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赤世界 akasekai


   赤い幻影 akaigenei ~覚醒編~



     赤世界 akasekai



指宿の琵琶御殿周りの町はほどなく完成したのだが、建物があるだけで営業しているのは麺屋と法源院屋の主張所だけだ。


ここは信長の鶴の一声で、造り酒屋に声をかけて、まさに飲み比べと言わんばかりに様々な酒を扱う店が開店した。


基本的には法源院屋が管理するので、琵琶家の出番はない。


出番はないが、常に信長が入りびたるようになったのだが、今は休息の時として誰も何も言わない。


「ああ、あの剣は我が家の一員となったぞ」


少々酔っぱらっている信長の口は大いに軽くなっていた。


付き合っている蘭丸と濃姫は大いに眉を下げているが、嘘を言っているわけでもないので、ふたりは聞いていないふりをした。


「…はあ… さすが琵琶家ですなぁー…」と雇われ店主の玉吉は笑みを浮かべて言った。


薩摩のことなら玉吉に聞けと言わんばかりの郷土愛溢れた物知りで、高千穂岳の頂上に差してあった剣のことも知っていた。


もちろん酒についてもその歴史についても詳しいので、雇われ店主をしているのだ。


一時期は法源院屋で番頭をしていたのだが、城からの呼び出しが多くなったことを期に法源院屋を離れたのだが、店主との付き合いは続いていたので、今回めでたく酒屋の店主として雇われたわけだ。


もっとも、玉吉はそれなりに年を取っているので、隠居しても構わない身分なのだが、人と接することが楽しいようで、よほどのことがない限り、断ることを知らないほどだ。


唯一断わったのは、鶴丸城のお抱え学士として雇われそうになった時だけだった。


やはり身分差があるので、町民でしかない玉吉を雇うには障害が多かった。


もちろん玉吉が察して、丁寧に断りを入れていたのだ。


格差社会の犠牲者と言っても過言ではない。


しかし法源院屋経由で琵琶家とも接触するようになったので、玉吉の出番はあると、殿様は思っているようだ。


「土佐も酒どころじゃが?」という信長の言葉に、「多く作っておるだけ」と玉吉は短く答えて鼻で笑った。


「ああ、あれか、二期作二毛作のせいじゃな」


「さすが物知りでいらっしゃる」と玉吉は機嫌よく答えた。


やはり全くものを知らない者とは話にならないこともあるが、信長も比較的物知りなので、玉吉としてもこの店の店主となって生き甲斐を感じていた。


「武家のやつらは倹約せよと言っても従わん。

 誰もが見栄を張って自分自身を偉いと肩で風を切っておる。

 そんなことをしても、もう大きな戦いがあるわけでもない。

 何とかして、身分の均一化を図りたいところじゃが、

 まあ、まだ早いようじゃなぁー…」


「あ、そういえば、琵琶様もお武家様だと聞いております。

 もちろん、天雲大名様でいらっしゃるので、

 間違いなくお武家様なのはわかっておるのですが…」


「腰のものなど必要はない。

 あってもなくても、武家は武家。

 悲しいかな、それがまだまだ身に沁みついておってなぁー…

 お蘭なんぞ、わかりやすいほどの武家じゃ」


信長の言葉に、玉吉は大いに眉を下げて蘭丸を見て、そして身の丈よりも長い幻武丸を見入った。


「刀身ではものを切ったことはないぞ」と蘭丸が胸を張って玉吉に言うと、「当たらずとも切れることろが謎じゃ…」という信長の言葉に、「…剣風、ですか…」と玉吉は真剣な目をして言った。


「その剣風を使って、城門を切ったのが、

 この幻武丸の初仕事じゃった!」


蘭丸は自慢して叫んで、大いに笑った。


「…となると…

 関ヶ原の森の…」


「…俺の仕業だぁー…」と蘭丸はさらに陽気に答えた。


「かの昔、俺の魂を幻影のやつが折りよった。

 俺が大いに嘆くと、すぐさまこの幻武丸をくれた。

 あいつは俺の前の太刀が気に入らなかったようなんじゃ。

 いや、俺としても、今はこの幻武丸だけが俺の太刀だと自負しておる。

 その時に、幻影から剣風の指南を受けたのじゃ」


「…貴重なお話を、ありがとうございます…」と玉吉は心の底から喜んだ。


まさかうわさでしか聞いたことがなかった琵琶家の家人から、その歴史を聞けるとは思わなかったのだ。


そして蘭丸は少しうなだれて、「…俺たちはあいつの足手まといではないのだろうか…」とつぶやいた。


「幻影にそのまま言ってみろ」と信長が真剣な顔をして言うと、「…悲しそうな顔をされてしまうぅー…」と蘭丸は言って大いに戸惑った。


「幻影の居場所は琵琶家でしかない。

 今のところはな」


信長の意味ありげな言葉に、今度は玉吉が大いに戸惑った。


「少々問題が発生してな。

 幻影以上の者が現れたんじゃ。

 よってやつはさらに自分を高めるために、

 琵琶家を離れるやもしれぬ…」


玉吉は辺りを見回してほっと胸をなでおろした。


「問題ない。

 常にワシの忍びが守ってくれておるからな。

 もっとも、これを聞いたところで、

 幻影の代わりを務められる者は大勢おる。

 …できれば、幻影の思った通りの修行を積んでもらいたいなぁー…」


「…浮気だけが心配じゃぁー…」と蘭丸がうなると、信長と濃姫が愉快そうに笑った。


「…まあ… 幻影と同等の女子もおるやもしれんからな…

 一概に否定はできん…」


信長が少々脅すと、「…今頃勝手にいなくなってないだろうなぁー…」と蘭丸は大いに心配した。


「子供たちの広場におるそうじゃ」と信長は小さな書を見て言うと、「…いつの間に…」と玉吉は目を見開いて小さな書を見た。


「優秀なワシの忍び」と信長は自慢げに言って、湯飲みの酒をちびりと飲んだ。



「やあ、こんにちは」と幻影はいきなり言った。


その相手は念話で話しかけてきて、もちろんそれは煌極だった。


「え? 食事ですか?

 こちらで下ごしらえをして持っていきますよ。

 色々と聞きたいこともできましたので」


幻影がひとりで話しをしていると、阿利渚が不安げな顔をして走ってやってきて、幻影にしがみついた。


「あ、阿利渚、少し離れてくれ」と幻影は言って阿利渚を抱き上げて幻影の隣に座らせた。


すると幻影から極が飛び出してきた。


「うちの姉ちゃんが脅威を持っちゃってね…

 その姉ちゃんが女王様だから、

 無理じゃないことだったらできれば叶えてやりたいんだよ」


「いえ、構いませんから」と幻影は言って阿利渚を抱き上げて極とともに琵琶御殿に行った。


幻影はいつもの倍ほどの料理を作った。


そろそろ昼餉なので、半分は琵琶家の食事だ。


「阿利渚、お蘭を呼んできてくれ。

 あ、酒屋にいる」


「…念話で呼んでぇー…」と阿利渚は言って幻影にしがみついたままだ。


「はは、かわいいなぁー…」と極が笑みを浮かべて言うと、「…ありがと…」と阿利渚はすぐさま礼を言って笑みを浮かべた。


「あ、獅子丸は連れて行こうか。

 もし不安にでもなったら面倒だからな」


幻影は言って、蘭丸と獅子丸を念話で呼んだ。


「あ、四人ですが問題ありませんか?」


幻影が聞くと、「何人でも問題ないよ」と極は笑みを浮かべて答えた。


するととんでもない勢いで蘭丸がやって来て、「ようこそ来られた」と極に挨拶をしてから、極の首根っこを押さえつけた。


今回は手を添えている程度なので首がもげそうにはならなかった。


「愛されていますね」という極の言葉に、「あははは!」と幻影は空笑いしたが、蘭丸は顔を真っ赤にして照れていた。


すると獅子丸が走ってやってくると、極は興味深そうに見入った。


「借りの姿で修行中…

 私の妻も、こちらの方と同じような生物です」


極の朗らかな言葉に、「修行中の人型の神で、約千五百年程は経っているはずです」と幻影は言った。


「それは素晴らしい。

 大いに興味が沸きました」


準備が整ったので、極は四人を術に巻き込んで、琵琶御殿から消えた。



「うっ!」と幻影は叫んで鼻をつまんだ。


「…やはりそうですか…」と極は眉を下げて言った。


「その匂いこそが、過ぎたる文明文化を欲した見返りと言ってもいいほどです。

 幻影さんたちが住んでいた星のように、空気を入れ変えましょう」


極が術を放つと、「…あ、この術は…」と幻影は言って、極と同じ術を放った。


「…ダメですね、混ざり合っています…」と幻影は言ってまた鼻をつまんだ。


極はこの場に透明のシートを出して小屋を作って、中の空気を正常化して、四人を入れ込んでから、極の姉であるマリーンを呼んだ。


マリーンが走って来て眉を下げ、「…それほどに臭いのね…」と言うと、「…すべて浄化してやる!」と極は大いに怒っていた。


幻影たちはようやく落ち着いたようで、早速小屋の観察を始めた。


「…この透明のものは、樹脂のようだな…

 だが、これ自体も少々臭い…」


幻影がつぶやくと、「外よりはマシ」と蘭丸もようやく落ち着いて堂々と言った。


幻影たちは早速マリーンとあいさつを交わして、「母ちゃんに似てるな…」と幻影が言うと、「存在感はその通り」と蘭丸は胸を張って答えた。


「そういえば、異様に器の大きな方がおられましたね。

 仏のようでそうではなかった」


極が聞くと幻影は笑みを浮かべた。


「母の上杉阿国です。

 元は僧だったのですが、

 現在は仏の探究者をしています」


話はこの程度にして、早速料理を並べると、「…香りが全然違います…」とマリーンは言って手を組んで祈りをささげた。


「ん?

 キリスト教信者?」


幻影の鋭い言葉に、「いえ、違いますよ」とだけ、極は答えた。


「祈りを捧げたのは自然界に対してです。

 その他の宗教は、この行為の真似です」


マリーンの解説に、「よく理解できました」と幻影は言って頭を下げた。


マリーンは一口食べてすぐに、「うお! うんめ!」とまるで別人のようになって、料理を大いに食らった。


そして事実、別人となっていた。


「今はガイアという神に変わっています」という極の言葉に、「…は、はあ…」と幻影は理解不能となった。


極が丁寧に説明すると、「…また変わったことをされたものです…」と幻影は大いに嘆いた。


「さらに昔は魂ひとつに肉体ひとつで、

 与えられた仕事をしていたのですが、

 対応しきれなくなったのです。

 それは種族別の性格によって、

 偏りができてしまうからです。

 ですので本来ならば、四人いればいいと思われるはずですが、

 たかがひとりでは、修行の度合いが大いに違うのです。

 そして、異種族についても大いに理解ができるのですよ。

 あなた方が様々な仕事をしていることと同じようなものです」


極の丁寧な説明に、幻影は何度もうなづいている。


「私には、悪魔という種族の魂が同居しているのです」


極の言葉に、「えっ?」と幻影と蘭丸が言ったとたんに、黒装束の、まるで信長のそのものの男が目の前にいた。


「織田信長は俺の関係者だ」


悪魔の言葉に、幻影と蘭丸はすぐさま頭を下げた。


「悪魔と言っても特に悪いわけではない。

 だが、天使から見て俺たちは悪いヤツに見えるだけだ。

 まずは粗暴な話し方。

 まずはこれが気に入らねえ。

 ああ、まずは自己紹介だ。

 俺はタルタロスという。

 妙な名だろ?」


黒い悪魔のタルタロスの言葉に、「…いえ、何やら聞き覚えがあるような… あ…」と幻影は大昔に勉強した内容を思い出し始めた。


「…ギリシャ神話の神の名だ…

 …ああ、ガイアも、そうだ…」


幻影と蘭丸は様々な事実をタルタロスと極から聞いた。


すると、妙に困った顔をした小鳥が透明の小屋の屋根にいて、幻影たちをまじまじと見ていた。


幻影たちはこの鳥の体から飛び出したのだが、あまりにも臭かったので、今が初対面だった。


「…あの小鳥は…」と幻影が笑みを浮かべて言うと、「私の妻です」という極の返答に、幻影と蘭丸は顔を見合わせたが、やけに大人しい獅子丸を見た。


「…あの人、怖いってぇー…」と眉を下げて阿利渚が言った。


『…怖くないわよ…』と小鳥がくぐもった声で言って、屋根から降りて人型をとった。


「…変身種族…」と幻影は言って獅子丸を見た。


「獅子丸さんのように、

 非生物に変身できる人は聞いたことがありません。

 彼はかなり特別です」


極の言葉に、「特別だってぇー…」と阿利渚は機嫌よく言って獅子丸を抱きしめた。


「さすがに、剣や盾には変身できないわ…」と女性は眉を下げて言って、閃光燕と自己紹介をした。


極が書を認めると、「なんだか、かっこいいお名前ぇー…」と阿利渚が書を見て大いに褒めると、「おほほほほ!」と燕は機嫌よく笑った。


「ですが燕さんも非生物に変身できるのですが、

 生物にしか見えません。

 獅子丸さんには、その資質があるように思います。

 本来の進化とは一味違う、

 こっちの世界にはない特別でしょう。

 そちらの昔話にもある、龍という存在です」


すると燕が緑色の手のひらに乗る程度の獣に変身した。


「…大昔の恐竜…」と幻影は言って苦笑いを浮かべた。


「…変身してぇー…」と阿利渚が獅子丸に言ったが、「…できないってぇー…」と言ってうなだれた。


「…生物のように見えて非生物…

 そうだ…

 この龍は、土くれでしかない…」


幻影が大いに嘆くと、「さすがです」と極は機嫌よく言った。


今回の食事会は極たちにとって、最大級の知識の吸収となった。


そして悪の元凶である、人が決してやってはいけない文明文化の進化についてもよくわかった。


「…この嫌な臭いは、油の燃えた匂いだったか…」と幻影は言って理解を終えていた。


「特に、この惑星では一般的な燃料である電気を扱う施設からも、

 さらに嫌なにおいがすることでしょう。

 そういった鼻を押さえたくなるようなことだけでも、

 不幸としか言いようがないのです」


姿を人型に戻した燕が、「もうそれほど臭くないわよ」と言うと、極は透明の小屋を消した。


幻影たちはまさに清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「これも龍の能力です。

 俺や幻影さんが放つ術の数百倍の威力がありますから。

 特に臭かった部分は、今頃機能しなくなっているはずです。

 緑がすべてを支配していますから」


「…自然界に感謝です…」と幻影は言って手のひらを合わせた。


「…ああ、褒めてもらえたわぁー…」とマリーンは言って手を組んで感謝した。


「姉ちゃんが自然界の管理者なのでね」という極の言葉に、幻影たちは今までの話を全て理解できていた。


すると幻影たちの様子を見ていたようで、大勢いる極の仲間たちが姿を見せた。


総勢千名ほどで、誰もが等しくたくましい肉体を持っていた。


「もう長い間仕事をしていますが、

 心から信頼を置ける者たちはこの程度しかいないのです。

 あなた方四名も、その貴重な仲間なのです」


極の言葉に、蘭丸だけが大いにうなだれた。


「心を入れ替えて、勝ち負けはあまり考えなように。

 それがあなたのこれからの修行です」


マリーンの言葉は蘭丸の心に響き、「守ります」と真剣な目をしてマリーンに頭を下げた。


「…多分、純粋な力で蘭丸さんに勝てる者って、それほどいないかも…」


極が勝ち負けの話を始めると、蘭丸は一瞬喜んだが、ここは大いに抑え込んで、穏やかに頭を下げた。


「…ようやく、師匠に出会えた気がします…」と蘭丸が感慨深く言うと、極とマリーンは笑みを浮かべてうなづいた。


「…不届き者が数名いて、少々腹が立ってきました…」


蘭丸がかなり抑え込んで言うと、「そういった不届き者は斬り捨ててください」と極が真剣な目をして言うと、蘭丸は立ち上がって、幻武丸を抜いた。


「…あ、消えた…」と蘭丸は言って笑みを浮かべてから、幻武丸を素早く鞘に収めた。


「…まるで神器のよう…」とマリーンは言って、笑みを浮かべて幻武丸を見た。


「…斬り捨てられなくて助かったぁー…」と極が今さらながらに言うと、幻影は愉快そうに笑った。



「最大の杞憂は、光の攻撃です」


幻影がようやく本題に入ると、「もう手に入れておられます」と極は言って、着物の裾から見えている鎧に指を差した。


「その鎧の釉に秘密があるようで、

 光の攻撃は通さないようです」


極は言って、大きな盾のような幻影の鎧と全く同じ赤い金属を出した。


「この技術、真似をさせていただきます」と極は言って、鉄板を地面に突き立てた。


「反射は?」と極が聞くと、「半分以下だね」と極の相棒の子供でしかない流石という名の少年が言った。


幻影は数歩下がって、下向きに閃光を放つと、『バンッ!!』と大きな音がして、鉄板に当たった閃光は反射して地面に穴をあけた。


「こうなるはずですから、多分死にはしないでしょう」


「…このコーティング、すごいねぇー…

 傷ひとつついてない…」


流石が言うと、幻影は右腕の裾を捲り上げて流石に差し出した。


「動物の噛み傷じゃん?!

 どんな生物がこれを?!」


流石が目を見開いて叫ぶと、「これは熊だが、すげえな…」と極が言って、歯型に手を添えた。


「俺たちの家族になりました」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「…ああ、いたな…

 大人しいものだったが、存在感を消していたようだ…」


極は言って大いに苦笑いを浮かべた。


「なかなか不思議なやつでもありますね。

 温泉が大好きで、暇さえあれば湯に浸っています。

 能力としては、素晴らしい温泉を掘り当てること、ですね」


幻影の言葉に、極は大声で愉快そうに笑った。


「いや、平和でいいよ。

 この先どうするのかは、彼の意思に任せた方がよさそうだ」


「…俺たちにあわせている?」と幻影が蘭丸を見てうと、「…いつも鼻で笑われてるような気が…」と眉を下げて言った。


「見えないほどの大きな存在もきっといるからね」


極の言葉に、幻影と蘭丸はすぐさま頭を下げた。


極は幻影の鎧を見て、「…恐れた? いや、力比べ?」とつぶやいた。


「俺の度胸もついでに探ったような気がします」


幻影の言葉に、「うん、大いに考えられるね」と極は言った。


「ここに来る直前はどこにいたんだろ?」と極が誰に聞くともなく言うと、「獅子丸ちゃんと一緒にいたって」と阿利渚が答えた。


「獅子丸には念話を送ったのです」と幻影が言うと、「…呼ばれなくてよかった?」と阿利渚が言うと、「…意識はしているようだな…」と極は苦笑いを浮かべて言った。


「動物に多いんだけど、

 仏修行をしていた可能性があるね。

 何か心当たりってない?」


極が幻影に聞くと、「私の母、妙栄尼様がある日突然、巖剛を抱え上げました」と答えると、「…ガンゴウ?」と極が聞くと、幻影が半紙に、『巖剛』と書いた。


「…同じ名の者がいてね、その人は巨人族なんだけど…」


極の言葉に、幻影は大いに眉を下げた。


「巖剛!」と極が叫ぶと、呼ばれた巖剛は体高を三十間ほどに変えて、眉を下げて幻影たちを見下ろした。


「目立つだろ?」と極が少し笑いながら言うと、「…あはははは…」と幻影は笑っておくしかなかった。


「お母様にも興味があるね。

 みんな隠すことがなかなかうまいようだ。

 だけど、隠すのではなく穏やかに過ごすことを優先しているだけかもしれない。

 この場合は無意識になるので、大いに探りづらくなる。

 だからこそ、大きな力を持っていることもあるんだ」


「…母も、あの巖剛さんのように…

 瞬きする間しかありませんでしたが…」


「巨人族だろうね」と極は断定した。


「お母様としても戸惑いがあるのでしょう。

 ですが巨人族という種族がいると知った今、

 問題はなくなったはずです」


マリーンが穏やかに言うと、「はい、ありがとうございます」と幻影は笑みを浮かべて礼を言って頭を下げた。


「一番の杞憂は宗教問題のようだけど、

 今の距離感で間違いないと思う。

 強制したっていいことは何もないから。

 まさに、ひとりひとり丁寧に対応するしか手はないんだよ。

 手っ取り早く済ませたい時は、

 幻影さんもわかっているように、

 自己犠牲の道を歩むことになるからね。

 もちろんそれはお勧めではないから」


「はい。

 ようやく間違っていなかったと自信を持てるようになりました」


幻影は笑みを浮かべて極に頭を下げた。


「利点はそこにあるんだよ。

 俺と姉ちゃんが魂を二つ持っている理由」


極の言葉に、「…誰もいなくても、お互いを確認しあえること…」と幻影は目を見開いて言った。


「これが一番の要因だと俺は思うんだ」と極は笑みを浮かべて言った。


「自分の行いだけが一番見えないから…

 常に見ている者がいれば、それは容易だ…

 …さらに理解を深められました」


幻影が言って頭を下げると蘭丸と阿利渚も頭を下げた。


「もっとも、俺たちのやっていることは自己犠牲の極みだけど、

 俺たちは管理者でもあるから、

 俺たちの真似をすることは愚の骨頂だから」


極のありがたい言葉に、幻影たちはさらに心を改めて頭を下げた。



幻影たちは極の誘いで、なんと巖剛の魂に飛んだのだ。


今は子熊の小春と共にいて、極はこれがわかっていて飛んだようだった。


「熊でも構わんけど、人として生きるのもいいものだぞ」


極は言って、幻影たちに頭を下げて消えた。


巖剛は大いに眉を下げていたが、小春を見て、今はこのままでいることに決めたようだ。


「妙栄尼様」と蘭丸がつぶやくと、幻影は術を使って妙栄尼を引き寄せた。


「巨人族という種族の方に会いました」


幻影の言葉に、妙栄尼は目を見開いて、「…私だけでなくてよかった…」と薄笑みを浮かべて言った。


「器が大きくなるついでに、

 潜在能力まで目覚めたそうです。

 これからは先頭に立って、

 街道工事を受け持っていただきましょう」


「早急に済ませる必要がありますからね」と妙栄尼は穏やかに言った。


「やはりまだまだ多くの不幸がある…

 街道整備のついでに、九州から掃除をしてしまいますか…」


幻影の言葉に、「御屋形様のご意向次第ですわ」と妙栄尼は穏やかに言ってから、街道を歩いて行った。



幻影は指笛を鳴らして鳩を呼んでから書を認めて鳩を飛ばすと、真っすぐに江戸城に向かって飛んだ。


街道整備が必要になる場所の検地などの依頼をしたのだ。


今回も幕府の仕事となるので、幕府の役人が全てを牛耳ることになる。


琵琶一家が昼餉を摂っていると、御殿に眉を下げている守山が現れた。


「いい時に来た」と守山が言うと、幻影が大いに歓迎して、「源次は?」と聞いた。


今日は源次と草太が江戸城警備に出ているからだ。


「飛んで帰ったよ」と守山が言うと、「真面目だねぇー…」と幻影は笑みを浮かべて言って厨房に消えたが盆に守山の食事を持って来て戻ってきた。


「さすがに琵琶家から警備に出ていると、

 謁見に来る大名たちは大いに大人しい。

 特にお前の時は、

 口数が百分の一ほどだからな。

 だが、言いたいことが言えないのもどうかと思うんだがなぁー…」


「結局は手を出そうが出すまいが問題は起こるもんさ。

 だが、強弱の問題としては、

 弱くなっていると思うんだが?」


幻影の言葉に、「ああ、それは言える… おー… うめえ!」と守山は機嫌よく叫んで、飯をもりもりと食った。


「だが今日はお前の番じゃなかったのか?」


守山の素朴な質問に、「こっちでも少々問題が発生してな」と幻影が言うと、「…いや、特に何も感じないが…」と守山は言って、琵琶家一同を見まわした。


「見落とした。

 それは想像できんほどにでかいから」


幻影の言葉に、「でかい?」と言って守山はまた室内を見渡して天井を見て、「…妙栄尼様…」と怯えながら言って箸を落とした。


「おほほほほ…

 私の本来の姿ですわ」


妙栄尼は言って、長い箸で守山の膳の料理をひょいひょいと器用につまんで食い始めた。


「これは俺のです!」と守山は叫んで、膳を抱え込んだ。


「まだあるが、このような変化を我らが驚かないわけがない。

 その理由は、この事実が異常ではないと知っているお方が現れたからだ。

 だから俺としては、常に琵琶家にいようと思ってな」


「…異常ではない…

 …となると、ほかにも妙栄尼様のようなお方がいると…」


守山は言って、元の姿に戻っている妙栄尼に頭を下げた。


「ああ、会ってきたぞ。

 偶然にもお名前が巖剛だった。

 その方は男子で、まだ子供だと感じたが、

 背丈は今の母ちゃんよりもでかかった」


「ふん! どこに行っても女子は同じじゃ!」と蘭丸は大いに憤慨して叫んだ。


「…お蘭さんも行ったわけだ…

 そして幻影に色目を使われて怒っている…」


「察しがいい友人で助かるよ」と幻影が言って笑うと、「私と獅子丸ちゃんも行ったのよ!」と阿利渚が自慢するように言った。


「ほう!

 阿利渚ちゃんから見てどうだった?」


「…すっごく臭かったぁー…

 でもね、すぐに正してくれてね、

 こっちに遊びに来ないのかなぁーって思っちゃった…」


阿利渚が最後はうなだれて言うと、「あっちもかなり厳しい人助けをしてるようでな」と幻影が説明すると、「…こことは別の場所か…」と守山は落ち着き払って言って何度もうなづいた。


「ほう、その理由を聞きたいもんだね」と幻影が興味を持って聞くと、「何度も異様な夢を見たんだ…」と守山は言ってその夢などのあらすじを語ってから、「長崎などに行って調べたが、そのような技術は外の国にもなかった」と胸を張って言った。


「ほう、なるほどな。

 絵として描くと、こうか?」


幻影は言って、守山の夢の話を再現するように、色つきの絵を描いた。


守山はみるみるうちに驚愕の顔に変わって行った。


「…夢よりも繊細に…

 まるで見てきたよう」


守山はここで言葉を止めて、「…そうか、見てきたわけだ…」と言って納得していた。


「資料としてだがな。

 妙な術を使う子がいて、

 絵が宙に浮かぶんだよ。

 宙に色付けをするようにな。

 その中の一部に、お前が言ったものがあったんだよ」


「不思議だったけど、楽しかったぁー…」と阿利渚が笑みを浮かべて言うと、子供仲間たちは大いにうらやましく思ったようだ。


「さっき阿利渚が言った臭いにおいと関係がある。

 これらを作り上げる文明文化が、

 徐々にこの惑星を臭く悪いものに変えていくんだ。

 そして一度始めると止められない。

 誰もが先を見ず、今しか見ていないせいだ。

 文明文化の進化は人間のためだなどと言っているが、

 自然破壊でしかない。

 現地に行った俺たちだけはよくわかったつもりだ」


幻影の言葉に、蘭丸と阿利渚は何度もうなづいていた。


「だが、似たものはもう始まっている。

 特に琵琶家が使っている空飛ぶ戦艦」


「人力とゼンマイ仕掛けまでならば問題はないんだよ。

 もしも人力の代わりに燃料を使った時、

 どうなるのか想像してみな」


「…うう… 思い浮かばんー…

 ああ、あれがある…

 温泉の湯沸かし装置…

 それほどあるものではないが、

 もしもそこら中にあるとすれば…」


「それだけでも想像したくはないよな!

 辺り中すすだらけになる!」


幻影は言って大いに笑って、さらに細かい話をした。


「…人体に有害とわかっていて加工する…

 …毒をばらまいているようなものじゃないか…」


「もしもこの惑星にそれが蔓延した時、

 一時的には人死にが増えるだろう。

 そのあとは絶滅の一途を歩むか、

 適応順応して、比較的強くなり、

 人があふれんばかりに増えるか…」


「…どっちも不幸だと思う…」と守山は眉を下げて言った。


「その中間である、

 文明文化の進化を推奨しないことにするわけじゃな?」


信長の言葉に、「御意」と幻影は答えて頭を下げた。



「そして矛盾する過ぎたる科学技術を煌極様たちは使っているのです。

 それを使わないと、惑星を飛び出して人助けに行けませんから」


まさに大いに矛盾する話に、誰もが大いに戸惑った。


「よって、最強最大の技術は守り抜くことが大前提なのです。

 それを奪いに来る者もいるようですが、

 操っている種族が強烈なので、

 全てを守りながら人助けに出向いているのです。

 よってその場には長く留まりません。

 そして資質のある者だけを家族として雇って、

 新たな力として行くわけです。

 やっていることは我らとそれほど変わりはありません」


幻影の言葉に、ようやく誰もがうなづいた。


「ちなみに、私と同程度の勇者と呼ばれる能力者が、

 三百人ほどいました」


幻影の言葉に、「…悔しいが、いたな…」と蘭丸は歯ぎしりをしながら言うと、誰もが目を見開いていた。


「気功術を持っていた者は、千人以上です」


「…なんと…」と信長は大いに嘆いた。


「いえ、その感情の逆です。

 気功術は誰にでも実現できる体術という証明ですから」


幻影の言葉に、真っ先に弁慶が、「うおぉ―――っ!」と高揚感を上げて叫んでから、「あっ」と言って大いに戸惑った。


「ひとり仲間が増えました」と幻影が言って巨大化した弁慶に笑みを向けた。


そして弁慶は罰が悪そうな顔をして、元の肉体に戻った。


「…手品です…」と弁慶が真顔でつぶやくと、誰もが大いに笑って拍手をした。


「気功術使いは、その能力を大いに発揮することで、

 さらなる力を得ることを教わりました。

 使い続けることで、さらに大きな力を得るのです。

 そしてここで、注意する必要があります。

 根っからの悪人の場合、

 自然界の力により気功術は備わらないのです」


「…むっ! となれば、冷酷さは毒…

 …あ、いや…

 幻影はそれを薄め、薬としたわけか…」


信長の言葉に、「はい、そうなりますね」と幻影は朗らかに答えた。


「本来ならば純粋培養が一番いい方法なのでしょう。

 ですが思いもよらぬ障害が発生した場合、

 それはもろくも崩れ去るでしょう。

 例えば、愛していた人を失ってしまった時、など…」


「…一気に悪に転じる…

 …復讐の鬼となる…」


信長がつぶやくと、幻影は何度もうなづいた。


「それと同時に、特別な力も消えるのでわかりやすいですね。

 私の気功術も勇者も維持していますので、

 自然界から許しを得て両方できているようです。

 最低でも、罪を憎んで人を憎まずを実践する必要はあるのです」


「…ふん… 難しいことを言いよるとずっと思っていたが、

 ここにきてようやく理解できた」


蘭丸の言葉に、誰もが何度もうなづいた。


「お蘭はその程度でいいんだよ」と幻影が言うと、「…気功術も使えるようになりたいじゃないぃー…」と蘭丸はいきなり女性らしくなってつぶやいた。


「まずは好き嫌いをなくせ。

 冷静さと見抜く力は問題ない。

 ある程度は大いに受け入れ、

 多少は巻かれることも重要だ。

 お蘭はそれが極端すぎるから、

 単身あっちに行って修行を積めば、

 比較的簡単に体得できるような気がするね」


「…行ったら、浮気するもぉーん…」と蘭丸が眉を下げて言うと、「したことないのに言わないで欲しいね」という幻影の言葉に、「…それが狙いで、行かせようと…」と蘭丸は言ってわなわなと震えた。


「蘭丸のこの感情が、気功術に覚醒しない妨げになっている。

 この程度のことすぐに気づけ」


「…そうか… 疑ってはならぬ…

 まあ、程は重要じゃがな…」


信長の言葉に、「源次も同じだぞ」という幻影の言葉に、源次はすぐに首をすくめた。


「気功術の覚醒は、

 性格の改善もしていかないと会得できないと思っておいた方がいいね。

 優秀であればだれでもできるというものでもないが、

 早い遅いは関係ない。

 最終的に気功術が使えればそれでいいだけなんだ」


「…遅い早いは、その者の自尊心か…

 確かに、よくない感情ではある…

 できないから焦る。

 その焦りが、さらなる障害となる」


信長の言葉に、「御意」と幻影は言って頭を下げた。


「無抵抗は自己犠牲と変わらんが、

 頑強な無抵抗は逆に武器ともなる。

 俺たちはこのような鍛え方をさんざんやってきたはずだ。

 萬幻武流の全てを常に反復しながら修行に勤しめ」


幻影の師匠の言葉に、門下生たちは一斉に頭を下げた。


「あ、それから、なんと…

 俺はあっちの世界に恩を売ったんだ」


幻影の言葉に、数名が真っ先に高揚感を上げて叫んだが、「不合格!」という幻影の厳しい言葉が飛んだ。


「修行不足だ愚か者ども」と蘭丸は真っ先に喜んだ五名をにらみつけた。


「優越感を持つなと再三言っているはずだ。

 破門にするぞ」


幻影の最大級の厳しい言葉に、五人は頭を下げっ放しになった。


「こうやって、時々その実例を見せることも師匠の仕事のひとつだし、

 指摘された者ほど強くなっていくことも考えられるんだ。

 もちろん、その者の想いひとつにかかっているけどな」


「…破門にならん程度に叱られるべきか…」と信長が言うと、「それが性格の改善につながっていくことでしょう」と幻影は朗らかに言った。


「その理由はもちろんある。

 自分自身のことは、自分ではよくわかっていないからだ。

 わかっている気になっている者は要注意だぞ」


幻影の言葉に、半数以上がすぐさま頭を下げた。


「…大勢いたな…」と信長は言って鼻で笑った。


「だからこそ、連れ相や相棒は必要なのです。

 そして謙虚になって耳を傾ける素直さも重要です。

 さらには、それを語る者にも謙虚さは重要だから、

 そう簡単にはその相手は見つからないと思っておいた方がいいでしょう」


「…婚姻できて、よかったぁー…」と真っ先に蘭丸が言うと、幻影は愉快そうに笑った。


「相棒は、忍びの方がいいですか?!」と竜胆が必死感をあらわにして叫ぶと、「草太、ダメ出し」と幻影が言うと、草太は笑みを浮かべて滾々と竜胆に説教を始めた。


「…大いに勉強になった…」と信長は小声で言って、眉を下げていた。


「ところで、恩を売るようなことってなんだ?」と信長が興味を示して幻影に聞くと、幻影は胸を叩いて、「この鎧です」と答えた。


するとここは蘭丸が高揚感を上げて説明したが、言葉が熱すぎで伝わりづらい。


しかし子供の眼で見た阿利渚の言葉に、「…おー…」と誰もが大いに納得して自分の鎧に触れて笑みを浮かべた。


「…母子ふたりの言葉で正確に伝わった…」と幻影が言うと、「…光の攻撃の対策はできておったわけか…」と信長は笑みを浮かべて言った。


「鉄扇も同じですから。

 よって自分だけではなく、

 守るべき者も救える可能性が大いに上がります。

 ああ、この件は言いそびれましたが、

 彼らには彼らの方法があるようです。

 古来からこの日の国にもあると言われている、

 陰陽師が使う結界です」


幻影の言葉に、「…会ったことはないな…」と信長は言って眉を下げた。


「では、その術をお見せしましょう」と幻影は言って術を放ったが、何の変化もない。


だが信長は、「…空気の流れが変わった…」と言って幻影に手を差し伸べたが透明の壁があった。


「…これが結界か…」と信長は言って、何度も手で叩いた。


「…おまえ… この中に女子を囲い込んで無理やり…」などと蘭丸が言い始めると、幻影は蘭丸を結界内に入れた。


「…みんなが見てるから…」と蘭丸が大いにしおらしい言葉で言うと、幻影は控え目に笑った。


「改めてすごいなと恐れ入った」と幻影は触覚と聴力を大いに働かせて言った。


「…ふたりだけの世界…」と蘭丸は大いにホホを赤らめて言うと、「…ああ、まさにその通りだな…」と幻影は言って、結界を白濁させた。


「ほら、何をやっても外からは見えないし、声も聞こえないぜ」と幻影が言うと、蘭丸は顔を真っ赤にしてあとずさりした。


「へー… こうなってたんだぁー…」と阿利渚が言って桃源とともに結界内に入ってきた。


「…いきなり誘うんじゃないぃー…」と蘭丸が言うと、「いや、阿利渚の好奇心と桃源の能力だ」と幻影が言うと、「…はあ、そうだったのね…」と蘭丸は言って眉を下げた。


幻影が結界を透明にすると、誰もが苦笑いを浮かべて結界に触れていたことに、幻影と蘭丸は控え目に笑った。


幻影は結界を解いた。


「あと実演できるのは神通力ですが、

 まずは食事にしましょう」


幻影の言葉に、「…そうしよう…」と信長は眉を下げて言った。



幻影は食事を摂りながらも、「神通力を使うには体力よりも精神力を大いに使う」と言った。


誰もが幻影の言葉に耳を傾けながらも食事を摂っている。


「よくわかるのが、疲れた体を癒す行為を思い起す。

 それは食事を摂ることと温泉に浸ること。

 体力はすぐに復活はできないはずだがその気になる。

 それは精神力が復活しているからなんだ」


「…おー…」と誰もがうなって、ここまでは納得できた。


「勇者という種族は高確率で超常現象を起こす力を備わって覚醒する。

 そのひとつに飛び道具がある。

 その燃料は色々とあるが、

 俺の場合は精神力をその媒体と化し、

 ほとんどをこの星自体から吸収することで、

 術を発することが可能なんだ。

 和紙を正確に切り抜いたあの術は光に神通力という燃料を乗せたものだ。

 もちろん、修行を積まないと思い通りには使えないが、

 それは再現力にかかっている。

 簡単に言えば、絵を描くこと。

 どれほど忠実に描くかが、第二の要因となるんだ。

 俺の場合は大いについていたと言えるはずだ。

 ごちそうさまでした」


幻影は手のひらを合わせて言って、そそくさと片付けを始めた。


すると誰もが大いに慌てて食事を摂って、幻影に倣った。



琵琶一家は片付けを終えて、工房の敷地内の広場に、鎧の材質の金属を張りめぐらせた。


そして幻影は弓矢の的を離れた場所に置いて十間ほど離れて、肩の力を抜いて、的に向けて手を伸ばした。


すると音もなく、的の中心を射抜いていた。


「再現力が全ての鍵だった」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「じゃが、威力は低いように思ったが…」と信長が言って的の裏に回った。


幻影は的を取り換えて、「距離を限定したのです」と言ってから、的の後ろに四角く切った岩を三段五列並べた。


「では、飛距離を一尺伸ばします」と幻影は言ってもう術を放つと、『ドンッ!』という少し軽い音と同時に的を射抜いていた。


そして誰もが岩を見て、「一列目の途中まで穴が…」と弁慶が言って苦笑いを浮かべた。


岩には直径一寸ほどの穴が開いていた。


「このようにして訓練を積むことも重要だが、大いに危険だ。

 よって、それを補う練習方法に切り替える」


幻影は言って、地面の砂を舞い上がららせて、阿利渚に寄り添わせた。


ただの砂だが、まるで人間のように生きているように動き、表情も変化することに、誰もが目を見開いた。


「これだと安全だけど、すっげえ疲れる」と幻影は言って気合を抜くと、砂人形は崩れ去った。


すると阿利渚は抱き人形を持って来て幻影に渡すと、人形は宙に浮いてから走り出した。


「あはははは!」と阿利渚は陽気に笑いながら人形を追いかけ回した。


「さあ修行だ。

 捕まえた者は御屋形様から褒美」


幻影の言葉に、誰もが目を光らせて人形を追った。


しばらくは誰もが追いかけ回していたのだが、阿利渚と桃源はすぐに諦めたのか話を始めた。


だがこれはふたりの作戦だった。


阿利渚忍び足で幻影の背後近くに回った時、桃源は逃げまくる人形の近くにいた。


すると阿利渚は幻影に抱きついて、手のひらで幻影の顔を覆ったのだ。


「あっ! こらっ!」と幻影が言ったが、「とったとった!」と桃源は人形を手に取っていて飛び跳ねて喜んだ。


「…うむ… ある意味最高の相棒…」と信長がうなると、―― こういうことか… ―― と誰もが思い知っていた。


「…それも言えますね…」と幻影は眉を下げて言って、阿利渚に笑みを向けて頭をなでた。


「…私でも草太君でもできたのにぃー…」と竜胆が大いに悔しがったが、「…ちょっとずるい作戦だったけどね…」と草太は眉を下げて言った。


「だったら、これならどうだっ!」


幻影は大人げなく宙に浮かんで人形を操り始めると、何人かが幻影にものを投げつけ始めた。


だが幻影はこれは読んでいて、簡単に逃れながらも人形を操っている。


すると一計を案じた弁慶が、頃合いを見計らって両腕の鉄扇を広げた。


「とったとった!」と叫んだのが志乃だったので、弁慶は大いに眉を下げて沙織を見た。


「…作戦を読まれていたようね…」と沙織は言って眉を下げた。


「ま、これが能力者に対する対応でもあるよ」と幻影は大いに眉を下げて言った。


「…源次さんの言った通りだったわ…」と志乃が機嫌よくつぶやいたので、誰もが源次を尊敬していた。


「さすが冷静だったな、源次」と幻影はゆっくりと空から降てきて言った。


「やはり夫婦で相棒となることが一番いいようだな」と信長は機嫌よく言った。


「鉄扇を広げることは邪魔をする意味もあるし身を守る意味もある。

 敵にむやみに近づくのは良策とは言えないからね」


幻影の言葉に、弁慶と源次は笑みを浮かべて頭を下げた。


「面白いのは煙玉を使う。

 面妖なことをするやつからは逃げることも重要だ」


幻影の言葉に、信長は大いに笑ったが肯定した。


「では、今回はかなり厳しぞ」と幻影は人形を手に取ってから、「力を上げた真珠を捕まえろ」と幻影が言うと、白い猫がとんでもない速さで囲いの中を走り回り始めた。


すぐさま幻影の視界の邪魔をしたのだが、全く通用しなかった。


「ダメだ、猫たちにも判断できないほどに早い」と弁慶が言った。


しばらくは誰もが追いかけ続けたが、真珠の体力を考えて、「終わりだ!」と幻影は叫んで、すたすたと誇らしげに歩いてきた真珠を抱き上げた。


「視界をふたつ使えたから、

 逃げる場所は容易に判断できた」


もちろん誰もがこの件は気付いていたので、追うよりも素早い状況判断が重要だと思い知っていた。


「今回の訓練を糧にして、

 訓練方法をみんなで考えながら成長していってくれ」


幻影の師匠らしい言葉に、門下生たちは一斉に頭を下げた。



「…ご褒美ぃー…」と阿利渚が言い始めた。


今は穏やかに茶と茶菓子の時間を設けていた。


「欲しいものでもあるのかい?」と幻影が笑みを浮かべて聞くと、「…ああ、あれか、あの妙にハイカラな人形…」と蘭丸は阿利渚の言葉を代弁して言うと、阿利渚は満面の笑みを浮かべた。


「少々変わった異人さんという装いだったな。

 あちらの世界の主力商品らしいな」


「…着物を着てるのもあったぁー…」と阿利渚が懇願の眼をして言うと、「少々小さいと思ったけど?」と幻影が聞くと、「それがいいのぉー…」と阿利渚は希望を言った。


「…これも修行だ…」と幻影は言って、着物を着ている小さな人形を出した。


「…小人でしかねえー…」と蘭丸は大いに嘆いたが、阿利渚は大いに喜んで人形を手に取って、帯どめを器用に解いて脱がし始めた。


「西陣の帯と、黄色い帯留めぇー…」という阿利渚の言葉に、眉を下げながらも幻影は能力で黄色の帯留めと数種類の西陣の柄を模した帯を作り上げて阿利渚に渡した。


「うふふ… ありがと!

 関の着物ぉー…」


阿利渚の言葉に、幻影は様々なものを作り出して、阿利渚の目の前に並べた。


そして桃源にも同じ人形を渡すと、ふたりは大いに陽気になって、競い合うように着せ替え遊びを楽しみ始めた。


「気付け師としての訓練か?」と信長が鼻で笑って言うと、「情操教育上にはいいことだと」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


「わざわざ着なくてもよくわかっていいわ」と沙織が言うと、「それは言えるな…」と幻影は言って、関の着物を模したものを着せた人形をわんさかと出した。


「あら? 髪も結えるのね」と沙織は穏やかに言って、阿利渚と桃源の仲間になっていた。


「…心の安寧も重要…」という信長の言葉に、幻影は少し笑って肯定した。


器用不器用、そして色彩感覚も個人差があって、特に女性は大いに食いついていた。


「だが、材料は何を使ったんだ?」と信長が怪訝そうに聞くと、「すべて廃材置き場からです」と幻影は答えた。


「…高級そうに見えて、安いものなんだな…」と信長は眉を下げて言った。


「ですが手にした技術を使って作った場合、

 本物と変わらない程の値段をつけるしかないと思います。

 たぶん、誰も作れないでしょうから。

 布の繊維を細くして編んでいるので、

 薄いのですが本物感は大いにあるはずです」


幻影の言葉に、信長は人形を手に取って生地に触れて、「…ああ、薄いだけで本物じゃな…」と大いに感心して言った。


「幕府と御所から言ってくるでしょうが、

 平和のために尽力しましょう」


「…ま、子供たちのため、じゃからな…

 …だが…」


本気になって遊んでいるのは成人女性だったことに、信長は大いに眉を下げていた。


「お金をためて、今度はこれをそろえるぅー…」と沙織が着替えさせた人形に向けて明るく言うと、「…恥ずかしい奴め…」と幻影が悪態をつくと、信長は陽気に笑った。



しかしこの件はすぐに発覚することになり、物見遊山で来ていた関の行商人が幻影を拝み倒した。


「…働き者すぎるよ…」という幻影の言葉に、「…ひと揃え売れるだけでも、ニ三度はここまでやってこれまさぁ」と行商人は機嫌よく言った。


「ここに十分に空きがあるから、店でもだせば?

 協力は惜しまないよ」


幻影の言葉に、「へ?」と行商人は言って、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「もちろん、誰でもいいわけじゃなから。

 それなり以上の審査をして合格したからだよ」


幻影の穏やかな言葉に、「…お言葉に甘えます…」と行商人は真剣な目をして言って、幻影から色々と説明を受けた。


現物はそれほど抱えない出張所でしかないので、客の手に渡るまでは相当に時間ががかる。


もちろん高級品なので、普通の姫様であればほとんどが理解しているが、そういった客ばかりではない。


だがこの行商人はその程度の知識は大いに持っている。


よって商人としての優秀な目も持っているのだ。


「かんざし、紙留め、履き物、着物用の小物程度はいつでも店に出せるから。

 それを客寄せ足掛かりにして、着物が売れたら万々歳だろう」


「…はい、本当に、お世話になります…」と八助と名乗った行商人は涙を流しながら感謝した。


琵琶家の手持ちのものだけで簡単に装いの店は開店して、多くの行楽客を呼び込んだ。


「…土産として安いもの…」と幻影がつぶやくと、あることに気付いて、「…あ…」とつぶやいて、小さな扇子や小さな提灯を出して、絵付けを始めた。


ほとんどが桜島関連の絵で、中には上空から見たものまである。


絵が異様にうまく描けたので、幻影としては満足している。


そして、『火の国薩摩』の文字も幻影は気に入った。


もちろん阿蘇に行けば絵を変えて、『火の国熊本』と書くだけだ。


「しばらくはここで売ってみてくれ」と幻影は言って土産物として扇子やら提灯を八助に渡すと、「へへ… 役得役得」と言って、土産物をひょいひょいと抜いて、銭箱に銭を納て帳簿に書き記した。


「…はは、光栄だよ…」と幻影は眉を下げて言って店を出た。


幻影が見本として多くの人形を持ってくると、八助が幻影を見て、「…もう売り切れました…」と言って空になった廿楽を見た。


「店舗ごとに毎日当番制で卸すかな」と幻影は機嫌よく言って、客からは手の届かない目線の高さの棚に人形を並べた。


「これはただの見本だ。

 だけど、大いに参考になるはずだ」


幻影が言うと、「…このようなものまで…」と八助は言って、人形の着物に触れると、「本物でしかありません…」と目を見開いて言った。


さらには見本用の小さな着物の小物箱を出すと、八助は大いに眉を下げた。


「手伝いは今作ってるから」と幻影が言うと、「…手伝いを作る…」と八助が怪訝そうに言うと、阿利渚と桃源が女子をふたり連れてきて、「お仕事お仕事!」と言って、器用に着物を着換えさせてひとりのお姫様が出来上がった。


すると店内にいた客は大いに興味を持って、着替え担当の女子たちに朗らかに話しかけ始めた。


「…もう、軌道に乗った…」と八助がつぶやくと、幻影は納得して店を出た。



幻影は今日のところは開店している店全てに廿楽に入れた土産物を運び込んでから、かねてから杞憂だったこの近隣の農業事情を探り始めた。


やはり桜島に近い農地は出来が良くない作物が多いようだった。


それはもちろん、桜島が吐き出す火山灰のせいだ。


これが葉に積もってしまった場合、放っておくと光合成をしなくなるので、ほとんどのものが枯れてしまうことにもつながるので、農民たちは気を抜くことを許されない。


しかもこの近隣の農地水はけがよすぎるので、農地改革は重要だ。


幻影は島津忠恒に言って、使えない土地を分けてもらって試験農場を作り上げた。


今回は一気に成長させることなく、近隣の農民に声をかけて、日常の手伝いだけを頼んだ。


琵琶家からの願いを断る農民はいないので、快く引き受けてくれた。


そして散水してすぐに違いを思い知ったようで、幻影に説明を請うと、農民たちは大いにうなった。


そして農民たちの畑の一部の農地改革をして、様子を見てもらうことになった。



「…透明の覆い…」と幻影が琵琶御殿の憩いの間でつぶやくと、「ああ、あれはすごかったな」と蘭丸は明るい声で言った。


もちろん、臭さ除けの透明の小屋の件だ。


「戦車の覆いでもいいだが、少々重いからな。

 となると…」


幻影は言って、柔らかい透明の樹脂を出したが、その中には細い鉄線が入っている。


「暴風雨対策はできたも同然じゃな」と信長が言うと、「試しは必要ですけどね」と幻影は笑みを浮かべて言った。


雨はまだしも風を防ぐ場合は巨大な柱が必要となる。


さらにいえば、風に抵抗するのではなく、風を逃がすような工夫も必要だ。


よって、それほど巨大なものを仕掛けないことも重要だ。


「…あ、そうだ…」と幻影は言って半紙を出してすらすらと絵を描き始めた。


「ん?」と信長は言って少し考え、「ほう、なるほどのぉー…」と機嫌よく言って何度もうなづいた。


「実際に作り上げると相当の費用が掛かりまずが、

 私が作り出した時、工賃は必要ありませんから」


幻影は言って、農地の模型を作り出して、少々強力な送風機まで出した。


「今まで言わんかったが、それも何かの術か?」と信長が大いに眉を下げて聞くと、幻影は、「あ!」と叫んで、「はい、勇者の術のようなものです」と幻影は答えて、内容を詳しく説明した。


「幻影自身が工房のようなものなんじゃな。

 じゃがそれを銭に換算すれば、

 とんでもない料金を請求されても文句は言えん。

 幻影にしか使えん術なんじゃから、

 言い値で買わせるべきじゃろう」


「最低でも、材料費は欲しいですね」という幻影の言葉に、信長は機嫌よくうなづいた。


幻影が阿利渚に向けて送風機を回すと、阿利渚が体を海老ぞりにのけぞらせるほどに、風の勢いはある。


そして風の向きを模型に向けたが、四つある透明の小屋にはそれほどの影響はない。


「まずは壁によって風向きを強制的に上に変えるわけか…

 じゃから小屋にはそれほど強い風は当たらん…」


信長がうなるように言うと、「小屋の側面をどうしようかと考えましたが、一般的な工法でよさそうですね」と幻影は機嫌よく言った。


幻影は送風機の風を止めて、ひとつの小屋の覆いを横にずらした。


出入り口になる部分の柱は頑強で、この二カ所だけは透明の壁があるのだが、ここにも工夫をされていて、風は上向きと下向きに抜けるようになっている。


もちろん、風と雨対策で、下に抜ける部分は地面の側溝に繋がっている。


「さらにはごみ除けの網を壁の外に張っておるわけか…

 なるほどのぉー…」


信長は大いに感心して幻影の頭をなでると、誰もが陽気に笑った。


「火山灰は雪下ろしをするように地面に落とせばいいでしょう。

 大地の土をならす蜻蛉のようなものでいいはずです」


幻影は言って、刷毛がついている小さな蜻蛉を出した。


そして高さを変えられる変わった形のはしごを作り上げた。


「馬のようじゃな…

 じゃが、これは使い勝手がよい」


「最小の高さにして、横に転がして縛っておけば、

 強風でも飛んでいくことはないでしょう」


幻影は言って一番低くして、壁と小屋の間にはしごを寝かせた。


「普通の人間でもふたりいればいいだけじゃな。

 さっそく本物を作りに行くぞ」


信長の言葉に、おやつの時間を終えて、琵琶一家は一斉に立ち上がった。



幻影たちが簡単に農地に手を入れると、農民たちは大いに感心していたが、問題は先立つものだ。


だがここは、天雲大名のおひざ元ということで、忠恒を呼んで話し合い、忠恒が決めた地域だけにこの工夫を施すことに決まった。


よってその地域の農地改革も琵琶家が引き受けたことになり、薩摩藩から正式な工賃が琵琶家に支払われる。


「模型がわかりやすい…」と恒忠は言って、送風機を回して大いに感心していた。


「大嵐が多いこの地域は、

 ほかの地と比べて工夫が必要だったからな。

 早急に理解を得て、多くの農地を危機から守ってやりたい」


幻影の願いの言葉に、忠恒は、「わかった!」と叫んで、模型を持って家臣を連れて走って行った。


防風林がある地域はいいのだが、まれに木をなぎ倒してしまうほどの力を持った嵐もやってくることはわかっている。


よってこの防風林の整備も必要になってくるのだ。


幻影はある土地の模型を作り出して、森の中に壁を立てたりして考え始めると、やはり防風林を守る方がいいという結果になったが、検地をして区画整理の必要がある。


全ての農家が協力するとは思えないので、幻影が雇った数件の農家でこの処置を施した。


幻影が風を読んで、「小さいが、嵐が来るぞ」とこの晴天の空を見上げて言うと、誰も疑うことはなく、農地に十二の透明の小屋が瞬時に出来上がった。


琵琶家はそのひとつの納屋を含む小屋に入って、お茶会が始まった。


すると辺りがみるみる暗くなり風が吹き始めた。


そして、強い風と共に雨が降り始めた。


「風鳴りはそこそこあるが、

 それほど影響は受けておらんな」


信長は辺りを見回して笑みを浮かべて言った。


まさに通り雨だったようで、すぐに辺りは明るくなって、素晴らしい青空が広がった。


琵琶一家は覆いを片付けて、何の被害もなかった農地を眺めた。


「やはり覆っていた方がいいのか…」と幻影が弁慶たちを相手につぶやいていると、弁慶はもう乾きかけている覆いに指を触れて、「火山灰ですね」と言った。


覆いにはくっきりと弁慶の指の跡が残った。


「これが枯葉剤のようになって、

 植物の光合成の邪魔をしていると思う。

 だからこそ、作物の出来がそれほど良くないし、

 農地に火山灰が混ざることで、

 徐々に水はけがよくなりすぎるという悪循環が起こっているんだろう」


誰もがこの地の不幸に思い至って何度もうなづいた。


証拠を見せつけられたことで、幻影が雇った農家の者たちが早急に作業をして欲しいと懇願してきたので、「うん、いいよ」と幻影はまるで友達に応えるように返事をした。


琵琶一家は三件の農地改革を行って、程よくかいた汗を温泉で洗い流して、うまい夕餉に舌鼓を打った。



幻影たちの行いはあっという間に薩摩中に響き渡り、忠恒が範囲外としていた農家からも多くの声が上がった。


琵琶家としては今は比較的暇なので、桜島に近い土地から処置をしようと考えたのだが、まずは幻影が作物の味見を始めたのだ。


その結果、桜島に近い場所よりも琵琶御殿がある近隣の作物の出来が良くないことがわかったので、常に南西からの風が吹いているのだろうと理解して、琵琶御殿の東を中心にして農地の改革を始めた。


この事実は忠恒にも報告してあるので、農家からの苦情はほぼなかった。


だが、桜島の麓にある農家は別で、その翌日にはそれほど広くない十ほどの農地の改革を行って、元の作業に戻った。


幻影は農家に出向くたびに便利道具を渡す。


それは柔らかい生地を基本にして作ったはたきのようなものだ。


目に見えないほどの薄っすらと作物の葉に積もってしまった火山灰を、丁寧に拭う優れもので、農民たちは早速試して大いに驚いていた。


軽くなでるだけでも効果はあるので、子供にでもできる仕事だ。


こうやって子供たちは、お駄賃をもらえる切欠を与えられて喜んでいた。


そして農民たちはさらに農作物への感謝を忘れることなく、日々を生きることに決めた。


改革を終えた翌日に、必ず農民たちが琵琶家に挨拶に来る。


それは農地が今まで以上に緑が濃くなっているといううれしい報告だった。


「あと、気候を読める子っていない?」と幻影が長春に聞くと、「…あー…」と言って長春は動物たちを見入った。


そして、弁慶と相性のいい雉柄の猫と、生実に迷い込んだ海鳥を幻影に差し出した。


「…嵐が近づいているが、それは最短で十日後…

 それにここに来るとは限らない…

 …なるほど… 俺も同意見だ」


幻影がつぶやくように言うと、「幻影にしか解読できんではないか…」と信長が眉を下げて言うと、「いえ、獅子丸でも問題はありません」と幻影は胸を張って言った。


「お仕事できてよかったね!」と長春が獅子丸を見て笑みを浮かべて言うと、獅子丸は眉を下げているような表情をしていた。


「獅子丸の言葉は、長春様、阿利渚、桃源の三人も感じることが可能です」


「…長春がまた役にたっていた…」と信長は大いに感動してつぶやくと、その長春は大いに眉を上げていた。


「基本的には獅子丸には阿利渚を守ってもらいます。

 阿利渚はここの役人と仲良くなって、

 天気の予言者として君臨してくれ。

 それができない時は、俺が口を出すから」


幻影の言葉に、「…そうだ… 幻影だけができるのではだめなのだ…」という信長の言葉に、琵琶一家は一斉に頭を下げた。


そしてまた琵琶一家の結束が硬くなった。


「あとは、ちょっとした掃除をしてみましょう。

 これは、俺の余計なお世話です」


幻影は言って立ち上がって、御殿を出てすぐに空を見上げて笑みを浮かべた。


すると至る所で小さなつむじ風が立ち上って、空き地に集まってくる。


「…火山灰の大掃除か…」と信長は言って何度もうなづいている。


「小さい術ですが、多く発生させることで、それなりの修行になります」


幻影の明るい言葉に、さすがに真似はできないので、誰もが眉を下げていた。


信長は辺りを見回して、「妙にはっきりと見えるようになったな」とつぶやくと、誰もが賛同した。



数日後、琵琶一族が昼餉を摂っていると、鶴丸城下の町民の母子が訪問してきた。


「おっ 人間の被害者がやっと来た」と幻影が喜んでいると、源次が母子を連れてくつろぎの間にやってきた。


「きっと! 天狗様のおかげなのです!」と男の子がいきなり叫ぶと、「まずは名前を教えてくれ」と幻影は眉を下げて言った。


男子は栄太、そして母親はお梅と名乗った。


「お梅さんは顔色がよくない。

 できれば、この薩摩を離れて暮らすことが一番だ。

 それが、今回琵琶家を訪れた一番の理由のはずだ」


幻影の言葉に、「…えー… 違うよぉー…」と栄太が眉を下げて言うと、幻影は順序立てて説明をした。


説明をするたびに、お梅と栄太の顔色はみるみると変わって行って、「…天狗様の言う通りだったぁー…」と栄太は言ってうなだれた。


「お梅さんはこの土地の人じゃない。

 しかも元は武家だった。

 しかしお家断絶の憂き目にあって、

 実家に帰ることもままならないといったところかなぁー…

 ところで、実家に近い生実に住んでみない?」


幻影の言葉に、お梅は目を見開いた。


「なんじゃ、どこぞの家老の娘子か?」


信長の言葉に、「川越藩のようですね」と幻影が言うと、お梅はすぐさま頭を下げた。


「生実の琵琶御殿の留守番をしていると言えば、

 父上は目を見開いて驚くさ。

 そしてお梅さんを大いに褒めるはずだ」


「そんな! 滅相もない!」とお梅が言ったが、「我らには人を見る目はあるから、遠慮はせずともよい」という信長の言葉に、お梅は涙を流しながら礼を言った。


「しかも早い者勝ちだから。

 残るは関と前橋に松山…」


幻影が言い始めると、「ぜひともお勤めをさせていただきたく!」とお梅は武家言葉で言ってすぐさま頭を下げた。


幻影はお梅の肺の病をさらに軽減させて食事をさせると、大いに顔色が変わったことに誰もが気づいた。


「埃っぽい場所は、これをつけて仕事をして欲しい。

 また喘息が再発すると、栄太に迷惑が掛かるからな」


幻影は言って、口だけを覆う布を渡してすぐにつけさせた。


「火山灰が肺に入ると地獄の苦しみだったはずだ。

 元々肺が弱いことも災いしていたようだから。

 これからは栄太のために健康でいて欲しいものだ」


幻影の言葉に、「はい、守ります」とお梅は言って頭を下げて、栄太に笑みを向けた。


「早々にでも引っ越しをせよ」という信長の言葉に、幻影はすぐさま従って、中型の戦艦に乗り込んで、栄太を大いに驚かせた。



今回は妙栄尼と藤十郎をお付きとして、空を雄々しく飛んであっという間に生実に到着した。


お梅親子と町人の橋渡し役は妙栄尼で十分だったので、幻影と藤十郎は空き部屋に荷物を運び込んで外に出た。


すると生実藩主の森川重俊がやって来て、「…堀田の配下の娘がどうしてここにいるんだよぉー…」と大いに嘆いた。


「おまえの娘は我が琵琶家に住みついたんだから大目にみろ」


幻影の言葉に、重俊は反論の言葉を失ったが不貞腐れている。


「堀田家には何も言っていない。

 お梅さんは放ってはおかないだろうから、

 川越藩にでも出向くんじゃない?

 もっとも、堀田某とあんたは好敵手らしいけど、

 配下の子には関係のないことだ。

 ここは堂々と生実藩主然としておいた方が、

 格も上がるといったところだぜ」


重俊としては色々と言いたいこともあったようだが、ここは幻影に頭を下げてお梅と挨拶を始めた。


もちろん妙栄尼がいることで迂闊なことは言えないので、重俊は終始低姿勢だ。


お梅の穏やかな物腰を街道筋の店主たちは大いに気に入ったようで、琵琶御殿に住むと聞くとまさにお姫様扱いとなっていた。


栄太としては退屈なようだが、ちらりちらりと幻影を見る。


どうやら子供の遊び場が気になるようで、藤十郎が笑みを浮かべて寄り添って、お梅とひと言ふたこと話をして、栄太を連れて行った。


幻影は暇になったので、近くの農家を回って、いつものようにくず芋などを買い取って、早速菓子などに加工を始めると、法源院屋に長蛇の列ができていた。


藤十郎と栄太が手伝い始めると、妙栄尼とお梅もやってきた。


特に仕事の見本を見せているわけではないのだが、加工品製造についてはお梅に免許皆伝を与えた。


大量に作り出すことは難しいが、全く卸さないよりはマシだ。


お梅は法源院屋の店主とも朗らかに話し合って、今日出した商品についてだけ取引をすることに決まった。


生実はすっかりと涼しくなったので、冬本番になるまでは菓子類は大いに売れるので、子供たちが妙栄尼にねだって、廃材の仕分けの仕事をもらい始めた。


お梅と栄太も廃材置き場に行って大いに働いて、妙栄尼にお駄賃をもらって喜んでいる。


お梅は調理もできるようだが、今回は麺屋に行って、うまい食事をたらふく食った。


「自分で作るよりも食べに来た方がよさそう」というお梅の言葉に、店員たちは大いに照れていた。


お梅はまだ若く、年齢は妙齢の二十三。


後家と言えどもまだまだ若く美人だ。


病弱であったこともあり、多少影がある美人に、誰もが目を奪われる。


しかし武家の娘であることは一目瞭然だったので、さすがに誰も話しかけることはない。


さらには仲のいい母子のお梅と栄太の間に割って入ることは確実に無理だ。


しかし栄太は愛想よく、誰にでも朗らかに話すので、お梅の教育が行き届いていたのだろう。


幻影は法源院屋の店主と、琵琶御殿の管理者に後のことは頼んで、三人して戦艦を宙に浮かべて薩摩に戻った。



翌日の昼餉前に、もう生実で問題が起こったので、琵琶一族は全員で戦艦に乗り込んで生実に戻った。


お梅は信長に何度も頭を下げるが、頑固爺然としているお梅の父の酒井勝成は憮然とした表情をしている。


『娘を迎えに来て何が悪いか』と言わんばかりだった。


「お梅さんが行かなくてよかったよ。

 行っていたら帰ってこられなかったかもね」


幻影の言葉に、「ふんっ!」と勝成は大いに憤慨して言ったが、信幻の隣にいる酒井家忠を見て目を見開いた。


同じ酒井としては顔見知りだが、本家分家の格というものがある。


よって、勝成としては、家忠を見ないことに決めた。


「こやつは恩をあだで返しよるか」と信長が鼻で笑って勝成に言うと、「正当な権利を主張しているまでじゃ!」と声を荒げて叫んだ。


「都合のいい権利だよな。

 お取りつぶしになった時、

 何故お梅さんと栄太を迎えに行かなかった」


幻影の厳しい言葉に、勝成は答えられなかった。


もちろん、思惑があってここに来ているので、話せるわけがない。


「琵琶家に雇われたからこそ、迎えに来たわけだ。

 とんだ家老もいたもんじゃな…」


図星を突かれた勝成は叫びだしたいところだったが、「何の騒ぎ?」と言って秀忠が姿を見せたことですぐさま頭を下げた。


ひと通り話を聞いた秀忠は、「酒井於梅は琵琶信影の養女とせよ」という言葉に、勝成は声を上げることは叶わなくなっていた。


将軍ではなくなったが、まだまだ秀忠の発言力は大きい。


ここで口を挟んでしまうと、川越藩主の堀田正吉の顔に泥を塗り、その息子の正盛がようやく築き上げた家光の小姓の地位も危うくなってしまう。


「改めてお梅さんに聞くけど、

 この先は栄太のために生きるってことでいいんだよね?」


幻影の言葉に、「はい! もちろんでございます!」とお梅が叫ぶと、勝成は目を見開いた。


お梅の大きな声など聞いたことがなかったからだ。


やはり体が弱かったことで、腹から声を出すことなどなかったのだ。


「…ん? 何を驚いてんの?」と目ざとく秀忠が言うと、「お梅さんは生まれつき肺が弱いんだよ。お前も気をつけな」という幻影の言葉に、「…そうするよ…」と秀忠は答えてうなだれた。


「桜島の火山灰が、まさにお梅さんを殺そうとしていたんだ。

 あの地に送り出した親の顔を見てみたいものだよ、全く…」


勝成はいたたまれなくなって、秀忠にだけ頭を下げて、武蔵方面に歩いて行った。


「あ、まだ聞いてなかった…

 お梅さんはどの家に嫁に出たの?」


幻影が今更ながら員聞くと、「はい、一条拓馬様です」と答えると、「…おいおい…」と幻影は言って大いに眉を下げた。


「一条家の分家ですが、お家再興は可能です」と弁慶がすぐさま言った。


「栄太は、御所で働くことになるかもな…」と幻影は栄太に眉を下げて見て言った。


「正二位の言葉だし、同じ正二位の俺も賛同するけど、お梅さんはどうしたい?」


「家名に振り回されるのはもうたくさんです。

 できれば、大御所様のお言葉通りに」


お梅が言って秀忠に頭を下げると、「…初めて、意見が通るかもしれない…」という秀忠の言葉に、幻影は大いに笑った。


「ちなみに、栄太が父とするならば誰がいい?

 みんなと話したわけじゃないから、見た目だけでもいいぞ」


幻影の言葉に、栄太は振り返って家忠を見たのだ。


「…ダメだ、酒井の血も生きていた…」


幻影の言葉に、秀忠は大いにうなだれた。


しかし、家忠は養子とはいえ本家の人間だ。


ただの酒井とはわけが違う。


「…とと様はへろへろだったから…」と栄太が眉を下げて言うと、琵琶家一同は大いに笑った。


家忠は琵琶家の中でも一二を争うほどに体格に恵まれているので、まだ幼い栄太がこういうのも間違いではない。


「父と思えばよい」という家忠の朗らかな言葉に、「はい! とと様!」と栄太は機嫌よく叫んだ。


「もう知っていると思うけど、

 酒井家忠は徳川信幻様の家老だから」


幻影の言葉に、まだ聞かされていなかったお梅は目を見開いた。


「…ま、お家の事情がそれなりに複雑なのが、我が琵琶家なのでね…」と、幻影は眉を下げて言った。


「天狗様の本当の名前を教えていただきたいです!」と栄太が笑みを浮かべて言うと、「生まれた時にもらった名前は、真田幻武丸だ」と幻影は自慢げに言った。


「…かっこいいお名前ですぅー…」と栄太が言うと、「これも幻武丸だ!」と蘭丸が自慢するように長太刀の鞘を握って栄太に見せつけた。


「…天狗様はやっぱり、畏れ多かったぁー…」という栄太の言葉に、「俺が父でもいいんだぜ」という幻影の言葉に、栄太は大いに迷ったが、これは仮の話なので、この先じっくりと決めることに決まった。


重俊も遅ればせながらやってきたので、幻影はお梅母子のことをくれぐれも頼むと願ってから、琵琶家一同は薩摩に戻った。


「連れてってぇー…」と秀忠がすがるように言ったが、側用人たちが体を押さえつけていたので、秀忠の願いは叶わなかった。


「大御所様。

 できれば、琵琶家の方々の真のお姿をお教え願いたいのです」


お梅の真剣な言葉に、「…みんな忙しそうだからね、多分話しておけってことらしいから」と秀忠は気さくに言って、お梅の案内で琵琶御殿の謁見の間に誘った。



琵琶一族は指宿に帰り着き、まずはおやつに冷えたうどんや蕎麦を食べた。


すると貧乏暇なしで、街道に出店する審査を受けに、商人たちがひっきりなしに訪れるようになった。


全ては妙栄尼が審査して、五人の店主やってきたのだが、全て不合格だった。


五つも町を作り上げると、大いに目も肥えているので、普通の商売では納得できないのだ。


よって、幻影の美術館が先に開店して、大勢の客を呼び込んだ。


今回は半分ほどはこの薩摩の風景で、あとの半分は今までに書いていなかった、最近の琵琶家の家族の肖像だった。


薩摩の風景で今は見られないものがひとつある。


それは高千穂岳の頂上にあった、洋剣の絵だ。


しかしこれも、家族の肖像と言ってもいいほどだ。


目利きの者はできれば売ってもらいたいほどだったが、販売はしないことをきちんと記していたので、問い合わせは皆無だった。


特に子供たちは動物たちの絵がお気に入りで、親たちとしては買ってやりたいほど愛らしいものだった。


人間観察をしていた源次は、すぐに幻影に話すと、「なるほど、絵本、ねぇー…」と幻影は言って、巖剛との出会いから今までの物語を描き上げた。


早速長春が製本したものを幻影から奪って、女子たちの中心となって絵本を読み始めた。


琵琶家の家人も数名は登場しているので、少々興奮気味だった。


しかも登場人物が、最後の方になると若返っているので、なかなか不思議な絵本でもあった。


「普通の物語の場合、

 教訓などが含まれているはずですが?」


沙織の言葉に、「それが見えないように描いたんだよ」と幻影は大いに不思議なことを言った。


しいて言えば、『動物と仲よくしよう』ということはわかるのだが、それ以外は確かに皆無だった。


「では、伝えることは何もないと?」


「意思をもって教訓が見えないように描いたということは、

 想像力を働かせるということだよ。

 不思議に思えば、子供だって大いに考えるはずだ。

 想像力を豊かにしよう、という隠れた教訓」


幻影の言葉に、信長は大いに笑いながら賛成した。


「親への問題定義だ。

 それを理解できた者にだけ売ってもいいね」


幻影の言葉に、長春は絵本を持って部屋を出て行った。


「…興味があることはほんによく動く…」と信長は眉を下げて言った。


「買ってもらえなくても読むことはできますから」という幻影の言葉に、信長は笑みを浮かべてうなづいた。


そして幻影はまた別の絵本を書いて、沙織たちに渡すと、大いに眉を下げて想像力を働かせながら読みふけった。



しばらくして、長春は疲れた顔をして戻ってきた。


「さあみんな、想像力を働かせろ」という幻影の言葉に、誰もが一斉に長春を見た。


「買える資格のある人がいないから悲しい」と志乃が言うと、長春は無言で首を横に振った。


「子は泣きわめき、親は怒って店を出た」と蘭丸が言うと、長春は同じ仕草を繰り返した。


「泥棒になった」と幻影が言うと、「…大正解ぃー…」と長春はため息をつきながら答えた。


「という、疲れた顔だったわけだ」と幻影が言うと、誰もが大いに眉を下げていた。


「…お前は思考を読めるだろうがぁー…」と蘭丸がうなると、「さあ、また問題だ」と幻影が機嫌よく言うと、「…お兄ちゃんはわかってることを発言しないぃー…」と長春が眉を下げて答えると、「そう、正解だ」と幻影が答えると、誰もが大いにうなだれていた。


すると、美術館の店番をしていたお香が客を連れてきた。


「この絵本、おいくらでしょう?」と素朴な質問を幻影に告げたのだ。


「それよりも、買える資格がある者を通せ」と信長が機嫌よく言うと、お香は玄関に向かって走って行った。


お香は男性と女性、そして絵本を胸に抱いて満面の笑みを浮かべている三才程度の子供を見た。


「なんだ、お前らか…」と信長は言って興味は失せていた。


しかし信長の言葉を理解できたのは、家人の中で半数ほどだった。


信長は落胆したわけではなく、今までの行いが間違いではなかったことを再確認できて喜んでいたのだ。


「もちろん、船で来たんだよね?」と幻影が気さくに聞くと、「はい、今回も近場でしたのでやってまいりました」と漁師の潮が答えた。


「知らない人もいるだろうから。

 松山で漁師を営んでいる潮さん一家だ」


幻影が紹介すると、「…あー…」と半数ほどが言って、琵琶家一同は頭を下げた。


「今回もということは、淀にも来たの?」と幻影が気さくに聞くと、「はい、水路伝いであれば、すべて近場です」と潮は胸を張って言った。


「だけどさすがに生実と関は遠いよ?」


「…あ、そうですね…

 そちらの方はまだ伺っておりません」


非常識な幻影の質問に、誰もが一瞬だが白い目で見た。


「そっちにも来ていたら、琵琶家の一員だったんだが…」


幻影の言葉に、この件は誰もが納得してうなづいた。


「いえ、私どもには畏れ多いことです」と潮は言って頭を下げた。


「いや、目の色が変わるさ」と幻影は言って、あとで描き上げた絵本数冊に指を差した。


「…日が登っている間に、生実に到着してみせましょうぞ…」と潮は気合を入れてうなるように言った。


「…とう様、みたぁーい…」と娘の漣が懇願の目を向けて言うと、「見ていいよ」と幻影がやさしく言った。


漣は満面の笑みを浮かべて、「天狗様! ありがとうございます!」と元気に礼を言って、絵本を手に取って、楽しそうにして開いた。


漣が絵本を読んでいる間に、大人たちは様々な話をした。


その話の中に仙台の専用漁場の話が出た時、潮は大いに反応した。


「今は細々とやってるよ。

 獲り過ぎないことを基本にしているからね。

 それに、漁獲高が低くても、

 決まった給金は出すから。

 雇って漁師をやってもらっているから、

 それが基本だ。

 だから生活は安定するはずだ」


幻影の言葉に、「試験は、仙台まで水行で行くことでしょうか?」と真面目な潮が気合を入れて言うと、「…それはさすがに厳し過ぎるから…」と幻影は眉を下げて言った。


潮一家を雇ったことで、家族同然として絵本は無料となった。


そして五日後に引っ越すことに決まり、潮は、「では、少々急いで帰ります」と言って、琵琶家一同に丁寧にあいさつをして、家族そろって琵琶御殿を出た。


「日が暮れる前に雨が降り出すから」と幻影が潮が急いだ理由を述べると、「さすが漁師」と信長は機嫌よく言った。



その五日間で琵琶家は薩摩を中心にして日向まで探り終え、同じ九州でもこの二つの国は他とは違うことをはっきりと理解できた。


薩摩も日向もキリスト教徒のいる気配がないのだ。


日向は長崎から一番遠くにあり田舎という理由もあるのだが、薩摩の方は弾圧はしていないのに入ってこないという理由がある。


「本物がいることを、なんとなく気づいていたから」


幻影が獅子丸を見て言うと、琵琶家一同はなんとなくだが納得していた。


さらに薩摩の国は実直な者が多く、現実的という理由がある。


もちろん宣教師たちは薩摩にも来たはずだが、全く手ごたえを感じなかったのだろう。


さらには桜島があることでそれほど楽な生活はしていない。


生まれ持った心の強さを多くの者たちが持っているお国柄なのだ。


「国替えは控えた方がいいのかもしれぬ」


信長の言葉に、琵琶家一同はすぐさま賛成した。


やはり殿様の想いが国の民たちにも正確に伝わっているように思うのだ。


薩摩の国に関しては、まさに家族に近いような錯覚をさせることが多い。


それに、唯一神として桜島という厳しい存在があることが大きい。


殿様はその近くに住んでいることもあり、国の民としても好感が持てるのだろう。


藩政は問題なさそうだが、先立つものが少ないことは、琵琶家はほぼ確認を終えていたので、安くてうまいものを大いに作り出して、法源院屋から行商に出すと、誰もが大八車を空にして戻ってくる。


鶴丸城下も潤っていることがよくわかり、忠恒の表情も明るくなった。


さらには農地改革がうまくいったこともあり、徐々にうまい作物が出回り始めた。


特に厳しい土地でも育つ根菜はさらに美味くなり、多少の値の変動はあったが、比較的良心的に取引された。


もちろん、琵琶家が流したかなりうまい作物が値段を控えていたせいもある。


そんな中、約束通り琵琶家一同は松山の潮一家を琵琶家の直轄地に住まわせた。


まだ少ない漁師仲間とはそれなりに朗らかに接しあって、対人関係は問題はない。


漁師にも農家にも子供はいるので、漣が寂しがることはない。


そして政宗が建立した仙台現楽涅槃寺で小さな祭りを催すと、民たちは一気に朗らかな表情に変貌した。


普段が苦しいわけではないが、心からの笑みを浮かべて喜んでいる姿を見て、琵琶一家は笑みを深めた。


この地の畑にも風水害用の設備を設けると、農民たちは大いに驚き、そしてさらに笑みを濃くした。


仙台は寒くなる時期が早いので、覆いを設置したままでも構わない程だった。


特に霜が降りる時期に近づいてきたので、今回の農地改革は有益なものとなったはずだ。


琵琶家の来訪に気付いた政宗と法源院屋の店主も祭りの参加者の一員となって、大いに楽しみ大いに食った。


この生産地のものだけを使った食い物だからこそ意味があった。


わずか二日間の滞在だったが、琵琶家一同は惜しまれながらも薩摩に戻った。



一旦は薩摩に戻ったものの、琵琶家の農地がある場所に飛んで行って、農地改革を行っては戻ってくる。


さらには各御殿を回る旅もついでにしたので、薩摩の琵琶御殿に落ち着いた時には、もう冬の入り口となっていた。


「冬だが祭り」という信長の鶴の一声に、近くにある稲荷神社を鎮守として祭りの準備を始めた。


大嵐が来る気配もなく、まだ本格的な冬でもないので、比較的凪の日が多いことを予測した幻影たちは、本格的な冬となった関で花火づくりに勤しんだ。


打ち上げる場所は桜島がある湾内にいかだを浮かべて行うことになり、南の浜辺などに集まれば、大勢の民たちが花火を楽しむことが可能だ。


その試しを行うと、鶴丸城から情報が伝わっていたようで、短い時間だったが、大勢の者たちが確認した事実を知って幻影の顔がほころび、信長はご満悦の表情となっていた。


幻影は唯一の杞憂の桜島の状態を探ったが、こちらも凪のようで、しばらくは大きな噴火はないとして、祭り当日となった。


今回も当然、幕府と御所にも通達済みだった。


よってどちらもが視察として薩摩に入った。


まさかの事態に忠恒は胸を張って対応して、大大名の威厳を発揮した。


秀忠としては、―― 天雲大名のおかげ… ―― などと思っていたが、やはり大大名が二組いるこの薩摩は盤石だと思うほかなかった。


しかも今回も幻影のお情けで祭り見物ができることもあって、さすがに悪態をつくことはできない。


さらには正子との面会も叶って、秀忠と家光はいい笑顔になっていた。


公務なのだがあまりにも早急な対応に、お国転覆を狙うような悪いヤツが現れることはなく、何の障害もなく祭りを終えた。


幻影たちはまずは公家一同を京に帰して、秀忠たちも江戸に戻そうとしたのだが、秀忠の口が止まらない。


幻影は秀忠に猿轡をして縛り上げ、側用人に託して、うなるしかできない秀忠と眉を下げている家光を江戸城に送り届けた。


幻影たちは江戸城の重鎮たちに笑いながら丁寧に礼を言われて薩摩に戻った。


「…我を縛り上げるとは…」と解き放たれた秀忠は嘆いてうなだれた。


「幻影殿にしかできませぬ」と側用人は瞳を閉じて堂々と言った。


「九州の街道工事の件は?」と秀忠はいきなり仕事の話をすると、「東側と西側の二班を今日出向かせました」という家老の言葉に、秀忠は満足そうにうなづいた。


「…視察に…」と秀忠が言うと、側用人は、「その必要があるわけがなく」と簡単に答えられてしまったので、秀忠は大いにうなだれた。


まさに完璧と言っていいほどの今までの仕事に、口を出せる者は誰もいないのだ。


しかも今回は厳しい街道は少なく、比較的海沿いの街道ばかりなので、短期間で終わってしまうと予測している。


ただ唯一、肥後と豊後を結ぶ上り下りが多い街道だけが杞憂だったが、整地だけは琵琶家が終えていたので楽なものだろうと予測できた。


「…熊本や別府に、物見遊山に出たついでだよね?

 一度や二度じゃないよね?」


秀忠の言葉に、「二度だとお聞きしております」と側用人がすぐさま答えた。


「答えるのが早いね…」と秀忠が怪訝そうな顔をして聞くと、「毎日、こちらに天雲大名の家臣が参っております」という側用人の言葉に、秀忠は大いに眉を下げて理解してからうなだれた。


よって側用人は、まるで琵琶家の一員のようだと感じて、腹が立ってきた。


「どのようなことでも知っておくことが重要な職でもございますれば」


側用人のさも当然のような言葉に、秀忠は大いにうなだれた。



妙栄尼は体を巨大化させて、整地用の重い作業車を難なく動かす。


まるで子供が遊んでいるようにしか見えないが、斑も多いことを幻影が指摘した。


今は琵琶一族が与えられている領地内の舗装作業をしているが、特に使い道があるわけでもないので、小さいながらに農地にしようと思っていた場所で試しをしているのだ。


巨大な妙栄尼と小人でしかない幻影たちが連携をとって、地面をすっきりと平らにできる自信がついた。


やはり今までよりも作業にかかる時間の短縮が大いに見込まれた。


そんな中、江戸から検地役人がやって来て、琵琶家一同とあいさつを交わし、早速歓迎の宴が行われた。


今回ももちろん守山もいるが、二手に分かれて検地作業を行うので、もうひとり責任者がいる。


「井伊直孝でございます」とまだ若い役人が頭を下げると、「藩主をするよりも現場の方がいいのかい?」と幻影がすぐさま聞いた。


信長以外は誰も知らなかったので、誰もが目を見開いた。


「いえ、これも藩主の仕事だと自負しております」


直孝の言葉に、琵琶家一同は大いに戸惑っている。


「彦根城主の直勝の弟だよ」


幻影の言葉に、「あー…」と誰もが声を上げて納得していた。


「兄ちゃんよりも弟が優秀だったという証拠のようなもんさ。

 そしてようやく一緒に仕事ができる日が来た」


幻影の歓迎の言葉に、直孝は一気に破顔した。


「…お前って、知らないことはないんだな…」ともちろん事情を知っている守山が大いに苦笑いを浮かべて言うと、「興味が沸いたことは調べるさ」と幻影は陽気に言った。


「その時の情報を精査して、大いに驚くこともあるぜ。

 直孝の件も、本当に驚いたから。

 だが城に入らない藩主は何人もいるからな。

 兄ちゃんは留守番を頼まれた雇われ藩主だが、

 そういうわけでもない」


幻影の言葉に、「いいやつだな、お前」と信長は笑みを浮かべて直孝を見ると、直孝は笑みを浮かべて頭を下げた。


「だが、知った以上は警備を固める必要はあるから、

 常に忍びがついて回るから」


幻影は言って、草太を見ると、草太はすぐに頭を下げた。


「…ご迷惑をおかけするわけには…」と直孝が眉を下げて言うと、「偶然の不幸があると目も当てられんからな」という幻影の言葉に、直孝はすぐさま頭を下げて、「大いに勉強になります」と素直に言った。


「草太は江戸城の警護から外すけど、

 代わりを…」


幻影が信長を見て言うと、ひとりの忍びが信長の背後に現れた。


「我らに同行せよ」という信長の言葉に、「御意」と言って頭を下げ、「勘太郎と申します」と忍びは言って頭を下げた。


「…初めて名前を知ったぁー…」と幻影は大いに感動して言うと、信長は腹を抱えて笑った。


「隠居した甲賀勘甚の息子じゃ。

 我が忍び軍団の長をやってもらっておる」


信長の紹介に、琵琶一同はすぐさま頭を下げた。


「いえ、娘でございます」という勘太郎の言葉に、信長は目を見開いて、「それは知らなんだ!」と叫んで膝を打って陽気に笑った。


「では、さらに成長してもらうことにしましょうか」と幻影が言って信長を見た。


「今から忍びの名として、陽炎かげろうを名乗れ」


信長の言葉に、勘太郎は目を見開いた。


「なんじゃ、気に食わんか?」と信長が聞くと、「…頭目ですら名乗れなかった名でございます…」と勘太郎は大いに気が引けていた。


「長年の褒美の意味もある。

 遠慮なく名乗るがよい。

 ま、ワシの祖父が決めたことじゃから、

 それほどのものでもない」


信長の気さくな言葉に、名を改めた陽炎は頭を下げた。


「ついでに婿を選んでも構わんぞ」


信長の言葉に、「はっ 私が」と名乗り出たのは千葉重胤だった。


「…おー… もう決まったぁー…」と幻影がうなるように言うと、未婚の女子たちは大いに眉を下げていた。


「それほどの権力を持たないお方ですので、

 私としてはお付き合いしやすうございます」


陽炎の少々辛らつな言葉に、「権力がなくてよかったよ」と重胤は陽気に言った。


「では、重胤も江戸城を守る任に就いてくれ。

 幻影を外したその代わりとして」


信長の言葉はまさに破壊力があった。


「…お師様の恥にならないよう、

 しっかりとお勤めを果たします」


重胤の重厚な言葉に、信長は機嫌よく何度もうなづいた。


「…修行も、つけてくださいませぇー…」と陽炎は幻影を見て小さな声で言った。


「もしも、今から言ったことをやっていたのなら、

 門下生として認めてもいいよ」


幻影の言葉に、「ほう、厳しいな」と信長は笑みを浮かべて言ったが、陽炎は大いに焦った。


「忍びはまず扱いませんからね」と重胤が言うと、幻影は笑みを浮かべてうなづいたが、陽炎は絶望的な気分となった。


「媚を売るためにも、師匠の得意なことはひと通りはやっておくべきだ。

 槍術の修練は?」


幻影の言葉に、陽炎はうなだれて、「…経験はございません…」とつぶやいた。


「…ふむ…

 罰として厳しく鍛えてやろう」


幻影の言葉に、「どう転んでも門下生にしたわけだ!」と信長は膝を打って大いに笑った。


「できれば、多少なりとも経験はしておいてもらいたかったのですけどね。

 ですがしていないことで妙な癖はないので、

 していなかったことも間違いではなかったはずなのです」


信長は何度もうなづいて、「ま、その想いを意識的に持っていたら、師範代は確実じゃがな」と信長が言うと、「御意」と幻影はすぐさま答えた。


「…苦手意識が優先していましたぁー…」と陽炎は嘆いてうなだれた。


「忍びは軽装が基本だからね。

 できれば短くても太刀も持ちたくない程だろう。

 だが、その苦手意識が隙を生む。

 その隙をなくすために、

 苦手なものだと感じた順に修行を積む必要があるんだ。

 そうすれば、武器の欠点が大いに見えてくるものだからね。

 槍使いは比較的肉体的に恵まれている者が好んで武器とするが、

 それは大いに間違いだ。

 比較的力が弱い者こそ、槍術を学ぶ必要があるんだよ。

 太刀とは違って、

 重さを半分にすることができる唯一の武器と言っても過言ではないからな」


幻影の言葉に、「むっ!」と気に入らないようで、蘭丸がすぐさまうなった。


「その幻武丸と同じ金属で槍を作った場合、どっちが勝つと思う?

 まあ、作って持ってるけどな」


幻影の言葉に、「…剣風では斬れん…」と蘭丸は大いに嘆いた。


「今度会わせてやろう。

 俺の、桜姫に」


幻影の言葉に、蘭丸はわなわなと震えて、「俺の幼名を勝手に使うな!」と蘭丸は顔を真っ赤にして叫ぶと、信長は陽気に笑った。


「胡蝶蘭でもよかったのですが、

 今使っている名ですので、一応遠慮しました」


幻影の言葉に、「いや、それでよかったはずじゃ」と信長は機嫌よく言って、腰を振って軟体動物に変貌した蘭丸を見て笑った。



ここは陽炎を鍛えるために、幻影は桜姫を披露すると、まさに芸術品の出来に誰もが深いため息をついた。


「…嫉妬したいところだけど、これは私…」と蘭丸は笑みを浮かべて穏やかに言った。


「ほらほら、軽い軽い!」と幻影は桜姫の中央を持って回し始めた。


「…おー… そういうことかぁー…

 鈍重な槍戦士ではなくなったぁー…」


蘭丸は大いに嘆きながら言った。


だが、その軌道が大きくなったような気がすると、幻影は槍の回転を止めた。


「今は中央を持っていない」と幻影が言ってその証拠を見せると、誰もが目を見開いた。


いくら半分の重さと言っても、持っているだけでも至難の業の重さがあるものを、回しながら中心を替えることはさらに至難の業だ。


「間合いを狂わせることができるから、なかなか有効だぞ」


幻影は言って、石突きを地面につけると、数寸が地面が簡単に埋まった。


妙栄尼が固めた場所なので、これほど簡単に穴が開くはずはないのだ。


よってその重量は計り知れないと、誰もが思い知っていた。


幻影は金属製の杖を持って来て、「これと同じ重さだ」と言って弁慶に渡した。


蘭丸としては桜姫を誰かに持たせるのではないかと思ってやきもきしていたが、―― さすが我が夫… ―― と思い、にやりと笑っていた。


「兄者!

 これは普通じゃないっ!!」


弁慶は言って杖を地面に下ろして立てると、その部分だけが徐々に埋まってく。


阿利渚が顔を真っ赤にして持ち上げようとしたが、全く無理だったが、獅子丸が腕輪に変身すると、一気に陽気になって重い杖を回し始めたが、すぐに元に戻して、「みんな、頑張って!」と機嫌よく叫ぶと、幻影と信長だけが大いに笑った。


獅子丸は幻影に叱られまいと必死だったようで、今は獅子の姿に戻って眉を下げて阿利渚を見ている。


「もちろんやれなどとは言ってないから。

 もしも行き詰った時、

 挑戦するものがなにか必要だろうと思ってな。

 投げられない手裏剣などもあるぞ」


幻影の言葉に、「…それも体験したいぃー…」と陽炎がうなるように言った。


「弟子想いで非常に良い!」と信長は機嫌よく言った。


幻影の言葉に操られている門下生は、―― 今は無理… ―― と、誰もが心をひとつにしていた。


そして蘭丸が、「あーははははっ!」と陽気に笑って、重い杖を頭の上で回していたことに自信喪失した。


もちろん蘭丸も師匠側なのでできて当たり前なのだが、なぜか悔しいようだ。


幻影は天狗という勇者を普通の人間の上にかぶっているので真似をするのは到底無理。


だが蘭丸は自分たちと同じで人間なのだ。


やはり親身に蘭丸を鍛え抜いた幻影がすごいのだろうかと思ったが、同じ付き合いのある静香は蘭丸ほどではない。


だからこそ、幻影は妻として蘭丸を選んだという事実もあるので、間違ってはいない。


よって誰もが静香に近づいて、当時からの三人について話を聞いた。


「涙の数」


静香のたったひと言に、「あー…」と誰もが言って納得してしまった。


もちろん蘭丸は悔しくて大いに泣いたのだ。


しかし静香はそれはほとんどなく、諦め感を出していた自分自身を呪ったそうだ。


「それに、お蘭の方が安心感を俺に与えてくれるから。

 お蘭は誰が見てもわかりやすい」


幻影の言葉に、誰もがうなづきかけたが、すぐさま首を横に振った。


「お静は知っての通り、誰もがしない思い切ったことをやる」


幻影は言って、才英の弟のような竹松を見た。


「…普通、やんないね…」と源次は大いに眉を下げて言った。


「だけど母となって色々と成長したから、

 突拍子もないことをしたが成功したということでいいはずだ」


幻影の言葉に、「ですが心配はあります」と静香が言うと、「うちの子供たちはなぜか病にかからない」と幻影は静香の先の言葉を読んで答えた。


「俺が施術したのは、三巌、政宗、御屋形様、高虎の四名だけで、

 あとはわずかにお梅さん。

 ほかは地震や火事の時に怪我をした人たちだけ。

 うちの子供たちやお前らに対しては、

 治療の施術をしていない」


幻影の言葉に、「我が琵琶家には、死に至るほどの弱い子はいないと言ってよさそうじゃ」と信長は機嫌よく言った。


「それに、お食事だわ」と濃姫が朗らかに言った。


子供と言えどもよく食べる。


やはり周りにいる大人たちがよく食べると、どうしてもその真似をするようだ。


そして心の底からうまそうに食する。


さらには意識をして競い合うことがない。


これらのことがあり、食欲を増進すると言っても過言ではないだろう。


さらには常に朗らかに食事を摂ることも重要だ。


よって琵琶家の家人は、肉体的にどれほど辛い仕事をしても風邪ひとつ引かないのだ。


「…医者や薬師というものを忘れていたような気がする…」と影達が言うと、「うん、それもあるね」と源次は賛同して明るく答えた。


「健康な場合、どちらもいらないからな。

 不幸を治す者の職業を忘れるほど健康で何よりだ」


幻影の言葉に、誰もが陽気に笑った。



この二日後、東と西の薩摩藩内の街道の検地が終わったので、琵琶一家はようやく本来の仕事にとりかかった。


「おほほほ、大きくてごめんなさいね」と妙栄尼は恥ずかしがることなく堂々と言って、巨大な体を小さくするようにして控え目に街道の整地作業を行う。


街道から少し離れた場所で、この地の農民や町人たちが、―― まさに仏! ―― と思いながら手を合わせている。


今までだと距離的には三日ほどかかる作業をわずか一日で終えて、側溝の整備をわずかに残して今日の作業を終えた。


忠恒は大勢のお付きを連れて、出来上がったばかりの街道を馬に乗って闊歩した。


まさに素晴らしい街道に感動すらしていた。


特に商売人たちの動きがいつもの倍ほどとなっていて、大いに活気づいている。


琵琶一家はそれほど疲れなかったが、きっちりと温泉で疲れをとって、うまい飯をいつものようにたらふく食った。


やはり琵琶家が主催した仕事であれば疲れることはないが、引き受けた仕事については仕事の程度によっても気疲れはするようだと、改めて思い知っていた。


しかしこれでまた二日間ほどは仕事はできないので、翌日は薩摩藩と住人のために、多くの商品を作り出して、誰をも笑みにした。



その翌日には琵琶家一同は肥後に入って、良心的な値段で提供している肥後の麺屋を訪れて、店の者たちを大いに緊張させた。


そして、近隣の兼ね合いなども考えて、店の半数ほどは閉店とした。


これ以上は甘やかしとして、閉めた店の前には看板を立てて、閉店理由を書いておいた。


さらには残った店の値を最低でも三割増しとすることに決まった。


調理人たちの腕によっては、五割増し以上の店もある。


よって閉店した店で働いていた者たちは職を失うことになるのだが、ここは幻影と松太郎が相談の結果、店舗の移動を申し渡した。


もちろん、正規の調理人として松山や生実で働くことにもなった。


さらには松山と前橋は一店舗、生実は二店舗増やすことに決まって、ひとりとして首を切られることはなかった。


「値段と釣り合っておるからまずいとは思わん」


信長の言葉に、「値引きしている店でも、十分に正規店を名乗れるほどの実力はありますから」と幻影は朗らかに言った。


「地元住人たちにとっては、

 少々不幸な出来事じゃったが、

 これも世の常じゃ」


甘い顔ばかりを見せることはない、琵琶家の真骨頂でもある。


「高虎は江戸だったな…

 寂しがってるかもなぁー…」


幻影の言葉に、「二日ほど生実に戻る」という信長の鶴の一声に、琵琶一家は移動の準備を始めた。



生実では琵琶家を、特に幻影を待っていたのは高虎だけではなかった。


高虎と懇意にしている学士たちが、真剣な顔をして琵琶一家を出迎えた。


「地動説、天動説の論争には付き合わない。

 この惑星に住んでいるだけでは、

 本当のことは誰にもわからないからな。

 だが、夜空の星や、月と太陽については説明できるから聞いてみるかい?

 もっとも、この惑星が平などとまだ思っているやつはいないだろうな?

 さらに、月はなぜ満ち欠けするのか。

 季節によってなぜ太陽は上昇下降角度を変えるのか?」


幻影がここまでいうと、八名いる学士たちの半数は、戸惑いながらも笑みを浮かべていた。


「我らが住むこの惑星が平らではなく、球体の上に住んでいる理由は説明できる。

 真っすぐに東側に飛べば、西側からこの地に戻って来るはずだからだ。

 何ならその説明がてら実際に飛んでもいいぜ」


「…おおー…」と学士たちは一斉にうなったと同時に幻影は八人を術で固めて空高く飛び上がった。


「辺りを見回せ」と幻影が言うと、誰もがひっきりなしに首を振って、「…地の果てが丸い…」と学士のひとりがつぶやいた。


「もうこれだけでもなぜ丸いのかという疑問が沸いたはずだし、

 山に登れば湾曲していると感じたはずだ。

 それをさらにわかりやすくしただけだ。

 そしてここまでくると、寒いということと、

 呼吸が困難になっていることも理解できたはずだ」


幻影の言葉に、三名ほどがもうろうとしていたので、ゆっくりと地上に戻った。


「…貴重な体験をさせていただいた…」と学士のひとりの林羅山が言って頭を下げた。


この集まりは羅山の門下生というわけではなく、幻影と顔見知りで懇意にしている者も二名いるので、できれば直接幻影に話を聞きたいとやってきた者ばかりだ。


それを取りまとめたのが、天体についてそれほど興味がない高虎だった。


高虎としては、どうやって隠居しようかと画策する時間の方が大いに長い。


まずは親睦を図るために食事会を行うと、高虎は信長の隣に陣取って、大いに陽気になっていた。


「地動説やら天動説など、なぜそのようなことを不思議に思うのか」


高虎は苦情があるように言うと、「それほどに今の生活に余裕ができたという証じゃ」という信長の言葉に、「御意」と幻影は答えて頭を下げた。


「…うう… 戦がなくなっただけで、平和となったという証でよいわけだな?」


高虎が戸惑いながら幻影に聞くと、「そういうこと」と幻影は短く答えた。


「まだ戦乱の世だったら、

 戦に関係のないことを議論なんて、

 どこの殿様もさせやしないさ。

 そんなことよりも、重要な次の一手をひねり出せ!

 などと、俺だったら怒鳴りまくるだろう」


「…言うじゃろうて…」と信長はにやりと笑って言った。



食事会を終えて幻影が模型や術を使って説明をすると、なぜひとつひとつの天体が丸いのかという現実に直面した。


さらには、この惑星を飛び出せば空気がなくなることも、そして重力がある件も理解を終えた。


そして、太陽が巨大で光と熱を地表に与える理屈もほぼ納得すると、誰もが地動説信者となっていた。


まさに、『長いものには巻かれる』といった考えそのものだったからだ。


さらには影響を受けるのは太陽だけではなく、それ以外にも影響を受けていると幻影は語り、さらにはこの惑星の傾きについて、方位磁石を用いて説明をした。


この惑星は回転しているが、月はしていない件も説明すると、誰もが大いにうなった。


月はこの惑星の付属物で、この惑星の周りを回転している件がわかると、あとは簡単なことだった。


この惑星は、さらに大きな力に従っていると考えることがまさに自然だった。


何も発言できなかった学士たちは、夕餉を摂ってから江戸に戻った。


「…羅山のやつ、うなってばかりだったな…」と高虎が眉を下げて言うと、「ありゃ駄目だ、頭が固すぎる」と幻影の眉を下げて言った。


「賢いと言われる者には二種類がいる。

 記憶力がいい者と、頭の回転が早い者だ。

 この両方が備わっている者は少ないはずだ。

 林は頭の回転は鈍いと思うから、

 俺に言わせればそれほど賢くない。

 知識量をひけらかす、ずるがしこさが目立つようなやつ。

 更に思考に柔軟性がない。

 今日来た学士の中では底辺だと俺は判断した。

 これも徳川家康の罪だ。

 林羅山は自分よりも上がいないと、

 ある意味天狗になっているからだ。

 俺だってそうなっていただろうが、

 上には上がいることを知って、

 恥ずかしいやつにならなくて済んだ」


幻影の言葉に、信長は大いに笑った。


「…上には上…」と高虎はつぶやいて、幻影をにらみつけた。


「さっさと息子たちにすべてを明け渡せ。

 その見切りも重要だ。

 生きている限り、口出しはできる。

 まさに、秀忠のようにな」


幻影の言葉に、高虎は固まった。


「悪政と聞けば、琵琶家が行って説教をしてやってもいいんじゃ」


信長の言葉に、「はっ! 早急にっ!」と高虎は叫んで、江戸に戻って行った。


「別にここに泊ってもそれほど変わらんのに…

 相変わらず頭が固いやつ…」


幻影の言葉に、信長はまた愉快そうに笑った。


すると高虎は戻って来て、恥ずかしそうな顔をして、信長に頭を下げて、元いた場所に座り、「…急ぐこともない…」と自分に言い聞かせるようにつぶやくと、幻影は愉快そうに腹を抱えて笑った。


「ま、お前や息子よりも、家老たちが優秀だからな。

 藤堂家はしばらくは家老たちが切り盛りするはずだ。

 殿様が胡坐をかかなければ、今と何も変わらんさ」


「お、おう…」と高虎は大いに戸惑って、「ささ、一献」とお梅に催促されて湯飲みを手に取って差し出した。


もう面識はあったので、今更お梅の説明をすることはなかったし、江戸屋敷に住んでいることで、武蔵の国の近隣の諸事情も何気なく見えてくるものだ。


「子供を次々と生ませて情に任せて現状を維持したり、

 のし上がる考えは、

 この先どんどんすたれていくことになるだろう。

 今のままだと、どう考えても不幸の方が多いからな。

 大きな争いがなくなった今、

 ぼちぼち考え方を変えて、

 自分の身の回りから整理していくことが重要だと思う。

 ま、高虎はそれをしなけりゃいけないが、

 引継ぎよりもそっちの方が骨が折れるぞ」


「正室と側室たちとは離縁するが、城に住まわせるように配慮する。

 もちろん、実家に帰ってもよいが、

 みんな子がおるからそれはせぬじゃろう…」


高虎は直近の身の振り方を語った。


「御屋形様の場合も、準備の時間に九割をこの件に費やされた。

 そして永遠に蟄居する覚悟もされたのだ。

 よって御屋形様の親族が、我が琵琶家に増えることはなかった。

 その覚悟を持って、説明に回る必要があるぜ。

 もちろん、偶然にも政とは蚊帳の外の、

 使える者は男女問わず歓迎するけどな」


幻影の言葉に、高虎はまたにらみつけた。


人情に篤い男が、比較的薄情な幻影の言葉には賛同できない面は多い。


だがそれをしないと、琵琶家に迷惑がかかることもわかっている。


この琵琶家では、ひとりひとりが役割を持って、子供ですら働いているのだ。


「あとは、秀忠も我が琵琶家の一員となるはずだが、

 家光のでき次第と言ったところかなぁー…

 秀忠の側用人を全員抱え込む意思を見せれば、

 何も口出しすることはないだろう。

 秀忠の意思を継ぐという意味もあるからな」


幻影は言って天井を見た。


そして徐に笛を出して吹くと、様々な動物が屋根に昇ったようで少々騒ぎになったが、すぐに落ち着いた。


「半蔵のようじゃな」と信長は言って、小さな書を見た。


「秀忠は所要があってここに来られなかったのでしょう」と幻影は言って笑みを浮かべた。


「その用があるうちは、

 琵琶家の一員にはなれぬ。

 それを理解できた時、

 もろ手を挙げて歓迎してやろう」


信長の言葉に、「…上様だけでは納得していない大名もいる…」と高虎はつぶやいた。


「だからこそ今のうちに、

 側用人を家光に差し出す覚悟は必要。

 よって秀忠自身が、側用人でもある必要が発生する。

 それが今の秀忠の修行だよ。

 ひとりですべてができるという自信があれば、

 秀忠側の考えだけは免許皆伝だな。

 家光も納得した時点で、秀忠は晴れて自由の身だ。

 高虎もそれをする必要があるから、

 それなり以上に時間はかかるぜ」


「…うう… 手伝え、と言いたいぃー…」と高虎が大いにうなると、幻影は陽気に笑って、「今度は俺が頼られるからやんねえ」と友人として答えた。


「その想いすら断ち切れと言っておる」という信長の威厳がある言葉に、高虎は大いに眉を下げてから頭を下げた。


「…お前にゃあ無理…」と幻影がつぶやくと、「…やってやるぅー…」と高虎は対抗するように小声でうなった。


「…情が厚いことが障害だなんて…

 …ほんに人生は不思議がいっぱいですわ…」


人ではなくなってしまった妙栄尼の言葉に、誰もが一斉に頭を下げた。


「ちなみに、今の仕事の中核を担っているのは俺じゃなく妙栄尼様だから。

 間違っても、失礼なことをすんなよ」


幻影が高虎に言うと、「…お酌をしてもらうことはダメか?」と小声で聞いて眉を下げた。


「あら? 母に対する子の嫉妬…」と妙栄尼が喜びながら言うと、「全然違いますから…」と幻影は大いに眉を下げて言った。


「もしも高虎が琵琶家に入った場合、

 妙栄尼様を献上する予定でしたから」


幻影の言葉に、信長以外は目を見開いた。


「予定が覆ったから話したのだ」という信長の言葉に、誰もが理解して頭を下げた。


「妙栄尼様はさらにお相手がいなくなったのでね。

 そのお相手が現れるまで、

 現状を維持していただきますように。

 下手に焦ると、大いなるしっぺ返しが待っていますから」


「…はいはい… 理解できたつもりでおりますわ…」と妙栄尼は眉を下げて答えた。


「今のところは、候補としては獅子丸、かなぁー…

 まあ、巖剛もありだろうけど…」


幻影の言葉に、「…見た目が人の方がいいわぁー…」と妙栄尼はさらに眉を下げて言った。


「その獅子丸は…」と高虎は言って、阿利渚の腕を見ると、腕輪になっていた。


「…人として、欲が出たんだってぇー…」と阿利渚が眉を下げて言うと、「…獅子丸ぅー… 不届きな手前ぇは叩き斬ってやるから出てきやがれぇー…」と蘭丸がうなったが、阿利渚が穏やかに止めた。


「獅子丸の覚醒は近いようだね。

 だけど、覚醒したと同時に精神修行の日々だろう」


幻影の言葉に、「…そういうのもあったぁー… だってぇー…」と阿利渚が眉を下げて答えると、幻影は大いに笑った。


「非生物、動物、人間の心をきちんと操る必要はある。

 さて、獅子丸は何を信じて生きて行けばいいんだろうなぁー…」


幻影の問題定義に、「…あれ?」と阿利渚は言って、腕輪をしている右腕を振った。


「無の境地ってやつさ」と幻影が穏やかに言うと、「あー…」と阿利渚は言って、腕を下ろして左手で腕輪をなでて笑みを浮かべた。


「…無の境地… …無意識ではなく…」と妙栄尼が目を見開いて言うと、「だからこそ、母上に推薦したのです」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「…わ… 私もなんとか…」と妙栄尼はこういったが、焦れば焦るほど無意識にすらなれない。


「心を落ち着かせ、まずは微笑ましいことを」と幻影が言うと、妙栄尼はすぐさま薄笑みを浮かべて黙り込んだ。


「…なるほどな…

 微笑ましいことは心を安寧に導く。

 ある意味冷静となり、無意識には至りやすい、か…」


信長の言葉に、「御意」と幻影は笑みを浮かべえて答えて頭を下げた。


「さすがに無に至るのはそう簡単ではありませんが、

 経過時間を計れない無意識が大いに手掛かり足掛かりとなっているはずです。

 外から見れば、どちらも同じですから」


幻影の言葉に、誰もが阿利渚の腕輪と妙栄尼を代わる代わる見て、「…ほん」と弁慶がつぶやいてすぐに口をつぐんだ。


「黙り込む必要なんてないさ」という幻影の言葉に、「…確かに同じだと感じました…」と弁慶は小声で答えた。


「…ああ… 弁慶様が大きな第一歩を…」と沙織が感動しながら言うと、「…遅いほどだよ…」と幻影は悪態をついて言った。


「…お前はほんに兄弟には厳しいな…」と信長が鼻で笑って言うと、「心裏腹ってやつです」と幻影は笑みを浮かべて答えた。


「ですので、一番出来の悪い政江が一番好きです」


幻影の歯に衣着せぬ言葉に誰もがくすくすと笑ったが、政江はそれでもいいようで幻影に笑みを向けた。


「…兄ちゃんは何度騙されても怒んなかったからなぁー…」と源次が懐かしそうに言うと、

「…嫁に行けるかだけを大いに心配していたからなぁー…」という幻影の言葉に、また誰もが笑い始めた。


「行ってよかったと思いつつも、出戻って来てもうれしい。

 政江はなかなか兄想いだよ」


「…ああ… お兄ちゃんのためになっていた…」と政江は都合よく言って、幻影に笑みを向けた。


「政江は今のままでもいいが、

 我が琵琶家唯一の何かができるようになってもらいたいもんだ」


幻影の厳しい注文に、「…精査いたします…」と政江は神妙な顔をして答えた。


「…もう隙がないほどに色々できるけど…」と源次が眉を下げて言うと、「…俺も思い浮かばんからこそ期待したんだ…」と幻影が答えると、誰もが一斉に政江に羨望の眼差しを向けた。


もちろん幻影がここまで言う相手は、幻影の兄弟でしかないからだ。


「…異世界のやつらを手下に…」と政江があくどい顔をして言い始めると、「即我らの負けは決まってるし、平和なことが第一条件だ」と幻影は念押しをした。


「…じゃあ、貿易…」と政江がころりと感情を変えてうと、「…それだぁー…」と幻影が大悪党の顔をしてうなると、誰もが泣き出しそうな顔になった。


「もちろん、貿易そのものではないぞ」と幻影がごく普通に言うと、誰もがほっと胸をなでおろした。


「第一の条件としては、

 どちらの世界に持ち込んでも問題がないもの。

 例えば先日はこちらから食材を持ち込んだ。

 何も言ってこないので問題はなかったのだろうし、

 俺が何か言ってくるのを待っているような気がするんだ。

 どう考えても、こっち側は弱い立場だからな。

 本当の強者は、弱者を顎で使うようなことはしないだろうし、

 飯がうまいだけでは動かないのだろう。

 できれば、どちらの世界にも悪影響を及ぼさない、

 穏やかな貿易を俺は望んでいる。

 その時の対価は、基本は現物の交換。

 対価がなければ、金を支払うことになる」


幻影はある程度は異世界の事情が分かっているので言い切った。


「第二に、貿易にかこつけて、優秀な人材を引き抜きたい。

 もちろん、本人の意思の尊重は最優先。

 妙な争いになることだけは避けたいからな。

 もちろん、こちらからあちらの世界に行きたい者も現れるだろう。

 都合が良ければ、満面の笑みで見送らせてもらおう。

 では、この件に関する最大の悪条件を説明するよ」


幻影は順序立てて説明して、ある程度は希望を持った顔をしていた琵琶一族だったが、一斉に拒み始めた。


「…鼻が取れちゃうって思うほど臭かったのぉー…」


阿利渚の追加の説明に、誰もが頭を横に振り始めて拒絶を表現した。


「相手側の文明文化を奪わなければ、

 今の俺たちでは移住はたぶん無理だ。

 もしも暮すのなら、マスクという空気を浄化する仮面をかぶって、

 生活をしなきゃならないだろう。

 文明文化の進化とは、

 惑星と生物を痛めつけることとほとんど変わらないんだよ」


「幻影の真の狙いはなんじゃ?」と信長が聞くと、幻影は満面の笑みを浮かべた。


「災害に強い住居です」


幻影の堂々とした言葉に、「あー…」と誰もが言って笑みを浮かべた。


「素材の件もありますが、その工法に興味があります。

 地震や雪では倒れない住居。

 燃えにくい住居、などです」


幻影の回答に、信長は笑みを浮かべて満足げにうなづいた。


「できれば、ここに今ある文明文化を使って工夫してみたいのです。

 そうすれば、文明文化の進化は起きないはずですので。

 ですが実は、

 会津の琵琶御殿からは、

 私の考えを組み込んだ仕掛けを施しておいたのです」


「いや、変わったことは何も…

 いや、白いこんにゃくのような板…」


信長の言葉に、幻影は笑みを浮かべてうなづいた。


「あれは護謨の木から取った粘液をそのまま型に入れて固めたものです。

 ですので琵琶御殿は全くの無傷だったので、

 一応は納得しているのです」


「確かに大いに揺れたが…

 街道は数カ所手直ししたのに、

 御殿はやっとらんな…」


信長は納得しながら言った。


「もちろん建物自体も強化をしてあるので、

 壁が崩れなかったことも幸いでした。

 その真実をできれば知りたいのです。

 …怪我を負って、今もまだ苦しんでいる人が五十人もいますから…」


幻影の言葉に、琵琶一家は気持ちを新たにした。



幻影はさっそく、煌極に念話をすると、『そろそろ連絡を取ろうと思っていたところだったんだ』と陽気な声が返って来て、煌極と閃光燕が幻影から飛び出してきた。


「…この星には過ぎたるものが二つ三つあるわね…」と燕が幻影を見て言うと、「刺激しない」と極は少し厳しい言葉で言った。


ここからは茶菓子などを出して話しを始めようとしたのだが、茶菓子の話になってしまった。


幻影は考えられる商品をひと揃え燕に渡すと、大いに幸せそうな顔をしていた。


「…これも欲しかったんだけど、まずは食事会だろ…

 姉ちゃんを怒らせるつもりかい?」


「…ふん、怖くないわよ…」と燕は悪態をつきながら、骨せんべいをうまそうにして食っている。


「あれから星の大改革をしてね。

 工場で使用する薬品は、

 有害物質が発生するものは使用不可にした。

 だから機械設備が大型化して、大いに人が必要になったけど、

 経済は均等に正常化を終えた。

 ここほどではないけど、空気はそれなり以上によくなった。

 ここと同じような星はいくつも知っているから、

 簡単に確認はできたが…

 やはり人が多いから、

 星の温暖化を多少留められた程度だ」


幻影は極が言ったことを通訳するように琵琶一家に説明した。


「人口はどれほどいるのです?

 ああ、この星に人口はまだ探っていませんが…」


幻影の言葉に、「この星のすべての人間は一億人に達していない。俺たちの星はその十倍の十億人だが、これでも少ない方なんだ…」と極は眉を下げて言った。


「…人が増えすぎることも不幸…」と幻影が言うと、「間違いないよ」と極は答えた。


「人が死ななくなった理由は医学の進歩と食生活。

 だが、そのしっぺ返しを受け始めた星がいくつも出てきた。

 酷い星で、半分ほどの命を奪う病が発生したんだ。

 それは人間が生んだ薬に原因があった。

 どの星に行ってもこの結果は変わらなかった。

 薬草程度ならいいのだが、副作用がある薬は作るべきではない。

 その副作用が、新たな病を産むんだよ」


幻影は極の話を聞いて、ある薬のことを思い出して極に渡すと、「この成分は、光の苔に似てるね」と極は宙にいきなり現れた絵を見入って言うと、誰もが大いに目を見開いた。


「光の苔、ですか?」と幻影が聞くと、極は順序立てて詳しく話した。


「…不治の病でも治してしまう…」と誰もが口々に言った。


「ボケは老化現象なので治せないけどね…」という極の言葉に、誰もが大いに苦笑いを浮かべた。


「…あ… こ、これは…」と燕が目を見開いて、粟おこしを見入っている。


そして人と鳥の半獣となって、粟おこしを陽気に歌いながら食べ始めると、「う!」と燕はうなって、長春たちを見た。


「…僕に、なっちゃった…」と燕がつぶやくと、「…その方が平和でいい…」と極はあきれ返って言った。


「…ご主人様ぁー… 粟おこし、もっと食べたぁーい…」と燕がかわいらしく言うと、長春は燕、阿利渚、桃源を連れて外に出て行った。


「ああ、これから作るわけだ」と極は言って笑みを浮かべた。


「燕様もかなり変わっておられます」と幻影が眉を下げて言うと、「あの姿は合成の変身だけど、鳥の変身は昔返りなんだ」と極が言った。


ここは幻影が昔返りの説明をすると、「鍛え方次第では、我らも…」と弁慶がつぶやいた。


「弁慶さんは今よりも力が上がるね。

 鍛え方によっては、今をはるかに凌駕するはずだから。

 師匠でもある幻影さんのおかげだよ」


極の朗らかな言葉に、弁慶は極と幻影に深々と頭を下げた。


そして極は妙栄尼に朗らかにあいさつをして、妙栄尼は巨人の姿で早速仕事ができた喜びを伝えた。


「うちのみんなも食うけど、

 琵琶家は破格だと思う。

 やはりうまい食事が力の源だろう」


極の言葉を聞いて幻影は間髪入れずに、災害に強い建築物の話をすると、「免振の技術に間違いはないから、一般住居を城のような高さを持ったものに変えるといい」という幻影の言葉に、誰もが目を見開いた。


「簡単なことだよ」と極は長短二本の円柱の木を出して、指先に乗せると、長い方が安定感があると誰もがすぐに気づいた。


「…三階建て以上は厳しいだろうなぁー…

 法で縛られているので、

 高さのある建物は武家と僧にしか許可が出ていないのです。

 …あ…」


幻影は言ってすぐに妙栄尼を見た。


「寺の境内に、町人たちの家を建てる」


幻影の言葉に、「いつでもよろしいですわ」と妙栄尼は薄笑みを浮かべて言った。


「町人は僧ではないが、

 信者であれば問題はなかろう。

 体のいいキリシタン除けにもなるからな」


信長の言葉に、幻影は早速江戸に鳩を飛ばした。


幸いにも琵琶御殿がある地は、まだ半分ほどは土地を使っていない。


よってその場所に現楽苦楽寺を建立して高層住宅を建てるわけだ。


もちろん寺らしく質素である必要があるが、全ての最上階は、琵琶家のものと決めた。


「居城ではないが、城を建てられる!」と信長は大いに機嫌よく叫ぶと、「おめでとうございます」と幻影が真っ先に祝福して頭を下げた。


幻影は極に様々な建物の絵や図面を見せてもらって、大いに参考にした。


やはり城のように上に行くほど居住面積を減らすことは強度の関係上重要らしいことを知った。


材質を替えれば、角柱のものを建てられるのだが、さすがに鉄を大量に使う技術は避けるべきとして、その地の城よりは低いものとした。


よって関だけは天領なので、江戸城本丸よりも低いものと決めた。


「…関に住むぅー…」と信長が駄々っ子になりかけてきたので、幻影がやんわりと戒めると目を覚ましたようで、「…城は魔物じゃ…」と大いに苦笑いを浮かべて幻影に謝った。


造りとしては斬新なもので、新しい仏教と言っていい現楽涅槃寺の象徴となるような、まるで大きく太い木だった。


「…クリスマスツリー…」と極がつぶやいて、もみの木の画像を宙に浮かべた。


「…うう、似ている…」と幻影が大いに眉を下げて言うと、「これは住居ではなく、ある意味宗教の象徴と言ってもいい。キリスト教のな」と極が言った。


「…これはダメだ…」と幻影は大いに苦笑いを浮かべて、この場で和紙を燃やした。


「妙栄尼様、何か思い浮かぶものはありませんか?」


幻影が大いに眉を下げて聞くと、妙栄尼は瞳を閉じた。


そして毛並みが長い白い猫を抱きしめると幻影にその映像が見えた。


幻影が素早く絵を描き上げると、「あ、これは…」と極は言ってまさに幻影が書いた巻貝の塔と同じような絵を出した。


「バベルの塔という。

 キリスト教ではないが、

 旧約聖書に出てくる、天に続く城のようなものだ」


極の言葉に、「…いきなり難題になってきた…」と幻影は言って大いに苦笑いを浮かべると、「…人の想像力とはこの程度のものですわ…」と妙栄尼も嘆いた。


幻影はさらに様々な現実的なものや想像の産物の映像を極に見せてもらって、瞳を閉じて考え込んだ。


すると、阿利渚の黒猫と幻影の白猫経由で映像が頭に浮かんだ。


この画像を思い浮かべたのはイエス・キリストである獅子丸のものだった。


「獅子丸! でかした!」と幻影は叫んで、今までより一番早く、絵を描き上げた。


「…これは…」と極は言って大いに苦笑いを浮かべた。


まるで現楽涅槃寺の象徴になると言っていい、不思議な建物だった。


「問題があるとすれば、

 これを思い浮かべたのはイエス・キリストである獅子丸なんだけどな」


幻影の言葉に、誰もが大いに目を見開いた。


「何かの想いがあるわけじゃない。

 まさに居住性を重視したものだから問題ないと思う」


極の言葉に、幻影は笑みを浮かべてうなづいた。


「…似ている物体としてだと…」と極は言って、これも不思議な絵を出した。


造りとしては石のようで、中央より上は幻影が書いた絵に酷似している。


「この絵は魂。

 霊魂というやつだ。

 本来は形がないといわれるが、

 術によって石化した時この形となっていた。

 それを知らなきゃ、この絵は描けない」


極は言って、阿利渚の右腕の腕輪を見た。


「…神だからなぁー… なんとなく知っていたんだろう…」という幻影の言葉に、極も賛同した。


妙栄尼は手のひらを合わせて瞳を閉じて、「…心をひとつにして住んでいただきましょう…」と薄笑みを浮かべて言った。


極は穏やかな笑みを浮かべて何度もうなづいていた。


「…術によって石化…」と幻影が今更ながらに極を見てつぶやくと、極はその説明書きを宙に浮かべた。


「…悪魔の術か…

 まさに悪いヤツとしか言えない…」


幻影が大いに嘆くと、「…この件に関しては賛同するよ…」と極は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「だが!

 この非情な術を使える者はわずかだと書いてあるぞ!」


蘭丸が妙に高量感を上げて叫ぶと、「悪魔となるお前が言うのも当然だろうな」と幻影が言うと、この場の時が止まった。


「母ちゃんと同じでお蘭も別の種族となるだけ。

 あ、俺も勇者という種族だから、

 はっきりとわかるのは、あとは獅子丸と巖剛の合計五人」


誰も何も言わなかったが、阿利渚は笑みを浮かべて母である蘭丸を見上げた。


「…どんどん増えるわ… うふふふ…」と粟おこしをいくつも食べてる燕が機嫌よく言ったが、「その感情の裏もあると思うけど?」と幻影がにやりと笑って言った。


「…この星が終わったら、合流してね?」と燕がかわいらしく言うと、幻影は愉快そうに大いに笑った。


「まあ、蘭丸さんが悪魔に覚醒する切欠は、

 幻武丸だけにあるんだけどね…

 武器としてはふたつとない、

 とんでもない強さを持っているし、

 今となっては許可がなくては誰も持てないだろうし…」


極の言葉に、蘭丸はにやりと笑って、「持ってみろ」と滑稽な獣人の姿の燕に言った。


「触んない!」と燕が慌てて叫ぶと、蘭丸は高笑いをして、幻武丸の柄に頬ずりをした。


「…ポポタールでもどうなるかわかんないわぁー…」と燕は大いに嘆きながらも粟おこしを食べているので、ある意味心には余裕がある。


もちろん、触れなければ問題がないからだ。


「ポポタール?

 そいつにも変身できるんだな?」


蘭丸がうなうように言うと、「嫌われるから変身しない!」と燕が言うと、蘭丸は獣人の首根っこを押さえつけて持ち上げて廊下に出て障子を閉めた。


すると、「うお!!」と蘭丸が短く叫んで静かになってすぐに、蘭丸と獣人の燕が戻ってきた。


そして今は、ふたりは友人となっていた。


「ほら、鳥だったらこっちもうまいはずだ」と蘭丸は言って菓子を勧め始めたので、蘭丸にとってはうれしことだったのだろうと誰もが感じていた。


「いやぁー… 燕さんには友人が少ないからよかったよ!」という極の陽気な言葉に、「…友人になっても正体を知ったら離れるんだよね?」と幻影が大いに苦笑いを浮かべて聞いた。


「ほとんどがそうなるね」と極は機嫌よく答えた。


正体を確認をして仲良くなったのは、蘭丸が初めてだったからだ。


悪魔の場合は仲が良く見えても主従関係でしかないが、蘭丸にはそれがない。


主としては盤石な信長がいるし、その意志は幻武丸によって誰よりも安定しているからだ。



「さて、話しかけていたことを話そう。

 こっちに来たい者が何人もいるんだ。

 飯のうまさに魅かれてな…」


極が嘆くように言うと、「そういった者はいりません」という幻影の厳しい言葉に、「大いに結構」と極は機嫌よく言った。


「蘭丸さんに決めてもらっていいよ。

 ここに移住するわけじゃないから。

 いずれば幻影さんたちも、

 俺たちの仲間となって、

 この星から飛び出すことはもうわかっているからね」


極の言葉に、「早くそうならないかなぁー…」と幻影は言って、信長に笑みを向けた。


「あ、土地ならあるから、安土城を建ててもいいよ?」


極の気さくな言葉に、「最優先とする!」と幻影は叫んだ。


幻影は極とともに、この惑星から消えて、極のお勧めの地に飛んだ。



「…和風家屋… しかも空気が…」と幻影はつぶやいて素晴らしい笑みを浮かべた。


「俺たちは別荘と呼んでいるが、俺たちの家でしかない。

 だが本当の家は軍事施設だけどな」


幻影は様々な事情を聴きながら、安土城とその城下町を建てる場所の選定をすると、極は、「マックラさん!」と叫んで村長を呼んだ。


そのマックラは熊の獣人で、体毛が赤い。


日ノ本で言う、北の地に生息する羆だと幻影は認識した。


「…ワシを見て驚かんとは…

 隠れていて損した…」


マックラの言葉に、幻影は愉快そうに笑って、挨拶を交わした。


「…おー… うわさに聞いたうまいものが食えるのかぁー…」


幻影は手土産として、ある場所に抱え込んでいた菓子一式をマックラに渡して、「子供たちに」と言葉を添えたので、マックラは大いに眉を下げた。


「…毒見役として…」とマックラは都合よく言って、和風家屋の庭に駆け込んだ。


「…これがアスファルトというやつですか…」と幻影は地面を見て嘆いた。


「道路も作り直してもらっていいから」と極が気さくに言うと、幻影は大いに礼を言って、巨大な完成予想図を出すと、「…こりゃ大感動だ…」と極は言って絵を完全に複写して看板を立てた。


『安土城、安土城下完成予想図』


こう書かれている看板を、幻影は笑みを浮かべて見上げた。


池のほとりで、しかも山河が美しい場所なので、幻影としては安土にやってきた錯覚に見舞われていた。


「俺たちはこれ以上のものはもういらない」と幻影が堂々と言うと、「俺はねだらせてもらうさ」と極は気さくに言った、


幻影と極はもうすでに親友となっていた。



ふたりは一旦蘭丸に飛んで、信長と蘭丸、そしてふたりの家老を連れて、マックラ村長に飛んだ。


「…なんということだ…」と信長はうなった。


しかし幻影に看板を見せつけられて、「…おお… …おお…」とうなっている。


「九州を平定してから取り掛かる。

 それがワシへの褒美じゃ」


信長の言葉に、「御意」と幻影たちは笑みを浮かべて答えて頭を下げた。


「…行って損はないって…」という極の声が聞こえたと同時に、「あ、同種」と幻影は言って笑みを浮かべ、極の隣にいる男と眉を下げている牛の獣人を見た。


「ジャックさん! 仕事です!」と幻影が叫ぶと、「…脳内を勝手に探るなぁー…」とそのジャックがうなって幻影を見据えた。


「探られないように修行を積んでください」と幻影が言うと、ジャックは苦虫をつぶしたような顔になったが、「その通りだ!」と極は愉快そうに笑った。


「…やさしいお前じゃないか…」とジャックは極にぶつぶつと苦情を言っている。


「パートナー制を導入しているのは俺たちだけではない。

 幻影さんたちはもうその術を知っているんだ」


極の言葉に、「…ほ、ほう…」とジャックは大いに戸惑いながら言って、今更ながらに幻影たちと挨拶を交わした。


「…おい、とんでもねえ悪魔じゃあねえかぁー…」とジャックは信長を見て言った。


「ああ、とんでもないな」と極は言って、悪魔タルタロスに変身した。


「俺の代わりのようなもんだ。

 ここと何も変わらんし、

 あっちに行けば女はより取り見取り。

 しかも食うものはどこよりもうまい。

 お前の性格も変わると思うぜ」


タルタロスの言葉に、「…まあ、普通じゃあねえ修行は積めそうだな…」とジャックが言うと、大勢の獣人の子供たちがやって来て、信長に土産の礼を言った。


もちろん相手は獣人なので一瞬目を見開いたが、すぐさま好々爺となって、子供たちを代わる代わる抱き上げて陽気に笑った。


「…安土城そのものがここに…」と光秀は感動しながら看板を見上げてつぶやいた。


ここからは平等に琵琶一族を半数ずつこの地に飛んで披露した。


幻影は変わらぬ友情として、極に鎧を渡すと、大いに喜ばれてその場で着替えて完全武装した。


そして鉄扇の説明をすると、「…無敵だぁー…」と極の機嫌のよさは最高潮となっていた。


「とんでもねえ強さのお前にはいらねえだろ!」とジャックが悪態をつくと、「我が琵琶家の客人なのでジャックさんにも」と幻影が言ってジャックと牛の獣人のフランクに鎧を渡すと、ふたりは好感度満点の笑みを浮かべて礼を言って、早速着込んで高揚感を上げた。


幻影たちはマックラ村長と子供たちに別れを告げて、ジャックとフランクを仲間に加えて、薩摩の琵琶御殿に戻った。


「…来て、よかったぁー…」とジャックは言って、素晴らしい空気を楽しむように胸に大きく吸い込んだ。


「そう言ってもらって何よりです」と幻影は機嫌よく言って、早速即戦力の新しい仲間の歓迎の宴を始めた。


『あ、悪いんだけど、菓子一式を三百セット』


極からジャックへの念話に、琵琶一家はすぐさま作業に取り掛かった。


ジャックはまずは作業を見て、手伝いが必要なところだけに手を出した。


全ての乾燥を終えて、箱詰めも終わり、幻影は極に念話を送った。


すると極はジャックから飛び出してきて、「心おきなく飛んでこられる」と機嫌よく言って、大量の菓子を一瞬にして消した。


「今回の対価」と極が言って、小さな金属を幻影に渡して消えた。


幻影はすぐさま見抜いて、もういなくなった極に念話で大いに礼を言った。


「…金、でいいのか?」と信長が興味を示して聞くと、「ただの金ではありません」と幻影は言って、近くにあった大きな岩の上面をこすると、光が反射するほどに磨き上げられた。


「…何という切れ味…」と信長は言って岩を指でなでた。


「金属の方は全く損傷がありません。

 この金はダイキンといって、

 金の数千倍の価値がある工具です。

 女王様の城は石造りなのですが、

 全てこれで磨かれていたようで、

 その姿は反射してはっきりと認識できない程でした。

 できれば、建物の威厳を隠したいとでも思っていたのでしょう」


「うむ、なかなか謙虚じゃ」と信長は機嫌よく言った。


「確かに女王様ですが、

 極のヤツの方が王にしか見えません」


ジャックの言葉に、「我が家と何も変わらん」と信長は機嫌よく言って幻影を見た。


―― それは今だけ… ―― とジャックが考えると、相棒のフランクは大いに苦笑いを浮かべていた。


「えー?! そうなのぉ―――っ?!」と阿利渚が叫ぶと、ジャックの知った事実が全て漏れていた。


「隠しことができぬ家族じゃ」という信長の言葉に、ジャックは大いに焦ってフランクとともに頭を下げた。


「…ある程度以上の、厳しいご家族です…」とフランクは大いに苦笑いを浮かべて言った。



幻影は一筆認めて鳩を飛ばすと、夕餉前に江戸から鳩が飛んできた。


『許すわけない!』という秀忠の返答に幻影は大いに笑ったが、また鳩が飛んできて、家光は幻影の意見を尊重すると書かれていたので、将軍の言い分を採用した。


「意見が割れても決めやすいから楽じゃ」と信長は機嫌よく言って、フランクとともに酒を酌み交わしている。


「…暴れ牛になるなよぉー…」とジャックは大いに心配したが。「…この状況では酔えません…」とフランクは大いに緊張して答えた。


しかも体質上フランクの酒の分解能力は優れていて、酔う前に分解されてしまうほどなので酒豪と言っていい。


「…うう、残念この上ない…」と信長は言って、猪口の酒を飲み干して台の上に置いた。


「…飲みすぎだと指摘…」とジャックがつぶやくと、誰もがくすくすと笑って、夕餉の支度が始まった。



「…飯には興味が薄かったのだが…」とジャックは言いながらももりもりと食べている。


フランクは主のジャックが機嫌がいいので、いつもよりもさらに朗らかになっていた。


「…獣人という種族か、なるほどなぁー…

 星が替われば進化形態も変わる、か…」


信長はフランクが食べる姿を飯のおかずにして笑みを浮かべて機嫌よく食している。


「さらにはワシらと変わらん人間もおる」


信長は言って食いっぷりのいいジャックに笑みを向けた。


「それほどに期待せんでください。

 総合的には、幻影さんの方が格上ですんで」


ジャックの言葉に、「何を言うか、我が家族に幻影と比べられる者は、今のところはふたりしかおらん」と信長は機嫌よく言って妙栄尼と蘭丸を見た。


「…それが連鎖反応的にどんどん増えますから…

 俺たちのボスの時と同じです…」


「煌極か。

 幻影のよい師匠であり目標となってくれたわ!」


信長は機嫌よく叫んで大いに笑った。


「幻影さんは今のままでも部隊長を任せられるはずです。

 この国で言えば藩主に当たりますね。

 俺も一応そのひとりです…」


ジャックの言葉に、「…ふむ、解せんな…」と信長は言って箸をおいてジャックを見入った。


「俺の役目は、こういった時の偵察役です」


ジャックの言葉に、「そういうことかっ!」と信長は機嫌よく叫んで膝を打った。


あまりにもできのいい者がくれば誰だって疑う。


しかし、まずは偵察という意味であれば納得がいくというものだ。


よってジャックの代わりの者が代わる代わる来ることになるのだろうと、琵琶一家は納得していた。


特に極が心配しているわけではなく、ジャックほどに度胸が据わっている者がそれほどいないとのだろうと察した。


幻影以外は、その気持ちがよくわかっていた。


幻影の場合はその場の雰囲気で見抜いてしまうので、疑うことが何もなければすぐに友人になれるほどに卓越している。


くつろぎの間に鳩が飛んできて、ジャックとフランクを見て大いに戸惑って畳に降り立って、長春めがけて急いで走った。


「…うふふ、大丈夫…」と長春は言って鳩を抱きしめて、書簡を幻影に渡した。


幻影は書を素早く見入って、「肥後と日向の検地が明日終了します」と報告すると、「では、明日の朝からぼちぼち始めるか」と信長は機嫌よく言うと、誰もが笑みを浮かべて素早く頭を下げた。


「…ここの方が俺好みかも…」とジャックがつぶやくと、「そうじゃろうそうじゃろう」と信長は機嫌よく言った。


「…マスターはマリーン様を意識しすぎだと」とフランクが眉を下げて言うと、「俺の性格上、信影様のようにはっきりと言ってもらいたいだけ」とジャックは言い返した。


「…は、はあ… ま、まあ、わからないことはありませんが…」とフランクは渋々言った。


「相手だって同じように思っておるわい」という信長の言葉に、「…あー… そうだぁー…」とフランクは言って信長に頭を下げた。


「失礼ではないと判断できる言葉を使って、

 言いたいことを言えばいい。

 そうすれば女王様であろとも心を開くはずじゃ」


信長が機嫌よく言うと、「…ジャックさんを逃しました…」と幻影が大いに嘆くと、「…しまったぁー…」と信長は大いに後悔したが、大いに笑ってごまかした。


「いえ、極力長くこちらにお世話になります。

 俺がいないことで、大きなポストがひとつ空いたので、

 またひとり部隊長が誕生することにもなりますから。

 極のヤツは何も言わなくてもわかってくれますが、

 女王様がどう言われるのかは未知です…」


ジャックの言葉に、「…今までにひとりもいません…」とフランクが眉を下げて言った。


「フランクはどうなんじゃ?」という信長の言葉に、「…あー… 今、こちらがいいと思ってしまいましたぁー…」とフランクは言って笑みを浮かべて信長を見て頭を下げた。


「そんなにとっつきにくいのか?」と信長が幻影に聞くと、「まさに神ですから」という幻影の短い言葉に、「…人間にはわからずとも当然じゃ…」と信長は鼻で笑って言った。


「…わかっていたのに、その威厳だったのかぁー…」とジャックが嘆くように言った。


「ある意味勇者も神と同類だけど、

 その性格は真逆だからね」


幻影の言葉に、「その通り」とジャックは言って何度もうなづいた。


「その神の威厳を持つ人が何人もいるんだけど?」とジャックは言って、阿利渚たちに素早く目を向けた。


「今のところはその威厳は出さないけど、

 成長するたびにそうなっていくかもね…

 親としては少々寂しく思うこともある」


幻影は言って、阿利渚の頭をやさしくなでた。


すると阿利渚は体を震わせて、目を潤ませて幻影を見た。


「…いや、どんな感情?」と幻影が大いに眉を下げて聞くと、「…阿利渚はジャックさんのお嫁に行きます…」と阿利渚が告白した。


「うん、いいよ」と幻影が即答すると、「いや、待て待て!」とジャックがすぐさま叫んだ。


「感受性は大人の女性よりも鋭いからな。

 確実にジャックさんに恋をしている。

 決まった人がいなければ付き合ってやって欲しい」


幻影が遅々として言って頭を下げると、蘭丸も文句はないようですぐさま頭を下げた。


「…うー… 断わる理由がなんもねえ…」とジャックが嘆くと、阿利渚は顔を真っ赤にしてちらりちらりとジャックを見始めた。


「…これほどの純情乙女は、子供でもいねえ…」とジャックもホホを赤らめて言った。


「もしも一時期は離れたとしても、

 いずれは合流する。

 阿利渚はこの琵琶家を離れる決意ができたんだよな?」


すると阿利渚は、「…ジャックさんは養子ですぅー…」と自分勝手に言うと、信長は愉快そうに笑った。


「それではダメだ。

 強制は許されない」


幻影の厳しい言葉に、「いえ、養子のお話お受けします」とジャックは言ってから、「あ、フランクはどうする?」とジャックが聞くと、「もちろん、ご一緒いたします」とフランクは堂々と答えた。


すると極がフランクから飛び出してきて、「…まさかの急展開だな…」と眉を下げてジャックに言った。


「身勝手な俺を許してくれ」とジャックは言って頭を下げたが、挙げた顔には悪そうな笑みがあった。


「…とと様よりも怖くないところがいいー…」と阿利渚は言って、さらにジャックに惚れていた。


「いずれは合流するんだ、

 ちいせえことは気にすんな」


ジャックの言葉に、「…まああとは、姉ちゃん次第だが…」と極が身が笑いを浮かべて言うと、「はい、これ」と阿利渚は言って、極に着物姿の人形を渡した。


「…これは…」と極は言って、とんでもなく精巧にできている人形を見入った。


そして着物の素晴らしさに心まで奪われた。


「変わった刺激が欲しいんだって」と阿利渚が言うと、「…よくわかったよ…」と極は答えてから、信長たちに、「お騒がせしました」と言って頭を下げてから消えた。


「…うちで作ってるものよりもすげえ…」とジャックは目を見開いて言うと、ここぞとばかりに阿利渚がやって来て、ジャックとフランクに説明を始めた。


「…そうか、マネキンか…

 商売で使うものだから、妥協はできねえ…」


「お弟子さん、ふたり取ったよ?」と阿利渚が小首をかしげて言うと、「…大人顔負けだね…」とジャックは大いに眉を下げて言った。


「それはあるなぁー…

 人間に着せるとそれなり以上に時間がかかるが、

 この人形だと短時間で大いに理解できる。

 こっちの世界にもせっかちな人がいるからね。

 そういった人には、この人形が最適なんだよ。

 受注生産が基本で高価なものだから、

 とっかえひっかえが当たり前だからね」


幻影の説明に、ジャックは大いに納得して何度もうなづいた。


「見た目や年齢ではないとよくわかった」とジャックは言って阿利渚に頭を下げた。


「だが、問題はあるぜ。

 阿利渚ちゃんを好きな人が最低でもひとりいる」


ジャックの言葉に、「…諦めて?」と阿利渚は信幻をまっすぐに見て言った。


「…色々と厳しい者ばかりじゃ…」と信長は小声で言って何度もうなづいている。


信幻は何も言えなかった。


まさに幻影と同格のジャックと張り合う術がない。


―― 高望みだった… ―― と信幻は思って、阿利渚に頭を下げた。


「なんでもいいので、一手指南願えるかい?」とジャックが信幻に問いかけると、「はい、望むところです」と信幻は真剣な目をして答えて頭を下げた。


「ジャックさん、防具は?」と幻影が聞くと、「木刀程度であれば、剣風でもはじき返す」とジャックは堂々と言った。


「…間違いなくやる…」と蘭丸が言うと、信幻は大いに焦っていた。


しかしこれも修行として、早々に食事を終えてから、すっぽりと夜の闇となっている組み手場に行った。


幻影たちは反射板付きの提灯に火を入れた。


「なんだったら、師匠だった幻影さんでもいいぜ!」とジャックが叫ぶと、「いや、戦いを見たいから遠慮しとくよ!」と幻影は気さくに答えた。


「…なるほど、余裕はない…」とジャックはつぶやいて、目の前にいる信幻に顔を向けた。


信幻の表情は無だが、その心情は少々荒れている。


「それじゃあ駄目だ」とジャックは言って鼻で笑った。


信幻はさらに腹が立ったが、ここは冷静になることに集中した。


「おっ さっすがぁー…」とジャックは笑みを浮かべて言って、拳を握って左前に構え、少しだけ腰を落とした。


信幻は木刀を中段に構え、幻影の、「始めっ!」の合図とともに一歩前に出ると同時に木刀と突き出したが、すぐに引っ込め、出した足を大いに踏ん張って後ろに飛ぶと同時に上段から木刀を振り下ろした。


この間、ジャックは信幻の動きを目で追っていただけだが、始めて動いたと同時に正面にいなかった。


信幻は木刀を引こうと頑張ったが、ジャックの左手に木刀を握られていた。


正確には左の手のひらを長いコの字形にして押さえつけられていた。


太刀でも、自分自身の手のひらを傷つけない受け手となる。


信幻は木刀を放そうとした瞬間に、ジャックの右の掌底を左わき腹に食らって斜め後ろに吹っ飛んだ。


「…こりゃ、俺も危ういな…」と幻影は言って大いに苦笑いを浮かべた。


「…どれほど戦った…」と信長は自問していた。


「…師匠の差が出ました…」と幻影は真剣な目をして言った。


吹っ飛んだ信幻は転がることなくそのまま足を地面につけ、大いに両足を踏ん張ってまっすぐにジャックに向って低空を飛んだ。


ジャックはもう左前にして構えていて、信幻の次の動きを読んで右に飛び、同じ場所に地に足をつけた信幻に小回りを利かせた右の素早い蹴りで後方に吹っ飛ばした。


さすがの信幻もこの蹴りには耐えられず、二転三転して場外まで転がった。


「それまで!」と幻影は叫んで止めた。


「こりゃ参った…」と幻影は言って、組み手場の中央にいるジャックに向かって一瞬にして走った。


「まあ、予想した動きだよ」というジャックの言葉に、「弟子の手前負けられないんだけどね…」と幻影は言いながらも、かなりの前傾姿勢で足元を踏み固めた。


「ふむ、さすが師匠」とジャックは言ったが、幻影にも左前の構えを変えず、気合は入っていない。


「始め!」という信長の合図と同時に、ふたりは一気に前に出て、幻影は下半身に力を入れたまま右の拳を出したが、なんとその拳にジャックが左足だけでつま先立ちをしていた。


それが確認できたのは一瞬で、ジャックの右のつま先が幻影の顔面を襲ったが、首をねじって難なくよけた。


そして今度は幻影が消え、その体はジャックと対をなすようになっていて、ジャックの足の裏に下から長い蹴りを放っていた。


ジャックは空高く飛んだはずだが、幻影の正面の五間先に足をつけていた。


ジャックにも余裕はなく、顔は真剣そのものだった。


「…マスターのあんな顔は、極様にも見せたことがない…」とフランクがうなると、「…何とか面目は保てたようじゃ…」と信長は言って苦笑いを浮かべた。


やはり何をやっても互角で、どちらも決定打にならない。


スタミナもどちらも衰えることはなく、攻撃と防御と受け身を繰り返す。


最終的に両者が薄笑みを浮かべたところで、「終わりだ!」と信長が機嫌よく叫んだ。


「…いやぁー… なんか自分を褒めてやりたい!」とジャックが機嫌よく叫ぶと、「俺もそう思った!」と幻影は答えて、ふたりは肩を組んだ。


「純粋な肉弾では極に勝てるはずだ」とジャックは機嫌よく言うと、「弟子はいずれは師匠を超えるものだからな」と幻影は機嫌よく言った。


―― 勝てるわけがない… ―― と信幻は思って、薄笑みを浮かべていた。


信幻は夢を奪われたが、また新たな夢を探すことに決めた。


「信幻! お前には不幸が舞い降りて来るぜ!」というジャックの陽気な言葉に誰もが大いに眉を下げた。


「極の子が、確実に興味を示すからな!

 俺の娘の婿となるヤツは、

 大気圏外に蹴り飛ばす!

 などと豪語するようなヤツが父親でいいのなら、

 受けたっていいぜ!」


「すべてを修行といたしましょう!」と信幻は明るく答えた。


まさに素晴らしい戦いを見せてもらったと、半数ほどの門下生は号泣していた。


「あー、やっぱ、こっちもいいなぁー…」とジャックは門下生たちを見回して笑みを浮かべて言った。


「阿利渚ちゃんと同じで、

 子がある面では両親を超えているんだよ。

 年令は阿利渚ちゃんとそれほどかわらん。

 特に恋には興味がないようで、

 お人形遊びに余念がない。

 だが大人以上にタフで、

 阿利渚ちゃんのように明るく賢い。

 きっと信幻たちとの出会いがあれば、

 大いに食らいつくと思う」


ジャックの言葉に、「もう会ったかもな」と幻影が言うと、「…こっちに来るかもしれん…」とジャックは大いに戸惑った。


するとフランクから極、燕と女の子が飛び出してきた。


そして女の子は燕の手をほどいて、真っ先に阿利渚に駆け寄って、「お友達になって!」と叫んだ。


すると阿利渚は満面の笑みを浮かべて、「うん! いいよ!」と叫び返した。


「…恋はまだ早かったようだ…」とジャックが苦笑いを浮かべると、幻影は愉快そうに笑った。


瑚渚慕こすもちゃんに紹介したい人がいるの!」と阿利渚は叫んで、瑚渚慕と手をつないで、信幻の前に立った。


すると瑚渚慕はわかりやすく顔を赤らめて、「…あー…」と言って顔をそむけた。


「いい男だから許す!」と極が叫ぶと、燕とジャックは大いに笑った。


「将来性はあるぜ。

 今の実力はミカエルと同等だ」


ジャックの言葉に、「…上から数えた方が早いじゃないか…」と極は言って大いに苦笑いを浮かべた。


「ここにいる半数は、そういったやつらばかりだ」


ジャックが機嫌よく言うと、「…こりゃ参ったね…」と極は大いに苦笑いを浮かべていた。


「最悪の事態を想定して戦ってくるから、

 隙がほとんどねえ。

 どれほどの達人が相手でも、

 生き残る術をわかっている。

 萬幻武流、恐るべし、だな」


ジャックの誉め言葉に、誰もが胸を張って笑みを浮かべた。


「…今の様子だと、幻影さんとも戦ったよね?」と極が大いに眉を下げて聞くと、「ああ、引き分けだ」とジャックは機嫌よく言った。


「いい人に来てもらって助かったよ」と幻影が機嫌よく言うと、「…今更返せとは言えない…」と極は嘆いたがにやりと笑った。


「気が向いたら帰ってきてくれ…

 瑚渚慕、今日は帰るぞ!」


極の言葉に、「はぁーい!」と瑚渚慕はいい返事をして、信長たちに丁寧にあいさつをしてから、燕に抱きついた。


極と燕も笑みを浮かべて頭を下げて消えた。


「瑚渚慕には宇宙という兄がいてな。

 こっちもなかなかすごいから、

 ここの女性たちに興味が沸くかもな。

 年令は信幻より少し下だから、

 興味があれば恋心も沸くだろう」


「やはり近くにいる者同士が伴侶になるとは限らないようだな」


幻影の言葉に、「ここと同じじゃあねえの?」とジャックは弁慶たちを見て言った。


「まさに、希望となる言葉だ」と幻影は言って、単身の女性たちを見まわした。


「…巨人族などどうでしょう…」と妙栄尼がジャックに聞くと、「…母ちゃん…」と幻影は大いに眉を下げて諫めた。


「俺たちには年齢などは無関係だからね。

 今のところの候補としてはありですよ」


ジャックの言葉に、妙栄尼は笑みを浮かべて手のひらを合わせた。


「もうばらしちゃうの?」と幻影がジャックに聞くと、「伝えてねえのなら早々に伝えた方が得策だ」とジャックは答えた。


「…いずれはわかるからな…」と幻影はため息交じりに言った。


そして幻影は信長に向かって直立の姿勢をとって、「今のところ私と母は永遠の命を授かっています」と告白した。


信長は驚くことなく何度もうなづいて、「普通ではないことはよくわかっていた」と穏やかに言った。


「もちろん、怪我や事故などで命を失うことは考えられますが、

 自然死はボケることだけに起こります。

 もちろん疾病でも死に至ることもありますが、

 何なりと対応できますので生き残れます。

 これが不死の真実で、寿命はないのですが、体と心を癒すことは重要なのです。

 できれば琵琶家全員がそうあってもらいたいものです」


幻影の願いの言葉に、「…そうありたいものじゃ…」と信長はうなるように答えた。


「御屋形様は近々覚醒しますぜ」というジャックの言葉に、「ああ、わかっておる」と信長は機嫌よく言って何度もうなづいた。


「そうなった時のワシの夢はもう考えてある」


信長は言ってから、愉快そうに大いに笑った。



琵琶家一同はわずか一日で九州の街道工事の半分以上を終えて、次の仕事の前まで、安土城再現建設作業に従事した。


マックラ村長の働きかけにより、多くの手伝い手もできて、さらにはうまい菓子などの販売と時間限定の麺屋の営業も始まり、この辺鄙な獣人の村には多くの観光客が訪れることになってきた。


眼が飛び出るほどのうまいものを多く並べられると、全てを食べでしまいたい衝動にかられる。


時間が合う時は極はマリーンを連れ出して、食べることが目的で村に連れてくる。


「工事中なのにまさに壮観だなぁー…

 それに大工事なのに田舎でしかないこともすごい…」


極は大いに感動して言う。


まさにこの地に安土城が自然に溶け込んでいるといっていいほどだ。


肝心の本丸は土台の石垣は積んだがまだ手つかずで、一番最後に一気に建てる計画をしている。


信長は作業中、常に号泣しているのだが、誰よりも働いている。


まさに自分の城は自分で建てるという意思の現れだ。



街道工事もついに筑前筑後を残すだけとなり、すでに全体の九割を終えている。


そして肝心のクリスチャンだが、琵琶家が訪れた時は戦々恐々だったが、何も起こらず通り過ぎて行ったことに胸をなでおろしていた。


現在はこの琵琶家を神として崇める者は多くいて、キリスト教信者よりも宣教師が多くなっているほどにすたれた宗教となっていた。



そしてついにこの日がやってきた。


安土城はほとんど出来上がり、本丸である天守閣を一気に立ち上げた。


信長は最後まで気を抜くことなく真摯に作業に従事した。


その数日後に九州の街道が全て環椎した後、安土城も完成した。


「登城する!」と信長は堂々と言って、天守に登り、謁見の間の上座に座って、大声を張り上げて号泣を始めた。


もちろん配下たちも大いに泣き、「おめでとうございます!」と誰もが祝福の声を上げる。


すると、信長の命が終わりを告げた。


「御屋形様!」と幻影が叫んだ時、その体は大いに揺れて、蘭丸がしっかりと支えたが、「…そんな… …そんな…」と号泣しながらつぶやいた。


「いや、これからだ!」というジャックの力強い言葉と同時に、信長の体が一気に変化して、頭に雄々しき角が伸びていた。


そして目をぱっちりと開いて、「第六天魔王じゃ」とつぶやいて、正座をしてから、頭に手を当てて、「少々邪魔じゃ」と言ってから角を消した。


号泣している幻影が、「…兜のようで見惚れておりました…」と言って頭を下げると、「ああ、ありがとう幻影」と堂々と穏やかに礼を言った。


「我は生まれ変わった。

 じゃが、すべて覚えておる。

 ほんに、不思議な気分じゃわい」


信長の声を聴いて、蘭丸もその姿を変えて、頭に角が生えていて、「世話のかかる爺だ」と言ってにやりと笑った。


「ああ、これからも世話をかけるぞ、お蘭」という信長の言葉に、蘭丸は号泣を始めた。


「…悪態をつかなきゃいいのに…」と幻影が大いに眉を下げて言うと、信長は、「よいよい!」と機嫌よく言って、蘭丸の角を消すついでに頭をなでた。


「もっとも、もう護衛はいらんが何も変える必要はない。

 今まで通りに過ごせ」


信長の言葉に、誰もが一斉に頭を下げた。


「今日のところはこれでよい」と信長は言って立ち上がって、「一階の広間を開放して、落成の宴じゃ!」と機嫌よく叫んだ。


「…御屋形様とお蘭ちゃんが壮絶だな…」とジャックは大いに苦笑いを浮かべて言った。


「生活していた時代と環境だろうなぁー…」と幻影は他人事のように言った。


「ああ、そういうやつは多いが、ほとんどが単発だ。

 こういった大きな家族では珍しいんだ。

 まだまだいるし…」


ジャックは言って、家族たちを見まわした。



落成の宴の準備はもうできていて、あとは盛り付けをして出すだけだった。


大きな体をくの字に曲げたマックラ村長を先頭にして、宴の間は大勢の獣人で埋め尽くされた。


信長の短い挨拶ののちに宴は始まった。


宴の間の門扉は大きく開かれていて、この地を訪れた者たちも招き入れた。


「献上品でございます」と極がかしこまって言うと、「ん? 菓子のようじゃな?」と信長は怪訝そうに言ったがすぐに目を見開いて、「…悪魔の証明じゃて…」と笑みを浮かべて言って何度もうなづいて、献上品の包みを開けた。


「お蘭、毒見じゃ」と信長は言って蘭丸に差し出すと、「おう」と勇ましく返事をしてから、「…これは…」と嘆いて目を見開いて、葛饅頭のようなものを指でつまんで口に運び、幸せそうな顔をした。


「ほら、新しい方を食え」と信長は言って、別の箱を蘭丸に渡すと、大いに感動していた。


そして信長は饅頭を食ったが、「まあうまいが、酒の方がよいな」と言いながらも、ひょいひょいと饅頭をつまんで食った。


「…魂まんじゅう… 悪魔の証明…」と幻影は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「…蘭丸さんは順当だが、御屋形様は一味違ったな…」とジャックは大いに眉を下げて言った。


「お勉強したことによると、悪魔の習性だからなぁー…

 だけど、それ以外は情報通りだ」


「男悪魔の場合はすべてが武闘派だ。

 しかし御屋形様は術師かもしれねえな。

 女悪魔の術師は、異様にかわいらしくて大人しいんだ。

 御屋形様は存在感そのものが大人しく感じる」


ジャックの言葉に、幻影は何度もなづいた。


「…家族があってこそかも…」と極がつぶやくと、「なるほどなぁー…」と幻影は笑みを浮かべて家族たちを見まわした。



幻影はこの短期間で、精神間転送という気功術の新しい技が覚醒していた。


極がやっていた、人体から飛び出す技で、用事があれば、人伝に惑星間を飛び回ることが可能となった。


勇者の術に似たようなものがあるのだが、こちらの場合は欠点があるので使わないことに決めている。


幻影は薩摩の法源院屋の店主の魂に飛んで、琵琶御殿に戻って、うろうろと徘徊していた鳩たちを回収した。


日に一度はこのようにして迎えに来ることに決めている。


よって今までよりも密な連絡は取らないことにしたのだ。


琵琶家の家は、この惑星とは違う別の惑星に完成したのだから。


もちろん、琵琶御殿の回りの街道の出店者の要望などをしっかりと聞くことも忘れない。


幻影だけは必ず戻ってくるので、どの町に行っても誰もが安心している。


生実に行くと守山が待っていて、「俺も連れて行け」と幻影をにらみつけて言った。


「城に迎えに行こうと思ってたんだ。

 次の予定は?」


幻影が聞くと、「四国を簡単に」と守山は苦笑いを浮かべて言った。


「二日ほどで終わっちまいそうだから、

 検地が全て終わってからでいいだろう。

 通算でひと月ほどはかかるよな?」


「それでも、九州の三分の一だから楽なもんだ」と守山は笑みを浮かべて言った。


「じゃ、いくぜ」と幻影は言って守山の肩をつかんだと同時に、「幻影はどこだ?!」と秀忠の声が聞こえたが、無視して弁慶の魂に向かって飛んだ。


「悪いヤツめ」と守山が笑いながら言うと、「縁を切るための練習だ」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「…そうなるよな…」と守山は大いに眉を下げて言って、「…あれが獣人かぁー…」とマックラを見てうなった。


まさに不思議な生物でしかないが、守山の場合は常人ではないので、それほど驚くことなく朗らかにマックラとあいさつを交わした。


「…あんたが一番普通で助かった…」とマックラは言って守山を大歓迎した。


「幻影とは腐れ縁でね。

 普通の人間ではそれほどいない貴重な存在だと自負している」


守山が自慢のような妙なことを言ったが、マックラは守山を放すつもりはなく、茶の席に誘った。


「さあ! 仕事は終わって勉強の時間だ!」と幻影が叫ぶと、誰もが大いに眉を下げて、道具などを片付け始めた。


この勉強が今は一番大切で、できればもといた惑星に不幸が起こらないようにと大いに知識を蓄えることに決めている。


よってこの先、どのようにして争いを平定させて平和に導くかという大雑把なものだが、その先はさらに細かく勉学を積み、難問に突き当たっても慌てないようにすることが重要なのだ。


特に文明文化の進歩については、先のことを考えさせるように、地元住民に必ず伝えることになる。


伝えても我を通すのであれば、それがその星の運命となるので、大いに困ったことになった時は、強制的にすべてを止める。


そして動物たちが住みやすい大地に戻すことだけを考える。


結果を知っている琵琶家だからこそ、少々面倒だが言い聞かせは重要なのだ。


まずは言い聞かせる方を使えるようにする必要があるので、そのために大いに勉学に励むのだ。


安土城が建ったのはただの通過点で、これからが琵琶家にとっての正念場となるのだ。


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