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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
完結(本編) 現在。夜音。夜曜

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19/21

5話

改めまして今月の更新です。話数は変わっておりませんが、生まれたての最新話です!


※前回の5話は(本編) 現在。夜音。夜曜 には不適切とし、(人形)の章3話へ変更いたしました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 気絶していた筈の夜音(よるね)が声をあげた。曜は夜音に駆け寄り、葉は振り返る。夜音は無理に起き上がろうとせず、続ける。


「私は最終手段に賭けるわ」


「夜音様、危険な賭けです。全容の分からないものに命を預けるのは──」


 曜の懸念の声を遮って、変わらない意志を伝える。


「心配してくれてありがとう。けれどね曜、私はリスクを承知の上で命を賭けると言っているのよ」


「移植の方が安全です。手術の失敗例は少なく、蕾花(らいか)だって直ぐ手に入るらしいですから」


「確かに移植は術前に時間を取られませんが、移植後に時間がかかりますよ。蕾花が馴染むまでの間に何かしらの悪影響が出てしまえば、病を繰り返すことになるのがリスクです」


 葉が話を区切ると、夜音は静かに続きを待った。


「開花病は蕾花の制御不足が原因とされている上に、制御不足に陥る原因は解明されておりませんので」


「なんで余計なことを言うんですか」と顔に書いた曜が葉を睨みつける。

「命を賭けるのなら、全てを知った上でなければなりませんから」と葉は済まし顔で返す。


「花少女は開花の制御が可能だそうです。ただ手術が上手く行った試しがないそうで、選択はお任せします。それぞれのリスクとリターンを吟味(ぎんみ)してくださいね」


 夜音は考え込む素振りもなくして答える。


「私は時間を無駄にはできないの。時間をかけた上での移植のリスクよりも、時間の掛からない花少女のリスクを選ぶわ」


 耐えきれないといった様子で肩を震わせていた曜は、せきを切ったように(まく)し立てる。


「どうしてですか? 朝顔家の最年少課長記録は、もう塗り替えたんですよ。目的は達成したじゃありませんか。今直ぐ全てを手に入れる必要なんて、もうないんですよ? 私はっ」


 夜音は自分の口に人差し指を立てた。黙れのサインだ。曜は、ぐっと奥歯を噛んで引き下がる。


(私は、夜音様が朝顔家に奪われるのが。夜音様が、これ以上何かを捧げるのが許せないんです。)


「全てを失う可能性があっても、今直ぐに全てを手に入れられるのなら……私は迷わず、そちらを選ぶと決めているの。一度決めたことは曲げられないのよ」


 曜は納得できず、不服そうに目を逸らした。

「……余計な口出しをしてしまい、申し訳ありませんでした」


 反論を制した夜音は、葉に視線を向けた。

潤葉(じゅんば)、最終手段について詳しく教えて頂戴?」


 葉は笑みを崩さずに、黙り込んだ。夜音は次の手を打つ。

「必要なら曜には出ていってもらうから」


「は……なんで私だけ?」

 戸惑う曜を、夜音は再びハンドサインで黙らせる。


「曜には聞かせられない理由があるのよね?」


 眠っているフリで盗み聞きした会話。夜音は一部だけで、葉が花少女について言い渋っている事に気がついたのだ。葉は夜音を末恐ろしく思った。


(やれやれ……話す他ないのでしょう。夜音さんの納得がなければ、何もかも前に進まないのですから。下手をしても仕方のないことです。)


「承知しました。この場でお話致します……夜曜(よるよう)も聞いて下さい」


 両手を背中に回し、片方の手首を掴む。

『下手したら、彼を失いますよ』

「ええ」葉は咳払いをして話し始めた。


花少女(はなしょうじょ)実験と、呼ばれるものがあります。それが成功したなら、夜音様の病は無くなります。これが私の最終手段です」


「花少女?」と呟く曜。思い当たる節のあるのか、(いぶか)しげな表情を深めている。葉は初手で地雷を踏んだのかと、背筋を冷やした。


(夜曜は森林塀(しんりんへい)で育った(しば)……知っていて当然か。焦って口を滑らせなければいいだけですよ。君と私の関係を。)


 葉は曜を見つめ、肯定の意で微笑んだ。


「逃亡戦争時から研究されていましたから。どこかで噂を聞いたのでしょう」


「んー。そうかも知れません」


 自身の冷静さを取り戻すには時間が掛かると計った曜は、その場凌ぎに受け流そうとした。そんな彼のベストを、夜音が引っ張って(たず)ねる。


「花の化身の噂って、花少女伝説のことかしら?」


 彼女の顔は色の良さを取り戻していた。好奇心で輝く瞳に気圧される。億劫(おっくう)が曜の身を引かせ、頬を掻かせた。


「えっと、よく覚えていないので」曜が濁すと、夜音は一説を語りだした。


「散りゆく花の化身は、種になりて人々に宿る。種は蕾へ、蕾は花へ。その花が開く時、花の化身は甦る。というのが花少女伝説の一説にあるわ。このことかしら?」


 曜は一旦、感情を捨てた。(夜音様に、余計な心労をかけたくないし。)と心を入れ替えて、いつも通りの人形の曜を演じることにした。


 夜音の(そら)じた内容で「そーです! 思い出しました!」と閃いたかのように振る舞う。ポンッと手を打ち鳴らした曜は、今までのように演じてみせた。


「たしかにそんな感じで。御伽話(おとぎばなし)として、よく聞かされていました。それがいつの間にか噂になってたんですよ」


「すっきりしたー」と独りごちる曜の隣で、夜音は考察をまとめる。


「御伽話が噂の芽なのね。ということは、曜に話を聞かせていた人物が、真偽を知っている可能性が高いのではなくて?」


 曜は記憶を呼び起こすために、目を閉じて黙り込む。

「えっとですね……」


 腕を組んで、うんうんとしばらく唸った末、床に崩れ落ちた。頭を抱えて仰け反る。


「あーっもう駄目です。ぜんっぜん思い出せません!」

 そう叫んで、曜は(さじ)を投げた。


「うう、役に立たない頭で申し訳ありません」

 眉を下げて、謝罪満面な表情をしてみせる。


「話の内容は、バッチリ思い出せたんですけどー」

 ぶうぶうと鳴きながら唇を尖らせている曜に、夜音が提案する。


「話している内に思い出せるかもしれないわ。一先(ひとま)ず話を聞かせてくれる?」


 夜音の提案に納得した曜は、しゃきっと背筋を正した。

「仰るとーりですね! 承知しました」


 曜が語った御伽話は、フィクションともノンフィクションとも考えられる内容だった。


 戦場で散った花の化身は、種になって大地に降り注いだ。その種は敵味方関係なく、生と死も無差別にして、人々を吸い付くす。やがて荒んだ戦地の人影は失せ、代わりに大地一面花の海と化した。その花から零れ落ちた種は人の形を成した。花から生まれた人々は、その身に花を宿していた。花の化身は命を増やし、生まれ変わったのだ。


「以上が私が聞いていた御伽話で、噂の元ネタです」

 葉は曜の話を引き継ぎ、説明のために噂を要約した。

「花の化身が蕾花持(らいかもち)の始まり。という噂ですが」


「あ! ちょっと待って下さい! その」

 曜が葉の説明に割って入り、疑問を投げる。


「噂が本当ってことは、花の化身(けしん)は実存したってことですか?」


 葉は想定内の(とい)に目を細めた。そして、焦り出す内心に言い聞かせる。


(全てを教える必要はない。先程の様に、彼が思い出す確率は低いのだから。蕾花に影響を出す前に、必要最低限の情報だけを。)


 葉にとって「花の化身」という響きは、鮮やかな畏怖(いふ)(よみがえ)らせるものだった。戦場での記憶を呼び起こす単語。彼は、その一言を口に出す度に勇気を必要とする。


『花の化身、花少女に、私の主は──』


「そうですね。半端な忘却の影響で歪んでしまいましたが、今も存在しています」


「えっと確か噂では、花の化身の生まれ変わりが、生まれながらの蕾花持って言われてて」


「違いますよ。あくまで噂ということを、お忘れなく。実際は──」


 噂話を否定した葉が、自身の胸を指差して続ける。


「蕾花持が花の化身。花の化身の、仮の姿が蕾花持なんです。そこに生来の蕾花持か、そうでないかは関係ありません。そして真の姿になる方法はひとつ」


 夜音が先取りして確認する。

「開花で花の化身(真の姿)になるのね?」

 葉は指を広げて拍手のジェスチャーをした。


「その通り。花の化身を人為的につくるために、花少女実験は行われてきました。開花の制御維持が成功目標とされており、実験の目的は花少女の特出能力にあります」


「花少女は開花の制御維持状態で、病を花少女状態に昇華させる。というのは理解できたのだけれど、開花病の治癒になる理屈がわからないわ」


「専門知識も混ざるので、難解な上に長くなりますが。命のかかった選択ですから、知る必要がありますよね」


 顎に手を添えて頷いた葉は、解説を始めた。開花病のメカニズムと苦痛の原因、開花との相違点。花少実験が夜音の命を救うことになる理屈を。


 そもそも蕾花持は、人間細胞と植物細胞をもっている。蕾花力は、その細胞に宿る植物エネルギーを指す。主に植物細胞に植物エネルギーが多い。


「これが蕾花力の基本です」


 開花には全ての人間細胞を、植物細胞に置き換えるスイッチの役割がある。全身が植物細胞に変換されると、植物細胞に多く含まれる植物エネルギーを蕾花能力として最大限に引き出せる。


「能力解放の開花については、一般常識の外です。それこそ御伽話と思われていますね」


 開花病は開花のために、全身の蕾花力を蕾花が集めることを言う。

 細胞は置き換わる以前に壊れてしまうのが一般で、細胞が力を奪われて壊れる時に痛みが生じる。細胞が置き換わる又は、蕾花力が吸い上げられて細胞が壊れる。蕾花に集約された蕾花力が心臓に負荷をかける。これらが開花病の苦痛の原因とされている。


 本来の開花は、咲いた後に細胞が置き換わるはずで痛みは生じない。理論上では、花少女になることで開花病の苦痛が取り除けるというのだ。


「最後に、花少女の特出能力には蕾花を凌駕(りょうが)するものがあることをお教えします。同じ蕾花能力でありながら、一線を角します。別の次元と言っても過言ではないでしょう」


 夜音は腑に落ちた様子で目蓋(まぶた)を下ろし「なるほど」と呟く。夜音が起き上がるために首を起こした。曜に支えられながら、上体を起こす。その間、確認の一助として推論を広げる。


「恐らく、その力の中には命を蘇らせる力がある。それを実現するために研究をしていた。研究を命じたのが当主様ということは、ハオネを(よみがえ)らせる事が本来の目的かしら?」


 葉は口に人差し指を当てて、片目を閉じた。

「私の口からは、お教えできませんので。推察の内にお収め下さい」


 途端、曜がわざとらしく顔を(しか)めた。

「ええーどうしてですか?」


 疑いの眼差しを、躊躇(ためら)いなく葉に向ける。

「夜音様のお命がかかっているんですよ? 隠し事は卑怯ですよ?」


「潤葉にだって事情があるの。無理に聞き出そうとするのは、みっともないわ」


 夜音の(たしな)めを珍しく無視した曜は、暴走気味に演技を続ける。


「ああ、また私が居るから話せないんですね? 先輩って私に隠し事ばっかりですねー?」


「曜、いい加減にしなさい」

 怒気を含んだ鋭い忠告すらも無視して。


「ここは、なーんにも隠し事のない私が譲歩しましょう! 私ちょっと、席を外しまーす」


「曜!」「夜音様、夜曜の言う通りですから」


 曜の度が過ぎる言動を夜音が叱り、葉は赦す。二人は溜め息をひとつ吐いた。夜音は安堵に、葉は呆れて。


「これからお伝えすることは、決して、私の口から出たものとして受け取らないでいただきたいのですが」


 慎重な前置きは、情報漏洩の口封じとして必須だった。


「言い伝えによると、世界の掟を覆すような強大な力も存在するらしく。その力の再現が研究の目的でありながら、未だ実用化には至っていません」


「え? えっと」

 曜は発破をかけた身でありながら、予想外の返答に戸惑いの声をあげた。葉は構わずに続ける。


「被検体不足の頓挫(とんざ)中でして。そちらの実験に、被検体として参加していただくことになります」


 真剣な表情を、見慣れた柔和な笑みに変える。


「と言いましても、夜音様は実験が成功さえすれば丸儲け。被験体といっても家長として扱うので、その点は、ご安心下さい」


 夜音が口を開く前に、曜が身を乗り出した。

「その、誤った解釈でしたら、申し訳ないんですけど」


 口ごもるようにして、紡がれた仮説。

「もしも実験が失敗したら、夜音様は」


 曜の握り合わせた手が、少し力む。

「ハオネ様を甦らせるための、犠牲になるってことですか?」


「……悪く言えば、そういうことになるわね」

 夜音が窓の光に背を向けて、力なく自嘲した。


『第三者のために存在する生き方を、私は変えられない』


 夜音の()んだ目を見た曜は、彼女が既に諦めていることを悟る。誰かがその目を否定しなければ、希望を見放すことになる。何を望んでも叶うことはなく、願うことさえ許されない生き地獄。そんな未来を受け入れることになる。曜は焦燥(しょうそう)に身を焼かれ、手に汗を握った。


(諦めちゃいけないって教えなきゃ。誰かが夜音様の諦めを否定しなきゃ。未来は変えることのできるものだって証明してくれた、()()()の夜音様を取り戻さなくちゃ。誰かが……)


「だ、駄目ですよそんなの!」

 気がつけば叫んでいた。


「夜音様は、誰の犠牲にもなってはならない方です!」


 曜は人形の型から外れて、想いを口走った。

「私の一番大切な主です!」

「曜……ありがとう」


 曜は顔を輝かせた。主が気持ちを受け取ってくれたのだと。ようやく通じ合えたのだと。しかし次の言葉で、彼は笑顔を失った。

お疲れ様です、お久しぶりです。花少女について、なんとなく把握できたでしょうか? (作者は書きなぐりの設定と睨み合いながら書きました。字面の複雑さに頭を抱えながら。)近い内に解説を更新します。よければそちらも、見てみて下さいな。


次回は(人形)の章に投稿します。「無力な夜曜、脅される夜曜、潤葉の目的」の三本立てでお送りします!

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