5話
改めまして今月の更新です。話数は変わっておりませんが、生まれたての最新話です!
※前回の5話は(本編) 現在。夜音。夜曜 には不適切とし、(人形)の章3話へ変更いたしました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
気絶していた筈の夜音が声をあげた。曜は夜音に駆け寄り、葉は振り返る。夜音は無理に起き上がろうとせず、続ける。
「私は最終手段に賭けるわ」
「夜音様、危険な賭けです。全容の分からないものに命を預けるのは──」
曜の懸念の声を遮って、変わらない意志を伝える。
「心配してくれてありがとう。けれどね曜、私はリスクを承知の上で命を賭けると言っているのよ」
「移植の方が安全です。手術の失敗例は少なく、蕾花だって直ぐ手に入るらしいですから」
「確かに移植は術前に時間を取られませんが、移植後に時間がかかりますよ。蕾花が馴染むまでの間に何かしらの悪影響が出てしまえば、病を繰り返すことになるのがリスクです」
葉が話を区切ると、夜音は静かに続きを待った。
「開花病は蕾花の制御不足が原因とされている上に、制御不足に陥る原因は解明されておりませんので」
「なんで余計なことを言うんですか」と顔に書いた曜が葉を睨みつける。
「命を賭けるのなら、全てを知った上でなければなりませんから」と葉は済まし顔で返す。
「花少女は開花の制御が可能だそうです。ただ手術が上手く行った試しがないそうで、選択はお任せします。それぞれのリスクとリターンを吟味してくださいね」
夜音は考え込む素振りもなくして答える。
「私は時間を無駄にはできないの。時間をかけた上での移植のリスクよりも、時間の掛からない花少女のリスクを選ぶわ」
耐えきれないといった様子で肩を震わせていた曜は、せきを切ったように捲し立てる。
「どうしてですか? 朝顔家の最年少課長記録は、もう塗り替えたんですよ。目的は達成したじゃありませんか。今直ぐ全てを手に入れる必要なんて、もうないんですよ? 私はっ」
夜音は自分の口に人差し指を立てた。黙れのサインだ。曜は、ぐっと奥歯を噛んで引き下がる。
(私は、夜音様が朝顔家に奪われるのが。夜音様が、これ以上何かを捧げるのが許せないんです。)
「全てを失う可能性があっても、今直ぐに全てを手に入れられるのなら……私は迷わず、そちらを選ぶと決めているの。一度決めたことは曲げられないのよ」
曜は納得できず、不服そうに目を逸らした。
「……余計な口出しをしてしまい、申し訳ありませんでした」
反論を制した夜音は、葉に視線を向けた。
「潤葉、最終手段について詳しく教えて頂戴?」
葉は笑みを崩さずに、黙り込んだ。夜音は次の手を打つ。
「必要なら曜には出ていってもらうから」
「は……なんで私だけ?」
戸惑う曜を、夜音は再びハンドサインで黙らせる。
「曜には聞かせられない理由があるのよね?」
眠っているフリで盗み聞きした会話。夜音は一部だけで、葉が花少女について言い渋っている事に気がついたのだ。葉は夜音を末恐ろしく思った。
(やれやれ……話す他ないのでしょう。夜音さんの納得がなければ、何もかも前に進まないのですから。下手をしても仕方のないことです。)
「承知しました。この場でお話致します……夜曜も聞いて下さい」
両手を背中に回し、片方の手首を掴む。
『下手したら、彼を失いますよ』
「ええ」葉は咳払いをして話し始めた。
「花少女実験と、呼ばれるものがあります。それが成功したなら、夜音様の病は無くなります。これが私の最終手段です」
「花少女?」と呟く曜。思い当たる節のあるのか、訝しげな表情を深めている。葉は初手で地雷を踏んだのかと、背筋を冷やした。
(夜曜は森林塀で育った芝……知っていて当然か。焦って口を滑らせなければいいだけですよ。君と私の関係を。)
葉は曜を見つめ、肯定の意で微笑んだ。
「逃亡戦争時から研究されていましたから。どこかで噂を聞いたのでしょう」
「んー。そうかも知れません」
自身の冷静さを取り戻すには時間が掛かると計った曜は、その場凌ぎに受け流そうとした。そんな彼のベストを、夜音が引っ張って尋ねる。
「花の化身の噂って、花少女伝説のことかしら?」
彼女の顔は色の良さを取り戻していた。好奇心で輝く瞳に気圧される。億劫が曜の身を引かせ、頬を掻かせた。
「えっと、よく覚えていないので」曜が濁すと、夜音は一説を語りだした。
「散りゆく花の化身は、種になりて人々に宿る。種は蕾へ、蕾は花へ。その花が開く時、花の化身は甦る。というのが花少女伝説の一説にあるわ。このことかしら?」
曜は一旦、感情を捨てた。(夜音様に、余計な心労をかけたくないし。)と心を入れ替えて、いつも通りの人形の曜を演じることにした。
夜音の諳じた内容で「そーです! 思い出しました!」と閃いたかのように振る舞う。ポンッと手を打ち鳴らした曜は、今までのように演じてみせた。
「たしかにそんな感じで。御伽話として、よく聞かされていました。それがいつの間にか噂になってたんですよ」
「すっきりしたー」と独りごちる曜の隣で、夜音は考察をまとめる。
「御伽話が噂の芽なのね。ということは、曜に話を聞かせていた人物が、真偽を知っている可能性が高いのではなくて?」
曜は記憶を呼び起こすために、目を閉じて黙り込む。
「えっとですね……」
腕を組んで、うんうんとしばらく唸った末、床に崩れ落ちた。頭を抱えて仰け反る。
「あーっもう駄目です。ぜんっぜん思い出せません!」
そう叫んで、曜は匙を投げた。
「うう、役に立たない頭で申し訳ありません」
眉を下げて、謝罪満面な表情をしてみせる。
「話の内容は、バッチリ思い出せたんですけどー」
ぶうぶうと鳴きながら唇を尖らせている曜に、夜音が提案する。
「話している内に思い出せるかもしれないわ。一先ず話を聞かせてくれる?」
夜音の提案に納得した曜は、しゃきっと背筋を正した。
「仰るとーりですね! 承知しました」
曜が語った御伽話は、フィクションともノンフィクションとも考えられる内容だった。
戦場で散った花の化身は、種になって大地に降り注いだ。その種は敵味方関係なく、生と死も無差別にして、人々を吸い付くす。やがて荒んだ戦地の人影は失せ、代わりに大地一面花の海と化した。その花から零れ落ちた種は人の形を成した。花から生まれた人々は、その身に花を宿していた。花の化身は命を増やし、生まれ変わったのだ。
「以上が私が聞いていた御伽話で、噂の元ネタです」
葉は曜の話を引き継ぎ、説明のために噂を要約した。
「花の化身が蕾花持の始まり。という噂ですが」
「あ! ちょっと待って下さい! その」
曜が葉の説明に割って入り、疑問を投げる。
「噂が本当ってことは、花の化身は実存したってことですか?」
葉は想定内の問に目を細めた。そして、焦り出す内心に言い聞かせる。
(全てを教える必要はない。先程の様に、彼が思い出す確率は低いのだから。蕾花に影響を出す前に、必要最低限の情報だけを。)
葉にとって「花の化身」という響きは、鮮やかな畏怖を蘇らせるものだった。戦場での記憶を呼び起こす単語。彼は、その一言を口に出す度に勇気を必要とする。
『花の化身、花少女に、私の主は──』
「そうですね。半端な忘却の影響で歪んでしまいましたが、今も存在しています」
「えっと確か噂では、花の化身の生まれ変わりが、生まれながらの蕾花持って言われてて」
「違いますよ。あくまで噂ということを、お忘れなく。実際は──」
噂話を否定した葉が、自身の胸を指差して続ける。
「蕾花持が花の化身。花の化身の、仮の姿が蕾花持なんです。そこに生来の蕾花持か、そうでないかは関係ありません。そして真の姿になる方法はひとつ」
夜音が先取りして確認する。
「開花で花の化身になるのね?」
葉は指を広げて拍手のジェスチャーをした。
「その通り。花の化身を人為的につくるために、花少女実験は行われてきました。開花の制御維持が成功目標とされており、実験の目的は花少女の特出能力にあります」
「花少女は開花の制御維持状態で、病を花少女状態に昇華させる。というのは理解できたのだけれど、開花病の治癒になる理屈がわからないわ」
「専門知識も混ざるので、難解な上に長くなりますが。命のかかった選択ですから、知る必要がありますよね」
顎に手を添えて頷いた葉は、解説を始めた。開花病のメカニズムと苦痛の原因、開花との相違点。花少実験が夜音の命を救うことになる理屈を。
そもそも蕾花持は、人間細胞と植物細胞をもっている。蕾花力は、その細胞に宿る植物エネルギーを指す。主に植物細胞に植物エネルギーが多い。
「これが蕾花力の基本です」
開花には全ての人間細胞を、植物細胞に置き換えるスイッチの役割がある。全身が植物細胞に変換されると、植物細胞に多く含まれる植物エネルギーを蕾花能力として最大限に引き出せる。
「能力解放の開花については、一般常識の外です。それこそ御伽話と思われていますね」
開花病は開花のために、全身の蕾花力を蕾花が集めることを言う。
細胞は置き換わる以前に壊れてしまうのが一般で、細胞が力を奪われて壊れる時に痛みが生じる。細胞が置き換わる又は、蕾花力が吸い上げられて細胞が壊れる。蕾花に集約された蕾花力が心臓に負荷をかける。これらが開花病の苦痛の原因とされている。
本来の開花は、咲いた後に細胞が置き換わるはずで痛みは生じない。理論上では、花少女になることで開花病の苦痛が取り除けるというのだ。
「最後に、花少女の特出能力には蕾花を凌駕するものがあることをお教えします。同じ蕾花能力でありながら、一線を角します。別の次元と言っても過言ではないでしょう」
夜音は腑に落ちた様子で目蓋を下ろし「なるほど」と呟く。夜音が起き上がるために首を起こした。曜に支えられながら、上体を起こす。その間、確認の一助として推論を広げる。
「恐らく、その力の中には命を蘇らせる力がある。それを実現するために研究をしていた。研究を命じたのが当主様ということは、ハオネを甦らせる事が本来の目的かしら?」
葉は口に人差し指を当てて、片目を閉じた。
「私の口からは、お教えできませんので。推察の内にお収め下さい」
途端、曜がわざとらしく顔を顰めた。
「ええーどうしてですか?」
疑いの眼差しを、躊躇いなく葉に向ける。
「夜音様のお命がかかっているんですよ? 隠し事は卑怯ですよ?」
「潤葉にだって事情があるの。無理に聞き出そうとするのは、みっともないわ」
夜音の窘めを珍しく無視した曜は、暴走気味に演技を続ける。
「ああ、また私が居るから話せないんですね? 先輩って私に隠し事ばっかりですねー?」
「曜、いい加減にしなさい」
怒気を含んだ鋭い忠告すらも無視して。
「ここは、なーんにも隠し事のない私が譲歩しましょう! 私ちょっと、席を外しまーす」
「曜!」「夜音様、夜曜の言う通りですから」
曜の度が過ぎる言動を夜音が叱り、葉は赦す。二人は溜め息をひとつ吐いた。夜音は安堵に、葉は呆れて。
「これからお伝えすることは、決して、私の口から出たものとして受け取らないでいただきたいのですが」
慎重な前置きは、情報漏洩の口封じとして必須だった。
「言い伝えによると、世界の掟を覆すような強大な力も存在するらしく。その力の再現が研究の目的でありながら、未だ実用化には至っていません」
「え? えっと」
曜は発破をかけた身でありながら、予想外の返答に戸惑いの声をあげた。葉は構わずに続ける。
「被検体不足の頓挫中でして。そちらの実験に、被検体として参加していただくことになります」
真剣な表情を、見慣れた柔和な笑みに変える。
「と言いましても、夜音様は実験が成功さえすれば丸儲け。被験体といっても家長として扱うので、その点は、ご安心下さい」
夜音が口を開く前に、曜が身を乗り出した。
「その、誤った解釈でしたら、申し訳ないんですけど」
口ごもるようにして、紡がれた仮説。
「もしも実験が失敗したら、夜音様は」
曜の握り合わせた手が、少し力む。
「ハオネ様を甦らせるための、犠牲になるってことですか?」
「……悪く言えば、そういうことになるわね」
夜音が窓の光に背を向けて、力なく自嘲した。
『第三者のために存在する生き方を、私は変えられない』
夜音の憂んだ目を見た曜は、彼女が既に諦めていることを悟る。誰かがその目を否定しなければ、希望を見放すことになる。何を望んでも叶うことはなく、願うことさえ許されない生き地獄。そんな未来を受け入れることになる。曜は焦燥に身を焼かれ、手に汗を握った。
(諦めちゃいけないって教えなきゃ。誰かが夜音様の諦めを否定しなきゃ。未来は変えることのできるものだって証明してくれた、あの頃の夜音様を取り戻さなくちゃ。誰かが……)
「だ、駄目ですよそんなの!」
気がつけば叫んでいた。
「夜音様は、誰の犠牲にもなってはならない方です!」
曜は人形の型から外れて、想いを口走った。
「私の一番大切な主です!」
「曜……ありがとう」
曜は顔を輝かせた。主が気持ちを受け取ってくれたのだと。ようやく通じ合えたのだと。しかし次の言葉で、彼は笑顔を失った。
お疲れ様です、お久しぶりです。花少女について、なんとなく把握できたでしょうか? (作者は書きなぐりの設定と睨み合いながら書きました。字面の複雑さに頭を抱えながら。)近い内に解説を更新します。よければそちらも、見てみて下さいな。
次回は(人形)の章に投稿します。「無力な夜曜、脅される夜曜、潤葉の目的」の三本立てでお送りします!




