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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
完結(本編) 現在。夜音。夜曜

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16/21

2話

久しぶりに5000文字の話が投稿できました。夜音の話は今の所どれも4000だったので、前回よりも読み応えがあると自負しております。ご満足頂ければ幸いです。

夜音(よるね)様、こちらが本日の予定です」

「ええ、順番に進めましょう」


 夜音は従者の(よう)夜曜(よるよう))に伝えられた予定をこなす。生まれてから続いてきた毎日の予定──実父のウルガが与えるノルマは、夜音が家長(かちょう)になるための大詰めを迎えていた。


 書類上の家長引き継ぎは今日中に完了する。夜音の叔母にあたるリロウが、現家長の座を降りる。最後の重要な詰め。夜音は諸用を済ませ、予定通りにリロウからの引継ぎを受けに行く。


 リロウは持病を患っている。今までは夜音の地位が確立され、その名が家に知れ渡るまでと、持ち堪えていた。しかし夜音の家長就任が決定する一週間前に、発作を起こし倒れた。闘病に家の存続、絶えず押し寄せる戦いで気を張っていた。ウルガ一人の了承待ち期間であったその週に、ようやく待ち()びた時が訪れる、と気を抜いてしまったのだ。


 リロウの持病は開花病(かいかびょう)だった。悪化した病は彼女の身体を蝕み続けており、もう(なが)くないらしい。夜音が家長になった姿を、見れるかどうかの瀬戸際だ。そんな状況でも、いや、そんな状況だからこそ、家長の引き継ぎは行わなくてはならない。


 夜音のような(よわい)十にも満たない子供が家長に上がれるのは、他に引き継げるものが居ないからであった。夜音が比較され続けてきた朝音(あさね)も、初代家長の精神的病が要因で最年少家長になった。お互いに家長の成り方は棚からぼた餅だ。そこで勝負をすることはできない。


 ただ、ひとつ違う事がある。それは朝音が正式に仕事を引き継いでいないことだ。突然投げ出した父親に代わり、直系の朝音は弱冠(じゃっかん)十歳で家長の座に就いたのだ。情報不足で右も左もわからない、力なき幼女だったはずだ。そんな暗中模索で家長としての務めを果たしていたのだから、天才と言われるのも納得だろう。しかし夜音は、その所業を疑い続けていた。


(父は朝音を贔屓(ひいき)しているのだから、何か必ず裏がある。そう信じなければ朝音との圧倒的な差で気が狂いそうだった。状況は違えど、朝音を超えるという事実は変わらない。)


『だから、どんな手段を用いても最年少家長になる。──この命が尽きる前に』


 リロウの自室は昼顔家(ひるがおけ)の敷地内に存在する。朝顔家敷地内の家長部屋に移らない理由は多々あるようで。住み慣れた部屋で(くつろ)げないと仕事ができないから。という我儘(わがまま)で本人は通しているらしい。彼女が朝顔家(あさがおけ)の家長部屋を使用しない、真の理由を知る者は少ない。


 朝顔家も昼顔家も同じ建物内に存在しており、他にも朝顔配下の花家(はないえ)が共に暮らしている。この朝顔館(あさがおやかた)緑木(みどりぎ)領地内でも上位に入る大きさを誇っている。花家の人間が暮らす本館の裏には、人形館(にんぎょうやかた)と呼ばれる人形の住まいが存在する。


 昼顔家敷地の内装は色が薄く、日当たりも良いせいか全体的に明るい。朝顔家と同じ建物内とは思えない程に空気が違う。昼顔家ロビーに到着した曜はメイド長に挨拶をする。


「先日お伝えしました予定の通り、リロウ様への面会許可を」

「はい、承知しました」


 事務的な言葉を交わし、曜は札を貰う。昼顔家の家紋が記された桃色の紙札だ。これを持たずに昼顔家敷地に入ることは禁止されている。家と家を行き来するには、それぞれの入口に設置された受付を介し、許可証に値する札を貰うのが原則のルール。部屋に入る時に使う木札とは別物で、紙と木札を組み合わせてひとつの札にしてから使用するのだ。夜音は曜が受け取った札を確認する。


 紐が付いている木札の凸な天辺(てっぺん)に縛りつけ、紙に描いてあった家紋を木札に浮き出させる。桃色の紙は色を失い、浮き出た家紋に色を移す。本物であることを確認した夜音は曜に札を返す。曜は完成した札をメイド長に見せ、彼女が頷くと曜は札を懐に仕舞った。その間、夜音は爪先立ちをしてカウンター越しにメイド長へ感謝を述べる。昼顔の人形にウケの良いように、得意の微笑みには子供っぽさを残す。


「いつもありがとう」

「いえいえ、これがわたくしめの仕事でございますから」


 恐縮したメイド長は、夜音の純粋な瞳に見上げられ、罪悪感を覚える。


「あのう毎度毎度、お礼など仰らずとも構いませんのよ。わたくしめは人形ですから、家督様に気にかけて頂く立場にはございません」


「助かっているのよ、お礼くらい伝えさせて」


 夜音は天使の笑みを湛えて、告げたのだった。メイド長は胸を射抜かれたような心地で頬を染めた。


「あらま……ではでは、ありがたく受け取らせていただきますわ」


「ええ、そうして頂戴。これからも宜しく頼むわね」


 メイド長はカウンターを離れ、夜音の横に腰を落とした。それから夜音の両手を握り、飴を二粒握らせる。


「承知いたしました、家督様。お仕事頑張って下さいまし」


 夜音は子供のように目を輝かせて、嬉しそうに飴を眺め、笑顔で別れを告げる。


「ありがとう頑張るわ、また後で会いましょ」


 喜びの余り、曜より先に歩き出す夜音。慌てて後を追う曜に、メイド長はポケットから出した飴を二粒投げる。


「あなたもお仕事頑張って!」

「はーい、頑張りますとも!」


 振り返りつつ飛んでくる飴を受け取る曜。書類の束ごと片手を振り、満面の笑みで「ありがとございます!」と告げて夜音に追いつく。飴を見せあい微笑み合う二人を眺めるメイド長。一部始終を静観していた昼顔家のメイド達は、仕事の手を止めずに頬を緩めるのだった。


 メイド長から見えなくなったことを確認し、二人は笑みを消した。他人の前では演技をするのが、内輪の暗黙のルールだった。目指すは八方美人。誰にとっても良い人、を演じることで地位を築く戦略なのだ。好印象、それ以上に悪しき人間性を隠す手段は無い。先入観は、ある程度の思考停止剤になるのだから。


 夜音と曜は互いの手に乗る個包装の飴を見比べた。曜の手には、薄茶無地の包装紙で小さい飴二つ。夜音の手には、高級感のある光沢を帯びた花柄包装紙の、大きい飴二つ。


「こういうところですよねぇ」苦々しげに夜音の飴を一瞥(いちべつ)する曜。あからさまな格差に何故か、安堵を覚える夜音。鮮烈な記憶に苦笑いし、一息吐くように溢す。


「そうね。人形らしくて、安心するわ」


 昼顔家のメイドは、家の内装に負けていない。人形のイメージを(くつがえ)すような、明るい人形ばかりなのだ。メイド長の様に形式を保ったまま、夜音を子供扱いする人形が多い。馬鹿にされるか(けな)されるかの二種しか子供扱いを知らなかった夜音は、初対面の時に大変困惑した事を思い出していたのだった。


 飴四つを曜のポケットに仕舞って、窓際の広々とした廊下を進んで行く。木箱や書類を運んでいるメイドと行き違う。仕事の手を止めて礼をするメイドに、微笑んで会釈(えしゃく)を返しつつ二人は目的地を目指した。リロウの部屋は、館最上階の四階にある。


 曜は主を気遣うようなロウテンポで歩く。夜音は生まれつき体力が少ないので、息を切らさないように少しずつ、ゆっくりと階段を上った。リロウの自室に着いた夜音は、扉を三回ノックする。


「リロウ様、失礼します。夜音でございます」


 くもぐった咳き込む声が聞こえた。しばらくすると扉が開き、リロウの従者──椋曜(りょうよう)が出迎えた。夜曜が椋曜に例の木札を渡し、夜音は入室する。椋曜は受け取った札を部屋の扉に掛けた。


「夜音ちゃんね、待っていたわ。どうぞ入って頂戴」


 リロウの軽やかな優しい声が、来訪者を導く。左手にある寝室への扉は開かれていた。夜音は目的の人物が待つ、その部屋へと進んだ。静まり返った部屋に、足音だけが響く。


 辿り着いた寝室は、夏にしては仄暗(ほのぐら)く湿った空気が充満(じゅうまん)していた。病人の(かも)し出す空気感が一助になっているのだろう。この部屋は、暗暗として滅入った状態を完成している。空気が悪い、と顔に出ている夜音を見たリロウは、嬉しさと申し訳なさが混同する声音(こわね)で呟いた。


「あらあら、空気が(こも)っていて、ごめんなさい。今、換気するわね」


 リロウはベッドを降り、窓へ歩み寄る。穏やかな表情でカーテンを開き、自力で窓を開けようと試みた。思うように指先が動かないのか、リロウは鍵を開けるのに苦戦していた。少し疲れたといった様子で、リロウが小さく溜め息を吐き、額を拭った。


「曜、窓を開けて頂戴。やっぱり難しかったわ」

「ですから何度も申し上げましたのに」


 椋曜は呆れた表情で、窓を軽々と開けて見せる。悠々と仕事をこなす椋曜を見て、リロウは頬を膨らませ不貞腐れる。


「もう、夜音ちゃんの前で格好つけたかったんですもの」

「今が一番、格好悪いですよ」


 リロウは口元に片手を当て、夜音を振り返った。


「あらやだ、恥ずかしいところをみせてしまったわね」

「い、いえ、そんな事ないです」


 リロウは、ふわふわと笑顔を見せた。開花病が悪化したと聞いていたが、夜音には彼女の様子が普段と()()()()()ように思えた。


 開け放たれた窓から、朝顔と青空が(のぞ)く。リロウは、からんとした青空に、寂しげな眼差しを向けた。(そば)には咲き終わった昼顔の花が、しおしおと垂れている。


「昼顔の季節は、終わったのね。これからは朝顔の最盛期だわ」


 呟く独り言。夜音は聞かなかったことにして(うなが)す。


「夏の日差しは、お体に障りますよ」


 リロウは夜音に体を向ける。「ええ、そうね」と彼女はカーテンを締め切り、寝台に腰掛けた。風がないため、カーテンは日差しを(さえぎ)るばかりだった。布を抜けた日差しは寝台までは届いておらず、リロウに影を落とした。


 昼を回った昼顔家は、真夏の日差しに包まれていた。太陽が、じりじりと肌を焼く。しかしリロウの部屋は闇に落窪(おちくぼ)んでいる。夏の陰を、この部屋に全て集めたようだった。


「二日後には、私が家長になります。その後、ゆっくりお休み下さい」


「……ええ、そうね」


 どちらが言い出すでもなく、お互いに書類を出す。夜音は既に家長の職務を完全に把握している。午前中に家長就任挨拶を上位花家に済ませた。後は書類にサインをして、正式に家長を引き継ぐだけだった。リロウの死没が懸念(けねん)され、三日前倒しで引き継ぎをすることになったのだ。夜音は明後日には家長として、朝顔家を牽引(けんいん)する立場だ。上位花家以外には明日、挨拶を済ます予定でいる。


 書類へのサインを速やかに済ませ、夜音は帰り支度を始めた。夜曜に頼んで書類をまとめさせ、リロウへの別れの挨拶を考える。

 荷物をまとめる夜曜の後ろ姿を眺めていたリロウが、ハッとしたように目を見開いた。夜曜のポケットを怪しげに見つめ、瞳を細める。


 開花病を発症している身体では蕾花(らいか)の制御が困難だ。リロウは無理に蕾花力(らいかりょく)を使おうとはしなかったが、昔の(くせ)で瞳を閉じた。

 (まぶた)に蕾花力を集めて眼鏡レンズの役割を持たせ、周りの蕾花力を見る。という技が彼女の()()()だった。主人の不穏な視線に気づいた椋曜が、夜曜のポケットに手を忍び込ませる。夜曜は直ぐに気が付き、叫ぶ。


「わわ! なにするんですか椋曜先輩、セクハラですよ!」


 夜曜は両方の尻ポケットを両手で抑え、椋曜を睨みつける。ポケットの中身を確認するように己の尻を擦り、盗られたものを確認する。夜曜が昼顔のメイド長から貰った飴が無くなっていた。

 椋曜は夜曜から奪った飴二つを、リロウに手渡す。瞳を閉じたまま飴を受け取る。リロウは普段の表情からは想像できないような険しい表情で、夜曜を問い詰めた。


「どうして、これを持っているの?」

「お、お宅のメイド長から頂いたんです」


 夜曜の尻込みがちな返答を聞いたリロウは、瞳を静かに開いた。真偽(しんぎ)を問い(ただ)すような、真実を見抜くような。一瞬の鋭い目付きに夜曜は背筋が冷えた。


「あの子が……そう」

 険しい瞳をスッと仕舞い込み、意気消沈(しょうちん)と表情を(かげ)らせる。


「とにかく、この飴は預からせてもらうわ」


 夜曜はリロウに取り上げられた飴を、惜しむように見つめた。家長様直々に取り上げられてしまっては、手も足も出ない。夜曜は残念無念を隠そうとせず、顔いっぱいに滲ませる。「承知致しましたぁ」と投げやりな返事をした夜曜は渋々諦めた。


「これが無いと、あの子、きっと困るわ」


 独り言のような小声で、リロウがそっと呟いた。夜音はリロウの飴に対しての反応が気にかかり、好奇心から口を出してしまった。


「その飴は、何か特別なのですか」


 リロウは図星を突かれた、といった表情で頬を引きつらせた。視線を逸らし悩み込む素振りを見せる。開きかけたリロウの口を、椋曜が(てのひら)でふわりと覆った。硬直したリロウの耳元に、椋曜が口を近づける。脅すような低い声の警告。


「言ってはなりません。約束を、お忘れですか」

読み応えの方は、いかがだったでしょうか?やはり、長いでしょうか?

途中で集中力が切れたよ、という方はコメントでお知らせください。次回以降、文字量を縮めて参ります。


それはさておき、次回予告。飴玉を巡って主従に亀裂が走り、二人の関係性が垣間見える。という内容になっております。来月更新しますので、お楽しみに!

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