表紙を確認して、大慌てで整頓した。
「…神殿にあったものよりも千倍素晴らしいわ…」と菫は笑みを浮かべて言った。
「…子供用の絵本以下なんだ…」と大作は言って苦笑いを浮かべた。
「…ふー… 終わった…」と幻影は言ってから、廊下に出て座り込んで、非常食をむしゃむしゃと食らい始めた。
大作は大急ぎで厨房に行って、台車に乗せた茶器一式とハイネを抱いて戻ってきた。
「…あ、あ… 私には決めた人が…」とハイネが照れ臭そうに言ったが、大作は聞いていなかった。
大作は盆に湯飲みを乗せてからしゃがみ、「どうぞ」と言って盆を床に置いた。
「おお、ありがとう」と幻影は笑みを浮かべて礼を言った。
「皆さんも、お茶をどうぞ!」とハイネは明るく言って、廊下でお茶会が始まった。
「合計で、千八十九の物語があって、
似た内容も多いが、設定がかなり違うものも多い。
やはりその時々によって、大いに運命は左右されたようだね。
もちろん、勧善懲悪のお話ばかりではないから、
負け戦もあったんだ。
だがその方がかなりの教訓になるぞ」
「…負け戦…
…あ、いえ…
そのお話を読む時、大いに期待しておきます」
大作は初めは戸惑っていたが、話が続いているということは国がなくなったわけではない。
よって負けはしたが、なんとか踏みとどまって国を死守したはずだと思い直したのだ。
「…これは言ってもいいか…」と幻影は少し思案してから、菫を見た。
「私も、その件に気付いた時、大いに戸惑いました…
ですが、お聞かせください」
菫は言って頭を下げた。
「姫とポポロンが住んでいた星だけでの話ではない」
幻影の言葉に、誰もが目を見開いた。
「神官は十五人、伝説の人たちは三十五組出てくる。
よってその冒頭のお話には、
大きな力を得るための切欠になる話が出てくる。
その導入部分はすべて同じなんだよ。
よって不幸にも、その切欠を得られなかった姫と騎士もいたはずなんだ。
…今回の件は…
あ、この先は、絵本を読んだ方がいいだろう」
幻影の言葉に、誰もが大いに期待して、ハイネに礼を言ってから、十五章ある物語の冒頭部分から読み始めた。
「…赤ん坊だったから覚えてないぃ―――っ!!」と冒頭だけを読んだ茜が大声で嘆くと、誰もが大いに笑った。
「何故すべての物語を閲覧できるのかもよくわかりました。
ですが、不幸にも欠落した記録はないのでしょうか?」
大作が素朴な質問をすると、「ないとは言い切れないね」と幻影は笑みを浮かべて答えた。
「それに、各章の冒頭が全て同じというのもおかしいんだ。
一体誰がこの仕組みを考え出したのかが、
どこにも語られていない。
きっと、当人の姫と騎士は、考えたはずなんだよ。
だから、前半がすっぽり抜けてることは最低でも考えられると思う」
幻影が語ると、「はい、それは高確率であるのでしょね」と大作はすぐに賛同した。
「この仕組みを作り出した者に心当たりがあるから聞いてみるよ」
幻影の言葉に、誰もが目を見開いた。
「今どこにいるの?
…あまり食べ過ぎないでくれよ…」
幻影が念話を始めると、「…食いしん坊なんだぁー…」と茜がつぶやくと、大作は念話の相手に心当たりがあったので、愉快そうに大声で笑った。
「そうか… だったらスイジンちゃんかなぁー…
あ、今、第一書室にいるから」
しかしスイジンも知らないことだと言ったが、大いに興味を持っていた。
すると桜良がレスターを引きずってやってきて、きちんと正座をして絵本を読み始めた。
そして第一章の冒頭話を読み終えて、「…こんなお話が、まだまだたくさん…」と桜良は感動して言って、第二話を読み始めた。
内容は似たようなものだが、魅力ある登場人物に心躍らせるのだ。
幻影は心当たりがある者すべてに念話をしたが、誰も知らないと答えた。
「あ! これ! あたしあたし!」と桜良が叫んで、第三章の冒頭話を見せびらかした。
「作った人じゃなく、姫経験者がいた…」と幻影は言って、大いに苦笑いを浮かべた。
「…あ、騎士の方…」と桜良が恥ずかしそうに言うと、誰もが苦笑いを浮かべた。
「ああ、女子の騎士もいたんだ」と幻影は表紙を見て言った。
ほとんどの表紙は美男美女なので、騎士が女性だとうっかり見過ごしてしまう。
そして読み始めて、桜良は涙を流し始め、「…不憫だわぁー… あたし…」と嘆くと、まずは幻影が笑い始めた。
大作と茜も興味を持って絵本を見ると、全能力を姫に吸い取られたパターンの騎士だった。
「だけど経験者だったら、
この仕組みを作った人に心当たりがあると思うんだけど?」
幻影の素朴な質問に、桜良は絵本を閉じてから、様々なポーズをとって考え始め、「源ちゃんに聞いた?」と聞いてきた。
「…いや、すっかりと忘れてた…」と幻影はバツが悪そうな顔をして答えて、万有源一に念話を送った。
今は無き者扱いなので、こういった場合は真っ先に除外するようにしているのだ。
そうすれば、源一の意にそぐわないことは起きないからだ。
『あれ? まだ受け継がれてたんだ』という源一の明るい声が返ってきた。
「その件で色々とあって、
教えてもらいたいことがあるんだよ」
幻影は様々な質問をしてから、納得して礼を言ってから念話を切った。
「本来の第一章目がすっぽりと抜けてた」と幻影は言って、またわらわらと絵本を噴出させた。
「抜けていた原因は、この仕組みを作ったのは白竜様だったから。
白竜様はその記憶を誰にも受け継がせなかった、
という簡単な理由で、
受け継がせることはないと思っただけのこと。
造った本人だから、必要ないって思ったんだろう。
だけど二番目に経験した者はそれなり以上に脅威の経験だった。
だからなんとかして受け継いでもらいたかったんだろうね」
「…そうか、隠すんじゃなくって、
自分が作ったシステムだから…
なんだか自慢話のようで嫌だろうし…」
大作の言葉に、「白竜様は天使だから、それは大いにあるだろう」と幻影は同意した。
全員で大量の絵本の閲覧をして、外す必要がある絵本はなかった。
姫と騎士は、人物が変わっても清廉潔白なのだ。
よってそのような人物だけしか、姫と騎士にはなれない。
「咲笑、ほかの分校のある星の影に、絵本の情報を流して欲しいが…」
幻影の言葉に、「…止まっちゃう子もいますぅー…」と咲笑は苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、毎日一章分だったら?」
「はい、それだったら問題ありません!」と咲笑は笑みを浮かべて応えて、アニマール校がある星の代表者の影に向けて、正式な表題の、『プリンセス・ナイト』の第一章全五十話の絵本の情報を送信した。
真っ先に喜笑星にやってきたのは春之介で、早速茜と大作に挨拶をして、これから伝説になるふたりを激励した。
―― …何事も修行… ―― と思い、春之介の名刺の、『アニマール校学長代表』という肩書の名刺を見入っている。
五万を超える学生たちの学校の頂点に君臨している人なので、さすがに緊張もするだろう。
しかも、喜笑星はマンモス校ではないが、ほかの四カ所は最低でも喜笑星の三倍の規模を誇っているので、さらに気後れする。
「…なんだかすごい先生…」と茜が言うと、大作は肩書以外の理由を聞きたかった。
幻影が春之介を別の場所に案内を始めたので、「どんなことを感じたの?」と大作は茜に聞いた。
「…絵本に出ていた人かも…」と茜がつぶやくと、大作は一瞬目を見開いた。
「…神官にいたわ…」と蘭丸が小声で告げると、ふたりは大いに興味を持った。
「春之介様の本来の姿の、翼が生えている赤い猫様」
「…あー…」とふたりは同時に言って大いに納得していた。
赤い猫が出てくるのは第六章で、全ての中で一番期間が長く、話数も多い。
まさに高能力者と言っても間違いがないと感じた。
「情報を引き渡すとね、魂の記憶がすっぽりと抜けちゃうんだって。
できれば、それを埋めたいからって、絵本を全部読むそうよ」
蘭丸の言葉に、ふたりは納得していた。
「幻影様のお兄様なのよ」と蘭丸が自慢げに言うと、ふたりは目を見開いた。
「…頑張らないと… 怪我だけはしないようにぃー…」と大作が気合を入れると、「焦らない方がいいわ」という蘭丸のやさしい言葉に、大作はすぐに気合を抜いた。
「この先四年は我慢の日々よ。
最後の一年は毎日気合いを入れて
厳しい修練に励めるほどの基礎を四年で作り上げるの。
大作にはそれができると思うわ」
「はい、そうします」と大作は言って、姿勢を正して頭を下げた。
「時には、このような日常会話も絵本にあったわ」と茜は笑みを浮かべて言った。
「その部分は、神獣様の記憶次第なんだろうね。
入り口から大変な日々だったし…」
「あとに続く人たちが引き継いでくれるわ」
「…絵本にあったセリフだし…」と大作が言ってにやりと笑うと、「…覚えてたかぁー…」と茜は悔しそうに言った。
蘭丸はまぶしそうな目をして、頼もしいふたりを見ていた。
史実は小説よりも奇なりで、五つのアニマール校では、プリンセス・ナイトが大人気となり、最終的には千冊を超えると聞いて、特に冒険の読み物が好きな学生は大いに期待した。
さらには登場人物にもファンがついて、特に女子学生が黄色い声を上げる。
だが基本的には、低年齢層の読みものなので、高学年は低学年に必ず譲っている。
ひとつの学校にひと揃えしかないことを杞憂に思ったのか、大きい学校ほど部数を増やしていった。
そして図書館は毎日大盛況となった。
館外持ち出し禁止なので、学校で読んで帰ることになるからだ。
しかも個人的に千冊以上を買いそろえるのも金がかかり過ぎる。
絵本とはいえ、史実でもあるので、歴史の教科書のようなものでもある。
ここまで人気が高まると、人の出入りが激しいフリージアから、うわさが漏れる。
『とんでもない分量の絵本があるそうだ』
『歴史に基づいた、冒険ものらしい』
『アニマール校だけにあることがおかしい』
などと、ついには悪い方向に話が移行していく。
しかしまずは見せしめに、捻じ曲げた悪いうわさを流した者を特定して、その者の住んでいる星からの来星拒否という罰を与える。
これは今までにも何度もあったことなのだが、一向に懲りることはない。
その話が幻影の耳に入って来て、「…小説にするか…」と言って、試しに冒頭の一冊だけを造り、学生たちに回し読みさせた。
もちろん、様々な意見が飛び交ったので、風景描写はほどほどにして、鬼気迫る部分だけを繊細に書き上げると、九割の学生から及第点をもらった。
よって六割ほどは大いに満足という好感触を得た。
第一章部分だけを全校に配布すると、たちまち大人気となって、『絵本よりも迫力がある』として、高年齢層には大いに受け入れられた。
よって小説版を一般向けに販売することに決まった。
予備知識もあったので、一瞬のうちに大人気となって、第二章の発売はまだかと書店からの要望が絶えなくなった。
大体こういった連続ものは尻すぼみになって人気が落ちていくものなのだが、「万人の希望に答えよ」という信長の命令に、第二章の学校への配布と販売を同時に行った。
もちろん絵本の方も順次配布していて、こちらの方はすでに第六章の館内設置を終えている。
そして学長でもある、『翼のある赤い猫』が大人気となって、今更ながらに春之介を照れさせた。
この章は、主役は姫と騎士ではなく、神官が主役のようなものになっていたこともある。
それは主役二人が力不足ということも、今までの絵本から十分に読み解けた。
章の中でも主役が代替わりするので、その中でも五代目の騎士が子供たちの中で大人気となった。
姫の方は後半の十三代目が人気が高く、「…同じ時代に生まれていたらすごかったはず…」などと子供であるからこその想像力を膨らませていた。
その話が正式にアニマール校から出て、今回はフィクションときっちりと前置きをして、絵本、小説、映像媒体の発売を行った。
まさにこれが大いに当たって、プリンセス・ナイトは、名実ともに不動の読み物となった。
「…理想で楽だわぁー…」と菫が映像を観て感慨深か気につぶやくと、幻影は大いに笑った。
まだ噂にもなっていないが、現在の姫と騎士は、その肩に大いなる重圧がかかっていた。
『現代の姫と騎士は誰だ!』という言葉に怯えていたのだ。
そのふたりが同じ学校に通っているとは、学生たちには予期することすらできなかった。
「…この、フィクションの方の姫になるぅー…」と茜はなかなか鼻息が荒い。
この短期間で体を倍増することに成功した大作は、そんな茜を見て、―― お気楽姫… ―― と、心の中で悪態をつくことは忘れていない。
「大作、わずかに上げて修行を積め」という幻影の言葉に、大作は大いに喜んだ。
今は指導が必要な時なので、師匠が大いに口を出すことも、大作にとっていい環境となっていた。
さらにはそんな大作に鼫の高願が懐くようになってきて、修行の時は必ず同行した。
そして大作は父親の健吾と同じく、動物と話ができるようになっていた。
正確には、大作は動物の言葉を理解し、動物は大作の声質と感情から言葉を読むと言った方が正しい。
そして、千以上もある物語の中で、ペットはいたが、仲間として動物が出てきた話はない。
しかもそれが高願なので、琵琶家一同はさらに大作に期待した。
そして茜の方だが、大作を羨んだわけではないのだが、長春がこの喜笑星で見つけた栗鼠のような小動物が常に肩の上にいる。
こちらの方は、茜としてはペット扱いだった。
「…ふーん…」と幻影は言って、妙に虹色っぽいカラフルな茜の栗鼠を見てから、兎の獣人の雪美を見ると、「あはははは!」と長春は白々しく空笑いをした。
「本人が望んだのなら別にいい」という幻影の言葉に、「命令なんてしないよ?」と長春は小首をかしげて答えた。
プリンセス・ナイトの件ばかりに携わるわけにはいかず、琵琶家は信頼できる代理人を間に置いて、出版などの件はすべて託した。
その使える代理人は、もちろん、サルサロス世界銀行だ。
さらに琵琶家の財産が増大したことで、銀行なのだが何でも屋の様相を呈し始めた。
しかし預金も飽和状態なので、ここは万有家の金融機関の利用を始めると、琵琶家の思い通りにすべてが円滑に回り始めた。
どうやら影で源一も動いていたようなので、幻影としてはさらに安心できた。
さらには別口でフリージア校に、『プリンセス・ナイト研究会』なるものが学生の手で興され、新しい商品開発などを始めると大いに当たった。
基本的には自分たちが欲しものを企画して販売するわけだが、卒業後はそのまま、『企業部』への就職となる。
もちろん、販売のお伺いは琵琶家を通して菫に伝えられるのでまるで問題はない。
菫は大金持ちとなったのだが、それよりもやはり大作と茜のことを大いに気遣っている。
特に茜は赤ん坊の時から育てていたことで、さすがに母親の感情も持っているからだ。
そしてわずかな期間なのだが、大作もその手で育てていたという事実もある。
術が解けても、この十年の記憶もしっかりと持っていた。
さらには茜と大作が一家の大黒柱だった事実もあり、ごく一般的な家族よりもその絆は太い。
茜の家族にも変化があり、幻影の勧めもあって、健吾は宮大工兼建具屋の店を構えることになった。
そして幻影の命令で、茜、大作、菫はその準備作業を仰せつかった。
その時に健吾は信長から、『竜神』姓を賜っている。
健吾たちは様々な教育を受けていたので、畏れ多い姓だと判断して断りを入れたのだが、「魔除けじゃ」という信長の言葉に、健吾は納得して姓を賜った。
そして信長としては大作に新しい名を与えようと思ったようだが、幻影が首を縦に振らなかったので、今回も見送った。
竜神一家はせっせと働いて、大いに修行を積んだ健吾の作品を並べた。
大きいものから小さいものまで、木を基本とした作品や一般日常品やおもちゃまでがずらりと並んだ。
もちろん、出張のものづくりも請け負うことにしているので、実りはそれなり以上にある。
その見本が、商品以外の店内にある。
壁などは細やかな細工が施され、飾り棚も豪華なものだった。
まさに博物館や美術館といってもいいほどの出来栄えで、暇があれば、濃姫が頻繁に訪れてくる。
特に子供たちには、小さな動物の根付が人気で、誰もが財布につけることが流行りとなった。
そして子供の真似をして大人も購入する。
学生の中には、一種類ずつ買いあさって、もの集めの趣味にしていた。
『竜神木材加工店』は、常に大人気の店となった。
そして幻影がやって来て、「…見本を製本するか…」と幻影は言って、様々な商品を種類別に絵として描いて冊子にした。
「文明文化が栄えた星では、
この宣伝用冊子をカタログというんだ。
現物を観なくても、
商品の大体の様子が見て取れる。
実際販売する場合は、
現物をもって行って決めてもらえばいい。
大荷物を担いで移動する必要がないから楽だ」
「…大きな作品でも、きちんと商売ができる…」と健吾は言って笑みを浮かべてうなづいた。
「この星に呼んだ三万人が住んでいた星は、
まさにこういった豪華なものを欲している者も多い。
いい商売相手になるはずだよ」
まさにありがたいことで、健吾はその手順をすべて聞いて、間に法源院屋に入ってもらうことにした。
人気商品になることはわかっているので、わずかな手数料で引き受けることになったので、商品の値を吊り上げる必要がなくなったことが、喜ぶべきことだった。
よって困ったのは店番で、数人は必要と思ったのだが、法源院屋から丁稚を給金折半で出すという話にも乗った。
法源院屋は人材派遣業も始めることになった。
早速雇い入れてひと通り説明してからほっとする間もなく、早速商談にやってきた者がいた。
「この店ごと売ってほしい」という客の言葉に、「へ?」と健吾は言って目が点になっていた。
「…大旦那様ぁー…」と法源院屋の店主が言って大いに嘆いた。
「支店として出せばいいだけ。
細々とした手間は省けばいいんだ」
法源院信右衛門は堂々と言った。
「…そういうと思った…」と幻影は言って眉を下げた。
早速大きな仕事が入ったと健吾は喜んで、店は丁稚に任せて、黙々と木に向き合った。
そして信右衛門は、運搬は琵琶家に頼んだ。
まさに大量の美術品のようなものなので、無駄を省くためだ。
「で? 支店はどこに?」と幻影が聞くと、「ま、徳川が江戸から動かんのなら、生実ですな」と信右衛門は答えた。
「さすがに、いまさら京には移らんでしょう。
もうその必要もない」
話は合意して、竜神木材加工店の支店第一号は、生実の街道筋に建つことになった。
「おっちゃん… 父ちゃん、すげぇー…」と大作が夕餉の席で言うと、「へへ」と健吾は短く笑って自慢げな顔をした。
「おっちゃんでいいの!」と茜が戒めると、「立場は逆転で、茜は父ちゃんをおっちゃんと呼べ」という大作の言葉に、「うー…」と茜はうなるしかなかった。
「どっちでもいい。
お前らと一緒に暮らせるのならな」
健吾の明るい言葉に、大作は笑みを浮かべたが、茜は気に入らないようで唇を尖らせている。
「…色々と複雑な年ごろだわ…」と菫が言うと、「へへ、まあな」と健吾は言って、大作と茜を見た。
「お前らは姉弟じゃあねえ」
健吾の言葉に、茜はすぐに笑みを浮かべた。
「そりゃそうだけど…」と大作は戸惑いながら言った。
菫は眉を下げて茜を見て、「…この子はね、姉弟だと結婚できないとか考えてたの…」と言うと、「ああ、そういうこと」と大作は言って、茜に向けてにやりと笑った。
「赤の他人で幼馴染なんだから、
結婚はできるってことでいいじゃん」
大作の言葉に、「…それはそうだけどぉー…」と茜はまだ何か気にかかることがあるようだ。
「じゃあ、何が気に入らないんだよ…」と大作は言ってハタと気づいた。
「わかった。
父ちゃんだけどおっちゃんと呼ぶ」
大作が自信を持って言うと、茜は満面の笑みを浮かべた。
「…ん? どういうことでぇ」と健吾が大作に聞くと、「茜は一切、何も変えたくないんだよ」という大作の言葉に、「…ま、わからんでもねえな…」と健吾は言って何度もうなづいた。
「…めんど臭い子…」と菫が嘆くと、「わかってくれたからいいもぉーん!」と茜は明るく言った。
「…とっても楽しそう…」と長春が竜神家を見ながら眉を下げて言うと、「我らはいつも楽しいですよ」という藤十郎の言葉に、「うふふ」と長春は少し笑って、藤十郎に笑みを向けた。
「ですが、今回は残念でした」という藤十郎の言葉に、「健吾様にも大作君にも無理を言えないぃー…」と長春は大いに嘆いた。
「無理を言えるその時を待ちましょう」
藤十郎は厳しいことを言ったが、この夫婦もさすが琵琶家の一員で、少々厳しいところはある。
本来ならば、大作と茜が学校に行けば、色眼鏡で見られることだろう。
その理由は、今まで持っていなかった姓を持ったからだ。
しかも、『竜神』という畏れ多い苗字でもあり、しかも、琵琶家から拝命したと聞かされればさらにだ。
ふたりの同級生たちは様々なことを考えたが、ふたりの立場に立って考えると、―― 色々と聞き出すと迷惑… ―― と考えるので、極力姓に触れることはない。
よって今まで通り名前で呼ぶ。
しかし茜も大作もそんな同級生の心情を察知して、『プリンセス・ナイト』の件は伏せて、説明する。
もちろん、父親である健吾が大業を果たした恩恵といえば、誰だって納得するのだ。
もちろん嘘ではないので、語ったふたりに罪悪感は沸かない。
だが悲しいかな、授業が終わってからの自由時間がない。
学校が終われば、昼餉に間に合わせるように登城する必要がある。
しかし今日からは、「一部免除」と幻影はいい、昼家のあとから二時間は自由時間とした。
そのあと二時間は琵琶家の仕事の手伝いをして、夕餉を摂ることになる。
特に一番困るのは、プリンセス・ナイトの話が出た時だ。
ふたりはすべてを読んで知っているのだが、同級生たちはほとんどがまだ序盤しか読めていない。
よって、一番いい話題の内容としては、フィクションの方の話であれば誰もが共通して話ができる。
比較的低年齢向きの物語となっているので、幼児から老人まで大いに楽しめる、絵本であり小説であり映像媒体でもある。
物語の筋書きとしては、全てのお話からのいいとこどりばかりだが、基本的な部分は茜と大作の前任者の筋書きのひとつとなっている。
ポポロンが受け持っている話については、まだ公表されていないこともあって、非常に都合がよく、そしてどう見ても悪者の姿のポポロンが、少々優しい姿となって映像加工をされているので、誰にも気づかれることはない。
もちろん、大作も茜も、フィクションなのだが、現実とはまるで違うこのお話も好きだ。
やはり、自分たちの母親の出演している映画でもあるので、ここでは多少のひいき目もある。
この映像媒体の基本的な部分は、全て琵琶家家人が出演していて、咲笑と幻之丞が映像加工をしたものなので、誰もが大いに心躍るものとなっている。
ちなみに敵対する悪役は、ここは信長が魔王に変身して受け持っているので、映像加工と、音声も大いに加工されている。
この雄々しき魔王をどのようにして成敗するのかが、お話の面白いところでもある。
大作と茜は昼餉を終えて、後片付けを手伝ってから、その足で図書館に向かった。
相変わらずの大盛況だが、グループ学習室に友人たちが陣取っていたので、ふたりは遠慮なく入ると大歓迎された。
そしてその代わりと言ってはなんだが、同級生たちは学校では聞けないことを色々と聞いてくる。
この辺りは大いに興味が沸く話となり、まさに年相応だ。
そして大作と茜がこの喜笑星にやってきた真実の経緯の話もする。
よって話を聞き終えれば、「…さすが校長先生…」と誰もがうなる。
さらには、何の後ろめたさもわかない方法をとった幻影にも絶賛の声を上げ、ついでだったはずの竜神一家が大成したことにも大いに触れる。
そして公表してもいい、この話もする。
「おっちゃんは動物と話ができるからね」
大作の言葉に驚く同級生はいない。
大人たちの働く農地ではもうすでにうわさが立っていたからだ。
隠す方が逆に怪しまれるので、これも都合のいい話だった。
「まさかふたりも…」と同級生の女子のお彩が大作と茜を代わる代わる見て言うと、ふたりはすぐに鼫の高願と虹花と名付けた栗鼠に触れて、「気に入られて」と茜は言葉を違えず話す。
「だけど、今日はどうして来たんだい?」と大作は高願に聞くように言ってからすぐに、「いつもは流派の修行の時だけだったんだけど」と続けて言った。
高願からの返答は、『興味があったから』だった。
そしてついでに虹花が、『高願についてきたぁー…』と幼児のように言ったことに、大作は笑いを堪えることに苦労していた。
虹花の感情としては、兄に慕う妹のように大作は感じていた。
大作が一目置かれている理由は、萬幻武流の門下生であるという事実もあるからだ。
もちろん、大いに目立つ馬術や弓道の大作の実力を知っている生徒も多いので、この件も隠す必要は何もない。
校長が気功術師であることは、もちろん生徒たちも知っている。
さらに大作は大吉に弟子入りしようとしていたことも語っていたので、大作が降って湧いた実力者というわけでもない。
全ての辻褄がうまく合っているので、大作と茜が高能力者の資質あり、などと疑われることなど何もない。
できれば今のこの時がずっと続けばいいとふたりは思った。
だがもしも、プリンセス・ナイトの件が漏れると、多くの友人を失ってしまうと、どうしても考えてしまう。
だがそれは、大作と茜が悪いわけではない。
離れた者たちが大作たちには近寄り難いと判断しただけなのだ。
しかしさすがに、今の大作と茜の思考では幼すぎる。
始めは朗らかに話し合っていたが、ついには進路の話となり、その話がどう転がったのか、大作が教師役になっていた。
―― 教えることも修行… ―― などと大作は考えながらも気を抜かない。
授業内容と生徒の顔色を見ながら教えていく。
大作は教師たちの行動の真似をして、そして理解してこうしているのだ。
ついには茜の番となると、誰もがうらやましそうにふたりを見る。
始めは大いに眉を下げていた茜だったが、真剣な顔をして大作の話を聞き入り、最終的には笑みを浮かべて、上級生レベルの問題も解けるようになっていた。
特に女子たちはふたりの関係に大いに興味があった。
この話はまだ聞いていなかったからだ。
しかし大作が何かを感じて同級生たちの顔色を見て、「俺たちは生まれてからずっと一緒に育ってきたんだ」と大作は笑みを浮かべて言った。
茜はこの言葉だけでは不十分だったようだが、同級生としては納得していた。
最低でも姉弟ではないと知ったからだ。
「…大作に勉強を教えてもらうなんて不覚だったぁー…」と茜が大いに嘆くと、「…今更ながらだね…」と大作は眉を下げて言った。
時間が迫ってきたので大作は、「仕事に行ってくるよ」と気さくに言ってから、部屋を出た。
「…そうだった… 琵琶様の使用人だった…」とひとりが言うと、誰もが自由な自分自身たちを少し責めたが、「じゃ、臨時雇いに行く?」とひとりが提案すると、今日の遊ぶ時間は仕事をすることに決まった。
高額ではないが必ずお駄賃が出るし、気をつけながら仕事をすれば、話をしていても叱られることはない。
大作と茜は今日は別々の仕事をあてがわれた。
大作は保存食づくりで、茜は岩おこしづくりだ。
保存食づくりは、巨大な乾燥機を稼働させるのでそれなりに力も必要だ。
琵琶家の家人たちはこのようにして日々強くなっていったことは、大作はもう聞いていたので大いに喜んでいる。
機械は比較的複雑で、脚力と腕力の両方を使う。
初めての作業なので、大作は幻影の説明を受けてから、早速動かしたのだが、―― 気合は入れちゃダメ ―― と思いつつ、力を込めて腕と足を交互に動かす。
そして少し軽く感じたので、少しだけ力を抜く。
これを維持する必要があるのだ。
よって精神的にも大いに鍛え上げられる。
しかし、体力には限界というものがあるので、決められた時間ごとの交代はあり、その間は休憩となって、汗をぬぐい水分補給や軽食なども食べる。
そうしておかないと、夕餉の席までたどり着けなくなってしまうからだ。
大作はこれを五回繰り返して、午後の仕事を終えてから、銭湯に行って、体力の回復を感じてから、登城してから興味を持って厨房に入った。
すると茜もついてきたのだが、「…手出しできないぃー…」と大いに嘆いた。
今は完璧というほどに、全ての仕事が円滑に行われていて、ひとつ料理ができあがると次々と皿に盛られていく。
「配膳、お願いしまぁーす!」とハイネが陽気な声で叫ぶと、手がすいたものから順に、膳に盛り付けた料理を運び出す。
するとハイネから、「竜神家の配膳はお願いね!」と気さくに言われたので、ふたりは気合を入れて返事をしてから膳を運んだ。
「ありゃ、厨房にいたのか」と健吾が言うと、「…見学…」と大作は大いに眉を下げて答えて、また厨房に行った。
茜もすぐにやって来て、今度は自分たちの膳を運んだ。
「…今日はますますおいしいことでしょう…」と菫は言って手のひらを合わせた。
菫の仕事は、今のところは法源院屋の女中だが、半分以上は木工細工店の仕事に携わっている。
「…運んだだけよぉ―…」と茜が眉を下げて言うと、「わかっとらんな」と健吾は言って、笑みを浮かべて箸をとって、「いただきます」と四人そろって言った。
「何がよぉー…」と茜が聞くと、「運ぶだけだとしても、任せてくださるわけがない」と健吾は言って、笑みを浮かべて煮物を食べ、何度もうなづいてから飯を大いに食らった。
「うん、それはあるだろうと、僕も今思った。
この膳は、ひとつの作品だから。
そして箸をつけるまでがその仕事になる。
もちろん配膳は最後の仕事だ。
それを託してくださったんだよ」
「…物は言いようね…」と茜が言うと、健吾と菫の意見が一致したようで、二人そろって首を横に振った。
「…能力をまともに受け入れられない、
ダメな姫にならんようにな…」
健吾の言葉に、菫は何度もなづいた。
菫が同意の意を示したことで、「…ごめんなさい…」と茜は謝るしかなかった。
「謝る前の気持ちだと、
次は、大作にだけ配膳を頼まれていたとワシは思う」
「…うう…」と茜はうなって、料理を見入ってハタと気づいた。
とんでもない速度で盛り付けをしていたのに、皿などが全く汚れていない。
さらには、煮物などの彩がまさに鮮やかだ。
確かにこれはひとつの作品だ。
この素晴らしい作品を、適当に扱ってもらいたくないはずだ。
「…よーく、理解できましたぁー…」と茜は大いに反省して、一口食べると天にも昇る気持ちになって、もうすでに気持ちの切り替えを終えていた。
「…指摘することがまるでない家族だ…
もう免許皆伝…」
幻影がつぶやくと、「…つまらんやつらめ…」と信長は言って鼻で笑った。
「まだ話はしていませんが、
菫さんはどうされます?」
「本人の意志に任せる」と信長はすぐさま決断した。
「さらには、大作と茜も連れて行くかもしれん。
その時のワシの気分次第じゃが…
たぶん連れて行くじゃろう…
…残るは健吾じゃが…」
信長は言って少し考えてから、「…やつも悲惨な目に遭っておる。連れて行っても損はない…」と言うと、「はっ そのように」と幻影は答えた。
「…学校が休みの日にでも、一度行くか…」という信長の言葉に、琵琶家上層部は緊張しながらも頭を下げた。
その学校の休日は明後日なので、誰もが最後の仕上げをしようと心に決めた。
夕餉のあと、大作は今日は忍び修行に勤しもうと思い、茜とともに外に出た途端、「…戦でもあるのか…」とつぶやいて工房周りを見入った。
猛者たちが、いつにも増して緊張した面持ちで、さらにいつもよりも気合を入れて訓練を積んでいたので、比較的わかりやすかった。
「…そうね… いつもとは違うわ…」と、少々鈍い茜でもわかるほどに気合が入っている。
大作たちが忍術訓練場に足を向けると、待っていたかのように草太と竜胆がふたりに笑みを向けた。
「…ついてたぁー…」と草太が感動して言うと、「あのね、明後日、戦場に行くって… おふたりもぉー…」と竜胆が言うと、草太は眉を下げて竜胆を見ていた。
できれば草太がふたりに伝えたかったようだ。
「うん、そうだと思っていたよ」と大作は言って、早速手裏剣を手に取った。
「…肝、据わってるぅー…」と草太が言って笑みを浮かべると、「…茜ちゃんはそうでもないぃー…」と竜胆は言って眉を下げた。
茜は金縛りにあっていた。
あの地獄をまた見に行くのかと思うと足がすくんでいた。
幼少のころと言っても、物心はついていたし、多くの不幸が鮮明に脳裏に焼き付いている。
そして、戦いが終わってからがさらに地獄で、まさに死にかけていた事実も体感した。
健康になった今、できればそのような世界に戻りたくないと思って当然だ。
しかし、―― 私は姫! ―― と心に強く念じると、体が軽くなって、すんなりと動けるようになった。
「大作、教えなさい」と茜が姫モードになっていたので、爽太と竜胆は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
ここからは四人で十分すぎるほどの修行を積んで、片付けを終えて銭湯に行こうとしていると、師範代たちが大いに眉を下げて大作たちを見る。
「…あ、だから草太君は喜んだわけだ…」と大作が今更ながらに言うと、「あはははは…」と草太と竜胆は空笑いをした。
「その時に、思い立ったことで構わないんだ」と幻影が気さくに言うと、「はい! お師匠様!」と大作は満面の笑みを浮かべて答えた。
「…お前らは、かわいくねえぇー…」と第六天魔王の姿の信長がうなると、また濃姫に尻を蹴られていたので、大作たちは大いに眉を下げていた。
「御屋形様も、萬幻武流の門下生なのですか?」と大作が聞くと、魔王はすぐに機嫌がよくなって、「そういえば… 門下生ではないか…」と魔王は答えてからも考え込んだ。
「では、御屋形様にも弟子入りしたいのですが、
構いませんか?」
大作の言葉に、「…よくぞ言ったぁー…」と魔王はうなってから、上機嫌で笑った。
「…それを言ってきたのは、大作だけじゃぁー…」という魔王の言葉に、大作は少し腰が引け始めていたが、「…どうか、よろしくお願いします…」と小声で言ったが、しっかりと頭を下げた。
「…ふふふ… 誰もが刮目しておけぇー…」と魔王は機嫌よくうなって、大作を肩に担いで、機嫌よく闊歩した。
「…騎士じゃなくて、魔王にならないかしら…」と茜が心配していると、「魔王のようなヤツが敵にはいたが、魔王が師匠になった前例はない」という幻影の言葉に、茜は満面の笑みを浮かべて、魔王を追いかけた。
「見たぞ!」「見たわよ!」
大作は学校の教室で、同級生たちに囲まれていた。
「え? なにを?」と大作が聞くと、誰もが大作の大きさに半歩身を引いた。
「…まずは、魔王様が姿をお見せになっていた…」と男子の純也が言った。
「うん、僕も初めて拝見したよ」と大作は笑みを浮かべて答えると、誰もが、―― やっぱ、住んでいる次元が違った… ―― と思い知っていた。
「あのさ、人は見た目で判断しちゃいけないって、教わってるよね?」
―― その通りだったぁ――――っ!!! ―― と誰もが心の中で叫んで、すべてに卓越している大作に頭を下げた。
「…でも、どーして、魔王様はすっごく機嫌がよくなっておられたの?」と女子の旬春が聞くと、「…あー… 弟子にして欲しいってお願いしたからかなぁー…」という大作の言葉に、―― ありえないぃ―――っ!!! ―― とまた誰もが思って、今度は大いに苦笑いを浮かべた。
「その話も聞きたかったんだけど、
明日だけど…」
男子の権太が控えめに言うと、「あ、ごめん… 明日は予定があるんだ…」と大作は申し訳なさそうに言って頭を下げた。
「せっかく誘ってくれたのに、
本当に申し訳ない」
「…ううん、いいんだ…
次があれば、また誘うからね…」
権太の言葉に、大作は笑みを浮かべて礼を言った。
「ちなみに、何をするの?」と大作が興味を持って聞くと、権太は薄い冊子を出した。
そこには大見出しに、『運動教室』と書いてある。
冊子を開くと、「…へー… 団体での運動競技…」と大作は言って何度もうなづいた。
「これを見て、今興味が沸いたものって何だい?」と権太が大いに期待して聞くと、「あ、野球」と大作はすんなりと答えた。
「…随分と答えが早かったね…
知ってたの?」
「ううん、初めて知ったよ。
この投げて打つ、ってところがすっごく気になったんだ」
「…そういえば、団体競技でこれだけだね、一騎討って…」と男子の陸運がつぶやいた。
「僕はサッカーがよかったんだけど、
野球にしようかなぁー…」
権太は嘆くように言ったが、「思い立ったことでいいって、昨日お師匠様に聞いたよ」という大作の言葉に、「…うん、まずは、サッカーにする…」と権太は笑みを浮かべて言った。
「全部やってもいいと思う」と大作が楽しそうに言うと、誰もが大いに眉を下げていた。
そして一時間目の授業で、「明日の運動教室の件ですが、強制ではありませんが、できればみなさん参加して欲しいのです」と臨時教員の志乃が言った。
「もっとも、琵琶家関係者は、その限りではありません」と志乃は大作を見入って言った。
「琵琶家一同は明日は御屋形様の意思によって、宇宙に旅立ちます」
志乃の言葉に、ほとんどの生徒たちは目を見開いた。
このクラスは天草からの移住者が多いので、この事実はあまり知られていなかった。
「この先、あなた方にも関係があることなの。
この喜笑星に住んでいる限りはね。
ですがこの運動教室も、その一環に相違ないのです。
大いに体力づくりをしてもらうことと、
団体で成し遂げる喜びを感じてもらいたいの」
「…あー…」と生徒たちは一斉にため息を漏らした。
運動といえば、個人競技でしかなかったからだ。
しかしその中で、一対一の勝負がある野球を即座に選んだ大作は、まさに侍だと同級生たちは感じていた。
「本日の最終授業の運動の時間ですが、
野球をやってみましょう。
きっと女子も興味が沸く子がいると思うわ。
先生は映像を観て、野球がすごく気に入りました。
…楽しいというよりも、真剣勝負…」
志乃のうなり声に、生徒たちは大いに怯えていた。
そして最終授業の運動の時間。
何故だか教師が琵琶家の面々で埋め尽くされていたことに、生徒たちは腰が引けていた。
運動の時間は動きやすい、薄い専用の洋装に着替えて行う。
まずは臨時の野球専門の教師が、この運動についての規則を簡単に説明した。
基本的には投げて打って捕る。
まさにこの瞬間が大いに興味が沸く運動である。
よって、ほかの運動に比べて、持続的な体力は比較的必要としないが、瞬発力は大いに必要とする。
だが、投げっぱなしになる投手は、瞬発力も持続力も必要だ。
さらには守る方も気が抜けない。
いつ自分の目の前に球が飛んでくるのかわからないからだ。
しかし今日は、一騎打ちに重点を置いて授業が始まった。
まずは気を抜いた球の投げ合いから始まって、早速教師たちが一騎打ちの手本を見せると、特に男子たちはこの運動が大いに気に入った。
投げる方にも打つ方にも、大いに力がみなぎっている。
そして生徒たちはこん棒ををもっていろんな考えをもって振り回して、既定の場所に立った。
そんな中、大作は大いに悩んでいた。
萬幻武流の剣術の応用と思っていたが、一筋縄ではいかないと感じた。
まずは、立つ位置が決まっていて、球は一尺半ほど離れるように投げられてくる。
よって萬幻武流剣術に置き換えると、力を込めた横一線。
大作は考えながらもこん棒を振ると、地面につむじが立ったが気にしない。
逆にすんなりと振れたことに喜んだほどだ。
そしてこん棒の形状にも納得した。
鍔が手の勢いを抑えるためにあると、木刀のように振り回した。
そして、投手の投げる、いい球悪い球についてもよくわかった。
いい球の領域が設定されていることはまさに平等だと確信した。
しかし、こん棒の届く範囲であれば、振ってはいけないわけではない。
大作は萬幻武流剣術を応用して、立ち位置を変えずに様々な方法でこん棒を振った。
「じゃ! 次は大作!」と臨時教員の声が飛ぶと、「おうっ!」とひときわ勇ましく叫んで、既定の立ち位置に立った。
そして大作は自分自身にさらに課題を課した。
教員は、いい球の領域の同じ場所に必ず投げてくるので、できるはずだと確信した。
そして第一球目に、大作は鋭くこん棒を振り、『カァーン!』と快音を放ったと同時に、『バシィ!!』という、補給した音に、大作は大いに喜んだ。
投手の教員のホホは引きつっていた。
打球は確実に、投手のグローブをめがけて飛んできたからだ。
「悪い! もう一球だ!
だが次は、はるか後方に飛ばしてみてくれ!」
教員が後ろを指さして言うと、「おうっ!」と大作は叫んで、こん棒を構えた。
―― 変わった ―― と大作は教師の感情が変わったことに気付いた。
そしてその動きを精査して、力がこもっていて、同じ場所に投げてこないことまで察知した。
案の定、手を離れた球は、地面を這うような低いものだったが、大作は難なく棍棒を振り切り、『カァーン!!!』という快音をさせて、遥か彼方の後方の少し高い壁に球を激突させた。
投手の顔は大いに歪んでいたが、「…萬幻武流恐るべし…」とうなった。
次はないようだったので、「ありがとうござました!」と大作は言って、大いに満足してこん棒を所定の場所に戻してグローブを手に取って、球拾いに回った。
―― この運動はやっぱり楽しい! ―― と大作は思って、本来の試合の映像を見てみたいと思った。
この時にようやく、顔見知りが大勢いることに気付いた。
萬幻武流の門下生たちが勢ぞろいしていたのだ。
中でも信長はまた魔王に変身していて、腕組みをして何度もうなづいていた。
あとは球を捕って投げることだが、投げるのはいいのだが、捕る方には自信がない。
そのような流派の鍛錬はないからだ。
しかし投げ合いをしてなんとなく気づいたので、打席に立っている気分にした。
今度は球を追って、いい球に仕立て上げる心構えを持った。
『カン!』と打ち損じ気味の球が真正面に飛んできたので、大作は少し腰を落としてから正確に補給して、一塁にいる教師に投げ返すと、大いにどよめいた。
そして教師がグローブを外して手を振り始めたので、―― 力を入れすぎた… ―― と感じて頭を下げた。
教師は苦痛を顔に出していたが、―― なんでもないこと! ―― と言わんばかりに手を振っている。
―― 離れていても意思疎通をする運動… ―― と大作は考え、さらに楽しくなってきた。
ほどなく授業は終わり、「実りある授業だった」と教師は大作を見て言って、笑みを浮かべた。
そして同級生たちは全員、野球に大いに興味を持っていた。
生徒たちは着替えてから教室に戻って、志乃に休暇の注意事項を聞いてから玄関に出ると、萬幻武流の門下生たちが野球に興じていたので、すぐさま駆け寄った。
まさに夢を見ているような素晴らしい動きで、大作はさらに興味を持った。
そして学校中の生徒たちが校庭を見入っていたことにも気づいた。
「飯だ飯!」と魔王が叫んで、駆け寄ってきた大作を抱き上げて肩に乗せて、悠々と下校した。
「…ダメだ、手も足も出ない…」と春之介が大いに嘆くと、「悪いね」と幻影は気さくに言って、魔王に駆け寄って行った。
「お食事をご一緒に!」とハイネは春之介たちに陽気に告げて走って行った。
「いえ、全ては萬幻武流の応用ですから」
大作の返答に、「そうなの?」と質問した春之介は幻影に聞いた。
「大作がそういうんだったらそうなんだろうね。
野球の資質とかそういうものじゃないんだろう」
幻影の言葉に、大作は覚えている限りの授業で考えていたことを語った。
「…基本は、全て萬幻武流…」と春之介は嘆いてうなだれた。
「特に剣術と槍術は型が多いから、
それを基盤にすれば色々と応用が利くんだろう。
俺も今日知った」
幻影の言葉に、「…脱帽だ…」と春之介は言って、幻影と大作に頭を下げた。
「…第六天魔王流の教鞭もとらねばなるまい…」と魔王は機嫌よくうなって大作を見た。
「ま、それほど難しいことではない。
野球とやらの運動に接してよくわかった。
常に、腹の底から声を出せ」
魔王の重厚な言葉に、「はい! 御屋形様!」と大作は感情を抑え、少し声を低くして返事をした。
すると、湯飲みや椀物を落とした者たちが続出した。
「うむ! それでよい!」と魔王は大いに陽気になって、大いに笑った。
茜も湯飲みを落としたひとりで、「…びりびり来たぁー…」と言いながら畳を拭き始めた。
「お食事の時間に修行はしない」という濃姫の言葉に、魔王と大作は首をすくめ、魔王は信長に戻った。
「…こりゃ、とんでもないな…」と幻影は言葉を大いに省略して、ひと言で言った。
「…唯一の弟子なのにぃー…」と信長はうなったが、濃姫は知らん顔を決め込んで、うまい料理に舌鼓を打った。
午後の自由時間に、大作と茜は今日も図書館に行った。
休日の前日のなので、今日はそれほど生徒はいない。
ふたりは心おきなく、読書と勉強に勤しんだ。
すると放送設備のチャイムが鳴った。
『初等部四年の竜神大作君。
校内にいましたら、校長室まで来てください』
少し陽気な雰囲気の沙織の声が拡声器から流れた。
「お師匠様が?」と大作が言うと、「…お師匠様、三人もいるのね…」と茜は大いに呆れてつぶやいた。
「こっちに来てしばらくしてからすごい剣幕で、
強制的に弟子にさせられたんだ。
きっと、幻影様が何かおっしゃったんだと思う」
「…校長先生の得になることのようね…」と茜は見事に見抜いて言った。
「…ふーん… そんなことってあるんだ…」と言って、片付けを終えた大作は図書館を出た。
茜は急ぐことなく片づけをして、図書館を出たところで女子たちに囲まれてしまったので、大作を追うことが叶わなくなった。
大作が校長室に入って大吉に挨拶をすると、大吉は妙に不機嫌そうな顔をして、「座ってくれ」と応接セットの長椅子に指を差した。
「はい」と大作は普通に答えて、大吉の言った通りに椅子に座ると、異様に柔らかかったので、浅く座って背筋を伸ばした。
「…ふん、さすがだ…」と大吉は言ってにやりと笑って、ひとりがけの椅子に座った。
「誰もが面白がって飛び跳ねるからな」
「やりたくなる気持ちはわかります」
大作は言って笑みを浮かべた。
「色々と話があるが、
琵琶様との兼ね合いもあり、
全てがご破算だが、そのすべてを語っておく」
大吉の言葉に、大作は嬉しく思ってさらに笑みを深めた。
まず第一に、アニマール星の本校に転校させること。
第二に、スーパーウルトラベースポールの正式選手として育てること。
第三に、八丁畷春之介を師匠とすること。
話を聞き終えた大作は、「八丁畷春之介様は、野球の授業の時に投手をされていた方ですか?」と大作が聞くと、大吉は大きくうなづいて、「そうだ」と答えた。
「お食事は同じ部屋で摂っていたのですが、
まだご挨拶をしていませんでした。
お仲間たちもとんでもないお方々なのはよくわかりました。
…だけど、どうしてご挨拶しなかったんだろ…」
大作は考え込んですぐに、「…あ、存在感を消していたから…」とつぶやくと、「それで間違いないだろう」と大吉は笑みを浮かべてうなづいた。
「いることはわかっているはずなのに意識していなかった。
そしてこの話をして疑問がわいてきた。
よって、ある程度の存在感を消していたということが、
今になってわかるはずなんだ。
完全に気配を消していたら、
いなかったと断言するはずだ」
「はい、きっとそうです」と大作は満面の笑み浮かべて答えてから、「八丁畷様にも、できればお師匠様になっていただきたいのですけど…」と大作は言ったが眉を下げていた。
もちろん、『琵琶様との兼ね合い』を考えて戸惑っているのだ。
「御屋形様が怒り狂われ、
奥様から体罰を受けられそうですのでやめておきます」
大作の言葉に、大吉は控え目に愉快そうに笑った。
「実は運動教室の件は、開校当時から決まっていたことで、
幻影様も納得されていたことなんだ。
しかし、まさか大作が御屋形様に弟子入りするとは思ってもいなかったそうだ。
それだけが大問題となって、全てを破棄した。
なぜおまえにすべてを説明したのか、わかるか?」
「さらに疑問が沸きました」と大作が言うと、大吉は眉を下げて、「参った」と言って頭を下げた。
「しっかりとお勤めをしてこい」と大吉は言って立ち上がったので、大作は勢いよく立ち上がって、「お師匠様、ありがとうございました」と言って頭を下げて、校長室を出て行った。
―― 過ぎたる弟子… ―― と大吉は思ったが、その顔には笑みがあった。
大作が校舎を出ると人だかりがしていた。
そして興味深く見ていると、その中心にいたのは茜だったことに、「何やってんの?!」と大作が叫ぶと、大作と茜の間に道ができた。
「…失礼しまぁーす…」と茜は言って、その道を歩いて大作に寄り添った。
「仕事の時間だよ」と大作が言って歩き始めると、茜は小走りで並走した。
「色々と聞かれてたんだ」と大作が言うと、「ひとつ答えると三つほど質問が飛んでくるのぉー…」と茜は大いに嘆いて眉を下げた。
「僕と結婚する予定って言っておけばいいじゃん」
「…言ったら、すっごく楽だったぁー…」と茜は今になって言葉の妙を知った。
「最終的に聞きたいことのほとんどはそこなんだから。
しかもウソなど一切ないから、
後ろめたさも沸かない」
「…うん…」と茜は小声で答えて大いにホホを赤らめた。
ふたりは部屋に戻って着替えてから工房に行った。
「今日は釣りにでも行こうか」と幻影に声をかけられた大作は、「はい! よろしくお願いします!」とすぐさま笑みを浮かべて答えた。
「茜もついてきて思い知れ」という幻影の厳しい言葉に、茜は大いに戸惑った。
「…嫌われてるぅー…」と茜が泣きそうな顔をして言うと、「全然違う」という大作のこの言葉を信じて、すぐに笑みを浮かべた。
「何事にも動じるな、
これが第一。
第二は、言葉などに操られるな」
「…はいぃー… お師匠様ぁー…」と茜が恥ずかしそうに答えると、大作は愉快そうに笑った。
戦艦の乗組員は幻影のほかに、ハイネ、弁慶、蘭丸、ファイガがいて、大作と茜は朗らかに挨拶して、踏み込み式のからくりを力強く動かし始めた。
大作があることに気付いて少し緩めた途端に、「ハイネはもういいぞ」と幻影は言って、ハイネとともに操舵を担当した。
「ファイガは緩めろ。
船が揺れている」
「はい! ごめんなさい!」とファイガはすぐに謝って、踏み込みを弱めていった。
大作が気づいたのはこれだった。
踏み込み過ぎると、均衡が保てなくなって船が全体的に揺れてしまう。
しかも息を合わせて踏み込む必要があるので、急ぎ過ぎるといいことは何もないのだ。
戦艦は着水して、早速幻影の指示で釣りを始めた。
幻影とハイネは網を使って、海の底にいる甲殻種などを水揚げしている。
そして幻影は帰還すると言ってから、「…ふーん…」と言って茜を見た。
そして、「言葉に惑わされるな!」と茜が叫んだので、大作だけが大いに笑った。
「…あ、違った…
…きちんと釣れましたぁー…」
眉を下げて茜が報告すると、幻影は大いに笑って茜と大作の頭をなでた。
夕餉の席では茜は大いに陽気になって騒いでいたが、家族たちは朗らかに笑みを浮かべて話を聞いている。
今日の主菜は釣りに行った大作と茜の魚だったからだ。
「大作もだが、茜も逞しくなってきたなぁー…」と健吾が感慨深く言うと、「…どうなることかと気が気じゃなかったわ、茜は…」と菫が大いに嘆くと、「…どーゆー意味よぉー…」と茜はすごんだが、「どういうことなの?」と穏やかに聞き直した。
「…ふーん…」と健吾が言って大作を見て、「幻影師匠からの試練があったんだ」と大作は言ってから説明すると、健吾は目を見開いた。
「…欲を持つと釣れない…」と健吾が嘆くと、「そりゃそうでしょ」と菫はさも当然のように言った。
「…そうだったんだぁー…」と茜が今更ながらに嘆くと、「…遠回しに言っておいてよかったよ…」と大作はつぶやいた。
「神のお食事の材料を調達する場合、
欲を持つと成果を上げられない」
大作の言葉に、菫は何度もうなづき、健吾と茜は目を見開いていた。
「僕たちがここで食事をさせていただいていることは過ぎたることなんだ。
もちろん、神様が認めてくださったからという理由もあるんだけど、
僕たちの場合は拒否権はないんだ。
僕が御屋形様の弟子にしてもらったからね」
「…神様から怒りを買ってしまう…」と健吾は大いに眉を下げた。
「まあその怒りは、
奥様が簡単に収められんだけど、
できればそうして欲しくないから…
だけど、今一歩踏み込む必要もあるんだ。
ここでは、どう考えても、
御屋形様はご納得されていないんだ」
信長の席と竜人家の席は、上座と下座と言っていいほど離れている。
しかしここ最近の状況で、力関係は大いに変わったのだが、竜神家から伝えるわけにはいかない。
多くの武人たちの怒りを買うことにもなるからだ。
「…やれやれ…
人間って本当にややこしいわ…」
菫はため息交じりに言って、その姿を神獣ポポタールに変えた。
「…ほらほら、膳をもって上座に行くわよ…」とポポロンが言うと、茜と健吾は大いに戸惑ったが、信長は笑みを浮かべて手招きをしている。
「…なんだか色々と面倒だから、あんたを守ることにしたわ…」とポポロンが眉を下げて言うと、「ああ、それでよい」と信長は機嫌よさそうに言って、大作の膳を自分の膳に近づけた。
すると長春は藤十郎とともに竜神家に合流して、健吾のそばに座って、一瞬にして動物たちに囲まれた。
茜は大いに戸惑ったのだが、真剣な目をして茜とポポロンを両手で手招きしている濃姫の隣に膳を持って行った。
「竜神家は、我が琵琶家の旗本となり、合流いたしました」
幻影の明るい言葉に、「おー…」と誰もがうなって、子供たちが大きな拍手を送った。
「我が琵琶家になくてはならぬ家じゃ!
皆もそう心得よ!」
信長が機嫌よく叫ぶとと、家人たちは一斉に頭を下げた。
しかし全ては、信長のご機嫌取りでしかなかった。
「本日、校長から謎かけという試練を賜りました」
大作の言葉に、「ふん、この件か」と信長は言って鼻で笑った。
「ですが、僕の師匠としては、
そう簡単にお譲りするつもりはないようです。
校長にも希望がおありのようですから」
「ふん、それは知っての通り幻影じゃ」と信長は言って、もうすでに頭を下げている幻影を見た。
「皆協力し合って、皆で成長すればいいだけ。
じゃがさすがに、星を離れての生活はどうかと思う…」
「はい、もちろん興味はあるのですが、
できればそれは元服してからでもいいと思っていますので」
信長は少し戸惑ったのだが、「いや、それでよい」と自分に言い聞かせるように言った。
「それに、我が父が本当にすごい人だと知って、
わずかでもまだ子供でいたいのです」
「…お、おう… それもわかる…」と信長は少し気が引けて言った。
「動物との接触は、我が琵琶家の神髄ともいえる。
さらには、その神髄を知る者はほんのわずかじゃ。
よって竜神家が我が琵琶家の中心となっても問題のないことなのじゃ」
「はい! 父をお褒め頂いて本当にうれしいです!」
「竜神家は何の無駄もない、素晴らしい家となろうて。
大作と茜がさらに大成した時、
寂しいが別に城を建てよ、よいな?」
「はい! お師匠様!」と大作は満面の笑みを浮かべて叫んでから頭を下げた。
「…いいなぁー… 師匠…」と信長は大いに感動してつぶやいた。
「…そっちの城に行って、動物たちと一緒に住むぅー…」と長春が言い始めたので、藤十郎と健吾は大いに眉を下げていた。
「よって、明日の仕事は、竜神家も全員連れて行く。
家老たちはすぐさまワシの意を通達せよ!」
信長の有無を言わせん言葉に、家老たちは速やかに退席した。
「…何を急いでいるのですか…
まだお食事中です」
濃姫の言葉に、「…のろのろする家老などいらん…」と信長は言うと、家老たちは全員戻って来て、膳に座って食事を再開した。
「ほら、もう終わった」と信長が苦笑いを浮かべて言うと、濃姫は深いため息をついて、家老たちを労って回った。
夕餉が終わって、大作と茜は工房脇にある忍び修練場にいた。
しかし、忍びの鍛錬ではなく、杖を持っている。
「あ、やっぱり、矢じりのような錘がいるなぁ…」と大作は言って杖を回した。
「なにすんのよぉー…」と茜は怪訝そうに聞いた。
「杖を投げる」と大作は言って、右手で杖の中央を軽く握って、的めがけて投げ込んだ。
『ドンッ!』という重い音とともに、勢いを保ったまま、杖はまっすぐに土に埋まった。
「…うう… 怖いほどすごいぃー…」と茜は眉を下げて言った。
「まさかの新種の武器だな」と言って弁慶がやって来て、矢じりの代わりの錘を杖の先につけて、杖を軽く回して大作に渡した。
もちろん投げ槍という古代の武器はあったのだが、命中率が悪く武器自体がかさむので、使うとすれば狩猟だけだろう。
戦にはそれほど向かないものだが、命中率と威力が高ければ、運ぶことくらい造作のないことだ。
「ありがとうございます!」と大作は叫んでから、重さやバランスを考えて構えてから、的めがけて大いに振りかぶって投げると、『ドンッ カンッ!!』という音がして、土山を貫通して、背後の岩の壁に当たったことがわかった。
「…威力、五倍増…」と大作が目を見開いて言うと、「矢よりも正確に、しかも長距離を飛ばして、しかも威力は数百倍だ」と弁慶は機嫌よく言って、数本の投げ杖を準備して、的を強化してから、大作の仲間になって、ともに修練を積んだ。
「…くっそ、弁慶のやつぅー…」と工房の中から見ていた信長は大いに悔しがったが、「総代にとって、大作は大いに刺激になっているようです」と源次が穏やかに言った。
「俺も行くから頼む!」と蘭丸が叫んで外に出て行った。
「…やれやれ…」と幻影は大いに嘆いた。
「幻影、指導は?」と信長が聞くと、「一切ありません」とあっさりと言われてしまったので、信長は大いに眉を下げた。
「あの程度であれば、
体力的には止める必要もありませんし、
球を使った運動がもう身についています。
大作は杖を回転させて投げていますので、
あの威力なのです。
弁慶が遅れを取っているのはそのせいです」
「…さすがに、弁慶に伝えるわけにはいかんかぁー…」と信長は残念そうに言った。
「いえ、もう気づいて、早速試しましたが、
それ程うまくいかなかったようですね。
あの運動を経験した成果の差は大きいようです。
でも、源次なら問題ないだろ?」
「…うん、球投げをしてた時に気付いた…」と源次はすぐさま控えめに答えた。
「まさに小手先が一番重要な技だから、
力任せの兄者にはいい修行になると思うよ」
「…ふん、いいよるわい…」と信長は機嫌よく言った。
すると眉を下げている弁慶と蘭丸に、大作がゆっくりと指導を始めて、「イメージすることが重要」と聞いて、ふたりはさらに眉を下げた。
しかし、何をどうしているのかはよくわかったようで、それなり以上の勢いを保って、的に正確に当たるようになったので、ふたりは大いに喜んだ。
「大作がふたりの師匠になってしまいました」
幻影の報告に、信長は何度もうなづいて、「…手を出すべき時だけ出そう…」と色々と諦めて言った。
琵琶家一同は予定通り、朝餉を摂ってすぐに、不幸がある星に飛んだ。
しかし今回は妙で、争いの気配がない。
「いや、不幸はある。
大騒ぎをしておらんだけで、なかなか陰険じゃ。
奴隷と人質のよくある悪循環じゃ」
「電気を使っていない星なので、十分な情報収集ができません」
幻之丞が大いにうなだれて報告すると、「それこそ我らが真骨頂じゃ」と信長は胸を張って堂々と言った。
「皆の者、出番は嫌というほどある!
心して臨めよ!」
信長の気合が入る言葉に、「おうっ!」という素晴らしい返事が返ってきた。
危険のない、動物しかいない場所を目指して、宇宙戦艦は大気圏に突入してから、誰にも気取られないように速やかに移動して、まずは偵察部隊として琵琶家家人たちは散って行った。
この星にどれほどの不幸があるのかをまずは知っておく必要があるので、迂闊な真似はできない。
それぞれの城が単独であるという事実がわかれば問題はないのだが、同盟などを組んでいる場合が大いに面倒になるからだ。
よって、まだ杞憂がある大作と茜は、信長から待機を言い渡されて落ち込んでいる。
そして本人たちにもわかっている。
感情に任せて少数を救ったとしても、大勢が犠牲になることも考えられるからだ。
さらには、待っている間にも犠牲者が次々に増えることはわかっている。
しかし、この星に来るのが明日だったらどうだろう、三日後だったらどうだろうと考えると、今わずかに我慢しておけば、思ったよりも大勢の人々を救い出すことは可能なのだ。
そして一番足が速い幻影が戻って来て、もう人質を救出したという。
しかも城は単独で、東西の国といがみ合っている事実もつかんできたので、待機していた者たちは大いに士気を挙げて、目の前にある城に向かって、投石と投げ槍で攻撃を仕掛けた。
城の中は大慌てで、何が起こったのか理解できない。
その騒ぎの中、幻影はかくまっていた大勢の人質をさらに安全な場所に移動させ、一番近くにある村に運び込むと、一部の者たちは抱き合って喜びあっていた。
すると信長たちを見つけた衛兵たちが弓を使って攻撃を仕掛けようとしていた。
そして信長は間髪入れず、「このたわけらめらがぁ―――っ!!!」と大声で叫び、一瞬にして戦いを終えた。
琵琶家はこの地を陣地として、休養を取りながら、救いの手を伸ばしていった。
不幸は広範囲に広がっていたのだが、狭い大陸なので、丸二日を使って、すべての不幸を払拭した。
涙の感動の再会もあれば、悲しみの涙にくれた者たちもいた。
よって琵琶家一同は今回の成果に喜ぶことなく、この名のない星を後にして、三日ぶりに喜笑星に戻った。
「はあ… ここって本当に平和だ…」と大作は大いに気を抜いて、庭の縁側から青空を見上げた。
宇宙の旅に出た者は、今日は強制的に休養日となっている。
学校は休暇明けだが、子供たち全員を休ませている。
戦士たちの心の休養が最重要なのだ。
大作は反抗することなく、今日は一日中雲でも眺めていようなどと考えていた。
「琵琶家の一員だって、やっと納得できたわ」と茜の表情は明るい。
しかし大作は目を見開いて茜を見つめた。
「…な、なによぉー…」と茜が大いに戸惑ってつぶやくと、「…僕たち、きちんと働いたよね?」と大作が聞いた。
「私はともかく、あんたは大いに働いたわ。
あんたが働いてないなんて言うと、
私なんて何もしていなかったのと同じだわ…」
茜が唇を尖らせて言うと、「…うん… ちょっとだけ実感が沸いてきた…」と大作が答えると、「朝餉の準備ができましたぁ―――っ!!!」とハイネの陽気な声を聴いて、ふたりは競うようにして、くつろぎの間に急いだ。
もちろん労働厳禁なので、料理番たちも働いていない。
開店前の麺屋から、料理人たちを雇って厨房で働いてもらっているのだ。
麺屋の店員たちは大いに緊張して配膳をしている。
「こういうのもいいものじゃ」と信長の表情も言葉も明るいので、家人たちは明るい笑みを浮かべた。
「よっし! まずは食え食え!」という信長の言葉に、誰もが一斉に箸を取って、飯を大いに食らい始めると、麺屋の店主が号泣していた。
―― 今日は最良の日! ―― と大いに感動していたのだ。
どこの麺屋の店主の心は同じで、大雇い主の琵琶信影に料理を食べてもらうことが夢でもあるのだ。
その夢が叶えられれば、誰だって感動するだろう。
そして口直しの茶の時間も終わり、信長は徐に座り直して、「現実に戻してやる」と言ってにやりと笑うと、咲笑が笑みを浮かべて、宙に成績表を映し出した。
「よっし! ワシが一番手じゃ!」と信長は子供のように大いに喜んだ。
様々な事象を考慮しての得点制として、順位が決められている。
「…あ、ああ… 僕、きちんと働いたんだぁー…」と大作は映像に名前があることで、大いに感動して涙を流し始めた。
もちろん、大作と同じように、感動して泣いている家人も多い。
―― そうだ、これが現実なんだ… ―― と大作はもう気持ちを切り替えて冷静に考えていた。
「幻之丞」と信長が言うと、幻之丞は家人たちに一枚の紙を渡していった。
成績もそうだが、いい点悪い点や、これからの課題などがびっしりと書かれているので、さらに現実に引き戻されていて、ほとんどの家人たちが苦笑いを浮かべていた。
その最終承認者が信長ではなく幻影であることも大きな要因で、家人たちは一斉に幻影に頭を下げた。
もちろん、幻影自身の言葉も載っている。
大作はしっかりと成績表を見入って、『つまらんやつ』という幻影の第一の感想に、大いに眉を下げた。
しかしそのあとには、まさに師匠の愛ある言葉がしっかりと書き込まれていた。
大作は今日のこの日を絶対に忘れないと心に誓って、また幻影に頭を下げた。
『普通に子供だから、ほとんどいうことはない。
今を変えずに、この先もしっかりと修練に励むように』
茜の場合、能力者並みの力もなく、まさしく普通に子供なので、感想はこの程度で当然だった。
だが続きがあって、『人に接する気持ちは、大いに見習うべきことが多くある』という幻影の感想に、茜は早速、健吾と菫に自慢した。
「…褒めてもらったのはいいけど、きちんと覚えてるの?」と菫が聞くと、茜は目を見開いて、「…よく、覚えてないぃー…」と嘆いてからうなだれた。
「別にそれでいいんじゃねえの?
無意識であっても、きちんとできているんだから」
健吾の言葉に、茜は一瞬にして復活した。
「大作はどうなんでえ」と健吾が聞くと、大作は成績表を懐に仕舞い込んで、「まだまだだよ」と笑みを浮かべて言った。
「まだまだって…
だったらワシは地の底じゃあねえか…」
健吾は言って、成績順の表を見上げた。
健吾は上から十八番目で、大作は十番目だった。
「戦闘能力があるかないかの差だよ」と大作は笑みを浮かべて応えると、「…その部分は皆無だからなぁー… 多少は鍛えねえとなぁー…」と健吾は反省しきりだった。
「大丈夫大丈夫!
私なんて二十番だったから!」
長春のお気楽で陽気な言葉に、健吾は大いに救われていた。
「お前はさらに働けるように鍛えろ」と長春は信長に言われて肩をすくめた。
「…か弱い、姫だからぁー…」と長春が言うと、幻影たちは大いに笑った。
大作と茜は大いに苦笑いを浮かべていた。
長春は子供たちから、『剛力姫』で通じているからだ。
しかし大作は、これは長春のやさしさのような気がしていた。
か弱そうな姫様が低姿勢になって同じ視線で子供たちを見ることは、仲間意識を沸かせるためなのではないかと感じている。
まさに茜は長春と同じようにして、現地の子供たちと接していたからだ。
「…今回の長春様の行動は覚えてる?」と大作が聞くと、「あ、それは」と茜が言ってから少し考えて、「…同じだったのかもしれない…」と言って、それがいいのか悪いのか判断できずに頭を抱えていた。
「たぶん、変えなくていいと思う」という大作の堂々とした言葉に、「…う、うん…」と茜は答えて、かわいらしい笑みを浮かべた。
「…お母さんは出番がなかったのね…」と茜は眉を下げて、表を見上げていた。
「…基本、御屋形様の護衛だったからね…」と菫は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「…護衛の私たちは働かない方がいいの。
こうやって反省会をしていて、
過酷だった、とか思っちゃうと、
次の旅も厳しいものとか思っちゃうものだから。
それが続き過ぎると、あまり良くないことが起こっちゃうかもしれないの。
心の負担が大きいと、思い通りに動けなくなることが世の常よ。
だからできれば、
その時々の自分自身の行動を覚えているほどに冷静であった方がいい。
茜も大作も、一度は地獄を見たわ。
その地獄の思いが、
なんでもないことと笑い飛ばせる日がくればいいと思うの。
…ひどいことを言っているようだけど、
それほどの心構えでいないと、
この先続かないわよ」
やけに静かなので、菫が辺りを見回すと、全員が菫の話を聞き入っていたようで、一斉に頭を下げてきた。
しかし菫は焦ることなく、「幻影様に教わっていたはずですよ」と穏やかに言うと、誰もがさらに納得していた。
「それに」と菫は言って、大作を見た。
「覚醒への入り口に立ったようなものよ」
菫の言葉が重く大作に襲い掛かってきたような気がした。
しかし大作は笑みを浮かべて背筋を伸ばしてから、菫に頭を下げた。
「堂々としていてよろしい」と菫が笑みを浮かべて褒めると、大作は母親に向ける無垢な満面の笑みを浮かべた。
「…茜にはもったいないわ…」と菫が嘆くと、「…もっともっと頑張るわよぉ―…」と茜は小声で悪態をついた。
「…幻影が、もうひとりいおったかぁー…」と信長が悔しがってうなると、「御屋形様は今が一番最適だと感じておりますわ」と菫は笑みを浮かべて言って頭を下げた。
「…お、おう…」と信長は不本意ながらも答えて、猪口の酒を飲み干した。
何もしないのも苦痛になるので、大作は信長に図書館に行ってもいいかと聞いたのだが、信長は大いに考え込んだ。
すると何を思ったのか、熊の巖剛がすたすたとやって来て、信長を見上げた。
「…お前にとって仕事のようなものになるが、
あまりにも縛り付けるのも監禁しているようでよくない…」
信長は大いに言葉を選んで、図書館に行くことを許した。
大作と茜は、巖剛を間に挟んで、城下町の景色を楽しむようにして、学校に向かって歩いて行った。
生徒たちは登校したばかりで、これから授業が始まる。
よって図書館は、書士以外は誰もいない。
その書士は大作と茜に話しかけたかったのだが、いつもはいない巖剛がいることですぐさま察して、「お疲れ様」とだけ小さな声で言って、挨拶代わりにした。
大作は笑みを浮かべて頭を下げて、茜は笑みを浮かべて書士に向かって手を振った。
すると巖剛がすたすたと歩いて奥の棚に向かったので、大作と茜はすぐに追いかけた。
そして巖剛が見上げた場所の本棚をふたりして見上げた。
そこには、様々な星のごく一部の常識的な本が置かれていた。
その星々を考察するような本まである。
「…星が変われば、文明文化は大いに違う…」
大作の言葉に、「…戸惑いはあったぁー…」と茜は小声で言った。
やはりここは、客観的に見た星々の比較を考察した本を手に取ると、「え、違うの?」と大作は言った。
もちろん、巖剛が違うと言ったのだ。
「まさか、こっち?」と大作は言って、今度は、『星々の楽しいお遊び』という本を手に取ると、巖剛はすたすたと歩いて行って、クループ学習室の前で立ち止まって振り返って二人を見た。
大作と茜は巖剛に従って部屋に入った。
早速本を開くと、「…遊園地ぃー…」と茜が満面の笑みを浮かべて、素晴らしい夢を見ているようにつぶやいた。
「家人の皆様は行かれたそうだよ」と大作が言うと、当然のように、「…いいなぁー…」と茜はうらやましがった。
「だけど、御屋形様と幻影師匠が行かれていないとどうだろうか」
大作の言葉に、「…それはあり得ないぃー…」と茜は眉をひそめて答えた。
「おふたりがいないことを現地についてすぐに気づかれたそうなんだ。
だから、全然楽しくなかったそうだよ」
「…どうして…」と茜はつぶやいてから、「…叱られちゃった?」と茜が言うと、「最低でも、一番偉い人は認めていない行為だったと僕は思うよ」と大作は言って、本のページをめくっていった。
そしてあることに気付いて、「ふーん」と言って、巖剛を見た。
「僕に働けって?」と大作が巖剛に向けて言うと、巖剛は、『しまった!』と大作に向けて言った。
「え? なになに?」と茜が大いに興味を示すと、「…動物たちのくつろぎ遊園地…」と茜は絵を見てつぶやいた。
「そういえば、子供用はあるのに動物用はないね…
どうしてないんだろ…」
大作のこの言葉にも、巖剛は目を見開いてから、獣人の姿になった。
「…まさか、俺たちに造れと…」と巖剛がうなるように言うと、「…まあ、そうなんだろうなぁー…」と大作が言うと、巖剛は大いに眉を下げた。
「だけど、僕とおっちゃんと長春様にはお手伝いの義務があるから、
それほど心配はないよ」
「…おー… それは、助かったぁー…」と巖剛は言って椅子に座った。
「さて…
まずはどこに造るのかということが大問題だ。
さすがに、子供たちの児童公園というわけにはいかないように思うけど、
そこにも作った方がいいけど、
動物専用にしないと、動物たちに迷惑が掛かるから…」
大作は言ってメモ用紙を出して、簡素な絵を描いた。
「…絵も、もっとうまくなんなきゃ…」と大作が嘆くと、「…きちんとわかるから全然いいぃー…」と茜はうらやまし気に言って、巖剛は同意するように何度もうなづいた。
「…あとは、本来のくつろぎの場所だけど…」と大作は言って、城の庭園の絵を描き始めた。
そして、「ここだろうなぁー…」と大作は言って、庭園内の城にほど近い林に指を差した。
「…おー…」と巖剛は大いにうなって、賛成の意を示した。
「動物たちが寛がなきゃいけない。
だったら、人があまり行かなくて見えない場所がいいけど、
遠くない方がいいという理由」
「…これを、進言すればいいのか…」と巖剛がうなると、「うん、そうだね」と大作が言って、巖剛を見つめた。
「…俺が言うのか?」と巖剛が聞くと、「うん、その方がいいね」という大作の明るい言葉に、巖剛は大いに緊張していた。
「…応援はするから、頑張ってぇー…」と茜が言って巖剛を抱きしめると、「…お、おう…」と巖剛はうなるように言った。
「筋道としては、動物の神の長春様に伝えてもらってもいいと思うんだけど、
動物の代表として、巖剛さんか獅子丸さんの方がいいと思うんだよね。
もちろん、僕たちも立ち会ったっていい。
幻影師匠が作って下さったら一番いいけど、
その場に僕がいたら、作れっておっしゃるだろうなぁー…」
「…きっと、ヤツならそういう…」と巖剛は大いに苦笑いを浮かべてうなった。
「あ、お師匠様とは友達だったんだね」と大作が笑みを浮かべて言うと、「…主従関係は存在していないから、まあ、そうなるな…」と少し照れながら言った。
「…うーん… この場合…
萬幻武流に対抗する動物用の流派…」
大作がつぶやくと、「それがいい!!」と巖剛が叫ぶと、「…喜び過ぎだし、声も大きすぎるから…」と大作が指摘すると、「…すまん…」と巖剛は大きな体を小さくして謝った。
「あまりにも人間の生活に慣れると、みんな人間になっちゃう。
動物だと自信を持つための流派。
そうすることで、野生を維持するため、
動物の能力を延ばすため…」
「…うぉー… うおぉー…」と巖剛は喜びを表現するようにうなった。
「…ここは、僕たち人間はそれほど考えちゃいけないから、
すごい人に会いに行こうか?」
大作の言葉に、巖剛は大いに焦って、「…顔すら見られぬ…」と巖剛は大いに拒絶した。
「お話は僕がするから、でも一緒に来てよ」
「…お、おう… それはそうせねば…」
「ちなみに、ヤマ様と長春様とどっちが怖い?」
大作の疑問には、巖剛は答えられなかった。
「うん、よくわかった」という大作の言葉に、「…どうわかったんだ…」と巖剛がうなると、「僕の考えは人間の考えだから、あまり気にしちゃいけない」という大作の言葉に、「…動物らしさを維持するため…」と巖剛は決意するようにうなった。
遊具の詳細は、今ここで大作が描き終えて、三人は安土城に戻った。
そして長春にも事情を説明すると、大いに尻込みをしたが、「問題はないよ」と藤十郎が言って、長春の肩を抱いた。
「…ああ、頼りになるわぁー…」と長春が藤十郎にもたれかかると、大作と茜は大いに赤面していた。
大作一行は動物たちも引き連れて、幻影のそばに行き、まずは動物たちの遊園地の話をした。
「うん、作っていいよ」という快い幻影の言葉を聞いたが、「できれば、お師匠様にもお手伝いをお願いしたいのです」と大作が進言すると、幻影は少し考えて、「いや、なんとか健吾さんに言って手伝ってもらって欲しい」と答えた。
「それは、動物たちに深く携わっている者だけ、
という意味でよろしいのでしょうか?」
幻影は満面の笑みを浮かべて、「その通りだよ!」と陽気に叫んだ。
「ですが、お師匠様は鼫にも変身されます」
大作の言葉に、幻影は目を見開いた。
「…手伝います…」と幻影は大いに考えを変えて答えて、「お蘭も仕事だ!」と幻影は蘭丸も巻き込んだ。
「…それもそうだが…」と巖剛がうなって、長春とヤマに向ける感情を抱いて、ハタと気づいて、「…いや、何も問題はない…」と確信するようにつぶやいた。
「次に、動物の流派の話です」という大作の言葉に、幻影は大いに笑って大いに興味を持った。
「まずは、動物の総合代表者の、ヤマ様のお話を聞いてみたいのです。
できれば、その許可をいただきたいのです」
「ああ、一緒に行くよ。
高願も連れてな」
幻影が大いに協力的になったことで、大作は話を進めやすくなった。
大作たちは巨大な山のようなヤマと面会すると、「…今日は阿国様は来なかったんだね…」と巨大な眉を下げていきなり言ってきた。
「…力があることで、色々と目移りしてるよ…」と幻影が答えると、その阿国がやって来て、「…おほほほほ… この子は何を言ってるのかしらぁー…」と白々しく言って、ヤマとあいさつを交わした。
―― 話が変わって行かないだろうか… ―― と大作は大いに心配になったが、ここは幻影が気を利かせてくれて、様々なことを聞き出してくれた。
大作としては満足いったのだが、「巖剛さんは聞いておくことってないの?」と聞くと、頭を下げっ放しの巖剛はその姿のまま、『ない!』とばかりにわかりやすく首を横に力強く振った。
「疑問が沸いたり分岐点に立ったら、
また聞きに来ればいいさ」
ヤマの気さくな言葉と心遣いに、大作は大いに礼を述べた。
そして大作の肩にいる妙に陽気に頭を上下している鼫の高願の体をやさしくなでた。
「高願は大作を気に入っているようだけど、
やっと主を見つけた気分でいるようだよ」
ヤマの言葉に、「一緒にじっくりと成長していきたいですね」という大作の穏やかな言葉に、「問題ないさ」とヤマは気さくに言った。
大作たちはヤマに十分すぎるほど礼を言ってから、側にいた春之介にも礼を言った。
「…ほんとに残念だよ…」と春之介が眉を下げて言うと、「本来のあるべき姿となってからだと思います」と大作は笑みを浮かべて言って頭を下げ、まるで逃げるようにして先頭を切って社に入った。
大作としては、―― 寄り道も… ―― などと考えていたが、騎士としての切欠がまるでない今、できれば自分自身の心の整理をさらにしてから決めたいと思っていたのだ。
「…地獄を見てきて曲がらなかった子はやっぱ違うね…」と春之介が大いに嘆くと、「…最近は負けそうだよ…」という幻影の言葉に、春之介は目を見開いた。
「昨日までの宇宙の旅で、総合十番手の大健闘だから」
幻影の言葉に、春之介は大作のことはもう諦めることに決めた。
しかも、本来の覚醒をすれば、琵琶家を離れることはほぼ決まっているようなものだ。
そして大作が色々と考えていることはわかっているし、整理ができていないことも理解している。
ここで大人が色々と言ってしまうことは、大作の邪魔をしているようなものだ。
一度きちんと整理をしてからでも問題はないはずなのだ。
大作たちが社を出ると、目の前に信長が仁王立ちしていた。
さらには蘭丸も同じ姿だったので、大作は大いに気が引けていたが、そんなふたりを見て眉を下げている濃姫を見て、少し落ち着いた。
「ただいま戻りました」と大作が明るく言うと、「うむ」とだけ言って、信長は踵を返して城に向かって歩いて行った。
「…じゃ、早速やっちまうぜ…」と健吾が大いに眉を下げて言うと、動物たちが一斉に健吾に寄り添ったが、「…仕事になんねえから…」と言うと、すぐさま巖剛に寄り添って行った。
大作は木材の加工を手伝ってから、決められた順に、庭園の林に持って行く。
建設現場は整地と基礎はもう終わっていたので、あとは組み立てていくだけだ。
様々な動物の様々な憩いの場なので、種類も数も多い。
まさに人間で言うと、巨大な遊園地を造っているようなものだった。
しかしそれほど時間はかからず完成すると、動物たちは大いに寛ぎ始めた。
そして人間が過ごす一角もあるのだが、それは簡素なもので、まるで祠のように小さなものだ。
もちろん、動物の神である長春の居場所となる。
次に、児童公園の一角に、柵付きの動物たちの憩いの場を完成させると、早速小鳥たちが飛んできて陽気に囀り始めた。
学校を終えた子供たちが、飽きることなく小鳥たちを見上げて笑みを浮かべている。
まさに、平和の象徴と言っても間違いではなかった。
すると小動物たちも、柵の隙間から入り込んできて寛ぎ始めたので、子供たちは、『人間留め』の手すりに前のめりになって動物たちを観察した。
人間が見ていても入ってこられないことがわかっているし、距離もあるので、まさに野生の姿をさらしていると言っていい。
大作は今度は人間の方に気を利かせて、柵から少し離れている場所に、子供用の埋め込み式の長椅子を数台用意した。
これで動物も子供たちも少しは落ち付けるだろうと思ってから、「ほら、お前も寛いできな」と高願に言うと、足に異様に力が入った。
そして、『ここがいい』と今度は思考で自己主張してきた。
「俺たちの話を聞いていたよな?」と大作が言うと、高願は渋々手足を広げて、滑空して柵の中に入って行った。
すると高願を追いかけるようにして、虹花が走って柵の中に入って行ったが、「…あーあ…」と茜は大いに嘆いていた。
「茜も、話しを聞いていたよな?」と大作が眉を下げて言うと、「…聞いててわかってるけどぉー…」と茜が言うとすかさず、「それは欲だ」という大作の厳しい言葉に、「…ごめんなさい…」と茜だけではなく子供たちも謝ったので、大作は大いに笑った。
ようやく落ち着けた大作だったが、もう昼餉の時間だったので、大作たちは急いで登城した。
―― この席は落ち着けないぃー… ―― と大作は思ったのだが、今は焦らないでおくことに決めた。
何かにつけて信長が大作を褒めてくるので、さすがに落ち着けないが、「少しは気を利かせてくださいませ」という濃姫の厳しい言葉に、信長は反省したのか背筋を伸ばして、「わかった」と不機嫌そうに言った。
大作は笑みを浮かべて信長と濃姫の順に頭を下げて、今は食事に集中して、大いに食らい始めた。
「…それほどに腹が減っていたのか…」と信長がつぶやくと、「そうではございません」とまた厳しい濃姫の言葉が飛んできた。
「大作は大作なりに考えておくことが山ほどあるのです。
それを大人が邪魔をするのはどうかと思っております」
濃姫の更に厳しい言葉に、信長は背筋を丸めて小さくなっていた。
「今回の動物たちの楽園はそのひとつにすぎません。
しかも今日は使用人ではないので、
主としてはさらに気遣うべきなのです」
濃姫の堂々とした言葉に、「…ワシが間違っておった…」と信長は言って、大作に頭を下げると、「いえ、うれしいことでもございます、お師匠様」と大作は笑みを浮かべて信長に言って頭を下げると、信長は自慢げな顔を濃姫に向けた。
「奥様のお心遣いは、本当の母のようで、感謝の言葉もございません」
「あら、茜の母でもあるから、母でいいのよ?」と濃姫は明るく言って、機嫌も直っていた。
「…幻影様も何かおっしゃってくださいませ…」と蘭丸がせっつくと、「ほんと、つまらんやつだ」と幻影が大作に言うと、「はい、ありがとうございます!」と大作は満面の笑みを浮かべて礼を言うと、「…意味がわかんない師弟だわ…」と蘭丸は大いに眉を下げて嘆いた。
「…ふーん…」と健吾は言って、大作の懐を見た。
「おっちゃん、透視してみてよ」と大作が愉快そうに言うと、「ま、できなくはねえな」という健吾の自信がある言葉に、誰もが目を見開いた。
「…ほんと、つまらんやつだ。
指導することがひとつもない…」
健吾が正確に成績表の幻影の言葉を口にすると、「おっちゃん、ごめん! 降参!」と大作は叫んだ。
「ふん! 父親をなめるな」と健吾は自慢げに言った。
「…一体、何をした…」と信長すらもわからなかったようだ。
「もちろん術ではないので、健吾殿は聞いたのです」
幻影の言葉に、「幻影様、参りました」と健吾は言って頭を下げた。
「ここから先は、師匠と父親の秘密です」という幻影の明るい言葉に、誰もが大いに残念に思っていた。
―― 動物たちに聞いた… 高願は文面を読んでいた? ―― と大作は考えたがそうではないような気がしていた。
意思疎通はできても、言葉はまだしも文字までの理解はできていないはずだ。
ではどのようにして健吾が知ったのかは、今の大作には理解不能だった。
「…父ちゃんの方が、能力者になっちゃったぁー…」と茜が嘆くと、「今はそう思っておきな」と健吾は明るく言って、うまそうにして料理を平らげた。
「万有桜良様と万有レスター様がお越しになられたようです」と健吾が言うと、「うむ、わかった」と信長は答えてから、健吾を見入った。
そして廊下に人の気配がして、「万有様ご夫妻、ご到着です」と使用人の声が聞こえた。
信長は健吾を見入ったまま、「うむ! 通せ!」と叫んだ。
障子が開くと、「…お食事、終わってたぁー…」と桜良は嘆いてその場にへたり込んだ。
ここはレスターが桜良を軽々と抱き上げて、ハイネが勧めた席に座った。
もちろん、食事も準備していたので、桜良は復活した。
そして桜良は大作に向けて、「はへひへいい?」と意味不明な言葉を言ってきたが、「詳しい話は、父にお願いしたいのです」と大作は答えた。
レスターは大いに目を見開いて、「…まさか、覚醒されたのですか?」と大作に聞いてきた。
「いえ…
動物たちの楽園の件ですよね?」
大作の言葉に、「ええ、その通り、ですが…」とレスターは大いに戸惑ったが、健吾と約束を取り交わしてから食事を摂り始めた。
「大作は健吾殿の術を受け継いでいるとばかり思っていたが、
どうやら違っていたらしい」
幻影は明るく言って、「ごちそう様」と言って手を合わせてから、食事の後片付けの手伝いを始めた。
大作には寝耳に水で、健吾と同じ能力だと思い込んでいた。
だが桜良ははっきりと、『真似していい?』と聞いてきた事実に変わりはない。
よって、大作にはまた考えるべきことができてしまっていた。
大作も後片付けを手伝って、―― できればひとりになれる場所… ―― と思い、ここはすんなりと竜神家の寝所に行った。
部屋に入って鎧戸を開けると、庭園の林が眼下にあって、動物たちが大いに寛いでいる姿を笑みを浮かべて見入りながらも、簡単にまとめられるものから順に、心の整理をつけ始めた。
ひと通り終わるまで、相当な時間がかかったが、夕餉まではまだまだ時間がある。
そして昼餉の際に体験した疑問の件について考え始めた。
健吾が大作の懐にある成績表を正確に読み解けた件と、桜良が発した言葉を正確に理解できた件だ。
健吾の方は全く理解不能だったので、一旦保留として、桜良の言葉をなぜ理解できたのかを考え始めた。
確かに耳では聞きづらい言葉であったが、その感情はきちんと聞き取れていた。
よって、動物の感情を読むことと同じと考えたのだが、幻影は違うと言った。
では何が違うのかと思い、眼下に見える誰かを探している茜を見ると、「…あ、外にいるって思っていたのか…」と大作はつぶやいてから、―― 人間の感情まで読める? ―― と思い至ったのだ。
よって健吾とは違うのだろうと、ようやく理解したが、健吾はどうなのだろうかと考えたが、きっと、動物限定だろうと予測した。
人の感情まで読めてしまうと、健吾は誰に対しても慌てなくなるはずだ。
だが、その気配はまるで感じない。
よって大作の方が普通ではないと考えるしかなかった。
すると小鳥が大作の目の前まで飛んできて、『ピピピ』と穏やかに鳴いた。
「…ここにいるってばらすなよ…」と大作は言ったが、小鳥は大作には何も言わなかった。
小鳥が考えていたことは、『茜ちゃんに伝えて!』だったのだ。
「…一方的に感情が読めるだけ…」と大作はつぶやいてから、「次は賄賂を渡しておかないとな」と今度はきっちりと小鳥に向けて言うと、『…困っちゃうこと言わないでぇー…』と今度は大作に意思表示をしてきてから、一気に下降して行った。
大作が窓から眼下を見ると、茜も見上げていたので、手を振ってやった。
「そこってどこぉ―――っ?!」と茜が叫んできたので、「教えてやんない!」と大作は叫んで大いに笑って、畳の上に寝転んだ。
そして最後の疑問の成績表の件だ。
―― 動物たちは文字は読めない、読めないが… ―― と大作が考えると、ひとつの光明が見えた。
「字の形を伝えた!」と叫んでから、大いに笑った。
そして、「…父ちゃん、すげぇー…」とここには誰もいないので、健吾のことをごく普通に自慢げに父と言った。
この件はきちんと確認しようと思って、大作は窓の鎧戸を閉めて寝所を出た。
するとばったりと沙織と廊下で出くわした。
「あら、ここにいたのね?
鬼ごっこ?」
沙織の言葉に、大作は大いに笑って、事情を説明した。
「…そういえばそうね…
外から窓を見たって、どの部屋なのかはよくわからないわ…」
沙織は言ってから愉快そうに笑った。
すると茜が角を曲がって来て、目の前に大作と沙織を見つけて、「…逢引だった…」とつぶやくと、大作は眉を下げていたが、沙織は愉快そうに笑った。
「さすがに、城の中で逢引はないわよ」と沙織は言って、茜の頭をなでてから廊下を歩いて行った。
ひとしきり笑い終えた大作は、「何の用?」と茜に聞くと、「…手下の居所は知っておかないと…」などとつぶやき始めた。
「そんな制約はないと思う。
仲の悪い姫と騎士が、とんでもなく強いことも過去にはあった」
「知ってるわよ!」と茜は叫んだが、大作から離れるつもりはないようだ。
「俺個人の勉強の邪魔をしようとしたよね?」という大作の言葉に、「…そんなことを奥様は言ってたぁー…」と茜は今更ながらに思い出して、大作に謝った。
「一応全て終わったから。
なにして遊ぶ? 鬼ごっこ?」
大作の言葉に、「鬼ごっこは終わったぁー…」と茜はうなって、憤慨して来た廊下を戻って行って、大作がついてこないので、「来て!」と叫んだ。
大作はまた愉快そうに笑って、茜の頭をなでた時に、「ん?」とつぶやいて、手の角度がおかしいと気づいた。
「…これはまさか…
お師匠様が言っていた、危険なこと…」
大作は自分自身の体を触れ回って確認したが、痛みなどはなくごく普通だ。
「伸び盛りだからよぉー…」という茜の言葉に、「なんだ、知ってたの?」と大作が聞くと、「…悔しいから言わなかったぁー…」と茜はうなって、またずんずんと歩いて行ったが、すぐに振り返って、「さっさと来る!」と大いに怒って叫んだ。
「なにを急ぐ必要があるんだよ…」と大作は言いながら歩いた。
「若い時は、一時も無駄にしちゃダメなの!」と茜が大人びたことを言うと、「急ぎ過ぎたらロクなことがない」と大作は言い返した。
すると茜は振り返ってうなりながら、後ろ向きに歩き始めた。
「転ぶし、ぶつかるぞ」と大作が言うと、茜は顎を上げて振り返って、大いに憤慨して歩いた。
すると前方右手のくつろぎの間から笑い声が聞こえたが、すぐに消えた。
楽しことでもあったのだろうかと思いながらも、くつろぎの間を通り過ぎて階段を降りて、一の丸の外に出た。
「この時間に街道に出たら、みんなに会ってまた囲まれて困るぞ」
大作の言葉に、「いいもーん!」と茜は言って、今は機嫌よく歩いている。
行きついた先は、先日完成したばかりの人形の館だ。
基本的には幻影が企画して、特に女子が好みそうな人形をたくさん展示している。
今のところは展示品で博物館扱いだが、いずれは発売をするという予告として、壁にたくさんの広告を張り付けてある。
結局は茜の趣味に付き合わされた大作は、何もしないのも退屈なので、人形をつぶさに観察したり、その説明書きを読み始めた。
人形は多岐に渡るが、テレビや映画などのキャラクターは存在していない。
どうやら高級人形と言った趣のあるものばかりで、特に衣服が素晴らしいと感じた。
できれば触れてみたいのだが、全てはショーケースに収まっているのでそれは叶わない。
「私はこうなるのよ?! あれ?」という声が、大作のかなり先の方で聞こえた。
「大声は迷惑だぞ」と大作が普通の声で戒めると、「騎士は姫のそばにいるものなの!」と顔が見えた茜が叫んだ。
「どうなるんだ?」と大作は言って、ここまで見てきた人形よりもひときわ大きい、まさにどこぞの姫様と言わんばかりの人形を見上げて、ホホを赤らめた。
「…なってくれ…」と大作が人形を見上げたままつぶやくと、「なってやるわよ!」と茜は大いに憤慨して叫んだ。
問題が起こったのはここからだった。
ふたりが人形の館を出てすぐに、今回は茜だけでなく大作も学校の知り合いや、全く知らない学生たちに囲まれたのだ。
「…あははは… 何か用?」と大作は知り合いの顔を見て言うと、「やっぱり、君たちがプリンセス・ナイトだったんだね?」と聞いてきた。
茜は大いに戸惑っていて眉を下げていたが、「プリンセス・ナイトごっこだよ」という大作の堂々とした言葉に、「…ごっこ…」と誰もがつぶやいてからうなだれて、自然に解散となった。
年齢的にも、ごっこ遊びをする適正年齢だし、自分たちもしないわけではないと、一瞬にして理解したのだ。
「…いやぁー、焦ったぁー…」と大作が小声で言うと、「嘘はいけないのにぃー…」と茜が薄笑みを浮かべて言うと、大作は少し胸が熱くなった。
今までの茜とは何かが違うと感じたのだ。
だが気を取り直して、「今はごっこ遊びと何ら変わんない」という大作の言葉に、「…それもそう…」と茜は言ってうなだれた。
夕餉の時間が近づいていたので、ふたりは肩を並べて登城した。
くつろぎの間にいた家人たちの様子が何か妙だと感じたが、大作は気にせずにいつもの席に座ってから健吾を見た。
「基本的なおっちゃんの術について聞きたいんだ」と大作が言うと、「…いや、そう言われてもなぁー… あ、できれば具体的に質問してくれ」と健吾は言って笑みを浮かべた。
「動物たちが見たものはどうやって説明してくるの?
特に文字のようなもの」
大作の言葉に、「あっ!」と琵琶家家人数名が声を上げた。
健吾は眉を下げて辺りを見回してから、「形を子細に教えてくれる」と苦笑いを浮かべて答えた。
「動物は文字を読めないはず。
だけど、形は教えてくれる。
それって、頭に浮かんでくるんじゃないの?」
「…うう… そういうこと…」と健吾はようやく自分の術がどういうものなのかを理解できたような気になっていた。
「…浮かんでこないぃ―… みんな、読めないっていうぅー…」と長春が大いに悲しそうに嘆くと、「…おっちゃんは神様を超えたね…」と大作が自慢げに言うと、茜は羨望の眼差しで健吾を見入った。
「いや! 大いに使える術師で何よりじゃ!」と信長は機嫌よく叫んだ。
「ところで、大作の心構えは終わったのか?」と信長が聞くと、濃姫が、「急かさないと言いました!」と濃姫が今回は怒りをあらわにして叫んだ。
「いえ、奥様、構わないのです。
随分と頭の中がすっきりとして、
機転まで利くようになりましたから」
大作の言葉に、家人たちが大いに笑ったので、大作は大いに怪訝に思った。
「あのー… まさかですが…
全部見ておられました?」
大作が信長を見上げて聞くと、「…すまん、見ておった…」と言って頭を下げた。
「…あー… だったら…
くつろぎの間の廊下を歩いていた時に聞こえた笑い声はやっぱり…」
「…まさにその通りじゃ…」と信長は答えて、茜を見て大いに笑った。
「…ですが、咲笑ちゃんの気配もありませんでしたが…
何か特別なことでも…」
大作の言葉に、家人たちは大いに目を見開いた。
「…咲笑の、気配がわかるのか?」と信長が聞くと、「はい、静かで落ち着ける場所であれば、息遣いのようなものはわかります」と大作が答えると、「…用心に越したことはない…」と信長は言って幻影を見た。
「これだよ」と幻影は手のひらに乗せている、どら焼きのようなものを大作に見せた。
「咲笑たちの目と耳だ」という幻影の言葉に、どら焼きはふわりと宙に浮かんで消えた。
「…これは気付かない…」と大作は言って、大いに苦笑いを浮かべた。
「速やかな偵察には欠かせないものだ。
特に、電気を使っている星には大いに有効だ。
昨日までの宇宙の旅など、一日で終わっていただろう。
戦というものは、まずは情報戦から始まるからな」
「はい、やはり、ひとりでは何もできないと、
大いに思い知りました」
大作は言って、肩の上にいて機嫌のいい高願の体をなでた。
「…でも、今までの姫や騎士は、ふたりだけで…」と茜がつぶやくと、「あのお話には載っていない、ほかの何かがいたんだと思う」という大作の言葉に、信長は目を見開いて幻影を見たが、苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「おばちゃんはどう思う?」と大作が菫に聞くと、「…いたはずだわ…」と神官が認めたので、「おー…」と誰もがうなった。
「…そうか、そういうことか…」と幻影は言って、咲笑にその映像を出させた。
家人たちは一斉に映像を観て、「…宇宙の妖精… …地の妖精…」とつぶやいた。
「基本的には目に見えないし、話は念話で通じますぅー…
幻影様にはもう来ていると思いますぅー…」
咲笑の言葉に、「…騒々しいから無視…」と幻影が答えると、誰もが眉を下げていた。
「ああ、こいつか」と信長は言って、右手の親指と人差し指で何かをつまんでいる。
大作はその存在は見えないが、何かがいることは確信した。
もちろん小さなものだが、その存在感がどんどん大きくなっていった。
そして耳にはその声は聞こえないが、頭には入ってきた。
「おっちゃん、聞こえた?」と大作が聞くと、「…いや、まったく…」と健吾は信長を見入ったまつぶやいた。
「水素の妖精、スーサラーと名乗っています」と大作が言うと、「そう、正解」と信長は言って、何かをつまんでいた手を懐に入れた。
「居所がなかったスーサラーは、
ひとまず万有源一に寄り添っていたが、
ワシが太陽の神竜に乗ったことで、
仕えに来たと言ってやってきた。
だから雇ってやったんじゃ。
特技は、お天道様を創ること」
信長の言葉に、誰もが一斉に目を見開いて、信長に頭を下げた。
「条件次第では、太陽が消え去った太陽系に、
今一度光を灯すことが可能じゃ。
不憫にも、太陽を形成できなかった場所にも有効らしい。
この広い宇宙には、そのような場所もあるじゃろう。
大いに使えると踏んだので雇ったんじゃ」
「…きちんと、計算しますぅー…」と咲笑が言うと、「ああ、その時は任せた」と信長は機嫌よく言った。
「…太陽、となれば宇宙の妖精…
姫と騎士には地の妖精…」
大作の言葉に、「それで間違いないようよ?」と咲笑が答えた。
菫はポポロンに変わって、「…何かこそこそとやっておることもあったぁー…」と咲笑に向けてうなると、「…妖精たちが怖かったんじゃないかなぁー…」と咲笑が眉を下げて答えると、ポポロンは目を見開いて菫に戻って、「…言えるわね…」とため息交じりに嘆いた。
「…そういう理由で、
神官である神獣たちの知らぬこともあったというわけか…
…宇宙の妖精は創ることは得意じゃが、
修復や維持は不得意じゃと言った。
お飾りだった妖精も多かったはずと言いおった。
じゃが、地の妖精はある程度は、
我らとともに仕事ができるそうじゃ。
…幻影の考えていることはわかるが、
雇ってやるのも一興じゃ」
信長の言葉に、「御意、精査して雇いましょうぞ」と幻影はすぐさま答えた。
幻影が考えていることは簡単なことで、獣人に加えて妖精まで雇うことで、自分自身が小さくなることを恐れたのだ。
よって幻影の雇う条件として、『基本使わない』という矛盾した取り決めが発生する。
そうなれば、いくら高能力者を見抜く目ざとい妖精でも、幻影に雇われることはない。
「食事を終えてから、早速面接を行います」という幻影の言葉に、「…ま、雇わんだろうがな…」と信長は言って鼻で笑った。
―― …宇宙の妖精に地の妖精… ―― と大作はただ漠然と、咲笑が出している映像を見上げて考えた。
話を聞いている限りではとんでもない実力者でもある。
宇宙について勉強した、星の創造神、宇宙の創造神、統括地の創造神に匹敵するのではないかと考えたのだ。
そして使い勝手はそれほど良くないという。
―― お前とともに成長とかしてくれたらなぁー… ―― と大作は思って、高願の体をなでた。
『きっとね、その妖精たちにとっては退化してって言っているようなものだよ』
高願の言葉に、「知り合いでもいるのかい?」と大作はついつい言葉にしてしまったが、気にしなかった。
『ほかの星に住んでるすごい人たちはみんな抱えてるよ。
でも、どうして僕たちには見えるんだろうね?』
「…俺に聞かないでくれ…」と大作はつぶやいて愉快そうに笑った。
「まあ… 人間と動物の差があったりするんじゃないの?
野性に目覚めれば見える」
大作はここまで言って大いに考え込み始めた。
そして幻影を見ると、大作に笑みを向けていた。
「お師匠様の野生って、どんな感じなのですか?」と大作が幻影に聞くと、「悪いが説明できない。勇者となった時に備わっていたようだから」とさすがの幻影も眉を下げて答えた。
「あ… 妖精が見えることと野生って、関係があるのでしょうか?」
「ああ、あるぜ。
あ、そうか… 俺の鼫…」
幻影の言葉に、大作は大いに期待を持った。
幻影は少しうなだれて考え込んでいたが顔を上げて、「冷酷であること」と言うと、誰もが目を見開いたが、猛者であればあるほど納得してうなづいていた。
「だが、人間に置き換えれば冷静という範疇だろう。
動物は誰もが我が身大事だからな。
人間のように、家族などの肉親などを守る意識などは働かず、
大いに臆病でお構いなしに保身に走る。
普通の人間には理解不可能な部分だろう。
だがそれを乗り越えないと、
能力者になるには厳しいと思っておいた方がいいと思う。
なったとしてもそこで留まり、成長はしない。
さらには、冷酷と悪意は別だ。
何でもかんでも蹴散らしていいものではない。
それをすれば、能力者ではいられなくなるからな。
そういった迷惑千万の者は、
自然界が黙っていない」
大作は大いに頭を抱え込んでいた。
全てが矛盾だらけだったからだ。
だが、それを乗り越えた能力者は大勢いる。
その範囲内の狭き門を見つけた者だけが、新たな道を進めるようになっているのだろうと、漠然と考えた。
「動物を持っていて勇者でもあることは、有利だと思われますか?」
大作の質問に、「有利なはずだ」と幻影は断言した。
「さらに言えば、それほどいないことも事実。
だがこの琵琶家には、俺とお蘭のふたりもいるから、
珍しくないと思うだろうが、
サルサロスに住む千名の能力者の中で、
動物に変身できる者は、
十名ほどだ」
大作は神妙な目をして、「…狭き門…」とつぶやいた。
『大作は動物も持ってるよ』という高願の言葉に、「えっ?」と大作は驚いて声を上げた。
『なんとなく考えたんだけどさ、
今までの姫と騎士って、
みんな怠け者だったように思うんだよねぇー…
本来は動物を持っていて、さらに動物を仲間に加えて、
もっと簡単に人々を助けていたって思うんだ。
この琵琶家と同じことだよ』
「…あー… なるほどぉー…
その資格があるのが、僕と茜ということでもあるわけだぁー…」
『うん、多分そうだと思うよ』と高願は言って、機嫌よく頭を上下させて、大作の首筋をなで回った。
「…咲笑はさすがに読めなかったか…」と幻影が眉を下げて言うと、「…今の場合は、動物たちを使ってあげてくださいぃー…」と咲笑も眉を下げて答えると、「あ、そうだった…」と幻影は今更ながらに気付いて、純白の猫の真珠を呼んで、今の大作と高願の話の内容を知った。
「…じゃが、ひとつ疑問が沸いたのじゃが…
…なぜ鼫じゃったのじゃ?
…それがいかんとは言わんが、
動物たちの進化の状態を鑑みて、
猫はさておき、犬でもよかったはずじゃ」
信長が目つきの鋭い黒猫の体をさすって言うと、動物たちは口々にだが、『鼫は有利』という内容の話を始めたのだ。
「有利とは滑空できることじゃな?
じゃが、木登りが得意な熊でもよかったはずじゃ。
軽量化すれば」
信長はここまで言って、「…意識的に滑空する軌道を変えられる…」と言って何度もうなづいた。
「進化の状態を考えて、鼠種の姿が都合がよかったのでしょう。
大きなものもいますが、そっちの方が一握り。
人間の手のひらに乗る種類のものがほとんどです。
そしてヤマは自信を持って鳥を生んだと思うのです」
幻影は笑みを浮かべて言った。
「…鼫は試しじゃったということか…
なるほどな」
「鳥はかなりの改良が必要でしょうから、
きっと大変だったことでしょう。
まずは自力で飛べることもありますが、
さらなる軽量化が必要で、
体毛を羽に変えることもまた重要。
濡れない体を作り上げることも、
工夫が必要だったはずです。
ですので」
幻影がここまで言うと、「この先は宿題じゃ!」と信長が口を挟んで叫んだ。
「…ふふふ… 楽しみじゃわい…」と信長は笑みを浮かべて言った。
「…あ、なるほど…」と大作が言うと、『…言っちゃったらみんなに知られちゃう…』と高願が言うと、この言葉は伝わったので、誰もが眉を下げていたが、信長は愉快そうに笑った。
「…私、全部聞こえてたんだけど、どーして…」と茜が戸惑いながら言うと、家人たちは一斉に茜を見て、側に動物がいないことに気付いて目を見開いた。
「…動物たちに人気がないって思ってたんだけど違ったわ…」と黒い兎を抱いている菫が眉を下げて言うと、茜はこれ見よがしにホホを膨らませた。
「…姫は、小さなことは気にしてはならぬものじゃ…」と信長が都合のいいようなことを言うと、茜はすぐに機嫌を直して、「はい! 御屋形様!」と明るい声で叫んだ。
翌日の朝、大作と茜は登校して、それぞれの教室の席に座ると、クラスメイトたちが寄り添ってきて、ふたりとも人気者になっていた。
もちろん、琵琶家との三日間の宇宙の旅について聞きたがったのだ。
茜は眉を下げて困惑気だが、大作はいつもと変わらず笑顔だ。
しかし、ふたりとも口から出た言葉は同じで、「すごいショックを受けてもいいのなら話すよ」だったことに、クラスメイトたちは一斉に戸惑った。
「それに、人助けって、説明することじゃないと思うんだ」という大作の言葉に、誰もがさらに理解して、クラスメイトたちは、「…ごめん…」と誰もが肩を落として謝ってから席に戻った。
「ねえねえ、その時、茜ちゃんは何してたの?」と聞いてきたのは、教師として雇われた桜良だったことに、大作は大いに苦笑いを浮かべた。
桜良は大作の机の正面にしゃがんで、机にかじりつくような姿勢を取っている。
「まさか、先生になったの?」と大作が眉を下げて聞くと、「うんっ! そうなのっ!」と桜良は明るく答えて立ち上がって、「真田桜良でぇーすっ!」と桜良は明るく叫んで、閉じピースをホホに当てておどけた。
「…苗字が違うんだけど…」と大作が眉を下げて、名札を見ながら言うと、「…うふふ… 許可をもらえなかったから勝手に名乗っちゃってるの…」とつぶやいてから、スキップを踏んで教壇に立った。
―― だったらさらにダメだろ… ―― と大作は思いながらも、明るい桜良のことは好きだった。
そして桜良がここに来た理由は、誰もが手に職をつけること。
そうすることで、この喜笑星はうるおい、生き甲斐も大いに上がることになる。
よって桜良は、家庭科と美術を重点的に指導するために雇われたのだ。
というよりも、アニマール系列校の他校での仕事は終えているので、新設校のここに来ただけだ。
よって、子供でありながらも自立できている子は多くいる。
授業が始まると、大作は特に知りたかった料理と裁縫について、桜良に聞き捲った。
もちろん、やりたくてもできない状態なので、何とかして食事の準備を手伝いたかったのだ。
少しでも調理について触れることができれば、その機会はあると感じている。
さらには、特に女子が受け持っている糸づくりや機織りにも大いに興味がある。
こちらの方も誰もが達人でしかなく、しかも質問をすることは仕事の邪魔をするようで、それを避けようと考えただけだ。
星によって文明文化は様々なので、この星の文明文化に見合った指導を桜良はする。
よって、使い勝手がよく、この星には存在しない機械などは一切使わない。
まさにほとんどが手作業なので、生徒たちは頭から湯気が出ていたが、大作としては充実した時間を過ごして、いつもの倍ほど陽気になっていた。
裁縫の場合は、糸や生地を作り出すことが本当に大変な作業だ。
調理の方はまだまだ手を出せそうにないが、糸づくりと生地作りは何とかなりそうだと、桜良は笑みを浮かべて大作に伝えた。
学校が終わってすぐに、大作は目下昼餉の準備に忙しい安土城の厨房に行き、―― やっぱ無理! ―― と、手が出せないことを確認してから、茜とともに配膳だけ手伝った。
午後の自由時間は、長春に願い出て、機織り機を貸してもらって、授業で習ったことを早速再現した。
白い生地がたくさん必要なので、大作が加わったことで、女子たちの仕事が大いにはかどった。
茜のクラスは、今日は桜良の授業がなかったので見学しながらも、余裕の笑みを浮かべている大作に様々な質問をした。
長春たちはこのふたりに笑みを向けて作業をしている。
しかし、午後の自由時間が終わると、大作は後片付けをして、工房に行って、菓子作りに汗を流す。
茜はようやく手を出せることに喜びながら、大作と大いに働いた。
そして夕餉の準備中の厨房に行って、また打ちひしがれる。
しかし、大きな目で見て、何をどうすればいいのかはようやく頭の中の整理がついてきていた。
そしてしっかりと夕餉を取ってから、後片付けでもまた打ちひしがれてずっと見学をしていた。
ずっとと言っても作業は速やかに終わるので、見学している時間はほんのわずかだ。
するとハイネが少し飛び跳ねながら、大作と茜を手招きして、酒飲みの者たちに肴を造ることになった。
大作はしっかりとハイネに説明を聞いて、素晴らしい包丁さばきを披露すると、「…負けちゃってるかもぉー…」とハイネは大いに嘆いた。
「今日、学校の授業でエッちゃんに教わったんです!」と大作が陽気に言うと、「…学校、行かなきゃ…」とハイネは決意の目をしてつぶやいた。
ハイネは琵琶家の料理番筆頭として一日のほとんどの時間厨房にいる。
だが、大作の腕前を見せつけられ、さらに修行が必要だと感じたようだ。
「…ようやくこの日が来た…」と言って幻影が笑みを浮かべて現れ、「明日から学校に行くように」と、ハイネは幻影に申し付けられた。
よってハイネの代わりが必要だが、幻影が全てを請け負うようで、心配は何もいらなかった。
それに、一日三度の食事の準備を手伝うことはできるので、全く問題はない。
中心だったハイネが抜けて、幻影に代わるだけのことだ。
ハイネは晩酌の膳を信長に持って行った時、料理番を離れて学校に行って修行を積むと告げると、信長は大いに眉を下げたが、止めることはなかった。
さすがにまだ大作と同じ年齢なので、学校に行かせる必要はあると判断したのだ。
さらには信幻と同年齢ほどで元服を終えている若年層の数名もハイネに賛同して、信長に掛け合って、学校に行く許可を得た。
信長は校長の大吉に念話を送って、明日入学予備試験をするように命じた。
生徒の実力に見合った学年とクラスを決める試験だ。
「…授業参観とやらに行かねばなるまいぃー…」と信長は大いに気合が入っていた。
もう卒業を果たした才英が、学校に行ったりいかなかったりする程度で、午前中は信長がまだ子供として見ている子供たちがまるっきりいなくなることが寂しいようだ。
「…恥ずかしいから出しゃばらないでくれないかしら…」と濃姫が白い目で信長を見ると、「…うう…」と信長はうなってうなだれた。
「でも、来てくれたらうれしいよ?」とベティーが小首をかしげて言うと、「行くわ!」と濃姫は簡単に前言撤回するように宣言した。
「…明後日は琵琶家と竜神家は授業参観参戦じゃ…」と信長は瞳を閉じて言って、にやりと笑った。
「…健吾さんは無理かなぁー…」と菫が眉を下げて言うと、「幻影! 修行に行ってこい!」と信長が命令すると、「御意!」と幻影は叫んですぐに消えた。
菫が大いに眉を下げると、「…何も問題ない…」と信長は言ってから愉快そうに笑った。
「…じゃが、それほどに評判なのか?」と信長が菫に聞くと、「…生実の方ですが、ほぼ売り切れたようで…」と眉を下げて答えた。
「…そりゃ、商品が足りんのはよくわかる…」と信長は言って、笑みを浮かべて何度もうなづいた。
「…信右衛門さんは、京にも店を構えたいようなことを言っていましたし…」
「ま、それほどに素晴らしいものじゃということはわかっておるからな。
しかもそれほどに高くなく、よいものじゃし。
さらには、商品の種類数が多いことも、自慢していいほどじゃ」
信長の言葉に、菫は笑みを浮かべて頭を下げた。
木材加工店に入って行った幻影を見つけて、「…あれ? お師匠様…」と菓子づくりをしている大作が言った。
「お手伝い?」と今日は機嫌よく大作と作業をともにしている茜が言った。
「…忙しいって聞いてなかったんだけど…」と大作がつぶやくと、「支店第一号の生実の店の商品が売り切れて、店を閉めたんだ」と源次が笑みを浮かべて言うと、「…あれほどあったものが売り切れたんですか?」と大作は目を見開いて言った。
「さらには、
一号店からかなり離れた場所に二号店を出す算段もしているようだから、
普通以上に忙しいそうだぞ。
…だけど、兄者が手伝うということは、
御屋形様の命令だろうなぁー…
何かあるのかな…」
大作は木工細工加工に自信があれば手伝いたいところだが、今のところは素材の選定と下ごしらえしかできない。
さすがに商品を作り上げることは、少々困難だ。
すると幻影が店から出てきて、工房に入ってすぐに乾燥機が動き始めた。
生木を強制的に乾燥させるのだろうと大作は思っていた。
急速に乾燥させると、木が反ったり割れたりするのだが、そうならないようにする治具があるので、それほど問題はない。
そして乾燥機が止まったと同時に、『シャー シャー』と木を削る音と、『タンッ! タンッ!』と妙に子気味いい音が聞こえ始めた。
すると幻影は数種類の加工済みの木材を担いで、木工細工店に駆け込んで行った。
素晴らしい素材なのは、遠目で見てもよくわかった。
特に圧縮されていたので、いい素材がさらに良くなっていると、大作は感じていた。
「兄者が真顔だったから、相当に急いでるね」と源次は眉を下げて言った。
大作は夕餉のあとの自由時間は、木工細工に取り組むことに決めた。
そして大作は木工細工とはまるで違うが、飴を使って動物たちを表現して、茜を大いに喜ばせた。
「…新商品になっちゃうぞ…」と源次が眉を下げて言うと、「倒れる直前まで頑張ります!」と大作は陽気に言って、現行の商品を作り上げながら、様々な色とりどりの動物も造り上げ始めた。
大作は言葉通りに、何とか歩けるだけの体力を残して、まずは銭湯に行ってから、乾燥を終えた作ったばかりの動物をかたどった飴を持って、木工細工店に飛び込んだ。
まさに店の奥は戦場の様相を醸し出していて、大作は大いに苦笑いを浮かべた。
そして奥を覗き込むと、鬼が二匹いた。
しかし感情は穏やかなのだが、その動きが鬼人のようだった。
『新商品候補ですが、食べてください』と大作は書置きをして、工房の隅にこっそりと置いて店を出た。
安土城に登城して厨房を覗くと、―― 手伝う余地がある! ―― と大作は喜んで、ハイネに寄り添うようにしていると、「皮むきお願い!」と指示があったので、「はい!」と大作は短く答えて、大人たちと並んで大量にある作物の皮むきを始めた。
皮むきが終わると、「じゃ、次は刻みだ」と弁慶から詳しい指示をもらってから、無心で刻んだ。
このあとは調理直後の道具などの洗浄と片付けを手伝ってから、「配膳しまぁーす!」というハイネの明るい言葉を聞いて、大作は今までもずっとやっていたかのように、今の仲間たちとともに、速やかに配膳をした。
「…そうか、幻影がおらんからな…」と信長は笑みを浮かべて大作を見てからハイネに言って、うまそうな料理を見入った。
「心構えがすごいです!」とハイネが陽気に言った。
「そうだ、それが第一じゃ」と信長が言うと、厨房の手伝いができない大勢の家人たちは大いに眉を下げていた。
まさに得手不得手というものがあるのだが、心構えだけはする必要があると、誰もが思って信長に頭を下げた。
銭湯に行って何とか復活した幻影と健吾もくつろぎの間にやって来て、「大作、合格だ! それに、かなりうまかったし、確実に売れる!」と幻影からの最高級の言葉をもらって、「はい! ありがとうございます!」と大作は礼を言った。
「字でわかったが、次は名前を書いておけ」という幻影の言葉に、大作は、―― 忘れてた… ―― と思って、眉を下げて頭をを下げて、ふたりに配膳した。
「ほかにも何かしたようじゃな」と信長が機嫌よく大作を見て言うと、「幼児向けの動物をかたどった飴細工です」と答えると、「ほう!」と信長はうなってから何度もうなづいた。
「その試作は、全て食べてしまいました」と幻影が言って頭を下げると、「明日でよいよい」と信長は機嫌よく言った。
「…こちらですぅー…」と飴をもらっていた茜が眉を下げて、信長の膳の隅に並べた。
「…おいおい…」と信長は目を見開いて幻影を見ると、「非の打ちどころがありません」と幻影は笑みを浮かべて言って頭を下げた。
「…飴とは思えぬ…」と信長はうなって、物欲しそうな顔をしている長春に、「好きなものを取ればよい」と言うと、長春は嬉々として、熊と鼫をかたどった飴を手に取って、自分の膳の上に置いて鑑賞を始めた。
「球形を保つように作り上げたことで、
食べづらいこともありません。
なかなか素晴らしい発案です。
子供たちはまず、
長春様のように並べて楽しむことでしょう」
「うむ。
ちなみに、大作は何かの思惑があって作ったと思うのじゃが?」
信長が大作の顔を向けて聞くと、「はい、何とかおっちゃんの手伝いをしたいと」と大作は言って、信長と健吾に頭を下げた。
「夕餉のあとは、おっちゃんに弟子入りしたいと考えています」
健吾はいきなりのことで感無量になったが、「ああ! みっちりと鍛えてやるが、今は忙しいから、まずはできる自信があることからやればいい!」と明るい口調で言って胸を張った。
「うん! おっちゃん! ありがとう!」と大作は明るく言って、美味い料理をもりもりと食らい始めた。
幻影に異論はないようで、笑みを浮かべて微笑ましい父子を見ている。
ついに大作がどんどん遠くに行ってしまうと茜は嘆いたが、さすがに邪魔をするわけにはいかない。
茜も手伝えることがあれば何か考えようと心に決めた。
夕餉のあとのひと時のくつろぎのあと、幻影と健吾に続いて、大作と茜がすぐあとを追った。
そして木工細工店の工房に入るや否や、大作は手袋をつけて、速やかに削りカスなどを空気を通さない布袋に手早く入れ始めた。
健吾は笑みを浮かべて大作を見ながら、作りかけの仕事を再開した。
茜も邪魔をしないように手伝って、工房内に足を置く場所はできた。
製品作成必要数の冊子を大作は見入って、大作でもできる木工細工を目ざとく見つけて、店からひと通り見本を持って来て、勝手知ったる道具入れから彫刻刀を出してから、まずは手入れを始めると、健吾が大いに眉を下げていた。
ある程度の手入れをしてから戻すのだが、大作としては気に入らなかったなどと考えたようだ。
大作は木っ端を使って試しに削って、笑みを浮かべてから、子供向けの動物などを削り始めた。
しかも健吾よりも要領がよく、削る補助線を引かない。
さらには見本と同じような木目を持つ素材を選んだようで、熊の根付ができた時、それは瓜二つだった。
「俺よりもすごいことをやんな!」という、健吾の誉め言葉に、大作は笑みを浮かべていて、さらに自信がついていた。
健吾と幻影は細やかな高級品を少量、大作は廉価品を大量に作り上げ、茜は終わりのない敲きの掃除を請け負った。
作業が早いので、掃除もかなり大変な仕事だ。
しかし、職人としては非常にありがたいことだった。
既定の時間が来たので、「今夜は終わりだ!」と健吾が言うと、大作は、「…ふー…」と息を吐いて、作品を種類別に専用の箱に収め始めた。
この箱も芸術品のようで、次はこの箱を造ろうと、大作は子細に確認しながら作業を続けた。
茜は疲れ果てて椅子に座って壁にもたれて眠っていたのだが、菫がやって来て笑みを浮かべて茜を抱き上げて、工房を出た。
三人は大量にある小さく潰されたゴミ入れの袋を持って、工房の所定の場所に置いた。
炭焼きや陶芸窯の火種にする貴重な燃料でもあるので、二次使用は重要だ。
三人は銭湯に行って、十分に復活して外に出ると、バツが悪そうな顔をした茜と、笑みを浮かべている菫が待っていたので、健吾は茜を大いに褒めてから五人で登城した。
ハイネから就寝前の軽食をありがたくいただいて、この日は就寝した。
早朝訓練時、大作は見える景色が昨日とわずかに違うと思い、側にいる茜の頭をなでた。
「…子ども扱いぃー…」と茜は気に入らないようでホホを膨らませた。
そして大作は自身の体中の確認をしてから、多少凝り固まっていると感じ、昨晩の作業を思い出して、当然だと思いながら、体をほぐすようにして力を抜いて軽く走り始めた。
体が重いだろうと思っていたのだがそれはなく、まるで空を飛べるかのように大作は飛び跳ねながら走った。
―― 慣れるまでは焦らない… ―― と大作は決めて、今朝は馬術と弓を入念に調整しようと思い、今日の担当の馬の体にブラシをかけ始めた。
ほかの馬は気に入らなようだが、順番なのはわかっているので暴れることはない。
そして大作は大きな矢入れを襷にかけて、その逆の肩に弓を襷にかけた。
馬に鞍と鐙をつけて、「頼んだよ」と短く言ってから、ふわりと飛び乗って、まずは馬場で散歩をするように走って、馬を楽しませた。
そして大作は徐に弓を構えて、馬の上下運動にあわせるように体重移動を繰り返して、矢をつけずに弓を引くと、いつもと大いに違うと感じた。
「よし、そろそろ本番だ」と大作が言って馬の首を軽く叩くと、ここは本領発揮とばかり、馬は馬場の限界位置を大きく円を描くように力強く走り始めた。
大作は背中に手を回して矢を取って、落ち着いて弓を引き、流れる景色の一点だけを見据えて矢を射って、「よし!」と叫んだ。
矢はまさに的に一直線で、見事に中心を貫いた。
ついに馬術と弓術は克服したと、今の一矢で感じたが、五回ほど繰り返して、乗馬と弓訓練を終え、次は投擲場に行って、投げ槍の訓練を始めると、異様に調子がいいので、二投しただけで終えて、手裏剣と苦無投げをこれも三度ほどやってから、早朝訓練を終えた。
―― 明日からは剣術と槍術… ―― と大作は心に決めて、大いに眉を下げている茜とともに銭湯に行った。
信長は隣にいる大作を見ていて、「…さすが、有資格者じゃ…」と笑みを浮かべて言った。
「…ですが、大いに心配なのですが…」と大作は言って幻影を見た。
「いや、気にしているせいもあっていい感じだ。
俺の場合は横にも大きくなったからな。
そうなり始めたら要注意だ」
幻影の言葉に、「お師匠様方のありがたいお言葉の賜物です」と大作は笑みを浮かべて言った。
「それに、特に今は無理は禁物と思っています。
体が異様に軽いと思います。
調子に乗っていると、
手ひどい痛手を負うことになるような気がするのです」
「ああ、間違っていない。
成長というよりも、
いきなりその体が出来上がったとした方がいい。
よって初心な体の扱いをした方がいい。
極力丁寧に、慎重に。
じっくりと時間をかければ吉」
「はい、守ります」
まさに師匠と弟子のやり取りに、信長は大いに眉を下げていた。
信長としては今すぐにでも鍛え上げてしまいたいと思っていたようだ。
だが幻影の言葉に間違いはなく、今の大作の体は、壊れやすいガラスのようにしか見えない。
慎重に慎重を重ねた方がいいと思い直した。
「あら? 今回は迂闊なことは言わないのね?」と濃姫が少し笑いながら言うと、「やかましい」と信長は答えてにやりと笑った。
「大作の体はガラス細工のようだって」と濃姫が信長の考えを伝えると、「…こやつ…」と信長はうなったが、大作は驚くことなく、「ありがとうございます」と穏やかに言って、濃姫と信長に頭を下げた。
「思っていた以上に、さらに慎重になろうと決意しました。
年相応の十才程度の体力を模索しながら生活します」
大作の言葉に、師匠たちは笑みを浮かべて何度もうなづいた。
「…目に見えてわかるんだけど…」と教室に入ってきた大作に、クラスメートたちが言い始めた。
「大作君たちは席替えよ!」といつの間にかここにいた桜良が叫んだが、今教室に入ってきた沙織は大いに眉を下げていた。
「万有先生は隣の教室です」と沙織が指摘すると、「えへっ! 叱られちゃった!」と桜良は明るく言ってから、子供たちに手を振って、廊下に出て行った。
「…そうね、席替えは必要だわ…」と女子としては高身長の沙織と同じほどに育ってしまった大作を見て、眉を下げて言った。
大作は一番前の席だったのだが、一番後ろの席になり、ほかの生徒はひとつずつ前の席に座ることになった。
沙織は教壇に立って、来週早々の予定を話し始めると、生徒の誰もが大いに興味を持ち始めた。
その内容は、アニマール校恒例の交流会の件で、今回はフリージアに全生徒が集合するという。
総勢五万名なので、誰もが大いに戸惑った。
この喜笑星は三万人しか住んでいないので、それ以上に自分たちと同じ学生が一堂に会するという。
まさに誰にとっても未知で、大作も同じ気持ちだった。
「そして大問題がひとつ」と沙織が眉を下げて言うと、生徒たちもいい予感がせず眉を下げた。
「その集いの詳細が白紙です。
よって総学長は、学生の自主性を計りたいようなのです。
危険なこと以外何をしてもいいのでしょうが、
充実していなければならないでしょう。
ですので、こう説明している教師にとっても、
試練だと感じているのです。
そして私としても、予定が白紙であることに則って、
決め事はしないことに決めました。
その時、その瞬間で、あなたたちが何をしたいのかを決めてください。
きっとね、小グループは認められるけど、
クラス単位での行動は認められないって思うわよ」
最後は沙織が意地悪そうに言うと、生徒たちはさらに戸惑った。
よって大作としては、その時になって決めることにして、何も考えないことに決めた。
しかし、全く考えないのも問題なので、様々な状況を鑑みて、三十ほどの勉強や遊びや行事などを思い浮かべた。
そして小グループにも配慮する必要があると感じた。
あまりにも乗り気ではない生徒を引きずって行くわけにはいかないので、大いに顔色を見ようと決意した。
今は一番後ろの席なので、全員の戸惑いが手に取ってわかったのだが、大作と同じ考えを持っている者が数名いるようなので、大作としては安心した。
その者たちと組むのではなく、小グループのリーダでいいと思ったのだ。
さらには、今までいたひとつ年少のクラスとの兼ね合いもあり、茜をどうするのかを決めかねた。
よって決め兼ねたことは考えないことにして、笑みを浮かべると、すかさず沙織が大作に向けて笑みを浮かべた。
しかしころりと感情を変えて、「…私って臨時教員なのに…」と沙織は言って眉を下げたが、それは違うと、大作は考えた。
沙織はかなり楽しんでいると感じ、熟練の教師でもあると察した。
詳しいことはまだ聞いていないが、それなり以上の経験はあると考えたのだ。
すると大きな悲壮感を大作は感じ、ほかのクラスでも大いに困惑していると大作は感じていた。
楽しいはずの交流会が不安だらけになる。
よってその日が来るまで、不安を抱えたままになる。
―― それではいけない… ―― と大作は考えて、手を上げようとした時に、「なあに、竜神君」と沙織が間髪入れずに言ってきたので、大作は大いに苦笑いを浮かべて立ち上がって、今考えた楽しいことやそうでもないことなどを三十ほど並べ上げると、生徒たちは一斉に陽気になった。
「それに、ほかのクラスでもかなり戸惑っているように感じるのです。
大まかにですけど、
先生方ではなく生徒たちが率先して、
ある程度は案を出しておいた方がいいように思ったんです。
明日になれば忘れる生徒たちもいるでしょうけど、
きっとずっと不安で、当日を迎える生徒たちもいると思うんです。
それは精神衛生上よくないと、僕は考えたんです」
「はい、よくわかったわ、ありがとう」と沙織が言うと、大作はすぐさま着席した。
「今の大作君の提案をした生徒がどれほどいたのか、
とっても興味があるわ」
沙織は明るく言ってから、教本を出して道徳の時間が始まった。
沙織は一時限目が終わって教師控室に戻ると、ここには暗雲が立ち込めていたので、愉快そうに笑った。
「…加藤君は楽しそうだな…」と校長の大吉が言ってにやりと笑うと、「我がクラスでは、行う行事を生徒たちが考えるという結果が出ました」という沙織の言葉に、教師たちは一斉に頭を上げて沙織を見てからまたうなだれた。
「結果が出たのは、君のクラスだけだ。
ほかの学校でも似たり寄ったりだろう」
「その中でも、準備は必要ですが、
品評会に私は興味が沸きました。
一般的に言う文化祭のようなものです。
各自特技を鍛え上げておいて、
全校生徒の前で披露する。
こう決めておけば、無駄な時間を使う必要はないと思いましたので。
総学長の思惑はわかりませんが、
この件をお話しすれば、方向性が決まるかもしれません」
「ああ、回答をもらった。
期間はわずかだが文化祭をやると、
八丁畷総学長が決められた」
とんでもなく素早い大吉の回答に、沙織は笑みを浮かべて頭を下げた。
「…さすが、師弟ですわ…」と沙織は少しうらやまし気に言うと、「…あ、大作の提案か…」と大吉は言って笑みを浮かべて何度もうなづいた。
「惜しい子は何人もいたのですけど、
積極性があったのは竜神君だけでした。
何をするにしても、
竜神君は同じ考えを持っていた子を頭目に置くことまで考えていたようですわ」
沙織の言葉に、大吉は満足そうに笑みを浮かべて何度もうなづいた。
「本来ならば、竜神君に頭目を務めていただきたいのですが、
家庭の事情でそれができません。
我がクラスの意見を最高学年の先生方に引き渡しますので、
取りまとめをお願いしたいのです」
沙織の言葉に、二名いる教師は顔を上げて眉を下げていたのだが、すぐさま同意した。
「…ま、琵琶様の使用人だからな…」と大吉は弟子を誇らしく思って笑みを浮かべて言った。
そして今日の授業が終わって帰る間際に、全校交流会は文化祭を行うことに決まったと沙織は通達した。
よって明日の朝に、何をするのかを決めることになった。
よって明日までに何をしたいのかを考えておく必要があるが、大作の発言により、このクラスの方向性は色々と見えていたので、ほとんど問題はなかった。
よって下校中は大作を中心にして、歩きながら大いに陽気に話をした。
そんな中、茜がやって来たが、さすがに輪に入れない。
そしてこの陽気な雰囲気を逆に怪訝に思ったのだ。
茜のクラスはずっと陰気で、もちろん茜もそのひとりだった。
しかも、大きな宿題をもらってしまった。
その相談はあとでいいと思いながら、陽気な集団の後方を歩いて行った。
安土城に近づくと、茜はすぐに大作に寄り添って、「大作のクラスは何するの?」とすかさず聞いた。
「ひとつじゃないよ」と大作が答えると、茜は目を見開いた。
「グループ別に出し物を考えることになったんだ。
俺のクループはものづくり専門」
「…木彫?」と茜が聞くと、「それに加えて、お菓子や保存食とかもね」と大作が陽気に言うと、「…みんなも、来るんだぁー…」と茜は言って眉を下げた。
「まあ、そうなるんだけど…
まずは御屋形様の許可を得ないと…」
大作がつぶやくと、「許可する!」と背後にいた信長が叫んで、「…楽しみじゃわい…」と機嫌よく言って、大作たちを追い抜いて、安土城に登城した。
「…話が早くて助かった…」と大作は大いに苦笑いを浮かべて言って、茜とともに走って安土城に登城した。
「文化祭はまさに祭りだ。
買い食いは当たり前だからね」
なぜか食事をともにしている八丁畷春之介が言うと、「…なかなか教育熱心だ…」と幻影は眉を下げて言った。
「決めたことをやらせるだけなんてつまらないだろ。
何をやるのか決めておかなければ、
どこかが何かを言ってくることはわかっていた。
もちろん、教師の意見は無視したよ。
生徒からの積極的な意見だけを聞こうと思っていたが、
最終的に返答があったのは、この喜笑星分校だけだった。
それを提案した生徒の顔を見に来たんだよ」
春之介は言って、笑みを浮かべて大作を見た。
「…みんな、戸惑うばかりでした…」と大作は大いに眉を下げて言った。
「だが、最低でも君だけは戸惑っていなかった。
その場の雰囲気が大いに悪いとでも察して、
積極性を出したわけだ」
春之介の言葉に、「…はい… きっとよくないと思って…」と大作は小声で言った。
「まだどこの誰が提案したとは公表していない。
君はどうすればいいと思う?
きっとね、教師から様々な疑問が出ていると思うんだ。
うちの校長も大いに戸惑って、頭を抱え込んでいたほどだから」
大作はかわいらしい校長のプティー・マイヤーの顔を思い出した。
校長と聞けば、どうしてもこの喜笑星分校の校長の大吉とプティー校長しか思い浮かばないからだ。
「…アニマール校の校長先生っどんな方なんですか?」と大作が素朴な質問をすると、「俺の母親だよ」と春之介は答えた。
「…お母様にも厳しいのですね…」と大作が眉を下げて言うと、「あ、それもそうだった!」と春之介は言って陽気に笑った。
「あ、公表の件ですが…
できれば伏せておいていただきたいのですが…」
大作が戸惑いながら言うと、「君の杞憂はよくわかる。必ず犯人探しが始まるからね」と春之介が言うと、誰もが大いに眉を下げていた。
「…まあ、言葉が悪かったが…
そういった誰もが思いつかなかったことを
進言した者に会いたいものじゃないか。
まさに今の俺がそうだ」
「…あははは…」と大作は力なく笑った。
茜は不甲斐なさで一杯だった。
何が姫だと卑下した。
そして悔しくて涙が出た。
それと同時に、唇が震え、「私が守るもん!」と叫んで立ち上がっていた。
「おや?」と信長は言って、満面の笑みを浮かべてうなづいた。
茜の決意の強さにより、その姿が徐々に変わっていく。
「姫さんが先に覚醒しおったぞ?」と信長が菫に言うと、「…予期せぬことが起きたぁー…」と菫は大いに戸惑っていた。
「…あー…」と大作は言って、まさに人形の館で見たお姫様が目の前にいることで、大いに戸惑ったが、その視線を外すことができなかった。
そして、「…茜だよね?」と大作が何とか聞くと、「当たり前!」と茜は叫んだが、何かがおかしいと思ったようだが、もうすでに幻影が姿見を出していたので、自分の姿を見て、「…魔法の鏡…」と洋装の姫様がつぶやいたので誰もが大いに笑った。
「…すっごく成長しちゃったけどぉー…」と茜は比較的冷静に言って、元の姿に戻った。
「…プリンセス・ナイト、ごっこですぅー…」と茜が恥ずかしそうに言うと、誰もが大いに笑った。
「…姿が変わっても、何もできない姫に用はないもん!」と茜は堂々と言ってのけた。
「じゃ、姫ではなく茜に守ってもらうことにしたよ」
大作の気さくな言葉に、「…姫の方が撃退しやすいかなぁー…」と茜は自信なさげに言った。
「好きなように使い分ければよい」という信長の明るい言葉に、「…はいぃー… そうしますぅー…」と茜は答えてから頭を下げた。
そして茜は姫にも変身しながら、美味い食事をたらふく食った。
「多少、動きが違うね。
その差は何?」
大作が聞くと、茜は目を少し釣り上げて、「胸の大きさ」と答えると、大作はホホを赤らめて、「あはははは!」と空笑いをした。
「茜が嫌ってはダメじゃ」と信長が指摘すると、「…はいぃー…」と茜は言ってうなだれた。
「その証拠に、大作はひとつも照れておらん。
茜が意識し過ぎなんじゃ」
「…あー…」と茜は言って信長に笑みを浮かべて頭を下げてから、「…姫の胸に触れてもいいわよ…」と言うと、さすがに大作は大いに照れた。
「ふん! 男なんて信用できないわ!」と茜が憤慨すると、「…偏見を持ちすぎじゃ…」と信長は大いに眉を下げてつぶやいた。
ここは女性たちが大集合して、琵琶家男子の常識を語ると、茜は大いに反省していた。
結局は、性的主張は控えるようにして、相手の表情や感情を感じて判断するように茜は決めた。
よって、茜と姫の微妙な差も知ることになった。
やはり大人に見える姫の方が、感情を察する力があると感じたのだ。
「…ふふふ… 姫が大いに使えるって、やっと気づいたわぁー…」と茜が何かを企むように言うと、「…妙なことはしないでくれよ…」と大作が大いに眉を下げて言った。
「妙なことなんてしないわ!
姫の方が頭がいいことに気ついたもん!」
茜の言葉に、大作は少し考えて、「それって、学校の学年に換算してどれほどだと思う?」と聞くと、茜はすぐに姫に変身して、大いに考え込んで、「…学校になど行く必要がないような…」と嘆いてから茜に戻ってうなだれて、「…手抜きができないようになってたわ…」と嘆くと、大作は茜に指を差して腹を抱えて笑った。
「…お蘭のように不器用だ…」と幻影がつぶやくと、信長は大いに笑ったが、蘭丸は幻武丸を畳に立てて大いに憤慨していた。
「姫に変身して正確に学んで納得して茜に戻れば?」
大作の言葉に、茜は姫に変身すると、幻影に教本を手渡されたので礼を言ってから読み始めた。
そして徐に教本と閉じて茜に戻り、「…気分悪いぃー…」とうなったので、大作は腹を抱えて大いに笑った。
勉強にはなっているようだが、茜にあった方法ではないと幻影は言って納得させた。
「茜自身が、地道に勉強しなきゃいけないようだね」
大作がまだ笑いながら言うと、「…そうするぅー… 残念だけどぉー…」と答えてうなだれた。
大作は文化祭での出し物について幻影に相談すると、「ああ、いいぞ」とすぐさま許可を得て、海での漁と農地での収穫だけは手伝うと、快い協力を得た。
原材料の調達からしておけば、誰にも文句は言われないし、第一に大作自身が納得できるからだ。
さらに言えば、素材を買って何かを造るという行為は、この琵琶家にとって当たり前のことなのだ。
しかしこの星に住む者のほとんどが、普通は素材は買うものという常識がある。
大作は保存食目当てで、幻影とハイネについてきてもらって、まずは海に出た。
何故か茜もついてきたのだが、特に問題はないし、大作としては茜のクラスにも何かしたいと思っていたので丁度良かったのだ。
辺りが暗くなりかけていたので、明かりをともすと、「よっし! 烏賊が来たぞ!」と幻影は陽気に叫んで、大作に指示をして、タモで掬わせた。
この星の烏賊に似た海洋生物は、毒を持っていないことがわかっているので安心だが、蛸のように墨を吐くので、タモを海面から上げてから少し振ってやると、烏賊は慌てて墨を吐くのでそれほどの面倒はない。
「おっ! 夜なのに鰻もいる!」と幻影は大いに喜んでいる。
結局はかなりの水揚げがあり、戦艦が浮かぶのかと心配したのだが、辛うじて宙に浮かぶことができて、いつもよりもかなり遅い速度で、なんとか安土城にたどり着いた。
烏賊は半分以上を干物にして、乾燥機にかけた。
水分をある程度抜けば、それなり以上に日持ちはするので、わずか五日後であれば全く問題ない。
まずは味見として、大作は小さな囲いの中を一気に乾燥させ、烏賊のミイラを作り上げて、手で裂いてそのまま食うと、素晴らしい潮の香りが鼻から抜けて、幸せな気分になる。
そして幻影は、半分ほど乾燥させたものをタレにつけて焼いた。
辺りには素晴らしい香りが漂い、法源院屋に住人たちが並び始めた。
もちろん学生たちもいて、大作を見つけては話しかける。
もちろん大作は真実を語り、「…海に出て獲ってきたんだぁー…」と言って眉を下げていた。
学生たちは文化祭の当日を大いに楽しみにして、とりあえずは法源院屋の店に続く長い列に並んだ。
そして畑からドドンガの実を切ってから完全に乾燥させて、かなりうまい干し肉があっという間に完成した。
幻影も必要だったようで、まさにいつも通りの商品づくりの様相となっている。
そして大作と茜は、文化祭用の特別な菓子作りにも取り掛かり、基本的には低年齢層が好む菓子を三つほど企画して、幻影の合格点をもらって喜んでいる。
しかしさすがに五万人分となるとまだまだ足りないので、明日からはクラスメイトを呼んで、今日やった一連の作業を繰り返すことに決めた。
「売れ残ることはなさそうだから、
今のうちに食っておいた方がいいぞ」
幻影は言いながらも、もうすでに干し肉を食い始めていたので、大作も茜もすぐに仲間になった。
学生たちは様々な苦悩をしながらも、ついに文化祭当日となった。
集合した場所はアニマール校フリージア分校がある、洋風の城がある城下町の広場だった。
この場所は元々は映画のセットのために建てられたもので、観光地でもあり、学校としても機能している城だ。
ほとんどの生徒たちはこの広場を知っていたのだが、喜笑星からあまり出たことがない生徒は初めて知り、人の多さに誰もが落ち着かない。
まずは総学長が一段以上高い城のテラスから簡単にあいさつをした後、この広場に割り当てられた場所に様々な出店や簡素な芝居小屋などが立ち始めた。
それぞれのグループは大いに練習を積んでいて、特に大作のクループは一番に店を建て終えて、手早く商品を並べ早速物販を始め、さらには大作が店の前で呼び込みをしながら、木を削り始めた。
大作のグループは非常食やお菓子だけではなく、大作の作り上げた木の彫り物も販売している。
まさに大いに目立つので、様々な学校から早速偵察がやって来て、誰もが頭を抱えていた。
まさに文化祭と言わんばかりで、商品がどのようにしてできたのか、パネルディスカッションも忘れていない。
しかも、購入したものはほとんどなく、漁、採取、伐採の説明から始まっていたのだ。
初等部高学年の発表ではないと、教師ですら舌を巻いていた。
ようやくほかのグループも店の営業を始め、巨大な会場は大いに陽気になっていた。
大作たちもほかの出し物などを見に行きたいのだが、物販の手が足りない程で、休憩もままならない。
だが、こうなることも予想していて、まずは整理券を配り、さらには商品後日送付券も配り始めた。
そして店を一旦閉めて、教師に店番を頼んでから、大作たちは様々な場所を見て回った。
幻影が懸念していた、『文化祭の提案者』については探っているような気配はなく、大作は年相応に、友人たちと文化祭を楽しんだ。
そして、客参加型のアトラクションでも、大作は大いに活躍して大いに目立ったが、簡単に姿を消して、また仲間たちと合流するので、それほどの騒ぎには発展しなかった。
数校で演劇も披露され、その元ネタは今話題の、『プリンセス・ナイト』だった。
話は別のものなのだが、五つほど行われていて、ほとんどが高等部の高学年のクループだった。
なかなか本格的なグループもいて、特殊効果を大いに使って、低学年の子供たちを大いに驚かせ喜ばせた。
始めは、この話の出どころが喜笑星らしいという程度のものの噂だったが、しばらくすると、「喜笑星の学生の誰かが姫と騎士」という話にすり替わっていて、ひとつのグループが懸賞金を出して捜索するという催し物に発展してしまった。
まさに宝探しのようなもので、喜笑星分校の出店めがけて、大勢の者たちが聞き込みにやってくる。
探す側に喜笑星分校の生徒もいるので、―― 違うんじゃないか? ―― と思う者も大勢いた。
大作は店先で客の注文通りに木を削っていただけなので、さすがに仕事をしている者には聞き込みはしないようで、大勢の人たちが通り過ぎていく。
大作の心配は茜なのだが、茜は茜で考えていて、今は茜ではなく姫がパントマイムを披露していて、誰もを驚かせ、そして笑わせていた。
大きな謎を残したが、文化祭は大盛況のうちに終わりを告げ、後片付けを終えてから、また全員が集合した。
総学長が満面の笑みで学生たちを褒めたたえ、誰もが大いに感動して、そして大いに楽しめたと自負していた。
「みんなが楽しめたことは、私としては大いに自慢できることだ。
特に、この中には自ら事業を興す者もいることだろう。
文化祭とはそういうもので、起業の手がかりだけでなく、
研究成果などを発表する場所でもある。
今回は時間がない中、大いに奮起してくれたみんなを褒めたい」
春之介は言って、全員に向かって拍手をすると、全校生徒が一斉に満面の笑みを浮かべて拍手をした。
「みんなは本当に頑張った。
だがそれだけでは私としては心もとない。
よって、申し訳ないが順位を決めることにした」
すると、大勢の者たちが、「…えー…」と悲壮な声を上げた。
「アニマール校はそれほど甘くないからな、
あいまいにせず、きちんと数値にして公表する」
春之介が言ってにやりと笑うと、誰もが大いに苦笑いを浮かべた。
「この場で公表してもいいのだが、発表は後日で、
一位から十位までを発表する。
もちろん、どのような内容だったのかも子細に明記した冊子を配布するから、
この先の人生の手本にして欲しいんだ。
これが今回の文化祭の大きな課題でもあったわけだ。
特に褒美などは準備はしていないが、
希望により、総学長権限で配布する場合もある。
こういったものも記念だからな。
なにかしらあった方が、いい思い出にもなることだろう」
もっともな話で、学生たちは何度もうなづいている。
「さらには、全ての催し物において、
写真撮影をさせてもらったから、
欲しい写真があれば、教師に申し出てくれていい。
ではこれで、第一回アニマール校合同文化祭を終了する。
みんな、お疲れ様」
春之介のやさしい言葉に、誰もが一斉に拍手をして閉会となった。
この日から三日間は、大作たちは穏やかで厳しい日々を送っていた。
そして休暇の前日に、文化祭の貢献者リストの冊子が配られた。
大作は大いに興味を持って冊子を開くと、第一位は大作が率いていたグループだったことに、教室内は喜びの声で溢れ返った。
グループとしてはクラス単位では最多の五つあったのだが、クラスの誰かが某らかの手伝いをしていたので、わずかでも係わっていたことを大いに喜んだのだ。
さらには、「…学生・教職員人気投票?」と大作がつぶやいてそのページを開くと、何と第一位が姫だったことに、大いに眉を下げた。
「…あ… まさか、あれかぁー…」と大作があることに気付いて言った。
もちろん、大作も記念として沙織に画像データをもらっていた。
「教師が画像をどれだけ配ったのかという結果がそれよ」と沙織が笑みを浮かべて言った。
「それに、この写真だと誰だかわかんないんだけどね…
この学校の生徒じゃなさそうだし…」
確かにその通りだが、沙織は大いにすっとぼけて言ったのだ。
「…詳細、不明…」と大作は人物のプロフィールを読んで、愉快そうに笑った。
「さらに謎を残したように思います」と大作が発言すると、「まあ、総学長のされたことだからいいんじゃないの?」と沙織は言って笑みを浮かべた。
「ですが、この写真とそっくりな人形を見たことがあります」と幻影が言うと、「あっ!」と数名の女子が気づいたようで声を上げた。
「あら? そうなの?」と沙織はこの件は知らなかったようで、興味を持って大作に向けて言った。
「商店街の人形の館にあったのです」
幻影の言葉に、声を上げた女子たちは何度もうなづいている。
「それはあとで見に行かないと」と沙織は言って、笑みを浮かべた。
―― あ… あの人形って、一体なんなんだろ… ―― と大作は今更ながらに考えて、帰ってから総監修の幻影に聞くことにした。
「そして第二位が、竜神君でした!」と沙織は明るく言って拍手をすると、誰もが一斉に冊子を見入ってページをめくった。
「…うわぁー… ただの職人だよぉー…」と大作が大いに眉を下げて嘆くと、誰もが大いに笑ったが、大きな拍手を送った。
「ほかの学校は、
この画像をらったのは、女子ばかりという結果らしいの」
沙織の意味ありげな言葉に、大作は大いに苦笑いを浮かべていた。
何か面倒事がなければいいけど、などと考えたようだ。
昼餉の時間に、大作は人形の館にある姫の人形について聞くと、「…少々曰くありだ…」と幻影はそれなり以上のいわくありげな様相で言った。
大作と茜は少し背筋を震わせて幻影を見入っていた。
「宇宙戦艦に乗って、様々な星を巡って人形を仕入れたんだ。
その中になぜかあったんだ。
もちろん、仕入れた覚えはない。
俺が全て交渉して購入したものばかりだからな。
だけど、疑うことなく普通に人形だったから、
疑うことなく店に飾った。
茜にとって必要なものだったとは、
全くわからなかったんだけどな」
まさにその通りで、あの人形を見て茜は一段回目の覚醒をしたようなものなのだ。
このような不思議な話は、過去の姫と騎士の話にいくつか残っている。
しかし全てが騎士に関してのことで、姫については初だった。
「…足りない要素の補填とかでしょうか?」という大作の言葉に、「あるだろうね」と幻影は笑みを浮かべて肯定した。
「そこでひとつ、大作に頼みたいことがある」
幻影の言葉に大作は少し緊張した。
「いや、茜の方が適任かもしれない」
さらなる幻影の言葉に、今度は茜は大いに緊張して姫に代わって、「何なりと」と落ち着き払って答えた。
「意識的にあの人形を探って欲しい。
普通の能力者ではわからな何かが隠されているかもしれない。
だがそれをするとよくないことも起こるかもしれんから、
ふたりで相談してから決めて欲しい。
ま、解体するわけではなく存在感を感じるだけだから、
酷いことは起こらんとは思う」
「…あまりにも素晴らしいものだったので、ただただ見入っただけでした…」
大作は大いに照れて言って、姫を見てまた照れた。
姫は感情を全く変えずに、薄笑みを浮かべているだけだ。
「あ、あとで聞いたんだけど、
どうしてパントマイムなんかやったの?」
大作が興味を持って聞くと、「…声を出すと、ぼろが出そうな気がしていました…」と姫が穏やかに言うと、大作は何かを感じて考え込んだ。
そして、「…話さない方が威厳がある?」と大作が言うと、幻影は大いに笑って、姫は茜に戻って大いに憤慨した。
「…それにね、クラスのために、何かやんなきゃと思ってぇー…」と茜は大いに照れて言うと、誰もが納得して笑みを深めてうなづいた。
「…そうか… 誰かのために…」と大作は言って、笑みを浮かべて何度もうなづいた。
「あ、なるほどな。
茜はここに来るまで、誰かのためと言えば肉親のためだけだったと思っていたが、
それ以外で思い当たらないか?」
幻影が聞くと、「…いえ、心当たりはありませんー…」と茜は眉を下げて言った。
「…その補填が最重要だったのかなぁー…
茜に希望を見せて、
本来持っているはずの慈愛を沸き立たせるための人形…
万人に平等に愛を捧げる、とか…」
大作の言葉に、「狭い世界で過ごしていたようだから、それは大いにありそうだ」と幻影は賛同して言った。
「…どーして、慈愛ってわかったの?」と桜良が小首をかしげて大作に聞くと、「…えー…」と大作はつぶやいてから大いに考え込んだ。
「…姫の威厳が、慈愛?」という大作の言葉に、「…うふふ…」と桜良は嬉しそうに笑って、解答は言わなかった。
「口にすると薄っぺらい場合があるからな。
何も話さないことで、それを感じさせ、素直にさせる武器、
と言ったところかなぁー…」
幻影の言葉に、桜良は満面の笑みを浮かべて拍手をした。
「…それがないと、真の平和はありえない…」と大作はつぶやいて大いに納得して、幻影に頭を下げた。
「姫の威厳は優しい慈愛、
御屋形様の威厳は、
厳しい慈愛と言ったところでしょうか?」
大作の言葉に、いきなりのことで信長は少し戸惑ったが胸を張って、「その通りじゃ!」と叫んで大いに笑った。
「…話を聞き入っていただけじゃない…」と濃姫は小声で悪態をついた。
「追及するのなら、きっとどちらも必要です」
幻影は言って、信長に頭を下げると、信長は更に胸を張って何も言わずにうなづいた。
「姫と騎士は、琵琶家とともにあるべきだと考えました」
大作の決意に、信長は笑みを浮かべてうなづいた。
「何ら異存はない。
さらにほかに仲間を加えるのならば、
巖剛を手本とした方がよさそうじゃ」
信長の言葉に、誰もが目からうろこだった。
小動物は怖い存在のはずの巖剛に寄り添っていることがその証拠だ。
今の熊の巖剛は、小動物たちの住処になっている。
「…単独行動ではなく、やはりそれなり以上の仲間は必要だ…」と大作はつぶやいて笑みを浮かべた。
「まずはおっちゃんでもいい」という大作の陽気な言葉に、信長は大いに笑って、「それもありじゃ!」と陽気に叫ぶと、健吾は大いに眉を下げて頭も下げた。
「健吾はものづくりに置いてそれなり以上に鍛え上げられておる。
本腰を入れ、さらに鍛え上げられる切欠を得たと言ったところじゃ。
本来の仕事が落ち着いた時、
息子のために奮起することが良策じゃろうて」
信長の言葉に、「善処いたします」と健吾は恭し気に言って頭を下げた。
「さらには神獣ポポタールもおるからな。
わずか四人で我ら琵琶家の代わりが務まる日も来るじゃろうて」
信長のありがたい言葉に、竜神家は一同は一斉に頭を下げた。
「仕事の方は、さすがにまだ手を放せんのじゃな?」と信長が健吾に聞くと、「弟子探しに出る間もございません」と健吾は眉を下げて答えたが、信長は笑みを浮かべたままうなづいている。
「もっともな話じゃ」と信長は言って大作を見た。
そして、「琵琶家の使用人を解除する」と信長が申し渡すと、大作は一瞬ぼう然とした。
しかし感情として負ではないので、信長の意思を正しく理解して、「父のあとを継げるよう努力いたします」と大作は答えて深く頭を下げた。
「ありがたき幸せ!」と健吾は最大級の高揚感を上げて叫ぶと、「喜び過ぎて申し訳ございません」とすぐに謝った。
「ということで、大作には新たな試練じゃ」という信長の言葉に、大作は大いに戸惑った。
「健吾に余裕ができる前に、
健吾の弟子候補を選定するように。
今回の文化祭で、多少の情報は得たはずじゃからな」
―― 人探しの修行 ―― と大作は考えて、「はい、明日から時間を割いて、探しに行こうと思います」と大作は向上心を上げて言うと、「それでよいよい」と信長は苦渋の想いで言った。
大作はすぐに察して、「まだまだ琵琶様にはお世話になる所存です」と伝えると、信長は、「そうかそうか、よいよい」と一瞬にして好々爺となった。
「…子供に気を使わせてるんじゃないわよ…」と濃姫が信長に向けて悪態をつくと、誰もが大いに眉を下げていた。




