第39話
武藤の命令で突っ込んでくる連中を前に、俺は微動だにしない。腕を組み、悩むような仕草で頭を横に傾ける。
さて、どうしたものか。
どいつもこいつもあまり乗り気ではないというか、嫌々というか。なんで俺たちが。そんな気持ちが伝わってくるほど、表情がこわごわと引きつっていた。
正直、そんな泣きそうな目で見られるといささか可哀想に思えてくる。きっとこんな展開になるなんて想像していなかったのだろう。
桜井に手を出したのだから、無傷で済ますつもりもないが、他の連中を必要以上に痛めつけるのも気が進まない。用があるのは、あくまでも武藤1人だ。
「仕方ないな、加減はしてやるか」
1発で楽にしてあげよう。少々強烈で最初は激痛が走ると思うが、まぁそれは着いて行く相手を間違えた己の浅慮を嘆いてくれ。
「なに余裕かましてんだっ! 動かねぇんなら、遠慮なくっ――」
この後の方針が決まり、うんうんと頷く余裕綽々な俺に向かって、突っ込んできた内の1人が殴りかかってくる。
「た、たっくんっ!」
俺の身を案じ、桜井が身を起こして叫ぶ。俺は視線で大丈夫だと伝えた。
まだ、余裕だ。
相手との距離は大股1歩分。それだけあれば、勝ち方なんていくらでもある。
俺は引くのではなく、1歩前へ出て距離を詰める。
「うぉっ⁉」
突如眼前まで俺が迫り、相手は怯む。
体幹が崩れてよろめき、上体をのけ反らせながら1歩2歩と後ずさる。
達人でもなければ、後ろに倒れて怪我をしないようにと防衛本能が働き、体勢を戻すために重心を前へ持っていこうするだろう。
後は胸倉を掴んでタイミングよく引き寄せてあげれば、顔面からこっちに飛び込んでくるというわけだ。俺は遠慮なく、ちょうどいい位置にあるそいつの顔面に拳をめり込ませた。
「ぶふっ⁉」
鼻の骨が折れた鈍い感触が拳に伝わる。
足が地面から離れて宙に浮くと、殴られたそいつはすぐ後方にいた人間を巻き込み吹っ飛んでいった。
これで2人。
さらに、飛んでいった2人を間抜けにも目で追って隙だらけの数人を片付ければ、突っ込んできた連中はものの数秒で一層される。
「次だ。時間も惜しい。早くしてくれ」
何事も無かったかのように口にする俺を見て、後から続こうとしていた連中は動けず足踏みしていた。
「な、なんだよ、あれ」
「ぜ、全員、1発で……」
「反則だろ、あんなの」
怯えた声で口々に言う連中に、王様気取りの武藤が怒り狂った声で喚き散らす。
「てめぇら怯んでんじゃねぇ!! 逃げようとすりゃ、てめぇらもぶっ殺すぞっ!!」
怒声を浴びせられた連中は、武藤への恐怖から来ているのか、震える足をなんとか前に出そうとする。
だが進んでも地獄、退いても地獄のこの状況にいつまで経っても動きそうにない。ついには涙を流す者まで出てきた。まるで俺が悪役じゃないか。
「……ふむ」
このままだと埒が開かない。早々に終わらせるには、やはり武藤をどうにかした方が手っ取り早いな。
俺は足を1歩前に進める。
そして1歩、また1歩と、集団の奥にいる武藤へと近づいていく。
「くっ、う、うわぁぁぁっ!!」
退いて武藤に殺されるよりも、わずかな可能性にかけてでも俺をと思ったのだろう。1人が叫びながら殴りかかってくる。
その選択は正しい。俺は殺したりまではしないからな。
ただ、これだけの人数差なのに真正面から。挙句の果てに叫び声を上げて突っ込んでくるなど馬鹿としか言いようがない。
いや、勇敢と讃えてやるべきか。
ともかく。こんなものを食らえば、後ろで見ている仲間たちに俺が馬鹿にされる。俺は真っすぐ飛んできた拳をぺしりと弾くと、前につんのめったそいつの首元に腕をからませ背中から地面に叩きつけた。
「かはっ!」
肺の空気を一気に吐き出し、打ち付けられた衝撃で体を一回転させるとそいつは気絶した。
聞こえてはいないだろうが、倒れ伏したそいつに俺は吐き捨てる。
「勇敢さは認めるが、もう少し頭を使うんだな」
まぁ、全員が動けない中1人立ち向かってきた根性は認めてやろう。だいぶ思い切りやってしまったが。
俺は気持ちよさそうにのびているそいつから視線を外す。
「さて。こいつみたく、根性のある奴は他にいないのか?」
再び見てみれば、さっきの奴を見習って、どっちに行ってもどうせ同じだと目に覚悟を灯した奴がちらほらと。同じく真正面から来る者。左右から仕掛けようとする者に分かれてやってくる。
俺はまず、囮であろう正面の奴の腹に蹴りを入れると、映像を巻き戻すように元いた場所まで吹っ飛ばす。それが終われば、今度は右からきた奴の鼻っ柱に裏拳をお見舞いする。
「ぺぎゃっ!」
変な声を漏らして、殴られたそいつは折れた鼻から血を噴き出す。
後は左から来る奴なのだが、振り向こうとすると右腕を引っ張られている感覚があった。鼻血を出して意識を朦朧とさせながらも、そいつは俺の腕に必死にしがみついていた。
「お前もなかなか根性あるじゃないか」
ただ鬱陶しい。男に腕を組まれるような趣味もない。
俺は掴まれた腕をぐっと押し込み、再び引き寄せると、体勢を崩したそいつの額に頭突きをかます。勢いで振られた頭に食らったのだから、その衝撃もさることだろう。今度こそ腕から手を離して仰向けに倒れ込んだ。
それでも、こいつが作ったわずかな隙はこの乱戦では致命的で、そこを突いて左から来ていた奴が飛び込んでくる。手には、どこで拾ったのか鉄パイプが。
「死ね、おらぁぁっ!」
振りかぶられた鉄パイプは俺の側頭部へ。ゴッと鈍い音を立てる。
奥からは、桜井の悲鳴が聞こえた。流石に今のは刺激が強すぎたようだ。
「は、はは……い、いくらてめぇが強くたって、武器さえ使っちまえば……」
勝ち誇るように薄ら笑みを浮かべるそいつを、俺はちらりと一瞥してひと言。
「……で?」
「は? う、嘘だっ――」
狼狽えて手から鉄パイプを取りこぼし、後ずさるそいつの側頭部に、俺はお返しとばかりに上段蹴りを食らわす。
「ぎゃっ⁉」
脳を激しく揺さぶられ、脳震盪を起こしたのかそいつは気絶して地面に突っ伏した。
「昔から我慢強さには自身があるんだ。この程度じゃ倒れないさ。それより、こんなダサいもの使うなよ、まったく」
俺は落ちた鉄パイプを拾うと、ポイと端っこの方に捨てる。その一連の光景を見て、武藤は口をあんぐりと開け驚愕した表情になっていた。
「ば、バケモンがっ……」
「化け物? この程度でそう呼んでくれるな。不本意だが、二頭龍なんて呼ばれている。その名前に傷がついてしまうだろう?」
まだまだ余力を残しているといった感じで俺は言う。
実際、拍子抜けもいいところだった。地元で有名な、とまで言われているからどんなものかと思ってみれば、やんちゃがしたいだけの半端者だ。準備運動にもならない。
「おい武藤。威勢がよかったのは最初だけか? そろそろお前が出てきたらどうだ? 兵隊使って王様を気取っていても、もう後がないぞ」
挑発して誘うと、俺は次に武藤の周りにいる連中も見回す。
「……まぁ、桜井に手を出したのだから、全員ただで済ませるわけはないが」
言って俺は1歩1歩距離を詰める。その度に、黒士館の連中はすり足で後ずさっていく。
今、あいつらの目には、一体俺はどう見えているんだろうな。
「ひっ、た、助けて……」
もしかしたら武藤の言うように、本当に化け物のように見えているのかもしれないな。
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