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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
完結(本編) 現在。夜音。夜曜

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15/21

1話

 ウルガに、これからの課題を与えられて一年が経った。九歳の夜音(よるね)は家督として職務に従事していた。一年の内に全ての課題へ解決策を生み出したことで、ウルガに実力を認められたのだ。

 緑木の婚約者との仲は順調で、家督の号も受け継いだ。夜音の人生は、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)だった。


 生まれた理由は朝音(あさね)のスペア。生きる理由は朝音を超えるため。生まれた時から最年少家長になるために教育され、夜音の存在を知る者達だけが夜音を家督として扱う。そんな去年までとは、まるで違う世界だった。


 家督の座に就いた夜音の采配は見事だった。朝音に並ぶ才女として(はや)されるには十分な実績を、ものの一年で積み上げた。あらかじめウルガが夜音に与えた課題が功を奏しているのだ。

 夜音は朝音を越える才をもっている、朝顔の誰しもが確信していく。その裏では、幼稚な小娘に支配されることを恐れる者もいた。いかなる手段をもってしてでも、夜音を(おとし)めたい者もいた。


 その上、朝音と比較するのは父だけではなかった。世間に出た夜音を待ち受けていたのは更なる厳しい目。「朝音様と違って──」で始まる言葉は褒めるでも(けな)すでも、夜音にとっては屈辱だった。「家長でもない、朝音に敵うことなど、ひとつもない」そう馬鹿にしてきた者達を、あと三日で見返すことができる。


夜曜(よるよう)です、ただいま戻りました」


 夜音が「どうぞ」と言って入室を許可すると、扉の前で札を掛ける音がした。「失礼しまーす」呑気な返答に感化された夜音は、息を吐いた。彼の緊張感の無さに呆れて、気が緩んだのだ。


「頼まれたもの、持ってきました」


「ありがとう、こちらに頂戴」「はいはーい」


 曜は小脇に抱えた本を、夜音の机に置いた。夜音は机上に広がっていた書類をまとめて仕舞(しま)うと、本を開いた。


『朝音は最年少家長では飽きたらず、蕾花(らいか)研究者にもなったらしい。枯蕾花病(こらいかびょう)の改善薬を、叔母のために一人で開発したらしい。』


 その噂を数年前から、二人は既に聞きつけていた。しかし課題が終わらず、課題以外に手をつけている暇はなかった。家督の仕事も大詰めを残し、一通り落ち着いた今。夜音は長い間気になっていた、朝音の現状を調べることにしたのだ。


 曜が持ってきたのは、朝顔家(あさがおけ)の報告書控えをまとめた本だった。夜音は噂の真偽について調べ始めていた。この本は家長クラスでなければ閲覧できない。夜音は自身の持てる権力を全て使った。


 結論、報告書には噂を裏付ける事象ばかりが並んでいた。噂を超える、新たな疑いすら生まれるような。まごうことない事実が、夜音の劣等感を(えぐ)った。


『噂は事実だった。つまり朝音は──』


(朝音は、(ことごと)く私の道を邪魔している。私は、あなたを超えなくてはならないのに。憎たらしい。)


 夜音の闇には、望みが(うごめ)いている。考えても無駄な、望みが。


『朝音が存在しない世界に生を望まれたかった』


 朝音が存在していなかったから夜音も生まれていない。夜音の存在価値は、朝音によって定まっている。


(朝音は一体いくつの称号を手に入れたら満足するのかしら。私は、最年少家長にすらなれていない、まだ無名な小娘。同じ血を引いているというのに、この差は何。)


 自身の命を預けることになるかもしれない研究者。実姉の朝音。夜音は、朝音を超えるために。


(早く、早く記録を塗り替えなくては。最年少家長の記録を更新できなければ、私の価値はなくなる。朝音に叶うことなんて、年齢しかないんだから。)


 夜音は本を閉じた。先程書類を入れた引き出しから、書類を鷲掴みにして机上に出す。夜音は筆を取った。屈辱的で惨めな、劣等感。その衝動を仕事にぶつける。

 夜音の覇気を一瞥(いちべつ)した曜は、彼女の痛々しい姿に耐えられず目を伏せた。その瞬間、閃いた。


 意気揚々と、夜曜は夜音の前に立った。夜音の注意を引きたいと言わんばかりに、机の前を右往左往してみせる。、ゆっくりと大股で。


「それから、お土産があるんですよ」

 夜曜のひとりごと、という(てい)で夜音は返事をしない。


「通りすがりの(みゃく)に渡されたんですけどね」

 光に透かして確認する夜曜に、夜音は見向きもしない。


「ふむふむ、手紙ですよ、蝋封(ろうふう)もしてあります」

 あまりにも相手にされない夜曜は、心配になって尋ねる。


「聞いてます? 開けちゃいますよ?」

 片手をチョキにして切るジェスチャーをする。


 夜音は一瞬だけ夜曜の手元を確認したが、返事はしなかった。夜曜は、そんな夜音の態度を計り、大した物ではないのだろうと踏む。それなら、と手紙の封を切った。


「げっ、これ……懲りないねぇ」

 中身に目を通した夜曜は顔をしかめた。

「また嫌がらせですよ、どうします? 夜音様」


 蝋封をできるのは名家(めいか)くらいなものだ。上位花家(はないえ)は上等の蝋を用いて、押印(おういん)した紋章には金箔を貼り付ける。上質な用紙を選び、染め上げた封筒にはリボンをつける家もある。


 しかし質の悪さが一目でわかるような代物を使う家は、下位花家である。下位花家の者達からは、能のない下らない直接的な、やっかみが多い。そこまで推測した夜音の結論は、こうだ。相手にする必要がない。


(封も蝋も、あんまりな品だもの。全く、大事な時期に邪魔しないでほしいわ。)


 封筒は再生紙のようで灰がかっていたが、(かろ)うじて白と認識できる。上位花家のような豪奢(ごうしゃ)な飾りは無い。蝋封の紋章、それは手紙の差出人を(あらわ)す。黄ばんだ蝋を用いて()された家紋は──六花(ろっか)


 しかし夜音は、このとき、蝋封の紋章を確認していなかった。


 それはさておき、夜音の元には度々嫌がらせの手紙が届く。彼女の評判を落とすために既成事実を作ろうと躍起になっている連中からの、熱烈なラブレターだ。下手に返事をしようものなら、夜音の直筆返信を領地内に見せびらかし、あの手この手で悪評に繋げる。無視を貫けば、冷たい人間だと、それまた悪評に繋げる。厄介な相手だ。


「報告ご苦労様、好きにして頂戴」


 こんなこともあろうかと。厄介なラブレターへの対処は確立されていた。夜音に代わって曜が返事を書き、一先ず相手を満足させる。それを利用し悪評に繋げようものなら、直筆では無いことを領地に触れ回り、相手を詐欺師に仕立てる。二段構えの対処である。

 それが仕事の内である曜は、駆引きの結末が予測できていた。夜音は曜の考えなど、お見通しである。曜が夜音の作業を、あえて中断させようとしていること。夜音は、それが解った上で無干渉を貫いているのだ。


 曜は呆れ顔を作り、わざとらしいため息を吐いた。敗北の兆しが差しつつある。


「気づいてますよね? 気遣いですよ? 作業を中断する理由を作って差し上げ──」


「今、手が離せないの」


 発音に圧をかけて遮る夜音は、曜に目もくれず筆を走らせていく。そんな彼女の小さな手に力強く握られていた筆を、曜は易易と奪い取る。音もなく、すっと、抜き去った。


「書類制作は従者の仕事です。と何度言わせるおつもりですか」


 夜音は曜を睨み付け、彼の両手を見比べた。片方は嫌がらせの手紙、片方は筆。休憩の必要性に唸りつつ、不測の事態への備えを優先することに決める。逡巡の末に筆を取り返した夜音は、再び突っ伏して机に向かう。最早机に埋まりかけている。


 お嬢様らしからぬ角度で書類を睨みつけ、参考文献に目を通す。目を動かさず頭ごと移動して文字を追っている状態は、姿勢が悪く見栄えも悪かった。

 集中すると周りの目も気にせず没頭する。朝顔家の人間に、よくある傾向だ。


 曜は膝立ちの姿勢で目線を合わせ、夜音の眼前に手紙をちらつかせる。


「休みましょうよー? 働き詰めてたら、体に悪いですってー。まだ三日前ですよ、根詰め過ぎじゃありません?」


 誕生日まで、あと三日。七月三十一日に夜音は十歳になる。最年少家長記録を、誕生日に塗り替える予定なのだ。


「もう三日、でしょう?」


 夜音は体を起こし、顔の汗を拭う。手に染み付いたインクが、彼女の白い肌に黒を引いた。指摘することすら億劫になった夜曜は閉口する。


 夜音の予定には多少のゆとりがあった。しかし夜音は、予期せぬ事態に対しての備えを(おこ)らず、今日も書類制作に明け暮れている。


 曜は再び、ため息を吐く。夜音には微塵も休む気がないと悟ったのだ。失意の末にのろのろと立ち上がり、手紙を懐にしまうと扉に向かった。


「茶菓子の準備をしてきます。私が帰ったら、強制的に休憩ですからね──!」


 曜の叫びは、初夏の声に混じって、風に運ばれて行った。ざわざわと葉擦れが風に泳ぎ、一層騒がしく(せみ)が鳴き始めた。


 茶菓子を手に、部屋へ戻った曜はひきつった笑みを浮かべる。夜音は未だ机にかじりついて書類を制作していたのだ。仕事熱心な主人を誇らしくも、馬鹿馬鹿しくも思う。夜音の顔にはインクの跡が増えていた。


「もー! 顔にインクが着いてますよ。汚れた手で擦りましたね?」


 夜音はペンを握る手を、表へ裏へと、ひらひら振って確認する。小指の先から手首まで引きずられた、洋墨を見つけた。


「あら、本当だわ」


 彼女を突き動かすのは、焦りと一抹の不安だった。就任一週間前に体調の異変に気付き、快方に向かわない体に鞭を打ってきた。

 夜音は家長就任当日までは持ちこたえられると見積もり、密かに倒れる準備をしている。彼女の体は限界が近い。


 そうとは知らない曜は、夜音の心配もお構いなしに筆と書類を取り上げる。


「仕事は一旦(いったん)終わり! 手と顔、洗いますよ」


 あっと声をあげて、曜が取り上げたものに手を伸ばす。体勢を崩し、積まれた本に(ひじ)をぶつけた。本と夜音が重なりあって、バタバタと机の側に落ちる。


「大丈夫ですか」慌てた曜が夜音を支える。夜音は尻餅を着いたまま、散らばった本を、ぼんやり見つめた。

 この本のように、いくら積み上げても、倒れてしまったら台無しで、無意味で。

 家長になる前に(くじ)けたら、生まれてからの自分が意味を失う。すべての努力が水泡(すいほう)に帰す。私は、それを恐れている。


『七月二十八日』


 朝顔家次女、天才児──朝顔夜音。彼女の生きがいは、最年少家長記録を塗り替えること。今までもこれからも、それだけが生き甲斐な、はずだった。

安心して下さい。約束の通り、8月の投稿もあります。次回は夜音現在編の2話になります。波乱を呼ぶ飴玉……お楽しみに!

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