第40話
「くそっ、くそっ、くそっ、くそぉぉっ!!」
たかが1人に、手も足も出ない。
自分の思い通りにならない光景に、武藤は苛立ちを隠そうともせず叫び散らかす。
「う、うぁ……」
黒士館の連中は、そのほとんどが戦意を喪失していた。鉄パイプで殴っても平然と向かってくる非常識な姿に恐れおののき、心が折れたようだ。
「も、もう無理だっ。勝てっこねぇ!」
とうとう恐怖に耐えられなくなった奴が1人。足をつっかけながらも、我先にと逃げていく。それを皮切りに残る連中も、若干数名を残して、俺も俺もと蜘蛛の子を散らすように後を追って逃げていった。
出入口は塞がってるし、どこかに裏口でもあるのだろうか。敷地内は仲間が完全に囲っているから、逃げ切れるわけはないが。
「ま、待ててめぇらっ! くそっ、腑抜けばかりがっ」
武藤が呼び止めるも誰も聞いていなかった。結局、残ったのは10人にも満たない。勝敗が決まった瞬間だ。
「勝負あったみたいだな、武藤」
「逢沢ぁ、てめぇ……」
武藤は眉間にしわを寄せて強がってはいるが、勝ち目が無いことはわかっているのだろう。唇を悔しそうに噛みしめ、じりじりと後ずさる。
まさか、自分も逃げるつもりか?
そうはさせまいと俺は足を踏み出そうとするが、続く武藤の言葉で動きが止まる。
「う、動くんじゃねぇっ! この女がどうなってもいいのかぁっ!」
武藤は、未だにへたり込んでいた桜井の腕を掴むと、無理やり立ちあがらせ前へと突き出した。
「へ、へへ。こっちには人質がいるってこと、忘れてたみたいだな」
逆転の芽が出たとほくそ笑む武藤。
悪あがきにもほどがある。この期に及んで、まだそんな下種な真似をしてくるか。
「ご、ごめん。たっくん……」
桜井は怯えた表情でか細く呟くも、目は涙を浮かべ助けを懇願していた、
……わかってる。
俺は瞳を伏せて頷いた。
どうするかなんて、そんなものは決まってる。止まっていたって、桜井は助けられない。
俺は、迷わず1歩足を進めた。
「お、おい、待て、止まれっ! 本当にやるぞ、どうなってもいいのかよっ⁉」
「止まっていれば桜井を放してくれるのか? 違うだろう。なら助けに行くさ。それに、桜井になにかしようものなら、俺は本気でお前を殺す。その覚悟があるのなら、やってみろ」
殺気交じりの声音から、それが嘘でもはったりでもないと感じたのか、武藤は恐怖で動けなくなる。
桜井になにかしようとする素振りも見せない。ただ足を震わせ立ち尽くすだけだ。
俺は武藤が動けずにいる間に、どんどんとその距離を詰めていく。
進ませるかと残っていた奴が殴り掛かってくるものの、俺は一瞥もせず返り討ちにしていった。
そして、武藤以外立っている者もいなくなり、自分を守る盾を失って呆然としている武藤の眼前まで迫る。
「で? どうするって?」
「ひっ、ひぃっ⁉」
武藤は怯えて桜井から手を放し、逃げようと後ずさるが、俺はその腹めがけて砲弾のような蹴りを放った。
「ぐぶほぉぉっ⁉︎」
武藤は体をくの字にして吹っ飛び、テーブルや椅子を巻き込みながら転がっていって、最後には瓦礫の山に埋もれる。
「大丈夫か、桜井?」
武藤の方には目もくれず、俺は桜井を近くに寄せると、怪我などがないか確認する。
大丈夫そうだ。ほっと安堵の息を吐く。
「……すまなかったな。こんなことに巻き込んで」
「ううん。助けに来てくれて、ありがとう。すごく、嬉しかった」
桜井は顔を赤く染め、嬉しそうにはにかみ上目で俺のことを見つめる。その瞳は潤んでいた。
だが、俺の背後に意識が向かった途端。表情が崩れる。
「たっくん、後ろっ!」
「――っ⁉︎ ちぃっ!」
桜井が叫んだ直後、俺は背後に迫っていた気配に気づく。
振り返れば、倒しきれていなかった奴が立ち上がり、捨ててあった鉄パイプを握りしめ振りかぶっていた。
躱せないこともない。しかしそれだと、まだ動けそうにない桜井が巻き添えを食らう可能性がある。
俺は躱すことを諦め、この後来る衝撃に備えた。桜井を守るように抱きしめると、次の瞬間ガラ空きの背中に鈍い痛みが走る。
「た、たっく――」
「大丈夫だっ」
動くことに支障はない。俺は桜井を放して遠ざけ、鉄パイプを振るってきた奴にとどめをさす。
その選択が、良くなかった。
再び桜井の方を向けば、瓦礫から這い出てきた武藤の姿が背後に見える。
「逢沢ぁぁぁっ‼︎」
体のあちこちを汚し、痛みで涙と涎を垂れ流して顔をぐちゃぐちゃにしながら、武藤はこちらに突進してくる。
「そのまま寝てればいいものをっ!」
俺は毒づいた。このままだと、怒りで我を忘れた武藤の突進に桜井が巻き込まれる。
桜井はまだ気づいていない。気づいても、咄嗟には動けないだろう。
「やべっ!」
光たちもたまらず飛び出すが、まだ距離がある。
助けられるのは、俺だけ。
今から手を伸ばして、間に合うか?
「考えてる暇なんてあるかっ!」
俺は必死に手を伸ばす。
「くっ……」
しかし。
「邪魔だぁぁっ‼︎」
「きゃっ!」
伸ばした手が触れる寸前で、武藤が振り回した腕に巻き込まれて桜井は横へと吹っ飛ばされた。
「――春花ぁぁっ!」
武藤の存在など意識から飛び、無我夢中で彼女の名前を叫ぶ俺の顔面に、加減を失くした武藤の拳が入って鈍い音を立てる。
「かはっ!」
当たり所が悪かったのか、脳が揺さぶられ目の前がグラグラする。
「は、る……」
回る世界の中、俺はなんとか視線を動かして、必死に彼女を探す。
彼女は、倒れたまま動かない。
気を失っただけか? それとも……。
「…………あ」
プツンッと、今まで理性でなんとか保っていた細い糸が、音を立てて切れる感覚がした。
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