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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
(本編) 現在。夜音。夜曜
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4話

お久しぶりです。約束を守って投稿できました! 作品説明には四ヶ月に一度の更新と書いていますが、なるべく月一投稿を続けたいです。更新の度に読んでくださる読者様、いつもありがとうございます! 月一の投稿が皆様の喜びになれば、作者冥利につきます。

 夜音(よるね)と曜はリロウからの引き継ぎを終えたその足で、ウルガへの報告に向かっていた。夜音の父ウルガはご隠居だが、父親としての権力は健在している。夜音は彼の把握も無しに行動することはできないので、形だけの報告をするのだ。


 家長家督(かちょうかとく)専用の部屋は、朝顔館(あさがおやかた)の中心を突き抜く形で存在している。そのため、朝顔館の中心は必然的に達磨落とし状態に区切られ、それぞれの階層が家長らの部屋になっている。


 ウルガの自室、歴代家長の部屋は一階にある。二階には朝音の部屋があり、ウルがの命令で保存されている。夜音が新しくもらった家督部屋は三階だ。リロウの自室は四階の隅だったので、ウルがの部屋までは道のりが遠い。階段を延々と歩かなくてはならない。


 朝顔館は広いが、通路は限られている。廊下は大抵どこかの家の敷地で、自由に通行できるのは螺旋階段くらいだ。他家の敷地を行き来するには不便な造りになっている。それも当然、朝顔家配下の仲は険悪なのだ。ひとつ屋根の下に収められても、互いの敷地は厳格に取り決め、行き来する手間を増やすために札の制度をつくる程に。


 しばらくして、二人は前家長ウルガの部屋に着いた。丁度、ウルガの従者が部屋から出てくる。ウルガの従者、本名は葉 潤葉(よう じゅんば)。葉は紳士的な物腰の、柔らかい笑顔が特徴的な青年だ。海松(みる)色の髪を三つ編みひとつにまとめて、前髪はウルガに似せたセット、七三分けのアップで固めている。彼は夜音が赤子の頃から付き合いがある。夜音にとって葉は、ウルガに代わる父親のような存在だ。


 葉は夜音達の存在に気がつくと、夜音に向けて一礼した。曜は先輩である葉へ一礼し、互いの礼が終了するのを確認した夜音は用件を伝える。


「ウルガ様へ、家長引き継ぎ完了の報告に参りました」


「ご苦労様です。ご足労頂いて置きながら申し訳ないのですが、主人は本日ハオネ様のお宅へ出掛けておりますので、わたくしの方でお伝えしておきます。宜しいでしょうか」


「ええ、お願いします」


 ハオネは夜音の母親で、夜音が五歳の時に開花病で死亡した。ウルがは最愛の妻の死をいつまでも引きずっている。ハオネの家は旧朝顔本家の事だ。放火で消失しており、残っているのはハオネの墓だけ。


「ウルガ様もお喜びになられると思います。家長就任、おめでとうございます」


「ありがとう、葉にそう言ってもらえるだけで充分よ」


 微笑みを絶やすことなく、業務連絡を済ませた葉と夜音。他愛もない話を続ける二人を、曜は夜音の一歩後ろで静かに見守る。話が終わるのを待っていると、葉が手招きをした。話があるのでこちらの輪に入れ、という意味だ。曜は夜音の隣に並ぶ。


「夜曜、君はこれから朝顔家の家長従者です。今まで以上に職務へ従事するのですよ」


 曜は胸を張って答える。


「勿論です。私は最優秀従者ですから、そこら辺は(わきま)えてますよ、ちゃんとね」


 一言余計な曜を、葉が叱る。


「こらこら、余計なことを言わない。どう取られるか考えてから発言しなさい」


 曜は「勿論です」で充分な事を知っているのだから、タチが悪い。優秀さ故の捻くれた性格は、問題が起きる前に、徹底的に更生させておきたい。娘のように思い、支え育ててきた夜音の夢が、やっと叶うのだ。()()()()懸念は減らしたい、と葉は考えている。葉は曜の痛いところを突くことにした。


「わかっているのですか。君の発言の責任は、夜音様が取るのですよ」


「知ってますよ、それくらい」

 不貞腐れる曜を葉が更に叱る。


「こらこら、君のそういう態度は主へのやっかみのネタにされますよ」

「それは……困る!」


 曜を叱り続けた葉は、最後に激励を添えた。


「気をつけなさい、曜。私は()()()に期待しています。御立派に御勤め下さい」


 元家長の従者という、本来身分の高い葉が、新家長とその従者へ己の立場を示したのだ。曜と夜音は己の立場を意識し、居住まいを正す。それぞれが、威厳を感じさせる凛とした表情で返事をする。


「はい!」「期待に応えてみせますわ」


 我が子の成長を目の当たりにした親のような気分で、葉が寂しげな表情を浮かべた。


「亡きハオネ様の分も、見守らせて頂きます」


(夜音様は頑張りすぎる節がある。周りが見えなくなった時、冷静に助言できる者が必要だ。良くも悪くも主人に一途な夜曜は、その役にはなれない。彼には上家のご機嫌取りは苦痛かもしれない。家を保つ意味では重要な仕事だが、上手くやれるだろうか。)


 葉は愛しの人形達を眺めながら、思考を巡らせた。


(家督が居ないのだから、朝顔家配下の階級改(かいきゅうあらため)の考案も仕事に追加される。毎日増える日課報告の把握や、家長クラス以外閲覧不可の書類整理といった普段の業務。それに上乗せされる朝顔家内のいがみ合い。衝突が起きれば仲裁、といった課題が増え続ける。)


 葉とウルガが家の頂点として今までに味わった困難や苦しみも、この二人はこれから経験するのだ。


(その上、所属花家の増加も想定される。緑木の当主が水園家との関係悪化を図っているのは、五大家征服の第一歩だろう。五大家で争いになることも否定できない。)


 二人に降りかかる苦痛と苦悩を想像するだけで、手放し難くなる。


(五大家間で争いが起きてしまったら、解決しなければならない問題は増える一方だ。到底彼女一人に(さば)き切れるとは思えない。夜音様の次が居ない状況では、朝顔家は後継者問題で確実に荒れる。しかし、私が夜音様のためにできることは、もう、ほとんどない。)


 その背を、一歩を、後押しするのが惜しくなる。


(彼女は一人で立てる。歩んで行ける。私のやるべきことは、それを影で支えることだろう。後継者問題は私が解決すべきかな。)


 葉の言葉が二人を地獄に落とす。愛を込めても残酷な、ただの(のろい)になるだけ。


「これから先、様々な困難に直面するでしょう。けれど、お二人なら()()()ですよ」


 髪と同じ色をした瞳に、悲しみの色が浮かぶ。


「きっと乗り越えられると、私は()()()おりますから」


 自身に言い聞かせるような励まし。夜音は、葉の言葉を呪として受け取った。


『心配させているのは、きっと私だから。朝音に及ばない出来損ないだから』


 葉の感情を察知した夜音は、彼の不安を否定するような強い瞳で、言い放つ。


「最善を、尽くしますわ」

『夜音、夜曜、私はただ二人に──』


 葉は己の感情を押し込めて、切ない懺悔を孕んで微笑した。胸に満ちる罪悪感を打ち払うように。吐き出せない謝罪を飲み込んで。葉は()()()いた。(まじな)いが全て裏言葉であることを。


『二人の未来を奪った私に、どうか罰を下さい』


 葉に見送られ、二人は自室への帰路を辿る。葉から夜音達が見えなくなる。廊下の角を曲がった瞬間、夜音は膝から崩れ落ちた。曜が驚き、荷物を放って彼女を支える。しかし夜音は曜を突き飛ばし、叱り飛ばした。


「書類を粗末に扱わないで!」

「……申し訳、ありません」


 夜曜は突かれた胸を押さえて、尻餅をついていた。瞳は焦点を失い、顔には隠しきれない怯えが浮かぶ。冷や汗が頬を伝う速度に合わせて、じりじりと後退る夜曜。


「……ごめんなさい、強く言い過ぎてしまったわ、気にしないで頂戴」


 夜音は壁伝に自力で立ち上がろうとする。再び手をかそうとした曜に遠慮する。


「問題ないわ。少し焦っただけなの。拾ってくれる?」


 震えが残る声で、書類を指さす。曜は彼女を歯痒そうに見つめつつ、己のすべきことを成す。床に散らばった書類を片端から拾い集めた。


(少し強く言っただけじゃない。何に怯えて――)


 夜音は床に突いた両手を視界に収めた。彼女の両手は蕾花力を帯びていた。この手で曜を突き飛ばしたことに気がつき、夜音は慌てた。


(無意識に能力を使った? 運悪く蕾花(らいか)に作用したから曜は怯えて……どうして、勝手に蕾花能力(らいかのうりょく)が。いえ、考えるのは後ね。まずは気持ちを落ち着けて、蕾花力(らいかりょく)を抑えないと。)


 夜音は瞑想をするために瞼を閉じた。両目を閉じても視界は良好だった。


(なによ、これ……私今、両目を閉じたのよ?)


 恐る恐る瞼に触れる。瞼は目を覆っていた。夜音は焦りを抑える意味で思考を働かせ、ある仮説に辿り着いた。


『蕾花力が暴走している』


(慌てることはないわ。蕾花は感情に直結しているのだから、感情を殺せば落ち着くはず。自分を殺すのには慣れているもの、大丈夫。)


 感情を圧し殺し、能力を停止する事に集中しても能力が解けない。視界は開けたままだった。そして彼女は悟った。己の蕾花が制御不能になっていることを。


 意識した途端、心臓の痛みが増した。蕾花力の循環が止まり、蕾花に集約される。


『なんだか、息苦しい』


 夜音の顔色が、みるみる悪くなっていく。夜音は薄い意識の中で、体調管理の不備を探していた。突然の激痛で意識がキリリと戻る。小さく唸り、うずくまる夜音。書類を拾い終わった曜が駆け寄る。夜音が押さえている蕾花を見抜いた曜は、表情を強張らせた。


 ──彼女の蕾花は病に侵されていた。


「夜音様、それって、開花病──」

「黙って、み、なかったことに、しなさい」


 途切れ途切れの苦しげな命令。曜は夜音の背を撫でながら、どう受け取るべきか悩んだ。


(なぜ気が付かなかったんだろう。なぜ何も言わずに隠していたんだろう。自分は頼りにされていない? 信用がない? 一番じゃ、ない。)


 結論、事情を知ることが最優先。曜は己の感情に蓋をした。


「なぜ、黙っていたのですか」


 曜は自身から発せられた言葉に戸惑った。思いの外、責めるような口調になっていたのだ。夜音は後ろめたそうに呟く。


「黙っていた訳じゃないわ、()()が異常なの」


 返答を聞いた曜は表情を曇らせる。今日なんて単語を使うのは、ずっと前から症状があったということ。隠された理由も、気付けなかった理由も、人形の曜は導き出せなかった。

 己の不甲斐なさが身に沁みて、遣る瀬なく、不貞腐れる。そんな幼い己が許せず、黙って書類を脇に挟んだ。立ち上がろうとする夜音を、もう片方の手で支える。震える小さな手が曜の腕にしがみつく。


「ありがとう、もう大丈夫よ」


 気丈な言葉とは裏腹な青白い顔で、夜音は曜を安心させるために笑ってみせる。


「心配し、で──」


 次の瞬間、夜音の蕾花が輝いた。夜音は悲鳴を圧し殺し、倒れこむ。曜が慌てて手を伸ばすも、その手を掴む前に夜音が床に伏した。絨毯の敷かれていない床に夜音が衝突する。廊下に鈍い音が響いた。

 しゃがみこんだ曜が、夜音に数度呼び掛ける。硬い木の床で頭を打ったのだ、気を失ってしまったのだろうか。頬を叩いても彼女は返事をしなかった。


『このまま、夜音様を(うしな)ってしまったら』


 曜は青褪めた。昔、大切な人を失った状況に重なって見えたのだ。大切を奪われ、失った人を探して、ここまで来た曜は一番大切に敏感だ。


『目の前、手が届くのに、救えない。()()救えない』


 あの時と同じなら、曜には他人を救う手立てが何もない。己の力では、どうにもできないと(いさぎよ)く諦める。


 夜音は他人の助力を嫌う。利害、悪用、裏切り、偽り。九年という短すぎる人生の中で、すべて知ってしまった。

 表面上は皆を信頼しているが、本心では常に他人を疑っている。より良き地位を築くために、誰からも良く見られるために、生きる術を編み出した。本心と演技の使い分けを。曜は彼女と六年の付き合いがあるため、そのことをよく知っている。


『自分が信頼されていないことも、知っている』


 夜音を想っての迷いは、彼女の命よりも軽い。そう天秤にかけた曜は葉を呼びに行こうと決心する。彼女の頬から手を引き、立ち上がろうと腰を浮かせる。夜音が曜の袖を掴んだ。


「行か、ないで……お母様」


 うわ言のような小さな呟きに、曜は胸を痛めた。このまま夜音を一人にするのは忍びない。決心が揺らいだ瞬間、肩を叩かれた。心臓が跳ね上がり、呼吸が止まる。見られてしまった、隠せない、弱さ。


『喰われる!』


 死を悟った曜の緊張状態は、指のひとつさえ動くことを許さず縛り付けた。瞬きを忘れて浅く呼吸する。脳裏に過去が蘇り、眼前は鮮明な記憶に置き換わっていく。フラッシュバック。

 見開かれたままの翡翠の瞳は闇に侵食される。光を失った目には涙が溜まる。震える声で吐き出す。無自覚に救いを求めて。


「にい、ちゃん──」

夜曜のトラウマ……勘のいい皆様なら、今までのヒントをつなぎ合わせて察しがついたでしょうか? 潤葉パイセンの思考も多く入れてみました。登場回数が多かった割に書かれていなかった容姿が明かされましたね。彼は一体何をどこまで知っていて、何を目的に行動しているのでしょうね。


そういえば(人形)の章の後書きが変わっている事にお気づきでしょうか? 盛り上げておきました。


曜も葉の事も、いずれ明かされるので、それまで考察してお待ち下さい。リアクション感想等、大歓迎です。なんか小難しかったわ等、一言からでも、お気軽にどうぞ!


最後に恒例の次回予告「潤葉の過去、夜音の決意」お楽しみに〜1ヶ月後にお会いしましょう。では、さらばです!

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