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赤い幻影 akaigenei ~プリンセス・ナイト編~      赤溶岩 akayougan


   赤い幻影 akaigenei ~プリンセス・ナイト編~



     赤溶岩 akayougan



琵琶家の体制は何も変わることはなかった。


よって切羽詰まっている状況としては、信長も言っていた内勤者の件だ。


明らかに人手不足で、あと百名ほどは欲しいところなのだ。


最低でも中間管理職を二十名ほど何とかしたいと幻影は思ってる。


この件に関する人材の調達場所としては、大きな学校にある。


幻影は早速、春之介、京馬と相談の上、学生を相手に優秀な役人候補の選定を行い、若い力となる数千名との面接を行った。


そしてひと通り実際の職場見学をしてもらい、相思相愛の者十名を即採用とした。


誰もがまだ学生なのだが、ひとり残らず卒業できる水準の頭脳を持っているので、春之介たちはこの十名を正式に学校を卒業させた。


「…全員、役人面をしておる…」と筆頭家老の光秀は言って大いに眉を下げた。


「今回は、萬幻武流派は係わっていないけど、

 半数ほどは素質があるから、

 徐々に抜いていくから」


幻影の明るい言葉に、武術など無縁な十名は大いに眉を下げていた。


しかしその半数と幻影が言った者たちは、宇宙での人助けには大いに興味があったのだ。


光秀は目を見開いて、「今はやめてくだされ!」と十名を守るようにして叫ぶと、「…必死じゃな…」と信長は機嫌よくつぶやいて大いに笑った。


「…素晴らしい力を逃してなるものかぁー…」と光秀は大いにうなった。


雇われた十名は大いに感動していた。


まさに光秀は上司の鏡だと信じて疑わなかった。


しかもただの頭でっかちだけでなく、肉体も素晴らしいものを持っていることにもあこがれたのだ。


そして知ってはいたが、腰には太刀を差している。


まさか同じ服装で、などと思っている者はいない。


その説明はもう終えているからだ。


「…今は、悪者になっておきますよ…」と幻影は笑みを浮かべて言った。


幻影が琵琶家唯一の勇者で高水準であることは有名人なので十名ともよく知っていた。


しかし今のあこがれは明智光秀であり、忠誠を誓える雄々しき織田信長でもあった。


「それほど急がずともよい。

 まずは新しい生活に慣れることが重要じゃ」


信長のやさしい言葉に、十名は笑みを浮かべて一斉に頭を下げた。


「…このように穏やかな御屋形様は絶対におかしいぃー…」と光秀がうなると、信長と幻影は大いに笑った。


「はなっから厳しいと、誰もおらぬようになるわぁー」と信長が言うと、十名は大いに眉を下げていた。


「ある意味、内勤職は琵琶家すらも牛耳る職になるはずだから。

 それなり以上に、今持つ能力の維持と日々の精進を期待しているから」


幻影の言葉に、十名は一斉に頭を下げた。


「…それは、ワシのセリフじゃぁー…」と光秀が言うと、「あ、出しゃばってしまいました」と幻影は言って、すぐさま謝った。


「…いや、幻影殿には強くは出られん…

 全てにおいて、琵琶家を牛耳ておられるからな…」


光秀が眉を下げて言うと、「今一番熱心なのは漁業だけどね!」と幻影は叫んで大いに笑った。


「…まあ、こちらの世界で幻影を例えるならば、

 経済大臣、外交大臣、建設大臣、水産大臣、農林大臣…

 ほかは?」


信長が光秀に聞くと、光秀はひとつの国の全ての大臣名を言った。


まさに万能の大臣に、―― さすが琵琶家… ―― と十人は同じことを考えていた。


そして内勤者のなり手不足もよく理解できていた。


よって幻影を称えるのではなく、それほどの存在を抱えている信長を敬ったのだ。


幻影は姿勢を正して信長に頭を下げ、「御屋形様、一点の曇りもございません」と穏やかに伝えると、「おう! あっぱれじゃ!」と信長は上機嫌で言った。


「…ここまでが試験じゃったという内輪の話じゃ…」と光秀が眉を下げて言うと、十名は目を見開いたが、誰もが認めてもらえたと感じ、笑みを浮かべて一斉に頭を下げた。


「ちなみにじゃ。

 今回雇ったそなたらは、

 年の頃なら十七十八。

 さらに年少者に、そなたらと同じ資質を持つ者はおらぬか?

 さらには教師や、年上目上の者でもよい」


信長の言葉に、十名が一斉に手を上げた。


「あ、大屋桃花ちゃん以外で」と幻影が言うと、全員が一斉に手を下げたが、半数がまた手を上げた。


意見は三人とふたりに別れ、手を上げなかった者たちはこの二名の名を知らなかった。


全員が全員同じ学校の出身者ではないので、若年者で名を轟かせているのは大屋桃花だけという理由がある。


桃花は母星にある学校と右京和馬星にある学校に二カ所に通っていることが大きい。


ちなみに総学長は春之介が担当していて、アニマール、フリージア、右京和馬と大屋京馬の母星のマテリアルの四カ所に系列校がある。


もちろん交流行事などもあり留学制度もあるので、優秀な者が優秀な者を見つけることは比較的たやすいのだ。


「…総勢、五万の面接を行ってもいいのですが…」という幻影の言葉に、「…それはこの先の楽しみとしておけ…」と信長は言って眉を下げた。


よって今回の面接は、今期卒業見込みの者だけを対象にしていた。


しかし優秀な者は、卒業見込み者だけの特権というわけではないのだ。


「今、名が出た二名から、新たな名を聞くこともあろうて」


信長の好々爺の言葉に、「御意」と幻影は笑みを浮かべて答えて頭を下げた。


「…マース・カエラに、玄剛・カン・鷹虎…」


光秀は言って、候補者二名の名を書に認めた。


「…あー…」と十名はその書を見て、羨望の眼差しを光秀に向けた。


「…ほう…」と幻影は真顔で言って、素早く書を認めて十名に渡すと、目を見開いたまま書を見ていた。


そこにはこの場にいる十名の名がすべて書いてあったからだ。


しかも素晴らしい記載の名の上にある似顔絵も素晴らしいほどで、十名は幻影を神として崇めた。


「…やり過ぎたかぁー…」と幻影が嘆くと、「…ふん… 自業自得じゃ…」と信長は言って鼻で笑った。


そして幻影は次期候補者のマースと玄剛の特徴を聞いて似顔絵を描くと、「そっくりです!」と「…ああ、この子がマースか…」と、十名が口々に声を発した。


「…ふむ… マース・カエラという子は、それなりに目立つようだね?」


幻影の言葉に、十名は大いに眉を下げて、低学年では桃花の次に人気があると答えた。


「ではその逆に、玄剛という子は、それほど目立たない?」


するとひとりが手を上げた。


「本当に目立たない子で、まさか貴族とは知りませんでした」と、幻影が一番に目をつけていた、高梨小虎が言った。


「君だって貴族のようなものだろ、小虎君」


幻影の言葉に、小虎は名を呼ばれたことがうれしかったようで、「超豪華な我が家に帰ってきた気分なのです」と笑みを浮かべて言って室内を見まわした。


「…やはり、同じような武家社会なども、広い宇宙にはあるようじゃな…」と信長は言って何度もうなづいた。


「…ですが、力が全てという我が世界に納得がいかず…」と小虎は言って頭を下げた。


「そうか、フリージア校は、様々な星からの留学生ばかりか…」と信長が言うと、「はい、半数はその通りで、半数は万有源一様の養子でございます」と小虎は誇らしげに答えた。


「一万人の我が子…」と幻影が言って蘭丸を見ると、「そんなもの超えてやるわぁ―――っ!!!」と蘭丸が陽気に叫ぶと、阿利渚を筆頭にして蘭丸を母としている子供たちが大いに拍手をした。


「もしも、

 フリージアのために星に残ろうと思っているのならそれでもいいんだよ?」


幻影の真剣な言葉に、「…今更だな…」と信長は言って鼻で笑った。


もちろん、そのつもりでフリージアで勉学に励んでいたのだが、そのフリージアでは就職が困難という理由もあり、さらにはフリージアでも超有名な琵琶家に仕えることは、一流企業に就職したようなものとして、十人とも同じように語った。


「…無限組み手をやっておいてよかった…」と信長が天井を見上げて言うと、野良悪魔退治の件と悪退治の件も十名は口々に語って、信長をさらに陽気にさせていた。


「もちろん、人助けの旅の仕官候補として、

 勉学と体力づくりに励んでいた部分もあるので、

 教師を捕まえては詳しくお聞きしたのです」


女子では大いに目立つ、オリビア・レイトンが言うと、「感情的にはそれほど好意的じゃなさそうだね、オリビア君」と幻影が言うと、オリビアは手のひらを合わせて腰を浮かせて喜んだ。


「はい、多くを語りたくなかったようです」というオリビアの言葉に、「…そこは感情を殺して、正確な情報を与えるべきじゃと思うのじゃが?」と信長が幻影に聞くと、「御意」と幻影は答えて頭を下げた。


「一番の問題は、不幸が起っている場所に正確に飛べることだよ。

 ノスビレ部隊でしかできなかったことなんだから」


小虎の言葉に、「…琵琶家は貴重な経験で、ノスビレ部隊に就職でもよかった…」というオリビアの言葉に、光秀は大いに眉を下げていた。


「いい話が出たところで、君たち十人への課題だ!」と幻影が叫ぶと、早速試練と感じた十人は背筋を伸ばした。


「フリージアの万有源一王の言葉を思い出してもらおうか」


幻影の言葉に、「ん? なんじゃそれは?」とまずは信長が聞いた。


幻影は十名を見回して、「聞いていたのは君だけのようだね、ワグナ・ゲルトン君」と幻影が言うと、ワグナは大いに驚いて下を向いた。


しかしなんとか顔を上げて、「別の職に就く場合は、同程度の能力を持つ身代わりを最低でもふたり用意しろと聞いておりました」とワグナは緊張した声で言った。


「おっ! 賢い!」と信長は膝を打って言って大いに笑った。


「もちろん俺たちも探すが、

 君たちにはその気持ちをもって働いてもらいたいんだ」


幻影の言葉に、「はい! 真田様!」と十名は一斉に答えた。


「…今の課題、なぜワシに譲らんのじゃ…」と光秀は大いに嘆いていた。


「神としての開き直りでございますれば」


幻影の言葉に、信長は大いに笑い、光秀は大いに眉を下げていた。



幻影は遠足とばかり、大勢の子供たちを引き連れてフリージアに行き、フィルに願い出て、玄剛・カン・鷹虎との顔つなぎを頼んだ。


琵琶家が優秀な人材の採用試験をしていることはよく知っているので、フィルは明るく答えて、かなり離れている場所に座っているひとりの男子に指を差した。


座っている者がひとりしかいないので、一目瞭然で玄剛と判断できた。


「ふーん… 存在感を消している?

 あまり人と接したくない…

 だけど、優秀な者にはきちんと彼が見えている」


「…どこにでもある、ご家族からの重圧の一種ですわ…

 家のことは二の次で、必ずフリージアの重職につくこと…

 ですので今回の件が公になれば、

 ご家族はさぞお喜びでしょう」


フィルの少々棘のある言葉に、「…色々と考えたけど、せっかくだから接触しようか…」と幻影が言うと、阿利渚がいなくなっていて、「私、真田阿利渚!」と叫んで、玄剛に話しかけていたことに、幻影は大いに眉を下げていた。


「…やると思った…」と幻影が眉を下げて言うと、子供たちは阿利渚めがけて、走ったり飛んだりして移動した。


「あはは!

 桃花ちゃんよりもすごいわ!」


フィルは陽気に笑って叫んだ。


「…何らかの神のようなのでね…」と幻影は言ってからフィルに礼を言ってから、小走りで玄剛に近づいた。


「…真田って… まさか、あの琵琶家の…」と玄剛がつぶやくと、「御屋形様は織田信長様だよ!」と阿利渚が陽気に答えると、玄剛はホホを赤らめていた。


「悪いね。

 阿利渚は勘違いをさせる天才だから」


幻影の言葉に、玄剛はすぐさま頭を下げた。


その父が現れれば、誰だってこうするだろう。


「真田幻影だ。

 君がなかなか優秀だと聞いて、実際に面談をしたくてね。

 情報発信源は、多少は話題になってる、琵琶家採用試験の合格者からだよ」


「はい! 学校内ではそのお話でもちきりです!」と玄剛はここまで勢い良く叫んだのだが、すぐに眉を下げた。


「お家の件は聞いている。

 この件は緘口令を敷いてもいいんだ。

 しかも今は採用試験ではなく、

 人伝に聞いた君に興味を持って話しかけただけだから」


幻影の言葉に、「あ」と玄剛はつぶやいて辺りを見回した。


有名人がいるのに、誰も気にせず通り過ぎていくからだ。


「フィル様が気を利かせてくださっているようだね。

 君の感情次第で、結界を解くだろう」


「…いえ、今のままがお話ししやすいです…」と玄剛は言って一瞬阿利渚を見た。


「阿利渚には恋愛対象として気に入った男性がいる。

 タルタロス軍って知ってるよね?」


幻影の言葉に、「…もちろんです…」と玄剛は小声で答えてうなだれた。


「ひとりの高職の十九才の勇者に恋をしてね。

 嫁に行くと言って俺に挨拶をしたほどだ。

 見た目は子供でも、心の内はもう大人なんだよ。

 まだ六歳なんだけどね…」


「…ジャック・ソラ総司令官なのぉー…」と阿利渚が恥ずかしそうに言うと、玄剛は目を見開いた。


タルタロス軍の煌極が失脚したのは有名な話で、万有源一が転生したことと同じほど話題になっている。


しかしその裏にも琵琶家がいたことは寝耳に水だった。


「煌極は失脚などしていない。

 新たな修行のためのひとり旅中だから。

 その側近でもあるジャックさんが、

 何とか軍を支えることになったんだよ。

 タルタロス軍を支えるために、

 琵琶家が本来雇うはずの人たちをサルサロス星に配備したんだ。

 このフリージアの王がまた変わったのもそのせいなんだよ…」


幻影の困惑の言葉に、「…やっと、よく、理解できました…」と玄剛は言って頭を下げた。


「琵琶家としては、サルサロスの大神殿のお家騒動に巻き込まれただけだから。

 特に琵琶家が先頭を切ってやっていることではないから、

 勘違いだけはしないでおいて欲しい」


「はい、さらに理解できました」と玄剛はようやく落ち着いたようで、笑みを浮かべて幻影に言った。


「それに…

 君はベティーに気に入られたようだけど?」


幻影が大いに眉を下げて言うと、「…初対面ではありませんが、これほど近くで見たのは初めてです…」と玄剛は言って、テーブルの上に座って玄剛を見上げている小さな火竜を見て眉を下げて言った。


そのベティーが長い首を幻影に向けて、「…お父さん、お嫁に行きますぅー…」と言うと、「本人の同意も重要だぞ」と幻影は大いに眉を下げて言った。


「ま、女竜だから、結婚相手は誰でもいい」


幻影の言葉に、玄剛は大いに眉を下げていたが、火竜がふわりと浮いて人型を取ると、玄剛はまた赤面した。


赤い髪、赤い目は大いに人目を引き、まさに神秘的だった。


「…気に入ってもらえた…」とベティーが感情込めて言うと、阿利渚たちは一斉に拍手をしてふたりを祝福した。


「玄剛君は、もう私を知っていたはずだよ?」とベティーが意味不明な言葉を述べると、玄剛は少し考えてから、「あ」とつぶやいて、重々し気な手帳を出した。


その表紙には火竜をあしらった家紋があった。


「お父さんもお母さんも、ドズ星出身者だよね?

 今の星に仕官して、王様の候補にもなってるって聞いたよ?」


ベティーの言葉に、「…ドズ星の神だったとは、知りませんでしたぁー…」と玄剛は大いに焦って言うと、「今はノラ火竜だから」と幻影が言うと、子供たちは愉快そうに笑った。


「親や取り巻きのことはベティーに任せて、

 君は勉学と将来なりたいものになるために励めばいいだけだ」


幻影の言葉に、「失望されないように、更に勉学に励みます!」と玄剛は言って立ち上がってから、幻影たちに頭を下げてから、学校方面に向かって走って行った。


「あ、あ」とベティーは大いに焦って言ったが、「今日は顔見世だけ」という幻影の言葉に、「…あーあ…」と子供たちは一斉に言ってうなだれた。


できれば、すぐにでも仲間にしたかったようだ。


「学生だから学校が休みの日はある。

 フィルさんに言っておけば、喜笑星に興味を持って来てくれるさ」


幻影の言葉に、ベティーはフィルめがけてすっ飛んで行った。



幻影たちは子供たちを引き連れて、右京和馬星の高台にいた。


アニマール学園の姉妹校の中でも生徒数が一番少ないが、なかなか素晴らしい学生も多い。


全ては大屋桃花のおひざ元でもあるので、それなり以上に素晴らしい学生が集まってきたわけだ。


どの学校も午前中で授業は終わって、午後からは自由時間となるが、学校に残って勉強に勤しむ者や学校に隣接している図書館などで勉学に明け暮れる学生が多い。


もちろん、遊んでいる生徒もいるのだが、ほとんどが優秀な者で、社会勉強中といったところだ。


マース・カエラは、幻影も気に入っているファストフード店のハンバーガーを友人たちと食べながら、読書に勤しんでいた。


時には読むのをやめて語らうという、精神衛生上にはいい勉強方法を取っている。


「勉強中、邪魔するよ」と幻影が四人の女子学生に言うと、誰もが幻影を見入った。


もちろん有名人なので、声をかけられるとは思ってもいなかったようだ。


そしてすぐに視線が下がって、「…阿利渚様…」とマースはつぶやいて目を見開いた。


「おや? もう友達だったのかい?」と幻影が阿利渚に聞くと、阿利渚は懐から、幻影が描いた似顔絵を出した。


「…だれかれともなく見せて自慢するんじゃない…」と幻影が眉を下げて言うと、「いえ! 私がお願いしたのです!」とマースは声を張って言った。


「…ああ、琵琶高願画伯の方かい…」と幻影は眉を下げて言うと、マースは無意識だろうが、何度も頭を縦に振って同意の意を示した。


「コミュニケーションをとるにはいい方法だよ?」という阿利渚の言葉に、「…やっぱ、大人だよな…」と幻影は言って少し笑った。


そして子供たちは一斉に絵を出して、女子学生たちに自慢を始めた。


こっちの方は、ただただ子供の自慢行為だった。


幻影はハンバーガー店のフルセットを注文して、大人数で食事を始めた。


幻影が本題を語ると、マースは憂鬱そうな顔をした。


もちろん、琵琶家で働けることは嬉しいことに違いないが、マースは母星に戻ってわずかながらでもその知識を持って尽力したいと願っているからだ。


それはすべてが、マースの慈愛に満ちている体験からだった。


「いい話なのだが、現実的な話をするけど、

 まずは仲間が必要になるはずだけど?」


幻影の言葉に、マースは目を見開いて、右手に持っていたハンバーガーを落としたが、幻影が術を使って飛び散らないようにしてトレイに乗せた。


「賢い君には未来が見えたはずだ」


「…はい… 息切れをしている私がいました…」とマースは悲しそうに言ってうなだれた。


「かなり昔の話だが、

 世直しをするクラブ活動をしていた勇者がいたんだ。

 もちろん当時は学生で、

 あの万有桜良さんも無理を言って所属していたんだ」


「…あの、桜良様が…」とマースは目を見開いてつぶやいた。


「中心にいたのは、名前は知っていると思う。

 ガイ・サラント様だ」


「知ってます!」とマースは叫んで思わず立ち上がっていた。


幻影は何度もうなづいて、「そこにはサラント様の姉のヴァン・ゴーゲルグ様もいた」と幻影が言うと、マースは冷静になって、すとんと椅子に腰かけた。


「あとは、悪魔一名、天使一名、死神二名という、

 なかなかのパーティーだった。

 この集まりは武力にも対応していたが、

 星の住人たちの心の支えにもなっていたんだよ。

 君も仲間を引き連れて、

 たまには星に戻って世直しをしてもいいように思ったんだけど?

 もちろん声を上げないと、仲間は集まらない。

 この高台には能力者たちが集う救援部隊は存在していないから、

 まずは学生の中にいるノスビレ村の竜人たちに話しかけることも一興だろう。

 あ、ここにひとりいたね」


幻影は言って、斜め前にいる少女を見入った。


「コロナ姉ちゃんの次は君かもしれないぞ」という幻影の言葉に、藍色の目が魅力的な十二才程度に見える少女は、「やります!」と勢いよく立ち上がってから叫んだ。


「戦力倍増だ」という幻影の明るい言葉に、「…私は、今こそ成長しなければいけない…」とマースはつぶやいて、猛然たる勢いでハンバーガーに食らいつき始めた。


「素晴らしいご指導をありがとう!」とポニーテールの美少女が言って、幻影の正面に座った。


「かわいらしい校長先生だ」と幻影が言ってにやりと笑うと、「プティー・マイヤー、ロボットですぅー…」とプティーは簡単に正体を晒した。


「ロボットの方が教育者としてふさわしい場合もあるはずですからね」


「…正体を晒さなくてもよかったようだわ…」とプティーは苦笑いを浮かべて言って、肩にいる手のひらサイズの小さなミニチュアダックスフンドに言いつけた。


「医療専用ロボのようですね」と幻影がすぐさま見破ると、「…あげないぃー…」とプティーが嘆くと、犬は自ら姿を隠した。


「どうです? 学校のクラブ活動の顧問など」


「えっ? えっ?」とプティーが大いに戸惑っていると、ここは間髪入れずにマースが立て板に水で説明を始めた。


幻影たちは速やかに後片付けをして、子供たちを連れて喜笑星に戻った。



「…ふむ、それは残念じゃった…」と幻影から報告を聞いた信長はこれ見よがしにうなだれたが、幻影の子供たちに大いに慰められて、すぐさま好々爺に変身した。


「…今しか経験のできないこともあると…」と嘉明が言うと、「はい、一時期の我らのように全力で走り抜ける必要が彼らにはありませんから」という幻影の言葉に、嘉明は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「二つの城が機能できていないわけではありませんので。

 ここはそれほど焦らずに、適材適所で埋めていきましょう」


「あいわかった」と嘉明は言って幻影に頭を下げた。


「才英、眠っているロボットの数は?」と幻影が聞くと、「はい! 三人です!」と才英はここぞとばかり胸を張って叫んだ。


「まずは、書士として働いてもらってから、

 いい人材を確保できれば、

 本来の警備として働いてもらおう。

 ひとりをサルサロスに派遣して欲しい」


「はい! とと様!」と才英は満面の笑みを浮かべて叫んで、政江とともにすっ飛んで部屋を出て行った。


「…ここには二名か…」と嘉明は言って素晴らしい笑みを浮かべた。


「手が足りないにもほどがありますので、急場しのぎです」


「おう! わかっておる!」と嘉明は機嫌よく叫んで、信長に頭を下げて部屋を出て行った。


「…ふん、悪いやつじゃ…」と信長がつぶやくと、「やる気を出させることが一番かと」という幻影の言葉に、信長は機嫌よく笑った。


「嘉明は、今の三倍でも仕事をこなせそうじゃった」と信長は言って笑みを浮かべてうなづいている。


「…琵琶御殿にも派遣したいほどじゃ…」と信長は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「その代わりとして忍びをさらに雇っておりますので。

 後継者が育てば、こちらにも来てもらう確約をしておりますので、

 しばしお待ちを」


「おう! わかっておる!」と信長は機嫌よく叫んだ。


「…とと様、魔法使いぃー…」と阿利渚が言って、幻影に抱きついた。


「できれば、俺たちが政治にかかわらないようにするためさ」という幻影の言葉に、「…そうしなければならぬな…」と信長は納得して何度もうなづいた。


「ですが、時には手伝いも必要でしょう」と幻影は言って立ち上がって、信長に頭を下げて部屋を出て行った。


「悟道、楓」と信長が言うと、ふたりはすぐさま頭を下げて、幻影を追って行った。


弁慶が眉を下げて信長を見ていると、「元はといえば幻影の配下じゃからな」という信長の言葉に、弁慶は納得して頭を下げた。


「政治にはかかわらぬと言っても、全ては幻影が構築したものじゃ。

 本腰を入れれば、盤石な城になることはわかっておることじゃが、

 それでは我ら武闘派と同じで何の成長もない。

 よって手伝いだけはしようという、幻影の善意でしかないのじゃ」


「…私も、政治に口出ししてよろしいかしら?」と濃姫が重い腰を上げて言うと、「ああ、一向に」と信長は笑みを深めて答えた。


「…めんどうだけど、働いてくるわ…」と濃姫はまさにめんどくさそうに沙織たちに言って、部屋を出て行った。


「…根付いて、不動の城代となりそうじゃな…」と信長は言ってにやりと笑った。


すると、長春がおろおろとし始めたので、「長春は今のままでよい!」と信長は釘を刺してから大いに笑った。


「忍びにつける動物たちは足りておるのか?」という信長の言葉に、「…余剰はいませんー…」と言って嘆いた。


「散歩にでも行って雇ってこい」という信長の言葉に、長春はすぐさま従って、子供たちと天使たちを誘って部屋を出て行った。


「解散じゃ。

 それぞれのために時間を使えばよい」


信長の言葉に、この場には蘭丸と高虎だけが残った。


「…我らも、散歩にでも行くか…」と信長が眉を下げて言うと、蘭丸と高虎は笑みを浮かべて頭を下げてから、素早く立ち上がった。



課題の件だが、時が経つと色々と思い出すようで、幻影と子供たちは四カ所の星を飛び回り、学生や教師、職員などと朗らかに面談をした。


ひと癖ある者はひとりもおらず、まさに琵琶家家人候補ばかりだ。


しかし、均衡を考えると、どうしても今の職から引き離すことは不可能だった。


よって、雇うとすればやはり学生ということになる。


さらには、今の学生の身分で十分に興味が出る話を幻影がすると、当然のようにそのレールに乗ってみようと誰もが考えて、幻影に礼を言って立ち去る事例ばかりとなる。


だが、これもひとつの切欠と思い、今日最後の面談をと思い、フリージアに移動してフィルにその対象者の顔つなぎを頼んだ。


「…あー…」とフィルは言って眉を下げた。


「まさか、学校にいないのですか?」と幻影が眉を下げて聞くと、「…十日ほど前に退学したの…」と眉を下げて言った。


「そういったことはよくあるのですか?」


幻影の言葉に、フィルはすぐさま首を横に振った。


「…政略結婚…」とフィルが短く言うと、「…どこにでもあるわけだ…」と幻影は言って眉を下げた。


「もちろん、実家が切羽詰まていたからという理由があるわ。

 そうじゃなきゃ、中途退学なんてほとんどありえないもの…

 もちろん、学校関係者は引き留めたけど、

 一国の王子としては、覚悟は決めていたようなの…」


「…貴重な男子の戦力だったのだが…」と幻影は心底悔しがった。


声が上がるのは八割が女性で、人間も優秀な人材は女性が多いということが言える。


「…琵琶家にも興味があってね…

 販売した映像ビデオを何度も見たそうで、

 楽しそうにしていたのに…」


ビデオとは、例の琵琶家対ロストソウル軍の無限模擬戦闘のものだ。


「…これも、運命か…」と幻影はつぶやいてうなだれた。


「きっと、何かあるよ?」と阿利渚が小首をかしげて言うと、幻影は一瞬考え、「杞憂はひとつだけあるが、その時は御屋形様に吹っ飛ばしてもらおう」と幻影は明るく言って、フィルに礼を言って喜笑星に戻った。


幻影は工房にいた信長に全てを話すと、「物見遊山に出かける」と穏やかに言って立ち上がった。


信長の声が聞こえた者たちは速やかに走ってきた。


「…落伍者がおらんから詰まらん…」と信長は言ってにやりと笑ってから、宇宙船に向かいながら歩き、「速やかに片づけじゃ!」と言ってから乗り込んだ。


幻影たちは、作りかけの製造などの素材や道具などを素早く片付けて宇宙戦艦に乗り込んだ。


行先は咲笑がもう仕入れているので、一瞬にして目的の星、カルダーラが真正面に見えた。


「…臭そうな星だな…」と幻影が大いに嫌悪感をあらわにすると、「それも修行とせよ」と信長は厳しかった、


「フリージアの倍ほどですので、何とか我慢できると推測します」


幻之丞の言葉に、「…臭いことには変わりなさそうだ…」と幻影が眉を下げて言うと、特に獣人や動物たちは覚悟を決めた。


しかし、宇宙船を出て一番に根を上げたのは信長で、すぐさま全員にマスクを配布した。


「…へー… 臭くなくなったぁー…」と長春は言って、鼻だけにマスクをしている動物たちを見て愉快そうに笑った。


「…大雨、降らしてやろうかぁー…」と幻影がうなると、「あ、それでもよい」と信長の許可が出たので、幻影はまずは非常食を少し食べてから、渾身の力をもって広範囲に大雨を降らせ、水害が起こらないように、雨水を誘導して海になだれ込ませた。


「フリージアレベルになりました!」という幻之丞の明るい言葉に、誰もがマスクを外して深呼吸をした。


「だが、長居は無用じゃ。

 ここからでもわかる範囲で、早々にすべてを探れ」


幻之丞と咲笑が大いに奮起して、勧誘対象者である、ノートン・パゴスは、もうすでに自国の王となっていた。


「先王は自然死となっていますが怪しいと感じます。

 しかも崩御は、二日前です」


幻之丞の報告に、「…女の欲…」と信長はつぶやいた。


「…能力者だろうなぁー…」と幻影は言って、真正面に見える西欧風の城を見入った。


幻影はさらに目を凝らしてから、「捕らえられます」と言うと、「やれ」と信長はすぐに言ってから、「この、くそたわけがぁー…」と低くうなった。


「…拘束の必要はございませんでした…」と幻影が眉を下げて言うと、「あ、そうであったな」と信長は言ってから、幻影に頭を下げた。


「ついつい、腹が立ったからうなってしもうたわい」と信長は言ってから、大いに高笑いをした。


「ノートン・パゴスは笑みを浮かべてこちらを見ております」


幻影の報告に、「…えー…」と幻之丞と咲笑が大いに嘆いた。


ふたりの望遠機能でも確認ができなかったからだ。


「一応、勇者だから」と幻影は明るく言って、幻之丞と咲笑の頭をなでて慰めた。



信長は全員を術で固めて空を飛んで、「邪魔をする!」と叫んで、ノートンの前に立った。


「なるほど… 能力者の卵か…」と信長は言って何度もうなづいた。


「琵琶信影様!」とノートンは叫んで片膝をつくと、大勢いる家来たちも一斉に倣った。


「ここに埋まっておるこやつが、

 お前の父を殺した張本人じゃ。

 証拠映像、出せ」


信長の言葉に、魔女のような女視線の映像が出て、その犯行の一部始終が明らかになった。


「このような場合、どのように処罰するのじゃ?」と信長が聞くと、「この先することは、両国が戦い、我が国が勝つことのみでございます」とノートンは堂々と言った。


「手助けは構わんのか?

 なんなら、そなたの国の同盟国として、

 我ら喜笑星琵琶軍として参加してもよいのじゃが?」


「はっ! ありがたき幸せ!」とノートンはすぐさま答えて頭を下げた。


信長は岩の床に埋まっている女を掘り出して、側付きたちに投げ渡した。


「…今から、戦じゃぁー…」と信長がうなると、女の大勢の家来たちは、すっ飛んでこの場からいなくなった。


「ふん! 能力者はあの女だけのようじゃな」


「それぞれの王家の者だけが受け継ぐものとなっております」


「…能力者が生まれなければ、その国は終わる、か…」


「はっ! 違わずそのように!

 そしてようやく、自由を勝ち取る日がやってきました!」


ノートンは言って、その事情を話した。


信長は何度もうなづいて、「一段落ついたらフリージアの学校に戻れ、よいな?」という優しい言葉に、ノートンは少し戸惑ったが、「はっ! 必ずや!」と叫んでから、満面の笑みを信長に向けた。



しかし、戦争になることはなかった。


「女王の魂が消えました」と幻影が報告すると、信長は何度もうなづいた。


「能力を使えなくなったのじゃろうて」


「無益な戦いはせず、ひとりの命だけで済ませたわけですね」


「ふんっ! 終わらせるわけがない!」と信長は叫んで、正確に敵側の城下に飛んで、「たわけらめがぁ―――っ!!!」と大いに叫んだ。


「…七割か… …まあ、良しとするか…」とつぶやいて、幻影、蘭丸とともにパゴス城に戻った 


信長は城の回廊に降りて、「抵抗はほとんどせぬはずじゃが、油断するな」と注意事項を述べると、「早々に統一いたします!」とノートンは叫んで、大勢の兵を連れて進軍した。


「…帰るか… 叫び過ぎて腹が減った…」と信長が言うと、幻影は保存食を出した。


「おっ! これは美味い!」と信長は言って、食らいながら宇宙戦艦に向かって歩いて行った。



喜笑星に帰り着いて食事をしていると、天照大神がくつろぎの間に入ってきた。


「見知らぬやつでも来おったか?」と信長が聞くと、「…お食事、食べてからでいい?」と天照大神が愛想よく聞くと、「おう! それでよいよい!」と信長が機嫌よく答えると、早速ハイネが膳を準備した。


「ちなみに、八丁畷殿に許可は得ておるのか?」と信長がにやりと笑って聞くと、「…採用されたら言おうかなぁーって…」と天照大神は言ってから、「あはははは!」と空笑いをした。


「…天照大神様自らの売り込みでしたか…」と幻影が眉を下げて言うと、「…ご褒美の請求?」と天照大神はかわいらしく言った。


「そういうのもあったね」と幻影は大いに苦笑いを浮かべた。


「大いに世話になっておるからな。

 じゃが、現在必要なのは、次代を担う若い力じゃ。

 星の神レベルの家人は欲しておらんが、

 抱え込んでも構わん。

 条件付きでな」


信長の言葉に、天照大神は大いに眉を下げて、「…その若い力を連れて来いと…」とつぶやくと、「さすが話が早い」と信長は機嫌よく言った。


「簡単そうで難しいものじゃ。

 じゃが、神としてはよい修行となりそうじゃが?

 まあ、そなたは経験豊富そうじゃから、

 なんでもないことやもしれぬがな」


「…それほど楽じゃないよ?」と天照大神は答えて眉を下げた。


「琵琶家と同じようにね、八丁畷家も別に母星があるから、

 若い力は豊富なのぉー…

 ちょっとだけいい人がいたら、

 アニマールじゃなくて、

 喜笑星で修行を積んだ方がいいのかなぁーって思ってぇー…」


「雇っている間にさらに増えれば返したってかまわん。

 こちらとしては悪い話ではない。

 何も千人を一斉に寄こせとはいっとらんからな。

 誠実で要領がいい者を、

 まずは十名程度でよいのじゃ」


天照大神は笑みを浮かべて、「ごちそう様!」と言って手のひらを合わせ、「児童保護施設の子を重点的に雇ってくるのぉー」と言って消えた。


信長は何度もうなづいて、「親となればよいだけか」と満面の笑みを浮かべて言った。


「…私としては、少々杞憂もございます…」と幻影が眉を下げて言うと、「八丁畷殿との取り合いか?」と信長が鼻で笑って聞くと、「いえ、八丁畷様を嫌っている者もいるのではないかと」という言葉に、信長は一瞬目を見開いて、「…こっち側もあるやもしれぬな…」とつぶやいて、何度もうなづいた。


「神によるかどわかしを推奨いたします」


幻影の言葉に、信長は大いに笑って、「帰ってきたら伝えよう」と機嫌よく言った。



雇えないはずの者に別の地を推薦することで、この件は比較的うまく回り、双方の合計で三十名の若い力を手に入れた。


琵琶家では家老たちがお祭り騒ぎとなって、まさに親のように親身になって手取り足取り教え、さらには基本的な勉学までも教え始めた。


ちなみに、肝心かなめの八丁畷家をそれほど気に入らない事情をやんわりと聞くと、それは春之介に向けるものではなく、八丁畷家自体に向けている恨みやつらみだ。


まさに琵琶家にも心当たりがないわけではない。


直接処断した者たちの背後には親族がいたからだ。


辛い目に遭った親族が快く琵琶家で働くとは考えづらい。


ならば、つながりはあるが、全く別の家に仕えるのならばそれほど問題はないとして、天照大神の言葉になびいたのは全体の八割で、残りの二割もまだ可能性はあるとして、あと五名ずつ程度は連れてこられるかもしれないと、天照大神は希望のある言葉を信長に報告した。


「目からうろこじゃった。

 さすが幻影」


信長は言って、幻影の頭をなでた。


「…うー…」とうなったのは、蘭丸と高虎だ。


ふたりはさすがに、幻影ほど要領よく柔軟に物事を考えられるわけではないからだ。


その流れで、なぜかフリージアから能力者を二名、天照大神が連れてきた。


どちらも内勤は即戦力であり、星の旅に連れて行っても大いに役に立つ猛者でもある。


どちらも女性で、ひとりは才神小恋子、もうひとりはその友人の、キャッシー・ゴールドだ。


どちらも万有源一、花蓮夫婦との関係は深い。


しかし、仕えたはずの王がいなくなったことで、ふたりは戦場に出なくなった。


この件を察知した天照大神がふたりを勧誘すると、快く話に乗ってきたのだ。


「…お金持ちだわぁー…」と小恋子は言って、室内を見回すと、信長は愉快そうに笑った。


「その通りじゃと思うか?」と信長がキャッシーに聞くと、「手作りですね」と答えて幻影を見た。


「すべては幻影の監修で、半分以上が幻影の作品じゃ」と信長は我が子自慢をするように言った。


「よって、小恋子が思うほど銭はかかっておらん」


「…カレンちゃん… 悔しがるだろうなぁー…」と小恋子がつぶやくと、「万有花蓮とは別のカレンもおったのか?」と信長が聞いた。


「…はい… セルラ星に呼びもどされて、王家の仕事に従事してますぅー…」と小恋子は眉を下げて答えた。


「…そうか… それは残念じゃったな…」と信長はいろんな意味を持って嘆いた。


「仕事は内勤。

 城の運営と、若い子たちの教育係ということでよいか?」


信長の言葉に、ふたりは笑みを向けあって、すぐさま頭を下げた。


「…あー… あー…」と長春は言い始めて、キャッシーを見ている。


「…動物でもあったか…」と信長は言ってキャッシーを見た。


その瞳は銀色に輝いていて、狼でしかないと確信していた。


「…ここしばらくは変身する理由がなくなったので…」とキャッシーは眉を下げて答えた。


「強制的な命令はせぬ。

 知っての通り、長春の配下となってしまうからな」


信長の言葉に、「…人間の姿でも、びりびりと感じますぅー…」とキャッシーは大いに眉を下げて言った。


「ま、危機があれば、警備の一環として、変身して守ってやってくれ」という信長の穏やかな言葉に、「はい、全力で対処いたします」とキャッシーは快く答えた。


「…防衛隊の隊員がひとり増えた…」と信長は感無量になって言った。



「…今日は行かないの?」と阿利渚が意味ありげな笑みを浮かべて幻影に聞くと、「え? どこに?」と逆に聞かれてしまったので、阿利渚は大いに戸惑った。


「…はは様に、

 まだまだ子供の私の姿を見てもらいたいなぁーって思ってるのぉー…」


阿利渚の言葉に、蘭丸は大いに母の感情を出して阿利渚を抱きしめた。


「…ふーん…」と幻影が阿利渚を見入ってうなってから、「それって、子供の言葉じゃないことはわかっているよな?」と聞かれると、阿利渚はまた大いに戸惑った。


そして蘭丸は大いに戸惑いの目を幻影と阿利渚に向けた。


「遊園地には行かねえ」と幻影はすぐにすべてを察して断言すると、阿利渚と子供たち、そして天使たちは一斉にうなだれた。


琵琶家家人たちは幻影たちに集中して見入っている。


「まず第一に、過ぎたる技術は、俺たちにとって毒でしかないからだ。

 しかもそれが安全で楽しい場所であることがさらに良くない。

 これが否定する第二の理由だ。

 よって、遊園地には連れて行かない。

 俺たちの手作りの児童公園で我慢しろ」


幻影の厳しい言葉を聞いて信長は何度もうなづき、「徐々に経験を積むと言ったはずだ」と威厳をもって言うと、誰もが一斉に頭を下げた。


「具体的に言えば、遊園地とやらに遊びに行くのは十年後じゃ」


信長がにやりと笑って言うと、子供ばかりでなく大人たちも大いにうなだれた。


「この件は、我が琵琶家にとって由々しき大問題なのじゃ。

 科学技術に馴染み過ぎると、

 今の琵琶家を保てんからじゃ。

 必ずや、よからぬ理由で琵琶家から出奔する者が現れる。

 じゃが、その試験として連れて行ってやっても構わん。

 ワシには、幻影さえいればそれでよいからな。

 また第二の琵琶家を創り上げればそれでよいからじゃ」


今までで一番厳しい信長の言葉に、蘭丸と高虎が前に出て畳に頭をこすりつけるようにして頭を下げた。


「高虎はまだしも、お蘭は阿利渚にたぶらかされるとワシは読んでおる」


信長のさらなる厳しい言葉に、蘭丸は答えることも、頭を上げることもできなかった。


「一からやり直しというのも、

 我らにとって良い経験かと」


幻影の言葉に、信長は笑みを浮かべてうなづいた。


「…地獄の、行楽地に連れて行ってやるわぁー…」と信長は魔王に変身して言うと、誰もが一斉に頭を下げっ放しになった。


「…今さら反省してももう遅いぃー…

 強制的に連れて行ってやろうかぁー…」


魔王がさらにうなると、「全部私が悪いのです!」と長春だけが顔を上げて泣き濡れた目を信長に向けていた。


「…やはり、お前が元凶かぁー…」と魔王がうなると、長春は今までにないほどに体を震わせて頭を下げようとしたがそれができなかった。


「萩千代は言うことがあるか?」と魔王が聞くと、「知らなかったよ?」とごく普通に答えると、「知っておったらどう対応した?」とまた聞いた。


「お芝居をすることは、やめた方がいいって言ったかなぁー…」とベティーは考え込みながら答えた。


「ごまかしでしかないからな」と魔王は言って鼻で笑ってから信長に戻った。


「桜良!」と信長は叫ぶと、「ひゃいっ!」と桜良は大いに緊張して叫んだ。


「子供らを引率して、傷を最小限に留めよ。

 それがそなたへの試練じゃが、

 もちろん褒美は出る。

 このようなものはどうじゃ?」


信長は言って、懐から箱を出すと、桜良は、「え―――っ?!」と叫んで、目は箱に釘付けとなった。


「…これは、お見事です…」と幻影は言ってから、信長に頭を下げた。


「配下のできることは、ワシも修行を積むべきと決めたからな」


信長は言って箱を懐に戻すと、「…あー…」と桜良は箱に向けて手を伸ばしてうなだれた。


「魔王にふさわしくないほどにかわいらしいものだったわね…」と濃姫が冷静に言うと、「やかましいわい」と信長は悪態をついてから大いに笑った。


「ワシのかなり前の前世で、大いに流行っていた登場人物じゃ。

 幻之丞に確認させたが、その痕跡はどこにも残っておらんそうじゃ。

 過去を探って知っている者は、懐かしく思うじゃろうて」


「これがそのお話の登場人物たちなどです!」と幻之丞は叫んで、壮大な画像を出して、すぐさま消した。


そして幻之丞は大いに悪者になっていて、子供たちと天使たちに大いに睨まれた。


「…マイヤーメリーと愉快な仲間たち…」と幻影はつぶやいて大いに考え始めた。


「…ありましたけど、うわさ程度ですぅー…」と咲笑は言って、その少ない情報を宙に浮かべた。


「…宇宙規模で有名だったようじゃな…」と信長は大いに眉を下げて言った。


「はい、当時の御屋形様は、現在のフリージアのような星に住まわれていたようです」と幻之丞が答えた。


「ちなみにその当時も、御屋形様はご家族に怒っておられます」


幻之丞の言葉に、家人たちは一斉に頭を下げた。


「…ま、まあ、怒ったようじゃな…」と信長は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「星の防衛の職に携わっておったからな。

 確かにワシかて興味はあったのじゃが、

 そうも言っておられん状況下にもあったからじゃ。

 まさに、宇宙大戦争の只中の星じゃったからじゃ。

 さすがに浮かれる気分にはならんかった。

 …その部分はどうじゃ?」


信長が幻影に聞くと、「いえ、情報は何もなさそうです」と幻影は答えて頭を下げた。


「もうない銀河だけど…」と咲笑は言って、宇宙地図を出した。


「…なるほど…

 幻影は近くにはおったが、

 当時ではおいそれとは行けぬほど、

 相当に離れた星におったか…」


信長は残念そうに言った。


「情報源は、

 宇宙をまたにかける商人たちの口伝の噂のようなものだったようです」


幻影の言葉に、信長は何度もうなづいた。


「…引き受けますぅー…」と桜良は言ったが、「何の話じゃったか…」と信長が本気で困惑して言うと、幻影は大いに笑って話を元に戻した。


「覚えている限り、全てを再現してやる!」という信長の堂々とした言葉に、桜良は大いに感謝してから、嫌がる家人たち全員を抱え込んで消えた。


幻影とふたりきりになった信長は、「どうじゃ、一献」と言うと、「はい、すぐに準備いたしましょう」と幻影は笑みを浮かべて酒宴の準備を始めた。



酒を酌み交わし始めた幻影が、「あの人形たちの生みの親は?」と幻影が言葉足らずに聞くと、「…城の姫様じゃった…」と信長は笑みを浮かべて答えて何度もうなづいた。


「今世では会われておられないのですか?」


「ああ、出会っておらんようじゃ。

 まあどこぞで、

 また同じようにして子供たちを陽気にしておるかもしれんな」


信長は目を細めて言った。


当時の信長は人間で、魂の長い生涯でのただの一部の修行でしかなく、比較的穏やかに人生を終えたようだ。


よって、繁栄を極めていた星は死守したといったところだ。


「…じゃが、作っておって妙に懐かしく思ったのじゃが、

 孫たちのためにぬいぐるみなどを造っておった。

 当時は高価なものでな、

 普段はワシには見向きもせんかったワシに大いに興味を持ちよった…

 なかなか出来が良かったもんで、ワシも調子に乗ったようじゃ」


信長は言って、そのぬいぐるみをわらわらと噴出させた。


幻影は手に取って、「…さすが手作りですね…」と笑みを浮かべて言った。


すると、廊下に大勢の人の気配を感じると同時に、「…死守しましたぁー…」と真っ先に部屋に入ってきた桜良が疲れ切ったようで嘆いたが、すぐさまぬいぐるみの海に飛び込んできたので、信長と幻影は大いに笑い転げた。


「元気になったようじゃ」と信長は桜良を見て言ってから、家人たちを見まわした。


すると、「…御屋形様ととと様がいないと、楽しくありません…」と阿利渚が泣き出しそうな顔をして、うつむいて言った。


「それも、繋ぎ止める我らの手じゃ」という信長の言葉に、大人たちは大いにうなづいていた。


「ひとり増えてるけど?」と幻影が言うと、信長が鋭い視線をひとりの女子に向けた。


年の頃は十才程度で、遊園地で働いていたのだが、阿利渚が勧誘したそうだ。


一行が行った遊園地はフリージア星の双子星のゴールド星で、キャッシーの父親が代表を務めている。


よって話は早く、簡単に引き抜きに成功したのだ。


少女の生みの親はふたりとも他界していて、キャッシーの父が親代わりだったので、何も問題はなかった。


「だとしたらおかしいんだど」と幻影が女子を見て言うと、「…そういえば、そうでした…」とレスターが追従して言った。


「ここではなく、フリージアにいたはずじゃな?」と信長も話に乗ってくると、女子は大いに戸惑いの目を大人三人に向けた。


「…源拓様たちに声はかけられたんですけど、

 なんだか嫌でしたぁー…」


女子が小声で答えると、「…ま、その通りじゃったことは否めんな…」と信長は言った。


女子は、マリー・ゴールドと名乗って、信長に自己紹介をした。


「…ほう、マリー・ゴールドとはな…」と信長はさらに興味を持ってつぶやいた。


すると幻之丞が、『ミカ・マリーゴールド』という表題とともに、ひとりの人物の画像を宙に浮かべた。


そのいでたちはどこぞの姫様でしかなかった。


「この人形たちの生みの親じゃ」という信長の言葉に、阿利渚を筆頭にして子供たちと天使たちが走ってやって来て、ぬいぐるみたちを抱きしめた。


「じゃが、残念ながら当人ではなく、

 マリーの母が、ミカ・マリーゴールドじゃったようじゃ」


信長はさも残念そうに言った。


「…あー…」とマリーは言って、小さな根付のようなぬいぐるみを出した。


「…やはりか…」と信長は言って、同じデザインのぬいぐるみたちをマリーに抱かせた。


「主の母の手作りのようじゃ」と信長が言うと、「…はいぃー…」とマリーは答えて笑みを浮かべていたが、涙を流してぬいぐるみたちを抱きしめた。


信長はわらわらと箱を出して、「マイヤーメリーの町を作り上げよ」という言葉に、子供たちは、「はい! 御屋形様!」と叫んで、箱とぬいぐるみをもって廊下に出て行った。


「サルサロスに対抗できる、

 子供たちの心を癒す店ができました」


幻影が笑みを浮かべて言うと、信長は恥ずかしそうな顔をしてから座り直して、幻影に猪口を突き出した。



信長は機嫌がよくなったようで、マイヤーメリーに関する興味深い話を始めた。


『マイヤーメリーと愉快な仲間たち』は様々な話をひとくくりにした物語で、日常のほのぼのした話から冒険ものまで、十の話から構成されているもので、初めはミカ・マリーゴールドが絵本を描き上げたことで大当たりして、あとは放送局が手を出し口を出して、様々な方向性を見出して、最終的には小さな人形にすべてを託された。


よって信長が出したとんでもない量の箱には、それぞれの物語の主題が書き込まれていて、最終的には十の町が完成することになる。


ここからは幻之丞と咲笑が大いに奮闘して、幻影は十冊の絵本を描き上げた。


その頃信長は酔っぱらって眠っていたが、穏やかな笑みを浮かべていた。


絵本の物語はごく一般的に幼児向けで、その内容は道徳心を重んじて描かれている。


不幸が多い中だからこそ、姫と放送局は大いに奮起して作り上げたという信長の話だった。


その絵本のひとつの冒険ものの中に宝探しの話があり、最後に宝箱を開けるのだが、なんとここで終わっているのだ。


宝箱の中に何が入っていたのか、大いに興味が沸く話だが、幻影は三度ほど絵本を読み直して、中に入っていたものの察しがついた。


子供だとすぐに気づくのだろうかと考えたのだが、きっと難しいことだろうとまた何度も読み直して推測した。


「…あら? それってなあに?」とずっと幻影の行動を観察していた濃姫が言うと、幻影の真正面に、絵本の中にあった宝箱があったことで、目を見開いた。


「問題の正解のご褒美のようです」と幻影は言って、絵本を濃姫に渡した。


女性たちは小さな箱を見入りながら絵本を読んでからすぐに、宝箱に興味を持った。


「中に何が入ってるのか、わかった方はおられますか?」と幻影が聞くと、女官たちは大いに苦笑いを浮かべて首を横に振った。


「それよりも、魔を統べる王と希望を持つ庶民が気になったんだけど」と濃姫が言うと、「ええ、御屋形様と私のように思ってしまいました」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「昔話の劇中話のようですが、

 実は本当の話だったのかもしれません。

 宝の地図を見つけ出すまでがかなり細かく書かれています。

 ミカ・マリーゴールド姫の住んでいた星には、

 魔王と勇者がいたように思います。

 しかも対立しているのではなく、

 魔者という敵と戦っていたように思うのです」


幻影の言葉に、濃姫たちは異論がないようでうなづいている。


「そして一番気になったのは、

 宝探しに行く決意をしていない部分です」


「あっ!」と女官たちはすぐにそれに気づいた。


「…宝の地図は見つけたけど、宝探しに行く夢を見た…」


政江がつぶやくと、「俺もそう思った!」と幻影は陽気に叫んで大いに笑った。


「…宝箱を開けた瞬間に、夢から覚めた…」と沙織が言うと、誰もが、「あははは!」と陽気に笑い始めた。


「ですが、絵本がこの内容だと、

 子供たちをがっかりさせるだけで、

 希望も何もありません」


「…そうね… 子供向けの絵本では、まずありえないわ」と志乃が言うと、幻影は何度もうなづいて、「教訓なり、希望を持つ内容が必ず記されてあるものだからね」と幻影は穏やかに言った。


「そしてその先ですが、冒険のお話はかなり大雑把で、

 草原や山や海で、魔物と戦ったとだけしか読み解けません。

 そして苦難を乗り超えて、魔王の居城跡にたどり着いてから、

 また細かく記載されています。

 ほかの九冊の絵本を読んでもらうとわかりますが、

 ほかのものはこのようかな書き方はしていなくて、

 まさに子供用の絵本でしかないのです。

 冒頭と終盤は、絵を観なくても情景が思い浮かぶように書かれてあるのです。

 ですので、はたと気づきました」


幻影がここまで言うと、「はいはーい!」と桜良が右腕を上げて大いに叫んだ。


「じゃ、桜良さん…」と幻影が眉を下げて使命すると、「文章と絵の内容が違う!」と桜良は叫んで、大いに自慢げな顔をした。


「その通り。

 俺は三回読んで、ようやくその差に気付いたんだ。

 すると、宝箱が目の前にあった。

 となると、正確に読み解けば、

 宝箱が現れるのかといえばそうではないと思う。

 その通りであれば、桜良さんの目の前にも宝箱が現れなきゃおかしい。

 だったら、この謎を誰も解けていなかったと考えれば、

 一応辻褄はあう」


すると濃姫が宝箱に触れようとしたのだが、なんと指先がすり抜けたのだ。


「えー…」と誰もが大いに嘆いたが、「横取りはできないようになっているようですね」と幻影は言って愉快そうに笑うと、濃姫は大いにふくれっ面をした。


「では、その差異の部分を絵にするとこうなる」


幻影の言葉に、水晶の球のようなものと、古そうな木の杖の映像が現れた。


もちろん咲笑が映像とした出したのだ。


「きっと、組み合わせて魔法の杖にでもなるんだろうね」


幻影が言うと、咲笑は画像を動かして、水晶と杖を合体させた。


「これが答えだろうと思ったのはいいんだけど、

 できればこの宝箱を開けたくないんだ。

 開けたが最後、魔法が発動して、

 ミカ・マリーゴールド姫が出て来そうでね」


「…いや、大丈夫だぁー…」と蘭丸がうなって、幻武丸をすらりと抜いた。


そして、「…いつでもいいぞぉー…」と蘭丸はさらにうなると、宝箱は消えてしまった。


「逃げた」と幻影が言うと、誰もが愉快そうに笑った。


「さすがにこの事態は想定していなかったと思うけど、

 まさかのための回避策は用意していたと思う。

 都合が悪くなった宝箱が消えたと同時に、

 本来の術が発動される、などとね」


幻影の言葉に、蘭丸は瞳を閉じて辺りを探り、廊下に飛び出していった。


「…何という察知能力だ…」と幻影は大いに呆れるように言った。


「子供たちのところだわ」と濃姫が言ったが、「弁慶たちがいるので、問題はないでしょう」と幻影は笑みを浮かべて言った。


しばらくすると、「きりきり歩け!」という蘭丸の叫び声が聞こえたと同時に、信長が目を覚ました。


「…なんじゃ、騒々しい…」と信長がつぶやくと、幻影が、「侵入者です」と落ち着いて答えた。


「ほう! それは面白い!

 なんなら、雇ってもよいぞ!」


信長は叫んで大いに笑った。


そして蘭丸が廊下に仁王立ちして、「不審者です!」と叫んで、廊下に座っている姫らしき洋装の幼児に向けて言った。


「…ふーん…

 ミカ・マリーゴールド…」


信長は興味がなさそうにつぶやいた。


ここで幻影がこうなるまでの経緯を話すと、信長は大いに笑い転げた。


「使えぬのならば放りだすだけじゃが、

 まあ、マリーの母だったこともあるから、

 色々と考えねばなるまい」


信長の言葉に、マリーは目を見開いて、小さな姫様を見入った。


「ダメですね。

 今世の記憶は真っ白です」


幻影の言葉に、誰もが目を見開き、「…生まれたばかりの赤子同然か…」と信長が嘆いた。


「いえ、肉体に魂が定着した直後ですので、

 赤子よりも経験がありません」


幻影の言葉に、誰もがあ然とした。


「ですが、それほど困ることでもありませんから」と幻影は言って、お香に笑みを向けた。


お香は笑みを浮かべて、ミカだった幼児に寄り添った。


「魂の深層心理では、

 順調であれば、大人しい淑やかな子に育つでしょう。

 ですがお蘭が幻武丸を抜いたのは、

 さて、どうでしょうか…」


幻影の言葉に、蘭丸は大いに慌てふためいた。


「…お前も俺とともに責任を取れぇー…」と蘭丸が涙目で幻影に向けてうなると、「冗談だ、その記憶はない」という言葉に、蘭丸は腰くだけになって、廊下にへたりこんだ。


「…幻影の冗談も程々じゃが、

 幻武丸をすぐに抜くお蘭も悪い…」


信長は眉を下げて言うと、「余計なことを言いました」と幻影は言って頭を下げた。


「言葉さえ話せれば、意思疎通はできると思います。

 あとは専門家の乳母たちに任せておけば問題はないでしょう。

 ちなみに、今のところは能力者ではありません。

 できれば、私たちも術を使わない方がいいかもしれません。

 何の拍子で能力に目覚めるか、

 今のところは未知ですので。

 そうなれば、乳母では手に負えなくなりますので、

 能力者が育てる必要ができてしまいます」


幻影の言葉に、信長は深くうなづいた。


「…ワシか幻影が育てればそれでよい…」と信長が穏やかに言うと、幻影は笑みを浮かべて頭を下げた。


「…しかし、どのような考えがあって妙な術を構築したのか理解不可能です…」


幻影の言葉に、「…ふむ…」と信長は言って少しばかり考え、「…賢く平和な者の子…」とつぶやいた。


「…親を選ぶ術ですか… …なるほど…

 ほかには、特に考えていたことはなさそうですので、

 その通りかもしれません…

 やはり諍いが多い世界だと、

 それがない世界で生を受けたいと思うことでしょうから」


「それよりも、前世はどうなんじゃ?」と信長が興味を持って聞くと、「動物の… 猫だったようです… 死んだのは一年前… そのあとは、宇宙空間をさまよっていたようです」と幻影が答えると、「それはなにより」と信長は笑みを浮かべてうなづいた。


「猫の前が、マリーの母親です。

 七年前のゴールド星の不幸に巻き込まれて、

 命を絶たれています。

 子供たちのほとんどは、

 キャッシー殿の機転によって、

 ほとんど怪我すらしませんでした」


「…とんでもないことをやらかしたものじゃ…」と信長は大いに眉を下げてつぶやいた。


フリージア星の近くに、生物が住める星がふたつある。


そのひとつのゴールド星はフリージア星がまだ存在していない時に、あるものに向かって突っ込んできたのだ。


「…飛んできた星を我らで止められるものなのか…」と信長は少し悔しそうにうなった。


「本気になればできるのでしょうが、

 普通は破壊を選ぶでしょう。

 しかしその時間がなかったからこそ止めたのだろうと推測します。

 近くに来てから破壊してしまうと、

 住んでいる星に多大な被害が及ぶでしょうから。

 重力系の術が使えるのであれば、比較的楽かもしれません。

 サイコキネッシス程度だと、果たして止められるかどうか…

 ですが、お蘭と一心同体となれば、

 可能かもしれませんねぇー…」


幻影の言葉に、「…阿修羅、恐るべき…」と信長は言ってにやりと笑った。


「都合のいい戦場があれば、地面の薄皮を剥がしてやると、

 ある程度は理解できると思います」


「興味がある。

 次があれば命令する」


「御意」と幻影はすぐさま答えて笑みを浮かべてから、蘭丸を立たせ、「阿修羅で修行だ」という言葉だけで、蘭丸は蘇った。


幻影と蘭丸は肩を寄せ合って食事を摂ってから、部屋を出た途端に問題が起こった。


今のところはミカと呼んでいる幼児が、火がついたように泣き出し始め、幻影と蘭丸に両腕を延ばしたのだ。


「…訓練ができねえ…」と蘭丸が言うと、「ま、腹をくくろう」と幻影は言って、布を取り出して幼児に巻いて、蘭丸に抱かせるようにして縛り付けた。


「能力に覚醒すれば儲けものだ」という幻影の言葉に、「…わかった…」と蘭丸は真剣な目をして言ってから、蘭丸は今は機嫌よく笑みを浮かべている幼児の涙をやさしく拭いて、母の顔をした。



幻影と蘭丸が廊下に出ると、家人たちが全員ついてきたが、ふたりは気にしなかった。


そして城下町からかなり離れた草原までやって来て、幻影は混沌から巨大な岩を出して置いた。


それを数回繰り返して並べた。


「阿修羅となり、息を合わせて術を放ち、

 全てを持ちあげる。

 まずは最低限の能力で構わない。

 気合いを入れすぎると、どうなるかわからんからな」


「おう、わかった」と蘭丸が真剣な目をして答えると、ミカも真剣な目をして、「あー…」と言ったので、幻影も蘭丸も大いに笑った。


「お前の口調が移るぜ」という幻影の言葉に、「…淑やかに話すことに今決めたわ…」と蘭丸は眉を下げて答えた。


ふたりは阿修羅となり、最低限のサイコキネッシスを放っただけで、すべての巨大な岩を楽々持ち上がったことに、幻影と蘭丸が真っ先に目を見開いた。


「じゃあ、特別な試練だ」と幻影は言って、宵の明星を見上げた。


「どうだ? あの星を移動させられると思うか?」


幻影の言葉に、「…問題なさそうだ… …あ… 問題はなさそうね…」と蘭丸はすぐに言いかえた。


「都合よく、流れ星でも飛んでくればいいが…」


幻影の言葉に、咲笑がその情報を出した。


「三秒後、南南東、角度三十」と幻影は言って、その方向に体を向け、蘭丸と息を合わせて一瞬尾を引いた流れ星を止めた。


「ほら、願い放題だ!」と幻影が叫ぶと、誰もが手のひらを合わせて願い始めた。


「ゆっくり引き寄せるぜ。

 大気圏に突入させると砕けるかもしれんけどな」


「問題ねえ! …あ… 問題ないわ!」


ふたりは術で隕石を操って、ゆっくりと地面に置いた。


直径が三十間ほどある、ジャガイモのような形をしている。


「害はありません!」と咲笑はすぐに叫んだ。


約一時後、この草原一帯は隕石だらけになった。


「国民の仕事にしよう。

 金や銀も含んでいるそうだ」


「あら、素晴らしい宇宙のゴミだわ」と蘭丸は明るく答えた。


試しに幻影と蘭丸だけで、隕石をひとつ粉々にすると、金が三十貫、銀が五十貫、白金が百貫もあった。


その他にも価値のある金属がそれなり以上に発見できた。


「隕石一個だけでひと財産だ」と幻影は大いに陽気に言った。


「明日から子供たちのお仕事にするわ」と阿国が言って本来の巨人の姿に戻って、一番大きな隕石を片手でつかんで軽々と持ち上げて、城下に向かって歩いて行った。


「今日の確認はこの程度でいいだろう。

 ミカは眠ってしまったようだし」


「…うふふ… かわいいわ…

 それほど早く、親離れしないで欲しいわ…」


蘭丸は母の笑みをミカに向けて言った。



ミカを阿利渚に預けて、幻影と蘭丸は風呂に入ってから、子供たちとともに寝所で眠った。


すると幻影は、魂の記録にある一部始終を見ていた。


幻影自身は第三者的に見ているので、次に何が起こるのかわかっているが、魂の記録はもちろん変わらない。


よって、様々な失敗が多々あったことを大いに反省したが、その中で生き残ったことは奇跡に近かった。


『おまえ、いい加減にしろよ』と当時の名をガルと名乗っていた幻影が言うと、『君の判断ミスじゃないか!』と当時から魔王の信長に言われてしまった。


第三者的視線の幻影は大いに笑っていた。


―― こんな時期もあったんだなぁー… ―― と懐かしく思っていた。


すると、『この星はまだある』という声が聞こえた途端に、幻影の目の前には寝所の天井があった。


外は白んでいたのでもう朝だ。


そしていつものように子供たちを剥がすように起こすと、最後に残っていたのはミカだった。


―― あれはお前の声のようだな… ―― と幻影は思い、笑みを浮かべてミカの頭をなでた。


「…とと様、おはよう…」と寝ぼけ眼の阿利渚が朝の挨拶をすると幻影はすぐに挨拶を返した。


すると、「…とと様、おはよう…」と、夢の中の声が言った。


幻影は驚くことなく、「はは様が悲しむぞ」と幻影は言ってミカの頭をなでた。


「…睡眠学習?」と阿利渚が言うと、幻影は愉快そうに笑ってから肯定した。



朝餉の席で、ミカはまだ勉強不足だったようで、必ずといっていいほど阿利渚の真似をして話す。


よって、お香たちお世話係はもうお役御免と思い大いにうなだれた。


蘭丸も同じで、大いに眉を下げてミカを見ている。


そして幻影が夢の話をすると、信長は大いに興味を持った。


「肝心の宇宙の場所がわかっておらんのだろ?」


「現在、咲笑が検索中です」と幻影は言って、黙々と食事を摂っている咲笑の頭をなでた。


「…はぁー… 確率九割で、見つけましたぁー…

 太陽系の均衡が崩れて、別の銀河に飛ばされたようですが、

 星は存在していて、生物もいますが、人間は確認できません。

 ですが、赤道直下以外は凍り付いていますから、

 星としての寿命はもう終わりに近づいていると思いますが、

 地殻変動などは確認できませんので、安定していると思いますぅー…

 建物はすべて崩壊しているようで、

 濃い緑に覆われていますぅー…」


咲笑がその映像を出すと、「…確かに涼しそうな星だな…」と信長は言って、二の腕をさすった。


星の上下三分の一は真っ白で、まるでハンバーガーのように見える。


「星が古いせいもありますが、

 太陽から少々離れていることが

 そもそもの原因の様ですぅー…」


「…ま、これも、宇宙の奇跡のひとつじゃろうな…

 物見遊山としては気楽でよかろう」


信長は映像を見上げながら陽気に言った。


「だけど流れ星のようになって飛んでいたんだろ?

 よく速度が落ちたもんだな…」


幻影の言葉に、咲笑が予測として動画を流すと、誰もが納得していた。


星の動きが緩やかになったのは、数々の大きな星の重力の影響のようだ。


本来ならば巨大な星に吸い込まれるはずだが、ほかの星の重力の影響もあって、そうはならずに現在の場所で落ち着いたようだ。


しかし小さな隕石のようなものは、簡単に大きな星に吸い込まれているようだ。


「赤道直下で十度ほどですので、

 常に冬といってもいい様ですぅー…

 夜の部分は、氷点下十度ほどですぅー…」


「防寒の準備はした方がいいかもしれぬな」


信長の言葉に、幻影は素早く答えて薄くて軽くて暖かい、ダウンジャケットを出した。


「これはいい!

 冬は寒さ知らずじゃ!」


信長は大いに機嫌がよかった。



家族総出で宇宙戦艦に乗り込んだ。


もちろんミカも乗っているのだが、表情や行動などはいつもと変わらず、幻影と蘭丸が近くにいれば、誰にでも愛想よく寄り添う。


目の前に白いハンバーガーを確認して、大気の状況などを再確認してから、宇宙戦艦は大気圏に突入した。


「ミカ様がお住みになっていた居城は氷の中ですが、

 御屋形様と幻影様が住んでおられた場所は、

 この近くですぅー…」


咲笑の言葉に幻影は何かを感じて、東に一里飛んでから、宇宙戦艦を草原に降ろした。


「…我らが住んでいた城が残っていたようです…」


幻影の言葉に、「うむ、ワシにも感じた」と信長は答えて、築山のような風光明媚な丘を見上げた。


「草刈りをしながら前進します」と幻影は言って、全員に鎌を渡した。


すると辺り一帯は隆起したと思わせる場所が所々に確認できて、斜めになっているひと塊の大きな建造物が琵琶家家人の目の前に立ちふさがった。


「御屋形様」と幻影が言って証拠の品を披露すると、「懐かしいわい」と信長は機嫌よく言った。


それは岩に刻まれた当時の魔王の紋章だった。


そして幻影は少し地面を掘って、「…あった…」とつぶやいて、感無量になって、当時の勇者の紋章を確認できた。


すると信長が、「揺れるぞ!」と叫んだが、緊迫感は含んでいない。


すると巨大な居城がまっすぐになり、まるで浮かび上がるようにせりあがってきたのだ。


「ふたりの紋章が鍵となっておったからな。

 確認しなければこうはならんかった」


信長は言って、ほぼ完ぺきな岩づくりの城を見上げて笑みを浮かべた。


信長は大きな門を開いた。


吹き抜けの広い廊下に光が差し込んで、中は今出来上がったようにきれいなものだった。


「魔王の帰還なり!」と信長が叫ぶと、一斉に室内が明るくなった。


外の光を取り込む装置が働いたのだ。


「風がないと寒くはないな」と信長は言って、ダウンジャケットを脱いで異空間ポケットに入れ込んだ。


「今となってはここに未練はない。

 じゃが、奪われるのは借じゃから、

 お宝を持ち帰る」


信長の言葉に、子供たちは冒険小説の一員となったように、大いに陽気になった。


しかし冒険は起こらず、簡単に宝物庫にやってきた。


「…扉が大きすぎる…」と阿国が嘆くと、「この星の産物だけではないからな」と信長は言ってにやりと笑った。


「さすがに開けられる者はおらんかったようじゃ」と信長は機嫌よく言った。


「神々しき姿を我にみせよ!」と幻影が叫ぶと、『ドン』という音とともに、扉がかすかに開いた。


信長は両手で強引に扉を開け放つと、「うわぁー…」と子供たちが真っ先に喜んでから駆け出した。


まるで絵本に書かれている金銀財宝が所狭しと、きちんと収納されて飾られていた。


「展示室?!」と濃姫が叫んで大いに笑った。


「絵などでは、うず高く積まれておるものじゃが、

 現実的にはこうして当然じゃ」


信長の言葉に、誰もが納得してうなづいた。


阿国はすぐに換金できる延べ板などだけを異空間ポケットに収め、濃姫は自分の気に入ったものを全て納めて、残りは信長、幻影、蘭丸の三人が分担して入れ込んだ。


「きれいに片付いて何より」と信長は機嫌よく言った。


ここからは岩の彫刻や石像などを見入ってから、博物館のような魔王の城を出ると、魔法の効果が切れたのか、城は初めにあった姿に戻った。



琵琶家一同は喜笑星に帰り着いてすぐさま、魔王城の建設に取り掛かった。


もちろん同じ大きさではなく、博物館レベルのこじんまりとしたものだ。


しかし、展示物は高価なものばかりで、貴金属美術館といった方がいい。


口止めはしていなかったので、この情報はすぐさまロストソウル軍からフリージア星に知れ渡り、天照大神が大忙しとなった。


渡星は許可制だし、通用門は社だけ、しかも星に直接訪れても着陸させない決め事がある。


もっとも、かなり辺鄙な場所の宇宙にあるので、宇宙船の飛来は確認されていない。


よって博物館は三万人の国民が滞りなく閲覧することになった。


もちろん様々なうんちくも解説されていて、人々は大いにため息を漏らす。


そんな中、マリーンがスイジンの許可を得て、喜笑星にやってきた。


公式の訪問はかなり久しぶりだったせいで楽しいようで、威厳を押さえているのだが、どうしても開放してしまうことがある。


能力者は大いに敏感だが、人間たちにはそれほど影響はないようだったので、信長が中止にすることはなかった。


城下町はサルサロス星のものとほとんど変わらず様々な商店が立ち並んでいて、マリーンは琵琶家の恐ろしさを思い知っていた。


もちろん、サルサロスの城下町にないものもあるので、マリーンは時間をかけてじっくりと閲覧した。


お付きはいるのだが、星を離れたということで、守山と翡翠が警備に当たっているので、何も問題はない。


「…こちらに引っ越そうかしら…」とマリーンがつぶやくと、「お戯れを」と守山が間髪入れずに答えた。


マリーンは少しだけ首をすくめて、安土城に登城して、素晴らしい料理を堪能した。


「今回は世辞なく普通のもので、

 特別に準備したものではない」


信長の辛らつというほどの言葉にも、マリーンは苦情のひとつも漏らさずに、何度もガイアと入れ替わって、美味い食事を堪能した。


すると幻影が素早く謁見の間から飛び出し、空高く飛んだ。


鉄壁の警備員たちが緊張してやって来たが、「知り合いだ。来星の許可を」という幻影の明るい言葉に、通信兵がすぐさま宇宙船に向けて許可信号を送った。


宇宙船はタルタロス軍のもので、乗っているのはただひとり、煌極だけだ。


屈強な警備員や防衛隊のトータスたちは、眉を下げて宇宙船を見入っている。


ほどなく、笑みを浮かべて極が宇宙船から降りてきて、朗らかに幻影と握手を交わした。


「…ここに住もうかな…」と極が言うと、「マリーン様と同じことを言わないで欲しいね」と言ってから、極を安土城の謁見の間に通した。



「なんじゃ…

 本気を出せばなんでもないことではないか…」


信長が眉を下げて言うと、極は笑みを深めて、「恐縮仕切りです」と穏やかに答えた。


「時には旅に出ればよい。

 できれば次はジャック・ソラにその任を与えてやってもらいたいものだ」


「おっしゃった通りにいたしましょう。

 旅の終わりに、この喜笑星に立ち寄ることを推奨しておきます」


「いいや、ジャックの場合は強制的に呼び込む」と信長はにやりと笑って言って、頬を赤らめている阿利渚を見た。


「ちなみにな、卓越すると一人旅は詰まらんものとなるそうじゃぞ」と信長は言って、今度は幻影を見ると、「…その想いも経験したいですね…」と極は大いに眉を下げて幻影を見た。


「夫婦安寧のためという理由もあるよ」


幻影の気さくな言葉に、「…それもやっていこう…」と極は苦笑いを浮かべて言った。


マリーンと極は姉弟の気さくなあいさつを交わして、ともに食事を摂って、マリーンは大いに嫌がったか、別々の方法で家路についた。



自然界の神のマリーンが訪れたことで、喜笑星の評価が大いに上がった。


マリーンが表敬訪問に出たことは初めてだったそうで、信長は大いに渋い顔をしたが、「何も変えぬ」と言い切った。


門番の天照大神はいつもの朗らかな笑みを浮かべているだけで、反論や苦言はないようだ。


しかし神仲間や手下の巫女たちは連れて来るが、信長は何も言わずにあいさつを交わすだけだ。


もちろん、「八丁畷殿を怒らすではないぞ」というひと言は忘れない。


琵琶家としても、アニマールとの敵対は避けたいところなのだ。


軍としてはそれほどのものではないが、王と女王が普通ではない。


できれば今まで通り、自然に付き合っていきたいからだ。


すると天照大神は大いに眉を下げて、「…いつでも進呈するって言われたぁー…」と春之介に対して苦言を述べると、信長は大いに笑った。


「八丁畷殿は王の資質も、幻影の行動力も持っておられるからな。

 ワシにとってはまさに理想的な王でもある。

 …ああ、そうじゃ」


信長は言って幻影に体ごと向けると、「やはり時代の差がございますれば」と幻影は言って頭を下げた。


「…我が国民のためにならんか…

 …いや、焦りは禁物じゃ…」


信長は自分を戒めるように言った。


信長としては、アニマール学園の系列校を、この喜笑星にも所望したのだ。


しかし幻影の言葉が正論で、今のところは同時代で生きている者たちだけの学校の方が好ましい。


「だったら、引き受けてもらえないかなぁー…」と天照大神が眉を下げて言うと、「そうか! その逆もある!」と信長は勢い勇んで叫んだ。


「あ、それはそうですね…

 生きづらい学生たちもいるはずですから」


早速信長は春之介に念話を送って、喜笑星との同時代に生きていた学生たちを受け入れると公言した。


そのリストが春之介から幻之丞に送られてきて、何と千名もいたことに、信長は狂喜乱舞して、早速アニマール学園喜笑星分校を建てた。


問題は教師だったのだが、ここは幻影たちが一から育て上げることと、住みづらかった教師や職員たちを転任させることでほぼ解決した。


問題は制服だが、ここは新規に採用する千名の意見を聞くことに決めた。


全ての系列校は同じ学生服を着ているのだが、この喜笑星に洋装は似合わない。


その試作を幻影が春之介に送ると、大勢の賛同の声が上がったようで、今から転校したいと言い始めたそうだ。


よって早急に学生寮を建て、庄屋たちと話をして同居人として住まわせてもらいたい意を伝えた。


その方が、喜笑星での根本的な生活様式になじみやすいからだ。


準備が完了してすぐに、一旦千名を留学という名目で一斉に天照大神が連れてきた。


誰もが礼儀正しく、統率も取れていて、まるで軍隊のようだったが、信長はご満悦だった。


「洋装も悪くない、じゃが…」と信長が杞憂がある顔をして言うと、着物姿の阿利渚、才英、信幻、ハイネが一瞬にしてモデルとばかり姿を見せると、「…あー…」と感嘆の声が上がった。


まさに洋装よりも和装がいいと思ったようで、上着を脱ぎ始めた学生が何人もいた。


この喜笑星での生活を望んだ者ばかりなので、心はひとつだった。


「じゃあ! 採寸して今仕立てるから!」と秀忠が機嫌よく叫ぶと、誰もが目を見開いたが、―― さすが琵琶家… ―― と誰もが思い、順番に秀忠の前に立った瞬間に、新しい学徒着物を受け取った。


今はそれほど寒くはないが、男女ともに羽織も支給した。


靴は草鞋や雪駄など、十種類ほど準備して、学生たちを嬉々とさせた。


鞄については、風呂敷から現代的なバックパックまでを多彩に準備したので、さらに目移りしたようだ。


学生たちには三十日に一度、小遣いを支給する決まりになっている。


これはどの分校でも同じなのだが、臨時雇いとして働いても構わない。


よって優秀な学生たちを法源院屋の店主たちが大いに狙っていた。


だが、宝探しの仕事があることを知って、そっちの方に意識が行ったようで、店主は大いにうなだれた。


さらには城の家老たちの勧誘も始まって、妙な祭りの様相となってきたが、まずは本当の祭りが催された。


まさに、即座に国民たちとの友好な関係を持ってもらおうという、信長の考えだ。


思わぬ時期の予期せぬ祭りに、国民たちは大いに陽気になった。


すると春之介から幻影に念話があり、『学生を三百名ほど追加したいんだけど…』と申し訳なさそうに言ってきた。


「まさか、今の祭りに興味を持ったんじゃないでしょうね?」と幻影が笑いながら言うと、『…半数以上はその通り…』と春之介はため息交じりに言った。


「では、残りの半数は決めかねていたようですね?」


『ああ、その通り。

 多少は今の生活に慣れてはいたけど、

 そっちの状況を目の当たりにして、

 決意の目をして言ってきたそうだ。

 まずはその学生たちを送ってもいいかな?』


「はい、多少の戸惑いは誰だったあるでしょうが、

 祭り目当ては賛同できかねます」


幻影の言葉に、春之介は大いに笑った。


ほどなくして、天照大神が百名ほどの学生を連れてきて、早速学徒着物を支給して、祭りに参加した。


「…お友達一杯ぃー…」と一番喜んでいたのは阿利渚だった。


その積極性をもって阿利渚は意識するようにして、桃花とマリーともに大勢の人々の前に立つ。


長春の動物芸の出し物では、小道具の助手を務めたりもした。


「…姫様たちが率先して働かれておる…」という国民の言葉に、学生たちは大いに目を見開いた。


これもアニマール校の校風だが、まだなじんでいない学生も多いことで、今は無性にこの喜笑星に一日も早く貢献するために、勉強をしたい衝動にかられた。


しかし、「楽しい?! 楽しいよね?!」という阿利渚のこの言葉には抗えず、今は大いに祭りを楽しむことに決めた。


花火大会が終わった後、学生たちは大きな銭湯に行ってから、あてがわれた部屋に誘われてたあと、猛然と勉学に勤しんだ。


「ひとりとして堕落や落伍する者がいそうにないことが素晴らしいです」


街道から学生宿舎を見上げている幻影の言葉に、「よきかなよきかな」と信長は穏やかに言った。


そして商人たちと家老たちがにらみ合っていたが、「ほどほどにしておけよ」という信長の言葉に、誰もがすぐさま頭を下げた。


「臨時雇いの件も、廃材の仕分けと隕石の解体がかなりはかどりそうです」


「いいことづくめで、何より何より」


「ですがさすがに、食料が底をつきそうですので、

 今までよりも収穫高を五割増しにする必要があります。

 学生たちは、国民たちよりもよく食らいますので」


「…うう… 我らにとっても死活問題じゃ…」と信長は嘆いたが、幻影は夜釣りに行くと言って、五名を選抜して、十人乗りの戦艦に乗って空を飛んだ。



翌早朝には、幻影たちは修練とばかりに畑を作り上げて、一気に成長させて、食糧難からの危機は脱した。


食材が出回らなくなると、経済に多大な被害を被るからだ。


「ここはさらに救世主に出てきてもらうか…」と幻影が言って、ドドンガの二種類の種を撒いて、一気に成長させ、早速切り分けて法源院屋にも卸すと、店主が早速試食をして、納得の笑みを浮かべた。


学生たちにはなじみのある食材だが、国民には初物なので、多少の心配はあったが、ここは麺屋も協力して新しい料理も出すことに決まった。


腹をすかせた学生たちが食堂に集まって来てすぐに、とんでもなくいい匂いに誰もが眠りそうになりながらも、目の前のごちそうに、目を見開いて食らい始めた。


炊飯器前はいつも長蛇の列だったのだが、ここではハイネの弟子たちが炊飯器をワゴンに乗せて飯を注ぐので、いつもよりも楽に大いに食らえる。


今日のところは、朝から登校して、まずは学力試験が行われるので、誰も気を抜いていない。


基本的な語学、計算、記憶の試験で、学力だけではなく、適性検査も兼ねている。


年齢に関係なく学年やクラスが決まるので、さすがに緊張を隠せない。


しかし、昨晩の祭りを思い出すと誰もがホホがほころぶ。


学生たちにはいい効果があったようで、誰もが勢い勇んで、真新しい学校の校庭に足を踏み入れた。



「もらっていた学力や能力値よりも、

 遥かに高成績です」


幻影が笑みを浮かべて報告すると、「よきかなよきかな」と信長は穏やかに答える。


「やはり運動能力に長けている者も多くいて、

 萬幻武流の門下生として百名ほどは抱えてもよいかと」


さすがにこの報告には信長は目を見開いた。


「ですが、こちらからは口を出さずに、

 本人たちの意思を尊重します」


「…よ… よきにはからえぇー…」と信長は少々消極的な幻影の言葉を打ち消したかったのだが、ここは常識的に何とか抑え込んだ。


すると阿利渚たちが満面の笑みを浮かべて帰って来て、阿利渚はすぐに成績表を幻影に渡したが、なぜだか眼鏡をかけている蘭丸が奪い去って、「んま! 初等部最高学年!」と蘭丸は教育ママのように叫んでから、阿利渚を大いに褒めた。


「学力も運動能力も妥当だろうね…」と幻影は眉を下げて言った。


「桃源ちゃんも同じだよ?」と阿利渚が言うと、「桃源! よくやった!」と信長は長春に報告中の桃源に向けて高揚感を上げて叫んだ。


「…才英君なんて、卒業証書もらってた…」


阿利渚が大いに眉を下げて言うと、「…仕事がない時は、それ相応のクラスの配属にしてもらおう…」と幻影は大いに眉を下げて言った。


現在は代理として幻影が校長を兼任しているが、基本的にはすべてを教師たちに託している。


問題がある時だけ報告するようにと言いつけてあるし、問題があることは何も聞いていないし、もちろん影の校長は咲笑なので、教師たちの情報端末の内容はすぐにでもわかる。


「…校長を探す旅にでも出ようか…」と幻影が言うと、眼鏡をはずした蘭丸がすぐさま寄り添って、「…逢引…」と照れくさそうにホホを赤らめて言った。


「…キャッシーさんと小恋子さんはもったいなかったなぁー…」と幻影は大いに悔やんだ。


ふたりはサルサロス星で働いているからだ。


今はさすがに抜けないので、サルサロス以外から人材を調達する必要がある。


「教育に特化した星はないものか…」と幻影が自問すると、その候補を咲笑が表として宙に映像を浮かべた。


「ああ、ありがとう…」と幻影は言って表を見入ってから、「順番に回る」と即断した。


「問題の足はどうするのじゃ?」と信長は言って立ち上がろうとしていた。


「すべての星に知り合いがいますので、

 精神間転送で飛びます」


幻影のなんでもないことのような言葉に、「…ロストソウル軍が駐屯しておったかぁー…」と信長は嘆いて座り直した。


ロストソウル軍の軍人たちとは無限組み手で一千万人との接触があったので、候補の星すべてにその知り合いがいたが、話すことは初めてだ。


幻影は目指す星の一番の高職の者に念話を送り、尻込みがちに肯定した者に、蘭丸とともに飛んだ。


今回は教育者の人探しなので、防衛部隊には一切関係のないことだったので、ほとんど話すことはなく、幻影と蘭丸は即座に解放された。


「全く知らない地もいいものだ」と幻影は大いに機嫌がいい。


科学技術はそれなりに発達しかけているが、電気は使っていないので、大気が臭いこともない。


今回は、喜笑星とほぼ同じ文明文化を持つ星だけを咲笑が選定したからだ。


それなりの者を何人も見つけるのだが、好条件の者は皆無だ。


やはりそれなりとなると、この星から抜くことを憚れるからだ。


表の下から三つ目の星で、「おっ ここはいい…」と幻影は言って笑みを浮かべた。


「…そうね、空気がおいしいわ…」と蘭丸は言って、目の前に見える茶店に足を運んだ。


軍人もついてきて、支払いを済ませてくれたので、幻影は礼とばかり金貨を渡したが、「受け取れません」と穏やかに拒否された。


「ん?」と幻影は言って目の前に軍人を見入った。


「総合参謀長、ですよね?

 あ、元?」


幻影が聞くと、「はっ 大部隊が存在していたころは、総司令参謀として働いていました」と平野春介は答えた。


「ありゃ、元老院の一員でもあったのですね…」と幻影は残念そうに眉を下げた。


「私としても残念でなりません」と春介は心底から残念そうに言った。


「優秀なはずです…

 すぐに気づいたから恥をかかなくて済んだ」


幻影の言葉に、春介は大いに恐縮していた。


「お前は、琵琶家の一員となれぇー…」と蘭丸がうなると、幻影も春介も眉を下げた。


「相思相愛でも、

 大人の事情というやつがあるんだよ…」


幻影の言葉に、「…めんどくさいヤツらめぇー…」と蘭丸は悪魔の感情を噴出してうなった。


「万有源一との共通点も多いようだけど?」


幻影の言葉に、蘭丸は大いに目を見開いた。


「その件もあり、私はロストソウル軍を抜けることは夢また夢です…」と春介は大いに嘆いた。


「だけど、不可能じゃない。

 夢があることはいいことさ」


幻影の前向きの言葉に、「はっ! お師匠様!」と春介は叫んでから、すぐに口をつぐんだ。


「…ふふふ… 幻影を師匠と言いやがったぁー…」と蘭丸が鬼の首を取ったように言うと、「俺の今の雰囲気が、万有源一に似ていたんだろう」という幻影の言葉に、「それは言わんでいいんだ!」と蘭丸は大いに怒鳴って、腕組みをしてそっぽを向いた。


三人はすぐにほのぼのとした雰囲気となった。


すると茶店の女中が、気さくに話しかけてきて、話の流れで、仙人のような人が、この地の山奥にいると聞きつけた。


春介も知らなかったようで、大いに興味を持った。


「この星にも、一度は絶望があったはずだからなぁー…」と幻影が感慨深げに言うと、春介は眉を下げて賛同した。


「弟子取りをしている仙人であればそれでよし。

 ひねくれているだけならば、更生して連れて帰る。

 …もっとも、創造神でないことだけを祈っておくか…」


幻影の言葉に、「創造神はいるらしいのですが、誰も姿を見ていません」と春介は言って、山並みを目を動かすだけで見入って、「人間がひとりだけいますが、気づかれました」と悔しそうに言った。


「ま、今の一瞬で気づくとはそれなり以上だね。

 相当の人間嫌いだ」


幻影は言って、術を使って、その仙人らしき者をこの場に引き寄せて、「茶でもどうです?」といきなり勧めたので、蘭丸は大いに笑った。


老人に見える者は目を見開いたが、「…頂こう…」と比較的穏やかに答えた。


幻影が拘束を解いたが、老人の方で興味が沸いたようで、姿を消すことはなかった。


「初歩の気功術師であることは理解できました」


幻影の言葉に、老人は頭を下げた。


「次代を担う、大勢の若者を育てようと思いませんか?

 教えているのは軍則ではなく、一般的な学問です。

 現在、そこの校長のなり手を探しているのです。

 できれば、能力者の方がいいなぁーと思いながら、

 星々を巡っています。

 あ、その学校の簡単な紹介です」


幻影が言うと、咲笑が映像を流し始めた。


基本的には今日の試験風景だが、ほっと気を抜く者や、食堂で大いに食らう者、さらには昨日の祭りの映像も入れ込んで放映した。


「…ワシには、過ぎたることじゃ…

 はっきり言って、

 この子らを今のまま素直に育て上げる自信がない…」


老人が本心を語ると、「嫌な思い出も多いようです」と幻影が短い言葉で言い当てると、老人は肯定するようにうなだれた。


「…力を手に入れることが終着と思っておるようなヤツらばかりじゃ…

 …師匠よりも先に、早々に死におって…」


老人は嘆いて、涙を流した。


「合格です。

 あとはあなたの心ひとつです。

 我らについてくるのか、ここに残るのか」


「ついて行きたいです!」と春介は真剣な目をして言った。


「じゃ、師匠の言葉だ。

 春介の身代わりを二名用意しな」


「…源一様にも何度も言われたぁー…」と春介が嘆くと、幻影は愉快そうに笑った。


「…師匠は焦ってはならぬ…

 卓越したあなたほどでないと…」


老人は言ってうなだれてから、頭を上げて希望を持った眼をした。


「酒天大吉と申す。

 どうか、連れて行って下され」


大吉の堂々とした言葉に、「弟子はいないようで助かったよ」と幻影が眉を下げて言うと、「…いや、実は… その候補がおる…」と大吉はバツが悪そうな顔をして言った。


「みなしごだったら連れ去るよ?」という幻影の言葉に、誰もが大いに眉を下げた。


「いい意味の神隠しさ。

 一人暮らしで懇意にしている者がいなけりゃさらにいい。

 今の大吉さんとそれほど変わらないからね。

 もっともその資質は、俺が判断させてもらう」


幻影の言葉に、「…日課通りだったら、そろそろ来おるはずじゃ…」と大吉が言うと、「紺色の着物の子だね? 年の頃なら、十才程度」と幻影が言ったと同時に、蘭丸がその子を抱飽き締めていて、「あなたの母よ」といきなり母宣言をした。


「…相変わらずの早業だな…」と幻影は大いに嘆いて、ぼう然としている少年を見入った。


「君がお師匠様にしようとしている大吉さんを俺が勧誘した。

 君はどうしたい?」


「…やっぱり、すごい仙人様だったぁー…」と少年は言って、大吉に笑みを向けた。


大吉は照れ臭かったようで、うつむいて頭をかいていた。


「君には親身にしてくれる人がいるようだから、

 勝手には連れて行けない。

 できれば、その人たちにも納得してもらいたいんだ」


幻影のやさしい言葉に、「…頼んでないのに…」とつぶやいたがすぐさま首を横に振って、「…もう、嫁さん気取りなんだ…」と言い換えたので、幻影たちは愉快そうに笑った。


「…ああ、やっぱりいい子だったわぁー…」と蘭丸は言って少年を抱きしめた。


「じゃ、君の嫁さん候補の親たちは?」


幻影が聞くと、少年はホホを赤らめて、「…病気の父ちゃんと虚弱な母ちゃん…」と少しうなだれて言った。


「…ふむ… 普通に家族ともども移住という手もある…」と幻影が言うと、「そうしよ!」と蘭丸は明るく言った。


幻影は少年に喜笑星の参考映像を見せると、「…なんか、みんな立派…」と言ってうなだれた。


「君だって、その気になればこうなれるさ。

 やる気を出すか、ここに残るか、

 ふたつにひとつだ」


幻影の希望のある言葉に、「頑張ります!」と少年は声を張って言った。


幻影たちは少年の嫁候補の家に行って、まずは命が危険な嫁候補の少女の体を楽にさせた。


「今、ここに来てよかった…

 この子は明日には倒れていたかもしれなかったからね」


幻影は少年と同年代の少女を見て言ってから、父と母の病状も軽減させた。


「結局は君がこの家を支えていたんじゃないか…」と幻影が言うと、少年は照れくさそうな笑みを浮かべた。


幻影は少女の父母と話をして、新天地の話をした。


父母には異論はなく、少年大作と、娘の茜が幸せだったらそれでいいと言って、頭を下げた。


「…素晴らしく謙虚…」と蘭丸は感動して言うと、「ああ、いい人たちだ」と幻影も賛同した。


よって幻影と蘭丸は五人をかどわかすこに決め、春介に挨拶をしてから喜笑星に戻った。



幻影はお香に、茜親子の面倒を見てもらうように頼んで、大吉と大作を連れて登城した。


大作はなかなかの体力の持ち主で、非常食を少し与えただけで、肉体的には完全復活を果たしていた。


まさに茜のお節介は、余計なお世話といったところか。


「なんじゃ、やけに早かったな」と信長の機嫌はいい。


もちろん、能力者と将来有望な若者を連れ帰れば、殿様としては機嫌はいいだろう。


そして幻影は三名が体調不良であることをまず説明した。


「…その点は、まだ考えが足りんか…」と信長は言って大作を見た。


「…茜ちゃんがそんなにひどい病気だったなんて…」と大作は大いに嘆いた。


「気づいてやれなかったことは確かに後悔に値する。

 だが、半分以上は茜のせいで、

 生き永らえていたのは大作が特効薬だったという理由がある。

 そして死に直面していても、

 顔色ひとつ変えることなく大作の面倒を見ようとする。

 本来ならば大作の親でないと、

 ここまで献身的に接することは不可能だと思う。

 よって茜ちゃんは、大作に大きな希望を持っていたはずなんだ」


幻影の真剣な言葉に、大作は目を見開いた。


「…一度…

 母ちゃんかって言ったら殴られた…」


大作の言葉に、幻影と信長は大いに笑った。


「起きたらきちんと話せ。

 茜ちゃんの想いには、

 大作をさらに大きくする何かが隠されていると思うんだ。

 恋や愛などを超越した何かを感じてならない。

 …あ、そうか、そういうことか…」


幻影は言って、全てのことに納得いった。


「…ま、姫と騎士、といったところじゃろうて…」と信長は言って笑みを浮かべた。


「…姫と騎士…」と大作がつぶやくと、「忠誠心というものは、何事においても尊いものだ」と幻影は言った。


「…だけど、国のやつら…」と大作は握りこぶしを造ってぶるぶると震わせた。


「忠誠心など持ち合わせず、

 我が身大事と思っているやつらが大半だ。

 忠誠心がなかったと判断した時、

 怒ってもむなしくなるだけ」


幻影の言葉に、大作は力を抜いて、「…そうだね… …怒ってた自分が馬鹿みたいだ…」と言って、顔を上げて幻影に笑みを向けた。


「真の忠誠心が芽生えた場合、

 それは死があろうとも受け継がれる。

 さらには、主の方も従者を信じ、

 万全の忠誠心が生まれる。

 大作と茜ちゃんは、

 きっとそういった間柄だろうなぁーって、

 なんとなく考えたんだ」


「…次からは、辛い時はきちんと言わせます…

 そうしないと、昔の約束はなしって言います」


大作が真剣な目をして言うと、「うむ! 誰よりも立派じゃ!」と信長は叫んで、大作を大いに褒めた。


「…ああ、大作がもう親離れしちゃったわ…」と蘭丸は悲しみの涙を流した。


大作は体ごと蘭丸に向け、「いえ、母ちゃん。僕は母ちゃんに抱きしめてもらったからこそ、ここにいられるって思ってるんだ」と大作は堂々と言った。


「…ああ、本当にいい子だわぁー…」と蘭丸は泣きながら言って、大作を抱きしめた。


そして大作は照れることなく、蘭丸を抱きしめた。


「高能力者の場合、興味を持った対象物の全てが見えるからな。

 だがそれだけではない。

 そのあと、大作がどういった行動に出るかも運命を変えたわけだ。

 大作がすぐに素直になったことで、

 お蘭はさらに大作が好きになったんだよ。

 十才程度だと、そういった子はほとんどいないから、

 大作はなかなか貴重だ」


「…はじめっからわかっていたわよ…」と蘭丸は苦情があるように言って、ゆっくりと大作から体を放した。


「となると、酒天大吉はどうするのじゃ?

 大作は幻影に弟子入りさせたいのじゃが」


信長の言葉に、大作は幻影に笑みを向けた。


「…ワシもできれば、ご教授願いたい…」と大吉は言って、信長と幻影に頭を下げた。


幻影が大吉の目の前で見せたのは、全て気功術だったからだ。


特に説明をしなくても、気功術師であれば、ある程度の察しはつく。


「いえ、御屋形様。

 大吉さんは、学校の校長として雇ったのです」


幻影の言葉に、「…あ、そうじゃった…」と信長はつぶやいて、大いに笑ってごまかした。


「さらには、大作と茜も学校に通わせます。

 そこで、世間の厳しさを知ってもらいます」


幻影の言葉に、大作は大いに気後れした。


「何事も、敵は自分の中にある」


幻影の言葉に、大作だけではなく大吉もすぐさま頭を下げた。


「周りはまさにいいやつばかり。

 よって自分自身の悪さが目立つのじゃ。

 しかしそれとは戦わずに、

 認めてやったりなだめてやることも一興。

 多くの学生たちと付き合い始めれば、

 すぐにでも理解できるじゃろうて」


「…あっちの星の大人の言葉って、

 みんなその逆のことばかりでした…

 だからこそ、大きな不幸もあったんだと、

 さらに納得しました」


変わっていく大作の言葉に、信長は何度もうなづいた。


「こういう教育をしている学校の方が少ないからな」


堂々として言った信長に、大作は笑みを浮かべて頭を下げた。



すると、源次が眉を下げて部屋に入って来て、「とんだ跳ねっ返りだよ」と愉快そうに言うと、幻影は大いに笑った。


「どうせ、大作はどこだと言って譲らないんだろ?」


「その通り」と源次は今度は眉を下げて言った。


「挨拶は済んだ。

 大作を連れて行ってやってくれ。

 あとはすべて大作が丸く収めるから」


「うん、わかったよ」と源次は答えて、大作を侍らせて廊下を歩いて行った。


「茜という女子か?」と信長が聞くと、「はい。目を覚ますと必ずこうなると思っていましたので、お香さんとさらに源次にも頼んでおいたのです」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


「そうか…

 お香でも止められぬほどの猛女か」


信長は言って愉快そうに笑った。


「冷静に話をすると、

 どうして大作にそれほどに入れ込むのか説明できないと思います。

 ただただ好きなだけで、

 病を押してまで面倒を見ようなどとは考えないでしょう。

 誰もがまずは我が身大事ですし、

 しかも茜ちゃんは栄養も足りていませんので、

 本来ならば動けるはずがないのです」


「…精神修行は、誰よりも達人じゃな…」と信長は言って幻影を見入った。


「…拒否できない私もおります…」と幻影が言って頭を下げると、信長は愉快そうに笑った。



幻影はまずは大吉の学力などを検査するために、異空間部屋に籠り、みっちりと丸一日分の時間を費やして教育を施し、大吉に校長の資格ありとして認めた。


大吉は湯水のごとく学問を欲し、まさに教師向きでもある。


この部分は気功術の師匠でもあったので問題はないと幻影は思っていた。


学問については、それなり以上に得ていて、問題があったのは近代的な科学技術だけだった。


学校ではそれほど教えないのだが、琵琶家が使っている以上、校長にも知っておいてもらいたかったのだ。


もちろん、過ぎたる科学技術が不幸を呼ぶことは、仙人と言われた大吉にもよくわかっていたことで、学問以外で幻影が教えることはもう何もなかった。


そして大吉は正式に萬幻武流の門下生として、幻影の弟子となった。


気功術師でもあるので、門下生仲間たちは大吉を羨望の眼差しで見て、快く特訓の相手をする。



茜はようやく落ち着いて、医師でもある咲笑の話はきちんと聞いて、ゆっくりと静養してしっかりと栄養があるものを食べる。


父母、そして、大作との四人での生活に、茜は夢が叶ったように思い、常に笑みを浮かべ始めた。


咲笑はこの先のこの家族たちのために、様々な職業について説明をした。


今はまだ働くことは難しいが、茜については若いだけあって、食べるものすべてが身になっている。


よってわずか三日後に、学校に行く許可を出したが、茜は大いに渋った。


勉強などはそれほど得意ではないようなのだが、ここでの基本的な生活の知識などは咲笑がもう教えてあるので、学校生活で困ることは何もない。


本来ならば、大作が一学年上でもよかったのだが、茜が暴れるかもしれないということで、同学年の同じクラスにした。


年令は茜の方がひとつ上だ。


そして大作は幻影に頼み込んで、萬幻武流の門下生となった。


毎日の生活の中で、修練を積んでいない日はないので、大作は大いに興味を持ったようだ。


面白くないのは茜なのだが、体調的に幻影が合格を出せば、門下生にすると確約した。


もちろん茜は喜んだのだが、咲笑がいい顔をしない。


「調子に乗って動き過ぎ」と咲笑が指摘すると、「…はい、ごめんなさい…」と茜は大いに反省した。


最近になってようやく自分の体の心配を始めたが、こと大作のことになると歯止めが利かない。


これは誰が言っても治らない病気のようなものだ。


「…幻影様は厳しくてね、

 治らなきゃ縁を切れっておっしゃってるんだ」


大作の言葉に、茜は憤慨するよりも、自分が迷惑をかけていることにようやく気付いて、慎重に行動するように変わっていった。



茜の騒動が終わりを告げたある日のこと、早朝の修練で大作に元気がない。


そばにいる茜は勝手に大作に付き合っているだけで、流派の門下生ではない。


「…何があったの?」と茜が控えめに大作に聞くと、「…気功術の件だけどね…」と大作は言って、一枚の紙を茜に渡した。


そして茜はじっくりと読んで、「…体が大人じゃないと、習得は厳しい…」とつぶやいてからうなだれた。


「仙人様だって、習得できたのは六十を超えてからだったんだって…

 達人の弁慶様でも、五十だったそうなんだ…」


「…うう…」と茜はふたりの実力を知っているだけあって、うなることしかできなかった。


「でもね、特別だったのはお師匠様で、

 わずか十五で習得したんだって…」


大作は希望があることを言ったのだが、まるで喜んでいないことを茜は大いに気にした。


「死にかけたそうなんだ」と大作がさらに言うと、「…危険なことは避けてほしいぃー…」と茜は泣き出しそうな顔をして言った。


「それがさ、御屋形様にご指摘されて初めて気づいたんだって。

 自覚症状がないまま、

 死に一直線だったそうなんだ」


どこかで聞いたことがある話だと茜が思っていると、「茜ちゃんも大して変わんないから」という大作の言葉に、茜は納得して目が覚めた。


「だから無理をしないで、日々きっちりと鍛え上げる。

 そして、我慢することも修行なんだって」


「…まだまだ、我慢が足りてなくてごめんなさい…」と茜は言ってうなだれた。


「それにね、できれば早朝練習は、

 大人に混じらずに見学か、遊具で遊んでいた方がいいって、

 お師匠様がおっしゃったんだ…」


「…ほかに、何かできることってないの?

 きっと、ほかにもあるって思う」


茜の希望がある言葉に、大作は笑みを浮かべて力強くうなづいた。


「体力をそれほど使わない、

 弓や馬術を特に頑張ってみる!」


大作の希望ある言葉に、茜は笑みを浮かべて応えていた。


ここからは茜も大作の仲間になって、馬術と弓の修練を始めた。


大作はもう馬を乗りこなしていて、―― …二人乗りしたぁーい… ―― などと茜は思いながらも真剣に取り組んだ。


そして馬上弓を大作は難なくこなすが、まだまだ気に入らないようだ。


やはりここにも力と体力が大いに関係していることを思い知っていた。


朝餉の時間が近づいてきていたので、大作は馬を降りて馬に礼を言ってから、丁寧に馬の体にブラシをかけた。


茜も真似をするのだが、どう見ても馬が嫌がっている。


大作がひと言だけ指導をすると、馬は喜んでいると茜は思ったが、調子に乗らないことにして、気合を入れずに丁寧に慎重にブラッシングをした。


そして大作と茜が信長に頭を下げて家に帰ろうとしたが、「朝餉を食っていけ」と誘われてしまった。


国民としては殿様の言葉を無碍にできない。


しかも、信長は城に向かってずんずんと歩いて行く。


「おじさんとおばさんに、朝ごはん断わってくるから」と大作が言って走り出そうとしたが、「もう伝えたから行くぞ」と幻影が言って、ふたりを城に誘った。



くつろぎの間に通されたのはいいのだが、ハイネに信長の隣に配膳されてしまって、大作は大いに戸惑ったが、ここは度胸を出して、茜を誘うようにして席に着いた。


信長が大作を見て、「…指導することがない、詰まらんやつじゃ…」と言うと、大作は大いに戸惑ったが、「…無理のない程度に頑張ってますぅー…」と何とか答えた。


「おう、それでよい」という信長の言葉に、大作はほっと胸をなでおろした。


―― …やはり、側にいると、すっごく大きい… ―― と大作は思い、信長を見上げた。


すると料理が配膳されたので、大作は入念に手を合わせて感謝をしてから、食べ始めようとすると、信長が大作を見入っていた。


「…成長が早まるかもしれぬ…」と信長は言ってから笑みを浮かべた。


「はい! うれしいです!」と大作は今度は声を張れたことを喜んで、とんでもなくうまい料理に夢中になった。


「調子に乗ったら、幻影のように死にかけるわよ」という濃姫の言葉に、大作は箸を止めて、頭を下げてから、今度はゆっくりと味わい始めた。


しかし美味いものは一気に食べる方がおいしいと思った大作の箸は踊るように動いている。


茶碗のご飯がないと思いきや、すぐにハイネたちに差し出されるので、ずっと食べていられる幸せにも感謝した。


「…こりゃ、楽しみじゃわい…」と信長はつぶやいてから健五郎たちを見ると、まだ幼少の男子たちは大作の真似をするように楽しそうにして食事を摂り始めた。



大作と茜は一旦家に戻って、父母たちへの挨拶もそこそこに、勉強道具をもって外に出て、走って学校に向かった。


大作にとって授業は楽しいのだが、茜はそうでもないらしい。


午前中みっちりと授業を受けて、大作と茜が家に帰ろうとすると、率先して教師をしている沙織に、「大作君」と呼び止められた。


「はい、先生!」と大作はすぐに答えて、沙織の前に立った。


「あと百日で今の学年を終えるんだけど、

 君は次は二学年上で勉強してもらうことになったの。

 どう考えても、君には今の学年はあっていないから」


沙織の言葉に、大作と茜が同時にうなだれると、沙織は愉快そうに笑った。


「茜ちゃんも頑張れば、大作君に追いつけるから頑張って」と沙織は言って、教員控室に向かって歩いて行った。


「先生! さようなら!」と大作は叫んでから、考え込み始めた茜とともに校舎の玄関を出た。


家に帰り着いて、大作はまたもりもりと飯を食って、「今日も宝探しに行ってくるよ」と明るく言うと、「そうかい、本当に助かるよ」と茜の母の菫が笑みを浮かべて言って手を合わせた。


菫の言葉に嘘はなく、わずか数日で三十日分の家族分の食費を大作ひとりで稼ぎ出していたのだ。


大作としては体力づくりの一環でしかなかったのだが、感謝されるとなおうれしい。


もちろん、茜も同じようにして働いているのだが、大作の半分ほどしか稼ぎはない。


茜はちゃっかりしていて、どのようにして給金を決めているのかは理解できていたので何の文句もなかった。


―― 道具が重いけど、重くないと宝を探し出せない… ―― と茜は嘆いていた。



ふたりは家を出て、廃材置き場に足を向けると、いつものように工房の広場で菓子作りをしていたので、少し見学してから廃材置き場に足を向けると、「今日はここで働いてみない?」と源次に声をかけられた。


「もちろんうれしいのですけど…」と大作は言って辺りを見回して、琵琶家の家人しかいないことに気づいた。


「御屋形様がお認めになられたんだ。

 俺たちが認めないわけにはいかない」


源次の背中を押す言葉に、「はい! がんばります!」と大作は言ったが、茜は大いに戸惑った。


「もちろん、茜ちゃんもだよ」と源次が言うと、茜はぎこちない笑みを浮かべて、「いつぞやはひどいことを言ってごめんなさい…」と謝ったので、源次は愉快そうに笑った。


源次は簡単に指導をして、飴造りの一角を大作と茜に任せた。


ふたりは額に汗して慎重に働き、ふと気づくと、「今日は終わりだよ」と源次が言った。


そして、道具などの後片付けなどの指導も受けて、とんでもない量の菓子と、給金までもらった。


しかも給金は、宝探しの給金の倍ほどあったことに、大作は大いに驚いていた。


今回は茜も同額だったので、感無量となっていた。


「計算上は正当な給金だから。

 さらに能率が上がれば、

 さらに払うこともできる。

 これは廃品処理などとは違って、

 かなり精密な仕事でもあるからね。

 胸を張って収めてほしいんだ」


「はい! ありがとうございました!」と大作と茜は陽気に礼を言って、顔を見合わせて笑った。


「予定がないのなら、明日も来てもらいたいんだけど、どう?」


源次の言葉に、「はい! 明日も来ます!」と大作は声を張って答えた。


「お前は我が琵琶家の家人となれ」と通りすがりの信長が大作に言ったが、「冗談だから」と濃姫は言って、信長を蹴り飛ばした。


「いや、本心だから。

 あとは家族と話し合って決めて欲しい。

 だけど御屋形様が望んだのは大作だけだ。

 …もっとも、

 茜ちゃんまで琵琶家の家人にすることは気が引けたはずだよ…」


源次は言って、小走りで信長を追って行った。


「…とにかく、帰ろう…」と大作がつぶやくと、「…うん…」と茜は答えてうつむいて歩き始めた。



ふたりが家に帰ると、茜の父の健吾は仕事から帰っていた。


そして早速大作が今日あった話をすると、「なにを迷う必要がある! 今すぐにお世話になってこい!」と健吾はすさまじい剣幕で叫んだ。


「大作はうちの子だから、たとえお相手がお殿様だとしても許しません」と菫が言うと、「大恩のある琵琶様の願いは聞き入れるべきだ!」と健吾と菫の口げんかが始まった。


「まずはご飯!」と茜が叫ぶと、「…そうしましょう…」と菫は渋々言って、茜とともに台所に立った。


「…大作はどうしたいんだい?」と健吾が小声で聞くと、「おじさんとおばさんの気持ちがうれしい」と笑みを浮かべて答えると、健吾は乱暴に大作の頭をなでた。


「きっとね、僕が琵琶様にお世話になっても、

 今のままでもいいと思うんだ。

 おばさんの言ったことも正しいはずだから。

 だから僕の意思にかかっていると思うんだけど、

 もっと体が大きくなってからでもいいと思うんだ。

 お師匠様からは厳しい修行禁止令が出てるし…」


大作の言葉に、「そりゃ、もっともな話だ」と健吾は大いに理解して言ってうなづいた。


「でも、御屋形様にお誘いいただいた時、

 奥方様が御屋形様を蹴ったんだ」


大作の言葉に、健吾は大いに戸惑っていたが、「…言いたいことをはっきり言うなということか…」とつぶやいた。


「琵琶様には、僕と同年代の子も多いんだ。

 みんなすごい人たちだし、

 学校でもすっごく優秀らしいし、

 才英君なんて、僕よりもひとつ上なだけなのに、

 もう学校を卒業しちゃってるし…」


「…さすが琵琶様のお子様だ…」


「だからね、修行とは別に、

 きちんと意思疎通を取りたいと

 御屋形様は思っておられるんじゃないのかなーって考えたんだ」


「わかった。

 そこまで考えてあるのなら、あとはお菫を説得するだけだ。

 もっとも、ワシもお菫も、お前には世話になりっぱなしだ。

 今もこれからもお前には感謝し続ける」


健吾が頭を下げると、大作は大いに眉を下げて、「うん、うれしいよ」とだけ答えた。


「一応、琵琶様に奉公に出るということにしとくよ…

 御屋形様にもそうお伝えしておくから…」


「…おまえ、ほんと賢いな…」と健吾は大いに感心していた。


「…ほかの家の目もあるじゃないか…」と大作がさらに小声で言うと、「…朝の一件、農地でも言われた…」と健吾は言って眉を下げた。


「…何か辛いことでも?」と大作が大いに気にして聞くと、健吾は顔の前で手のひらを振って、「…うちの息子も誘って欲しいとかなんとかぼやいていた…」と苦笑いを浮かべて言った。


「性に合わないかもしれないけど、

 商売だったら僕らと同じで外から雇った人が多いから」


「さらに体力に自信がついたら考えるさ」と健吾は陽気に言った。


「おっ! ごちそうが来た来た!」と健吾はさらに陽気に言って、菫の太鼓持ちになっていたので、大作は愉快そうに笑った。



夕餉が終わり、「じゃ、お話だけ行ってくるよ」と大作は言ってから、席を立つと、菫は大いに眉を下げていた。


奉公に行くと言われると、さすがに否定できなかったのだ。


できればこのまま家にいてもらって、時がくれば茜と夫婦になってもらいたいと思っていたことも大きい。


その茜も大いに眉を下げていた。


「まだ決めてないけど、茜ちゃんを嫁にもらうんだろうなぁー…」と大作が言うと、健吾と菫は大いに喜んだが、肝心の茜が、「何を言ってるのかしら」と真顔で答えた。


「あれ? 僕って恋愛対象じゃないんだ。

 じゃ、お嫁さんはもっとお淑やかでかわいい人を選ぼう」


大作の言葉に茜は、「好きにすればいいわ。あんたは私の」と茜はここまで言って少しうつむいて考え込んでから、「…家来?」と言ったので、大作は大いに笑った。


「…おいおい、どういうことでぇー…」と健吾が茜に聞いたが、「…わけわかんないぃー…」と茜は頭を抑え込んで何度も横に振った


大作が幻影に聞いた話をすると、「…それが大正解だと思った…」と健吾は目を見開いて言った。


「…縁は切れてないから、まあいいわ…」と菫は渋々承諾した。


「姫様が結婚したい男になってくるぜ」と大作が今までにない口調で言うと、「…う、うん…」と茜は答えてホホを赤らめた。


「…ふむ… 今現実を自覚したって感じだな…」と健吾は言って何度もうなづいた。


「でもね、お嫁さん探しよりも、

 僕はもっともっと強くなりたいんだ。

 仙人様…

 校長先生のついでに連れてきていただいたけど、

 きっと縁はあるはずなんだ」


大作の力強い言葉に、「おう! 行ってこい!」と健吾は勢いよく叫んで、大作を見送った。


「…はあ… 毎日毎日楽しかったのに…」と健吾が落ち込んで言うと、菫も茜も眉をさげ、健吾の気持ちが痛いほどわかっていた。



夕闇迫る中、大作が安土城を目指して歩いていると、阿利渚たち琵琶家の子供たちがやって来て、興味を持って大作を見ている。


「御屋形様にお目にかかりたいんだけど」と大作が言うと、「走って行こ!」と阿利渚が叫んで本当に走り始めた。


大作は阿利渚を追いかけたが、―― はっやっ! ―― と思ったが、何とか追いついて並走した。


確かに歩いて行くには少々時間がかかるので、走った方が随分と早く着く。


城門をくぐってから、阿利渚に誘われるままに登城して、一度入ったことのある謁見の間に阿利渚に誘われた。


「御屋形様、お連れいたしました」と阿利渚が言うと、―― うっ! 大人?! ―― と大作は大いに戸惑った。


しかし、―― さすがお師匠様のご息女… ―― と思い、できる限り胸を張った。


「おう! 入れ!」と信長の声が聞こえると同時に、阿利渚は静々と障子を開けて頭を下げて、大作を信長の目の前に誘った。


「結果は出たようじゃな?」と信長が聞くと、「はい、琵琶様に奉公に上がることに決めました」という大作の言葉に、信長は渋い顔をした。


ここには幻影も蘭丸もいるのだが、何も言わずに真顔だ。


「すべてが比較的円滑になるように考えました。

 菫さんに猛反対されましたので」


「…くっ!」と信長はうなって、すぐさま濃姫を見た。


その濃姫はしてやったりという自慢げな顔をして信長を見ている。


「さらには土産話もございます…」と大作は言って、茜の変化について語ると、「…ほぼ確定じゃな…」と信長は言って幻影を見た。


「この先の茜殿の成長も楽しみです」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「僕も目の当たりにしてすごく興味が沸きました。

 僕が恋の想いを告白すると、下賤の者が何を言っている、

 といった顔をしてきたので」


大作が語ると、信長は大いに笑った。


「そのあとに、さらにあおるように、

 姫様が求婚したい男になると大見えを切ると、

 ホホを赤らめていました。

 まるで、別の誰かがいるように、

 感情が変わっていたように思うのです」


信長は興味深げにうなづいて、「大作の本心はどこにあるのじゃ?」と聞くと、大作は深く頭を下げ、鋭い眼をして頭を上げた。


「僕の意志は、僕自身が強くなることにあるのです。

 …目の前での悲劇は、もうこりごりですので…」


大作は悲しまなかった。


まさに悔しく思って拳を握りしめていた。


「よくぞ言った!

 大作を琵琶家使用人として召し抱える!」


信長の言葉に、大作は笑みを浮かべて頭を下げた。


「今日は一度家に帰り、家族に報告せよ。

 明日からはこの城で住み込みじゃ」


「はい! ありがたき幸せ!」と大作は叫んで答えてから、「…仕事の内容はどのようなことを…」と大作が小声で聞くと、「その都度指示する」と信長は言ってにやりと笑った。


―― こりゃ、予習ができないから厳しい… ―― と大作は思って苦笑いを浮かべた。


「明日の早朝訓練からじゃ」と信長は言ってから立ち上がって廊下に出て行った。


「…どうなることかと思った…」という幻影の嘆きの言葉に、大作は色々と察した。


「あの人のわがままなんだから気にしなくていいの」と濃姫は言って立ち上がって廊下に出た。


「使用人と聞いて、めちゃくちゃ怒っておられたんだよ。

 なぜ琵琶家家人としてではないのかってね。

 もっとも、そのあとに奥様が言われた通り、

 家族の反対はあると思っていたからね。

 確かにすべてが譲歩する、素晴らしい作戦だった。

 だけど、鍛え過ぎは毒でしかないから、

 体にお伺いを立てながら修行を積みな」


幻影が言って立ち上がると、大作も立ち上がった。


「もう大作の名前まで考えておられたんだ。

 きっとそのうちお話があるはずだから、

 できれば快くお受けして欲しい」


「はい、本当にうれしいです」と大作は笑みを浮かべて言った。


「基本的な仕事だが、

 その場で思いついて問題がないと確信すれば着手してもいい」


幻影の短い言葉だけでも大作は大いに喜んで、礼を言って頭を下げた。


そして就寝の挨拶をしてから廊下に出ると、「…今夜は帰っちゃうんだぁー…」と阿利渚が年相応の言葉で眉を下げて大作に言ってきた。


「明日からは使用人ですので、

 何なりとお申し付けください」


大作の言葉に、「…うわぁー…」と子供たちが一斉に喜んだので、「…何がそんなにうれしいの?」と今度は気さくに聞いた。


「…うふふ… 人間的成長…」と阿利渚が今度は大人の顔を出して言うと、「ああ、なるほどね… 僕の目の前で、父と母と兄弟たちが殺されたんだよ」という大作の言葉に、子供たちは固まった。


「じゃ、また明日!」と大作は明るく言って、しっかりと頭を下げて廊下を歩いた。



くつろぎの間に入ってきた阿利渚たちは、それぞれの父母に大いに甘えた。


「あら? 何があったのかしら?」と蘭丸は少し戸惑って言った。


「大作が強くなりたい根本的な理由を短い言葉で言ったんじゃない?」


幻影の言葉に、「…そういうこと…」と蘭丸は言って、阿利渚の頭をやさしくなでた。


「だが、家族は別にいたから、

 救われていたといったところだろうなぁー…

 余計なおせっかいとか考えながらも、

 ありがたく思っていたはずだから。

 ちなみに、学校の生徒たちの半数は、

 大作の仲間だ」


「…あら、そうだったの…

 …春之介さんたちはとんでもない人選をしていたのね…

 不幸の中の光明を見つけるような…」


蘭丸の言葉に、幻影は笑みを浮かべてうなづいた。


「その人生すらも修行にした心の強い子だけを家族として呼び寄せる。

 そして新たな仲間として育て上げて、

 また新たな仲間を見つけて育てる。

 なかなかの高循環だと思う。

 俺たちもまだわずかだが、それができていてうれしいんだ」


「だけど、親の方針で色々と変わって行かない?」


「変わるね。

 万有源一の子供たちと春之介さんの子供たちでは、

 慈愛の深さが違う。

 白竜様の子供たちは慈愛に満ちていて、

 赤い猫様の子は、ある意味冷酷だ」


「…慈愛に満ちた子が、絶望しないことを願うばかりだわ…」


蘭丸は眉を下げて言ってから、母の笑みを浮かべて阿利渚の頭をなでた。


「甘えるの終わり!」と阿利渚は言って、子供仲間と源次を連れて外に出て行った。


「…まだ宵の口だし、源次を連れて行ったからいいか…

 ま、ベティーたちもいるし…」


「…赤い猫様?」と蘭丸が興味を持って聞くと、「お蘭のフローラの師匠といった感じだね」と幻影が言うと、蘭丸は少し考えて、「…幻影様の兄弟だったのね…」と目を見開いて言った。


「だけど出発点は大違い。

 春之介さんは神として生まれ、

 俺は一般的な動物として生まれた。

 ヤマとしては試しだったようだけど、

 動物の神の始祖であるヤマの生んだ子は、

 一味違うといったところだろう。

 人間の動物使いがオマケで産まれるほどだから」


「…動物の立場に立って考える人間?」


蘭丸の問いかけに、幻影は笑みを浮かべてうなづいた。


「最終的には、長春様が人間を戒めることにもなるんだけど、

 大きな動物にはそれほど興味を示されない…

 それでは脅しでしかないからだろうね。

 だからこその小動物だろうが、

 それを脅威に思ったやつが過去にいるんだ」


「あら? 興味が」と蘭丸は言って少し考えてから、「…偽家康…」とつぶやいてにやりと笑った。


「烏と雀に監視されているようだって、

 言葉にしていたからね。

 もっとも、その通りだった。

 後ろめたさがあったからこそ、

 かなり敏感になっていたようだ。

 小動物でも、人間を脅すことはできるんだ。

 だったら、視覚的な恐怖がない方がマシ。

 自暴自棄になられると、新しい不幸がやってくるだろうから」


「…動物狩りとかやりそうだわ…」と蘭丸は言って眉を下げた。


「人間対動物となった時、

 人間の負けは確定だ。

 右京和馬星にはその資質がある猛獣や怪獣がわんさかといる」


「…いるわね…」と蘭丸は眉をひそめて言った。


「人間は動物の延長なんだ。

 自分勝手な人間は自分たちを神のようなすべてを統べるものと考える。

 最低でも、人間を中心にして物事を考える。

 そんな人間なんていない方が、

 宇宙は平和なんだよ」


「…よかったわ、フローラを持っていて…」と蘭丸は言って幻影に熱い視線を送った。


「そうだな、大いについていた。

 ところで、フローラはどうやって手に入れたの?」


幻影の言葉に、さすがの蘭丸も大いに困っている。


悪魔は不器用なので、魂の情報を引き出すことは不得意だ。


「別にいいさ。

 その現実は間違っていないから」


「そう… 良かったわ…」と蘭丸は言って笑みを浮かべた。


「ま、虎からの進化系だとは予想がつくけどね。

 そのついでに、悪魔も手に入れたってところだろう」


「…今の方がついで…」と蘭丸はつぶやいてから、愉快そうに笑った。


「…最終的には、ワシらは動物たちに食われる…」と信長が眉を下げて言うと、「そう思うのは、害を及ぼそうと思っているからだわ」と濃姫は言って、信長に酌をした。


信長はため息をついて、「…思っておるのかもな…」と眉を下げてつぶやいた。



一方、学校では大作に変化があった。


茜の強烈な勧めにより、大作は一学年上で勉学に励むことになった。


もちろん茜が大作の邪魔をしていると思ったからだ。


よって茜はひとりになった気がしたのだが、クラスメイトたちが放っておかない。


茜としては人見知りがちなのだが、学校などで出会った人たちの真似をするように接したのだが、思っていたほど心に負担がなかったことを喜んだ


そして茜は学校は楽しいところと思い、特に女子たちには親身になって話を聞いた。


この学校での一番の心配事は進路のことだ。


自分の成績と照らし合わせると、最終到達点の安土城で働くことは程遠いと思っている。


しかし、別の仕事をしながらも、琵琶家に抱えられることもできるはずという希望のある言葉を茜が口にすると、誰もが大いに茜に礼を言った。


よって今は、したい仕事を目指して、専門知識を蓄えようと、誰もが考えていた。


―― すべては記憶術… ―― と茜は思い、真剣な目をして教室を出て、図書館に向けて歩を進めた。


茜はまずは現実的な職である、商店などの運営の書物を目の前に重ねて置き、眉間にしわを寄せて読み始めた。


これらの本には、底辺から企業主までのその役割などが細かにわかるようになっているので、丸暗記すれば都合はいい。


そして数冊読んで、働くことでの最大の虚弱点を嫌というほど目にした。


―― 単純な失敗をどのようにして回避するか… ――


塵も積もれば山となるだし、些細なことがとんでもないことに発展したという事例も載っている。


―― 脅しとしか取れないけど、

   これも真実だから、仕方ないことでもあるわ… ――


茜は本を閉じで、今までのことでそのようなことがなかったのかを考えた。


そして驚愕の事実を知った。


思い当たる節がまるでないのだ。


特に調理の際について重点的に考えたが、刃物で手を切ったことはなし、食材を床に落としたこともないし、鍋を焦がしたこともない。


そして母親である菫について考えると、―― 何度もあるわ… 反面教師? ―― と考えると、少し愉快な気持ちになった。


農地についても同じだし、掃除、洗濯など、家事仕事でも全く思い当たらない。


そして大作について考えると、ホホが熱くなってきたことに気付いた。


―― 昔の約束、かぁー… ―― と考えるとさらに顔が熱くなってきた。


―― 余計なことを考えるから些細な失敗をするんだわ ――


茜はこう考えると一気に冷えていた。


よってこの先は必ず些細な失敗はあると、茜は気を緩めなかった。


新しいこの地に来て、思い違いも考えられるからだ。


しかも人付き合いも今までとは比べ物にならないほどに多くなっている。


―― 余計に迂闊なことはできない… ――


茜が様々なことについて考えていると、「…難しい本を読んでるわね…」と真正面から小声が聞こえた。


茜は目を見開いて、正面にいたのが教師の志乃だったので、「…こんにちはぁー…」と小声であいさつした。


「…ここは大声で驚く場面じゃないの?」と志乃が言うと、茜は真剣な目をして、「…私、失敗しない女なんですぅー…」と眉を下げて答えた。


「…学習室に行きましょう…」と志乃は興味を持って言って、茜を団体学習室に誘った。


茜は慌てることなく書物をすべて持って、志乃のあとを歩いた。


―― 歩く音を感じない… ―― と茜は思って志乃の足を見入った。


志乃はまるで滑るように、しかしごく普通に歩いていただけだ。


―― 体重移動の妙… ―― と考えて、茜は意識して志乃の真似をした。


ふたりは席について、志乃は様々な質問をした。


「茜ちゃんの杞憂はわかるわ。

 環境が変われば、今までのようにはいかない。

 だけど、覚悟をしておけば、

 それほど心に負担はかからないはずだから。

 それを今知っておいてよかったと思うの」


「はい、すっごく思います」と茜は笑みを浮かべて答えた。


「どうやら次の進級は、大作君を追い抜いちゃうかもね」


志乃の言葉に、茜は大いに慌てて、「それは困りますぅー…」と眉を下げて言った。


「だけど年齢的にはあなたはひとつお姉さんなんだから、

 年相応だと思うけど?」


「…追い抜くくらいだったら、お勉強やめようかなぁー…」と茜が言うと、志乃は愉快そうに笑った。


志乃は茜が持ってきた本を見て、「商売でも興すの?」と聞くと、茜はその理由を述べた。


「ああ、だからこその単純な失敗…」と言って何度もうなづいた。


「私は今日、三度ほど簡単な失敗をしたわ。

 ひとつは授業で教本を取り損ねた。

 いつものように意識せずに手に取ったはずだったのに、

 いつもよりも空気が乾燥していたことがその原因…」


志乃は茜にとって興味深いことを次々と語って、茜を大いに納得させていた。


「だから茜ちゃんはとっても慎重だと思うの。

 だけどそれを意識せずに、みんなと変わらず行動している。

 何が一番の要因だと思う?」


「…大作が騎士で、私が姫様…」と茜が答えると、「大いにあるわね」と志乃は茜の予想を超えた回答をしたので目を見開いた。


「部下の前では些細な失敗すらしないものなの。

 それを何度も繰り返していたはずなの。

 それが魂に刷り込まれ、

 今世では失敗しない女になっちゃったわけ。

 今世での経験は大いなる不幸ばかりだったけど、

 その中で唯一の大きな失敗は、

 自分の死が見えていなかったこと。

 鍛え過ぎも程々だわ」


「…ちょっとした失敗の方が、ずっといい…」と茜は言って、志乃に笑みを向けた。


「まあ、わかり切ったつまらない失敗はしない方がいいけどね…

 茜ちゃんが考えているように、

 それほど意識しないで生活した方がいい。

 それにあなたは教師の資質があると思うから、

 次はその教本でも読んでおいて」


志乃が言って立ち上がると、「ありがとうござました」と茜は礼を言って頭を下げた。


志乃は振り返って、「手を抜かずにしっかりお勉強して」といった言葉に、茜は眉を下げながらも頭を下げた。


茜は商人の教本を片付けて教師の教本を見ると、―― 人を育てる教本! ―― と思い目を見開いた。


しかし茜にはただひとりだが生徒のような存在がいた。


茜は教師の教本に書いてあることすべてを知っていた。


―― 勉強しちゃダメって、本当の私が言ってたんだわ… ―― と茜は大いに嘆いた。


茜はここにきて、勉強が大好きだったことに気付いてしまったのだ。


しかし時間を見ると、大作との約束の時間が迫っていた。


―― お昼食べてないぃ―――っ!! ―― と内心で大いに嘆いたのだが、小さな失敗をしたと思って笑みを浮かべた。



だがここは速やかに家に帰ってから、空腹で倒れない程度に食事を摂って、大作と合流して、今日もお菓子作りに無言で勤しんだ。


「やけに真剣だね?」と大作が聞くと、茜は大作をにらんだだけで何も言わずに作業に専念する。


「…ふーん、ちょっと変わったね…」と大作が言うと、茜は大いに気になったが、手順通りの作業に専念した。


すると子供たちが街道からものづくりの作業を真剣な目をして見入り始めた。


茜はすぐに気づいたのだが、意識をそらさなかった。


しかし大作は笑みを浮かべて子供たちに手を振っている。


茜としてはひと言言いたかったのだが、大作は手元を見ないで正確に作業をこなしていたことに驚いた。


―― 体が覚えてる… ―― と茜は思い、ひとつの作業のたびに頭ではなく体に覚え込ませるように工夫をした。


肩や手や手首の角度、体重の移行などを駆使して、意識をそらしても体は作業を続ける奥義のようなものを身につけた。


「…萬幻武流の心得その一、いつも朗らかに…」と茜は言って笑みを浮かべて大作を見た。


「その理由って聞いた?」と大作が聞くと、「聞いてないけど察しはついたわ」と茜は言って振り返って子供たちに陽気に手を振った。


「…正解…」と大作は言って大いに眉を下げていた。


「手が止まったわよ」と茜が陽気に言うと、大作はすぐさま作業を再開した。


「…姫と騎士… 今は、上司と部下になっちゃったかなぁー…」と大作は嘆いたが、笑みを浮かべて作業を続けた。


「おっ! こりゃすごい!

 今日は終わりだよ!」


源次は陽気な声で言って、ふたりの片づけを手伝ってから、今日の給金を渡した。


「…えっ? すっごく多いです…」と大作が嘆くように言うと、「これが正式な俺たちと同じ給金相当だから」と源次は陽気に言った。


「茜!」と信長は叫ぶと、濃姫がまた信長を蹴り飛ばした。


「ひと言だったけど、どういうことだかわかったと思う」と源次が眉を下げて言うと、「…ご挨拶に行った方がいいかしら… 私はできれば通いで…」と茜が言うと、「菫さんも働けそうだから、相談して決めたらいい」と源次は言って、信長を追って走って行った。



「もうお前も、奉公に行っちまえ!」と健吾は大いに荒れていた。


「…通いにしてもらうから…」と茜が眉を下げて言うと、「…う… ま、まあ、それなら…」と健吾はここは折れた。


「…だったら私も働くわ…

 法源院屋の番頭さんにお誘いを受けたばかりだから…」


菫の言葉に、「…それでいい…」と健吾は言ってこの件も容認した。


「時には強引に大作を連れ去って帰ってこい」と健吾が言うと、「明日はお休みをいただいたそうだから」と茜が眉を下げて答えると、健吾は小躍りして喜んだ。


「…だけどお父さんって、才能あるんじゃないの?」と健吾の目の前に置かれている、木彫りの動物たちに、笑みを向けて言った。


「…休憩時間の手悪さだ…」と健吾はつぶやいて恥ずかしそうにして頭をかいた。


「猫ちゃん、もらっていい?」と茜が聞くと、「お、おう…」と健吾は何とか答えた。


「もう子供たちにもあげたのよね?」


「いや、見せちゃいねえ」と健吾はぶっきら棒に言った。


「…うふふ、うれしい…」と茜は小さな猫の木彫を手のひらで包んで喜んだ。


「あら? 私ももらっていいかしら?」と菫が言うと、「ほれ」と健吾は言って、熊の木彫を差し出した。


「もっと、かわいいのを頂戴」と菫が机を叩きながら言うと、「…巖剛様なのに…」と健吾がつぶやくと、「あら、かわいわぁー…」と菫はころりと感情を変えて、熊の木彫りを抱きしめて、そそくさと懐に入れた。


「獣人にも驚いたのに、動物にもなっちゃうんだ…」と茜が目を見開いて言うと、「お散歩の時はいつも熊のお姿だ」と健吾は答えた。


「特に巖剛様はよくいらっしゃる。

 井戸を三十、温泉をみっつ掘り当てられたらしいからな。

 まさに村にとっては神でしかない」


健吾は言って、菫の懐に向かって手のひらを合わせた。


すると、『グオウ』という声が玄関先で聞こえたと同時に、健吾はすぐに立ち上がって玄関を開けた。


「あ、これでさぁー」と健吾は言って、懐から木彫りの熊の人形を出した。


どう見ても親子熊で、巖剛と小春のようだ。


『ウオウ』と巖剛が鳴くと、健吾は高級な手ぬぐいを箪笥から出して、木彫りの熊を中に収めて、小春の首に結わえ付けた。


『ウーオ』と巖剛がうなると、城に向かって小走りで帰って行った。


「…お父さん、聞いていい?」と茜が目を見開いて言うと、「おう、なんでい」と健吾は言って、畳に座った。


「動物の言葉、わかるの?」


茜の言葉に、菫は眼を見開いて何度も頭を縦に振っている。


「いや、普通にお話しされていたはずだが…」という健吾の言葉に、茜は驚くよりも呆れていた。


「ウオウ、とか、ウーとしか言われてなかったわよ…」


「ふーん」と健吾は感心なさそうに言っただけだ。


「正確に伝わっていたらそれでいいんだ」


健吾の言葉に、茜は大いに呆れていた。


すると、『ニャン!』という猫の鳴き声が玄関から聞こえた。


「あ! 真珠様! すぐに!」と健吾は叫んで、また豪華な手ぬぐいを持って玄関を開けた。


そこには白い猫がいて、小春にしたように手拭いに猫の彫刻を入れて軽く首に結わえた。


『ニャン!』と真珠は礼を言うように鳴いて、すたすたと街道を歩いて行った。


「真珠様のお話によると、ご主人は真田幻影様と聞いた」


「…能力者でしかないじゃない…」と茜が嘆くように言うと、「へー、そうかい」と健吾は興味がなさそうに言って、居間に戻って来て座った。


「…ほかの方は、来られないの?」


「ああ、ほかの方からはお聞きしていないからな」


「まさかだけど、子供のころから?」


「ああ、ある日突然気づいたが、

 奇人扱いされると思ったから、

 誰にも言っちゃいねえ」


この無関心さは間違いなくその通りだろうと茜は理解した。


「…長春様のお手伝いができると思うんだけど…」


茜の言葉に、「…みんな、お城に行っちゃうのね…」と菫は悲しそうに言った。


「…もう、終わりでいいか…」と健吾は何かを諦めるように言った。


「…何が、終わるのよ…」と茜はひとつの不安をもってつぶやいた。


それは確信があることではなく、茜自身がお姫様だという事実がこの家族を作り上げているのではないのかという、穴だらけの漠然としたものだ。


「俺はある人とある約束をした。

 今のこの生活は、その条件を満たしているんだ。

 まさか、平和なこの星にやってこられるとは思わなかったんだけどな」


茜と菫は黙って健吾の話を聞いている。


「平和を確信したら、縛りを解けと言われている。

 ここでしばらく生活して、

 ここには不幸などはない。

 まさに平和な土地だ。

 だから約束通り術を解く。

 …ああ、言っとくが、何の危険もない。

 俺が少々叱られる程度だろう。

 平和だと確信していたのなら、

 さっさと術を解かんか!

 などと怒鳴られそうだ」


茜は聞きたいことが山ほどできたが、どれから聞こうと思っていた瞬間、「…ネカアレミス…」とつぶやいたと同時に、「…先に言われると怒れんだろうが…」と、健吾に向けてとんでもない化け物がにやりと笑って言った。


「…茜が化け物にならなくてよかった…」という健吾の言葉に、「誰が化け物じゃ」と黒い化け物は悪態をついた。


茜が、この化け物が怖いはずだった。


健吾は茜は変わっていないと言ったが茜は変わっていた。


「…姫様って、こういうことだったのね…」と茜はようやく、自分自身が何者なのか理解を終えていた。


「そう。

 茜と、この名乗らない化け物は俺たちのいた星の住人ではなかった。

 元菫と茜は、大作に用があって、宇宙船に乗ってやってきたんだよ」


「うん、今、ポポロンに聞いた…

 ううん、伝わってきた」


茜は言って無表情で、ポポロンと呼んだ黒い化け物を見上げた。


「姿に似合わずかわいい名だったんだな。

 恥ずかしいから名乗れなかったのかい?」


健吾の少しからかっているような言葉に、「やかましい」とポポロンは大口を開けて言った。


健吾程度であれば、ひと飲みに出来るほどの大きな口だ。


「ありゃ… こりゃ、まずいんじゃないのか…」と健吾がつぶやくと、「ふん、琵琶家は、俺程度の出現で揺らぐことなどない」とポポロンは胸を張って言った。


「異様な気配を察知したから、偵察に来ただけだろう」


ポポロンがさらに言うと、健吾はため息をついて立ち上がって、玄関を開けた。


開けた扉の前にいたのは幻影で、「…深い事情がありそうだ…」と言い、そして神獣ポポタールを見上げた。


「同じ人に逢ったのは、あんたで三人目だ」


幻影の言葉に、ポポロンは目を見開いた。


「そのふたりはなかなか偉い人だった。

 さて、あんたはどれほど偉いんだい?」


「…真田幻影ほどではない…」とポポロンは答えて、頭を下げたまま上げなかった。


「まさか、菫さんを食った…」と幻影がつぶやくと、「…わかっていて言うなぁー…」とポポロンは言って、姿を菫に変えた。


「あ、昨日まではわからなかったが、

 今は変身だとわかる」


幻影は言って、何度もうなづいた。


「呪いは、健吾の術を解く言葉だけにかけておったからじゃ。

 よってその術自体もないに等しくするという術じゃ」


「さすが、高水準の術師でもあるね」と幻影は大いに納得した。


立ち話も何なので、健吾は幻影を居間に誘った。


「邪魔するよ、お姫様」という幻影の言葉に、茜は苦笑いを浮かべてから、台所に行った。


「一番の問題は、あんたらが健吾さんに…

 いや、大作に接触したことが災いになったのではと考えた」


幻影の厳しい言葉に、健吾は首を横に振って、「星の戦いは、外来種のものではないと聞いています」という健吾の言葉に、「海の部族と山の部族の戦いだったようです」と咲笑が言って、その証拠映像を流した。


「それだけでも随分と気が楽になった」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「だが、この大きな戦いで、大作の関係者が大勢亡くなっている。

 条件はあったのだろうが、

 今のように呪いを解いてもよかったと思うんだけど?」


幻影が健吾に聞くと、「…安全だった、はずだったんです…」と健吾は答えてうなだれた。


そしてうなだれたまま、「大作の家族を殺したのは、戦争のせいではなかったのです」と健吾は悔しそうに言った。


「…そうか、裏切りか…

 そして戸惑っている間に、

 健吾さんは傷を負って動けなくなった」


「茜と菫を守りながら、何度も術を解こうかと思いました…

 ですが、鼠が大作は生きていると教えてくれて安心してしまったのです」


「それで意識を断たれ、寝覚めると戦いは終わっていた。

 しかし、あなた方の不幸は去っていなかった。

 唯一の希望の大作は、

 まだ卓越した技量は持っていなかった。

 さすがに十才の少年に託すことは厳しいことだ。

 さらには菫さんも茜さんも、肉体の限界が来ていた。

 この時点でも、術を解くことを考えたはずです」


「…術のことは覚えていて、唱えたはずでした…

 ですが解けなかったのです。

 きっと、声がまともに出ていなかったんだと思います。

 菫と茜には申し訳ないことですが、

 大作さえ生きていればと希望は持っていました」


健吾が語ると、幻影は何度もうなづいた。


「大作を安全な場所に移したのは、

 大作は健吾さんの実の子だったからですね?」


幻影の言葉に、「はい、もちろんです」と健吾は言って涙を流した。


菫も茜もこの事実は知っていたようで、驚くことはなかった。


「この喜笑星に誘えたことはまさに奇跡でした」と幻影は言って、健吾と菫、そして茜に頭を下げて、家を出て行った。


「嘘ついてんじゃないわよ」と菫が言うと、茜は目を見開いた。


「…約束だったからなんて、さすがに言えねえ…」と健吾は言って、弱々しい笑みを浮かべた。


もちろん健吾は偽善者っぽい言葉を吐きたくなかったからだ。


「…呪文を、一度も唱えなかったのね…」と茜が聞くと、健吾は笑みを浮かべてうなづいた。


「…まあ、真田様は察しておられたと思うけどね…」と菫はため息交じりに言った。


「…だけど、嘘はいけないはずよ…」と茜は弱々しい声で言った。


「…この人はこの星から追放かもね…」と菫が言うと、「いいもん! 大作を連れて元いた星に戻るから!」と茜は少し憤慨して叫んだ。


「いいんだ、俺の意地のようなものだから。

 逆に放り出された方が、

 特別な仕事をしなくて済むからな」


健吾は鼻で笑って言ったが、「筒抜けだってっ?!」といきなり叫んだ。


「…はぁ… 床下に、かわいい鼠ちゃんがいるわ…」と菫は苦笑いを浮かべて言った。


「嘘をついたことが気になっていたようね。

 あんたはさらに信用されたと思うわ」


菫の言葉に、「…もう琵琶様には逆らわんことにした…」と健吾は瞳を閉じて言った。



三人は食事をしてから、三人そろって安土城に登城した。


予想していたことだったようで、対応した弁慶がすぐさま三人を謁見の間に誘った。


そして健吾が廊下で何かを言おうとしたがすぐに口をつぐんだ。


「ほう! 一番に健吾が雇われたか!」と信長は機嫌よく叫んだ。


「…大合格ぅー…」と長春は満面の笑みを浮かべて言った。


健吾はその場にすぐさま座って、「お引き受け兼ねます」と言って、長春に頭を下げた。


「じゃ、いいけど…

 幻影様が怒っちゃうわよ?」


長春の言葉に、「動物使いはついででいいのです」という幻影の言葉に、長春は大いにホホを膨らませた。


「まだそれほど雇っていない宮大工として、健吾さんを雇いたいのです」


幻影の言葉に、健吾は大いに感動して、「はい! お受けいたします!」とすぐさま答えると、長春は、「…うふふふ…」と意味ありげに笑った。


すると動物たちが熊の巖剛を離れてわらわらと健吾に寄り添った。


「…順番にお願い申す…」と健吾は眉を下げて言った。



茜と菫が信長の前に座ると、「根本的な事情を聞かせてほしい」と聞いた。


「…今回も何事もなく、姫と騎士は出会ったはずだったのです…」


菫はまずこう言って、長い話を始めた。



ドレス姫が生を受け、それと同時期に騎士タイレンも生を受けた。


もちろんふたりは厳重な警備の中、すくすくと育つはずだった。


騎士タイレンの乳母が、王の弟にカネで雇われていて、まだ抵抗できないタイレンを殺したのだ。


王宮は大騒ぎとなり、さらに半王派も相まって、三つ巴の戦いとなり、まさに星は地獄絵図となった。


そんな中、神官として王宮に雇われていたポポロンは、ドレス姫を抱いて宇宙船に乗って星を脱出した。


騎士タイレンの魂のありかはすぐに判明して、星を出て約一年後に、健吾と出会った。


そして平和で安全な星になればという条件で、ポポロンは健吾に術を託したのだ。



「それがこの喜笑星じゃったか」と信長は機嫌よく言って、何度もうなづいた。


「健吾の家族四人は、この安土城に住め。

 なかなか素晴らしい部屋だぞ」


信長は言って立ち上がり廊下に出た。


「…うふふ… さらに安全だわ…」と菫は明るく言った。


「なにのんきなこと言ってるのよ」と茜が怒って言うと、菫は肩をすぼめた。


「私が生まれた星に戻って、

 状況を見てくることが先でしょ?」


茜の言葉に、「…まあ… それは言えるけどぉー…」と菫は不服そうに言った。


「だけど、騎士が覚醒しない限り、

 姫には能力は授からないわよ?」


菫の言葉に、「…そうだとしても…」と茜は悔しそうにうなった。


「…安全な場所を望んだのはポポロンだが、

 姫としては星の民たちのために働きたいわけだ」


健吾の言葉に、「うん」と茜はすぐに答えた。


健吾は幻影に体を向けて頭を下げて、「茜の意思を貫くために、ご協力願えないでしょうか?」と聞いた。


「調べた結果を出すよ」と幻影が言うと、咲笑が現在の状況を映像として宙に浮かべた。


「…荒れ野原…」と健吾は眉を下げて言った。


「生物はいるようですが、

 国としてはなさそうですね。

 人間は、ほとんど生き残らなかったようですが、

 なんとか存続の危機は脱していて、

 子供が多くいるようです。

 ですので、王宮関係者で生き残っているのは、

 茜ちゃんだけでしょう」


その王城の残骸も確認できた。


「…間違いないわ…」と菫が言って、岩に刻まれた王家の家紋と同じ布を出した。


「姫のガウンよ」と菫は言って、茜に手渡した。


「王家は再興しない。

 だけど喜笑星のように、

 誰もが笑みでいられる星にしてあげたい」


茜の言葉に、「外来種がやってきたら、ひとたまりもないよ?」という幻影の言葉に、茜は大いに眉を下げた。


「だけどだ、もうすでに守られているようだ」と幻影が言うと、数機の宇宙船が確認できた。


「ロストソウル軍の駐留部隊だ。

 今のところは、何も問題はないようだ。

 だけど、このママス星に戻る必要はあるように思うんだけど…

 特に騎士の成長」


幻影の言葉に、「…もう、覚醒しない方が平和なのにぃー…」と菫が言うと、幻影は大いに笑った。


「ま、その道もあるね。

 だけどここは、

 姫に決めてもらった方がいいと思うけどな」


幻影の言葉に、茜はこの場にいる大作を見た。


「苦もなく得られる力なんていらない」という大作の言葉に、茜は笑みを浮かべた。


「…私も、大作に賛成ぃー…」と茜はホホを赤らめて言った。


「本気になって鍛え上げれば、

 星に封じられている力は解放されて、

 騎士のものになると思うけどね。

 結果は同じだが、その過程が違えば大違いだ。

 もっとも、その力も、

 大きな戦いのせいで消えているかもしれないが、

 その情報はないな…

 何か知らない?」


幻影が菫に聞くと、「…はあ… それって、多分私…」と菫はため息交じりに言った。


「大作はあと五年間、肉体を鍛え上げること。

 その間に怪我をすれば、さらに五年追加。

 怪我の程度は、誰が見ても安静にしておく必要がある大きなもの。

 というのが第一の修行よ…」


菫の言葉に、大作は大いに眉を下げた。


「鍛え過ぎることもいけないし、

 かといって安全に鍛えることなんてまず無理だ。

 かなり厳しい修行だな」


幻影の言葉に、「…体と会話をしながら、しっかりと鍛えます…」と大作は大いに眉を下げて言った。


「それ以降の試練は、その時に説明するわ。

 この話はこれで終わり」


菫の言葉に、大作も茜も聞きたいことが山ほどあったが、聞けなくなってしまった。


「…あんたが死んだら問題じゃない…」と茜が姫の威厳を持って聞くと、「あら? 何のことかしら?」と菫が大いにすっとぼけると、幻影と健吾は笑い転げた。


「茜、いいんだ。

 俺だけの力で、全てをつかみ取るから」


大作の決意に、長春たちが陽気に拍手をした。


「ちなみに、姫と騎士の逸話などはないの?」と大作が聞くと、「あら、それは話してもいいわ!」と菫は陽気に言って、思い描いたものを描き始めた


しかし、その絵は幼児レベルだったので、誰もが大いに苦笑いを浮かべた。


しかし、その絵の清書をしたものを咲笑が映像として宙に浮かべた。


「…外来種、来るんだぁー…」と大作は言って大いに眉を下げた。


「いや、あの宇宙はロストソウル軍に守られているようだから、

 来ても撃退されるはずだよ」


幻影の言葉に、「…そうだった…」と大作はつぶやいて、幻影に頭を下げた。


「だけど、この話は真実のようだ。

 使えるものは絵本にでもして、

 子供たちに読ませてあげたいね」


「…すっごく歴史のある、冒険のお話になりそうですぅー…」と咲笑は笑みを浮かべて言った。


「製本などは協力するけど、

 売上金は菫さんのものだから」


幻影の言葉に、「あら、お金持ちになっちゃったわ!」と菫は大いに喜んで手のひらを合わせた。


「…予備知識は重要だ…」と大作は笑みを浮かべて言って、楽しみがひとつ増えた。


「…全部で、千以上ありますぅー…

 姫と騎士が出会えたのは、わずかなようで、

 姫だけが覚醒したものと、

 騎士だけが覚醒したものが入り乱れてますぅー…」


「素晴らしい教本だ」と幻影は言って笑みを浮かべた。


「…全部読むだけでも、至難の業だわ…」と茜は言ったがその眼には希望があった。


すると自然に、大作と同年代の男子が集まってきた。


「ここはみんなのために奮起しよう。

 書室に行くぞ」


幻影の言葉に、誰もが満面の笑みを浮かべた。


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