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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
完結(本編) 現在。夜音。夜曜

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20/21

6話

※前話は11/19に投稿した、人形の章4話になります。

(前話は現夜夜の章を年内に完結させたいが為に、予定前倒しで投稿しておりました。読んでくださった方、予定外の更新に気づいてくださり、ありがとうございました! 読者がつかないのではと怯えていたので、救われました。超嬉しかったです///)

 葉と今後の予定を共有した二人。部屋に残された夜音(よるね)と曜。お互いに思う所があるのは間違いないが、最初の言葉が見つからない。様子を(うかが)い合い、思わず視線がかち合うと、恥じるように目を伏せる。移り行く空に背を向けた二人はそれぞれ、かける言葉を探していた。


朝音(あさね)が恩人になることは夜音様が納得しているなら、これ以上言うことない。けど……病のことを隠した理由と、夜音様は生き急ぎすぎってことと、辛さを分けてもらえなかったことが悔しかったって気持ち。どれから話せばいいのか(わか)らないや。)


『どれなら人形として許されるのか判らないや』


(どんな弁明(べんめい)も、無意味な気がしてならないわ。何を言っても疑われてしまうに等しい(あざむ)きをしたのだから、当然よ。曜が心配を通り過ぎて、(いきどお)っていてもおかしくはないわ。どんな思いも受け止める覚悟だけは、もっておくべきね。)


 思案に収集がつき、沈黙が破られる。

「夜音様は、私のどこが信用できないんですか?」


 開口一番に選ぶ話題なのだろうか、と夜音は多少面食らった。その動揺を得意のポーカーフェイスで上書きし、想定内という表情で平静を装った。


「ごめんなさい。開花病(かいかびょう)のこと黙ってて」


「答えて、くれないんですね」

 夜音は目を伏せた。「違うわ。その」と言い(よど)み、本心をどのような言葉にするか悩む。


「……信用していないわけではないの」

「じゃあ、なんで、言ってくれなかったんですか」


 曜が頬を膨らせて、幼気(いたいけ)に不貞腐れる。己の気持をわかりやすく見せるための演技だろう。そんな姿を見た夜音は、彼を羨んだ。感情を()()()ために演技ができる彼を。嫉妬が悪魔と相談する。


(私は生まれてから今まで、感情を()()ことでしか演技を許されなかったのに。曜はいつも直情的な思いを見せびらかすように演じてみせて、いつもいつも私を苛立たせる。そんなあなたのこと、いつからか私ね……)


『大嫌いになったのよ』

 夜音の悪魔が嫉妬を燃やした。刺してやれ踏み(にじ)ってやれと、叫ぶ声に人形は従う。


「あなたは既に知っているのではなくて?」


 感情を見せないために演じる。そのために人形で()る。それが夜音の本質だった。すっと、貼り付けたような笑みを浮かべる。


「私のこと利用したかっただけでしょう?」


 曜は冷水を浴びたような心地になった。ぎゅっと結んだ口は、震えが止まらなかった。


「そっ……そうでしたね」


 夜音は思わず己の口を塞いだ。もう遅い、取り消せない。夜音の言葉は曜に刺さっている。感情に任せて言ってしまった罪悪感で、顔を逸らす。

 曜は首に手をかけて、ぎりぎりと首筋を握り込んだ。薄皮に爪が立ち、痛みが頭を冴え渡らせる。


(そんなの五年も前の事じゃないか。今は違うんだよ? 兄ちゃんを取り戻すために利用したのだって、もう達成されたじゃんか。利害の一致だけで一緒に居たのは、兄ちゃんと朝音を引き離した時までだったんじゃなかったの。少なくとも僕は、そのつもりでいたよ?)


 黙り込んだ曜を夜音は放置した。後ろめたい気持ちが湧いて出る。


(曜のことを信用していないわけではないわ。これは偽りではないはずなの。ただ、曜の思う信用の形が分からないだけ。信用の仕方がわからなくて、伝わらないだけなのよ。嘘ではないし演じてない、本当の私の言葉。きっと、そうよね?)


『曜の前では私、人間として存在できているわよね?』


 曜は(うつむ)いたまま、首を握り続けていた。追い詰められたとき首に爪を立てるのは、幼い頃からの癖だった。この苦しみは自分が自分に与えているだけ。コントロールできるものだと、脳を勘違いさせたい一心で無意識に身についたものだった。


(最優秀従者って肩書だけで拾ってくれたのは知ってた。信用しないでずっと利用しているだけなのも知ってた。それでも僕は、僕の一番大切を取り戻してくれた貴女(あなた)に恩を感じてて。それを少しでも返したくて。)


『慕って、尽くしてきた、つもりなのに』


 曜は夜音に冷めた視線を送る。

「なーんにも、伝わっていなかったんですね」


 夜音が驚いて曜を見る。曜は普段の明るい声音(こわね)をしていなかったのだ。


「私は貴女を、お慕いしていますよ」


 曜は笑顔を浮かべる。笑っていない目で、夜音を見据(みす)える。彼が今までに見せたことのない表情だった。演技ではない剥き出しの感情を感じ取った夜音は、背筋が冷えるのを感じた。


『曜が人形ではなくなった』


「なーんて、改めて伝えたところで? 貴女は私を信用しないでしょうけど」


 慣れ親しんだ人形が突然、得体の知れないものになった恐怖が口を塞ぐ。夜音は、わずかな勇気で真意を探らんとする。


「……どういう意味?」


「はは、貴女は誰のことも信用できない。って意味ですよ」


 低い声音は曜の地声だった。夜音は彼の本心に初めて触れた気がした。


「私がどれだけ慕って、気遣って、尽くして、大切にしても!」


 曜が悔しさを拳に代える。赤くなった目元、噛み締めても震える口元。眉間は縦シワを刻んで、複雑に歪む。


「貴女には何も、伝わっていないじゃないですぁ……」


 失敗した福笑いのように、ぐちゃぐちゃな顔を見た夜音は安堵した。


(いつもの曜だわ。子供っぽくて、わがままで、わかりやすい人形の。)


 目をこすり鼻をすする曜。彼の震える語尾に、夜音は寄り添った。


「そうね、何も伝わらなかった」

 夜音は曜の手を取り、自分の手を重ねる。


「だって解らないんだもの、曜が私へ寄せる想いの理屈が」


 透き通った曇りなき眼。あまりにも無垢な金色の相貌(そうぼう)。残酷な無知から生まれる、純粋な疑問。


 曜は何に熱くなっていたのかも忘れて、呆れたように笑い声を上げた。夜音の手を振り払う。主従の関係も、相手が病人ということも忘れた。そんな勢いで、ばっと迫った曜は夜音の両頬に手を当てた。

 曜は、そのまま夜音を引き寄せた。夜音は反射的に彼の腕を掴む。曜は両手に収まった夜音の顔を睨み付ける。


「それって、自分すら信用できていないから、大切にされる意味を知らないから、解らないんですよ」


 掴み合って人の字になった二人の影が、寝台に伸びる。夜音は寝台の上で膝立ちになった。不理解のまま言葉を投げる。


「あなた、そんな風に思っていたの?」


 それは曜の直情を跳ね返すがごとく。絶望を与えるように、深く彼を傷つけた。


「どうして黙っていたの? そんなに思い詰める前に、教えてほしかったわ」


「……は?」


 曜は眼前が真っ暗になった心地がした。闇に芽生えるのは虚しさ。渦を巻いて育ったそれは、曜の思考を埋め尽くす。


(言葉を尽くしても、思いを形にしても、伝わってないじゃんか。貴女は()()()()()()()()しか受け取れないくせに、伝えたところで理解できないくせに……どうしてそれを教える必要がある?)


「そうですか、(わか)らないんですね」


 身体の感覚が遠退いて、すうっと熱が冷めていく。夜音に掴みかかっている状態を忘れる。無意識で手に力が入る。ぐっと押された夜音の顔は、ひょっとこのようにすぼむ。


「解らないでしょうね」

 光のない瞳を見開いて、夜音を見つめる曜。

「愛を知らない貴女には」

 無意識に出た言葉。無機質な声。

「人間のふりしかできないあなたには」


 その言葉は、夜音の頭に(もや)をかけた。彼女は機械的に反論する。

「私は人間よ」


 仕組まれた答弁に、曜は辟易(へきえき)した。こう来たらこう答える、なんて台本に忠実な。


「人形なのはあなたでしょう?」

 曜は次に来る台詞を頭に浮かべる。その文字を夜音が読み上げていく。


「私は、曜と違って人間なのよ」

 まるで人形劇の台詞(せりふ)。彼女の口を動かしたのは、プログラム。


「そうですね」曜は夜音から、そっと手を引いた。

『何も解るはずない。人形のままでは』


「申し訳ありませんでした。少し頭を」

 前髪を巻き込んで、顔の右半分を覆う。

「頭を冷やしてきます」


 曜は、そう言い残すと部屋を出ていった。夜音は唖然として固まったままだ。


「わからないの、なにも、わからないの」


 その姿は、遊びを途中で放棄された蝋人形のようだった。

お気づきだろうか……読者様が今覚えた既視感は、正しい。

 朝音&朝曜の主従と夜音&夜曜の主従、実は、やってること大体同じなんです。2つの主従の関係性は、スタートラインが同じということを明確にしておきたかったので、あえて似た展開にしました。鬱陶しくて話が進まなくて、という現状ですが、これからに期待していてください。それぞれの主従関係は、これから先、良くも悪くも激変していきます。これ以上はネタバレだっ、危ない危ない……。


 (お時間がございましたら活動報告もご覧くだされ!)うっかり口を滑らせる前に予告で、お別れです。次回更新は来月になります。どの章に新作を投稿するかは未定ですが、必ず投稿します。それでは、来年1月にお会いしましょう!

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