第32話
4月も終わりに差し掛かり、来週末からはいよいよGWが始まるといったある日。放課後の職員室で俺。そしてテツとトワの3人は、柊先生の前で深々と頭を下げていた。
足を組んで座る柊先生は、俺たち3人を呆れた目で見下ろす。その横にはもう1人。体育教師の星宮先生が、ゲッソリとした表情で肩を落としていた。
「くっ、なんで俺がこんなっ……」
「もとはと言えば、お前が全部悪いんだろうがっ。俺たちを巻き込みやがってっ」
「しぃ~。2人とも静かに。反省してるように見せておけば、その内許してもらえるよ」
「……聞こえてんだよ、バカ共」
まずい。柊先生が殺気を出し始めた。ここはおとなしくしておこう。
なぜ、俺たちがそろいもそろって頭を下げるという事態になっているのか。それは、今日行われた体力測定で、テツが思い付きで口にしたひと言が始まりだった。
* * * * *
「どうせなら、クラスで1番の成績とりてぇな」
ハンドボール投げの測定をしている最中。じっとボールを見つめていたかと思うと、テツは唐突にそんなことを言い出した。
「それは、1番遠くまでボールを飛ばしたいという意味か?」
「おう。なんか良い方法ねぇか?」
「そうだな……」
遠くへ飛ばす方法か。ルール上どうなのかとも思うが、ないこともない。
「遠心力を使って投げてみたらどうだ?」
「遠心力?」
「円盤投げのように、回転して横投げで投げれば、普通に投げるよりも遠くまで飛ばせる」
「ああ、水切りみたいなもんか。なるほどな」
また懐かしい遊びで例えたな。自信満々な様子を見るに、案外子供のころにやっていたのかもしれない。心底やんちゃだったんだろうな、ありありと目に浮かぶ。
「うしっ。じゃあ、いっちょやってみっか」
テツは意気揚々に肩を回しながら測定円の中に入っていく。
「テツく~ん、どうせなら場外狙っていこう!」
「おう! 任せとけ!」
測定範囲外になってしまったら成績もくそもないと思うが、言ったところで、テツは本気で狙っていくだろう。
テツはトワの声援に答えると、左足を軸にその場で数度回転。「ふんぬっ!」と雄叫びを轟かせて勢いよくボールを投げた。
…………明後日の方向へ。
まともに狙いを定めず放ったボールは、測定範囲を大きく外れていく。
「おぉ~飛ぶねぇ~」
トワが気の抜けた声を出す。たしかに、勢いの乗ったボールはよく飛ぶ。テツの身体能力が高いのか、本当に場外に行ってしまいそうだ。仮に測定範囲に入っていれば、大記録は間違いない。入っていればだが。
「飛ぶな。見ろ、住宅地の方へ落ちていくぞ」
俺は腕を組みながら、飛んでいったボールの行方を目で追う。放物線をえがくボールは徐々に高度を下げ、とある民家に向かって落ちていった。
そうなれば、この後なにが起きるかは想像に難くなく。
「……割れたな」
パリンと、凛とした美しくも嫌な響きの割破音が聞こえた。
「割れたねぇ。なんか悲鳴っぽいのも聞こえるよ」
耳を澄ませると、トワの言うように住人の悲鳴らしきものが聞こえてくる。
「あちゃ~」
テツは手を額にかざして自分がボールを飛ばした方向を見るが、なんだか罪悪感らしきものが見えない。もしや慣れているのだろうか。
やってしまったな。俺たちは他人事のように笑い合う。
そんな俺たちの近くから、遠くから聞こえてくる悲鳴など可愛く思えるくらい大きな悲鳴が耳をつんざいた。
「いやぁぁぁぁっ!!」
体育教師の星宮先生だった。
「あ、あなた達、なんて事してくれたの!」
先生は物凄い剣幕で俺たちに近づいてくる。今にも顔から火が出そうな勢いだ。
「……ん? あなた達?」
違和感を感じた俺は、指摘しようとテツを指さす。
「いや、違います先生。やったのはテツ1人で、俺とトワはただ見てただけ……」
「まぁ、タツがあの方法を教えてくれなかったら、あんなに飛ぶことはなかっただろうな」
「んなっ!?」
こいつ、1人で責任を負いたくないからって、俺を巻き込みやがった。口笛なんぞ吹きやがって。
悪びれた様子を欠片ほども感じないテツを俺は睨みつける。
「テツ、貴様……」
友人を売るなんてなんて奴だ。後で文句言ってやる。
「……なら」
だがそれはそれとして、たしかに責任というのは大勢で分け合った方が楽というのもたしか。俺はトワに視線を向けると、悪役の下っ端のようにほくそ笑んだ。
「トワの声援も、あの結果に一役買ったんじゃないか? 言ってただろ。場外を狙えと」
俺たちは固い絆で結ばれた友人同士。困難には3人で立ち向かおうじゃないか。
「えぇ~! リュウくんそれはないよぉ~」
トワは不満たっぷりに俺の肩を揺さぶるが、俺はそっぽを向いて取り合わない。1人だけ逃げようなんて許される訳がないだろう。
そんなふうに、責任の擦り付け合いを始める俺たちに、先生は呆れた視線を向けてため息をつく。
「……柊先生の苦労がわかった気がするわ。取り合えずあなた達、放課後職員室に――」
教師という矜持なのだろうか。努めて大人の余裕を保とうとする星宮先生。ただ俺たちは、そんなものには目も耳もくれてはいなかった。
「大体っ、本当に場外まで飛ばす奴があるかっ!」
「いや、俺はトワの期待に応えようとだな……」
「僕のせいっ? そもそも、あんな投げ方で飛ばそうとしたのが間違いだったんだよ。ルール違反じゃん!」
未だに醜い争いを続ける。先生が俯き、握った拳をプルプルと震えさせているのにも気づいてはいない。周りにいた生徒たちは、下手に刺激しないようにと皆距離を取っていた。
校庭のど真ん中。授業の真っ最中。クラスメイトたちが囲む中心で、争いはどんどんヒートアップしていく。
「…………すぅ」
やがて先生は顔を上げて息を吸い込み、我慢の限界と鼓膜が割れんばかりの声量で叫んだ。
「あなた達ぃっ、いい加減にしなさいっ!!」
一瞬、俺たちは怯む。
しかし言い合いに水を差され、なお且つ加減も知らない大きな声を耳元で叫ばれれば、熱く昂った感情は黙っていられるはずもなく。
「「「うっさいっ!!」」」
こちらもこちらで、先生が放ったのと同じくらいの声量3人ぶんで叫んだ。
今度は先生が怯んで後ずさり、途中足を引っかけると体勢を崩して尻もちをついてしまう。情けないことこの上ない。
「……もう、いやっ」
とうとう先生は顔を手で覆って、しくしくと涙を流してしまった。流石に見ていられないとクラスメイトたちが駆け寄るが、俺たち3人の争いはその後終了の鐘が鳴るまで続いた。
これが、一連の騒動の顛末である。
授業が終わればすぐに星宮先生に引き連れられて、ご迷惑をおかけした住民に平謝りしに行った。
今振り返ってみれば、完全に俺たちが悪いな。担任である柊先生が怒るのも無理はない。
「……で? なにか言い分があるなら聞くが」
「いえ。先生方のお怒りはごもっともです」
なのでこうしてお説教を受けているわけだが、柊先生の口から漏れ出る、地の底から響くような低い声に圧倒された俺たちは、反論する資格もなければ勇気もない。頭を垂れて沈黙を貫くだけだ。先生たちの呆れたため息が頭上に降りかかってくる。
「はぁ、まったく。逢沢だけでも大変だっていうのに、同じような問題児が他に2人もいるとは……」
「柊先生も大変ですね」
「他人事みたいに言わないでください星宮先生。これから1年間、体育の授業では先生がこのバカ共を観るんですよ?」
「うっ……そうですよね。なんか、不安になってきました……」
俺たちが黙ってることを良いことに、先生2人は言いたい放題だった。というか柊先生、なぜ俺だけ頭をべしべしと叩くんだ?
「……くっ」
なんだか、言われっぱなしやられっぱなしで無性に腹が立ってくる。
俺たちが悪いのは、百も承知だ。しかし、流石にここまで言われて黙っていられるほど、俺は恥知らずではない。
他の2人はどうだろう?
顔を伏せているため表情は読み取れないが、体が小刻みに震えている。きっと俺と同じ思いに違いない。
「ん? どうした、お前たち。なにか言いたげだな?」
様子がおかしいことに気づいた先生が、訝しむように聞いてくる。俺たちは顔を上げると、自分以外の2人を指さしほぼ同時に叫んだ。
「「「この2人と一緒にするなっ!」」」
大したことでもない。俺たちは、自分が他の2人と同じように問題児扱いされたのが我慢ならなかったのだ。
「タツ! お前入学初っ端からやらかしてるくせに、自分を棚に上げて俺たちを問題児扱い出来ると思ってんのかてめぇ!」
「テツの方こそ、これまでしでかしたことを数えてからものを言え! 両手の指じゃ足りんだろう! さんざん俺たちを振り回しやがって!」
「僕なんてっ、今回ただ応援してただけだよっ? それなのに問題児とか、あんまりだ!」
先程の焼き直しのような光景に、星宮先生は口をあんぐり開けて唖然としている。
「…………」
柊先生はというと、ゆらりと立ち上がり、簡易的なロッカーが置いてある職員室脇へとゆっくり歩いて行った。他の先生方が心配そうに見ているが、先生は気づいていないのか視線を向けようとしない。
そして先生は、ロッカーの扉を開けると、中からなにか巨大なものを取り出す。
「今までは説教程度で許していたが、今日という今日はもう我慢ならん」
先生が取り出したのは、ハリセンだった。それも人の背丈ほどある巨大な。なぜそんなものをロッカーに常備しているんだ。
重量もなかなかのものだろう。しかし先生はそれを軽々と担ぐと、鬼のような形相で俺たちに迫ってくる。
「私にこいつを使わせるとは大した奴らだよ……おいバカ共。なにか、言い残すことはあるか?」
完全に獲物を狩る目だった。鎌首を上げるように手に持つそれをこちらに突きつけてくる。よく見れば、ハリセンには『鬼にハリセン』などという頓珍漢な文字が書かれていた。やたらと達筆なのが癪に障るが、先生の雰囲気も相まって、洒落にならない最悪のネーミングセンスだ。
ともかく、あんなので殴られたらひとたまりもない。ここは三十六計逃げるに限る。俺たちは脱兎の如く逃走を計った。
「や、やべぇ。2人とも、逃げるぞ!」
「わかっている。あれはもう話し合いが出来る人間の目じゃない」
「あ、待って2人とも、僕も…………え? ぶふぅっ!」
脇目も振らずに俺たちは出口に向かう。少し遅れてしまったトワが横に吹っ飛んでいった気がするが無視だ。助けに行けば次は我が身だろう。
「逃がすかっ!」
しかし、仲間を見捨ててでも逃げようとする俺たち2人の背中に、先生は手に持つハリセンを凄まじい勢いで投げつけてきた。
俺は間一髪それを躱したのだが、前だけに気を取られていて後ろに注意を向けていなかったテツの後頭部に直撃する。
「ふごっ⁉︎」
たまらず顔面から床へダイブすると、テツは頭にハリセンを突き立てたまま昏倒する。
「くそっ、テツまで。……だが」
今、先生の手元にはなにもない。これで攻撃手段は失われたはず。その隙に逃げ切れれば、俺だけは助かる。そう、勝ちを確信した次の瞬間。
「なっ⁉︎」
ヒョイと、テツの頭に刺さっていたハリセンがふわりと宙を舞った。見るとの持ち手部分に紐の様なものが付いていて、先生の手元まで伸びている。
先生はその紐を引っ張ると回収……するかと思いきや、鎖鎌のように横薙ぎに振るってきた。
「なんっ――がはっ!」
予想外の攻撃方法に反応できなかった俺は、もろに顎に食らって仰向けに倒れこむ。床に後頭部が打ち付けられて衝撃が走った。
脳震盪でも起こしたのだろう。ぐらぐらと視界が揺れてぼやける。そんな俺を、先生が仁王立ちで見下ろしていた。
「これに懲りたら、2度とバカな真似はするなよ」
薄れゆく意識の中、最後にそう言い捨てて去っていく先生の背中を見ればら圧倒的な強者の風格があった。
この学園で1番の危険人物は、柊先生だったか。ぼそりと呟いて、俺の意識は途絶えた。
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