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赤い幻影 akaigenei ~覚醒編~      赤進化 akashinka


   赤い幻影 akaigenei ~覚醒編~



     赤進化 akashinka



夕餉は法源院屋に卸す食材があるので、琵琶家一同は安土城に戻ることにした。


「たまには泊まって行ってくれ」とゲイルが幻影に気さくに声をかける。


「時にはそうするけど、今日は大漁だったからね」と幻影の声も明るい。


「…そうだよなぁー…

 やはり、家族以外の世話を焼く住人たちも

 必要なのかもしれないなぁー…」


ゲイルの言葉に、幻影が全く関係のない地殻変動の話をすると、ゲイルは考え込んでしまったので、琵琶一家はライジンたちに挨拶をしてから社をくぐって安土城に戻った。


手ぐすねを引いて待っていた法源院屋の番頭と麺屋の店主に食材を卸してから、夕餉の準備を始めた。


ハイネはもうすでに個人的に目をつけていた子供たちがいたようで、まずは信長に挨拶をしてから厨房に入った。


幻影としてはすることはもうすでにないのだが、厨房にいるだけでいいということで、大いに働いている子供たちを中心にして笑みを浮かべて見ていた。


今回は少々変わった料理も出来上がっていて、「うまそうだな!」と幻影は明るく叫んでみんなを褒める。


ただこれだけのことで、料理がさらにうまくなるのだ。


まずは和洋折衷のような前菜が振舞われ、更に食欲を増進させ、一気にメインの料理を出す。


「ドドンガの実のステーキに、

 ドドンガのミンチの赤味噌和えソース添えでございます」


ハイネの口上に、「…うー…」と信長はうなって、本来の第六天魔王となって、一口食べて、「よくやった!」と魔王はハイネを大いに褒めて、大きなステーキを一気に食い尽くした。


もうすでにハイネはふた皿目を準備していて、魔王はさらに機嫌よく、今回は大いに味わいながら食らい始めた。


「…重いと思っていたのに、ほんにおいしいわぁー…」と濃姫の受けもいい。


ドドンガの実の特性を生かして、ソースの方のミンチにした実は大きなドドンガの実。


ステーキは脂の乗った四角く小さな実を使っていて、誰もが素晴らしい笑みを浮かべて食らっている。


ソースの濃さが絶妙で、黒く重く見えるのだがすっきりとした味わいだ。


「ソースには赤ワインも使っておりますので、

 見た目よりもまろやかなのです」


ハイネの口上に、見た目は恐ろし気な魔王でもあるのだが、満面の笑みを浮かべて食らっている。


ちなみに、笑っている方がさらに不気味なので、見た目にはかなり怖い。


「ハイネもそばに来て一緒に食え」という魔王の言葉は絶対なので、配膳などは幻影が受け持って、ハイネは機嫌よく信長の隣に座って、うまい食事を食べ始めた。


すると魔王は一気に眉を下げた。


「ご安心ください。

 この量の三分の一ほどを一食として、

 麺屋さんで販売しておりますので」


ハイネの言葉に、魔王はさらに笑みを深めてハイネを大いに褒めた。


「そうだ! 皆と分けあって食わねば、美味い料理もうまくないわぁ!」


魔王は今までで一番上機嫌だった。


すると麺屋からステーキの追加を言ってきたので、幻影が百人前ほどを作って渡した。


さらには飯も足りなくなったので、ここは工房で爆発炊飯器を使って飯の追加もした。


麺屋では、いつもの天ぷらやフライも好調で、あるはずの飯がなくなったということで、幻影は大いに笑っていた。


二度ほど飯を炊いて、ひとつは麺屋に、ひとつは安土城に持って帰って家人に振舞うと、誰もが目を見開いて、さらに大いに食らい始めた。


そして幻影は食感を変えるため、小さな握り飯を果てしなく作り上げ、誰をもうならせた。


「…幻影もやりおるわい…

 …まあ、ヤツの場合は当たり前のようなものだろうが…」


魔王はこうは言ったがハイネの顔色をうかがうと、笑みだったのでほっと胸をなでおろした。


「私のお手柄はお師様のお手柄。

 お師様のお手柄は私のお手柄でございます」


ハイネの明るい言葉に、「おう! 誰もがそうあってもらいたいものじゃ!」と信長はさらに機嫌がよくなった。


ハイネの調理見習いをしている者たちにとっても、家人にとっても、今宵の夕餉は心に刺さるものとなった。



翌朝の朝餉で、「…今日はどこに行くか…」と信長は考え始めた。


今は魔王ではなく、人間の信長だ。


「もしもランス・セイントを訪ねるのであれば、

 まずはノスビレ部隊の緑竜フォレスト様をお借りして、

 ミリアム星に行くことが吉かと」


幻影の進言に、「うむ、そうしよう」と信長は機嫌よく答えて、午前中はいつも通り別荘に行くことになった。


幻影とハイネは今日も右京和馬星の南半球の海にいる。


遥か上空からだとよくわかるのだが、中央にある大きな大陸の陸続きに細長い大陸がある。


この地には恐竜が生息していないことがよくわかる。


しかし猛獣はいるので、逃げ場のないこの地は人間が住むには適さない。


幻影とハイネは、半分は物見遊山気分だ。


ハイネの指示で陸地からわずかに離れた海面に着水した。


「…なんだか、ざわざわするが…」と幻影は言って海面を観察ると、何かがうごめいてる。


魂が無数にあるので魚群には違いないが、普通の魚ではないと感じた。


「…鰻、ですぅー…」と咲笑はついによだれを垂れ流しながら言った。


「じゃ、城下町にも大盤振る舞いだな!」と幻影は言って、タモを使って簡単に掬って、クーラーボックスにすぐさま収めた。


幻影とハイネは鰻をこの場でさばいて、その残骸はまた海に還元して、砂浜の村に戻った。


そして腹をすかせた者たちが大勢いたので、竜人の子供たちが全員に鰻重を振舞うと、「おー…」と誰もがうなってから無口になった。


「やはりうまいものじゃな」と信長の機嫌は上々だった。


「今回は城下町にも振舞いますので、

 食後に一度戻ります」


幻影の言葉に、「おう! 待っておる!」と信長は機嫌よく答えた。


もうすでに緑竜フォレストとは話がついていて、琵琶家に同行することを喜んでいた。


そして信長に向けて、まぶしそうな目を向けている。


フォレストは、人間の姿は幼児と少年の中間で穏やかだ。


緑竜に変わってもその心根は変わらず穏やかという、緑竜にはいないタイプの竜だ。


緑竜の男子はフォレストしか発見されていない。


まさに特殊と言える能力を持つ種族は、女性上位の世界であることは周知の事実だ。


よってわずかに発見される男子は、素晴らしい力を持っている者が多いのだ。



幻影はすぐに戻って来て、ここから徒歩でミリアム星に出向くことになった。


道案内は必要ないが、フォレストが率先して琵琶一族を誘う。


途中の各地の実力者とは挨拶はするが、長居をすることなくミリアム星にたどり着いた。


「言っとくが、気を抜くなよ」という幻影の言葉を聞いてすぐに、琵琶家の半数ほどがその場に座り込んだ。


「ほう、酸素が薄いようじゃな」と信長は言ってゆっくりと深呼吸をした。


「…それほど空気を吸い込まないでぇー…」と崩れ落ちている濃姫は眉を下げて嘆いた。


「フォレスト君!」と姿が見えないディック王が叫ぶと、フォレストは雄々しき竜に変身して、いきなり太陽の神竜に変身した。


信長は第六天魔王に変身して、「…おー… なかなかのもんじゃなぁー…」とつぶやいた。


その魔王を見つけた太陽の神竜はすぐさま地上に降りてきて、魔王に頭を垂れた。


『…本当に残念でございます…』と神竜が頭を垂れたまま言うと、「ああ、青のオーラの球の件じゃな?」と魔王はすぐさま言った。


『はい…

 その球が我らを開く鍵のようなものでございますれば』


「ほう、幻影はそなたらと話をせよと言いたかったわけじゃ」


信長の言葉に、「御意」と幻影は言って頭を下げた。


「では、ふんだくってくるから、

 ここで遊んでおれ」


魔王はこういったが、太陽の神竜は変身を解いた。


どうやらお供としてついてくるようで、小さなディック王は人型のフォレストの肩の上に機嫌よく座っている。


「…うふふ…」という笑い声がして、近くにあった木の一部が社に変わっていた。


「おう、すまぬな」と信長が機嫌よく言うと、「いえいえ、大したことではございません」と今日は大人の姿の天照大神が言って、恭し気に頭を下げた。


「…余所行き?」と幻影が聞くと、「おほほほほ!」と天照大神は大いに空笑いをした。



ランス・セイントは大いに戸惑った。


考えられないほどの大きな力が、いきなりこの地に現れたのだ。


ランスは出迎えでもと思い立ち上がろうとしたが、まだダメージが残っていて立ち上がれない。


ここは天使たちがランスを助けて、なんとか外に出た。


「ランス・セイントじゃな?」と第六天魔王が聞いた。


「ああ、そうだ」とランスが答えた瞬間に、ランスは意識を断たれていた。


「なんじゃ、簡単じゃったぞ?」と魔王が幻影に報告すると、「おめでとうございます、大魔王よ」と幻影は言って頭を下げた。


すぐさま太陽の神竜が現れて、魔王を背に乗せて大空を舞った。


「…かなりすごいことのはずだが、簡単だったな…」と幻影は笑みを浮かべて、大空を舞っている魔王と太陽の神竜を見上げた。


太陽の神竜はすぐに地面に降り立って、すぐさま三人は変身を解いた。


「ワシへの甘やかしでしかない。

 生活は今まで通りじゃ。

 それが修行」


信長の言葉に、フォレストとディックは大いに眉を下げていたが、すぐに頭を下げて従った。


信長は白目をむいて倒れているランスに触れると、すぐさま意識を取り戻して、素早く立ち上がった。


「…俺の子のくせにぃー…」とランスは大いに悔しがった。


「さらに精進しろ。

 そうせねば先はない。

 …ああ、そうじゃ。

 そのために、術は金輪際使うな」


信長の言葉に、「…なんて命令しやがる…」とランスはうなったが笑みを浮かべていた。


「お前の守るべき領地を速やかに平定すればいいだけじゃ。

 そのあとに、我の元へ来ればよい。

 お主がワシを上回れば、ご先祖の威厳も保てようぞ」


「言われなくてもそうしてやるっ!」とランスは叫んで、ひらひらと手を振った。


「おまえ、神がいなくなったが大丈夫か?」


信長の言葉にランスは目を見開いて、「…サンダイスがいなくなった…」と今度は本気でうなった。


「今世はその姿が本物じゃろ?

 お前の中にいたサンダイスが、

 お前の邪魔をしておったのじゃ。

 とんだ大回りのようじゃったが、

 それなりに修行は積めたはずじゃ」


信長の言葉にはランスは答えずに、またひらひらと手を振った。


「ふん、急かさずとも帰ってやる」と信長は鼻で笑って言って、琵琶家一同は社に入って消えた。


「普通に木だよ!」と天使のひとりが叫ぶと、「許可制だ」とランスは言って、その場に座り込んだ。


「では、正規の順路をたどって、

 琵琶家のお世話になってまいりますので」


天使サツキの言葉に、「…わかった… そうしてやってくれ…」とランスは命よりも大切だった天使たちも手放すことに決めた。


そして自分の身ひとつで、早々にすべてを片付ける決意をした。


「次に会った時に後悔させてやる!」


ランスが叫ぶと、「その日をお待ちしておりますわ」とサツキは笑みを浮かべて言って、ランスに頭を下げた。



サツキと天使たちは黒い扉をくぐって、メリスンの店のカウンターの中にある小部屋に出た。


サツキたちはメリスンとセイラに朗らかにあいさつをして、全ての事情を話した。


「…太陽の神竜を従わせた…」とメリスンが目を見開いて言うと、セイラは悔しそうな顔をしていた。


「仕える主を替えることにしましたの」とサツキは言って、もうふたつある黒い扉のひとつに入った。


ここは室内で、フリージアの母屋の広い玄関だ。


ここからは許可制で、社を使わないと右京和馬星に行くことはできない。


サツキが社の前に立つと、「どうぞどうぞ」と幼児の姿の天照大神がすぐに招いた。


サツキはほっと胸をなでおろして、右京和馬星にある社から出た。


「あら、デヴィラ様」とサツキは言って、仏頂面のデヴィラに挨拶をした。


「ふーん… あいつらが簡単に受け入れるとは思えんが…」とデヴィラは訝し気に言った。


「その時は、さらに修行を積んで、またここに来るだけですわ」


サツキは言って、天使たちとともに宙に浮いて、ノスビレ村を目指して飛んだ。



琵琶一家は砂浜の村にはいなかった。


よって真っ先に、ライジンとあいさつを交わした。


「行動が素早いわね…」とさすがのライジンも眉を下げて言った。


「働きますので、ここで過ごさせていただけます?」


サツキの言葉に、「客人として雇うわ…」とライジンが言うと、ゲイルがもうすでに幻影に連絡していた。


「こっちこっち!」と天照大神がサツキに向けて手招きをすると、「あら?」とサツキは言ってから、「行き来はあるようですので、こちらでもあちらでも働かせていただきますので」と無難な対応をした。


「天使特権のようなものだけど、

 あちらの大天使様は少々怖いお方よ」


この情報はサツキにはなかったのだが、笑みを浮かべて頭を下げて、社に向かって歩いて行った。



社を出ると、「ようこそいらっしゃいました」と阿国が出迎えた。


サツキは叫び出したいほどだったが、ここは何とか気持ちを抑え込んで頭を下げた。


「あら、あなたはノラ天使?」と阿国が言うと、その知識を持っていたサツキは、「はい、似たようなものです」と答えて頭を下げた。


「だったら、マリーン様に」と阿国がここまで言うと、「呼びましたね?」といきなり姿を現したマリーンはお付きを抱え込んだ姿のまま言った。


阿国が事情を説明すると、「もう天使でも構いません、今までお疲れさまでした」とマリーンが言って頭を下げたと同時に、サツキの頭の上にエンジェルリングが燦然と輝いていた。


十人いるサツキの配下の天使たちは一斉にサツキに向けて、祝福の祈りをささげた。


「…みなさんもこうもうまくいけば、本当に楽ですのに…」とマリーンが嘆くと、阿国は大いに苦笑いを浮かべていた。


「もちろん、今日までの積み重ねと経験の違いでしょう」


阿国がすかさず口添えをすると、「…まだまだ大きくなれるわ…」とマリーンは眉を下げて言った。


できれば、これほどに優秀な天使は、そばに置きたくないからだ。


警護に抜擢した場合、マリーンの自由が奪われるとでも思ったようだ。



阿国を先頭にして、マリーンとサツキを伴って、安土城の謁見の間に入った。


「うむ! 見事じゃ!」と信長はいきなりサツキを褒めた。


サツキと天使たちは一斉に頭を下げて、感謝の祈りをささげた。


「天使たちが倍槍してさらににぎやかになる。

 いたいだけここにいればよい」


信長はここまで言って立ち上がり、「さあ、宴じゃ!」と言って真っ先に部屋を出て行った。


ここからはまた阿国が誘って、くつろぎの間に入った。


阿国の配下の天使たちは早速挨拶をして、もうすでに二十名ひと塊のコロニーになっていた。


「こらこら、寝るな寝るな」と幻影が眠ってしまった家人たちを起こして回った。


天使の癒しはこれほどに効果のあるもので、疲れている者を簡単に眠いに誘う。


十人の癒しには慣れていたのだが、倍増した癒しには慣れていないから、こうなっても不思議ではない。


これも修行の成果として顕著に表されるひとつでもあるので、幻影は目を光らせていたのだ。


「…私も一瞬、意識が飛びもうした…」と弁慶が恥ずかしそうに言うと、「そうじゃろうそうじゃろう!」と信長は機嫌よく言った。


「少々訓練が厳し過ぎるのではないのか?

 多少は心に余裕を持った方が効率的な場合もある」


「はっ! ご指導ありがたく!」と弁慶は答えてすぐさま頭を下げた。


「…それに比べて…」と信長は眉を下げて女子たちを見て眉を下げている。


中でも長春は完全に夢見心地だが、「お前の鰻も俺が食う」という幻影の無碍な言葉に、すぐさま目を見開いて座り直してから、「…起こしてね…」と藤十郎に言ってからもたれかかって眠った。


女性では一番手、流派全員でも二番手の沙織ですら、今もまだ朦朧としているので、この効果は計り知れない。


特に室内なので、癒しが分散しないこともあるので、効果覿面なのだ。


しかし料理が並ぶと誰もが目を見開いて、真っ先に鰻重に箸をつけて大いに食らう。


「お代わりはいくらでもありますよー!」とハイネが陽気に叫ぶと、誰もが勢い勇んで大いに食べる。


琵琶家一同の腹は底なしに等しいので遠慮はいらない。


マリーンもこの絶妙なうまさに、幸せそうな顔をしているが、抑え込んでいる威厳が怪しくなっているが、天使たちがそれを見抜いて抑えにかかる。


よって敏感な獣人たちには、マリーンの威厳は届いていない。


信長は重箱をみっつぺろりと平らげて、美味い飯を煮物や天ぷらなどとともに大いに食らって、ひつまぶしの出汁茶漬けでしめた。


「うむ! 今日こそは満足じゃ!」と信長は言って、送風機を回した。


それほど熱いものは食べていないのだが、素晴らしいほどの代謝をするので、大いに汗をかく。


「あ、冷えた蕎麦、できるか?」と信長の腹も底がなかった。


ハイネはすぐに冷やし蕎麦を持ってきたので、信長はもみ手をしてから大いに食らった。


そして氷水も大いに飲んで、ようやくひと心地着いたようだが、ハイネが徳利が乗っている膳を持ってきたので、「…ハイネも早く飲めるようになればなぁー…」と信長は眉を下げて言った。


「私、少々お強いようですよ」というハイネの言葉に、「…わからぬでもない…」と信長は答えて幻影を見た。


「味見の際に、どうしても少しはお酒を飲んでしまうのです。

 お師様が、

 将来は意識的にあまり飲まないようにした方がいい、

 とおっしゃってくださいました」


ハイネが恥ずかしそうに言うと、「…ワシも少し控えめにしよう…」と信長は少し眉を下げて言った。


「…むむ… これは変わっておるな…

 みりん干しの一種か…」


信長は言って珍味に手を付けると、「おお、烏賊か?!」と陽気に叫んだ。


「ノシイカという種類の、子供たちのおやつでございます」


その子供たちも女性たちもノシイカに驚いていて、ついつい手が伸びる。


「ですがこちらはあまり甘くせず、

 肉厚も厚みを保つようにして、

 お酒に合うように味付けをして造っております」


「いや! ワシは満足じゃ!」と信長は陽気に叫んで、ハイネを大いに褒めて頭をなでた。


「…ハイネのお婿さんも満足しているんじゃないの?」と蘭丸が少し冷やかすと、飲んでもいないのにハイネは顔を真っ赤にして、「…さりげなく褒めてくださいますぅー…」と恥ずかしそうに言った。


「もう祝言を上げろ!」と信長が叫ぶと、「はいはい、終わり終わり」と濃姫は言って信長を寝かしつけた。


「どうやら、本調子じゃないようなのよね…」と濃姫は眉を下げて言った。


誰もが一斉に心配そうな目をすると、「…あら、それほど深刻じゃないから…」と濃姫言って信長を獲物のようにして担ぎ上げた。


「早いけど寝所に行くわ。

 萩千代は遊ばせておいて」


濃姫の言葉に、誰もが一斉に頭を下げた。


「…どう考えても食べすぎだ…」と幻影が眉を下げて言うと、「…普通に、勝てなかった…」とまた夕餉に出没していた桜良が大いに嘆いた。


「しばらくは奥様の判断にゆだねることにした。

 俺も多分、強制的に眠っていただいたかもな。

 肉体に作用するものではなく魂なのだが、

 魂の指示には抗えない。

 しかし奥様が言われた通り、深刻なものではない。

 だが、多少は性格が変わられるかもしれないから、

 要注意だぞ」


幻影の言葉は重いので、誰もが黙って頭を下げた。


「…逆に、安心しちゃったんじゃないのかなぁー…」という桜良の言葉に、幻影は賛同して頭を下げた。


「青いオーラの球は猜疑心の根源」と咲笑が言うと、誰もが目を見開いた。


「魔王である証明のようなものだ。

 今までは本能、本質に従っていたが、

 この先はそれ以上の猜疑心と戦いながら生活する必要がある。

 これは強制なので、抗うことはほぼ不可能。

 その抑止力が太陽のオーラの球。

 俺はそのオーラに引き寄せられて、今ここにいると感じている。

 御屋形様の太陽のオーラがランス・セイントよりも大きければ、

 ほとんど問題はないはずなんだ。

 その証拠が、太陽の神竜を従えたことに尽きる。

 油断はできないが、

 それほど心配する必要はないということにつながるんだよ」


幻影の説明に、今度は誰もが笑みを浮かべて頭を下げた。


「乗っちゃったの?!」と桜良が叫ぶと、「ああ、飛び回ってたよ」と幻影が答えると、「…杞憂は去った、って断言してもいいかもぉー…」と桜良がつぶやくと、誰もがさらに安心していた。


その中で、マリーンは薄笑みを浮かべていた。


そして、幻影たちに大いに礼を言って、大神殿に戻って行った。



マリーンが帰ってからすぐに極がやってきた。


「城下町中、鰻祭りだ」と極が言うと、幻影は愉快そうに笑った。


「何とかタルタロス軍の人数分残ったので、

 持って帰られます?」


幻影の言葉に、「それほどか」と極は言って、大いに苦笑いを浮かべてから、礼を言った。


「さすがに我が琵琶家でも食べ切れませんでした。

 美味いうちに食って下さい」


幻影の言葉に、ハイネたちが焼き上げてたれ漬けにしている鰻を持ってきた。


「…大いに助かる…

 あ、別の話だ。

 あ、太陽の神竜のことはもう知っている。

 この件は大いに助かったと言っていい。

 さらにはそのオマケで、

 タルタロス軍に出撃命令が出た」


極の言葉に幻影はすぐさま、「おめでとうございます」と言って頭を下げた。


「…そのための軍だからね…

 …その件についてなんだが…」


「明日の朝にでも御屋形様へ直接お願いしていただきたいのです」


幻影の言葉に、「それが筋だな」と極は言って頭を下げた。


「ですが、我が弟弁慶は率先して行かせますので。

 これは兄であり師匠からの命令です」


幻影の言葉に、弁慶は腰を浮かせて喜び、頭を下げた。


これほどうれしい命令はないと、弁慶は涙を流すほどに喜んでいる。


「…うう… 俺たちの仕事がなくなりそうだ…」と極は大いに眉を下げて答えてから、丁重に頭を下げた。


極はお付きのジャックとフランクの三人で大荷物を抱え上げた。


「ちなみに、どれほどの期間です?」と幻影が聞くと、「始めは日帰りだよ」という極の嘆くような言葉に、幻影は大いに眉を下げた。


「状況はほぼ把握できているし、

 行先もわかっている。

 だが、飛び込みの任務も発生するから、

 いきなり延長戦になることもしばしば。

 琵琶家の初の宇宙の旅と同じようなものだよ」


極の言葉に、幻影は納得して何度もうなづいた。


「こっち側の大宇宙は、あちら側と比べて少々荒っぽいからね。

 もっとも、大型破壊兵器がない分まだましだけど、

 星をひとつずつ丁寧に回る必要があるんだ。

 気が狂うほどのとんでもない風習や習慣があったりするもんでな。

 それをやつらは欲と思っていない、

 かなり厄介なヤツらも多いんだ」


「…俺たちの正義を振りかざしても役に立たない…

 …力こそ正義を見せつける…」


幻影がつぶやくと、「それが約半分だ…」と極は投げやりに言った。


「…やつらの秩序に乗っ取った正義の行使…」


「そう、それが一番効果的…

 よって、その星とは懇意になれないから、

 強いやつがいて役に立つとしても仲間にできない」


極があきれ返って言うと、幻影もさじを投げたような、呆れた顔をした。


「もちろん、そんな星はそれほどないが、三割」


「多いと思う…」と幻影は大いに眉を下げて言った。


「始祖の大宇宙に近づくたびに、

 そういったやつらは少なくなっていくが、

 今回の使命はそういったやつらがはびこっている星。

 よって、会話は不要で、武器を破壊し、

 素手でしか戦えなようにするのみ。

 白竜フォーサは、俺たちのような、

 報われそうもない戦いに身を投じているそうだ。

 ちょいと小さな大神殿長と言ったところだろうか。

 ノスビレ部隊は、正義と悪の隔てなく救っていることは周知の事実。

 しかしまだまだ秩序は普通だから、

 話が通じるやつらも多い」


「…よーく理解できたよ…」と幻影は答えてから弁慶を見た。


「兄者、お願いがあります」と弁慶が懇願して頭を下げると、「はい、これ」と幻影は気さくに言って、幻武丸の七割方の長さの太刀を弁慶に向かって突き出した。


「菊水姫だ」と幻影が言うと、弁慶は笑みを浮かべて、「…菊水姫…」とつぶやいて、両手で鞘をつかんだ。


「重さは幻武丸と同じだ。

 今の弁慶では、幻武丸の長さを扱えない。

 だがこれでも、普通の太刀の三倍ほどの長さはある。

 その分厚みがあるから、

 剣風を出しやすいのだが、有効範囲が短いことが欠点。

 だが、連撃はかなり有効という利点はある」


「…兄ちゃん、ほんとうにありがとう…」と弁慶は子供のころに戻って、大いに涙を流して礼を言った。


「この程度のことなど当たりまえだ」と幻影は言って弁慶の頭をなでた。


「確認に行ってくるよ!」と弁慶は陽気に言って、幼名を菊水と名付けられていた沙織の手をつかんで廊下に出て行った。


「…やっぱり、弁慶は来なくていい…」と極が大いに眉を下げてつぶやくと、「だったら誰も出さないようにと、御屋形様に進言するのみ」という幻影の脅しに、極は大いに眉を下げて頭も下げた。


もちろん、幻影の腹心の弁慶であれば、心強い援軍なのだが、全てをひとりで解決しそうに思ってしまったようだ。


だが弁慶はそのようなことなど考えてもいなかった。


兄である幻影の背中を追っている弁慶には、指導することなど何もないのだ。


そして幻影は大いなる期待をしていた。


「…俺にはなかったよね?」と源次が唇を尖らせて言うと、「催促しないからだ」という幻影の言葉に、源次は大いに眉を下げて右手を差し出した。


「もう十分に自信があるはずだが?」と幻影は言って金色に光る杖を取り出した。


「え? 槍じゃないの?」と源次は言って杖を見つめて、「…ううん、これがいい…」と真剣な目をして言った。


「さすが、いい目をしている。

 この杖は菖蒲姫だ」


幻影は言って杖を突き出すと、源次は両手で恭しく受け取った。


「兄ちゃんの真似をして、練習してくるよ!」と源次は言って、源次よりも喜んでいる志乃を連れて部屋を出た。


「昔、弓を作ってやった時とおんなじことを言いやがった」と幻影は嬉しそうに言った。


極は目を見開いて、「…杖じゃないのか…」とつぶやくと、「まぎれもなく槍だよ、かなり重いけど」という幻影の言葉に、「…鞘に収まっていたのか…」と極はすぐに気付いてつぶやいた。


「長さは幻武丸の半分ほどの両刃の太刀を埋め込んであるんだ。

 光り輝いているから、継ぎ目が全く見えないはずだし、

 鞘から抜かなければ普通に杖だよ。

 だけどその突きは、かなり重いものとなる」


「…それも痛そうだな…」と極は眉をひそめて言った。


極は子供のような笑みを幻影に向けて、「俺に打ってくれるんだったら、どんな武器だい?」と子供のように言った。


「手裏剣」と幻影が言うと、極は大いにうなだれた。


もちろん、手のひらにすっぽり収まるほどの小物と思われていると感じたからだ。


「あ、これ」と幻影は言って、とんでもない大きさの手裏剣を出すと、「盾か?!」と叫んで大いに笑った。


円形に見えるのだが、ほんのわずかに隙間があり、投げる武器の手裏剣ということはよくわかる。


「盾としても十分に使えるさ。

 名前はピーチ姫」


幻影の言葉に、極は目を見開いた。


「オカメさんが人間に飼われていた時に、

 ピーチという名をつけてもらってうれしかったそうだよ」


「…そうか、だからこその飛び道具…」と極は言って手に取ると何かがおかしいと感じた。


「練習次第で、きちんと戻ってくるから」という幻影の言葉に、「人のいない場所で…」と極は言って笑みを浮かべた。


タルタロス軍の基地であれば、上昇させておけば何も問題がないからだ。


「手甲をつければ問題ないから」と幻影が言うと、「確かにそうだった」と極は言って、よく切れそうな刃面を見入った。


戻ってきたものを受け止めるのはいいのだが、指や手が落ちてしまうのは大いに問題だ。


「だけど、刃こぼれしないの?」と極が聞くと、「もちろん、手裏剣の方に工夫をしたさ」と幻影は言って、手裏剣を少し傾けた。


「…刃が下がるのか…」と極は言って満面の笑みを浮かべた。


「もう存在感は理解できたはずだから、

 戻ってこなくて見えていなくても術で引きもどせるはずだよ」


「ああ、問題ないさ」と極は陽気に言って幻影に頭を下げた。


「その大きさの手裏剣を、投げられない手裏剣として鍛錬させたんだ」


「…はは、さすがに人間だったら厳しいだろうね…」と極は大いに眉を下げて言った。


極はこれから練習に行くということで部屋を出て行った。


「みんな修行熱心で結構なことだ」と寝所から抜け出してきた信長は言って、幻影に手のひらを向けた。


「御屋形様には多くを救ってもらおうと思い、

 打撃武器にしました」


幻影は言って、信長の身長よりも長い西欧風の剣を出した。


「なるほどな、それほど大きければ、斬れずとも倒せそうじゃ」


信長は機嫌よく言って、片手で剣の側面を握った。


「軽過ぎやせんか?」


「桜姫の三倍ほどの重量があります」


幻影の言葉に、信長はにやりと笑った。


「打撃武器ですが、剣風で切れるように、

 彫刻を施してあります」


信長は剣の刃を見て何度もうなづいた。


「名は静姫です」という幻影の言葉に、「振り回してくる!」と信長は叫んで、かなり機嫌のいい蘭丸とともに外に出た。


「…俺にはないのか?」と高虎が聞くと、「今のお前で使える武器があると思うか?」という幻影の厳しい言葉に、「…さらに鍛え上げる…」と高虎は言って、頭を下げた。


「お師様! 私も特訓がしたいです!」と信幻が叫ぶと、「ああ、こんなのはどうだ?」と幻影は言って、信長の剣のミニチュアのような剣を出した。


「これは刃がついているから切れる。

 さらに…」


幻影は言って、左手で柄をもって右手で四角い鍔を叩くと、剣は形を変えて、なんと弓になったのだ。


「二つ鍛える必要があるから初心者向けだ」


幻影は言って、弓を元の形に戻して信幻に差し出した。


「…ありがとう、ございます…」と信幻は大いに緊張して鞘に収まっている剣を受け取って気づいた。


「…鞘に矢が…」とつぶやいて笑みを浮かべた。


「それなりに仕込んであるけど、

 失くしたら自分で打てよ。

 それも修行だ」


「はっ! ありがとうございます!」と信幻は心の底から礼を言った。


「その変化の剣の名は、カディア姫だ」


幻影の言葉に、「…カディア、姫…」と信幻はつぶやいて大いに赤面した。


「ハイネの本当の名だが、どうする?」と幻影は、こちらも赤面しているハイネに聞くと、「…今のままでいいですぅー…」とハイネは言って、上目づかいで信幻を見た。


「…でも… お師様に新しい名前を決めてもらいたいですぅー…」


ハイネは違う意味で大いに赤面して懇願すると、「アンジェリーナ」と幻影が言うと、ハイネはさらに赤面して、「…お父様、ありがとうございますぅー…」と、喜びの涙を流していった。


「あだ名はアンナでもリーナでもいいだろう。

 信幻に決めてもらえ」


幻影の言葉に、「はいぃー…」とアンジェリーナは答えて、大いに赤面した。


「じゃ、これ」と幻影は言って、鞘付きの包丁を渡した。


「もう一人前以上だから。

 銘は彫ってある」


幻影の言葉に、アンジェリーナは鞘を抜いて、「…竹ノ丞…」とつぶやいて、さらに顔を真っ赤にした。


「お守りにもなると思って、鞘も作ったから、

 常に持っておいてもいいさ」


「はいぃー… お心づかい、感謝いたしますぅー…」と丁重に礼を言って、包丁を鞘に納めて懐に入れた。


そして信幻と肩を並べて外に出て行った。



幻影はしばらくは家老たちと話をしていたが、信長が血相を変えてくつろぎの間に入ってきたが、すぐに眠った。


「信幻の剣を見てうらやましがられましたか」と幻影が眉を下げて言うと、「…何か考えておいてあげて…」と濃姫は眉を下げて言ってから、信長を担ぎ上げて、萩千代とともに外に出て行った。


「弓は容易に携帯できるものを作ってありますけどね」と幻影は言って、長くて細い箱を嘉明に渡した。


「…矢入れ?」と嘉明は言ってすぐさま幻影が指示すると、脇差ほどの長さの信幻の剣とよく似た剣が出てきた。


そして嘉明は笑みを浮かべて徐に立ち上がって、左手で柄をつかんで鍔を押すと弓になったことに、ご満悦の表情を浮かべた。


「汎用型なので、名前は付けていません」という幻影の言葉に、「いや、さらに修練を積もうぞ」と嘉明は機嫌よく言った。


矢はかなりの数が入っていて、嘉明はその中の一本を取り出した。


「…失くせないな…」と嘉明は言って、芸術品のような矢を見入った。


「回転するように細工を施してあるだけですので」と幻影が眉を下げて言うと、「…力具合によれば、風に負けることはない…」と嘉明はつぶやいて笑みを浮かべた。


「はい、大きく外れることはないと思います」


「ワシのは?!」と高虎が目を吊り上げて叫ぶと、「…工房に山積みにしてあるから、勝手にもっていけ…」と幻影がめんどくさそうに言うと、「…うー… わかった…」と高虎は言ってうなだれた。



「…ふふふふ… ワシにはもう怖いものは何もないぃー…」


魔王の姿の信長は早朝稽古からずっと背中に大剣を担ぎ、腰には弓に変化する剣を差している。


「喜んでいただけて何よりです」と幻影は笑みを浮かべて頭を下げた。


「いいや、幻影ならば当然のことだが、なかなかできるものではない」


魔王は言って剣を抜いて弓に変えて構え、ご満悦の表情を浮かべた。


「備えあれば憂いなしですので。

 忍び道具ひと揃えは重いのですが、

 ここは文明文化に逆らわず、

 極力使いやすいバックパックに入れておけばそれほど問題はないかと」


「常に担いでおけ」という信長の言葉に、誰もが素早く頭を下げた。


信長のものは特別製だ。


大剣を担ぐとバックパックを背負えないので、両腕と両足にかなり使い勝手のいいポーチを装着できるようにした。


個人の自由だが、バックパックとこのポーチを両方装備しておけば、比較的身軽に多くの道具や資材などを持ち運ぶことが可能だ。


弁慶はまさに臨戦体制そのもので、鎧姿で食事を摂っている。


まさにこれから戦場に行くことになるので、気合が入っていて当然だ。


「弁慶は気合を抜け。

 そうすれば、何も問題はない」


幻影の指導に、全く意識していなかった弁慶はすぐさま頭を下げて、いつもよりも朗らかになった。


「このようなひと言がうれしいものなんじゃ」と魔王から信長に戻って穏やかに言った。


「じゃが…」と信長は言って長春を見た。


「ここは男子と女子の差別をしてみました」


幻影が少し笑いながら言うと、「…うー… まあ、よい…」と信長は言って、長春が手首に装着している小さな自動ボウガンを見て、眉を下げた。


近距離であれば確実に弾幕を張れることになるし、ほとんど殺傷能力はないに等しいが、相手の武器を叩き落とすほどの威力はある。


「弁慶は戦場に出るんだ。

 いるか?」


幻影がさらに小さなボウガンを出して聞くと、「はい! ありがとうございます!」と弁慶は礼を言って手の甲にボウガンを装着して喜んでいる。


「知っての通り、装着している手だけで操作ができるからな。

 ひとりだけで数人分の働きができるだろう」


「今日ほどうれしい日はございません」と弁慶は言って頭を下げた。


「右手で連撃をかけながら、左手でボウガンを打つ…

 ちょっとした要塞になるな…」


信長が笑みを浮かべて言うと、「本当に心強いです」と弁慶は穏やかに言った。


「全員が能力者と言っていいほどなので、

 この程度の装備は当たり前かと」


「うむ! その通りじゃ!」と信長は機嫌よく叫んでから大いに笑った。



琵琶一家は弁慶に旅の安全を願ってから、タルタロス軍に引き渡した。


「…なんか、普通じゃないね…」と極が大いに眉を下げて幻影に聞くと、「次は源次にしました」と言って笑みを浮かべた。


「いや、文句はないさ」と極は笑みを浮かべて言って、幻影に頭を下げた。


琵琶一家は勇壮なタルタロス軍の出立を見守ってから、別荘に移動した。


すると、「おや?」と幻影が怪訝そうな顔をして、砂浜の村を見まわした。


つまらなさそうな顔をしているスイジンに、「原住民はどこに行ったのです?」と幻影が聞くと、「…ずっと南の海の大陸ぅー…」と眉を下げて言った。


「もう変化が現れたようですね」


「…まさか、心まで人間になるなんてぇー…」


スイジンは大いにうなだれて嘆いた。


「いえ、穏やかに住める場所ができてよかったです。

 南東の空き地はどうするのです?」


「まだ決めてないから、動物王国でもいいかなぁー、って…」


スイジンが答えると、幻影は何度もうなづいて、「素晴らしい動物も生まれるかもしれませんよ?」という言葉に大いに食いついて、信長にこの村を頼んでから消えた。


「…国民として抱えるには、幼稚すぎる人間なんでしょうね…」


幻影が眉を下げて言うと、「それぞれのこれからの進化に期待じゃ」と信長は答えてから、腕組みをして瞳を閉じた。


留守を頼まれてしまったので、この場を守ることにしたようだ。


もちろん、濃姫も蘭丸もいるので問題はない。


幻影は小型戦艦にハイネとともに乗って、新しく出来上がった大陸に向かった。


人間の魂はノスビレ村と高台にしかなかったので、新しくできた大陸の場所はよくわかる。


しかし近づくことはせず、遠めから咲笑の望遠を使って村の様子を見ると、大人たちは大いに働き、子供たちは大いに遊んでいた。


ライジンとスイジンはこの星の神として最低限の知恵とこの先過ごすための材料や農地を与えていたことに幻影は笑みを浮かべた。


そして元ノスビレ村に住んでいた魂を持つ子供を発見した。


今はごく普通に子供に感じるが、そのうち旅に出るだろうと期待して、戦艦を反転させて逆方向に飛んだ。


少々冷えるが、この星の南極に足を運ぶと死の世界でしかなかった。


動物の姿が一切見えないし、その魂も皆無だ。


「…ドライアイス状態…」と咲笑がつぶやくと、幻影はすぐさま北に進路を変えるとすぐに暖かくなった。


「さすがに生物が住める限界か…」と幻影が言うと、咲笑はすぐに賛同した。


魚影がないに等しいが、ハイネが、「ここがいいですぅー…」と言ったので、幻影は戦艦を海面に着水させた。


すると遥か北の方に魚影を確認したと同時に、どんどん近づいてくる。


戦艦が潮に流されていて、魚群に近づいたのだ。


ハイネは笑みを浮かべて釣竿を垂れると、「浅い?」とつぶやいた。


するとすぐに引きがあって、釣り上げると大きな鮃だったことに、ハイネも幻影も大いに喜んで、様々な種類の魚などを吊り上げた。


しかし七割が鮃で、「刺身は美味いぞ!」と幻影は陽気に言って、ハイネとともにこの場でさばき始めた。


今回も残骸は海に還元してから砂浜の村に戻って、厨房に駆け込んだ。


幻影だけが厨房から出てくると、ライジンたちが帰還していたので挨拶を交わした。


「見て来ました」と幻影が言葉足らずでゲイルに言うと、「今はあれが最善だと決まったんでね」と眉を下げて答えた。


「はい、私もそう思います」という幻影の言葉に、ゲイルはほっと胸をなでおろした。


「国民としてという意見も当然あったが、

 彼らはこれから人間だからね。

 あと数世代後でもいいと思ったんだ。

 そのうち、冒険心にあふれた子も現れるだろうし、

 姉ちゃんたちもこの地を目指して戻ってくるかもな」


ゲイルももう家族たちが生まれ変わっていたことがわかっていたようで、幻影は笑みを浮かべてうなづいた。


幻影が南極の話をすると、「…いきなりだったから凍るかと思った…」とゲイルは大いに苦笑いを浮かべて言った。


「中央大陸の高台の酸素濃度が高い理由かもしれませんね」


「ああ、大いに考えられるね」とゲイルはすぐさま賛同した。


一万メートルを超える高台なので、普通であれば酸素はかなり薄いはずだがそれは全くない。


大陸の酸素濃度が高い分、南極は空気が凍るほどに寒い地だ。


この絶妙なバランスが、この星の奇跡を起こしていると思い、現状を維持する星のひとつとして、ゲイルはこの右京和馬星を守り抜く決意をしていた。


すると高台からデヴィラが単身で飛んできて、まずはライジンとあいさつを交わした。


すると疲れた顔をしたスイジンも戻って来て、「いい人になったデヴィちゃんは詰まんないよ?」とかわいらしく悪態をついた。


「配膳しまぁーす!」と竜人の子供たちが叫ぶと、誰もが行儀よく席に着いた。


まさにこれ見よがしのごちそうに、食べる側に大いに気合が入っていた。


「いくらでもおかわりしてくださぁーい!」とかわいいシェフが叫ぶと、誰もがさらに拍車をかけてうまい食事を食らい始めた。


すると、「なにを見ておられるのです?」と濃姫が信長に聞くと、「楽しいものだ」と答えて、視線を少し下げて黙々と食事を摂っている。


「帰って来てから報告を受ければいいだけですのに」と濃姫は少し嘆いた。


「何かあったの?

 あ、弁慶君がいない…」


ゲッタの言葉に、「タルタロス軍に雇われました」と幻影が答えると、「おー!」と猛者たちが士気を挙げて一斉に叫んだ。


「重装備をさせて行かせたので、

 能力者には引けを取らないでしょう。

 気功術師ではあるので、

 足手まといにはならないはずです」


幻影は冷静に言った。


「…軍人たちのほとんどが、弁慶君の足手まといだよ…」


ゲイルが当然のようにつぶやくと、信長が陽気に大声で笑った。


まさにそのような事態になっているのだろうと思い、幻影は少し眉を下げたが、内心は誇らしく思っていた。



幻影は法源院屋と麺屋に、美味い食材を卸したが、タルタロス軍は帰還していなかった。


琵琶一家はいつものように、菓子作りなどをしていると、社から弁慶が出てきたので、一斉に労った。


「戦場に行ったんじゃないの?」と幻影が眉を下げて聞くと、「天使たちにも同じような顔をされました」と弁慶は誇らしげに答えた。


ここはハイネが腕によりをかけて弁慶にごちそうを振舞った。


「配属はどうなったのじゃ?」と信長が聞くと、「食事中」と濃姫が釘をさすと、信長はすぐさま首をすくめた。


「いえ、奥様」と弁慶は言って箸を置いた。


「タルタロス軍から正式に仕官して欲しいと願われましたが、

 お断りしました。

 さらには大神殿長からも願われたのですが、

 私の意志としてお断りしましたので、

 次は源次が標的かと」


「…さもありなん…」と信長は少し不安そうな顔をして言った。


「予想通り弁慶を欲しがったので、次回は源次だ」


幻影の言葉に、源次は笑みを浮かべて頭を下げた。


「長であれば当然じゃ。

 ひとりになったのでここぞとばかりに配下に加えようとするはずじゃ。

 もし、請われなかった場合は逆に疑うからな。

 この件については、萬幻武流の師匠に従え」


信長の言葉に、幻影たちは一斉に頭を下げた。


「…俺… やっぱり鍛えてもらった方が…」とエカテリーナが嘆くように言うと、「晩飯食ってからでも修行は積めるし休日も利用しろ」というゲイルの厳しい言葉に、エカテリーナは首をすくめた。


「ゲイル殿も厳しいわい!」と信長は愉快そうに笑った。



弁慶の食事が終わってから、早速弁慶の活躍を見るため、咲笑が張り切って編集した映像を流した。


「…弁慶ぃー…」と蘭丸とエカテリーナが同時にうなると、弁慶は首をすくめて、「…手っ取り早かったので…」と申し訳なさそうに言った。


弁慶は阿国連撃を多用して、門や壁、さらには砦まで切り刻んだので、あっという間に戦闘を終えていた。


そこら辺りにあるものを切り刻むことで、相手に士気を上げさせない方法だ。


どれほど逞しい者でも、人間よりも固いものを簡単に一刀両断にされると諦めるしかないのだ。


ふたつ目の星は少々原始的だったので、弁慶は人助けの方に重きを置いて戦場に出ていた。


巻き込まれて悲惨な目に遭いそうだった多くの子供たちを手製のそりに乗せて、地獄の戦場で笑みを浮かべさせたことは誰もが感心した。


三番目の星は多くの人質の救出が先だったので、弁慶は犬とともに任務を遂行した。


「…むむ… あの犬は?」と信長がうなると、「煌極様の側近で、英雄の極トーマ様です」と咲笑が答えた。


「ふたつ名に偽りはありませんでした」と弁慶が大いに褒めると、「…なかなかの逸材がおるではないか…」と信長はぶつぶつと苦情を言い始めた。


「忍びとしてはまさに一番手かもしれません」と幻影まで褒め始めた。


「…それ以外はどうじゃ?」と信長が機嫌を悪くしてうなると、「並みです」という咲笑の返答に、信長は愉快そうに笑った。


「幻影が、忍びとしては、と言ったことで察しなさいよ…」と濃姫に手ひどく言われた信長は首をすくめた。


「忍びが英雄となる。

 この戦いを見て確かにそう思ったね。

 このような積み重ねが今までに随分とあった結果だろう」


幻影の言葉に、忍びが主な任務の竜胆と草太は大いに悔しく思ったようだ。


さらには潜んでいる忍びたちにもいい刺激になったようだ。


最後の戦場は、一番初めの戦場と似たり寄ったりだったが、弁慶は命令があるまで手を出さなかった。


手を出したが最後終わってしまうので、この時の弁慶の所属する部隊の隊長のジャックは大いに考え込んで、比較的短時間だがそれなりに時間を費やして楽々と相手側をねじ伏せた。


弁慶は中衛にいて、仲間の手薄な部分にだけ手を出していた。


「褒美は何か出たのか?」と信長が聞くと、濃姫がにらんでいたが、「金が一貫程ありました」と弁慶はさらりと言ってのけた。


「…袖の下ではないか…」と信長がうなると、「たぶん、その意味もありますぅー…」と咲笑は眉を下げて言ってから、今回の出撃の必要経費表を出した。


「…随分と無理したね…」と幻影は大いに眉を下げて言った。


「その程度の働きはしておった。

 兵士でもあり、監督者、指導者としても働いたんだ。

 さらにはこの映像を公表すれば、

 ある程度の悪辣の歯止めにもなろう。

 遠慮なくもらっておけばよい」


「御意」と弁慶は言って頭を下げた。


「ところで、何か得たものはあったの?」


幻影の問いかけに誰もが黙り込んで真剣な目をして弁慶を見た。


「琵琶家に迎え入れてもいい者がひとりだけ」と答えた弁慶の言葉に、「でかした!」と信長は大いに弁慶を褒めた。


「…タルタロス軍から抜いても問題がない者…

 …できれば、露骨には誘いたくないなぁー…」


幻影の言葉に、「…むむ… ま、まあ、そうじゃな…」と信長が言うと、濃姫は腹を抱えて笑った。


「まずは、子供たちとお友達になってもらう作戦で」という幻影の言葉に、「よきに計らえ!」と信長は機嫌よく叫んだ。


子供たちにも出番があったと、阿利渚たちは大いに喜んだ。


咲笑がその映像を出すと、「…ほんに頼りなげじゃ… 主従とも…」と信長は大いに眉を下げて言った。


「お友達だよ?」と阿利渚が報告すると、「でかした!」と信長は言って阿利渚を手放しでほめた。


「接触はあったのに阿利渚が察していない…

 煌様に対するそれなり以上の恩義はあるんだろうなぁー…」


「寂しそうだったけどね、

 おはじきですっごく仲がよくなったの!

 でも、不満とかは全く気付かなかったなぁー…」


阿利渚の言葉に、「何も言いませんでしたが、居心地が悪そうでした」と弁慶が言うと、誰もがうなづいていた。


誰にでも、一度ほどはそのような体験があったからだ。


「それでは本来の力は発揮できんじゃろうて。

 じゃが、煌殿が気づいておらんとは思えんのじゃが…」


信長の言葉に、幻影の頭に煌きが見えた。


「憶測ですが、それがあちらさんにとっての交換条件の一部、などと」


幻影の進言に、「すべて保留じゃ! 今の生活はなにも変えるな!」という信長の鶴の一声に、琵琶家一同は素早く頭を下げた。


「本人の意思に任せよう」と信長は笑みを浮かべて言った。


「…罠にはまるところだった…」と弁慶が苦笑いを浮かべてつぶやいた。


「成果、あったよな?」という幻影の言葉に、「はい! 兄者!」と弁慶は満面の笑みを浮かべて答えた。


「あれほどの威厳と行動力を、たまにはもって欲しいよ…」とゲイルが信長を示唆して嘆くと、「…がんばりますぅー…」とライジンとスイジンは眉を下げて答えた。



マリーンたちに企みがあるのかないのか確認したわけではないのだが、今日は別荘に泊まることになった。


もちろんゲイルたちは大いに喜んで、ついつい饒舌になる。


夕餉は昼の残りの鮃に蟹と貝類を追加して、少々豪勢な食事会となった。


「どーしてこっち?!」と社から出てきた桜良が幻影に聞くと、「ゲイル様からお誘いもあったし、たまにはいいだろうと思ってね」とごく自然に答えると、桜良は黙り込んだ。


「煌様に報告中です!」と咲笑が叫ぶと、桜良は今までにないほど、道化師のように慌てふためくと、幻影は桜良に指を差して大いに笑った。


「弁慶君との件は関係ないようよ?

 そうか、よかった」


咲笑が念話の内容を桜良と極の声色を使って話すと、誰もが大いに笑い転げた。


「放り出すか…」と信長が言うと、「お礼は、琵琶家の今宵の食事…」と桜良が言ったので、また誰もが大いに笑った。


「いつもじゃん!」と幻影が笑いながら叫ぶと、桜良は肩を落として小さくなった。


「…やっぱりね、

 マリーンちゃんのお手伝いもしないといけないのかなぁーって思ってね、

 困ってるようだったからね、

 お話を聞いてあげたのぉー…」


桜良が幼児のように報告すると、「だけど、あちらさんはそれほど困ってないぜ?」という幻影の言葉に、「…マリーンちゃんは、琵琶家も抱え込みたいのかなぁー…」と桜良は憶測で言った。


「そんなことは当たり前だ。

 しかし信長様は自由を主張しておられる。

 いくら自然界の神でも、やっていいことと悪いことがある」


ゲイルが少し憤慨して言うと、「…こっちの方が強いかもぉー…」と桜良は眉を下げて、琵琶家とノスビレ村村民たちを見まわした。


「レスターさん、何かあったのですか?」と幻影が何も発言しないレスターを見て聞いた。


「申し訳ございません、少々考え事を…

 太陽の神竜についてのことなのです」


レスターが眉を下げて言うと、「今は存在していません」という幻影の言葉に、「そういうことでしたか…」とレスターは言って笑みを浮かべてから、自己解決したようで、溜まりに溜まった桜良へのお小言を言い始めたので、幻影たちは愉快そうに笑った。


「それでタルタロス軍がすぐに動いたか…」と信長は言ってにやりと笑った。


「マリーン様は太陽の神竜を

 サルサロス星に縛り付けようと画策を始めたと思うのです。

 よって、タルタロス軍の士気を上げ、

 それに乗じて琵琶家までも手に入れようと。

 そうすれば、自然界は安泰なのではないか、

 などと考えてみました」


「それは自然とは言えんのではないか?」と信長が言うと、「それほどに、大宇宙全てが乱れているのでしょう」と幻影が答えた。


「ま、どっちつかずになる気持ちもわからんではない」と信長は言って腕組みをしたが、「まずは飯だ!」と叫んで、大いに食らい始めた。


誰もがすぐさま陽気になって、会話にも花が咲き始めた。


「…俺も琵琶家に入れてもらおうかなぁー…」とゲイルが言い始めると、ライジンとスイジンが気が気ではなくなって、大いいおだて始めた。


幻影が立ち上がって厨房に行くと、かわいい料理人たちは幻影の真似をして、鮃の握り寿司を握り始めた。


ハイネもここは奮起して、助手にコロナを従えて、信長、濃姫、長春、蘭丸専属の寿司職人となった。


「…鮃だけではないのか…」と信長は言って満面の笑みを浮かべた。


「はい! こちらは鮑です!

 栄養も豊富で、歯ごたえもよく、

 一度食べると病みつきになります!」


かわいい寿司職人の言葉に、信長の眉は下がりっぱなしだった。


さらには海老や烏賊、一般的な玉子や魚卵などの握り寿司に感動して、誰もが大いに堪能した。


「いや! 満足した!

 ハイネ! コロナ!

 大儀であった!」


信長の高揚感に満ちた言葉に、まずはコロナが火竜に覚醒して変身していた。


「ほう、あれしきのことで」と信長は言いながらも笑みを浮かべて雄々しき火竜を見上げた。


火竜は長い首を何度も下げて、信長に礼を言って、人型に戻って、流れる涙をぬぐうことなく、信長にさらに礼を言った。


そしてコロナは走って母であるスイジンの前に立った。


「予定はありませんけど、琵琶家にお嫁に行きます!」とコロナが宣言すると、スイジンは大いに戸惑った。


「姉ちゃん、よかったね」とゲイルが穏やかに言うと、「うん! お兄ちゃん! ありがと!」とコロナは叫んで、ゲイルに手を振りながら信長めがけて走った。


「…火竜になれたことを祝福しただけだが…」とゲイルが苦笑いを浮かべて言うと、「…落ち込んじゃうから、輿入れの件は許してあげてぇー…」とスイジンはここは懇願した。


コロナはわかっていたのか、「…火竜になれたことは祝福していただきましたぁー…」と眉を下げて信長に報告した。


「ハイネはどうしたい?」と信長が聞くと、「はい! コロナちゃんもお師様の弟子に!」と心の底から陽気に叫んだ。


「うむ、わかった」と信長は言って、コロナを肩に乗せて、コリスナー家のテーブルに向かって歩いて行く。


信長は今は人間だが、コロナを肩に乗せていることで、魔王ほどの威厳があった。


「婿は決まっとらんが、

 花嫁修業として我が家で指導したいのだが、どうじゃ?」


信長がライジンに聞くと、「はい、コロナも望んでおりますので、どうか、よろしくお願いいたします」と答えて頭を下げた。


「そうか、よくわかった。

 コロナを誰もがうらやむ素晴らしい姫として教育しよう。

 ちなみに、このようになる」


信長が言うと、幻之丞が、『コロナ姫完成予想図』という見出しの画像を出した。


「…あー… いいなぁー…」とまず言ったのはエカテリーナだった。


そして萩千代の姫姿の娘自慢もして、信長は悠々と席に戻った。


「平和的に交渉成立じゃ」という信長の言葉に、誰もが一斉に頭を下げた。


コロナは信長に丁寧に礼を言ってから幻影に挨拶して、調理の弟子入りは果たした。


「花嫁修業の一環として、

 萬幻武流にも入門するかい?」


幻影の言葉に、「はい! もちろん、入門させてください!」とコロナが答えると、家人の半数ほどが怪訝そうな顔をした。


コロナはどう見ても幼児に近い少女でしかない。


「言っとくが、エカテリーナ様はコロナの妹なんだぞ?」


幻影の言葉に、誰もがそれを思い出し、「…覚醒すると、人間の肉体の成長も著しい…」と武蔵がつぶやくと、「そういうこと」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


「…いーなー… きっとコロナちゃんは美人になるんだろうしぃー…」とハイネは大いにうらやましがったが、「ずっとお友達!」とコロナが言ってハイネの両手をつかむと、「うん! そうだね!」とハイネは答えて満面の笑みを浮かべた。


「…会話は微妙にかみ合ってないが、納得しているからまあいい…」と幻影はつぶやいてふたりを祝福してから、あることを思いつき思案した。


「…ふむ… 試すのも一興…」と幻影はつぶやいて、萩千代、ファイガ、コロナの三人の火竜を呼んだ。


そして幻影は三つの機械を取り出した。


それは銭湯で使っているボイラー装置のかなり小さなもので、このノスビレ村で使っている一般的な調理用コンロのようなものだ。


そして幻影は小さな鍋を出して、琵琶煮込みの準備をした。


これはおでんのようなもので、琵琶家家人は誰もが好む。


「悪いが、三人とも火竜に変身して火を入れてくれ。

 炎の受け入れ口が狭いから、よく考えて炎を吐いて欲しい」


幻影の言葉に、三人は顔を見合わせて困惑気な目をしたが、火竜に変身して、まずは細く炎を出す練習をした。


幻影は装置の土台に指を差し、「ここが鮮明な赤になれば終わりだ」と言うと、大小さまざまな火竜たちは小さくうなづいてから、練習の成果を披露した。


一番は、経験が長い萩千代が一瞬のうちに終わらせ、続いてファイガ、わずかに遅れてコロナが終えて、三柱ともほっとした顔をしている。


「味見味見!」と咲笑が喜びながら三つの鍋の前に立って、すぐさま画像を宙に浮かべた。


三つの鍋の出汁の変化と食材への影響力だ。


「まずは、味はいつものものよりもさらにおいしいですぅ!」と咲笑が陽気に言うと、誰もが固唾を飲んだ。


まさにうまそうな匂いが辺りに立ち込めている。


「効能はそれぞれさまざまでご覧の通りですが、

 甲乙つけがたいほど素晴らしいです!

 食べていい?」


咲笑は報告ついでに食欲も噴出させていた。


「あとでな」と幻影は言って、コロナが火を入れたコンロを信長の膳の横に置いた。


信長は手もみをするようにして箸を取って、平天を口に入れた途端、大いに感動して涙を流した。


萩千代のコンロは濃姫に、ファイガのコンロは長春の膳の横に置くと、ふたりもすぐさま箸を取って、満足の笑みを浮かべた。


幻影は厨房で使うコンロ台と同じ大きさの台に、大きめのコンロを作り上げて設置した。


今回のものは炎の吹き込み口が広くなっている。


「今度は三人そろって息を合わせて炎を吹き込んでほしい。

 できれば、素晴らしい結果を見てみたいものだが、

 欲は禁物だよな」


幻影が言うと、三柱は話し合いをしてから、頭を寄せ合って一斉に小さな火を噴いて、すぐに止めた。


幻影は巨大な鍋を置いて出汁を沸かしながら、琵琶煮込みの準備をした。


「煮えるのが早い!」と幻影は喜びながら言って火力調節をした。


そして、ごぼ天を咲笑に食べさせると、幸せそうな顔をしてから、画像が更新された。


「おっ! かなりいい結果だ!」と幻影は叫んで、「食ってよし!」と動物の調教師のように言うと、誰もが鍋に箸を向けた。


ハイネは重鎮の三人に配膳して、信長たちをさらに陽気にさせた。


「…結果的には、食べながら体どころか心まで癒すというわけか…」とゲイルが眉を下げて言うと、「風呂嫌いの者には有効でしょう」と幻影が言うと、ゲイルは大いに笑った。


「それに野営などの時はかなり効率はいいです。

 さらには保存食づくりにも最適でしょう。

 わずかながらに回復しながら移動することも可能です。

 その代わり、満腹度が高くなるので、

 食欲五割増しですが」


「いや! 食ってなんぼの仕事だから別にいい!」とゲイルは陽気に叫んで鍋に箸を向けた。


幻影はもうひとつ同じものを作り出して、始めの鍋を降ろして、新たな鍋を置いた。


幻影は鍋を持って厨房に戻り、出汁を丁寧にこして、うどんを茹でて、まずは調理人の腹を満たせた。


「…おいし過ぎるぅー…」と竜人たちは言って満面の笑みを浮かべる。


厨房にも同じコンロ台を作り上げて、調理人用の鍋の準備をした。


幻影はうどんをかわいい弟子たちにさらに振舞うと、誰もが笑みを浮かべてうどんをすする。


ほとんどの者がこれで満腹だろうと考えた結果だ。


この中で一番に満腹度を感じたのは何と桜良で、大いに悔しそうな顔をしている。


「この調理方法は心にも作用している。

 食べる速度にも影響はあるが、

 満腹感を早く感じた者は、

 今日の働きが少なかった者ともいえる」


幻影の言葉に、桜良は大いに頭を抱え込んでいて、レスターは大いに苦笑いを浮かべていた。


「今日一日の生活に満足している者ほど大食いというわけじゃな?」


信長の言葉に、「御意」と幻影は笑みを浮かべて言ってから、頭を下げた。


まさにその通りで、誰もが今日の一日を振り返り、力不足だった部分を大いに鍛えることにした。


今日からは琵琶家では、食べることも修行となった。



食後の流派の鍛錬はないが、請われれば修行をつけないことはない。


特に弁慶は信長よりも大いに飯を食らっていて、いつもはあまり感じない陽気さもあり、幻影と並ぶと分身したのかと思わせるほどだった。


コリスナー家はふたりに大いに修行をつけてもらい、萬幻武流の一端を知った。


そんな中で、子供たちは遊びに余念がない。


子供たちにとって遊ぶことは楽しいことであると同時に修行でもあるのだ。


「…新しいお洋服が欲しいぃー…」と阿利渚が嘆いた。


着物ではなく洋装なので、もう様々な着せ替えなどは達人級にできるようになっていた。


今はまさに、小さな人形の着せ替え遊びをして楽しんでいるだけだ。


「…幻影様に無理は言えないなぁー…」と桃源は眉を下げて言って、異様に楽しそうに修行をつけている幻影を見入った。


すると阿利渚は知らない気配を感じて、別荘とは逆側にある山のうっそうとした木々を見た。


「…竜だよ?」と桃源がつぶやくと、竜人たちは目を見開いた。


ライジンもスイジンももう気づいていて、人型の姿のまま挟み撃ちにするようで、スイジンは正面、ライジンは後方から攻め入った。


「ライアちゃん!」というスイジンの叫び声が聞こえると、大人たちも修行の手を止めて声がした方角を見入った。


「異様に早かったなぁー…」と幻影がつぶやくと、「…南の地から飛んできたのか…」とゲイルは感無量になってつぶやいた。


「修行としても、少々厳しいものだったと思うからね。

 食われて、気づいたら食う方に回っていて、

 さらには記憶はそのままに、人間となったんだから」


「…ああ、その通りだろう…」とゲイルは言ってから幻影に頭を下げて、スイジンの元にすっ飛んで行った。


すると、「見つけた!」という叫び声が聞こえて、小さな赤いものが幻影をめがけてすっ飛んできた。


幻影は素早く鉄扇を広げると、小さな火竜は見事に激突して目を回している。


「殺す気か?!」と幻影は叫んでから大いに笑った。


もちろん火竜にそのような思惑はない。


ただただうれしくで夢中になって突進しただけだ。


「あんたはゲイルさんの名前を愛おしそうにつぶやいていたじゃないか…」と幻影が眉を下げて言うと、火竜は何とか起き上がって、「…ゲイルってだあれ?」と聞いてきた。


「…打ち所が悪かったか…

 前々世のことだから記憶が消えたのかも…」


「…どうやらそれほど前の記憶は持ち合わせていないようだ…」と、戻ってきたゲイルは言って眉を下げた。


「神でもあるから、そのうち魂の情報を引き出せるだろう」


「…ああ、そうだな…」とゲイルは言って、少し寂しそうな顔をした。


もちろん、幻影の記憶は鮮明に残っていると判断したからだ。


「あんたと顔を合わせた覚えはねえぞ」と幻影が少し乱暴に言うと、「匂いだもん!」と火竜は叫んで、幼児の姿に変身した。


「人間を食らう悪いヤツ」


幻影の言葉に、誰もが目を見開いた。


「…私も、食べられちゃった…」と幼児は言ってうなだれた。


「…ふーん… それは覚えているのか…

 ああ、魂が離脱した後の記憶ならあり得るか…」


幻影の言葉に、「あるね」と魂の専門家のゲッタが答えた。


「…すごい力をここに感じたから、

 きっと、ここにいるって思って…」


幼児が恥ずかしそうに言うと、「そして見つけた俺を殺そうとしたわけだな?」という幻影の言葉に、「うれしかっただけだもん!」と叫んでワンワンと泣きだし始めた。


蘭丸は幻影をにらんで何も言わずに幼児を抱き上げた。


「食われるぞ?」


「皮膚は固いから問題ない」


幻影の軽口は今の蘭丸には通用しなかった。


幼児は味方が現れたと思い、蘭丸をしっかりと抱きしめた。


「…俺の子になるか?」と蘭丸が聞くと、「えー…」と幼児は困惑気言ったので、幻影は愉快そうに大いに笑った。


「俺の子になると、この意地悪なヤツが父だぞ?」


「…だったらなるぅー…」という幼児の言葉に、蘭丸と信長だけが大いに笑っていた。


「匂いとはどういうことじゃ?」と信長が聞くと、幻影は箱詰めにした果実の実の話をした。


「…そうか… 実と箱に幻影のにおいが写っておったわけか…」と信長は言って納得して何度もうなづいた。


「…絶対強いからって思って…」と幼児は幻影を上目づかいで見た。


「言っとくが、俺たちに子は多いから甘えられないぞ」


幻影は言って阿利渚たちを手招きすると、「…えー…」と幼児は言って、十人ほどいる幻影の子供たちを見まわした。


「…うふふ…」と阿利渚が意味ありげに笑うと、蘭丸は眉を下げて幼児を地面に降した。


ここはまずは、お子様の掟の話が始まったので、幻影たちは何事もなかったかのように修行に戻った。



幻影たちは修行でかいた汗を流すため、砂浜の村の露天風呂に行ってから別荘に戻ると、子供たちが待ち構えていた。


そして先頭にいる阿利渚が、「…とと様にお願いがあるのぉー…」と上目づかいで言って、手は後ろで組み、腰を揺らしている。


「…その仕草を教えたやつはそのうち死刑…」という幻影の言葉に、おやつを食べてた桜良は挙動不審となった。


「ところで、その火竜の子の名前はどうなったんだ?」と幻影が聞くと、「前の前の名前がいいって! ライアちゃん!」と阿利渚は機嫌よく言って、ライアに抱きついた。


それが順当だろうと思い幻影は納得して、「どんなお願いだ?」と幻影は言いながらも、ライアが持っているスケッチブックを見ていた。


スケッチブックは法源院屋に卸しているもので、子供たちに買い与えているものだ。


どんなものでも作って渡すのはどうかと思い、世間一般の流通もしっかりと教え込んでいる。


ライアの特技は絵を描くことだろうと幻影は察した。


しかし、前々世からのライアに、そのような習慣はなかったと思ったが、火竜に覚醒したことで、それ以前の特技も沸いて出たのだろうと察した。


「絵を見て笑っても、怒ったり泣いたりするなよ」という幻影の言葉に、「…あー…」とライアはすぐにスケッチブックを背後に隠して尻込みした。


そして阿利渚たちが子供らしからぬ苦笑いを浮かべていたことに、幻影は極力笑わないようにしようと決めたが、問題は画力ではないと思い直した。


「絵の弟子も取ろうと思っていたからな」という幻影の言葉に、ライアは飛び上がるほど喜んだ。


そして躊躇しながらも幻影にスケッチブックを手渡した途端、「設計図?」と幻影が言うと、「…あー…」と阿利渚が言って小さくうなづいた。


「服飾の走り書きといったところのようだね」と幻影は言って表紙を開いて、笑うことなく真剣な目をしてライアの設計図のような洋装のデザイン画を見入ってから、白紙のページを開いて、ライアの描いた三十ほどあるデザイン画の清書をした。


「お手本だ」と幻影は言って、スケッチブックをライアに返した。


ライアはすぐにページを開いて、「…すごいぃー…」と大いに感動してつぶやいた。


もちろん阿利渚たちも幻影が描いた絵を見入って、夢見心地になっている。


「服のデッサンはまだましだが、

 人物が低レベルすぎるから、

 まずは人物や動物のような、

 動きがある対象物に力を入れて描き続けた方がいい」


「はい! 先生!」とライアは絵の師匠の幻影の弟子として、はっきりと答えた。


「どんなことでもイメージングが重要だ。

 特に術を使える火竜なんだから、

 できれば細かくイメージできた方がいい。

 その方が戦場に出た時に、

 安全に多くを助けられるかもしれないからな。

 術は使って鍛錬すれば上達するようなものではない。

 術を使わず絵を描くことだけでも、

 術の修行になっているようなものなんだ」


幻影の言葉に、術を使える者は大いに苦笑いを浮かべた。


ライアは幻影をまっすぐに見て、「ご指導、ありがとうございます!」と真剣な目をして言った。


「…竜になった時驚いちゃって…

 すっごい火が出ましたぁー…」


ライアの言葉に、誰もが大いに眉を下げていた。


「竜になった切欠は何だったんだい?」と幻影が聞くと、ライアは話づらくしていたが、意を決して幻影を見て、「…今と同じような夢を…」と恥ずかしそうに言った。


「…ふーん…」と幻影はうなってから少し考え、「夢のライアは絵がうまかった」と言うと、「そうですそうです!」とライアは大いに喜んだ。


「目が覚めてしばらくしてから竜になっていたことに気付いたわけだ。

 外にいたのかい?」


「…窓を壊しちゃって、外に出てましたぁー…

 あ! きちんと修理はしました!」


ライアの返答に、幻影の瞳がきらりと光った。


「その家を詳しく描いて欲しい」


幻影の言葉に、ライアはすぐにうなづいて、スケッチブックを開いてから、家の外観と室内を子細に描いた。


「極端だな…」と幻影は言って、異様にうまいライアの絵に感心していた。


「…じょーずー…」と阿利渚たちは大いに感心してライアを褒めたたえた。


「衣食住の衣だと思っていたが、住の申し子かな?」と幻影は言ってライアの頭をなでた。


人形用の服などは明日幻影が作ることにして、琵琶一家は眠りについた。



琵琶家の朝は早い。


そして竜人たちの朝はそれほど早くないので、琵琶家一同が修行をしていることを知って、すっ飛んで追従した。


「…一分一秒も、無駄にしちゃいけない…」とゲッタは決意の目をして、修練場を走り回った。


さらに早起きの幻影とハイネは、小型戦艦で今朝も海に出ていた。


朝餉用の食材はもうしっかりと釣ったので、そろそろ引き上げようと思った時に、数団体の魚影が東から西に向けてすっ飛んで行く。


幻影はすぐさま戦艦を宙に浮かべてから、さらに上昇した。


すると、『ドッバァ―――ッ!!!』という爆発音に近い音がして、未確認生物は戦艦めがけて潮を吹いたのだ。


戦艦にはしぶきがかかっただけで実害はなかった。


「今のは危なかったな…

 鯨か鯱のような哺乳類の怪獣かなぁー…」


ハイネは目を凝らして眼下を見ている。


「あっ!」とハイネが叫ぶと、とんでもない巨体が宙を舞って大口を開けていたが、もちろん戦艦にはまるで届かない。


腹いせに驚かしてやろうとでも思ったようだ。


すると騒ぎを聞きつけて怪鳥が群れを成して飛んできたので、幻影は急ぐことなく陸から離れている南西に向かって飛んだ。


怪鳥はそれほどの長距離は飛べないようで、諦めたのか大陸に戻って行った。


巨大な鯨のような怪物の魚影も確認できない。


幻影は砂浜の村に戻ろうかと思ったが、ハイネが小島が点在している場所に指を差した。


「…きっと、おいしいものがいると思いますぅー…」とハイネが言うと、「ああ、そうしよう」と幻影はすぐさま賛同して、諸島の上空を数回旋回して安全を確認してから一番浅いと思しき場所に戦艦を降ろした途端に何かが跳ねた。


「貝?」と幻影が言うと、「…飛ぶとは思いませんでしたぁー…」とハイネは眉を下げて言ったが、もうすでにタモをもって準備万端整っていた。


ここは幻影も手伝って、今は空を飛ばない貝をわんさかと獲った。


「…これは歯ごたえがありそうな貝だな…」ともうすでにさばいている幻影が言うと、「ミルクの実の数倍のカルシウムが摂取できますぅー…」と咲笑がよだれを垂れ流しながら言った。


「牡蠣のようなものかい?」


「…はい、成分はよく似ていますぅー…

 早く帰って食べさせてくださいぃー…」


咲笑が催促したので、さばくのは戻ってからにして、一路砂浜の村に進路を取った。



「よだれよだれ」と言われたのは咲笑ではない。


ゲイルは隣に座っている超絶美人の妻のマリリンに言ったのだ。


これほどによだれを垂れ流していると、百年の恋も冷めそうだ。


「…あら、やだ…」とマリリンは言ってナプキンでよだれを拭いたが、厨房に注目すると無心となって、またよだれを垂れ流す。


ゲイルは意識をそらすために、「人魚にとって何かあるの?」と聞くと、「…ごちそう… なのに、今まで出会ったことがなかったぁー…」とマリリンは言ってうなだれた。


「そりゃ、食われると思って南半球に逃げたんだよ、きっと…」とゲッタが言うと、誰もが賛成していた。


「幻影さんのおっしゃることはなんでも叶えてあげて欲しい…」とマリリンは手を組んで祈りをささげた。


「できないと思うことでも叶えるよ…」とゲイルは眉を下げて言った。


「…また獲って来てくれるって企んでるんだ…」とゲッタがマリリンを見て言うと、ゲイルは陽気に笑い転げた。


「…少々神がかっているから、

 俺たちが行っても現れないのかもな…

 お願いして、獲って来てもらった方が確実だと思う」


ゲイルの言葉に、「海に好かれています、幻影さんもハイネちゃんも」とマリリンは笑みを浮かべてから、よだれを垂れ流し始めた。


「…危ない人でしかないよ…」とゲッタはあきれ顔で言った。


かわいいウェイトレスが真っ先にマリリンに貝尽くし料理を持ってくると、目の色を替えて食べ始めた。


そして、「…あら、できちゃった…」とマリリンは言って腹をさすった。


「…そりゃ、不思議な現象だ…」とゲイルはあきれ返って言ったが、確かに新しい命が芽吹いたと確認できた。


「…その子のためにもしっかりと食ってくれ…」とゲイルは眉を下げて言った。


「ご懐妊、おめでとうございます」と今日のメインシェフの幻影が頭を下げて祝辞を述べた。


「…驚かないんだね…」とゲッタが眉を下げて幻影に聞くと、「長春様も単独出産を果たされていますので」と幻影が答えると、「…そうだったんだー…」と誰もが言って、長春と桃源を見た。


「その時はさすがに驚きましたが、

 今回は二度目の経験ですので、

 それほど驚くことはありませんでした。

 能力者の願いの子ではありませんので、

 かなり優秀な子として育つでしょう」


「気が向いた時にでも、またお願いしますね」とマリリンが淑やかに言うと、「はい、頃合いを見計らって獲ってまいりますので」と幻影は頭を下げて言った。


「この星は神秘に満ちています。

 今回は巨大な鯨のような怪物に食われそうになりました」


幻影が笑みを浮かべて語ると、「…今まで、相当な修羅場をくぐってきたんだね…」とゲッタがうらやましそうに言った。


「最近は感じませんが、当時は確かに必死でした。

 やはり芸は身を助けると言ったところでしょう」


幻影は頭を下げて厨房に戻っていった。


「…萬幻武流、恐るべし…」とゲイルは感慨深く言って、焼き上げてあるのに身が小さくなっていない貝のステーキをうまそうにして頬張った。



ハイネから話を聞いた信長は箸を置き、「ほう、それはめでたい」とすぐさま立ち上がってゲイル夫婦目指して歩いて行った。


「…不思議なこともあるもんだ…」と弁慶は言って桃源を見た。


「…私もできないかしら…」と沙織は言って腹をさすった。


「沙織さんが単独妊娠する条件は別にあると思うよ。

 問題は…」


弁慶は人魚でもあったパトリシアを見た。


「…そうだった…

 まだ詳しくは聞いていないけど…

 それに…」


沙織は言って、今度は翡翠を見た。


「新しい強い力が三人も生まれるかもしれない」と、弁慶は感慨深げに言った。


弁慶の言葉を証明するように、翡翠も懐妊していて、目を見開いて喜んで、守山に抱きついていた。


もちろん、翡翠のように完全に神でしかない者たちは、人間でいう正式な行為で子を授かることができないからだ。


守山は戸惑うことなく、破顔して大いに喜んでいる。


幻影はパトリシアに近づいたが、今回は様子がおかしい。


だがパトリシアは気にもしていないようで笑みを浮かべていた。


「…伴侶がいないと懐妊しないのか…」という弁慶の常識的な言葉に、「…最低条件でしょうね…」と沙織が眉を下げて言った。


「これはめでたい! 宴じゃ!」と信長は大いに高揚感を上げて叫んで、翡翠と守山を祝福した。


ちなみに翡翠も、食する前はマリリンと似たような態度を示していた。



その翌朝、臨月の妊婦がふたり誕生していた。


マリリンと翡翠は、「産まれるぅ―… 産まれるぅ―…」とうなっている。


願いの子の場合はこの時に特別な行為が必要なのだが、今回の産まれる子は自然分娩となる。


この時の親の姿が子に影響するはずだが、この選択肢は子の側にある。


母親から得た情報を元に、自分自身で決めるのだ。


無事出産した赤子は、どちらも人間の姿で、しかも伴侶によく似ている。


長春が桃源を産んだ時と同じだった。


ゲイルも守山も、「よくやった!」「でかした!」と手放しで我が愛妻を褒めて、程よく成長している赤子を抱きしめた。


活躍したのは、お香を筆頭にした琵琶家のお世話係たちで、ふたりとも安産だったことにほっと胸をなでおろしていた。


そして乳母たちの出番の機会は、この先それほどない。


子の望みによってさまざまだろうが、成長が早いからだ。


もうすでに翡翠の子は離乳食を終えて柔らかい食べ物やお菓子などを大いに食って、みるみる体を大きくしている。


マリリンの子はそれほどの豪食ではないようで、普通の赤子とそれほど変わらない。


よってノスビレ村の小さな姉たちの出番となる。


ゲイル、エカテリーナ、ゲッタ、メルティーたちは、この姉たちに見守られて成長したからだ。


翡翠の子は男の子で、守山と翡翠が相談した結果、信長に命名してもらうことに決めた。


信長は何度もうなづいて、「平和にすべてを守れるように願いを込め、和兵衛」と告げ、書を認めると、ふたりは大いに感謝して頭を下げた。


もちろん幼名なので、元服すれば名を変えることもある。


ゲイルとマリリンの子は女の子で、大人しく朗らかであることから、「…&%$#$…」とスイジンがつぶやいた。


「…竜にしかわかんないから…」とゲイルは眉を下げて言った。


もちろん今の名前が本名で、「マリアン、でいかがでしょう」とライジンが笑みをを浮かべて言うと、赤子は握りしめた両手を振って大いに喜んでいたので、あだ名としてはマリアンで決まった。


今日は特別にめでたい日として、この砂浜の村で祭りを執り行うことになると、子供たちは大いに喜んだ。


もちろん四人の親たちも信長に大いに感謝した。


スイジンが内地に住む家族たちを全員連れてきたので、「警備は?」とゲイルが眉を下げて聞くと、「うふふ」とスイジンは意味ありげに笑った。


南の空き地になった土地はスイジンが大いに改革して、動物天国になっているので何も問題は起こらないのだ。


もちろん黙っていることは、今の生活を変えないという意味あるが、今回の祭りである程度は察したはずだ。


まずは琵琶家一同とノスビレ村の家族たちは大いに働いて、簡単に祭りの準備は完了した。


初めての祭り体験に、竜人の子供たちは大いに陽気になって、まずは露店に行ってうまい菓子などを大いに食らう。


琵琶家は萬幻武流の剣の舞などを披露し、平和な徒競走や力比べを披露して祭りを盛り上げる。


幻影は阿利渚たちの希望で、ライアがデザインした人形の洋装などを作り上げて、子供たちを大いに陽気にした。


そしておはじき大会も開催されて、今回も一番手は濃姫だったことに誰もが大きな拍手を送った。


現在はありものだけで食材を調理したのだが、幻影とハイネは祭りを抜け出して、南半球の海に出た。


北半球よりも南半球の海の方が狭いのだが、海と陸地の比率はほぼ半分なので、それなり以上に広い。


今回も、巨大生物が現れない浅瀬を探って戦艦を着水させた。


「…群れを成さない、小さな魚が多いな…」と幻影は怪訝そうに言って、この場を離れようとした。


もちろん、いい予感がしなかったからだ。


しかしハイネは笑みを浮かべていて投網を出した。


ハイネが網を投げると、小魚は一目散に逃げて行ったので、魚ではなく甲殻類だろうと幻影は感じて笑みを浮かべた。


幻影も協力して網を上げると、「…伊勢海老…」とつぶやいて大いに苦笑いを浮かべた。


まさに頭の部分は兜を被っているようで、勇ましく長い触角が特徴だ。


そして尾の方もかなり頑丈で、凶暴な魚にも太刀打ちできるはずだと感じた。


しかも武器である左右の鋏が蟹ほどあるので、食う場所も多い。


「…生でも大丈夫ですぅー…」と詳細の報告は映像に出して、幻影が調理をする尻から食べている。


ハイネも少々味見をして、様々なイメージが膨らんだようで、笑みを浮かべている。


戦艦は少し流されて、船底が砂に潜り込んで停止した。


この辺りも昔は島があったのだろうと幻影は感じて、危険がないかを探ってから、オーバーオールのような長靴を履いてから、浅瀬に立った。


深さは一尺ほどで、ハイネでも膝程度まで海水に浸かる程度だった。


「む?! 金目の物!」と幻影が叫ぶと、ハイネは飛び上がって喜んだ。


海での素晴らしい掘り出し物に歓喜して、この地を守っているような岩場から海藻を摘んでから砂浜の村に向かって飛んだ。


村ではAFA100のアイドルショーが開催されていて、特に女の子は夢中になっていた。


もちろん春之介と優夏もこの祭りが行われることを知っていたので参加したのだ。


幻影たちはかわいい料理人たちとともに、ハイネが思いついた料理をわんさかと作り上げ、伊勢海老尽くしの縁起物料理となった。


総勢四百名が砂浜の食卓に座って、目を見開いて伊勢海老料理を見入った。


「…まさにお祝い…」とマリリンは涙を流して喜んで、マリアンに豪華な伊勢海老料理を見せた。


「さあさあ! ここからは自由に宴じゃ!」と信長が陽気に叫ぶと、誰もがうまい伊勢海老料理に舌鼓を打った。


和兵衛はもりもりと食べるたびに体が大きくなる。


しかしその身長が阿利渚と同じようになった時、食べる速度を落として、豪華な食事を楽しみ始めた。


「ママは嬉しいわ」と翡翠が言って和兵衛に頬ずりをすると、「…やめてよぉー…」と和兵衛は恥ずかしそうに言った。


「…もう、親離れ…」と翡翠が眉を下げて嘆くと、「そうではない」という守山の堂々とした言葉に、和兵衛は満面の笑みを浮かべた。


まさに男の気持ちは男にしかわからないと言ったことのようで、翡翠だけではなく女性たちも大いに眉を下げていた。


料理がすっからかんになると、祭りが再開されたが、いい頃合いで日が傾き始めた。


軽業興業とアイドルショーを終えた時、陽はすっぽりと沈んでいて、『ドーン!』と一発の打ち上げ花火が上がった。


ここからは大花火大会となって、誰もが夢見心地で花火を見上げた。


打ち上げている場所は砂浜の村から離れている人工浮島なので、この地の自然環境を汚すことはない。


よって心置きなく打ち上げ花火を堪能して、祭りは終わった。


主役の和兵衛とマリアンは遊び疲れて眠ったので、手早く後片付けをしてから、琵琶家一同は丸二日ぶりに安土城に戻った。



当然のように待ち受けていた法源院屋と麺屋の店主に伊勢海老を卸した。


閉店間際だが、客もわかっていたように双方の店に駆け込んでいく。


残ったのは頭を下げている極と燕で、「…マリーンは体調不良のため欠席ですぅー…」と燕が眉を下げて言ってから、誠心誠意頭を下げた。


信長は大いに笑って、「燕殿は知らぬ話だったようじゃな?」と聞くと、「…ふたりの悪ガキのせいでしたぁー…」と正直に答えると、幻影は大声で笑った。


「この安土城下を大神殿とは関係のない

 治外法権にしてもよいと伝えておいてくれ。

 異議があるのなら、

 我が一族は別の地に引っ越してもよいのじゃ」


信長の最終兵器に、「二度目があれば、どうかご存分に」と燕は答えて極をにらみつけた。


しかし極は開き直ったのか、「自然界にはまだまだ強い力が必要なのです!」と本心を叫んだ。


「引っ越しじゃ!」と信長が憤慨して叫ぶと、燕は緑竜に変身して草を成長させて極を縛り付けた。


信長は有言実行とばかり、先頭に立って社をくぐった。


「…あーあ…

 本心を軽々しく言っちゃダメじゃないか…」


幻影が眉を下げて木でしかない極に言うと、極は何も言えずにうなだれた。


「ここにはやり残しがまだまだあるから、

 完全には離れないけど、

 会う頻度は減ると思う。

 俺たちの元いた星の件も残ってるからね。

 …できればここが、

 琵琶家にとって安住の地となったらいいなと思っていたんだが…」


幻影は寂しそうに言ってから、燕に丁寧にあいさつして、その心情を慮った。


そしてマックラとも話をして、王国を重点的に守るようにと告げた。


マックラとしては右京和馬星に行くことは可能なので、「時には子供たちもあちらにお招き下され」と頭を下げて懇願した。


「うちの子供たちは、俺たちよりも情に厚いから、

 心配することは何もないから」


幻影の明るい言葉に、マックラは生き返ったように笑みを浮かべた。


「来客があったら知らせに来てくれていいから。

 できれば詳しい要件を代理として聞いておいて欲しい」


幻影は言って、きらびやかな名刺の束をマックラに渡した。


「…琵琶家、仲立ち役…」とマックラはつぶやいてすぐに頭を下げた。


「それなりの対応ができる人はいると思う。

 この国の住人だったら誰でもいいほどだから」


幻影の言葉に、「お任せ下され!」と本来の羆の威厳を発揮して吠えるように答えた。


「問題は、あちらでは国民を抱えられないことが杞憂だけど、

 その手はふたつ…

 三つほどあるから、

 それとなく移住希望者を募っておいて欲しい。

 俺たちはその人たちの想いに答えて、

 長い時を生きて行く糧にしたから」


「はっ! 全てお任せを!」とマックラは堂々と答えた。



すると、ジャックがフランクそっちのけですっ飛んでやってきた。


「…何かあると思っていたら、おまえ、余計なことをやったなぁー…」とジャックは木でしかない極を見上げて言った。


「フランクとふたりで旅にでも出るか…」とジャックが言うと、極は目を見開いた。


「ジャック、それで構わないわよ。

 タルタロス軍は一度解散した方がよさそう。

 こうなった以上、自然界は武力を持つ資格はないわ」


燕の厳しい言葉に、極は反論の言葉もなかった。


「結局は極も、万有源一と同じだったわ。

 幸運だったのが、私が万有花蓮と同じ道を歩まなかったことだけ。

 この先は自然界の一員として、

 好きなようにさせてもらうから」


燕の言葉に、極は何も答えられなかった。


「あなたほどの方がこうなった場合、

 転生するしかないようですね。

 非常に残念です」


幻影は真剣な目をして言って、極に頭を下げて社をくぐって行った。


「…宇宙と瑚渚慕に説明できないわね…」と燕が嘆いた。


「私の今後は、あのふたりに考えさせるわ」


燕は言って、その身を緑竜に変え、雄々しく羽ばたいてタルタロス軍の城に向かって飛んだ。


「おまえ、俺と変わんねえほどかっこわりいな」


ジャックは苦笑いを浮かべて言って、フランクとともに歩いて城に向かった。


―― …もう、取り戻せない… ――


極は大いに後悔していた。


幻影の言った通り、どのような理由があっても、自然界が欲を持ってはならないのだ。


そしてタルタロスもガイアも止めなかったことにも意味がある。


素晴らしい存在を失くした喪失感を味わえと、確実に言っていると考えた。


そのタルタロスは極から一向に出てこない。


そして、ガイアもここしばらくはマリーンから出てきていないことにも気づいて、大いにうなだれた。


―― たまには相談しろということか… ―― と極が考えた時、緑竜が放った植物の拘束が解けた。


これは燕のやさしさだろうと極は思い、ふらつきながらなんとか宙に浮かんで、大神殿に向かって飛んだ。



砂浜の村に戻った幻影は楽観していた。


ライジンたちは何があったのかを信長から聞き終えて、大いに反省していたようなので幻影は陽気に笑った。


「…明日は我が身だ…」と言ったのはゲイルだ。


「煌様は悪しき手本を見せてくださっただけです。

 もちろん、欲はあったでしょうけどね。

 最近はタルタロス様もガイア様も出てこられないようで」


幻影の言葉に、「…ワシらを躍らせよったかぁー…」と第六天魔王に変わった信長はうなり声を上げた。


「結果的にそうなっただけで、

 マリーン様と煌様にそこまで考える余裕はなかったと。

 全ては後ろに控えているタルタロス様とガイア様の戒めでしょう。

 何のために魂を二つ持っているのか。

 この先も、今回のようなことが多々あるように思うのです。

 ですので、ガイア様とタルタロス様が事情を話された時は、

 疑うことなく受け入れて差し上げた方がいいと思っております」


魔王は信長に戻って、「あいわかった」と答えて、にやりと笑って幻影を見た。


「切羽詰まった状況ではないと思うが、

 やはり楽に仕事をこなそうとしたしっぺ返しか?」


信長が穏やかに聞くと、「御意」と幻影は真剣な目をして言った。


「じっくりと時間をかけて、じんわりと懐柔すればよかっただけかと」


幻影の回答に、信長は愉快そうに笑った。


「…奪おうと考えた時点で、愛想をつかされたようじゃな…」と信長は言って何度もうなづいた。


「それよりも、燕様の動向が少々気になっています」


「…閃光殿は蚊帳の外か…

 それもどうかと思うがな」


信長は言って鼻で笑った。


「あとのことはマックラ国王にお願いしてまいりましたので、

 近いうちに何らかの打診はあることでしょう。

 それよりも、このような面倒を起こさないためにも、

 やはり仮住まいではなく、

 我らが家とする星が必要なのではないかと。

 そうすれば、下手な欲は簡単に一蹴できます。

 さらには我らの生き甲斐のひとつでもある国民を抱えて、

 平和を感じさせることもできます。

 フリージア然り、アニマール然り、

 そしてこの右京和馬星然り」


「うむ! それが一番良い!」と信長は機嫌よく答えて術を放つと、「ありました!」と幻之丞が叫んで宇宙地図を出した。


信長は幻之丞を大いに褒めて、宇宙地図を見上げた。


「詳細は行ってみないとわかりませんが、

 星の外からでも、ある程度のことはわかります」


「わかった、明日、早速行くぞ」と信長は機嫌よく言って、遠足前日の子供のように陽気になった。


「…うう… 遠距離結婚ほぼ決定…」とエカテリーナが大いに眉を下げて言うと、「それでもよいではないか」と信長は言って愉快そうに笑った。



翌朝の朝餉が終わってから、ゲイルたちが宇宙に向けて旅立ったあと、琵琶一族も宇宙に向けて旅立った。


行先はわかっているのだが、右京和馬星とは違う宇宙なので、到着したのは右京和馬星では昼餉前の時間だった。


信長は幻之丞と咲笑が調べ上げた情報を見上げながら、「…陸地は四割… 目立った生物はそれほどいない… 昆虫王国か…」と機嫌よく言った。


「問題は、星自身が生物化していることと、

 創造神の有無です。

 あとは、現在の地表面では判断しかねますが、

 天変地異の状況も知っておいた方がよろしいかと」


「そうじゃな。

 ここは調べ尽してから決めるか」


信長が機嫌よく言うと、宇宙戦艦は大気圏に突入した。


「大気の成分は申し分ありません。

 アニマール星に近い空気成分という結果が出ました」


幻之丞が報告したすぐあとに、宇宙船は草原の大地に着陸した。


すると幻影がいきなり両方の鉄扇を開いて防御態勢を取った。


「何かが来ます。

 大きさは人間程度だと推測します」


信長は眉を下げて、「面倒そうだったら別の地に行くからよい」と渋々言った。


そして、琵琶家の目の前に現れたのは、人型の男子だった。


「お邪魔してるよ!」と臨戦態勢を取ったまま幻影が言うと、後方で子供たちが笑っていた。


「…平和な人たちで助かったぁー…」と少年は言って、笑みを浮かべた。


幻影は姿勢を変えずに、「ひょってして星の創造神?」と聞くと、「ううん、宇宙の創造神」と答えたので、幻影は鉄扇を降ろして、「それは失礼しました」と言って頭を下げた。


「人間だった当時を思い出してピクニック中だった」


創造神の言葉に、幻影は愉快そうに笑った。


「色々と事情があって、問題のない星に移住しようかと思い、

 この星を見つけたのです」


「あ、住んでいいよ!」と創造神はあっさりと言ってのけた。


もちろん宇宙の創造神であれば、見る目は大いにある。


「では、本来のピクニックに移行しましょうか」と幻影は言って、小さな厨房を作り出して、早朝の漁の成果を披露してから調理に取りかかった。


信長と創造神は席を隣にして、様々な情報交換を行った。


幻影が手早く配膳すると、誰もが満面の笑みを浮かべた。


もちろん創造神も陽気になっていて、「果実以外のものを食べるのは久しぶりだ!」と笑みを浮かべて言った。


そして匂いを嗅いで、「…あー… なんだか素晴らしいなぁー…」と言ってから一口食べてすぐにフードファイターに変貌した。


しばらく食べてもらってから、落ち着いたところで、さらに情報交換をして、この星は創造神が暇つぶしに作った事実を知った。


よって地震や災害などがまず起こらないことを、幻之丞が映像を交えて説明した。


「…なんかすごいヒューマノイドだね…」と創造神は眉を下げて言った。


「急ぐ時もあるからな。

 じゃが、機械ではなく、我らの家族じゃ」


信長の言葉に。創造神は大いに納得していた。


さらには植物などの生物の説明を受けて、それほどの猛獣はいないことも、創造神の説明を聞き、幻之丞と咲笑が手分けをして、致命的な危機はないと判断して詳しく報告した。


動物はまだ少ないが、昆虫と魚と鳥は多く生息しているそうだ。


星が完成してまだ一億年と若い星で、動物が人間になるまでは三十億年程かかるそうだ。


もっとも、生物などは創造神が作り上げていたので、比較的平和で、理解不能な生物は住んでいない。


ここで初めて信長は名乗り、そして琵琶一族という単語を出した途端に創造神が固まった。


「なんじゃ、マリーン殿と知り合いか?」と信長が聞くと、「…自然界の神だもん… 知らない創造神はモグリだよ…」と創造神は眉を下げて言った。


さらに踏み込んだ話をすると、創造神は琵琶家の肩を持った。


「…命を懸けて守るぅー…」と創造神が真剣な目をして言うと、誰もが頭を下げ、子供たちは拍手をしていた。


「自然界は気に入らないからと言って攻撃はせぬ。

 したと同時に、それはもう自然界ではない。

 それに近いことを仕掛けてきおったから、

 本来の自然が、マリーン殿を滅ぼすかもな」


信長の言葉に、「そうだね、それはあると思う」と創造神はすぐに答えた。


「その役目を担うのが、太陽の神竜なのでは?」という幻影の言葉に、「いるの?!」と創造神は驚愕の顔を晒した。


さらに踏み込んで、映像を交えて説明すると、「…奇跡が起きたんだぁー…」と創造神は感慨深げに言った。


「どうやら今は、太陽の神竜が現れない方がいいようじゃな」


「うん、僕もそう思う。

 マリーン様は本当に消えちゃうかもしれない…」


創造神は眉を下げて言った。


「太陽の神竜は三つの魂を背負って姿を現すからね。

 マリーン様よりも上と言っても過言ではないだろう」


幻影の言葉に、信長は機嫌よくうなづいた。


このあとは平和な話となって、安土城や民について、生活基盤に至る様々な話をした。


「…人間を生む…」と信長は言って大いに眉を下げた。


「もちろん魂は十分な選別をするから、

 期待しないで待っていてほしい。

 だけど、楽しいなぁー…」


創造神は言って、料理を全て平らげた。


今までの話の内容から、安土城下の完成予想図を咲笑が出すと、「すげえすげえ!」と創造神は手を叩いて大いに喜んだ。


「…今まで暇でよかったぁー…」と創造神が言うと、信長たちは大いに笑った。



食事を終えて、城を建てる候補地を見に行こうと思ったが、もうすでに幻之丞が見つけていて、この地から約二十五里ほど南西に行った先におあつらえ向きの場所があった。


海が目の前に広がり、背後は少し低い山に囲まれていて川もある、好条件の土地だった。


まずは木材の選定のため、候補地に飛んだ。


そして少々距離がある場所で、おあつらえ向きの木を探し出した。


創造神はせっせと木を引き抜いて、新しい苗を植える。


幻影たちは生木の処理をして、今日のところは一旦右京和馬星に戻ることにした。


創造神は寂しがることなく、手を振って宇宙戦艦を見送った。



「…ということがあった」と幻影が長い話をゲイルにすると、大いに眉を下げていた。


もちろん、話を聞いていたノスビレ村の住人たちも眉を下げて、今の幸せが壊れてしまうと杞憂に思っていた。


「…あれを、また建てるんだ…」とゲイルがつぶやくと、「大家さんがいい人で本当に助かったよ!」と幻影が陽気に叫んだ。


「社、どうする?」と春之介も眉を下げて聞くと、「ええ、もちろんお願いします」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


「悪いんだけど、宇宙地図、見せてくんない?」と春之介が言うと、咲笑がすぐさま宙に映像を浮かべた。


「…あー… たぶん、セイレーヌだなぁー…」と春之介がつぶやくと、咲笑が創造神の画像を出した。


「…はは、変わってねえ…」と春之介は言って消えた。


「…知り合いだったわけだ…

 そして女性だったかぁー…」


幻影が嘆くと、琵琶一家も驚きの顔を映像に向けていた。


「…春之介さんは統括地の創造神をしていたからね。

 その時の手下のようなものだろう」


ゲイルの言葉に、誰もが春之介をさらに尊敬していた。


「…積み重ねが濃い人は、やっぱ違うなぁー…」と幻影はさらに納得していた。


「極さんも宇宙の創造神を経験しているはずだ。

 だけどその濃度が違えば、大違いと言ったところだろう。

 自然界の神側の人間という、

 ある一種のうぬぼれも働いているんだろう。

 俺たちも特に気をつけなきゃならない」


ゲイルは言って、スイジンを見た。


その自然界自体を作った、まさに偉人でしかないからだ。


「…もっと敬ってぇー…」とスイジンが嘆くと、「それなり以上のことはいつもしている」というゲイルの厳しい言葉に、「…はい、していただいてますぅー…」とスイジンは答えてうなだれた。


竜としては息子の無属性竜の方が数段上を行ってるので、いくら偉人でもそれほど逆らえない。


この辺りは動物と似たようなもので、竜の世界も弱肉強食の面がある。


「それに、雄々しき魔王様は、星のひとつくらいは持っておいた方がいい」


幻影は言って信長に頭を下げると、信長は機嫌よくうなづいた。


「あやつは何も聞かんかったが、もう悟っておったわけか?」


「はい、想像でしかありませんが、

 あまりにも愛想よく接してくださったので、

 我らの全てを見抜いてのことでしょう。

 名乗ってくださらなかったことも、

 ちょっとした思惑でもおありではなかったのかと」


幻影が言って、まだ若輩の健五郎たちを見まわした。


「素晴らしい姫にしてやろう」と信長は陽気に言って、少し笑った。



社がなんなく建ったことにより、翌日琵琶家は一部のノスビレ村の住人と春之介、優夏を伴って、新天地の星に渡った。


創造神セイレーヌは、春之介を見つけて眉を下げている。


「…お師匠様はさっき会ったから来なくていいのにぃー…」とセイレーヌは今日は少女の感情を大いに出して嘆いた。


「今日は休みにしたからな」と春之介は言ってにやりと笑った。


そしてセイレーヌは優夏を見て、「…あー…」とつぶやいて肩を落とした。


恋愛感情ではないが、雄々しき師匠の妻はさらに大きかったと思い知っていたのだ。


「おい、飯は食ったのか?」と信長が乱暴にセイレーヌに聞くと、「…果物を少し…」と言って、懇願の目を信長に向けた。


「ワシの料理番を貸してやるから、

 大いにこみゅにけーしょんとやらを取っておけ」


信長は言い残して着物を脱いで、工房の候補地に向けて歩いて行った。


ハイネは幻影が作り上げた仮の厨房に入って、様々な料理を作り上げて、膳に並べ、セイレーヌに口上を披露してすぐに仲良くなった。


琵琶家の家人たちは二手に分かれて作業をしている。


一方は建築材料の処理で、もう一方は基礎工事だ。


火竜ライアはその手腕を発揮して、建築材料の処理を受け持ち、素晴らしい技術を披露した。


まさに衣食住の住の神のようで、幻影に引けを取らないほどの威厳を発揮したが、基本的には穏やかだ。


よって幻影は整地を担当して、効率的に巨大な城下町の基礎を作り出している。


今回は城周りの堀も再現していることで、信長は時折作業の手を止めて笑みを浮かべて工事現場を見入っている。


基礎工事の別動隊は、上水道と下水道を素早く確保して、手洗いの心配はすぐさまなくなった。


屋外の手洗い場が真っ先に完成して、その室内はトイレとは思えないほどきらびやかだ。


よって、休憩時間は女子たちの憩いの場となっていた。



幻影とハイネは昼餉前に海に出て、海洋生物の選定を始めた。


とはいっても、いつも通りで、ある意味適当だ。


そして網を打って、素早く引き上げて、咲笑が獲物診断をして、確実にうまいと認定した魚がいた。


それは見た目も何もかも真鯛とほぼ同等だった。


セイレーヌの常識は、琵琶家との相性が良かったようだ。


さらには鰻に質感が似ている長細くないものもいて、この二匹を重点的に狙うことに決めた。


自分たちが食うものと、法源院屋などに卸すものを確保して、小さな戦艦は城下町建設現場に戻った。


昼餉が始まると、誰もが幻影とハイネを褒めたたえて大いに陽気に昼餉を摂った。


もうすでに小さな農地は完成していたので、この大地の恵みも大いに食らっている。


「また微妙に違うがこの料理もうまい!」と信長の機嫌がすこぶるいい。


「この先、さらに突き詰めますので、どうかご期待下さい」とハイネが笑みを浮かべて言うと、「…さらに、うまくなったも同然か…」と信長はつぶやいて、何度もうなづいてからハイネの向上心を褒めた。


「…そうね…

 いくら似ていると言っても、土も水も違うんだから、

 この料理は奇跡のようなものよ」


濃姫のさらなるお褒めの言葉に、ハイネは笑みを浮かべて礼を言った。



セイレーヌはもうすでにお子様の頭目でもある阿利渚と仲良くなっていて、陽気に食事を摂っている。


「どうして男の子の姿なの?」と阿利渚が素朴な疑問をぶつけると、「…お師匠様の真似ぇー…」とホホを赤らめて言った。


「春之介様も、すっごいお師匠様なんだぁー…」と阿利渚が感動して言うと、「…あはは、うん、そう…」と少し寂し気に言った。


「男子、たくさんいるから、寂しくないよ?

 もう大人の人たちと全然変わらないから」


「…うん、知ってるぅー…」とセイレーヌは言って、魅力的な男子や男性を見てつぶやいた。


「見た目は誰がいい?」と阿利渚が聞くと、子供たちから黄色い歓声が上がった。


「もう仲よくなりおった」と信長は機嫌よく言って、食の方も箸が進む。


「まさにこの地は、

 琵琶家にとって桃源郷でしょう」


幻影の言葉に、「…ここを真っ先に見つけてよかった…」と信長は自分の功績を褒めてから大いに笑った。



昼餉を摂ったのち、工事は着々と進み、仮の寝所と厨房がまず完成した。


この施設はこの先抱え込んだ使用人が使うことになる。


琵琶家一同が今日はこの星に泊まると聞いて、セイレーヌは大いに喜んで、夕餉の席と自由時間は阿利渚たちと陽気に騒いで、大部屋でともに眠った。


幻影は残業とばかりにサルサロス星に渡って食材を卸すと、法源院屋と麺屋の店主は涙を流していろんな意味で喜んだ。


「ここに誰も住まないのも問題だから、

 法源院屋さんが住んでもいいよ?」


幻影が安土城を見上げて言うと、「滅相もございません! ですが光栄です!」と店主は答えた。


もちろん、丁重に断られたので、管理人や清掃の人員の手配だけを頼んだ。


城下町のいきなりの活気に気付いたマックラとその妻のお菊が、羆の獣人の姿ですっ飛んできて幻影とあいさつを交わした。


「今日はもう遅いから遠慮したんだ」と幻影が言うと、「いえ、叩き起こしていただいても構いません」とマックラは堂々と言った。


そしておっとり刀で、両手に我が子と手をつないだ燕が眉を下げてやってきた。


そして、「緑竜、いらない?」と燕が聞くと、幻影は大いに笑った。


「燕様はこのサルサロスに必要ですから」という幻影の言葉に、「…はぁー…」とため息をついた。


「ああ、なんでしたら、安土城に住んでいただいても構いません」


幻影の言葉に、マックラも大いに賛同したので、「…別居もいいことだわ…」と燕はつぶやいて念話を送った。


するとジャックとフランクがすっ飛んでやってきて、「私の家臣」と燕が言うと、幻影は愉快そうに笑った。


「いえ、この人数でも盤石ですよ」という幻影の言葉に、ジャックとフランクは大いに恐縮していた。


「では、雰囲気だけでも姫様とその家臣の衣装です」と幻影は五人に着物を渡した。


着付けの必要がないもので、ほぼ羽織るだけだ。


そして装飾や宝石が素晴らしい髪飾りを、瑚渚慕は目を見開いて見入っていた。


「この宝石はまだまだ未開拓の右京和馬星の海でとれたものなんだ」


幻影の言葉に、「…すっごくうれしいですぅー…」と瑚渚慕は言って幻影に礼を言って、燕に髪飾りをつけてもらって鏡を見て喜んでいる。


「しばらくは本当にこの城の殿様でいいので。

 できれば、元の鞘に戻るといいですね」


幻影の希望の言葉に、「嫌いだけど、努力はするわ」と燕は言って苦笑いを浮かべた。


「ああそうだ。

 燕さんの古い家にも訪問すればいいのです」


幻影が思い出したように言うと、「…そうね、まだ連れて行ってなかったわ…」と燕は母の笑みをふたりの子に向けた。


「殿様特権として、麺屋では食べ放題ですから。

 特別室も使って下さっても構いません」


「何もかもありがとう」と燕は穏やかに言って、幻影に頭を下げた。


「…この星を出て行くつもりだったんだけどな…」とジャックが言うと、「まずは今の使命を全うした方がいいだろう」という幻影の言葉に、「…そうだ… 捨てることは簡単だ…」とジャックは感慨深く言って、幻影に頭を下げた。


「できれば、簡単ではない方法を取りたいところだが、

 やはり自分の家がないと落ち着かないんだよ。

 社を使えば来られるから、いつでも来ればいいさ」


幻影の言葉に、幻影の影から天照大神が顔を出して、「…うふふ…」と笑った。


「…水先案内人なのにすごい神…」とジャックはつぶやいて頭を下げた。


「時には助言もいただけばいいさ。

 天照大神様の言葉は八丁畷春之介様の言葉でもあるから、

 大いに頼もしいぞ」


幻影の言葉に、ジャックとフランクは、今度は恭し気に天照大神に頭を下げた。


「あはは! 徳がまた上がったわ!」と天照大神が陽気に叫んだ。


まさに言葉通りで、天照大神の威厳がさらに上がっていた。


「そういえば、万有源一様にも天照大神様がおられると聞きました」


幻影の言葉に、「土着だったけど、今は自由の身。だけど、能力はそれほど高くないからかわいそう…」と天照大神は同情して眉を下げて言った。


神の世界も厳しいものだと幻影は感慨深く思って、燕たちに別れを告げて、天照大神とともに社に入った。



翌日も琵琶家一同は城下町づくりに従事した。


もちろん子供たちも手伝うが、基本的には遊ばせている。


その中でセイレーヌが折り紙を使って様々な簡素なものから複雑なものまで造り上げると、誰もが大いに真似をした。


「おっ 素晴らしいな…」と休憩時間に汗をぬぐっている幻影が言うと、子供たちが満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、ここはお父さんも頑張って…」と幻影は言って超早業で、植物の薔薇の花を模したものを折り上げると、誰もが感動して薔薇でしかない折り紙を見入った。


セイレーヌも同じで、「展開してもいいですかぁー?」と聞いてきたので、幻影は快く賛同して、セイレーヌを陽気にさせた。


そして折り方を理解できたようで、セイレーヌは新しい折り紙を手に取って、阿利渚たちに指南を始めた。


「…みごとじゃ…

 紙を折ったものとは思えんな…」


信長は折り紙を手に取って見入った。


「科学の力で導き出したものらしいのです。

 計算に計算を重ねてその回答として出来上がったそうです」


「…こういったことは、科学も侮れんわい…」と信長は何度も機嫌よくうなづいて言った。


「補助の折り線を残さないとこうなります」


幻影は言って、新しい折り紙を手に取って、まさに薔薇でしかないものを作り上げた。


「…随分と違うもんじゃ… いや、恐れ入った」と信長は機嫌よく叫んだ。


「…これも、想像力、いめーじんぐ、じゃな…」と信長がうなると、大人たちも折り紙を折り始めたので幻影は大いに笑った。


この技は記憶と目測が重要となるので、すぐにはうまくならないので折り目の補助線は重要だ。


よってその折り線があるようにイメージして折り上げるのだ。


真っ先に完成させたセイレーヌは感動して涙を流すほどだった。


「…難しかったけどすごいですぅー…」とセイレーヌは言って、幻影を見上げて笑みを浮かべた。


「みんなにもいい修行になったさ」と幻影は優しい笑みを浮かべて言った。


「空飛ぶ戦艦は、

 まずは折り紙を折って飛ばして、

 想像力を膨らませた結果ですので」


「…あの当時は、そんな技術はなかったから、想像するしかなかったわけだ…」と信長は言って笑みを浮かべた。



琵琶家はひさしぶりに母星に戻ることにしたので、様々な食材を抱えて、まずは生実の琵琶御殿に入った。


今回も日数が開いたので、誰もが祭りが始まるような勢いで、街道沿いは活気に満ち溢れた。


もちろん、毎日のように御殿に住む者たちと連絡を取っているので、琵琶家としてはそれほどの杞憂はない。


今のこの日の国は平和でしかないと琵琶家一同は思っていた。


そんな中、大村藩の酒井勝虎の報告で、島原に不穏な動きあり、という情報を得た幻影は、琵琶家総出で大村に飛んだ。


「…むむ… 合戦の気配…」と信長は言って霧島を見上げた。


もちろんその方向には島原藩がある。


「多いな… 場所は、解体していない原城…

 幕府は気付いていなかったようだ…」


幻影が阿蘇山の火口で十字架を発見してから十五年の歳月が流れていた。


「いや、農耕一揆じゃ。

 キリシタンは出汁に使われただけじゃ」


信長は幻影の想いを察して言った。


「総勢約三万です。

 かなりの迫害を受けていたのでしょう。

 何もしなくても死ぬるのなら、

 戦って死ぬのも同じこと…」


幻影の言葉に、信長は感慨深げにうなづいた。


「ですが悲しいかな籠城戦。

 できれば、戦が始まる前に全員を救いたいと思っています。

 もちろん、宣教師もいるようですので、

 そいつらは幕府に突き出しましょう」


「おう、それでよい」と信長は真剣な目をして言って、「浮島を作るぞ!」と叫んだ。


幻影と蘭丸は意識を断たれないように慎重に巨大な浮島を作り上げて、完成して試運転をしたのち、すぐに島原に飛んだ。


あまりのことに、原城では大きな騒ぎとなったが、この一揆の首謀者の天草四郎と強制的に面会した。


天草四郎は十五才で、利発そうに見えたが、ただただ持ち上げられただけの、かりそめの頭目だった。


しかしその考えは素晴らしく行動力もあることで、信長はすぐさま抱え込んだ。


そして本来の首謀者数十名を、幕府の手の者に引き渡して、三万の農民たちはこの日の国から消えた。



たどり着いたのはまだ名がない、琵琶家の新しい住処だ。


そして琵琶家一同は神の力を使って、広大な農地を作り上げて、三万の民衆の生きる糧とした。


この三万の全ての者が素晴らしい心の持ち主ではないが、阿国がすぐさま指摘してすぐさま諭す。


もちろん、「改心せぬと、日の国に戻って死罪」という阿国の言葉には誰もが従わざるをえなかった。


もちろん、この事実は当然のように知っている。


お上に歯向かう一揆はほとんどの場合が死罪と決まっていた。


よって、島原の乱は起きることはなく、島原藩主は神隠しにあった三万人を脅威に思い始めた。


幕府の宣教師たちへの取り調べにより、一揆を目論んだことは明白で、正当な理由で全員死罪と決まった。


見せしめでも何でもなく、これは法に則った秩序だ。


家光は生実琵琶御殿のお梅と面会して、信長に礼の言葉を伝えてほしいと懇願した。


幻影はすべてを知って信長に報告した。


「…宣教師の活動も、少しは落ち着けばよいのじゃがな…」と信長は眉を下げて言った。


幻影はかなり動揺している天草四郎に事情を聞き、阿蘇山の火口の十字架の件の真相も知った。


やはり宣教師の誰かが、火口に十字架を突き刺したそうだ。


四郎はそれなりの教育を受けていて、半ば戸惑いながら、キリストではない神の信仰を説いた。


その神とは、琵琶家であり天狗だったのだ。


「この世の不条理に、必ずや天狗様は現れる!」と言って、農民たちを先導したそうだ。


キリシタンを隠れ蓑にした天狗信者と言ったところだろうか。


その天狗にようやく出会えたのに、四郎は頭を上げられなかった。


「…うーん… まさかの高水準の漁獲高…」と幻影がうなうと、「あるのではないか?」と信長は言って少し笑った。


三万という信者がいることで、幻影は神扱いとして自然界に認められていたのではないかなどと考えていたのだ。


よって魚たちはどうか食べて欲しいとこぞって寄ってくる。


海の神でもある翡翠もパトリシアも首をひねっているほどなので、大いにあることだろうと、今は納得しておくことにした。


「…人間三万人分の魚…」と幻影が苦笑いを浮かべて言うと、「ワシらほどは食わんから、それほど問題ではない」と信長が胸を張って言うと、幻影は少し落ち着いていた。


食うや食わずではなく食うものはあるので、それほど問題はないのだ。


そしてその神自らが菓子作りに従事して、まずは子供たちを笑みにした。


大人たちはハイネが担当して、巨大な青空食堂で大いに働いて、まずは体力を回復してもらう。


そのあとにしっかりと働いてもらえばいいだけだ。


飯を炊くのが面倒になった幻影は、爆発炊飯器を何度も使って、うまい米の飯を振舞うと、心が素晴らしい者もそうでもない者も、さらに幻影を敬うようになった。


「出番がございませんでした!」と阿国が怒ったのだが、信長と濃姫が何とかなだめた。


三万人もいれば、農民であろうとも武芸に秀でた者はひとりくらいはいるものだ。


幻影たちは大いに吟味して、まずは十名を萬幻武流の門下生にした。


しかし琵琶家の家人ではなく家来として雇ったのだ。


その家来の意味も三万人全員に伝え、それほど楽なことではないと周知させた。


新しい琵琶家の住処であるこの星だけで生活できるわけではないからだ。


時にはサルサロスに派遣されることもあれば、ノスビレ村の警備にあたることもあるからだ。


まずはそういった今までの常識では考えられない件についての教育から行っていくことになった。


もちろん、脳が柔らかい者が、学者として選抜されることもある。


琵琶家は多くの国民だけではなく、多くの琵琶家家人候補を手に入れたことにもなったのだ。



その中でも天草四郎はあっという間に頭角を現し、幻影の試練に大いに耐えた。


よって国民の取りまとめ役として改めて抜擢した。


今回は信仰ではなく、純粋に円滑に生きるために必要な役職だ。


四郎にとってはまずは幻影の想いに応えるため、ひとまず信仰心は横に置いておいて、正しく生きることを国民に説いた。


その補佐として阿国もそばにいることで、誰もが四郎の教えに耳を傾ける。


教育としてはまだまだ先が思いやられるのだが、同時進行していた安土城が完成した。


四郎は警備役と事務職の書士などを数名任命して、農民でも城で働ける証明をした。


もちろん、ものづくりや商売人に向いている者たちもいたので、城下町に法源院屋の店を構えた。


もちろん麺屋も建てて、松太郎が孤軍奮闘して従業員たちを鍛え上げる。


そして、今までになかった流通貨幣を造ることに決まって、鋳造技師を十数名選抜した。


この星の名前だが、セイレーヌが決めていないということで、国民に決めさせることになった。


まさに今だと国の名前にも等しいことなので、誰もが必死になって考え、様々な特徴的なものにこじつけたりして、多くの投票があった。


やはり一番多かった意見は、『琵琶』で、その次が、『天狗』だった。


選考委員の信長たちは楽しみながら国民の意見を眺め、一枚の投票用紙に目がいった。


それは、達筆で書かれてあった。


「喜笑… いいな…」と信長はつぶやいて笑みを浮かべてた。


そしてすべての投票を読み終わり、星の殿様と宇宙の創造神の意見が一致して、『喜笑星』と決まった。


これを公表すると、「…えー…」というひとりの少年の声が聞こえた。


もちろん、命名した本人だ。


「おまえ、なかなか達筆だな。

 ここに来た時は字など書けんかったはずじゃったのに」


信長の言葉に、少年は頭を下げたまま、「字を書くことが好きになりました!」と叫んだ。


「良太を書生として召し抱える!」という信長の言葉に、良太はさらに頭を下げた。


大勢の国民たちが良太を祝福して、大きな拍手が沸き上がった。


「このようにして、まだまだ召し抱えることはあるからな。

 気を抜くでないぞ」


信長の言葉に、国民一同は素早く頭を下げて笑みを浮かべていた。


そして国民たちの希望にもつながった。


しかも、現在は税の徴収はないので、働けば食いたいものをいくらでも食える。


しかし怠ければ、その集落にいる指導官から厳しいお達しがあるので、誰もが額に汗して働く。


だが、国民の中には体が不自由な者も多い。


よって、幻影たちは奇跡を起こして、多くの者たちを健康体に変えていった。


もちろん、何を施したのかはきちんと説明して、単純な神の力ではないことも説明して証明もした。



城が落成して十日が経った時、琵琶一族は母星の生実の琵琶御殿に飛んだ。


そしていつものように、数多くの製品などを納入すると、保存のきかないものから次々に売れた。


今回は喜笑星との貿易に当たるので、法源院屋と麺屋は金で代金を納める。


よってこの金は国民に通貨に両替をして分配することになる。


このような仕事は書生を雇っているので、琵琶家の誰かが直接担当することはない。


その代表者は城代家老でもある嘉明が一手に監督する。


すると、幻影の定時連絡時に、酒井勝虎から、琵琶家に同行したい意思を伝えてきた。


もちろん、妻の純葉も同行する。


代わりの城主を育て上げたので、満を持して言ってきたのだ。


幻影はふたりを迎えに行くと、手荷物は何もなかった。


ふたりの財産は藩に寄付をする形で残したのだ。


幻影はふたりを歓迎して、琵琶家の一員とした。


純葉も萬幻武流の門下生としてすでに認められていたので、何も問題はなかった。


しかし勝虎としては、弁慶たちとは同じ免許皆伝者でも大いに開きがあることを知って、さらに鍛え上げる決意を信長に告げた。


「ひと月もすれば追いつくことじゃろうて」という信長の明るい言葉を勝虎も純葉も信じた。


あてにしていたわけではないが、免許皆伝者が帰ってきたことで、琵琶家の力はさらに増大した。


そして琵琶家がノスビレ村を訪れた時、満を持して秀忠が桜良とレスターに連れられてやってきた。


「なかなかの面構えになったね」と幻影が手放しでほめると、秀忠は頭を下げただげだが、幻影は笑みを浮かべていた。


「…うふふ…」と桜良が意味ありげに笑った。


桜良にとって自慢できる何かが秀忠にあるのだろうと幻影は察した。


着衣は着物ではなく洋装で、まさに動きやすい服装だ。


「…愛想が悪いと感じたが、まさか緊張してる?」と幻影が聞くと、「あはははは…」と秀忠は力なく笑った。


「…なんじゃ、そうじゃったのか…」と信長は言って鼻で笑った。


「御屋形様にはご機嫌麗しく」と秀忠は礼儀正しくきちんと挨拶をしたが、声が少し震えている。


まだ多少は緊張しているのだろう。


「始めは厨房の手伝いから始めましたが、

 桜良様から様々な可能性を試していただいて、

 ようやく私の特技が見つかりました」


「…ふーん、まさか服飾?」と幻影が聞くと、桜良と秀忠が目を見開いたのでわかりやすかった。


もちろん、食と住が見つかったので、あとは衣だけだったので、誰であっても想像はついていた。


「御屋形様、またさらに我が琵琶家の質が向上いたしました」


幻影が恭しくつげると、「うむ! これで隙なく手助けに従事できるな!」と信長は大いに喜んで、上機嫌で笑った。


「じゃ、その成果を見せて」と幻影が気さくに言うと、秀忠は服飾のデザインブックと、実際に作り上げた衣服や装飾品、小物などを大量に並べた。


「そうかい、何かに覚醒もしたのかい。

 じゃ、少々乱暴に扱っても死ぬことはないな」


幻影の言葉に、秀忠は大いに目を見開いた。


「ま、殺そうとしても死なんな」と信長は言って鼻で笑った。


「あ、雇うつもりはあるけど、雇われるつもりなんだよね?」


幻影の今更ながらの言葉に、「雇って下さいぃー…」と昔の秀忠の表情と口調に戻って嘆くと、幻影と信長は大いに笑った。


「じゃ、主な仕事は服飾系と厨房周りでいいかい?

 これがなかなか忙しいんだ。

 国民を三万人ほど抱えたからな」


幻影の言葉に、秀忠はいきなり尻込みを始めた。


忙しかったフリージアの厨房でも、相手にしていたのは数千人だった。


その十倍と言われると、とんでもないことなのではないかと思い気が引けていた。


「例の火口に突き刺さっていた十字架の件だよ」


幻影の言葉に、秀忠は目を見開いて、「…なにがあったの?」と興味を持って聞いてきたので、幻影はすべてを説明した。


「…失くしたはずの命を、三万人も助けたんだ…」と秀忠は感慨深く言ってから落ち込んだ。


「近くに勝虎がいたことが功を奏した。

 もちろん、今は我が琵琶家の家人にしたけどな」


幻影の言葉に、秀忠と勝虎は会釈の交換をした。


「あ、桜良さんありがとう。

 じゃ、俺たちは帰るから」


幻影のつれない言葉に、「…お礼に喜笑星の出入りを自由にしてぇー…」と桜良が懇願した。


「お礼を催促するとは、さすが桜良様」と幻影が大いに嫌味を言うと、「えへへ…」と桜良は照れくさそうに笑った。


桜良に嫌味は通用しないと、幻影は悟って苦笑いを浮かべた。


「そもそも、桜良さんの子なんだろ?

 親が面倒を見るのは当たり前だと思うけど?

 それに、俺が望んだことでもない。

 桜良さんは褒美が欲しいから、

 秀忠を鍛え上げただけだろ…」


幻影の厳しい言葉に、「…その通りですぅー…」と桜良は言って上目遣いで幻影を見た。


「まあよいよい。

 おっと、これがいかんと言っておったか…」


信長の言葉に、桜良は絶望的な気分になってうなだれた。


「じゃ、桜良さんの真の狙いを教えてくれない?」


幻影の核心を突いた言葉に、桜良は大いに戸惑ったが、話す決意ができたようで真剣な目を幻影に向けた。


「…私も、琵琶家の一員になりたいからぁー…」と桜良は恥ずかしそうに言った。


「レスターさんもそれでいいんですか?」と幻影が聞くと、「フリージア星は万有源一様の側近たちにすべてを託してまいりました」とレスターは答えて頭を下げた。


幻影が何度もうなづくと、「もちろん働いてもらうが、それでいいんじゃな?」と信長が桜良に聞くと、「働きます!」と真剣な目をして叫んだ。


「レスター殿に頼ってばかりだと指摘もするが?」


桜良は大いに挙動不審となって、信長とレスターを交互に見始めた。


「さらにはレスター殿には我が琵琶家の家老職に就いていただきたい。

 大勢国民を抱え込んだことで、上の方の人手が足りんからじゃ」


「はっ! お任せください!」とレスターはすぐさま答えて頭を下げると、桜良は夢中になって拍手をした。


「ま、桜良さんはお香さんに教育してもらおう。

 基本的には子供たちのお世話だよ。

 もちろん、ほかで手が足りない時は手伝ってもらうけど、

 それでいい?」


「…一生懸命、働きますぅー…」と桜良は眉を下げて答えた。


信長は膝を打って、「よしっ! 決まりじゃ!」と機嫌よく叫んだ。


信長と幻影はライジンたちに挨拶をしてから社をくぐった。



「…うわぁ―――… すっごぉーいぃー…」と桜良は陽気に言って手を叩いて喜んでいる。


サルサロス星の安土城よりも数倍風光明媚だったからだ。


さらには国民が三万人ほどいることも住居の状態でよくわかり、村というよりも街と言った方がいいほどだったが、大自然がそう思わせない。


さらには子供たちの陽気な歓声が聞こえる素晴らしい街だったからだ。


早速嘉明はレスターを連れて登城し、桜良はお香たちが一日の仕事などの説明を始めた。


「…ふむ… 贅沢だけど、飲食店が足りないかなぁー…」と幻影は言ってハイネを見て、「弁当屋でもやる?」と聞くと、ハイネはもろ手を挙げて、「やります!」と叫んだ。


「ほかにも、麺屋で出していない料理の店の案も出して欲しいんだ。

 なんだったら、琵琶家の家庭料理の店でもいいほどだ」


「はい! お任せください!」とハイネは答えて、早速幻影と調理仲間たちを連れ立って、程よい大きさの空き店舗に駆け込んだ。


弁当屋はあっという間に出来上がり、開店と同時に多くの客を招き入れた。


そしてこの店舗のハイネの出番は終わった。


弁当に関してだけは、素質のある国民を十名ほど雇って、全てを説明したからだ。


そして次は飲食店だが、麺屋の和に対抗した洋食の店を開店させることにした。


始めは口に合わないかもしれないが、今の琵琶家の食事は毎日のように洋食も準備している。


やはり天ぷらのように、油を多く使った料理は美味いのだ。


始めは弁当の種類はそれほど用意せず、様子を見てから品数を増やすことに決まった。


ここでは幻影とハイネも大いに働いて、特に子供たちから絶賛を受けた。


さらには子供たちは目移りが激しいので、様々な料理を少しずつ盛り込んだ、お子様定食をハイネが作り出して、さらに子供たちを陽気にさせた。


現在の国民の懐具合は潤沢で、国民となった祝い金として、ひと月ほどであれば食っていける程度の銭を渡してある。


儲け度外視の店なので、従業員の給料が支払える程度の料金設定をしたので、安くてうまい料理をたらふく食べられる。


誰もが怖いもの見たさでやって来て、満足して帰って行くので、この店も成功したようなものだ。


一店舗しかなかった店が三店舗になったことで、外食についてはこの程度で留めることにした。


しかし老人たちの憩いの場として茶屋だけはすぐさま開店させ、桜良はここでお香たちとともに働くことになった。


お茶うけとしては、饅頭や羊羹だが、洋のケーキなどを出すと大いに喜ばれた。


なぜか信長もやって来て、国民たちと語らいながら茶を楽しんでいる。


「酒を出す店は?」と信長が幻影に聞くと、「酒癖の悪い者もいるはずなので保留です」という幻影の返答に、「その通りじゃろうな」と老人たちは言って、穏やかな時間を楽しんでいた。


しかし、家で飲む分にはいいだろうということになり、幻影の手製の酒や、輸入した酒を売ることにした。


だが、販売制限を出し、大量には買えないような取り決めを作った。


やはり酒癖の悪い者もいるようで、「あんたのための取り決めじゃないか」とかみさんが言うと、旦那は大いに眉を下げていた。


「…そうだ、大人の娯楽だ…

 さすがにおはじきだけじゃ、

 心もとない…」


子供でも大人でも楽しめるので、もうすでに阿利渚たちは大人も交えて楽しんでいた。


もちろん、堕落するような娯楽施設を造ることはないのだが、これが非常に難しい問題となっていた。


琵琶家の家人は、流派の修行が趣味のようなものだ。


それも考慮して、気楽にできる趣味として、法源院屋に幻影たちの手製の画材道具を卸した。


日の国だと少々お高いものだったが、かなりの安価で購入できるので、それほどに銭がなくても誰でも楽しめる。


よって、芸術的観点からの娯楽を琵琶家は推奨することに決まった。


絵画、書道、そして陶芸であれば、指導ができる者が琵琶家に数名いるので、店ではなく自由に使える施設を作り上げた。


あとは習い事として茶道、華道など、『道』のつく作法であれば、武家の女子なら教えることも可能なので、習い事も充実させる。


もちろん子供でも利用可能なので、多くの者たちが利用を始めた。


あとは読書という趣味もあるのだが、まずは読めないと意味がないので、もうすでに活動している子供たちのための寺小屋に加えて、大人に読み書き計算その他を指導する寺子屋も建てた。


幻影はまずは子供たちのために、今まで書いた絵本と新作のもの百点ほどを書いて、『書籍閲覧所』を作った。


ここも無料で利用できるので、まずは子供たちが食いついた。


職員として、読み書きができる大人を雇うことで、読み聞かせも可能だ。


本を読む習慣などはないに等しかったので、誰もが大いに興味を持ってやってきた。


あとは趣味と実益を兼ねた内職だ。


特に番傘と草鞋、雪駄、下駄、下足足袋は必要不可欠だ。


琵琶家が抱えた三万人の住人たちは、今までに経験できなかったことを大いに経験した。



落ち着いたのは十日後で、琵琶家はまた母星に戻って、生実の琵琶御殿にやってきた。


「…遠い昔だったように思えるよなぁー…」と秀忠は感慨深げに言った。


「生まれ変わったようなものでもあるから、それは当然だろう」という幻影の言葉に、秀忠は感慨深げに思い、同意するようにうなづいた。


そして秀忠は幻影が呼び出していた家光と面会したが、大いに他人行儀だった。


秀忠はすべてを捨てて、桜良の誘いに乗ったこともあり、「我は死んだも同然」と秀忠は挨拶なしで言った。


「…本当に、琵琶家の家人になったんだね…」と家光は穏やかに言った。


「…最後の最後に、ついていたようなものさ…」と秀忠は照れくさそうにつぶやいた。


家光は島原の件について丁重に信長に礼を言った。


消えた三万人については、神隠しではなく、幕府が罰を与えたことに決まった。


そして、大きな争いの発端となった島原藩主に詰問して処分した。


琵琶家一同は琵琶御殿を忙しく飛び回って、今回も法源院屋を大いに太らせた。



喜笑星に戻った琵琶一家は、国民の声を聴いて、足りない施設などをすぐさま作り上げた。


やはり住人が三万もいれば、物品販売店が法源院屋一軒だと不便が生じていたので、距離を置いて二軒支店を出し、格安の麺屋と弁当屋も建てたことで、比較的落ち着いた。


農作物が基本的な収入源なので、これも農民の声を聞き入れて、幻影たちが有益な道具なども作り出した。


「さて、いろいろと落ち着いたことじゃし、

 広い海原に出ることにしようか」


信長の言葉に、琵琶家家人たちは大いに緊張した。


「しかしその前に、マリーン殿に会いに行こうぞ」と信長は比較的穏やかに言った。


幻影だけは物品販売の件で単独で何度もサルサロスに戻っていたので、実状は把握済みだ。


タルタロス軍は一旦解散することになったのだが、現地住人たちもほかの星から雇われた者たちも、修行を怠ることはなく、生活を変えなかった。


変わる必要があったのは、極とマリーンだけなのだ。


琵琶家一同が大神殿を訪れた時、憔悴しているマリーンと極の出迎えを受けた。


そして燕は琵琶家側にいる。


「…ふむ…」と信長はうなってから何度もうなづいてから、「裏が出迎えんかったことだけは誉めてやろう」と言って鼻で笑ってから、「帰るぞ!」と叫んだ。


現在はまだその裏のタルタロスとガイアが、極とマリーンの再教育中と信長は判断したのだ。



サルサロス星の安土城に戻った琵琶家一同が祭りの準備を始めると、城下町は一気に活気づいた。


もちろん公表してから作業を始めたので、獣人たちは満面の笑みを浮かべて、様々な仕事の手伝いをした。


やはりマックラ国王の統率力は素晴らしく、機嫌のいい信長はマックラを褒めちぎった。


信長としてはマックラを同じ国民を抱える王として、同格として付き合い方を変えていた。


マックラは手下でも構わなかったのだが、信長の意思を汲むことにして気さくに話をするように変えた。


そしてついに燕が懇願の目を信長に向けて、我が子にした極の弟で養子の宇宙を琵琶家で預かってもらうことを進言した。


もちろん宇宙が言い始めたことなので、燕は寂しくなると思い、終始眉を下げていた。


さらにはサルサロスもこれに便乗して、喜笑星の出入りを進言してきた。


サルサロスは星中をくまなく巡って、専属の手下を雇っていた。


その内訳は獣人が三人と、人間がふたりで、人間の方は能力者だった。


「本気になって探してよかったよ」と子供の姿のサルサロスは陽気に言った。


「…ふむ… まだこれほどの者らがおったとはな…」と信長は鼻で笑って五人を褒めた。


信長はサルサロスの喜楽星の出入りを許した。


まずは違う星の文明文化を見せることも修行と考えたからだ。


宇宙はサルサロスに寄り添うわけではなく、まるで源次の子のようにして寄り添ったことに、燕としては気が気ではなくなっていた。


さらに瑚渚慕までもが兄をうらやましがり始めたので、大いに眉を下げている。


瑚渚慕の狙いはもちろん阿利渚の隣で、もうすでに寄り添っていて朗らかに話をしている。


「愚か者どもに義理立てせず、気楽に遊びに来ればよい」という信長の厳しいが常識的な言葉に、「…そうさせていただくわ…」と燕は眉を下げて、信長に頭を下げた。



しばらくは朗らかに話をしていたが、「ここは頼む!!」と蘭丸がいきなり大声で叫んで、安土城の本丸から外に飛び出した。


弁慶たちもすぐに蘭丸を追った。


まさに敵が攻めてきたと言わんばかりの厳戒態勢となったが、幻影は余裕の笑みだ。


「タルタロスさんの手下?」と幻影が燕に聞くと、「…そろそろ来るころだろうと思っていたわ…」と呆れた顔をして頭を下げた。


その存在感は今はタルタロス軍の別荘を出た街道にあり、今は蘭丸たちとににらみ合っていると幻影は判断した。


「なかなかなかなか…

 じゃが、琵琶家には必要ない」


信長の言葉に、「…そうね… ただの戦闘馬鹿たちだもの…」という燕のあきれ返っている言葉に、幻影は愉快そうに笑った。


「咲笑も遠巻きから見ておいてくれ。

 お蘭が本気になった」


幻影の真剣な言葉に、咲笑はすぐさま姿を消した。


「わからぬのなら、わからせるまでじゃ」と信長は言って鼻で笑った。


幻之丞が気を利かせて、タルタロスの手下数名と蘭丸が従えている琵琶家数名とのにらみ合いの映像が出た。


「…首を落とさねばよいが…」と信長が言うと、「…さすがのあの人たちでもひとたまりもないわ…」と燕は眉を下げて言った。


そして蘭丸がゆっくりと幻武丸を抜いた時点で、タルタロスの手下たちはようやく危機を察してわずかに引いた。


「…あら? それほど馬鹿じゃなかったわ!」と燕は叫んで大いに笑った。


『まずは帰れ。

 そのあとに筋を通して参るがよい』


蘭丸の落ち着いた言葉に、タルタロスの手下たちの後方にいた者が前に出た瞬間、右腕が肩から落ちていた。


まさに何があったのかわからなかったタルタロスの手下たちは、今は咲笑が再生している仲間を、目を見開いて見入っていた。


処置が異様に早かったおかげで、切断したのだが出血がそれほどないという奇跡を起こした。


切られた者は放心して立ち尽くしているだけで、今頃になって全身を震わせ始めた。


『まだ来るか?』という蘭丸の言葉に、相手は少し下がってから踵を返した。


『帰った方がいいよ?』と咲笑が治療を施した者に言うと、男は震えながらも小さくうなづいて、踵を返して別荘に向かって街道を小走りで走った。


「…咲笑が素晴らしい…」と信長が小声で言うと、「…大きな声では言えませぬ…」と幻影も小声で答えた。


「じゃが、なぜ咲笑は宙に浮いた?」


まさにこれが一番の疑問で、どう考えても咲笑は自力で宙に浮かんでいたはずなのだ。


高性能なヒューマノイドでも、宙に浮かぶ装置は備えていない。


「靴に少々仕掛けを」という幻影の言葉に、「徐々でよいから、力足らずの者たちに配っておけ」と信長は幻影に命令した。


「はっ 実戦の前にでも」と幻影は言って頭を下げた。


「…ふふふ… なかなか意地悪なやつじゃ…」


「いえ、さぼらせないためですので」と幻影はさも当然のように言うと、「…その厳しさがあってこその琵琶家じゃ…」と信長はさらに納得したように何度もうなづいた。


信長は燕に顔を向け、「売り込みか?」と聞くと、「…ええ、多分そうだと…」と燕の声は自信なさげだが、目には確信が浮かんでいた。


「さらに言えば、タルタロスが現れないことで、

 現在の状況を探りに来たのかも。

 この先、彼らがどうするのか見ものだわ。

 もちろん、悪いヤツらではないのだけれど、

 自分たちの腕前に自信を持ちすぎ」


燕が語ると、信長も幻影も深くうなづいて、「タルタロス殿に心酔しておるのじゃな?」と信長が聞くと、「…ええ、極ではなくタルタロス」と燕は言ってからわずかに目を見開いて、「…彼らを開放してどうするつもりかしら…」とかなり先読みをして考え込んだ。


「タルタロス殿の欲じゃとワシは思うが?」


「…それは、大問題だわぁー…」と燕は大いに戸惑った。


「…ふたりでひとりは確かに素晴らしい修行でしょうが、

 我らの出現にまだまだ甘かったと、

 煌殿とタルタロス殿は分離の道も考え始めたのかもしれませんね。

 このおふたりはまだいいのですが、

 問題はマリーン様とガイア様です。

 自然界の神の世界は、元に戻る…

 なくなるかもしれませんね」


幻影の言葉に、「…今はまだ早すぎるけど…」と燕は大いに戸惑った。


「ま、全てが崩壊することもまた運命じゃ」


信長の言葉に、燕も幻影も何も言わなかったが、瞳の光は消えていなかった。


「しかし、スイジン様が動いている気配がありません」


幻影の言葉に、「…そうね、それもおかしいわ…」と燕は訝し気に言った。


「マリーン殿は母スイジンに試されておる。

 この試練に打ち勝つか、

 または元に戻すのかを見極めようとしておるのではないか。

 よって、戻っても何ら支障はないと踏んだが?」


「…魂の融合がいいのか悪いのか、

 今の私にも正確な解答はないわ…」


「松崎拓生」と信長が名を呼ぶと、拓生はすぐさま頭を下げた。


「主はどう思っておる?」


信長の言葉に、桜良が大いに戸惑い、レスターは瞳を閉じた。


「半人前の私に知る由もございません」と拓生が答えると、信長は何度もうなづいた。


「ですが、分魂してよかったという想いは、

 当時も今も変わってはおりません。

 結局は、どちらでも構わないのではないかと考えます。

 そもそも私の場合は、まさに失敗作でしょう。

 織田信長だった当時、

 ただただ自由を求めて、お気楽に過ごしただけでしたので。

 ですがそれも、私の糧となっていることは確実です。

 問題は、分魂に至る経緯にあるように感じます。

 ですので、このタイミングでの分魂は、

 それほど良くないと感じるのです。

 ですが、それも経験としての糧にはなるはずです」


拓生が語ると、信長は何度もうなづいた。


「その気になれば、いつでも融合は可能なんじゃろうて」と信長は言ってにやりと笑った。


「私の場合は、レスターの修行でしかなかったはずでした。

 私はレスターの魂の存在を確認できていませんでした。

 見つけた時、これ幸いと、悦子の伴侶にあてがいました。

 今考えても、私は間違っていなかったと胸を張って言えます」


拓生の言葉に、桜良は笑みを浮かべて胸をなでおろしていた。


「…前の名が悦子だから、エッちゃん…

 納得だ…」


幻影の言葉に、拓生は愉快そうに笑った。


「…このあだ名は、好きなのぉー…」と桜良は眉を下げて言った。


「伴侶がレスター殿以外ありえんからな。

 ワシじゃったら、ふざけておるのかと思い、

 ずっと腹が立ったままじゃろうて」


信長の言葉に、桜良はこれ見よがしにホホを膨らませた。


「藤十郎殿もその仲間です」という幻影の言葉に、「もっともじゃ!」と信長が叫ぶと、今度は長春がホホを膨らませた。


「ですので、この議論を我らにさせることが目的かと」


幻影の言葉に、「…あー…」と誰もが言って何度もうなづいた。


「火竜たちに囲ませて、炎を吐かせて蒸発してもらうか…」


信長のひどい言葉に、幻影だけが大いに笑った。


「では、スイジンちゃんは日炙りの刑で」という幻影の言葉に、小さな水竜がすっ飛んでやってきた。


そして幻影を見上げて、眉を下げていた。


「火炙りの刑」と幻影がさらに繰り返して言うと、水竜は何度も首を横に振った。


「だったら、さっさと後継者を決めな」という幻影の言葉に、「なんじゃ、スイジン殿がここに縛られることがイヤじゃったわけか…」と信長が言うと、水竜はは仕方なさそうに長い首を擡げた。


「…エカテリーナちゃんでいいよ?」と水竜が初めて言葉を発すると、「正式に言い渡してここに住め」と信長が言うと、「…そうするぅー…」とスイジンはほぼ無感情に言って、軽く羽ばたいてからタルタロス軍の城に向かって飛んで行った。


「…自由がないわけでもないわ…

 マリーンと極を今まで以上に鍛え上げられるから。

 さらには」


燕は言って、拓生を見てからレスターを見た。


「貸してやっても構わぬ。

 桜良殿も含めて、自由は与えておるから、

 協力は惜しまぬが、

 主らの同意があってこそ成立する」


信長は言って、桜良、レスター、そして拓生を見た。


「…問題は、鉾や盾ではなかったわけだ…」という幻影の言葉に、「…マリーン殿とガイア殿だけでは力不足じゃったとワシは思う…」と信長は厳しい言葉を告げた。


「誰がそれを決めるのかが、大きな問題だった」と幻影は言って笑みを浮かべて、信長に頭を下げた。


「…おだててもなにも出んぞ?」と信長は言って鼻で笑った。


「いいえ、我が魔王であり守護神よ」と幻影は言って素早く頭を下げると、信長は愉快そうに大いに笑った。



話は次々と決まり、サルサロスの安土城の城主にスイジンが据えられ、家老は嘉明、光秀、勝虎夫婦が交代でつくことになった。


桜良、レスター、拓生もこの安土城で暮らし、琵琶家が旅に出る場合は同行させると約束を取り交わした。


さらには、マリーンとスイジンに安心感を与えるため、守山と翡翠に時には大神殿を訪れるようにと通達した。


最後に残った太陽の神竜だが、今は保留とした。


もちろんこの取り決めにスイジンも賛成した。


あまりにも強固に守ると、甘えや油断が生じるからだ。


現在のように、影からの守護だけでも問題はないとスイジンは言った。


「これに加えて、

 ここに影の魔王もおいおいやってくるはずじゃて」


信長の言葉に、拓生が真っ先に何度もうなづいた。


現在は担当の大宇宙を平定中の、ランス・セイントをあてにしてのことだ。


最後の詰めに、マリーン、スイジン、桜良が心をひとつにして、大神殿にてその威厳を発すると、マリーンが今までにない穏やかな笑みを浮かべた。


そして上位者である、ガイアとタルタロスが久しぶりにその姿を現した。


さらに軍としてのタルタロス軍は解散したのだが、結局は戦士たちにこのサルサロスを離れる意思はなく、結局は元に戻って、タルタロス軍が再結成された。


よって頻度は低いが、マリーンが時折、世直しの旅に立させることを確約した。


タルタロスがさらに威厳を上げて、専属の手下の前に姿を見せると、この大宇宙のために大いに働くと確約した。


「城は誰かが住んでいてこそ意味がある」


信長が安土城を見上げて穏やかに言うと、「御意」と幻影も穏やかに言って頭を下げた。



琵琶一家はこのサルサロスの安土城でほっと胸をなでおろして、休息の時間をむさぼってから、祭りの準備を再開した。


幻影は仕事にかかる前に、全ての関連部署に念話を入れたが、全てが平和だったことに安心して、大いに働き始めた。


「ん? 多過ぎやせんか?」と信長が怪訝そうに言って、出来上がっている山のような商品を見て言うと、「半分は喜笑星の祭りの準備です」とう幻影の言葉に、信長は機嫌よくうなづいた。


「こちらに呼ぼうかと思ったのですが、

 初の祭りはそれぞれの星で行おうと思いました。

 そのあとは、様々な資格試験ののちに、

 外交官などの選別も行おうと思っております」


「ワシらが逐一動くこともない、か…」と信長は言って何度もうなづくと、「御意」と幻影は笑みを浮かべて答えて頭を下げた。



幻影は信長に許可を得て、極と膝を突き合わせて話す機会を得た。


極は憔悴しているように見え、怯えているようにも見える。


「現世の年齢は、あんたは俺の孫だからな」と幻影が真っ先に言うと、極はほとんど無感情で頭を下げた。


「…わかっていて、経験も積んで、

 頼りないやつらをすべてを見ていたのに同じことをしてしまう…

 俺は今の極をしっかりと見ておくことにした。

 もしも、俺が今の極のようになった時、

 俺は命を断つ」


幻影の威厳がある言葉に、極はうなづくようにうなだれた。


「問題は死に方だが、どうするか…」と幻影が言うと、極は体を震わせたが、幻影は前向きに、「動物に食われよう」と笑みを浮かべて言った。


「まさに、あの三毛猫は潔し。

 姿を消すには一番の方法だ。

 右京和馬星に行けば、

 その動物は大勢いるからな。

 先日はとんでもなく獰猛な海洋生物に食われそうになったことだし。

 今世の反省を大いにして、来世に期待をしようと思う」


極はうなだれたまま体を震わせている。


「あの手裏剣」と幻影が言ったとたんに極は頭を上げて、目尻を下げていた。


「やはり、それもあったか…」と幻影が眉を下げて言うと、「…可能と不可能がある…」と極は大いに嘆いた。


「今は無理なだけだ。

 だが、タルタロス様は使いこなせると思うが?」


幻影の遠慮がない言葉に、極は大いにうなだれて、同意するようにうなづいた。


「まだまだ精進の時だ。

 だが今が嫌なら分魂して消えた方がいいかもな。

 もっとも、今死んだところで、

 ただの逃げでしかないけどな。

 もう二度と、今の極に会うことはないだろう」


幻影はここまで言って立ち上がると、極は悔しそうな顔をしたのだが、それは妬みなどではない。


どうしても言いたいのだが、その言葉を言ったとたんに幻影に嫌われてしまうと思って言えないのだ。


「弟子にしてくれって?」と幻影が大いに眉を下げて言うと極は言葉にはできなかったが、はっきりとうなづくことはできた。


「悪いが、あんたに教えることなど何もない」と幻影は言って、極に頭を下げて部屋を出た。


極は大いに頭を抱え込んだ。


もちろんタルタロスにも話かけて返事があったが、幻影と同じ返答があっただけだ。


極としてはまだ納得していないのだが、ここは時間をかけて日々を過ごすしか手はないと思い、大きなため息をついた。



幻影が部屋を出て障子を閉めると、隣の部屋から燕が出てきて、大いに眉を下げている。


「…そうね…

 人間でいえば、祖父と孫の差があるわ…」


燕の言葉に、「俺って、出来が悪かったからね、できのいい極の悩みがわからない」という幻影の言葉に、燕は今にも泣き出しそうな顔をした。


「…婚姻も、間違っていたのかも…」と燕は大いに反省していた。


「いろんなことが少しずつ間違っていたんだと思うね。

 俺だって、何度も生き急いでいると思って、

 じっくりと時間をかけて鍛え抜いたんだ。

 壮年期になってから、ようやく自信を持てるようになれた。

 そうなった時に、どこの星に行っても、

 得るものがないと思って大いに落胆した。

 だがその事実は、ひとりで旅に出てようやく気付いたことだから。

 もしも極に指導をするのなら、

 ひとり旅をしろ、

 としか、俺には言えないかなぁー…」


幻影の言葉に、燕は今にも泣きそうな顔をして笑みを浮かべて頭を下げて、極のいる部屋に入っていった。



幻影がくつろぎの間に戻ると、信長が大いに眉を下げていた。


「…弟子にするのかと思っていた…」と信長が言うと、幻影は、「もちろん、少しは考えました」と答えて頭を下げてから、信長の前に座った。


「強すぎる者はひとりになり、

 様々なことを考えねばならぬ…

 その瞬間瞬間をすべて修行とせねばならぬ。

 やはり、ひとり旅は重要なことだと、

 よくわかったつもりじゃ」


信長の落ち着いた言葉に、幻影は笑みを浮かべて頭を下げた。


「極の歴史を確認して、

 普通の人間からいきなり能力者となった時に、

 今のレールが敷かれたのだと推測します。

 さらにいえば、能力者の事実を隠して、

 ただひとりで世直しをしていれば、

 また違った結果になっていたようにも思います。

 ですので、極の存在をいち早く見つけた桜良様の責任は大きいようですね。

 できれば、私のように、弟子として育った方が有意義だったように思います」


「…それ、伝えると本気で泣くぞ…」と信長は言って鼻で笑った。


「…ですが、秀忠はうまくいきそうで、本当によかったです…」


幻影の安堵の言葉に信長も賛成して、笑みを深めて何度もうなづいた。


この日を最後に、極の存在はこの宇宙から消えた。


もちろん探ればどこにいるのかは簡単にわかるし、マリーンからは悲壮感が流れていない。


ただ、頼りになる弟がいなくなったことで、少々寂しいようだと燕は眉を下げて言った。


タルタロス軍は極のあとをジャックが引き継いだ。


本人としてはやりたくなかったようだが、師匠である燕に任命されてしまったので断わるわけにもいかなかった。


もちろん、直接の指示はマリーンから出るので、ジャックは女王様の思惑通りに動けばいいだけなので、それほど心の負担はない。


さらにマリーンは琵琶家に頼るつもりはないようで、何も言ってこない。


もちろん、怒っていたりへそを曲げているわけでもない。


琵琶家には琵琶家の活動があると思い、一線引いた付き合いに変えるようだ。


もっとも、琵琶家の本隊は基本的には喜笑星で生活するので、留守居役やマックラに何も言ってこないことで判断しただけだ。


琵琶家は喜笑星で初の祭りを開催して、三万人の国民を大いに陽気にさせて、明日を生きる希望を与えた。


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