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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
(本編) 現在。夜音。夜曜
15/17

3話

昨日7/31は夜音の誕生日でしたね! お久しぶりです。先月は約束前倒しを重ねてしまい、ご迷惑をおかけしました。本来の約束も守ります。8月分の更新です。どうぞ!

 リロウは眼前の椋曜(りょうよう)を見上げる形で、目配せをする。客人の前、と言いたげな目だ。椋曜は口角を少し上げて、瞳を柔らかく細める。二人の距離が、また少し近づく。椋曜の髪がリロウの髪に垂れる。前髪の細い毛先で、薄紅と桃色が混じり合う。

 念を圧すように、二人にしか聞こえない声量で、(ささや)くように椋曜は告げる。


朝音(あさね)様の事、言ってはなりませんよ。夜音(よるね)様には絶対に」


 リロウは(うなず)き、椋曜の覆いかぶさった手を指で二度叩く。椋曜は何の抵抗もなく手を解き、リロウから離れた。

 一部始終を見てしまった夜音と夜曜は顔を見合わせ、同じ感想を抱く。


『主従の距離感が異常。さすが、昼顔家(ひるがおけ)


 夜音は咳払いをすると、場の空気を元に戻す努力をした。


「余計な事を、お(たず)ねしたようで申し訳ありません。私は身を引きますわ」


「あら、こちらこそ。見苦しいものを見せてしまって、ごめんなさいね」


 リロウは夜曜に向き直り、気を落としている彼を気遣う。


夜曜(よるよう)、飴だけ奪う形になって、ごめんなさいね」


「人形の身に余るお言葉ですね。これくらいのことで家長(かちょう)様が謝罪なさらないで下さい」


 夜曜は反発を示した。無礼な発言に、椋曜が睨みを利かせた。夜音は殺気を俊敏に感じ取り、リロウの死角で夜曜の甲を(つね)る。リロウの謝意を無下(むげ)にするな、の意だ。夜曜は顔色ひとつ変えずに付け足した。


「……お心遣い、感謝致します」


 リロウに別れを告げて、部屋を出る。椋曜が扉まで二人を見送る。扉に掛けてあった札を夜曜に返却する。夜曜は札を懐に仕舞(しま)い、椋曜に一礼。椋曜は礼を返した。

 夜音は曜に荷物を預け、リロウの部屋を後にした。曜は黙って荷物を受け取り、次の予定を伝える。


「ウルガ様への報告を済ませば、本日の業務は終了です」

「ええ、お疲れ様」


 曜が浮足立って夜音を先導する。「あと少しですね」

 彼の明るい呟きに夜音は微笑し、釘を刺す。「油断はしないで」


 一瞬、口に出した言葉が誰に向けたものか、わからなくなった。

『曜と己に向けた言葉だ』腑に落ちた夜音は気を引き締める。


 曜は真面目な顔で「わかっておりますとも」と返事をしてから、にへへと笑った。


 夜音の曜──夜曜は、朝音の曜──朝曜(ちょうよう)とは違い、明るい性格をしている。喜怒哀楽が判りやすく、子供じみた、感情表現が豊かな人形。その表現は人間を真似た感情回路に始まり、声色(せいしょく)、表情、動作、すべてが模倣だった。夜曜は完全なる演者であった。


 人形にしては珍しい、人間の()()()人形であった。


 二人はメイド長の待つロビーへ戻る。西向きに位置する昼顔家から、朝顔館のホールへ。昼顔家のロビーに札を返却し、札に着いた色を消してもらう。


「あら、家督様方。お帰りですね?」

「はい。お願いします」


 曜が渡した木札には蕾花力で染まった、昼顔家の家紋がついている。その家紋を木札から紙札へと戻すのだ。


「ええ、ええ、お任せ下さいまし。手早く済ませますのでね」


 木札に縛り付けた紙札を、メイド長が外す。短冊のようになっている紙札の、紐を抜く。紐は放出吸収を操る鍵になっている。

 短冊状の紙部分を、木札に被せる。すると木札の家紋を紙が吸い取り、色を宿す。蕾花力を木札に移した紙は力に飢えている。その紙が木札の家紋に宿る力を吸収する。

 そうして木札から家紋が消えるのだ。家紋を吸った紙は再び紐を通され、紙札として再利用される。


「はいはい、お待たせ致しました。どうぞ、終わりましたよ」

「ありがとうございます。それでは失礼します」


 元に戻った木札を曜が受け取り、ロビーを後にする。二人は飴玉のことが気になっていたが、言及はしなかった。物心ついたときからの戦術に基づいて、表では変に嗅ぎ回らず、裏で調べるタイプなのだ。二人揃って、この方法での失敗経験は無い。


 昼顔家を出た二人は、朝顔家(あさがおけ)への帰路を辿っていた。中央階段を下った二人は三階の自室には戻らず、進路はウルガの部屋へ。


 互いに無言で歩きつつ、夜音は彼の視線を感じていた。リロウに取り上げられてしまった飴が惜しい、と曜の声が聞こえるようだ。夜音をチラと盗み見る曜と、夜音の視線がかち合う。夜音は小さく笑みを零すと、曜に大きな飴二つを取り出させた。曜の尻ポケットで温められた飴を受取り、夜音は広げたままの曜の手へ乗せた。曜の顔が、パッと輝き、直ぐに(しぼ)む。


「毒見、ですよね」恐る恐る尋ねる。


「そうね。昼顔の人形が毒を盛るなんて考え難いけれど」


「ですよね」物欲しそうな目で、手に乗った飴二つを眺める曜。


「その飴、曜が食べていいわよ」


 見兼(みか)ねた夜音が飴を譲渡(じょうと)する。喜びに満ち溢れた顔は、幸せを噛みしめるような顔に変わる。


「ありがとうございます夜音様!」


 書類の束を小脇に抱えた曜は、鼻歌交じりに飴玉を眺めた。


「どんな味がするんだろ? 人間用の高級な飴ちゃーんっ」


 曜は夜音の一歩先に出て、片足を軸にした華麗なターンを決める。満面の笑みで「楽しみー」と、こぼしながら。


 一年そこらで人間は変わらない。人形の性格もそうそう変わらないらしい。飴玉ごときで浮かれている曜を見る。包装をめくり飴玉の色から、味を想像している様子。絶えない独言。眼の真剣な眼差しは、ころころと色を変えている。

 前の光景に、夜音は呆れを含んだ笑みをこぼした。


「変わらないのね。そうやっていると、まるで一桁の幼子だわ」


 夜音の呟きが気に入らなかったのか、曜は頬を膨らませた。(しか)めた眉をそのままに、ポケットへ飴玉を仕舞う。


「そういう夜音様は、たった一年で随分と変わりましたよね」


「周りから、そう指摘されるのは、成長が顕著(けんちょ)な証ね。褒め言葉として受け取っておくわ」


「そういうところですよ」半眼(はんがん)でツッコミを入れる曜。


 曜の反撃をカウンターで返した夜音。その(わざ)は社交の場で身につけたものだった。それも家督として世間に公表されてからの一年で。出席した数は多くはないが、加減を知らない嫌味な相手に対処するために自然と会得(えとく)したのだ。


「社交に出るようになってから、言い回しが巧みになりましたし」


 止まっていた歩みを進めるように促しつつ、曜は続けた。


「言葉遣いからも幼さ、というか、可愛げがなくなりましたよね」


 最年少家長として万人の上に立つのだから、(あなど)られる要因になる幼さが無いに越したことはない。愛嬌は幼さだけに宿るものではない。


(曜が冗談で言ったのは解っているのよ。でも、年齢規範を外れるように教育されて、強制的に大人になる道しかなかったの。私が選べなかったことを……意地が悪いわ。少しくらい反省してほしいわね。)


「曜との対比が明白ね。曜も口調を矯正してみる?」


 意地の悪い指摘をした曜を、夜音が返り討ちに処す。曜は目を線にして唇を尖らせた。


「無理ですよー。真面目とか、柄じゃないんですー」


 彼には反省の色が見えなかった。夜音は力加減を誤ったな、と舌打ちをしたい気分になった。内なる憤慨を少しも見せずに、あるいは隠すために夜音は微笑んだ。


 そんな夜音の機微(きび)に気づかず、曜は先導を崩さず振り向いた。「そもそもー」と説教をするように、拳から立てた人差し指を振りつつ。「夜音様が大人っぽすぎるんですよ」と付け足した。


 器用に後ろ歩きをしながら、曜は悪戯な笑みを浮かべて言った。

「それこそ一桁の幼子! もうすぐ九歳の最年少家長様!」


(曜のことだから、深く考えもせずに言っているのよ。意図(いと)なんか無いわ。私が気にしすぎているだけ。きっとそう。)


「わかったから、前見て歩きなさいよ。転んでも知らないわよ」


(転んで痛い目を見ればいいのに、この能天気お馬鹿。)


 夜音に背を押された曜は、されるがままに一周回った。了解の意を「はあーい」と伸ばしながら。得意の華麗なターンを決めて、ドヤ顔で元の位置に戻る。一連のふざけた動作。曜は他人を笑わせるために敢えて、アホを演じる。場を暗くしないための、彼なりの気遣いなのだ。


 夜音は怒りを通り越して呆れた。呆れすぎて、笑えてきてしまった。夜音の笑顔を見て満足した曜は、後ろ歩きを辞めるのだった。


(曜が私に気を遣うタイミングが、未だに解らないわ。彼が従者になってから、もう五年近く経つというのにね。)


 しばらくして、思い出したように「あ」と声を上げる曜。

「ひとつ疑問なんですけど、夜音様のこと」


 夜曜の言葉は、夜音の意識を針のように尖らせた。

「今日から家長様って呼ぶべきなんですかね?」


 夜音は思わず歩みを止めた。夢にまで見ていた最年少家長になること。それが今、実現していることに気付かされたのだ。

 夢なのではないかと疑った彼女の脳は一時停止し、現実味を求めた。握った拳は痛かった。爪が食い込んでいる。夜音は遅れて返事をした。


「そうね……そうだわ」『これは現実だ』

 夜音は家長になったことを、初めて自分事として実感した。


 胸がじわじわと温まり、肩の力が抜けた。握っていた拳が緩み、涙腺(るいせん)も緩む。何度となく噛み締めた奥歯も、舐めた辛酸(しんさん)も、今に繋がっている。


『ぜんぶ、全部、無駄にならなかった』


 苦痛に絡め取られていた記憶が(ほだ)されていく。世界が、光に満ちた。優しく微笑んでくれた。


「私、朝音お姉様に勝ったのね」


 蚊の泣くような声で当たり前の事を呟いた夜音に、心配の色をみせる曜。


「そーですよ。突然なにをって、大丈夫ですか?」


 俯いていた夜音は曜の心配を晴らすように、笑顔を作って顔を上げた。


「貴方も他人事じゃないのよ? 家長従者って呼ばれるようになるんだから」


 気に留めるなという意味の笑顔を夜音が見せたことで、曜は胸を撫で下ろした。

 安堵は仄暗く、柔らかな温度をもって、静寂を連れてきた。焦りに似た、それは、蒸し暑さに紛れて、汗を滲ませた。

 窓の向こうから真昼の日差しが、線になって壁を刺した。二人の間に割り込んだ白線は、それぞれの顔に闇を被せた。


(夜音様は変わってしまった。昔の貴方なら私の発言を咎めて、不愉快は少し顔に出して、じゃれ合ってくださったのに。家督になってからは、我慢することしか知らない人形になってしまったようで、私は──)


 視界が灰に染まって、光が失せて行く。どこか遠くで、雲が太陽を隠したのだろう。窓の外を覆う朝顔の葉が、ざわざわと騒いでいた。曜の胸に溢れるものを、かき消すように、ざわざわと。


『少し、淋しいですよ』


 廊下には再び光が差し始めた。光に照らされた夜音を見つめる。彼女は光を纏い、白い髪や肌を輝かせていた。夜の名に相応しくない光が、彼女には良く似合っていた。出会った頃と変わらず、今も。


『夜音様は私の光──それだけは変わらない』

 曜は眉を下げて微笑む。


(自分の発言は不適切だった。夜音様の変化を、成長を受け入れたくなくて。変わってしまったことを認められなくて。意地になってしまった。)


 曜は己の幼稚な心をはぐらかすように、頬を人差し指でかいた。


「……そうなんですけど実感沸かないですね」


 長い沈黙の末でも会話が続く、二人の仲。そこには気まずさも、遠慮もない。


「仕事内容は変わるのかしら? だいぶ前、椋曜に説明を受けたのでしょう?」


「家督家長の仕事関係の情報を集めて、情報を書類に整理しなおしたりって感じでした」


 指折り数えて思い返しつつ口にして「今迄と変わりありません」と結論も添える。


「そう、変わらず書類制作なのね」

「そーですよ。また仕事奪ったり、しないでくださいね?」


 この好機を逃すような彼女ではない。


「あら。書類制作と一口に言っても、内容が難解だったり量も増えるのよ、きっと」


 夜音は黒い笑顔を浮かべた。曜の発言によって溜まった鬱憤(うっぷん)を、合法的に晴らせるのは今しかない。


「奪ってしまってはいけないものね、勿論手伝ったりもしないから安心して頂戴」


「そんなぁー!」頭を抱えて座り込み、大袈裟な身振りで嘆く曜。

「難しいのはヤだよ、頭使いたくないー!」


「最優秀で従者教育機関を卒業したのは、どちら様?」


 笑顔で発言の撤回を遠回しに求める夜音は、追撃の手を緩めない。曜に目線を合わせるために膝を折る。左右に頭を振っていた曜は、嫌な予感を察知して止まる。ピタリと静止した曜の頬をかすめて、夜音の拳が飛んだ。


「どの口が言っているのかしら、ねぇ?」

 容赦なく追い込まれ、あからさまに目を逸らす曜。


「えっと、反省してます。発言を、撤回します」


 夜音は曜の顎を掴んだ。

「どの発言を撤回するのかしら?」


 笑みを深めて、壁際に追いやる。

「はっきり言わないと、ね?」


「リロウ様の部屋を出た後の会話、全部……です?」

 夜音は満足した素振りを見せ、曜から手を引いた。


「手荒な真似をしてごめんなさいね、腹に来たくらいで」


 そう言った夜音の声は、普段のトーンに落ち着いていた。


「許せないなんて、大人気(おとなげ)なかったわね」


 夜音が曜に手を差し伸べている。立ち上がるために、その手を取る。そうして曜が気を抜いた次の瞬間、伸ばした手が(はた)かれた。

 夜音は笑みを消し、腹の底から声を出す。


「謝罪は?」


 曜は後ろめたさの滲んだ笑顔を見せつつ、自力で立ち上がる。相応しい表情がわからない、といった様子で腰を(さす)る。頬に掛かる前髪を指に巻き付けて、辛うじて笑顔を作る。

 夜音は無表情を崩さずに、曜を睨み続ける。彼は目を泳がせた末、夜音に視線を合わせた。髪を弄っていた手は首の後ろに当て、繕った余計な表情を消し、腑抜けた謝罪を口にする。


「えっと、もーし訳ありません」「……よろしい」


 大袈裟な物言いが面白く思えた二人は、笑った。先程までの、かしこまった表情は砕けて。

 その笑顔が、お互いに偽りであっても。心から笑っていなくても。楽しいフリで、楽しくなるのなら。


『笑える方が良いに決まってる』


 二人の思考が重なった時、それは暗黙のルールと化す。そうして二人の役者は、どこまでも演技を続けていく。

 劇は終わらない。本心など存在しない人形達が、人間に成り代わるまで。


 二人は再び歩き始めた。

前回次回予告の内容は、夜音&夜曜の事でした。ということで次回予告。「夜音の病に変化が。夜曜のトラウマとは」ってのがハイライトになっております。来月お会いしましょう!

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