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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
完結(本編) 現在。朝音。朝曜。
9/15

6話

「現在。朝音。朝曜。」の章は、これにて完結です。長い間お付き合いくださり、ありがとうございました!

 入浴を済ませ、朝音(あさね)の自室に戻った二人。朝音の寝支度を整えつつ、明日の予定を共有する。

 朝音の髪を()かしながら、曜は懐かしさに頬を緩めた。慈愛の滲む瞳の奥が、昔の様に柔らかい。鏡に映る曜の表情を、見なかったことにしたがる朝音は、暴言で曜を刺した。


「曜あなた、阿呆(あほ)みたい」

「あ……。申し訳ありません」


 柔らかな瞳はそのままに、悪気の自覚がない様な謝罪。昔の曜の謝罪だ。恥じらう曜の染まる耳が、酷く懐かしい。朝音は昔を思い出し眼を細める。優しい目の朝音に気が付き、許されるような心地になる曜。


 二人は同じことを願った。

『今だけ。今だけは、赦してほしい』


 張りの弱まった空気感に、恐怖に凝り固まった今の関係が、少し薄れるような気がした。


 曜は昔に比べると、ゆっくりとしたスピードで朝音の髪をまとめた。寝ている間に髪がバラつき、絡まる事を防ぐために等間隔で髪を縛っておくのだ。

 髪を整えられた朝音は、曜に促され寝台に上がる。寝間着の浴衣(ゆかた)が着崩れていることに気が付き、慣れた手付きで直す。久々に着た和服は自由に動ける洋服とは違い、気をつけなければすぐに着崩れる。

 和服では困難な荒々しい動きや、洋服のみに許される姿勢の悪さに慣れていたようだ。朝音は和服の窮屈さと、縛られていたことを思い出し眉を寄せた。


 ブラシを片付けた曜が、寝台の天幕を引き降ろした。


「明日の早朝迎えに来ますので。それまで、お休みになって下さい」


「わかった。下がっていいわよ」


 曜は一礼すると朝音に背を向けた。部屋を後にしようとドアへ向かう。朝音は、遠ざかる曜の背を寝台から眺める。懐かしい時間が終ってしまった惜別(せきべつ)の念に駆られる。行かないで、と朝音が一言願うだけで曜は望みの通りに応じるだろう。

 しかし朝音は、曜を自分だけの人形にしておきたいわけではなかった。糸を解いて、二人で上を向いて、対等なことに笑い合えるように。


『曜が私を選び続けてくれる限り、信じたい、報いたい、だから』


 朝音は胸に右手を置く。強張る喉を解すように、息を吸う。


『この言葉は決意で、証明で、呪いだ』


 気まぐれに、伝えたいと思った。伝えても良いと思った。心を込めた、謝罪の想いを。


「ありがとう、曜」


 優しさも、厳しさも含まない朝音の声。曜は立ち止まる。


(はい。どういたしまして。いいえ。滅相もない。申し訳ありません──返答に、迷ってしまった。)


『正しいものがわからない』


 (朝音様は、どんな言葉が欲しくて、私なんかに感謝するのだろう。わからない、知りたい、解りたい、知り得ることはできない。)


 曜は振り向きたい衝動に駆られる。朝音がどんな表情で、何を込めたのか、顔を見れば解る気がしたのだ。

 しかし振り向くことは許されなかった。悩む曜をよそに、朝音は別れを告げる。


「曜──……おやすみ」


 言いかけのような、絶妙な間。曜は混乱する頭で、最善の返答を考える。たどり着いた答えが正しいものかは、朝音の物差しに委ねよう。そう結論づける。


「……おやすみなさいませ、朝音様」『いい夢を』


 言えずじまいの慰め程度。そんな言葉であろうと、きっと縋ってしまうのだ。朝音の深い孤独、それを知らぬ曜ではない。しかし、混乱した曜は余計な口を叩く前に、逃げようと思っていた。溢れそうなもの、この正体が何か判らないまま。

 この状態で自分が朝音に向けて、何を口走るか分からなかった。恐怖に似た震えが呼吸を速めた。


 渦巻く頭を抱え、曜は退室する。涙の滲むような苦しさを、何に例えるべきか判らなかった。曜の持ちうる言葉では、言い表せない代物(しろもの)なのだ。曜は苦し紛れに瞳を閉じる。暗闇は曜をなだめる。


 遠い昔、暗闇に放った、あの温かさ。

 思い出せ心のままに。素直な感情を思い出せ。

 溶け出る自我に刻まれた、一言半句。


「あ……ありがと、ございま、私こそ──」


 口にする。曜と朝音を遮る扉に向かい「救われています」と。


 夜が明けて、朝が降りる。色のついた昨日を、それぞれ胸に仕舞う。冷暗の闇にて探す曜は、少しの灯りを見つけ。闇を纏う朝音は、光から目を逸らす。


 七月三十一日──夜音の誕生日。今日、彼女は死ぬ。そして生まれ変わるのだ。『花少女(はなしょうじょ)』として。

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