2話
久しぶりに5000文字の話が投稿できました。夜音の話は今の所どれも4000だったので、前回よりも読み応えがあると自負しております。ご満足頂ければ幸いです。
「夜音様、こちらが本日の予定です」
「ええ、順番に進めましょう」
夜音は従者の曜(夜曜)に伝えられた予定をこなす。生まれてから続いてきた毎日の予定──実父のウルガが与えるノルマは、夜音が家長になるための大詰めを迎えていた。
書類上の家長引き継ぎは今日中に完了する。夜音の叔母にあたるリロウが、現家長の座を降りる。最後の重要な詰め。夜音は諸用を済ませ、予定通りにリロウからの引継ぎを受けに行く。
リロウは持病を患っている。今までは夜音の地位が確立され、その名が家に知れ渡るまでと、持ち堪えていた。しかし夜音の家長就任が決定する一週間前に、発作を起こし倒れた。闘病に家の存続、絶えず押し寄せる戦いで気を張っていた。ウルガ一人の了承待ち期間であったその週に、ようやく待ち侘びた時が訪れる、と気を抜いてしまったのだ。
リロウの持病は開花病だった。悪化した病は彼女の身体を蝕み続けており、もう永くないらしい。夜音が家長になった姿を、見れるかどうかの瀬戸際だ。そんな状況でも、いや、そんな状況だからこそ、家長の引き継ぎは行わなくてはならない。
夜音のような齢十にも満たない子供が家長に上がれるのは、他に引き継げるものが居ないからであった。夜音が比較され続けてきた朝音も、初代家長の精神的病が要因で最年少家長になった。お互いに家長の成り方は棚からぼた餅だ。そこで勝負をすることはできない。
ただ、ひとつ違う事がある。それは朝音が正式に仕事を引き継いでいないことだ。突然投げ出した父親に代わり、直系の朝音は弱冠十歳で家長の座に就いたのだ。情報不足で右も左もわからない、力なき幼女だったはずだ。そんな暗中模索で家長としての務めを果たしていたのだから、天才と言われるのも納得だろう。しかし夜音は、その所業を疑い続けていた。
(父は朝音を贔屓しているのだから、何か必ず裏がある。そう信じなければ朝音との圧倒的な差で気が狂いそうだった。状況は違えど、朝音を超えるという事実は変わらない。)
『だから、どんな手段を用いても最年少家長になる。──この命が尽きる前に』
リロウの自室は昼顔家の敷地内に存在する。朝顔家敷地内の家長部屋に移らない理由は多々あるようで。住み慣れた部屋で寛げないと仕事ができないから。という我儘で本人は通しているらしい。彼女が朝顔家の家長部屋を使用しない、真の理由を知る者は少ない。
朝顔家も昼顔家も同じ建物内に存在しており、他にも朝顔配下の花家が共に暮らしている。この朝顔館は緑木領地内でも上位に入る大きさを誇っている。花家の人間が暮らす本館の裏には、人形館と呼ばれる人形の住まいが存在する。
昼顔家敷地の内装は色が薄く、日当たりも良いせいか全体的に明るい。朝顔家と同じ建物内とは思えない程に空気が違う。昼顔家ロビーに到着した曜はメイド長に挨拶をする。
「先日お伝えしました予定の通り、リロウ様への面会許可を」
「はい、承知しました」
事務的な言葉を交わし、曜は札を貰う。昼顔家の家紋が記された桃色の紙札だ。これを持たずに昼顔家敷地に入ることは禁止されている。家と家を行き来するには、それぞれの入口に設置された受付を介し、許可証に値する札を貰うのが原則のルール。部屋に入る時に使う木札とは別物で、紙と木札を組み合わせてひとつの札にしてから使用するのだ。夜音は曜が受け取った札を確認する。
紐が付いている木札の凸な天辺に縛りつけ、紙に描いてあった家紋を木札に浮き出させる。桃色の紙は色を失い、浮き出た家紋に色を移す。本物であることを確認した夜音は曜に札を返す。曜は完成した札をメイド長に見せ、彼女が頷くと曜は札を懐に仕舞った。その間、夜音は爪先立ちをしてカウンター越しにメイド長へ感謝を述べる。昼顔の人形にウケの良いように、得意の微笑みには子供っぽさを残す。
「いつもありがとう」
「いえいえ、これがわたくしめの仕事でございますから」
恐縮したメイド長は、夜音の純粋な瞳に見上げられ、罪悪感を覚える。
「あのう毎度毎度、お礼など仰らずとも構いませんのよ。わたくしめは人形ですから、家督様に気にかけて頂く立場にはございません」
「助かっているのよ、お礼くらい伝えさせて」
夜音は天使の笑みを湛えて、告げたのだった。メイド長は胸を射抜かれたような心地で頬を染めた。
「あらま……ではでは、ありがたく受け取らせていただきますわ」
「ええ、そうして頂戴。これからも宜しく頼むわね」
メイド長はカウンターを離れ、夜音の横に腰を落とした。それから夜音の両手を握り、飴を二粒握らせる。
「承知いたしました、家督様。お仕事頑張って下さいまし」
夜音は子供のように目を輝かせて、嬉しそうに飴を眺め、笑顔で別れを告げる。
「ありがとう頑張るわ、また後で会いましょ」
喜びの余り、曜より先に歩き出す夜音。慌てて後を追う曜に、メイド長はポケットから出した飴を二粒投げる。
「あなたもお仕事頑張って!」
「はーい、頑張りますとも!」
振り返りつつ飛んでくる飴を受け取る曜。書類の束ごと片手を振り、満面の笑みで「ありがとございます!」と告げて夜音に追いつく。飴を見せあい微笑み合う二人を眺めるメイド長。一部始終を静観していた昼顔家のメイド達は、仕事の手を止めずに頬を緩めるのだった。
メイド長から見えなくなったことを確認し、二人は笑みを消した。他人の前では演技をするのが、内輪の暗黙のルールだった。目指すは八方美人。誰にとっても良い人、を演じることで地位を築く戦略なのだ。好印象、それ以上に悪しき人間性を隠す手段は無い。先入観は、ある程度の思考停止剤になるのだから。
夜音と曜は互いの手に乗る個包装の飴を見比べた。曜の手には、薄茶無地の包装紙で小さい飴二つ。夜音の手には、高級感のある光沢を帯びた花柄包装紙の、大きい飴二つ。
「こういうところですよねぇ」苦々しげに夜音の飴を一瞥する曜。あからさまな格差に何故か、安堵を覚える夜音。鮮烈な記憶に苦笑いし、一息吐くように溢す。
「そうね。人形らしくて、安心するわ」
昼顔家のメイドは、家の内装に負けていない。人形のイメージを覆すような、明るい人形ばかりなのだ。メイド長の様に形式を保ったまま、夜音を子供扱いする人形が多い。馬鹿にされるか貶されるかの二種しか子供扱いを知らなかった夜音は、初対面の時に大変困惑した事を思い出していたのだった。
飴四つを曜のポケットに仕舞って、窓際の広々とした廊下を進んで行く。木箱や書類を運んでいるメイドと行き違う。仕事の手を止めて礼をするメイドに、微笑んで会釈を返しつつ二人は目的地を目指した。リロウの部屋は、館最上階の四階にある。
曜は主を気遣うようなロウテンポで歩く。夜音は生まれつき体力が少ないので、息を切らさないように少しずつ、ゆっくりと階段を上った。リロウの自室に着いた夜音は、扉を三回ノックする。
「リロウ様、失礼します。夜音でございます」
くもぐった咳き込む声が聞こえた。しばらくすると扉が開き、リロウの従者──椋曜が出迎えた。夜曜が椋曜に例の木札を渡し、夜音は入室する。椋曜は受け取った札を部屋の扉に掛けた。
「夜音ちゃんね、待っていたわ。どうぞ入って頂戴」
リロウの軽やかな優しい声が、来訪者を導く。左手にある寝室への扉は開かれていた。夜音は目的の人物が待つ、その部屋へと進んだ。静まり返った部屋に、足音だけが響く。
辿り着いた寝室は、夏にしては仄暗く湿った空気が充満していた。病人の醸し出す空気感が一助になっているのだろう。この部屋は、暗暗として滅入った状態を完成している。空気が悪い、と顔に出ている夜音を見たリロウは、嬉しさと申し訳なさが混同する声音で呟いた。
「あらあら、空気が籠っていて、ごめんなさい。今、換気するわね」
リロウはベッドを降り、窓へ歩み寄る。穏やかな表情でカーテンを開き、自力で窓を開けようと試みた。思うように指先が動かないのか、リロウは鍵を開けるのに苦戦していた。少し疲れたといった様子で、リロウが小さく溜め息を吐き、額を拭った。
「曜、窓を開けて頂戴。やっぱり難しかったわ」
「ですから何度も申し上げましたのに」
椋曜は呆れた表情で、窓を軽々と開けて見せる。悠々と仕事をこなす椋曜を見て、リロウは頬を膨らませ不貞腐れる。
「もう、夜音ちゃんの前で格好つけたかったんですもの」
「今が一番、格好悪いですよ」
リロウは口元に片手を当て、夜音を振り返った。
「あらやだ、恥ずかしいところをみせてしまったわね」
「い、いえ、そんな事ないです」
リロウは、ふわふわと笑顔を見せた。開花病が悪化したと聞いていたが、夜音には彼女の様子が普段と変わらないように思えた。
開け放たれた窓から、朝顔と青空が覗く。リロウは、からんとした青空に、寂しげな眼差しを向けた。側には咲き終わった昼顔の花が、しおしおと垂れている。
「昼顔の季節は、終わったのね。これからは朝顔の最盛期だわ」
呟く独り言。夜音は聞かなかったことにして促す。
「夏の日差しは、お体に障りますよ」
リロウは夜音に体を向ける。「ええ、そうね」と彼女はカーテンを締め切り、寝台に腰掛けた。風がないため、カーテンは日差しを遮るばかりだった。布を抜けた日差しは寝台までは届いておらず、リロウに影を落とした。
昼を回った昼顔家は、真夏の日差しに包まれていた。太陽が、じりじりと肌を焼く。しかしリロウの部屋は闇に落窪んでいる。夏の陰を、この部屋に全て集めたようだった。
「二日後には、私が家長になります。その後、ゆっくりお休み下さい」
「……ええ、そうね」
どちらが言い出すでもなく、お互いに書類を出す。夜音は既に家長の職務を完全に把握している。午前中に家長就任挨拶を上位花家に済ませた。後は書類にサインをして、正式に家長を引き継ぐだけだった。リロウの死没が懸念され、三日前倒しで引き継ぎをすることになったのだ。夜音は明後日には家長として、朝顔家を牽引する立場だ。上位花家以外には明日、挨拶を済ます予定でいる。
書類へのサインを速やかに済ませ、夜音は帰り支度を始めた。夜曜に頼んで書類をまとめさせ、リロウへの別れの挨拶を考える。
荷物をまとめる夜曜の後ろ姿を眺めていたリロウが、ハッとしたように目を見開いた。夜曜のポケットを怪しげに見つめ、瞳を細める。
開花病を発症している身体では蕾花の制御が困難だ。リロウは無理に蕾花力を使おうとはしなかったが、昔の癖で瞳を閉じた。
瞼に蕾花力を集めて眼鏡レンズの役割を持たせ、周りの蕾花力を見る。という技が彼女のおはこだった。主人の不穏な視線に気づいた椋曜が、夜曜のポケットに手を忍び込ませる。夜曜は直ぐに気が付き、叫ぶ。
「わわ! なにするんですか椋曜先輩、セクハラですよ!」
夜曜は両方の尻ポケットを両手で抑え、椋曜を睨みつける。ポケットの中身を確認するように己の尻を擦り、盗られたものを確認する。夜曜が昼顔のメイド長から貰った飴が無くなっていた。
椋曜は夜曜から奪った飴二つを、リロウに手渡す。瞳を閉じたまま飴を受け取る。リロウは普段の表情からは想像できないような険しい表情で、夜曜を問い詰めた。
「どうして、これを持っているの?」
「お、お宅のメイド長から頂いたんです」
夜曜の尻込みがちな返答を聞いたリロウは、瞳を静かに開いた。真偽を問い質すような、真実を見抜くような。一瞬の鋭い目付きに夜曜は背筋が冷えた。
「あの子が……そう」
険しい瞳をスッと仕舞い込み、意気消沈と表情を翳らせる。
「とにかく、この飴は預からせてもらうわ」
夜曜はリロウに取り上げられた飴を、惜しむように見つめた。家長様直々に取り上げられてしまっては、手も足も出ない。夜曜は残念無念を隠そうとせず、顔いっぱいに滲ませる。「承知致しましたぁ」と投げやりな返事をした夜曜は渋々諦めた。
「これが無いと、あの子、きっと困るわ」
独り言のような小声で、リロウがそっと呟いた。夜音はリロウの飴に対しての反応が気にかかり、好奇心から口を出してしまった。
「その飴は、何か特別なのですか」
リロウは図星を突かれた、といった表情で頬を引きつらせた。視線を逸らし悩み込む素振りを見せる。開きかけたリロウの口を、椋曜が掌でふわりと覆った。硬直したリロウの耳元に、椋曜が口を近づける。脅すような低い声の警告。
「言ってはなりません。約束を、お忘れですか」
読み応えの方は、いかがだったでしょうか?やはり、長いでしょうか?
途中で集中力が切れたよ、という方はコメントでお知らせください。次回以降、文字量を縮めて参ります。
それはさておき、次回予告。飴玉を巡って主従に亀裂が走り、二人の関係性が垣間見える。という内容になっております。来月更新しますので、お楽しみに!




