第35話
「……あそこまで慌てた龍巳の声聞くの、いつぶりだろうな?」
いつもの広場の舞台ふちに座り、両足をぶらぶらさせて、俺はさっきの電話を思い出す。あの年がら年中仏頂面の龍巳が、声でもわかるくらいめちゃくちゃ取り乱していた。
その様子を想像すると、そんな場合じゃないとわかっているが、つい口元がにやけてしまう。
周りからすれば「えっ、そうだった?」と眉をひそめられるくらいの、ほんのわずかな変化。
けど、付き合いの長い俺にはわかる。いつもよりも口数が多けりゃ早口になっていたのが良い証拠だ。
……まぁ、あいつは幼馴染の子が関わると、昔っから気持ちの浮き沈みが激しくなるが。
「たっく、ほんとに素直じゃねぇんだから」
引きづるくらいなら、仲直りすりゃいいのに。
龍巳も幼馴染の子も、どっちが悪いとかそんなん関係なく、どうしようもなく傷ついた。2人とも被害者なんだ。
けど、お互い自分が悪いと思って踏み出せずにいるから平行線になっている。
見てるこっちからすれば、じれった過ぎて体中がむず痒くなり、さっさと行けと背中を蹴飛ばしたくなる気分だった。この1年半ずっと。よくも我慢できたもんだ。
「……そっか、もうそんなに経つか」
あれから1年半。そろそろお互い、自分自身を許してもいい頃だろう。
「図体はでかくなっても、うじうじ悩むのはガキの頃から変わんねぇな」
しょうがねぇなと呟き、夜空を見上げて、満更でもない表情で俺は笑う。
「なぁ龍巳よ。悩んじまうのは、その相手が大切だからだぜ? 誰かを大切に想う気持ちが、そう簡単に失くなるわけねぇだろうが」
いつまで経っても、あいつは世話が焼ける。この程度のこと、教えてやらなきゃわからんもんかね。
そんなふうに独り言ちていると、観客席の階段を降りてこちらに来る人物がいた。
目の前まで来ると、そいつは息を整えてから軽くお辞儀をする。
「光さん、お待たせしました」
「おう、六戸部。いや、結構早かったじゃねぇか」
二頭龍のメンバーの1人で六戸部陸。片っ端から人数集めて、幼馴染の子の居場所を探してくれと頼んだんだが、さっそく持ってきてくれたらしい。
「幼馴染の子の居場所は、わかったか?」
「はい。隣街に、黒士舘の連中がたまり場にしてる、廃業になったボーリング場があるんですが、結構な人数がその中に入っていくのを見たって奴がいました。たぶん、龍巳さんの幼馴染もそこに」
「うし。でかしたぞ六戸部」
十中八九そこだろう。
場所もわかったし、龍巳を迎えに行ってすぐにでも乗り込むべきだ。あの子になにかあったら、今度こそ龍巳がぶっ壊れちまう。
「六戸部、俺は龍巳を迎えに行ってから向かう。お前は他の奴連れて先に行ってろ」
「はい。……龍巳さん、大丈夫ですかね? ここ最近、ぼぉっとしてたり、ため息多かったり、なんか様子がおかしかったんで」
「あぁ、大丈夫だよ」
単純に幼馴染の子について悩んでただけだから。
「それより相手の心配してやんな。龍巳の奴、相当切れてたぜ」
「は? あの龍巳さんが? 滅多に怒ることなんてないのに」
そんなことはないと思うが? 家じゃ文句たらたらだぞ。俺が悪いのは理解してるが。
「ああ、大激怒だ。ありゃ攫った連中は死んだかもな」
俺は冗談めかして笑ったが、六戸部は洒落になってないと口元を引くつかせている。
「なんか、想像つかないです」
「ま、あいつにとってそれだけ大切な子だってことさ」
本人に言えば否と首を振るだろうがな。傍から見りゃ丸わかりだ。
ここにいる六戸部。他の二頭龍の連中に、もう引退して家庭築いてる三井たちも知ってる。心配しているんだ。
全員、龍巳のことを家族のように大切に思ってるから。
「……六戸部。龍巳は俺たちにとって家族みたいなもんだ。なら、龍巳にとっての大切なものは、俺たちにとっても大切なもの。違うか?」
「いえ、その通りです」
一瞬の躊躇いもなく六戸部は即答する。
「ふっ、良い返事だ。んじゃその大切なもん守る為に、いっちょ戦ってやろうじゃねぇか。なぁ、てめぇらっ!」
俺は立ち上がり、たかだかに声を上げる。
六戸部の後ろには、いつの間にか二頭龍のほぼ全員が集まっていて、俺の号令を受けた皆は、広場全体に聞こえるくらいの雄叫びを轟かせた。
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