(人形)2.1話の続き
更新が予定通りの月始めにできず、申し訳ありませんでした。(諸事情は活動報告をご覧下さい。)
※BL?の性的描写がごさまいます。苦手な方は読まれませんよう、ご自衛下さい。
「葉先輩? そっかぁ、そうなんだ」
そう言って俯いたきり、彼は黙る。白状しても逆上されなかったという現状は、朝曜の判断を肯定した。夜曜の闇が一旦収まったことに安堵し、肩の力を抜く。同時に夜曜が短く吐息した。朝曜は小さく跳ねて肩をすくめる。
夜曜は何事もなかったかのように、食事を再開した。それを視界に収めた朝曜は、スプーンを握り直す。二人の晩餐に時間の流れが取り戻された。失われたのは会話だけ。
そうして食事は、気まずい沈黙の果てに終わる。朝曜は最後の強飯を掬って口に入れた。
「ね、兄ちゃん。僕も同じことしたいな」
危うく、口に入れたものを吹き出す所だった。困惑の色を浮かべる朝曜を、次の言葉が襲う。
「どんなことしてたか教えてよ。手取り足取り、それこそ恋人みたいにさ」
「こ、断る」
夜曜が前触れもなく椅子から立った。朝曜は怯えた眼差しで彼を追う。背後に回った夜曜が、頭上で呟いた。
「兄ちゃん、次の恋人は満足させられるって言ってたよね。豪語したこと、忘れたなんて言わせないよ」
夜曜が軽口を叩いているだけなのか、本気なのか判断できない。演技の巧みさには定評があるのだ。次の瞬間には、いつもの笑顔をたたえて「じょーだんだって、真に受けた? あはーっ」などとからかい笑う姿が、容易に想像できる。
しかし現実は、想像の真逆へと続く。
「僕の恋人になって、兄ちゃん」
朝曜は彼の眼差しに射竦められた。
「正気か」「本気だよ」
低めの地声が耳元を掠めて、夜曜が視界から外れる。背後に滲む体温、確かな気配に冷や汗をかきながら、朝曜は持論を展開した。
「待て。君は弟で私達は兄弟。この関係性においた恋仲は、危ういと同時に無責任だ」
納得してもらうべく流暢に上げ連ねた、その論は出任せだった。夜曜を翻意させようと、朝曜は必死に言葉を紡ぎ、理解を求める。
「よって君と恋人にはなれない、絶対に、ならない。わかってくれるか」
重々しい沈黙には、朝曜の生殺与奪が懸かる。遠くで蛙が、わんわんと鳴いている。重なりあった鳴き声は、兄弟関係の破綻を待ちわび、嘲っているようで。
「どーでもいいなぁ」
気だるげに一蹴した夜曜は、朝曜を背後から抱き締める。すっと伸びた両腕は朝曜を包み、あっというまに隙間を埋めた。
「ねぇ兄ちゃん、どこでする? 僕はどこでもいいよ」
朝曜の頭に夜曜の頭が触れる。風呂で浴びたはずの冷水は、すっかり熱を帯び、鋭く伸びた毛先だけが冴えていた。椅子越しに、蒸れた体温が伝わてくる。
「兄ちゃんが教わった全部を、僕に教えて」
湿った髪と髪が交わり、合わさった毛先が雫を生んだ。朝曜の首を伝った一滴は、服との隙間に染みていく。それを追う夜曜の視線は、欲情を孕んでいる。朝曜の上書き記憶が、ずるずると剥がれ落ちた。揃って血の気も引く。
「っは駄目、今すぐはな──」
夜曜のヘアオイルが鼻をくすぐり、意識が引き戻された。錯乱しかけていた朝曜は、そのおかげで正気に戻る。長い吐息の末、絞り出すように否定していく。
「……私は兄として、弟を対象にはできなっ」
朝曜の首に圧力がかかり、夜曜の地声が囁く。
「僕が兄だったらいいの」
「違、う」
「じゃあいいじゃん、それとも何? 僕じゃ不満なの」
「それも、違うな」
「また駄目なの? ちゃんと直すから」
拗ねたような声音が、徐々にヒステリック染みてくる。
「僕の何が駄目か言ってよ、言ってくれなきゃ直んない!」
慌てた朝曜は頭を振った。
「君に非はない。私に問題がある」
夜曜が腕の締まりを緩めて、話の続きを促す。朝曜は硬直して手放せずにいたスプーンを、立てたり寝かせたりして続ける。
「私は君に対して、いや、誰に対しても興奮できない……から教えられないんだ。潤葉先輩の立場では、教えることができない」
夜曜は朝曜の首に巻き付けていた腕を解いた。
「ふーん」
「満足させられると言ったのは、女役の立場においた話で。誤解を生んだ、ごめん」
「なんだ、そうだったんだね」
機嫌を取り戻した夜曜の声で、朝曜は安全と判断する。それが誤りだったことに気づいたのは、夜曜に腕を取られてからだった。
「僕が葉先輩の立場になればいいってことじゃんか!」
朝曜は強引に手を引っ張られ、狼狽える。夜曜は彼の力が抜けた隙を狙って、腕を引っ張る力を強めた。
「兄ちゃん立って。ベッドに行こう」
「待てっ、何度も言ってる、私達は兄弟だ」
朝曜は負けじと、椅子に全体重をかける。すると夜曜は椅子を蹴り飛ばした。部屋に甲高い衝撃音が響き、朝曜は腰を床に打ち付けて体制を崩す。
その上に夜曜が覆い被さったことを知らず、反射で上体を起こした朝曜。その口に夜曜の口が重なる。瞬く間の出来事、触れ合っただけ、かと思われた。もう一度瞬くと、柔らかな唇は舌によって割かれていた。
「は」
疑問符は、薄く開いた口の奥へ押し戻される。夜曜は朝曜の頭を両手で包むと、力任せに顔を引き寄せて思うがままに口づけをした。
口内で舌先が交わり、口端には唾液が塗られる。朝曜は驚きのあまり固まって、されるがままに侵入を許した。何をされているのかすら、理解していなかった。朝曜の予想外な無抵抗を、夜曜が訝しんで口を離す。
朝曜は茫然自失とした表情で、短い呼吸を繰り返していた。やがて目の焦点が合うと、口を手の甲で拭った。口内の感覚が戻らないらしく、舌をもつれさせる。
「なっ、で。くち、しぁっ舌を入れた」
夜曜は困惑した。恋仲に段階があるとすれば一番目にあたる行為で、新鮮な反応をされたからである。
「ええ? 葉先輩だってしたでしょ。これくらい」
「ない、口どうしが触れ合ったこともない」
「ええ? 葉先輩とは、どんなことしてたの」
「教えたら真似るのか?」
「や、やだなぁ真似ないよ」
(真似できるか判んないもん、テク未知数だし。僕は僕のやり方で、兄ちゃんの体に上書きできれば満足だし。)
(目隠しされていたから、よく分からない。とは言えない空気だ。ここで視界を奪われるのは不利。まだ、話せばわかってくれるだろうか。)
「君は、どうして固執す……っ」
這う手が朝曜の肌を粟立てた。向かい合った状態で、下半身が密着していく。昇る熱と僅かな快感に、朝曜は思わず震えた。
「感じてんのに、できないの?」
「できない、というより、したくない」
「葉先輩とはしたくて、したの?」
「……流されたんだと思う」
「じゃあ僕にも流されてよ」
投げ合った言葉は、軽々しく話を進めてしまう。朝曜は流れをせき止めるように、一呼吸置いた。
「聞け、潤葉先輩とは克服のために」
「潤葉潤葉ばっか聞きたくない! ちょっと黙ってよ」
朝曜の弁明に聞く耳をもたず、夜曜は強行する。黙らせるために、首を絞めたのだ。朝曜は膝を曲げてもがき、夜曜の手に自身の手を掛ける。そんな二人の思いは複雑だった。
(待て、本気で抵抗するべきか。一対一なのだから、両手を伸ばして勢い良く彼の両耳を叩くだけでいい。それでどうする。逆上されたら、無理にやり込められたら、思い出したら、どうすればいい。)
朝曜はトラウマに重なる感覚から、なるべく離れたいのである。そのためには、無抵抗でいるか本気の抵抗を成功させるかの二択。
(いいなあ葉先輩は。兄ちゃんに、たくさん名前呼ばれて嬉しいだろうね。僕にも名前があったら、呼んでもらえる名が──)
夜曜は潤葉を羨むよりも憎み、後悔と未練とで己は乱され。麻のごとく乱れた感情は、他への攻撃で発散される。
「よ……る、よう」
「ちがう、それは僕の名前じゃないっ!」
首が一方的に締まっていく。朝曜は抵抗を望んでいたが、酸欠のために力が入らなかった。やがて視界が濁り始め、口は酸素を求めて開閉する。苦しさで顔は歪み、目元が涙を溜めて熱くなる。腕を開くように手がパタリと床に落ち、体は痙攣しピタリと動きを止める。
「ごめんね兄ちゃん、手荒にして」
夜曜がようやく手を離し、朝曜は「ひゅっ」と息を飲んで咳き込んだ。続いて頭に霧がかかったような曖昧さのまま、とろとろと視線を彷徨わせる。
「君っ、名前、あ」
指の痕を夜曜がなぞり、癒すように舐める。頸動脈に舌が這うと神経が刺激された。ゾクゾクとした信号が体を駆けて、産毛が逆立つ。
「や、め」
朝曜はぼやけた感覚を取り戻そうと夜曜の服を握ったが、振り払われて床に散った。小麦袋をひっくり返すようにして夜曜が朝曜を裏返す。バックハグで腹部を撫でつけ、首元に顔を埋める。
「ないよ。やめない」
朝曜の呟きを引き継いだ夜曜が否定して、行為を続ける。鼻先にあたる頸動脈へ、食いちぎる勢いで噛みつく。残っている酸欠の痺れが、痛みを薄めているらしい。朝曜は小さく唸るだけで抵抗もしない。夜曜は血の味が舌先に広がった所で、口を離した。
(うーん、血縁の蕾花力は良く馴染む。気配じゃ気づけなかったから血を探ってみたけど、違和感ないや。やっぱり兄ちゃんに、混じり気はない。)
舌を回して、唇についた血を舐めた。
(風呂の時、舐めたのと変わんないし。蕾花持どうしが体の関係を持つと、蕾花力が混ざるはずなのに。引っ掛かるけどさ、兄ちゃんの体に悪変が無いなら赦せそう。)
表に返した朝曜の衣服を捲り、手首まで上げる。ボタンを外して首を抜いた輪は椅子の足に固定し、手の自由を奪う。
朝曜は両腕を上げて肘を突き上げる形にされ、沿った背中が胸を突き立てた。緊張した胸の突起は、荒い呼吸のせいで震えている。夜曜を扇情するような震えは、朝曜をより弱肉にみせた。
酸欠のせいで朦朧としていた朝曜は、唐突に意識を取り戻す。夜曜が乳首を舐めたのだ。朝曜は身震いをして、胸を引く。夜曜は逃がすまいと朝曜の背を抱きとめ、舐め続けた。朝曜は不快さから声を漏らす。潤葉は触れることはあっても、舐めることはなかったのだ。
「ゔう……っ」
夜曜の腕の中で、朝曜はきつく目を閉じて身をよじっている。解放された乳首には、夜曜に味わいつくされた証の唾液が、ぬらぬらと光っていた。朝曜の頬を撫でた夜曜は、にこりと笑いかける。
「兄ちゃん、かわいー」
朝曜は歯を食い縛り、薄く開いた目で夜曜を睨む。涙で揺れる彼の瞳に浮かんでいたのは、憎悪より悲哀。
「今まで通りに戻れなくなるのは、嫌だ。君の側で安心できないのは、嫌だ。だから、もう辞めてくれ」
夜曜は一瞬意外そうな顔をしてから、乾いた声で笑った。
(今まで通り、なんて壊れればいい。僕にとっては、今までが今まで通りじゃないんだから。)
「ものは試しだよ。戻れなかったら、戻らなくていいから。今だけは、僕だけを見てよ兄ちゃん」
夜曜は朝曜の耳元で囁きつつ、首筋から腹部までを撫でる。腿をまさぐり尻へと指を伸ばす。
「兄ちゃん、受け入れてくれる?」
首を左右へ振り必死に拒否を示すも、尻の違和感は増していく。朝曜は息を詰めるようにして歯を食いしばった。
「なーんて、聞かなくても、兄ちゃんなら受け入れてくれるよね」
夜曜が指を抜き去り、眉をひそめた。
(赦せない悪変、あったなあ。この具合からして、性交渉が行われたのは事実じゃんか。葉先輩のサイズ感はわかんないけど、とにかく上書きしなきゃ。)
(彼がこの先も強攻するようなら、なんとしてでも止めなくては。)
「君、本当に辞め」
夜曜が口で塞ぎ黙らせると、朝曜は彼の舌を噛んだ。夜曜は唾液と血を混ぜて垂らしながら、黒く笑む。
「へえ、兄ちゃんも僕を傷つけるんだ?」
朝曜は隙を見逃さなかった。夜曜が体勢を直すために、力を緩めた一瞬を突く。夜曜の首に足を絡めて、なぎ倒した。反動で手首を固定していた椅子が、足を浮かせて倒れる。夜曜と椅子は、同時に床へ伏した。
朝曜は決めたら手を抜かない質だ。そこに感情は含まれず、コードを打ち込まれた機械のように動くだけ。加減や妥協は知らない。
「す、すまない。君、怪我は」
上体を起こして、夜曜に怪我がないか確認する。頭を強く打たせてしまったようで、探るとこぶに触れた。
(兄ちゃんに力業かけられたの初めてだな。どうして。僕のことは拒んで、葉先輩は受け入れんの。どうして。)
抱き起こした夜曜は、頭突きをかましてきた。朝曜は不意打ちの反撃に、よろめいて横転。すかさず夜曜が馬乗りに、朝曜は手刀での反撃を試みる。夜曜は動じずに朝曜を御して裏に返し、強引に下半身を暴く。
「いっ……待て君、いれるな無理、無理だっ」
暴れる朝曜の足が机に当たり、食器がばらばらと床に降った。引く気配のない夜曜に、全くの迷いが失せた朝曜は頭を後方へ振りかぶる。
頭突きで怯んだ夜曜の束縛から抜け出し、とどめの拳を振るう。顎から脳震盪を狙うつもりが、避けられてしまった。口端から血を滲ませた夜曜が、真っ白な表情で朝曜を見た。
(死ぬかと思った、どうして。兄ちゃん、どうして。本気に、どうして。)
時が止まったような心地も束の間。朝曜に掴みかかった夜曜は、彼の首を再び絞めていた。
夜曜の目には、殴られた衝撃で生じた涙が溜まっている。ぽたりと右目から雫が落ちて、朝曜の頬を伝う。夜曜の空虚な顔に、複雑な色が戻る。
「どうして、いつも僕が──」『一番じゃないの』
蚊の泣くような声は、玄関に響いた音に霞む。二人が心臓を跳ね上げて玄関を凝視すると、扉が開いた。そこに現れた人影は。
本編の内容から遠ざかっている気がするって? これは後の夜音、朝音の関係比較の参考例なんです。(それはそうとBL味が否めないので、百合を読みに来てくださっていた読者様には陳謝させていただきます。)
ササッと次回予告「潤葉とワクワク事情聴取」兄弟の関係はどうなってしまうのか、ご注目あれ! (夜曜と朝曜の話は次回で片付きます。本編は、もうしばらくお待ち下さい。)




