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赤宇宙 akautyuu


     赤宇宙 akautyuu



今日は少々温かいので、冷えた食事として幻影が寿司を握り始めると、誰もが手ぐすねを引いて膳の前に座った。


まさに幻影は神の技を使って素早く握って膳に出す。


「…すっごくおいしいよぉー…」と長春が泣き出すほどにうまいものだった。


このログタの方が、紫と山葵の相性がいいように感じた。


幻影はふと思い立って、紫と山葵を専用の機械を使って小包装にして、法源院屋に持って行った。


まだ店には出していなかったので、切り身の数にあわせて紫と山葵をつけるように伝えた。


番頭はまた味見を始めて、天を仰いで、「…うますぎる…」と涙を流しながら言った。


幻影は寿司にして、「丁稚たちの飯だ」と言って渡してから安土城に戻った。


「いやぁー… ついてたなぁー…」と幻影は言って、特製ちらし寿司を大いに楽しんでいる。


「…幻影を配下にしておけば、必ず美味いものを食える…」


信長がつぶやくと、幻影は大いに笑った。


「ところで、蛍烏賊のような魚介類はおらぬのか?」


信長がうまいものの話を始めると、幻影は咲笑に様々な事情を聞いて、「烏賊のような軟体動物は毒を持っているものが多いそうで、この惑星ではまず口にしないそうです」と幻影は要約して伝えた。


「…むむ… それは残念…」と信長は大いに渋ったが、「今夜試しに、生息する場所に行って漁をしてみましょう」という幻影の言葉を聞いて大いに陽気になった。


そしてまた咲笑が情報を出して、「砂糖が毒の中和をするの?」と幻影が驚きながら嘆くと、咲笑の計算結果を見入った。


「我が琵琶家が誇る砂糖の成分であれば中和は可能なようです。

 もちろん、十分に検査をしてから、食することにしましょう」


「…河豚のようなものだな…」と信長は何度もうなづきながら言った。


「ちなみに浅瀬にいる甲殻類ですが、

 こちらも珍味なようですので、

 居場所を探し出して漁に出てみましょう。

 この惑星では、漁業はそれほど盛んではないようですね。

 科学技術はそれなり以上に発展しているのですが…

 この惑星を汚した罰なのかもしれません」


幻影の言葉に、誰もがしんみりとしてしまった。



夕餉を終えて片付けが終わった後、幻影と咲笑のふたりだけで、一番小さい戦艦を飛ばして海に向かって飛んだ。


「あ! この真下!」と咲笑が叫ぶと、幻影はすぐさま戦艦を海面に浮かべて、反射板付きの提灯ではなく、充電式のサーチライトを海面に向けた。


郷に入れば郷に従えで、使っても問題のないものは大いに使うようになってきた。


するとわんさかと烏賊がその姿を見せ、幻影は長く太い棒付き網で簡単にすくった。


すくったが引き上げない。


この烏賊たちは海面から持ち上げた瞬間に毒を噴出するのだ。


幻影は極力戦艦から遠ざけて持ち上げると、やはり何かを吐き出しているが、全ては海面に放出された。


どうやら烏賊にはこの毒は効かないようで、うねるようにまだわんさかといる。


幻影が宙に浮かべたまま網を振ると、また毒を吐き出したが、最初ほどの勢いはなかった。


もう一度網を振って極力毒を海面に落としてから、用意していた砂糖水を噴霧してしばらくしてから冷凍箱に収めた。


「毒、全くないよ!」と咲笑が陽気に叫ぶと、幻影はあと二回だけ烏賊をすくってから、安土城に戻った。



家族たちと解体作業を行ってから、咲笑が検査をしたが、「…おいしそー…」と真っ先に言ったので幻影は大いに笑った。


毒素はまるっきり検出されず、まずは幻影が毒見をして、「…なんと、自然な甘みが…」と言って、柔らかい烏賊の身を楽しんだ。


幻影は夜食とばかり烏賊の握り寿司を出すと、誰もが大いに食らいつき、「…なんてうまいんだ… もったいないぃー…」と大いに嘆いた。


「これを食わんで何を食うのかっ!」と信長も大いに上機嫌だ。


「…甘くておいしぃー…」と長春からも合格点が出たので、ここは試しとばかり、少量を法源院屋に持って行った。


握り寿司にして持って行ったので、その正体はわからない。


幻影がまず一個食って、「うん! うまい!」と叫ぶと、番頭はすぐに手に取って紫と山葵を塗って口に運んで目を見開いた。


「なんれふかこへは?!」と番頭が叫ぶと、咲笑が、『マタルカス』という名の烏賊の映像を出した。


「…毒を、抜いたのですか…」と番頭は言いながらも、もうひとつ口に運んだ。


「少々特殊な砂糖で毒が抜けると聞いてね。

 もちろんきちんと検査もしたさ。

 許容範囲ではなく、毒素はまるで検出されなかった」


「毒を含んでいる生物はすべてうまいことは常識ですが、

 まさか砂糖で毒を消せるとは…」


番頭は言って、また寿司を口に運んだ。


「俺たちが使ってる砂糖だけだ。

 店にもわずかだが卸しているものだ。

 だが、適応するのはこの烏賊だけ。

 調べたが、ほかの毒には効果がないようだ」


店に食材研究家が来ていたので、幻影たちは挨拶を交わして、烏賊の寿司を食べてもらうと、目を見開いて何も言わなくなった。


そして希少性や手間を考えて、「売値でひとつ千が妥当でしょう」と言った。


「…最高級の寿司になったぁー…」と番頭は嘆くように言ったが、顔はほころんでいた。


そして鯛、鮪、烏賊の三種盛で、三千の高値がついた。


ここは食堂ではないのだが、研究家は金を払って大いに食った。


「…むむ… この浸けだれと薬味もうまい…」と研究家は額をさすりながら言った。


山葵の量が、わずかばかりに多かったようだ。


「生ものは傷みやすいので、

 もしものための毒消しのようなものです」


「…おー… それはまさに理に適っとる…」と研究家は機嫌よく言って、三皿目に手を伸ばした。


そしてこの三種盛を報道に乗せたいと言ってきたのだが、特に断る理由はないが、十分な説明だけはして欲しいと幻影は言った。


「…馬鹿なやつもいるからなぁー…

 やはり、ここは我慢して、公表は避けよう…

 もしもまた入荷したら、取り置きを頼みたい」


ここからは研究家は番頭と話に花を咲かせたので、幻影と咲笑は卸した代金をもらって安土城に戻った。



「…わずか数切れでこれほどに…」と妙栄尼は目を見開いて、受け取った金を見て嘆いた。


幻影がその事情を話すと、「…そやつが買い占めはせぬだろうな…」と信長が大いに心配を始めた。


「高すぎて売れないと判断すれば、

 買い手がいれば、あるだけ売ってしまうかもしれませんね。

 それをしないと、高い金を払って、

 店の丁稚たちの腹に入るだけになりますので」


「…仕入れ値もそれなりにするから、新鮮なうちに売らんといかんよなぁー…」と信長はある程度は理解して言った。


「冷凍にすれば売ることはできますが、味かかなり落ちますので、

 ひと切れ千ではさすがに売れないでしょう」


幻影の言葉に、誰もが手に持っている寿司を見て、「…ひとつが千…」とつぶやいたので幻影は大いに笑った。


「…富裕層にしか買えないね…

 できれば、多くの人に食べてもらいたいけど、

 案外処理が大変だから。

 さすがに慎重に扱わないと、死に至る場合もあるそうだからね」


もちろん、さばく時にも注意が必要で、出し切ったといえども多少なりとは毒袋に毒が残っている。


そしてこの毒が、なんと薬にもなると咲笑が言ったのだ。


「アレルギー体質改善薬」


「それは何より」と幻影は機嫌よく言って、烏賊の毒袋だけを持って来て、咲笑の言った通りに処置を施した。


そして咲笑が検査をして、合格点が出た。


「…ここにはアレルギーを持っているのは、阿利渚だけか…

 だがもう、体質改善されてるかも」


咲笑が検査をすると、「改善されちゃってます」と報告した。


「いるのぉー…」と長春が眉を下げていて、猫を二匹幻影に差し出した。


「なるほどな、肌に拒絶反応が出ている。

 猫なのに烏賊アレルギーとはかわいそうなやつらだ」


幻影が眉を下げて言うと、誰もが眉を下げていた。


「…食べちゃダメって言っても聞かないの…」と長春は大いに眉を下げて言った。


「こうなることがわかっているのに食べるんだ、軽症なんだよ」


幻影は出来上がった薬をほんの少量砂糖に混ぜて猫たちになめさせた。


するとみるみるうちに肌の拒絶反応が引いて行く。


「効き目はあったし、体調不良もなし」と幻影は言って、猫たちの頭をなでた。


どちらかと言えば民間療法のようなものなので、生物であれば効き目は均一だ。


咲笑も二匹を診断して問題なしと太鼓判を押した。


どちらも若い猫なので、阿利渚と同じで自然に治っていたかもしれない程度だったのだろうと幻影は思っていた。


「だけど、触診だけでわかっちゃうものなの?」と幻影が咲笑に聞くと、「指だけ、ちょっと違うんですぅー…」と咲笑が言うと、その指が長く伸びたことに、幻影は目を見開いた。


そしてその指が幻影を貫通していたのだが、「…蘭丸が怒り出しぞ…」と幻影が言うと、「…いたずらしちゃってごめんなさい…」とすぐさま謝った。


咲笑が映像を交えて説明すると、「…身体に浸透できる機械…」と幻影は目を見開いて言った。


「この機能は私だけに組み込まれています。

 専門家はみんな小人のような人たちばかりです。

 大きな怪我でも、止血程度ならすぐにやっちゃいます」


「…それはすごいなぁ…」と幻影が言って咲笑の指に触れたが、人間の指でしかない。


「あかぎれ、治しちゃいますね」と咲笑が言うと、幻影の指の節々から横に割れた傷が消えた。


「…なんてこった…

 今回は俺が手品を見せつけられちまった…」


幻影の言葉に、誰もが大いに目を見開いたが、愉快そうに笑い始めた。


ここにいる猛者たちは大きな傷を持っている者はいないので、幻影のように調理場に立つ者のあかぎれ程度だ。


咲笑は笑みを浮かべて全員のあかぎれや擦り傷を治した。


「俺の指は治せないのか?」と高虎が聞くと、「今欠損したんだったらつなげられますけど…」と咲笑が眉を下げて言うと、高虎は大いに落ち込んだ。


一度阿利渚に術で修復を終えていたのだが、期間限定の術だったようで、元の木阿弥となっていた。


もちろん高虎は落ち込むことも怒ることもなく、この件は大いなる精神修行としていた。


「なくなったものは取り戻せないようになってんだ。

 素直に俺に願えばいい。

 そして修行は赤子から一からやり直し」


幻影の言葉に、高虎は無言で首を横に振った。


「培養すれば元通りになります」という咲笑の言葉に、誰もが大いに目を見開いた。


そして咲笑の説明が始まってすぐに、幻影は先読みをするかのように次々と準備を始めた。


そして必要となる元素も適切量の準備を終えた。


ここからは説明ではなく早速施術が始まった。


集めた元素を幻影がまぜ合わせて目に見えないほどの小さな細胞を作り上げ、元あった細胞のミトコンドリアの内容のコピーを行い続けた。


すると、みるみるうちに高虎の指の再生が始まった。


ほんの一刻後、高虎の両手の指は再生を果たしていた。


「…いやぁー… 働いたぁー…」と幻影は言って、床に大の字に寝転んだ。


咲笑は幻影を見て、「私よりもすっごく働いてくださいました」と笑みを浮かべて高虎を見た。


「…幻影、助かった、感謝する…」と高虎が真剣な目をして幻影に頭を下げると、「咲笑と蘭丸がいたからできたことでもあるんだ」という幻影の控え目な言葉に、高虎は蘭丸と咲笑にも感謝の気持ちを述べて頭を下げた。


そして咲笑は再生が終わっている指に軽い刺激を与えると、正常に反応したので笑みを浮かべて高虎を見上げた。


「左手の方が、冷たいように感じる」と高虎が言うと、咲笑は指先を高虎の指に同化させて、血管の修復だけをしてさらに高虎に礼を言わせた。


「指先だけは赤ちゃんだから、

 酷いことしちゃダメよ?」


咲笑の言葉に、「…うう… そういえばそうだ… 前も…」と高虎は言ってすぐに口をふさいだ。


幸いにも阿利渚には聞こえていなかったようで、ほっと胸をなでおろした。


そして元に戻った指に触れると、異様に柔らかいと感じた。


「普通に生活するのも手加減した方がいい」


幻影は言って、指だけにはめるサックを高虎に渡した。


「表面は守られるけど、力を入れすぎると内側から破壊されるからな。

 十分に気をつけろよ」


「…お、おう…」と高虎は言って、復活した指にサックをかぶせた。


「食事と入浴の時だけは慣らすために外した方がいいだろう。

 それ以外はつけておいた方がいい。

 完全に自分のものになるのは、早くて半年後程かなぁー…」


「…妥当なのは一年ほどだと思いますぅー…」と咲笑が言うと、「こいつはこれだけ言っても守らねえから、幸運があれば比較的早いと思う」という幻影の言葉に、信長だけが大いに笑った。


「…幻影様は、ヒューマノイドよりもすごいですぅー…」と咲笑は言ってさらに幻影を尊敬した。


「俺の亭主だからな!」と蘭丸は陽気に言って、功労者の咲笑を抱きしめた。


すると十名の天使たちが何を思ったのか高虎の前に集まって手を組んで祈りを捧げ始めた。


何か特別な感情でもあるのか、半数の天使たちは涙を流している。


「…ああ、そういうこと…」と幻影が何かに納得したのか笑みを浮かべて高虎を見ると、その高虎は慌ててそっぽを向いた。


「どうせこいつのことだから迂闊な判断で指を落としたと思っていたが、

 やはり迂闊なことをやっていたな」


幻影の厳しいと取れる言葉に、天使たちは悲し気な目を幻影に向けた。


「あなた方の想いは間違っています」


妙栄尼の言葉に、天使たちは一斉に目を見開いて、妙栄尼に頭を下げて、懇願の目を向けた。


「高虎様の迂闊な行為で指を失くされたことには変わりはないのです。

 ですがあなた方は高虎様の想いに同情心を抱いた。

 ある程度であれば私も許しましょう。

 ですが、失くさなくても済んだ方法もあったはずなのです。

 自己犠牲は愚の骨頂なのです」


妙栄尼の厳しい言葉に、天使たちと、そして高虎もすぐさま頭を下げた。


「一番いいのは、比較的安全な頭部の兜を外して、

 危機に面した者たちの前に投げつける。

 もしくは高虎がほとんど使わない太刀を投げつければ、

 自己犠牲を負わずにさらに簡単に助けられたはずなんだ。

 わざわざ自分で出向くから不幸な目に遭ったわけだ」


幻影の言葉に、「…見てきたような口を…」と高虎は悪態をついたが、「幻影殿のおっしゃった通り」と、現場にいた嘉明が胸を張って言った。


「もちろん誰もが情の厚い部下思いな武将だと感じただろう。

 もちろんワシもそう考えた。

 しかし幻影殿だけは高虎の行動に憤慨しておった。

 その時から、

 信長様のお心もお変わりになり始めたような気がしてならぬのじゃ。

 そして幻影殿が怒りをあらわにしたのは、

 貴殿を友であるとずっと思っておったからじゃ」


嘉明の話に、「幻影は思っているよりも情が厚い、ある意味高虎よりもじゃ」と信長が穏やかに言うと、誰もが一斉に頭を下げた。


「もちろん、その一回だけのことでワシの心が動いたわけではない。

 それまでにも、何かにつけて同じように憤慨しておったのじゃ。

 ワシがなだめねばならぬほどにな。

 幻影はただひとりで戦場に出ても生きて戻れるほどの修行を積んだ猛者じゃ。

 当時の武将など、赤子のように思えてしまっていたのじゃろう。

 その幻影を後方ではなく先方に出せば、

 ワシはやすやすと天下を手に入れておっただろう。

 じゃが、それは違うと考えた。

 功績を残したのはワシではなく幻影じゃからな。

 よってワシは保身に入り、本能寺の大火災の日を待ったのじゃ。

 ワシのかわいい一番の息子は、ワシに様々なことを教えてくれたのじゃ」


信長は幻影をまさに我が子を見る優しい目で見た。


その幻影は大いに照れて頭をかいていた。


「今の幻影を見ておれば、

 それほどの実力差があったことはよく理解できるはずじゃ。

 いや、ここは幻影を産んだ母上にも礼を言わんと罰が当たりそうじゃ」


信長は言って、妙栄尼に頭を下げた。


妙栄尼は薄笑みを浮かべて、ゆっくりと首を横に振っただけだ。


「…幻影にみつけてもらってよかったぁー…」と蘭丸が号泣を始めたので、幻影と信長だけは大いに笑った。



琵琶家はさらにその絆を深めて、今日も修行やものづくりに励む。


そんな中、幻影がまた美術館を開館させた。


入館料はお帰りの際のお布施となっているので、基本的には無料だ。


子供たちにも見てもらおうと、一度書いた絵本の内容をそのままに大きく描き、一枚ずつ順番に壁の低い場所に張ってある。


順路通りに一周すると、五つの物語をすべて読むことが可能だ。


そんな中、物見遊山にやってきた母子が美術館の前で足を止めた。


母子とも身なりはいいがお付きはいないので、それなりの富裕層だと誰もが感じるだろう。


しかし母親の方には切羽詰まった悩みがあった。


この美術館にその打開策がないかと思い、息子とともに足を踏み入れた途端に目を見開いた。


「…この絵は、まさか…

 万有源一様の…」


母親が嘆くと、「琵琶高願さんだって!」と男子は利発に答えて、『琵琶高願作品展』と達筆で書かれている看板に指を差した。


そして男子は早速面白そうな壁の絵を見入って、順路通りに歩き始めた。


母親は息子について回りながらも絵本を読んで、大いに考えさせられた。


自分にはなぜこのような絵本が書けないのかと、大いに卑下した。


母親がじっくりと読み進めていたが、男子はすでに二周目に入っていた。


そして我が子を見て、―― これほどに夢中にさせたい… ―― と思っていると、白装束の天使たち十人が美術館に入って来て、壁に張られている絵本鑑賞を始めた。


―― この地で働いているのね… ―― と母親は思いながらも少し下がって、愛らしい天使たちを見入っていた。


「うまい匂いを嗅ぎつけてここに来てるんじゃない」という弁慶の言葉に、「…やっぱり、見つかっちゃった…」と天使たちは口々に言って弁慶に寄り添った。


「兄者が絵本を描いてくれたから。

 それを読んでお勉強しな」


弁慶の言葉に天使たちは大喜びして、弁慶を宙に浮かべて外に出て行った。


―― 今の方の兄が、琵琶高願… ―― と母親は漠然と思って、琵琶高願の才能に嫉妬していた。


このまま読み進めるとさらに落ち込みそうだったので、ほかの展示品を見ようと顔を上げた途端に、とんでもないものが目に飛び込んできた。


「…ああ、うらやましい…」と母親はついつい口から言葉が漏れていた。


それは新しく書き換えた琵琶家の家族の肖像だった。


そして素早く今来た男性の弁慶を見つけた。


さらには天使たちも素晴らしい笑みを浮かべている。


これほどに幸せな環境で、あの絵本が描けるものなのかと、琵琶高願を疑い始めた。


この母親の知り合いに幸せな絵本作家などひとりもいない。


誰もが結婚して子がいるだが、全て離婚しているか険悪な仲となっている。


必ずといっていいほどパートナーの浮気や過度の使い込みによって一度は家族が崩壊しているものなのだ。


もちろん、この母親も同じ轍を踏んだ。


自分自身は何もしていないくせに、湯水のごとく金を使い、女に現を抜かす。


まだこの母親は行動が早く、大事には至らなかったが、知り合いの何人もが、借金返済のために絵本を描いて別の仕事までしているというありさまだ。


そしてそれほどの環境にいて、ようやく日の目を見た作家も現実的に多いのだ。


まさに理想を追求できたといわんばかりだった。


しかしそういった者にも新たなる不幸が忍び寄っていることも知っている。


今回こそは大丈夫と結婚するのだが、また同じことの繰り返しはよくあるパターンだ。


それが目的で不幸を背負っているのかと疑ってしまうほどだ。


しかし、我が子のことを考えると、過度の不幸は大いに悪影響を及ぼす。


その成長した子がまさにパートナーのようになって、湯水のごとく金を使うのだ。


―― 結局は金なのか… ―― と、この母親は大いに嘆いた。


「君が警備員なんだ!!」と我が子の叫び声が聞こえて、声のした方に行くと、母親は固まった。


そこには月の輪熊の巖剛がいたからだ。


しかし、―― 絵本の登場人物… ―― と考えると、少し笑ってしまって、さらに落ち着いて、『警備員 巖剛』という札を首から下げていることに気付いた。


「邪魔しちゃダメよ」と母親が注意すると、「あ、うん」と男子は残念そうに言って、巖剛に手を振った。


「絵本は幸せに暮らしています、で終わってるけど、

 今はここの警備員なんだね!」


男子の陽気な言葉に、「…そのようね…」と母親は眉を下げて言ってから、やはり心変わりがして、男子とともに残りの絵本も見て回った。


全てを読み終えて、「…なんて純朴な…」と母親はつぶやいた。


「僕と同じような年のように思っちゃった」という男子の言葉に、―― それは大いに考えられる… ―― と母親は思った。


もちろん、大人が描いたことには変わりないだろうが、心がまさに少年だと母親は思ったのだ。


すると母親は巖剛の目の前に立って、「琵琶高願様にお会いできないかしら?」と聞いたのだ。


すると巖剛が、『…グオウ…』と小さく鳴くと、ほんの数秒後に、「まさか巖剛に話しかけるとはね」と言いながら幻影がやってきた。


―― …ううっ! いい男過ぎる! ―― と母親は考えて大いに苦笑いを浮かべたが、「私、絵本作家をやっております、カレン・マスターと申します」と自己紹介してから、息子の紹介もした。


「琵琶高願です」と幻影が言って頭を下げると、―― 何を話せばいいのか… ―― とカレンは大いに戸惑ってしまった。


「この美術館はできれば、

 ケイン君のように喜んでもらえればいいと思って開館したのです。

 カレンさんには失礼ですが、絵本や絵画は私の本職ではありません」


「…で… ですが…

 趣味の領域は逸脱されています。

 あの万有源一様の作品と思ってしまったほどでしたから」


カレンの言葉に、幻影は何度もうなづいて、「ある意味、彼も私も同じようなものです」と幻影は言って、少しだけ詳しく話をした。


「…やはり、タルタロス軍とのご関係がおありになったのですね…」とカレンは諦めたように言った。


まさに人ではなく神の領域にいる者たちだったとようやく理解できていた。


「煌様に招待していただいて、

 こちらに家を建てさせてもらったのです。

 そしてできれば何か恩返しをと思って、

 商店なども開業させたのです。

 私どもが、煌様たちの本来の仕事のお手伝いをするのは、

 少々先になりそうですので」


話の流れ上、母星の平和を見届けてから宇宙の旅に出ることは、カレンにも理解できていた。


「こちらは観光客は多いようですが、

 民家はありません。

 できれば住まわせていただきたいのですが、

 よろしいでしょうか?」


カレンは少し恐れながらも聞くと、「城下町の住人第一号として歓迎しましょう」という幻影の言葉に、カレンは飛び上がるほど喜んだ。


「面接としては十分でしたので。

 どういった方が第一号になってくださるのか、

 みんなで話していたのが、この絵です」


幻影は言って、琵琶家の家族の肖像の絵を指をさした。


「…まさに、今のこの時のお話をされていた絵…」とカレンは言って、絵に向けて笑みを浮かべた。


「…ここに、住んじゃうんだぁー…」とケインが目を見開いて言うと、「あら? 反対?」とカレンが聞くと、「…マックラ村とは別なの?」とケインが幻影に聞いた。


「この城下町は我が琵琶家の敷地とさせてもらっているからね。

 獣人でなくても別にいいし、

 従業員はほとんどが人間だから。

 そもそも、俺も獣人ではない」


幻影の言葉に、「あー、そうだぁー…」とケインは言って大いに納得していた。


「動物の家族はいるけどな」と幻影は言って巖剛を見ると、「巖剛君! よろしくね!」とケインは叫んで、巖剛に抱きついた。


絵本の中の巖剛に、長春が抱きついている絵があるので、ケインとしてはその真似をしただけだ。


「ちなみに学校はないので、

 マックラ村の学校に通ってもらうことになります。

 もちろん人間も含め、

 様々な種族が混在しているので、

 比較的付き合いやすいでしょう」


幻影の言葉に、カレンもケインも大いに納得していた。



幻影は住人第一号として、カレンとケインを安土城に案内した。


そして通された部屋は、まさに絵にあった場所で、琵琶家一同は絵と同じ顔をしていたことに、カレンは大いに感動した。


「我が琵琶家当主の、琵琶信影様。

 本当のお名前を織田信長様とおっしゃいます」


幻影がカレンに信長を紹介すると、カレンも自己紹介をしてケインにも挨拶をさせた。


「職を持っていることは残念じゃな」という信長の言葉に、カレンはどう答えればいいのか大いに戸惑っていた。


「できれば無職で、我が琵琶家の仕事の手伝いを頼みたいという理由からです」


幻影が補足説明すると、「確かに無職ではありませんが、お手伝いできる時間はあると思います」とカレンが笑みを浮かべて言うと、信長は機嫌よくうなづいた。


ひと通り説明は受けたのだが、新しい町人を抱えるたびに謁見するのかと思っていたがそうではなかった。


記念する町人第一号として呼んだだけでそれ以外の理由はない。


この城下町を管理しているのは、商人の法源院屋の店主であることもカレンは知った。


もしも気になることがあれば、店主に話をして進言でも悩み相談でも引き受けると聞いて、カレンとしては胸をなでおろしていた。


「住居はどこに建てる?」と信長が幻影に聞くと、「はい、現楽涅槃寺の敷地内に用意したいと思います」と幻影が答えると、「ではやるか」と信長は言って立ち上がった。


カレンは大いに戸惑っていたが、妙栄尼が近づいてきて事情を説明した。


カレンは大いに耳を疑ったが、その証拠はもうこの目で見ているし、報道でも知っていた。


この城下町と寺は、信じられないほどに短い期間で完成していた。


家を一軒建てる程度であれば、すぐに終わってしまうのだろうと察した。


それがわかっていても、人間のできる速度で働いてはいない。


まさに瞬きする間に、何もなかった場所に、こじゃれた家屋が出来上がっていたのだ。


「いつ引っ越してきてもいいから。

 電気も水道ももう使えるからね」


幻影の気さくな言葉に、カレンは大いに礼を言った。


「できれば、ここに引っ越すことは誰にも言わない方がいいよ。

 少々騒ぎになると思うからね」


幻影の進言を聞いて、カレンはすぐさま理解して頭を下げて、「本当にありがとうございます」と丁寧に礼を言った。


「…あのぉー…

 引っ越し業者から漏らされてしまうような気がするのですが…」


カレンが杞憂を口にすると、「俺たちが引っ越し業者だから」という幻影の言葉に喜んだが、カレンは工房の広場に置かれている戦艦を思い出して苦笑いを浮かべた。


「気づかれないようにうまくやるさ」という幻影の頼もしい言葉をカレンは信用した。



特に急ぐわけではないが、琵琶家側が都合がいいようで、今から引っ越しをすることに決まった。


そして速やかに、さらには引っ越し先を誰にも気づかれずに、カレンとケインは引っ越しを終えて、新居の荷物の整理を始めた。


付き合いのある親しい友人や仕事先の出版社にも引っ越しをした事実は伝えたが、引っ越し先は漏らさなかった。


カレンとしてはもう縁が切れてもいいと思っていたからだ。


その引っ越し先にさらに有名人のマリーンと極、そして燕がやってくると、カレンは大いに驚き、そして歓迎して新居に招き入れた。


「全宇宙の平和のために目をつけていた一人だったけど、

 まさかここに引っ越してくるとはね」


極の気さくな言葉に、カレンはあまりのことに、苦笑いを浮かべて頭を下げるしか術はなかった。


「この先の仕事先は、琵琶家でも大神殿でも構わないから。

 ここで過ごしながら仕事をすれば、

 今までよりも素晴らしい作品が出来上がる気がするよ」


カレンはここでようやく、「はい、ありがとうございます」と声を発して笑みを浮かべて答えた。


マリーンがこうなった経緯が気になって聞くと、カレンは包み隠さずすべてを語った。


マリーンは幻影の作品が大いに気になったので、カレンに別れを告げてから美術館に行った。


「…いつの間に…」と極は眉を下げて言って、幻影の作品を堪能した。


「…写真かと思いました…

 まさに、あの万有源一様を凌駕するほどの素晴らしい作品です…」


マリーンが大いに感動すると、「…やつらがついに来ますね…」と幻影が眉を下げて言った。


「許可を出しているのですか?」とマリーンが薄笑みを浮かべて作品鑑賞をしながら聞くと、「ヤマの心ひとつとしています」と極が答えた。


「ただただねだりに来るだけで何の見返りもないんだから、

 出入り禁止の方がいいわ」


燕の言葉に、「その方が平和だな」と極は言って、少々怪訝に思い始めた。


素晴らしい作品群だと感心してはいたものの、何かが足りないのではないかと思い始めたのだ。


作品の端々に、わずかながらにその痕跡が見受けられるのだが、その作品の先を示すものがここにはないと感じていた。


燕が気になったので、念話で蘭丸に聞くと、同じような美術館はここを含めて七カ所あるのだが、初めて建てた美術館にその原動力があると知らされた。


その情報が咲笑から流石に送られてきたので、流石がすぐさまその絵を宙に浮かべた。


「…そうだ… この絵が全ての原動力だ…」


馬に乗った赤い鎧を身に着けている鬼気迫る横顔の武士。


真田信繁のこの絵こそが、全ての絵とつながっていると極は感じたのだ。


「…ああ… 何という想いでしょう…」とマリーンは映像を見上げて涙した。


「幻影様のお師匠様で、真田信繁様とおっしゃいます」


流石の言葉に、「…これほどの師匠がいてこその今の幻影か…」と極はうなった。


「幻影だけの力では、幻影は出来上がっていなかったってところね」という燕の言葉に、マリーンは手のひらを組んで祈りをささげた。


「…はぁー… もうすでに、我らの仲間ではありませんか…」とマリーンは薄笑みを浮かべて穏やかに言った。


「ジャックしか思い当たりません」


幻影が堂々と言うと、「はい、大正解です」とマリーンは笑みを浮かべて答えた。


「…もうわかっているはずなのに、何も言わない…

 …それほどに欲がないの?」


燕が少し憤慨しながら言うと、「幻影としては今のジャックを見守りたいんじゃないのかなぁー…」と映像を見上げて言った。


「次に会った時、気づかれちゃうわね…」と燕が眉を下げて言うと、「別にかまいませんわ」とマリーンは穏やかに言った。


「問題はジャックの方だ。

 ジャックもこの事実はすでに知っているはずだから。

 だが、意地を張っている形跡は全く感じない。

 何か思い出したくもないイヤな記憶でもあるんだろうか…」


「この映像をジャックに見せれば、話してくれるでしょう」というマリーンの穏やかな言葉に、極はすぐさま頭を下げた。



三人はすぐに新築した城に戻って、早速ジャックに映像を見せた。


「…嫌なものを見せやがる…」とジャックは映像を一瞬だけ見て、大いに眉を下げて言った。


「俺が少々曲がっていた現況が、こいつの人生だ。

 俺はこいつが大いに気に入らないが、

 優秀な弟子ふたりにだけは胸を張っていられた」


ジャックの言葉に、「もうひとりいるのか…」と極が目を見開いて聞くと、「琵琶長春さんのご主人の真田藤十郎だよ…」とジャックは眉を下げて言った。


「…幻影に、なんとなく似ていると思ったが…」と極がつぶやくと、「血縁者じゃねえけど、師匠がこいつだから似ていても当然だろう」とジャックは映像に指を差して言って、ようやく笑みを浮かべた。


「時代が違えば、俺たち三人はまるで兄弟のようにして過ごしていたはずだ。

 そして俺はジャックではなく、

 真田信繁としてまだ生きていたかもな。

 だが、信繁のターンはもう十八年前に終わっている。

 しかも弟子たちの方がとんでもなく雄々しく強い存在になっているから、

 俺の方がさらに頑張らねえとな」


ジャックの言葉に、幻影は何度もうなづいて納得した。


「武器は使わねえと決めていたが、

 思い出させやがったからそうはいかなくなった。

 おまえ、覚悟しておけよ」


ジャックの言葉に、極は背筋が震えた。


まさに絵の中でだけ生きている真田信繁が復活していると自信を持ち、「相手になってやる」と極は大いに強がって言った。


「…そう簡単に再現できるものかしら…」という燕の言葉に、ジャックは自信を無くして大いに眉を下げて燕に頭を下げた。


マリーンは愉快そうに笑っているだけだった。


ジャックは真田信繁を引きずっていないと自信を持っていた。



「お師様も判明しました」と極は極力真剣な顔をして信長に言った。


「妙に騒々しいと思っておったが、その件か」と信長は鼻で笑って言った。


「ジャックのひねくれているような性格は、

 お師様から引き継いでいたものでしょう」


幻影の言葉に、信長は愉快そうに笑い、「そうか! あの件か!」と膝を売って叫んだ。


「しかし、ひとつだけあった杞憂は去りましたので、

 ごく普通に付き合うことに決めています」


幻影の意味ありげな言葉に、「徳川家を根絶しようとは企んでいない」と信長は一気に真剣な顔をして言うと、「御意」と幻影は答えて頭を下げた。


「今のジャックとしては、面倒な前世だったと思っていることでしょう。

 ですが我らとのつながりをうれしくも思っているようです。

 …気合を入れて、軍基地に飛んで行きました」


幻影の言葉に、「見学に行く!」と信長は叫んですぐさま立ち上がった。


琵琶一家は宇宙戦艦に素早く乗り込んで、タルタロス軍基地に飛んだ。



「…あーあ、来ちゃったわ…」と燕が嘆くと、「気づかれて当然だよ」と極はなんでもないことのように言って、杖を持っているジャックに真剣な目を向けた。


「できれば当たるなよ」とジャックは真剣な目をしてから、イメージを膨らませながら瞳を閉じた。


そして琵琶家の宇宙戦艦が空中に停止した瞬間に、ジャックは一気に極に詰め寄った。


―― 動きが別人! ―― と極は大いに思い知り、ジャックが攻め立ててくる杖を避けようとしたが、何発か食らってしまっていた。


―― 先読みしてやがった! ―― と極はようやく気付いて、間合いを正確に見切った。


だが、その間合いを破ってくるかのようなジャックの杖の動きを捉えられない。


―― 幻影と戦っておけばよかったぁー… ―― と極は大いに後悔したが、今は杖の動きだけに集中した。


―― 隙が無いのなら! ――


幻影は信念を持って、空気砲をジャックの足元に打って、隙を作って杖を拘束したが、その杖が異様に軽い。


ジャックはもうすでに極の横にいて、拳で強か脇腹を殴りつけた。


極が気づいた時にはもうジャックはいない。


―― 無手の技も本物だ! ―― と極がジャックの動きを見て悟った瞬間、ジャックは壊れた人形のようになって崩れ落ちた。


「…勝ち逃げされた…」と極が大いに嘆くと、燕は愉快そうに笑って、ジャックを蹴り飛ばして、「寝てんじゃないわよ!」と叫んで大いに笑った。


「…燕先生、ひでえ…」とジャックはつぶやいたので意識はある。


意識はあるのだが、ジャック自身のスペックを大いに上回っていた動きに、ジャックは体力切れにあわせて低血糖にも陥った。


あまりにも脳内の動きも高速化していたので、糖分が欠乏してしまったのだ。


極はすぐに察知して、ブドウ糖をジャックに与えた。


「あとは風呂に入って回復してくれ」と幻影が言うと、フランクが大いに眉を下げてやってきて、ジャックを軽々と抱え上げて、「…最高のマスターです…」とつぶやいてから涙を流した。



ここで琵琶一族は宇宙戦艦を基地に下ろして、中から信長を筆頭にして歩いてやってきて、極と朗らかにあいさつを交わした。


「…いやぁー、うかつでした」と極は幻影を見て言った。


「では、お師様の続きを請け負いましょう」と極は言って、異空間ポケットから桜姫を出した。


「ちょっとあんた!

 極を殺す気なの?!」


燕は全くいい予感がしなかった。


もちろん殺気などは皆無だが、幻影の桜姫は普通の武器ではないと見切っていた。


「煌さんが納得しないと思いますので」と幻影は堂々と言った。


「そう。

 普通の組み手では全く納得できない」


極は言い切って、幻影とともに歩いて組み手場の中央に立った。


「…極が… 私の極が…」と燕は生まれて初めて純な涙を流した。


だからこそ極は幻影が必要だといったことはもうすでに燕もわかっていた。


しかし、五体満足で組み手を終えるとは思えなかったのだ。


ついさっきのジャックとの戦いも、できれば止めたいほどだった。


案の定、気合合戦は極は完全に押されていた。


ジャックがそれなり以上に鍛え上げていれば、ついさっきの手合わせで倒れていたのは極だったのだ。


「自分の亭主を信じな。

 俺も信じ切っているからな」


蘭丸の言葉に、「…化け物夫婦…」と燕がつぶやくと、蘭丸は機嫌よさそうに笑った。


この笑い声が開始の合図となり、幻影が一気に極の懐に入ってきた。


そして、桜姫のありかがわからない。


しかし極は反射的に幻影に体をぶつけに行った。


すると、『ドンッ!!』という音とともに極は組み手場の外に吹っ飛ばされて、地面に転がって二転三転した。


幻影は桜姫の石鎚の先端を右手で握りしめ、極が迫ってきたとたんに突きを繰り出したのだ。


武器があるのにないように見せかけるのは至難の業だが、今の幻影にはたやすいことだった。


「…鎧をもらってなかったら死んでたな…」と極はつぶやきながら立ち上がって、場外から一気に幻影に詰め寄った。


もう何をされたのかはよくわかっていたし、今の攻撃だけで、幻影の全てが見えた気がした。


しかし幻影はそれほど甘くなかった。


今度は桜姫は見えるのだが、幻影の姿が見えなくなっていたのだ。


―― なんてえやつだぁー… ―― と極は大いに嘆いたが、大いに喜んでもいた。


幻影以上の猛者がいるわけがないと自信を持っていた。


極は桜姫の多角的な攻撃をすべて除け、時には勢いをつけてさばいた。


しかし桜姫はまるで意思を持っているかのように隙を見せない。


―― となれば… ――


幻影は桜姫の突きに襲われかけた時、素早く横に身を翻して隙を見せた。


―― 捕らえた! ―― と極が桜姫をつかんだと思った瞬間に、桜姫の横殴りのぶん回しが飛んできて、また吹っ飛ばされてしまった。


しかし飛ばされてよく分かった。


とんでもない重量のある桜姫を、幻影は右腕一本で難なく操っていると察した。


―― 俺には降参の二文字はない! ―― と極は自信を持って、飛ばされながらも空気砲を連射した。


もちろん被害は幻影だけにとどまらず、観戦者全員に多くの被害者が出た。


「…ああ… みんな飛ばされたのに…」と長春は言って、両手の鉄扇を広げて笑みを浮かべている藤十郎に満面の笑みを向けた。


見事に吹っ飛ばされた信長は、「藤十郎だけ読んでおったな」と機嫌よく言うと、「この罰は腹掻っ捌いて」と蘭丸が言うと、「それは無駄死にというものじゃ」と信長は機嫌よく言って立ち上がった。


「こんなに近くで見ていたワシらが迂闊者だっただけじゃ」


信長の言葉に、蘭丸は大いに反省して頭を下げた。



組み手場に戻ってきた極は目を見開いた。


桜姫がどこに行ったのか、その場所をつかめない。


よって、幻影が目の前にいたのだ。


しかし、空気の動きを敏感に察知して、数発の空気砲を上空に放った。


しかしこれも読んでいたのか、幻影は素早くしゃがんで極の足を取って振り回し、うつ伏せに転がしてから、抜け出せない寝技で固めた。


すると、『ドォーン!!』という音とともに、桜姫が組み手場に突き刺さっていた。


「参った!」と極が叫ぶと、「いい勝負でした」と幻影は言って、極の拘束を解いて立たせた。


「あの場にいたら串刺しだった」と極が大いに嘆くと、「いえ、いずれにしてもあの場以外に移動していたはずですから」と幻影は気さくに言った。


「ここまで武器を極めれば、

 戦う相手がふたりになってしまう、か…」


「ええ、それが武器の利点ですから」と幻影は機嫌よく言って、右手で桜姫を抜いて、手拭いで丁寧に吹き上げた。


「まさに相棒だよ。

 俺も、役に立ちそうな武器を携帯しよう」


「あんたの武器は私よ!」と燕は叫んで極に抱きついてワンワンと泣きだし始めた。


「そういう意味で言えば、

 俺の相棒はお蘭です」


幻影の言葉に、「呼んだよな?」と蘭丸は素早く移動していて幻影の隣にいた。


「萬幻武流奥義! 阿修羅!」と蘭丸が叫ぶと、幻影は渋々蘭丸を肩車をして、極と燕を追いかけ回した。


このあたりはお遊びのようなものだが、誰もが阿修羅の動きに見惚れていた。


「こんな巨人はどこにもいねえ!」と極は愉快そうに言ってから、「降参降参!」と叫ぶと、「なんだ、つまらん」と蘭丸は言って、幻影の肩の上から降りた。


「あの先は実戦以外ないじゃないか…」と幻影が大いに眉を下げて言うと、「ふん! それでも勝つ!」と蘭丸は言い切って高笑いをした。


「…どんな術も跳ね返されそう…」と燕は言ってうなだれた。


「味方でよかった…」と極が言うと、燕は大いににらみつけて、「もっと修業しなさい!」と叫んだ。


「ジャックに修行をつけてもらうさ」と極は機嫌よく言った。


そして極は琵琶家一同に乱暴なことをして申し訳ないと謝って回った。


もちろん信長はこの謝罪を受け入れず、「大勢のうかつ者がぼんやりと見ていただけ」と言って逆に謝った。


「その中でも、藤十郎さんはさすがです」と極が言うと、「戦っていないからこそ、冷静に素早く判断したようじゃ」と信長は機嫌よく言った。


「いえ、イメージ的に戦っていないと、

 あの先読みの動きはできないと感じました」


極の言葉に、信長は考えを変えて、「いや、その通りじゃと納得できた」と言って頭を下げた。


「時には本気の組み手も必要だと思い知りました」と幻影が機嫌よく極に言うと、「俺もようやく目が覚めた思いだよ」と極は機嫌よく言って、幻影と肩を組み合った。



琵琶一家は緊張感のあるいい時間を過ごして、安土城に戻った。


すると何があったのか、美術館の扉が閉まっている。


これは幻影の指示通りの行動で、危険があると思えば店を閉めろという命令を忠実に守っただけのことだ。


今のところは用心棒を雇っていないが、早急に雇う必要があると思い、幻影、嘉明、光秀は美術館に行った。


幻影が扉の外に立つと、今にも泣きそうな顔をしている店番の女中のお菊がすぐに扉を開けた。


もちろん館内にいたのはお菊だけではなく、大いに憤慨しているマックラもいる。


幻影はふたりを外に出して、厳重に戸締りをして、隣にある茶屋に入った。


この店はマックラの希望があって幻影たちが建てたもので、従業員は獣人たちだ。


獣人によってさまざまだが、薫り高いフレーバなお茶を嗜むといういい趣味を持っている者が多い。


よって刺激が強いお茶は少なく、一般的な人間であれば、落ち着くために足を向けるだろう。


この店の店主と従業員も美術館を守ったようで、幻影は丁寧に礼を言った。


「結論から言えば、興奮した金持ちが攻めてきおったんだ」


マックラがまだ興奮して言うと、「特に宣伝などはしていないはずですが」と幻影は怪訝そうに言った。


「…どうやら、カレンさんの件が漏れたようなんだ…」とマックラは声を潜めて言った。


幻影は数回うなづいて、お菊に顔を向けると、「…幸運の絵はどれだって、すごい剣幕で…」と目に涙を浮かべて言った。


「…なんだか話がねじ曲がっているような気が…」と幻影は大いに怪訝そうに言った。


「騒ぎに気付いて、事情を聴いてから、

 幸運の絵などは聞いたことがないと言い返したのじゃが、

 多くの罵声がとんできた。

 誰かに都合がいいことを吹き込まれたのかもな。

 催眠術や洗脳のようなものかもしれん」


マックラの説明に幻影は何度もうなづいた。


「全員にかける必要はありませんからね。

 数名にかけて先導させるだけで、

 大きな災いは起るものです」


「…ふむ…

 その感じは確かにあった…

 半数ほどはワシにおののいておったからな。

 反応を示さずに目くじらをたてていたやつが操られていたか…」


「そして本題は美術館ではないのかもしれません。

 美術館で騒ぎを起こして、

 警備が手薄になったところで宝探しをするために潜入する、など…」


幻影の言葉に、「…ぐぬぬ…」とマックラはうなった。


幻影は弁慶に念話をして、安土城下とタルタロス軍の城を調査するように連絡した。


「…犯人は子供かも…」と幻影は心を落ち着かせてから、広範囲に魂を探り始めた。


普段人がいない場所に魂があれば当たりのはずだ。


幻影は数カ所にその魂を見つけて、弁慶たちに念話を送った。


「最低でも三カ所ほどに三人ずつ潜んでいるようです」


幻影の言葉に、「…申し訳ない…」とマックラはすぐさま謝って頭を下げた。


「いえ、警備の強化をしろという、

 誰かからのお達しでしょう。

 身軽な者なら潜入はそれほど難しいことではないはずです。

 そいつらも、誰かに何かを言われて、

 潜入しているような気がします。

 あ、来たようです」


幻影は席を立って、嘉明と光秀とともに店の外に出た。


捕まった九人は、今にも泣きそうな顔をして視線を幻影に向けた。


「目的を言え」と幻影が一番の年長者らしき女子に言うと、大いに目が躍っていた。


年の頃は全員が少年少女で、十から十五程度だと幻影は感じた。


「…マドーラ・トムスン?」と幻影がいきなり言うと、九人の男女は大いに慌てた。


「ほう、隠れた能力者…

 それは通報しないとな…」


幻影は言って、極に今までの件を念話で伝えた。


「マイク・マスターの知り合いたちか…

 マドーラはここにマイクがいることを知って、

 君たちをここに潜入させた。

 …僕が、ここに招待されるはずなのに…

 と、嘆いて憤慨した」


幻影の言葉に、どうやら怖くなったようで、九人の男女は声を出したりひそめたりして泣き出し始めた。


「この領地の法律では、不法侵入者はそのうち死刑」


幻影の言葉に、琵琶家の者たちはすぐさま後ろを向いて笑い始めると、その口癖を持っている極がやってきた。


「お? そのうち死刑の少年たちだ」


極の言葉に、少年たちはついに本格的に泣きだし始め、命乞いを始めた。


「マドーラ・トムスンについてはマークしていた。

 ジャックを行かせたが、また迷惑をかけてしまった」


極は言って、幻影に頭を下げた。


「それよりもそいつはなかなかの能力者のようだね。

 こっち側の事情をよく知っているように思う。

 そしてマスター一家が町からいなくなったことで、

 ここにいると判断して行動に出たようだ。

 あまりにも早急すぎるし都合がいいから、

 マイクも何か知っているかもしれない…

 あとは、先見の明に長けた能力、

 もしくは予知能力者…」


幻影の言葉に、「先見の明の方に偏った能力的なものを持っていると報告を聞いている」と極は真剣な目をして言った。


「あとは催眠術と洗脳。

 監視していた者も調査した方がいいかもしれないね」


幻影の進言に、「…そいつも巻き込んだか…」と幻影は悔しそうな顔をして言って、部下に念話を送った。


だがこの件をマリーンが察知したようで、「…能力を消した…」と極が嘆くと、幻影は何度もうなづいた。


「マドーラ・トムスンにとっては死刑のようなものだな」と幻影が言うと、少年たちはさらに泣き声を上げていた。


「マリーン様はそれほど甘くない。

 悪さをすれば即刻極刑。

 この惑星の住人であれば、

 この程度のことは知っていたはずだ」


幻影の厳しい言葉に、少年たちは声を上げることはやめたがうなだれたまま顔を上げなかった。


「言い訳があるのなら言ってみな。

 全てに答えてやろう」


幻影の言葉に、少年たちは譲り合ってから、上目遣いで幻影を見て、まさに妬みと私利私欲を語り始めた。


もちろん欲をかいた者が悪いと幻影は簡単に糾弾した。


しかし少年たち九人の中で、幻影が興味を持った子がいた。


「ハイネ・トムスンは、兄がそんなに怖かったのかい?」と幻影がやさしい言葉を最年少の少女にかけると、「…絶対見つかるって言ったのに…」とハイネは大いに嘆いた。


幻影はハイネの背後に回って、「逆らうと背中を打たれるんだね」と幻影が言うと、ハイネは涙を流してうなづいた。


「ハイネだけは容認してもいいだろう。

 だがほかの者たちはそうはいかない。

 ハイネの背を打った者がいるからな。

 しかも楽しんで」


幻影が徐々に声を上げていくと、男子ふたりが大いに泣きだし始めた。


「ハイネはこのふたりを恨んでいるか?」と幻影が聞くと、ハイネは大いに戸惑ったが、怒りを感じなかった。


もちろんされたことは辛いことだったが、ふたりがやらなければ別の誰かがやっていただろうし、兄にさらに叩かれたはずなのだ。


「…きっと、すごい人が助けてくださるって…」とハイネは泣き顔に笑みを浮かべて幻影に言った。


「迎えに来るのが遅くなってすまなかったね」と幻影は言って、ハイネを抱きしめた。


「咲笑、ハイネの背中の傷と痛みを消してくれ」と幻影が言うと、泣き顔の咲笑が現れて、「…もっと早く命令してぇー…」と嘆きながら、咲笑はハイネの背中を癒した。


「それはさらに申し訳なかった…」と幻影が謝ると、極は大いに苦笑いを浮かべていた。


「…父親と母親のことはどう思ってるんだ?」幻影がハイネに穏やかに聞くと、「…私だけ、家族じゃないから…」と悲しそうに言ってうなだれた。


ハイネのこの言葉だけで、幻影はすべてを察して、「ハイネは我が琵琶家が引き取るので手続きを」と極に言った。


「…ハイネの足かせがようやく解けたな…」と極は穏やかに言って、関係部署に念話を送った。


「ところで、誰がハイネを助けてくれるって言ってくれたんだ?」


幻影がハイネに聞くと、「…あのね…」とハイネは言って何度か会ったことのある旅人らしき性別不明の大人の話をした。


「…それほどの力を持っているのならば助けられたはずだが…」と幻影が言うと、極も同意するようにうなづいた。


幻影は咲笑の頭に触れて、「この人です」というと、咲笑は詳細な情報を宙に浮かべた。


「…こいつかぁー…」と極は言って眉をしかめた。


「大神殿に反抗する者のようだね」


幻影の言葉に、「マテリアルとだけ報告があった。ま、偽名だろうけどな」と極は吐き出すように言った。


「元々は軍にいたらしくて、罪を犯して追放された能力者だ。

 もちろん、能力ははく奪されているはずだが…」


「改心していれば復活しているかもしれない」という幻影の言葉に、「それは稀にある」と極は渋い顔をして言った。


「だけど、軍にいて、身元がはっきりしないのはおかしいね」


幻影の素朴な質問に、「…臭いものにはふたをするだけでなく消してしまう風習があってね…」と極は苦笑いを浮かべて言った。


「動いてないから、多分間違いないだろう」と幻影が言うと、源次が美術館の裏手から男女不明の者を連れてきた。


「…はあ、さすがだ…」と極は眉を下げて言って、幻影に頭を下げた。


「マテリアルさんですね」と幻影が聞くと、ハイネは満面の笑みを浮かべてマテリアルを見て、「痛いの消えたよ!」と明るく叫んだ。


マテリアルの男女不明の理由は、まるでミイラのように衣服から出ている肌が全て包帯で巻かれていたからだ。


「…お前らには力があるはずなのに、

 わずかひとつの魂を救うのに、

 どれほど時間をかけているんだ」


マテリアルが吐き出すように言うと、「我らにも日常の生活があるからだ」と幻影は胸を張って言った。


マテリアルが何も言わないので、「おい、反論しろ」と幻影が言うと、マテリアルはそれでも何も言わない。


「そもそも、お前はすべてを知っていたんだろ?

 ここぞとばかりに大神殿を利用すればいいじゃないか。

 見てみぬふりをしたお前も罪人に違いないと俺は思うが?」


幻影が畳みかけたが何も言わない。


「ま、希望を持たせることはできるが、

 大神殿に報告することができない。

 あんたは天使だからだ」


幻影の言葉に、「…確認した…」と極が言うと、数人の天使の護衛をつけたマリーンが空を飛んでやってきた。


「変わってないわね、マテリアル」とマリーンが言うと、「…本名だった…」と幻影はつぶやいて大いに苦笑いを浮かべた。


「…今回は探らなかったんだね…」と極が言うと、「悪人ではなさそうだったのでね」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


「俺もそれはやる」と極は笑みを浮かべて言った。


「失礼していいか?」とマテリアルが幻影に聞くと、「僅かでも、ハイネの心に安寧を与えてくれてありがとう」と幻影が言うと、マテリアルは歩き出そうとしたが、足をそろえて歩みを止めた。


そしてマテリアルは声を出さずに泣いていた。


「我が琵琶家には十人ほど天使がいるんだ。

 何なら共同生活でもしてみないか?

 少々怖い大天使様もいるんだけどな」


幻影の言葉に、マテリアルは大いに戸惑ったようだが、「…よろしくお願いします…」と小声で答えた。


「…そう…

 大神殿よりも厳しい道を行くのね…」


マリーンの言葉に、マテリアルはわずかだが畏れを出したがそれは一瞬だった。


「…まずは、体力的には大いに厳しいかなぁー…」と幻影が言うと、マテリアルはすぐさま頭を下げた。


「だがその前に」と幻影は言って、咲笑の頭をなでた。


「…いつかなぁーって思って待ってた…」と咲笑は機嫌よく言って。マテリアルの体中に触れ回って、すべての傷などを消して修復も施した。


「…きれいな人ぉー…」と咲笑が言うと、「あ、まずいから呼んでおくか」と幻影は言って蘭丸に念話をすると、その蘭丸は信長を抱え上げてすっ飛んでやってきた。


「…慌ててるなぁー…」と幻影が眉を下げて言うと、極とマリーンは腹を抱えて笑っていた。


「…色々とあったようじゃな…」と信長は眉を下げて言った。


幻影がかいつまんで、美人の天使のマテリアルを新たに雇うところまで説明した。


「…それで保身のためにお蘭を呼んだわけじゃな…」


信長が言ってにやりと笑うと、「恐妻家ですので」という幻影の言葉に、蘭丸は大いにい憤慨したが、信長は愉快そうに笑った。


「ですが、嫉妬深いところがかわいい部分でもあります」


幻影の言葉に、「…みんなの前で堂々と言わないでぇー…」と蘭丸は顔を真っ赤にして言った。


「…ふん! 俺よりも美人でも、幻影を手にすることはできん!」と蘭丸は胸を張って言って大いに笑った。


「…この悪魔のどこがいいのやら…」とマテリアルが悪態をつくと、幻影は腹を抱えて笑ってから、「おいおいわかるさ」と気さくに言った。


「一心同体の奥義まであるんだぞ!」と蘭丸が自慢げに言うと、さすがの幻影も、少々恥ずかしくなってきた。


「乱暴者のあなたをおやさしい幻影様が生かしているだけではありませんか」とマテリアルは大いに言い返した。


「おい、そうなのか?」と爛丸が幻影に聞くと、「体が勝手に動くから判断はできんな…」と幻影は少し考え込みながら言った。


「…ふふふ… それほどに気があっているということだぁー…」と蘭丸は自分の都合がいいように言った。


「しかも、俺そっくりの子もいるんだぞ」と蘭丸が言うと、さすがにマテリアルもショックだったようだ。


「この咲笑は、俺の子二号」と蘭丸は自慢げに言って、咲笑を抱き上げた。


そして琵琶家の女性たちも姿を見せて、「阿利渚!」と蘭丸が叫ぶと、阿利渚はすっ飛んでやってきて、機嫌よく蘭丸に抱かれた。


「…俺の子だぁー…」と蘭丸が自慢げに言うと、マテリアルはひと言も発することができなかった。


「…うふふ… すっごく叱られちゃうわ…」と阿利渚が言うと、「あら? 呼んだかしら?」と言いながら妙栄尼がやってきた。


するとマテリアルの体の自由が奪われていた。


「長く俗世に染まり過ぎましたね。

 ですが気持ちはわかります。

 私も世捨て人の期間が長かったこともありました。

 しかしその想いが今は報われています」


妙栄尼のありがたい説教に、マテリアルの体が勝手に反応して、妙栄尼に頭を下げていた。


「幻影様を好きになることは構いません。

 母である私も大好きですから。

 できれば、夫として迎えたいほどです」


「…母さん、やめてぇー…」と幻影は大いに困惑して言った。


「覚醒した今、母子であっても赤の他人。

 お蘭ちゃんの行動次第では、

 妻の座に居座ることは簡単なことですわ」


「…妙栄尼様、やめてぇー…」と蘭丸は大いに嘆いた。


「ですのであなたは良くて三番手。

 出番はないと思っておいた方がよろしくてよ?」


妙栄尼の言葉に、マテリアルはまた自然に頭を下げていた。


「…俺の気持ちは全くの無視なんだね…」と幻影が嘆くと、極とマリーンが大いに同情していた。


「では、どれほど美しいのか、お顔を拝見いたしましょう」と妙栄尼が言うと、包帯が勝手に解かれていく。


マテリアルは大いに戸惑ったが、抗うことができない。


そしてマテリアルの美貌が全て明かされた時、「おまえ、悪魔じゃあねえか」と蘭丸が言うと、幻影は大いに笑った。


「美貌の天使は存在しませんから」とマリーンがさも当然に言うと、誰もが目が点になっていた。


妙栄尼も美貌の持ち主だったはずなのだが、今は少女のようなかわいらしさしか感じられない。


「包帯に触れずに解いたのは、

 呪いがかかっていたからです。

 ほら、消えていきます」


妙栄尼の言った通り、包帯はその存在を薄くしていって完全に消えた。


「呪いをかけた天使はもうこの世にはいません。

 転生しているようですが報復を受けたはずです。

 そのうち出会うこともあるでしょうから、

 その時にでも解いて差し上げましょう」


「いえ、大神殿におりますので私が」とマリーンが薄笑みを浮かべて言った。


「…やっぱり、ミランダかなぁー…」と極が嘆くと、「…せっかく改心したのに、かわいそうなことになっちゃったわ…」とマリーンは眉を下げて言った。


「過去の罪を思い知ることも、大いなる修行となるでしょう」と妙栄尼は悲しそうな顔をして言った。



マテリアルは自分自身が悪魔になったことには心当たりがあった。


やはり運命は変わらなかったと、その場に座り込むほどに落胆した。


「…大神殿の悪魔第一号のお祝いをしたかったのに…」とマリーンが言うと、「…いくら希少でも、悪魔は嫌です…」とマテリアルが大いに嘆くと、「悪魔は自由でいいぜ」と蘭丸は胸を張って堂々と言った。


マテリアルは蘭丸をにらんでから、「はー…」と深いため息をついて、「…強さも中途半端だし…」と大いに嘆いた。


「もし強さを求めるのなら、琵琶家は最適だ。

 きっといいこともあるさ」


幻影の気さくな言葉に、マテリアルはゆっくりと立ち上がって、「…生きているっていう実感がわくようなことを…」と懇願すると、「ああ、行くぜ」と幻影は言って、マテリアルを工房に連れて行って、まずは菓子作りをさせると、誰もが愉快そうに笑った。


「…幻影にはわかりやすく単刀直入に言わんと想いは通じん…」と信長は右の口角だけを上げて言った。


「…逢引などと言いおったらぶん殴っておりました…」という蘭丸の言葉に、信長は大いに笑って、菓子作りの手伝いを始めた。



「…ああ、生きてるって実感がわいたわぁー…」と疲れ果てたマテリアルは大いに嘆いた。


役に立たなくなったので、幻影が強制的に休憩させたのだ。


もちろん優しさなどではなく、ただただ邪魔になってきたからだ。


そういう琵琶家の厳しさをマテリアルは思い知っていた。


「…大丈夫ですかぁー…」と天使たちが言って一斉にマテリアルを囲むと、「…あんたらもつらかったんだな…」と言って、天使たちを抱きしめて回った。


「…大天使様は怖いけどおやさしいですぅー…」というひとりの天使の言葉に、「…普通の天使ではないことはよくわかっている…」とマテリアルは言った。


「私たちって本来の天使の育て方はあわないって、大天使様が」とひとりの天使が言って、手を組んで祈りをささげた。


「…マリーンの修行不足のせいで俺は悪魔になった…」


マテリアルが嘆くと、「…母としての、悪魔が必要だったそうですぅー…」とひとりの天使が眉を下げて言った。


「…俺が… お前らの母だったのに…」とマテリアルは悔しそうに言ってから、「俺の子だ!」と叫んで、天使たちを心新たにして抱きしめて回った。


そして徐に立ち上がって、「母ちゃんは働くぜぇー… お前らのために!」とマテリアルは宣言して、幻影に丁寧に頭を下げて仕事をもらった。


マテリアルは蘭丸の相棒となって大いに働いていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたことに大いに目を見開いて辺りを見回した。


すると天使たちが気づいて、マテリアルに抱きついた。


「…まだまだ不甲斐ないが、母ちゃんはさらに頑張るぜ…」とマテリアルは涙を流しながら宣言した。



マテリアルの処遇については現状での様子見となり、それを決めたマリーンは大いに落ち込んでいた。


どう考えても、ここは琵琶家に預けるべきという回答しか得られなかったのだ。


マテリアルにさらな自信がついた時、大神殿に出向という形で来てもらうことも決まっていた。


その程も、幻影の考えひとつで変わってくる。


しかし、萬幻武流の門下生ではないので、その対応は少々甘い。


「二三日様子を見て何もなければ、一度大神殿に向かわせる予定です」


幻影の言葉に、マリーンは満面の笑みを浮かべて頭を下げた。



ハイネの処遇は幻影の願い通り琵琶家預かりとなった。


ハイネは本来の明るさを大いに発揮して、誰にでも気さくに寄り添う。


琵琶家には同年代が何人のいるので、すぐに友達になった。


ハイネは独占した父母を欲しがることなく、大人とみれば大いに甘えた。


よって大人たちはこぞってハイネを我が子としたかったが、幻影の意思を尊重してハイネに決めさせることに決まっていた。


今は機嫌がいい信長の膝の上にいて豪華な夕餉を楽しんでいる。


幻影は食材の入手経路や特徴などを語りながら、素早く配膳する。


ハイネは幻影をずっと観察していて、まずは幻影を師匠にすることに決めた。


「配膳の仕事?

 女中や仲居…

 こっちの言葉ではウエイトレスという職業のことだね。

 女子にはそれなりに人気のある仕事だ」


「テレビで見たこのある、すっごく高そうなレストランのシェフのようですぅー…」


ハイネの言葉に幻影は、「大いに照れるなぁー!」と叫んで陽気に笑った。


「じゃあ明日は朝から晩まで俺のそばにいてお勉強だ。

 食材などは実際に仕入れたり釣ったりした方が、

 ただただ覚え込むよりも簡単なはずだからな」


「…ああ、課外研修…」とハイネが笑みを浮かべて言うと、「そういうことだ」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「世間にだけ目を向け貢献することだけが俺たちの仕事ではない。

 俺たち琵琶家の心を癒してこそ、穏やかに仕事ができるというものだ。

 仕入れ、調理、配膳は琵琶家の中で働く重要な仕事だ。

 外で働く場合も大いに役に立つと思う」


「はい、先生」とハイネが答えると、幻影は満面の笑みを浮かべた。


幻影の場合、父と言ってもらうよりも師匠として接してもらった方がうれしいのだ。


「…かわいがるだけじゃダメなのね…」と蘭丸が嘆くと、「親の仕事は厳しく指導をして大いに甘やかすことが仕事のようなものだ」と幻影が言うと、蘭丸は笑みを浮かべてうなづいた。


「師匠はまさに学士…

 こっちの世界では先生と言った方が通じやすいだろう。

 親と比べてその力の入れようが違うだけ。

 親は生きて行くための一般的な教養を与え、

 先生は学問の詳しい知識を与える。

 しかしそこにも愛があって当然だから、

 もちろん厳しいだけではない。

 先生は、生徒にあった教育方針を見つけ出すことが難しいんだ。

 そして親とは違って、嫌われ者になることも重要だ。

 そこが弟子に向けた厳しさといった面だな。

 生徒の反抗心からも、新たな何かが見つかることも多いんだ。

 それは先生側もそうだが、

 生徒側でも何かに思い至ることができるはずだ。

 そうやって絆を深めていきたいと俺は思っている」


「はい、先生!」とハイネはさらに理解を深めて、少し気合を入れて返事をした。


そして幻影が頭をなでると、ハイネは満面の笑みを幻影に向けた。


まずは夕餉の後片付けがハイネの初仕事となった。


その次に明日使う食材の説明などを受けてから、自由時間となったのだが、ハイネは風呂に入ってすぐに蘭丸に抱かれたまま眠ってしまった。


「…かわいい子…」と蘭丸は薄笑みを浮かべてつぶやいてから、阿利渚も抱きしめて寝室に向かった。



翌日は製造班と食材調達班に分かれて仕事を開始した。


幻影は数名の家族とハイネを連れて、専用農地やそれ以外の農地を回って様々な食材を確保した。


幻影はその都度ハイネに説明をする。


そして昼餉の準備を始め、調理方法や調味料の説明などをその都度行う。


ハイネはなかなか優秀な子で、子供ながらに玄人意識を大いに醸し出している。


そして配膳の手伝いをしてから、まずは手の込んだ調理に手を付けて、満面の笑みを浮かべた。


きっと、高級料理店でも食べられないほどの素晴らしい料理だと疑いもしなかった。


しかし琵琶一族は料理はそこそこにして、今回は麺類を大いに食らっている。


ハイネは大いに眉を下げて、冷えた蕎麦をすすると、―― うう… おいし過ぎるぅー… ―― と思って大いに食べ始めた。


そしてハイネはうどんにも興味を示して、今回は自分で調理をしてから膳に置いてうどんをすすって幸せそうな顔をした。


さらに信長の真似をして、様々な薬味も試して、大いに味が変わったことに喜んだ。


―― いくらでも食べられちゃう! ――


ハイネには遠慮という言葉はもうなかった。


魚のすり身の天ぷらも食べたかったのだが、もう品切れだったので、ここはハイネは天ぷら作りに挑戦して、見た目は不格好になってしまったが味見をすると美味かったので、まずは信長と幻影に味見をしてもらうと及第点をもらって大いに褒められた。


ハイネは一番最後まで食べていて、そして一番に席を立って後片付けを始めた。


「…ああ、いじらしい…」と蘭丸は言って涙を流した。


「そう見えるが、ハイネにとってはただただ勉強。

 親になるつもりならば、

 ハイネの負担にならないような接し方も重要だ」


幻影の厳しい言葉に、「…はい、あなた…」と蘭丸は大いに顔を赤らめてつぶやいてから、「今日は俺様も片づけを手伝ってやろう!」と叫んでから、厨房に消えた。


「…なかなか不器用です…」という幻影の言葉に、琵琶一家は愉快そうに大いに笑った。


すると女性たちの腰が今日は妙に軽く、みんなこぞって厨房に消えたので、幻影たちの出番はなくなっていた。


そしてハイネだけが戻って来て、よく冷えた菓子を信長から順に配膳を始めた。


「おや、これは変わっておるな…

 寒天とは質が違って、

 妙に弾力がある…」


信長は言って早速匙ですくって口に入れて何度もなづいた。


「ゼラチンというもので、動物の関節の軟骨や油を使った寒天のようなものです。

 同じような水菓子でも食感が大いに違って別物のように感じますね」


幻影は機嫌よく言って、口に運んで何度もうなづいた。


そして女性たちも戻って来て、水菓子を大いに食って、ハイネを大いに褒め称えた。


「…俺も手伝ったんだぁー…」と蘭丸がうなると、「急速冷凍装置な」と幻影がすぐさま答えた。


手回しの冷却装置は、今は凍結させることまで可能になっていた。


目標物だけを冷やすので、この世界にある冷蔵庫よりも使い勝手はいい。


琵琶家の場合はどこの家庭よりも大きな冷蔵庫を幻影の手で作り上げていた。


「あはは! おいち!」とまるで幼児に戻っているのが長春で、棒付きの氷菓子を大いに楽しんでいる。


法源院屋でも扱っている、アイスキャンディーの真似をしたものだ。


子供たちはゼリーよりもアイスキャンディーの方がよかったようで、ハイネに頼んで作ってもらったようだ。


「ハイネ、棒付き氷菓子を」と信長が言うと、「はい、すぐに!」とハイネは機嫌よく言って、蘭丸とともに厨房に消えた。


「うおぉ―――っ!!」と気合の入っている蘭丸の叫び声に誰もが大いに笑った。


さらには氷をかく子気味いい音も聞こえて、ハイネだけが姿を見せて、アイスキャンディーを信長たちに渡して回った。


そして蘭丸がやって来て、「これでも食らいやがれ!」と叫んで、巨大なガラスの器にかき氷を山ほど入れて持ってきた。


まさに蘭丸らしい豪快なものだ。


色とりどりの蜜を氷の器に入れて持ってきたので、ガラスの小鉢に移し替えて蜜をかけろということのようだ。


かき氷器も、この世界にあるものを幻影が刃だけを取り換えて改良して作ってある。


信長は器に触れて、「ガラスの器の方が氷よりも冷えておる」と言って笑みを浮かべた。


よってかいた氷がほとんど溶けずに原形をとどめていて、冷気が畳にまで降りていた。


まるでサラサラの雪のようなかき氷を器に移して、特に子供たちははしゃぐようにしてデザートを楽しんだ。


「ハイネが大人であれば、優秀な麺屋の店主じゃな!」と信長は大いに上機嫌に言った。


「なによりも、やる気が誰よりも一番です」と幻影も機嫌よく報告すると、「ハイネをさらに鍛え上げよ」という信長の言葉に、幻影とハイネは顔を見あって笑みを浮かべあってからから、信長に頭を下げた。


「勉強は嫌いじゃなさそうだが」と幻影言ったとたんに、ハイネは顔色を曇らせた。


「このマックラ村にはいい人しかいないぞ。

 これはとんでもなく珍しいことだ」


幻影の言葉に、ハイネは疑ってはいないが、怪訝そうな顔をして、なぜだかお呼ばれに来ているマックラを見上げた。


「気に入らねばワシに言え」とマックラが笑みを浮かべて言うと、ハイネは満面の笑みを浮かべて頭を下げた。


「ある程度の我慢はしたんだろうが、

 それができない状況に陥っていて、

 ハイネにはあとがなかったはずだ。

 実はな、そのあとのハイネの方が大問題だったはずなんだ。

 マテリアルに希望はもらったが、

 それも限界に達した時、ハイネはどうしていた?」


幻影の言葉に、「そのようなことを聞いてやるな!」と蘭丸が叫んでハイネを抱きしめた。


しかしハイネはうつむいたまま、「…なにもできなくて、悲しくて… でも、変えようとしなかったことはいけないことだったって、なんとなく気づいたの…」と言って、泣き笑いの顔を幻影に向けた。


幻影は何度もうなづいて、「そこまでになる前に出会えてよかった」と穏やかに言うと、「はいっ! 先生!」とハイネは叫んでから、大いに顔を歪ませて幻影に抱きついて大声で泣いた。


「マテリアルにハイネの決意と覚悟があったか?」


幻影の厳しい言葉に、マテリアルは背筋を伸ばして、首を横に振ってうなだれた。


「ハイネがこの先どう変わっていくのか、

 先生は大いに楽しみだ」


幻影の笑みを見て、ハイネは満面の笑みを浮かべて、今度は蘭丸に抱きついて、「…お母さん、ありがと…」とつぶやいた。


蘭丸は大いに感動したようで吠えるように鳴いて虎に変身していた。


もちろん蘭丸は言づいてたが、その巨大な体でハイネと、そして阿利渚を術で操って隠してしまった。


「…何がしたいんだ…」と幻影が大いに苦笑いを浮かべて言うと、信長は、「よいよい!」と陽気に叫んで何度もうなづいた。


「…ずっと、手加減されていたわけだ…」と高虎は大いに嘆いたが、その顔には笑みがあった。


高虎が蘭丸の立場であれば、同じことをしたと考えることもなく行動に移していたはずなのだ。


「マリーン様の程がよくわかりました。

 きっと我らよりも厳しいと察します。

 ですがそれは、苦汁を飲んでのこと。

 全てを救ってもいいのでしょうが、

 それは甘やかしに過ぎない。

 よって周りにいる者が率先して、

 手助けをする必要がある。

 それを長い時間をかけてわからせようと、

 頑張っておられるはずなのです」


「…ワシは色々と勘違いをしておった…

 マリーン殿しかり、煌殿しかり…」


信長は自分に言い聞かせるように言った。


「我らの母星は見捨てますか?」という幻影の厳しい言葉に、「二度目じゃな?」と信長は言って少し笑ってから、「しばし考えさせよ」と珍しく先送りした。


これも二度目のことなので、幻影は笑みを浮かべて頭を下げた。


「…先生たちの星にも不幸が…」と虎の蘭丸の腹の辺りから顔だけをのぞかせたハイネが言うと、「…程々が難しいんだってぇー…」と阿利渚も同じようにしてハイネに言った。


「とと様って言わないの?」と阿利渚が会話の内容をころりと変えると、「…きっと、お母さんよりも甘えちゃうから…」とハイネは大いに眉を下げて言った。


「甘えるのはいつまでって決めておいた方がいいの。

 私はもうすぐ、甘えるのをやめるの」


阿利渚の言葉に、『グロオゴウゥ?!』と虎が叫んだ。


「…今初めて言ったよ?」と阿利渚が答えると、蘭丸は人型に戻った。


「…もう、親離れしちゃうのね…」と蘭丸は寂しそうに言った。


「あまり甘えてると私みたいに出戻りになるかもしれないからって、

 政江お姉ちゃんに聞いたの」


阿利渚の言葉に、「…そのせいばかりじゃないと思うけどね…」と蘭丸は優しく言って、阿利渚とハイネの頭をやさしくなでた。


「…じゃあ、私もぉー…」とハイネは言って少し考えて、「外のお店で働いてもいいって言われたら…」とハイネが言うと、「だったら今すぐに甘えるのをやめなきゃな」と幻影が少し笑いながら言うと、「ハイネちゃん、すっごぉーいぃー…」と阿利渚は言って、満面の栄を浮かべて拍手をした。



「ではこうしよう」と幻影が言うと、誰もが注目した。


「調理に関して、俺が全てを教え切ったと思った時、

 俺はハイネの父となろう。

 だが勘違いするなよ。

 教え切ったということは、

 ひょっとしたらハイネは理解できていない部分もあるかもしれないんだ。

 それが、先生としての厳しさだから。

 だが、わからないことは聞けばいいだけだからそれほど問題はないが、

 たまには意地を張って自分の力で答えを見つけることもいいことだと思う」


「はい! 先生!」とハイネは叫んで、幻影に抱きついた。


「…結局、幻影とお蘭の子になった…」と信長が嘆くと、誰もがそれに気づいて苦笑いを浮かべた。


「ハイネが認めれば、父母は何人いたっていいのです」


幻影の言葉に、ハイネは特に女性たちに引っ張りだこになった。


蘭丸は邪魔をしないように、一番後ろで見守ることにしたようだ。


そしてすぐさま口を出してダメ出しをするので、女性たちに入り込む余地がなくなっていた。



この日の昼餉の時、「む!」と信長がどう考えて機嫌が悪そうにしてうなった。


しかし考え直して、麺ではなく出汁を飲んで、「…おお、生かされておる…」と一気に機嫌よく何度もうなづいた。


今日はハイネが出汁を少々工夫して、匂いがそれほど目立たない魚の骨などを出汁に加えたと配膳の時に言っていたので、その差が出たのだと理解したのだ。


「ハイネ! 上出来だ!」と信長は陽気に叫んだ。


「…海産物の恵みだよなぁー…」と幻影の受けも上々だったので、ハイネは機嫌よく昼餉を終えた。


「…頭がよくなるそうですからぁー…」とハイネが恥ずかしそうに言うと、誰もが出汁ばかりをすすり始めた。


それを信じて頭がよくなった影達は満面の笑みを浮かべてうどんをすすった。



昼餉が終わってから、幻影はハイネだけを連れて様々な土地を回ってから、今は海上にいる。


特に目的はないのだが、ここと決めた場所に戦艦を降ろしたのだ。


「…さすがに適当過ぎたか…」と幻影は言ったのだが、何かとんでもない塊が宙を飛んでやってきた。


「飛魚だな」と幻影は言って、透明の囲いをすべて閉じてその時を待った。


ハイネは何が起こるのだろうかと、外を見ていたが、「あっ! ぶつかる!」と叫んだ途端に、『バババババババ』と飛魚が透明の囲いに激突したのだ。


後方にいた飛魚は異常事態に気付いたようで、迂回を始めたので、静かになった。


「楽勝楽勝」と幻影は機嫌よく言って、意識を断たれている飛魚をタモですくった。


「この魚は飛魚という。

 まさに見たまんまの名前だな」


幻影は様々なうんちくを話して、ハイネを陽気にさせた。


「半分は干して出汁の素。

 半数は、新しい料理になってもらおう。

 あとは卵を持っているものも多いから、

 ちらし寿司には欠かせないな」


幻影が陽気に話していると、ハイネまで楽しくなっていた。


このあとに海老の大軍を発見したので、数回タモを振っただけで、かなりの数を獲れたので、今日の漁はこの程度にして安土城に戻った。


早速幻影の指示に従って加工が始まり、幻影は飛魚フライを納得しながら何度もうなづいて食った。


そして熟成が終わっていたソースに浸して食うと、さも幸せそうな顔をしてからハイネやみんなにも味見をさせた。


「魚ではないほどに身が硬いのにうまい」と源次が機嫌よく言うと、誰もが大いに賛同した。


「やはり獲れたてはうまいものなんだと思う。

 本来は出汁にしかしないそうだからな。

 出汁は上品なのに、

 身はなかなか味がある」


「夕餉にはまだ早いが夕餉じゃ!」


信長の鶴の一声で、琵琶一家は夕餉の支度を始めた。



「…何かのお祝い?」と長春が言って、豪華な食事を見入っている。


「偶然にも手に入ったからね。

 特に海老の方」


海老は蒸して少々大きめの握り寿司になっていた。


そして薄赤く輝いているちらし寿司を誰もが見入っている。


「飛魚の卵だ。

 なかなか珍味だぞ」


そして夕餉の主役の魚などのフライをおかずにして、琵琶一家はもりもりと飯を食った。


「海老だが海老ではないようじゃ!」と信長は機嫌よく叫んだ。


「獲り過ぎたつもりはなかったのですが、

 調理しているとかなり多いと思って、

 法源院屋に売ると、またひと財産できました」


幻影の言葉に、妙栄尼は満面の笑みを浮かべていた。


「飛魚の卵の話をすると、

 どうやら店主は食べたことがあったようで、

 こっちもかなりいい値段で買ってくれました」


「…飯を食うたびに金持ちになるな…」と信長は眉を下げて言って、愉快そうに大いに笑った。


「飛魚のフライも卸すつもりで持って行ったのですが、

 味見をして夕餉にするといって、

 こちらも高額で買ってくれました」


「…卸すよりは割がいいからな…」と信長は眉を下げて言った。


「飛魚の乾燥が終わったら、出汁として使います。

 身や卵と違って、随分と控えめな出汁になるようですが、

 今よりも高級感あふれるものになるでしょう」


幻影の言葉に、信長は何度もうなづいて、大口を開けて海老の握りずしをほうばった。



生産の方は飽和状態になったので、幻影が多い荷物を異空間ポケットに入れ込んで、生実の琵琶御殿に帰還した。


異空間ポケットとは、少々特殊な種族に与えられた特別なもので、ここにものを入れ込むと朽ち果てることなく現状を維持するという優れたものだ。


しかし、できれば使わない方がいいらしいのだが、便利なのでどうしても使ってしまう。


だが、全く何も入れていない場合と比較して、明らかに違いが分かった。


重さは感じないはずなのだが、体が重いように錯覚してしまうのだ。


組み手をすると一目瞭然で、何も入れていない方が大いに戦いやすい。


ものを入れている場合だと、手加減をしなくても体に制動力が働いているように感じるのだ。


よって意識的にこれも修行にすることにした。


もちろん蘭丸も使えるので、幻武丸は就寝時に異空間ポケットに入れて、起きてから取り出すようになった。


幻影は早速法源院屋に商品を卸すと、あっという間に長蛇の列ができていて笑みを浮かべて、家族たちとともにほかの琵琶御殿にも移動した。


淀の琵琶御殿でおやつ休憩をとっていると、「こっちの方が平和だと感じた」と信長が瞳を閉じて言った。


「やはり科学技術は人を不幸にしているとしか思えません。

 ほぼ原始的な生活の方が、

 まさに人間らしいと感じます。

 科学技術はある意味、

 人間をロボットにしているように思ってしまいます」


「科学技術に振り回されてはならぬ」という信長の信念の言葉に、一同は一斉に頭を下げた。



最後の地の関に商品を卸して、ここから各地の代表者に念話をすると、生実のお梅から反応があり、眉を下げている秀忠が来たようだ。


お梅に説明させるのも悪いので、琵琶一家は生実に戻って、秀忠と面会した。


幻影は秀忠を見て、「…変わってねえ…」と苦笑いを浮かべて言うと、秀忠は大いにうなだれた。


「近いうちにひょっとしたら、

 後水尾を隠居させるかもしれない。

 やつはやつなりに、考えることがあったようだ。

 一般人の秀忠とは少々違ったな」


幻影の言葉に嘘はないことは身にしみてわかっている秀忠は大いにうなだれて御殿を後にした。


「…無謀なことをせぬだろうな…」と信長は心配すると、「徳川家にとって都合がいい話ですから」と幻影は言った。


「…騒ぎを起こさずとも思惑通り、か?」


「正子を大君に据えるでしょう」


幻影の言葉に、信長は何度もうなづいた。


そうなれば徳川の天下は揺るがなくなる。


まさに徳川家康の全ての大業の終着点なのだ。


「鎖国は間違っていません。

 家康の考えはある意味、

 一番の平和だと感じます。

 しかしそれを解いた時、

 一度は栄えるでしょうが、

 一気に不幸が訪れる。

 これはどの惑星でも同じだったことは、

 マックラ村で学んで得られた結果でもあります」


幻影の言葉に、誰もが感慨深げにうなづいた。


「では一難去ったので、帰って夕餉じゃ」と信長は言って立ち上がって、信長の料理番のハイネを抱き上げて部屋を出た。



幻影たちは様々な地で仕入れた食材を使って様々な料理を作りその中の煮物だけを法源院屋に売った。


『大名煮』と名付けられた煮物は店主が大いに喜んだが、大量にあるので売らざるを得なくなって、渋々店に出すと飛ぶように売れた。


それほど値が張るものではないが、まさにうまいと感じさせる煮物は、特にこの地の獣人が好んだ。


よって今夜の夕餉の席には各家族でこの煮物が彩を添えることになる。


「飛魚でまだ出汁が取れないのですが、

 今回は飛魚の骨も加えて出汁としてみたのです」


ハイネが穏やかに信長に説明すると、「それであの人気か… 納得した」と信長は言ってまずは煮物に手を付け、「むむ」とうなってから幸せそうな顔をしてからハイネの頭をなでた。


「幻影にも毎回こうしたかったが、

 さすがに大人じゃからな」


信長の言葉に、ハイネは大いに喜んで、師匠である幻影に笑みを向けた。


恩恵を受けているのは法源院屋だけではなく、麺屋はまさに大盛況となっていた。


今回は臨時に労働者を雇って、隣の空き家を店舗にしたほどだ。


ハイネはここに組み込まれて、さらに気合を入れて仕事をしたが、店が終わってすぐに、安心したようで蘭丸に抱かれて眠ってしまった。


「…普通の人間なのが惜しいほどじゃ…」と信長は大いに嘆いて、ハイネの頭をやさしくなでた。


「ここからがその分かれ目だと感じています」と幻影が真剣な目をして言うと、蘭丸がハイネを隠すようにして身をねじってから、阿利渚たちとともに銭湯に行った。


「…お蘭も心中複雑なようじゃな…」と信長が眉を下げて言うと、「実は、ハイネは煌さんの妹らしいのです」と幻影が報告すると、「ほう!」と信長は機嫌よくうなって何度もうなづいた。


この星には人間だが、『ノーマーク』と言われる人種がいる。


まずはその産まれ方が特別で、必ず捨て子のように南の島で拾われる。


そして里子に出され、成長するたびにその頭角を現し、必ずその道のトップとなる。


それを認識できるのはマリーンだけなのだが、極たちが現地に駆け付けた時にハイネはいなかった。


産んだ親のヤマに問い合わせるまでもなく、ハイネは平和のために生まれた子だということは、ハイネがいたはずの黒い門に書かれていた。


『衣食住の食の子幻は心に安寧をもたらす』とあったのだ。


その映像を咲笑が出すと、「面白い文字じゃな」と信長は言って、訳された字を読んだ。


「この暗号のような文字を読めると、

 とんでもない神らしいのです。

 ノーマーク会でも読めるのは、

 煌さんとその息子にした弟の宇宙君だけらしいのです。

 このふたりだけは特別に任を与えられた神ヤマの真実の子らしいのです。

 それまでは、優秀な子を見つけては、

 この星に飛ばしていただけらしいのです。

 ですが、実は、ハイネの件は、

 何度か会っている万有桜良さんの仕業のような気がして…」


その複雑な内容を咲笑が映像を交えて説明した。


「…古い神の一族…」と信長はうなった。


「現在確認できている五大神の全てが

 古い神の一族の想いを引き継いで生を受けています。

 煌さんと宇宙君はその通りなのですが、

 マリーン様と燕さんは古い神の一族ではありません。

 しかも、初代の自然界の神も、

 古い神の一族ではないことも、

 普通の人間たち…

 生物たちに希望を与えることだと思っています」


幻影の言葉に、信長は何度もうなづいた。


「…ふふ… 手下が優秀だと、殿様は楽じゃ…」と信長は幻影を見てその正体を見破った。


「はい、私も古い神の一族の一員らしいのです」


家族たちは目を見開いたのだが、信長だけは笑みを浮かべて何度もうなづいていた。


「私は神の文字を読めました。

 これは咲笑に試されたのです」


幻影の言葉に、信長は機嫌よく笑って咲笑の頭をなでて、「よくやった!」と叫んだ。


「あとは肉体のどこかに、神の文字が刻まれているそうで、

 調べると、頭皮にありました」


咲笑がその絵を見せると、「…なんだか怖いように見える文字じゃな…」と信長はうなった。


「鼫と読めるのです…」と幻影は大いに眉を下げて言うと、信長は機嫌よく笑って、雇った鼫の獣人の少年を抱きしめた。


「ワシはどうあっても、幻影を息子としたいようじゃ」


信長が言い切ると、幻影は笑みを浮かべて頭を下げた。


「本当の名前が天狗ではなかったことは喜ばしいことです」


幻影の言葉に、誰もが大いに笑った。


「動物の名がついている古い神に一族は、

 神ヤマかその関係者の子らしいので、

 煌さんとは兄弟かもしれません。

 人柄の良さもありますが、

 弁慶たちと何も変わらず、

 兄弟のような気がしてならないのです。

 ちなみに、名前の極は本当の名を名乗っているそうです」


「いや、その名に恥じぬ御仁じゃ」と信長は重厚に言って何度もうなづいた。


「なんとなくですが、煌さんには兄を感じます。

 その兄に負けないように、

 さらなる精進をいたしましょう」


幻影の本気の言葉に、「無理にとは言わんが、今のままというのは甘えか?」と信長が言うと、幻影は考え込んだ。


そして顔を上げ、「さすが父上」と幻影が笑みを浮かべて言うと信長は幻影の頭をなでて、「好きにすればよい」と機嫌よく言った。


幻影としては慌てることはないと思い直しただけだ。


自分に厳しくなるということは門下生にも刺激を与えてしまうことにつながる。


盤石でしかない萬幻武流を守るために尽力しようと心に決めたのだ。



その幻影の兄が燕とともに眉を下げてやってきた。


どうやら大名煮の件でやって来て、法源院屋も麺屋も売り切れだったそうで、幻影におねだりに来たようだ。


もちろん、マリーンの使いのようなものだ。


そしてすぐさまその製法を知って、「飛魚の出汁か…」と極はすぐに納得してうなづいた。


極も多くの部下たちの腹を満たす料理人でもあるので話は早い。


幻影はハイネに、実際に作りながら説明をさせた。


極は何度もうなづきながら、「…丁寧に丁寧に…」とつぶやいている。


極は出来上がったものをすべて買い取ることに決めたが、幻影は献上した。


極は丁寧に礼を言って、うまそうにして食っているだけの燕を連れて帰って行った。


「補充、しないのですか?」とハイネが幻影に聞くと、「今日は終わりだ、明日また食べに来てもらった方がいい」という幻影の言葉に、ハイネは笑みを浮かべてうなづいた。


そして法源院屋の店主と麺屋の店主もやって来て、明日は昼餉から補充があると知って大いに喜んで帰って行った。


材料はたんまりとあるのだが、さらに仕入れておかないと、明後日以降の材料が心もとなくなるし、まずは家族のための料理なので、その確保もある。


よって翌日の早朝から、宇宙戦艦は大活躍してたんまりと食材を買い込んできた。


そして煮物を作って卸したのはいいのだが、「病が治ったといううわさが…」と法源院屋の番頭が幻影に言った。


「たぶん砂糖だと思う。

 それほど大量には使っていないが、

 少量だからこそ効き目があったのかもな。

 だとすると、菓子の方はさらに使っているから、

 効果はさらにあると思うんだけど…

 …となると…」


幻影はつぶやいて、この場で咲笑に言って生産物の分析をさせて納得した。


「飛魚出汁と砂糖の相乗効果のようだね。

 薬ではないが、うまい薬膳ということでもよさそうだ。

 烏賊との相性は?」


幻影の言葉に、咲笑はすぐさま分析をして、「…毒にはなりませんが、薬という意味では薄められるようです…」と説明をした。


「冷凍にした烏賊も薄切りにして大名煮に入れてみるか」と幻影は言って、ハイネを連れて安土城の厨房に言って、早速作り上げて咲笑が分析した。


「…おいしい…」という咲笑の幸せそうな言葉に、幻影とハイネは大いに笑ってから、詳しい情報を見入った。


「ま、しばらくは我が琵琶家だけでいいか…

 ああ、マリーン様にも謙譲しておこう」


ふたりは大名煮を大鍋二つで作り上げて、ひとつの鍋を持って大神殿に飛んだ。


「待っていました!」とマリーンが叫ぶと、お付きの天使たちは大いに眉を下げていた。


幻影は鍋ごと献上して、「我が家は昼餉ですのでこれにて」という幻影の言葉に、マリーンは大いに眉を下げたが、無理に引き留めることはなく、丁寧に礼を言って幻影とハイネを開放した。



「…烏賊が別物みたいでおいしいぃー…」と長春の受けも上々で、誰もが笑みを浮かべて煮物を食べる。


「いや、まさに贅沢じゃな」と信長の機嫌もいい。


「町に進出しないの?」と濃姫が幻影に聞くと、「麺屋の店主次第としておきます」という幻影の言葉に、「そうね、その方がよさそうだわ」と濃姫は言って、烏賊の煮物を食って幸せそうな顔ををした。


「専属の商売人としては重要なことじゃ」と信長も賛同した。


昼餉が終わってしばらくしてから、極と燕が礼を言いに来た。


ふたりもご相伴に預かったようで、終始機嫌がよかった。


「好き嫌いがなくなった者が続出した」と極が言うと、「それは良かった」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


「…生理的に受け付けないものを自然に食べさせる薬はどこにもないわ…」と燕は眉を下げてつぶやいた。


「ある意味、心に反応しているんだろうね。

 そうしておかないと、納得できないから。

 診療内科医なら理解できるんじゃないの?」


幻影の言葉に、「…エッちゃんがその権威だ…」と極が大いに苦笑いを浮かべて答えると、幻影も大いに苦笑いを浮かべていた。


「ハイネの件もあるので、はっきりさせておきますか」


幻影の言葉に、「そうするか…」と極はため息交じりに言って、念話で桜良を呼んだ。


その桜良はここまで走ってやってきたようで、極だけを目指して、「来たよ!」と機嫌よく叫んだ。


幻影は快く出迎えて、早速厨房に案内して、ハイネとともに大名煮を作り始めた。


「極君! ご飯ご飯!」と桜良が叫ぶと、「わかったよ…」と極は言って外に出て行った。


「大砲の音がするけど気にしないで」という燕の言葉に、「豪快な調理法です」と幻影は笑みを浮かべて言った。


幻影も菓子作りでは粟や米を爆発させるが、飯として爆発させたことはない。


すると、『ド―――ンッ!!!』というとんでもない音がしたが騒ぎにはならなかった。


工房にいた弁慶たちに説明していたからだ。


そして香ばしいいい香りをさせた極が戻って来て、桜良を大いに感動させた。


「いや、マジでうまそうな飯だ」と幻影は大いに感動してつぶやいた。


大名煮が出来上がったので、早速桜良に食してもらって、桜良が大漢食だったことだけはよく理解できた。


「…幸せにする料理…」とだけ桜良は料理の感想を述べて、「ちくわを入れなさい」という神のお告げのような言葉に、「おでんのようになると思ってあえて外したのは失敗だったか」と幻影は言って、継ぎ足すのではなく一から作り上げた。


「…理由は、ちくわが大好きだから…」


桜良の理由に、誰もが大いに笑った。


しかし、ちくわも海の幸なので大名煮には相性はいい。


幻影たちも食べて大いに納得した。


「…ちくわが一番うまいかもな…」と極も絶賛して食っている。


「おまえら! 何をやっている!」と信長が大いに憤慨して厨房にやってきたが、すぐにハイネを侍らせて好々爺になって、新しくなった大名煮と飯を大いに食らって、納得してから仕事に戻った。


「先ほど、たんまりと召し上がられたんだけどな…」と幻影が眉を下げてつぶやくと、「…別腹別腹…」という極のつぶやきに幻影は大いに賛同した。


桜良には医療面の説明をしてもらってから、新たに大名煮を作って渡すと、機嫌よく帰って行った。


「…ハイネとは無関係?」と幻影が極に聞くと、「…子供って、わけわかんないほどいるからね…」と極は眉を下げて答えた。


「…嫌いじゃないけど…」とハイネは眉を下げてつぶやいた。


「わがままっ子だからな」と極が言うとハイネは困惑気味の笑みを浮かべた。


基本的には我がままだが、桜良の今までをかいつまんで話すと、ハイネは大いに同情していた。


もちろん、同情心をあおるような生涯なのだが、それを知っていても仲よくしたいと考えたようで、幻影に懇願の目を向けた。


「…まさか、雇えって?」と幻影が眉を下げて聞くと、「…すっごくおいしそうに食べてくれたからぁー…」とここはハイネは子供に戻って恥ずかしそうに言った。


「…御屋形様に相談するか…」と幻影はつぶやいて桜良の魂を探ると、なんと信長の隣にいた。


「…先手を打ったようだ…

 今はたぶん、御屋形様に売り込み中だと思う…」


幻影の言葉に、極は何も言わなかったが大いに眉を下げていた。


ここは呼ばれる前にと思い、幻影は極たちを伴って工房に行った。


「おまえの事情など関係ない!」となぜか信長は怒っていた。


しかしその感情が穏やかだったことに幻影は笑った。


穏やかなのは桜良に渡した大名煮を食っていたからだ。


よって言葉だけは厳しいことを桜良に告げていた。


「…ハイネちゃんは私の子だもぉーん…」と桜良が言うと、桜良からレスターから飛び出してきて、すぐさま信長に謝った。


「ハイネッ! お前はどうしたいっ?!」と信長が叫ぶと、「桜良さんにはここに住んでもらいたいのです!」とハイネは大声で答えた。


桜良は、「…えー…」と大いに苦情があるようにつぶやいてレスターを見上げた。


「エッちゃん、決まりだ。

 帰るよ」


レスターの言葉に、桜良は幻影にもらった土鍋を片付け始めた。


もちろん信長は大いに困惑したが、ここは騒がないことにしたようで何も言わなかった。


「また遊びに来るよ」と桜良が笑みを浮かべてハイネに言うと、「はい! 待ってます!」とハイネは笑みを浮かべて答えて手を振った。


レスターは全員に丁寧に頭を下げてから、桜良とともに消えた。


「…少々事情があってね…

 …エッちゃんは今住んでいる星の女王様なんだよ…」


極の説明にハイネは、「…女王様… でも、全然着飾ってない…」とつぶやくと、「そっち方面は無頓着でね」と極は眉を下げて答えた。


「この事情は知っている人も多いだろうけど、

 万有源一さんが転生したことで、

 今はエッちゃんとレスターさんに代理をしてもらっているんだ。

 適任者はまだまだいるんだけど、

 一番自由だったのがエッちゃんだったという理由。

 それに、気軽にここに来ることもできるから比較的自由だ。

 王としての仕事はレスターさんがほとんどやっているからね」


「…自由過ぎるんじゃ…」とハイネが全てを聞き終えてつぶやくと、「人助けについては普通じゃないんだよ」という極の言葉に、ハイネは満面の笑みを浮かべた。


「もちろん、体力的にも申し分ないし、

 メンタル面のケアも忘れてはいない。

 そして芸術面にも長けていて、

 今までに多くの人たちを救ったはずだ。

 だから少々のわがままは目をつぶることにしたんだ。

 もちろんそれは、レスターさんに協力するためだ」


極に言葉に、「…あの御仁は穏やか過ぎるが、なかなかできんことじゃ…」と信長は大いに感心していた。


「自然界の神としても、エッちゃんの件は目をつぶっているのです」という極の言葉に、信長は機嫌よくうなづいた。


「我が琵琶家も協力は惜しまん。

 しかし、目に余れば怒ることもあるじゃろう。

 その辺りはうまく付き合っていこう」


信長の言葉に、誰もが一斉に頭を下げた。



一日の作業を終えてすぐに、まるで見計らったように、桜良とレスターが工房に姿を見せた。


そして桜良は、「…すっごい絵があるって聞いてぇー…」と恥ずかしそうに聞くと、レスターは申し訳なさそうな顔をしてすぐさま頭を下げた。


「一番の絵はここにはありません」という幻影の言葉に、桜良は大いに落ち込んだ。


「その被写体は今はジャックさんなので、

 その記憶を探れば、

 絵は見られませんがその想いはよく理解できるはずです」


幻影の言葉を聞いて、桜良は丁重に礼を言って、レスターとともに消えた。


「…簡単に嵐が去った…」と信長が言って鼻で笑うと、誰もが愉快そうに笑った。


「それよりも、物見遊山に参らないのですか?」と珍しく藤十郎が幻影に聞いた。


「…さすが兄弟弟子、見透かされていた…」と幻影が嘆くと、信長は満面の笑みを浮かべてうなづいた。


「こういった優劣とは関係ない人間性も、琵琶家の真骨頂じゃ」


信長が機嫌よく言うと、誰もが笑みを浮かべた。


「生物としての万有源一さんに興味はないのですが、

 残した作品には興味があります。

 さらには万有さんが作り上げた帝国にも興味が沸きました。

 そして転生してもなお、

 それを続けさせようとしている五大神にも興味があります。

 もちろん、それなり以上の人格者であることには違いないはずです。

 よって、万有家の全てをこの先の琵琶家の糧にしたいと思っているのです」


幻影が語ると信長は膝を打って立ち上がり、「行くぞ!」と堂々と言った。



幻影は極と話をして、極と燕を同行者として、万有源一の管理していた星、フリージア星に向うことに決まった。


琵琶家一同は極の先導で、別荘にある黒い扉をまじまじと見入った。


しかし幻影を含めて、マスター家の引っ越しを手伝った者はこの扉の意味を知っている。


誰にも気づかれることなく移動できる手段の唯一といっていいものだ。


「まずはアニマール星に渡って、八丁畷春之介さんに会います。

 例の五大神のひとりです」


極の言葉に、「おー…」と誰もがうなって気合を入れた。


「その妻は五大神ではないのですが、

 力は五大神そのものの八丁畷優夏さん。

 特にかわいい女性は注意が必要です。

 迂闊にも首を縦に振らないように」


極の言葉に、女性たちは大いに戸惑っていた。


「いきなり雇われることはないでしょうが、

 時々奇抜なことをやってくるので、

 注意しておくことが重要だと思いました。

 あとはヤマがいるので、一応挨拶しておいた方がいいでしょう。

 注意点はこれだけです。

 ですが、かわいい動物がわんさかといますので、

 約一名は大いに注意した方がいい」


極が長春を見て言うと、「あはははは!」と空笑いをして、藤十郎を見上げた。


「守るというのもおかしいけど、守るから」と藤十郎が言うと、信長は安心したようで何度もうなづいた。


「では、行きましょう」と極は言って、燕とともに黒い扉をくぐった。


そして弁慶を筆頭にして、信長と蘭丸がくぐり、家族たちが続々と消えていった。


幻影は阿利渚たちと殿を務めて、アニマール星に渡った。


信長は幻影の姿を見て、「これで我が琵琶家全員じゃ」と八丁畷春之介に言った。


「素晴らしいご家族です。

 八丁畷春之介です」


春之介は言って、琵琶家一同に向かって何度か素早く頭を下げて、妻の優夏を紹介した。


「ダメだ! 長春様!」と藤十郎が叫んで、とんでもない方向に走り出した長春を抱きしめて止めた。


「あ、もういいよ?」と長春は言って、笑みを浮かべて藤十郎とともに琵琶家一同の輪の中に入った。


「…ヤマが、手下になった…」と春之介がつぶやくと、誰もが春之介を見ている方角を見入っている。


そこには動物の姿はない。


あるのは高くそびえる山だけだ。


するとその山の頂上辺りがいきなり動き、「…いやぁー… まさか手下になっちゃうとは思いもしなかった…」と巨大な頭を琵琶家一同に披露した。


「…うふふ…」と長春が笑うと、誰もが大いに眉を下げていた。


「…まあ、手下になる方が悪い…」という幻影の厳しい言葉にも、誰もが眉を下げていた。


「…その通りだと俺も思うよ…」と春之介も眉を下げて言った。


「この子たち、もらって帰っていい?」と長春はもうすでに白い動物たちをわんさかと抱きしめていた。


「…ここは叱るべきだろうか…」と信長が大いに困惑していた。


「いえ、お近づきのしるしということで構いません」と春之介は穏やかに言った。


まさに大いなる助け舟となったので、「いきなりで本当に申し訳ない」と信長はここは常識的に謝った。


「御屋形様に頭を下げさせたな」と幻影が長春をにらんで言うと、さすがの長春もまずいと感じたようで、「…もう、勝手なことはしません…」と言ってうなだれた。


「…自由過ぎる孫娘ですまん…」と信長はさらに謝ったが、春之介は謝罪を受けなかった。


もちろんそれには理由があり、「私の妻も同じようなものですので」という春之介の言葉に、特に女性たちが大いに緊張した。


「動物たちの代わりに、どの子がいいと思う?」と優夏が陽気に言って、琵琶家のきれいどころの映像をずらりと並べた。


「別の機会にしてくれ」と春之介が言うと、「ええ、それでいいわよ」と優夏は笑みを浮かべて言って、映像を消した。


「…おまえ、とんでもないことをしてくれたな…」と信長が本気で怒ると、「…素直なのがいけないんだもぉーん…」と動物たちを抱きしめたまま言った。


よって、動物たちを返す気はさらさらないようだ。


「いいんだよ、必要だったら、今度は僕が生むから」というヤマの言葉に、この場は何とか収まった。


すると桜良とレスターが黒い扉から出てきて、「さあ! フリージアに行くよ!」と明るく言って、琵琶家一行を先導した。



「ようこそフリージアに!」と桜良は大げさな身振り手振りで陽気に言って、ごく自然に辺りを見回す。


よって誰もがそれにつられて首を動かす。


「…アニマール星の景色を何も覚えていません…」と幻影が眉を下げて言うと、「…ワシもじゃ…」と信長は言って鼻で笑った。


アニマールの件は帰りに確認することにして、ここは桜良の先導に従って、目の前に建っている美術館に向かった。


「…うふふ…」と桜良の機嫌が異様にいいが、レスターは大いに眉を下げている。


フリージア美術館には、絵や書、彫刻や宝石まで展示があり、まさに美術館といっても遜色のないもので、誰もをうならせた。


「…さらに精進せねば…」と幻影をうならせたのは、万有源一の妻の万有花蓮の書だ。


その万有花蓮も、源一と同じ運命をたどって転生を果たして今は幼児として生活している。


そしてついに、幻影のお目当ての閲覧室にやってきた。


この部屋に万有源一の作品が所狭しと置かれていた。


観るものすべて感動で、特に絵は異様に素晴らしいと、幻影は思い知っていた。


すると、現実に引き戻すように、阿利渚が幻影の着物の裾を引っ張った。


幻影は阿利渚に従って、彫金の作品を見た途端、「…イエス・キリスト…」とつぶやいた。


この彫金の詳細な情報を読むと、今から一万年ほど前のもので、万有源一の前世が造った作品だと読み解けた。


「…万有源一様が、イエスを創ったのか…」という幻影の言葉に、「間違いないでしょう」と獣人の姿の獅子丸が言った。


「あ、逞しそうでいいな」と幻影は気さくにって、獅子丸の背中を叩いた。


「これは俺のはずだ」と見知らぬ熊の獣人が言った。


「…ついに、巖剛も覚醒したね…」と幻影は眉を下げて言うと、「…あ…」と熊の獣人は言って、元の月の輪熊に戻ったので、幻影は声を潜めて大いに笑った。


巖剛が示唆した作品は、熊とはまるで関係のない、妙に近未来的な一枚の絵だ。


しかもここには、左端の方に巨人と思える者がふたりと、巨大ロボットが戦っている絵で、中央に猫が寝転んでいる不思議な絵だ。


「…俺は、この猫を食った…」とまた獣人の姿になっている巖剛がうなった。


絵の説明書きを読んで、「…猫って、春之介様だぞ…」と幻影が嘆いて眉を下げて言うと、「…姿を消したいから食ってくれと頼まれた…」と巖剛は眉を下げて言った。


幻影は作品の隣に置かれている説明書きを読んですべてに納得した。


巨人の女性は桜良で、その子は万有源一、その源一に飼われていたのが、中央に倒れている三毛猫の春之介だ。


三毛猫はふたりの巨人の窮地を救うために、不完全だが本来の姿で戦った。


しかし、行き過ぎた行いだったようで、力尽きてしまい、源一が悲しまないためにその身を消すために巖剛に頼んだのだ。


「…丸のみにしたら、腹の中から礼を言われた…」と巖剛が眉を下げて言うと、「…いい話だわぁー…」と号泣しながら桜良が言った。


いい話かどうかは理解しかねるようだが、家族の中に万有源一とのつながりがある者がふたりもいたことに、幻影は満足だった。



「今日のところは帰りますか?」と幻影が信長に聞くと、信長は家族たちを見回して、「その方がよさそうじゃ」と少し低い声で言った。


「光秀」と信長が名を呼ぶと、光秀は家族たちを見回して、「浮足立っておらぬか?」という厳しい言葉が飛んだ。


「このようなわかり切ったことは、

 老人が指摘するに限る」


信長の言葉に、幻影だけが声を殺して笑っていた。


「…能力者じゃないのに、浮かれていたわ…」と濃姫が眉を下げて言った。


「これからはあまり幻影に発言させん。

 最近は慣れた来たようじゃから、

 慣れのない家老を大いに使ってやる」


信長の言葉に、一番困っているのは長春だった。


まさに信長の言った通りで、幻影ならばいくらでも甘えられるのだが、それ以外だとどうしてもできないのだ。


それほどに気さくであり、信長の言った慣れという理由も大いにある。


長春が落城したことで、ほかの家族たちが苦情を言うわけにもいかず、琵琶一族は信長を先頭にして美術館を後にした。



そして初めに訪れたこのフリージア星の中心といっていい巨大な食卓に戻ると、「もう帰られるのですか?」とここで待っていた春之介が目を見開いて信長に聞いた。


「時代の違いが我らの邪魔をしおる。

 しかし、知ったからには時間をかけてじっくりと見せてもらおう。

 我らの五百年程後を見据えてな」


信長の言葉に、「なかなかできることではありません」と春之介は大いに感心して言った。


「楽しみを後に取っておくという意味もあるんじゃ。

 ワシらの修行も、

 そのようにして楽しみながら自分自身を確かめながら、

 一歩一歩進んでおるようなものじゃからな」


信長の言葉に、桜良が何か言おうとしたが、すぐさまレスターに止められた。


今までのレスターはまさに藤十郎のように伴侶の桜良の言いなりだったのだが、今は大いに積極性を見せて、自分の信じた発言をしている。


それがすべて認められているわけではないが、理由を聞いてその道が正しいと思えばすぐさま方向転換をするように変わってきた。


同じような立場の藤十郎の場合は、甘いように見えてそうでもないのだが、本来の藤十郎自身を隠しているような行動をする。


よって今回の場合、もしも長春がわがままを言うようであれば、離縁覚悟で口を出すつもりだったのだ。


しかしさすがに、信長には逆らえないようで、先ほどからずっと眉を八の字にしている。


もちろん無理があると察した桜良が口出しをしようとしたのだが、これは琵琶家の問題としてレスターが止めたのだ。


「土産物でも買って帰りますか?」と幻影が信長に聞くと、長春は飛び上がりそうになるほど喜んだが、すぐさま信長の顔色を窺い始めた。


「ひとりひとつだけだ。

 それ以外は、いかなる理由があろうとも認めん」


信長の厳しい言葉に、「お爺様、大好き!」と長春は叫んでから、美術館に併設している土産物屋に向かって走って行った。


もちろん、もうすでに藤十郎も長春に並走して走っていた。


「…子供たちよりも子供だ…」と幻影が大いに嘆くと、「よい反面教師となっているようじゃが?」と信長は言って、大いに眉を下げている阿利渚たちを見て少し笑った。


「色々と障害があるだろうが、

 ここは自分たちの意思を貫いてみせよ」


信長が厳しい言葉を子供たちに投げかけると、意味がよくわからなかったようだが、幻影が笑っていたので、なんとなくだがこの先が見えてきたような気がしていた。


「大人たちも同じじゃぞ」と信長が言うと、もうすでに察していた大人たちは大いに眉を下げながらも頭を下げて、土産物屋に向かって走って行った。


「…長春様の、お願い攻撃が始まるぅー…」と蘭丸が大いに眉を下げて嘆くと、「うまく言って断わってみな」と幻影がひと言で厳しい言葉を言った。


「…主には逆らえんではないかぁー…」と蘭丸が小声で言うと、「長春様は正確には主ではない」という幻影の言葉に、「嫁に出したつもりでおるからな」という信長の言葉を聞いて、「…多少なりとも抗える、かも…」と蘭丸はつぶやいて、信長に頭を下げてから、猛然たる勢いで土産物屋に駆け込んだ。



信長たちが土産物屋に足を踏み入れると、長春が店員のようになって商品を勧めていたので、信長と幻影は大声で笑い始めた。


特に強制ではないので、信長が言ったように欲しいものを買えばいいだけだ。


何とか信長が来る前にすべてを終わらせようとでも思ていたのか、長春はもうあきらめて、ふくれっ面を幻影に向けていた。


するとその視界を遮るように信長が立ったので、長春は苦笑いを浮かべながらそっぽを向いた。


「…お守りいただいてありがとうございます…」という幻影の言葉に、「家臣を守ることも主の務めである」と信長は堂々と言った。


「ですが、ひとりだけでも甘い顔を見せましょう」と幻影は言って、長春に近づいて、「お勧めはどれだい?」と幻影が聞くと、長春は満面の笑みを浮かべて、長春が欲しいもののところに誘った。


しかし長春はすべての提案を却下された。


幻影は逐一理由を言って、長春の主張を打ち破ったからだ。


よって幻影は、あとで少々働く必要もできたのだが、これも修行とした。


そして、琵琶家が作っていないものを手に取ってまじまじと見て大いに考え込んだ。


「…誰も買わないから、それでもいいよ…」と長春は大いに落ち込みながら言った。


そして幻影は、大いに苦笑いを浮かべて様子を見ている桜良に商品の細かい説明を受けて、大いに納得してから購入することに決めた。


幻影は支払いを終えて、「ひょっとしたら頭がよくなるかもしれない菓子」と幻影が言うと、誰もが幻影の手にしている菓子を見入った。


「同じようなものを、つい先日、煌さんがジャックに食わせているのを見た」


幻影の言葉に、誰もが一斉に幻影に向けて眉を下げていた。


「ほう、そういう菓子か…」と信長は言って、素材の表を見てから何度もうなづいた。


「ふむ… 我らもこれは作らねばならぬな…」という言葉に、誰もが大いに目を見開いた。


「作物の選定はもうできましたので、

 抽出してから味見ですね。

 その際に使った材料も菓子にする必要があるので、

 効率よく計画を立てます」


「…ただのラムネ菓子なのに…」と桜良が眉を下げて言うと、レスターが桜良に耳打ちをした。


「…私も、食べなきゃ…」と桜良は言って、ラムネ菓子を十袋程購入したので、レスターは大いに苦笑いを浮かべていた。



土産ものの購入だけでも大いに勉強になった琵琶家一同は、春之介に誘われて、アニマール星に戻って、今度は景色を堪能して、「…マックラ村だな…」と幻影はつぶやいたが、数件の建物は少々近代的なものだった。


「時間ができた時にはまたいらしてください」という春之介の明るい言葉に見送られて、琵琶一族は黒い扉をくぐってマックラ村の極たちの別荘に戻った。



ここ数日は、観光地となったマックラ村のために大いに働き、そして生実の琵琶御殿に戻ると、お梅が伝えた通り、秀忠が待っていた。


「…阿蘭陀商船の船員からすごい話を聞いたんだけど…」


秀忠の言葉に、「それはもうずいぶんと前の話だ」と幻影は、海外に物見遊山に行った時の話を漏らさず語ると、秀忠は大いに苦笑いを浮かべて、「…聞いてない話もあった…」と言って喜んでいた。


「ほら、これをやるからさらに賢くなれ」と幻影は言って、骨せんべいとラムネ菓子を秀忠に渡した。


「子供のおやつ!」と秀忠は一旦は叫んで怒ろうとしたが、腕組みをして大いに考え込んだ。


「これだけじゃ足りないはずだからな」と幻影は言って、骨せんべいとラムネ菓子をわんさかと出して、一部をお梅に渡した。


「…立ち眩みなどに効き目があるかもしれない…」とお梅はラムネ菓子の袋に書いてある文字を読んだ。


幻影がひと通り説明すると、「…お菓子なのにお薬…」とお梅は大いに嘆いた。


「頭の中に脳というものがあってね、

 この中の糖分が下がるとくらくらするんだよ。

 もちろん、すぐには医者にでも判断はできない。

 だからこの菓子を食ってしばらくして治れば、

 低血糖という症状が出ていたのかもしれない。

 ひどい場合は脂汗が出て非常に苦しい思いをすることもあるんだ。

 もしも、そういう症状を訴える者がいれば食わせてやって欲しい。

 もちろん対象者は、常に症状が出るわけではなく

 時折という条件が重要だ」


「…お金の計算をしているときや、お腹がすいている時に…」とお梅が言うと、幻影は笑みを浮かべてうなづいた。


「成分としては甘いものなんだけど、砂糖ではない。

 果物に多く含まれているブドウ糖というものなんだ。

 よって同じように甘い砂糖をなめたって治らない。

 ブドウ糖を摂ると、脳内に程よく糖分が行き渡って、

 比較的頭がすっきりとする。

 そして骨せんべいには脳内の細胞を活性化させる効き目がある。

 特に頭を使う仕事をする者は、

 この二つはおやつ程度に食べても問題ないだろう。

 食べ過ぎてもただ太るだけだから、

 程よくで構わないぞ」


幻影の説明に、お梅も秀忠も大いに納得していた。


そして秀忠は早速ラムネ菓子を食って、「溶ける溶ける」と言って騒ぎ始めた。


「そういう菓子だ。

 子供になら人気は出るだろう。

 子供は体も動かすが、頭も大いに働かせるからな。

 …秀忠が琵琶家に世話になる場合、

 体力面は無理だろうから、知能で勝負した方がいいと思うぜ」


幻影の言葉に、「…ご指導、ありがと…」と秀忠は比較的明るく言った。



幻影は法源院屋の店主にも説明して、ただの菓子がそのような効果があるものだろうかと信じがたい想いとなった。


もちろん誰だってそう思うだろう。


しかし丁稚のひとりがその低血糖の症状が出ていて、ラムネを食わせて半時もしないうちに元気に働き始めた。


「偶然かもしれないからな。

 しばらく観察して、確信が持てれば、大いに宣伝すればいい」


幻影は言って、かなり安い値段でラムネ菓子を卸した。


店主は味見をして、子供のような顔になって笑みを浮かべた。


「低血糖になる前、本人であればなんとなく気づくそうだ。

 その時に食べれば、それほど酷い症状は出ないようだから、

 丁稚たちにも教えておいてくれ」


幻影の言葉を聞いて、店主は丁稚や番頭たちに聞くと、数名がその症状が出るそうで、こぞってラムネ菓子をうまそうにして食べ始めた。


それを見ていた子供たちが、異様に安いのでラムネ菓子を買っていく。


「薬ではないから、一袋全部食べたって、具合が悪くなることはないさ」


幻影の言葉に、店主は大いに礼を言った。


秀忠は寺子屋周りをして、低血糖に陥る学士や学徒にラムネ菓子を配って回った。


そのついでに骨せんべいも食べて賢くなれとはっぱをかけることも忘れない。


琵琶家一同は、しばらくは生実だけで様子を見てから、ほかの天雲法源院屋にも卸すことに決めて、マックラ村に戻った。



昼餉は抱えている食材で賄ったが、また別の食材を探すため、幻影はハイネとともに、少々涼しい海の上に小さな戦艦を降ろしした。


「…さすがに寒すぎたか…」と幻影はつぶやいて辺りを見回した。


戦艦は海流に乗ったのか、少しずつ南に流されていく。


少々遠くに島が見えた時、「…おっ 来たぞ…」と幻影は言って、釣竿を出して餌をつけ、海に投げ込んだ。


するとすぐに手ごたえを感じて、鋭く引っ張って竿を上げると、「おっ はまちだ!」と幻影は機嫌よく叫んで、早速吊り上げて、この場でさばいて、ハイネとともに舌鼓を打った。


咲笑が勝手に出てきて検査を行って、まるで問題なくおいしくいただけると、今更ながらに大いに眉を下げて幻影に報告した。


「照り焼きでもうまいけど、

 今日は生の方がいい」


幻影は言って、大きな魬を百ほど釣って、近くの島の海岸で素潜りで貝などを獲ってから、意気揚々と安土城に戻った。


とりあえず三匹ほどさばいてマリーンに献上してから、琵琶家用の夕餉の支度を始めた。


貝はサザエのようなものが取れたので、豪快な海賊焼きと身を薄く切って松前漬けに混ぜ込んだ。


まさに最高の酒の肴となる。


そのうまそうな匂いにつられて信長が厨房にやって来て、「一本つけろ」と笑みを浮かべて言ってから、厨房を出て行った。


すぐさまハイネが準備をして、口上を考えてから自信を持って厨房を出て行った。


すぐさま陽気な信長の声が聞こえてきて、しばらくしてからハイネは戻って来て、幻影の手伝いを始めた。


「…ごはん、まだぁー…」と長春の声だけはしたがその姿がなかった。


どうやら藤十郎に引き戻されたようで、大勢の調理人たちは大いに笑った。


すると今度は蘭丸がやって来て、「…できれば急いでくれ…」と大いに眉を下げて言った。


「あまりわがままを言うと」と幻影がここまで言うと、信長の雷が落ちたので、誰もがすぐさま首をすくめた。


「ほらな」と幻影が言うと、「…余計なお世話だった…」と蘭丸は言って厨房を出ることなく、幻影たちの手伝いを始めた。


「…俺にも、口上を教えろ…」と蘭丸が小声で幻影に言うと、幻影はすらすらと魬を釣るところから説明を始めた。


もちろん、魬とサザエはこの地では別の呼び名なのでそれも覚える必要があるが、身体構造と成分的にはよく似たものだ。


蘭丸は大いに感心してから、一番豪華な皿を持って厨房を出た。


ハイネたちが配膳を始めると、幻影は後片付けをしながら、巨大な炊飯器を持って厨房を出て、全員の茶わんやどんぶりに素早く飯をつぎ始めた。


始めの一杯は幻影の仕事で、二膳目からはハイネたちの仕事になる。


「…いつもいつも、わがままばかり言ってごめんなさぁーい…」と長春は茶碗に謝りながら、刺身を口に運んで、満面の笑みを浮かべた。


「…しかし、どうなっておるのじゃ?」と信長が幻影とハイネを見て言うと、「何も狙っていませんでした。今回も皆目見当もつかないのです」と幻影は眉を下げて答えた。


「いや、追及することはなかろう。

 毎晩、このような豪華な食事であることはありえんからな」


信長は機嫌よく言って、ハイネにどんぶりを差し出した。


ハイネは素早く飯を盛って、満面の笑みを浮かべている信長に渡した。


「幻影とは違ってまたいいわい」と信長は満面の笑みを浮かべて、山盛りに積まれているどんぶり飯を見て言った。


「…うふふ…」とハイネは幻影の助言が功を奏したと思い、思わず声に出して笑っていた。


「なんじゃ、そこの師弟」と信長が機嫌よく言うと、幻影が種明かしをした。


すると誰もが今更ながらにその違いに気付いていた。


「ハイネは飯を山盛りにするが、

 最初の幻影がついだ飯の量と同じじゃ。

 どちらもさらに飯をうまく感じさせる工夫をしておったのじゃ。

 麺屋の労働者の免許皆伝者だけが知ることのできる心遣いのひとつじゃな」


この事実は厨房で働いている者の半数しか知らない。


しかし幻影は毎回その技を見せているので、苦情を言うわけにはいかない。


師匠の動きをつぶさに観察することも弟子の務めなのだ。


しかし今回の件は幻影がやっていなかったことだが、ハイネが自信ありげだったので否定はしなかった。


そして幻影自身もハイネと同じように飯をついで、その違いを思い知って笑みを浮かべて何度もうなづいた。


理屈でわかっていても、現実とは程遠いことはよくあるが、この件に関しては、ハイネの言い分は間違いのないことだった。


「うむ! 飯が軽い! そしてうまい!」と信長はどんぶり飯を大いに絶賛した。


誰もがご相伴に預かろうと飯を大いに食って、どんぶりや茶わんをハイネに差し出した。


ハイネは機嫌よく山盛りご飯をみんなに返す。


「…こっちの方がうまいような…」と弁慶はついついつぶやいてから幻影に頭を下げた。


「俺の決めた位の高い順からうまい飯をついだぞ」


幻影の言葉に、また謎の言葉が飛び出した。


「ハイネは、それほどうまくない部分の飯をうまくするように工夫をしたんだ。

 俺は、釜に触れていない部分だけを慎重についだ。

 ハイネはすべてをそぐように薄くどんぶりに積み重ねていく。

 そうやって空気を含ませることで、

 軽くてうまい飯に早変わりするんだ。

 さすがに炊き立てだと、

 このでかい釜の中は水分が溢れすぎていて、

 手加減しても、

 ハイネのようにうまくつげないんだよ。

 しかし時間が経てば水分はある程度飛ぶから、

 二膳目の方がうまいと感じても当たり前なのかもしれないね。

 もちろんこれは、個人の好みが大いにある」


「幻影が作ってくれる料理は、

 どの城に行っても食べられるものじゃないことはよくわかったわ」


濃姫は言って、うまい飯をもりもりと食い始めた。


「贅沢なのは食材ではなく、料理人じゃったな」と信長は言って、愉快そうに笑った。


もちろん、料理も昨日よりも今日のものが断然うまい。


料理人が日々工夫を凝らすので、うまくなって当たり前ともいえた。


「…でも、お刺身は今日だけ…」と長春は言ってうなだれると、ハイネが試しに作った魬の甘辛煮を持ってきた。


長春は少量を箸でつまんで、「…おいちいぃー…」とさらに幼児化して言って、ハイネに満面の笑みを向けた。


「…この贅沢娘め…」と信長は言って、長春の煮魚を少量取って口に運び、満面の笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「朝餉が楽しみじゃ」と信長は機嫌よく言って大いに笑った。


食後の口直しはくずもちで、通常よりも小さく、食べやすい。


そして甘すぎないので、ついついひょいひょいと口に運んでしまう。


「いや! 満足じゃ!」と信長は機嫌よく言ったのだが、「…サザエの松前漬けと一本つけてくれ…」と信長は小声でハイネに言うと、ハイネはすぐさま頭を下げて厨房に消えた。


「あとはハイネに任せてもいいか」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「早すぎやせんか?」と信長が眉を下げて言うと、「失敗したとしてもそれも経験ですから」という幻影の言葉に、「…その失敗をしたことがない厳しい師匠じゃ…」と信長は言って鼻で笑った。



「…全部召し上がられるとは…」と幻影は銭湯の湯に浸りながら極に言った。


極に会いたいのならば、夜に銭湯か別荘に行けば必ずいるので連絡を取る必要はない。


「…この星のやつらは海の幸をバカにでもしているのか…」と極は大いに嘆いた。


「ま、例によってすぐにガイアに変わって、

 ほとんど食ったんだけどね…

 マリーン様はひと切れ二切れだよ…」


極が嘆くと、また手に入れば献上すると幻影は確約して、朝餉のためにヅケにしたものを朝一番に届けることにした。


「このサルサロスの漁業事情はどうなんだ?」と幻影が言うと、咲笑は姿を見せずに宙に表を出した。


「…まさか、これが全部?」と幻影は目を見開いて言った。


「琵琶家の漁獲高を含めると倍になりますぅー…」と咲笑は頼りなげな声で言った。


「まずは魚が獲れないから儲からない。

 獲れるのは動くことがない海藻類のみってところだね。

 貝類だって、ほとんど獲れていない。

 危険でも察知する能力を持っているんだろうか…」


極が嘆くと、幻影は大いに考え込んだ。


「…まさか、人間の欲に反応している?」と幻影が言うと、「…ありえる話だ…」と極は答えて何度もうなづいた。


「…とんでもない進化を遂げたものだ…

 大昔にでも絶滅の危機にさらされたとか…」


幻影がつぶやくと、極は少々過去に詳しい燕に念話を送って聞いた。


「…ある日突然獲れなくなり始めたそうだ。

 多分、マーメイドの仕業だろうね」


極の言葉に、幻影は大いに納得して何度もうなづいた。


「…生物には敬意を表して接する必要がある…」と幻影は言って手のひらを合わせた。


「…海にあふれるほどいたとしても、

 欲を察知して逃げる、か…

 今のままだと、自由に海の幸を存分に味わえるのは琵琶家だけだね」


極は諦めるように言った。


「となると、多様なりとも漁獲があるのは偶然?」と幻影が聞くと、「…小魚ばかりですぅー… 偶然といってもいいかもしれませんー…」と咲笑が答えた。


「…成長している段階では、

 欲を見抜く力も育っていない…

 逆に興味を持って、仕掛けなどに近づいてしまう。

 どの生物も、幼い時は同じように好奇心を発動するものだな」


幻影の言葉に、極は感慨深げにうなづいた。



翌日の早朝、幻影はその証明をするために、各地にいる漁師のあとをつけ、悟られない場所に船を降ろして釣竿を垂らす。


お目当ての漁師は大いに渋い顔をして引き上げて行ったが、幻影は大きなクーラーボックスを満杯にして、別の地に飛んだ。


最終的には三カ所を回って、厨房は朝っぱらからお祭り騒ぎとなっていた。


昼餉と夕餉の準備もしたので忙しかっただけだが、予告として少量だけを朝餉に並べた。


しかしこの朝餉がまるで夕餉のように豪華だったので、長春は機嫌よく食っている。


もちろんマリーンへの献上も忘れず、法源院屋にもそれなりに卸した。


よって、山に囲まれているこのマックラ村は、多くの海産物を売る不思議な地として報道の対象となってきた。


「何も話してやらん」とマックラは報道陣に対して堂々と言った。


その存在自体がまさに怖い存在なので、マックラに詰め寄って聞く者はほとんどいない。


「ですが、ここだけが裕福となっていいのですか?!」と気が強そうな女性の報道官が目くじらを立てて聞くと、「それはあんたらや世間一般の欲ではないのか?」とマックラはすぐに切り返す。


「ここでは欲を持った商売はしておらん。

 お前だけの常識をここで語るな」


マックラの重厚な言葉に、女性は大いに唇を噛んで悔しそうだったが、言い返す言葉がなかったことは事実だ。


隣の芝生は蒼く見えるをそのまま表していることでもあった。



「…ふーん… 正義感にあふれている人もいるもんだ…」と幻影は女性の報道官を見てつぶやいた。


「…あなた、また浮気ですかぁー…」と蘭丸は言って、すらりと幻武丸を抜いた。


「お蘭はどう見た?」という幻影の言葉に、蘭丸は幻武丸を鞘に納めてから、「同情できる母親」と預言者のように言った。


「それはまた踏み込んだね。

 さすがにそこまではわからなかった。

 だったらその子供が気になるね」


「あいつは人気が高いようだ。

 今のように誰にでも食らいつく。

 よって、子供は大いに委縮して、

 ほぼいじめられっ子」


「ん? 告げ口はしていない?」


「…おっ おう… そうなりそうだ…」と蘭丸は今気づいて少し戸惑って答えた。


「あんたのお子さんはイジメられてるそうだぜ!」と幻影が叫ぶと、女性報道官は幻影をにらみつけた。


「あんたの仕事も大切だろうが、まずは子供だろ?

 自分の子供も守れねえのなら、

 そんな仕事やめっちまえ!」


幻影のこの言葉は、全世界に一斉に流された。


まずは、この女性の子供が通っている学校が大いに糾弾され、校長がまずは頭を下げて、幻影の言ったことが事実だと認める会見を行った。


その子供だが、幻影に感謝の言葉を述べたいと言って、母親の独占インタビューを受けて、母親に涙を流させた。


『…できることならば、安土城にお世話になりたいと思ってしまいました…』


女性は言って、我が子を抱きしめて報道は終わった。


「やなこった」と報道を見ていた幻影が言うと、「…厳しい言葉だが、ま、やめておいた方がよさそうだ…」と信長は大いに眉を下げて言った。


「まずは宣伝する必要はまるでありません。

 回りが勝手に宣伝してくれるので。

 さらには入場制限をする必要もあると思います。

 生きて行ける糧はもう十分すぎますから。

 この村を町にするわけにはいかないので。

 さらには警備を固めて正解でした。

 悪さをしようとやってきた者が大勢いますので。

 落書きから窃盗まで、全員そのうち死刑に処します」


幻影が大いに憤慨すると、「問題は何もない」とマックラが穏やかに言って、雄々しき肉体をさらに雄々しくした。


「ついに、村長としての威厳を発する時が来たようだね」と幻影が明るく言うと、「この時を待っていた」とマックラは言って立ち上がって、信長に頭を下げて部屋を出て行った。


「出番、なかったな…」と信長は眉を下げて言ってから、鼻で笑った。



マックラは近隣の獣人も集めて、この近隣の森までも守り始めた。


まさにこの地に住む獣人の役目とばかり、多くの犯罪者たちを摘発した。


そしてすぐに報道に乗せて実名を明かす。


よって、わずか一日でマックラ村は平和を取り戻していた。


同じような平和な心を持っている者しか来なくなったからだ。


よって、この先の収益を考えていた、交通の要所となっていた、マックラ村の近隣の三つの町の長たちが大いに頭を抱え込んだ。


しかしマックラ村は特別保護地域なので、手を出すわけにもいかないので、泣き寝入りをするしかなかった。


もしも手を出すと、マリーンからの報復が待っていることは決まっていることだ。


下手をすれば、町は村に併合されてしまうことも考えられるからだ。


その勢いが今の大神殿にはあるので、誰もが戦々恐々となった。


「南の町を解体して、大神殿と繋げますか?」


その詳しい話を極が始めると、「あら、それは良きお話ですわ」とマリーンは穏やかな薄笑みを浮かべて言った。


「距離はありますが、緑濃い素晴らしい環境に生まれ変わることでしょう。

 できれば使えない荒れ地を町にしてしまってもいいでしょう。

 すべてはタルタロス軍の事業といたします」


極の言葉に、「はい、お任せしました」とマリーンは機嫌よく言った。



「…マリーン様は思い切ったことをされるようだ…」と第一報をマックラから聞いた信長は笑みを浮かべてうなづいている。


「南と、南西方面がやけに騒がしい。

 特に南西方面は大改革をしているようだが?」


信長の言葉に、「南の町をその地に移すそうです」とマックラは眉を下げて言った。


「大神殿の領地として、一直線に結ぶようですね」と咲笑が宙に浮かべている地図の映像を見て言った。


「ふむ… 500キロほどあるが、

 それほどの領地を持っていても罰は下らんじゃろう」


信長は何度もうなづきながら言った。


「ですが、立ち退きを拒む者も多いと思います。

 もちろん、様々な欲を持って対抗しそうです」


幻影の言葉に、「ここから南の地の地中を探れるか?」と信長が言うと、幻影はすぐさま両手のひらを地面につけた。


「…長期の、潜在的な汚損…」と幻影がつぶやくと、「その浄化という理由であれば、大神殿には抵抗できんはずじゃ」と信長は機嫌よく言った。


「町ごと掘り返して浄化する必要はあるようですね。

 ここは大神殿の天使たちの出番でしょう。

 新しい寝床も出来上がることで、

 渋々ながら移民として甘んじることでしょう」


「…手伝う必要がないことだけが残念じゃな…」と信長が言うと、「うまい飯の支援だけはできそうです」という幻影の言葉に、「よきに計らえ!」と信長は機嫌よく叫んだ。



琵琶一族は食材をたんまりと仕込んで、南西に飛んでタルタロス軍に合流して、この場でうまい飯を作り始めた。


極たちはさらに奮起して、まさに風光明媚な田舎といっていいほどの大地の根本を作り上げて、それを肴にしてうまい飯を大いに食らった。


「ありがたい大援軍だ!」と極は陽気に言って大いに飯を食らう。


「後方支援も重要です」と幻影も機嫌よく言った。


「おほほほほ… ついつい来ちゃったわ…」とマリーンは言って、極たちと席を同じくして大いに食った。


「南の町の浄化も必要になると思うのですが…」と幻影が控えめに進言すると、「すべてを浄化したいほどです」とマリーンが薄笑みを浮かべて豪語すると、極と燕は大いに眉を下げていた。


さすがに天使なので、南の町の実状を把握していたので、幻影は何度もうなづいていた。


南の町を跡地には大きな農園を作る予定で、多くの人手も必要になる。


この件だけも、多くの失業者を抱え込むことが可能となる。


琵琶家も出資者のひとつとなって、農園を盛り立てることに決まった。


経済的にも裕福なので、マリーンとしてはありがたいことでもあった。


「…あと十人ほど天使たちを修行に…」などとマリーンが言い始めたので、さすがの極も大いに眉を下げていた。


「移住を拒む者もいると思うのですが」と幻影が杞憂を語ると、「その点は大丈夫」と燕が言って胸を張った。


「…すべて燕さんの持ち物です…」と極が眉を下げて言った。


「いつきれいにしようか考えていたところだったの。

 マリーンの母としては当然だから」


まさに燕の母親のやさしい言葉に、「お母さん、ありがとう」とマリーンは子供の笑みを浮かべて燕に礼を言った。


「この地は汚すなと先に釘を刺しておいたわ」と燕は機嫌よく言った。


明るい未来しかないと思い、琵琶家一同は安心して食事を終えて、話の流れから作業を手伝っていると、夕方頃には移住の目途がほとんど立っていた。


よってこの場で夕餉が始まって、食い終わると、タルタロス軍と琵琶一族はマックラ村に戻って風呂に入った。


警備が厳しくなったことで何も起こらなかったとマックラは幻影と極に報告して、子供たちと遊び始めた。


「ああ、そういえば…」とマックラが思い出したように言って、幻影に書置きを渡した。


「突き返したのだが無理やり渡されたもんでな…」とマックラは大いに困惑して言った。


書置きには連絡先と一枚の絵を売って欲しいと書いてある。


その絵はここにないものだし、描いていないものだったので、幻影は大いに眉を下げた。


「琵琶家に招き入れてもいい人のようです」と幻影が信長に進言すると、信長は書置きを覗き込んで、「…むむ、勝家…」とうなった。


書置きには、『北ノ庄の花火大会の絵』とはっきりと書いてあったのだ。


「…パトリシアと復縁?」と幻影が言うと、信長は大いに笑った。


「城はまさに、花火玉を使って振っ飛んだそうですからね…」という幻影の言葉に、信長は大いに眉をしかめた。


「…きれーだった…」とパトリシアがつぶやくと、「…宙からでも見ておったか…」と信長は眉を下げてつぶやいた。


幻影が婚姻の儀の日の花火大会の絵を描くと、パトリシアが大いに陽気になっていた。


「見た見た! これ見た!」とパトリシアは絵に指を差して大いに叫んだ。


「…これでよさそうです…」と幻影がつぶやくと、「…間違いないようじゃな…」と信長は言ってから、幻影に頭を下げた。


もちろんこの絵には、当時の勝家とお市の後ろ姿がある。


着飾っているので大いにわかりやすい絵だ。


幻影は極に通信機を借りて、ダイサク・キヌカワという男性に電話をかけると、まずは女性が出た。


どうやら使用人のようで、『おぼっちゃま!』という大きな声が聞こえたので、幻影は大いに眉を下げていた。


そのおぼっちゃまが電話に出て、少し高い声で興奮気味に自己紹介をした。


年令を察するに、まだ少年と言ってもいいほどだと幻影は感じた。


詳しい話は明日美術館で会ってからとして、幻影は電話を切った。


「現在、十才ほどでしょう。

 パトリシアと同じように、

 三十年ほど、どこかに寄り道でもしていたようです」


幻影の言葉に、信長は感慨深げにうなづいた。


そして嘉明が何とも表現しがたい顔をしている。


信長は気づいたのだが、何も聞かなかった。


嘉明としてはかつての宿敵が現れたがまだ少年と聞いたのだが、心中穏やかではない。


それは今ではない過去のことを思い出していることで、あっという間に肩を並べられるのではないかという不安もあるのだ。


「どこのおぼっちゃまなの?」と幻影が咲笑に聞くと、「ここから西の大きな街、フダイゲンの世界銀行の頭取の孫ですぅー… 次期頭取はおぼっちゃまでもう決まっているそうなのですぅー…」と咲笑は調べた結果を大いに眉を下げて報告した。


「…この星ではなかなかの著名人だね…

 ここに来て騒ぎが起きなかったことの方が不思議だ…」


「…今聞いて驚いた…」とマックラは言って目を見開いている。


特に騒ぎのようなものはなかったのだが、少年は監視されていたようだとマックラは語った。


あまりにも警備を厳重にするとどこかの要人だと悟られると感じ、執事の男がひとりついていただけだったと、マックラは憶測と現実を語った。


「執事の方は老人でしたか?」という幻影の問いかけにマックラは目を見開いて、「…いや… パトリシアと同年代…」とつぶやいた。


「…執事の方か…」と信長は言ってにやりと笑った。


「特に琵琶家に媚を売る必要はないと思います。

 問題は、ただの執事が琵琶家当主に簡単に謁見は叶わないだろうと予測して、

 坊ちゃんが仲介をしたといったところでしょう。

 なかなか策略に長けていますね」


幻影は言ってから、また通信機を借りて電話を始めたので、信長たちは大いに笑った。


「たびたび申し訳ない。

 北ノ庄の花火大会の絵と言ったのは、おぼっちゃまですか?」


幻影の単刀直入な言葉に、信長は大いに笑い転げた。


しばらくは返答がなかったようで、幻影は何も言わなかった。


「…いえ、別にかまいませんが、

 少々杞憂に思ったので確認をさせていただいただけです。

 できれば、妙ないざこざに巻き込まれたくはないので。

 …いえ、予定通り明日いらしてください。

 …いえ、怒ってはいませんよ」


幻影の言葉に、誰もが声を殺してくすくすと笑っている。


「…それほど早く来られるのですか?

 では、ご一緒に朝食などいかがですか?」


ここからは穏やかに話は進んで、幻影は電話を切った。


「先に種明かしだけしておきます」


幻影の言葉に、誰もが幻影の次の言葉を待った。


「少年のお付きは執事ではなく、

 男装のメイド長だそうです」


幻影の言葉に、「…再会は叶うが、婚姻は無理だったか…」と信長は大いに眉を下げてパトリシアを見た。


「お聞きの通り本来の依頼者は、

 銀行の坊ちゃんのメイド長、フローレス・シルバさんです。

 頭に浮かんできたものが気になって仕方がないと、

 おぼっちゃまに思い切って進言したそうです。

 おぼっちゃまは聞き入れて一計を案じて、

 琵琶家中枢に潜り込もうと計画を立てたといったところですね。

 フローレスさんが気になったことは、

 今日ここに来てからだったそうです。

 よって本来の目的はただの観光旅行です。

 ですがあわよくば、それなりの有名人に会いたかったそうです」


幻影の説明に、「…それは残念じゃったな。有名人はマックラ村長だけだったからな…」と信長が言うと、マックラは大いに頭をかいていた。


「面倒なことにならないように、

 タルタロス軍が護衛をするから。

 誘拐未遂事件は、一度や二度じゃないからね」


極の言葉に、「メイド長はかなりの手練れのようですね」と幻影が聞くと、「能力者として、警察から出向中」と極は苦笑いを浮かべて言った。


「…なるほど、そう簡単には引き抜けないけど、

 それは本人の心ひとつ、かな?」


幻影の言葉に、「…それを聞くと、なぜだが闘志が湧いてきた…」と信長はうなってから、陽気に大声で笑った。



翌日の早朝、極が人型宇宙船で安土城にやってきた。


琵琶家は船形だが、タルタロス軍は天馬のような形のものを採用している。


「リナ・クーターに乗れるとは思わなかったよ!」と銀行の御曹司は大いに機嫌がいい。


そして今回の目的のフローレスが続き、その後ろに好々爺然とした老人が姿を見せると、「許可は坊ちゃんとメイドさんだけです」と幻影の厳しい言葉が飛んだ。


極は眉を下げて、「だから言っただろ、兄ちゃん…」と嘆いた。


「ほう、ノーマーク会の方か?」と信長が極に聞くと、「はい、そうです」とすぐさま答えた。


「粗相があれば首をはねてやってもよいと思ったが、

 まあよい。

 立ち会っても構わんぞ」


さすがに度胸の据わっている世界銀行の頭取も、蘭丸の長太刀には心底怯えていた。


ここは余計な口出しはしないと決めて、静々とリナ・クーターから降りてきた。


ダイサクとフローレスは信長の前に正座をして、極たちはその遥か後ろに座っている。


今回は正式な訪問として、いつも極たちが通される部屋ではなく謁見の間を使っている。


「では早速じゃが、見たいものはあれか?」と信長が言って幻影に指を差すと、幻影は額に収まっている昨日描いた花火大会の絵を掲げた。


フローレスは目を見開いて、何も話すことはなかった。


ダイサクは絵とフローレスを代る代る見ている。


フローレスは全く動かないが、しばらくすると目尻が下がった。


「…服装の通り、男で産まれて来たかったかなぁー…」とフローレスは言って笑みを浮かべた。


フローレスは過去の記憶が戻ったようだと信長は察した。


いたちはこの先どうする?」と信長が当時の勝家の通り名でフローレスに聞いた。


するとフローレスは笑みを浮かべて、そして涙を流し始めた。


「親愛なる御屋形様。

 やはり、簡単には死なんお方でござった」


フローレスの言葉に、信長は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「年寄りが若返った程度で、幻影たちはそのままじゃからな。

 四十年ほど前に戻った思いじゃ。

 長春は姿は変わったが、中身は何も変わっとらん」


信長の言葉に、フローレスは極たちに笑みを向けて、「お懐かしい」と言って頭を下げた。


「…あ…」とフローレスは言って、信長たちをまじまじと見始め、「…ま、まさか… あの、行商人…」とつぶやいて、最後に幻影を見た。


「花火大会はワシらの仕業じゃ」と信長は満面の笑みを浮かべて言うと、フローレスは大いに感動して頭を下げた。


「…そうでないと、この絵は誰にも描けますまい…」というフローレスの言葉に、「そりゃそうだ!」と幻影は陽気に言って笑った。


懐かしい再会の中、ダイサクは嬉しい気持ちの反面、フローレスが離れてしまった寂しさを感じていた。


するとそれを察したのか、フローレスは隣にいるダイサクを見て、「信頼できる代わりが見つかるまで、おそばを離れません」と堂々と言うと、「…よかったぁー…」とダイサクは笑みを浮かべて安堵の言葉を漏らした。


今までの実績から、これを否定する言葉が見つからないので、信長たちは大いに眉を下げていた。


しかし問題はこの件ではなかった。


「…ところで、この絵だけど…」とダイサクが言って幻影を見た。


「お譲りすることも売ることも致しませんが、

 こちらの美術館に展示いたします」


幻影の言葉に、「…そこは徹底してるんだね…」とダイサクは言って大いにうなだれた。


フローレスのためという理由もあるが、絵を見て大いに感動したこともあり、できれば手に入れたかったのだ。


そしてシルエットのふたりのように、ダイサクもこの先、素晴らしい伴侶を手に入れたいと思ったのだ。


「今までに特別はひとつもないことが自慢のようなものです。

 こう見えても五十を超えた頑固爺ですので」


幻影の言葉に、信長たちは大いに笑った。


「…経済面でも何もできないもんなぁー…

 いきなり現れて、このサルサロスの十指に入っちゃったんだもの…

 どちらかといえば、銀行の方が手下だよ…」


ダイサクが大いに嘆くと、「銀行の支店でも出されたらどうか?」と信長が進言すると、「いいの?!」とダイサクは大いに喜んだ。


「いや、本店を建ててやる。

 理由は警備が楽だから」


極の言葉に、琵琶家一同は大いに笑って極の意見に賛同した。


よって派出所ではなく警察署も設けることになり、マックラ村はもうほとんど街といえるほど大きくなるが、幻影が新たなこの先のマックラ村の絵を描くと、「…見事に景観を損なっておらん…」と信長がうなった。


もちろんマックラも大いに喜んでいる。


「高い建物は城だけで十分かと。

 平屋の方が何かと働きやすいはずですし。

 広い土地があるからこそできることです。

 更に南側に森が広がるので、

 さらに田舎に見えることでしょうね」


幻影の言葉に、「…おお、そうじゃったぁー…」とマックラは幸せそうな顔をして幻影の描いたこの先のマックラ村の絵を見入った。


「先に言っておくが、大手の銀行といえども審査は厳しい。

 今までそばにいられた者がここに来られなくなることも覚悟せよ」


信長の言葉に、「…さらに安心だよ…」というダイサクの本音の言葉に、幻影たちは陽気に笑った。


「何度も進言いたしました」というフローレスの厳しい言葉に、「…うん、骨身にしみてわかったよ…」とダイサクは眉を下げてつぶやいた。


「審査はマックラ村長だけで構わないかな?」と極が聞くと、「任せろ」とマックラは胸を張って言った。


「あ、巖剛、手伝ってくれぬか?」とマックラが熊の姿の巖剛に言うと、獣人に姿を変えて、「…あとで言ってきたら、断ってやったのに…」と眉を下げて答えると、信長たちは陽気に笑った。


「人を見る目も養いましょう」と妙栄尼が立候補したことで、「おお、助かる」とマックラは言って妙栄尼に頭を下げた。


「…蟻のはいでる隙もないな…」と信長が笑みを浮かべて言うと、「…人選の件は、出番、無くなったな…」と極は大いに眉を下げて言った。


「問題はここにきて変わるヤツもいるので、

 それなり以上に審査期間を設けることも重要でしょう」


幻影の言葉に、「ああ、賛成だ」と極が賛同すると誰もがうなづき始めた。


「…この地の保護が最優先…」とダイサクは心に決めてつぶやいた。



「…ところで…」とダイサクがホホを赤らめて幻影を見てから、阿利渚たちに目を向けた。


「色気づきやがって」と幻影が言って鼻で笑うと、「健全な少年じゃ!」と信長は叫んで大いに笑った。


幻影はダイサクと年齢が近い子供たちを中心にして自己紹介をさせた。


やはり声を聴くとダイサクにもよく理解できたようで、阿利渚から眼を離せなくなっていた。


「悪いが婿候補がもういるからな。

 相手は勇者だ」


幻影の言葉に、ダイサクは目を見開いてうなだれた。


「…勇者は、それほどいないはず…」とフローレスは言って極を見た。


「ああ、俺を含めてわずか五人だ」と極が答えると、「…私だってあこがれる…」とフローレスは小声でつぶやいた。


「ここに住み込めば、その道も大いに広がるさ」という極の言葉をすぐにフローレスは信じて笑みを浮かべた。


南の村の移住が完了するまでに新しい住人の審査を行うことに決まり、その計画表を幻影が作り上げた。


「…この表も芸術品…」とダイサクが大いに嘆くと、「これはやるから持っておけ」と幻影は言って、混沌から全く同じものをわらわらと作り出して、関係者一同に配った。


「…もう価値はそれほどないな…」と信長が表に向けて笑みを浮かべて言うと、誰もが賛同した。


「…もらえたからいい…」とダイサクは笑みを浮かべて言って、幻影に頭を下げた。


「すべて覚えろと言いたいところだったが、

 俺が覚えられんほどやることが多いからな」


幻影の言葉に、「それでも、足りないものが出る可能性もあるやもしれぬ」という信長の言葉に、「御意」と幻影は答えて頭を下げた。


「お任せを」と嘉明が真っ先に信長に言うと、「ああ、それでよい」と信長は機嫌よく言った。


「…歯車のひとつに格下げになって助かった…」という幻影の言葉に、信長は大いに笑った。


「影達は煌殿との橋渡しを頼む。

 煌殿も代表者を設けて、

 影達と組ませればよい」


信長の言葉に、影達はすぐさま頭を下げ、「…そうした方がよさそうです…」と極は答えて考え込み始めた。


「家老の出番があって助かったというところじゃな」と信長は機嫌よく言った。


するとダイサクが手を上げて、「…給料とかで差をつけているのですか?」という、一般的な素朴な質問をした。


「そんなもの、あるわけがない」という信長の言葉に、琵琶家以外の者たちは大いに目を見開いた。


「すべては名誉職。

 しかも、家族に給料を払う親はいない。

 もちろん小遣いを渡す役をする者はおるけどな」


「…企業じゃなく家族だから…」とダイサクはつぶやいて納得してようで笑みを浮かべた。


「では、その小遣いを渡す役の人は、

 次期世界銀行頭取とお話をいたしますわ」


妙栄尼は言って信長に頭を下げると、「よきにはからえ」と機嫌よく言った。


その妙栄尼がダイサクに耳打ちをすると、「え?!」と叫んで目を見開いた。


そして、「…私はあなた様の僕です…」とダイサクは言って妙栄尼に頭を下げた。


「…どれほど持ってんだろ…」と幻影がつぶやくと、「…幕府転覆の騒ぎ以上じゃろうて…」と信長は機嫌よく言った。


「我が世界銀行も、お役に立てることを考えていく覚悟ができました」


ダイサクが堂々と言うと、「ああ、頼んだぞ」と信長は笑みを浮かべて言った。


蚊帳の外の現在の銀行頭取は、―― 引退が早まった… ―― と思い、笑みを浮かべていた。


「経済面は琵琶家に乗っ取られたといっていいようだね」


幻影が兄でもある銀行頭取に言うと、「…俺の手柄じゃないところが悔しい…」とつぶやいたが、笑みを浮かべてダイサクを見ていた。



この情報はすぐさま世界銀行全てに通達され、行員たちは大いに緊張を始めた。


いきなりすべてを揺るがすほどの資産家が現れたことで、報道でも知っている琵琶家の仕事を最優先で行うことになった。


面白くないのは、今までちやほやされていた資産家たちだが、公表しても構わない情報を告げると誰もが、「ありえん!」と叫んで立ち去った。


これらの資産家が手を組んでも届かないほどの資産家が琵琶家だったからだ。


そして厳重な警戒の中、琵琶家の資産は世界銀行本店に運び込まれた。


「もう入らないわね…」と妙栄尼が三つある大金庫を見て言うと、「…まだあるんだ…」とダイサクは大いに眉を下げて言った。


「隠し資産が三倍ほど…」と妙栄尼が眉を下げて言うと、「末永いお付き合いを」とダイサクは笑みを浮かべて言って頭を下げた。


「我が家がお金を使うことはほとんどないのです。

 煌様も同じだと思っておりますが?」


「…大金庫の半分ほどの資産があることは知っています…

 それでも、全世界の第九位のお得意様です」


「…宇宙を旅するとお金を使うことはよく理解できました…」という妙栄尼の言葉に、ダイサクは大いに眉を下げていた。


もしもこの資産を外に配られてしまうと、銀行としては大きな痛手だ。


できれば穏便に事を進めないと、銀行の繁栄や経済が滞ってしまう。


「引き出すことはないでしょう」と妙栄尼は言って、大金庫一つ分の金を出してから、すぐに消した。


「手持ちでもこれほどありますから。

 ずっとお預けいたしますわ」


「…はっ ありがたき幸せ…」とダイサクが妙栄尼の家来のように言って頭を下げると、妙栄尼は陽気に笑ってダイサクの頭をなでた。


「近場に住むのです。

 御屋形様の意思は存じませんが、

 私とは家族でいて欲しいですわ」


妙栄尼の穏やかな言葉に、「はい、ありがとうございます、妙栄尼様… あ、いえ、阿国様」とダイサクが早速仕入れた妙栄尼の本名に言い換えると、妙栄尼は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


口座を作る契約書の署名が上杉阿国だったので、本名を知ったのだ。


「…できればみなさんにも、

 私の本当の名前で呼んでいただきたいわ…

 妙栄尼は、私の仕事上の名前のようなものですから」


「ご協力は惜しみません」というダイサクの心強い言葉に、「ほんとうにうれしいです」と妙栄尼は心からの笑みを浮かべて言った。



ここからはすべての部署で今まで以上に大いに働き、南の町の移転も速やかに終えた。


新しい町で問題がないことを確認してから、タルタロス軍と琵琶家一同は、南の町を無に帰した。


そしてマリーンは広大な空き地の中央に浮かんで、浄化の術を放った。


何もかもが無に帰し、土は砂に戻った。


「マリーン、交代よ」と燕は言って巨大な緑竜にその身を変えてひと扇ぎしただけで、砂は土に戻って、多くの緑が育ち、素晴らしい空気が草原を駆け抜けた。


「…ああ、なんということだ…」とマックラは大いに感動して涙を流して喜んだ。


ここからは木を植え替えたり木の苗を植え、さらに整備してその中央に巨大な農地を作り上げた。


「十年かけてすることが一瞬で終わった」と幻影は陽気に言って、すぐに食べられる野菜や果物の苗を植えて、一気に成長させて、果物宴会が始まった。


大いに働いて汗をかいたので、冷たい飲み物や氷菓子を作っても作ってもなくなるが、幻影たち調理班は笑みを浮かべて奉仕する。


ついにはタルタロス軍からも手伝いが大勢現れて、ひと通り教えたことろで、幻影たちは休憩をとって、氷菓子を大いに楽しんだ。


「手回しの方がパワーがあることがよくわかった」と極は眉を下げて言ってやってきた。


「電気でもかまいませんが、初動の力がまるで違いますからね。

 今日のような陽気だと、電気代がかかり過ぎますから。

 もっとも電気も無料ですが、

 体を動かした方が効率はいいです」


「それを動かせるのが、今働いてるやつらだけだからな」と極は眉を下げて三十名ほどの仲間たちを見て言った。


「しかも、体力と術を合わせて使って何とか動かせる者がほとんど…

 基礎体力が重要だとよく理解できた」


極は言って、幻影に頭を下げた。


「我らにはそれが日常ですから。

 それができないと、生産に携われないし、

 生活するのも危ういので。

 しかし、我が琵琶家にもまだまだ修行中の者も多いのです」


「…数年前の俺たちを思い出したよ…」と極は懐かしそうに言った。


「心穏やかで環境の変化にも揺るがない信念。

 これだけを目当てにして雇うと、

 こうなるのは当然ですが、あとあとの面倒はありませんから。

 日進月歩で成長してもらうだけです」


幻影の言葉に、極はすべてにおいて賛同した。


「極様、天使たちへのお土産を」とマリーンが穏やかに言ってきたので、極と幻影が協力して、中身が溶け出さないクーラーボックスを作り上げて、中にたんまりと氷菓子を入れ込んだ。


マリーンのお付きたちは苦笑いを浮かべて重い荷物を受け取って、薄笑みを浮かべたマリーンとともに大神殿に戻っていった。


「警護の必要がないの?」と幻影は純粋に疑問に思って気さくに聞くと、「天使たちに警備をさせていたからな」と遥か南を見て極が答えた。


「ああ、なるほど…」と幻影はすぐさま納得していた。


「だからこれからは頻繁にここに来られると思う。

 ここはマリーン様の庭のようなものだから」


極は言って、緑しかないこの地に笑みを向けて見まわした。



予想外にすべてが早く終わってしまったので、琵琶一族は業者に任せている世界銀行本店の新築工事の確認に行った。


「おまえらはこの程度の仕事で金をとるのか?!」


あまりにも仕事が遅いので、信長が怒ってしまったのだ。


この仕事の発注主はダイサクなので、急遽琵琶家が建築会社の傘下として組み込まれることになり、わずか半日で建物を建てられるところまで作業を進めてしまった。


「明日は建物を建て終え、

 明後日は内装とその他の細かな作業!

 四日後には引き渡しだ!

 わかったかお前ら!」


信長は建築業者相手に大いに気を吐いた。


しかし建築会社は真剣な目をして、「はい! 了解いたしました!」と叫んで頭を下げた。


「今日は飯を食って帰れ!」という信長の言葉に誰もが大いに喜んだが、ここからがまた地獄だった。


「おまえらはこの程度の飯も食えんのか!

 吐いてでも食え!」


まさに信長は第六天魔王の証明をしたようなものだった。


「…御屋形様、素敵…」と蘭丸はさらに信長に惚れこんでいる。


ほとんどの者が長春よりも食べていないので、信長はさらに怒り狂ったが、ここはハイネが穏やかに止めて、事なきを得た。


建築業者は全員、東の町に宿をとっているのだが、それを急遽取り消させて、幻影たちが簡易宿舎を作り上げた。


そして銭湯に行って体の疲れを癒してから、腹が減った者に飯を食わせた。


「…ふたりほど引き抜いてやるか…」と信長は本気で言っていた。


工期が大幅に短縮されたので、ダイサクは現在の本店に戻って、大急ぎで人選を始めた。


しかし信長が怒っているのは建築の作業が遅いだけで、建ったあとは特に何も言うことはない。


この四日後に世界銀行本店は風光明媚なこの城下町に大いに溶け込んで完成した。


正規の建築業者たちは今までで一番自信を持った眼をして、信長に礼を言って帰って行った。


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