赤い幻影 akaigenei ~覚醒編~ 赤流雲 akaryuun
赤い幻影 akaigenei ~覚醒編~
赤流雲 akaryuun
―― あー… 残念だったぁー… ―― と春菜は大いに悔やみながら湯船に浸っていた。
もちろん、幻影と戦うことも、琵琶家に寄り添った目的のひとつでもあったからだ。
湯の効能は知っていて、もうすでに右腕は癒えている。
しかしこれは罠のようなもので、精神力の減退はあり、今暴れたとしても確実にいい戦いをできないことはわかっている。
さらには、皮膚と内臓器官の保護のため、次の疲労感は早くやってくる。
能力者側から見て激しく動いた後は、しばらくの間は体を休めることも重要なのだ。
―― あー… いいなぁー… ―― と春菜は別のことを考えるように切り替えていた。
うらやましく思ったのは、蘭丸の素晴らしい肢体だ。
身長もあり出るところは出ていて、しかも美人ときている。
さらには子供を産んだとは思えないほどに若々しい。
―― 術なんてかかってないじゃない… ―― と春菜は苦情があるように考えていた。
もちろん、蘭丸の実年齢が春菜の母と慕う義姉と同じ五十五才であることはわかっているので、何らかの術によって若返らせているはずなのだが、その痕跡のようなものが全く見えないのだ。
神でもあるので、年齢の見極めや術の有無は簡単に見破ることはできる。
―― 真田幻影、恐るべし… ―― と思うしか術はなかった。
もちろん蘭丸が悪魔であることはわかっているが、この芸術品のような肉体は考えられない。
同じ悪魔の濃姫も魅力的には違いないが、悪魔特有の筋肉の盛り上がりが大いに目立つ。
気功術でも何か特別なものでも施したのではないかとどうしても考えてしまうが、生まれもっての資質も左右する場合がある。
―― あ、緊張感… ―― と春菜が思った時、大いに落胆した。
それは、悪魔になるまでの積み重ねが肉体に現れていたのだ。
よって幻影の術のおかげもあるが、悪魔になるまでの間の様々な積み重ねも大いに左右されている。
やはり戦国の世という特殊な時代を己の力で生き抜いたからこそ今があるのだ。
―― …ずるいずるい… ―― と春菜は少し憤慨しながらも、まだ蘭丸を見ていた。
もちろん十台の半ば頃から幻影とともにあったからだ。
そして幻影が丁寧に鍛え上げていたこともよくわかっている。
幻影の親身な愛が、今の蘭丸を作り上げたようなものなのだ。
しかしそんなことなどおくびも出さずに、幻影は家族たちを鍛え上げ、蘭丸と婚姻したのはわずか七年前だ。
確かにあの幻武丸の威厳は異様だが、それ以上に蘭丸は光り輝いているのだ。
最終的には、―― あーあ… ―― とため息をつく道しか残されていなかった。
ここからは春菜は女性のひとりとして、家族たちとワイワイと陽気に話をしながら安土城に戻って、すぐに就寝することにした。
―― 雑魚寝も普通じゃないわ… まさに動物… ―― と春菜は与えられた部屋に入って布団を敷きながら考えていた。
アニマール星では家には住んでいるが、雑魚寝が当たり前で、まさに動物のような日常だった。
この室内はまだ真新しい畳のいいにおいがする。
さらにはアニマールと同じように緑濃い香りとかすかな動物たちのにおいも心地いい。
まさに大自然の中の一番の上質なにおいを楽しみながら、自然に眠りについていた。
『こんなことを言っちゃ失礼だけど、守山兵衛様は残念でしたわ…』
春菜は夢を見ていた。
そして目の前にいるのは大神殿長のマリーンだ。
『あら、天使の夢見ではないのですね?』と春菜はすぐに察して言うと、『さすがです』とマリーンは笑みを浮かべて答えた。
『首長竜に食べられたくはありませんし、
割り込むことも平和ではありません。
できれば資質が見えていない素晴らしい人とお付き合いしたいほどですわ。
もちろん、ヒューマノイドは欲していません』
『そうよねぇー…
妥協しないことも重要だと思うわ。
となると、旅をして見つけるしか手はないんだけど、
琵琶家を離れることにはなるけど、
どうされますか?』
『ええ、お休み…
というか、手助けの旅に出ない日が多いので、
願い出れば許可はいただけると。
ですが問題は一人旅は許されないだろうという予感…』
『いえ、その部分は幻影様から助言をいただけます。
幻影様も近いうちにひとり旅に出られるそうですから。
問題は蘭丸様だけにありますが、
咲笑ちゃんを連れて行くので問題はなさそうですわ』
『…はは、浮気防止対策…』
『ですので、幻影様が旅立たれる前に旅に出た方がよろしくてよ?』
『ええ、それが平和だわ…』
春菜は様々な話をマリーンとした。
そして気づくとまだ薄暗いが朝になっていた。
「…春姫、ありがと…」と春菜はつぶやいてから、身支度を始めながら、体のチェックと脳内のチェックを始めた。
これは今までの積み重ねで、不安を残して戦場に出ないという心構えでもある。
―― 体力も精神力も満帆! ―― と今までにないほどの体の状態に感激して、春菜は大いに喜んでいた。
外に出ると、日が少し登っていて、素晴らしい朝焼けに感謝をして手のひらを合わせてから、大勢やってきた家族たちに挨拶をした。
春菜は朝も早いことから、まだ手つかずの馬術の鍛錬をすることに決めて厩に近づくと千葉重胤がいた。
ふたりは挨拶を交わしてから、春菜はすぐに馬を見切って、体をやさしくなでた。
「さすがでござるな」と重胤が大いに春菜を褒めると、「うふふ、ありがと」と春菜は礼を言って速やかに鞍と鐙をつけた。
そして馬の細やかな体調確認をして、馬が気にしている杞憂をすべて払拭した。
すると馬に気合が入り過ぎたので、首をやさしくなでて抑えさせた。
「…むむむ…」と重胤がうなると、「人間と能力者の差ですわ」と春菜は言ってふわりと宙に浮かんでから、鞍に腰を落として鐙に足を通した。
そしてまるで春菜のように、馬はスキップを踏むように楽しそうにして馬場を走り始めた。
「馬に乗ったことがおありか?」と追いかけてきた重胤が聞くと、「肌馬でしたけど経験はあります」と答えた。
「あなたも空を走ってみる?」と春菜は言って馬の首をなでたと同時に、走行速度が上がり、体温が上がった。
それと同時に、馬は空気を蹴って空を走っていた。
「今はそれでいいけど、地上に戻ると辛いわよ!」と春菜が叫んだ途端、馬は速度を落として、今度はまさに楽しそうに、空の散歩を楽しみ始めた。
「…なんてこと…」と重胤はぼう然として空を見上げていると落馬していた。
しかしまだ空を走っている馬と春菜を見入っている。
誰もが同じで、一斉に空駆ける馬を見入っていて、子供たちは歓声を上げていた。
春菜は馬に指示を出してゆっくりと降下して、阿利渚と桃源を馬に乗せて、また空を駆け始めた。
「蹄の音がするから、走っておるわけか…」と信長は馬を見上げて言うと、「春菜様が宙に道を作っておられるようですね」と幻影が答えると、信長はうなりながらもうなづいている。
「対抗せぬのか?」と信長が言うと、「できなくなありませんが、馬の制御を春菜様のようにできませんから」と答えた。
「…むむ… さすが、動物王国の姫じゃ…」と信長がうなると、幻影はすぐさま賛同した。
最終的には濃姫までもが春菜に懇願したので、女性の大人二人で空駆ける馬に乗ってから、早朝の鍛錬を終えた。
「…お馬さんの扱いがうますぎるぅー…」と動物の神の長春が大いに嘆いた。
春菜は今は厩にいる馬たちをなだめることに必死だ。
馬たちは地団太を踏むように興奮しているのだ。
もちろん、どの馬も春菜とともに駆けたいと思っているからだ。
そして騒ぎはようやく収まって、春菜はほっと胸をなでおろした。
「おまえが手伝ってやれ」と長春は幻影に言われてしまったので、「そうだった…」と答えてうなだれた。
「拘束ではなく、言葉のない意志疎通。
あれは簡単なことじゃないぞ」
「…ここは、神と言われてもちゃんとするぅー…」と長春はひとつの決意をして心の中は燃えていた。
「長春様は本当に素晴らしい!」と藤十郎も朝から暑苦しかったが、長春は満面の笑みを浮かべて藤十郎に抱きついた。
―― …あー… いいなぁー… ―― と春菜は思って、今からわずか五年前の楽しくて幸せだった学校生活や寮生活の日常を思い出していた。
朝餉では春菜が大人気で、誰もが陽気に話しかけてくる。
そして自慢げな笑みを浮かべている光秀がいることにも気づいた。
光秀は太く長い髪を後ろで縛っていて、目が合った春菜に表情を変えることなく会釈をした。
―― あら? 性格まで変えた覚えはないんだけど… ―― と春菜は言って会釈を返した。
―― うう… なに、このときめき… ―― と春菜は言って、春之介にも感じたことのない感情に、胸を押さえつけた。
「…ふむ…」と信長は小さくうなって光秀と春菜を見た。
「…計算外のことが起ったよですね…」と幻影がつぶやくと、「じゃが、志が変わったとしても、さて、どうじゃろうか…」と信長も小声で言った。
「…春菜様が鍛え上げるように思います…
…あとで、免許皆伝を言い渡します…」
幻影の言葉に、信長は何度もうなづいた。
琵琶家は今日は里帰りと言わんばかりに琵琶御殿を巡る旅に出た。
少々間が空いていたので、御殿のある街道筋に降り立つたびに誰もが大歓迎して琵琶家を受け入れる。
そして江戸城に行くと家光が出迎えて、「…大御所様が消えました…」と言ってうなだれた。
家光としては幻影と連絡を取りたかったのだが、まずは探すことにして今日の幻影との再開の日を迎えた。
「そのうち出て来るはずけど、政に関しては手出しはしないと思う。
その件は心当たりはあるが、聞かされていない。
側用人たちを信じて、
自分自身が信じた道を進め」
幻影の言葉に、百万の援軍を得た気持ちで、光秀は胸を張って素早く頭を下げた。
「敵勢、一千万と戦ったぜ」という幻影の捨て台詞に、家光を筆頭にして誰もが石化したように固まっていた。
琵琶家に外から雇われた者たちは別世界の営みを興味深く観察して、琵琶家の本拠地を大いに堪能した。
やはり人望が厚いことが一番の魅力で、特に子供たちが大いに元気になったように幻影たちは感じていた。
そして口々に、「お祭りはいつなの?!」と聞いてくるのだ。
「法源院屋に張ってあったぞ」と幻影が答えると、子供たちは大騒ぎをして法源院屋に走って行った。
もちろん、琵琶家が手を出さない祭りなのだが、出し物としては極力同じ内容のものを執り行うことになっている。
唯一できない催し物は、見世物小屋の動物の芸だ。
しかし長春がここは奮起しているようで、資質のある男女を抱え込んで講習会をしている姿を見て幻影は笑ってしまった。
「変われば変わるもんじゃ」と信長が機嫌よく言うと、「御意」と幻影はすぐさま答えて笑みを浮かべた。
花火職人は各地に抱えているのでほとんど問題はない。
そんな中、御殿の庭で、光秀と春菜が逢引をしていた。
もちろん光秀は心からの礼を春菜に示した。
春菜はここで、「私のこと、女性としてはどう思われておられますかぁー…」と思い切って聞いた。
光秀は満面の笑みを浮かべて、「大いに好感を持てる姫様でございます」と告げた。
「…その姫様と恋愛など、とは…」と春菜が恐る恐る聞くと、光秀は真剣な目をして、「想い人がおります」と答えた。
「それは私ですかぁー…」と春菜は冷静に食い下がった。
「…い、いえ、春菜様ではございませぬ…」と言って頭を下げた。
「…あーあ、振られちゃったぁー…」と春菜は大いに嘆いた。
「ある意味、
春菜様を我が妻に召し抱えるよりも厳しいお方だと思っておるのです」
「…もう、わかっちゃったぁー…」と春菜は言って大いにうなだれた。
「だけど、頑張ってほしい!」と春菜は自分を奮い立たせるためにも陽気に叫んだ。
「はっ ありがたき幸せ!」と光秀はまた満面の笑みを浮かべて春菜に頭を下げた。
―― 優良会社の社長を逃したわ… ―― と春菜は大いに嘆いた。
春菜の家の八丁畷家は名家でもあり、大企業を経営し、しかも父親は一国一城の主でもある。
そのようなお嬢様なのだが、大人ばかりと接していたことで、底辺の一般常識には大いに疎い。
よって、幼少の頃から共に過ごしていた春之介と常にともにいた。
もちろん、金持ちならではの誘拐も二度ほど経験したが、春之介が機転を利かせてすぐさま逃れた。
お嬢様でもあるが、それなり以上の修羅場も経験していた。
しかも金持ちが集まることで、大人の裏の顔までも察することができるようになった。
それを知った父が春菜を多様して、さらに手広く事業を拡大していき、国家主席という位置までの上り詰めたのだ。
しかし能力者として覚醒した後は、家を捨てて、すでに夫婦となっていた春之介と優夏に寄り添って星を飛び立っていた。
「…王子様を探す旅に出ます…」と春菜が言って光秀に頭を下げると、「ご幸運を!」と恭しく言われて背中を押されてしまったので、春奈は大いに眉を下げたが、すぐに礼を言った。
春菜は光秀と別れてすぐに、信長の前に出て頭を下げた。
「…まずは春菜がゆくか…」と信長が寂しそうに言うと、春菜の感情は、―― うれしい! ―― だった。
そしてマリーンとの夢見の話をすると、幻影と蘭丸は大いに眉を下げていた。
「そうじゃな、旅の期日は離した方がよい。
幻武丸が勝手に暴れ出すやもしれぬからな」
信長の言葉に、蘭丸は頭を下げっ放しになった。
「俺はまだまだ行けそうにないからね。
できれば、いい人と巡り合えたらいいね」
幻影のやさしい言葉に、「はい、ありがとうございます」と春菜は笑みを浮かべて頭を下げた。
「まずは、どこに行くのじゃ?」
「はい、混沌としたこの宇宙をさまようことにしています。
マリーン様のお勧めでもありますから」
「宇宙船って、持ってるの?」と幻影が聞くと、「はい」と春菜は答えて胸を押さえた。
「そうか… 今から行くか?」と信長がさらに寂しそうに言うと、春菜は後ろ髪惹かれる思いになったが、「はい、行ってまいります!」と元気に答えて、庭に宇宙船を出した。
「…おー…」と家人たちは大いに声を上げて、直径十間ほどの大きさの楕円形の宇宙船と春菜を見入った。
「…乗りたいぃー…」と阿利渚と長春が言い始めたが、「帰って来てからね」と春菜は言って、手を振って宇宙船に乗り込んでからすぐに消えた。
「…朝餉に間に合わせて帰ってこぬかな…」と信長が言うと、「御屋形様が急かすからでございます」という幻影の言葉に、信長は大いに苦笑いを浮かべた。
「第一の星、タルタ星に到着です!」と咲笑が陽気に言うと、「…自動人形を持っておったか…」と信長は眉を下げて言った。
春菜と繋がっていることを大いに喜んだ琵琶一族は、この日は安土城に戻って、いつもの生活に戻した。
すると来客があって、幻影は快く面会して、琵琶城下に三軒の美術館を建てることを確約した。
芸術家たちは大いに喜んで、今は警護人となっている獣人たちとともに城を後にした。
翌朝の朝餉の時に春菜から連絡があり、『朝食、配達してぇー!』という声に誰もが大いに笑った。
しかし食べるものには困っていないようで、伴侶は見つからないが、素質がある者三名を連れて帰ると言ってきたのだ。
伝えるが早いか、春菜の宇宙船は庭園の上空に浮かんでいて、ゆっくりと降りてきた。
「うむ! 全員、合格じゃ!」と信長は大いに機嫌よく叫んだ。
しかし話を聞くと、三人ともがタルタロス軍の所属を希望していた。
ここは幻影が口を挟んで、極に連絡をすると、「…どうしてこの人たちなの?」と極は眉を下げて嘆いた。
「化けてからの方がいいようだね」という幻影の言葉に、「そのあとに交渉するよ…」と極は大いに眉を下げて言った。
極に振られた三人は、ここは琵琶家の一員として生活を始めた。
三人にとって修羅場でしかない生活だったが、食事をするたびに琵琶家での生活が楽しくなっていた。
「…ふふふ、さすが春菜姫じゃ…」と信長は手放しで喜んだ。
春菜からの連絡は毎日あるが、追加の人員はない。
数日後には雇われた三人とも、琵琶家の一員として雄々しくなっていた。
そして満を持して極が三人をスカウトしたが、なんと丁重に断られてしまったのだ。
信長は、『してやったり!』という満面の笑みを浮かべて上機嫌だった。
「…世間は甘くなかった…」と極は大いに嘆いて帰って行った。
すると、定時連絡のような春菜の連絡が途絶えた。
「…候補が見つかったようですぅー…」という咲笑の報告に、誰もが我がことのように喜んだ。
喜んだついでに、琵琶家一同は宇宙の旅に出て、さらに経験を積んだ。
信長を筆頭に誰もが大いに働いたので、誰もが素晴らしい笑みを浮かべて砂浜の村に戻った。
すると悪魔ベサーニが自分自身を琵琶家に売り込んできたのだ。
「…我が家に必要とは思わんが?」という信長の言葉に、ベサーニは撃沈した。
その理由を幻影が滾々と語ると、ベサーニはわなわなと震えて、「幻影君のうんこたれぇ―――っ!」と悪態をついて走って行った。
「…戦場では何回かはあるが…」という幻影の言葉に、誰もが大いに眉を下げていた。
「ま、あれでは抱えるわけにはいかんな」と信長は淡々と言った。
すると春菜の宇宙船が村の上空に姿を見せてゆっくりと降りてきた。
宇宙船から姿を見せたのは三名で、ひとりは雄々しき獣人だった。
後から春菜が下りてきたのだが、最後のひとりは春菜の影に隠れるようにして歩いている。
「…悪いヤツではない…
…いや、いいやつじゃが、
ファイガに輪をかけて大人し過ぎるヤツのようじゃな…」
「今の好みが、頼りなげな感情を持つ者なのでしょう。
そしてその指導をするつもりもないようです」
幻影の言葉に、「…傍観を決め込むか…」と信長は言った。
獣人は大いに声を荒げて挨拶をして、ドン・メッサムと名乗った。
まさに雄々しき獅子の獣人に、誰もが大いに期待した。
そして頼りなげな少年に見える男性は、極力声を張って、トミー・ガンフォースと名乗った。
頼りなげなのだがトミーとドンは友人で、戦場を駆け抜けた戦友でもあることに、誰もが大いに驚いていた。
「なるほどな、そういった能力に長けておるのか」と信長が言うと、「トミーには何度も助けられました!」とドンが声を張って言った。
「何も変える必要はない。
自分の家だと思って日々を過ごせよ」
信長の言葉に、「…よかったぁー…」とドンもトミーも眉を下げて気弱そうに言ったので、「正体は似た者同士じゃった!」と信長は陽気に叫んでふたりを家族として接した。
春菜の旅はもう終わりということなのか、琵琶家とともに再び生活を始めた。
しかしせっかく見つけてきたトミーと、逢引のひとつもしないのだ。
トミーの方も、琵琶家の一員としての生活を何とか維持しようとただただ前を向いて頑張っている。
もちろん誰もが怪訝に思うが、全く接触がないわけではない。
そしてトミーに春菜以外の女性が近づいても、春菜は何も言わないし、トミーはごく自然に接する。
怪訝に思った信長が幻影をつついて聞かせようとした時、「何か事情があるのではないかと」という幻影の言葉に、「…悪のようなめんどくさそうな願掛け…」と信長が眉を下げて言った。
「それもあるのですが、
トミーのことを伴侶候補と言っていないと思うのです」
「あっ」と信長は言って、「…聞いておらん… …勝手にわしらが思い込んだだけ…」とうなった。
「ですので、見つけたのですがここにはいなくて、
自力でここまでやってくるとか考えてみたのです」
「…ありそうな話じゃ…」
「それに聞かれないので何も言わないだけと思うのです」
「うう… まあ、報告義務はないな…
個人的なことでしかないし…
ワシとしては、帰って来てくれていたらそれでよいし」
「相手は竜か神獣でしょう」
幻影の言葉に、「…自力で飛んでくる、か…」と信長は大いに眉を下げて言った。
「もしも竜などでしたら、
マリーン様には事情を説明しているかもしれません。
騒ぎの元にもなりそうですから」
「じゃとすれば、ワシらにも説明があってもよさそうなのじゃがな…」
信長は怒ることなく、謎解きをするように考え込んだ。
「言いたいけど言えない…
誰かにとんでもなくよく似ている…
など…」
「…おう… ない話ではないな…
おい、幻之丞」
信長が呼ぶと、「情報引き出し禁止となっております」と幻之丞は姿を現さずに報告した。
「隠したいことはよくわかった」と信長は言って何度もうなづいた。
「もしくは、もう潜入していて、
私たちがいつ気づくかと監視をしている、など…」
「侵入してくるとすればまだ先じゃろうて」と信長は確信して言った。
「もっとも、幻之丞に調べさせたことで、
春菜様は説明せざるを得ないと思います」
「…ま、眉を下げてやって来ような…」という信長も眉を下げて言った。
「色々と考えましたが、
お相手が今すぐには姿を見せられない理由があるのかもしれません」
幻影の少し真剣な言葉に信長は一瞬目を見開いて、「…どこで出会ったというのか…」とつぶやいた。
「桜良様の売り込みです」
幻影の言葉に、信長は腹を抱えて笑った。
「すべての事情を知った春菜様は、
話しても構わないと言われても話しづらいのかもしれません。
どう考えてもこの短期間で劇的な変化はないと思いますので。
ですが、春菜様には未来が見えたのかもしれません。
しかも、今の春菜様のお好みの、まさに頼りない…」
幻影の言葉に、信長は膝を打って大いに笑った。
「さらには、静香様との兼ね合いもあります」
「…うう… それは切実…」と信長は真剣な目をして言ってから、「…さらに話しづらいということか…」と信長は言って何度もうなづいた。
「しかし、静香様はあいつを無碍にあしらいましたから。
ここは静香様は何も言わずに傍観するべきでしょう。
もしくは春菜様はまずは静香様にお話しされるかもしれません。
そのあとに、眉を下げてここに来られるかもしれません」
信長は視線だけを廊下に向けて、「…きおった…」とつぶやいた。
「…失礼いたしますぅー…」とまさにわかりやすい口調で、閉まっている障子の外から春菜の声が聞こえると、信長は抱腹絶倒してから、「入るがよい!」と叫んだ。
幻影が障子を開けると、大いに眉を下げている春菜が座っていて、素早く頭を下げた。
「近こう寄れ」という信長の言葉に、春菜は礼儀を重んじて素早く信長の前に座った。
幻影は障子を閉めて、信長に顔を向けた。
「…もうお察しかもしれませんが、全てお話しますぅー…」と春菜は言って、まずはトミーの話から始めた。
トミーはフリージアに渡りたいといつも願っていた。
するとある日、天使の夢見に誘われていて、ここで桜良と出会った。
桜良はトミーの資質を見抜いて、「すぐにでも、もっとすごいところからお声がかかるよ!」と陽気な預言者のように言った。
トミーはそれを信じて、その翌日に戦場で春菜と出会ったのだ。
この宇宙にいれば、もちろんサルサロス星のことは誰でも知っている。
トミーはできればタルタロス軍に入りたかったのだが、まずは順番にと雇ってもらえる可能性が高いロストソウル軍を希望していたのだ。
そこからのし上がって、ゆくゆくはサルサロス星にと考えていた、向上心が高い少年だ。
春菜は、戦場にいる兵士たちの武器をすべて破壊して、この地を安全地帯にしてから、お互いの身の上話をしたのだ。
そして夢見で、「松崎桜良さんに会った」というトミーの言葉を聞いて桜良に念話を送ると、桜良はレスターとともに精神間転送で飛んできた。
そこで桜良は今持っている切り札の、徳川秀忠について話を始めたのだ。
情報を聞いただけでも、春菜は大いに乗り気になっていて、桜良とレスター、トミーと戦友のドンを宇宙船に乗せて、フリージア星に飛んだ。
「…秀忠さんは、今は幻影様に会いたくないと、拒否されたのです…」
春菜は寂しそうな顔をして言って、すぐに眉を下げた。
「…食堂の配膳係でもやってたの?」と幻影が聞くと、「…厨房のお皿洗いでした…」と春菜が幸せそうに言うと、幻影は笑うに笑えなくなっていたが、信長は後ろを向いて笑っていた。
「だけど、あの食堂は普通じゃない。
皿洗いでもかなり厳しいと思う」
「ひとならざる速度でお皿を洗ってましたぁー…」と春菜は言って、さらに幸せそうな顔をした。
「食器洗いの機械よりも手で洗った方が早いか…」と笑い終えた信長はしみじみと言った。
「あちらの厨房も、まさに戦場だと思います」
「フィルちゃんが厳しいので、
修行としては中盤だと思います」
春菜の言葉に、「ああ、ペガサスの人だね」と幻影が言うと、春菜は同意した。
「…ですが…」と春菜は言って憂鬱そうな顔をしてうなだれた。
幻影と信長は顔を見合わせて、春菜が語るのを待った。
「…私、また振られてしまったのです…」と春菜は大いに嘆いた。
しかし今の感情は、その瞬間の出来事に対してのものだと、幻影と信長は素早く悟った。
「すると、あの穏やかな桜良さんが、
目くじらを立てて怒ってくださったのです!
だからあんたはダメなのよ!
…って…」
春菜は言って、大いにホホを赤らめていた。
「…まあ、大成したとしても、その自信のなさはいただけないね…」
幻影の言葉に、信長も春菜も同意した。
「それに、桜良さんはこうも言ったのです。
あの幻影君があんたがいくら位が高くても、
付き合い続けたはずはないのよ!
…って…」
「…ああ… 俺としても何度も接触をやめようかって考えたさ…」
幻影は嘆くように言った。
「接触せずとも、付き合う方法はいくらでもあったからな」と信長は言うと、幻影は大いに考え込んだ。
「…そうだ…
俺はなぜ、それを考えなかったんだ…」
幻影は嘆くようにつぶやいた。
すると春菜は幻影とはほぼ逆の感情をもって大いに喜んでいた。
「幻影が自覚せずとも、あやつといて楽しかったからじゃ」
信長の言葉に、「…それは大いにあったかと…」と幻影はすぐさま同意して頭を下げた。
「まあ、できの悪い弟、といったところじゃろうて」
信長の言葉に、「…前世に、記憶に残る接触でも…」と幻影は言って、咲笑とともに思い当たる節を探った。
「…見つけました…」と幻影が言うと、咲笑はその映像の短縮版を映像として出した。
「…これほどに前か?!」と信長は叫んで、映像を見入った。
もちろん、春菜は大いに感動しながら映像を見入っている。
この映像に音声は必要ない。
幻影も秀忠もそしてもうひとり、後水尾も動物だったからだ。
「…ここでも生意気なヤツ…」と幻影は後水尾だった栗鼠の映像に向けて悪態をついた。
秀忠は兎で、鼫の幻影に、懇願の目を向けるばかりだ。
「神がむき出しの魂ではなく肉体を持ち始めてすぐの頃です。
我らは、星が崩壊する直前までここにいて、
別の星に向かって何度も旅をしたものです。
付き合いとしては数千億年ほどだったはずです」
幻影は懐かしそうな顔をして、映像を見入っている。
「まさに、魂の絆と言わんばかりじゃな」と信長は薄笑みを浮かべて何度もうなづいている。
「…ここまでは、知らなかったぁー…」と春菜は大いに感動して言った。
「…他人であっても、兄弟を欲する所以でしょう…」と幻影は笑みを浮かべて言った。
「ま、色々と弊害はあろうが、
精神修行とすればよい」
信長の言葉に、「御意」と幻影は言って素早く頭を下げた。
「これが、すっごく感動的ですぅー…」と咲笑は泣きながらも映像を流した。
全ての見通しがよくなったところで、幻影は一冊の絵本を描いた。
天使たちは大いに気に入ったようで、涙を流しながらも笑みを浮かべて何度も読む。
阿国は天使たちを温かい目で見ていて、天使たちの頭をやさしくなでた。
この件が公になるにはそれほど時間がかかることはなく、まずは春之介と優夏が眉を下げて安土城にやってきた。
春之介が幻影に登城の事情を告げると、「…そういう落とし穴があるわけなんですね…」と幻影は大いに眉を下げて嘆いた。
「名誉なことでございます」と阿国はさも当然のように言った。
「じゃ、取りに来いって伝えて欲しい。
あまりにも、天使たちを甘やかせすぎだ」
幻影が少し憤慨して言うと、「あ、一理ある」と春之介はすぐに同意した。
「絵本自体に感動してるの?
それとも、話の内容に感動してるの?」
幻影が乱暴に阿国に聞くと、「…多分両方…」と阿国が眉を下げて答えると、幻影はうなだれた。
「…母上様ぁー…
俺に、一億冊の絵本を描けとおっしゃるのですかぁー…」
幻影が大いにうなると、「色々と考えます!」と真っ先に優夏が叫んで、涙目になっていた。
「…もう、怒るのやめ…」と幻影がつぶやくと、誰もがほっと胸をなでおろした。
「だったら、こういうのはどうだろう」と幻影が短く語ると、「賛成だ!」と真っ先に春之介が笑みを浮かべて叫んだ。
「…はあ… それが一番だと思ってしまいました…」と阿国は言って、幻影に頭を下げた。
「…ほんに、機転の利くやつじゃ…」と信長は言って、幻影の頭をなでた。
ここから先は春之介と優夏が受け持つことになり、咲笑が記憶媒体を渡した。
天使たちは機嫌よく、絵本の実写版を見入り始めた。
幻影の提案は、もちろん、幻影の記憶を絵本通りに映像化することだった。
しかし、主役でもある鼫視線の記憶なので、咲笑が鼫の映像を合成して編集したものだ。
ほぼ、当時の鼫の実体験の映像なので、誰もが納得するはずなのだ。
その証拠に、映像を見入っていた天使たちは笑みを浮かべて号泣して、何度も見返している。
絵本と同じ効果はあると幻影は納得してほっと胸をなでおろした。
記憶媒体は仕事として複写し、さらに仕事として配達を頼むことになった。
その資金の出どころは、万有源一であった白竜の資産を使う。
白竜は天使の長なので、転生した万有源一の世話係である、ペガサス、麒麟、青竜の三大老が同意した。
「…幻影様のさらなる試練だと思っていたのにぃー…」と阿国が残念そうに言うと、「私は天使ではございませんので」と幻影が堂々と言うと、「さもありなん!」と信長は叫んで機嫌よく笑った。
一億という数は、天使の集まり、コロニーが一億あるという意味で、実際天使は全宇宙に十億人いることは、確認を終えている。
そのコロニーに一冊絵本を描いて届けろと言われて、喜んで書く者はまずいない。
白竜であった頃の万有源一は、全宇宙の天使たちの要望を聞き入れて、様々なものを宇宙に向けて発信した。
その真似をしろなどといわれても、普通であれば断わって当然のはずだ。
天使たちが持っている三種の神機は、製造は源一ではないが、源一が雇った天使などによって作り上げられた逸品だ。
天使たちの首には白いチョーカーが巻かれていて、白竜をかたどったペンダントがぶら下がっている。
これは常に白竜を感じられるというもので、天使ではない幻影には全くわからない。
よって、天使認定された阿国も、今はチョーカーをつけている。
さらに天使たちがしている指輪はまさに脅威だ。
天使たちが操る白魔法に反応して、白いオーラの盾が出る。
特に悪魔にとっては最悪のもので、弱い者だと蒸発してしまう。
よって母となった悪魔にとっては脅威なのだが、当然のように天使たちが冗談でも近くで盾を出すことはない。
さらにはかなり目立つペンダントを阿国は首からぶら下げている。
これはコロニーの責任者に与えられるもので、思い描いた好きな場所に飛べる便利なものだ。
思わぬ危機に苛まれた場合、傷つくことなく逃げることが可能だ。
好き勝手に飛ばれても面倒なので、責任者だけが携帯することになっている。
ちなみに、このサルサロス星がある大宇宙は、大宇宙の管理者の認識範囲外なので、天使たちが飛んでくることはない。
さらには、欲や望みなどで飛んでくることは厳しい罰則が待っている。
現在の天使の長は万有源一の弟子のフォーサという白竜が継いでいるので、罰則から逃れることはできない。
幻影は咲笑から聞いて、「…ふーん… 白竜フォーサは兎の獣人なんだ… これ、少々まずいかもな…」と幻影が訝し気に言うと、「何がじゃ?」と信長は口に出してすぐに気づいた。
「フォーサ様には、お相手がいらっしゃいますぅー…」と春菜は眉を下げて言った。
「あ、そうだったんだ。
それは良かった」
幻影はこう言ったが、春菜としては気が気ではなかったようだ。
「ですが…」と咲笑が言って映像を宙に浮かべると、「兎にも変身可能… あのやろー、言いくるめられて仲間になるかもな…」と幻影が言うと、春菜はすでに泣き出しそうになっていた。
フォーサの伴侶はツヨシという神で、桜良の相棒として大いに働いていた。
そしてフォーサと出会って婚姻して、宇宙を旅して、根本の不幸に平和の種を植え付ける仕事をしている。
よってここに、神獣でもある秀忠がいても何も問題はないのだ。
「ずっと逢えないわけじゃないんだから、
それでもいいじゃないか…
これってかなりの善行だし、名誉職だぞ」
幻影の言葉に、春菜はこれ以上は駄々をこねることはなく、うなだれるようにして頭を下げた。
「おい、幻影」と信長は言って、天使たちがいる場所に顎をしゃくった。
幻影がすぐさま振り返ると、「…はは、早かった…」と幻影は言って、天使たちの中央にいてぼう然としている栗鼠を見た。
源利松と名を変えた後水尾が、昔返りを果たしたのだ。
特に期待していたわけではないのだが、こうなることもあるだろうと、幻影は漠然と感じていただけだ。
もちろん、天使たちは三匹の動物の物語の動画を観ていて、久松も興味を持って仲間になっていた。
「おい、久松」と幻影が呼ぶと、栗鼠は幻影を見て、そしてすぐに現実に戻って目を見開いて大いに慌てたので、幻影は大いに笑い転げた。
そして天使たちがすぐさま栗鼠を可愛がりながらも慰め始めた。
「今の逆をやれば元に戻れるさ。
人間の源久松を思い出してみろ」
幻影の言葉に、栗鼠は動きを止め、天使たちが離れた時に、久松に戻った。
「今の栗鼠は、栗鼠の始祖で神獣だ。
修行の時間にでも確認しておいた方がいい。
どのような動きをするのかは、
映像にある通りだ」
「…ああ、今になってようやく理解できた…」と久松は言ってほっと胸をなでおろした。
「…栗鼠の始祖…」と春菜が目を見開いてつぶやくと、「ま、そういうことだ」と幻影が大いに言葉を省略すると、春奈は頭を抱え込み始めた。
「…なるほどな…
白竜フォーサは兎の獣人…
当然のように、ご先祖様を敬うはずで、
できれば側にいて欲しい、か…」
信長の言葉に、「はい、順当だとそうなるでしょう」と幻影が言うと、「…フリージアに、行ってもいいですかぁー…」と春菜が泣きながら訴えると、「ああ、行ってこい」と信長が堂々と許可すると、春菜はこの場から消えた。
「うまくいってよかった」と幻影は笑みを浮かべて言った。
「どれがじゃ?」と信長は言って大いに笑った。
春菜がフィルから飛び出すと、秀忠は黙々と皿洗いの最中だったので、ひとまずはほっと胸をなでおろした。
「慌ててどうしたの?」とフィルが聞くと、春菜はかいつまんで説明をすると、「…大いにあるわね…」というフィルの言葉に、春菜はまた落ち込んだ。
「…白竜フィルと戦わなくては…」と春菜が決意の眼をして言うと、「あら? どっちが勝つのかしら?」とフィルはお気楽に答えた。
「…その前に、私の恋心をさらに何とか伝えないと…」
「…そうね、その方が平和だわ…」とフィルは笑みを浮かべて言った。
「秀忠さん、休憩よ」とフィルが澄んだ声で言うと、「はい」と秀忠は少し低い声で答えてから、手に取っていた皿を棚に丁寧に立てかけて手拭いで手を拭いた。
「…あら、琵琶家の手拭い…」と春菜が目ざとく琵琶家の家紋を見つけると、秀忠は恥ずかしそうにして手拭いを懐に入れた。
「それが、秀忠さんの望みなのね」と春菜が聞くと、「はい、なんとしてでも、琵琶家の一員となりたいのです」と秀忠は真剣な目をして言った。
「私と結婚すれば、すぐに行けるわよ?」と春菜が言うと、秀忠は笑みを浮かべた。
「いいお話をありがとうございます」と言って頭を下げてから、「休憩に行ってまいります」と秀忠はフィルに行って外に出て行った。
「…おかしわね… まるで人が変わったよう…」とフィルが言うと、春菜は厨房を飛び出して、まるでストーカーのようにあとをつけた。
もしも見つかれば嫌われるかもしれないと思った春菜は大いに距離を取って、能力を使って視力の精度を上げた。
秀忠は厨房を出て美術館に向かっていたが、すぐに左の道に行って、大きな屋敷のわき道を歩いて行った。
春菜は距離を取ったまま、屋敷の屋根の上に軽やかに飛んで身を伏せた。
そして秀忠は大人の膝程度の草原に出た途端に消えた。
「えっ?」とついつい声を出してしまったのですぐに口を押えて、視線で草をかき分けるようにして子細に探ると、白い兎が見え隠れしていた。
―― 映像にあった、白兎だぁー… ―― と春菜は思って感動していた。
そして兎はおやつなのか人参を食べている。
―― 兎の能力能力… ―― と春菜は映像を子細に思い出していた。
兎は一本の人参を食べ終わると少しだけ走ってから二本足で立ち上がって辺りを見回した。
春菜はさらに身を低くして見入っている。
兎は人間の大きさまで成長して、草の上を飛んでいる。
―― 自力で琵琶家に… ―― と春菜は思って大いに感動していた。
すると、食堂の方から大きな威厳が降りてきたことを春菜が確認すると、巨大化した兎は元の姿に戻ってから、秀忠に戻った。
そして映像にあった兎のように、大いに困った眼をしている。
―― 見つからないために修行中断… ―― と春菜は思って、秀忠の動きだけに注目した。
秀忠は屋敷に隣接している畑から人参を四本ほど抜いて洗ってから、食堂に向かって走って行った。
―― あの威厳は、白竜フォーサ… ―― と春菜は察して、大回りをしてロストソウル軍のビルの近くに降りて、食堂に向かって歩いて行った。
まだ随分と距離はあるので、兎の獣人に変身したフォーサの動向だけを見ている。
すると秀忠が何か言ってから人参を差し出すと、フォーサは笑みを浮かべて受け取って、無心で食べ始めた。
その隣には、兎の獣人のツヨシもいて、全く同じようにして人参を食べている姿に、春菜は声を殺して笑った。
秀忠の休憩は終わりのようで、厨房に入って皿洗いの仕事を再開していた。
春菜はごく自然に歩いて、わんさかといる天使たちと朗らかにあいさつをした。
そしてフォーサたちを見て、ここでは声を上げて笑った。
「春菜お姉ちゃんも、この映像知ってるの?」とひとりの幼児姿の天使が聞くと、「…誰がお姉ちゃんよ…」と春菜は眉を下げて言った。
声をかけた天使は魂徒羅という元仏で、春菜よりも随分と年上だ。
この魂徒羅が、魔王イカロスのパートナーだ。
「あら、イカロス君もいたのね…」と魂徒羅の隣にいた、幼児姿の魔王イカロスを見た。
「フォーサ様は気付いてるよ」とイカロスが言うと、「どの件かしら?」と春菜はとぼけて言った。
「…こしゃくな、だって…」と魂徒羅は大いに眉を下げて言った。
「うふふ… 同格として扱ってもらってうれしいわ。
でもね、この先は秀忠さんが自分で決めるの。
彼の芯が強いことはよくわかったから。
…だからね、その邪魔をするのなら…
フォーサですら倒す!」
春菜の決意を込めた言葉に、天使たちは泣きそうになっていたが、イカロスだけは拍手をしていた。
「あら? さすが魔王様だわ」と春菜が笑みを浮かべて言うと、「…あっちの魔王様、すごいよなぁー…」とイカロスは大いにうらやまし気に言ってうなだれた。
「あんたもそろそろ行動を起こしたら?」と春菜が意味ありげに言うと、「…さぼり過ぎてたかなぁー…」と言って、決意の眼を遠くに向けた。
「だけど…」と春菜は言って、歩いてきたロストソウル軍の建物を見て、「ここでやることはなさそうだわ」と言った。
「…僕がやらなきゃいけなかったのかもって、
どうしても思っちゃう…」
イカロスは言ってうなだれた。
「簡単な術のように見えて誰にも真似できない。
きっとね、悪すら吹っ飛ばしちゃうって思ったわ。
あんたも色々と術の見直しをした方がいいんじゃないの?
それに信長様は、術の組み換えもされていたそうよ」
「…え?」と魔王は目を見開いて言ってから、「煌極様と松崎拓生様、万有源一様以外は、そんな人知らない…」と言ってからまたうなだれた。
「…あんたも、転生しなきゃ成長しない組のようだわ…」と春菜は言って、厨房に向かって歩いて行った。
春菜は入り口に立って、素早く室内を見回してから、手を出せる場所を素早くすっきりさせた。
そして秀忠の横に立って、鼻歌交じりに洗い物をのんびりと始めた。
「…ああ、楽しいわぁー…」と春菜は心から楽しそうに言った。
「…我の…
僕の何がそんなにいいのさ…」
秀忠の言葉に、「気に入っちゃったんだもの、仕方ないじゃない」と春菜は心の底からそういった。
「…そんなの、一時の気の迷いさ…」と秀忠は自分を卑下して言った。
「今の幻影様だったら、
そんな後ろ向きに考えをすると一喝が飛んでくるわよ。
この前は別件ですっごく怒って、
その場にいる全員を泣かせたほどだったもの。
幻影様だって変わっていくの。
秀忠さんだって変わっていって当然だわ」
「…そんな彼… それほど知らない…」と嘆くように言ったが、顔は笑みだった。
「例の話題の映像の件よ。
本当は絵本を一億冊描くはずだったのよ」
春菜の言葉に、秀忠は目を見開いて、「…ひどい…」と秀忠は言って、皿を持つ手が震えていた。
「落とすわよ、気をつけなきゃ」と春菜がやさしく言うと、秀忠はすぐに気づいて、素早い処理を再開した。
「基本は今のように優しく言って、
誰もをやる気にさせるの。
今の琵琶家のお食事は、毎日がお祝い事のお料理のようよ」
春菜の魅力的な言葉も秀忠は糧にした。
「だけど、近いうちにひとり旅に出られるそうよ。
たくさん調べることができたみたいだから。
影たちを使わないことは本当にすごいわ。
その旅も修行のようなものだから。
秀忠さんもこことは別の、
人の多い星を巡るひとり旅をお勧めしておくわ。
私も秀忠さんを見つけるまで、ひとり旅の途中だったの。
この前一緒に来た人たちは、
琵琶家に必要な人と思って雇った人たちよ。
その前に三人雇ってもらって、
随分とほめていただいたわ」
「そこまでは難しいけど、僕も頑張る」と秀忠は言って手の速度を数段上げた。
春菜は最後の一枚と決めて、眉を下げて皿を棚に立てかけた。
そして寂しさの感情を流して、「…それじゃ、またね…」と言って秀忠から離れてその後姿を見ながらも、フィルに挨拶をしてから消えた。
「…ああ、キュンキュンするわぁー…」とフィルは陽気に言って、「秀忠さんは幸せ者だわ!」と叫んだ。
秀忠は生まれて初めて、赤面して大いに照れた。
もちろん琵琶家に行けば様々な杞憂が待っている。
春菜も知っていての行動だろうと秀忠は感じた。
まずは身についている謝ることを修行にしようと思いながら、明るい未来を目指すようにして、無心で皿を洗った。
春菜は安土城に戻って信長に帰還の挨拶をしてすべての報告をしてから、部屋の隅にいて子供たちを見ている静香に近づいた。
「秀忠さんに会ってきたわ」と春菜が言うと、「竹松の父親というだけで、何の関わりもありませんから」と静香は穏やかに言った。
「そう」と春菜が言ってすぐに、現在の秀忠の映像が流れると、静香は目を見開いた。
頼りなさそうなところは今まで通りだが、兎になって空を飛んだことに衝撃を受けたようだ。
そして皿洗いという下賤の仕事にも快く従事していることにも目を見開いた。
そして春奈との会話もすべて聞かせて、映像は終わった。
「随分と感情が変わったわ」という春菜の言葉に、静香は何も言えなかった。
静香に見る目がなかったと諦めるしかなかったのだ。
「秀忠さんだって、今頃は色々と考えているはずよ。
私はその結果を聞いて判断するだけだわ」
「…それほどに、好きなのね…」と静香が穏やかに言うと、「ええ、大好きよ」と春菜は笑みを浮かべて言って、純な涙を流した。
―― 私には無理… ―― と静香は思って、春菜に頭を下げた。
「…むむ…
女子にも、女子の涙が通用したか…」
信長は小声でうなると、「茶化すものではありません」と濃姫に戒められた。
「あー… 早く来ないかなぁー…」と幻影は大いに陽気になって言った。
「桜良殿を呼ぶだけで、ここに来たも同然じゃが?」
信長の言葉に幻影はバツが悪そうな顔をして、「それをしないことを秀忠が望んでいるようなのです。まさに這ってでもここに来ようという気概を感じられます」と幻影が言った。
「…まどろっこしいが…
ま、本人の意志を貫かせることは、
この先も重要となるじゃろうからな」
「御意」と幻影は満面の笑みを浮かべて頭を下げた。
この時幻影は家光に念話を送って、秀忠をようやく確認したが、そちらには戻らないだろうと告げた。
だがもし、琵琶家の一員となれば顔を出させると確約して、家光に快い返答をもらって念話を切った。
商店街道に新たな美術館が三軒出来上がった。
店子である芸術家たちは大いに喜んで、たくさんの作品で館内を埋め尽くした。
入館料は琵琶高願美術館と同じで、お布施形式をとった。
とりあえずは、美術館の賃貸料を払えれば何も問題がないほどのカネ持ちなので、まさに良心的だ。
認められた者しか城下町に踏み込めないことで、さらに安心感を得ている。
純粋な気持ちで見てもらい、純粋な評価を三人は期待していた。
特に純粋な者は穏やかな表現で褒め、穏やかな表現で批判するので、素直に従いやすいという、三人の共通した意見だ。
「好みの問題もありますからね。
もちろん私の美術館のアンケートを取っているのですが、
少数派の個人的な意見が多くみられるのです。
それを精査して、全ての人たちに納得していただけるように
近づける必要がありますからね。
私の認識不足だったことも、きっとこの先あるでしょうから」
「ですが、高願様は抽象画がほとんどですから、
それほどに意見があるとは思えないのですが…」
彫刻家の言葉に、「そのお答えは私の想いなのです」と幻影は少し眉を下げて言った。
幻影は美術館に誘って、その絵を指さした。
中央には子供たちが満面の笑みを浮かべていて、大人たちの姿が見切れているものだ。
「…いや、まさに素晴らしいとしか…」と画家が言うと、「子供の視線になってみてください」と幻影が言ってしゃがむと、「あっ!」とまずは彫金師が叫んだ。
「…違う絵になった…」と彫金師はうなったが、ほかのふたりは首をひねっているだけだ。
「率直なご感想をどうぞ」と幻影が彫金師に言うと、「朗らかな子供たちを狙う悪い大人たち」と答えると、幻影は大いに笑った。
「そうです、そう見えなくもないのです。
ですので、展示の高さも重要なのですよ。
さらにはどれほど均等に光を当てるかにもかかっています。
私は子供たちに集中するあまりに、中央を明るく描き過ぎていたのです。
よって、大人たちには暗い影が落ちているように見えてしまうのです。
彫金や油絵はその工夫が大切だと思ってしまいますね」
幻影は言ってから立ち上がって、「ですので子供の視線の絵本の展示には、大人からの苦情以外は何もありません」と幻影は言ってまた子供の視線になって絵本の一ページを見た。
「…大人だと、立っていると遠近感の影響で見づらい…
…子供の視線になって観ればいいだけじゃないか…」
画家が苦情をつぶやくと、「大人用にも何か有効的なことを考えることにしました」と幻影が朗らかに言うと、三人は一斉に頭を下げた。
「この苦情があることはもちろんわかっていました。
きっとほとんどが単身か大人の集まりで見に来られた方々でしょうね」
「苦情を書いてごめんなさい!」といつの間にか館内にいた妙齢の女性が頭を下げていた。
「よう、あんた」と画家がすぐに声を上げた。
女性は頭を下げたまま、幻影に名刺を差し出した。
「ああ、美術鑑定士の方…」と幻影はお決まり通り、頭を下げて自己紹介をした。
「…売買も携わっていますー…」
もちろん宣伝も忘れていない。
「公表している通り、一切売ることはありませんから。
私の本職であれば、それは生きる糧なので、
売らなければ生きて行けませんけどね。
では、さらに私を知っていただくために」
幻影の言葉に、咲笑が真田信繁の絵の画像を宙に浮かべた。
「おうっ!」と画家たちは大いに叫んで、映像を見上げた。
幻影は笑みを浮かべて三人を見ていた。
一行に動く気配がないが、鑑定士のコットン・ピップが強制的に夢から覚めるようにして体をねじって幻影を見て、「…売ってぇー…」とまるで幽霊のように言った。
「…なかなか怖いですね…」と幻影が眉を下げて言うと、コットンは居住まいを正して、頭を下げて、「どうかお売りください!」と叫んだ。
「じゃ、この星の現金全部で」という幻影の言葉に、「…売る気はない…」とコットンは言ってうなだれた。
「カネにはそれほど執着はないのです。
働けばいくらでも手入ります。
私を動かすのは志でしかないでしょうが、
私が売らないという主張を尊重されるはずですから、
この絵は常に私だけのものであることには変わりはないのです」
「…映像でこの素晴らしさなのにぃー…」とコットンはまた映像を見上げて固まった。
「うっ! そうだ! これは映像だ!」と画家は叫んでからまた映像を見入って固まった。
「映像は映像でも、3D映像ー…」と咲笑が言うと、幻影は笑みを浮かべて頭をなでた。
「感受性の強い子供たちが怯えたから消してくれ」
幻影の言葉に、「終わり終わり!」と咲笑が叫んで映像を消した。
幻影はすぐさま三人を外に誘った。
「…今の映像、くださいぃ―…」とコットンがまたうなったので、「値段は同じ」と幻影が言うと、コットンは大いにうなだれた。
咲笑が写真を幻影に差し出すと、「あ、これなら差し上げますが?」と幻影が言うとコットンはひったくってから見入って、しばらくしてから、「…ありがとうございますぅー…」とうなって、写真を見ながら街道を歩いて行った。
「相当な入れ込みようだな…
今までで一番だ…」
「すっごく有名な人で、
あらさがしの名人なんだって!」
咲笑の陽気な言葉に、幻影は逆の感情の顔になって、「…下手なものは描けなくなったな…」とつぶやいた。
「なんでえ、コットンと知り合いかい?」とジャックがフランクとともに歩いてやってきた。
「…ふーん…」と幻影は言って、咲笑に手を出した。
咲笑は幻影に写真を渡すと、幻影はジャックに写真を突き付けた。
「…あまり欲しくねえが…」とジャックは大いに苦笑いを浮かべて、修行のために受け取った。
「コットンさんはこの絵に恋をしたと言っていいかな?」
幻影の言葉に、「やめてくれ!」とジャックは叫んだが、「あ、今は真田信繁じゃねえけど、微妙だ…」と言って少しうなだれた。
「どういう知り合いなの?」
「まだ人間だった時の学友…
まずは絵本、漫画から始まって、絵のこと全般に大いに詳しくなっていた。
ま、当時想像した彼女のままに成長したって感じ?」
「じゃあ、まだ若いんだ…」と幻影が目を見開いて言うと、「俺と同い年だから十九だ」とジャックは言った。
「…絵に取り憑かれて老けたって感じ…」という幻影の嘆きに、ジャックは、「そうそう!」と叫んで大いに笑った。
「健康面は?」と幻影が聞くと、「ちょっとだけ、栄養不足、かなぁー…」と咲笑は言って、小首をかしげた。
「…食事すら忘れて絵を見入るってところか…」と幻影は言って術を使って写真を取り戻していた。
ジャックは何度もうなづいて、「…今度こそ危うかったかもな…」とジャックは眉を下げて言った。
そして大いに慌てふためいて絶叫しているコットンを幻影が術で引き寄せた。
そして咲笑が滾々と説教をすると、コットンは大いに眉を下げて咲笑に謝りまくっている。
「体調が悪くなると、その眼力も危うくなるぜ」と幻影は言ってコットンに写真を返した。
コットンは見入りたいのだが、ここは心を鬼にして鞄に丁寧に仕舞い込んだ。
そしてコットンは幻影と咲笑に丁寧に礼を言ってから踵を返して歩いて行った。
「…ふーん…」と幻影は言って、大いに苦笑いを浮かべているジャックを見ると、「能力者の資質ゼロだな」とジャックは鼻で笑いながら言った。
「まあ、一芸に秀でた常識外れの人間と言ったところだね。
仲間だったらよかったんだが、本当に残念だった」
ジャックは何度もうなづいて、「能力力の場合は多芸に秀でているやつが多いからな」と幻影の言葉に肯定するように言った。
「特に記憶力はつぶしが効くからな。
能力者じゃなくても、様々な職に就ける。
タルタロス軍は、獣人以外はそこに長けたやつらばかりだ」
「我が琵琶家はその中間かなぁー…
武術に対してだけ記憶力が大いに働くと言っていい。
自由時間を設けているんだけど、
趣味に勤しんでいるのはお子様たちだけだ」
ジャックは幻影を見て、「おまえの代わりがなかなか現れないと言ったところか… いや…」と言ってジャックが苦笑いを浮かべると、「しばらくすれば、火竜ファイガが俺の代わりを務める」と幻影が言うと、「…ほんと、ついてるよなぁー…」とジャックは言って、幻影の幸運を大いにうらやましく思った。
「…あなた、きちんと説明していただけるのでしょうね?」と嫉妬深い妻のように蘭丸が幻影に詰め寄ったので、すぐさま咲笑が映像を流し始めたので、誰もが大いに苦笑いを浮かべていた。
「わずかながらに騒がしいと思っておった件か」と信長は言って動画を見上げた。
「あなた、私にも写真をください」と蘭丸が真剣な目をして言うと、幻影はうなづいた。
咲笑は欲している者全員に写真を配ると、誰もが見入って眉をしかめてから懐に仕舞い込んだ。
「いや、気合が入ってよい」と信長は機嫌よく言って、写真を懐に収めた。
「こういうのもありますぅー…」と咲笑が眉を下げて言って信長に写真を渡すと、「…委縮しそうだから逆効果じゃ…」と信長は言って幻影が怒っている時の写真を返した。
「修行修行!」と咲笑は言って、家人全員に写真を配ってから、見極めてから回収した。
手元に残したのは、弁慶、源次、政江、信幻、それに蘭丸の五人だけだった。
「…怖くも何ともねえ!」と蘭丸がいきなり虚勢を張り始めたので、「…怖いんじゃないか…」と幻影が眉を下げて言うと、「…いいえ、ちっとも怖くなんてありませんわ…」と号泣しながら答えた。
「一億冊程度の絵本くらい、
ちゃちゃっと描いて差し上げてください」
蘭丸が涼しい顔をして言うと、「まあ、いずれは、そういったことも修行にするさ」と幻影は笑みを浮かべて言った。
「今はその時ではないだけじゃ!
あまり無理強いしてやるな」
信長の言葉に、蘭丸はすぐさま頭を下げた。
夕餉の席で、「おっ! これはっ!」と信長が叫ぶと、「はい、ご存じの通りてっぽうでございます」とハイネは笑みを浮かべて言った。
「…歯ごたえ、すっごぉーい…」と長春は満面の笑みを浮かべて言って、大口を開けて大いに食らった。
「刺しもいいが、やはり叩きだ!」と信長はいって、厚い河豚の身を大いに食らった。
締めは当然のように河豚雑炊で、誰もが笑みを浮かべて茶碗の飯をかき込んだ。
最後の最後には白子まで出てきて、大いに河豚を堪能して、お茶の時間になった。
「香りは蟹じゃが、河豚はやはり上品なうまさじゃな」と信長の機嫌はすこぶるいい。
「どこの世界でも毒処理がございますので、
同じようにお高いものとなっております」
ハイネの言葉に、「重いわ!」と阿国が懐を押さえて叫ぶと、誰もが笑った。
「カネを大いに食らったのと同じか…
まさに最高の贅沢じゃ」
信長は機嫌よく言って、ハイネの頭をなでた。
「海辺の村でも多少水揚げがあったようで、
河豚以外の贅沢な夕餉となっているそうです。
河豚はすべて法源院屋に売って、
こちらの河豚と合わせて切り身にして、
調理費を法源院屋に請求したので、
少々贅沢な売値になってしまいましたが、
完売したそうです」
「ま、そういうこともこの先もあろうて。
烏賊の件もあるからな。
…言った先から食いたくなってきたな…」
ハイネはすぐさま膳を用意して、烏賊の干しもの五種に徳利と猪口を添えて持ってきた。
もちろん、別口で、大皿に乗せた珍味を部屋の中央にある大きな膳に置いた。
まさに琵琶家は食いしん坊しかいなかった。
「食べながらのお人形遊びはダメよ」と春菜がやさしく叱ると、「はぁーい…」と桃源は眉を下げて答えて、するめを食べるか人形で遊ぶか、どちらを選ぼうかと大いに悩んだ。
「食いたいほどうまそうだからなぁー…」と蘭丸は言って、柔らかくて赤い西洋履きを指でつまんだ。
「あっ」と阿利渚があることに気付いて、なぜだか幻影に耳打ちをした。
「面白いが却下。
理由は食べられない方を口にするはずだから」
幻影の言葉に、「…だよねぇー…」と阿利渚は答えて大いにうなだれた。
「なんじゃ、そのような菓子を作ろうとでも?」
信長の言葉に、「着せ替え人形の販売を始めたことで、もともとあった菓子の販売を中止にしたのです」と幻影は言って試作品を信長の善の上に並べた。
「…そうじゃな、ダメじゃな…」と信長は言って、動物茱萸を口に入れて、「おう、なかなか堅いが弾力があり甘くてうまいのぉ」と信長が言って何度もうなづくと、桃源はおもちゃを手早く片付けて、忠犬のように信長の前に座った。
「大人の前でしか食べちゃダメ、とかに決めておかないとな…
まあ、我が家の分だけとかも考えたけど、
阿利渚たちが黙っているわけがない…」
幻影が大いに嘆くと、阿利渚たちは一斉に眉を下げて幻影を見た。
「それに、苦情を言われるのは作った俺たちなんだ。
もしもおもちゃの方をのどに詰まらせて万が一のことでもあれば責任問題だ。
これは弱い立場の製造や販売の側に戻ってくることがほとんどなんだよ。
その度に安全対策などというが、
きちんと示しているのに親は無視して子に与える。
そういう複雑な理由があるから、
茱萸の製造は断念したんだよ」
「そうじゃな。
いかんともしがたい大問題じゃ」
信長も同意したことで、子供たちは一斉にうなだれた。
「さらには阿利渚たちよりも小さな幼児の場合、
茱萸の代わりに、わかっていておもちゃをかじることもあるはずだ。
茱萸を買えという欲求だな。
わかっていないようで、
わかっているのが幼児の習性のようなものだ」
「…あった、かもぉー…」と阿利渚は言って桃源を見ると、桃源はバツが悪そうな顔をしてうなづいた。
「うちの子供たちの中では桃源が一番小さいからな。
よくわかっていい」
幻影は言って、子供たちを見まわした。
「だから、形にこだわらず、小さな卵のような茱萸にしてみた」
幻影は言って信長の善の上に茱萸を乗せた。
「先ほどのものと比べるとそっけないが、これが普通じゃ」と言って信長は一粒口に運んで、笑みを浮かべ、子供たちにも食べさせた。
「いい案が浮かぶまで、しばらくは作らないことにした。
子供たちにも言いふらしておいてくれ」
幻影の言葉に、「そうきたか!」と信長は大いに叫んで膝を打った。
「少しでもいい案があれば、そのまま採用も改良して採用も考えられますので。
旨いものをみんなにたらふく食べてもらいたいことが、
俺たちの希望ですから」
「おう、そうじゃそうじゃ」と信長は好々爺となって、子供たちに笑みを向けた。
「過保護だけど、確かに大きな問題にはしたくないわね…
特に琵琶家からは…」
春菜がつぶやくと、阿国が真剣な目をして春菜を見た。
「過保護ともいえますが、
このサルサロルには昨年一年間でおもちゃを口に入れてのどに詰まらせ、
三十三名が亡くなっているのです」
阿国は現実的なことを言った。
「問題はここからです。
全く身動きできずに見殺しにした親が七割です。
そしていうことを聞かなかった子供のせいにするのです。
…本当に、平和ではありませんわ…」
阿国は最後は大いに眉を下げ肩を落として言いきった。
「突拍子もない不幸に苛まれた犠牲者じゃな。
子然り、親然り。
そして平和ではなくなってしまう。
戦いでもなく、ただの日常なのに不幸が訪れる。
我らはそれも避けたいのじゃ」
信長の厳しい言葉に春菜は叱られた気分になって、「もうしわけございませんでした」と謝って頭を下げた。
「いいやなんのなんの。
発言できるだけかなりマシじゃ」
信長は言って家族たちを見まわした。
―― やっぱり、私の居場所はここしかない! ―― と春菜はさらにこの琵琶家が好きになっていた。
「…ふむ…」と信長は軽くうなって春菜を見ると、春菜は何か粗相をしたのかと思い大いに緊張した。
「やはり武家向きか?」と信長は言って幻影を見た。
「はい、それはもう!
近代的な生活の中にいて、
まさに武家のような生活をされていたと察します」
幻影が満面の笑みを浮かべて報告すると、「では行くか」と信長は言って立ち上がって、春菜を立たせてから部屋を出た。
―― 何が始まるのぉ―――っ!!! ―― と、春菜は大いに不安になった。
しかしやってきたのは呉服屋で、早速かわいい見立屋が春菜が気に入った着物や帯などを選んで、「このようになりますがいかがでしょうか?!」と言って、小さな人形を春菜に見せた。
―― 特殊能力者?! ―― と神である春菜すらそう思わせるほどに手際がいい。
しかもまだ十才程度どでしかない。
「…こちらで申し分ございませんー…」と春菜もついつい丁寧に返してしまった。
そしてさらに小物や履物などを選んで、早速着替えて、一国一城の素晴らしい姫が現れると、誰もが一斉に頭を下げた。
春菜は鏡を見て、―― 私じゃないぃー… ―― と嘆いたが、ここは信長に懇願の目を向けた。
「ああ、よいぞ。
早めに帰ってくることがお勧めじゃ」
信長の言葉に春菜はすぐに思い当たり、「はい! すぐに!」と叫んで消えた。
「…まさか幻影…」と信長は言って鋭い視線で幻影を見た。
「いえ、お着換えの最中に気付きました」と幻影は言って頭を下げた。
「…ふむ…
どうやら疑い深いのは魔王の体質のようじゃな…」
信長は言って、幻影に頭を下げた。
全てが幻影の手のひらの上などとまた思ってしまったので、信長は大いに反省していた。
すると蘭丸から春菜が飛び出してきた。
「…いろんな人の注目を集めちゃいましたぁー…」と春菜はホホを赤らめて恥ずかしそうに言った。
「首尾はどうじゃった?」
「はい、固まっていたので成功したと思います。
きちんと私の名も告げましたので、
理解はできていたと思います」
「おう、それでよいよい」と信長は言って、濃姫を春菜の隣に立たせ、ここは家族一同で城下町の散策としゃれこんだ。
「…春菜ちゃん、すごいわぁー…
まさにお姫様…」
フィルは目を見開いて言った。
秀忠もまだ夢見心地で春菜のいた場所を見入っている。
もちろん、厨房にいる者と、その近くで見ていた猛者たちも全く動けなくなっていた。
すると、『パンパン』とフィルが二度手を叩くと、誰もが現実に引き戻された。
「さあ、お仕事再開よ!」とフィルは今までで一番素晴らしい声で叫んだ。
―― …お姫様体験したいぃー… ―― とフィルですらうらやましく思っていた。
秀忠は顔を大いに赤らめていた。
そして自分は大馬鹿だとののしりながらも、さらに修行を急ぐことに決めた。
やはり文明文化の開きがあるため、洋装よりも和装の方が大いに反応するのだ。
さらには目の肥えている秀忠は全てが極上のものだとすぐに気づいていた。
まさに姫が城のような存在でしかなかったのだ。
秀忠は今までにかかわった全ての人やものに感謝しながら、黙々と皿を洗った。
すると今回は物見遊山なのか、春之介と優夏が仲良くやってきた。
琵琶家は夕食前のくつろぎの時間で、子供たちは遊び、大人たちは語らっていた。
そしてひときわ目立つ姫様がいたので、春之介も優夏も少し緊張しながらも畳に座って信長の前に座った。
「お知り合いの姫君ですか?」と春之介は少々緊張しながら聞いた。
「おう、そうじゃ。
まさに一国一城の姫じゃ」
信長は本当のことを言ってにやりと笑った。
すると春菜が、「ぷっ!」と噴き出して愉快そうに笑った。
「え―――っ?!」とまず叫んだのは優夏だった。
そして春之介もようやく気付いて、「…仮装行列?」と眉を下げて春菜に聞いた。
「都心の一等地の豪邸が買えるほどよ」と春菜は言って、着物を見せびらかした。
「…あー… いいなぁー…」と優夏は言って、すぐさま春菜に寄り添って、いろんなものを値踏みして回った。
「…億、軽く超えたぁー…」と優夏がうなると、「…興ざめするようなことを言わないで」と春菜に真剣に言われて、優夏はここは丁重に謝った。
「琵琶家の姫として、ずっと生きて行くことに決めたの。
申し訳ないけど姓も変えたから」
春菜は言って春之介に顔を向けて、「織田春菜でございます」と言って三つ指をついて頭を下げた。
春菜は顔を上げて、「なんだか軽くなっちゃったわ!」と心の底から陽気に言って、「お父様の織田信長様です」と紹介すると、「…知ってますぅー…」と春之介が大いに眉を下げて言うと、信長は愉快そうに笑った。
「宴じゃ!」と信長が叫ぶと、いつも通りにごちそうの膳がずらりと並んだ。
「都合よくいけば結婚するから」と春菜が言うと、「ああ、よかったじゃないか」と春之介は笑みを浮かべて言って、とんでもないごちそうに目移りしている。
「あーでも、春君と無関係じゃないなぁー…
今気づいたけど…
だけどね、すごい方の弟様なの!」
陽気な春菜の言葉に、「すごい方の弟って…」と当然のように春之介は弁慶と源次を見たが、すでに相手がいることは知っている。
「ずっと過去のことだから、知らないと思うけど、
春君だったら、ひょっとしたらどこかで出会っていたかもね」
「ああ、幻影さんの鼫とは会っていた」と春之介は言って固まった。
「…兎と栗鼠の神獣もいた…」と春之介は目を見開いて言った。
もちろん、絵本の代わりの映像でも確認していて間違いのない事実だった。
栗鼠の正体は源久松であることは知っていたが、兎の正体はまだわかっていない。
「修行を少しだけ見ることができたの。
なんだが優しいのにすごい威厳があってね。
空を飛べることだけは確認できたわ」
「え? そうなの?」とここは幻影が聞いてきた。
「ええ、だけど、
飛行訓練をしようとした時に、
フォーサとツヨシ君が帰って来てすぐに変身を解いちゃったのよ…」
「…あいつ…
俺と一緒にいた時は飛べなかったのに…」
幻影がうなるように言うと、春菜は腰を浮かして喜んだ。
「離れたからこそじゃ」という信長のひと言に、「…きっと、そうなんでしょうね…」と幻影は眉を下げて言った。
一緒にいたことで甘えていたのだろうと幻影は思って少し笑った。
「それに、あいつを覚醒させたのは御屋形様だと思うのです」と幻影が言うと、「なぜ」と信長は言ってからすぐに、「…たわけの術を聞いておったか…」とうなってから、「よきかなよきかな」と言ってごまかした。
「きっと、ファイガと同じように反応したのでしょう。
やつの場合は大いに真摯になって落ち着いた時にでも
降って湧いて出たと思うのです。
公開されたあの映像が決定打になったのかもしれません。
春菜様から聞いた限りでは、
かなり落ち着いていると感じましたので。
将軍様が皿洗いなど、まず考えられませんでしたから。
それに、嫌そうでもなかったようですし、
それなり以上には奮起していた。
見捨てなくてよかったと、つくづく思います」
「…できれば、選んでもらいたいなぁー…」と春菜はつぶやいて笑みを浮かべた。
「それにね、言葉遣いも指摘されたみたい。
我って言いかけて僕って言ったのよ」
陽気な春菜の会話に、幻影は秀忠との再会が大いに楽しみになっていた。
すると、秀忠の仕掛人の桜良とレスターが眉を下げてやってきた。
しかし話しづらいようで、何かのお願いにやってきたようだ。
「…あの映像だけどね、3Dにしてもらいたいんだけどぉー…」と桜良が大いに眉を下げて言うと、「咲笑ができるはずだけど?」と幻影が言うと、「やったぁ―――っ!」と桜良は大いに陽気に叫んでもろ手を上げて喜んだ。
「実は、天使たちから外に漏れてしまったのです」とレスターが言って幻影に頭を下げた。
「…あー… 人間たちが公開しろと…」と幻影は言って何度もうなづいた。
「お金は払うからぁー…」と桜良は幻影ではなく咲笑に言って拝み始めた。
「報酬は子供たちの入館料で。
子供として認定した子たちは無料で見せてあげて欲しいのです」
「…えっ? えっ?」と桜良は大いに戸惑い始めたが、レスターが、「はい、承知しました」と笑みを浮かべて答えてから礼を言った。
そしてレスターがその詳細を説明すると、「…あー、そういうことぉー…」と言って納得していた。
本来子供料金を徴収するべきものが無料ということは、経営者側には料金が入らない。
しかし入らなかった料金は幻影が支払うわけだ。
「それにね、ほかにいいお話がいないかなぁーって思ってぇー…」と桜良が咲笑に懇願すると、「咲笑が面白いと思ったものを全部3Dで提供してあげて」と幻影が言うと、桜良はまた大いに喜んで、咲笑を抱きしめた。
「面白いって思ったお話は、三百億ほどありますけど…」と咲笑が言うと、「多すぎるわ…」と桜良は目を見開いて言った。
ここは咲笑が面白いと感じた話ベスト100を選んで、最下位から順に公開することに決まった。
ちなみに咲笑が改めて確認して、天使たちに配った映像は二十五位だったことに、桜良はさらに喜んだ。
短いお話なので、二十五位は常に放映して、別のお話をセットで放映することに決まった。
「どこで放映するんです?」と幻影が聞くと、「専用の映画館があるの!」と桜良は機嫌よく叫んだ。
「いつもはね、あたしと源ちゃんが大活躍するお話の映画と、
もう一本流してるの…」
桜良は最後の方は悲しそうに言った。
「ああ、ひょっとして三毛猫の話ですか?」と幻影が聞くと、「…ど… そうしてそれを…」と桜良は大いに驚いていた。
美術館にその絵があることを幻影が述べると、「…そういえばあったわぁー…」と桜良は言って納得していた。
「あの絵のそのあとの話もあるのです。
我が琵琶家の家族が出てくるのですよ」
「食べちゃったのね?!」と桜良は的確に獣人の姿の巖剛を見て叫んだ。
「…願われたからな…」と巖剛は少し不機嫌そうに答えた。
「…だから、すごいんだぁー…」と桜良が言うと、巖剛は目を見開いた。
「春之介君はすっごく感謝したはずなの!」と桜良が言うと、「ああ、心の底から感謝したね」と春之介は言って巖剛を見た。
巖剛は大いに低姿勢になって何度も春之介に頭を下げている。
「…神を食べた人って聞いたことないぃー…」と春菜が大いに嘆くと、「あたしも知らないわ!」と桜良は胸を張って言った。
「巖剛はさらに鍛え上げた方がいいぜ」と幻影が言うと、巖剛は恭しく頭を下げた。
「絆の輪が広がって、なかなかよい!」と信長は上機嫌で言って大いに笑った。
三匹の神獣の話に戻って、咲笑が編集を終えた第百位の3D映像の放映を始めた。
冒険アドベンチャー戦闘もので、まさに子供になら大いに受ける勧善懲悪のわかりやすい内容だった。
この話は三人が出会って別れが訪れる終盤の頃の話しで、人間との接触があった。
よってさらに、子供たちには大いに受けるはずだ。
すると、桜良がまた懇願の眼を幻影に向けた。
「…今度は何?」と幻影が眉を下げて言うと、桜良は三体のぬいぐるみを出した。
「うわぁー… かわいいぃー…」と阿利渚がすぐに叫んだので、桜良は調子に乗ってわらわらとぬいぐるみを出した。
子供たちと天使たちはすぐさま桜良に礼を言った。
「販売、していい?」と桜良が聞くと、「まあ、今のことじゃないし、特に問題はないよ」と幻影は言って久松を見るとすぐさま頭を下げた。
「秀忠には聞いたんだろ?」と幻影がさも当然のように聞くと、「あの子の許可は必要ないけど聞いとくぅー…」と桜良は初めて厳しい目をして言った。
「あいつは今頃、本気で修練を始めたと思うけど?」
幻影の言葉に、桜良は大いに戸惑ったが、レスターは着飾っている春菜を見て笑みを浮かべてうなづいた。
「…あとね、全体のお話の題名なんだけど…
シリーズものだしぃー…」
桜良が甘えた声で言って、咲笑を見た。
「神獣たちの果てしない冒険?」と咲笑が言うと、「はい! けってぇーい!」と桜良は陽気に叫んだ。
「厳選した内容の話が百もあれば果てしないと言ってよいじゃろうて…」と信長は機嫌よく言った。
桜良は早速、夕餉のご相伴に預かった。
「あっ! そうそう!
大切なこと!」
桜良が思い出したように幻影を見ると、「三匹の名前?」と聞くと、桜良は超高速でうなづいた。
「本名はあるけど、これは隠してある。
あだ名は、ビーサササーテンが鼫」
「…長いわぁー…」と桜良は言って眉を下げた。
「そう。
長いから、
一番初めと一番最後の発音を取ってビンと呼んでいた」
「ビンくぅーん!」と阿利渚が叫んで、鼫のぬいぐるみを抱きしめた。
「栗鼠はポーレリカルテンでポン。
兎はゲギューサウータンでゲン」
「…ゲンが一番しっかりしてそうな名前なのにダメダメだわ…」と桜良が眉を下げて言うと、幻影が愉快そうに笑った。
「久松は、ポンと呼んでいい?」と濃姫が聞くと、「お戯れを」と久松は言って頭を下げた。
「映像に出ている神獣たちは、俺たちではあったけど、
今は少々違う。
特に今世は三人とも人間として生まれたから、
人間名で呼んで欲しいね」
幻影の言葉に、その気満々だった子供たちが残念そうに眉を下げた。
「…あー… また儲かっちゃうわぁー…」と桜良は幸せそうな顔をして言って、うまい料理に舌鼓を打った。
「エッちゃん、呼び出しだ、帰るよ」とレスターは言って、琵琶家一同に素早く頭を下げて、嫌がる桜良の手を握って消えた。
「…ゲンが何かやった…」と幻影がつぶやくと、「…ゲンはいいのね…」と蘭丸は眉を下げて言った。
すると春菜が気が気ではなくなったのかそわそわと始めた。
「食うだけ食って、影から見守れ」と信長が春菜に向けて言うと、「はい! ありがとうございます!」と春菜が礼を言うと、ハイネが弁当を渡して、「うふふ」と笑った。
春菜はすぐに察して、「ハイネちゃん! ありがと!」と陽気に叫んで消えた。
そして春菜の席の残った料理が取り合いになっていた。
素早い箸の応酬に、ほんの数秒後に、春菜の膳は器だけになっていた。
「豪食の羅漢魚だな…」と幻影は言って少し笑った。
「…狙われると骨しか残らん、か…」と信長は言って鼻で笑った。
春菜はフィルに事情を聞いて、まずは影から見守ることに決めた。
秀忠が惜しげもなくその能力を発揮しながら修練を積んでいると、様々な部隊が騒ぎ始めたのだ。
まさに引っ張りだこの状態で、今にも戦いが始まりそうだった。
もちろん、それなり以上の者たちが止めた。
よってここに連れてきた桜良の言葉を待っているのだ。
「秀忠の納得のいく修行を終えたら、琵琶家に行くの!」と桜良が叫ぶと、誰もが悔しそうにしてうなだれた。
しかも琵琶家の実力は十分すぎるほどわかっている。
どれほど大勢の者たちが迫ろうとも、びくともしない唯一なのだ。
さらに桜良はここに秀忠を連れてきた理由を述べると、まさに琵琶家に所属するために修行を積みに来たことを知って、諦めるしか手はなかった。
「ロストソウル軍の軍人たちは、この食堂に出入り禁止!」
桜良の厳しい裁定に、軍人たちは大いに眉を下げてうなだれた。
「白竜部隊の一部は、ロストソウル軍に転属!」
フリージア側の部隊にも厳しい沙汰があり、係わった部隊長たちは一気にうなだれた。
まさに女王の威厳を放った桜良は小首をかしげて、「これでいい?」とレスターに聞くと、「ああ、十分だよ」とレスターは満面の笑みを浮かべて言って桜良を褒めた。
―― よっし! 気を抜いたっ! ―― と春菜は大いに気合を入れて、秀忠の姿を消して、強制的に奪って逃げた。
「お食事にしよーっと」と春菜は秀忠を見ることなく、草原にレジャーシートを広げて弁当を出した。
秀忠はぼう然としていたが、まさにうまい餌に食いついて、「ご一緒してもよろしいか?」と腰をかがめて聞いた。
「ええ、もちろんだわ」と春菜は歓迎して、秀忠を座らせて、弁当箱の蓋を開けて大いに感動した。
「…夕餉とは、また全然違うお弁当だったぁー…」と春菜は大いに感動して言った。
「あ、汁物汁物」と春菜は言って、巨大食堂から暖かい鍋と茶道具一式を引き寄せた。
器は混沌で作り出して、ピクニックの準備は完了して、ふたりはまずは弁当に舌鼓を打って笑みを浮かべあった。
「ですが、この場所はすぐにでも察知されると…」と秀忠が眉を下げて聞くと、「うふふ、そうならない処理はしてあるの」と春菜は自信を持って言った。
気功術師であれば、魂のありかを察知することは容易だ。
よって魂をごまかせば、消すよりもさらに面倒で、探し出すことは困難だ。
春菜は神の術を使って、春菜と秀忠の魂に偽の魂情報を乗せたのだ。
今のふたりは、動物の魂を持っているに等しかった。
もちろん、姿は見えないが、この辺りに動物がいることはわかっているので、ここを選んだのだ。
そして春菜はレスターに念話を入れて事情を話して、快い承諾を得たので、秀忠との逢引を楽しむことにした。
「…あー… この味… 懐かしい…」と秀忠は大いに感動して、美味い弁当に舌鼓を打った。
「…次は、私が作ったものを召し上がっていただきたいですぅー…」と春菜は恥ずかしそうに言って顔を真っ赤にすると、秀忠も赤面して素早く頭を下げた。
「…あー… 覚醒なのに、転生したようになったったのね…」と春菜はようやく秀忠の全てを理解した。
「…何もかも覚えてはいるのですが、
まるで霧がかかっているように、夢だったような…
しかし、琵琶家に関してだけは
はっきりと見えていることだけが不思議なのです…」
「それが思いの強さだと思うの」と春菜が言うと、秀忠は素直に認めて頭を下げた。
ふたりは穏やかに話をして、笑みの絶えないピクニックを終えた。
春菜はゆっくりと片付けを終えて、悲しそうな目を秀忠に向けた。
「次は包み隠さず堂々と逢引をいたしましょう」と秀忠は大いに赤面して言った。
春菜はここは既成事実などと思ったが誠実に対応することに決め、「…うん… その日だけを楽しみにしてる…」と言って笑みを浮かべて涙を流した。
そして春菜はさらに笑みを深めて手を振ってから消えた。
―― さらに奮起せねば! ―― と秀忠は決心して、姿をゲンに代えて、修練場に向かってすっ飛んで行った。
「…やっぱり、チューした方がよかったかぁー…」と安土城に戻って来て早々に春菜は大いに嘆いた。
「心が通じ合えば、そんなもの関係のないものよ」
蘭丸は堂々と言って、ホホを赤らめた。
「でも、あった方がさらに幸せだけど、
気を引き締める方が大変だったわ」
蘭丸が体験談を語ると、「…うう、それは大いにある…」と春菜は言って背筋を伸ばした。
「どうしても色々と意識しちゃってね、
落ち着かないものなの。
先日のような無限組み手のように大きな戦いがあったとしたら、
対応しきれなかったって感じたわ」
「…うん…
まだまだ学ぶことは多いわ…」
春菜は言って、蘭丸に恭しく頭を下げた。
「やっぱり、頼りないの?」と蘭丸が控えめに聞くと、春菜は首を横に振った。
「でもね、自信家ではないことはよくわかるから、
人によっては頼りなく見えると思う。
だけど騒ぎになるほどだから、
とんでもない威厳を発したんだと思うの。
それがあってすぐのことなのに、
その威厳に甘えてなかったわ」
「雰囲気的には源次ね。
誰もがまずは欲すると思うわ」
「そうね…
源次さんは頼りなげじゃないけど、
自信家でもなさそう。
まさに自然体だから、
婚姻しているのに、男性にも女性にも人気があるわ」
「仲間に入ってよろしいかしら?」と阿国が控えめに言った。
「ええどうぞ」と春菜が答えると、女子たちがわらわらとやって来て、陽気に語り合い、黄色い声を上げ始めた。
「…ふむ… うまくいったようじゃ…」と信長は正の感情とは違い、大いに眉を下げて言った。
付き合いは短いが、娘として認めた春菜がもう嫁いでしまうことを寂しく思ったのだ。
「あちらはうまくいきましたが、
こちらは心穏やかではありません」
弁慶は言って、徳利から信長の猪口に酒をついだ。
「別によかろう。
面倒なやつなのは、今に始まったことではない」
信長は機嫌よく言って鼻で笑い、猪口の酒の半分ほどを飲んで、「ん?」と怪訝そうに言った。
「どうやら、施術は行わなかったようですね」と源次が言うと、「それが一番の厳しさじゃ」と信長は機嫌よく言って何度もうなづいた。
幻影と久松が憩いの間にやって来て、信長の前に座って頭を下げた。
久松は右腕を手拭いで吊っている。
「自然治癒の刑です」と幻影が報告すると、「おう! それでよいよい!」と信長が叫ぶと、久松は悔しそうな顔をして頭を垂れた。
「治した場合、あっちの惑星に強制送還しようと考えておった。
ここは真摯になって大いに考え、
さらには頭の中の鍛錬を積むべきじゃろうて」
久松は顔を上げ、大いに眉を下げて懇願の眼を信長に向けた。
そして今にも泣きそうな天使たちがやって来て、こちらも懇願の眼を信長に向けている。
「…ふむ… 痛みだけを和らげてやれ…」と信長が眉をひそめて言うと、「はい! 御屋形様!」と天使たちは叫んでから、久松にお小言を言いながら癒し始めたので、信長たちは大いに笑った。
完全に痛みを抜くと治ってしまうことと同じなので、激痛が襲ってこなくなる程度まで癒して施術を終えた。
「…楽になりました… 本当にありがとう…」と久松は天使たちに心から礼を言った。
しかしまだ天使たちのお小言は終わらないので、信長たちは大いに笑い、久松は大いに眉を下げて聞き入るしかなかった。
「何なら神として、あっちの星の鎮静化を修行としてもよいのじゃ」
信長の言葉に、「金輪際、肉体を痛めつけることを行いませんのでお許しください」と久松は真摯になって懇願し、頭を下げた。
「おまえの体はお前のものじゃ、好きにすればよい。
じゃが、身を寄せているお前を放置することはできん。
放置できんのなら放り出すという考えじゃ。
今のままではお前はまた同じことを繰り返す」
信長がここまで言うと、久松はすぐさま顔を上げて、「…決して…」とつぶやいてからうなだれた。
「相棒を探すことが先か?」と信長が幻影に聞くと、「御意」とすぐさま答えた。
「軽々しく考えるなよ。
今度お前が何かやった時、
今度はその相棒もここから追放じゃ。
相棒とはそのような重荷も背負って、
ともに成長するものなのじゃ。
この話を聞いて、どれほど相棒候補が残るじゃろうかなぁー…」
「今のところ、誰もおりません」と幻影は素早く探って答えた。
「去勢など考えようのならそれでよし。
ただただ追放するだけじゃからな。
ま、ある程度は思い知ったじゃろうから、
大いに考えて答えを得よ」
信長は話は終わりと言わんばかりに猪口の酒を食らい、「終わりでございます」という弁慶の言葉に眉を下げた。
久松は頭を下げて少し下がってから立ち上がると、天使たちと子供たちに慰められながら部屋を出て行った。
「…ふむ… 遊んでもらいたいだけか…」と信長が言って鼻で笑うと、「いい獲物のようです」という幻影の回答に、信長は機嫌よく大いに笑った。
「まだ見えぬ秀忠に怯えていると言ったところか…
つい先日まで全く逆じゃったからな」
「昔の映像通り、いつも傷だらけでしたので。
ゲンが素晴らしい術を持っていることを、
大いに嫉妬していたようです。
ですので意地になって、
ゲンの癒しの術を受けませんでした」
「…ほう… 今までの映像ではその件はなかったな…」と信長は大いに興味を持って言った。
「この先、何度もその映像を観ることになると思います」
「大いに楽しみじゃ!」と信長が叫ぶと、「九十九位、ご覧になりますかぁー?」という咲笑の言葉に誰もが眉を下げたが、「…先様に渡すまでに確認…」と信長が言うと、幻影が許可して、咲笑の思う第九十九位の3D映像が流れた。
「…ほう、そういうことじゃったか…」と信長は映像を最後まで見てようやく納得した。
映像には鼫のビンと兎のゲンしか出ていなかったが、最後の最後に、病床でうなっているポンの映像が映し出されたからだ。
「意味不明なものを集めていると思えば、
薬の材料じゃったか…」
信長は言って何度もうなづいて納得した。
「当時は劇薬になってしまうような植物も多かったのです。
その名残が、ドドンガの実だと気づきました」
「…まさかドドンガは、それほど進化しておらぬのか…」
信長は大いに先読みをしてうなると、「御意」と幻影はすぐさま答えた。
「まさに根枯らし蔦なので、都合よく種が飛んできても、
土地がやせてしまうので収穫は第一世代で終わりです。
よって人の手を介さないと成長できない植物なので、
さらなる進化ができなかったのでしょう。
ドドンガの原型は、食虫植物だったようです。
咲笑の調査でよく理解できました」
「…さもありなん…」と信長は背筋を震わせて言った。
昆虫や小動物を糧にしていたのだが、巨大になってしまったことで第一の進化をして、なぜか多くのたんぱく質を含む実がなるようになった。
よって食虫植物とドドンガの実がなる植物が同居していた時代があると咲笑は言った。
捕食はやめて、大地の栄養素だけを多く取り入れることで、ドドンガはほぼ最終的な進化を遂げた。
あとは人間との共存ができれば、さらなる進化もあり得る。
進化するとすれば、実を小さくしていくだろうと、咲笑は予想した。
その進化系が、実が小さく四角いドドンガの実だと咲笑は言った。
「ドドンガの実と遭遇した話はないかい?」と幻影が聞くと、「…お話しとしては日常で、面白くありませんー…」と咲笑は眉を下げて言った。
「いや、普通喜ばないかい?」と幻影が言うと、「神獣たちはその当時は食べ物を食べていませんでしたからぁー…」と咲笑が眉を下げて言うと、「…なるほどね…」と幻影は言って、咲笑と同じ顔をしていた。
「ドドンガと同じように、巨大な植物は多くありましたが、
ドドンガよりも大食いではないので、
順当に小さくなる進化を遂げましたぁー…」
この事実もあることで、咲笑は推測ができるのだ。
「退化をした木の実が、砂浜の村で栽培されていますぅー…」
咲笑の言葉に幻影たちは目を見開いた。
「まさか…
あの、妙に歯ごたえのいい、梨のような果実か…」
信長の言葉に、「はい、そうですぅー…」と咲笑はすぐに答えた。
「少し前は、
エカテリーナ様とマリリン様のおふたりで成長させていたのですけど、
今はそれをしなくても大きな実がなるようになったのです。
これは偶然の産物だったそうなのですが、
そのような進化をしてしまったようです。
交配したわけではないので、品種改良ではなくて、
進化というしかないのですぅー…」
「…術が進化をさせたと言ったところだね…」と言う幻影の言葉に、「はい、そうなりますぅー…」と咲笑は答えた。
「そこにも不思議なお話があるのですぅー…」
「…どれほどつながっておるのじゃ…」と信長は大いに眉を下げて言った。
「一応、このお話はここで終われますぅー…」という咲笑の言葉に、「では、続けてくれ」と信長は機嫌よく言うと、咲笑が朗らかに説明したが、信長は目を見開いた。
「…いや、それは…
術がかかる前じゃったら、
種類によるが、爆発を起こすだけのはずじゃ…
本来の効力はなく、消え去るだけのはずじゃ…」
「いえ、多分こういうことでしょう」
幻影は言って右手と左手で違う術を放って、防壁の結界の中に花を咲かせた。
「…ぬぬ… 面妖な…」と信長は言って、刃も茎もない花を見入った。
「防壁の結界に仕掛けがあるのです。
それは決められた魔法だけを受け入れるというものです」
「あっ」と信長は言って、幻影の真似をして同じものを作り上げて高揚感を上げている。
「さすが御屋形様。
この術は生まれ持っていたものですが、
今構築されたようですね?」
「…お、おう… まあな…」と信長は、―― 大人げなかったか… ―― と思って大いに照れていた。
「エカテリーナ様とスプラッシュ様には、
そういった運命の出会いがあったのだと推測します。
…術の解析は?」
幻影が聞くと、「…大騒ぎになりましたぁー…」と咲笑は言って大いに眉を下げた。
「今知ったといったところか…」と信長は言って少し笑った。
「…弱ければ術がかからないことはあるが、
同時に機能させることができるとはな…
大昔に、何らかの縁があったのじゃろうて…
拒絶や破棄の魔法は確認されているか?」
「…はいぃー… 松崎拓生様が破棄の魔法を持っておられますぅー…」
咲笑の報告に信長は何度もうなづいて、「さすが高能力者」と言って何度もうなづいた。
「拒絶の方は、無属性竜と、魔王の始祖が持っておられますぅー…」
咲笑の報告に、「…ふふふ、面白い…」と信長は目を光らせてうなった。
「…ですが、あまりお話しすると…」と咲笑が眉を下げて幻影を見ると、「予備知識は必要さ」と気さくに言ったので、咲笑は大いに喜んで、色々と話をした。
「ま、威厳の大きさによって、かかるかからぬはあるからな」と信長は言って納得していた。
「迂闊な人は、術を破られた時のリバウンドを知りません。
酷い人は、死に至ることもあるのですぅー…」
咲笑が眉を下げて言うと、「そこは自業自得」と信長は堂々と言った。
「術者が未熟だったと、
蘇生作業に専念します」
幻影の言葉に、「…それでよい…」と信長は答えて、自分自身にも言い聞かせた。
「では、ここでできる修行だ」と幻影は言って弁慶を見た。
「拘束の術を破ってみな」と幻影が真剣な目をして言うと、「おう!」と弁慶が気合を入れて叫んだ途端、拘束されていた。
弁慶は心を落ち着かせて、「はっ」と小さく鋭く気合を入れると、術は解けていた。
「…おー… 案外、効いたぁー…」と幻影は言って胸を押さえつけている。
咲笑はすぐに身体検査をして、「…すっごく弱い術だったようですね…」と眉を下げて言った。
「ああ、かなり手加減した。
それでもリバウンドは強大だ。
…いや…」
幻影は言ってからしばらく考え込んで、今度は源次に拘束の術を放った。
源次も何とか術を破ると、「…リバウンドはあったが、ダメージが皆無…」と幻影はつぶやいて笑みを浮かべた。
「そうか、心構えか!」と信長は機嫌よく言った。
「はい、その通りです。
試しと修行とでは、リバウンドの質が変わりました。
修行の場合は真摯なものとして、
ある程度以上の免除があるようです。
試しの場合は好奇心でもあるので、
容赦がありません」
「…よく覚えておこう…」と信長は言って、背筋を震わせた。
そして修行を再開したが、幻影の弱い術を破ったのはファイガと拓生しかいなかったことに、大勢の者が大いにうなだれた。
「…弱い術でも、普通は解けないから…」とファイガが言ったが、何の慰めにもならなかった。
「…あ、それに」とファイガが言った時、「心得た!」と影達がいきなり言って、幻影に頭を下げた。
「…せっかちだな…
最後まで聞いてやれよ…」
幻影が眉を下げて言うと、ここは今後のこともあるので、影達は真剣な目をしてファイガに礼を言った。
よって、打破の手掛かりを知りたい者は、ファイガに直接聞いた。
影達は四苦八苦しながらも何とか術を解いて大いに喜んだが、いきなりぐったりとした。
体力と精神力を大いに削られたからだ。
するとここで女子たちが乱入してきて、ひと通り修行を受けて、誰もが簡単に術を解いたことに、男性たちは大いに戸惑った。
「男子と女子の根本的な性格の差だ。
なぜ解けたのかは、術をかけた俺にはよくわかるからな。
母上様なんて、
あら困ったわ…
とつぶやいただけで解けていたことに驚いたほどだ」
幻影が一部声色を使って説明すると、子供たちが、「似てる似てる!」と陽気に叫んで喜んだ。
「女性たちだけには説明を終えていたからですわ。
もちろん、術の解き方ではございません。
苦痛のやわらげ方です。
もちろん、強力な術でしたら、
逃れることはできなかったはずですわ。
女性の逃れられない痛みと同様の拘束力のようでしたので、
簡単に逃れられたのでしょう」
阿国の言葉に、「…そういうことか…」と信長は言って納得した。
「たぶん男子が聞いても、
ホホを赤らめるだけで、
術を解く鍵にはならないだろうな。
女性は逃れられない痛みを常に体験しているから、
強いともいえるはずだ」
幻影の説明に、大人と認められている者たちは何とかどういうことなのか理解できていた。
よって阿国がきちんと説明すると、男子たちはホホを赤らめて、落胆して苦笑いを浮かべた。
この件は個人の修行として保留とした。
あまり踏み込んでも、いい結果を生むことがない。
本来ならばできないことをやろうとしているので、ある意味贅沢な修行だ。
幻影はそれほど暇ではないが、今は休憩時間で、安土城を出て、タルタロス軍の別荘に隣接している児童公園来た。
ここに用事があるわけではないのだが、ただなんとなくだ。
そしてベンチに座って、本来の目的を考えることにした。
このマックラ王国にはようやく農業以外の漁業という生産を得た。
しかし工業は全くなく、もし作るとなれば様々な弊害が起こる可能性がある。
だが工業は思ったよりも人を集めやすい産業なので、できれば実現したいのだ。
幻影は足元に落ちている小枝と落ち葉を手に取って、小枝を半紙に変えた。
そして枯葉に同じ工程で処理をしたのだが、うまく固まらない。
かなり精度を上げたのだが、樹脂が出来上がってしまって苦笑いを浮かべた。
できれば自然なものを自然なものに変化させるような工業がいいと考えていた。
素材によっては、まさに錬金術を使ってものを生み出すようなものだ。
そして少しだけ混ぜようと思い、枯葉と地面の砂を手に取って、混沌に入れ込むと、思わぬものが出来上がっていた。
「…なぜ木ができた…」と幻影はつぶやいたがにやりと笑って、咲笑に説明させた。
そしてこの場でこれを作り出す機械の案を作り上げ、実際に小さな機械を混沌から出して、考えた工程通りに枯葉と土を使って木のシートを作り上げた。
術を使わなくても機械の力で同じものができると喜んだ幻影は、機械の点検をして強化するべき部分を見つけ出して新たな機械を作り上げた。
全ては手回しなので、作業は楽なものだ。
そして木のシートを紙に変える機械も作り出して、大いに納得した。
そして成分などの確認もして、枯葉も砂や土はその辺りのもので構わないことも知った。
材料費はほぼ必要ない工業ができると幻影は思い、マックラに全てを話した。
まずはこじんまりとした小屋に、幻影が作り上げた産業用の機械を入れ込んで、騒音や温度変化などの情報を入手した。
そして排水は、丁寧にろ過して一度冷やすために大きな容器に溜め、水質検査の上問題がないことも確認を終えた。
わずか一時で大量の上質紙が出来上がったことに、マックラは大いに喜んだ。
「基本的には力自慢で、この規模で五人いれば仕事になりそうだ。
…どうだい、咲笑」
咲笑は出来上がった神の検査を終えて、「普通に使う紙としてはもったいないほどだと思いますぅー…」と眉を下げて言った。
薄い透過紙から厚紙まで自由自在で、東の町にある製紙工場に足を運んで紙を見せると、いきなり会議が始まった。
幻影は咲笑にこの工場の全てを探らせ、違いは素材と工作機械という結果を得て納得した。
「では、お互い頑張りましょう」と幻影は友好的にって、マックラとともに工場を後にした。
「紙の食器、紙器か…」と幻影は工場の展示室で見たものも作ろうと思い、また機械を作り出した。
まさにキャンプなどでは大いに使われるもので、しかも質がいいので重宝されるはずだ。
もちろん燃やしても問題はなく、土に埋めれば土に返ることまで確認を終えた。
まずは法源院屋に、商品を納める紙袋の見本を持っていき、卸値を告げると目を見開いた。
今はまだ生産していないが、生産が始まったらいの一番に卸すことに決まった。
そして文字などを書く紙としても、さらには紙器も、法源院屋が一手に取り扱うことに決まった。
半紙としてはそのままでいいが、帳面を作るとなるとまたひと手間かかる。
問題は使用する糊にある。
天然由来で毒性のないものは、やはりでんぷんだ。
様々なものを試して、やはり米が一番いいようだが、それぞれの素材を生かすように調合して糊を作った。
出来上がった糊は半透明で、硬化すると透明になる。
接着力も申し分なく、早速機械を作り上げて、帳面の第一作が完成して、幻影は大いに喜んだ。
今日のところは幻影とマックラで、様々な紙製品を作りあげて、法源院屋に卸した時、日が傾いていたことで、幻影は大いに眉を下げて、マックラとともに安土城に登城した。
「…ほんに、働き者じゃ…」と信長は大いに感心して何度もうなづいて、紙製品を見入った。
「ほんの半日で、工業をひとつ確立させるとは恐れ入った」と信長は機嫌よく言って、幻影に頭を下げた。
「ほかはおいおい考えることにします」と幻影は言って、この先の子細な計画を話した。
まず、商品としてはそれほど生み出すことなく、利益が上がった金を使って、工業機械の材料費や人件費に充てる。
現在ある工場の資産が増えれば、第二第三工場として増やしていくことに決めていた。
「第一工場は我が国から人選して稼働する」というマックラの言葉に、この事業は幻影の手から離れたも同然となった。
幻影としては、城下町の考えられる完成形の最低限の確保ができたことで、信長に旅に出る許可をもらった。
もちろん蘭丸は大いに戸惑ったが、ここは留守を預かることになった。
「目的の星は一応三カ所だ。
それほど長居する必要もないからな」
「…三日も離れたら、阿利渚はあんたのことなんて忘れてるわ…」と蘭丸が悲しそうに悪態をつくと、「…忘れないよ?」と阿利渚は小首をかしげて眉を下げて言った。
親離れをほとんど終えている阿利渚にとっては、幻影が仕事として家族を離れることがわかっているので、悲しくは思うが引き止めることはない。
「それに、本来の予定ではないが、
フリージアで少々人を見てくることにするよ。
あれだけ猛者がいるということは、
隠れているやつもいるということだからな。
見つけたら八丁畷様経由でここに来てもらうから。
もっとも、フリージアを離れないということも考えられるから、
その場合は、大いなる修行となることだろう」
「その一部は万有源一の信者のようなものか」と信長が厳しい目をして幻影を見ると、「私の欲とおせっかいです」と幻影は言って素早く頭を下げた。
業務として従事しているのなら問題はないが、崇拝という意味の鎖でつながれている場合は不幸なことでもある。
さらには現状に導いたスイジンや自然界に対しての復讐なども考えられるのだ。
しかし表立って行動を起こしている気配はないので、ここぞとばかりに行動を起こすことは考えられる。
その駒のひとりとして、幻影自身が使われるのではないかとも考えているのだ。
急ぐ旅ではないのだが、幻影は食事をしっかりと摂って、まずはアニマールに行って、この星の神でもある黒いコウモリのゼルダと山でしかないヤマにあいさつをした。
現在は宇宙での仕事をしている者は不在で、一般庶民たちは働いていた。
もちろん休みの者もいて、ここでは唯一と言っていい近代的な建物の中で買い物などを楽しんでいる。
この町は保護区というわけではないので、こういった立体的な商店はありだと幻影は思って、まずは施設内にある銀行で口座を作って預金をしてから金を引き出し、興味を持って店内をうろついていると、商品を置いていないことに気付いた。
商品はモニターに映し出されていて、希望があれば商品を呼び出して確認することができるというかなり画期的なものだ。
食品なども同じ扱いとなっていて、取り消すことはできるが、これは店員の審査が必要になっている。
いたずらをするような悪いヤツは誰もいないが、これは決め事として周知されている。
まさに超未来的な施設で、幻影は大いに納得していたが、さすがに飲食街はこの場で作っている。
腹は減っていないのだが、ここはハンバーガーというものに興味を持って、先に銭を支払ってから出来上がりを待った。
比較的すいているので、あっという間に商品は出来上がり、早速食らうと、食事と菓子の間と判断したのだが、これがなかなか美味いと感じた。
今後の参考にしようと思い、幻影は主要商品や店のお勧めを大量に注文して、すべてをぺろりと平らげた。
―― これは、麻薬性でもあるのか… ―― と幻影が疑うほど、それなりにうまいものだった。
幻影たちが洋食と言っている食材をパンで挟んでいるものだが、やはり価格の安さが目に留まる。
さらには食材の出どころもはっきりしていて、店内にある情報端末でその詳細を確認することができる。
情報を見ていると、半分はこのアニマール産のもので、もう半分はフリージア産のものだった。
パンなどの加工食品もアニマールとフリージアでほぼ半々で作られているようだ。
よってひとつの商品ができるまでに、大勢の人の手を使っていることがよくわかる。
考えているとまた腹がすいてきたので、注文しようと思ったが、店の壁にある商品紹介の端の方に、『フルセット』という文字を見つけて、「フルセットを」と幻影が注文すると店員は大いに喜んで、「フルセット入りました!!」と大いに陽気に叫んで、幻影に丁寧に礼を言った。
ここからはハンバーガーのわんこそばのように、幻影は大いに食らって笑みを浮かべている。
監修は八丁畷家なので、さらに安心して食せたことも大きい。
「…まさか、ひとりで?」と、仕事から帰ってきた春之介は幻影を見つけて声をかけた。
「ああ、どうぞどうぞ!
みなさんも前菜の代わりに召しあがってください!」
大勢いる春之介の仲間たちは、ここは幻影の言葉に甘えて、礼を言ってから大いに食らい始めた。
この間に、「フルセットもうひとつ」と春之介は注文している。
まさに無限ハンバーガー食事会に、誰もが陽気に大いに食らった。
「この立体型店舗だけで、
アニマールとフリージアの生活の半分ほどは理解できたと思います」
幻影の言葉に、「ああ、わかるね」と春之介は答えて苦笑いを浮かべた。
そして優夏が大口を開けて、トリプルXLサイズのポテトの山にかじりついている姿を見て、幻影は大いに笑った。
「…フライドポテトはああやって食べるのが、一番うまいそうだ…」と春之介はかなり照れながら言った。
「ひとそれぞれ、思い入れはあるよね」と幻影は言って立ち上がって、春之介に別れを告げた。
幻影はフリージアに渡って、真っ先に視界に入ったのが秀忠だったので、少し笑ってしまった。
「よう、久しぶり」と幻影が気さくに言うと、もちろん秀忠は大いに動揺したが、「いらっしゃませ」と穏やかに言って頭を下げ、テーブルの上にある、食事を終えた食器をもって厨房に戻って行った。
幻影は秀忠に付きまとうことなく、まずは重鎮を探したが、桜良とレスターは遠い場所にいると確信した。
地図を確認すると、どうやら映画館のようで、仕事半分、映画鑑賞半分としゃれこんでいるようだ。
この食堂では威厳がある天使たちに顔を向けるのだが、これといった重鎮はいない。
詳細に探った場合、鍛錬濃度が濃い者は、厨房にしかないとすぐに気づいた。
もうひとつは、ここからはるかに離れた場所にわずかに見える、ロストソウル軍の建物からだった。
―― さらにもうひとつは、万有爽太様か… ―― と幻影は一度だけ会った爽太の顔と姿を思い出していた。
ほとんどが仕事に出ていていないのに、これほどの威厳があるとは信じられない程だった。
よってこのフリージアは大いに守られていると確信した。
今度は幻影が興味を持つ者だが、今は秀忠に興味が沸き過ぎていて二番手が見えない。
よって無理をすることなく、このフリージアから別の地に移動することにした。
この先は社ではなく黒い扉を使うはずだったのだが、社の住人の幼児の姿の天照大神という春之介の娘が客引きのように手招きをしていた。
「ご安心ください。
現地へのご案内だけですので」
「うん、助かるよ」と幻影は陽気に答えて社に入って、外に出ると、幻影たちが住んでいた惑星の別の国に飛ばされたのかと言うほどに、似たような風景だった。
ほとんどのものが石で作られていて、家も道も石だった。
しかし、人間の質が全然違うと察して、広場の中央にある噴水を見上げながら路地に入り、『メリスンの平和を願う店』の扉を開けた。
「いらっしゃいませ!」という素晴らしい四つの明るい声に幻影は歓迎された。
店内はある程度以上に混雑していたので、誰もないカウンター席に座った。
「お気遣い、感謝いたします」と店員に言われた幻影は笑みを浮かべて頭を下げただけだ。
―― こいつ、かなりやる! ―― と店員と幻影は同時に思っていた。
そして幻影はようやく思い出して、「セイラ・ランダさんでしたね」と店員に聞いた。
「あら? どこかで」とセイラが答えた途端に目が躍った。
「ケンカ売らないでよ…」とカウンターにいるこの店の主のメリスン・ランダが眉を下げて言った。
「ようやく琵琶家の使者の方がいらしてくださったのね」
メリスンの明るい言葉に、「色々と見ておく必要がございまして」と幻影は言って笑みを浮かべてセイラを見た。
「ふむ… 申し分ありませんが、ご店主も申し分ございませんね…
となれば、雇うよりも、
この地の守護の当たっていただいた方が効果的でしょう。
ほかの方は、それほどでもありませんから。
主戦力の方々はお仕事ですか?」
幻影が聞くと、「…ごめんなさい、そこにいます…」とメリスンは大いに眉を下げておくにいる大勢の者たちに向けて指を差した。
「…子供の方が使えますね…」と幻影はつぶやいた。
「…あまり、はっきり言ってやらないでぇー…」とメリスンは大いに嘆いた。
すると、一番奥にいた逞しい男性が立ち上がったとたん、幻影は桜姫を出して男性に切っ先を向けた。
とんでもない早業に、男性は座るというよりも自分自身に落胆して座らされていた。
「…いい薬だわ… 実力差もようやく思い知ったことでしょう…」とメリスンは眉を下げて言って幻影に頭を下げると、桜姫は消えていた。
「…振り回していたら、建物のここから上がなくなってたわね…」とセイラが眉を下げて嘆いた。
「残念です。
ここにはもう用事がなりました。
山の隧道ですが、
もう閉鎖してもいいと思います。
悪はもう、この近隣には現れないでしょう」
幻影の言葉に、メリスンもセイラも目を見開いた。
「食事を頼まなくてよかった」と幻影は言って、店の外に出た。
「お早いお帰りです」と天照大神は言って、幻影に頭を下げた。
「次は皇源次郎さんの住んでいる星に」と幻影が言うと、「かしこまりました」と薄笑みを浮かべて言って、噴水のある公園に戻って来て、社に入った。
飛んだ先は浮島で、ここが世界の騎士団の本拠地だ。
その団長補佐の源次郎は引っ越し準備の最中だった。
さすがに、様々な仕事を持っているだけあって、そう簡単に引っ越しはできないのだ。
「どの星も、居残り組の方が本当に素晴らしい」と幻影は目の前にいる勇者の田中澄美を見て言った。
「居残ることが、精神修行のようなものですわ」と澄美は言って名刺を差し出した。
「この星は田中様の天下となったわけですね」と幻影が名刺を見て言うと、「…後継者を育て上げることが大変ですわ…」と澄美は嘆いて眉を下げた。
「この星にはもう用はありませんが、
ここから別の星に行けると小耳に挟みました」
幻影の言葉に、「黒い扉がふたつあるだろ? 勝手に行ってくれ」と源次郎はめんどくさそうに言って指を差した。
幻影は頭を下げて、ここから近い側の黒い扉に入って、大いに驚いた。
「…ここが、萩千代様の星だったか…」と幻影はつぶやいて大いに苦笑いを浮かべた。
萩千代の場合は、魂はここにはないいが、その痕跡を火山の中に感じられるのだ。
よって身代わりを、火山の中に置いていると言っていい。
そして、澄美の管理する星でも感じていた巨大な木を幻影は見上げた。
さらには農地もあるのだが、緑はわずかこの二つしかなく、雑草すら生える余地がない厳しい星の条件がある。
「…近代社会においては必要か…」と感慨深げに言った。
すると、現地住民が確実に幻影に向かって走ってきたが、手のひらを仰ぐと全員が吹っ飛んだ。
誰もが拒否されたことがよくわかり、うなだれてしまった。
「…眼鏡に叶うものがこれほどいないとはね…」と幻影は大いに落胆して黒い扉をくぐった。
もちろん浮島に戻っていて、―― ダメだ、イライラしている… ―― と幻影は思い、ここは芝生に座り込んで、咲笑に作ってもらった弁当を食べてすぐさま落ち着いた。
「…何となく理解はしましたが、どうされたのです?」と澄美が眉を下げて聞くと、幻影はありのままを伝えた。
「…強者の試練ですわ…」という澄美の言葉に元気づけられて、幻影は勢い勇んで立ち上がって頭を下げた。
そしてすぐに左側にある扉をくぐると、―― む? 酸素が薄い… ―― と幻影はすぐに察して、深い呼吸を意識した。
―― ここは、他とは違う… ―― と幻影は言って辺りを見回した。
この近くに強い存在が三人。
そしてそれなり以上の者が、五人ほどいる。
星の三分の一ほどの情報なので、この星は大いに安泰だと確信した。
「…ついに、来たんだね…」と声はしたが、姿は見えない。
しかし幻影は魂を探ってすぐに、うつむいた。
「…目立つね… 鳥に食べられないの?」と幻影が聞くと、「…あはは! 逆に守ってくれるから!」と陽気に金色に光っている、わずか一寸ほどの植物人間が答えた。
「その肉体も、小人族といってもいいようだね」
幻影の言葉に、「…おー… そうだったのかもしれないぃー…」と植物人間はうなるように言った。
「この辺りに、なかなかの逸材が多いから。
できれば仲間にしたいほどだけど、
今回は視察だから、やめておくよ」
「…悪いけど、スカウトはお断りしてるから…」と植物人間が言うと、「わかりました」と幻影は真剣な目をして言って頭を下げた。
「では、これにて」と幻影が言うと、植物人間は引き留めようとしたが、幻影はもう扉をくぐってしまった。
植物人間はディックという名で、この星、ミリアムの王であり神だ。
もちろん幻影は今までの積み重ねから、太陽の神竜の関係者なのはもう察知していた。
よって興味がなくなったので、今回の最大の情報収集に早速行くことにした。
幻影は澄美たちに分かれを告げて天照大神を見ると、大いに眉を下げていたので、幻影の行きたい場所には連れて行けないらしい。
よって宇宙船で行くしかないのだが、裏技があるという。
「勝手にやってもいいの?」と幻影が大いに眉を下げて聞くと、「私はステップアップを終えているのです!」と天照大神は胸を張って言って大いに笑ったのだが、幼児のお遊戯にしか見えなかった。
「…まあまあ、騙されたと思って…」
「…いや、騙されたくはないんだけど…」
天照大神と幻影の相性はなかなか良かった。
「…私の許可がないと通れないので大丈夫ですぅー…」
「そうなんだ、だったら頼むよ」
疑り深い幻影がこれほどに信用する方が少々おかしいほど、ふたりは仲が良かった。
もちろん、この天照大神が春之介の娘という信頼がもちろんあるからだ。
幻影が次に気づいた時、森の中にいた。
そして天照大神は、小鳥の巣箱のような社をせっせと作って、木に押し付けると消えてしまった。
天照大神は振り返って、「うふふ」と愉快そうに笑って木に溶け込んだ。
「…呼び出せば来てくれるわけだ…」と幻影はただの太い木でしかない幹に触れてから、この近隣を細やかに探った。
―― …魔王には違いなさそうだが… ―― と幻影は思って大いに落胆してしまったので、ここは元気を出そうと思って、ハイネの手作り弁当をまた出して、この森の中で機嫌よく食べ始めた。
すると木から腕だけが出てきたので、幻影は驚くことなく弁当をひとつ渡すと、「うふふ」と天照大神の声がして、「ありがと」と礼を言った。
幻影は弁当を食べながら、地面を手のひらでさすって、「…これは習得するべきだろう…」と新たな決意がひとつできたことに喜んだ。
「できるのは、春之介様、ゲイル様、ゲッタ様ですぅー…」と咲笑がいきなり言ったが、幻影は驚くことなく、「萩千代様は?」と聞いた。
「…お手伝いは可能ですぅー…」という咲笑の先行き明るい回答に、幻影は笑みを浮かべて礼を言った。
全ては天照大神から流れ込んできた記憶だった。
天照大神も無防備と言っていいほどだったので、幻影はさらに信頼をしていたのだ。
幻影が森の外に出ると、魔王が仁王立ちをして待っていたが、大いに苦笑いを浮かべていた。
「あまりにもつまらない旅なので気分転換に食事休憩をしていました。
我が関係者たちの星が、
これほどにつまらないとは夢にも思っていませんでした」
「…おまえたちにはその通りなんだろうが、
ワシたちは常に必死だ…」
魔王はごく普通の人間の逞しい程度の肉体でしかなかった。
もちろん角などは術で隠していることはよくわかっている。
「あなたも今以上になるには転生しかないようですが、
もう少し経験を積んでからでもいいでしょう」
すると、魔王は何かをやった。
もちろん幻影はすかさずそれを見破って、右足を軸にして腰を大いに回転させ、力の限り平手を放った。
だが魔王には届いていないのだが、「グォ―――ッ!!!」と叫んで苦しみ始めた。
魔王は特殊な術を自分の体の回りに張り巡らせていたのだが、幻影の平手の衝撃だけで打ち破られてしまい、リバウンドの苦痛の中にあった。
すると天使たちが駆け寄ってきたのだが、「魔王の成長を望むのなら癒さないことが吉」という幻影の言葉に、比較的若い天使たちは大いに眉を下げた。
「自業自得だもの…」とこの天使のコロニーの長が眉を下げて言うと、「治せば甘やかしになりますからね」と幻影が言うと、「…さすが、物知りでもあるわ…」と天使はため息交じりに言って頭を下げた。
「…最近のこの人、こんなんばっかだわ…」と天使が眉を下げて言うと、「どうして見捨てないのです?」と幻影が聞くと、天使はかなり考え込んで、「この魔王に欲があるから」というかなり遠い答えを導きだした。
「ですがそれも今日までと思っておいてください。
こいつはもうすぐ魔王ではなくなるはずですから」
「その時は、ランスのでき次第で居場所を決めるわ」と天使は笑みを浮かべて言った。
「…それは、不可能だ…」と魔王がなんとか声になった声でうなると、「青いオーラの球はお前から消えるから何も問題はない」という幻影の言葉に、魔王は目を見開いた。
「おまえはもうじき役目を終える。
それまでここで大人しくして待っていろ。
お前には抱えきれないからお前は弱いんだ」
この幻影の言葉が決定打となり、魔王は崩れ落ちるように大の字になって寝転んだ。
「…今までで一番納得できたわ…」と天使は言って手を組んで感謝の祈りをささげた。
「あなたはもう少し真摯になって日々を過ごすべきだろう。
大いにもったいない…」
幻影は眉を下げて天使に言ってから、踵を返して森に向かって歩いて行った。
天使たちが幻影を追いかけて森に入ったが、誰もいなかった。
「…ほんと… そろそろ私も本腰入れて鍛えなきゃ…」と天使サツキは大いに思い知って森を見つめていた。
「…いくら何でも早すぎるじゃろ…」と信長はもう旅から帰って来た幻影を見て、大いに眉を下げて言った。
「大したことはございません。
報告の必要すらないものかと。
もしも怪我をする者がいれば、
それはただの迂闊者ですので、
萬幻武流から除名いたします」
幻影の言葉に、些細な失敗すら許されないといった緊張感が誰にも等しく宿った。
「…それほど脅してやるな…
だが、それほどに低能力者しかおらんということか…」
信長の言葉に、「御意」と幻影はすぐさま答えた。
「旅をするのなら、
右京和馬星の恐竜たちを相手にすることが適当でしょう。
殺さず傷つけず傷つかず」
幻影の厳しい言葉に、「…その中間を見繕ってやれ…」と信長は大いに眉を下げて言った。
「では、我らが住んでいた星の安寧を」という幻影の言葉に、「…いきなり楽になったな…」と信長は眉を下げて言って鼻で笑った。
「もちろんひとりずつ出向いて、期日は丸一日。
どれほど平和に導けるのかという、腕試しと比較だ。
ま、今の我らだと、これすらお遊びだ」
幻影の言葉に、今回は自信を持って誰もが素早く頭を下げた。
「…そうか… 尋ねた星は平和過ぎるのか…」
信長の言葉に、「もちろんそれもございますし、もし私が悪ならば、今はすでに不幸の星となっていることでしょう」と幻影は答えた。
「…脅威となるほどの強者が不在…
いつひっくり返されてもおかしくない状態…
アニマール、右京和馬、フリージア以外は守る対象じゃな…」
「ですがその守りは、半数ほどは頑強ですので、
安心はしています」
「…わかった。
詳しい話は必要ない。
一度宇宙の救済に行ったのち、
今回の幻影の足跡をたどろうぞ」
信長の言葉に、幻影は素早く頭を下げた。
すると、子供たちが幻影に遊んでもらおうと走ってきたのだが、一番は順当にハイネだった。
「弁当美味かったよ!
それだけが俺の心の救いだった」
幻影の言葉に誰もが、―― 無駄な旅だったんだ… ―― と子供ながらに思い知っていた。
「…一緒に、釣りに行って欲しいぃー…」とハイネがかわいらしく腰をねじりスカートを翻しながら言うと、「ああ、いいぞ」と幻影はふたつ返事で答えて、洋服のハイネを褒めた。
よってハイネの案が採用されたことにより、子供たちと天使たちは釣りに同行することになった。
始めは大型戦艦を出そうと思ったが、小さい子が多いので、十人乗りの戦艦でも十分だった。
今回は信長も参加することになったので、蘭丸、弁慶、源次の三人がまずは名乗りを上げた。
今回はまだまだ力が必要な者から順に幻影が三名を指名した。
試しに全員で踏んでみたが、飛行には全く問題がなかったので、大人数で大海原に出た。
今回はハイネの勘で戦艦はゆっくりと着水して、大人数で釣り糸を垂れた。
真っ先に引きがあったのは蘭丸で、これ見よがしに幻影に向けて自慢げな顔をしたが、不運にも針が折れてしまって魚を逃した。
「…壊れやすい針を俺に…」などと蘭丸が言い始めたので、「…あとあと面倒になるようなことはしねえ…」と幻影は真顔でうなると、蘭丸は一気に悲しそうな顔をして、己の剛力を呪ってから素直に謝った。
魚影は確認できるのだが、妙に引きが鈍い。
全員が最低でも二匹は釣っているので、誰かが欲を持っているわけではない。
さらには様々な種類の魚が釣れていることも今までとは違う点だ。
その中には信長が釣った鰻が群を抜いて光っている。
―― これが普通か… ―― などと幻影が思っていると、何の前触れもなく、いきなり戦艦が一間ほど浮き上がって穏やかに元に戻った。
するといきなり全員の釣竿に当たりが来た。
―― まさか、遅刻? ―― と幻影は思って、少し陽気な気分になって笑った。
日が暮れたので帰ることにしたが、信長の希望で烏賊釣りならぬ烏賊掬いを楽しむことにした。
もちろん解毒剤なども用意して、万が一を考えて、扱いは幻影とハイネだけが担当することになった。
咲笑の言った通りの場所に戦艦を降ろして信長がサーチライトを当てると、烏賊の大群がうねっていたことに大いに笑った。
よって簡単にタモですくって解毒をしてから、よく冷えたクーラボックスに収めた。
大きなクーラーボックスをふたつ満杯にして、戦艦は意気揚々と安土城下に戻り、早速工房で魚の解体興業が始まり、城下町を徘徊していた観光客などに絶賛された。
ハイネがシャリの準備を終えたので、ここは格安で幻影が握り寿司を振舞うと、法源院屋の番頭と麺屋の店主は大いに眉を下げていたが、同額で販売するようにハイネが大量の寿司と刺身を卸した。
観光客はここで大いに食って、地元住人は法源院屋か麺屋に駆け込んだので、それほどの混雑にはならずに、販売に出したものは速やかに完売した。
「…ふむ…」と信長は短くうなって、笑顔で寿司を食べている観光客の女性を見入っている。
「…あら? ついに浮気かしら?」となどと濃姫は言って信長を見たが、三人で旅行中の女性の中で、一番目立たない女性に声をかけた。
「…やっぱりぃー…」と声をかけられた女性の連れのふたりの女性が、声をかけられた女性に向けて言った。
彼女は能力者ではないが、このサルサロスではそれなり以上に有名人だ。
しかし、今は目立たない服装なので誰も気づかなかったのだ。
「こんな小さな星の一番になるよりも、
琵琶家の底辺にいた方がよっぽど価値はあるわよ」
濃姫のこの口説き文句に、女性は控え目にこの話に乗ったが、旅を続けたいと言ったので、「都合のいい時にいつでもいらっしゃい」という濃姫の言葉に甘えて、予定通り旅を楽しむことにした。
「…素晴らしいほどに欲がない平和で普通の人だなぁー…」と幻影がほめているのか貶しているのかわからないようなことを言ったが、誰もが大いに感心していた。
「精神的に似ているのは源次だな。
それほどいない、なかなか素晴らしい人材じゃ」
信長の誉め言葉に、源次は大いに照れていた。
臨時店舗は閉店して、握った分は手土産用として販売すると一瞬で売り切れたので、琵琶家一同はさばいた魚などをもって、安土城の厨房に行って、素晴らしいほどの生け作りを作り出して、全員の目を楽しませた。
そしていつものように信長が手を付けると、誰もが一斉に箸をもって、うまい魚と飯を堪能した。
「あら、今日は汁物が早い」と濃姫が言った瞬間に、器の中身を飲み干していた。
「奥様! 本当にうれしいです!」と、待ち構えていたハイネは言って、器を入れ替えた。
「…ああ、懐かしい…
京の味だわぁー…」
白味噌仕立ての具だくさんの味噌汁に大いに反応したのだ。
まさにひとつの料理と言っていいほどに具だくさんなので、茶漬けにしても問題がないように工夫されて作られているものだ。
ドドンガの実の薄切りが入っていることで、更に食欲をそそるのだ。
信長は笑みを浮かべて見ているだけだ。
なにしろ信長の目の前には、厚みのある鰻重が目の前にあるからだ。
信長が釣ったものなので、誰も文句は言わないが、信長は機嫌よく、子供たちに食わせて回った。
そしてハイネは全員にひつまぶしを配膳すると、更に食欲が増進したようで、誰もが大いに食った。
さらには烏賊の刺身や握り寿司も大いに楽しんで、大量に釣ったうまい魚の半分ほどは、家人の腹の中に納まった。
「…強くならなきゃ嘘だわぁー…」と、神出鬼没の桜良が大いに大飯を食らいながら陽気に言った。
「はい! 咲笑ちゃん! 強くなる理由の説明!」と桜良が陽気に叫ぶと、咲笑は眉を下げて箸を置いて、画像と口頭で説明をすると、誰もが大いに感心して、咲笑に拍手を送って労った。
「とんでもなくバランスよく栄養素を取り入れていたんだね」という幻影の言葉に、誰もが眉を下げていた。
全ては幻影の計算通りと思っていたようだが、どうやら違っていたようだ。
「でもね、幻影様はあと何を摂ればバランスがいいのか、
いつもお聞きになられるのです」
咲笑の言葉に、琵琶家の長兄を誰もがさらに尊敬した。
「海の幸が目立つように盛り付けをしておるだけじゃな?」
機嫌のいい信長の言葉に、「はい、神髄はすべて数々の小鉢にありますからぁー…」とハイネが恥ずかしそうに言うと、「あっぱれじゃ!」と信長は幻影、ハイネ、咲笑を大いに褒め称えた。
「お夜食には、少々おいしいものをご用意しておりますぅー…」
ハイネの言葉に、ここは奮起せねばと誰もが思って、自由時間は流派の修行に当てた。
子供たちは児童公園に行って、体を使って大いに遊んだ。
遊び終わって、ハイネは獣人の子供たちに弁当を渡した。
そして阿利渚たち子供と天使たちは大いに期待して、餌付けをされた動物のように、ハイネの後ろを追って、安土城に戻った。
「お前らはワシたちにどれほど強くなれというのじゃ?!」と信長は機嫌よく叫んで、見た目は重厚だが、かなり軽い軽食を大いに食らってから、眠りについた。
最後に出したものは、様々な食材が詰め込まれていたハンバーグだった。
ソースにも様々な材料が使われている、栄養満点のまさに逸品だった。
大量に食べても消化が良く、腹が大いに膨れて眠りに誘いやすい逸品だった。
この日、ついに琵琶家一同は天使の夢見に誘われた。
「どうして今日なの?」と幼児姿の信長が桜良に聞くと、「全員資格を得たから!」と桜良は陽気に叫んだ。
「…あー… なんか、すごいなぁー…」と幼児の姿の幻影こと幻武丸は大いに感心していた。
まさに広い土地に、多くの出し物が披露されている。
率先して行っているのは、タルタロス軍の兵士が半数と、あとは知らない者たちだった。
「見世物をする方も修行」と桜良が真剣な目をして幻武丸を見たが、幻武丸は大いに照れている蘭丸こと桜姫の手を握っていて、「あ、そ」と冷えた目をして言った。
「…幼児になって、本性が現れる典型だったわぁー…」と桜良が大いに嘆いた。
「…幻武丸君も、何か見せてあげて欲しい…」と桜姫が恥ずかしそうにしてホホを赤らめて言うと、「今は、桜姫を見るのに忙しい」という幻武丸の言葉に、桜姫は桜色ではなく薔薇のように真っ赤になって大いに照れた。
「…我も、見習わなくては…」と幼児の信長こと、幼児の第六天魔王は言って、それほど変わらない濃姫こと胡蝶蘭を見た。
「…幼児に興味はないわ…」という胡蝶蘭の言葉に、「幼児しかおらぬが?」という第六天魔王の言葉に、胡蝶蘭は辺りを見回して、「…あ、あなたが一番、大人かしらぁー…」と大いに照れて言って、第六天魔王に寄り添った。
まさに、相棒や伴侶を持つ者たちは大いに親交を深めて、いつの間にか目が覚めていた。
「…ふむ… なぜ今だ…」と幻影は言って半身を起こし、幻影に抱きついている阿利渚を抱きしめた。
「…みんな、バラバラで寝てるから…」と阿利渚が寝言のように言うと、「…ああ、それで雑魚寝…」と幻影は春菜の普段の生活を察してその回答を得た。
「誘う天使たちが大変なわけだ」と幻影は言って大いに納得していた。
「天使たちも甘やかさない、
素晴らしい家になったはずだ」
「…幻影よりも幻武丸がいいわぁー…」と蘭丸が寝言のように言うと、「いつでも無愛想な俺になってやってもいいんだぜ」と幻影は言って鼻で笑うと、「…もちろん、幼児だからさらにいいに決まってるじゃない…」と蘭丸は言って、幻影から阿利渚を奪って抱きしめてまた眠った。
これはいつものことなので、幻影は慣れたようなものだ。
「…パパ、おはよう…」とハイネを筆頭にして、それなり以上にいる子供たちは、幻影に抱きついて朝の挨拶をする。
まさに幻影にとって、一日が始まるこの時間が、一番の至福の時になっていた。
そして、蘭丸に抱きつきに行って、起こすこともハイネたちの仕事になっている。
幻影とハイネは修行ではなく海に出た。
始めは源次夫婦を誘おうと思っていたが、家忠が目に入ったので、家忠と武蔵、そして宗矩に声をかけて、五人乗りの戦艦に乗り込んだ。
原動力が四人でも余裕で宙に浮き、一路北を目指した。
もうすでに海の村から漁船は出ていて、忙しそうに網を引いていた。
戦艦は上空を数回旋回して、朝のあいさつに代えてから、さらに北に飛んで戦艦を波に浮かべた。
「ん? 何にもいない?」と幻影は言って辺りを見まわした。
もちろん、男三人は欲があるのかと大いに自分たちを疑っていた。
しかしハイネは笑みを浮かべていて、「来た来た!」と陽気に叫んで、幻影が見ている逆の黒っぽい波に指を差すと、男三人はほっと胸をなでおろした。
「…食われるために来るとは、かわいそうなヤツら…」と家忠が言うと小さな影が音もなく去って行った。
幻影は何も言わずにうなづいているだけだ。
ここからは五人で釣竿を垂れて、あっという間に大漁となり、縁起物の大漁旗を掲げて安土城に戻った。
早速工房で魚をさばいて一部は天ぷら、一部はフライにした。
それ以外の半分は冷凍保存をして、残りは干物として工房に残して準備を始めた。
美味い匂いを嗅ぎつけた法源院屋の番頭と丁稚と、麺屋の店主と手伝いがやって来て、天ぷらとフライを買って行った。
そして幻影は新製品のソースと天つゆも味見をさせたあとに売りつけて、今日も大金を手に入れて、笑みを浮かべている阿国に渡した。
朝餉ではさすがに天ぷらもフライも出さなかったのだが、信長に催促されてしまったので、ハイネがすぐさま配膳した。
そして信長にはハイネ特製の天丼を用意した。
「…おお… 汁の香りが非常に良いのぉー…」と信長は言って、勢い込んでかき込んだ。
「…ハイネちゃん、爺様と同じものをぉー…」と長春が懇願したので、ハイネたちは家人たち全員に天丼を振舞った。
琵琶家の家人たちに、朝っぱらからの揚げ物など苦ともせずよく食らう。
さらにはフライまでも要求されたので、昼餉の料理はまた別のものを考えることになった。
「この天丼は、タレがすっごくおいしいわぁー…」と今朝もここにいる桜良が満面の笑みを浮かべて言ったが、レスターがすぐに現れて、琵琶一同に朝の挨拶をしてから消えた。
もういつものことなので、誰も何も言わずに黙々と朝餉を食らった。
そして右京和馬星の別荘に飛んで大いに体を鍛え上げた。
もちろん、幻影とハイネはここでもまた海の上だ。
今回は少々遠出をした。
高台を通り過ぎ、さらに南の涼しい場所まで飛んで、小さな戦艦を海に浮かべた。
「…集まっているけど、なかなか大きいな…」
「鮪ですかぁー…」とハイネが幸せそうに聞くと、「それもいる」と幻影は言って船から飛び出して、ハイネのお好みの、巨大な鮪の尾ひれの根元を持ち上げて、かなり離れてから血抜きをした。
すると、さらに大きな魚影が見えてきたが、血抜きを終えた時点で幻影は船に戻った。
幻影は狭い船内でハイネとともに身を短冊に切って、残骸は幻影が遠くに飛ばした。
すると巨大な鮫のような魚が大いに喜んで食らいついているが、身はほとんどない。
しかしこれも自然への還元として、幻影もハイネも笑みを浮かべて、砂浜の村に戻った。
ゲイルたちが戻ってきていたので、幻影とハイネが挨拶をすると、「…今日は、おいしそうな匂いがするんだけどぉー…」とマリリン・スプラッシュが少し小さいクーラーボックスをまじまじと見て言った。
「魚ですけど、食べるのですか?」と幻影が聞くと、「…これは食べるぅー…」とマリリンは今にもよだれを垂らす勢いで答えた。
「…初めてじゃなのかなぁー…」とゲイルが眉を下げて言うと、「あー…」と幻影は少しだけ察してうなった。
「まさか、南半球の魚のことはそれほど知らないのでしょうか?」
幻影の言葉に、ゲイルはすぐに察して笑みを浮かべてうなづき、マリリンは、「…食べさせてぇー…」と今度は懇願してきたので、幻影とハイネは今日の獲物を厨房に持ち込んだ。
「…姉ちゃん、恥ずかしいから…」とエカテリーナが眉を下げて言ったのだが、マリリンは厨房を見入っているだけで何も言わない。
するとかわいらしいウェイトレスたちがあっという間に配膳をすると、マリリンはもう鮪の刺身を目を血走らせながら食っている。
「…怖いな…」とゲイルが眉を下げて言うと、さすがにマリリンは気付いたようで、「おほほほ」と淑やかに笑ってから、上品に食べ始めた。
「まあ、確かにここでは初めて出たな」とエカテリーナは言ってひと切れ食べて目を見開いた。
「…これもまたうまい…」とエカテリーナが笑みを浮かべて言うと、誰もが一斉に鮪の切り身に手を付けて飯をかき込んで幸せそうな顔をした。
そして幻影の即興の握り寿司にも大いに手を出して、大いに腹を満たした。
しかし琵琶家はこれからで、コリスナー家の三倍ほど大いに食らっている。
「…あー… とろけるわぁー…」と桜良が機嫌よく言って、握り寿司を両手に持って喜んでいる。
「…毎回来るようになったな…」とゲイルが眉を下げて桜良を見て言うと、「…私と同じだもぉーんー…」とここぞとばかりにスイジンが言った。
「その調整はレスターさんがしているからいいんだ」とゲイルが釘をさすように言うと、スイジンは大いにうなだれた。
「朝餉に現れて、レスターさんがすぐに連れ去りました」
幻影の言葉に、ゲイルたちは大いに笑った。
「そうそう! 天丼天丼!」と桜良が陽気に叫ぶと、子供たちがすぐに桜良に配膳した。
こうなることはもう読めていたので、準備をして待っていたのだ。
そしてコリスナー家全員と、琵琶家の希望者にも天丼が振舞われた。
コリスナー家はほぼ食事を終えていたのだが、ここは別腹で天丼を大いに食らって幸せそうな顔をした。
「…やっぱ、さらに食わねえと…」とエカテリーナは言って、ついにはお代わりまでした。
「…天丼のタレのにおいをかいで、フィルちゃんが落ち込んでたわ…」と桜良が悲しそうな顔をして言うと、ハイネがタレとその成分表を桜良に渡した。
桜良は大いに礼を言って、「…鮪丼…」とつぶやくと、竜人の子供たちがすぐさま、鮪三種盛丼を運んできた。
「…ファストフードよりもファストだ…」とゲッタは言って眉を下げている。
「いい修行になってるさ」とゲイルは笑みを浮かべて言った。
「…これも好きぃー…」と長春が鮪の解し身を焼き海苔で巻いた巻き寿司に舌鼓を打ち始めると、また一斉に配膳が始まった。
「みんなも食べろよ」とゲイルがウェイトレスの姉たちを心配して言うと、「もう食べたけど、後でまた食べるよ!」と明るく答えた。
「…こりゃ、成長が早まるかもな…」とゲイルは眉を下げて言ったが、ライジンとスイジンは笑みを浮かべて子供たちを見ているだけだ。
「今出した分で、ようやく一匹を食い終わりました」という幻影の言葉に、誰もが目を見開いた。
どれほどでかい鮪だったのかゲッタが気になって聞くと、大きさは聞いてよくわかった。
「食べない部分は、海に住む鱶に献上しておきました」
幻影の言葉に、「…あっちも贅沢なもんだ…」とゲイルは多い目をして海を見た。
「…ああ、味覚が…」と桜良は言ってうなだれた。
桜良の場合は美味いから食べるので、味覚が鈍くなると、食事を終えることにしている。
今まではとりあえず食べていればよかっただけなのだが、食を楽しむことに決めてから、味覚が薄れると限界と決めて、すぐに箸を置く。
目の前の食器は、洗ったばかりのもののように光り輝いてる。
この食べ方も、桜良ならではの食に対する礼儀だ。
「…次は、衣食住の衣の子…」という桜良のつぶやきを幻影は聞き逃していなかった。
「その子は、まずは桜良さんが育てるの?」と幻影が聞くと、「…あー…」と言って幻影を見たままうなだれた。
「裁縫はできるが、専門というわけではないからな。
鎧づくりなら指南はできる。
しかしごく一般的な着物や服となると、
俺の知る限りでは、師匠は桜良さんが適任だと思う」
ここはすぐに桜良はレスターと話し合い、「…それでいいってぇー…」と桜良は少し残念そうに言った。
「衣食住の住の子は、見つけたら俺が育てるから」
幻影の力強い言葉に、「…衣の子が嫉妬しちゃう…」と桜良が嘆くと、「最後に鎧づくりの師匠」という幻影の言葉に、桜良は大いに納得して笑みを浮かべた。
ここからはいつものように、保存食や菓子作りを行って、桜良は菓子は別腹として、スイジンとともに機嫌よく甘い菓子などを楽しんだ。
すると、ゲイルに雇われた佐藤俊介と松崎青空が幼児の姿で幻影のそばにやってきた。
「…あのさ、目的の修行は見つかったんだけどね…」と俊介少年が眉を下げて幻影に向けて言うと、青空も眉を下げていた。
「じゃあ、やればいいじゃん」という幻影のつれない言葉に、俊介も青空も懇願の眼を幻影に向けると、幻影はふたりに指を差して大いに笑った。
「…だけど、ひとつの職業を極めろと言われても…」と俊介は言って、青空とともにうなだれた。
「そりゃ果てしない修行だな…
確かに、極めると言っても…
あ、それって誰が認めるの?」
「…自然界…」と俊介がつぶやくと、「…ほかの修行を見つけた方がいいと思うよ…」と幻影は眉を下げて答えた。
「もちろん、極められそうな職業に就きながら、
新しい修行も見つければいいさ。
まずはここの厨房で皿洗いから。
配膳などのウェイター。
片付けなどのスイーパー。
さらにはその二つの職の頂点とも言えるシェフ。
自然界がどう認識するのかはわからないけど、
修行を積んでうまくいけば、
三つの職を極めたと認識してもらえるかもよ?」
「…おー… それはあるかもぉー…」と俊介は希望をもってうなってから、青空とともに幻影に頭を下げて、厨房に行っても子供たちに頭を下げていた。
「どうして俺に聞きに来たの?」と幻影がゲイルを見て聞くと、「…今のようなことひと言も聞かれなかった…」とゲイルは眉を下げて答えた、
「…人としては良くないね…
まずはそれを治せば、自然界は何かを認めるかも…」
幻影の言葉に、ゲイルは大いに笑って、「言える言える!」と陽気に叫んだ。
「エッちゃんと同じでね。
認めた一番強い存在としか話さなくなるんだ。
神の性格のようなものだから、
付き合ってやるしかないんじゃない?」
幻影は何度もうなづいて、「…となると、俺が弱くなれば、その次に強い者に話しかけるわけだ…」と幻影は言って、不愛想な鼫に変身した。
すると、桜良が大いに困惑して、「…お話があるから、幻影君に戻って欲しいぃー…」と懇願した。
だが鼫は四本足で素早く走って、山の麓の草むらに消えた。
「先に話しておけばよかったぁ―――っ!!!」と桜良は大いに嘆いた。
「…幻影を謁見制にするべきじゃろうか…」と信長は言ってにやりと笑った。
幻影は単独行動をとることを信長には話しておいた。
ゲイルたちが一向に話す気がないようなので、独自に調査することにしたのだ。
この比較的小さな大陸には、もうひとつ別に村がある。
適度に修行を積んだ者であれば、この程度のことはやすやすと見破れる。
案の定、山の頂上には高い壁が立っていて、かなり広い場所を隔離しているように感じた。
鼫は、この辺りには動物しかいないと思って壁によじ登ると、眼下の盆地には人間にしか見えない動物が住んでいることに目を見開いた。
この壁を登ろうとした者はいないようで、変わった痕跡などはどこにも見当たらない。
もっとも、食べるものはたわわに実っているので、このとんでもない囲いの外に出る必要はない。
その証拠に感情は穏やかで、子供が大人にじゃれている程度のもので、ここにいる方が安全と、鷹を括っているようにも感じる。
そして鼫は気付いた。
この奇妙な人間の中に、ひとりだけ人間がいた。
成長の段階での奇跡と言っていいのか、そのひとりが奇跡ではなく当たり前だったのかはよくわからない。
ただひとりだけ、家と思しき住処の外に出て、山をじっと見上げているのだ。
雰囲気も、そして魂の判定も人間だが、『未熟な』がつく。
よって人間だが動物の面も多々あると言っていいようだ。
―― なかなか危険な存在… ―― と鼫は思い、今までよりもこの地には長居をしようと思って、塀の上から囲いの内側に素早く降りた。
宙を滑空すると見つかってしまう可能性が高くなるので、できれば足音も立てないほど慎重に素早く、辺りに気を配りながら、生物がいない平地を目指して移動した。
やはり動物的勘は鋭いようで、鼫が移動していたことをどうやら気づいていたが、狩りの範囲外だったのか、襲ってくることはなかった。
―― あ、そういうことか… ―― と鼫はようやく気付いた。
ゲイルとしてはこの囲いの中に嫌な思い出があるはずなのだ。
鼫は幻影に変身することなく何かができないかと考えていると、特に戻る必要はなく、地面伝いに生物たちを認識することはできた。
―― やはりそうだった… ―― と鼫は確信して、一匹の人間の肉体を余すことなく探って、数多くの不具合を見つけた。
しかし、過去の事実を消せるものではないので、疾病を治したところで山の上にある高い塀を取り除くわけにはいかない。
となると、できれば別の地に移住させることが一番いいのだが、この星には人間にとっての安全地帯はこの大陸と南の高台にしかないのだ。
もちろん、この大陸もそれほど安全だとは言えない。
ゲイルの友人のように、かなり無理をして、南の大陸からこの大陸まで渡ってきた怪鳥がいたからだ。
しかも、先日出会った蟹の怪獣までいるので、いつ危険にさらされるかわかったものではない。
よって高い山に阻まれているこの盆地が、最高に過ごしやすい土地なのだ。
―― 大地を操れる術を使えれば… ―― と幻影は今ほど自分自身の無力を思い知ったことはない。
そしてこの星には神が住んでいない。
獅子丸やサルサロスのように神がいれば、何とかなるかもしれないのだが、これはただのないものねだりだ。
そして無力には違いないが子供を探っている時に、『ゲイル兄ちゃん』と鼫の頭に声が聞こえた気がした。
鼫の考えていた通り、この地の人間にしか見えない動物が、ノスビレの竜人を食らったことがあるのだろうと確信した。
魂は肉体を離れ、この不憫な動物たちの子として産まれてしまったのだろう。
もちろん、竜に転生することなく、命を落とした者の魂かもしれないが、ゲイルの名を知っているということは、それほど昔の話ではない。
しかも、『兄ちゃん』と言ったので、ほんの数年前の話のはずだ。
この盆地は広く、人間のような生物がいる辺りは比較的開けていて、川や湖があり、ゲイルが作ったであろう農地がある。
どうやら農耕についての指導をしているようで、雑草の類はそれほどなく、比較的整理されている。
鼫は人間のような生物が住んでいない東の森に移動して大いに驚いた。
人が住まなくなって数十年ほどは経過しているであろう建物があったのだ。
この星には文明文化は皆無と言っていい。
よって、ほかの星から移住か、もしくは遭難してこの地で過ごしていたのだろうと推測できた。
よって、人間のような動物を脅威に思い、この森に近づかないのだろうと推測した。
そして巨大な足跡を発見した。
しかし、そのような巨大な生物がいる気配はない。
よって、ゲイルは杞憂に思い、巨大生物を何とかしてこの地から放り出したのだろうと推測した。
そして、人工物と思しき絶壁を発見した。
この壁の向こうは、ノスビレ村の盆地に続くはずだ。
よってこの壁はゲイルか、もしくはスイジンかライジンによって築かれたと推測した。
しかしかなり古いこともあり、村の長である、スイジンかライジンの仕業だろうと結論は出た。
すると、南の方に、波の音が聞こえ、すぐさま移動して、怪獣程度なら通れるほどの隙間を発見した。
外に出ると、そこには小さな砂浜があり、もしも陸の怪獣が泳いで海を渡ってきた時、この砂浜を見つければ上陸できたのだろうと察した。
ちなみに、砂浜の村は、数年前に開拓されて現在に至っているので、ノスビレ村が襲われることはそれほどなかったのだろう。
怪獣がいないだけで、猛獣は生息しているので、盆地の村は常に警戒をしている。
この空き家には何かいわくがあるのか、猛獣は皆無だったが、山に行けは数多く生息していると鼫は判断した。
このわずかな隙間だが、人工的なものではなく、自然に崩れたものだろうと推測できた。
かなり興味深い大陸だが、ただ単に探検しただけだが、調査を終えようかと鼫は考えた。
鼫はここから囲いでもある山に登って、さらに高い木に登って、大陸の南からこの地を一望した。
まさに絶景で、北の盆地の村の平地の部分と湖がかすかに見えた。
こうしてみると、ノスビレ村はこの大陸の十分の一ほどでしかない。
ノスビレ村は神の村でもあるので、土地の広さはそれほど問題にはならなかったのだろう。
『計算、終わりましたぁー…
外的手術は必要なく、
人間として目覚めさせることは可能ですぅー…』
鼫の頭に咲笑の声が響いた。
咲笑も忍者のように、小さな鼫の近くにいて、息をひそめて待機している。
鼫は咲笑の重要な情報を元に、鼫は姿を幻影に戻し、ノスビレ村の東にある森の果実と海産物の保存食を箱に詰めて、農地の南をめがけて投げた。
もちろん、人間のような動物たちは箱に気付いて、不思議そうに見て回るが、唯一人間と思しき者がふたを開けて、中の食料を仲間たちに食わせた。
「どれほどで変化が認められそうだい?」と幻影が聞くと、「数日後、かなぁー…」という咲笑の言葉に、幻影は声を殺して笑った。
「果物がね、魔法の果実なのですぅー…
進化の実といってもいいのかなぁー…」
咲笑の言葉に、「…まさか、ひとりだけ人間ということは、あの実を食ったことがある…」という幻影の言葉に、「…鳥が咥えていたとか…」と咲笑が答えると、幻影は少し笑った。
「大いにあるな。
しかも、南の大陸で何人も獣人を発見している。
進化の実を食った可能性は大いにある。
だが、全ての怪獣に与えると、さらに収拾がつかなくないそうだから、
やめておいた方がよさそうだな…
あの地から出した小動物には食わせた方がよさそうだ」
琵琶家も犬を一匹雇っているので、食わそうと思ったが、「…砂浜の村で植樹しているものと同じはずだ…」と思い出していた。
「…バンド君、獣人になちゃうかもぉー…」と咲笑が言うと、幻影は調査はここまでとして空を飛んで、半時計回りに大いに迂回して、砂浜の村に戻った。
「ご苦労、よくわかった」と信長は機嫌よく言って、幻之丞の頭をなでた。
もちろん、咲笑と幻之丞が通信していたので、幻影の調査したすべてが手に取るように把握できたのだ。
しかし蘭丸はご機嫌斜めで、幻影をにらみつけている。
そして咲笑を見るとやけに自慢げなのでさらに気に入らなくなっていた。
「文句があるのなら、次があればお前がやれ」と幻影が蘭丸に言うと、「うおっ?! …お、おう…」とうなって自信なさげに頭を下げた。
「…おまえはすぐに御屋形様から離れるではないか…」と蘭丸は何とか言い返したが、「こうすればよいのか?」と信長は言って蘭丸の頭をなでると、「…は、はあ…」と蘭丸はつぶやいて、天にも昇る気持ちになっていた。
「よろしかったようです」と幻影が小声で言って笑うと、信長も機嫌よく笑った。
幻影は長春のそばにいて小動物と戯れているバンドを見てから、「バンド」と呼ぶと、すぐさま耳を立てて、姿を変えずに後ろ脚だけで走ってきたことに、幻影だけが大いに笑った。
「芸をやれなどと言ってないぞ」と幻影が言うと、バンドは大いに戸惑ったようで、幻影を見入ったまま、幼児の犬の獣人に体が変わっていた。
「お! なかなか利発そうでよいな」と信長が機嫌よく言って、バンドの頭をなでた。
「…あ、うう… あー…」とバンドはうなって、足やら手やらの確認をしてから、信長に抱きつくと、「そうか!そうか!」と信長は機嫌よく叫んで、バンドを抱きしめたのだが、濃姫にすぐさまさらわれて、「騎士にならない?」と言ったことに誰もが笑った。
「誰もがよく話をするので、
人間の言葉も早々に覚えるでしょう。
あとはもう一匹、
タルタロス軍に雇われた小さな馬ですね。
進化の木の実は食っていると思うのですが…」
幻影が怪訝そうに言うと、「人それぞれじゃて」と信長は機嫌よく言った。
獣人に変身できるが黙っている可能性もあるはずだ。
それはただただ戸惑いがあるだけで、人間でいう恥ずかしさなどを含んでいる場合もあるだろう。
幻影は知った事実を極に念話で連絡すると、『おかしいと思っていたんだ』とすぐに言ってきた。
よって幻影はあとは極の判断に任せることにして念話を切った。
念話の内容は咲笑が既に声色を使って家人たちに話していたので、二重の報告の必要はない。
「ごく一般的な動物には効果はないと思います」と幻影は言って、阿国に抱かれている弟の鼫を見た。
「…そうか… まだ普通に動物でしかないか…」と信長は残念そうに眉を下げて言った。
「しかし、旅を続ければその効果が現れるかもしれません。
母上はさらに高願をかわいがることでしょう」
「…そうじゃな… 過剰な願いは欲でしかない…」と信長は自分自身に言い聞かせるように言った。
「…じゃが…」と信長は言って竜人の子供たちを見入った。
「あの子たちは進化ではなく覚醒ですから」という幻影の言葉に、「そうか… 質は違うな…」と信長は納得して言って何度もうなづいた。
「ですが、何らかの効果は表れていると思うのです。
ゲイルさん、エカテリーナさん、
そしておふたりの兄であるレイズさんと、
立て続けに三名も竜として覚醒しています。
さらには、人間のような動物として転生してしてしまった不憫な子…」
「かなりの修行じゃな…
まさに、我らと同格やもしれぬ…」
「御意」と幻影は明るい笑みを浮かべてうなづいた。
すると、ゲイル、ゲッタ、エカテリーナがいきなり竜に変身して東の山に向かって飛んで行った。
「なかなかの急展開だったようですね」と幻影が言うと、信長は機嫌よく大いに笑った。
その逆側の西の空は、素晴らしいほどの夕焼けが、ノスビレ村を祝福しているように見えた。




