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赤い幻影 akaigenei ~覚醒編~      赤潮 akausio


   赤い幻影 akaigenei ~覚醒編~



     赤潮 akausio



幻影は夕餉用の獲物を捕らえるために、ハイネとふたりして小型戦艦に乗り込んだが、サエもついてくるようで、五人乗りの戦艦に乗り換えて、さらに漕ぎ手としてブラックナイトを誘った。


もちろん快く幻影に従って、さらには家忠が珍しく立候補してきた。


家忠には欲はないのだが、本人としてはそれだけが心配だったようで、今まで船釣りに同行することはなかった。


漕ぎ手はもう必要なかったのだが、ここは武蔵が家忠に対抗するようにしてやってきたので、幻影は楽をすることに決めて、ハイネを膝の上に乗せて行楽気分で漕いだ。


「…もう魚群を確認できるな…

 …面白くないから、少し北に行くか…」


幻影は進路を東から北に変えて、しばらく飛んでからゆっくりと戦艦を着水させた。


「ここ、浅いようです」とハイネが言ったとたんに、「…魚ではない何かがうごめいています…」と家忠がつぶやくと、「…また儲けたぁー…」と幻影はうなって、間髪入れずに投網を投げ込んだ。


持ち上げると、「…高脚蟹?」と武蔵が言うと、「食いごたえあるよな!」と幻影は叫んで、みんなで協力して網を引き揚げた。


これだけでもう十分だったので、小さいものは逃がしてクーラーボックスに収めて、安土城に戻った。


クーラーボックスは工房に下ろして、もう準備万端で待ち構えていた信長たちに獲物を見せてから、海水を沸かしている大釜に蟹を放り込んだ。


「…うおー… うおー…」と信長は無表情でうなっている。


もちろん誰もがうなりたいところだったのだろう。


素晴らしい蟹と潮の香りを胸いっぱいに味わっていた。


幻影とハイネたちは生食用に蟹をさばき始めると、法源院屋の店主といつもの番頭がすっ飛んでやってきた。


そして早速、食いごたえのある味見をして、「…ああ、ここに来てよかった…」と店主は涙を流して喜んで笑みを浮かべた。


今回もそれなり以上の高値がついたが、幻影は何も言わずに言い値通りで売った。


観光客経由で、報道関係者がやって来て、まさにうまいだろうと感じる、少々グロテスクな生物を見て眉を下げていた。


ハイネがひと通り説明すると、「…物知り少女だぁー…」と蟹ではなくハイネに興味が移っていた。


そしてうまい匂いを嗅ぎつけた食材研究家もやってきたので、幻影は報道の方は丸投げした。


謝礼は蟹一杯で簡単に引き受けたので安いものだった。


今日の料理番は楽をして、夕餉は蟹の刺身と茹で蟹に蟹鍋の蟹づくしとなった。


まさに素晴らしい香りがくつろぎの間に漂っている。


「…蟹ぃー… 蟹ぃー…」と長春もうなって、大いに機嫌がいい。


信長は何も言わずに手酌で酒を飲みながら蟹にしゃぶりついて満面の笑みを浮かべている。


「今回はいつもに増して帰りが早かったな」と信長が機嫌よくハイネに言うと、ハイネはすべての事情を話した。


「…あんたたちはとっておきだったのにぃー…」と翡翠は大いに嘆きながらも、大いに蟹を食らっている。


そしてひとつの鍋で早速雑炊を作り始め、ハイネはまずは信長に配膳した。


信長は手ごねをして箸とどんぶりを持ってかき込み、「…ああ、うまいぃー…」とつぶやいて満面の笑みを浮かべた。


「今日は大勢で行ってこの素晴らしい成果か。

 いや、日ごろの行いがいいおかげじゃろうて」


信長が大いに機嫌よく言うと、携わった者たちはすぐさま頭を下げた。


サルサロスのお付きたちは琵琶家の食欲に舌を巻いていたが、その強さは食にあると大いに思い知って、強くなるために倒れそうになるまで大いに食らった。


サエとブラックナイトはついに獣人に変身して、まさに動物と言わんばかりに大いに食らった。


食後の口直しも半端ない量だったが、出されたものはすべて食らった。


「たくさん食べてくれてありがと」というハイネの穏やかな言葉に、サエたちはなぜか大いに感動していた。


「いつでも琵琶家の一員となればよいからな。

 もっとも、救済の旅に出て鍛えた方が実りは多いはずじゃ」


信長の明るい言葉に、サルサロスのお付きたちは一斉に頭を下げた。


「…極のヤツ、浮気しないかしら…」と燕は余計な心配をするほど、食う方には余裕がある。



「ところで、何かやった?」と幻影は言葉足らずで翡翠に聞くと、素っ頓狂な顔を返した。


まさに寝耳に水という表情でしかない。


幻影がその理由として魚影が待ち構えていた件を語ると、「…思い当たることはありません…」と翡翠は眉を下げて答えた。


「その魚影を見送った報いがこの蟹じゃったわけか」と信長は機嫌よく言った。


「ある意味ついていました。

 大海原の真っただ中だったのに、浅瀬があったのです。

 咲笑の話によると、昔は大きな島があったようですが、

 浸食によって水没したそうです。

 条件が良かったのか、高脚蟹の楽園になったのでしょう」


「…ああ、マジェンダの地ね…」と翡翠はごく普通につぶやいた。


「特に面白い話はないようだね」と幻影が聞くと、「土地が狭くなっていくにつれ、人間たちは危機を感じて、この地に逃れた程度のお話しかありません」と翡翠は答えた。


「その種族が初めていかだでしかない船を作ったと記憶しています」


翡翠の昔話に、信長は何度もうなづいていた。


「…多分、十万年以上前のお話ですぅー…」と咲笑が眉を下げて言うと、「…それほどにも前のことだったのね…」とその事実を目撃していた翡翠は眉を下げて言った。


「当時も姿を見せていなかったの?」と幻影が聞くと、翡翠は今度は眉を下げ、「…今も昔も、子供たちの眼は優秀ですわ…」と言った。


幻影は何度もうなづいて、「接触はなかったけど、姿は見られていた」と言うと、翡翠は同意するようにうなづいた。


「…私がここにいる意味を知ったあとだったので、

 できれば穏やかに過ごしたかったのですが…

 変化が現れたのは、電気を使い始めてからでした…

 ほんの千年ほど前の話です…」


「…あれほど臭くなるとは思いもよらなかったよ…」と幻影は大いに眉を下げて言った。


「…陸から離れた沖合はまだましでしたが、

 危機は感じておりました…

 ポポタールを呼んだのに、聞く耳は持たないようで、

 姿を現してくれませんでした…」


翡翠の嘆きに、機嫌よく食事を摂っていた燕が盛大にむせたので、誰もが少し笑った。


「…酷なようだけど、何事も修行だよ…」という幻影の言葉に、「…今ではいい経験だったと…」と翡翠は言って満面の笑みを守山に向けた。



「…蟹騒動が勃発しましたぁー…」と咲笑が大いに嘆くと、幻影はテレビをつけた。


文明の利器を持っているのだが、それほど使うことはない。


しかし、今現在の世間を知るには使える道具でもある。


『この甲殻種は絶滅していたはずだったのです!』といきなり大写しの女性報道官が叫んだ。


『候補はマジェンダ大陸のあった場所でしょう』と顔見知りの食材研究家が言った。


蟹の殻の提供者でもあるようで、素晴らしい笑みを浮かべていた。


『…えっ?』とアナウンサーは少し目を見開いて、言葉を失っていた。


『死の海域と言われていることは誰もが知っている。

 まず船での航海は無理だろう。

 この星に数カ所ある、潮の流れの早い、

 海洋生物にとって楽園のような地だ。

 そして欲をもって飛行艇にでも乗ってたどり着いても、

 賢いから皆逃げる。

 漁ができるのは、海の神に認められている琵琶様たちだけのはずだ』


『…報告によると、琵琶様の船は、レーダーでは検知できないそうです…』


新たな事実に、「偶然の産物だったそうです」と幻影がすぐに答えた。


「そうか、表面の釉か…」と信長は察知して、左手で右手の腕をなでた。


「はい、その通りです。

 さらには我らは監視されていたようですね。

 ですので私の妙な勘のようなものは、

 監視領域に入らないという回避行動だったように思います。

 ですがそのたびにお宝に出会えたことは、

 大いについています」


「…なるほどな… ようやくすっきりした気分じゃ…」と信長は言って何度もうなづいた。


「…だけど、何が騒ぎなの?」と幻影が咲笑に聞くと、「…船という船が海に出ているんですぅー…」と眉を下げて言った。


「…ついに、我慢の限界といったところじゃな…

 それだけ出れば、誰かが何らかの報酬を得られるだろうという、

 人間の悲しい浅知恵じゃ」


信長は鼻で笑って言った。


「海は広いから見つけられないし、

 甲殻類は、海の底に潜れるから。

 今回は大いに警戒してるようだから、

 一匹も収穫がないかもね」


機嫌よく信長の膝の上に座っている人型の姿のサルサロスの言葉に、「思い知るじゃろうな」と信長は鼻で笑いながら言って、サルサロスの頭をなでた。



翌朝には結果が出ていて、「…漁獲高ゼロだったそうですー…」と咲笑が幻影たちが起きて早々に報告した。


幻影はひとしきり笑った後、「しばらくこのサルサロスでは漁に出ないことにした」と宣言すると、信長は同意するように何度もうなづいた。


「もちろん、その代わりにほかの星で漁に出るから。

 販売も現在と何も変えるつもりはない。

 法源院屋と麺屋にだけ卸すから。

 安土城下内がどの場所よりも一番の安全地帯だからね」


「それでよい!

 そして今宵は、

 別の地の美味いもので大いに口直しじゃ」


信長は機嫌よく言って大いに笑った。


朝餉ではまだまだうまい蟹雑炊も出て、誰もが腹も心も満腹になって、社をくぐって砂浜の村に出ると、スイジンが大いに鼻をひく付かせて、「…いいにおいがするぅー…」とつぶやいた。


「蟹雑炊」と幻影がぶっきら棒に言うと、スイジンは幸せそうな顔をした。


「もう朝餉で食いきった」


幻影のつれない言葉に、スイジンは大いにうなだれた。


「西に行けば浅瀬が多いから、

 蟹程度はいるんだろ?」


「いるけど強いよ?」とスイジンが答えると、幻影たちは大いに眉を下げていた。


「それは怪獣の方だろ…

 一般的な生物としての蟹もいるよ」


ゲイルの気さくな言葉に、「手に入りそうだったら獲ってきますよ」と幻影は昨日と同じ人員で漁に出るつもりだったが、エカテリーナが興味を持ったので、家忠と武蔵はすぐに察して辞退した。


そして影達を加えて八人乗りの戦艦に乗り込んで、簡単に宙に浮かんだ。


「我らは心行くまで修練じゃ!」という信長の叫び声に、「おう!」と猛者たちは勇ましく返事をした。



戦艦は雄々しく西の空を飛んでいたが、幻影は感じることがあってわずかに北に航路を取ると、小さな諸島が見えてきた。


「…あれが蟹の怪獣か…」と幻影はただ一匹ぽつんといる巨大な蟹を見て眉を下げて言った。


「…うまいのかな?」とエカテリーナが言うと、「とりあえず、捕らえてから検証してもいいかな?」と幻影は気さくに言ったが、ほかの者たちには大いに気合が入っていた。


蟹は昼寝中だったようだが、戦艦が近づいてくると体をきしませて、爪のある腕を広げ一瞬威嚇したが、すぐさま浜辺から海に入ってその姿は消えた。


「潜っていない」と幻影が断言すると、「…小癪なやつだぁー…」とエカテリーナは大いにうなった。


船を破壊されると面倒なので、戦艦は小高い丘の上に降ろして、全員で砂浜に行った。


「…なんだか笑える…」と幻影は言って辺りを見回して小石を見つけて拾った。


そして振りかぶることなく手首だけで素早く投げると、『ギィ―――ンッ!!!』という金属質のくぐもった鳴き声がして、巨大な蟹の半身が見えたがすぐさま潜ってその姿は消えた。


「…何を狙ったんだ?」とエカテリーナが聞くと、「目だけ海面から出ていた」と幻影が答えると、「おー…」と誰もがうなり声を上げて拍手をして幻影を称えた。


「ん?

 なんだかざわざわする…

 でかいのが引けば、小さいのがやって来るってことか…」


「ヤツはかなり離れた。

 相当に痛かったようだな…」


エカテリーナの言葉を聞いて幻影は投網を持ってきた。


そして宙に浮かんで比較的浅瀬に網を打って、「上げるぞ!」と叫んで持ち上げると、黒い岩のような蟹がわんさかといた。


その副産物なのか、貝などもかなりいて、素早く選別しながらも咲笑がその情報を逐一報告していった。


「…この蟹の方が甘いですぅー…」と咲笑はいつものように、よだれを流す勢いで言った。


この海域で船を出せば怪獣に襲われる危険性があると察したので、今回は幻影はハイネを負ぶって投網を持って、空を飛んで沖に出た。


そして怪獣から逃げ切った魚群に網を放ち、「おっ! うまそうな手ごたえ!」と幻影が叫ぶと、ハイネが陽気に笑っていた。


網を引き揚げてすぐに、準備万端整えて待っていたエカテリーナたちに選別作業を任せた。


「百人分なら余るほどだな。

 常人に換算すると、千人分ほどはある」


「…俺をお前らの仲間にするなぁー…」と琵琶家の半分ほどの食欲のエカテリーナがうなった。


選別作業が終わると、エカテリーナは岩場に行って、わかめのようなものを獲ってきた。


「おっ うまそうだな」と幻影が言うと、「姉ちゃんの好物」と自慢げに言ってわかめを持ち上げた。


姉ちゃんとはゲイルの妻のマリリン・スプラッシュのことだ。


「…このままでも食べられますぅー…」と咲笑は言ってもう食っていた。


幻影たちもわかめを口にして、「うまいうまい!」の大合唱が始まった。


様々な海藻類も吟味して獲り、大収穫の戦艦は浜辺の村に戻った。



「…蟹ぃー… 蟹ぃー…」とスイジンと長春は、よだれを垂れ流す勢いでつぶやいている。


「琵琶家はおすそ分け程度だぞ」という幻影の無碍な言葉に、信長すら眉を下げていた。


だが、今回の料理長たちは差をつけることなく、配膳を始めた。


もちろん、この村の子供たちがこの昼餉の料理長だ。


ハイネは調理はしていないが、陽気に食材集めの際のこぼれ話をして、誰もを陽気にさせていた。


「…これがそのわかめか…」と言って小鉢に箸をつけ、蕎麦のようにすすると、信長は目を見開いた。


「…きれいに切ってある方がさらにおいしいぃー…」とスプラッシュは満面の笑みを浮かべて絶賛した。


「…調理方法が違うだけでも、随分と差が出るものだな…」とゲイルは大いに眉を下げていたが、料理を口にすると満面の笑みを浮かべていた。


昼餉でもあるので、この地でも生産している山の幸のドドンガのステーキも大いに食欲をそそった。


ドドンガは元はといえば、万有源一が宇宙の旅の最中で発見した植物で、巨大生物が住んでいる地のものだったそうだ。


「ドドンガの実は還元率がいいな」と幻影が機嫌よく言って、ゲイルに大量のドドンガの実の干しものを献上した。


「いやー! 助かった! ありがとう!」とゲイルは明るく言って、遠慮なく受け取った。


前回も同様に渡していたのだが、琵琶家製の方がうまいそうだ。


その神髄は新しい料理長たちに伝授している。


「お勧めは色が濃いやつです」と幻影が言うと、「おっ そうなのかい?」とゲイルは言って早速袋を開けて食べ始めると、うなづくだけで何も言わない。


その輪はどんどんと広がって、誰も何も言わずに、黙々と咀嚼するだけだった。


幻影が愉快そうに笑うと、誰もが我に返って、「うまいうまい!」の大合唱が始まった。


「これはさらに実がうまいと感じる。

 たれ漬けにして干したの?」


幻影が聞くと、「我が故郷のみりん干しというやつです」と幻影が簡単に説明すると、出番が来たとばかりに咲笑がその一部始終を映像を交えて説明した。


「ちなみに、保存食というよりも食膳に上げるとすれば、

 味の濃いこちらもお勧めですね」


幻影は言って、違う包みをゲイルに献上した。


「さらに色が濃くて、胡麻汚しか…」とゲイルは笑みを浮かべて言った。


「軽くあぶって召し上がってください」とゲイルは言って、簡易コンロを出した。


早速ゲイルはあぶってから少量を口にしてすぐに飯を食らって、「…うまい…」とつぶやいて天を仰いだ。


「こんなにうまいものばかり食ってるから、

 お前らは強ええんだ!」


エカテリーナは大いに叫びながら飯を食らっている。


「…蟹の化け物を狩るつもりだたのにぃー…」とエカテリーナは悔しさまでもが鮮明によみがえったようだ。


「あの子は危険だから…

 よく無事だったわね…」


スプラッシュが眉を下げて言うと、「俺たちに怯えて逃げた」とエカテリーナは胸を張って言った。


「そんなわけないわ…」とスプラッシュが眉を下げて言うと、「そう、逃げたように見せかけて監視していやがったんだ」とエカテリーナは大いに憤慨して幻影に鋭い視線を向けた。


「…そう… うまく退治しちゃったのね…

 長所が弱点でもあるから…」


スプラッシュはすべてを察して笑みを浮かべた。


「その時の動画でぇーす!」と咲笑がここぞとばかりに映像を流した。


そして誰もが見入っていて、そのすべてを知って大いに納得してから笑い転げ、幻影を褒めたたえた。


「…引きずり上げて肉弾で戦いたかったのにぃー…」とエカテリーナが悔しそうにうなると、「緑竜じゃなきゃ傷だらけになっちゃうわよ…」とスプラッシュは大いに眉を下げて言った。


「鎧を着ているから問題はない!」とエカテリーナは叫んだが、元はといえば幻影の発案の防具なのでうなだれてしまった。


「あら、そういえばそうだった…

 もう、つけていることがわからなくなってるわ」


スプラッシュが陽気に言うと、「安心感を身にまとっていても、油断しないことに越したことはないさ」とゲイルは格言のように言った。


「…戦う時は、兜も手甲もつけるもぉーん…」とエカテリーナは眉を下げて言った。


「めんどくさがりだったのに、変われば変わるものだ」とゲイルは言って、笑みを浮かべて影達に頭を下げると、影達も笑みを返して会釈を返した。


「伴侶なんぞ、俺を強くする道具にしかすぎん!」とエカテリーナは叫んだが、どんどん低姿勢になっていって、最終的には影達に謝っていたので、ゲイルたちは愉快そうに笑った。


「王様らしくていいじゃないか」という影達のひと言にエカテリーナは救われて、穏やかな笑みを浮かべた。


「…夕餉も、琵琶家と合流しようかなぁー…」とエカテリーナが言うと、「いいわけないだろ」という影達の厳しい言葉に、エカテリーナはすぐさま反省して頭を下げた。


エカテリーナは三人目の王として君臨し始めたので、単独では行動できなくなっている。


「明日、我が娘の復活祭をするから、

 今宵は同盟国の使者として泊まりに来ればよい」


信長の言葉に、公務であればそれは有効として、エカテリーナは大いに納得して信長に頭を下げた。


「そのお話も驚くべき事実でした。

 一の姫君のご復活、

 本当におめでとうございます」


ゲイルの祝福の言葉に、信長は大いに照れて大いに笑った。


「…それが拘束されていた火竜だったとは…」とエカテリーナは言って、何度も接触があった、今は濃姫が抱きしめているベティーを見て眉を下げた。


「我が家族にも竜がいることで、

 この竜の国とも無縁ではないことは喜ばしいことじゃ」


「…ベティーちゃん以外にもいるよ?」とスイジンが小首をかしげて言うと、「どうせまた幻影じゃろ?」と信長が言うと、スイジンは、「…うふふふふ…」と愉快そうに笑っただけで、誰だか見当もつかなかった。


「…竜のどでかい肉体には興味があるが、

 俺は持ってねぇー…」


蘭丸は大いに悔しそうにうなった。


「俺も神獣どまりのようだ」という幻影の言葉に、「…むむ… この先、楽しみじゃわい!」と信長は大いに叫んで大いに笑った。



食後のお茶会が始まると、「…賢い竜?」とスイジンは幻影の質問を復唱して考え始めた。


「機転の利くそれほど強くない竜がいてもおかしくないと思ってね」


幻影の言葉に、「…ついに、この質問をされる日が来たわ…」とスイジンは意味ありげにつぶやいた。


竜の世界はわかりやすく、その九割以上が火竜だ。


基本的には動物が神獣となり竜となるのだが、コリスナー家のように人間として生を受け、修行の末に竜となる場合も少なからずある。


それはもちろん、正規の手順を踏んでいて、前世に神獣として君臨していた事実がある魂だけをスイジンとライジンが選別して子として産んだからだ。


よってそれなり以上に鍛え上げれば、ゲイルやエカテリーナのように竜に転生できる者は必ず現れるのだ。


少数派の一割はすべてが星に関する自然現象が竜と化したものばかりだ。


よって幻影の言ったような竜はまずいないことになる。


その特例のような竜が無属性竜だ。


無属性竜は術を使えない代わりに、全ての術の耐性を持っているので、術は通用しない。


そしてその体は異様に硬く、討ち破るには、同じ無属性竜でないと厳しいものがある。


もしもその無属性竜が暴れ始めた場合、止める術がなくなってしまう。


これは自然現象ではありえないことなので、その対策ができる竜も生まれているのだ。


もっとも無属性竜はわずか二柱しか確認されておらず、ゲイルとあさひがそれにあたる。


さらに希少なのが、そのどれにも属さない、気功術の申し子のような竜もいて、それがゲッタだ。


気功術は体術なので、自然界とはほぼ関係のない特殊な竜といえる。


よって竜の世界の安寧のために、戦略家の竜がいてもおかしくないのだ。


力はないが機転は利く。


戦略をもって、暴れ狂う無属性竜を止める知恵を持つ竜がいても当たり前なのだ。


「…水竜が放水して、氷竜が凍らせる…」と守山がつぶやくと、「…種明かしが早いな…」と幻影は苦笑いを浮かべて言った。


「組み合わせれば何とでもなるさ。

 黒い土を投げつけて、緑のオーラを流す、とか…」


「…うう… 抗えられないはず…」とゲイルは大いに眉を下げてつぶやいた。


「それほど悪いヤツなら、術ではなくて、竜の戒めは利くと思うし…」


「…使えてよかったぁー…」とライジンは笑みを浮かべて言った。


「それに自然界は不思議な現象を起こす場合がある。

 たとえば、風の強い冬に時折起こるのだが、

 雷玉のようなもの。

 プラズマボールというらしい。

 雷竜ではないのに、竜が協力すれば雷を起こすことも可能だと思う」


守山の言葉に、スイジンが大いに拍手をして、「さすがマリーンちゃんの盾だね!」と陽気に叫んだ。


「…火竜と氷竜でできそうだな…」と幻影はつぶやいて何度もうなづいている。


「そこに風竜がいれば、ほぼ完ぺきにできるはずだ」


守山の言葉に、誰もが大いにうなった。


「問題は、竜たちが協力するかにかかっているから、

 確かに軍師の竜は必要だと思う。

 スイジン様のように、破格の力を持っている単体の竜は、

 それほどいるとは思えないから」


守山の言葉にスイジンは、「えっへん!」と言って胸を張ると、誰もが大いに笑って、「もう操ったね」と幻影は言って大いに笑った。


「だけど無属性竜も怖いけど、

 重力を操る竜もいるんじゃないの?」


守山がスイジンに聞くと、「…出会ったことないけど、いるかもしれないぃー…」とスイジンは大いに眉を下げて答えた。


「…それは怖いな…」と幻影はうなるように言った。


「…拘束することは簡単」と守山はここまで言ってすぐに固まった。


その重力の術に守山がかかってしまったように動かなくなった。


「…どうやら、正体を現す時が来たようだな…」と幻影がつぶやくと、翡翠は大いに眉を下げていた。


「…幻影…」と守山は体を動かすことなくつぶやいた。


「なにがいるんだい?」と幻影が聞くと、「動けなくなるほどに重い鎧」という守山の言葉に、幻影は笑みを浮かべて、守山の体に合う鎧をひと揃え出した。


守山はようやく動き始め、足の部分を持ち上げようとしたが、「…つけられん…」と大いに眉を下げて言った。


ここは幻影と弁慶が協力して守山に鎧を着せた。


「…これが真の、身動きが取れないというやつのようだ…

 …足、埋まり始めたし…」


「ああ、まだ埋まって行ってるぜ。

 更に荷重をかけるのなら、

 獅子丸が勧めだ。

 鎧のおかげで、中身には何の影響もないはずだからな」


「…そうだ… それが足りなかったはずだ…」と守山は言って、直接獅子丸に頼み込んだ。


そして獅子丸はなぜだが巨大な盾に変身して、守山の上がらない腕を上げさせて持たせた。


すると守山が消えた。


誰もが埋まったと思ったがそうではなく、何と宙に浮かんでいたのだ。


人ならざる姿の守山は一瞬驚いたようだが、空からゆっくりと降りてきた。


『鎧の形まで変わってしまった』と渦巻いているように見える黒い竜が言った。


「その姿が、マリーン様の盾ということらしいな」という幻影の言葉に、「手伝えたことは光栄だ」と獣人に戻っている獅子丸が言った。


「まずは手加減を知るか」と黒い竜は砂遊びを始めたので、誰もが大いに笑ったが、誰にも迷惑が掛からないので一番いい手だった。


そして子供たちと天使たちも黒い竜の仲間になった。


『…造形力のなさにあきれる…』と黒い竜はうなって、砂で矢を表現した。


そして全体を見て、『はっ』と小さく気合を入れると、矢は百分の一ほどになって真っ赤になって燃えていた。


しかしすぐに冷えて、漆黒の矢が出来上がった。


『よくわかった』と黒い竜は言って、守山に戻ったが、重い鎧を纏っていなかった。


「…どうやって、マリーン様に抗おうかなぁー…」と守山が大いに眉を下げて言うと、「まずは話し合えばいいさ」と幻影は穏やかに言った。


「…マリーン様からのお呼び出しですぅー…

 翡翠様も来て欲しいって…」


咲笑が眉を下げて言うと、「…気づいて当然だろうね…」と幻影は眉を下げて言った。


「行ってくるよ」と守山は言って、翡翠の手を取って社に入って行った。


幻影は冷えた鉄のような矢を手に取って、「それなりに重い」と言って弁慶に渡した。


弁慶は両手でしっかりと持った。


固めた砂とほぼ同等の重さだが、それなりに重量はあった。


「…レアメタルの一種で、ガルト鋼という金属ですぅー…」


咲笑は言って、その構成要素票を出した。


「結局は、砂浜の砂を高圧力で凝縮するとこうなるという証明のようなものだね」


ゲッタの言葉に、「はいぃー… その通りですぅー…」と補足説明ができなかった咲笑は少しうなだれて答えた。


「…圧力をかけに行くぞ…」と信長がうなって歩き始めると、琵琶家一同は信長を追った。



守山は人間の肉体でも空を飛べることを知り、できれば急いだ方がいいだろうと思い、翡翠と手をつないだまま、大神殿に向かって空を飛んだ。


正確には、大神殿長がいる場所と言った方がいい。


その大神殿長であるマリーンは、エントランスに立っていて、守山と翡翠を出迎えた。


ふたりは一段高いエントランス下の地面に足をつけた。


そして守山は、「我が母はある失敗を犯しました」と告げると、マリーンの眼は大いに踊っていた。


「何もかも我が母の思い通りに、

 私は成長を遂げています。

 もちろん、大神殿長に仕えるようにという、

 半命令のような事実もわかっています」


よってマリーンは、決定的な大きなミスをスイジンは犯したと感じたが、そのミスがどういったものなのかが大いに気になっていた。


「何度も転生を繰り返したことで、

 その拘束力が薄れているので、

 私は自由の身と何ら変わりがないのです」


「…ああ、そういうこと…」とマリーンは言ってうなだれた。


守山は転生するたびに母の言いつけを真摯に守って鍛え上げたのだが、この件についても拘束力は薄れ、守山の性格のようなものに変わっていた。


よって、守山を縛り付けるものは何もないと告げたのだ。


もしもこれが呪いであれば、拘束力は持続するので、無条件でマリーンに従わざるを得ないところだったのだ。


「申し訳ありませんが、私は守山兵衛の人生を続けます。

 現在の我が主は織田信長様で、

 さらには我が友、真田幻影も私を必要としてくれています。

 さらに、このサルサロス星が現在のマリーン様の鎧のようなものですので、

 命の危険となることは起きないように仕組まれています。

 私の存在は、この星から外に出た時にだけ必要となることでしょう」


「…えっ?」とマリーンは大いに戸惑った。


星がマリーンを守るという話は聞いていなかったからだ。


「敵を欺くにはまず味方から。

 マリーン様を守る盾なのですが、

 その時にならないと発動しないのです。

 これは安心感を避けるために施されたものです。

 しかし、私の覚醒とともに、

 この事実を知らせるようにという願いが私の魂に書き込まれておりましたので、

 お伝えした次第でございます。

 憶測でしかありませんが、

 私が覚醒するには相当な時間が必要だったのでしょう。

 それほどの時間があれば、

 おぜん立てはすべて整っているだろうという、

 我が母の願いだと私は思っています」


マリーンは瞳を閉じて手を組んで、「…食い意地ばっかり張っててごめんなさい…」と懺悔すると、守山は愉快そうに笑った。


「…ところで、守山様のお母さんとは、スイジンちゃんでしょうか?」


マリーンのこの質問はまさに常識的なものだった。


聞く必要がないことだったのだが、マリーンは今まで以上に慎重になっていた。


「いえ、自然界とはまるで関係のない方です」


守山の予想外の言葉に、マリーンは大いに目を見開いた。


「詳しくはわかりかねますが、スイジン様が発注された、

 などと考えてみました。

 よって、スイジン様の関係者に、

 私の母がいるはずです。

 ですが私にそれを知る術がないのです…」


守山がうなだれると、「…ああ、まさか…」とマリーンは大いに嘆いて、守山の不幸に同情して涙を流した。


その母が守山に与えた厳しさに涙したのだ。


もちろんこれも、守山に余計な気を使わせないために、その事実を隠したのだ。


「…その事実が判明するまで気を張っておけということなのでしょう…」と守山が苦笑いを浮かべて言うと、「…はい、そう読み解きました…」とマリーンは薄笑みを浮かべて答えた。


「…父ではなく母なのですね?」


マリーンの問いかけに、「はい、まさに母の愛だと認識しております」と守山は自信を持って答えた。


「最終的には我が母も、

 マリーン様をお守りするのでしょう。

 ですが、マリーン様に近づけない種族のような気がするのです。

 私はこちらにやって来てその事実を知りました。

 候補はおふたり…

 いえ、お三人ですが、

 もう判明したようなものなので、

 あまり考えないことに決めました」


「…面識がないわけじゃないんだけどね…

 …自然に避けられてるわ…」


マリーンも大いに察して眉を下げて言った。


「…今ならまだしも、その当時によく発注できたものだと、

 スイジンちゃんを大いに見直しましたわ…」


「我が母が苦手なものをスイジン様が握っておられるのでしょう。

 もちろん、誰にとっても苦手なものだと思います。

 竜の神の戒めは、強大なものだと聞いておりますので」


「竜の戒めは、人間たちと接触を果たし、

 仲間意識が沸かないと湧いて出ないようになっています。

 スイジンちゃんやライジン様にはその資格があるのです」


「ありがとうございます。

 またひとつ物知りになりました」


守山の言葉に、マリーンは陽気に笑った。


すると信長がいきなり姿を見せて、「話が終わったのなら我が家族を返してもらうぞ」と言うと、マリーンは薄笑みを浮かべて頭を下げた。


今の術は、『盗み聞きの術』というもので、堂々と姿を消していただけのものだが、自分だけではなくすべてを隠せる。


魂までも隠してしまうので、派手な動きをしない限り、誰にも悟られることのない術だ。


「会いに戻るかい?」と幻影が普通に言うと、守山は、「…つまらんやつ…」と悪態をついて信長に頭を下げて、翡翠とともに安土城めがけて飛んで行った。


「種族としては神でしかないが…」と信長がうなるように言うと、「言い伝えによると、神は悪から生まれたそうです」という幻影の言葉に、琵琶家一同は一斉にどよめいた。


「その悪を生んだのが、当時の桜良さんです」


幻影の言葉に、信長は大いに笑って、「何にもないから産むしかなかったわけじゃな!」と愉快そうに笑った。


「ところで、魔王の猜疑心とは別か?」


信長の素朴な質問に、「はい、猜疑心の元は、神同士の情のもつれから生まれたそうです」と幻影は答えた。


信長は何度もうなづいて、「我ら魔王族は、その猜疑心から生まれたか…」と感慨深く言った。


「悪はどう転んでも悪のはず。

 しかしひとりは自力で悪を脱ぎ、

 もうひとりは他人の愛で悪を脱ぎました。

 まさに魔王と同じように、

 できれば人間とともにありたいと思っていたのでしょう。

 しかし自力で脱いだと言い伝られている方は、

 春之介様が前世で何度も関与していたそうで、

 今世になってようやく悪を脱いだと聞いております」


「…八丁畷優夏か…」と信長がうなると、琵琶家一同は、「…えー…」と小さな声を上げた。


「はい、そうらしいのです。

 もうひとりはゲッタ様の妻のメルティー様です」


幻影の言葉に、「…無視はしとらんが、物静かな女子じゃと思っておったが…」と信長はメルティーの存在感を思い出しながら言った。


「警戒心が旺盛なようです。

 ですのでこちらからは探らないことに決めています。

 メルティー様はそれほど社交性が高くないと察しています。

 同じ悪でも、優夏さんとは少々違いますね」


「その違いの考察」


信長がぶっきら棒に言うと、「趣味のありなしでしょう」という幻影の言葉に、苦笑いを浮かべた者が半数ほどいた。


「さらには今世での生い立ちも関係するはずです。

 優夏さんは悪に覚醒するまで十五年間、

 人間として生活していましたが、

 メルティー様は悪として生を受け、

 赤ん坊の時に、

 同じく赤ん坊だったゲッタ様が、

 悪のほとんどを体外に引きずり出したそうです。

 ですので、仲よくするのは、生い立ちをともにした六人だけのようです」


幻影が語ると、信長は何度もうなづいた。


「…大きな差があっても当り前か…」とつぶやいてほぼ納得した。


「仕事上も淡々とこなしているようで、

 害があるとは思えませんので、

 特に疑ってもいません。

 ですが、会話がないもの妙な話ですが、

 ここはゲッタ様の意思にお任せしようと思い、

 できれば触れないことに決めています。

 最悪の場合、琵琶御殿を引き払うことにもつながりそうですので」


「いや、早い方がよい」と信長は言って、社に向かって歩き始めたので、幻影と蘭丸がすぐに後を追った。



信長はゲイルたちとの挨拶もそこそこに、ゲッタとメルティーの前に立った。


そして信長は何も言わずにふたりを観察しているだけだ。


「…そうか、そういうことか…」と信長はつぶやいて何度もうなづいた。


「…メルティーの悪の件のようですね…」とゲッタが眉を下げて言うと、「それがいかん」と信長はすぐさま指摘した。


「それが、ゲッタ殿の弱点じゃ。

 まだまだ自信がないのじゃ。

 その想いがメルティー殿にも流れておるとは思わんか?

 なあ! 優夏殿!」


信長が叫ぶと、「悪なのに、陽気でごめんなさぁーい!」と優夏が言ってアイドルの決めポーズをすると、幻影は腹を抱えて笑った。


「優夏殿と春之介殿の絆は本物じゃ。

 もちろん、ゲッタ殿とメルティー殿が偽物とは言わん。

 言わんが、ゲッタ殿はなぜメルティー殿から

 悪を引き抜いたのかを大いに考えるべきじゃ。

 どのような結果であろうが自信がついた時、

 それは一気に埋まるじゃろうて」


メルティーは困惑した顔をゲッタに向けたが、ゲッタはうつむいたまま考え込んでいた。


「生まれて、十年も経っておらんとはな」


信長の言葉に、琵琶一家は大いに目を見開いた。


「いらんことを言いに来たようじゃ」と信長は言って、ライジンとゲイルに頭を下げて踵を返して社に向かって歩いて行った。


「…やっぱり、色々とすごい…」とゲイルは大いに嘆いた。


「…部下の人たちの不安…」とスイジンがつぶやくと、「…そのようね…」とライジンは同意した。


「…せっかく建てたのに…」と優夏は言って、琵琶御殿を見上げた。


「…魔王も悪とそれほど変わらないからなぁー…

 信長様としては、ゲッタから直接答えを聞きたかったんだろう。

 信長様はこのあと、家臣たちに何をやらせると思う?」


春之介がゲイルに聞くと、「希望としては、ゲッタとメルティーの生い立ちの映像の閲覧」と答えた。


春之介は何度もうなづいて、「結果は、明日の朝に出そうだ」と希望をもって言った、


「…そんなこと、すっかり忘れてた…」というエカテリーナの言葉に、誰もが大いに感心していた。


「さすが、女王様だよ」とゲッタは笑みを浮かべて言って、メルティーを抱き締めて立ち上がってから消えた。


「…誰に飛んだんだ?」と春之介が聞くと、「源次様だ」とゲイルは笑みを浮かべて言った。


「まさか、黙り込んでいたのって…」


「そう、源次様と念話中だったはずだよ」とゲイルは言って少し笑った。


「面倒見よさそうだけど、

 その割には厳しいことも言うらしいけど」


「現実を知るには一番いい方だろう」とゲイルは自信を持って言った。


すると、問題児である少年の姿の佐藤俊介と少女の姿の万有青空が、目くじらを立てて飛んできた。


「うっ! いたはずなのに!」と俊介が言うと、「よかったな、どやされなくて」とゲイルは少し笑いながら言った。


「…そんなに厳しい人たちなんだぁー…」と俊介は大いに嘆いた。


「たぶん明日の朝来るから、今夜は泊まって行けば?」とゲイルが言うと、俊介も青空も背筋を震わせたが、帰らないので居座るようだ。



ゲッタとメルティーは琵琶家一同と異空間部屋の中にいた。


そしてゲッタとメルティーの全てを知って、女性たちのほとんどは涙を流していた。


「…メルティー様はゲッタ様に甘えすぎぃー…」と阿利渚が泣きながら訴えると、「…もっともっと強くなりますぅー…」とメルティーは大いに眉を下げて答えた。


「いや、いいものを見せてもらった。

 じゃが、さっきとは別人になっとるが?」


信長がゲッタに聞くと、「…リーナ姉ちゃんが、そんなことすっかりと忘れてたって…」と答えると、「…ほう、なるほどのぉー…」と信長は言って大いにうなづいていた。


「少々腹が減った。

 夜食を頼む」


信長の言葉に、ハイネは満面の笑みを浮かべて一番に異空間部屋を出て行った。


「ただの杞憂で済んでよかった!」と信長は言い切ってから大いに笑って、異空間部屋を出ると、ゲッタとメルティーは顔を見合わせて笑みを浮かべた。



「なんだと?! 無限組み手っ?!」と夜食中に蘭丸が叫びながら立ち上がった。


「本気で戦ったら、木刀でもみんな斬っちまうだろ…」という幻影の言葉に、「…やわなヤツらめ…」と蘭丸は恨めしそうに言って、音を立てて畳に座った。


「試し切りをするだけで、

 無限組み手は中止になりそうです」


ゲッタの言葉に、「…なるな…」と幻影は言って大いに苦笑いを浮かべた。


「…だが、数百万の敵を目の前に、か…

 経験は重要だよなぁー…」


幻影の言葉に、「申し込め、いや、書面で嘆願書を送るからよい」と信長は言って、晩酌はほどほどにして書を認め始めた。


「戦場でもまずありえない人数ですから。

 経験不足の人は卒倒するかもしれないです」


ゲッタの言葉に、琵琶家の家人の半数は大いに戸惑った。


「何人で戦ったの?」と源次が興味津々で聞くと、「5人です」というゲッタの回答に、誰もが目を見開いた。


「映像を出してもらおうかと思ったけど、

 新鮮味が薄れるからやっぱりいい」


幻影の言葉に、咲笑は大いにうなだれた。


「…うう、期待したが、それが得策じゃ…」と書を書き終えた信長は大いに眉を下げて言って、咲笑に書を渡した。


咲笑は復活して笑みを浮かべて書を複写してロストソウル軍に送ると、すぐに返事が来た。


「いつでしょうかぁー…

 明日の夜でもいいそうですぅー…」


「では明日じゃ」という信長の素早い返答に、誰もが大いに気合を入れていた。


「…戦の前の日のようで、今宵は眠れんかもしれんー…」と信長がうなった。


「では一献」と濃姫が徳利をもって信長に寄り添って差し出すと、「うむ」と信長は言って猪口を突き出した。


そして一気に飲み干した途端、そのまま濃姫にもたれかかって眠ってしまった。


「明日の朝までぐっすりよ」と濃姫は言って、信長を軽々と抱え上げて、「休みます」と淑やかに言って、萩千代を連れて廊下に出た。


「…素晴らしい一手だ…」と幻影は大いに苦笑いを浮かべて言った。



翌日の琵琶家の行動はいつもとまるで同じだった。


早朝訓練の後、安土城で朝餉を終えてから社を使って竜人の村に行って鍛錬を積み、戻ってきたゲイルたちと昼餉を摂って、ものづくりに励んでから、夕餉を摂った。


そして食後の口直しのあと信長は立ち上がり、「出陣じゃ!」と叫ぶと、琵琶一家は一斉に立ち上がって、「おうっ!」と勇ましく叫んだ。


フリージア星に移動して、信長はロストソウル軍主宰の万有爽太とあいさつを交わした。


「昨晩のうちに通達しましたので、

 今回初めて一千万人を超えるはずです」


爽太の言葉に、琵琶家一同に大いに気合が入っていた。


そして戦闘訓練場に移動すると、まさに人であふれかえっていた。


これほどに、地平線が人で埋め尽くされている光景など、どこの戦場でも記憶がない。


気が弱いと確実に飲まれてしまうだろうと、幻影は思いながら信長の斜め後ろを歩いている。


訓練場に入る前に信長は、「作戦はない。ただただ殺さず戦え」とうなると、「はっ!」と誰もが短く答えた。


琵琶軍が訓練場に姿を見せると、「ウオー!」という声が徐々に大きくなっていく。


先頭に陣取っている者たちは今は結界に阻まれているが、前に出ようと大いに気合が入っている。


幻影の指示で、琵琶家一同は信長を囲むように丸馬出の陣を取った。


その中央にいる信長は大いに高笑いをしていた。


「たわけの術は使っちゃダメですよ?」と咲笑が言うと、信長は目を見開いた。


「術は禁止ですから」という言葉に、「…うう… ワシも前衛に…」と信長は言って大いに眉を下げた。


「でも、相手が術を使ったら反撃してもいいと思いますぅー…」


「…悪いヤツもおるからな…」と信長は言ってにやりと笑った。


『殺傷力のある術、拘束力のある術、幻術以外の術を認める!』という、爽太の放送に、信長はまた大いに笑い始めた。


『準備はいいか?!』と爽太が叫ぶと、「オオオ―――ッ!!!」と模擬戦闘場は高揚感で満ち溢れた。


『始め!』と叫んだ瞬間に結界は消え、前衛の者たちが走り込んできた瞬間に、「このたわけらがぁ―――っ!!!」と信長が渾身の力を込めて叫んだ。


すると前衛から順に人が後方に飛んで行った。


「…はぁー… こうなるんだぁー…」と幻影は全く攻め込んでこない敵陣を眺めてつぶやいた。


まるで逆再生の海の大波のようだった。


「…御屋形様、すげぇー…」と蘭丸は言って号泣していた。


よってたわけ者ではない者たちが攻め込んできたが、それはほんの数人で簡単に撃退されたが、まだ九割は健在だ。


しかし頃合いを見計らってまた信長はたわけの術を発して、たわけ者を後方に飛ばした。


最終的には、たわけ者ではない者たちが千人ほど残ったが、大いに腰が引けていて、次々と失格処分になって消えていく。


琵琶軍の陣形のどこに飛び込むかが、戦いの明暗を分ける。


「一点突破! 行くぞっ!」と大人の姿の佐藤俊介が叫ぶと、千人が一斉に中央にいる幻影めがけて走ったが、徐に蘭丸が前に出て横一閃に長木刀を振ると、半数以上が後方に吹っ飛んだ。


「やるぅー…」と幻影が言うと、蘭丸は振り返って余裕の笑みを見せて、返す刀でもう半数を吹き飛ばした。


命令を出した俊介も吹っ飛ばされていて、地面に寝転んで大いに苦笑いを浮かべていた。


「囲んで詰めろ!」という信長の指示に従って、琵琶家一同は円形陣を素早くとって、残りの二百名ほどを囲んで肉弾で戦った。


『終了だ! 琵琶軍勝利!』と爽太が叫ぶと、琵琶一家は一斉に勝利の雄たけびを上げた。


「…戦ったぁー…

 …しかもなんだ、この清々しさは…」


信長はうなって、満面の笑みを浮かべた。


「殺さずの戦いでしたから」と幻影が笑みを浮かべて言うと、「ああ、そうじゃったな」と信長は機嫌よく言って、まずは蘭丸を大いに褒めた。


この一戦により、琵琶家の名声は宇宙中に轟いた。


もちろん契約は交わしていて、この戦いは全宇宙に放映されていたからだ。


「では、帰るぞ!」と信長は言って、家族たちを引き連れて、戸惑っている爽太に礼を言って社に入った。



「戦勝の宴じゃ!」


信長の鶴の一声に、もうその準備は終えて、盛り付けだけ行ったごちそうが大きな膳に並べられた。


信長は膳の上を見て満面の笑みを浮かべて何度もうなづいている。


全員が席に着くと、「みんなよくやった」と信長は号泣しながら言った。


「あれほどの戦場はどこにもない。

 我らは貴重な体験をした。

 この先、ロストソウル軍は色々と言ってこようが、

 できる限り丁重に扱うように。

 また今日のような戦を体験できるはずじゃからな」


信長は笑みを浮かべて家族たちを見入った。


「喜びをかみしめ、大いに食おうではないか!」


「おう!」と家族たちは勇ましく叫んで、いきなり大いに盛り上がった。


「待たせたな、咲笑」と信長がにやりと笑って言うと、咲笑は満面の笑みを浮かべて、宙に画像を出した。


「…おー… これは予想外じゃった…」と信長は画像を見上げて何度もうなづいた。


もちろん家族たちも見入っていて、自分たちの戦の成果を見入って一喜一憂した。


「どうしてお前が二番手なんだ?!」と蘭丸は怒り心頭で幻影に向けて叫んだ。


「煌様の真似」と幻影は言ってにやりと笑った。


「ああ、あの空気砲は脅威じゃったな!」と信長は叫んで、幻影の頭をなでた。


もちろん一番手は信長で、約六割の兵たちを吹っ飛ばしていた。


幻影と蘭丸のふたりで約三割。


よって三番手と四番手の功績の差は雲泥の差があった。


その四番手の弁慶が一番悔しそうにして酒を浴びていた。


「だがお蘭は良く踏ん張ったよな。

 剣風を押さえつける方が大いに辛いはずだから」


幻影は大いに褒めたが、「ふん!」と蘭丸は気に入らないように言ってそっぽを向いた。


しかし子供たちが蘭丸を囲んで大いにおだてられて、機嫌はすぐに直っていた。


そして子供たちと天使たちは憤慨している者から順におだてて回って、盛会のうちに戦勝の宴は終了した。


もちろん終わらせたのは信長を寝かしつけた濃姫だ。


「みなさん、よくぞここまで成長してくれました」と濃姫は穏やかに言って、獲物を得た猟師のように信長を担いで廊下に出た。


幻影たちも早々に片付けを終えて、機嫌よく就寝した。



琵琶家の朝は早い。


大きな戦いの後でも気を抜くことなく朝稽古を行ってうまい朝餉を食らってから、砂浜の村に移動した時、琵琶家一同を待っている者がいた。


「昨日はお手合わせ、本当にありがとうございました」と大人の姿の佐藤俊介と少女の万有青空は頭を下げた。


「…ふん、宇宙の父か…」と信長は鼻で笑うと、琵琶家のほとんどが目を見開いていた。


確かに昨日の宴の際の映像にその参考資料で見た猛者一覧のひとりにいたからだ。


幻影たちを筆頭にして、誰もが一斉に頭を下げた。


「蘭丸の普通の剣風で吹っ飛んでおったな」と信長が言うと、蘭丸はにやりと笑った。


「真っ二つになっていなくて、朝起きてほっとしました」と俊介は笑みを浮かべて言った。


「この先も精進を重ねよ」と信長は言って、家臣たちを引き連れて修練場に向かって歩いて行った。


俊介は挨拶は終わりとばかりに、意気揚々と信長を追った。



その直後、幻影たちは今日も海の上にいた。


俊介の狙いは幻影だけにあったのだが、その目をかいくぐって漁にやってきたのだ。


漕ぎ手は守山に翡翠、そして蘭丸と利益だ。


さらには、ハイネ、阿利渚、桃源が応援団のようにして乗り込んでいる。


その中で翡翠は眉を下げてはいるものの、海洋生物を食わないわけではない。


多少の後ろめたさもあるのだが、ここはサルサロス星ではないので、比較的穏やかだ。


戦艦は蟹の怪獣を発見した諸島を通り過ぎて、少し寒い海までやって来て着水した。


この辺りは寒すぎで怪獣は出現しないと聞いていたからやってきたのだ。


よって今回はさすがに魚影を確認することもなかった。


幻影は様子を見ながらわずかに南下しただけで、「待っていたようにいた」と苦笑いを浮かべて言った。


「…鮪ぉー…」と咲笑がまさにうまそうな魚を見てうなると、幻影は大いに笑って竿を出した。


普通の鮪よりも小さく、少し寒い場所にも出没する種類の鮪で、この右京和馬星では至る所に生息している。


幻影たちは力任せの釣りを堪能して、クーラーボックスが満杯になったのを確認して砂浜の村に戻った。


幻影たちは厨房に入り、早速調理を始めた。


竜人の子供たちは家族と琵琶家のための調理で、幻影たちは法源院屋に卸す切り身を作っている。


咲笑の情報と実際に食した感想は一致したので、幻影と蘭丸は阿利渚を連れて安土城下に戻って法源院屋に大量の鮪の形のいい切り身と、端の方の形の悪い廉価品の切り身を卸した。


番頭も店主も大いに喜んで、大勢の客を呼び込んだ。


そして麺屋にもおすそ分け程度に切り身を渡して、幻影はサービスと客寄せ目的で寿司を握って出すと、客がわんさかと押し寄せてきた。


ほとんどが獣人で、幻影たちと朗らかにあいさつを交わして、早速注文を始めた。


幻影たちは砂浜の村に戻って、早速席についてうまい昼餉に舌鼓を打った。


ここで初めて、幻影は俊介と青空とあいさつを交わした。


「働いていないそうですね。

 昨晩は働いていたようですが」


幻影の辛らつとも取れる言葉に、「色々と顔を出し手を出すのも程々かと」と俊介は穏やかに答えて頭を下げた。


「…ふむ… なるほど…」と幻影は言って箸を置いて、すらすらと絵を描いて俊介に手渡した。


俊介は腰を浮かして喜んだが、絵を見入って愕然とした。


「…我らは消えると予言されたか…」と俊介は大いに眉を下げてうなった。


絵の中の俊介と青空はその存在感を失くして透けていたからだ。


「レスターさんの仕事を手伝うことが吉」という幻影の予言のような言葉に、俊介と青空は顔を見合わせてうなだれると、ゲイルたち竜人たちは、声を潜めて笑っていた。


「特殊な成長方法が仇になっているのです。

 もう飽和状態ですから、

 この先は多用されないことが吉でしょう。

 よって、別の修行方法を探すのが吉」


俊介と青空は大いにうなだれて、美味い食事をさもまずそうにして食べ始めた。



この日の夜、幻影は煌々と明かりが灯っているタルタロス軍の別荘の庭にある公園に行って、子供たちを被写体にして数枚の絵を描いて満面の笑みを浮かべた。


そしてあることに気付いて、幻影は目を見開いて絵と子供たちを見比べた。


「…兄者…」と様子を見ていた弁慶はつぶやいたが、今は修行中として聞くことはやめ、弁慶も幻影の真似を始めた。


―― …これは、どういうことだ… ―― と弁慶は思い、その差異に気づいた。


その対象は二名で、どちらも白っぽい服を着ていたので見分けがつかなかった。


ひとりはみみずくの獣人で、ひとりは狸の獣人なのだが、どちらの絵も顔が一般的な人間だった。


「…天使となるのか…

 しかもノラ天使ではなく、純粋に天使…

 このサルサロルでは珍しいことのはずだ」


幻影のつぶやきに、咲笑が影から顔だけを出して、「…初めての様ですぅー…」と報告した。


幻影は極に念話をして穏やかに報告すると、口を真一文字に閉じた極と陽気そうな燕がふたりの子を連れてやってきた。


幻影は何も言わずに絵を極たちに見せると、真っ先に宇宙が、「…どうするのが一番いいのかなぁー…」と眉を下げてつぶやいた。


「不正解はマリーン様を呼ぶことだけ」


幻影の言葉に、「来るんじゃないわよ!」と燕がいきなり叫んだ。


幻影は正解を探るために、縁側から降りて地面に手のひらを付けた。


「…神はなんでも知っておる…」と幻影が声色を使ってつぶやくと、対象者のふたりの子供が固まった。


「…汝がさらにうれしいことはなんじゃ?」と幻影は聞いてから、しばらく静寂があり、「…あいわかった…」とつぶやくと、対象のふたりは高揚感に包まれて、幻影が描いた絵と同じ天使になっていた。


「…嘆く必要はない。

 汝は使命があり天使として生まれ変わったのだ。

 この先はマリーン様から教えを請い、

 さらにいい子となるんじゃ」


「はい! 神様!」と天使ふたりは手を組んで、念話の主に返事をした。


「では、さらばじゃ!」と幻影は言ったのだが、ふたりの天使は幻影めがけてすっ飛んできて、満面の笑みを浮かべていた。


幻影はふたりの頭をなでて、「…よかったな…」と言って笑みを浮かべた。


天使たちはそれに応えるように、幻影に満面の笑みを返した。


「…絶対に、正解だったって思うぅー…」と瑚渚慕も満面の笑みを浮かべて言って、ふたりの天使を祝福した。


マリーンは大いに眉を下げて控え目にやって来て、まずは幻影に大いに礼を言ってから、かわいらしい天使二人を祝福した。


「まずは親御さんの説得ですが、

 家はここでいいでしょう。

 大神殿に仕事に行くという感覚の方が、始めはいいと思います」


幻影の言葉に、マリーンは大いに眉を下げたが、「幻影の言った通りに」と燕がマリーンをにらんで言うと、「…はいぃー… そうしますぅー…」とマリーンは眉を下げて言って、ふたりを連れて公園を出て行った。


「大神殿よりも、琵琶家に世話になりそうな気がするな」という極の言葉に、「ふたりがそう望んで障害がなければそうするよ」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


するとみみずくの獣人だった天使を抱いて、マックラが幻影に突進してきた。


「あ、村長が保護者だった」と幻影は言って、マックラに祝福の言葉を述べた。


「…何かあると漠然と思っておった…」とマックラは号泣しながら言って、幻影に頭を下げた。


「口にしないことが最高の一手だったと思います。

 もうひとりの狸の獣人の子もそうでしょう」


幻影の言葉に、マックラは目を見開いて、「…相談を受けた…」と言って、さらに輪をかけて号泣した。


「村長が第一の貢献者だ」と幻影が言うと、極と燕がマックラを大いに褒め称えた。


「…みんながいたから、今がある…」と宇宙は言って、満面の笑みを幻影に向けた。


「そうなるだろうね。

 もちろん、直接関係のないほかの誰かがいないだけでも、

 今はないはずなんだ。

 今のこの現状が、ふたりを天使に押し上げたんだと俺は思う」


幻影の言葉に、「…そうか、琵琶家に雇われた子がここにいないことも…」と極が言うと、「奮起する材料で、みんなの希望ですから」という幻影の言葉に、煌一家は満面の笑みを浮かべていた。


「意識せず、深く考えない」と極が言うと、幻影も賛同した。


「邪魔をしていたのは、マリーン様だと推測します」


幻影の言葉に、極も燕も納得するようにうなづいている。


「…マリーンの威厳が委縮の原因…

 だから、覚醒する資格があってもできない…」


燕の言葉に、「さらに納得できました」と幻影は言って、燕に頭を下げた。


幻影は漠然とマリーンが原因と思っていただけで、燕の言葉を聞いて納得したのだ。


「…お母さんすごぉーいー…」と瑚渚慕が大いに褒めると、燕は満面の笑みを浮かべて瑚渚慕を抱き上げた。



夕餉のあとの自由時間だが、個人の思うがままに過ごさせている。


そんな中、ここ数日、この自由時間に守山と翡翠の姿が必ず見えなくなることに、幻影はようやく気付いた。


安土城下にはいないので、別の星にでも武者修行に行っているのだろうと思っていると、この件が話題に上がった。


信長の耳に入ってくるのは一瞬のことで、すぐさま幻影を見た。


「母ちゃんに甘えているのではないかと」


幻影の言葉に、誰もが大いに笑い転げた。


「やはり優夏殿か?」と信長が聞くと、「実は、優夏様でもメルティー様でもないように思うのです」と幻影は眉を下げて言った。


「あの種族はふたりしかおらんのだろ?」


公開されている情報ではこの通りなのだが、公開の内容は、『悪だった神』となっているので、「今もまだ悪という種族なのではと」という幻影の言葉に、「…むう…」と信長は短くうなった。


「よって監督管理されているはずなのですが、

 その気配は全く感じないのです。

 ですので、五大神の近くにいるのではないかと」


「…露骨に好奇心を持つことこそが悪…」と信長は自分に言い聞かせていた。


「口止めではなく、守山殿自らが話すつもりはないのでしょう。

 彼にとって、自分の過去を知る大いなる精神修行だと思っています。

 ですが、疑いを抱かせるような振る舞いとなっていることは事実。

 好奇心ではなく、家族を守るために真実を知ることは重要だと思いますので、

 守山殿は追放でも構わないと思っているのです」


幻影の言葉に、信長は目を見開いたがすぐに鼻で笑って、「相変わらず厳しいが、幻影の言った通りでもある」と信長は真顔で言った。


「あとは、知りたければ探れ」


幻影がにやりと笑って言うと、信長は膝を打って大いに笑った。


もちろん、居場所はすぐにわかるし、幻影にできないことの方が少ないという理由だ。


「どうやら、入り組んだ事情があるようですので、

 様子見でも構わないと」


「あいわかった!」と信長は陽気に叫んだ。


「…願われて口止め…

 …いや、俺たち家族に対する試験?」


幻影がつぶやくと、「探れば負けか」と信長は言って鼻で笑った。


「…ああ、まさか…

 兵衛のやつは、母を悪から脱却させようとでも…」


「ここは協力せねばなるまいな。

 今の話、全て忘れろ」


信長の言葉に、誰もが大いに眉を下げたが、すぐさま頭を下げた。



琵琶家の家人の半数ほどが就寝した時、幻影たち厨房班は明日からの食材の仕込みを終えて眠りに着こうとしていた。


すると大いに眉を下げている守山と翡翠が、客を連れてきていた。


幻影は一瞬戸惑ったが、ようやく誰だか思い出し、「八丁畷春菜様、ですよね?」と幻影が言うと、「ありがとうございました」と春菜にいきなり礼を言われた。


春菜は人間的に言うと、春之介の叔母だが、一才年下だ。


そしてプロフールには、『アンノウン』となっていたので、選別不可能な種別もいるのだろうとだけ覚えていたのだ。


「聞ききしたいことが山ほどできたのですが、

 お話しいただけるのでしょうか?」


「合格ですぅー…」と春菜が言ったとたんに、『ギィヤァ―――ッ!!!』という断末魔のような声が聞こえたような気がした。


「はあ、なるほど…

 試験はまだ続いていたようですね」


「…悪の考えることは理解不能でしたぁー…」と春菜は言って、幻影に深く頭を下げた。


「だけど、かなり素直な種族なようで、

 賭けをして負ければ素直に言うことを聞く…

 いや、自分自身に呪いをかけていたといっていいかな?」


春菜は顔を上げて、「はい、その通りですぅー…」と答えた。


「…もう、大丈夫なの?」と守山が眉を下げて春菜に聞くと、「…なりたくなかったけど、神になっちゃったわ…」と眉を下げて言うと、幻影は腹を抱えて笑った。


もちろん、長春のいつもの言葉を思い出したからだ。


「結束の固い家族だからこそ、

 俺の家族は俺に疑念を抱くはずだと言ってな。

 だが、いつまで経っても探らないから、

 悪のやつはここに来るまでずっと歯ぎしりをしていたんだよ。

 幻影が俺たちを探らないことに怒っていたんだ」


「そりゃ、悪いことをしたね」と幻影が言うと、三人は大いに笑った。


「となると、ここの様子が見えていたわけだ。

 だが、異空間を使えばたやすいことだろう」


幻影の言葉に、守山は何度もうなづいた。


守山は三人目の悪の存在を知っていて、アニマールに行って春菜と面会した。


もちろん春菜も過去のことは知っていたが、その途端に悪に肉体を乗っ取られた。


守山はすぐに冷静になり、悪に喧嘩を売った。


悪は守山が言ったことを全て確認して、『退屈だから賭けをしてやる』という言葉にほくそえんでいた。


事は守山の目論見通りに進行して、守山を探らないことに信長が決めた瞬間に、悪は最終試験として安土城に行くと言ったのだ。


実はこの時点で、守山の力で、悪と春菜の分離はできたのだが、万が一を考えて手を出さなかった。


もちろん、守山は悪が自分自身に呪いをかけていたことは見えていたので、疑うことは何もなかった。


しかし悪が消えた瞬間が守山には見えなかったので、しばらく傍観していたのだ。


「まあ、なかなか面倒なやつだからな」と幻影は言って宙を見まわした。


「…まだこの当たりにいるのか…」と守山がつぶやくと、「魂のない生命体のようなものだからな」と幻影は言って、結界を張った。


「こんなに小さくなったが、この倍になればとり憑くこともできたはずだ」


幻影の言葉に、三人は結界内を見入って、黒い焔が立っていることを確認して眉を下げた。


「守山、押しつぶせ」と幻影が言うと、「お、おう…」と守山は言って、結界内に術を放つと、猛烈な爆発が起こって、まばゆい光を放ち始めた。


「悪は高エネルギー体でもあるからな。

 あんなに小さなものが、数倍の大きさのレアメタルに変わった。

 これは一種の錬金術と言ってもいいはずだ」


幻影は机の上に結界を移動させて解いた。


『ゴト』という音とともに、直径が一寸もないレアメタルは少し転がって止まった。


「モテルギムという鉱物で、

 ほかの星に行けば、

 わずかこれだけで数億ゴルの価値がありますぅー…」


咲笑の調査報告に、「よっし! 金持ち!」と幻影が陽気に叫ぶと、「…やはり悪よりも悪か…」と守山は言って鼻で笑った。


「善を守るためなら、悪にでもなるさ」と幻影は矛盾することを言ってレアメタルを手に取って守山に差し出した。


「…どうせ重いんだろ…」と守山は言って両手のひらを出して、幻影が置くと、「…普通じゃあねえ…」と顔をしかめて言った途端に、金属は重さを失くしたように宙に浮いていた。


「念動力じゃないところがすごいね。

 もっとも、念動力はこの現象の真似のようなものだろうけど」


「ほとんどの力技の術には、重力系が使われているようだ。

 わずかなものだから、重力系の術というわけではない」


幻影と守山は笑いあった。


春菜は丁寧に礼を言って帰ろうとしたが、話の流れから琵琶一家の日常の見学をすることになったので、翡翠とともに寝所に行った。


幻影たちも今日は解散して就寝した。



「アニマールの姫が来ておったのか」という信長の言葉に、八丁畷春菜はすぐさま朝の挨拶と宿泊した礼を述べた。


「春之介にもできなかったことを叶えていただきました。

 本当にありがとうございました」


春菜がこう言ってすぐに、咲笑が映像を交えて一部始終を説明した。


「…悪がいなくなって金持ちになったわけじゃな?」と信長は言って鼻で笑った。


「本来ならば、アニマールの騎士として、

 守山さんに来ていただきたいほどでございます」


「…ふん… そのあたりの事情は?」と信長が不機嫌そうに守山に聞くと、「私の持つ竜の母が春菜様なのです」と答えると、琵琶家一同は目を見開いた。


「ここにはいい男が多いぞ?」という信長の変わり身の早さに、幻影だけが大いに笑った。


「ですが見た限りでは、皆様お相手がおられるご様子ですので…

 できればもっと早く、

 こちらにお世話になりたかったと悔しく思っております」


「…そういえばその通り…

 わずかながらに、武蔵と三巌、家忠が残っておるだけか…」


信長が悔しそうに言うと、「家忠殿にはお相手がおられるそうです」と幻影が口を挟むと、「…ほんに残念じゃ…」と信長は言ってうなだれた。


「…あれだけぶっ飛ばしてひとりもおらんとは…」と信長は今度は悔しがり始めた。


もちろん、フリージアでの無限組み手の件だ。


戦いながらも琵琶家に抱えてもいい者を探っていたのだが、今のところは門番でしか使えない者ばかりだった。


「あの短時間ですべてを倒すことは、

 どなたにも不可能でしょう」


春菜の言葉に、信長は一瞬にして機嫌がよくなって笑みを浮かべた。


「ここは政略的なことは抜きにして、

 できれば召し抱えていただきたいのです」


いきなりの春菜の売り込みに、幻影はすぐさま春之介に念話を送った。


『あ、いいよ』というあっさりとした春之介の返答に、幻影は大いに眉を下げていた。


「八丁畷様からは許可をいただきました」と幻影が報告すると、「好きに過ごせよ!」と信長は機嫌よく春菜に言った。


「腕前の方は確かなようじゃからな」と信長はさらに機嫌よく言った。


早朝の訓練でわずかに動きを見ただけで戦い慣れていると即座に判断できたのだ。


さらにはそれ以外の武器術、馬術、忍びについても、湯水のごとく吸収すると踏んでいた。


春菜は様々な戦場に出る傭兵として働いていた経歴もあり、実戦の経験は十分にある。


もちろん、それがわからない信長や幻影ではないので、春菜は詰らなさそうに眉を下げていた。


できれば活躍している姿を見せつけて驚いてもらいたかったのだ。


しかし琵琶家の中にいて、春菜は頂点に登りつめる自信がなかった。


それは圧倒的な体力差だ。


小手先がうまくても体力が続かなければ底辺にも勝てない。


よってここは急ぐことなく日々を積み重ねることに決めた。


その原動力は食にあると、朝餉を見ているだけで満腹感が襲ってきた。


―― 郷に入れば郷に従え… ――


春菜はそう思いながら焼き魚に手を付けて一口食べてからフードファイターに変身していた。


「おう! やりおるわい!」と信長は機嫌よく言って、食べている姿の春菜をおかずにして、飯を大いに食らい始めた。


「ところで、悪を抜いた件は報告したの?」と幻影が春菜に気さくに聞くと、「いえ、まだ…」と春菜は恥ずかしそうに答えた。


「…ふーん… 春之介様はいつもと変わらない口調だったが、大丈夫かなぁー…」と幻影は心配しながら言ってから、春菜に今回の件を春之介に伝えるように告げた。


これから浜辺の村に行くので、春之介が帰って来てからでもいいと言いつけた。


「本人の意思に従えば良い!」と信長は豪快に言って、酒をあおるように茶を飲んだ。


ほんのわずかな時間しか琵琶家と接していないのだが、ここが春菜の居場所と思って疑うことなく笑みを浮かべた。



春菜は何度かこの砂浜の村に来ていたのだが、様子が一変していた。


村の敷地が十倍ほどになっていたのだ。


大小の浮島と元からあった土地には段差がないので、そう見えて当然だった。


春菜は弁慶の指示に従って、沙織たち女性たちとともに大いに陽気に語らい、修練場で汗を流した。


―― 全然、訓練じゃないぃー… ―― と春菜は思いながらも郷に従った。


風呂から外に出ると、丁度春之介たちが戻ってきていたので、春菜が他人行儀に挨拶したとたん、「…何があってこうなった…」と春之介は目を見開いて言った。


「…はあ… 呆れるほどすごかったわ…」と優夏ですら嘆いていた。


「悪との勝負に勝っただけよ。

 守山さんがそう仕向けてくださったの」


春之介は一応納得したが、その賭けの顛末を聞いて、さらに驚いていた。


「…やはり、ものの考え方がまるで違った…」と言って春之介はうなだれた。


ゲイルたちも春菜に笑みを向けてお祝いを言った。


「…琵琶家、恐るべしぃー…」とメルティーが眉を下げて言うと、誰もが大いに笑った。


「俺たちもちょっとあってね」とゲッタがメルティーの件を語ると、春菜は大いに感動していた。


「やっぱり私の家は琵琶家だわ」と春菜は陽気に言って、沙織に寄り添って席に着いた。


「…みんなに、どう説明しよ…」と春之介が大いに眉を下げると、「ありのままに伝えるしかないわよぉー…」と優夏は眉を下げて言った。


春之介と優夏が別行動をしているだけで、春之介の仲間たちは分業の方の星の復興の手伝いに出ている。


よって強い力がひとりでも多く欲しいのは、どこの部隊でも同じなのだ。


しかもその人員が春之介の血縁者でもあるので、仲間としては姫様に戻ってきてもらいたい意思を示すはずなのだ。


「…政略結婚…」と春之介がつぶやくと、「…見合う人は売り切れよ…」と優夏は眉を下げて言った。


「…それほどに、みんな魅力があるんだよなぁー…」と春之介は今日も陽気な琵琶一家を見て笑みを浮かべた。



「全然時代が違うのに科学者やってるの?!」


春菜は叫んでから、関心の眼を才英に向けた。


「…あははは、はいぃー…」と才英は照れくさそうに答えた。


―― あはっ! かわいい! …だけど天才でしかないわぁー… ―― と春菜は才英に大いに好感を持った。


今でこそ春菜も天才の位置にいるのだが、基本的には勉強は嫌いだ。


琵琶家の住んでいた世界は電気すら発明されていない世界だった。


その中で宇宙船を作り上げる技術を得るには、並大抵の努力でできるわけがないのだ。


さらには宇宙で初めての足漕ぎ宇宙船だという。


琵琶家の実力はわかっているのだが、どう考えても不可能な領域だ。


しかもエンジンが今までにない仕組みのようで、才英に質問したがさっぱり理解できなかった。


基本的には様々な効果的な作用を組み合わせていて、動力源がひとつではないことだけはなんとなく理解できた程度だ。


宇宙船の強度も高く、一般の生物が生まれる星の数倍の重力にも耐えられるらしい。


さらには速力にも問題なく、あっけなく星を脱出できるし、特殊航行は精神空間を使っているという、聞いたこともない技術のオンパレードだった。


サブのエンジンにサークリットエンジンは積んでいるようだが、点検はしているがほとんど使っていないらしい。


「…幻影さんってほんと厳しいのね…」と春菜は大いに眉を下げて言うと、「いえ、全く厳しくありませんでした」と才英は笑みを浮かべて言った。


―― 間違いなく真… ―― と春菜はその直感から回答を得た。


「その部分が、お師様の一番不思議なところなんです。

 お師様と過ごす時間は、本当に楽しいのです」


―― 春之介と共通する部分はあるのね… ―― と春菜は思って、昔を思い出して懐かしい気分になった。


「お兄ちゃんに興味を持っちゃダメよ?」と政江が釘をさすと、「…迷惑かかりそうだもんなぁー… 今も胡蝶蘭さんは気が気じゃなさそうだし…」と春菜が眉を下げて言うと、「…そんなことはないわよ…」と蘭丸は大いに眉を下げて言った。


「…見合う人がいないから悲しいー…」と阿利渚が嘆くと、「うふふ、気を使ってくれてありがとう」と春菜は笑みを浮かべて礼を言った。


「春菜さんの婿探しが一番大変だと思うわ。

 優夏様とメルティー様のご主人は、

 星の重鎮だもの…

 それほどの力となると、星自体の、

 サルサロスか獅子丸しかいないわ…」


蘭丸が眉を下げて言うと、「いてよかったわ」と春菜はごく自然に笑みを浮かべて言った。


「…獅子丸ちゃん、お婿さんに行って…」と阿利渚が言うと、腕輪になっていた獅子丸は獅子に変身して、すたすたと歩いて春菜に寄り添った。


「あはは、強そうだわ」と春菜は陽気に言って、獅子丸を抱きしめた。


今は春菜にとって、生きたぬいぐるみでしかなかった。


「そう、修行中なのね…

 でも、焦りは禁物だから」


春菜のやさしい言葉に、誰もが大いに感心していた。


「祝言じゃ!」と信長が叫ぶと、早速ふたりは上座に誘われて、祝言ごっこが始まった。


「…急展開だわぁー…」と優夏が高揚感を上げて胸をときめかせて言うと、春之介と竜人一家は大いに眉を下げて春菜を見ていた。


しかし春之介としては春菜がアニマールを離れる言い訳ができたので、ほっと胸をなでおろしていた。


しばらくは盛会だったが、春之介が次に気付いた時には、新郎席には熊の巖剛がいたので大いに眉を下げていた。


まさに巖剛も春菜のぬいぐるみでしかなく、十年ほど前の春菜に戻っていた。


さらには子熊の小春を抱きしめて最高に幸せな時間を満喫していた。


―― こりゃ、戻ってきそうにないか… ―― と春之介は笑みを浮かべて春菜を祝福していた。



春菜は不得意だと言った割にはものづくりにも長けていて、琵琶家の戦力のひとりとなって、今は菓子作りに専念している。


このものづくりも修行の一環だと身に染みて感じてすぐに、「今日は終わりだ!」と信長が叫ぶと、一斉に片付けが始まった。


―― …一秒一秒が楽し過ぎるぅー… ―― と春菜は陽気に思って、手早く片づけ、琵琶一家は銭湯に行く。


春菜は半分ほどは作り上げられた大自然を大いに満喫してから、女性たちとともに銭湯に入った。


そして安土城に戻り、素晴らしい夕餉を大いに堪能して、食後は子供たちに誘われて手持ち花火大会に参加した。


ここでの相棒はなぜかブラックナイトで、春菜は動物系に縁があり過ぎている。


もっとも、高能力者の単身者が動物系しかいないという実状もある。


「…春菜姫を逃すなぁー…」と少々酔っぱらい始めた信長を濃姫は寝かしつけて、「…由々しき事態だわ…」と眉を下げて言った。


「仕方がありません。

 いつもよりも子細に探って、

 有資格者を早々に連れてまいります」


幻影の言葉に、「頼みました」と濃姫は言って深々と幻影に頭を下げた。


よって、どれほど素晴らしい男性でも、春菜以外は手を出せないこととなる。


もちろん、連れてきた男性にも言い分があるので、うまくいくとは限らない。


しかし幻影には春菜の詳しい情報が頭に入っているので、春菜が気に入る者しか連れてくる気はない。


まずはあまりうろついていないこのサルサロスの陸地を探ろうと宙に浮いた途端、「ん?」と幻影は言って北側を見た。


マックラ村の北側は広大な山脈が広がっているので町はない。


その北側は海となっていて、所々に村がある。


しかし山脈の厚みがとんでもなくあるので、物見遊山気分で出かけることになる。


だがここは空を飛べる者の特権で、幻影は有資格者を目指してすっ飛んだ。



海沿いに住んでいるからといって漁師をしているわけではないし、まずこの不安定な職に就く者はいない。


よって海辺にあっても山の一部を開墾して、農家として生計を成り立たせている。


海の幸としては、海藻類は逃げることはないので食する習慣はあるようで、子供たちがこぞって岩場を探検するように海藻を摘んでいる。


―― あー… こりゃダメかなぁー… ―― と幻影はもうすでに諦めていた。


目当ての男性はすぐそばいて、子供たちの監視をしていたのだ。


そしてその隣には魅力的な女性がいる。


しかしそれは見た目が恋人だったことに過ぎないと、幻影はすぐに察して、「いい日和ですね」と気さくにふたりの男女に声をかけた。


幻影は変装というまでもないが、かなり地味な洋装でここまで来たので、いきなり琵琶高願だと名指しで言われることはないはずだった。


「これは琵琶高願様!」と男性は叫んですぐさま立ち上がって頭を下げると、「うっそぉー…」と女性は大いに嘆いて、怪訝そうな目を幻影に向けた。


「お近づきの印に魚を捕って来てもいいのですが、

 どうします?」


幻影の言葉に、女性は狂喜乱舞して大いに喜んだが、「いえ、騒ぎになりそうですから」と男性は女性の逆の感情で言った。


幻影は笑みを浮かべて何度もうなづいて、「あなたは琵琶家に興味がありますか? ご自分を試してみたいと思ったことはありませんか?」と幻影は男性に向かって言った。


男性はすぐさま眉を下げて、遠い目をした。


その先には素晴らしいほどの農地がある。


「おこがましいかもしれませんが、

 それなり以上の農夫のご紹介もできます」


幻影の言葉に、男性は笑みを浮かべてうなづいて、「今、大いに興味が沸きました」と男性は言って幻影に頭を下げた。


杞憂は農地だけだったようで、男性の心は穏やかだった。


「しかしなぜここに来られたのでしょう?」


男性の素朴な質問を聞いてすぐに、お互い自己紹介をした。


男性はスミス・レンダで、女性はスーザン・レンダ。


ふたりは二卵性の双子として生を受けていた。


よって必要以上に仲がいいと思っても当然だった。


そして幻影が本題を述べると、「…他国の姫の婿候補…」とスミスはうなって目を見開いた。


スーザンは大いに戸惑っているだけだ。


双子ではあるが、性格はまるで違っていて、スーザンはスミスに頼り切っている。


「私も初めてこのような行動に出るしかなくなっていて、

 大いに戸惑っているのです。

 我が琵琶家に、姫に見合う家族がひとりもいなくなってしまったので、

 急遽勧誘の旅に出ようと思った時、スミスさんを発見したのです。

 もちろん、婚姻については強制ではありません。

 スミスさんの思い通りに接してくださって構いませんし、

 男に飢えている我が家族がおりますので、

 大いに吟味していただいて構わないのです。

 もしもうまくいかなければ、また勧誘の旅に出るだけですから」


「…実は…」とスミスはがらりと雰囲気を変えて、上着のポケットから、透明のプラスチックで保護してある一枚の写真を幻影に見せた。


幻影は大いに苦笑いを浮かべて写真を見入った。


どこからどう見ても、写真の中にいる女性は、妙栄尼でしかなかったのだ。


「…私の母でよければ差し上げます…」という幻影の言葉に、「えっ?!」とスミスもスーザンも大いに驚きの声を上げた。


幻影はすぐさま事情説明をすると、「…オカメ様と同じといってもよさそうですね…」とスミスは眉を下げて言った。


「…彼女の場合、神の域を超えた神で、

 かなりの高年齢ですからね…」


幻影は大いに眉を下げて苦笑いを浮かべて言った。


「あこがれはいくらでも抱いていただいて構いません。

 あとは当人同士の相性で決めていただければいいだけですから。

 まずは話しかけることが重要でしょう」


「…ご指南、畏れ入ります…」とスミスは大いに恐縮して言った。


幻影はスミスの決意を認め、スミスだけを宙に浮かべた。


「スーザン、後は頼んだ」とスミスが言うと、スーザンは大いに心細げに、「…うん… がんばるぅー…」とほぼ泣きそうになりながらも気丈に答えた。


「すぐにでも頼りになる男性を連れてくるから」という幻影の言葉に、スーザンはもう復活していて、「早く行ってらっしゃい!」と気合を入れて叫ぶと、幻影とスミスは大いに笑った。



「…早すぎやせんか?」と信長は幻影を見て言って、スミスを素早く見て笑みを浮かべた。


「いやー、ついてました!」と幻影は言って陽気に笑った。


もうすでに、家族の女性たちは、じりじりとスミスに近づいている。


スミスは信長とあいさつを交わし、「しばらくは様子を見るだけでも良いぞ?」と控え目に言った。


やはり、ごく普通の人間と接する場合は、大いに気を使うことになる。


今は本格的に鍛えているわけではないが、農夫としては一級品だと信長は確信していた。


そして当然のように素晴らしい性格の持ち主だ。


そして源次がひとりの若い農夫を連れて、小型戦艦に乗って宙に舞った。


「安心できました。

 ですがスーザンの鼻の下が伸び切ってしまうでしょうね」


スミスは小さな戦艦を細い目で見て笑みを浮かべた。


「北の村も何とか守れんか?」と信長がさっそく提案すると、幻影はこの近隣の地図を広げて、スミスに実状を聞いた。


村との距離が離れていることで、目立ったいざこざは起っていないが、行商人が怪我をして戻ってくることはたびたびあったそうだ。


もちろんスミスが先頭に立って苦情を申し立てに行くのだが、相手側は意味ありげな笑みを浮かべて否定するだけだ。


「よっし! 決めた!」と信長は言って立ち上がって、早速この先の計画を話した。


琵琶家一同は宇宙戦艦に乗り込んで、スミスの村に飛び、西と東に高い壁を築いて、村の中心に、戦艦の発着場を設けた。


問題は海だが、ここは翡翠が大いに協力して、海の浅瀬からは侵入できないように海底の整地を行い、東西に岩などで高い壁を築いた。


すると異変に気付いた東西の村から粗末な船がやってきたのだが、首長竜を見てすっ飛んで逃げ帰った。


そしてそれぞれの壁に、『琵琶家ご用達村 不法侵入者はそのうち死刑也』と書いたので、侵入する者はまずいないだろうと考えた。


もちろん問題はあり、東西の村の交流ができなくなったことだ。


もちろんその点は考えていて、村の南側の山側の限界位置を壁で覆って、その外に道を作った。


かなり不便ではあるが、行き来ができなくはない。


放送局もこの件をかぎつけて、恐る恐る取材を申し込んできた。


広報担当の嘉明が全ての説明をして、『琵琶家が救い、召し抱えた村』として報道された。


そして東西の村にも取材に行ったが、『ノーコメント!』で村側は押し切った。


世間は、『よほどのことがない限り琵琶家は出張らない』と勝手に察して、スミスの村に同情して、その逆にうらやましくも思った。


新しく獲得した村には法源院屋の出張所も出来上がって、琵琶城下と同じものを扱うことに決まった。


琵琶家が要望がある時に必ず戦艦を出すので、物流に困難は起こらない。


子供たちは早速安い駄菓子を買って満面の笑みを浮かべていた。


この村々を管理している国が黙っていないと思ったが、反応が鈍いので、ここは信長自ら城に行って事情説明をした。


相手側は大いに戸惑っていたので、「また数日後に来てやる!」と吐き捨てるように言って、安土城下に戻った。


しかし北国からの返答はマリーンから聞かされることになり、マックラ村の一部と決まった。


ここはタルタロス軍がすぐに動いたようだ。


マリーンはそのついでと褒美のように、琵琶家の一員となって、美味い夕餉に舌鼓を打った。



「…海のそばなのに漁業ができないとは…」と幻影には新たな悩みができていた。


「…海に出ると不幸になると言い聞かせていたスミスはなかなかじゃな…」と信長は言って何度もうなづいている。


スミスが子供の頃は当然のように漁業を営んでいた。


しかし海で魚の取り合いが始まり、大漁だったスミスの村の船が沈められ、スミスの父が亡くなっていた。


村長は国に訴えたのだが、わずかな見舞金が下りてきただけで、船を沈めた東西の村にはお咎めがなかったのだ。


本来ならば報復に出ても当り前の虐待のようなものだが、スミスは我慢して、大いに鍛え上げ、農地でその才覚を覚醒させた。


スミスの村だけで自給自足が可能となったが、要望があったので東西の村に行商に行かせていたが、何度も不幸な目に遭った。


よってスミスも行商に出るようになったのだが、その時は村が襲られるように変わったのだ。


どうしようもない窮地に、スミスは村から出ないことに決めた。


もちろん、国や警察にも訴えたのだが、当然のように国が抑え込む。


よって報道にも頼ったのだが、いざ放送となると放映されることがなかった。


その時は必ずといって大きな事件が起こっていたのだ。


よってスミスの村は飼い殺しのような状態だったのだ。


そして琵琶家がこの地に現れた時、『大いなる希望!』とスミスは思って疑いもしなかった。


まさにその希望が叶った日が今日だったのだ。


琵琶家はまずは今日までの積み重ねを報道関係者を呼んで説明して、すべてを電波に乗せるように懇願した。


もちろん放送局はその正義感をあらわにして、現在放映の最中だ。


スミスの国は大いに叩かれることとなり、城は大騒ぎとなり、様々な膿が浮き出てきた。


ほかの小国にも同じようなことをやって小銭を稼いでいたという事実が発覚した。


さらには世界銀行がこの国に対しての貸し付けや取引を停止したことにより、この当日に国が消滅した。


ここぞとばかりにタルタロス軍と琵琶家が現地に入って、人選を行い、合格しなかった者たちは別の村に飛ばした。


マックラ村はその領地をさらに北側にも増やして、国の宝ともいえる海を手に入れた。


造船には琵琶家が手を貸して、初出航日は船を重くして戻ってきた。


こうやって近隣諸国との海産物貿易が始まり、マックラ村はマックラ王国として成長し、この星で一番裕福な国となった。


ここまでわずか三日で終えて、琵琶家一同は海の村に行って祭りを開催した。


村の人口は倍となったが、土地が広いこともあり、問題は何もない。


更に移住した者が問題を起こすこともなく穏やかで、スミスをさらに安心させた。



世界流通の海産物は海の村に任せたが、琵琶家はその方法を全く変えることなく、今日も戦艦を海に出している。


五人乗りの戦艦には、大汗を流しているが笑みを浮かべているスミスがいる。


「…あら? 困っている方がいらっしゃるわ…」と妙栄尼は妙にわざとらしく言って、スミスの汗を柔らかい手拭いで拭い始めた。


スミスの本来の見合い相手の春菜は大いに苦笑いを浮かべていた。


幻影は微笑んでいるだけで何も言わずに、全員に釣竿を渡した。


船に乗れば必ず働かなければならないので、誰も文句を言うことなく釣竿を垂れる。


そして必要量を釣り終わった時、妙栄尼は大いにうなだれていた。


まさに、魚たちからの洗礼を受けていて、一匹たりとも釣れなかったのだ。


「母ちゃんは役立たずだから、乗船禁止で」と幻影が言い渡すと、「…誠に申し訳ございませんでした…」と妙栄尼は心の底から謝って、すぐに釣り糸を海投げて、すぐさま釣り上げたことを子供のように喜んだ。


しかし二匹目がかからなかったので、幻影のお達しが覆ることはなかった。


「キングを釣るとこうなって当然なんだが、

 琵琶家の家人ならば、釣れて当り前」


幻影の厳しい言葉に、妙栄尼はさらにうなだれていた。


「…私、家人じゃないもぉーん…」という妙栄尼の子供のような発言に、幻影は大いに笑った。



妙栄尼が自爆したことで、スミスは春菜と行動を共にすることになった。


もちろん妙栄尼が邪魔に来るのだが、家人たちが厳しい判断を下して遠ざける。


よってスミスと春菜は、まるで逢引でもするように、ものづくりに勤しんだ。


「…ふむ… 売った方がよかったのではないか?」と信長が目の前のキングの刺身を見て言うと、「妙栄尼様からの賄賂です」と幻影はさも当然のように暴露した。


信長は刺身に手を付けて、「うまくない」と言い切った。


よってハイネはすぐに気を利かせて、刺身盛を長春の膳の前に置いた膳に乗せてから、新たな刺身を信長の膳に乗せて、こぼれ話をした。


信長は好々爺となって、刺身を口に入れて素晴らしい笑みを浮かべて何度もうなづくと、賄賂が賄賂でなくなってしまった妙栄尼は大いにうなだれた。


「…キングもやっぱりおいしぃー…」と長春の機嫌も大いにいい。


そして、「…妙栄尼様は追放ぉー…」という長春の言葉に、誰もが大いに眉を下げていた。


ここは本気で妙栄尼は改心して、一切の欲を断ち切った。


もちろん長春にも人事権があるので、ここで口を挟めるのは信長だけだ。


「追放しても、戻る家はあるから別にいいんじゃがな」という信長の言葉に、「…我ながらおいたが過ぎました…」と妙栄尼はさらに反省していた。


「…そんな親を持つ子の気持ちも考えて欲しいものだよ…」


幻影の言葉にも、妙栄尼は大いに反省して頭を下げた。


「…肉親であっても、目上であっても厳しい家…

 …春君もそうだったわ…」


春菜は笑みを浮かべて自然に言った。


「エカテリーナさんもついついその話をしようとしたよ。

 できれば、ゲイルさんと結婚したかったそうだから」


幻影は眉を下げて言った。


「…条件も何もかも同じよ…

 私も春君の妹でしかなかった…

 チューしたのにぃー…」


春菜の言葉に、男性は大いに顔を赤らめ、女性は大いに高揚感を上げていた。


「六才までだったらいいの?」と阿利渚が蘭丸に聞くと、「…年齢は関係ないわ…」とすぐに戒めた。


そして咲笑が詳しくその内容の説明をすると、「…高度な文明文化がある中で、とんでもなく初心だ…」という幻影の言葉に、誰もが同意していた。


「初心といえばその通りだけど、

 半分以上は世間知らず…

 だけど六才だったから当然だろうけど、

 その頃の私はもう大人だったのかも…」


春菜は自嘲的な笑みを浮かべたが、スミスを見て愕然とした。


スミスは春菜を否定するように、座る位置の距離を遠ざけたのだ。


スミスは前を見据えたまま、「申し訳ありませんが、春菜様とはお付き合いできません」と淡々と言った。


「…私…

 春君は、もう結婚してるから手が届かないし…

 それに、もう、ほかの誰かとパートナーになりたいから…」


春菜は自己弁護を始めたが、「…厳しい掟がありますぅー…」と咲笑が眉を下げて言って、声に出さずに映像だけを出した。


「…さらに初心だったかぁー…」と幻影は大いに嘆いた。


「…え?」とスミスが不思議そうな目をして幻影を見ると、「妙栄尼様は当然、男性との接触はあったぜ」というと、スミスは目を見開いてうなだれた。


「この呪縛を解くには、

 その根源を知る必要があるね。

 だけど、俺たちにもよくわかっているはずだ。

 俺たちの世界の少しだけ過剰な部分…

 いや、スミスさんと同じ考えを持つ人だっていると思う」


幻影の言葉に、家人の半数以上がうなづいた。


「ま、幻影はその対応を常にしておったからな」と信長は機嫌よく言った。


濃姫がスミスを覗き込んで、「じゃあ、私の問いには答えてくださらないのね?」と言うと、スミスはかなり下がって頭を下げた。


「…昔の幻影がここにおる…」と信長は言って鼻で笑った。


「…今でも、できればこうしたいほどです…」と幻影が眉を下げて言うと、信長は、「…そうじゃったか…」と答えて、幻影の心情を理解した。


「…常識の差は何となく察しました…」とスミスは眉を下げて言った。


「…わかっている限りの世間一般でぇーす!」と咲笑が陽気に言って、その情報の一覧を出した。


「…ふむ… 確実にワシらが特殊じゃな…

 一割にも満たん風習のようじゃ…

 いずれは我らも、馴れ馴れしくなっていくのじゃろうて…」


信長は感慨深げに言って何度もうなづいている。


「…だけど… だからこそ…

 私…

 ずっとお世話になっていいですか?」


春菜が頭を下げ顔を上げて懇願の眼をして言うと、「一向に構わぬ」と信長は機嫌よく答えた。


「みんながみんな、お堅いスミスみたいな人ばかりじゃないから」という政江の言葉に、春菜はさらに元気づけられた。


「出戻りは、命令しないと婚姻はほぼ不可能じゃけどな」


信長の言葉に、政江は大いに苦笑いを浮かべた。


「しかも大きな子もおる。

 どのような世界でも、誰もが政江は避けて通るじゃろうて」


信長が畳みかけると、「…同じ条件の人が売れちゃったぁー…」と政江は重胤を見て大いに嘆いた。


幻影はスミスを見て、「妹さん」とここまで言っただけでスミスの顔色が変わった。


「ん? 妹さん」と幻影は言ってにやりと笑うと、スミスは大いにバツが悪そうな顔をした。


「春菜さん、スミスさんは妹さんにチューされたそうです」


幻影の言葉に、年寄りだけが大いに笑い転げた。


春菜は少し考えて、「…あら、いけないんだぁー…」とスミスの顔を覗き込んで言うと、スミスは大いに眉を下げて苦笑いを浮かべた。


「…いえ、あれはあいつが不意に…」とスミスは大いに戸惑っている。


「言っとくけど、私からはしてないわよ」と春菜が言うと、スミスは大いに戸惑った。


それだと条件はスミスと同じだからだ。


「…できれば、あまり意識しないようにしようと…」とスミスはついに篭絡した。


「…ここからが難しいのよねぇー…」と春菜が言うと、特に女性たちは大いに聞き入るような目をして春菜を見入った。


「馴れ馴れしくすると、逃げちゃうことがあるの。

 なんというか、嫌悪感が沸くというような、ね。

 追いかけすぎるとうんざり感でもわくんじゃないのかなぁー…

 見張られてるような、恋愛とはまた別の感情が沸くんだって。

 犯罪としてはストーカー…

 付きまいといっていうものがあるの。

 そういったことも加味されるんじゃないのかなぁー…

 だから、しばらくの間はある程度は距離を取った方がいいの。

 もちろん、強制的なスキンシップはご法度よ」


これを聞いた女性たちは大いに納得して何度もうなづいている。


「…職業柄、何度もあったわ…」と妙栄尼がうんざり感満載でつぶやいた。


「…ああ、俺が生まれる前の…」と幻影がつぶやくと、妙栄尼は眉をしかめてうなづいた。


「…客寄せの踊り子の宿命じゃな…」と信長がつぶやいた。


「阿国連撃!」と顔を真っ赤にしている蘭丸が叫んで立ち上がり、素晴らしい舞を披露すると、妙栄尼も阿国に戻って踊った。


「…ああ、やはり、美しい…」とスミスがつぶやくと、春菜は大いにホホを膨らませた。


そしてあることに気付き、「阿国連撃って?」と春菜が幻影に聞くと、咲笑が大いに出しゃばって、図解入りで説明した。


「…ああ、剣術の型…」と春菜は言って、動画を見ながら型を覚えて、阿国の隣で踊り始めた。


「いやいや! 皆、素晴らしいぞ!」と信長は大いに陽気になって叫んだ。


阿国の美しさは身についたものだが、楽しそうに踊っている春菜の素晴らしい笑みに、スミスは大いに魅かれて行った。



楽しく終えた夕餉のあと、幻影は天守の控室から雄々しき山並みを見入っていた。


その山の向こうに、スミスの住んでいた村がある。


空を飛ぶ以外に何か効果的な移動方法がないかと考えていたのだ。


直線距離でもそれなり以上で、約五里ほどある。


やはり天候のことを考えると、空を飛べないこともあるはずなのだ。


―― 隧道を掘るか… ―― と幻影にはトンネルの先の光が見えていた。


そしてこの場で模型を作り、満面の笑みを浮かべて何度もうなづいた。


くつろぎの間に戻ると、信長は就寝したようでいなかったので、明日でいいかと思いながらも家老を集めて説明した。


「この地にもある、列車を走らせるか…」と嘉明は言って何度もうなづいている。


「高低差を使うので、運転席はふたりほどでいいと思っています。

 よって今回は、我が琵琶家の家人でなくても

 乗りこなせるものを作ろうと思っているのです。

 隧道を掘るだけでも随分と鍛え上げられると思いますし」


家老たちには異存はなく、明日の朝に早速信長に進言することに決まった。


「弁慶殿も杞憂に思っておったようです」と影達が言うと、「まだ掘ってなくて助かったよ」と幻影は笑みを浮かべて言った。


その他もろもろは山の様子を観察してから決めることにして、今夜は解散した。


ここからは自然に家老たちが言いふらすようになって、琵琶家の大きな事業として取り上げられた。



翌日の早朝、幻影は早速信長に模型を見せると、「完成するまでこの地に留まる!」と叫んだ。


まさにこの鶴の一声で、琵琶家の行動が決まる。


幻影たち測量班は、早速山に入って様々な情報を入手した。


できる限り自然破壊を促さないようなまっすぐな経路を二本確保できた。


そして幻影がまた新たな重戦車を作り上げ、早速山肌を掘り始めた。


これは今までで一番の重労働で、漕ぎ手はすぐに顎が上がる。


しかし掘ったあとの土砂などは子供でも処理ができるので、大勢の子供たちを雇った。


緩やかに昇る方に向かって掘っていて、土砂を滑らせて降ろすので、それほど力は必要ない。


さすがの琵琶家でも、今日一日で全工程の十分の一ほどしか作業は進まなかった。


しかし十分に休養を取り、美味いものを大いに食らって七日後に双方向ともに開通した。


ここからは作業は速やかに行われ、作業に取り掛かってから十日後に、めでたく開通式を行った。


運転手は基本的には力自慢の獣人を二十名ほど雇った。


巖剛と獅子丸の顔見知りで、琵琶家の家族として惜しくも落選した者たちばかりだ。


しかし働きようによれば、琵琶家の一員としての格上げも考えられるので、誰もが真摯に従事した。


今のところは商用路線になるが、この先の発展を見込んで、従業員を大目に雇ったのだ。


しかも仕事は運転だけではなく、力仕事も多いので、獣人にとってはやりがいのある仕事だった。


「…近代的なことなのに、景観がまるで壊れておらん…」


マックラ国王の受けも上々だった。


「車両を持ち上げる手間がいるけど、

 そうすれば線路だらけにしなくていいからね。

 力自慢が大勢いて助かったよ」


幻影の口調も明るかった。



未来を見越して、もうすでに嘆願があったことを実行するために、幻影は信長にある進言をした。


信長は二つ返事で了承したが、この先は、宇宙の旅に出てから行うことに決まった。


明後日がその予定日だということを、幻影はすっかりと忘れていたのだ。


「やはり、地盤固めを先にした方が吉じゃろう」という信長の言葉に、「御意」と幻影は笑みを浮かべて答えて頭を下げた。



宇宙に旅立つ当日、厳しい顔の信長を筆頭にして、琵琶家全員が宇宙戦艦に乗り込んだ。


そして信長は何も言わずに徐に術を放ち、「早いぃ!!」と咲笑を大いに驚かせ、瞬く間に宇宙空間にいた。


「ふん、今回は余裕がある」と信長は不機嫌そうに言った。


信長は幻影と弁慶に均等に術をかけたので、咲笑が慌てたのも当然のことだった。


宇宙戦艦は大気圏院突入して、信長の指示に従って、荒くれ者たちを鎮静化していく。


ある情報が咲笑から信長に伝えられ、「そうか、知れ渡っているようじゃな」と感慨深げに言った。


この件は琵琶家のことではなく、ゲイルたちの善行の情報だった。


司令官たちの会話の中で、『竜人たち』という言葉を聞き取ったのだ。


よって何かをしようとしたのだが、最前衛にいる幻影と蘭丸によって阻止された。


『竜が捕らわれています!』という幻影の報告に、「…よくぞ捕らえたもんじゃ…」と信長は大いに呆れていた。


幻影は話ができる全長三十間ほどの竜を開放して、信長に託した。


幻影たちは戦場の後片付けと同時に住人たちの救済に出た。



「捕まってるんじゃない」と信長が言うと、「どうなるのか、ワクワクしてた」と火竜から余裕の言葉を聞いた信長は大いに笑った。


「そういうことならもう好きに過ごしてよい」という信長の言葉に、「えー…」と火竜は苦情があるように言った。


「お前らとワシらでは違う。

 お前の退屈しのぎに付き合っている暇はない。

 出るぞ!」


信長は雄々しく叫んで、救済するべき村に向かって走って行った。


火竜もなぜか走って信長を追いかけたのだがあまりにも早いので、翼を広げてひと扇ぎしてふわりと浮かんだが、この間に砂煙しか見えなかったことに驚いて、必死になって飛び、人命救助をしている場所にやってきた。


このような人間の習わしはある程度は知っていたが、これほど親身になっている感情は初めて感じた。


これは知っていたことだが、特に天使たちからは必死の感情がありありとわかる。


自由奔放な火竜にとって、なぜ他人にこれほどに必死なるのかよくわからなかった。


「人間が増えすぎたっていいことなんてひとつもないよ」


火竜の言葉に、「この星では許容範囲内じゃ!」と離れているが火竜の声が聞こえた信長が叫んだ。


火竜は歩いて信長に近づいた。


「じゃあさ、多すぎたらどうすんのさ」


「そのような場所に救いに出ることは稀じゃ。

 飛んで諍いの最中じゃと、弱い者はすでに倒れておろうな。

 ワシらはワシらの仲間も、

 救済した中から募っておる。

 ワシらだけではまだまだ手が足りんからな」


信長の言葉に、火竜は大いに考え込んだ。


そして天使たちからの厳しい目に、火竜は背筋を震わせた。


「なかなか、竜らしい考えだわ」と火竜よりも巨体の妙栄尼の言葉にも、火竜は体を震わせた。


「助けたって、どうせ星をめちゃくちゃにするじゃないか」


「それは一部の人間の悪行です。

 人間すべてが悪に手を染めているわけではないのです」


「…あー…」と火竜は言って、まさにその悪行の犠牲者たちを見まわした。


「よっし! 蘇生した!」と幻影が叫ぶと、天使たちがすぐさま飛んで来て、ひとりの人間の子供を癒し始めた。


「なかなかついておる!

 ワシの子にするから、現状を聞いておけ!」


信長は叫んで、また別の地に向けて走って行った。


そして、「このたわけがっ!」というとんでもない声が聞こえ、火竜は全身を震わせて身動きが取れなくなった。


今のたわけの術は、捕らえた軍人たちに向けて放ったのだ。


悪いヤツをそのまま放置しても平和にはならないので、少しでも悪い心を改心させるために叫んだのだ。


「ま、かなりマシになった」と信長は鼻で笑ってから、今度は農地づくりに参加した。


そこではベティーが炎を吐いていた。


大地は真っ黒に焦げていたが、散水をした途端に緑の若葉が表面に浮かんでくるように顔を出した。


琵琶一家は八カ所の大きな村のための手助けを終えて、全員が宇宙戦艦に乗り込んだ。


「…くっ… 家族がおったか…」と信長は大いに悔しそうに言ったが、笑みを浮かべて何度もうなづいた。


もちろん、死の淵から蘇った子供の件だ。


さすがに家族から引きはがすことは考えてはいない。


「帰って昼餉じゃ!」


信長の叫び声とともに宇宙戦艦は消えた。


火竜が気づいた時、この星に平和な小鳥のさえずりが流れていた。


「…僕も、連れてって…」と火竜はもう声が届かない琵琶家に向かってつぶやいた。


すると、琵琶家の戦艦ではない宇宙船が、火竜の遥か上空に姿を現した。


「あー… 見事だ…」と春之介は眉を下げて言って、数々の映像を見入った、


「今回は言葉のまま手助けだね。

 だけど、家を建てる材料の準備と整地は終えているから、

 かなり良心的だ」


ゲイルは言って大いに苦笑いを浮かべた。


「…材料を集めるだけでも、半日はかかっちゃうわよぉー…」と優夏は眉を下げて言った。


「…琵琶家がいいぃー…」とベサーニが言い始めると、誰もが大いに眉を下げた。



宇宙戦艦が砂浜の村の上空に姿を見せると、竜人の子供たちは必死になって手を振って、来村を大歓迎した。


そしてすぐさま、ゲイルたちの宇宙船も姿を見せたので、さらに陽気になって手を振った。


琵琶家とコリスナー家は風呂に入ってから、美味い料理をたんまりと食った。


琵琶家の面々はもう気持ちを切り替えていて、話は午後からするものづくりのことだった。


「ところであの火竜、多分使えると思いますが、どうされますか?」


幻影の言葉に、「見極めて連れてきてもよい」と信長はつまらなさそうに言った。


「ひねくれて暴れられても面倒ですので」


幻影の言葉に、信長は大いに笑ってから、「あ」と何かに気付いてつぶやいた。


「御屋形様のたわけの術で、少々変わったようです」


「…よきに、はからえぇー…」と信長は罰が悪そうにしてつぶやいた。


幻影が念話を送ると火竜は大いに喜んで、琵琶家とともにいたいとはっきりと言った。


「先に言っとくが、こっちはあんたにとって地獄だぜ。

 とんでもない竜様たちが大勢坐すからな」


『…うう…』と火竜はうなって、二の句を告げられなくなっていた。


『…そ… それでも…

 何かお手伝いできるんだったら…』


「そうかい。

 感情的にはかなり変わったな。

 別にあんたは悪者というわけではなかったんだが」


『…う、うん…

 僕もまだ、よくわかんないんだ…

 だけど、すごく寂しいんだ…

 …あー… 人間たちに見つかっちゃった…』


しばらくは声が聞こえなくなったが、どうやら場所を替えていると幻影は感じた。


『…崇められるようなことはしてないけど…』


「そこで守り神でもすれば?」


『…ここはもう、守らなくてもいいと思う…』


「…そうか…

 人間にとって安全な場所にいるんだったらすぐに行くぞ」


『あ、うん。

 今は洞窟にいるから』


「行ってまいります」と幻影が頭を下げて言うと、「好感触のようじゃ」と信長は言って何度もうなづいた。



幻影は精神間転送で火竜に飛んだ。


「おっ! いい家だ!」と幻影は叫んで、ほのかに光がさしている洞窟を見まわした。


『…あー… すごいこと、できるんだね…』と火竜は目を見開いて言った。


「我が琵琶家の一部も、竜と同じく人間から神と言われているからな。

 あんたの気持ちを変えた御屋形様もそのおひとりだ」


幻影の言葉に、火竜はひとつ身震いをして、「…よくないって、叱られたって感じ…」とつぶやいてうなだれた。


「魂を持つ者には、必ずといって、善の心と悪の心がある。

 御屋形様の術はその善の心に作用するものなんだ。

 何かを変えるための術ではなく、

 あんたの善の心を刺激しただけだ。

 よって変わったと感じるのは、

 あんた自身が起こしたことなんだよ」


「…僕自身が、僕を叱った…」と火竜がつぶやくと、幻影は何度もうなづいた。


「あんたは何か悪いことをしていたわけではない。

 だけど、何かが間違っていると漠然と考えていたはずなんだ。

 その善の気持ちが大いに前に出てきたと言っていいだろう。

 だから叱られたって感じたんだと思う」


「…ちっちゃい子も働いてた…」と火竜は自分を恥じるように言った。


「あの子はベティーと名乗っていたが、

 今は御屋形様の子で、織田萩千代様だ」


「…僕に名前はないよ…

 人間たちは、竜とか神様って呼んでた…」


「竜の場合、その名前が重要だ。

 とんでもない竜様たちの前に出る勇気はあるかい?」


幻影の言葉に、火竜は大いに戸惑って後ずさりして首を振ったが、「…連れて行って欲しい…」とつぶやいた途端、火竜は恐ろし気な竜たちに囲まれていたので、幻影は大いに苦笑いを浮かべて退避した。


「…おー、壮観じゃ…」と信長は竜たちを見上げてご満悦の表情だ。


『…それほどに琵琶家がいいのかぁー…』と竜の中でも一番雄々しい雷竜がうなると、幻影は大いに笑った。


様々なやりとりがあって、火竜はようやく解放されたが、その場に座り込んでいた。


しかし長い首を信長に向けて、「あだ名をファイガと言いますぅー…」と言って挨拶をした。


「おう、ファイガか。

 なかなか雄々しき名じゃ」


信長は満面の笑みを浮かべて言った。


「…本名は名乗ってはいけないので…」


「おう、知っておる」と信長が答えると、ファイガはほっと胸をなでおろして人型に変身した。


本来ならば素っ裸なのだが、人間の真似をして服は着ていた。


よって、今までに人間に変身したことがある証でもある。


火竜の場合は、ほぼ確実に赤い頭髪に赤い目を持っていて、ファイガも同じだった。


「ほう! 元服間近という年齢じゃな」と信長は機嫌よく言った。


「…元服って、なんですかぁー…」とファイガが小声で幻影に聞いた。


ここは咲笑が出てきて簡単に説明をすると、ファイガは理解して咲笑に頭を下げた。


「特に指導することはなさそうじゃ。

 我らとともにいたくば、大いに働け」


「…はい、がんばりますぅー…」とファイガは眉を下げて答えると、琵琶家での労働について咲笑が講義を始めた。


「…第一に、食べること…

 …今までものを食べたことなんてなかった…」


フィイガはつぶやいて、大いに食らっている萩千代を見て眉を下げた。


竜人の子供たちに早速配膳され、ファイガは席について一口食べると止まらなくなっていた。


食べた途端に食欲が沸いたと言わんばかりだ。


「またまた強敵出現!」とお呼ばれにきていた桜良が叫んで、ファイガに対抗するように大いに食らい始めた。


「いくらでも食べて食べて!」と子供たちは陽気に接待をする。


「…うう… 味覚が麻痺して来たぁー…」と桜良は悲しそうに言って箸を置いた。


ファイガは大いに満足して箸を置いて、「美味しかったよ! ごちそう様!」と人間に聞いたことがある言葉を使って礼を言った。


「…食ったなぁー…」と幻影もゲイルも大いに眉を下げてつぶやいた。


「しっかり働けばそれでよい」と信長は機嫌よく言った。



ここからはいつものようにこの広場で製造が始まった。


庭先が広くなったことで、多種多様な製品づくりが可能になった。


ファイガは幻影にひと通り説明を聞き終えると、竜人の子供たちがファイガを菓子づくりに誘った。


「こらこら、強要するんじゃない」とゲイルが一喝すると、子供たちは大いに悲しそうな顔をしてファイガを見上げた。


―― …抗えられないぃー… ―― とファイガが嘆くと、「それも強要だ」と今度はエカテリーナに言われてしまったので、子供たちはファイガに頭を下げて本来の仕事に就いた。


ファイガは初めから気になっていた、幻影が作っているおもちゃ作りに食いついた。


流れ作業なので、その工程がよくわかる。


よって一番手の足りない素材を細かく裂く仕事に就いた。


単純作業なのだが単純だからこそ厳しいものがある。


しかしファイガはこの玩具がこの先どうなっていくのかよく知っていたので、笑みを浮かべて時間を忘れて従事した。


「今日は終わりだ! 帰るぞ!」という信長の言葉に、ファイガたちはすべての作業用機器を手早く片付けて、社をくぐって安土城に戻った。


ここからはファイガは厨房に入って、夕餉づくりの見学をした。


まさに手の出しようがない調理現場に眉を下げていた。


よって一番外にいて、目立たないように調理機材の洗浄などを受け持った。


唯一人の手が足りない場所だったので、手出しができてよかったと、ファイガはうれしく思っていた。



「なんじゃ? 今日はやけに早かったな!」と信長の機嫌がすこぶるいい。


「後片付けをファイガ君が受け持ってくれたのです」とハイネは明るく言った。


「…ふむ… あの戦場で手出しができるとはな…」と信長が言うと、厨房係ではない者たちは大いに眉を下げていた。


「ファイガもよくやった!」と信長がほめると、ファイガは恥ずかしそうにして頭を下げて、真剣な目をして手招きをしている濃姫の隣に座らざるを得なくなっていた。


「呼ばないとね、奪い合いになっていたから」と濃姫が言うと、ファイガは一瞬目を見開いて家人たちを見まわすと、素早くそっぽを向いていた。


「ところで、萩千代の亭主にならない?」


濃姫は早速縁談話を持ち掛けてきた。


「いえ、同族結婚はちょっと…」とファイガは答えて眉を下げると、濃姫は目を見開いて萩千代を見て、「そうなの?」と問いかけた。


「…あはは、うん…」と萩千代は眉を下げて言ったが、「…人間だったらよかったのにぃー…」と上目づかいでファイガを見た。


「ファイガは竜になるの禁止」と濃姫が言うと、「無理強いをするでない」という信長の一喝が飛んできたので、濃姫は少し首をすくめた。


「大きな仕事は、竜の方が都合がいいことがありますから…」


ファイガの控え目な言葉に、誰もがうなづいていた。


「女子どもの言葉に惑わされるな。

 まさに、魔性の者たちじゃからな」


信長の言葉に、まさにその通りだとファイガは思ったが、ここは苦笑いで返しておいた。


「…ふむ… 馴れ馴れしくしろとは言わんが、

 大人し過ぎやせんか?」


信長の言葉に、ファイガは大いに戸惑った。


自分では特に感じないのだが、今までの自分と比較すればそれはあると感じた。


「自分勝手な自分の方が、行動力はあると感じました」


この言葉に幻影は大いに眉を下げ、信長は大いに笑って幻影を見た。


「ですがそれは、人間たちから見てのことで…

 人間たちとのコミュニケーションはなかったので…」


「じゃが、きちんと自分で仕事を見つけて働いておる。

 本来ならば、誰かが仕事を与えたはずなんじゃ。

 ファイガは今のファイガで一向に構わんが、

 抗うべきことは抗えばよい」


信長の言葉に、「はい、ありがとうございます」とファイガは納得の笑みを浮かべて答えて、うまい料理をたらふく食った。



夕餉のあとにファイガは阿利渚たちに遊びに誘われたのだが、丁重に断って、自分たちに厳しい猛者の鍛錬の見学を始めた。


「…うふふ… お手伝いしちゃうわ…」と咲笑が寄り添って、猛者たちが何をしているのか図解入りで説明した。


「…萬幻武流… かっこいい…」とファイガがつぶやくと、咲笑は愉快そうに笑った。


そして入門編から咲笑に修行をつけてもらっていると、猛者たちがファイガに視線を向けていたことに気付いた。


「…あ、どうも…」とファイガは恐縮して頭を下げると、「いや、邪魔をして悪かった」と弁慶は言って頭を下げて、自分の鍛錬に従事した。


「…うふふ… 認められちゃったわ…」と咲笑は機嫌よく言って、ここからは映像と口頭だけで、萬幻武流の全ての説明をした。


「…やることも、覚えることも多いぃー…」とファイガは大いに嘆いたが、その眼は希望に満ち溢れていた。


次にファイガが気づいた時には、この場には誰もいなかった。


「みんな寝ちゃったわ。

 私もファイガ君も眠る必要はないようだけど、

 どうする?

 人間にあわせる?」


咲笑の言葉に、「琵琶家の掟は?」とファイガが聞くと、「就寝に関してはないわよ」と咲笑はすぐに答えた。


ファイガは自分の体を探って、咲笑にも検査の協力をしてもらった。


「わずかだけど疲労の蓄積はあるわ。

 お風呂に入って眠った方がよさそう」


「うん、そうするよ」とファイガは言って、銭湯に足を向けた。



ファイガは早朝の訓練から参加して、幻影に笑みをもたらせた。


まさに萬幻武流の門下生として、この場で認められたのだ。


琵琶家の別荘に行ってからも修練場で真摯に基礎鍛錬を積み、昼餉は大いに飯を食らった。


旅から戻って来ていたゲイルたちは目を丸くしてファイガを見ている。


ファイガは昼餉の後も流派の修行をしたかったのだが、ここは琵琶家の掟通り、ものづくりに従事した。


今日は昨日誘われたこともあり、竜人の子供たちの菓子作りに従事した。


そしてファイガは子供たちに接して色々と気づいた。


寿命は三百年。


子供に見えても、誰もが生を受けて二十年以上。


そして巨大な潜在能力を誰もが持っている。


だがそれは、誘ってはならない。


自分自身の考えと行動で発揮する必要がある。


このようなことを確認していると、スイジンとライジンがファイガに熱い視線を投げかけていた。


「…今夜はお泊りしない?」というスイジンの誘いの言葉に、「いえ、流派の修行に打ち込みたいのです」とファイガははっきりと答えた。


「…遠慮しないと、たわけの術が飛んでくるわ…」とライジンが眉を下げて言うと、スイジンも渋々認めて、ふたりして浜辺に向かって歩いて行った。


ファイガは守られていたと感じ、素知らぬ顔をしている信長に頭を下げて、仕事に従事した。



「…琵琶家と戦争をするつもりかぁー…」とエカテリーナがうなると、ライジンもスイジンも背筋が伸びていた。


「母さんも婆ちゃんも慎んでくれ」とゲイルからも言われてしまったのでふたりはさらに反省した。


「…肉弾戦を好む竜は当たり前でしかないが、

 琵琶家の流派で鍛えるとなると今までとは大いに違うし、

 資質の問題もある」


ダビデの言葉に、「免許皆伝したぁー…」とエカテリーナがうなると、「あ、俺も」とゲイルも言ってにやりと笑った。


「…せっかく追い抜いたと思ったのにぃー…」とエカテリーナは悔しそうにうなった。


「ふたりとも、それで終わりだとでも思っているのか?」


ダビデの厳しい言葉に、「常に流派に触れていないと意味はない」とゲイルは言って苦笑いを浮かべた。


「弁慶君か源次君が欲しいな…

 なんなら、

 我らが婿として常に影達君に修行をつけてもらえるようにした方がいい。

 それをしていかないと思いは薄れると感じる」


「琵琶家と行動を共にすることに決めた!」とエカテリーナは叫んで、救済の旅の一時中止を進言した。


「いや、とりあえずは半分に減らす。

 ベサーニが勝手に戦場に出ようとするからな。

 まあ、あの子が死ぬことはないけど、

 多くを救えなかったことをぐちぐちと言われそうだから」


「その兼ね合いもあるから、ゲイルの案に賛成だ」とダビデは言った。


「…たわけの術があれば…」とエカテリーナは大いにうなった。


「一番効率がいい術だ。

 拘束するにしても、保護するにしても、

 誰も星の外に出す必要がない」


ゲイルは半分ほど嘆くように言った。


「竜は魔王に勝てない、か…」とダビデが言うと、誰もが一瞬腰を浮かせたが、ダビデの言い分を認めざるをえなかった。


「だけどイカロス君はそんな術は持ってないって言ってたよ」


ゲッタが口を挟むと、「第六天魔王だけの威厳か…」とダビデは言って何度もうなづいた。


「だが、いい人にしてしまうにも限界があるはずだ。

 その術に拘束力があるとすれば、

 いずれはほころびてしまう」


ゲイルの言葉に、「それほど複雑なものではないように思うが?」とダビデは言った。


「うん、そうだね。

 術の発端としては声に乗せるもの。

 言霊でしかないから」


ゲッタの言葉に、誰もが理解してうなづいた。


「言い聞かせ、叱る、ということなのか…」とゲイルが苦しそうに、そして悔しそうにうなった。


ゲイルのこだわりは、無竜であることで術をもっておらず、使えないことにある。


「内なる葛藤、です」と話を聞いていた松崎拓生が言った。


術をかけられたことがある者の言葉なので信憑性には申し分ない。


「簡単に言えば、良心に訴える術だと思います。

 さらには言い聞かせではなく反省させるものだと推測します。

 心の中の善に味方して悪を滅ぼすと言っても過言ではないでしょう。

 よって術としてはその切欠を与えているだけに過ぎないのですが、

 そのような術は聞いたことがありませんし、

 実現不可能だと思いますが…」


拓生はここまで言ってゲッタを見た。


「気功術師の最高位として、

 唯一の希望だと思っています」


拓生の言葉に、「…生まれてたったの九年、だもんなぁー…」とゲッタは言って大いにうなだれた。


「お世話になりました。

 ここは一念発起して、

 琵琶家とともにあることを望みました」


拓生は言って頭を下げてから立ち上がって、歩き出そうとしたが強制的に座らされた。


「…断られたようです…」と拓生は言って苦笑いを浮かべた。


そして、「申し訳ありませんが、もう一度雇って下さいますか?」と拓生は大いに苦笑いを浮かべて深く頭を下げた。



「…なにぃー… 術の解説じゃとぉー…」と信長は大いにうなった。


この切欠は、濃姫が地獄耳の術を使っていて、ゲイルたちの話を聞いていたからだ。


もちろん蘭丸も気になっていて聞いていたのだが、さすがに進言するわけにはいかなかった。


「生まれてから持っておったものじゃから知らん。

 あ、術名だけは変えた。

 何事にもノリというものもあろうて」


「人間に、なぜ人間なのかと聞くようなものですね…」と幻影が言うと、「あ、それはわかりやすい例えじゃな」と信長は機嫌よく言った。


「…それなり以上に優秀なのはよーくわかりました…」と濃姫は言って恭し気に頭を下げた。


「いや、我が家族のために戦力になってることだけが心地良い」と信長は笑みを浮かべて言って、うまい魚を大いに食らった。


「ひとつだけ、お聞きしたいことがあるのです」という幻影の言葉に、誰もが目を見開いて箸を止めた。


「…ふむ…」と信長は言ってから、「反抗期?」と信長が言うと、幻影は大いに笑った。


「いや、意味が分からんだろうが知らんでよい。

 今の疑問は個人的に受け付けよう。

 まさに、こみゅにけーしょん、というやつじゃ!」


幻影が反抗期だなどと誰もが思っていたが、どうやら違うと誰もが感じていた。


すると、「あっ」とファイガが小さく声を上げた。


「そうじゃ、そういうことじゃ」と信長は機嫌よくファイガに顔を向けて言った。


「次は誰じゃろうなぁー…

 言っとくが、諍いを起こすなよ」


信長が機嫌よく言うと、誰もが一斉に頭を下げた。


もちろん、ファイガに大いなる嫉妬心を感じたからだ。


よって信長がすぐに諭したことになる。


「…あー… 迂闊でした…」と弁慶が頭を下げると、「そういうことじゃ」と信長は機嫌よく言った。


弁慶が理解したことで誰もが安心した。


そして弁慶が、『迂闊』と言ったことで、多くの者たちが理解できて、信長をさらに好々爺にした。


「女子は大胆じゃな。

 まさか誰もわからぬとは…」


信長の言葉に、濃姫を筆頭に大いに悔しがった。


「はいはぁーい!」と桜良が乱入してきて陽気に手を上げた。


「それで間違いないが、何か悔しいものがあるな…」と信長は眉を下げて言った。


桜良は、「えっへん!」と自慢げに言って胸を張った。


「…精神内科医だもぉーん…」と桜良が眉を下げて言うと、「…そういう肩書もあったな…」と信長は言ってようやく納得した。


桜良は幻影を見て、「ご褒美頂戴!」と叫んだ。


「…ふむ…」と幻影は言ってしばらく考えてから、「褒美はあとで考えましょう」と言うと、「やったぁ―――っ!!!」と桜良は大いに高揚感を上げ、もろ手を挙げて喜んだ。


「その前に、妙栄尼様…

 あ、いえ、上杉阿国様…

 いえ、我が母上の反抗期について決着をつけようと思っているのです」


幻影の言葉に、「…あー…」と誰もが全てのことに大いに納得して妙栄尼を見た。


「こやつ、ここまで話を進めるための問題定義じゃったか…」と信長は言って鼻で笑った。


「少しはあったのです。

 ですが、術を使うまでもないことだと。

 我が母上はもう僧ではありませんので、

 本当の名前の阿国と呼んでやっていただきたいのです」


「あ、言っておらんかったか?」という信長の言葉に、阿国はすぐさま頭を下げた。


「私が気づいたのは、阿国連撃という奥義を叫んだ時でした。

 まさに心の底から喜んでいたのです。

 始めは奥義のひとつの名になったことかと思っておりましたが、

 どうやらそうではないと気づきました。

 できれば、母上から伝えていただきたかったのですが、

 気づけということのようでしたので、

 ここでお話しさせていただきました」


「…面倒なやつじゃ…」と信長が鼻で笑って言うと、阿国は大いに恐縮して頭を下げた。


「…幻影に気を使わせてしまいました…」と阿国は今まで以上の威厳をもって、薄笑みを浮かべて言った。


「名は重要じゃが、

 慣れというものもあるから、

 妙栄尼と呼んだとしても怒ってやるな」


信長の言葉に、「はい、承知いたしました」と阿国は言って頭を下げた。


「では、大きな問題が解決したところで、小さな問題じゃ」


信長が気さくに言うと、誰もが一斉に頭を下げた。


「松崎拓生が琵琶家に入りたがっておる」


信長の言葉に、誰もが目を見開いた。


「一度は拘束して諦めさせたが、

 惜しい人材ではある。

 代わりとしては影達がいることで特に問題はない。

 問題は、我が琵琶家に迎え入れてもよいのかという件だけじゃ。

 賛成でも反対でも構わんが、その理由を語ってもらいたいのじゃ」


ここはまず一番に幻影の手が上がった。


信長は大いに納得して機嫌よく何度もうなづいている。


「まずはそうするか」と信長は言った。


「議論は後回しとなった。

 まずは昼餉を終わらせようぞ」


信長は機嫌よく言って、あとわずかしかない料理に眉を下げた。


―― なんという問答だぁー… ―― とファイガは嘆きながらも、この刺激的な琵琶家をさらに好きになっていた。


ファイガとしては松崎拓生のことが全くわからないので答えようがないのだが、議論に挙がることなので重要な人物だと確信した。


そして意識して松崎拓生を視界に捉えて、―― とんでもなかったぁー… ―― と大いに嘆いたのだ。


総合的な実力では、幻影に近いものがあるとどうしても考えてしまう。


まさに神の中の神でしかないが、サルサロス星で眠った時に感じたとんでもない威厳を知っているので、かなりかすんで見えていたことだけが救いだった。


―― まさか… 遺恨があるのか… ―― とファイガが考えた時、「その通りじゃ」と信長は膳に向かって言った。


「ファイガは何も知らんのに論破しよったわ!」と信長は大いに陽気に叫んだ。


「それがワシの杞憂じゃ。

 まずは松崎拓生とマリーン殿を面会させる。

 話はそれからじゃ」


ファイガは大いに苦笑いを浮かべていたが、家族たちは羨望の眼差しをファイガに向けていた。



信長は松崎拓生に声掛けをして、包み隠さず事情を話した。


もちろん、拓生が信用できないから試すという趣旨だ。


拓生は後ろ暗いことは何もないので、この話に同意して、マリーンと面会する運びとなった。


もちろん、極と燕にも連絡を入れて立ち会ってもらうことにして、琵琶家一同はサルサロス星のよく確認できない大神殿のエントランス前に降り立った。


緊張感を纏った空気の中、大神殿からマリーンの姿が見えた。


表情はいつもと同じで薄笑みを浮かべているのだが、威厳を半分ほどしか抑えられていないので、緊張していると言ったところのようだ。


「ふむ、問題なしじゃな」と信長の判断は早かった。


「ですが、とんでもない警備の気配を感じるのですが」と拓生は眉を下げて言った。


「私は何もいたしておりませんわ」とマリーンが少し厳しい目をして言うと、「申し上げます」と守山が声を上げた。


「マリーン殿の盾は知っておるようじゃ」と信長は少し陽気な気分で言った。


「マリーン様の緊張感が、防衛のからくりを作動させているのです。

 まずは緊張感を開放していただきたく」


守山の進言に、「…全然、気づかなかったぁー…」とマリーンが緊張感を解くと、拓生は薄笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「…俺、本当は必要ないんじゃ…」と極は言って大いに眉を下げた。


マリーンは極の言葉は聞こえなかったことにした。


マリーンの鉾としては確かに守る必要性はない。


しかし、守りから攻めに転ずる時は、鉾が必要になるのだ。


さらに言えば、守山は護衛役で、極は弟という意味もあり、マリーンのお世話係の仕事を担っていると言っていい。


「…これが自然界のふたつの守りか…

 だが、もうひとつあるはずですが?」


拓生はマリーンに聞いた。


「それは最終手段です。

 しかも有資格者が、まだ完全ではありませんから、

 正常に機能しません。

 なんでしたら、信長様でもよろしいのです」


マリーンの言葉にいきなり名前が出てきて、さすがの信長も目を見開いた。


しかし、「そうか、魔王か」と信長は何となくその理由がわかってうなづいた。


「第壱天魔王が不完全なんじゃな?」


信長の言葉に、「数字で表すとすれば、第零天魔王といったところでしょうか?」とマリーンは答えた。


「ほう、面白い。

 我らが始祖に会うことができるとはな」


「…がっかりするので、期待しないでください…」と極が小声で言うと、信長は愉快そうに笑った。


「たわけの術で、正常化するのでは?」という信長の言葉に、「正常化したところで、現在の信長様には遠く及びません」とマリーンは断言した。


信長は何度もうなづいて、「…転生の度の成長が芳しくなかったわけか…」とつぶやくと、「あと数回は転生が必要でしょう」とマリーンは告げた。


「それに、太陽の神竜が信長様を選ぶはずですが、

 これにも障害がありますので選べないのです」


「…むう…」と信長は短くうなった。


「魂の中にあるオーラの球の件です」


マリーンの言葉に、「…これ以上あるわけか… 始祖だけがそれを持っている…」と信長がつぶやくと、マリーンは笑みを浮かべてうなづいた。


「…ないとなれば欲しくなるが…

 ここは欲を押さえることにするか…」


信長は自分自身を大いに抑え込んだ。


しかし好奇心としては大いに残っている。


「ですが、太陽のオーラは…」と極が言うと、「問題ございません」とマリーンは断言して、琵琶家一同を見まわした。


「あらあなた」とマリーンはファイガを見て言った。


ファイガは誰のことかよくわからなかったのだが、前にも後ろにも左隣にも誰もいないことで、自分が言われたとようやく気づいた。


「この先の成長が大いに楽しみですわ」とマリーンは笑みを浮かべて言った。


「巨大な太陽には、魅力あふれる方々が集まるようになっているのです。

 魔王の始祖には、わずかひとりだけ…

 そして半人前の雷竜が一柱…」


琵琶家一同は大いに苦笑いを浮かべていた。


「覚醒して二十年、

 順調に増えていたのに力足らずでひとりになってしまったのです。

 ですので、修行不足は否めないのです。

 あら、お友達の悪口を言ってしまってごめんなさいね」


マリーンは最後は拓生に言った。


拓生は大いに苦笑いを浮かべて頭を下げた。


「ですが、現地での役割というものもありますから」


拓生が抗議があるように言うと、「魅力があれば、どのような事情があろうとも離れるもんですか」というマリーンの言葉に、拓生は撃沈するようにうなだれた。


まさに拓生自身が言われたように思ったからだ。


「信長様はお役目以外にもすべてを変えられるでしょう。

 そしてそこには、輝ける方たちもおられますので、

 逃す手はないと思います」


「肝に銘じた」と信長は言ってにやりと笑った。


「まずは、セイラ・ランダを正常化して、

 タルタロス軍に下さい!」


極が叫ぶと、信長は愉快そうに大いに笑った。


「どうやら筋金入りのようじゃな。

 会える日が楽しみじゃわい」


信長の言葉に、「すでに吹っ飛んでいます」と幻影が言うと、「む!」と信長はうなってから、「…あの、ひねくれた顔の女子かぁー…」と信長は大いに悔しがった。


無限組み手の戦闘ではなく、砂浜の村でのことだ。


「正常化したはずですので、

 本拠地でまじめに働いているものと」


幻影の言葉に、「…ま、まあ、よい…」と信長は何とか落ち着いた。


「…まあ、その程度なのですね…

 がっかりですわ…

 彼女も転生の必要がありそうね…」


マリーンは大いに眉を下げて言った。


「縁があれば、また逢うことになろうぞ」と信長は落胆した気持ちを抑え込んで何とか言った。



松崎拓生の件は何の障害もないという裁定が下り、改めて信長の配下に下るかと、信長が聞くと、拓生は満面の笑みを浮かべて同意して頭を下げた。


琵琶一家はすべての顛末を砂浜の村に戻って説明して、ライジンとスイジンを納得させた。


「叱られるのを覚悟してお話しするのですが…」とゲイルが眉を下げて言って、同じように眉を下げている咲笑を見た。


「特に重要と判断した案件は足を運ぶことにしておる」と信長は笑みを浮かべて言って咲笑の頭をなでた。


「それが正しい人との付き合いと思っておるからじゃ」


信長の言葉に、ライジンたちは一斉に頭を下げて、「そのようにいたしましょうぞ」と言って笑みを浮かべた。


「まだ不安定じゃが、

 マリーン殿は威厳を落とすように努力しておるようじゃ。

 できれば気兼ねなく、我が城にも来てもらいたいものじゃ」


「…いくぅー…」とスイジンが真っ先に言うと、「その配下のことに決まってるだろ」とゲイルがすぐに戒めた。


「あ、すみませーん」とファイガが眉を下げて手を上げた。


「む! 何か気づいたことがあったか?!」と信長は満面の笑みを浮かべてファイガに勢い勇んで聞いた。


「…あ、はい…

 憶測でしかありませんが、

 眠られている時は威厳を放っているように感じます。

 遠く離れていても、マリーン様の威厳を感じましたので…」


「…むむむ…

 我らも眠っておると気づかぬわけか…」


信長は言って幻影を見ると、「時には夜更かしも必要なようですね」と笑みを浮かべて答えた。


「その中で眠れる者は豪胆じゃ!」と信長は叫んで、ファイガの頭を乱暴になでた。


信長は、「さらばじゃ!」とマリーンに別れの挨拶をして、社に向かって飛んだ。



ファイガは就寝前の修行を、大勢の家族たちと共にしている。


一段落ついてファイガが忍びの鍛錬を始めようとすると、本職の忍びたちがファイガに寄り添ったが、ファイガが眉を下げたので、「はい、ダメダメ」と咲笑が言って、ファイガを独占した。


「まだ基本中の基本だ。

 今の場合は、咲笑の判断が正しい」


指南役総代の弁慶の言葉に逆らえるわけはなく、忍びたちは大いにうなだれた。


「だが、咲笑は公私混同するなよ」という弁慶の言葉に、誰もが一斉に目を見開いた。


「…はいぃー… 慎みますぅー…」と咲笑はまさかの指摘に、眉を下げて素直になって答えた。


「ん?」とファイガが怪訝そうに言って、「僕のことが好きなの?」と思ったことをそのままに聞くと、「…はいぃー…」と咲笑は言って恥ずかしそうにその身をねじった。


「人間のする、チューとかしたいんだ」というファイガの言葉、『オーバーロード! オーバーロード!』と咲笑の声ではない声がして、咲笑は停止した。


「猛烈に赤面したといったところのようだね」と弁慶は言って、腕を緩やかに動かして、手のひらで緩やかな風を咲笑に送った。


ファイガは火竜に変身して、弁慶の真似をした。


ここは本職に任せることにして、弁慶は笑みを浮かべて修行に戻った。


咲笑は何とか再起動できたが、まだ頬は真っ赤なままだ。


「オーバーヒートじゃなく、オーバーロードなんだ」


ファイガの言葉に、「オーバーヒートはオーバーロードが引き起こした後の現象ですぅー…」と咲笑は両手のひらで顔を扇ぎながら答えた。


「ああ、計算過多…」とファイガが言うと、「はい、そうですぅー…」と少しだけ落ち着いた咲笑は笑みを浮かべて言った。


「…お相手は、まさかの咲笑ちゃんだったぁー…」と阿利渚が大いに赤面して言うと、「まだ決まってないけどね」と政江が自然な笑みを浮かべて答えた。


女性たちは建物の影からふたりを見守っていた。


「竜の伴侶は、非生物でも構いませんし、

 ヒューマノイドも適任ですぅー…」


萩千代の言葉に、女性たちは一斉にうなだれた。


「でもね、男竜はできれば天使ちゃんと結ばれて欲しいそうなの…

 もしくはヒューマノイド…」


「それはなんとなく気づいていたわ…

 天使たちを守るナイトとしては好条件だもの…

 人間のように、狭い料簡は持っていないわ」


政江は真剣なまなざしで言った。


「マリーン様は、アーマノイドの方と婚姻されていますぅー…」


萩千代の言葉に、誰もが目を見開いた。


「じゃ、忍びの修行」とファイガはごく普通に言って手裏剣などを出した。


ここからは咲笑とファイガは先生と生徒に戻って、忍びの鍛錬を始めた。



「咲笑が嫁に行く」とくつろぎの間にいる信長は言って体を起こした。


そしてお決まりの言葉のように、「祝言じゃ!」と叫んだが、さすがに対象者が修行中なので、ハイネは気を利かせて信長と数名分の酒の準備をして持ってきた。


「…まさかの咲笑でしたか…」と幻影は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「もっとも、ファイガはまだ返答をしておらんがな」と信長は言って、幻影の酌でうまそうにして猪口の酒を飲み干した。


「ファイガは無関心のようで人間に大いに興味を持って観察をしていたようです。

 ここでの暮らしでの支障が全くありません」


「初見の際は、自然界側の問答をしてきおったわい」と信長は楽しそうに言った。


「落ち着く場所が欲しかったようですね」と幻影が言うと、信長は機嫌よく笑って、また猪口の酒を飲み干した。


「…ふむ…」と幻影は考え込んだ。


「…それは… どうじゃろうかのぉー…」と信長は眉を下げて言ってから、膳に猪口を置いた。


「竜だけあって洞察力は素晴らしいものを持っています。

 私の代わりは十分に務まると。

 ですが今すぐの話ではありません。

 ファイガが流派の修行に納得をした後の話です」


「…幻影は、単独で行くか…」と信長が寂しそうに言うと、「我らの修行としても構わないのですが、まずは斥侯として」という幻影の言葉に、信長は膝を打った。


「それで構わん!」と信長は叫んで本来の感情をごまかすように大声で笑った。


幻影の本来の最大の武器は、思いつくまま単独で探りを入れることだ。


それをすることで、容易に優先順位を決めることができるし、幻影にとって知らない土地の知識を得ることにもつながる。


そして信長の感情だが、ファイガが幻影の存在感に近づくことで、強制的に幻影を留めることができなくなるからだ。


弁慶や源次にその役を任せる手もあるのだが、この件は幻影にとって重大なことでもある。


幻影の場合は、信長が抱え込み過ぎると拒絶反応を示すと感じていたからだ。


基本は自由な戦士であるが故の定めでもある。


「いやぁー、勉学の旅も久しぶりです!」と大いに機嫌がよくなった幻影を見て、信長は大いに眉を下げていた。


「お蘭問題は?」と信長が聞くと、「もちろん咲笑を連れて行きますので」と幻影は陽気に答えた。


「そうか、ならば仕方ない…」と信長は言って、背中をかくようなしぐさをして、ひとりの男子を引きずり出した。


「幻之丞、出番じゃ」と信長が言うと、「はっ お任せを」と信長の面差しに似ている少年幻之丞は鋭く言って、その姿を影に隠した。


「ずっといましたね」と幻影が愉快そうに言うと、「まあ、ふたりほどは欲しいと思っておったから丁度良かった」と信長は言って大いに眉を下げた。


「ああそういえば、桜良様への褒美を忘れていましたし、

 進言したいこともございます」


信長は眉を下げて、「…まだまだ色々とあるものよのぉー…」と信長は眉を下げてうんざり感をあらわにした。


桜良への褒美は後回しとして、幻影の進言はそれほど難しいことではない。


しかしさらにはこの琵琶城下の名を売ることと、名誉を得ることにもつながるのだ。


幻影は早速、すでに面識のある芸術家三名に連絡をつけると、すぐに来るという話になった。


幻影たちが住んでいたすぐとはニ三日後になるのだが、このサルサロスではほんの一刻だ。


三人の芸術家はまるで子供のようにして琵琶城下を見渡している。


ここに作業場であるアトリエを構えられることを大いに喜んでいた。


さらには海の村にも案内すると、「…両方…」と三人ともが言ったので、信長は苦笑いを浮かべ、幻影は大いに笑った。


もちろん今回は山脈貫通鉄道を使ったので、従業員たちにも大いに気合が入っていた。


ただの力持ちというだけではなく、警護人としても優秀なので、治安についても全く問題はない。


大きな作品を運び出すにも鉄道は有効で、芸術家たちはこの海の村の山麓に家を建ててもらうことに決まった。


鉄道を使えば安土城下はすぐなので、特に問題はなかったようだ。


そして画家のひとりが、漁師たちの水揚げ作業を見入り始めたので、村長にあとのことは任せた。



琵琶家は早速仕事となり、昼餉を大いに食らってから、三棟のアトリエづくりに従事した。


芸術家三人は村中を徘徊して、今は仲よく駄菓子を食べて語らっている。


子供たちもそばにいて、もうすでに友人のようにして語らっていた。


もちろん、琵琶高願美術館の話にもなって、大いに盛り上がっている。


三人はその美術館に魅かれて、この地に住みたいと言ってきたようなものだ。


子供たちは聞きたいことができたようで、作業中の幻影を見上げた。


幻影はすぐに気づいて、「しばらく休憩だ!」と部下たちに指示を出した。


「物欲しそうな目をしているな」と幻影が言うと、子供たちは大いに照れていた。


すると一番の年長者の女子が、「自慢したくないけど、自慢できるような絵…」と消え入るように言った。


「ああ、いいぞ」と幻影は言って、半紙片手にすらすらと絵を描いて、女子に渡した。


「早い! すごい! そっくり!」と女子は絵と幻影を見て満面の笑みを浮かべた。


「…いやぁー、さすがですなぁー…」と大いに感心しながら芸術家たちもやって来て、絵を見入った。


「…姉ちゃんの言った通りの絵だった…」と年少の男子は苦笑いを浮かべながら言った。


「もちろん始めは、この村の景色を描こうと思った。

 だけどやはり一番は、この村に住む君たちだ」


幻影は言ってここにいる子供たち全員の絵を描いて渡した。


「…考え方から、見習わなければ…」と芸術家たちは言って、幻影に頭を下げた。


幻影が笑みを浮かべたまま作業場に戻ると、「休憩延長じゃ!」と信長が叫んだ。


「幻影、まさかお前…」と信長は言って怪訝そうな顔をして幻影を見た。


「もちろん、芸術家としての俺の代わりです」


幻影は言って少し笑うと、「…参った…」と信長は言ってにやりと笑って頭を下げた。


「さらには、過疎化しないように釘を刺したといったところでしょうか。

 一度は離れてもまた戻りたい村にしたいのです」


幻影の言葉に、信長は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「隧道掘りから今日まで、離れたいと思った者はおらんはずじゃ」と信長は子供たちを見入って何度もうなづいた。



夕餉前に、今日はゲイルたちが琵琶御殿にやってきた。


もちろん、今日は砂浜の村に行かないことを告げていたからだ。


そこには当然のように桜良もいた。


「ご褒美は何がいいですか?」と幻影が挨拶代わりに聞くと、「…あり過ぎて決められないぃー…」と桜良はうなって頭を抱え込んだ。


「じゃ、思いつくもの全部書いて?」と幻影が半紙と筆を渡すと、桜良はすぐに受け取って、すらすらと描き始めた。


「ふーん… ちょっと意外だった」と幻影が言うと、「源一様の指導があったのです」とレスターは眉を下げて言った。


「なるほどね…

 予想ではレスターさんと相談して書くと思っていたんです。

 そういった指導もしていたわけか…

 なかなかすごいな…」


「今となっては、まさに惜しかったと言わざるをえません…

 今は幼児としての生活を満喫しています」


「もちろん、教育係はいるんですよね?」


幻影の素朴な質問に、「ペガサスと、麒麟と、青竜です」というレスターの返答に、「…まさに王子様扱い…」と幻影は大いに眉を下げて言った。


ペガサスはマサカリ・ウェポンの姉。


麒麟は神獣で、万有源一のかなり前世の知り合い。


青竜は、ゲッタ・コリスナーの生みの母だ。


「あまり、波風を立てない方がよさそうですが、

 所用でフリージアにも行くことになるもので…」


幻影の言葉に、「協力は惜しみません」とレスターは言って素早く頭を下げた。


「できたできた!」と桜良は言って、半紙数十枚の欲しいものリストを幻影に渡した。


「はあ、なるほどね…」と幻影は言って、半紙を一枚だけ抜いた。


そこにはただひとつのものを大きな文字で書いていたからだ。


「…もう、バレちゃった…」と桜良はおどけて言って舌を出して、自分の頭に拳骨を落とした。


「咲笑、これってどんなものだい?」と幻影が聞くと、咲笑はその参考映像を出した。


「あはは、すっげ!」と幻影は言ったが、この画像には見覚えがあった。


それはフリージア美術館の万有源一の展示室にあったものだ。


「その付属品が別の紙…」と桜良が恥ずかしそうに言うと、幻影はすべてに目を通して、レスターを見た。


「…この先、製品化予定だったものの案です…」とレスターは言って頭を下げた。


「…ふむ… 万有様しか作れないわけではないと思うのですが…」


幻影の言葉に、桜良は首を横に振って、「幻影君が作って!」と力強く言われてしまった。


「俺としては構わないのです」と幻影がいうと、「やったぁ―――っ!!!」と桜良はもろ手を上げて喜んで、アイドルダンスを始めたが、レスターがすぐさま止めた。


「幻影様は、子供たちに杞憂を感じておられるんだ」とレスターは言って、咲笑が出している画像を見っている阿利渚たちを見た。


するとその画像に、『万有桜良専用!!』という文字が現れたので、幻影は大いに笑った。


「…とと様ぁー…」と最近は全く甘えてこなかった阿利渚が、ここぞとばかりに甘えてきた。


「…女は魔物…」と幻影がつぶやくと、「ダメなのぉー?」と阿利渚はかわいらしい魔物のように、幻影を見上げた。


「桜良様、万有源一様の作品を」


幻影の言葉に、関連商品をすぐさま出した。


「…こりゃ、素晴らしいな…

 値段はそこそこするだろうが、確かに欲しがるだろうが…

 これは大量生産品ですよね?」


「…源一君のは手作りだし、ひとつしか持ってないぃー…」と桜良は言ってうなだれて、その証拠の品を幻影に渡した。


幻影は何も言わずに、透明の樹脂に囲われた模型を見入った。


「…確かに、流通品とはまるで違うね…

 …いい勉強になるよ…」


幻影は箱を机の上に置いて、大量生産品の内容物を取り出して子細に確認して、「…素晴らしい…」とつぶやいた。


「ほら阿利渚」と幻影は言って、阿利渚に流通品と同じ箱に入っているおもちゃを手渡した。


阿利渚は夢見心地になって箱を抱きしめて、「…とと様、ありがと…」と涙を流して言ったのだ。


これほどに喜ぶとは思わなかったが、幻影は琵琶家の女子たち全員に、すべて別の種類のおもちゃを出して渡した。


「交換したりして仲よく遊ぶように」と幻影が釘をさすと、「はい! 幻影様!」と叫んで、機嫌よく遊び始めた。


「…阿利渚にとっては、最後のおもちゃかなぁー…」と幻影は肩の力を抜いて大いに眉を下げて言うと、桜良は涙を流しながら何度もうなづいていた。


まさに子を思う親の気持ちはよくわかるからだ。


「いやぁー… いい経験をした、よかったよかった」と幻影が清々しく言って立ち去ろうとすると、「まだもらってない!」と桜良は大いに叫んだ。


「…ごまかせなかったか…」と幻影がバツが悪そうな顔をして言うと、桜良は大いにホホを膨らませて怒っていた。


「いとくが、すぐには無理だぜ」と幻影は言って、源一の作った手作りのものを混沌の球を使って創ったが、そっくりではあるが精度がまるで違った。


「俺にもすぐには無理な代物だ」と幻影が言うと、「…仕方ないから待ってるぅー…」と桜良は言ってうなだれた。


「…だけど、これを全部作ったら、町ができちまうなぁー…」と幻影が言うと、「…そういうシリーズだから…」と桜良は恥ずかしそうに言った。


「まあ、この件はフリージア星の主力商品情報として持っていたが、

 ここまですごいものとは思いもよらなかった。

 だが責任をもって作り上げるから。

 これも、修行だ」


幻影の言葉に、「今までに数名しかいない、素晴らしい猛者です」とレスターは笑みを浮かべて言って、幻影に頭を下げた。


「あ、松崎様に手伝ってもらってもいいの?」と幻影が桜良に聞くと、微妙な顔をしたので、「わかったわかった」と幻影はめんどくさそうに言って、独力で勤しむことに決めた。


「まあもっとも…」と幻影は言って、新製品候補の全ての箱をわらわらと出して、阿利渚たちに人形の館を商店筋に開館するように告げた。


「…お仕事になったぁー…」と阿利渚は大いに喜んで、ここは男子たちも巻き込んで、大荷物をもって外に駆け出した。


そして桜良もレスターもいなかったことに、幻影は大いに笑った。


「またこの城下町の名物ができたわい」と信長の陽気な言葉に、幻影は笑みを浮かべて頭を下げた。


「思い半ばという、憐れみを帯びた言葉が浮かんだので」


幻影が恥ずかしそうに言うと、「桜良殿の想いは、待っていた子供たちの代弁とすればよい」と、堂々と威厳をもって信長が言うと、「御意」と幻影はすぐさま答えて頭を下げた。



人形の館は、『フリージア星監修 ニューアニマールファミリータウン博物館』として開館した。


よって他星間の問題は全くなく、しかも、フリージア星が係わっていると知って、特に年少の女子が長蛇の列を作り始めた。


そして、『製品予約はこちら!』という装置まで設置した。


よって、製品として作り出す必要ができたが、ここはフリージア、アニマール、右京和馬星から、条件に見合った工員を出してもらうことに決まった。


よって、『ニューアニマールファミリータウン制作工場』という公開型の施設まで作ってしまった。


このおもちゃがどのようにして出来上がるのか、初期工程の原材料づくりから最終工程の箱詰めまでを見学することができる施設だ。


こちらの方も大人気で、「求人はしていないのか?」という大人からの問い合わせも多くあった。


だが、全ての工員が専門の職人であることを知ると、恥ずかしそうにして辞退していく。


開店して三日間で、百万を超える予約を受け付けたが、もうすでに半分は発送済みとなった。


術などは使っていないので、まさに神技でしかなかった。


しかも安全性を期していて、安定している状態でも温度変化があっても有害とならない材料を使っているので、嫌な臭いもしない。


遊戯対応年令が八才以上で、少々高目なのだが、それは小さな部品があるせいだ。


よって、幼児だけで遊ばせることを避けるようにと、注意書きも忘れていない。


女子も男子も暇があればこの施設に立ち寄ってずっと見ている時間が多くなっていった。


よって見られることも仕事ひとつとなってしまった工員だが、やはり慣れていない者も多いことで、その救済として閲覧通路の敷居になっている透明の窓に細工を施した。


外からどう見えるのか工員に見せると、誰もが腹を抱えて笑った。


全ての工員の顔が、みんな動物に変わっていたからだ。


工員たちはこれで安心感を得て、機嫌よく作業に従事した。



「もう、はるか昔の出来事のよう」と春菜は言って、背替えや飾り付けをして喜んでいる子供たちに笑みを向けている。


「…お菓子みたぁーい…」と阿利渚が言って、異様に柔らかい人形用の鞄を指でつまんで楽しんでいる。


「口に入れちゃダメよ」と春菜は優しく指摘する。


低年齢の場合、こういった監視する保護者が必ず必要になるのだ。


「はーい! 春菜お姉さん!」と阿利渚は機嫌よく返事をする。


「…もっとも、お嫁に行っちゃうほど大人なのよね…」と春菜は眉を下げて言った。


「ファイガ兄ちゃんがいいと思う!」と阿利渚が機嫌よく言うと、「…私にはもったいないし、残念だけど、興味がわかないなぁー…」と春菜は眉を下げて言った。


「…えー…」と子供たちと天使たちが一斉に言ったので、春菜は腰が引けてたじたじになって苦笑いを浮かべた。


「少し前の私だったら、

 きっと必死になって競ってでも付き合っていたと思う。

 ファイガ君は、春君…

 春之介によく似てるから」


春菜の言葉に、「好みの人が変わっちゃった?」と阿利渚が聞くと、「逆に、ダメな人を好きになっちゃいそう!」と春菜が叫んで大声で笑うと、子供たちもつられて大いに笑った。


「スミスさんは?」と阿利渚が聞くと、「…彼も、やっぱり同じで、違うかなぁー…」と春菜はつぶやいた。


「でも、ここには駄目な人ってひとりもいないよ?」という桃源の言葉に、「…そうなのよねぇー…」と春菜は眉を下げて言った。


蘭丸が交代とばかりやってきたので、「あっちのお城に乱入してくるわ」と春菜が言うと、子供たちはなぜだか拍手をして春菜の応援をした。


―― みんな、いい子たちばかり… ―― と春菜は思い、アニマールと何も変わらないと思い、スキップを踏むようにして、明るい照明が灯っている街道を陽気に歩いた。


タルタロス軍の城や別荘は、琵琶家の家人であれば出入り自由なので、探検にはいい暇つぶしにもなるし、ここには人が多い。


まずはマックラの穴倉に行って挨拶をしてから、城の見学をすることにした。


安土城とは少し違い、室内は比較的すっきりしている。


しかし目立たない場所の装飾は美しく仕上げられている。


さらには琵琶高願作の絵画も廊下に飾られていて、美術館と何らそん色はない。


もちろん誰もが春菜と出会うと驚いてすぐさまあいさつをする。


琵琶家の家人は少ないので、顔を覚えられていても当然だ。


すると春菜の仲間がいて、薄笑みを浮かべて一枚の絵を見入っている若い能力者がいた。


春菜が気さくにあいさつをすると、相手は大いに驚いたようで、瞬時に5メートルほど離れた。


―― あら、予想外にすごいわ… ―― と春菜はこの少年に大いに興味を持った。


「八丁畷春菜です」と自己紹介すると、少年は、「…パトリック・マックラです…」と消え入るような声で言った。


「あら? マックラ国王の息子さん?」と春菜が聞くと、「あはは、はい、養子ですけど…」とパトリックは答えた。


「だけど、獣人の血はほとんど流れてないようね?」


「…はい、ほんのわずかだけなのですが、

 そのおかげもあって、能力者認定を受けました…」


「そう。

 国王はすっごく喜んだんじゃないの?」


「はい! それはもう!」とパトリックは勢い勇んで叫んだが、恥ずかしくなって下を向いてしまった。


春菜が、パトリックを見ていた絵を見ると、雄々しき山の中腹らしいと感じたが、妙に不思議な絵だった。


「…相変わらずきれいな絵だけど…」と言って、絵の中央に引き込まれる錯覚を覚えた。


「…この絵って、だまし絵?」と春菜が言うと、「はい、結果的にそうなったそうなんです」とパトリックは言って、その事情を話した。


「…忠実に描いたからこそ、そう見えるわけね…」と春菜は大いに感心しながら、ようやく絵の中央に洞窟があると確信した。


「お母さんの家だったそうです」とパトリックが笑みを浮かべて言うと、「ああ、お菊さんの」と春菜は言って大いに納得した。


「あとからできたお母さんですけど、

 本当にやさしくしてくれるんです!」


この話も春菜は知っていたので笑みを浮かべてうなづいた。


「妙なことを言うようだけど、

 あまり自信がないのも問題よ?」


春菜の言葉に、「あはは… お母さんにもよく言われます…」とパトリックが恥ずかしそうに言うと、―― 私もお母さんになっちゃったわ… ―― と春菜は思って大いに苦笑いを浮かべた。


結局は暇をしているようなので、城の内部と別荘の案内を頼んだ。


大勢の能力者たちと出会うのだが、―― 琵琶家の人たちってどれほどすごいの… ―― と春菜は改めて思い知っていた。


さらにはかなりすごいアニマール星の仲間たちも子供に思えてきていた。


そして別荘に移動すると、ここではついにうなだれてしまった。


部隊長をしている者すら子供にしか見えなかったのだ。


よって極、燕、ジャック以外は、春菜としては魅力がない、釣り合わないとどうしても思ってしまうのだ。


しかし気分転換のために来たので、誰とでも陽気に話すことに決めた。


「別人になっちゃったわね」と燕が春菜に気さくに話しかけてきた。


「私が一番驚いているの」と春菜は言って笑みを浮かべた。


「今までは本当に子供だったって思い知ったわ」


「だけどこの騒がしい宇宙で傭兵なんて誰もできないわよ」


「時にはいたけど、まあ、少ないわね…

 荒くれ者も多いから、敵よりも味方の方が怖いこともあったわ。

 もちろん、ぶっ飛ばしてやったけど」


春菜の言葉に、燕は愉快そうに笑ったが、それ以外の者は、―― かなり怖い人… ―― というレッテルを張った。


「だけど、無限組み手に参加できて本当によかったわ。

 始めは足がすくんじゃったもの…

 だけど、いざ始まるといつもの私がいてがっかりしたわ…」


春菜はほぼ中央に陣取っていたので、出番は多く、撃破数も第五位と大健闘していた。


「正式に引き抜きたいと、信長様に進言したいんだけど」と極が大いに眉を下げて言うと、「お断りします」と春菜はきっぱりと言い切った。


「もちろん、その理由はわかっているはずだわ」


春菜の言葉に、「…まあね…」と極は言ってうなだれた。


強い存在がいるのはいいのだが、春菜が最前線に出てしまうとひとりですべてを片付けてしまうほどの猛者だ。


そうなると、ほかの者が育たないのだ。


さらには部隊長を任命されたとしても、春菜は受けない。


春菜は一戦闘員として戦場に出たいからだ。


もちろん極も春菜の気持ちは痛いほどわかっているのだ。


「…パートナーはやっぱり、琵琶家にしかいないんだろうなぁー…」


春菜は言って立ち上がって、極と燕に頭を下げて、児童公園で子供たちと触れ合ってから、安土城に続く街道に出た。


「なんじゃ、大いに落胆しとるな」と信長は言うと、「ほんと、がっかりです」と春菜の歯に衣着せぬ言い分に、信長は大いに笑った。


お付きは幻武丸を担いだ蘭丸と光秀だった。


「明智様でもいいのかも」と春菜は言って、光秀に笑みを向けた。


「…い、いや、拙者は…」と光秀が大いに戸惑った時、春菜は光秀の薄い頭に手のひらで触れた。


「うふふ」と春菜は意味ありげに笑って、信長たちに頭を下げて、スキップを踏んで安土城に向かって歩いて行った。


「…神の恩恵が髪に現れるかもな…」と信長が鼻で笑って言うと、光秀は薄い頭を撫でまわした。


「魅力は、一二を争い申す」と蘭丸が悔しそうに言うと、「…もう少し鍛えよう…」と光秀がつぶやくと、「よきかなよきかな!」と信長は機嫌よく叫んで踵を返した。



―― ほんと、虎だわ… ―― と春菜は今は人間の姿の高虎を見ていた。


杖や木刀を持つと強そうに見えないのだが、やけになって虎になった時はまさに勇ましい。


実力がタルタロス軍の中間に位置していても、本当に魅力があると思ってしまうのだ。


ちなみに、高虎の無限組み手の撃破数は、下から数えた方が早いほどだった。


そして静かな闘志を持っているのが嘉明で、春菜はなぜか見惚れてしまった。


―― 内に秘めたオーラが素晴らしい… ―― と春菜は笑みを浮かべて見ている。


もちろんここにいる弁慶や源次もその通りなのだが、やはり志と想いが違うのだろうと漠然と考えていた。


もちろん、琵琶家の歴史は咲笑からすべて聞いて、映像を観て知っている。


その時々の生活環境で大いに変わるのだろうとさらに理解した。


―― あら、もうひとりいたわ… ―― と春菜はブラックナイトを見たが、―― 残念、パートナーはいるわ… ―― と思い、サエを見た。


ふたりはタルタロス軍の中でも別格だと春菜は思って笑みを浮かべた。


春菜は、萬幻武流は全くの手つかずで、門下生にはなっていない。


しかし咲笑からすべてを聞いてすべての暗記はもう終えていた。


―― 免許皆伝は形式的なもの ―― とその極意ももう理解を終えていた。


少し前の春菜であれば、精神面の掟に大いに反しただろうが、今の春菜は素直に受け入れられる。


すると、意味ありげな視線を弁慶が向けてきて頭を下げた。


―― 婚姻してなきゃよかったのにぃー… ―― と春菜は心で泣いて顔は笑っていた。


弁慶は素早く春菜に近寄って、「一手、ご教授願いたい」と言って頭を下げた。


「いえ、それは私のセリフだわ」と春菜は立ち上がって素早く頭を下げて、物置小屋の前から木刀を手に取った。


そしていきなりの素早い阿国連撃に誰もが、「…おー…」とうなった。


その素早さは、春菜の足ものとにつむじ風が舞うほどだった。


―― 負けられぬ! ―― と弁慶は大いに気合を入れて、組み手場の中央に立った。


「…やめておいた方がいいのに…」と源次が言うと、弁慶は大いに苦笑いを浮かべたので、春菜は大いに笑った。


ふたりは向き合って一礼をして、弁慶はすぐさま中段に構えた。


春菜は構えを取らすに、木刀を右手で持ち、少し腰を落として仁王立ちだった。


すると、『カチン!』と小さいが少し重い音がした途端、弁慶の木刀の切っ先がなくなっていた。


切れたというよりも折れて飛んでいたのだ。


春菜は動いた形跡がまるでなかった。


しかし弁慶はその正体を薄っすらと確認できた。


今も春菜の木刀は何度も宙を切っているのだ。


あまりにも早すぎて肉眼では確認できないほどの素早さで、しかも木刀を元あった位置に正確に戻している。


よって、残像として木刀が見え、振っているのに振っていないように見えるのだ。


弁慶は右に素早く回り込んだが、木刀の剣風が弁慶を襲った。


弁慶は防御、攻撃、防御の素早い動きで弾幕を張って突っ込んだ。


春菜は円を描くように、阿国連撃を連打した。


木刀の音が、『カカカカカカ』ととめどなく鳴り響いている。


その最後の一撃で、弁慶の木刀は宙に舞っていた。


「参りました」と弁慶は清々しい笑みを浮かべて頭を下げた。


「手のひら、養生しておいた方がいいわ」と春菜は言って、スキップを踏んで組み手場を出ると、誰もが驚くよりも春菜の仕草に小声で笑っていた。


「…こりゃすごい…」と幻影は大いに眉を下げて言った。


「咲笑に萬幻武流の全てを聞いただけだそうじゃ」


信長が機嫌よく言うと、「もうすっかり自分のものにしていますね」と幻影は言って笑みを浮かべた。


「大人げないけど、師匠が出るか」と幻影は春菜を誘ったが、「きつかったからもうダメ」と拒否されてしまった。


その証拠に、春菜の右腕は痙攣を起していたので、女性たちが春菜を抱えるようにして銭湯に連れて行った。


「相手が弁慶だからこそ、全力ですべてを出し切ったわけだ」


「左手は残っておるからな。

 囲まれていたとしても逃げることはできるじゃろうて」


「しかも、そこまでやっていたんですね」という幻影の言葉に、「手も足も両利きじゃ」と信長は言った。


「…何人、知ったかなぁー…」と幻影は機嫌よく言って、家族たちを見まわした。


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